2017年5月23日 (火)

谷川直子「世界一ありふれた答え」(河出書房新社)

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 離婚して未来を見失い、鬱病になってしまった頼子と云う女性がそこからもう一度自分を取り戻すまでのドラマである。取り戻した自分は失った自分ではない。ここには脱皮を伴う成長のための苦しみやもがきが描かれ、読者はそれを読みながら生きる意味を見つめ直すことになる。彼女のつかんだ「世界一ありふれた答え」に共感するために、この物語すべてが必要なのである。

 鬱病には器質的な要因があるとも云われているから、このようにカウンセリングや人との出会いだけでそれを克服することが出来るのかどうか知らない。しかし同じような器質的な要因があっても鬱病になる人もならない人もいるだろうから、克服することは不思議ではない。

 普通の人間にとっても自分自身を見つめることは苦痛を伴う。自分には必ず目を背けたくなるようないやな部分があるもので、それが自己を正当化しながら自分自身を傷つける。西洋的カウンセリングのイメージは寝椅子に横たわる患者の語ることばをカウンセラーはひたすら聞くだけに徹しするというイメージであるが、このドラマのカウンセラーは、鋭く患者の言葉を問い詰める。

 もちろんプロとして患者がそれに耐えられると判断したぎりぎりの問い詰めなのだが、患者にとっては大変な苦痛である。意識していない自分の問題点を見つめなければならない。ときにカウンセリングをキャンセルし、反発する中で、矢張り病を克服したい、苦しみを何とかしたいという欲求が彼女を徐々に再生させていく。

 そんな彼女がどん底のときに出あったひとりの男は、彼女以上の絶望をかかえていた。その男が共に病に苦しむ彼女に慰めを感じているのに、彼女は次第に再生していく。そのことがさらに彼の絶望を深くしていくかのように見えるのだが。

 病を克服したことで、病を知らない人よりも勁くやさしくなっていく彼女に胸が熱くなる。彼女を通して鬱病をささやかながら疑似体験しつつ、彼女と共に生きる意味を問い直し、その答えを見つけてみてはどうですか。

片田珠美『「正義」がゆがめられる時代』(NHK出版新書)

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 著者は精神科医。相模原の障碍者大量殺人事件の犯人の分析を通して現代の病理を解析している。

 私が思うに犯人は異常者であって、現代の社会の中に見る病理的な要素を並べ立てても犯人の異常な犯行の説明にはつながらないような気がするが、理解しがたい者の犯行に精神科医がどのような解釈をするのか知りたい気もあってこの本を読んだ。

 特殊な犯罪を一般論化することに意味があるのだろうか。原因が社会の価値観の病理的な結果であると云っていいのだろうか。著者の目配りは細部にとどまらず、広い。社会学的、経済学的な視野まで拡げたその広さこそがこの犯罪の意味を拡散させてしまっているような気がした。

 時代が正義をゆがめているのだろうか。正義がすでにゆがんでいるなら、正義を標榜することに疑念を抱くべきかも知れない。それより正義が普遍性を失い、人によって正義の意味が違ってしまっていることに問題があるような気がする。正義の名のもとに自己主張が正当化される。競争に負けて差別化の劣位になっても自己責任は認めずに被害者として名乗りを上げるようにそそのかす人々がいる。それに乗せられて自分が被害者で、損をしているから他人を攻撃することが正義であると主張する人々がいる。

 
 もともと人間にはそのような傾向があるから、正義がゆがんでいるのは現代に限ったことではないのかもしれない。戦争はそもそも正義の名のもとに行われる。

 相模原の殺人者が、障碍者を殺すことが社会正義のためだと主張するのは妄人のたわごとである。それに賛意を示す少なくない人々がいたという。彼等は障碍者にかかる経費が社会的なコストであり、それによって自分も損をしているのであり、自分の損が多少とも減るのなら正義であると考えた。このような考え方を匿名で平然と言うことに何の疚しさも感じないなら、これは現代社会の精神的病理の表れかも知れない。

 だが彼等は犯人に続いて障碍者を殺したりしない。思うことと実行することの大きな境界を踏み越えさせてしまうものは何か。それをこそ精神医なら語ってくれないといけない。

 ゆがんだ正義の持ち主がたくさん集まれば、そのなかに暴発する者が必ず生ずると単純に考えていいのか。それなら社会の問題である。正さなければならない、と道徳を持ち出すのも正義である。道徳を戦争につながるから、と反対するのも正義である。かように正義は安売りされる。

 犯人は障碍者を殺すと公言していた。それが度を超して実行しかねないと判断されて法的措置が執られ、強制入院させにれた。そのために職を失い、身の置き所を失った。怨みと怒りは増幅し、凶行に走る原因となったという。

 普通言葉で殺意をほのめかすだけで強制入院させることはないという。人権問題になるから病院もすぐに退院させた。犯人はうまく医者をたぶらかしたとのちに自慢げに語っている。

 あの犯罪のあったあととなれば、そのまま入院させておけばと悔やまれるが、それならそれを嗅ぎつけたマスコミは正義を盾に強制入院させた警察を袋だたきにするだろう。

 妄想が膨らみ、膨らみすぎた風船が破裂するような彼は暴発した。風船に吹き込まれたのが正義に名を借りた怒りと怨みだったと云うのは、彼の逮捕後の言葉から解釈されたものである。

 正義が大量殺人者の犯行の理由に使われるとは、本当にゆがんだ時代なのかも知れない。まともな人なら「正義」という言葉が誤解を招くかも知れないと恐れるし、場合によっては恥ずかしくて使えない。

 正義についていささか考えさせられた。

2017年5月22日 (月)

谷沢永一「閻魔さんの休日」(文藝春秋)

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 初版が1983年だから古い本である。読書コラムを集めて編集した本だから、そこで取り上げられている本はそれ以前に出版されているわけで、その本の説明のために比較として上げられている本は明治大正のものも少なくない。だからそれらの本に興味があっても本屋の店頭ではなかなか手に入らないけれど、いまはネットで調べて入手することが出来る。便利な時代になったものである。

 何冊か読んでみたい本があるので抜粋してノートにメモ書きしてある。しかしいまある本でも手一杯なのにさらに増やしてどうするのか悩ましいところである。そう思いながら昨日また10冊ほど本を購入してしまった。

 半年以上読書のスランプに陥っていて、以前のように集中力が持続しない。そこからようやく脱出できそうな気配であり、読みたい本を脇に積んで眺めて悦に入っている。

 「閻魔さんの休日」というタイトルは、谷沢永一翁の畏友の向井敏氏の夫人が付けたとあとがきにある。谷沢永一翁と言えば多くの本に対して寸鉄釘を刺す厳しい書評をすることで有名で、めったに褒めることがない。ところがこの本に収められている書評は取り上げた本のほとんどを褒めているという、彼にしては希有な本なのだ。

 つまり閻魔さんも酷評を休んでいる、という意味である。

 谷沢永一翁は書誌学の鬼で、蒐書家としても有名。この人のお陰で森銑三や内藤湖南など、知るべきたくさんの人を知った恩人である。

住野よる「また、同じ夢を見ていた」(双葉社)

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 この作者にはまってしまった。

 不思議なストーリーだ。物語が輪を描いているような、同時並行して、しかも違う時間が流れているような物語なのだ。このことは読んでもらわないと分からない。

 物語はナッちゃんと呼ばれる小学生の女の子の目を通して語られる。「トム・ソーヤー」やちょっと背伸びして「星の王子様」を読むくらいだから小学校四年生くらいだろうか。

 とてもかしこい子で素直に思ったことをはっきり言葉にすることが出来る。かしこい彼女には、たいていのクラスの子たちはバカに見える。だからクラスメートに友達はいない。しかも両親は仕事が忙しくていつも家では一人ぼっちである。でも彼女には小さなしっぽの短い友達(黒猫)がいる。そして南さんという手首に傷のある女子高生や、アバズレさんという女性、独り暮らしのおばあちゃんとも知り合って友達である。彼女たちとは何でも話せるし、いろいろとアドバイスももらえるので尊敬もしている。

 前半はほとんどその友人達との楽しい会話なのだが、その会話の深い意味を真剣に考える彼女に次第に引き込まれていく。

 彼女はとなりの席の絵の上手な桐生君が気になっている。彼はおとなしく、絵を描いていることも隠す。それが彼女には歯がゆい。学校の課題で、幸せとは何か、と云うテーマで発表することになり、その桐生君とペアとなる。

 ところがある事件がきっかけで桐生君はいじめに遭う。彼女がその桐生君をかばい、いじめた男の子たちと喧嘩をしたことで、いじめがエスカレートして桐生君は学校に来なくなる。彼女は桐生君を励ますために家を訪ねるが、彼に激しく拒絶される。彼はいじめをした男の子たちより彼女が嫌いだ、と云う。

 彼女はクラスで浮いてしまい、みなから無視されるようになる。彼女はその危機をどう乗り越えるのか。南さん、アバズレさん、おばあちゃんに自分の気持ちを話すうちにいろいろのヒントをもらい彼女なりに真剣に考える。話を聞いた彼女たちはああしろこうしろ、とは決して言わない。決してくじけてはいけない、と心から願ってくれていることだけが彼女には伝わる。その意味は実はとても重いものだった。

 そうして彼女がその危機を乗り越えたとき・・・。

 エピローグはおとなになったナッちゃんの颯爽たる姿の描写である。人生とは何か、幸せとは何か、同じ人間が曲がり角で選択した道で大きく違う人生を歩むことになる、そのことの意味をあらためて感じさせてくれるエンディングである。

 好い気持ちにさせてくれる物語で、女性なら特に楽しめるだろうと思う。私でも好い気持ちになったのだから。

2017年5月21日 (日)

宿題

 安岡章太郎という作家がなんとなく好きだ。なんとなく、と云わせるようなところがこの作家にはあるけれど、根のところに岩盤のような頑固なところもあることも感じている。

 全10巻の全集を揃えようとしたが10巻だけ買いそびれたままになっている。一応飛ばし読みしてあるが、しばらく前から再読しようと第1巻を引っ張り出して読んでいる。初期の短篇集なので一篇ずつ味わっているけれど、まだ三分の一も読んでいない。

 そのなかに「宿題」という短篇がある。

 弘前の小学校から東京青山の南小学校へ転校したとき僕は五年生になっていた。南学校は府立の中学へたくさん生徒を入れるのが有名で、母は僕を南学校へ入れるために父が赴任しないうちから東京へ出てくるさわぎだった。

と云う書き出しで物語が始まる。弘前でただひとりだけ標準語を話す「僕」はそれだけで優等生扱いだった。しかしその「標準語」は父の転勤のたびに転校したために身についた、あちこちの方言がごちゃまぜになったのもので、東京では物笑いの種でしかない。

 南学校の授業は受験に備えて半年以上先に進んだもので、弘前から来た「僕」はついて行けない。意味不明の授業を呆然と眺めて時間を過ごすばかりである。課題としてたくさんの宿題が与えられる。

 「僕」はその宿題を開く気にもならず、やらないまま登校する。いろいろ言い訳をするけれど、言い訳の種などすぐ尽きるし、もとより教師にはお見通しである。次第に席で立ったままになり、それが廊下になり、何をしに学校に行っているのか分からない状態になっていく。

 ある日、学校に向かう足が止まる。就学時間中に街中をうろついているとおとなやおまわりさんから注意を受ける。青山の墓地に居心地のいいところを発見した「僕」はそこで自分だけのひそかな時間を過ごすことになる。ヤブ蚊の猛攻さえ耐えれば極楽である。そこで僕は過去のことや自分のあり方などをぼんやりと考える。

 もちろんこんな日々がずっと続くことはなく、すべては露見するのだが、だからといって事態が変わることはなく、「僕」はぼんやりと、すべてが拭ったように好転する日を夢見る。
 夢想の中で、「戦争反対、絶対反対」のビラをせっせと剥がす「僕」は、優良な生徒として教師も含めてみんなから見直されるのだ。

 時代はまさに太平洋戦争に向けてまっしぐら。あからさまには何も書いていないけれど、当たり前の生活の中にそういう空気が漂っていたことが感じられる。このビラの話を読んで、その当時といまとどう違うのだろうか、と思ったりした。

 投げやりで何も打開のための努力をしない「僕」に苛立ちを感じるだろうか。その行動の結果がどうなるか「僕」には分かっていない、と怒りを覚えるだろうか。私は苛立ちも怒りも感じなかった。「僕」の哀しみだけを感じた。「僕」は何に対してもあらがうことなくすべてを受け入れ、自分の問題として引き受ける。決して誰かやなにかのせいにしたりしない。ただ、無力な自分に哀しみを感じている。

 娘のどん姫が宿題をしばしば忘れる、と教師から言われた。それが宿題をしてこない、と言われるように変わっていった。積極的に宿題を拒否するのである。見た目には平然としている。親の欲目から見れば頭が悪いとは思えない。ときに注意はしたけれど、なんだかどん姫がかかえているものがそこに現れているような気がして、きつく言う気にならなかった。

 そのときのことをこの小説を読んで思いだしていた。ここから「僕」やどん姫がどのように生きていくのか、それは自分自身が選び、引き受ける人生であって、新しい物語が続くのである。現に「僕」=「ヤシオカ」もどん姫も立派におとなになり、自分自身を生きている。

中国はうらやましいか?

 中国はいつでもどこでも家を立ち退かせることが出来ることを外国はうらやんでいると専門家が講演で語ったそうだ。

 鉄道や道路や空港の建設の遂行にあたり、最も困難なのが計画線上周辺の家の立ち退きである。時間も費用もかかる。交渉に当たる当局の当事者の苦労は、その人の身になって考えれば分かることだろう。

 しからばそのような交渉当事者は中国のこのような専門家の意見に頷くところがあることだろうけれど、しかしそんなことがちらりとでも相手に見えてしまえば、交渉は頓挫してしまうことが火を見るより明らかであるから、ますます内心に秘めなければならない。

 どこの世にもごね得を狙う者がある。ひたすらごねて立ち退き料をつり上げ、他人より得をすることに快感を覚えるこの輩は、公共についての斟酌など何ほども感じない。しかし自分の家にこだわりを強く感じて暮らしている人もいる。それなりの歴史があり、愛着があって金銭の問題は二の次の人がいる。この区別がなかなかつきにくい。ごね得の人がしばしばこの仮面をかぶるからである。

 当事者(立ち退く人、立ち退かせる人)になったときに自分がどういう態度がとれるか、それが人物の秤になる気がするが、それは別の話として、この中国の専門家の意見はある面で正しい。

 公共的なものの建設にコストや手間がかかりすぎることは社会的にマイナスである。それが中国のように強制的に排除して遂行できればコストも時間も少なく済むのであるから、それの出来ない国は中国がうらやましいだろう。

 しかし、それが出来ない国はそれをあえてしない国である。最後の手段としての強制執行を極力留保して説得に努めるのは民主主義国家のコストであろう。民主主義というのはときに不合理でコストと手間がかかるのであって、一党独裁で民主主義ではない国の合理性がうらやましいところもある。

 とはいえ中国のような一党独裁の強制執行が当たり前の合理的な社会と、コストと手間のかかる民主主義の国である現在を比べて、中国のようになりたいと願う者がどれほどいるだろうか。

 そのことにおいて、中国国民は民主主義の国をうらやむことであろう。中国の強さはその強制力の行使による合理的な発展がもたらしたと言って良い。そういう国であり、制度なのである。国家が国民に優先する国なのである。

 さて、中国はうらやましいか?

休酒四日

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 火曜日から休酒している。特に酒が恋しくてたまらないというほどのこともなく、眠れないということもない。夜が少し長く感じられるようになり、少し早めに寝るようになり、起きるのも当然早めになって良いことである。一番の効果は、難解な数独パズルが解きやすくなったことで、矢張りアルコールは多少頭を鈍らせているらしい。

 いまはいつまで休酒が続けられるか試してみようと思っているが、こだわりすぎるのは嫌いなので、今晩にも継続は絶たれるかも知れない。人はこだわりを持つものであるが、こだわりすぎるとそれにとらわれて無理を生ずる。自由とは、こだわりを持ちながらそのこだわりにとらわれないことだと古来賢人は言っている。

2017年5月20日 (土)

ヘブンズ園原展望台

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リフトの終点から展望台への階段を登る。眼下にはリフトの駅と、遠い山並みが見える。空気が澄んでいて、気持ちが好い。

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ここの標高は1602メートル。

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この山襞のむこうに昼神温泉があるのだが、やまかげである。

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何という山なのか名前を知らない。知らないことだらけだ。

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下から展望台を見上げる。見事な青空だ。

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リフトを戻る。下の駅の前に白い花を咲かせた大きな樹がある。子梨だったか、猿梨だったか、以前誰かに教えてもらったけれど忘れた。そのときは小さな実が落ちていた。食べるものではないそうだ。

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こういう一本独立して立っている樹が好きだ。スキー場のために周りを切りたおしてこの樹だけ残ったのかも知れない。

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初夏の空気の中で緑がどんどん濃くなる。

このあと山を降りて園原から昼神温泉に行き、「ひるがみの森」というところで温泉に浸かった。ここは泊まることもできるし、日帰りも出来る。プールもあるので休みの日には子どもが多い。

気持ちよくリフレッシュした。

帰りがけに恵那峡サービスエリアで栗のソフトクリームというのを生まれて初めて食べた。こってりとして、ボリュームもあり、満足して帰途についた。


ヘブンズ園原ロープウエイ

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ヘブンズ園原ロープウエイは長い。高いところが好きで、楽に高いところへ行けるロープウエイは有難い。全国あちこちのロープウエイに乗っていて、ずいぶん長いものもあったけれど、私の記憶ではここはトップクラスの長さだ。ゴンドラは小さいけれど、その代わり次々に来るので待たずに乗れる。

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快晴。山襞のあいだを中央高速が走っている。

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眼下に新緑が広がり気持ちが好い。

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ロープウエイのすぐ横にツツジが咲いていた。

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ロープウエイの終点の高度は標高1405メートル。

係のおねえさんに、「今日は天気がいいから最高ですね」と声をかけられ、出来れば富士見台山頂まで登ると善いですよ、と勧められたけれど、ここからリフトで登り、そこから高原バスに乗り、さらにそこから30分山登りするそうである。

「山頂は360度の眺望で、今日なら素晴らしい景色が見られるはずです」と自分が行きたそうな顔で言った。近頃運動不足が甚だしく、残念ながら30分の山登りに挑戦する気になれない。

リフトは二つあるが、一つはほとんど高低差のないもので、それに乗らずに水芭蕉園によると好いですよ、と勧められたので、それに従うことにした。

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こういう道を歩く。気温22℃。風がさわやかだ。下界は30℃近い気温だという。

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水芭蕉の花はもう終わりの季節らしい。咲き残りがちらほら見られる程度だった。

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リフトの近くにポニーがいた。カメラを向けたらなんだなんだという顔をしてこっちを向いたけれど、シャッターを押す瞬間に顔を背けてそれきりこちらを向くことはなかった。意地悪!




2017年5月19日 (金)

ナビのバカ!

 本日は快晴。急に思い立ってヘブンズ園原というところへ行くことにした。中央道の園原インターから20分足らずでロープウエイの駅まで行き、上から周りの山を見たらよく見えるに違いない。園原インターは昼神温泉に行くときに乗り降りするインターで、なじみの場所だ。

 小牧ジャンクション経由で中央高速に乗り、恵那山トンネルを抜けるとすぐ園原インターだ。園原インターを降りてナビの言う通りに走ると、ナビの示す方向と道路の標識が違っている。近道でもあるのかもしれないと思ってナビに従い山道を登り出すと、どんどん狭くなっていく。人家はあるのでどこかへ抜けるだろうとは思うがどうもおかしい。駐車場と展望台のある場所に着いたが、まだ先へ行けという。

 さらに登ると道が無くなった。ないというより舗装など無くて草が生えた、人間だけが通れるような道で、車は進めない。ナビは「あと200メートルだ」、などという。そもそもヘブンズ園原などまったく姿が無く、ただの登山道があるだけだ。車で山を登れというのか。

 おそるおそる急な坂道をバックで駐車場まで降りる。

 Dsc_3177 駐車場からの景色。

 Dsc_3186 山を遠望する。

 Dsc_3180 展望台に、見える山の銘板がある。

 Dsc_3185 眼下に滝が見える。

 Dsc_3182 滝の説明書きの看板。暮白の滝と言うらしい。別名が長者の滝だそうだ。

 Dsc_3189 新緑が鮮やかだ。でも新緑はあまり好きではない。夏の深く濃い緑色のほうが好き。

 一息入れて山を下り、標識の場所からヘブンズ園原へ向かう。ちゃんとした道で無事ロープウエイ駅に到着した。

二度目

 好みによって映画やドラマの善し悪しの評価は大きく異なるだろう。私から見れば最初の一分を見ただけでうんざりするドラマでも、面白いと感じる人もいるに違いない。逆に私がお気に入りでも、顔をしかめて酷評する人もいる。

 私の個人的感想で言えば(自分ではとても評価が甘いと思っているのに)なかなかこれはと思うドラマは少ない。つまらないものはたいてい見る前に見当がつく。ドラマはたくさん作られているから、全部を見ることは物理的に不可能で、だから見たいドラマが限られているのはありがたいことである。

 「相棒」というドラマを断片的に観て面白いと思っていた。だいぶ前からシリーズを再放送してくれているので、録画して次々と観ていた。初期の頃から通して放映してくれれば有難かったのだが、どういうわけかシリーズが前後していたので相棒もしばしば替わる。

 ようやく一通り観たような気分でいたところ、第12シーズンが再放送されだした。録画して観てみたら、一度観たことのあるものばかりである。ところが見始めると作品によってはつい最後まで観てしまう。ストーリーはもちろん犯人も分かっているのに観てしまうのは、ドラマがよくできていて、推理だけの物語ではないからである。登場人物の心の動きがよく描けているのだ。しばしば犯人は人の気持を勘違いして殺意に奔る。真相を知ることで自分の愚かさに気付いて二重に絶望する様に深く同情を覚えたりする。

 もう一度観ても楽しめるドラマが私にとって善いドラマであり、評価できるドラマであることを再認識した。もちろんシリーズの中にはいささかストーリーに出来の悪いもの、俳優に難のあるものも混じっているから、それは即消去する。

 同じドラマや映画を二度観て楽しんでいたら時間がいくらあっても足りない。そのうえ本も、昔読んだものを引っ張り出して二度目三度目を読んでいて、何をしていることやらと思うけれど、一度目に気付かなかったなにかが感じられることも多い。少なくとも最初から外れをつかむ心配はないし、もう一度観たい、読みたいものだから読んだり観たりしているのである。

    ふるさとへ廻る六部は気の弱り

灰燼

 明治時代、ベストセラーになった小説「不如帰」が有名な徳冨蘆花(本名健次郎)は徳富蘇峰の実弟である。

 これも谷沢永一の読書コラムに徳冨蘆花の「みみずのたはこと」が取り上げられていたことで、彼の「自然と人生」という本が本棚の隅にあることを思いだしたので開いて見た。国木田独歩の「武蔵野」と同様自然観察からの随筆集なのだが、どういうわけか冒頭に「灰燼」という短編小説が収められている。

 随筆を読み始めるつもりで、つい「灰燼」の方を読み始めてしまった。美文調の漢字だらけ(ただしすべてルビ付き)の文章で「自然と人生」に収めてあることには著しい違和感があるが、これは出版社のせいではなく、もともと当初からこの構成であったらしい。

 この「灰燼」という小説は、西南戦争の末期、敗色濃厚な西郷軍の様子から書き出される。ストーリーは、殿様をしのぐほどの膨大な資産を持ち、大地主である大庄屋を襲う悲劇である。

 ストーリー事態はいたってシンプルで、登場人物も類型的なのであるが、それが美文調で書かれてあると、そのリズムに乗せられて講談でも聞いているような気分になる。こういう美文調のものをふだん読む機会はないし、あえて探して読もうとも思わないが、案外面白いものだと感じた。

 悲劇はときに人を狂気に追い込むことに妙に得心する。そういえばハムレットのことを連想した。狂気は精神の弱さか魔物の憑依か。

2017年5月18日 (木)

「藪の中」の真相

 芥川龍之介の短編小説「藪の中」は、黒澤明の映画「羅生門」の原作である。多襄丸を三船敏郎、武士を森雅之、その妻を京マチ子が演じ、三者三様の言い分がまったく食い違うのが見所であった(小栗旬主演の「TAJOUMARU」という映画もこれを下敷きにしているが、原作とはかけ離れすぎている)。小説も結論無しであるから解釈はいかようにも可能である。世の中の真実などというものはこんなものなのだ、と云う解釈も成り立ってしまう。

 谷沢永一の読書コラムを読んでいたら、村松定孝氏の「評言と構想」という文章が紹介されている。ここで「藪の中」の真相が推理されているのに谷沢翁は共感し、その通りだろうと頷いている。その裏付けとして、当時の芥川龍之介の女性関係がもつれていたこと、そこから芥川龍之介の女性観がどうゆがめられたかも論じられていて面白い。芥川龍之介が中国旅行をしたのがまさにそのときであり、その間に愛人が他の男に奔っている。

 私の大好きな「上海紀行」その他の紀行文はそのときに書かれたものだが、そのときには芥川龍之介は何も知らなかったのだ。そして帰国後しばらくしてこの「藪の中」が書かれている。彼の経験が作品に反映されているだろうという。芥川龍之介はそのことをにおわす文章を残してもいるのである。

 そんなこんなを考えながら、あらためて何度目かの「藪の中」を読み返してみた。なるほど、指摘の通り、ここにはすべてのヒントが呈示されている。本当のことを言っている人間と嘘をついている人間がいるだけである。それなら真実は明らかだと思える。

 しかしながらあまりに明解に解釈されたので、それ以外の解釈をすることが出来なくなってしまった。それは善いことなのか悪いことなのか、微妙なところだ。だからその解釈はここでは披露しない。私は意地悪なのである。

メンテナンスに入る

 若いときの暴飲暴食から見ればささやかなものだったけれど、いまの自分にとっては不摂生の日々がちょっと続いた。気がつけば体重は一気に増え、体がそれ以上に重く感じられ、楽に上がれた階段がつらく感じる。食事の量が増え、間食が始まり、夜更かしが続く。

 このままだと極めて危険なのでメンテナンスに入る。食事の量を制限し、酒は極力飲まない。遅くとも10時には寝る。メンテナンスの途中経過は外部機関による検査(病院の定期検診)が月末にあるのでそれで評価することにする。

 体が重くなるとすべての動作が鈍重になり、積極的に行動しなくなる。体と心は連動している。精神の沈滞につながるのだ。とりあえず水分を抜くだけでもたぶん二、三キロはすぐ減るだろう。問題はそこからだ。目標は月末までに五キロ減。ご褒美は温泉旅行の予定。

私はもともと煙草は吸わないから禁煙はできないけれど、減量なんて簡単だ。だから何回でもできる。

2017年5月17日 (水)

年に五千万台

 中国自動車工業協会の副会長が、中国の自動車は年産5000万台規模まで生産拡大の余地があるとの認識を示したそうだ。国内市場が4000万台、海外で1000万台販売できるとしたという。「できるとした」根拠は、当分7%程度の成長が続くからだという。同協会によると、2015年度は対前年4.7%増、2016年度は対前年13.7%増だった。

 先日、上海では増えすぎる車を制限するために行っているナンバープレートの取得金がついに150万円となったと伝えていた。それでもナンバープレートの奪い合いで、新車を買ってもナンバープレートが手に入らないから乗れない人が続出しているという。

 先日このブログに書いたように、中国の交通事故死の比率はとても高い。多少は良くなってきているとは言え、交通法規を遵守せず、交通マナーも身についていないし、道路整備もなかなか車の増加に追いついていない上に駐車場も確保が難しいのである。そもそも都市は人間が飽和状態で巨大化してしまっているところにその人数に合わせて車が売れると考えるのが異常である。

 マナーが身につかず、法規をなかなか遵守しないのも、損得で何事も考える中国人のこと、譲るのは損することだとつい思うのであろう。だから中国の運転は恐ろしいのである。いまでも飽和しているのにさらにどうやって車を走らせようというのだろうか。渋滞にイラつけばさらに運転は荒れるから事故はもっと増えるだろう。

 この副会長は中国の人口当たりの自動車普及率を単純計算していると思われる。それならまだまだ売れ続けるに違いないと机上で計算している。しかしすでに中国での車の販売総数は頭打ちの上に、自動車会社が乱立して過剰生産となり、価格競争が激化して利益率は激減している。韓国車がまず大幅に販売を減らしているのがその証拠だ。低価格での販売戦略は、まともに中国車との戦いとなり、すでに敗色濃厚だ。

 まだ日本車の方が善戦しているが、その利益率は減っている。この中国車が海外に打って出ると、過剰生産の結果としてのダンピングが始まり、世界の車メーカーは大変なダメージを受けるだろう。これは鉄鋼メーカーが現に経験していることである。なにしろ中国は赤字でも国有企業は国家が助けてくれるから平気なのである。ルールが違うのである。

 こうして年間5000万台の夢と共に世界の自動車産業は壊滅的な利益減少に苦しむだろう。中国の通った後にはぺんぺん草が生えるのである。アメリカもフォードが中国で売れているあいだは何も言えない。

 グローバルを声高に言うのはグローバルが自分に得だから言う者である。アメリカと中国なのである。グローバルは世界の秩序になじまないものだと愚考する。大国が世界を隘路に追い込んでいる。

あまりのことに驚く

 ニュースを見ていたらあまりのことに驚いた。青瓦台(韓国大統領府)のコンピューターに何もデータが残されていなかったというのだ。

 いくら朴槿恵前大統領があんな形で追われたからといって、その腹いせのためにデータを消去してしまったとでも言うのだろうか。まさか最初からなにもなかったはずはなかろう。

 コンピューターからプリントアウトされた紙の資料も大事なものは殆どシュレッダーにかけてあるようだと云うから念の入ったことである。

 朴槿恵政権から新政権に引き継ぎとして渡された資料は10頁あまりの文書のみらしい。こうして政権交代の引き継ぎはほぼ不可能となっている。

 朴槿恵前大統領が罷免されて不在のあいだ大統領代行をしていた黄首相は大統領指定記録物を指定してた。セウォル号事件の当日の資料、慰安婦問題に関する韓日合意の資料、THAAD交渉に関する資料、開城工業団地閉鎖決定に関する資料などである。これがすべて失われているようだ。これが朴槿恵政権の犯罪的な面の表れなのかと思ったら、前例があった。盧武鉉大統領から李明博大統領への引き継ぎの際には盧武鉉大統領は大事なものを一切合切自宅に持ち出して問題になったという。

 これでは国家の継続性など不可能であろう。どうするのだろうか。

 いかにも朴槿恵やその取り巻きにすべての責任があるかのように見えるこの話を私は違う見方をしてみた。

 すべての交渉の記録が残されていないのである。交渉での合意は韓国にとって存在しないものとなった、と文在寅大統領は主張したいのではないか。すべてをご破算にして一から始めることができると考えたいのではないか。何しろ引き継いでいないのである。

 こうして韓国は前政権の約束を反故にすることについての免罪符を得たと思っているのではないか。

 そうなると、データを消去したのは誰か、怪しくなって来ないか。まさかと思ったのはそういうことでもある。

2017年5月16日 (火)

無事帰着

 夕刻、千葉から名古屋に無事帰着。特に渋滞はなかったけれど、新東名で何カ所も舗装のメンテナンスや分離帯の草刈りなどで車線が制限されていて、スピードがあまり出せない。そのうえパトカーがしきりに走っていた。たまたま猛スピードで追い抜いていった青い車があったが、しばらくしたらパトカーに捕まって路側帯にいるのを見た。なんとなくちょっと嬉しかった。

 トラックが多いので、少し神経を使い、思いの外疲れた。荷物を降ろしたら、忘れものをしていることに気がついた。なくて困る物ではないのだが、あれだけ忘れものがないように確認したのに忘れている。そのことにちょっとへこんでいる。矢張りボケているのだろうか。だからちょっと酒が飲みたい気もするけれど、ペナルティとして我慢することにした。

 植えたばかりのトマトの苗と、パセリとニラと紫蘇に液肥入りの水をたっぷりやる。パセリは鉢からあふれるほどに繁茂して、元気いっぱい。少しずつつまんで食べてあげなければ。紫蘇も株が多すぎるから鉢を買ってこようかなあ。あまり植物にこだわると出かけられなくなってしまう。それにしてもあんな小さな種がこんなふうに増えていくなんていまさらながらすごいと思う。

楽しく飲む

 昨夕は先輩と船橋で待ち合わせして歓談した。連日ちょっと多めに飲んでいて少しくたびれた気がしていたが、飲み始めれば元気百倍、互いの消息や情報を交換し、世の中の不逞の輩を痛罵し、限られた余生についてしみじみと語り合った。

 こうして打てば響くように話がかみ合い、言わんとするところが互いに胸にすとんと落ちる相手と飲めることはまことに幸せである。先輩は今月白内障の手術をしたばかりだという。目が単焦点になったのでまだそれに馴れていないとぼやいていた。もともと目のいい人だからめがねなど掛けたことがない。不自由なことだろう。

 だらだらと飲む人ではないが、珍しく二軒目に行こうと誘われた。以前行ったことのあるワインの専門店である。ハムの盛り合わせとチーズの盛り合わせでグラスワインを飲む。二人ともブルーチーズが好きだから、ゴルゴンゾーラを別に頼む。グラスならいろいろな銘柄を楽しめる。気がついたら結構量を飲んでいた。

 再会を約して切り上げる。今回も楽しく飲んだ。

 今日は弟のところから名古屋へ帰る。いま仕度をしているところだ。母がむかし私用(鯨尺で仕立ててある)に作ってくれたウールの丹前をみやげにする。帰ったら少し休肝させるつもりだ。ふだんひとりでほとんど誰とも口をきいていないから、こうしていろいろな人と話をするのは実に楽しいけれど、つい余分なことまでしゃべるから相手には迷惑かも知れない。でもみな優しいし、こちらの事情も承知しているからニコニコと相手をしてくれてとても癒やされる。ありがたいことである。

2017年5月15日 (月)

真面目ではない

 福島第一原発の事故を引き合いに出して、日本人は真面目だと思われているけれど、あんな事故を起こすのだから真面目とはいえないと中国のメディアで論評されていた。まことに一言もない。

 そこでは日本人は真面目ではなく、ルールをただ変態的に守る特性があるだけだ、と評している。変態的というのは盲目的というくらいの意味であろうか。中国人からすれば、車が来ないのに赤信号で渡らずにきちんと青になるのを待ったり、ホームで列を乱さずに並ぶ姿が異様に見えるので、それを「変態的にルールを守る」と表現したのだろう。

 しかし日本人はおおむね中国人よりは真面目だと思う。それが原発事故のせいで日本人は真面目ではない、などと言われてしまうのは事故の原因となった東京電力や、その管理に関わった役人の責任が大きい。彼等が真面目ではなかったことは誰もが認めるところであろう。

 およそ民族全体が真面目だったり不真面目だったりするわけではない。日本人でも中国人以上に拝金主義的で不真面目な者はいるし、中国でも真面目な人は少なからずいる。特定の責任者に帰するべき問題を国民全体の評価にするのはいささか乱暴であるが、メディアはしばしばその論法で面白おかしく書き立てる。

 いちいち目くじらを立てていてもしようがないが、原発事故のことになるとさすがにいささか不快になる。少なくとも責任者が責任を取らずにいる不真面目さが許されることにおいて日本は中国より不真面目と云われてもぐうの音も出ないので、私は一言もないのである。

大学教員は通夜の僧

 谷沢永一翁の書評コラム集「閻魔さんの休日」を読んでいたら、清水幾太郎の「戦後を疑う」に収められた戦後の教育について書いた文章を引用してあって、それが痛快である。

(前略)現代の大学は、卒業証書という最低限の通行手形手に入れても喜びの伴わぬ形式的な書類交付のため、所在なく約四年間を自儘に過ごす、索漠として落ち着かない待合室にすぎない。駅の自動販売機だったらコインを投入すれば直ちに切符を吐き出すのに、非能率きな大学でだけは、その間に何と四年以上を要する。しかも本質はレジャー施設に転化した大学で、目標なき時間つぶしを強いられる学生は、従ってサービス内容への不満を無意識に蓄積、徒らに卑小な小姑根性を培養する。
 現代の大学教員は、通夜に呼ばれた僧である。もっともらしい読経は習慣の儀式、それなくしては矢張り格好がつかぬので、お互いに退屈を我慢しているだけ。有難くも何とも感じていない経文の一字一句に耳を澄まして聞き惚れている者は誰もいない。ただもう読経が滞りなく進行してさえおればよいので、浄土三部経だかなんだか知らぬが、深遠な内容と論理を敬虔に理解せんと努めるのは、よほどの変わり者でしかないだろう。だからと言って僧の態度に、もし幾分の懈怠が認められたら、沈黙のうちに凝視する一同、非常に不快を感じること必然、僧の使命は厳粛に誠実に、長からず短からず暗黙の所定時間を、勤め了せる儀式の遂行、中身は誰も問題にしていない。現代の学生も遺族の心境、教員がまじめに勤めているか否か、サービスを受けるべく入場した、お客様としての大切な学生を、おろそかにする不心得がかりそめにも見受けられぬかどうか、監視する勤務評定者の視線を向ける。僧の読経に錯簡や落丁の、ありやなしやはいっこうに問われぬのが常である如く、教員の講義内容が度し難いナツメロでも、休講せず、必ず時間いっぱい、態度よければすべて佳しである。最も望ましいのは体質的な汗かき、声を張り上げ滴る汗を拭きながらの熱演は、内容の陳腐低劣を度外視、一応の満足を以て迎えられるであろう。(後略)

 自らも関西学院大学の教授だった谷沢永一翁はこの文章を見て膝を叩いたのだろう。理科系の大学の場合、もう少しマシだと思うけれど、人文科学系、社会科学系の場合はここに書かれているようであると自分が実感していたからである。

 大学が勉強したくて行く場所でなくなって久しい。自ら学ぶなどと言うことに思いも寄らぬのが当たり前の大学に何の意味があるのだろうと私などは思うが、世間は思わない。高校ばかりではなく、大学も無償化が検討されるそうである。ますます「通行手形」は意味を失っていく。

 それにしてももうちょっとあの頃学んでおけばよかったなあ!

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