2018年11月13日 (火)

映画備忘録(3)

 今回もスティーヴン・キング原作の映画から。

『ダーク・タワー』2017年アメリカ
監督ニコライ・アーセル、出演イドリス・エルバ、マシュー・マコノヒー、トム・テイラー、キム・スヒョンほか。

 大部のスティーヴン・キングのダーク・タワーシリーズを95分の映画にまとめることなど不可能なのだが、長すぎる原作を読む気力がもうなくなった私にはこうしてその世界観を覗かせてくれる映画はありがたかった。多分原作のほんの一部を抜粋した物語になっているのだろうが、映画として面白かったから出来は悪くないと思う。

 マシュー・マコノヒーが黒衣の男ウォルターを演じている。ウォルターは世界を滅亡させて魔物たちの異世界に支配させるために、ダークタワーを破壊しようとするすさまじい能力を持った悪魔である。ダークタワーとは多重世界すべてを護る塔なのだが、それを破壊するためにはある特殊能力を持つ少年が必要で、その少年と塔を護るガンスリンガーがウォルターと戦うという物語である。キングの物語はその設定を受け入れないと愉しむのが難しい。もちろんそのへんは実に巧みに導入してくれるのだが、ここでそれを再現するのは不可能だ。

 このウォルターを演じているマシュー・マコノヒーを観ていたら、『エンド・オブ・デイズ』(主演はアーノルド・シュワルツェネッガー)のサタン役を演じていたガブリエル・バーンや、『ゴッド・アーミー 悪の天使』でやはり悪魔を演じていたクリストファー・ウォーケン(大好き)、『エンゼル・ハート』(主演ミッキーローク)でルシファー(堕天使つまり悪魔の一人)を演じていたロバート・デ・ニーロ、『ディアボロス 悪魔の扉』(主演キアヌ・リーヴス)で悪魔を演じていたアル・パチーノなどがたちまち思い浮かんだ。

 名優たちが嬉々として悪魔役を演じているのは、観ているこちらも楽しい。マシュー・マコノヒーもなかなか悪くなかった。ちょっと怖さに欠けるけれど。

2018年11月12日 (月)

映画備忘録(2)

 ダイナブックは蘇生したというよりゾンビ化した。起ち上がるときにときどき「ディスクを修復するのでお待ち下さい」、などという表示が出るようになり、短いときで数分、下手をすると30分以上作業ができない。ときどきは何の支障もなく起ち上がる。正気に返るときもあるのだ。七八年前になにをしても全く動作しなくなったDELLのパソコンみたいな壊れ方ならあきらめもつくのだが、まだ使えるときもあると迷う。こういうときに限ってすべてを引き受けているAcerのモバイルパソコンに負荷がかかって突然アウトになるなどという最悪の事態も起こりかねない。方策を考えておかなければ。

映画の話しである。今回はスティーヴン・キング原作の映画を。

『キャリー(2013)』2013年アメリカ
監督キンバリー・ピアース、出演クロエ・グレース・モリッツ、ジュリアン・ムーアほか。

 監督ブライアン・デ・パルマ、シシー・スペイセク主演の傑作『キャリー』のリメイクであり、おおむね大きな変更は加えられていない。スティーヴン・キング好きとしては小説はもちろん前作の『キャリー』も映画館でリアルタイムで観ている。ホラーは苦手だが、この程度なら楽しめる。

 この物語は原作を読めば分かるが、母親が恐ろしいのである。その母親に抑圧され続けたことでたまりにたまったキャリーの超能力が爆発するラストがすさまじいのだが、そのキャリーは美しくても可愛くても似合わない。その似合わなさこそが企まれたクイーンに選ばれるという悲劇を盛り上げる。シシー・スペーセクはまさにそのようなキャリーを演じていた。

 しかし2013年版はクロエ・グレース・モリッツなのである。あまりにも可愛すぎるではないか。もちろん演技派の彼女のことだからそれをひたすら隠すように演じているが、彼女のあの口もとはたいていの若い男を引きつけるはずで、いじめに遭うキャラクターではない。私だって彼女をとてもチャーミングだと思う。

 母親役をなんとジュリアン・ムーアが熱演していて圧倒されるが、確かに魔法使いのおばあさん的には演じられても、狂気の様子がいささかもの足らない。狂信者の狂気が説明的ではまずい。その点デ・パルマは全く説明的ではない狂気を描いていたように思う。

 多分物語を知らずに初めてこの映画に出会った人にはそれなりに記憶に残る映画だと思うが、前作と比較してしまうと残念であった。

映画備忘録(1)

 この二週間ほどほとんど遠出もせず、散歩もせず、家に引きこもっている日が多かった。瀕死のダイナブックの蘇生その他で忙しい日もあったが、おおむねボンヤリ過ごしていた。録りためたドラマを観ていることが多かったが、その間にぽつりぽつりと映画も見たのでその一部を備忘録として書いておく。

「ブレンダンとケルズの秘密」2009年フランス・ベルギー・アイルランド、アニメ映画、監督トム・ムーア

 原作はアイルランドのアニメ作家であり監督のトム・ムーア。実在するケルト装飾写本「ケルズの書」にまつわる物語である。この「ケルズの書」はアイルランドの国宝だそうだ。

 アイルランドについてはアーナルデュル・インドリダソンのミステリー、『湿地』『緑衣の女』『声』という傑作を読んでイメージが頭にできあがっており、思い入れがある。いま翻訳第四作目の『湖の男』が積みあげられた本の中で順番を待っている。

 このアニメ映画は日本のアニメとは全く違う。意識して遠近法を排して絵画的に描かれており、緻密な文様がとても美しい。それがそのまま『ケルズの書』の素晴らしさにつながっている。主人公は少年修道士で、修道院の院長の甥にあたる。バイキングが猛威をふるっているという噂が流れ、修道院もその防御のために高い壁を設けることに注力している。

 そこへ院長のむかしの知り合いであり、失われたケルト装飾本の写本の作成を生涯の仕事にしている男がやってくる。彼はバイキングが来たらこんな防御ではひとたまりも無いと忠告するのだが、逆に院長によって幽閉されてしまう。

 未完成の写本を書き続ける彼の依頼で少年は禁断の森に赴く。特殊なインクの材料の木の実を捜すためである。そこで危険に陥るのだが不思議な少女(妖精)に助けられて友達になる。やがてバイキングがやってきて・・・。

 最後に成長した少年が完成した『ケルズの書』を携えてこの修道院にやってくる。それまでの様々のドラマが凝縮された『ケルズの書』は素晴らしい輝きを放っていた。とにかく息を呑むほど美しい。物語のなかに宗教的なものが含まれている。一神教のキリスト教によってもともとの土俗的な汎神的な聖霊たちが滅び去りそうになりながら『ケルズの書』のなかに生き残ったのではないか。だから国宝なのだろう。

 アイルランドには思い入れがあったが、さらにそれが強まった。

熱気が苦手

 私が小学校三年生か四年生の頃だから、おおよそ60年近く前のことである。近所の主婦に誘われた母と一緒に公民館に行った。なんだか良くしゃべる背広を着てネクタイを締めた男がマイクを持って雑貨を捌いていく。せいぜい100円程度のものだが、それを5円とか10円、とか言って、手を上げさせてつぎつぎに渡していく。多くの人が手を上げるのだが、手に入れられるのは数人なのでだんだんみんな夢中になる。次から次に別のものが捌かれていく。会場は熱気に包まれていくのが子供心に感じられた。

 当時は100円ショップなどないし、いまほど豊かでもなかったから、必需品でもある雑貨が安価で手に入るのは主婦にとってなにより嬉しいことである。続いて少しだけ値の張る物が置かれる。何だったか忘れたが、とんでもなく安い。ただし、たいてい一つしかない。みなくじが当たるかどうかというような気分である。しかも一刻でも早く手を上げた人に手渡されるのだから、もう欲しいかどうか関係なしに夢中で手を上げる。

 最後に出されたのが羽毛布団のセットであった。夢中で手を上げ続ける主婦たち。たちまち何組ものセットが売れていく。母は最初こそ手を上げて、うまいことザルかなんかを二つ三つ手に入れたが、途中から黙りこくって手を上げなくなった。後ろをそっと見ると、男が三人ほどじっと会場の主婦たちを見ている。なんとなく気持ちが悪くなった。

 興奮のあと、母とそそくさと会場を後にして、しばらく歩いたあと母が「こわかったねえ」とぽつりといった。

 ああいうのが催眠商法というのだとあとで知った。高価な羽毛布団を買った主婦たちはそのあとどうしただろうか。目が醒めて断ろうとしたときにあの後ろに立っていた男たちがどのような行動に出たか、いうまでもないだろう。見てないけど想像はできた。

 催眠商法をはじめとする詐欺に敏感になれたのは、母とのその体験があったからだ。もともと母は新興宗教の勧誘などを毛嫌いしていた。自分の意思ではないことを勧められたり強制されることが大嫌いなのである。

 ジャパンライフのニュースを見て、健康器具のうさんくささに輪をかけた、それを投資の対象とした資金の募集に応募した人たちはいまどんな顔をしているのだろうか。彼等は健康器具が有効であることを信じたのではあろうが、それ以上に信じたのは、健康器具の効果を信じるだろう多数の人たちがいて、その人たちからお金がたくさん自分に回ってくるという幻想だったのではないか。

 熱気に包まれた市民運動や政治の場にも、あの子供のときのザワッとするものに似たものを感じてしまうのはいささか過敏かも知れない。母譲りで熱くなれない性分なのである。幸い詐欺にはまだあったことはない。

2018年11月11日 (日)

映画「アンダー・ザ・ウオーター」2017年スウェーデン、デンマーク、フィンランド

監督マックス・ケストナー、出演カーステン・ブィヤーンルン、ソフィア・ヘレンほか

 私のこの映画に対する評価は二重丸であるが、そのように評価する人は少ないと思う。なんだか画面は陰鬱そのもの、びしょびしょしているし希望というものがない。それ以上になにを表現したいのかさっぱり分からないかも知れない。私だけはそれが分かった、などと自慢したいわけではなくて、私にも分からないところがあるけれどそれを自己流に解釈すること、分かろうとして考えることがとても楽しく感じたのだ。

 この映画はSF映画のジャンルだろうが、娯楽映画とはいえない。金もあまりかけていないし、盛り上がりもあまりない。タイムパラドックスがテーマの一つだろうけれど、どうして時間を移動できるのか、ほとんど説明らしい説明もないのである。

 いまから約80年後、地球は海水面の上昇でほとんど水没した世界となっている。真水がほとんどなくなり、高濃度の塩分に常にさらされることによって人間以外の生物はほとんど死に絶えている。それでも科学は進んでいて、時空移動が可能となっているのだが、それを行うごとに時空に歪みが生じてしまい、時空移動は禁止されることになる。

 そんなとき80年前に海水を真水に買える画期的な技術が開発されかかっていたことが分かる。そして同じ頃ほぼ最後の時空移動のために選ばれたのが主人公である。彼の目的は、それを開発した科学者(実は彼の曾祖母)と「接触せずに」その技術情報を未来へ送ることだ。どうしてその技術が日の眼を見なかったのか。彼女は技術を確立した数日後にその資料とともに飛行機事故で亡くなってしまったのだ。

 面白いことに時空移動しても元の場所に本人は残るのである。そして移動先にも本人が出現する。本人が二人の人格として存在することになる。そのことでタイムパラドックスを逃れられる点もいくつかあるけれど、逆に矛盾もさらに増えてしまうが、それは映画のなかの言い分をそのまま受け入れないとドラマが進行しない。

 二人の人格が違う時間のなかに存在してしまうと、二人の再統一は不可能となるのではないかと思うが、そのへんが物語の進行に大きく関係してくる。分裂した自分とはすなわち精神病の人間そのものではないか。

 笑ってしまうのは、過去に行った自分が再統一のために開かれたゲートに現れないことで、過去に行ったきりになってしまうのだが、それを迎えにこちらから本人がふたたび行くのである。そうなるとまた自分が二人になって都合三人になりはしないかと心配するが、そうはならないようだ。

 まあとにかく接触してはいけない自分の曾祖母やその娘に接触してしまうことで時空に様々な異常が起こり出す。そうなると主人公の記憶にある過去からつながる現実と、実際の現実に乖離が起こることになる。当たり前のことだが、それをうまくまとめる、などということはこの映画では起こらない(そもそもあまり考慮していないように見える)。プロローグの海面に浮かぶ男のイメージがラストでふたたび現れて終わりである。観念的にこの状況をどう受け止め、どう感じるのかか問われているらしい。あまり良く分からないけれど分からないことが面白いなあ。

 なんだかこのブログを書くために映画を反芻していたら、もう一度観直したくなったのだが、実はもう消去してしまった。忘れた頃に再放送でもあったら、もっといろいろ面白い突っ込みどころを見つけられそうで楽しみだ。

また中国のニュース

 中国税関の発表によれば、10月の中国の対アメリカ貿易黒字は前年同月比で19.4%増加したが、9月が過去最高だったのに比べれば6.8%減少した。同月の対アメリカ輸出は対前年同月と比べて13.2%の伸びだというから、考えてみればアメリカからの輸入が減っていることになる。中国が発動したアメリカに対する追加関税が影響しているのか。

 当局は今後のアメリカのさらなる追加関税を見越しての駆け込み需要が輸出を後押ししたのではないかとみていて、今後はその反動による落ち込みの可能性があるという。アメリカへの輸出に急ブレーキがかかるのか、それでもさらに増えるのか、もう少し様子を見なければならないのだろう。

 トランプ大統領は目先で判断するところもあるから、中国も悩ましい。アメリカの商務省は中国産のアルミニウム板材に新たなダンピング関税(96.3~176.2%)をかけると発表している。中国政府は経済減速につながらないように、ここは面子を捨ててアメリカ以外の国との経済的なつながりを強化したいところだろう。日本との関係が見かけ上宥和に動いているのはそういうことだ、くらいは誰にでも分かっているだろう。日本にとっては悪いことではないと私は思う。日本もトランプ大統領のターゲットのひとつであることは間違いなさそうなのだから。

 ところで中国の外貨準備高が3ヶ月連続で減少している。8月、9月、10月の減少総額は日本円で約7.8兆円の減少、現在の外貨準備高は日本円で約345(3兆530億ドル)兆円だそうだ。短期的な結果で全体を論ずるのは危ういが、元が対ドルで下がっているなかで、推移のグラフを見ていると突然上がることがある。いろいろ理由があるとは思うが、私から見れば政府がドル売り元買い介入をしたのだろうとしか思えない。

 それにしても3兆530億ドルの外貨準備高はとてつもない金額だ。ところが問題はその中身である。今年の6月時点での中国対外債務残高は1兆8705億ドル、つまり準備高の6割が外債なのである。また、同じく6月末時点の外国企業による直接投資残高は5960億ドルだという。

 中国政府が為替介入などで自由に市場に介入できるのは、外債と海外からの投資額以外だから、なんと5800億ドルくらいしかないのだ、というのが専門家の見立てらしい。その通りなら、案外懐はさびしいことになる。中国の外貨準備高が、3兆ドルを切るとかなり危ういとしばしばいわれるのはそういう理由らしい。

 いざとなればアメリカ国債を売ると脅しをかければいい、などという話も聞くが、それは可能なのだろうか、よく分からない。

 そんななかで今回日本と中国は円と元との通貨スワップを再開することになった。その額は3兆4千億円、中国から見ればわずかな額かも知れないが、従来の額が3300億ドル程度であったし、それも中断していたので、中国にとってはとてもありがたいことなのではないか。とにかく日本が中国の元に対して信用保証をしたことになるのであるから。中国メディアはこの通貨スワップを「人民元にとって非常に有効だ」と報じている。

 ここで思い出すのは韓国との通貨スワップの話しである。韓国が2008年の経済危機の時に、日本との通貨スワップが危機を切り抜けることのできた大きな要因のひとつだったはずなのだが、その後日韓の関係悪化によりスワップは解消された。最近再開が検討されたが、一連の韓国のいささか異常な対日姿勢から、再開は絶望的になっている。それでも韓国政府は日本が望めばいつでも再開できる、などと公言している。恩を忘れたうえに舐められたものだ。

 韓国政府はスイスやカナダや中国とスワップを結んでいるから大丈夫と強がりを言っているのだが、中国は朴槿恵のときに結んだ巨額の通貨スワップが延長されている、ということを公には認めていない。もし約束があっても中国が韓国の危機の時に日本のように韓国を助けるかどうか分からないし、助けられるかどうかも分からない。危うい命綱だ。

 中国でさえ、いざというときのために日本と通貨スワップを結ぶなど、対策を講じているのである。その方策を自ら閉じている韓国に万一経済危機が発生したら、事態はかなり深刻だと思うが文在寅には北朝鮮しか見えていないようである。

2018年11月10日 (土)

ちょっとイヤな中国のニュース

 大紀元時報(多国籍のネットメディアらしい)によれば、ベトナムの警察が中国との国境付近で臓器奪取を目的とした誘拐が相次いでいるから注意するようにと小学校に呼びかけたそうである。奪われたのは肝臓、腎臓、心臓、眼球などだという。腎臓や眼球はともかく、心臓では代わりを入れてくれていれば別だが、命も奪われていることだろう。襲われるのは「高齢者、子供のいる家族、学校の課外活動中の生徒、一人で牛追いする子供」だというから恐ろしい。高齢者以外はすべて子供である。

 世界の臓器移植の需要は高いけれど、合法的に臓器を得るチャンスは極めて少ない。いくら金を出しても良いから臓器が欲しい人がいれば、非合法で臓器を売買する組織が暗躍することになる。まして不治の病の子供の臓器なら親は非合法でも何とか移植用の臓器を手に入れたいと奔走する者もあるだろう。

 先日観た法輪功の人たちを取りあげたドキュメントでは、多くの信者が強制収用されて再教育され、従わなかったものが激しい拷問を受け、命を落としたり処刑されたらしいと伝えていた。刑死したり拷問死した人たちの遺体がひそかに売買されているとの噂はあった。

 その遺体がまだ新しいうちに臓器が抜かれ、売買されることも多く、大きな利益をもたらしていたと国際的なニュースで報じられるにいたって、中国は刑死者の遺体は売買してはならないと通達したといわれる。

 需要は旺盛なのに供給が途絶えたのである。そのために暴利が忘れられずにベトナムに越境して商売を続ける輩がいたということかと思う。あくまで推測である。臓器売買は買い手とのネットワークがなければできないことで、組織的でなければ不可能な犯罪であろう。

 推測ついでにいえば、いま新疆ウイグル自治区などで百万人単位のイスラムを信ずるウイグル人が再教育のために強制収容所に入れられていると報じられている。行方不明者がたくさん出ているというし、それらの情報元だった人々はことごとく当局に連れ去られて連絡不能になったと人権団体が告発していた。いま中国は徹底した監視社会となっているから、当局は外部との通信をたどればこれらの人々をすぐ見つけ出すことができるはずだ。彼等も法輪功信者と同じ運命になっているのかも知れない。

 そういえば本物の人体をプラスチック化して人体模型として展示をするという催しがあるが、いつも盛況らしい。最近その遺体があまりにも若い人のものが揃いすぎていると問題になって展示会が中止に追い込まれたというニュースを目にしたように思うのだが、いつどこの話しなのか調べたが分からなかった。これも中国由来の遺体ではなければいいのだが。

久しぶりに中国のニュース

 中国に興味があって初期の頃の私のブログは中国のニュースを取りあげることが多かったのだが、ここ数年は中国からのめぼしいニュースがとても少ない状態が続いていた。それがつい最近になって多少増え始めた気がする。ニュースが少なかったのは中国が面白そうなニュースを制限していたからだろう。

 私が面白いと思うものは中国の特異性を現しているようなニュースで、それは中国政府としてはあまり海外で面白がられることそのことが面白くなかったのだろう。それがまた少し緩んでいるように見えるのは何か理由があるのだろうが、まだそれがなにか分からない。どちらにしてもいくつかひろい集めていたら久しぶりに中国関連のニュースについてのブログが書けるほどになったので取りあげる。

 中国の東方網が「日本酒と白酒(パイチュー)」を比較してその違いを論ずる記事があったらしい。それを紹介したネットニュースによれば「日本酒と白酒を比較する人がいて、日本酒は白酒を模倣して失敗したものだなどといっている。ときには日本酒は白酒より優秀だなどと評価する人もいる。両方とも断片的な見方である」と述べているから、つぎにまともなことが語られるのかなと思ったら・・・。

「歴史や政治的な要素は抜きにして、技術なら技術だけを比較すべきである」と続く。あれっ、何を言い出すのか。「元の時代から始まった蒸留技術で白酒は長時間熟成することで味に深みが出てくる」しかし「日本酒は保存が利かず、何十年物などの長期間熟成品は存在しない」などと違いを述べている。それはそうだろう。片方は蒸留酒で、片方は醸造酒である。焼酎と日本酒、あるいはウイスキーとビールを比較して熟成期間の長さを論じても意味が無い。そもそも日本酒のことを知らないか、お酒のことをよく知らずにゴチャ混ぜで語っているように見える。

だから、「白酒はコウリャンをはじめとする各種の穀物などが用いられ、その分様々な味わいを楽しむことができるのに対し、日本酒の原材料は米に限られており、基本的な味はみな同じである」などというトンチンカンなことを言い出すのだ。

 このあと中国の白酒の嗜好と日本の日本酒の嗜好とをその文化的背景と関連させて論じているらしい(もとの記事を読んでいない)。出だしがそもそも比較するのが無茶なことから始まっているからとても歯がゆくてムズムズする展開になっている。文化の違いをいいたいからその引き合いに日本酒と白酒を使っただけのことで、結局記事を書いた人の固定観念の披瀝だけに終わっているようだ。まあ、「日本酒は白酒より明らかに劣っている」とは結論づけていないようなのが救いか。本当はそう言いたいのが見え見えだけれど、踏みとどまっているのは日中宥和ムードの兆しのゆえか。

2018年11月 9日 (金)

池田清彦『いい加減くらいが丁度いい』(角川新書)

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 著者は養老孟司師と親交があり、内田樹老師とも親しい。この本の中にも「敬愛」しているとわざわざ書いている。歳は池田清彦の方が三歳ほど上なのに、である。それぞれにユニークな言説の人であってその著作や対談はとても面白く、影響を受けてしまう。ユニークということは人まねではないということだ。誰かの受け売りではなく、自分の頭で考えた上で自分の言葉を語っている人と云うことである。

 そう言う人にはなかなか出会えないものである。自分もそうでありたいと切に思うけれど、自分のブログを見れば、ほとんどが誰かがすでに語っていることや語りそうな言葉に満ちていて、オリジナルのものはかけらほどしかないことに情けない思いがする。

 著作から引用して面白さの一端を感じてもらう。

「耄碌の程度は個人差が大きく、頭が先に耄碌する人、体が先にダメになる人、どちらもパラレルに耄碌する人、超高齢になっても自立可能な人等々、様々である。周囲の人にとって一番厄介なのは頭がボケた人である。認知症などというふざけた名前が付いている。認知障害というならわかるが、認知症は名付けた奴が認知症だ。そのうち勉強ができない奴は学習症、運動ができない奴は運動症、歩けない奴は歩行症ってことになるかもね」

 思わず笑ってしまう。先生(つい最近まで著者は早稲田大学の教授だった)これで本気で怒っているのだ。

「加齢とともにボケ(認知症)が進行するスピードはすさまじく、ボケの割合は65~69歳までは3%、70~74歳4%、75~79歳1割強、80~84歳2割強、85~89歳4割強、90~94歳6割、95歳以上8割となる。90歳以上はボケているのがふつうで、ボケていないは異常ということになる。100歳まで生きれば、ほとんどの人はボケ老人になるわけだから、長生きはしたいけれど、ボケたくないというのは無体なのぞみである」

「物心ついてから出現した機械と、物心ついたときにはすでにあった機械とでは、接し方が違う。私が10歳になる頃までは、洗濯機や掃除機やテレビはもちろん、電話も自家用車もふつうの家にはなかった。これらの機械の出現は人びとの生活を大きく変えたが、そのことを実感したのは、物心ついたときにこれらの機械がなかった人々である。私の年代が丁度境目くらいで、私よりも10歳以上の上の人たちはこれらの機械の出現に目を回した口で、10歳より若い人たちは、はじめから当たり前だと思っていた口である」

 先生は1947年生まれ、つまり団塊の世代で、私(内田樹老師も同年)より三年だけ年上で、だいたい同世代であり、同様の感慨を持つ。

「私は71歳である。自分では老人と思っていないけれど、世間的には立派な老人である。若いときも老人とはどういうものか、なんとなく理屈では分かっていた。実際に老人になってみると、思っていた通りになったところと、想像とは全く異なるところが出てきて、客観的に観察する分には面白いが、主観的には面白くない。体は徐々に衰えてくるというのは予想通りだが、衰えるというのがどういうことか、実際に経験するまでは分からない」

「それでも、脳は、脳以外の体とはとりあえず分かれているから、体の衰えを自覚することはさほど難しくないが、脳が脳自身の衰えを自覚するのは難しい」

「若いときはど忘れということはまずなかった。脳の長期記憶の領域に蓄えられている記憶量が少ないということも原因の一つなのだろう。テレビのクイズ番組などで一番早く正解できるのは、高校3年生から大学の初年度くらいの年齢の人である。脳の中の記憶量がそれほど多くなくて引き出す力が強いからだろう。それが年を取ってくると、クイズには役に立たないような個人的な記憶量が徐々に増えて、あまつさえ長期記憶を引き出す能力が衰えてくるものだから、クイズ番組で立派な成績を上げることは不可能になる」

 そうか、それでしばらく経ってから正解が思い出せることが多いのか。引き出す力が弱まっているだけなのだ。忘れているわけではない。でもだんだんかかる時間が遅くなり、いつまでも出てこない、いまに出てこなくなりそうでこわい。迷宮入り、コールドケースである。

 最初は老化について語っているのだが、しだいに話はあちこちに飛び、やはり著者が敬愛する(私も敬愛している)哲学者の中島義道先生を引き合いに出したりして持論を展開していく。

 生命というもの、人間の集団というもの、言葉というものについての先生独自の、つまりユニークな考えが語られてとても面白い。面白いのは多分同じ感性が多少は私にあるということなのだろう。

 ただ、先生の安倍首相を嫌うこと蛇蝎の如くで、どうもその部分だけは賛同というわけにはいかない。安倍首相が日本を亡国に導く人だと決めつけているのは不思議だ。たとえばいまの韓国との問題が民主党の鳩山、菅、野田の元首相の政権の時代だったらと思うとぞっとしないだろうか。そういう点だけでも私は安倍首相を一概に否定はできないし、しない。そのへんも「いい加減」でいてくれると「丁度」いいのに。

如何かと思う

 今回の韓国の徴用工(正確にいうと徴用工ではなく、自発的な就労者だったという)裁判の判決について韓国でも日本でもさまざまな意見が発せられているが、そんななかで日本商工会議所の三村会長が「できるだけ早急に両国関係が正常化するように願う」と話したと報じられた。

 経済団体の代表が経済の点から係争を避けて仲良くしてほしいという気持ちはわからないことはない。係争すれば必ずいま韓国とのあいだの経済に損失が生ずるからである。いままでの投資や韓国にある資産、韓国への輸出による利益が損なわれる。

 正常化というのだからいまは正常でないという認識なのだろう。そこでいう「正常化」とはなんだろうか。この判決が出る前の状態を正常とみているのだと想像される。しかし「正常ではない」状態をもたらしたものは韓国であって断じて日本ではない(韓国側は全面的に日本が原因というに違いないが)。

 しからば三村会長は「正常化」するためにどうしたら良いと考えているのだろうか。

 ここで注目すべきは、この三村会長というひとは新日鉄住金の名誉会長だということだ。今回の裁判の被告側であり、賠償金を払えと言われている側の立場の人である。

 日本政府は判決は受け入れられず「拒否」するという姿勢である。心配なのは、目先の利害にとらわれて安易な妥協をしてしまうことである。日本はいままでずっとそうして妥協してきた。そのたびに韓国はゴールポストを自分の都合の良いように動かし続けてきた。今回は「ゴールポストが壊された」とまでいわれる事態だ。日本がゴールする場所がなければ日本は永遠に韓国に得点を許し続けることにつながりかねない。だから今回は「拒否」である。

 それなのに「正常化」という名の妥協を示唆しているように聞こえる。その心底に自分の会社の利害が優先されていないと断言できるのか。一人一千万円、四人で四千万円、それを直接でなく両国の基金という名の名目で払えば安いものだ、くらいに考えているのだろう。もしそうならとんでもない了見である。すでに35件以上のの裁判が進行中であり、それで賠償金がもらえると知ればつぎつぎに名乗りを上げるものが現れるのは火を見るより明らかである。日本としては、この際には正義とは関係なしに「拒否」しかあり得ないと私は思う。

 それなのにこの三村会長の言葉である。政府の最も懸念していたことは経済界の安易な妥協提案だろう。自分の会社の利害が関わるとき、安易に国の方針にコメントするのは控えるべきではないか、と私は感じてしまったのだ。

2018年11月 8日 (木)

なにをしてくるのかが分からなければ対処の仕様もない

 アメリカの中間選挙で下院は民主党が多数を確保した。これがこれからのトランプ大統領の行動にどう影響してくるのかはまだ全くわからない。さまざまな予測が書かれ、語られているが、なによりアメリカの株価がこの結果を受けても上昇しているところをみると、多分それほど劇的なマイナスなどないと思われているのだろう。

 韓国の徴用工裁判の結果が出てからしばらく経つが、大統領府はなにも具体的なコメントも行動も起こしていない。日本側は、政府もマスコミもほぼこの裁判をあり得ないものとして拒否的な反応をしている。それを見て、思った以上の反発に驚いて、どうしていいか分からないのだろうという気がする。

 さすがに韓国のマスコミもこれが日韓関係に大きな悪影響を及ぼすことをそれとなく報じている。ただし、問題点をしっかり挙げた上でまともなコメントをしているものと、日本の反応が異常だという論調とがあるようだ。新聞の傾向がはっきり出ている。ところで韓国の首相や代議士の多くが日本の反応は異常だという視点であるようだ。この政権がどちらに傾いているかよくわかる。

 韓国の国民の大勢はどうなのだろうか。よくわからない。日本がこれほど強い反発していることに国民も驚いていると思われるが、だから一層反日的になるのか、それとも今回の判決はちょっとやり過ぎだと考えているのか、それを知りたいところだ。

 それにしても韓国政府が判決に従って新日鉄住金の韓国の資産の差し押さえやアメリカの司法に提訴してアメリカにある新日鉄住金の資産の差し押さえに走るのか、それとも従来の韓国政府の意向を継承して具体的な行動には出ないと明言するのか、それが分からないことには日本政府も韓国政府に対してどのように対処するのか決められない。日本はいまは黙ってそれを待っているだけであろう。それしか仕様がないし、おかしな妥協案など小賢しく提示したりしない方が良いと思う。

 大統領府は雪隠詰めであろう。自らまいたタネである(こういう判決をするとわかっている判事を文在寅大統領が指名したのであるから)。日韓関係がさらに悪化して破綻に瀕するような行動をとればアメリカからお灸を据えられることは間違いない。といって判決の履行をしなければ司法からは難詰されるし、政界あげて文在寅大統領は非難されるに違いない。本音のところは国民があげてこの判決を支持して盛り上がってくれると踏んだのだろうが、韓国国民は今ひとつ無反応に見える。日本に来る韓国人観光客は少しも減らないし、韓国にいる日本人がいやな目にあったという話も聞かない。

 文在寅大統領の支持率は少しずつ低下してとまらないようだ。いままの大統領は支持率が低下すると反日に舵を切って支持率回復に努めるのだが、この大統領は最初からめいっぱい舵を切りきってしまっているでこれ以上の手が打てないようである。アメリカにも中国にも日本にも泣きつくことが出来ないようにしてしまって、さて頼るは北朝鮮だけのようだ。多分大変な金がかかるだろうけれど同じ民族なのである。せいぜい仲良くすればよろしい。

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禍転じて福となす

 昨晩はどん姫がやって来て、日帰りでなく泊まりになったので酒盛りとなった。昼前に旦那(本日休みだそうだ)が迎えにやって来て帰ったところである。どん姫はとても聞き上手になって(というより無口な方なので自然と聞く側に回る)こちらが思っていることを気持ちよくしゃべることが出来る。嫌がりもせずに聞いていたが、「寝る!」といって自分で布団を敷いて先に寝てしまった。

 後片付けをして、まだ飲み足りないので残っていた「菊姫」を飲んでいるうちに私も寝ていた。

 そういうわけで朝もどん姫といろいろ話をして様子も確認したが、それなりに元気で暮らしているようで安心した。

 一度ほぼご臨終になったダイナブックは特定機能の箱として復活し、USB-DACを通しての音楽用機器としてどうにか機能している。

 実は大昔に買ったYAMAHAのAVアンプはしばしば不具合が生じてきたし、HDMIも装備していないので、後継機として一年ほど前にDENONのAVアンプを購入した。映画やドラマなどを観るのにおおむね満足している(本音をいえばもっと高級な機種を買いたがったのだが、聞こえると機嫌を損なうので内緒である)。

 いまの中級機以上のAVアンプはネットオーディオ機能が装備されていることが多い。もちろん私の持っているものもその機能がある。ところがパソコンとネットワークでリンクさせているはずなのに、パソコンに保存した音楽ファイルがごく一部しか開けない。極めて限定した曲しか聴けないのである。

 なぜそんなことになっているのか、それについては二三心当たりがあるが、それを直すにはどうしたらいいのか分からない。

 ダイナブックが使えないとなればパソコンを新調することになるはずだったが、それがとりあえず不要となったので、見に行ったパソコンコーナーで見つけたNAS用のハードディスクを先日購入したのである。NASは昨年ころは数万円以上するのが当たり前だったのに、はるかに安くなっていたのである。一万円台で大容量のものが買えたのである。

 昨朝はほとんど寝ずにダイナブックの再生を成功させ、NASを私のネットワークに組み込み、さらにそれぞれのパソコンにNASとアクセスできるように設定、そのあとNASに自分の持っている音楽ファイルをすべて放り込んだ。CDをハイレゾ化したものやe-onkyoから取り込んだハイレゾ音楽、雑誌の付録に付いていたハイレゾ音楽データをことごとく入れても余裕である。

 さて、それがAVアンプで読み込めて再生できるかどうか。そのときにはどん姫も来ていたので二人でドキドキしながら試してみた。大成功である。やった。これで家中どこにいてもパソコンもUSB-DACもアンプもNASとアクセスできてNASに放り込んだ音楽は再生可能となった。

デジタル音楽について知らないと何の話をしているか分からないかも知れないが、同様に無知だった私も一年かけてここまで来たのである。感激ひとしお、めでたいことである。あとはスマホにすれば、スマホからAVアンプやNASをコントロールできる。ガラケーからスマホにする理由が出来てしまった。さてどうする。

2018年11月 7日 (水)

奇跡は起きるか

 これからアメリカの中間選挙の状況の情報が入り始めることだろう。興味があるが、それよりも今日は娘のどん姫がやってくる。しばらく連絡が無いので元気でいるのかとメールしたら、お父さんは大丈夫か、と逆に聞き返された。それで様子を見にやってきてくれるというわけである。

 ところで一昨日の晩からもがいていたダイナブックの蘇生作業なのだが、すでに手を尽くしても生き返らないのであきらめていた。しかし文字通りの起死回生の手(以前DELLのパソコンを蘇生させるために手に入れていたWindows10のシステムソフトディスクが見つかって)を使って初期化してみたら、何と目を覚ましたのである。もちろんそれまでに紆余曲折があり、無駄に時間を浪費したけれど、すべての設定や入っていたソフト、データはすべて消滅。全くの赤子の状態での再生である。

 まあSF的にいえば遺伝子情報だけをもとに記憶のすべてを失った上でのコピー人間を生みだしたということである。残念ながら映画のように消え残ったデータをもとにもとの人格を取り戻すということもなく、必要最小限のネットの設定とセキュリティソフトの再導入(幸い複数のパソコンで利用できるマカフィーが使える)を行い、さらにUSB-DACの設定を行って、ネットとデジタル音楽を聴くためだけの箱として復活した(と思われる)。

 それで使えれば十分なのである。あとはいままで起動だけでも無駄な時間を要していたのがスムーズ行くのかどうか、作業が快適にいけるのかどうかである。これからそれを試してみる。忍耐は宝を見つけるために絶対に必要なことだと実感している。

 ところでどん姫が来るのにそこら中が散らかり放題になっているのをどうしよう。眠い。

2018年11月 6日 (火)

観た人にしか信じられない世界

 NHKBSで放送された『馬三家からの手紙』というドキュメントを観た。9月に放映されたものの再放送のようだ。制作はカナダの制作会社。この番組名でネットを検索すれば内容を知ることが出来る。

 20世紀末ころ、法輪功という気功を主体にした宗教組織のようなものが中国で大流行した。伝えられている情報だけだと、特に狂信的だったり排他的だったり強制的な勧誘の組織ではなく、ごく穏やかな清く正しくやさしく生きることをすすめる団体のように感じられた。だから中国の共産党員も数多く入信したようだ。しかしついに信者が7千万とも1億人ともいわれるようになって、中国政府は規制に乗りだした。

 当初、ときの朱鎔基首相は融和的だったが、江沢民が一方的に弾圧に乗りだし、それに抵抗する信者たちを強制収容所につぎつぎに送り込んだ。しばらくして無事に収容所から帰るものも多くいたが、そのまま消息不明となったものも少なからずいた。馬三家というのはその強制収容所のあった場所のひとつである。

 そこに収容されて激しい拷問にあっても屈せず、生き抜いた主人公が、強制労働の際に作業で作らされたハロウィーンの飾り物のなかに収容所の実態を書いた手紙を忍ばせて知らせようとした。それがたまたまアメリカの家庭で見つかり、それがきっかけで欧米のマスコミがそれを大々的に取りあげ、中国の人権弁護士によって数年後に彼は解放される。解放後も彼は馬三家の事実を訴え続ける。そのとき迄の彼の独白による再現と、その後の彼の行動をドキュメントは追う。

 ますます身の危険が高まったため、彼は中国脱出を試みる。艱難辛苦の末、ついに彼はインドネシアに逃れることに成功する。

 そのあとどうなったのか。衝撃の結末に言葉を失う。主人公を救った人権活動家は消息不明となり、のちに当局に拘束されたことが明らかになる。いつものパターンである。そして主人公は・・・インドネシアに亡命申請してその許可を待つ間に中国の公安と覚しき人物達の訪問を受けた。間もなく彼は突然病死する。

 この法輪功の強制収用、再教育という名の人権侵害はその当時世界中で話題になっていたが、中国のことであるから詳しい話はほとんど不明のままである。拷問や死刑で死んだ遺体の臓器をひそかに売買していたという話しは信じ難いと思っていたが、それが欧米で問題視されるようになったあと、中国政府が死刑囚の臓器は売買してはならないと通達したことが明らかになり、事実らしいことを知った。

 このドキュメントのような事実は少なからずあったのかも知れない。同時に身の危険を感じて再教育を受け、法輪功とは縁を切り、政府の意に服した人間がほとんどだったろうと思う。中国の歴史は、このような宗教活動がきっかけで王朝が倒れるというパターンの繰り返しである。江沢民が恐れたのはそういう理由であろう。

 いま新疆ウイグル自治区で百万人単位のひとが収容所に送られて再教育を受けさせられていると伝えられている。再教育という名の洗脳であろう。そこで起きていることがこの『馬三家からの手紙』で明らかにされているようであることは想像できる。中国の監視社会はますます強化されている。権力が人民を恐れているのだろう。こんなこと書いていると当分中国に行くのが心配になる。

物欲減らず

 毎月初めに片付けることにしている雑用処理のため、名古屋駅前まで出掛けた。ついでに購入したい本があったのでゲートタワーの三省堂に立ち寄った。目指す本(NHKブックスの『中国文学十二話』と講談社学術文庫の『女妖啼笑 はるかな女たち』の二冊、ともに奥野信太郎の本)は残念ながらなかったが、宮城谷昌光の『湖底の城』第九巻と浅田次郎の『天子蒙塵』の第四巻があったので購入。どちらもこれで完結である。特に『天子蒙塵』のほうは『蒼穹の昴』、『珍妃の井戸』、『中原の虹』、『マンチュリアン・レポート』に続く長い物語のラストでもある。ようやく終わるのだ。

 新書の棚と文庫の棚を眺めていたら欲しい本がつぎつぎに見つかって、気がついたら両手で抱えてレジに列んでいた。いつものことである。これでも予算オーバーなので欲しい本の半分はあきらめたのである。

 12月から4K、8Kの放送が始まるという。8階の三省堂の上の9階10階がビックカメラなので見に行く。現役が健在なので当分買う予定はないが、どのくらいの高画質なのか見てみたいではないか。つい70インチや80インチの大きなものに目が行く。こんなに大きいと電気も食うし、部屋にそぐわないのはわかっているが、無性にほしくなる。

 つぎにパソコンのコーナーをウロウロする。ダイナブックの代わりの格安パソコンを物色。もちろんまだ買うことは決めていないし、絶対に必要という状況でもない。それでも見ていればほしくなる。

 この歳で物欲は衰えるどころかますます盛んなことを我ながら笑いたくなる。いま、少しテンションが高いようだ。断捨離はどうした!「見るべき程のものは見つ」(by平知盛)と思ったりしていたが、まだまだ枯れるのは少し先のようだ。やりたいことがあるのはしあわせなことかも知れない。我慢する必要もない、などと思い始める。ちょっと危ない。

2018年11月 5日 (月)

ご臨終

 ダイナブックの蘇生を試みたが、ほぼこちらの呼びかけに応じなくなり、リカバリーディスクを使用しようとしてもそれも受け付けない。電源を入れて10分ほどおいておくと起ち上がらないことはないが、なにも受け付けないのだから生きているとはいえない。

 昨晩からずいぶん無駄な時間を過ごしてしまった。疲れ果てた。寿命約6年の命であった。代わりをどうしようか。

ダイナブックは仮死状態

 今朝は寝不足である。不具合が続いていたダイナブックは私の精神をずっと苛立たせてきた。このことは以前書いたことがあるが、ついにほぼ仮死状態になり、怒りがおさまらないのでふたたび書く。

 東芝のパソコン・ダイナブックをメイン使用の目的で購入した。当時のいちばん高速のCPUを装備させ、メモリーもたっぷり追加して(だいぶ高くなった)快適な使用を期待したのだが、案に相違して起動は遅いし終了にも時間がかかってイライラさせられ続ける。我慢していたけれど、二年ほどしたらキーが変になった。タッチを受け付けなくなったり(リターンキーが反応しないのだから深刻である)、一度しか押さないのに二度も三度も押したように反応する。いささか埃まみれにしたことはあるが、コーヒーや牛乳や味噌汁を浴びせた記憶は無い。キー入力がふつうに出来なくなったので、仕方なく外付けのキーボードを購入した。

 何とか使いこなそうと、あまり使わないソフトを削除し、データ類は安全のために外付けのハードディスクに待避させた。一時的に改善したように見えたが、危険なので別のパソコンを購入してそちらをメインに替えた。Acerの一番安いパソコンである。ダイナブックの3分の一の投資だったが、低速のCPU装備でメモリーも増設していないのにダイナブックよりもはるかに起動は速く、快適に使える。

 ダイナブックのハードディスクは容量が大きいしデータの多くを待避させてあるので空きが多い。ダイナブックはデジタルオーディオシステムのUSBDACに繋ぐストレージ用(音楽データの倉庫みたいなものである)とインターネット閲覧用のみに限定して使用していた。

 ところがとみに起動が遅くなって苛立っていたダイナブックが、昨晩は特に遅い。ようやく起ち上がったが、突然GoogleChromeがつながらなくなった。MicrosoftのEdgeはつながるから不思議である。そこでなにか新しいプログラムが不具合の原因かも知れないと思って少し前の復元ポイントを設定して復元を試みた。しかし「復元は出来ませんでした」とのご託宣。ポイントを変えて二度三度試みるも結果は同じである。

 頭が熱くなったので、インターネットはともかく音楽でも聴こうとしたら「音楽デバイスが見当たりません」とのご託宣が出た。音楽も聴けずネットも出来なければこのダイナブックはただの箱である。いろいろメンテナンスを試みたけれどそのたびに再起動するのが遅くなる。最後には「ディスクを初期化してリセットを試みて下さい」とのアドバイスが出た。つまりすべて消去してウインドウズを入れ直すしかないという判定なのである。

 夜間の数時間をこのただの箱と格闘したあげく、疲れ果てて眠りについた。それで今朝は寝不足である。あとはパソコンの初期化とウインドウズの入れ直しでただの箱が仮死状態から蘇生するかどうかであるが、なんだかくたびれ果てていていまやる気にならない。

 東芝の製品とは相性が悪いことは以前にもこのブログに書いた。もちろん問題ないものもあるが、むかしビデオやDVDの不具合で東芝のサービスセンターに問い合わせしたときのあしらいがあまりにも腹が立った記憶が消えないのである。問題点を散々しゃべらされたあとに一方的に使い方が悪いからだというような言い方をされた。そして結局どうすればいいのか全く解らなかった。

 現に不具合で相談しているのに、自分の会社は悪くない、といいたいだけの窓口の応対だったのである。その経験が一度ではないのである。人生では極めて不愉快な経験をすることがあるが、あまり多くないそのうちのすくなくとも二回が東芝の窓口の応対だった。もちろん違う時期だし違うひとである。おそらく会社のマニュアルに沿っているものと思われる。昔のことで、その後東芝のその姿勢が問題視されてだいぶバッシングされていたからいまはマシになっているのかも知れない。東芝が傾いたときにはひそかに手を叩いていた。当たり前だと思ったのである。

 いまその不愉快な記憶がよみがえり、このただの箱をベランダから投げ落とそうかと思ったが、そんなことをしたら危ないので思いとどまっている。

2018年11月 4日 (日)

テレビドラマを楽しむ

 ドラマや映画、ドキュメントに旅番組など、観たいものを毎日予約して録画する。WOWOWは別にして、いまは民放の番組は観ないことに決めている。プロ野球もシーズンが終わったので、いままで見続けていた『相棒』や『科捜研の女』の新シリーズは気になるが、リアルタイムではなくて、将来まとめて再放送されたときに見る気になるかも知れない。

 NHKの『新日本風土記』と『英雄の選択』はお気に入りで、リアルタイムのものと過去の再放送とを観るので、毎週二本ずつ観ることになる。BSドキュメントや『アジアインサイト』もおもしろそうなものがしばしばある。こうして観たい番組が増えすぎて、しばらく不在にすると、観るのが追いつかずに録画したものがたまる一方である。

 ドラマに限れば、最近ようやく観ることが出来たNHK広島開局90年記念の『夕凪の街 桜の国』が出色であった。広島だからやはり原爆がテーマである。常盤貴子を主人公にして、その父を橋爪功、姪を平祐奈、父の姉(ずっと昔になくなっているが)を川栄李菜、祖母をキムラ綠子が演じていたが、ズシリと胸に来る名ドラマだった。ひとはそれぞれ無数のドラマを抱えていて、それが生きることそのものであることを感じた。

 姪役の平祐奈は、今週金曜日から始まる『立花登 青春手控え』の第三シリーズで、千絵役を演じる。藤沢周平の原作のこのドラマは今回のシリーズで完結するそうだ。これはむかし中井貴一主演で放送されたがいまは溝端淳平が立花登を演じてとても素晴らしい。むかしの千絵役だった宮崎美子が今回は千絵の母役というのも楽しい。藤沢周平のこの原作(文庫本で四冊)は私が特に好きな作品であるし、ドラマの出来も良いのでおすすめだ。

 やはりNHKのドラマ『フェイクニュース』も面白かった。わけあって大手新聞社を辞めて、いまはネットメディアの記者をしている主人公を北川景子が演じている。脇を光石研、永山絢斗、新井浩文、杉本哲多などが固めていて、フェイクニュースの拡散の恐ろしさと、それを拡散させている人間の罪障感の全くないことへの怖さをとことん思い知る。意外などんでん返しがこれでもかと繰り返されるのでうっかりしていられない。フェイクニュースを裏で利用する者も存在して、正義の味方もときにそれに踊らされてしまうのだ。

 WOWOWの『コールドケース』の第二シリーズが始まっている。コールドケースとは長期未解決事件いわゆるお蔵入りの事件のことだ。これはアメリカで大人気の同名のドラマのシリーズのリメイクである。アメリカ版も以前WOWOWで放送されて、全て観た。とても面白かったし考えされるものがあった。日本版では主人公の女刑事役を吉田羊が演じている。脇を固める同僚役は光石研、滝藤賢一、永山絢斗、上司役は三浦友和である。毎回の犯人役に豪華な配役がされていて、それも魅力だ。昨晩で第四話まで進んだが、まだ二話しか観ていない。

 イギリスで大人気の『刑事モース』のシリーズもWOWOWで楽しんできたが、今回は最新作の第20話と21話が放送された。それに先だって14話から19話も再放送された。再放送分はすでに観たはずだが、つい録画してしまった。このドラマは何度観ても面白いのである。ただ、一作90分あるから一気に観るのはちょっと大変である。そういえばこのシリーズを最近NHKでも放送していたようだ。それだけ時代設定の味わいと張り巡らされた伏線を楽しめる深味のある傑作なのである。

 ほかに映画も観ているし、本も読むし、ブログも書かなければならないし、そういうわけでとにかく忙しい。でも忙しいけれど楽しい。時間がもっとほしい。

江波杏子

 女優の江波杏子が亡くなった。急死されたという。

 若いころ、私は口の大きな女性にあまり魅力を感じなかったけれど、ソフィア・ローレンの強烈な魅力にやられて少し好みが変わった。江波杏子も人一倍口が大きな女優さんである。

 映画好きだから彼女の出演作は山ほど観た。『女賭博師』シリーズも何作か観た覚えがあるが、彼女が素晴らしいと思ったのは、仲代達矢主演の『出所祝い』という映画で、仲代達矢の相手役を演じたときである。この映画は私にとって日本映画のなかで記憶に残る作品だ。

 最近では小川糸の『ツバキ文具店』を原作にしてNHKがドラマ化した『ツバキ文具店 鎌倉代書屋物語』に、ポッポちゃん(多部未華子・・・大好き)の隣家に住むバーバラ夫人役として出ていたのが強く印象に残っている。自由でしかもエレガントな老婦人を演じて相変わらずの魅力を感じさせていた。私にとってバーバラ夫人は江波杏子しかいないほどなので、続編をドラマ化されたときに誰が演じても戸惑うことになりそうだ。

 ご冥福をお祈りする。

2018年11月 3日 (土)

安川峰俊『さいはての中国』(小学館新書)

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 著者の本は、顔伯鈞(安田峰俊編訳)「『暗黒・中国』からの脱出」(文春新書)という本を以前読んでいる(2016/8/1のブログ)。

 今回の本は2018年10月出版の新しい本で、主に『SAPIO』という雑誌の企画で書いたものである。『SAPIO』はかなり保守寄りの視点で編集されている雑誌で左派の人からは毛嫌いされている。内容はピンキリだが、リベラル誌よりも新情報が得られることが多いので、私も特集に興味があるときにときどき購入する。ああ、『SAPIO』を読む人か、と思われるケースもないことはないが、私には面白い。

 残念ながら来年から不定期刊になるという。事実上の休刊だともいう。サヨクから見ればネトウヨを煽動している雑誌と思われるかも知れないが、ネトウヨの妄想的世界観とは一線を画して、事実をもとに編集されていると思うが、多少偏った事実ばかりが選ばれていることはサヨク誌とおなじである。読む方がそれをしっかり弁えるしかない。

 さて肝心のこの本だが、中国についてディープな取材を重ねたドキュメントである。8章に別れていて、それと別にコラムが二つほど添えられている。こういう取材は中国政府の最も嫌うところだから、ずいぶんきわどい経験もしている。私には某安田氏よりも著者の方がジャーナリストとして評価したい気がする。取材の目的意識がはっきりしていて、相手にもそれを明確に伝え、リスクも構えながらなんとかできる限りの取材を敢行している。

 第1章は中国のシリコンバレーといわれる深圳市の三和人力市場の取材。この人力市場はNHKでもドキュメンタリー番組を放送していた。サイバールンペンプロレタリアートと揶揄されるネトゲー中毒者のたまり場での取材である。ゲーム中毒者のなれの果てのほぼ廃人に近い若者や中年男性たちが最先端サイバーシティの深圳の底辺で蠢いている。なぜ彼等はそこまで落ちぶれたのか、その理由も説明されている。彼等に果たして未来はあるのか。

 第2章では10万人が住みつく「リトルアフリカ」の存在する広東省の広州市の取材である。中国がアフリカに莫大な投資をしていることは最近特に話題になっている。これはずいぶん以前からのことで、そのパイプに乗って貧しいアフリカからこの広州市に多くのアフリカ人がやって来て商売をしているのである。この「リトルアフリカ」についてもNHKのドキュメントを見た記憶がある。

 一時期よりも数は減少し始めているとはいうが、10万人は驚くべき数字である。その特殊な閉鎖社会で成功した人、貧困であえぐ人、そこで生まれた子どもたちの状況などが、命がけでルポされている。

 第3章は「習近平の生地」というテーマで、いま中国で進められている習近平への個人崇拝の意味を考えさせられる。第4章では、「突如新首都候補にされた田舎町」というテーマで、河北省の雄安区を取材している。田舎町がどのように翻弄されていくのか、すべては習近平の命運にかかっているようである。第6章は内モンゴル地区を中心にした「鬼城」の現在の取材である。いわゆる人の住まないゴーストタウンが延々と続く姿は、これもNHKのドキュメントなどで紹介されている。

 第7章では中国を離れ、カンボジアの現状が取材されている。長期政権フン・セン首相の中国傾斜の現実が報告される。日本がカンボジアに投じてきた、そしていまも現に行っているカンボジアへの援助がないがしろにされて、中国のスタンドプレーが奏功している現状は、実は世界のあちこちで見られる姿でもある。一帯一路の最も優れた友好国カンボジアの現状を知ることが出来る。

 この本で最も恐ろしいと感じたのは第8章である。取材をしたのは意外な場所、カナダのトロントである。カナダの反日組織の取材なのだが、そのリーダーは大変穏やかで、人道的な数々の功績が国の内外で高く評価されている人物なのである。そんな人物がどうして反日の中心となっているのか、知れば知るほど恐ろしい。このリーダーがいる限り、多分カナダはどんどん反日に染まっていくことは間違いない。しかもそれはヨーロッパにも波及しはじめているという。そしてそれは中国や韓国の狙うところにぴたりと符合している。ところがその運動をしている当人は意識してなのか無意識か知らないが、中国とは関係がないと主張する。

 信念を持った正しい人がその信念に従って行動するとどういう災厄が起こるのか、この第8章だけでもすべての日本人に読んでもらいたいと思う。正義はときにイヤなものである(by山本夏彦)という私が繰り返している言葉の意味を強く実感するであろう。人は話せば解る、というのは幻想ではないかと思ってしまう。

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