2018年6月23日 (土)

雨の猪苗代

会津若松市内を通らずに迂回して(ナビは変な峠道を案内し、どこを走っているのかさっぱり分からなくなった)気がついたら猪苗代湖畔に着いていた。


米沢(母校がある)から白布峠を越えて檜原湖へ降り、そこから猪苗代湖へ抜けて福島というのがたびたび通った道で、だから猪苗代湖はちらりと横目で見て来たが、ゆっくり見るのは初めてである。

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その猪苗代湖はこんな景色である。誰もいない。

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湖岸を少し南へ走ってみた。天気がよければ磐梯山が望めるはずなのである。まるで雨天の海岸のようである。なにも見えない。それにしても猪苗代湖は大きい。

雨でも大丈夫な野口英世記念館に行く。

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野口英世の生家が復元されている。

記念館に入るときに係員が、「ただいま修学旅行生が入ったところなので少々にぎやかですがよろしいですか?」と尋ねた。こどもがにぎやかなのはそれほど気にならない方なので、かまいませんと返事をして入館。

実はあたりに子供たちがうじゃうじゃいるのだ。

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この人、こちらがカメラを向けているのに気がついているはずなのにいつまでたってもここに立っている。仕方がないからそのまま写真を撮る。

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野口英世はこの囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負い、指が癒着してしまう。彼の原点だ。彼の伝記を子どものときに読んだ。とても偉い人だというのが頭に刻み込まれている。しかし実はかなり自分勝手な人だということもあとで知った。

故郷を発って生涯で一度だけこの生家に帰ったことがある。無学だった母が心をこめて書いた手紙を見てのことだ。

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母シカの手紙。

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野口英世本人が身振り手振りをしながら説明してくれる。それに聞き入る小学生たち。

いろいろと思うことがあった。それを胸に宿に向かう。

宿は猪苗代湖の北側、土津神社(はにつじんじゃ)の裏手の高台に立つ温泉ホテル。

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宿からのながめ。遠くに猪苗代湖が見える。手前の花はわたぼうしというのだと聞いたが、私は記憶力があやしいし耳が悪いので聞き違い覚え違いかも知れない。とにかく美しい。

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夕方はたしかにこのように猪苗代湖も向こう岸も見えていた。

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翌朝の夜明け前。ちゃんと湖が見えている。

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朝湯を浴びて部屋に戻ると霧が立ちこめてきて、

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たちまちこんなふうになってしまった。そのあとはずっとこうである。

ところでこの「四季の里」というホテルは最高だった。いままで泊まった宿の中で最も満足度が高い。部屋もいいし、食事も接客態度も申し分なかった。機会があれば是非また泊まりたい。

雨の大内宿

川治温泉を発ち、会津西街道すなわち国道121号線を北上する。国道352号線、さらに国道400号線が合流して、この会津西街道は珍しい国道の三重複線となる。


明治時代、あのイギリス女性、イザベラ・バードがこの道をたどって峠越えをしている。その様子は『日本奥地紀行』に記されている。案内人を連れていたとはいえ、外国の女性が旅することが出来たというのは、それだけ日本が安全な国だったということだろう。

山王峠を越える。イザベラ・バードと共に峠を越えれば、栃木県から福島県に入る。さらに北上するとこの会津西街道は、日光街道とも合流する。阿賀川に沿い、併走する野岩鉄道はここから会津鉄道となる。

そのまま会津若松に至ってもいいが、そこから国道121号線の一本西側の県道(福島県)131号線を北上する。イザベラ・バードもこちらの道をたどった。そして大内宿の美濃屋という宿に宿泊している。

大内宿に至る。雨が降っている。幸い小雨であるが、傘なしでは歩けない。

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大内宿を歩く。前を行く人も傘を差している。

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下は舗装されていない砂地である。ぬかるむようなことはないようになっているが、上手に歩かないと足元が汚れてしまう。

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店先にはむしろ囲いして、客が濡れないようにしている。みやげ物屋が多い。

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本陣跡が資料館になっている。迷った末に入らなかった。雨だとテンションが下がる。写真も撮りにくい。

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おお、美濃屋がある。ここにイザベラ・バードが泊まったのか!と思ったら、分家とある。本家はどこだろう。結局分からなかった。

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左の絵はのれんの絵。天気がよければこの絵のような佇まいの写真がゆっくり撮れたかも知れない。上手く撮れないのは雨のせいである。

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宿の一番奥に社がある。赤い服を着せられたお地蔵様がいるがお寺なのだろうか。

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こんな階段を登る。

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こんな小さなお堂があった。晴れているように見えるが雨は降りつづいているのである。

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階段の上から雨の大内宿を見下ろす。

駆け足で宿内を歩いて車に戻った。雨が恨めしい。

2018年6月22日 (金)

白滝と太閤下ろしの滝など

湯西川から東に行けば国道121号線に至る。右へ行けば今晩の宿の川治温泉が近いが、少し早いので北上する。国道121号線は会津西街道、野岩鉄道と並行して縫うように走る。そのまま行けば会津だが、途中で国道400号を右に折れる。


国道400号は会津東街道である。湯の香ラインなどと名付けられているようだが、その風情は感じない。標高1142mの尾頭峠をトンネルで越える。

さらに東に行き県道19号線を南下する。ここは有料道路だ。この辺は奥塩原になるらしいが、ほとんど人家はない。有料道路にしては道路はあまり整備されていない。しかし道幅はあるので道路の傷みを気にしなければ走りやすい。

こちらへ来たのは、地図によれば道路に近いところに滝があるからだ。

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ドライブインのすぐ裏手にある白滝。ドライブインは閉鎖されている。シーズンには開くのだろうか。

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そばまで行ける。落差15mだからそれほど大きな滝ではない。

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滝の落下口。

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滝壺、というほどでもないが。

白滝からさらに南下すると川治ダムを遠望する展望台がある。

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本当に遠望である。

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精一杯のアップにしてみる。

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有料道路主点近くに太閤下ろしの滝がある。ここが降り口。階段を降りて100mとあるので、100mも降りるのはかなわないと思ったら歩く距離のようであった。

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階段を降りるとこんな道が滝へ続く。左に淵がある。

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ちょっと深そうな淵。なにか主(ぬし)が潜んでいそうである。

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滝は二段になっている。説明書きがないので、太閤がどういう理由で下ろされたのか分からない。滝の間近に行くために自然石のちょっとした段を登り降りするのだが、少しよろける。信じられないほど平衡感覚が衰えている自分がこわい。

このあと滝を背にしたら女性のかすかな声が背後から聞こえたような気がしたが、誰もいなかったはずなので振り返らなかった。

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行きより帰りの淵の方が不気味に見えた。

平家の里・追加と天楽道吊り橋

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今年が平清盛生誕900年だそうだ。これが平家の里の入り口。雰囲気がある。

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平家塚。なにかが埋められているということでもなさそうだ。

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この辺りに生息する動物として鹿や熊の剥製が置かれていた。

そういえば最近動物が人家の近くに出没することが増えているようだ。棲み分けが上手くいかなくなっているのは人間のほうに問題があるのかも知れない。動物は人間の衰えを敏感に感じ取っているのではないか。ドライブ中に道路に傍若無人に居座っている猿たちをときどき見かけた。

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平家の里の駐車場の横から遊歩道を通って吊り橋があるらしいので行って見る。熊は出ないと思う。出ないで欲しい。蛇も出ないで欲しい。

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見上げると木漏れ日が美しい。

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吊り橋。

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吊り橋の向こうに道路があり、さらにその向こうへ遊歩道がずっと続いている。

吊り橋の途中で見下ろすだけにしておくことにした。

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きれいな水が流れている。

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もともと川というのはこのようにきれいなものだったと思う。

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汚れてしまった川を急にこのような清流にすることなど出来ないが、せめて残っている清流はこのままであって欲しい。

湯西川温泉をあとにする。

2018年6月21日 (木)

蛇王ノ滝と平家の里

瀬戸合峡から鬼怒川に沿ってさらに東へ走る。途中「蛇王ノ滝」という標識が眼にとまったので立ち寄る。川へ降りる道はない。道路から鬼怒川越しに眺めるようになっている。


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蛇王ノ滝全体。コントラストが強すぎる。

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下部の明るいところ。

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上部の暗いところ。瀧を眺めるのは大好き。機会があってそこまで行くのが困難でなければなるべく立ち寄る。

この先で県道23号線からU字に川向こうから西行し、さらに北上する。湯西川温泉方向へ走る黒部西川線という峠道だ。この未知も狭いし急カーブの多い道。だんだんこういう道を走るのに慣れてきて、あまりドキドキしなくなった。それにほとんど車が来ない。

土呂部峠というのが最高地点のようだ。「どろぶ」と読む。

湯西川温泉は平家落人伝説の伝わる温泉地だそうだ。「平家の里」というところがあったので、立ち寄ってみる。

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入り口の門を入ると中はとても広い。建物もたくさんある。

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こういう建物のそれぞれにテーマがあって、中を見学できるようになっている。

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高い、吹き抜けの天井。こういうところでは天井を眺めるのが雰囲気に入りこむコツだ。

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子どものころ、電気こたつなどなかったから、こたつの火はこんな行灯式だった。足が当たるので邪魔なのだが、それが当たり前だった。掘りごたつの家がうらやましかった。

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もったいないほど広いのである。

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こういう風物を見るとなつかしい気がする。

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これを唐臼というのか。見たことがあるような・・・。

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平敦盛がいた。呼び止められて引き返し、若くして熊谷直実に討たれた。謡曲の『敦盛』を思い出した。

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平清盛もいる。敦盛も清盛ももちろんこの里にいたわけではない。

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一番奥の大きな建物の中。

この平家の里は立ち寄る値打ちのあるところだ。誰もいないので私一人で貸しきりで見学したが、もったいないことである。

川俣大橋と川俣ダム湖

先ほど立ち寄った間欠泉の下を流れていたのは鬼怒川の源流である。その鬼怒川の最初のダムが川俣ダム。県道(栃木県)23号線を東に走るとダム湖に架かるアーチ式の川俣大橋を渡る。


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橋の向こうから来た。こちらの橋のたもとに駐車場とトイレがある。トラックが通るときはほかの車は交差できない。それなのにトラックがよく通るのである。

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駐車場の横にいくつかかわいい石像がある。

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こちらは七福神だ。この日は日差しが強くてコントラストが激しい。

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橋の途中まで歩いて行く。こちらは西側、源流側である。

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水没した樹木が見える。

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ダムのこういう景色が好きである。

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ダム側、つまり東側。この辺はほとんど人家がないから水の色は本当に美しい。

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釣り船らしいボートが見える。イワナ釣りなどをする人が乗ると思われるが、こういうところを降りて行く人の気が知れない。釣り人というのは本当に釣れるとなるとどこにでも行く。

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これは川俣ダム。この下一帯が瀬戸合峡という絶景場所らしいが、階段を降りていかなければならない。

見晴らし場所に食堂があり、そこの杖をついた腰の曲がったおじいさんが「降りないのか?」と声を掛けてきた。降りたらまた登ってこなければならないから遠慮した。

ここから見たダム湖が上手く写真に撮れないなあ、と思っていたら、食堂の横奥に案内してくれて、「ここからのほうがよく見えるぞ」、と教えてくれた。

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それがこの写真。

2018年6月20日 (水)

奥鬼怒林道

丸沼高原のロープウエイ、そして日光白根山に思いを残して東へ向かう。ここから金精トンネルを抜けて栃木県に至る。カーブが多く、秋から春は閉ざされている道だ。


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金精峠を越えて少し降りると小さな見晴台がある。男体山の勇姿と湯の湖が一望に出来る。

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美しい湯の湖。この湖畔には湯元温泉がある。小学校の修学旅行ではここに泊まり、戦場ヶ原をハイキングした。風呂場でダイビングしたら思った以上に浅くて膝を打ち、翌日ずっと痛くてつらかった。そのころはただのバカだったのである(いまもそうか)。

戦場ヶ原の途中から左に曲がり北上する。標識は光徳牧場方向となっているが、分かりにくい。途中からこのまま進んでいいかどうか迷うような細い道となる。看板があって、ところどころデコボコがあり、カーブも多いので、時速は二十キロ程度で走行するように、とある。車長が7メートルを超える車は走れないそうだ。ここは林道なのである。

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こんな道が続く。ここは少し広くて車が停められたので写真が撮れた。ほとんどが車のすれ違いが難しいほど狭い。ところがほとんど車が来ないのである。

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こんな道。愛車のアテンザは車幅が普通の車よりあるので、狭い道は苦手なのである。だからこういう道を走るとドキドキする。それなのに気がつくとこういう道ばかり走っている。ドキドキするのを実は楽しんでいるのかも知れない。

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ついに奥鬼怒林道を抜ける。来た道を振り返る。左手の暗がりが林道である。この近くに川俣温泉という小さな温泉地があり、そこに間欠泉があるらしい。

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間欠泉展望台の標識。

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こんな木の階段を降りていく。展望台の横に足湯があるのだが、五十度以上はありそうでとてもではないが入ることが出来ない。

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十分ほど眺めていたがいつまでたっても噴き上がらない。間隔は約六十分と書かれていた。ぞろぞろとおじさんおばさんがやってきたので、諦めて引き揚げた。たぶんそのすぐあとで噴き上がったに違いない。そんなものだ。

ここから県道(栃木)23号線をダム湖に沿って東へ走る。

快晴なのに

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 いま川治温泉にいる。今朝(現在)は雨。もともと今回はすべて雨の可能性が高い予報だったが、晴れ男の威力で一昨日は曇り、昨日は快晴だった。さすがに本日は力尽きたようだ。写真は現在の宿の窓からの景色。

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 川治温泉は会津西街道の男鹿川沿いに温泉宿が並んでいる。

 部屋は川を見下ろす場所で、川音がする。夜半に蜩の鳴き声がするように思ったが、まさか蜩は夜鳴かないから、カジカが鳴いていたのだろうか。

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 最近温泉宿に元気がないように感じる。川治温泉も夜半客室の灯りの入っていない宿の方が多いようである。ウイークデイで梅雨時だから特にそうか。

 昨日朝は快晴。宿(環湖荘)のフロントのお兄さんにロープウエイを今日にして正解だったね、と声を掛ける。今日の天気なら富士山が見えますよ、とのことであった。宿には小学生の集団(修学旅行か)が泊まっていて、聞くと彼らは今日、戦場ヶ原を歩くそうだ。天気がよくて何よりだ。

 彼らより早く出ないと観光バスに道をふさがれる。丸沼から国道へ出るまでの二キロばかりの道はとても狭いのだ。彼らより先に出発する。丸沼高原のロープウエイ乗り場は近い。しかしなんたることか、本日運休日との看板が出ている。まさかと思い窓口に行くがしまっている。宿に運休であることを連絡した。ほかのお客さんが行くかも知れないし、宿が知らなかったのも問題だ。これから気をつけるだろう。

 仕方がないので別の峠道を走り回ることにする。その報告は次回。

2018年6月19日 (火)

丸沼

夕刻、丸沼を散策した。


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環湖荘を出て、こんな橋を渡って遊歩道へ入る。

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右手を湖畔沿いに歩いて行く。

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こんな立ち枯れの木があるということは、ここは火山(たぶん草津白根山か)の噴火で出来た湖だということだろう。この周辺には大小の沼がいくつもある。

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遊歩道の途中にはベンチも置かれている。坐って湖面を眺めるのにいいが、なにか敷かないと坐る気にならない。

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水鳥でもいるのかと思ったら釣り人だった。

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ところどころこんな林を抜けていく。

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水は澄んでいる。

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江戸川乱歩の小説に登場する湖畔の宿の舞台の湖みたいだ。ちょっと神秘的で妖しい感じがする。

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立ち枯れの木の株を飾りに入れて撮る。

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ツツジの赤が湖の色を引き立たせる。

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安い高倍率ズームレンズで花を撮るのは難しい。

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すぐ近くには個人所有の別荘もいくつか散見される。

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環湖荘へ戻る。

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別荘の背後には高い山があるようだ。四郎岳(2156m)かと思われる。

環湖荘

Dsc_6639 環湖荘・標高143mのところに建つ

 母にはIさんという女学生時代からの唯一無二の親友がいた。毎年ふたりであちこち旅行に行っていた。母は旅行の計画を立てるのが好きで、時刻表を眺めるのも好き、宿の予約を取るのも楽しんでいた。私が学生のときにはふたりで東北にやって来て、天童温泉では三人で混浴に入った。母も私も平気だったが、さすがにIさんは恥ずかしがっていた。思えばまだ母もIさんも四十代だったのだから、恥ずかしがるのは当然といえば当然だ。

 そのIさんが七十過ぎで亡くなってしまい、母は気力の半分を喪うほど落ちこんだ。そしてそれはついに元に戻らなかった。かけがえのない人を失うということの痛みを母を見て実感した。

 その母とIさんが泊まりに行くお気に入りの温泉があちこちにあって、私がリタイアしてからいくつか母を連れて行った。私にはIさんの代わりはできない。母はなにを思っていただろうか。

 その一つが老神温泉という赤城の山の裏側にある古い温泉である。母と二三度来て連泊し、ゆっくりした。私にも思い入れのある温泉になり、年に一度か二度やってくる。それに赤城の表側には友人がいて彼を訪ねるのも楽しみである。

 いつもなら老神に泊まり、吹割の滝を散策し、丸沼を眺めてから金精峠を越え、日光を見に行くのだが、この丸沼の湖畔に建つ環湖荘がいかにも湖畔の宿という佇まいで、母と来た時にも、いつかは泊まろうと話していた。ついに念願を叶えたというわけだ。

 関越自動車道で北上し、赤城高原を過ぎて沼田ICで降りる。そこから国道120号線を東へ走ると老神温泉があり、そのすぐ先には吹割(ふきわれ)の滝、さらに東に行けば尾瀬への入り口、さらに東に進み、金精峠を越えれば奥日光に至る。金精峠が群馬県と栃木県の県境だ。金精峠からは奥日光の湯の湖、男体山が一望できる。

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 丸沼はその金精峠の群馬県側、すぐ近くに丸山高原があり、そこからロープウエイで登れば日光白根山(2578m)に登れる。そこからのながめは絶景だ。

 小雨の名古屋を発ち、途中どしゃ降りの中央道から岡谷ジャンクションを左に折れて長野道に至るころには雨もやんだ。さらに北上して更埴から上信越道へ入る。残念ながら浅間山を拝むことは出来なかった。さらに関越道に至り北上して沼田インターへ。

 途中長野道のサービスエリアに入って初めて大坂の地震を知る。大阪は奉職していた会社があり、友人知人もいる。知人達にはさいわいそれほどひどい被害はなかったようである。

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 環湖荘は古いホテルで、開高健がときどき泊まりに来ていた一軒宿の温泉ホテルである。目の前で釣りも出来るし、静かに執筆も出来る。

Dsc_6701 環湖荘入り口

 早めに着いて丸沼高原のロープウエイに行くつもりだったが、山は雲に隠れている。宿で確認してもらったら、ロープウエイの山頂駅周辺は霧が掛かっているようで、ときどき霧雨状態とのこと。翌日に行くことに変更し、丸沼の遊歩道を散策することにした。そこで撮った写真はまとめて次回に。

Dsc_6705 夕刻の部屋の窓からの眺め

2018年6月18日 (月)

大沢在昌『極悪専用』(文春文庫)

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 暇つぶしに読み始めたら面白くて一気に読んでしまった。アニメでも見ているような気楽さで読む本であって、リアリティなどあまり気にしてはこういう本は読めない。

 北方謙三に続くハードボイルドの旗手の一人として、馳星周などとともに著名な著者(なにしろ『新宿鮫』シリーズで不動の地位を占めている)だが、ときにこのようなコミカルな、軽妙なハードボイルドが書けるのはこの人が随一のような気がする。

 裏社会の超大物を祖父に持ち、脳天気にやりたい放題に生きてきた「俺」こと望月卓馬が、ついに祖父の怒りを買い闇に葬られかける。そこで何とか生きのびるチャンスとして命じられたのがあるマンションの管理人助手の仕事を一年間全うすることだった。そのマンションの管理人助手を最も長く勤めることが出来た者で四ヶ月半、中には当日早々仕事を失ったという。そこでは仕事を失うというのはこの世から抹消されることで、つまり死んでしまうのだ。

 そのマンションは超高額の賃貸で、常識を越えた極悪人の住人が暮らしている。マンション内での殺人も珍しいことではなく、死体は専門の業者に処分が依頼され、跡形もなくなるという。「俺」はそこでゴリラのような、しかも頬と口とが真一文字に切り裂かれた白旗という管理人の助手として働くのである。

 さんざん悪事をしてきたつもりの「俺」もレベルの違う住人たちの極悪さにドギモを抜かれる。そこで起こるさまざまな事件とそれを処理していく管理人の仕事が語られ、次第に管理人の白旗の過去が明らかにされ、彼も関わるある人物のためについにマンション最大の危機が訪れる。

 読んだらすぐ忘れてしまうだろう本だが、ときにはこういう本を楽しむのもいい。最近小説が一気に読めなくなっていたが、久しぶりに一気読みを楽しんだ。

佐藤優『民族問題』(文春新書)

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 著者の本を読むと、自分がいかにものを知らないか思い知らされるとともに、ニュースなどで知らされる世界情勢が、もしかしたらかなり偏った世界観で報じられているのかも知れないと気付かされる。どちらが正しいかではなく、判断する材料そのものが必要なだけ呈示されているかどうかが問題なのである。

 民族問題とはなにかについてすでに多くの碩学が研究し、論を立てている。それを著者が読み解いて、分かりやすく説明してくれる。さらにウクライナと沖縄を民族問題のケーススタディとして取りあげ、歴史的背景と著者なりの分析を行っていて分かりやすい。

 民族を考えるとき、その捉え方は原初主義と道具主義に大別される。いまは学術的には原初主義は趨勢で、道具主義が大勢を占めている。これは信じ難いことだが、民族という概念は実は歴史的にせいぜい19世紀頃に固まったものだという。当然民族という概念がなければ民族主義もなく、ナショナリズムもないわけである。幕末の志士たちのナショナリズムはそういう意味で極めてあたらしい思想だったということになる。

 信じ難いと思うのは、私が日本人だからのようである。日本ほどの大人数での単一民族というのは世界にもあまり例がないため、日本人特有の捉え方をしているためだというのだ。だから日本人はほとんど原初主義を信じていて、そうではないなどと言われても理解しにくい。

 この本はその思い込みの色眼鏡を優しく丁寧に外してくれる本なのである。そしてその思い込みを外してあらためて民族問題を考えると、全く違う世界が見える。分かりやすく書かれているものの内容が高度なので、私のザル頭では十分理解したとは言いがたいが、民族問題について新しい見方があることを知っただけでもありがたいことであった。

2018年6月17日 (日)

映画『石榴坂の仇討』2014年日本

監督・若松節朗、出演・中井貴一、阿部寛、広末涼子、高嶋政宏、真飛聖、藤竜也、中村吉右衛門ほか。

 傑作とまで云わないが、見て好かったと思える映画だった。ラストは知らずに観た方が良いが、それほどこだわる必要も無い。浅田次郎の原作は未読だが、たぶん読んだ人でも楽しめると思う。

 彦根藩屈指の剣の腕を持つ志村金吾(中井貴一)は藩主の井伊直弼(中村吉右衛門)の近習に取り立てられ、お側警護の任につく。安政七年三月三日、その井伊直弼は桜田門外で水戸浪士を中心とした集団に襲撃されて討たれてしまう。警護を全うできなかった金吾は切腹しようとするが、彦根藩の家老から激しい譴責を受けた上、襲撃者の首を井伊直弼の墓前に手向けるまで切腹は許さずとの厳命を受ける。

 それから事件の襲撃者たちの追跡が始まる。しかし時代は大きく変わっていく。もともと時代を変えようとした志士たちによる襲撃であった。彼らは身を捨てて国事に奔走しており、金吾の追求も空しく次々に命を落としていく。

 時代は変わり、ついに明治となる。桜田門外の事件から13年の月日が経ち、江戸は東京となっている。妻セツ(広末涼子)の働きで糊口をしのぎながら志村金吾は節を曲げずに追求を続けていた。

 見かねた人たちからの援助があり、ついに最後の生き残り(阿部寛)を知ることになる。そしてその生き残りの人間にも長い辛苦の日々があった。石榴坂でふたりの決闘が始まる。

 好い映画だと思うのは、なにより日本映画特有の後半部の無意味な冗漫さがあまり感じられないからである。それに中井貴一も阿部寛も殺陣が上手い。時代劇は殺陣が下手だとぶちこわしである。ここで引き合いに出すのは可哀想だが、テレビドラマでの向井理の殺陣は下手くそである。もっと練習して欲しい。敵役によく阿部寛を選んだものだ。はまり役である。これでラストが生きてくる。

 それと広末涼子が好かった。嫁いできたときの白無垢の姿、そして角隠しから恥じらいながら上げた顔の美しさに息を呑んだ。色が白いことが美しさの要素でもあるとあらためて思った。人妻となり夫と共に辛苦を重ねながら気品を失わず、心に強さを秘めている武士の妻をきちんと演じていて好感が持てた。疲れて寝入っている妻を静かにのぞきこむ夫の姿に、ふたりの情愛が切々と感じられる。死ぬことの覚悟が、同時に、生きることの大事さを感じさせるのだと教えてくれる。

二度とあっては・・・

「二度とあってはならない、そのために徹底的に対策をする」と偉い人がテレビで言うのを聞いていると怒りを覚える。このことについては一度ブログに書いたことがある(何時書いたか忘れたが)。

 どうして腹が立つのか。「二度とあってはならないこと」というのは、「そもそもがあってはならないこと」である場合が多く、それが起きたということは、また必ず起きることが自明に思えるからだ。それなら「二度とあってはならない」というのは決まり文句をただ言っているに過ぎない。それが証拠に、先日インタビューを求められた若者まで口パクで同じことを言っていた。

 五歳の娘をいじめ殺した父親がいたけれど、本当にあってはならないことだと思うし心も痛む。これは決まり文句で言っているのではない。娘が五歳だったころを思い出しながら、自分のこととして重ねて考えるからである。もちろん私は昔も今も娘をかけがえのない存在として考えているし、もう少し厳しくしつければよかったという思いがないではないが、それを後悔などしていない。

 世の中には異常者が存在する。自分が死にたいから人を殺したり、誰でもいいから殺したり、殺してみたいから殺したり、自分のこどもをしつけと称して殺したり、いじめと称して殺したりする人間はむかしからいるし、いまもいて、そしてこれからもいるのである。

 二度と起こさないといえるのは、彼らすべてが「決してしません」と誓い、それを守ったときである。そうでなければふたたびみたび起こるのである。そして誓えるのは事件を起こすだろう人間だけなのである。

 その五歳の娘をいじめ殺した父親の事件を受けて、安倍首相が「二度とあってはならないことで・・・」と言ったのを聞いてがっかりした。二度と起きないように関係各部署に厳しい指示を出したのであろう。そのことは認めよう。しかしここで常套句を言わないで欲しかった。上記の理由で、私には他人事でしゃべっているようにしか聞こえなかったのである。

 それらの事件を起こす人を、どのようにして事件を起こさせないようにするか考えるしかないではないか。ではどうするか。私に分かるわけがない。それが分かれば二度とこういう事件は起きたりしない。しかしそれが出発点であるなら、「二度と・・・」ということばは出てこないと思うのである。「二度としません」は、やった人間だけが語れることばだ。たいてい守られないけど。

 得意の揚げ足取りで申し訳ないが、私と同様方策も持たずに「二度とこのような・・・」ということばを発する口もとを見ているとつい感情的に反応してしまうのである。

 まあこういう文章を書くとすぐ、「では放っておけというのか」などというクレームがつくだろうなあ。そんなこと思っているはずがないではないか。それとも本気で私がそう思っていると読めてしまうのだろうか。情けない。

2018年6月16日 (土)

IR私感

 カジノを含む統合型リゾートをIRというのだそうで、そのIR法案が与党などの賛成により委員会で可決されたそうだ。これで本会議に上程され、同じように可決されることになるらしい。それについていま感じていることを書く。経済的なことも含めて考量した結果ではなく、詳しいことも知らない(詳しく調べるつもりもない)ので、あくまで私感である。

 カジノは賭博であろう。日本では賭博は法的に原則禁じていると承知している。競輪競馬競艇などの公営ギャンブルはあるけれど、これは歴史的な背景もあって例外的に許されているものかと思う。規模も大きいし、関連する人数も多く、設備投資も含めて多額の資金を必要とするから、反社会的集団が私的に開催することは簡単に出来ない。

 しかるにカジノ賭博はすでに反社会的集団が不法に行っていることが知られており、当然処罰の対象になり、警察はそれを検挙する。では、IRでのカジノ賭博を許し、反社会的集団の行うカジノ賭博を取り締まると云うことの区別をどう根拠づけるのか。やることは同じである。

 もちろん根拠がないからIRに反対ということではない。法律で決められれば合法的になるのであり、すでにカジノ賭博が許されている国と同様になるというだけのことである。

 問題は国民にそのIR法案の意味と根拠があまりにも説明不足ではないかということである。強行採決までしてどうしてそんなに急ぐのかが分からない。せめてこれだけの税収が期待されて、追加の消費税アップをしないで済む、くらいの言い訳でもあればともかくあれよあれよの進行である。

 ギャンブル依存症の人間を身内に持つ人は悲惨である。それで身を持ち崩した人を目の当たりにもした。今回のIRのカジノでは入場料を取ったり入場回数を制限するなどというのはギャンブルの怖さをよく承知しているからこその方策だろう。怖さを知りながらそのようなものを新設するということについての説明が十分だとはとても思えない。

 私は若いときにギャンブル依存症になるタイプだとプロの手相見の人に言われた。よくぞ言ってくれたと思う。博才はないのにのめり込みやすい、いわゆるカモのタイプなのである。そう思い当たるところもあって、それからはほとんど控えるようにした。嫌うように努力したし、そもそも存在しないものとして眼を逸らしている。

 いくつかの重要法案が野党の反対を抑え込んで強行採決されてきた。それぞれに賛否があり、その法案内容すべてが問題であるとも思えないのに反対ばかりしている野党に不快を感じることが多い。すべて反対では論議のしようもないし、問題点の修正も行われずに結果的にそのまま通過する事態を生み出してしまう。

 反対するのももっともだ、と国民の多くが思えばそれを力にすることが出来るはずなのに、野党がそれを結集できないのはお粗末である。その繰り返しを見せられている中の今回のIR法案の強行である。これこそイデオロギー抜きで与党批判を結集できそうなものと思うが、不思議なことに大きな話題にならない。

 私と似たように感じている人も多い気がしているが違うのだろうか。それなら今回の与党のIR強行は、あとで国民の反発を買うきっかけとなり、選挙での敗北につながるかも知れないとさえ思うのだが・・・。

 このことで自民党の、つまり安倍政権の傲慢の匂いを(遅ればせながら)感じた。国民に対する感度が低下している。そしてそれ以上に無力な野党への失望も倍加した。そろそろ安倍政権交代の時期かも知れない。

 ところで蛇足だが、理科系の人間としてIRというとInfra Redつまり赤外線のことで、私などは赤外吸光分析(IR分析)を思い浮かべてしまう。経済に詳しい人なら、IRと聞けば企業の投資家向けの広報活動のことだと思うそうである。

映画『半次郎』2010年日本

監督・五十嵐匠、出演・榎木孝明、白石美帆、津田寬治、坂上忍、雛形あきこ、竜雷太他

 主演の榎木孝明が自ら企画し、この映画を作り上げることに貢献している。彼自身が鹿児島生まれであり、西郷隆盛や中村半次郎(桐野利秋)に強い思い入れがあるのだろう。榎木孝明は武術も本物(薩摩示現流)だし、絵もすばらしい。自らのアートギャラリーを持ち、そのうちの大分県の九重にあるギャラリーには二度行っていて、その都度彼の画集を購入している。私の好きな絵である。

 意識して彼を観始めたのは内田康夫原作、市川崑監督の映画『天河伝説殺人事件』だった。思えば内田康夫(つい最近亡くなったのはまことに残念である)を読み始めたのもこの映画がきっかけだった。購入して読んだ彼の本は軽く百冊を超えている。

 この映画で浅見光彦についてのイメージが定着した。テレビ番組でさまざまな感じの良い俳優が浅見光彦を演じているけれど、だから榎木孝明以外の浅見光彦がどうしても受け入れられない。誰とは云わないがひどいのもいる。たいていの原作は読んでいるけれどもどうしてもドラマで見る気にならないのは残念でもあり、さいわいでもある。手を広げすぎると時間がいくらあっても足りない。

 中村半次郎について詳しく知ったのは若山富三郎が演じた『風雲児半次郎』という連続テレビドラマである。私が中学生くらいのころの話しだから大昔で、もちろん白黒だった。むさ苦しい唐芋侍を地のままに演ずる若山富三郎がどういうわけかとても魅力的で夢中で見た。傑作ドラマだったと思う。久保菜穂子など、共演した女優をかすかに覚えているが、ほかに誰がでていたのかもう忘却の彼方だ。

 いろいろあって榎木孝明が演じる中村半次郎の物語にとても興味があった。西南戦争の凄惨な戦いのプロローグのあと、物語は西郷との出会いから始まる。そしてこの映画のメインのテーマは西南戦争である。西南戦争について、たぶん榎木孝明も思い入れがあるのであろう。有為の人間が負けると分かっている戦いに身を投じた経緯が丁寧に描かれている。

 私としては中村半次郎という無類に明るく人なつっこい人間がどういうふうに作られたのか、それをもう少し知りたい気がした。それこそ薩摩の男を生み出した薩摩の風土とはなにかを知ることにつながる気がするからである。リリィが母親役でちょっとだけ登場した。西南戦争が詳しい分だけ最後が少し冗漫になった恨みがあるが、それはそこにこそ榎木孝明や監督の云いたいことが込められているからであろう。

 白石美帆が熱演しているが、多少くどい。ラストシーンに登場させたのは如何かと思う。全体としては、不満がないではないが、おおむね満足した。

2018年6月15日 (金)

フライパン

 どうしたわけかフライパンが三四年しかもたない。食材がこびりつくようになると極めて不快である。使い込むと油がなじんでこびりつかなくなるなどと聞くが、テフロン加工のフライパンは使い込むほどこびりつくようだ。使ったあとの手入れが悪いのかも知れない。

 ちょっとだけいい物に買い換えることにした。重くて深めのフライパンを見つけた。高いけれど、使い勝手がよくて長持ちすれば却って安上がりだ。金のヘラも使えます、などと書いてあるけれど、前のもそう書いてあった。それは信じない。注意書きに、空だきしないで下さい、などと書いてある。しかしフライパンは空だきに近い状態で使用するものである。空だきするとテフロン膜を損傷するそうだが、いままでもそれが原因か。ちょっとがっかりする。

 卵焼きその他の料理に使ってみた。極めて調子が良い。しかしそれはいままでのフライパンも最初はそうだったのであてにならない。ただ、深めなので具材の量が多くても使いやすいし、油の飛び跳ねも多少は少ないようだ。

 さて今度のフライパンはどれくらい使えるであろうか。

養老孟司&小島慶子『歳をとるのも悪くない』(中公新書ラクレ)

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 養老孟司師があとがきで、小島慶子に初めて会ったときは若くて角(かど)があったと書いている。その角は歳とともに取れているようである。師は若いときは角があっても好いという。かどのある人のほうが生産性が高く、日本の生産性が低いのは企業が角のある人を嫌い、角(つの)を折ってしまうからではないかという。どうせ歳とともに折れる角をわざわざ教育と称して折る必要は無いのに、というのである。

 私も角が多少ある若い人が好きである。云いたいことを遠慮無く云う若い人のことばに耳を傾けることは大事である。もちろん言い方や態度にある程度の敬意は必要だ。傍若無人な角は人間関係を損なう。人間関係に対する配慮は必要であることは云うまでもない。

 小島慶子の角が感じ取れることが私にもしばしばあった。思いが強すぎて止められないのだろうとも思ってみていた。その小島慶子が初対面以来養老孟司師に心酔して敬愛していることがこの本を読むと分かる。角がある人が心酔するのは、師がよほどの人物だからだろう。はるかに鋭い角があるのか、または角をやんわり包み込むだけの包容力があるのだろう。

 小島慶子が私的なことをさらけ出して師に質問し、自分の考えを話し、指針を乞い、ものの見方の教えを受ける。師が相手でなければ彼女は自分の弱みなど見せないはずだ。弱みまでさらけ出すほど彼女としてはかなりつらい日々を送っているのだろうと見える。

 賢くて好い女がそこまでしてすがってきたら、男冥利に尽きるのであるから受け止めてあげるのが男というものだ。そんなホンワカしたムードで、会話が進んでいくが、ときに彼女の角がちらつく。もちろん師に対してではない。彼女には世の中に対してもの申したいというエネルギーはあふれるほどあるのである。そして実は養老孟司師も同様である。

 ただ、師は世の中が自分にそう見える、そう感じられることについて、自分自身の考え方を常に見直すという作業を怠らない。自分のひとりよがりなのではないか、という疑いを常に持ちながらものを考えることは、出来るようで出来ないことである。

 かんで含めるようにその思索をもとにした考えを小島慶子に、そして読者に伝えてくれている。いつもよりずっと分かりやすいけれど、その分少々もの足らないところもある。

2018年6月14日 (木)

たとえ百万あっても無限ではない

 片付けても片付けても散らかるのは自分がだらしないからだが、それにしても際限が無い。前々から家の中にあるものを大小関係なく数えたら、いったいいくつあるのかと考えていた。十万か、百万か。どんな小さなものをもひとつと考えたところで百万もあるとは思えない。それほど広い家でもないし、物持ちでもない。

 それなら、今日、百なり二百なり片付ければそれだけ片付くのである。一年で三~五万は片付くし、二十年でうまくすればすべてが片付いている。最後が自分自身だ。

 そう気を取り直して二時間ほど精を出してみた。こころなしか空間が拡がったような気がする。自己満足だけれど達成感があった。まだ百万のうちの五千分の一くらいしか片付いていないけれど。気持ちが好い方へ回り出したようだ。

 弟が今月でリタイアする。来週末くらいに訪ねようかと思っている。それならその前に何日か旅に出ようかなどと思う。天気予報は思わしくないが、私は晴れ男で旅に出ると予報では雨でも晴れることが多い。思い立ったのですぐ計画し、宿の予約を入れる。機会があれば泊まりたいと思っていた宿が取れた。月曜日に出発予定。その前に出来ることをしておこう。さあ忙しくなるぞ。

快適

 片付けるためにものを買ったりしている。捨てるべきものは適宜捨てているのだが、捨てずにおきたいものも多い。そうなるとそれらを分類して整理しなければならない。整理するためのものを買う。それらが雑然と部屋の中に拡がっている。一つの分類が片付けばすっきりするのだが、すぐに次が待っている。なにもしなかった方が散らかっていなかったと思うが、やり出したらとめられない。

 ニトリでカラーボックスを買う。もちろん収納のためである。いままで無駄になっていた収納スペースを発見したのである。それに適合するものの目星はすでにつけてあった。店内を眺めていたら座椅子が眼にとまった。

 数年前にどん姫から肘付きの重くて大きな座椅子をもらった。極めて快適で気にいっていた。ところが、昨年秋(もっと前だったかも知れないが忘れた)それを潰してしまった。リビングの壁面と天井の継ぎ目部分が少し破損していたので椅子に乗って補修していたのだが、ちょっとした弾みで転げ落ちたのだ。体重90キロの巨体が転げたのだが、ちょうど落ちた場所にその座椅子があった。 

 しばらく腰と脇腹が痛かったが、大事に至らなかったのはその座椅子のお蔭で、そのかわり座椅子のリクライニングがバカになり、使えなくなって処分せざるを得なかった。どん姫には済まないことであった。

 最近自分の姿勢が悪くなっていることを実感している。どうも座椅子がなくなってから前屈みの姿勢になることが増えているせいではないかと思う。だから座椅子があると、いろいろ見比べていた。ニトリのその店には腰のところをしっかり後ろから支えてくれるタイプがあった。思ったより安いのでカラーボックスと一緒に購入した。

 思った以上に快適で、いまご機嫌でその座椅子に座ってブログを書いている。さて片付けはどうしよう。

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