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2011年2月

2011年2月28日 (月)

日本民族学博物館・アフリカ

アフリカのブースはすごい迫力です。最後の釘だらけの人形は想像通り、呪いの人形です。大きなものではありませんが、気持ち悪いです。アフリカのエネルギーは尋常ではありません。実物の迫力は写真よりはるかにすごいので是非実物を見てください。

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「ヒトみな神の主食」石毛直道+田辺聖子(朝日出版社)を読む

LECTURE BOOKSとして一期10巻、全三期にわけて専門的な分野について、それに興味のある作家や著名人が、専門家に講義を受けたかたちの対話集。これは第三集のうちの一巻。少し前の本なので今、本屋では見つけられないかもしれない。石毛直道は当時国立民族学博物館館長で民俗学者だが、文化人類学者と言ってもいい。食についてはずっと興味があって、関連する本もずいぶん読んだ。この本も若読みしていたが、読み直したら中身の濃い本だった。食から家族や国家が、そして文化が論じられており、当たり前に思っていることに深い意味があることをあらためて知ることができた。日本のだしの文化は肉食などの油脂を多く含んだ食ではないことから、世界で特異的に発展したものだという点など興味深い。また、西洋の食事は、本来は家長が取り分けておこなうものであり、昔はスープも同じ容器と同じスプーンで回しのみしていた、など、すました西洋料理のマナーのお里が知れて笑える。そういえば映画「ジャンヌ・ダルク」(ミラ・ジョボビッチ主演のもの)の中での食事シーンもまさにそうだった。末尾に田辺聖子が、国立民族学博物館を見ることを勧めている。同感である。

国立民族学博物館・履き物とかぶり物

たくさんある日本の履き物とかぶり物の展示物の一部です。次回、できれば本日9時頃にはかなりインパクトのある展示物の写真を公開します。

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2011年2月27日 (日)

「鮫」真継伸彦著(河出書房新社)を読む

大学生時代に、題名に惹かれて読んだ本を実家で見つけた。なつかしくて久しぶりに読み返した。舞台は応仁の乱の時代、テーマは親鸞の悪人正機説。ひとが虫けらのように死ぬ中で、ひとにあるまじき所行をしながら生き延びた「鮫」と呼ばれていた男が、蓮如上人の娘、見玉尼に出会うことで目覚めていく。前半は戦乱の京都が舞台だが、後半は北潟湖のほとり、吉崎周辺を主舞台に北陸の地名がたくさん出てくる。仕事で走り回った地方なので、なつかしい。今になってまた読みたくなるほど強い印象は残っているのだが、学生の時にどれほど読みこなせていたのか、今となっては思い出せない。小説というのはこんなにすごいものか、とあらためて感じた。真継伸彦にはこの続編「無明」がある。これも実家からもってきたけれどかなり読むのに骨が折れるからどうしよう。

日本民族学博物館・日本の祭

万博記念公園内の民族学博物館から、日本の祭関係の展示の一部です。

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中国ウオッチ 革牛乳

中国で、メラミンいりの粉ミルクで多くの乳児が被害を受けたニュースの記憶はまだ耳に新しいが、今度は皮革タンパク入りの牛乳が問題となっている。皮革タンパクは、古い皮革製品や、動物の体毛を溶かして粉末にしたもので、メラミン同様乳製品のタンパク質含有量をごまかすために混入させている。使われた皮革タンパク粉末には重クロム酸ナトリウムや重クロム酸カリウムが含まれており、重篤な中毒症状を起こす危険がある。そういえば、先日中国で粉ミルクの供給不足問題が深刻である、というニュースがあった。よく読むと、全体としてはそれほど深刻ではないはずなのに、特定のメーカーのものに需要が集中しているため、となっている。やはり口コミの中で安心できるところと疑わしいところが選別されているのだろう。倫理を見失っている国は恐ろしい。

2011年2月26日 (土)

「本は、これから」池澤夏樹編(岩波新書)を読む

この表題を元に37人の人がそれぞれ思うことを語っている。この設問の意図するところは、もちろん書籍の電子化、いわゆる電子ブックをどう考えるか、という問いでもあるわけだが、中にはかなりひねった答え方を披瀝しているひともあり、おもしろい。それぞれ説得力があり、納得させられるものも多い。本になにがしかの思い入れのあるひとは是非読まれたし。ちなみに私は西洋式の肉体とたましい、という二元論を手がかりにこの問題を考えてみた。本はそもそもコンテンツである、という考え方ならば、どんなかたちでもかまわないわけで、紙の本というかたちにこだわらなくてもよい、ということになる。紙の本は一部の骨董趣味でしか残らないというわけだ。この言い方から分かるとおり、私は西洋的二元論に組しない。肉体とたましいは不可分であり、たましいだけが存在意味を持つとは考えない。同じ小説を分厚い個人全集で読むときと文庫本で読むときとで受け取るものが明らかに違う。ひとはコンテンツと言うときに、本に書かれている内容を単なる情報としてしか考えていないようだ。辞書やニュースの様な純粋な情報(養老孟司の言う死んだもの)と、詩や文学などで語られることばは、ただ言語という同じ記号で書かれているため単にコンテンツ、などと同列に論じられてしまうが、本質的に違うものではないだろうか。パソコンの文章でも、長いものはプリントアウトしないと意味がなかなか読み取れない自分だからそんな風に考えるのだろうか。私は終生、紙の本を愛する。

大阪万博記念公園

大阪万博記念公園の太陽の塔です。万博の時にもインパクトがありましたが、今も大きな顔でそびえ立っています。そのあと公園内の国立民族学博物館を見学しました。すばらしいところでした。写真をたくさん撮りましたので明日から何回かに分けて一部を紹介します。

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中国ウオッチ 物乞い養成村

子連れの物乞いのつづき。安徽省阜陽市太和県宮小村周辺に子供を誘拐して物乞いに仕立て上げる組織の拠点があるという。文化大革命以後、中国が豊かになるにつれ、物乞いでかなりの収入を得ることができることにあじをしめ、特に障害者の子供を誘拐して子連れで物乞いをすると実入りがいいことから、それをまねるものが続出、集団で誘拐や育成をおこなっている。中には誘拐された子供が、大人になって跡を継ぎ、そのノウハウを駆使して羽振りをきかせているという。当局も手入れをおこない、現在はそういう事実はなくなっていると説明しているが、実際は袖の下で見逃されたり、蓄えた富で村政府の幹部にのし上がっているものもいるらしい。、周辺の村でもまねるものが出てきているという。

中国ウオッチ 物乞い

中国には物乞いはいないことになっているが、時々見かける。子供連れが多く、時には身体に障害のある子供もいて、目を合わせると寄ってくる。ところがその子供の多くが誘拐された子供であり、傷害のある子供は残酷なことに誘拐されたあとに意図的に傷つけられたものだという話を噂では聞いていた。このたび、子供を誘拐された親たちを支援する目的でミニブログが開設され、子連れの物乞いを見たら写真を撮ってメールで送ってほしいと呼びかけた。すでにかなりの数が集まってきているという。

中国ウオッチ ガイドと客が乱闘

香港で、ガイドに案内された宝飾店で2時間近く物色したのにもかかわらず、客が何も買わなかったことにガイドが苦情を言ったため口論となり、ついには乱闘騒ぎとなったため警察が呼ばれた。4人がけがで病院へ運ばれた。客は男性とその妻など、なんとガイドは女性であった。幸いけがは軽傷だったという。ガイドはキックバックで生計を立てているのに客が何も買わなかったことに腹を立てたといっている。昨年にはガイドに買い物をしないことをののしられて心臓発作で死んだ客もあったことが判明。その後、この事件をきっかけに、香港当局はガイドの素行調査を実施、悪質なものには罰則を与えると警告した。ところがガイドやバスの運転手など1700人が集団で猛抗議をおこなった。北京や上海、西安などではそこまでエキサイトするガイドにあったことはない。ただあまり買い物が少ないと悲しそうにするのを見ると、何となくすまない気持ちにはなる。香港はどうもキックバックだけが報酬というガイドが多いようで、問題はそのシステムにあるのだが、生活がかかっているだけに香港にツアーでお出かけの際はご注意を。

2011年2月25日 (金)

漢の長城

敦煌郊外の玉門関については昨日紹介しましたが、その近くに漢の時代の長城が残っています。ここが残存している一番西のはじではないかと思います。煉瓦造りではなく、版築という、わらと土で作られたものなので、砂漠の中に半ば朽ちかけています。少し高いものは狼煙台です。

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中国ウオッチ 茉莉花

茉莉花はジャスミンの一種でよい香りがする。胡錦濤主席が、自分のふるさとは茉莉花のよい香りがする、という歌を愛唱しているのを以前テレビで紹介していた。チュニジアで始まった反政府デモはジャスミン革命と呼ばれている。燎原の火のごとく中近東全体に飛び火しているのは承知の通り。前回の週末には中国のネットでもジャスミン革命の呼びかけがあった。ただ、あまり本気の呼びかけではなく、呼びかけられた場所には活動するためではなく、興味本位でのぞきに来た若者しかいなかったのに、当局が強引に拘引している姿がテレビで報道されていた。その後、茉莉花ということばのネットでの検索はできなくなった。もちろん胡錦濤の歌も二度と報道されることはなさそうだ。

中国ウオッチ トルシエ

中国サッカー・スーパーリーグ所属クラブの深圳のマオタイルビーの監督に元日本代表監督のトルシエ氏が就任した。トルシエ氏は中国のサッカー選手の実力は日本とそれほど差があるわけではない、自信がつけば1年で日本を上回る力をつけることができる、3年でアジアチャンピオンになれると語った。確かに中国が本気を出せばレベルアップは可能だろうが、こんなに短期の期限をつけてしまって引っ込みがつかなくなるんじゃないか。

中国ウオッチ 年齢サバ読み

中国の卓球選手のなんと90%が年齢をサバ読みしていたという。一歳くらいはかわいい方で3~4歳は当たり前。理由は代表選手の選考などの際、伸びシロのあると見られる若い選手が選ばれることが普通のため。どおりで中国には「神童」がよくあらわれるわけだ。中国の年齢詐称は一部のスポーツのジャンルに限らないのではないかとますます疑われそうだ。

中国ウオッチ 2300万人

人口調査結果で上海の人口が2300万人を超えているという。公式の発表は4月の予定だが、これは予想を超えるものであった。うち1400万人が上海市の戸籍を有するもので、流動人口が900万人。ただし流動人口の一部は半年以下の定住者と推計され、定住者は2100万人と見られる。この5年の上海の定住者は毎年60万人ずつ増加という。しかし2009年末の概算値で定住者1921万人との発表もあり、それだと2010年だけで150万人以上も増えたことになる。世界的に実施される国勢調査の結果が中国に関してはかなりファジーであると言われている。しかし日本でも個人情報を知られたくないとして国勢調査を拒むひとがいると言うから、こういう調査もますます正確をを期すのはむつかしくなってきた。

2011年2月24日 (木)

玉門関・疏勒河・河倉城

玉門関は敦煌の西北約90Kmにあり、今は25m四方、高さ10mの城壁だけがゴビ灘の中に残っている。その近くには河倉城といって武器庫兼食料の倉庫の跡が残っている。疏勒河が近くを流れているので船で武器や食料を運び込んでいたのだろう。今は春の雪解けの時期しか水は流れていない。行ったのが春だったので水があった。Photo_4 Photo Photo_2 Photo_3

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「短編小説講義」筒井康隆著(岩波新書)を読む

筒井康隆が考える小説の存在意味、そして無数に書かれ続けている短編小説の自分なりの評価を語る。そして彼の考える傑作の実例をいくつかとりあげる。取り上げられた短編に、私も若いとき強烈な印象を受けたアンブロウズ・ビアスの「アウル・クリーク橋の一事件」が取り上げられているのがうれしい。また、ドイツ怪奇幻想文学の巨匠、ホフマンの意外な一篇があげられている。ホフマンはSFに傾倒していた時期に枝道として入り込んだ魔界であった。「悪魔の美酒」や「黄金の壺」などの長編を読み直したくなったが、想像力が枯渇しつつある今、あの文章をもう一度読みこなせるだろうか。とにかく筒井康隆はレベルが高い。彼の小説の技巧はすばらしいが、古典や哲学も含めて、それを理解する力、そしてそれをわかりやすく説明する力はずば抜けている。紹介されている短編を読まずに読んだような気にさせてくれるが、是非ここにあげられているものの一部でも読んでほしい。

中国ウオッチ リビア

中国外交部はリビア滞在中の中国人3万人の避難を速やかにおこなう予定であると発表。香港、マカオ、台湾(!)からの滞在者も含め、安全に待避させるため、中国民航のチャーター機、付近を航行中の輸送船、操業中の漁船を派遣するよう手配した。さらに大型クルーズ客船や大型バスをレンタルしてリビア付近で待機させる。すでに第一陣の避難が始まり、エジプト側に移動が完了したとのこと。それにしてもリビアに中国人が3万人も滞在しているというのは驚きだ。欧米がアフリカから排除されつつあるなか、アフリカ在住の中国人は今まで以上に増えていきそうだ。

2011年2月23日 (水)

「疲労とつきあう」飯島裕一著(岩波新書)を読む

著者は信濃毎日新聞の記者。本書は身体やこころの「疲労」について全国の医師や患者などに取材したものをまとめたもの。疲労とは「休め」という信号がだされている状態である。その信号に適切に対処できている場合、疲労は回復される。しかし、ある閾値を超えるとひとりでに回復することができずに、ひとはたやすく病気になる。ひとには閾値を超えやすいタイプのひとがいる。タイプAといい、血液型などとは関係なく、心疾患になりやすい性格傾向のひとである。疲労からうつ病や心身症、過敏性大腸症候群、円形脱毛症など多岐にわたって異常が起こる。いろいろな心身の病気が、疲労から起こっているのだそうだ。タイプAのひとは参考になります。私はタイプAではないようです。

中国ウオッチ 離婚(春節)④)

中国の離婚件数は、2010年は196万組だった。昨年第4四半期で120万組の離婚が受理されていることからさらに増加しそう。また旧正月明けは毎年離婚届けが急増する時期でもある。春節をどちらの実家で過ごすかでもめて離婚に至るという、信じがたいケースが、実はかなり多いのだそうだ。もちろん日頃からの行き違いがそれをきっかけに爆発するのだろう。一人っ子同士の結婚が普通の中国では、春節の過ごし方はかなり深刻な問題となるのだ。ただ離婚届に来る二人は、にこにこしていてあまり悩んでいる様子もないことが多いらしい。

中国ウオッチ 給与二ヶ月分(春節③)

中国のサラリーマンの四割が、春節に給与の二ヶ月分使うという。主なものは両親や上司へのプレゼント、交通費、お年玉。続いて年越し用品購入と年夜飯代。ちなみに中国では、日本以上に、世話になったひとへの贈答は重要に考えられており、どんなものを贈ったかで相手に対する気持ちが測られるため、贈り物恐怖症にかかるひとまでいるという。

中国ウオッチ 年越し番組(春節②)

日本の紅白歌合戦のように、中国では年越しの晩に「春晩聯歓晩会」という番組を見るのが恒例となっている。この番組は歌ばかりでなく、雑技、コント、マジックなども見せる。しかし紅白同様だんだん見る人が減って約半分の人しか見なくなっており、見ている人も他に見るものがないから仕方なく、というところらしい。あまりにも視聴率の高い番組は、やはりターゲットが広すぎて無難になりすぎ、マンネリ化するのだろう。紅白も、あのNHKの寒いギャグはひどすぎるけれど、中国もそうなのかもしれない。私もだいぶ前から紅白を見ないけれど。

中国ウオッチ 年夜飯(春節①)

中国の旧正月・春節の前日(日本の大晦日に当たる)には、家族、親戚一同が打ちそろってテーブルを囲み、御馳走を食べる。これを年夜飯というが、最近は料理の手間や、経費がかなりかかることから、出来合いのセットですませる家庭が増えているという。日本でおせち料理をデパートで購入するのと同様、レストランやホテルなどで売り出されたものを行列で購入、家庭で温め直して食べるらしい。中国も手間暇かけて自分で作るひとが減っているようだ。

中国ウオッチ ハトを食べる

深圳市内の公園のハトを警備員が食べた。食べた警備員は厳重処分予定とのこと。中国人の中でも特に広州地区なら何でも食べる(蛇や犬はもちろん、アルマジロやハクビシンも食べられている)だろうと思っていたら、市民が自費で購入した200羽のハトを公園の警備員に了解を取って放したものだという。そのハトが急に激減し、園内のあちこちにハトの羽が落ちており、警備員宿舎の裏庭には数十羽のハトの死骸があったのが発見されたことで警備員が食べていたことが分かった。中国や東南アジアでは、生き物を買ってそれを放すことで供養とする風習があり、放されたものをまた捕まえて売る商売も繁盛している。ただ公園の管理局は、勝手に公園にハトを放されて迷惑していた、といっているらしい。

2011年2月22日 (火)

19号線を北へ・松本から高山

雑用がてら友人を訪ねる小旅行に行っていました。国道20号線から19号線経由で松本へ、そして高山へ、最後は高山ラーメンで締めくくり。Photo 南アルプス遠望Photo_2 諏訪湖畔の温泉片倉館Photo_3 諏訪湖Photo_4 松本城1Photo_5 松本所2Photo_6 平湯から中央アルプス遠望Photo_7 高山ラーメン

諏訪湖の片倉館は仙人風呂といって立ってはいる巨大な風呂です。入浴料600円、タオルは120円です。諏訪湖に行ったら是非どうぞ。

2011年2月18日 (金)

陽関 西のかた陽関を出ずれば故人なからん

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王維の「葡萄の美酒夜光の杯・・・」にはじまる詩で有名な陽関。漢の時代の狼煙台がゴビ土漠の中に残る。見渡す限りの砂礫の原である。周辺を小さな馬に乗って回った。馬がちょっとかわいそうだった。

中国ウオッチ 公害

中国は5カ年計画での汚染化学物質排出量削減はまずまずの成果であった、と発表。しかし削減目標が数値化されているのは水質についてはCOD、大気については二酸化硫黄だけ。大気について火力発電の増設に脱硫装置を取り付けるなどしたため、思ったより二酸化硫黄は増えなかったが、実際の大気の汚染は明らかに改善されていない(万博後の上海で実感した)。また最近問題になっているPM2.5(大気中の粒子状物質のうち粒径が2.5μm以下のもの)について設定するべきとの意見が大勢なのに見送られた。測定体制が整っていないからだという。NASAの大気汚染地図では、中国の華北、華東、華中地区は世界でもっともPM2.5の濃度が高いことが分かっている。中国が発表している大気汚染指数(OPI)には含まれていない項目があるため世界的にその報告結果は疑問視されている。一人当たりの温室効果ガスの排出量が世界最大の国がこの有様である。

「中国 歴史偽造」チベット亡命政府発行(祥伝社)を読む

1949年中華人民国成立と同時に中国はチベットを解放する、として人民解放軍をチベットに派兵し、1951年には全土を制圧した。これについては国連決議で中国の行動が違法であるとの決議も再三なされており、歴史的事実である。しかし当時中華人民共和国は国連に加盟していなかった(台湾の中華民国が常任理事国として参加)ので無視。その後宗教弾圧などに反発してチベット国内で反乱が頻発し、国民の1/6の120万人が殺され、寺院の90%の6000以上が破壊された。この本は、江沢民時代に中国政府が出版した「西藏歴史档案薈粹(せいぞうれきしとうあんかいすい)」という、チベットはそもそも元の時代から中国の一部であったということを論証するための資料集に対する、チベット亡命政府の反論集である。もちろん中華人民共和国が1951年にチベットを侵略し、国を奪ったことを元々中国領だったと言い張るためのねつ造資料集であり、恥ずべきことである。チベット問題があることは知っているが詳しいことが分からない、というひとは傍証の資料として読んでみることをおすすめする。

2011年2月17日 (木)

敦煌故城

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敦煌故城は日本映画「敦煌」のために作られたもの。今も歴史物の映画のセットとして使われている。街の角を曲がると全く違う町の様子が出現する。歴史の遺跡ではないが、おもしろそうなので連れて行ってもらった。遠くに砂の山である鳴砂山が見える。

中国ウオッチ 一円玉

日本の一円玉は作るのに3円かかる。中国人が、大量に一円玉に両替して、アルミ資源として中国に送っているので、日本の一円玉が不足しかねないという報道があった。それに対して中国から、また日本のでっち上げ報道だ、との反論があったという。確かに、資源として持ち帰ったところでしれているし、赤字を出させて日本にダメージを与えようとしてもささやかな効果しかないのは明らかだ。ただ、中国は反論のついでのように、日本のマスコミが騒いでいる水資源問題も同様にでっち上げだ、としているが、本当はこちらの方が言いたいことなのではないか。水資源の問題は、中国の旱魃が農業用水ばかりではなく、飲料水も不足するほど深刻な中、国策としてなりふり構わず水資源確保に動いており、一円玉の話とは全く違う話だ。水といえば中国へ行ったらトイレに注意が必要だ。水量が少ないので紙がすぐ詰まる。詰まったときは悲劇ですぞ。

中国ウオッチ 旱魃(かんばつ)

中国の旱魃がひどいようだ。農地の被害は5万平方キロを超えたとのこと。住民257万人、家畜279万頭の飲み水が確保困難になっている。特に被害のひどい山東省、河北省、河南省は冬小麦の産地で、中国の食糧事情に影響が大きい。中国の耕作地面積は、国土の大きさの割に少ない。その少ない農地を開発の名目で農民を強制退去させ、工場用地などに転売して地方の役人は私腹を肥やしてきた。すでに黄河流域は定常的に水不足に陥っており、これは今年限りの問題ではない。すでに砂漠化は北京の50Km以内にまで迫っている。旱魃の件や食料問題については、続報が今後頻繁にでると思われる。

「逆立ち日本論」養老孟司・内田樹対談(新潮選書)を読む

前半は内田樹の専門のユダヤについての話が中心に進められるが、ユダヤを足がかりに世界を論じている。ものを理解するとき、その理解度にたくさんの階層があるが、自分のレベルとこの二人のレベルの差を思い知らされた。ただ、違うレベルでものを理解する人がいる、ということを知ると、自分のレベルを上げることの意味を知るきっかけになる。知識は量だが、理解はレベルだ。ソクラテスではないが、「自分が知らない」ということを知っているだけでも、そのことすら気づかない人よりは物知りなのだ。そういう意味でこの本のどこを呼んでも、ものを理解することの奥深さに気づかされ、わくわくする。今回は一気に読んでしまったが、じっくりと考えながら再読しようと思う。

2011年2月16日 (水)

中国ウオッチ 陳情団

温家宝首相が一般市民の陳情団の陳情に耳を傾けたとのこと。中国の首相が直接陳情者と交流するのは1949年の建国以来初めてだという。地方からの陳情はすさまじい件数だが、陳情者は社会の安定を脅かすものだという扱われ方で、ほとんど取り上げられることはなかった。それが首相自らが乗り出したことから陳情に希望が見られたという。しかし、海外メディアは単なるパフォーマンスだ、との見方が多いようだ。これは市民にたまっている不満解消の意味も大きいが、地方の状況が直接トップに伝わることで、今までやりたい放題やりながら陳情を握りつぶしてきた地方官僚に対する警告である、との見方が正しいようだ。いくつか見せしめの懲罰事例が出てくるのではないだろうか。地方の公務員の腐敗は想像以上にひどいらしい。これは中国の風土病であり、伝統なのだろう。治まるとは思えない。

敦煌市街

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敦煌市街の写真です。市場を散策し、街の中心のロータリーの飛天像を見ました。この飛天は琵琶を背中で弾いています。子供はどこでも元気です。飛び込みでレストランに入り、火鍋を食べました。羊、牛、ロバ、駱駝の肉を味わいましたが、羊がやはり一番うまかった。敦煌はさすが西域、露店でいろいろな果物を売っていました。敦煌には確か信号が一つくらいしかなかったと思います。はしからはしまで歩いてもしれています。市街の人口は3万人くらい、郊外の農民を合わせても10万人あまりの小さな街です。

「現代中国政治を読む」毛利和子著(山川出版社)を読む

山川出版社の世界史リブレットという冊子集がある。各100頁以下の小冊子だが、テーマを絞った論文形式で、興味のあるひとなら読みやすい。専門用語をちりばめて門外漢を拒絶するような高価な専門書よりはずっと得るものがある。専門的なことを素人にもわかりやすく書くことにこそ力量が必要だ。この本は1999年に出版されており、中国の政治体制と状況が分かりやすくまとめてある。その時点から、中国の将来について案じているが、幸い現在の中国はその危惧のようにはなっていない。しかし、危惧された問題点は解消されているわけではなく、押さえ込まれたエネルギーはかなり増大している。中国は天安門事件で選択した政治状況の付けを遠くない将来支払うことになるのではないか。エジプトを見よ。

中国ウオッチ 高速料金

200台以上のトラックが、三峡ダム高速道路の高速料金が高すぎるとして路上に並んで交通妨害をおこなった。三峡ダム高速道路の料金は、3.35元/Km(約42円)で、大型車はさらに重量に応じた追加料金が必要。中国では物流コストの1/3が高速料金とのこと。GDPに対する物流費用比率は18%で先進国の一般の倍近い。中国では高速道路の建設費用の10倍も利益を上げているところがあるという。中国の有料道路は官だけが作っているのではなく、企業や金持ちが作っているものが結構あると聞いている。買い占めた土地(農地など)に工業団地を造成してそこに道路を引くのだ。官が強制立ち退きを助けてくれているからそれで利益が出ればこんなうまい話はないわけだ。

2011年2月15日 (火)

中国ウオッチ スパイ

アメリカで、軍事目的に利用できる電子チップを違法に中国に輸出したとして、アメリカ在住の中国人の女性が逮捕され、有罪判決を受けた。このことなどを受けての中国の反応。中国軍事専門家は、軍事スパイやハッカー攻撃の話題は、中国が台頭してきたことに対する牽制であると述べた。ある中国の学者は、中国スパイの脅威をことさら宣伝するのは、CIAが、議会でより多くの予算を獲得するためのでっち上げであると述べた。なるほど、自分が普段やっているので、相手のやり方もよく分かるというわけだ。

中国ウオッチとその考察を始めます

中国に関するニュースを興味深く見ていますが、おもしろそうなものを取り上げて私見を加えてみたい。とりあえず2月初め頃からのものから始めます。

敦煌の空港

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敦煌空港には夕方着きました。とにかく広々した空港で、そこには到着した飛行機ともう一機しかありませんでした。それぞれ30数名乗りのジェットなので、空港の中にぽつんと飛行機が置いてある感じです。遙か彼方には祁連山脈の端っこが見えます。空港から街までは20Km、20分です。

「上司は思いつきでものを言う」橋本治著(集英社新書)を読む

読んでみたくなる書名です。どうして上司は思いつきでものを言うのか、トップの立場の人以外みな知りたいところです。この本は、ぼやきや泣き言から設問しているわけではありません。この疑問について解析していくうちに、会社組織というもの、日本の社会構造そのものが俎上に載せられていきます。レトリックに乗せられて読んでいくと、なるほど、と思わされます。もちろん橋本治の本なので、なにがしかの皮肉が二重に込められていますが、とにかく刺激的でおもしろい。目からウロコが落ちます。ものを考える楽しみとはこういうことかと感激します。ただこの種のレトリックに乗せられるのが嫌いな人にはさっぱり分からないかもしれません。

2011年2月14日 (月)

敦煌の夢

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敦煌に関係した本を読んでいたら敦煌へ行ったときのことを思い出しました。写真は莫高窟が3点、鳴砂山から撮った月牙泉、飛天像です。飛天像は敦煌の街の中心部のロータリーのところにもあります。機会があれば敦煌の街の写真も後で掲載します。写真を見ていたらまた行きたくなりました。

「西域文書から見た中国史」關尾史郎著(山川出版社)を読む

20世紀初頭、敦煌や楼蘭などから発掘された西域文書から、3~8世紀頃の中国の統治システムを読み取る。敦煌の莫高窟から発掘されたものを始め、断片から当時を復元していく作業はエキサイティングだ。中国はたびたびの王朝交代で、資料が失われているものが多い。日本にしか残っていない文書もいくつかある。西域は乾燥しているので砂に埋もれたまま朽ちずに残っていたのだ。しかし、まだ西域文書は解析の途中だという。これからまだたくさんの発見がありそうだ。敦煌については「敦煌の夢」(王家達著)という、莫高窟の壁画や仏像を文化大革命の時に命がけで守った人達について書いた本を読んで、感動で涙が止まらなかったことを思い出す。近々読み直してみたくなった。その本がきっかけの一つで敦煌に行ったが、また行きたくなった。

2011年2月13日 (日)

上海の外灘からの風景

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万博の最中は規制されて空気がきれいになったのに、万博の後は、前よりも悪くなったといわれている。

「科学文明に未来はあるか」野坂昭如著(岩波新書)を読む

この本が出版されてから30年近くたっているが、テーマは今日的である。核、ゴミ、公害、遺伝子操作の問題など、科学がますます拡大していく中で、人類の未来にとっての科学の意味を、各分野の専門家と対談する中で考えていく。どのテーマも展望が開けていないことが今更ながら分かる。哲学を持たない科学者はますます経済にとらわれていくだろう。哲学を持たない政治家は?

2011年2月12日 (土)

「朱元璋 皇帝の貌」小前亮著(講談社)を読む

元の末期(十四世紀中期)、白蓮教徒を中心に各地で反乱が起こった。目印として紅巾をつけたことから、紅巾の乱と呼ばれる。その中で台頭し、派閥争いの果てにそれらを統一し、元を追い払って、ついに明王朝をたてた朱元璋の物語。朱元璋は貧農のでで、托鉢僧からついに皇帝になった。豊臣秀吉の中国版と言っていい。その朱元璋の肖像画には極端に違うものが残されている。ノーブルな、ふくよかなものがよく知られているが、もう一つはふざけて、悪意をもって描いたとしか思えないような異相のものである。どうもその異相の方が真実らしい。見た目がよくて人を引きつけるのはありがちだが、異相でありながらなおかつカリスマをもっていた男の話である。文章は平易でわかりやすく、読みやすい。

2011年2月11日 (金)

「愛と哀しみの果て」を見る

メリル・ストリープの出る映画は積極的に見たいと思っていなかったが食わず嫌いであった。BSハイビジョンでやっていたのでとりあえず録画した。この映画は160分以上あるし、おもしろくなければ途中でやめようと思っていた。でも見始めたら一気に物語に引き込まれた。アフリカの風景がすばらしい。もちろんメリル・ストリープもロバート・レッドフォードも最高だ。ラストシーンでは恥ずかしながら泣いてしまったが、それも心地よかった。1985年の映画だが、当時だから作れた映画だろう。大作映画は見るまでにかなり決心が必要だが、結果的に見てよかったと思うことが多い。原題は「OUT OF AFRICA」で、原題の方がシンプルでいい。ブルーレイディスクにとりためた映画がかなりたまった。これからもっとせっせと映画を見よう。

大雪直前の日本海

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雪が降り出す直前の日本海の写真です。独り旅には北へ行くのが気持ちの上でフィットします。峠を越えて内陸にはいったらもう雪景色でした。温泉に入ってお年寄りの民謡を聴いてきました。

「日本人と中国人はなぜ水と油なのか」太田尚樹著を読む

この本でなにかを学ぼうとするひとには不向きでしょう。宗教や歴史など多岐にわたって語っていますが、それぞれがかなり大きな荷物で簡単にくくりようがないものを、小包みたいに簡単にくくって見せています。嘘ではないにしても、くくられたものからこぼれ落ちているものの方が多くて、本質を見失い、語っていることがほとんど意味をなしていません。この本を読んでなるほど、などと思ってしまうと間違った、陳腐な世界観を持たされかねません。著者は、日本人と中国人はなぜ水と油なのか、と設問し、なぜならば、日本人と中国人は水と油のように違うからだ、といっているに過ぎません。風呂敷を広げすぎて収拾がつかなくなっています。あまり知らないことをすべて分かっているように語ると結局内容がないことになってしまうようで、自ら顧みて反省させられました。でもこの著者はこのペースで海外で日本の知識人としていろいろ語って歩いているようで、日本人としてやや恥ずかしいです。言い過ぎたかな。

2011年2月10日 (木)

Photo 大雁塔から見た西安郊外2004Photo_2 大雁塔から見た西安郊外2010

西安の大雁塔7階(登るのは運動不足のひとにはややつらいです)から見た写真です。比べるつもりで撮っていないのでレンズが違ってわかりにくいですが、たまたま同じ方向をとったものがありました。建物がずいぶん違います。下に小さく見える銅像は玄奘三蔵法師です。西安は地下鉄工事中で、街も大きく変わりつつありますが、城壁だけは残してあります。外周20キロあまりと壮観なものです。現在600万人の大都市ですが、この規模で城壁がそのまま残っているのはこの街だけですし、シルクロードの出発点でもありますので一度いくことをおすすめします。近くに楊貴妃の湯浴みしたことで有名な華清池や、兵馬俑博物館、石碑の宝庫の碑林など見所は山ほどあります。ただ昔の西安はもっともっと情緒がありましたが。大学が多くあり、人口の割合に学生の数がおおいところで、反日運動が燃えているときはやや注意が必要です。

「新書がベスト」子飼弾著(ベスト新書)を読む

著者は時に一日10冊新書を読むこともあるという。速読術を使っているわけではないとのこと。斜め読みでも内容が把握できればよいということらしい。こちらは一日一冊でもなかなかしんどいのに。著者の書架の写真がこの本にあるが、何千冊もの新書が並んでいる。蔵書はどれほどあるか分からない。著者ではないが、私も今、読んでいる本は新書が多い。本屋の平棚にずらりと並んだ新書の新刊を眺めて、興味をひいた本を選ぶんでいると、たちまち5冊以上買うことになってしまう。しかし新書なら外れがあっても値段はしれているのであきらめもつく。200頁前後の中にテーマを絞って一所懸命書かれているものが多いので、読むのに時間がかからないし、手軽な割に読んでよかったと思えるものが多い。この本にレーベルごとの特徴とおすすめ本が紹介されているので参考にされるといい。ただし月に1~2冊の本しか読まないひとは、だめ本を見分ける力がないので、もう少し修行をしてからでないと役に立たないかもしれない。

2011年2月 9日 (水)

「自己愛とエゴイズム」ハビエル・ガラルダ著(講談社現代新書)を読む

著者はスペイン人で上智大学教授(執筆当時)、イエズス会神父。自己愛を持たなければひとは生きていけない。なぜ自己嫌悪などになるのだろう。自分に自信がないから?自分に自信があることとナルシストであることの違いとは?自己愛が生きるエネルギーでもあるのに自己犠牲が美しいのは?奉仕行動の中にある自己満足の部分と良心の関係と意味?子供の時に読んで不思議に思っていた「王子とツバメ」という童話が引用されている。王子もツバメも不幸せではなかった、という考え方に共感できるだろうか。何十年も分からなかったし、まだ分からない。ほのかにそうなのか、という気はしたけれど。読了はしたが、うわべだけしか読めなかった。

2011年2月 8日 (火)

中国の市民市場

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「食べ過ぎて滅びる文明」西丸震也著(角川文庫)を読む

今は亡き食生態学者にして探検家の西丸震也の本を久しぶりに読み直してみた。人間が自然に影響を与え、しかも人間は自然と乖離していく中で、人類は本来持っている能力を失い、ついには滅びるという、いつもの警鐘が語られているが、半分以上は西丸震也のことが書かれている(自分のことを語るのが好きな人なのだ)。地球は氷河期に向かいつつある、と警告している点など、今ではうなずきにくいものの、食糧問題、水の問題など、まさに人類は避けようがない危機的な状況に直面している。

2011年2月 7日 (月)

東北の奇観・恐山

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「尾崎翠」群ようこ著(文春新書)を読む

群ようこが、日本の小説は、尾崎翠の「第七官界彷徨」があればそれだけでいい、といいきる。彼女の普段のエッセーや小説と全く違って、かなり力が入っており、取材もして、作品も読み込んでいる。尾崎翠の小説や詩の内容がたくさん紹介されている。心酔といえる惚れ込み方だが、残念ながらそこまで共感できなかった。ただ、群ようこは軽いだけではないことがよく分かった。小説や詩を理解したり感じたりするレベルには思った以上に大きな差があるものらしい。

2011年2月 6日 (日)

中国・紫禁城(故宮)

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「マンチュリアン・リポート」浅田次郎著(講談社)を読む

「蒼穹の昴」、「珍妃の井戸」、「中原の虹」に続く中国が舞台の最新刊。主人公は代わり、時代も流れていくが、通底するものがある。今回は「中原の虹」の張作霖が、奉天(現・瀋陽)で爆殺された真相に関するレポートの形式をとる。春児(チュンル)が、最後に、主のいなくなった紫禁城内を案内するシーンで登場する。関東軍が、自らの論理でいかに愚劣な行動をとったのか、それが中国にとっても日本にとってもどんなに害をなしたのか、そしてそれすらも歴史の大きな流れの必然の中に飲み込まれていくさまが、圧倒的な迫力を持って迫ってくる。ところどころ意外な存在がモノローグするが、違和感が無く、人間のはかなさを思い知らせて哀切のトーンを強調する。近代史を知らないひとも、日本と中国のその時代を知るためにこのシリーズを読んでみることをおすすめする。テレビの「蒼穹の昴」は中国との合作で、すばらしいが、原作とはやや世界観の違いがあるように思う。浜崎あゆみの主題歌も、王子江の絵もすごくいいけれど。

2011年2月 5日 (土)

「老いのかたち」黒井千次著(中公新書)を読む

作家・黒井千次が読売新聞の夕刊に月一回連載していたものをまとめた。テーマは書名のとおり、老い。ひとは誰も生き続ければ必ず老いる。気力、体力、知力の衰えを、避けられないものとして、あきらめて積極的に受け入れる。そのための見方、考え方のヒントが得られる。世間で出会う老若男女の姿を見る目は作家であるだけに鋭い。忘れないための確認がエスカレートするところなど、身につまされる。また、特におもしろかったのは、年寄りが忙しいということ。現役で働いているひとよりはヒマなはずなのに、年寄りは忙しい。忙しさのわけはたくさんの些事にある。しかし些事がたくさんあって忙しいということこそ、生きる、ということなのだ。なるほど。

中国・街路樹の美しさ

1992 西安・19922010 杭州・2010Photo 杭州Photo_2 杭州

2011年2月 4日 (金)

中国①

Photo 寒山寺Photo_2 拙政園Photo_4 碑林Photo_5 豫園

中国が大好き・・・そして中国が大嫌い⑫

中国人が、そして最近の日本人が、他人が見えなくなって、気配り、気づかいができなくなっていることについて、なぜなのか考えてみた。まわりが見えず、自分だけ、というのは、何のことはない、幼児ではないか。幼児にとっての価値観は「快」が基準である。その基準が「損得」に換わっているという違いはあるが、どちらも自分自身しか見えていないという点は同じである。ひとはひととして生まれ、人間になる。ひととの関係が自分自身を形成する。そして社会的な存在になる。いわゆるアイデンティティというのは、ひとに生まれつき備わっているものではない。教育学者は、子供の個性を大事に、という。個性はひととの関わりの中で、社会的な訓練のあとに形成されるものだという、当たり前の真実を無視したそういう教育学者は無知であり、社会的に害がある。古代から営々と築き上げられてきた文化というものは、ひとが人間になるため、多くの試行錯誤のもとに、形成されたシステムだ。文化大革命はその文化を破壊した。そして戦後のアメリカ式のプラグマチズムに基づく教育も、日本の文化を破壊した。蓄積された文化を否定したことで、ひとは人間になりきれずに幼児化した。歴史を学ぶこと、文化を知ること、そこに立ち戻らないと幼児からの、ひととしての成長はない。だから私は、中国の古代の歴史や文化を訪ねることが大好きだ。もちろん日本についても。そして自分自身の文化を見失っている、今の中国は大嫌いだ。

「三宅久之の書けなかった特ダネ」三宅久之著(青春新書)を読む

副題「昭和~平成の政治、25の真実」 政治の大きなターニングポイントでの裏話が語られている。政治家との深いつきあいがあるために知り得た話は、信義の問題もあり、その時点では公表できなかった。しかしその裏話は、リアルタイムでこそインパクトがあり、今それを知らされても、ああそうだったのか、という程度の受け止め方しかできない。報道というのは難しい。代議士たちが、それぞれに権謀術数を尽くして渡り合う姿がありありと語られている。しかし、その時点の世界の情勢の中で、どうしてそう行動したのか、一部書かれてはいるけれども見えにくい。それなりの世界観をもっていたのだろうと思う。少なくとも今の政治家よりは。

2011年2月 3日 (木)

中国人だらけ

Photo できたばかりの上海・虹橋駅Photo_2 北京・頤和園Photo_3 北京・故宮Photo_4 杭州・河坊街Photo_5 西湖Photo_6 西湖

中国が大好き・・・そして中国が大嫌い⑪

20年ほど前から何回か中国を訪れている。観光地に行くと、以前は8割が西洋人や日本人、台湾の人だった。最近は9割が中国人である。多くのひとが遠方への観光旅行ができるほど豊かになったのがよく分かる。先日京都へ行ったら、そこも中国人だらけだった。しかし、中国人はやかましい。まわりを斟酌することがない。中国人はやかましいだけではなく、マナー違反が多いとよく言われる。並んでいるところに割り込むなどは当たり前、温泉でタオルを湯船につけるな、といってもほとんど無視される。相手に合わせるということがない。道を歩いていても、こちらがよけないと平気でぶつかってくる。と思っていたら、ハタと気がついた。何のことはない、最近の日本人もどんどんそうなってきているではないか。まわりが見えないのは若い人ばかりではない、老いも若きもまわりが見えていないし、他人なんか気にしない。これは何なんだろう。

2011年2月 2日 (水)

中国が大好き・・・そして中国が大嫌い⑩

これはきわめて幸せなケースかもしれない。このほかに数千万、いや数億の人が人生を大きくねじ曲げられた。そして中国はそういう歴史がついこの間あったことを若い人に教えない。無かったことにしている。過去、中国は歴史の国といわれ、よかったこと、悪かったことを含め、いささかそのときの王朝に都合のよいように書き換えはするものの、事実をきちんと記述して残す国だったはずなのに。過去を知らない国は過去の愚を繰り返す。中国はさらにエスカレートした失敗を起こさないだろうか。そして日本は?

「中国を拒否できない日本」②

前回の訂正があります。長野の聖火事件について、フジテレビとTBSでは中国人が日本人に暴行を加えるシーンが放送されていました。この本にもその記述があります。

「中国を拒否できない日本」関岡英之著(ちくま新書)を読む①

北京オリンピックの聖火が日本国内を走ったとき、長野で中国人数千人のサポーターと日本人が傷害沙汰になったことを覚えているだろうか。あのときのマスコミの報道の論調がそれぞれかなり違ったことを知っているだろうか。テレビはほとんどが中国の若者が引き倒されたシーンのみを繰り返し流していた。しかし実はけが人は日本人の方がはるかに多かった。警備の警察は日本人のみ拘束し、中国人の行動については見て見ぬふりだったという。理由は数日後の胡錦濤の訪日を控え、当時の福田首相から強い指示があったからである。この本はそこから説き起こされている。著者はそうなることを危惧してその場に加わり、目の当たりにその状況を見ていた。文章はどうしても感情的に見える。著者もそれが誤解(感情的な中国嫌い)を生むことを承知している。しかしこの本は類書に比べ、何倍も示唆的な情報と意見に満ちている。推奨するだけではもったいないので、何回かに分けて内容の紹介とそれについての意見を語りたい。

2011年2月 1日 (火)

中国が大好き・・・そして中国が大嫌い⑨

初対面の親子がおずおずと出会う。ふれあい、ぽつりぽつりと話をするうちに感情が高まり、涙があふれていく。それまで、ほとんど廃人のように人生を投げたような父親が、しばらくたって心の底から娘に「すまない」と謝るところではこちらも胸が熱くなった。みなの努力で母親の消息も判明する。母親は再婚しており、豊かな暮らしをしているらしいことが分かる。子供も何人かいるらしい。しかし当時の話や娘を産んだことを家族には絶対知られたくないという。ついに娘が延安に帰るまで翻意させることはできなかった。娘の気持ちを思い下放グループの人たちがパーティーを開く。娘が田舎で覚えた歌をうたう。みなのカンパでお土産を買い、娘は帰っていった。最後は畑で子供と畑仕事をしているシーンで終わる。その顔は晴れ晴れとしていた。 つづく

「雛の寿司」「悲桜餅」和田はつ子著(ハルキ文庫)を読む

料理人季蔵捕り物控シリーズの第一巻と第二巻。和田はつ子フェアというのをやっていたので読んでみた。このシリーズはすでに十五巻ほど出ているらしい。女性の時代小説の書き手は多い。平岩弓枝や澤田ふじ子は特に愛読している。ただ残念ながらこの二作を読んでこのシリーズを全部読んでみたいという気にならなかった。おもしろくないわけではないが、かみ応えの悪い部分がいくつかあったのだ。季蔵が武士を捨てて料理人になったいきさつが今ひとつ説得力に欠ける。また、先代の長治郎の殺され方が安易すぎる。登場人物がイメージ化しにくい。特に季蔵を裏稼業に使嗾する奉行が軽すぎる。奉行所には取り方、同心、与力、奉行といて、与力ですら大きな屋敷を持ち、市井の町人と交わることは少ない。ましてやテレビドラマの遠山の金さんではあるまいし、奉行が同心並みの行動をすることはあり得ない。ただシリーズを続けるための伏線がいろいろあり、それが展開するのを待てばその物語世界にはまることがあるかもしれない。細部にこだわらなければファンはつくだろう。

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