2019年1月21日 (月)

与えられた役割を踏みこえた?

『そこまでやって委員会』という日曜日午後の番組があって、テーマが面白そうなときだけ録画しておいて観る。録画するのはCMを飛ばすためである。この番組は東京エリアだけ放送していないはずである。東京エリアはきまじめで、この番組を受けとめる度量がないと判断されているようだ。

 この番組に時々田嶋陽子女史が出る。番組はどちらかというと保守派そして右派の色合いが強いので、彼女はそれに強硬に反対意見を述べるリベラル派的な色物の役割である。役割に徹して暴論を述べるのだが、いちおう許容範囲にうまく収まっている。

 昨日は日韓関係、そして韓国の国内の実情などが取りあげられ、ひな壇のコメンテーターがさまざまな意見を語っていた。いつもの光景なのだが、今回の田嶋陽子女史の暴走はいささか常軌を逸し、明かな事実すら無視して喚き散らしていた。平和を愛するリベラル派とはこれほど無知で戦闘的なのか、とあらためて呆れて眺めていた。

 わたしの予想では、彼女の出番はこれから当分ないか、二度と無いだろう。それほどひどかった。これでは自分の色物としての役割を逸脱しすぎで、観ている人に不快感だけしか与えなかったと思われる。それとも読売放送は平然と彼女を使い続けるのだろうか。それなら関西畏るべし。

養老孟司『猫も老人も、役立たずでけっこう』(河出書房新社)・つづき

 この本には愛猫「まる」の写真が満載で、それを見ているだけで楽しめる。

「個性」を伸ばせ、などと盛んにいわれているが、師は懐疑的である。「個性」の意味をはき違えていると考えている。個性は他人との違いである。しかし巷で言われている個性とは、頭で考えられたもの、精神的傾向の違いのことを主にいうが、そもそもは身体的な違いのことではないか、と語る。その理路は師の本をよく読まないと分かりにくいかも知れないが、師の本を読み続けているわたしにはとても良くわかる。今いわれている「個性」は、さまざまなことの言い訳のための道具に堕している。    
 師は、大学時代の恩師の「人のこころがわかるこころを教養という」ということばを胸に深くとどめているという。ものをどれだけ知っているかではなく、人の気持ちが理解できることの方が大切だ、という師の言葉は、わたしもこの歳になってようやくわかってきた。

本文から
「いまの人たちは、何でもすぐに説明してもらおうとするでしょう。「どうしてですか?どうしたらいいですか?」って。聞かれるたびに「バカ!」って叱るんです。「そんなことは自分で考えろ!」って。そういう、何でも説明を求めたがる傾向って、メディアで特に強いと思いますね」。

 このあとに、殺人事件があったら、どうしてこうなったのか、とあれこれいうことを取りあげて、そんなものは本当のところはわからないのがふつうだろう、と切って捨てます。理窟は後付けである、という当たり前のことが忘れられて、何でも説明がつくはずで、説明がつくまで問い続ける、そんなのは無意味だという。同感だ。「動機」というのが明らかにならないと、裁判にも持ち込めないらしいが、いまどき動機が理解不能な事件だらけなのにと私も感じている。先日読んだ高村薫の「冷血(上・下)」は、まさにこのことを問い続けた小説だった。

 それはそれとして、自分で考えずに人の受け売りで自分の考えにしている人の何と多いことか。安直な説明を鵜呑みにする、説明が足らないと放り出す。思考するのをサボっている。そういう自分も気をつけないといけないと思う。

 そういう意味の説明ばかりを求める風潮というのは、同時に、意味の無いものは必要ないという共通認識があるということである。あの相模原の障害者施設での大量殺人事件では、犯人が「人の世話になるだけで役に立たない人間に何の意味があるんだ」というのが動機だった。

 実は誰もが内心、そういえばそうだな、と肯くところがあったのではないか。意味を求め、意味が無いものを否定する恐ろしい世の中だと思う。実は世の中は意味の無いもので満ちている、というのが師の持論である。人間から見れば、特に自然はそうである。その無意味をひたすら排除することで都会は成り立っている。

 現代人はなにを見失い、なにを喪失してしまったのか。猫のまるはそれを思い起こさせてくれるようである。わたしも猫が飼いたいなあ。

2019年1月20日 (日)

ようやく

 大震災による原発事故の報道で、政府を代表して、汗をふきふき事態の混乱に一生懸命対処していた枝野さんに好感をもっていた。ところが実はすべて良くわかっていて、知らずに振り回されていると見せたのは演技であったことに、あとで気付かされた。菅直人首相と共に、民主党の情報統制の主犯であったらしい。国民をバカにした(正しい情報を知らせると、国民は愚かだからなにをしでかすかわからない、賢いわれわれが対処するから、教えないことにしようという態度)特に原発避難民の生命を脅かす、犯罪的な情報統制の当事者だったのだといまは思っている。

 そんなことに気がつかなかった自分も迂闊だが、それ以来枝野さんという人が嫌いになった。寡聞ながら、当時のことに対する反省の弁を聞いたことがない。だからもちろんいまはこの人を信用しない。

 その枝野さんが、危機的日韓関係についてようやく口を開いたと報じられていた。結局何もいっていないに等しい「事態を政治問題化するべきではない、冷静に」というような空論だったが、それでも黙っているよりもいい。しかし最後の問題であるレーダー照射事件から一ヶ月も経っての要約のコメントである。この時間はなにか。

 国民の、特にマスコミの動向を読みに読んで、自分が批判されない物言いを考えた上のことのように見える(なにしろ嫌いだから悪意にとるのだ)。情勢を読み取るのにずいぶん慎重だったのは、この事態を「政治問題化」するチャンスを窺っていたのではないか。洞ヶ峠を決め込んうえで、どうも都合の良いことになりそうにないから、当たらず障らずのコメントを出したのだろう。

 ようやくのコメントが国民に迎合するような感情的なものでないのは、本音のところでは良かったと思っている。ここで自民党議員の一部の過激な意見を追い越したようなエスカレートした物言いだと、戦前のように国を誤りかねない。結果的によかったといまは認めておこう。

自分を笑う

 たかが歯が一本痛いだけで、本を読んでもなにが書いてあるのか頭に入らず、映画やドラマを観ても上の空、気晴らしに数独パズルをやっても集中力が落ちているから間違ったりして、いつもなら解けそうな問題ができない。意気地のなさに自分を笑っている。

 痛みは続いているが、昨日より多少軽減している気もする。痛みに慣れたのか。それほど痛いのに化膿しているわけではないので、あご周辺が熱を持ったり腫れたりしていない。ただ歯の中心部の神経がズキズキするだけである。いっそ神経を殺してもらおうか、などとも思うが、医者から見て健常な歯を殺すようなことは医師も嫌うだろう。

 ブログに書きたいネタは、数冊の読了した本や、鑑賞済みの何本かの映画のことなど、ないことはないのだが、情けないことに書く気力がない。明日になって痛みが更に軽減して、歯医者の言う通りにおさまっていくことを心底願うばかりだ。なにしろ食慾も失せ、料理をつくる気にもならず、やっつけでやわらかそうなものを食べるばかり。

 それでも酒を飲む。酒を飲むと一時的に痛みが減るが、そのあとに倍返しに痛みやって来た。来週の日曜日は毎年訪ねる酒蔵の新酒会で、友人達と盛り上がるのを楽しみにしているのだが、幹事として率先して愉しまなければならないのに、いまの調子ではテンションが低くてみんなに迷惑をかけそうだ。

 早くおさまるよう神様にお願いしよう。

歯が痛い

歯が痛くてよく眠れなかった。

2019年1月19日 (土)

見解の違いとはいえ

 文在寅大統領は日本政府に腹を立てているだろう。韓国国民のため、彼は全力で北朝鮮との和平へむけて努力しているのに、安倍晋三はその邪魔をするのである。平和の敵である。だからそれに対して制裁を加えなければならない。かれの嫌がることをするのは正義である。そのためには条約違反でも嘘でも理不尽でもかまわないのである。なにしろ平和のためなのであるから。

 そういう信念のもとに文在寅大統領は行動しているのだろう。それなら個別のことの理非を日韓で論じていても全く意味は無いのだろうなあ、と諦念を感じている。

  平和のためなら不義も許される、というのはテロリズムではないのか。しかし歴史は実はその信念のもとに動いてきた。それならそのテロリズムに対応するための冷静な備えが必要だろう。どこかの国の脳天気な平和ボケ無防備論者は黙して語らない。事態が理解できないのか、それとも都合が悪いから見ザル言わザル聞かザルを決め込んでいるのか。いままでのように平和至上主義を唱えるなら、どうして文在寅に加担して安倍首相批判をしないのか。

 ところで、文在寅大統領政権の軍事費は年率8%の伸びで推移している。中国は10%を越える。そして日本は年率0.8%である。韓国も中国も日本が軍事化しているといい、日本の野党やマスコミの平和論者もそれに唱和している。日本の平和論者が中国や韓国の軍事費増を非難したことを聞いたことがないのはどうしたことか。それなのによくいうよ。

気のせい?

 無理をいって割り込みで歯医者で診察してもらった。治療した歯が間違っていたわけではないという。痛い歯にはなにも痛む原因が見つからないのである。レントゲンも撮った。虫歯などの異常は全くないのだという。

 痛むのは神経だが、痛む歯の神経はむき出しではないし、確かにそこを歯ブラシでこすっても痛いわけではない。神経が錯覚を起こしているとでもいうのだろうか。

「これから痛んだりおさまったりを繰り返すと思いますが、いま歯医者としてなにを治療して良いかわかりません。しばらく経過を見るしかありません」とのことである。とりあえず一月ほど先の予約をして終わり。

 歯は痛いままである。これに慣れなければならないのか。かなりつらい。こんなことがあるとは思わなかった。なにしろ本を読むのも痛みで集中できないのである。参ったなあ。

バラエティミックスの猛撃

 バラエティミックスという、ジャイアントコーンや乾燥バナナのスライス、アーモンド、ピーナッツ、干しぶどう、炒り空豆などが詰め合わされたパックのスナックが大好きで、食べ過ぎないように注意しながらもつい食べ過ぎている。

 一昨日の夕方、ビールのつまみにいつものようにポリポリ食べていたら、右下の奥歯に突然激痛が走った。そのあとは右側でなにも咬むことができなくなった。ただ、虫歯ではないらしく、その奥歯に触りさえしなければ痛みはあまり感じられない。

 ところが昨日夕方になったらどんどん痛みが強くなってこのまま週末を過ごすのが心配になり、歯医者に連絡した。かかりつけの歯医者は、金曜日だけ夜の八時までやっていて、しかも土曜日も午前中は開業している。

「予約で満杯ですが、待つつもりがあるならすぐきてください。なんとかしましょう」とありがたいお言葉。あわてて歯を磨き、顔を洗い直し、髪を整えて飛んでいった。

 ほかの歯よりも相対的に頑丈な上の歯(金属がかぶせてある)が下の歯を削り続けて、下の歯がすり減ってしまい、神経がほとんどむき出しになっているのだそうだ。「痛いでしょうね」と看護士の若い女性は笑っている。人の痛いのは平気なのだ。笑われてもいささかも腹は立たない。早く助けてくれ、という思いだけだ。笑うくらいだから治療は簡単なのだろうと期待する。

 上の歯を金属ごと削って低くし、上下に隙間をつくり、下の歯を神経ごとセメントで固めて盛り上げた。「これで神経と上の歯の間に距離ができましたから、大丈夫でしょう」で終わり。神経は生きているから歯としてもまだ生きているのだ。

 今朝になっても神経がむき出しになった歯はまだ痛い。昨日よりましだがどうしたわけか。このままおさまれば良いのだが。

 口内を鏡でよく見てみた。どうも痛い歯ではなくてとなりの歯を治療したらしい。医者もわたしも迂闊なことである。肝心の歯がそのままだから痛みがなくならないのである。それに気がついたら痛みが増してきた。今日は土曜日、どうしよう。

2019年1月18日 (金)

大矢田神社

昨年暮れからほとんど車を動かしていない。あまり動かさないのは車によくないから、ドライブがてら日帰り温泉にでも行こうと思い立った。比較的に近いのは東海北陸道を北上して、美濃インターから西に走ったところにある武芸川温泉だ。


その温泉の手前に大矢田神社があるので立ち寄った。ここは晩秋の紅葉の名所でもある。途中で北上した山の行き止まりにあるので、駐車場が限られており、シーズンは混むので最盛期に訪ねたことはない。

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大矢田神社山門。立派な山門である。

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由緒書きが彫られた石版。建速須佐男神などが祀られている。「たてみはやすさのおのかみ」とでも読むのだろうか。

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山門の扁額などを見上げる。こういう木組みの技術を見るといつも凄いなあと感心する。

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参道に置かれた神様の通る橋。右手の階段を登る。

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長い階段を登ると拝殿が見えてきた。

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お参りしたあと、罰当たりに拝殿を撮影。奥中央に神鏡が置かれている。

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横から本殿を望む。

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神社の横に案内板がある。現在地は標高181メートルか。

さらに上に大モミジなどがあるらしいが、神社を見て満足したので山を下りる。

武芸川温泉はもともと綺麗な日帰り温泉だが、岩盤浴などが新設されて更に整備されていた。駐車場にも車がたくさんあった。ここの温泉は濃度があって温泉らしい温泉だ。アルカリ温泉だから肌がヌルヌルする。サッパリして帰宅した。

養老孟司『猫も老人も、役立たずでけっこう』(河出書房新社)

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 養老孟司師の愛猫「まる」の様子は、NHKBSプレミアムの『養老センセイとまる 鎌倉に暮らす』という番組で拝見したので、この本に書かれていることはとても良くわかる。わたしも猫好きだからこそ、マンション暮らしでは猫が可哀想で飼いたくても飼えない。独り暮らしでは猫をおいて旅に出るわけにも行かない。といって連れて行くのも猫には迷惑なことだろう。

 犬と違う猫の、飼い主に媚びない自由勝手さがセンセイ同様わたしも好きなのである。その猫に教えられること、気付かされることがさまざまな思考を伴ってこの本に満載されている。二三引用する。

 センセイにとって「まる」とは、と問われてセンセイは「ものさし」と答える。

「自分の住む世界の価値観に、人は暗黙のうちに合わせられてしまう。常識や慣習、考え方、ものの見方、人の世に暮らせば、知らぬ間にそういうものが我が身にも染みついているんです。それは、世間のものさしですよね。だから時々、ものさしを取り替えたくなる。まるをものさしにすることで、自分のものさしがリセットされるんです」

「みなさん、「発見」ってなにかを見つけることだと思っているんでしょうね。違うんです。たとえば、ある日突然、いままで同じだと思っていた虫が違う種類であることに気付くとする。それは、「違いがわからなかった自分」が「違いがわかる自分」に変わったということ。見える世界が変わったということなんです。つまり、「発見」というのは「自分が変わる」ことに他ならない。自分が変わった瞬間、世界も変わるんです。
 発見があると、自分が生きているということを、しみじみ実感できる。---だから面白いんです。」

 わかるなあ。わかるというのは、知らなかったことを知るようになるということではなく、わからなかった自分がわかる自分に変わることだということで、知識が増えてもわからない人はわからないのだ。知識をただ増やし、自分がちっとも変わらない人の何と多いことだろう。

 センセイは「みんなで一緒にやるっていうこと」が、だめだという。子供のときからそういうことにぞっとするのだそうだ。北朝鮮の人文字など、よくあんなことができるものだという。それは戦争の後遺症ではないかというが、必ずしもそうではないだろう。

 わたしもそう言うのを毛嫌いする人間で、一度だけ学生時代にデモというのに参加して、リーダーのシュプレヒコールに合わせて唱和させられたときに鳥肌が立ち、二度とそういうものに参加したりしていない。集団演舞、というかダンスを集団で行うコマーシャルなどを見ると虫酸が走るのである。自分が強制的に参加させられることを想像してしまうのだ。

 一気に読めてしまう本だが、共感したところに付箋をつけていたら、まだまだ取りあげたいところが残ったので、もう一回この本の話を書く。

2019年1月17日 (木)

高島俊男『司馬さんの見た中国』(連合出版)

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『お言葉ですが・・・』シリーズの別巻、第6巻である。このシリーズは文春文庫に1~10巻が収められていていつでも手にはいる。第11巻、そして別巻1~7巻は連合出版のハードカバーしかない。これはそこそこの本屋で捜さないと見つからないかも知れない。

 著者は市井の中国学者。ことばと漢字にこだわりを持ち、その視点に共感を感じる。たくさんいる、自分の不勉強を教えてくれるわたしの先生のひとりである。この本は初期の頃の『お言葉ですが・・・』のような書き下ろしではなくて過去の文章を集めたもの。古いものは1983年から、最新のものでは2013年までのものまであり、文章の硬軟がそれぞれ多少違うが、それは当然だろう。若いときの方が硬いのは一般的な傾向か。

 表題の文章は冒頭のもので、この本が全体として司馬遼太郎に関したことが書かれているわけではない。語源の研究について、詳しく書かれた文章がある。漢字について、そして日本語についてさまざまな研究を紹介しながら自分の考えがまとめられていて難しいけれどおもしろい。ただ、音韻学についてはわたしには歯が立たない。

 後半に近現代の中国の小説についての書評が詳しく述べられている。その文章がそのまま現代中国そのものについての考察につながっているのは当然なのだが、これもとても興味深くおもしろい。文豪ではなく、ふだん触れることのない作家が紹介されている。詳しく引用されていて、その世界観はいま並行して読み進めている奥野信太郎先生の紹介する中国、特に北京の戦前の様子にオーバーラップする。なんだかなつかしいのである。

 ことばや漢字に多少でもこだわりを持つ人ならば、このシリーズを読むことをお薦めする。膝を叩いて共感し、おもしろく読めるはずである。

 この本の最後の文章が、東洋文庫に収められた桑原隲蔵(くわばらじつぞう)博士の『蒲壽庚の事蹟』の酷評である。もちろん高島俊男師は桑原隲蔵博士を心の底から尊敬している。『蒲壽庚の事蹟』はそもそもたいへんな労作であり、世界に誇るべき論文なのだが、そのままでは一般の人には読むことは困難である。本文の何倍もの参照がつけられていて、その参照こそがこの論文の肝なのだが、本来文語文のそれが現代仮名遣い、新漢字にあらためられていて、博士の伝えたい意味を著しく損なっていることが批判されているのである。 

 だいたいこういう本を読むのはよほどの好事家である。漢文もわかり旧漢字の素養のある人しか読まないのだから、いたずらな改悪はするべきではないのだという。原文は岩波書店から『桑原隲蔵全集』のなかに収められているそうである。

 わたしは桑原隲蔵博士の『考史遊記』(岩波文庫)を二冊所持している。すでに三回は読んでいる愛読書だ。明治後期の中国の史跡を訪ね歩いた紀行日記で、三分の一が彼が撮った写真が収められている。交通の便がない時代の苦労話がリアルに描かれていて、こんなおもしろい紀行文はない。なぜ二冊あるかといえば、父に一冊進呈して暇つぶしに読むことを勧めたからであり、父の死後わたしの元に返ってきたのだ。

 東洋文庫のなかの桑原隲蔵博士の著作の数点は所持しているし、もちろん『蒲壽庚の事蹟』も棚に飾ってある。

文在寅の陰謀

 陰謀論は面白い。ときに理解しがたい事態を最もうまく説明できたりする。そのとき陰謀論は疑わしいものというよりも、もしかしたら本当のことかもしれないと思う。

 韓国・文在寅政権の、この数ヶ月の異常な反日行動は日韓双方にとって少しも利益をもたらさないどころか、今後両国に取り返しのつかない不利益をもたらすように見える。特に経済が下降気味で、最悪の事態もあり得そうな韓国にとって、その不利益は日本よりずっと大きいだろう。為政者は感情より国益を重視するのが役割のはずなのに不審である。

 そうなると文在寅政権にはなにか国益以上の目的があるに違いないと思えてしまう。コメンテーターの多くが、「韓国にとっての日本の重要性が低下したから」とか、「韓国の国民の反日感情を考慮したポピュリズムだ」とか、「政権の支持率低下を回復させるためのいつもの反日方策だ」などと説明しているが、そんな目的のためにここまで極端なことをするのは異常である。

 韓国が日本と離反することそのことを目的としている行動としか思えない。それならそれを喜ぶところはどこか。中国と北朝鮮だろう。しかし日韓が離反することは、中国と北朝鮮にそれほど大きな利益をもたらすとも思えない。さらにその先にこそ目的があるのだろう。

 日本はいまの韓国に嫌気がさしている。日韓関係に介入することを控えているアメリカも、日本と同様に韓国に不愉快な思いを抱いていると消息通はいう。しかもトランプは朝鮮半島から米軍を撤退させる、などと口走っているという。同盟関係を重視していたマティス国防長官が辞めてしまい、米軍撤退はあり得ないことではなくなってきた。韓国をアメリカが守る理由が消滅しつつある。

 日本にとってはアメリカが半島から撤退することは防衛ラインが大きく南下することだから、極めて不都合なことである。だからこそまず半島から日本外しをもくろんでいるのではないか。

 なるほど、中国と北朝鮮にとって最も喜ばしいことは半島からの米軍撤退であるだろう。日本と関係修復困難な状態にすることがまず第一段階で、目的は半島からの米軍追い出しにある。更に韓国という国の国力をとことん削ぐことで、北朝鮮の主導による半島統一を行おうという深慮遠謀なのではないか。

 そう妄想していたら、BSフジのプライムニュースで、木村太郎氏が北朝鮮の意を受けた第五列という謀略部隊が一斉に韓国内で反日プロパガンダに動いていると語っていた。司法界、マスコミ、そして内閣府にそれらの謀略部隊は深く浸透しているという。我が意を得たりというところだ。

 だから「おかしいぞ」と思っている韓国のまともな人たちも、それがこわくて意見を表明できないのであろう。マスメディアはほとんど内閣府の意向通りの報道をしているから、国民はこの数ヶ月の韓国の異常な反日を異常とは思わず韓国が正しいとして大多数が政府を支持しているようだ。木村太郎氏の言う、北朝鮮に使嗾された第五列の作戦は大成功しているのである。

 常軌を逸した反日プロパガンダ、文在寅の極めて強権的な司法支配、そして反対派の粛清とも見える検察の検挙の頻発は、そのためのなりふり構わない行動であろう。北朝鮮、中国、そして文在寅は連携している、というのが私の陰謀論である。それなら、残念ながらいま韓国と話し合って妥協点を見出すことは不可能である。日本は来たるべき最悪の事態を想定し、それに備えるしかないのである。そのための憲法改正なのだろう。

 ところで国民民主党の玉木代表が、韓国の異常反日に対して立憲民主党などがなにもコメントを出さず沈黙していることを強く非難していた。立憲民主党にとって国の矜持よりも安倍下ろしが正義なのだろう。ただ、ここで野党もすべて一丸となって韓国を非難し、制裁に盛り上がってしまうのはいささか危ない。日本はそれで過去、国を誤った。とはいえ、まさか日韓関係の悪化は安倍首相の責任だ、などと枝野さんが言い出さないか危惧している。それでは無知による文在寅への加担であろう。

手遅れながら

 わたしは頭が悪い。なにしろどうも自分が思っているほど自分の頭がよくないらしい、とようやく気がついたのが大人になってしばらくしてから、というほどである。もう少し早く気がついていたらどうにかなったのに、という思いはあるが、いまさら如何ともしがたい。

 わたしは下ばかり見ていて、気がついたら上にもっと頭のいい人、その上努力を惜しまない人がはるかに多くひしめいていることを思い知らされた。わたしは列の後方にいたのである。さいわい後ろにいることに気がついたから、手遅れ気味ながら少しずつ前へ進もうと意識できている。テレビでしばしば、というよりも四六時中見せられている、自分がバカであることに毛筋ほども気がついていない人よりはましだと内心では思っている。

 前には投げ出していた難しい本がたまにおもしろく感じられるようになったことはいまの人生の最大のよろこびである。わくわくするし楽しい。もっと早くそうなりたかったなあ。バカだったなあ。

2019年1月16日 (水)

不快な出来事

 世の中のことに一々目くじらを立ててもしかたがないのだけれど、ニュースを見るのが好きだから、その中に不快なものが混じっているとつい腹を立ててしまう。

 沖縄の名護市で海上保安庁のゴムボートに発煙筒を投げこみ、二隻の船の底を焼いた男が逮捕されたという。黙秘しているのでどこの誰だか明らかではないが、60歳過ぎであろうという。これはわたしの想像だが、権力に対して損害を与えることは正義である、と確信する日教組全盛時代の刷り込みをいまだに引きずっている狂信者なのだろう。こういう行為は犯罪だという自覚のない異常者は最も嫌いだし社会にとって迷惑このうえない。

 レーダー照射問題について、シンガポールで行われた日韓の実務者協議は物別れに終わったが、その際に韓国側が「あなた方が低空飛行をするなら、われわれも低空威嚇飛行をすることが出来る」と警告したと報じられた。何なのだろうこの韓国という国は。実務者協議では、ある程度の妥協があって手打ちにいたり、うやむやながらけりがつくかもしれないと多少は期待していたが、この決裂のしかたには呆れた。

 しかし考えてみると、前政権時代(朴槿恵時代)のさまざまなことがいま文在寅政権下で国家反逆罪のように検察で取り調べが行われているとき、日本と水面下であっても妥協すると検察から取り調べを受け、場合によって国家反逆行為として処罰されることを韓国側の実務者は恐れているのではないか。それなら北朝鮮や中国と同じ独裁国家と変わらない。いま韓国は政権の意に反すると社会的に身を滅ぼすことにつながるという恐怖国家であるように見える。政権の報道官の物言いが、北朝鮮や中国の報道官とそっくりであることがそれを表している。

 稀勢の里がついに引退した。横綱としての成績は36勝36敗97休だったという。惜しむ声もあるけれど、酷な言い方をすれば見苦しい、みっともない終わりかたをしたものだ。結果的に横綱という地位に恋々としがみついただけで、横綱という名を汚したのだ。誰もそう言わないからあえて云う。 

 EU離脱協定案がイギリス議会で大差で否決された。予想されたこととはいえ、これからどうなるのか懸念される。それでも政権を投げ出さないメイ首相は立派だと思う。そんなに反対するなら誰か代わりにやってみろ、と開き直るのがふつうだろう。反対している人は、そもそも離脱に反対の人と、離脱に賛成だが離脱に条件はつけるな、というわがままな連中の両方が含まれるのだから、妥協案であるEUとの離脱協定案が可決されるはずはないのは当然なのだろう。

 ワアワアと反対を言う人間で、自分が責任をもって交渉しようという人間はいるのだろうか。そもそも国民を嘘の情報でミスリードして、国民投票を離脱に持ち込んだジョンソンだのコーベンなど、その責任をとらずにこの問題を政争の具としているだけに見える。無責任きわまりない。

昨日の熱田神宮

昨日、熱田神宮参拝のおりに少しだけ写真を撮った。


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昨日は三連休明けの日だったので、鳥居の前の広場の出店が片付けをしていた。三連休は多分賑わったことだろう。この店の前は綺麗だけれど、別の場所はところどころゴミが残っている。罰当たりがいるのだ。これから掃除をするのだろう。

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手水場所で手を洗い口を漱ぐ。そのすぐ横にある大楠の木は立派だ。

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すぐそばまで行く。樹齢千年以上だそうだ。

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参道横の梅はもうこれだけ開花している。

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信長が寄進した土塀。

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少ないとはいえ参拝者はそれなりにいる。午後から雨の予報で、寒々しい。このあとお守りを買って引き上げた。

2019年1月15日 (火)

眼鏡なし

 本日予定通りに熱田神宮に参拝し、息子と娘のどん姫とわたしの分の厄除けのお守りを戴き、その足で名古屋駅ビル(ツインタワー)の旅券センターで更新されたパスポートを受け取った。ついでに電機量販店で小物を二三買い物したが、その階の下が三省堂である。ふらふらと無意識のうちに立ち寄り、気がついたら10冊あまり本を買い込んでしまった。まだ読んでいない本がたくさんあるのに病気である。ただ、今回は小説の文庫本や単行本はなくて、ほとんど新書と養老孟司と池内紀氏のエッセー本なので今月中には読み切れるだろう。

 パスポートの写真のために床屋に行き、眼鏡も新調したのであるが、受け取った新しいパスポートのわたしは眼鏡をかけていない。顔認証には眼鏡なしの方がよいといわれて眼鏡を外して写真を撮ったのである。ふだんかけていた眼鏡の度はやや合わなくなっていたし、レンズがガラスだから重いしバランスも悪かった。新しいのはプラスチックだからとても軽い。かけやすいから良いのだけれど、無理に新調する必要がなかったことになる。まあ人生はこんなもの、といえば大げさか。ちょっとダンディになったと自負しているが、誰も気がつかない。

はるか北国を想う

 酩酊酔眼で読んだ年賀状を、整理のためにもう一度読み直している。それぞれの人の顔が眼前に思い出されてしばし良い気持になる。年賀状は良いものである。

 そんな年賀状のなかに旅で泊まったなじみの宿からのものも何通かある。心に残る宿は、心のこもったあしらいの宿で、料理や建物は二の次である。そして賀状をくれるのはそういう宿である。ありがたいし、また訪ねたくなる。

 その中に薬研荘という、下北半島恐山の奥にある薬研温泉の宿の女将からのものが今年もあった。この女将、地元でも有名な女性で、山菜や茸とりの名人である。「猿(ましら)の如く」急な斜面を上り下りするという。出会った人は獣かと一瞬思うらしい。すでに三度泊まっているが、この年賀状を見るたびにまた行きたくなる。

 いま薬研温泉は極寒の雪の中だろう。ぬくぬくとこたつの中で、はるかな北の地を想っている。

2019年1月14日 (月)

訃報

 市川悦子さんが亡くなった。彼女はたしか高校の先輩である。先輩といっても面識があるわけではない。高校在学中に、宇津井健と市原悦子は先輩だ、と教えられたから覚えているだけで、ほかにもたくさんいるに違いない。

 それより梅原猛師の訃報である。母と同年生まれ(1925年)と高齢であるからいつかこの報に接するだろうと思っていたけれど、ついに来たかとも思う。この人の本を20代後半から30代にかけてずいぶん読んだ。大の苦手の古典に目を開かせてくれたのは師である。

 古典が苦手だったのは自分の勉強不足のせいであるけれど、高校のときの古典の教師の、文法ばかりにこだわるやる気の無い小声の授業を聞かされて、教師ごときらいになった面が大きい。古典の面白さをかけらほども教わることがなかった。

 大学の教養課程で、『風姿花伝』をとことん読まされたとき、初めて古典もおもしろいかもしれないと気付かされた。なにしろ好きな歴史を知るためには古典の知識は必須なのに、それが欠けていては日本の歴史を興味深く知ることが出来るはずがない。中国に興味が移り、中国の古典を乱読するうちに、中国の知識を手がかりに日本の古典の面白さも少しだけ解るようになったのはさいわいであった。

 そこで出会ったのが梅原猛師だった。先般読み直した『隠された十字架』、そしていま読んでいる、というより格闘している『水底の歌(上・下)』を読むことで古代ロマンの面白さを教えられたのだ。そもそもは哲学者としての梅原猛の書いた本『笑いの構造』からかれの著作に触れるようになったのだけれど、わたしが読み始めた頃、師は丁度日本の古代史について研究しているところだった。

 今世紀に入ってから法隆寺の金堂の修復が行われ、それを機会につくられた、法隆寺についてのNHKドキュメントが先日再放送された。前後編各120分という長尺の番組だが、まさに昨日録画していたその前篇を観たところである。梅原猛師の法隆寺論、聖徳太子論とはまるで違う説明が得々と語られていた。

 仏教を日本に採り入れることに大きな貢献をした蘇我氏がなぜ滅ぼされたのか、この番組ではさっぱりわからない。聖徳太子の死後、一族がすべて殺された理由も説明されない。そして法隆寺が再建された理由も納得できるものではない。もちろんそれはわたしが梅原マジックに洗脳されているからであろう。しかし梅原論の方が説得力があり、さまざまな謎の説明がつくと思うのである。

 そんな矢先での師の訃報だった。

もう一度人生がやり直せるなら

 自分の人生に悔いはないと言い切れる人はずいぶん強がりだと思う。どうせやり直しはきかないのだから、悔いたりしないほうが幸せだ、という考え方もあり、わたしもそう思っている。

 ほかのひとはどうか知らないが、わたしは自分の人生をもういちど一からやり直したいとは決して思わない。いい加減に生きてきたので、さまざまに危ないことに直面したが、運良く切り抜けることができた。信じられないほどである。それを思い出すだけで冷や汗が出ることばかりである。といって、もう一度生きたとしてもいい加減に生きるのは多分変わらないと自分でわかっている。だから同じことを繰り返すなど、願い下げである。もっと悪い結果になること必定である。

 そう思いながら、それでもやり直せるならと思うのは、いまの自分の認識の状態で、若いときのエネルギーのままにちゃんとした本を読み直してみたいということである。古典や明治大正昭和の文豪の小説や随筆、評論をきちんと読んでみたい。それならいまからでもできるし、寿命が延びれば良いだけのことではないか、といわれるかもしれない。

 違うのである。そのような本を読み取るエネルギーは若いときにしかないことを誰よりも自分が承知している。エネルギーが豊富なときにどれほど時間を浪費したのか、それが唯一の後悔である。それが出来ていたら、多少は自分がましな自分だったような気がしている。豊かさということはそういうことかと思うからである。

2019年1月13日 (日)

後ろから読む

 個人全集を読むときには第一巻から読もうと思うのがふつうだろう。ところが全集を読もうとするぐらいだから、その人の著作に多少はなじみがあり、すでに読んだものもあるわけで、それはたいてい第一巻に収められている。その第一巻を読んで既読ばかりなら興が削がれて第二巻以降へのエネルギーが阻喪する。

 いま少しずつ読み進めている『奥野信太郎随想集』の第一巻が『北京随筆』と題されていて、それは主に東洋文庫で既読の文章ばかりだから、すぐに読みたいとは思わない。というわけで、後ろから読んでいる。

 巻一から巻六、それに別巻合わせて全七巻、別巻は対談集ですでに一部を引用して紹介した。そして第六巻は『浮き世くずかご』と題して、身辺雑記が集められており、そのうちの食に関するものを『食を読む』として先般から多少紹介してきた。その第六巻を読了し、いまは第五巻『知友回憶』を読み始めている。

 一気に読み飛ばす本ではない。一つひとつの文章を味わい味わいしている。その文章のなかに込められた奥野信太郎先生の気持ちを自分に置き換えたりして愉しんでいる。この巻の冒頭が、英文学者の戸川収骨の訃報前後の消息で、いささか文章に乱れが感じられて、それが一層先生の驚きと悲しみを表現することになっている。

 親子ほど年が離れた戸川収骨とは、師弟であるとともに親友でもあった。自分の恥もみっともなさもすべてあからさまに打ち明けながら、それをこころ深く受けとめてもらっていた師であり友である戸川収骨を失った悲しみがひしひしと伝わる。自分にとってかけがえが無いものを失うということがどういうことか、最初の『秋骨先生の訃』、そしてつぎの『画鶻山房燭影暗し』の文章に明らかである。画鶻(がこつ)というのは戸川秋骨の居の雅号である。

 そのあとに幸田露伴の訃報に接しての露伴についての先生の評価『露伴翁と漢文学』、続いて与謝野幹、そして与謝野晶子との交流が語られる『与謝野両先生』が読める。引用では意が伝わりそうもなく、全文を紹介したいところだが、それでは長すぎるのでなんだか知らないけど感激しているらしい、とだけ思ってもらうしかない。

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