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2011年9月

2011年9月30日 (金)

映画「フォーン・ブース」を見る。

2003年アメリカ映画。監督ジョエル・シューマッカー、出演コリン・ファレル、フォレスト・ウィテカー他。
最後の最後にキーファ・サザーランドがちらりと出る。
場面はほとんどニューヨーク・ブロードウェイのフォーン・ブースすなわち電話ボックスとその周辺のみ。主人公はフォーン・ブースにかかってきた電話を切ることが出来ない。そしてフォーン・ブースから出ることも出来ない。警官に取り囲まれ、絶体絶命の状況の中で、かかってきた正体不明の人物と会話を交わし続ける。
ニューヨークという都会の中で、うわべだけを飾る軽薄な生き方をしてきた主人公が、この正体不明の人物に強要されて駆けつけた妻やつきあっている女、やじうま、マスコミに自分の全てをさらけ出すことになる。
彼は救われるのか。
彼をそこまで追い込むものはなんなのか。映画では具体的な犯人が存在するが、実は彼自身なのかもしれない。それならば彼は救われたのだ。

電話だけを相手に演技をすると役者のうまい下手がもろに分かってしまう。あのライザ・ミネリはデビュー映画「くちづけ」で電話の演技だけでアカデミー賞候補になった。
この映画でのコリン・ファレルももちろんすばらしかった。

中国ウオッチ・歴史観

中国の大学の研究機関が中国人の周辺国に対する好感度調査を実施した。それによると韓国に対する好感度が大幅に低下していることが分かったという。この研究機関では韓国があまりにも米国よりの行動に終始するためではないかと推察している。
これを見てメディアがインターネットで理由をあらためて調査したところ主に「韓国の歴史観」が反感を招いていることが分かった。
韓国が米国寄りであることは昔からであり、好感度低下の大きな理由ではないようである。
韓国の一部専門家などが「端午の節句」「天球儀」「活字印刷」などは中国人由来のものではなく、そもそも韓国人の発明であるといっている。また古代中国の歴史的人物を「韓国の歴史」として称している。これが中国人にとって反発を招いているようだ。
現在中国も韓流ブームで、韓国のドラマがテレビで放映されるが、その中にこのような歴史観がたびたび顔を出すのだ。
しかし中国の専門家は、中国と韓国はおおむね良好な関係で推移している。両国の矛盾も交渉(ATOKは哄笑と出した!すごいセンスだ)で解決するであろう、と述べている。
夜郎自大という言葉がある。中国にとって韓国は夜郎自大としか見えないようだ。

中国ウオッチ・武器売却

アメリカが台湾にF-16戦闘機を含めて総額58億5200万ドルの武器売却を決めたことはすでに報道されている。
中国はせっかくバイデン副大統領の訪中で良好な関係を築きかけたのにそれを壊しかねない、と強く警告した。中国の軍事専門家の中には「中国人民を愚弄するものである。ロシアなどの方法を見習い、中国は報復としてミサイル配備の増強などの行動に出るべきである」などというものまで現れた。両国の軍部にとっては喜ばしい言説である。
1979年に米中が国交回復を果たして以来、中国は、台湾は中国領であり、武器の輸出は漸減すべしと主張、アメリカは武力による台湾接収でない限りは成り行きを認めること、武器売却も減らしていくことで了解していた。
だから人民日報は「アメリカは信義に背き、国際的な義務を果たしていない」と非難した。
中国にとって台湾との統一は建国以来の悲願である。多分いつかは実際に達成される悲願だろう。
しかし中国は東シナ海で、そして南シナ海で、さらに尖閣で露骨に覇権主義的行動をとり周辺国と摩擦を繰り返している。さらに空母を作り、海軍を増強しようとしている。
だから日本も韓国も台湾もフィリピンもベトナムも、中国に対抗しようとそれぞれに対策に動いているのだ。
中国にとっては心外だろうが、中国の行動が台湾や韓国の軍備の増強を生んでいる。そしてそれは中国軍部にとってはさらに軍備増強の理由となっていくという悪循環につながりそうである。
しかし軍備には金がかかる。とてつもなくかかる。アメリカが衰潮に入ったのはこの膨大な軍事費が最大の原因である。ソ連もそれで分解した。
中国はアメリカやソ連の轍を踏みつつある。

中国ウオッチ・上海地下鉄事故

上海の地下鉄事故については中国も驚くほど日本でも迅速に取り上げられて報道しているのでよくご存じだろう。
中国は、日本が中国での鉄道事故や故障のニュースをことさら取り上げていると見ており、それを見るたび日本人は快哉を叫んでいるとひがんでいる(そうでないことはないが)。
それはさておき、今回の地下鉄事故は信号機の異常がきっかけであると見られているのにもかかわらず、この信号システムを供給した会社は事故後すぐに「弊社が提供した信号システムと今回の追突事故は無関係である」とする声明を発表した。
実は先般40名の死者を出した鉄道事故の原因となった信号システムもこの会社のものであり、高速鉄道での度重なる遅延の原因もこの会社の信号システムの不具合によるものであると見られている。
しかしこの会社は「突然の関係設備の電力が失われたことが信号が作動しなくなった原因であり、信号システムそのものには問題がない」と主張している。
海外ではことが起こったら、まず自分は悪くない、と主張しないと全部自分のせいにされる、と教わった。今では日本人もそれがあたりまえになった。しかし自分に問題がなかっただろうか、という発想がなければ問題解決はむつかしい。
今回のこの会社の姿勢は非常に不快なものである。
上海市当局は「調査チームが原因を調査中である。結論は調査チームが出すべきもので、当事者が出すものではない」と苦言を呈している。そのとおり!

漁船拿捕

韓国が排他的経済水域で操業していた中国漁船を拿捕していたことが分かった。これからどうするのだろう。
この件は中国のメディアでも報道されているが、中国のこれに対する具体的な行動はまだ報道されていない。
韓国政府は7月に海底資源の開発を進めるため、大陸棚の権利を延伸する旨の文書を一方的に国連に提出している。韓国が主張する範囲は中国沿岸から沖縄諸島に近い沖縄トラフまでを含み、新たに1万9000平方キロメートルの海域が含まれることになる。
これに対し、かねてより沖縄トラフまで(なんと日本の大陸棚側まで大幅に含む)を自国の権利と主張している中国政府は「南シナ海で中国が他国と対立しているときに韓国は自分の利益を主張した。火事場泥棒的な主張だ」と反発している。
そもそも沖縄トラフを含む海域は日本と中国の境界線だ。
ずいぶん韓国も強気だ。攻撃は最大の防御なのか。

2011年9月29日 (木)

侮辱

テレビ番組「笑っていいとも!」で女性タレントが、「韓国旅行中にタクシー運転手の態度が怖かった」という話を披露した。
ところがこれが韓国メディアで取り上げられ「日本のタレントが韓国を侮辱した」と物議を醸しているという。
番組を見ていないのでこの報道だけから感じたことだが、女性タレントと韓国のそのタクシー運転手の間に何らかの誤解があったとしても、彼女が怖い思いをしたことは事実なのであろう。
だから怖かった、と言っただけなのに韓国を侮辱した、ということになるというのは異常だろう。またか、とおもう。このリアクションこそが韓国の恥ずかしいところだろう。
ただし、番組内で韓国のタクシーの異常な運転スピードなどが次々に出演者から語られて、だから韓国は・・・との言及があったのであればどっちもどっちだけれど(これも事実だけれど)。
ただ韓国のタクシーの話で、韓国全体、韓国国民そのものについての話ではなかったようだ。韓国は日本に反発するよりタクシー運転手の質を向上することにエネルギーを割くべきだろう。
韓国民は、日本についてとにかく怒って見せないと韓国民としてのアイデンティティを証明できない国なのだろうか。
10月に韓国へ行く。注意しよう。

映画「ジャッカル」を見る。

1997年アメリカ映画。監督マイケル・ケイトン・ジョーンズ、出演ブルース・ウィリス、リチャード・ギア、シドニー・ポワチエ。
ブルース・ウィリスが冷徹な暗殺者に扮し、リチャード・ギアはよんどころなくFBIに協力してその暗殺者を追う、もとIRAの闘士、シドニー・ポワチエはFBIの副長官である。
「ジャッカルの日」(原作フレデリック・フォーサイス、1973年に映画化された)のリメイク映画だが、ストーリー展開はかなり違う。
前作同様緊張感が最後まで途切れずに持続するできの良い映画であった。ブルース・ウィリスが徹底して冷酷な役回りに徹している。
シドニー・ポワチエが歳のせいか何となくダニー・クローバーに似て見えた。
ゴルゴ13ではないが、暗殺者が着々と準備をして目標に迫っていくとき、こちらもそれに同期してしまって、暗殺が完遂することを期待してしまう。困ったものだ。
だからそれを阻止する役のリチャード・ギアに感情移入出来なければならないが、ブルース・ウィリスが良すぎて、ギアはやや負けている。
久しぶりに見て、しかも結末が分かっているのに楽しめた。良い映画の証拠だ。

法隆寺夢殿・中宮寺

Photo

今回が京都・奈良旅行報告の最後です。法隆寺の中庭を見学したあと、百済観音を始め、法隆寺の仏像や宝物などを拝見した。無料休憩所で一息入れてから東門の外にある夢殿に向かった。写真を撮りながら歩いていると、制服らしき作務衣を着た初老の男性に声をかけられた。高雄の寺などのやや荒れたたたずまいと較べれば法隆寺はさすがに手入れが行き届いて気持ちがよい、と言うと、確かに観光客が多いので、維持が可能だが、数十人いた僧侶も今は十数人しかいない状態とのこと。近隣の寺では僧侶が常駐せず、法隆寺が管理を任されているところもあるらしい。夢殿は昔のイメージと違って何かせせこましいたたずまいだった。さらに隣の尼寺の中宮寺へ行く。もちろん弥勒菩薩の半迦思惟像が目当てだ。本堂は池の上に建てられている。風が吹き抜けて汗ばんだ身体に心地よい。

Photo_2 夢殿。

Photo_3 夢殿の屋根の上。何というのか知らない。

Photo_4 中宮寺山門。

Photo_5 中宮寺山門内側。藤棚が美しい。

Photo_6 中宮寺本堂。回りは山吹。下は池。

Photo_7 本堂前の会津弥一の歌碑。弥勒菩薩像の美しさを歌っている(らしい)。

海軍基地

韓国与党の代議士が、鬱陵島にイージス艦の停泊が可能な海軍基地を建設することを発表した。
この海軍基地が出来ると竹島に有事の際、いち早く竹島に艦船が到着できるようになるそうだ。
これまでも繰り返し述べてきたが、日本は竹島に何も物理的アクションを行っていないし、するとも思えない。それを今すぐことが起こりそうな想定で海軍基地を作るというのは過剰反応にも限度がある。日本を仮想敵国に想定することに韓国として何のメリットがあるのだろう。
ここまで書いていて気がついた。
現在韓国は大型の海軍基地を済州島に建設中である。この海軍基地の建設には反対運動が盛んで、過去そのために建設は休止していたが、ここに来て本格的に
再開されている(現在の反対運動の主な理由はここに海軍基地を作ることは中国を刺激し、攻撃対象になる虞が生ずる、というものだ)。
なるほど、今中国は海軍を増強し、周辺海域の覇権を目指した行動を露骨に行っている。韓国としてはそのための軍備増強をせざるを得ないが、外交的にそして経済面からそんな理由で増強は出来ない。だから日本を仮想的にしてせっせと基地を建設しているのだ。
日本人ならよほど特殊な考え方の人以外は日本が韓国を攻撃することはあり得ないことを承知している。また、韓国が日本を攻撃することはあり得ない。それはアメリカとの関係を絶つことを覚悟しなければ出来ないことだからだ。そんなことが韓国に出来るはずがない。
そして日本を敵国扱いしても、日本から何の反発もないことは今までの経験でよく分かっている。ダミーとするには最適だ。
さすが韓国、頭が良い。そして済州島の海軍基地反対をしている人は鋭く事実を指摘しているわけだ。韓国政府にとっては都合が悪いけれど。
中国がそのことに気がつきませんように。

中国ウオッチ・手抜き工事?

今月、完成して半年の甘粛省の高速道路で全面改修工事が始まったことが報じられた。路面は陥没、亀裂、沈降などが続出していた。
工費・日本円で1050億円をかけた工事が大がかりな手抜き工事であった疑いがもたれている。
高速道路プロジェクトの責任者は「使用された材料は検査に合格したもので、手抜き工事ではない」と言い張っている。
そして「ただし、いずれの材料もぎりぎり合格のものだったので全体として大きな問題になってしまった」と言い添えたそうだ。
費用の中抜きによる手抜きにも限度がある。やり過ぎるとこんなお粗末なことになる。しかし考えようによってはこのほうが罪が軽いかもしれない。あまり上手に手抜きをされると、当座は全く発覚せず、あとでとんでもない大事故につながる恐れがある。この中国の病理による社会インフラのリスクはどんなかたちで顕在化するのだろうか。
日本でも姉歯建築士による構造計算書偽造問題に端を発した手抜き工事疑惑の事件があった。あの事件はところでどうなったのだろうか。
全国で同様の偽装が疑われ、同様の手口の例がいくつか挙げられたがその後の報道は一切ない。全てを再検証して耐震基準を満たしていない物件を明らかにすると多分日本中がパニックになるので途中で蓋をしたのではないだろうか。そうでないことを祈りたいが、関東大震災や東南海大地震でその辺が顕在化することがなければ幸いである。

映画「アイアンマン2」を見て。

監督・ジョン・ファブロー、出演・ロバート・ダウニーJr、グウィネス・パルトロウ、ミッキー・ローク。2010年アメリカ映画。
前作がおもしろかったので期待したが、残念な作品だ。
グウィネス・パルトロウの魅力は今回も伝わった。美人とは思わないのに何でこんなに魅力的なんだろう(美人論は一度しっかりと語りたい)。そして何より我が愛するミッキー・ロークが、割り当てられた役を役の通りこなしながらその枠を越えて楽しみながら大活躍していたのは楽しめた。もっともっとミッキー・ロークを楽しませてほしかった。あれで終わりではもの足らないではないか。
ロバート・ダウニーJrはこの役に飽きているのではないか。第一作の輝きが全くない。
超人にも弱点があり、それを奇跡的に克服し、というパターンはスーパーマンのぱくりではないか。そもそもアメコミの映画化は、かなり監督の力量でかみ砕いて新しい視点を提供しないとチープさだけが浮き上がってきてしまうことがこの監督には分かっていない。
アメコミはチープなのだ。だからそのチープさを承知しながらそれを越えるものを産み出さないとそれに飲み込まれてゴミ箱入りだ。
全くの時間の無駄に終わらずに済んだグウィネス・パルトロウとミッキー・ロークに乾杯。

2011年9月28日 (水)

アリバイ屋

NHKで「アリバイ屋」を報道していた。
依頼により、ある企業に在籍していることを証明する資料を作成する。給与明細まで作成する。再就職の際に前歴を作り上げ、就職に利する。多分学歴でも何でも作ることが出来そうだ。
犯罪に利用された例として、作られた給与明細を使ってサラ金から巨額の借金をした、というのが報道されていたが、これで出来そうなことは別に犯罪小説の作家ではなくてもいろいろな手口が思い浮かぶ。
コメントを求められた専門家が、今このようなビジネスに規制がないのは問題である、と言っていた。
本来アンダーグラウンドなはずのビジネスがまかり通る社会は異常である。これはマスコミを揚げて問題化して規制を掛けるべきだと思った。NHKは良くこれをスクープした。評価したい。

品性下劣

27日に韓国で行われたセレッソ大阪と全北の試合で、全北のサポーターが「日本の大地震をお祝いします」という横断幕を掲げた。
相手が憎い、となると相手の不幸が自分の至福となるのは、残念ながら悲しい人間の性だが、そうであってもそれを人前では表さずに衷意を示すのが文明人のかたちであろう。
横断幕を用意するのであるから準備された悪意である。
こういう輩は品性下劣である。そしてそれを恥と感じない韓国民がいるのなら彼も同質である(賛意を表すものもいたようなので)。
しかし日本人はこれに対するに同質の悪意をもってすることは厳に慎まなければならない。厳に謹んで冷静に対処すれば彼等の下劣さが際立つ。

中国ウオッチ・天宮1号

今月末に打ち上げると言われていた中国初の宇宙ステーション・天宮1号の打ち上げが29日の晩に決まった。
当初8月末に打ち上げを予定していたが、別の人工衛星で打ち上げ失敗があり、再チェックのために延期されていた。
これをベースに無人の神舟8号、有人の神舟9号を打ち上げてドッキングさせていくことになっている。日本やアメリカのロケットの打ち上げだけにわくわくするのは偏見だろう。中国のロケットにも夢を託そうではないか。
国威発揚のためがほとんどとはいえ、リスクと経費をかける中国に敬意を表する。このような巨大プロジェクトへの挑戦は必ず何らかの恩恵を中国にもたらすだろう。
願わくばこれが宇宙へも覇権を広げようという野心につながらないことを。

映画「レッド・ブル」を見る。

1988年アメリカ映画。ウォルター・ヒル監督。主演・アーノルド・シュワルツェネッガー。
主人公はソビエト憲兵大尉。ソビエトの体制が揺らぎ出すさなか、コカインを国内に持ち込み、拡販しようとする犯罪者をあと一歩のところで取り逃し、しかも同僚を失ってしまう。やがて犯人は微罪でアメリカで身柄を拘束され、コカインの供給元であるアメリカに逃亡していたことが分かる。その身柄を引き取りに言った主人公が、異なるカルチャーに動じることなくやりたい放題をやる映画である。
この映画が作られたのが1988年、ベルリンの壁崩壊は翌年の1989年、ソ連崩壊は1991年である。この映画でクレムリン宮殿周辺の閲兵式のシーンが見られるが、この映画が作られたときにはそんなにすぐそばに歴史の転換点があることは誰も知らなかったのだと思うと、何となくおもしろみを感じてしまった。
ソ連という異国から来たスーパーマンの活動により、アメリカの病理、人権主義の建前の陳腐さなどが鋭くえぐり出される、と言うのであると映画に深みも出るのだろうが、それらしい体裁があるだけに終わっている。内田樹先生の指摘で気がついたが、この映画でもアメリカの女性はものとして扱われ、ぼろ切れのように投げ捨てられている。
これは本質的なアメリカの病理かもしれない。

内田樹著「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)

内田樹先生の語りおろしの本だそうである。そのためいつもの書くために書かれた本よりもより平易に語られている。
アメリカ以外でアメリカの価値観を世界の標準の価値観とする、きわめてめずらしい国である現代日本にどっぷりつかって育った私に、それが特殊な価値観であることを気づかせてくれた。
またレイバーとビジネスというキーワードをもとに、働くということはどういうことか先生の考えが語られており、目からウロコの落ちる思いで、なるほどそうなのか、と得心がいった。もやもやとしていた霧が晴れた思いがする。
会社勤務時代を思い出してみると管理職でありながらレイバーの世界観から浮上することの出来ない人ばかりなのにうんざりしたものだ。ひどいのになると役員になってもレイバーというのもいた。もっともひどいのは、上司として部下をレイバーとしてしか扱わず、部下がビジネス観を持って自発的に働き始めると、それを越権行為だとして手足をもぐような輩だった。全て上司である自分が判断するので部下は全てを報告し、全ての判断を上司に仰げ、と言うのだ。それぞれのポジションに応じた責任と権限を与えて能力をフル活用するほうが会社にとってずっと効率が良いはずなのに。
世界の多くの国が階層社会である。階層社会とは貧乏な人とお金持ちが層として別れているような社会そのもののことではない。貧乏人が努力してお金持ちになることに大きな障壁がない社会は階層社会ではない。
階層社会とは労働者は労働者の階層にいるときには何の抵抗もないがその階層を越境することにきわめて大きな抵抗のある社会のことである。たとえば江戸時代に農民が武士になることは例外的にしかあり得なかったような社会である。だからサクセスストーリーが光るのだ。アメリカがサクセスストーリーの国であるということはそのままアメリカが階層社会の国であることを象徴している。
その階層社会的価値観からレイバーとビジネスマンという階層が固定化しつつある。そもそも日本にはその階層差は存在しなかったのではないかと思う。これはアメリカの価値観の長期にわたる刷り込みの結果ではないか。このことについてはもう少し細部を検証してみたいと思っている。ただこの部分の階層化が生むのは、レイバーは自分の労働の対価としての報酬に対する果てしない不満と、ビジネスマン側からのレイバーへの蔑視と不信感だろう。
アメリカ的価値観、レイバーとビジネスというこの本の一部のキーワードから励起され少し愚考するだけで、書ききれないほどのことが出てくる。
この本もそうだが内田樹先生の本は知的刺激に満ちている。

2011年9月27日 (火)

内田樹著「ためらいの倫理学」(角川文庫)

この本は実質的な内田樹先生のデビュー作である。この本には知的な快感が満ちている。それなのに文庫でわずか650円で購入できる。本を読んで得られるものに較べて安くて申し訳ないくらいだ。
この本では戦争・性・物語について語られている。今まで誰もが語ってきたことを誰も語ったことのない語り方で語る。そこに新しい考え方と語り方が提示されている。
自分がいろいろなことについて自分の意見として語っていたことがどれほど他人の意見と言葉の受け売りだったかが強烈に思い知らされる。
それと同時に世の中のいろいろなコメンテーターの意見に対する違和感がなぜだったのかが見えてくる。おかしいと感じていることこそが実は真当かもしれないことが分かったりするととてもうれしい。
先生は思想のセントバーナード犬を自認する。迷路に踏み迷った人をかついで救うことは出来ないが、首にくくりつけたラム酒で元気づけてくれる。自力で頑張って迷路から脱出するのは自分自身だ。
おもしろくて一気読みしてしまったが、あらためて一章ずつ丁寧に読み直して、自分の言葉に書き換えてみたいと思う。

劉傑著「中国人の歴史観」(文春新書)

著者は北京生まれで東京大学の博士課程を卒業後現在早稲田大学の助教授。近代日本政治史、日中関係史を専攻。
中国からは良く日本の歴史観に問題がある、との指摘を受けるが、彼等の言う歴史観とは何なのかは日本人にはなかなか自得的に理解できるものではない。そこで日本のこともよく分かりながら、しかし中国人として確固たる歴史観を持っているであろう著者のこの本を読んでみた。
導入部では歴史観の違いが違和感として引っかかり、スムーズに読み進めなかったが、違う歴史観を知ろうとするのだからそれは当然なので、そのまま読み進んだ。著者は日本人がどういう歴史観を持っているか良く承知している。その読者にあえて中国の近代の歴史の認識の仕方と、なぜそのように認識するのかその理由を繰り返し説明を行っていく。
この本は中国側に立って一方的に説明する本ではないので安心してほしい。歴史を善悪論で語る駄本とは違う。
納得したわけではないが、なるほどそうなのか、と理解できたことがいくつかあった。それを簡単に説明するのはむつかしい。それは出来ればこの本を読んで、背景を良く理解した上で考えてみてほしい。
中国のいろいろな行動についてなぜそんなことをしたり言ったりするのかが少し分かるようになるかもしれない。
同時にこの本を中国人が読むのもずいぶん意味があるのではないかと感じた。読まないだろうけど。

2011年9月22日 (木)

塚本靑史著「春申君」(河出書房新社)

春申君は中国・春秋戦国時代の末期、楚の国の令尹(宰相)を務めた黄歇(こうあつ)の尊称。孟嘗君、平原君、信陵君とともに戦国の四君と称された。当時、秦の台頭で、各国は合従連衡策などをもってこれに対抗し、生き延びる術を探っていた。
同盟を結び、切り崩され、また裏切られ、と言う権謀術数の渦巻く中で、力も信望もありながら王になろうとせずに信義を貫いた者をひとは「君」と呼んだのだ。
この小説は黄歇の成長と交友を通して戦国末期の歴史を語る物語である。信義に傾きすぎる者は悲遇に倒れ、欲に奔る者は我が身を滅ぼす。黄歇の地道な活動で楚の国も小康を保つが、それは一時的なものに過ぎなかった。彼の死後、秦は着実にひとつずつ他国を滅亡に追い込み、時ならずして中国は統一される。秦の始皇帝の時代は目の前なのだ。
中国に関連した小説は目につくと購入して読む。だから塚本靑史の本もずいぶん読んだ。ただ何となく肌合いが合わないところがあって読みにくく感じる。だから他の本より読むのに時間がかかる。好みの問題かもしれない。

独島地図

韓国国会教育科学技術委員会に所属する議員が明らかにしたところによると、韓国の小中高校の教科書に掲載されている独島(竹島)の地図に33カ所の間違いがあったそうだ。
他国に表記訂正を申し入れる前に自国の誤りを正せ、と同議員は主張しているが、このことからも竹島問題というのは、国民を何らかの意図でイデオロギー的なナショナリズムにリードしようとしているものであることが透けて見える。多分熱く騒いでいるのは扇動された一部の人間だけなのではないか。
だって実効支配しているのは韓国だし、日本から取り戻しに実力行使に出ているわけでもない。あまり騒ぐから今度日本が国際司法裁判に提訴しよう、と声をかけることになって、韓国にとってはやぶ蛇になっている。両国が同意しないと提訴はできないらしいが、韓国に応ずる気はないらしい。それならあまり騒がないでほしい。もし自国領だと胸を張っていうなら堂々と提訴に応じれば良いではないかと思うが分が悪いことは分かっているようだ。

中国ウオッチ・盗作

四川大学の副研究員の著作の一部が、台湾の学生の修士論文と酷似していることが台湾の学者からの指摘で判明し、大学を解雇され、共産党を除籍された。テーマは中国古代史に関するもの。
学術書は限られた人が読むものであるが、分野が同じ人の目には必ずとまることが分からなかったのだろうか。台湾は別の国だからばれないと思ったのか。ことによると日本人の書いた、日本語で書かれた中国史に関するものなどを盗作している例があるかもしれない。
偽物やぱくりがあたりまえの国だからといって論文まで盗作するとは・・・・。お粗末様でした。

奈良・法隆寺③中庭

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料金を払って中庭に入る。五重塔、金堂を回廊が囲んでいる。正面に大講堂。日陰に入ると風が心地よいが、ひなたは強い日差しでまぶしいし暑い。

Photo_2 金堂と五重塔。

Photo_3 五重塔。

Photo_4 金堂。

Photo_5 大講堂。

Photo_6 大講堂正面。

Photo_7 中庭の前の大灯籠。

Photo_8 大講堂を風が吹き抜ける。

Photo_9 風鐸と言うんでしたっけ。

Photo_10 中庭を囲む回廊。

中国ウオッチ・宿題

中国・江西省の小学生三人が、宿題が終わらず学校で罰されるのを苦にして飛び降り自殺を図った。幸い命は助かったが重傷だという。
「死ねば宿題をしなくて済む」「死ぬのは怖いが先生に叱られるのはもっと怖い」と子どもたちは言っているという。
「受験地獄」などとマスコミが騒いでいた時代が日本にもあった。団塊の世代が、数が多いことから必然的に競争にさらされざるを得なかった時代を反映したものだ。しかし
その時代に受験校に在籍していたまさに当事者として思い返してもそんなに身を削って受験勉強をしている人間は見なかった。ただ受験というストレスから逃れたいという逃避のこころは皆持っていた。それをマスコミが受験地獄という幻想の言葉で迎合していただけだと今なら分かる。これがゆとり教育というおかしなものを産み出した。
しかし中国の教育加熱は日本の「受験地獄」どころではないようだ。何せ日本の団塊の世代の時代よりはるかに数が多いから競争も尋常ではないのだ。都市部では家計を傾けて子どもの教育費を捻出する家庭が多いと聞く。当然学校に対しても厳しい教育が求められ、それはそのまま子どもへのプレッシャーとなっているのだろう。
今回も、学校側は通常一日1時間で終わる宿題を出している、週末なので3時間分を出しただけだと説明している。しかしこの宿題を30分で片付ける子どももあれば倍の時間でも終わらない子どももいるだろう。親は自分の能力を振り返って過度に子どもに期待をかけてはいけない。我が娘のドン姫は「ムリ!」とのたまってほとんど宿題をしなかった。学校から再三親子で注意を受け、親としても放置していたわけではないが、ついに高校卒業までこれで通してしまった。親以上に自分を知っている娘である。サボった付けは一生払い続けなければいけないけれど、覚悟はあるのだろう(と思いたい)。
やはり中国の話だが、しばらく前に、洪水が我が家に迫り避難しなければならない状況なのに机の前にしがみついて「宿題をしないと学校で叱られる」と頑張っていた小学生の話が伝えられていた。もちろん親が無理矢理抱きかかえて逃げたそうだが、子どもは半狂乱で泣きわめいていたそうだ。
日本の子どもより中国の子どものほうが純粋なのだろうか。
このニュースの子どもは全て女の子である。

2011年9月21日 (水)

中国ウオッチ・サイバー攻撃を否定

三菱重工が、サイバー攻撃を受けたニュースが話題になった。実害はないと報じているがどうも疑わしい。それに続いてIHIがサイバー攻撃を受けたことを公表した。三菱重工もIHIも日本の防衛産業の主要企業である。IHIは2009年からサイバー攻撃を受けており、情報漏洩の恐れのあるウイルスメールを大量に送りつけられたが、添付ファイルを開いていないので汚染はなかったと報告している。三菱重工はこのような具体的な報告がないので実際はもしかして・・・・と思われる。
情報セキュリティ会社によれば世界の主要防衛産業の会社8社がサイバー攻撃を受けたという。ウイルスに感染したコンピューターを遠隔操作する画面に中国語が表示されることから、中国によるサイバー攻撃であるとの疑いがもたれている。
それに対して中国外交部のスポークスマンは「中国政府は一貫してサイバー攻撃に反対しており、中国も海外からサイバー攻撃を受けている」と語り、中国が発信元であるとの疑いを全面的に否定した。
誰も中国政府がサイバー攻撃を仕掛けたと言っているわけではない(大いに疑ってはいるが)。ただ中国発信の可能性が高い、といっているだけだ。その可能性があるのなら、国内を調べます、と言うのがまともな国の反応であって、調べもせずにいきなり全面否定するというのは何か後ろ暗いところがあるんではないか、と勘ぐられても仕方がないと思うが如何。

中国ウオッチ・協約無効

韓国外交通商部が国会に提出した資料によれば「日本が強制的に韓国の外交主権を剥奪した1905年に結ばれた『乙巳条約』は無効であり、さらに日本が一方的に清朝と結んだ『満州と間島に関する日清協約』も無効であると主張した。
ポイントのひとつは現在中国領となっている延辺朝鮮自治州はそもそも韓国の領土だとの主張である。
ただし現状に鑑みて、すぐ中国に領土返還を求めるのは困難と判断、時間をかけて歴史・国際法・政治外交などの側面から対応していくことを提唱している。
中国側からは「『延辺朝鮮自治州』は歴史的に朝鮮の領土だったことは一度もない。中国と韓国には領土問題は存在しない。領有権の主張は両国にとってプラスにならない」とのコメントが返された。
過去にさかのぼって条約や協約の無効を主張するのは韓国の悪弊である。心情的には理解できないこともない部分があるもののこのような主張が他国に受け入れられることはあり得ない。
それをもっとも知っているはずの外交通商部がこのような報告を提出することの背景には何があるのだろう。
今韓国では「独島(竹島)は韓国領である」という主張について声高に叫ばないと「非国民」であると見なされかねない風潮が蔓延しているようだ(韓流スターも自国に帰ると踏み絵のようにこれをやらされているようだ)。そのような風潮の延長が、このようなエスカレートした主張につながっているのだろう。
韓国ではかなり偏った歴史教育がなされているようだが、軍事独裁政権の軛から放たれたはずなのに、いつまでその亡霊を引きずって行くのだろう。
それよりも19世紀の李氏朝鮮が、イギリスやフランスに蚕食されていく清国を見ながらどのような対応をしたのか、なぜ日本やロシアや中国の餌食になってしまったのか、何が出来て何をしなかったから失敗したのか、歴史を検証し直した方がよほど有意義ではないのか。
日清戦争は日本と清国の戦いではあるが、戦争の原因は朝鮮半島を巡ってである。
これを言うと韓国の人は激怒するが、韓国は第二次世界大戦の戦勝国ではない(このことについては日韓基本条約締結の時、韓国が戦勝国としての要求をしたが、日本が否定し、韓国がそれを受け入れたという事実がある)。そのとき朝鮮半島は日本の国だった。韓国は存在していなかったとも言えるし、もし存在していたとするなら敗戦国である。
これを韓国民も直視しないと歴史を乗り越えることは出来ない。
もちろん朝鮮半島を植民地にした日本の行為が侵略行為であったことは間違いのない事実であり、それに関する賠償は正当になされるべきであったとの思いはあるが、すでにそれについては日韓基本条約締結により解決している。それに不満があるのであれば(もちろん不満だろう)条約の改定を韓国から提案し、新たな条約が相手国(日本)の了承を得られるよう努力すべきであろう。
あのときの条約は無効だ、などと後で言う国はそもそも条約を結ぶ資格がない。

2011年9月20日 (火)

中国ウオッチ・右翼の台頭

満州事変から80周年を受けて中国メディアの環球時報が「日本は右翼の台頭で軍国主義が復活した」と報じた。
先般のアンケートで、日本人の70%が中国の台頭に対して懸念を示し、脅威を感じる、と答えたことがこのような言説を生んでいるらしい。しかしそれは日本人から見て、中国にそう思わせるような行動が具体的にあるからだ。
ところが記事によれば、このような反中国的な意識は右翼が間違った民族主義を先導した結果である、というのだ。
日本人から見たら噴飯もののこのような日本に対する見方は、彼等の心理を自ら鏡のように写しているものなのだろう。毎度のことなのだが、今の日本の中にどう見たらそのような見方をするような事実があるというのだろう。
いまに日本人が、いい加減にしてくれ、そんなにそんなことばかりを言うなら本当に軍国主義に走るぞ、と逆ギレすることを期待しているようにしか思えない。
そのとき初めて彼等の言ったことは事実になるのだ。これはのろいか?

雨が断続的に降っている。夕方小やみの時に買い出しに行っておいて良かった。台風16号は明日が本番だという。この雨の中働いている人、ご苦労様です。
一人暮らしの娘が心配だ。12号の時には大雨の中を自転車で通勤したようだ。心配しているのに連絡がなかった。
今回はドン姫からやっと連絡が来て、今日明日は休みだから心配要らないとのたまわる。でも連絡がついただけでうれしい。バカ親だ。
車で出かけるつもりで控えていたけれど、それなら安心、ちょっと酒でも飲もうか。

中国ウオッチ・故障ゼロ

中国・南方日報は北京・上海間を走る高速鉄道がこの1ヶ月間大きな故障がないことを伝えた。記事によれば、今年6月30日に鳴り物入りで開業した同高速鉄道は、停電と臨時停車を起こすような故障が7月だけで168件も発生した。故障を起こした車両のほとんどは、中国北車の製造したドイツ・シーメンス系の新型車両に集中していた。
8月にその車両のリコールが決まり、以後中国南車製造の車両に切り替えられた。この車両は日本の新幹線系の技術が使われた車両である。
この車両は上海・寧波間、武漢・広州間の高速鉄道にも使用されており、安全運営走行が実証されたかたちとなっている。
これが直ちにドイツの新幹線の技術と日本の新幹線の技術の優劣をそのまま表しているとは思わないが、何となくうれしい。
(本当は中国南車と中国北車のメーカーとしてのレベルの差の要素が大きいのだろうと分かっているのだが)
ところがこの中国南車が新たな資金調達を断念したとのニュースも流れている。中国北車についてはニュースをつかんでいない。

中国ウオッチ・安全ステッカー

中国国家食品薬品監督管理局は「外食サービス食品安全監督軽量化分級管理指南」を発表した。具体的には外食産業の安全基準を「笑顔」「普通」「泣き顔」のイラストマークで識別する計画である。
管理局が安全監督検査を実施し、その得点により識別ステッカーを店の目立つ位置に貼ることを義務づけるという。
食品の安全が社会問題となっている中、安全性をわかりやすく表示しようとするものだそうだが、誰が泣き顔のステッカーなど貼るだろうか。泣き顔を笑い顔にするためにすることと云えば、安全性を高めるよりもそれを審査するところに働きかけることに努力することは明白だ。コネを使い、金を使うだろう。監督局には莫大な金が動き、監督局の気に入らない店には泣き顔のステッカーが貼られるだろう。
中国人は誰もそんなステッカーなど信じず、口コミで安全な店を選ぶであろう。泣き顔のステッカーが貼られているのにはやっている店があれば多分安くてうまいものに出会えるかもしれない。

2011年9月19日 (月)

北林一光著「サイレント・ブラッド」(角川文庫)

失踪した父の車が長野県の大町市で見つかる。その発見現場に赴いた息子は父の消息を求める中でいろいろな人に出会う。山岳地帯、黒部へ至る渓流の麓の地と父とは何の関係があるのか。そして自分もそして母も実は父の過去について何も知らなかったことが分かる。
父、そしてさらにその父である祖父からの因縁がその山の奥に眠っていた。
ほどほどであきらめようとする主人公を踏みとどまらせたのは地元で知り合った女性であった。そうしてついにさらに山深く踏み込む羽目になったとき、そこで出会うのは人智を越えた存在だった。
過去が暴かれ、そしてそれが浄化されたとき、山はつかの間優しい顔を見せる。
あたりまえの学生だった主人公が様々な試練を経験して男になるドラマでもある。こちらも一緒に男になったような気がして力が入る。
良い小説だった。この本と「ファントム・ピークス」の二冊を残して早世した著者の冥福を祈る。この著者の本はもう読めないのだ。

中国ウオッチ・日の丸を燃やす

満州事変のきっかけになった柳条湖事件から80年となった今月18日に瀋陽で記念式典が行われ、当局の幹部ら約1000人が参加した。抗日戦争史を伝える「9.18歴史博物館」前では若者ら20人ほどが日の丸を燃やすなどして気勢を上げたという。
竹島でも韓国の若者が日の丸を燃やしていた。
日本の若者がこれに抗議して韓国の旗や中国の旗を燃やしたらどうなるであろうか。
国旗は国のシンボルである。国旗を焼くと云うことはその国民をおとしめる行為であることは誰にとっても自明のことであり、だから普通の人間はそんなことはしない。普通しないことをあえてするのだから、尋常ではない怒りを表現している、と彼等は主張するだろう。

太平洋戦争時代、パーマをかけて歩いている女性を捕まえてバリカンで頭を刈った婦人たちがいた。
同じ婦人たちが主婦連を作って社会悪を弾劾していた。
ゴミの焼却灰がたまりすぎて保存場所がなくなり、処置に困ったあげく基準値以下なので埋め立て地を決めて処分しようとしたら絶対反対を叫ぶひとたちがいる。ゴミ焼却場や精神病院や老人ホームを作ろうとしたら絶対反対を叫ぶ人が必ずいる。原子力発電所は即刻全廃すべしと叫び、手順の話にも聞く耳持たぬ人々がいる。
彼等は正義の人である。そして正義の人は話し合いの不可能な人達である。シュプレヒコールに唱和することとこのような正義の人になることを私は断固拒否する。

中国ウオッチ・白馬の王子

アメリカのウォール・ストリート・ジャーナルが「中国は、苦しむ欧州娘を救う白馬の王子ではない」という記事を掲載した。
イタリアの高官が中国の投資会社の責任者にイタリア国債の購入依頼をしたと伝えられるなど、欧州各国の中国の救済への期待が高まっているが、中国がユーロ建てのイタリアやスペインなどの国債を増やす証拠はない、これだけリスクの高い国債を中国が購入する意義は見当たらないから、というものだ。
中国政府は3兆1900億ドルの外貨準備を持ち、今年上半期だけで2470億ドルの海外投資を行った。下半期に同額をイタリア国債に投資すれば、期限の迫っているイタリア政府の債務をすべて充当できるという。2010年にはスペイン国債を5億ドル分購入している。またギリシャへの支援も約束している。
ウォール・ストリート・ジャーナルは単に経済的な損得で中国の行動を予測しているのだろうか。現在のユーロ圏の危機は今単に国債を引き受けると云うことで一時的に息がつけても本質的に解決すべき問題が解決するわけではないと云っているようにも読める。
中国は19世紀以来欧米列強の浸食を受けた。日本が加わったことでさらに国はずたずたにされた。そのトラウマは経済的な合理性だけでは測れない考え方や行動を産み出す。
ヨーロッパに対して発言権を高め、優位に立つというチャンスは中国にとって夢のようなことであろう。同時に冷徹な経済性も考慮するだろうが、アメリカのような短期的な視点でものを見ている国ではない。最大の効果を狙った支援を行う可能性が大いにあるとおもう。
アメリカは、中国のユーロへの支援でアメリカ国債の引き受けが縮小乃至停止につながることを内心では非常に恐れているであろう。この状況も中国にとっては快感であろう。
それこそアメリカ国債を売ってユーロ債を買う行動を示唆するだけでアメリカは恐慌を来すことは明らかだ。アメリカの属国扱いに慣らされた日本には決して出来ないことであるが。

2011年9月18日 (日)

映画「Disney's クリスマス・キャロル」

2009年アメリカ・アニメ映画。監督ロバート・ゼメキス。
タイトルバックの映像から画面に引き込まれる。アニメの映像なのに現実よりリアルに感じる。アメリカのアニメは最近はほとんど二次元ではなく、三次元(3Dということではなく)画像で、このこだわりはすごい。本音を言うとこの三次元画像というのはかえってリアリティを欠いているように感じていたので好きではなかった。しかしここまで徹底して写実的に書き込まれると脱帽である。
ディケンズの原作をここまで細部にわたって膨らませる想像力はゼメキスらしい。この原作は英語の副読本で読まされて、お粗末な読み込みにもかかわらず感動した覚えのある名作だ。

主人公のスクルージの凍り付いたこころがどうしたら解凍されるか。見てのお楽しみだ。ところでスクルージは何がきっかけで自ら愛を捨てて、望んで守銭奴になったのだろうか。スクルージは我々自身でもある。我々も失った自分自身を取り戻せるだろうか。
ディケンズもこの映画を見たらびっくりすると同時に感動するだろう。
素直な気持ちで物語を楽しみ、ラストで心を温めよう。

映画「エンド・オブ・デイズ」1999年・アメリカ

監督ピーター・ハイアムズ、出演・アーノルド・シュワルツェネッガー、ガブリエル・バーン他。
コーエン兄弟の映画「ミラーズ・クロッシング」で見てからガブリエル・バーンのファンになった。この映画も楽しそうに悪魔の役を演じている。この人はエキセントリックな演技は決してしない。淡々と演じているのに迫力がある不思議な人だ。
「エンド・オブ・デイズ」は公開当時劇場で見たが、こんなラストだったという記憶がない。考えてみれば納得のいくラストなのだが、おかげで初めて見たように楽しめた。人智を越えたものと戦うという役柄はアーノルド・シュワルツェネッガーにもっとも適した役柄だ。
ちょっとぐらい痛そうでも何とかなりそうな気がするのだ。
2000年問題などが話題だったあの時代を思い出した。

奈良・法隆寺②西円堂など

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法隆寺の中庭には入らず、左手の奥を見に行く。いくつか魅力的な建物がある。三経院を見てさらに左手奥の高台にある西円堂に向かう。夢殿と同じ八角形のお堂だ。中に薬師如来が安置されている。お堂の中を覗くと、小ぶりだが形の良い仏様が暗がりの中に見えた。西円堂は法隆寺でも唯一高台にあるのでそこから木立越しに中庭を見下ろす。階段を下って中庭に向かう。

Photo_2 三経院。

Photo_3 三経院正面の鐘。

Photo_4 三経院横から西円堂を見上げる。

Photo_5 西円堂。

Photo_6 西円堂。中に薬師如来像。

Photo_7 これは中庭から西円堂を見たもの。後で撮った。こういう風に見える。

Photo_8 西円堂から五重塔を見る。

Photo_9 中庭への入り口へ向かう修学旅行生たち。後に続こう。

2011年9月17日 (土)

中国ウオッチ・セメント値下がり

中国セメント協会が発表したデータによれば、今年6月以降セメント価格が下がり続けている。好転の兆しはないとのこと。
住宅や工場、ダムや橋や鉄道など旺盛な需要のもと、セメントが増産されてきた。さらに需要を当て込んで生産設備も増強されていた。
価格が下がった要因は過剰生産にあると見られる。ついにセメントもターニングポイントに入ったのだろうか。中国の不動産取引成約数が、都市部で軒並み減少しているという。重点都市では、例外的に増加した武漢市を除いて他は平均30%以上減少という激減状況だという。
これが一時的なものか、根本的なものかは、今は判断できないが、愚考するに中国は世界にものを売って国が豊かになってきた、当然世界的な経済失調の影響を受けるはずで、中国だけが潤い続けるはずがない、中国も経済の長期的減速が始まったと見るがどうだろう。

中国ウオッチ・次期首相候補来日

中国・次期首相の有力候補である李克強現副首相が年内の日本訪問を打診している。
李克強は、来年の主席候補として現首席の胡錦濤のバックアップを受けて当初最有力だったが、上海閥をバックとする江沢民派の強い推薦でライバルの習近平が次期主席になることが内定している。
現首相の温家宝に続いての、実力者である李克強の訪日は冷え込んでいる日中関係の改善について中国が意欲的であることをうかがわせる。
今SMAPがまさに北京公演を行っているところだ。歓迎式には政府の要人(もと外務大臣の唐家璇など)まで参加していた。
昨年の尖閣諸島での漁船衝突事件の頃とは様変わりである。
日中関係改善の意思は本気に見える。それにはそれなりの意味があるのだろう。
アメリカが経済力の低下とともにパワーダウンしている今、日本とアメリカを引き離す作戦だとしたら、さすが中国、奥が深い。

中国ウオッチ・地下鉄開業

西安の地下鉄が9月16日に開業した。中国は主要都市での地下鉄普及を急ピッチで進めているが、西北地区では西安が最初の開業となった。昨年、西安を訪れたとき、あちこちで工事を行っていた。開業は2012年と聞いていたような気がしていたが、今年だったのだ。
西安はご存じのように、大都市だが城壁を破壊せずにそのまま残している数少ない街だ。そのため自動車が都市部に流入するとすぐオーバーフローしてしまう。地下鉄などのインフラを整備して、自動車の量を制限する方向に持っていくつもりなのであろう。
これは中国の大都市の渋滞解消のための施策の一環だ。
欧米や日本のような一家に一台、いや一人に一台の車を所有することは、中国の現状では物理的に不可能であるという事実がある。
中国の都市はあまりに人口が集中しすぎており、車両の所有には限界がある。

中国ウオッチ・ビール瓶の爆発

中国ではビール瓶の爆発のニュースが相次いで報道されている。
中小企業のビールだけではなく、大手のビールでも爆発事故を起こしている。輸送中の事故が多いが、中には飲もうとしたとたん爆発してけがをしたものもある。
ビール瓶の劣化による強度低下が原因と云うことで、中国政府は1996年に「強制標準」を定めて強度の基準を決め、基準をクリアしたものにはBマークがついている。また製造されて2年以上経った瓶は使用しないよう指導した。
ところが実際に爆発事故を起こしたものを調べると中にはBマークのないものや、極端なものでは1996年以前のものが見つかっている。
つまり瓶についてのチェックはほとんど行われていない可能性がある。中国のメディアが意見を求めたところ、最大手の燕京ビールの責任者は「中国は発展途上国なのでやむを得ない」と発言したそうである。
なるほど、国が「発展途上国」を免罪符に言い訳するのを見ているので企業もそれが言い訳として通用すると考えるわけだ。
自分以外には相手の責任を言い立てるが、自分自身に責任があることは認めないのが中国流か。

2011年9月16日 (金)

奈良・法隆寺①

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先週の京都・奈良旅行のつづき。奈良・法隆寺です。天王寺に泊まったのでJR大和路線快速であっという間だ。日差しの強い日だった。法隆寺駅から法隆寺までバスはあるが、裏側(法隆寺側)に出たのでバス停がない。2Km足らずというので歩いて行くことにしたが、暑いので汗だくになった。前日の京都と違い、法隆寺は平地である。上り下りはあまりないが、木立もないので日を遮るものがない。

法隆寺は手入れが行き届いており、気持ちが良い。建物も庭園も良く管理されている。南大門から中門へ至る。途中の左右の建物もすがたが良い。中門左手から中庭に入るようになっているがその前に左手の西円堂へ行こう。

Photo_3 南大門から入る。

Photo_4 すぐ右手の輪堂の屋根。

Photo_5 輪堂から中門よりの護摩堂と弥勒院の屋根。

Photo_6 法隆寺中門。

Photo_7 中門・金剛力士像。

Photo_9 金剛力士像アップ。こちらは吽形像。

Photo_10 中門中央から中庭を覗く。

Photo_11 中に派に入る前に西円堂に。西円堂下にある池の蓮。ほとんどが花が終わって実になっていたが、一輪だけ咲き残っていた。中央左上注目。

竹島上陸呼びかけ

朝鮮日報の報道によれば、韓国の女子高校生が、「北朝鮮の友よ!独島(竹島)を守るため、ともに独島に上陸しよう」と北朝鮮に呼びかけた。この女子高生は直接北朝鮮大使館にこの主張を書いた書面を持ち込もうとしたが、受け取りを拒否され、警備員のアドバイスにより、大使館宛に郵送したという。
このような、自分は絶対的に正しい、という信念の人は正義の人であり、権力者にとって、もっとも利用しやすい人種でもある。
私がもっとも嫌いな人種であり、かわいそうな人である。知らず知らずにそのような人間にならないよう、このような人を反面教師として勉強しようと思っている。
内田樹先生が、朝日新聞のコラムに書いていたけれど、現代は情報に良質なものとそうでないものとがあり、一定の人は常に良質な情報を入手し、それ以外の人は質の悪い過剰な情報の海に置かれている、これは貧富の差以上に人々を階層化している、という。
情報が多量に、しかも自由に入手できれば、人はひとりでに正しい判断が出来るようになる、というのは幻想だ。
質の悪い情報がわずかな違いだけで過剰に流通している。
敬愛する山本夏彦が「茶の間の正義」で看破したように、自ら考える力と情報を選別する力を持たなければ正義に似て正義でないような「正義」に洗脳されてしまうことになる。
お粗末な頭ではあるが、その情報の意味を自分の頭で考えるという作業を続けていきたい。
もし気がついたことがあればどんどんチェックをお願いします。喜んで承ります。黙って見過ごされるより注意される方がずっとうれしいことと考えています。

川瀬七緒著「よろずのことに気をつけよ」(講談社)

本年度江戸川乱歩賞受賞作。
本はおもしろければ値打ちがある。特にエンターテインメントはそれが第一である。文章や展開の仕方に何となくなめらかさが欠けるこの本も、とにかくテンポがよいので細部にこだわるよりも、どんどん先を読ませてしまうおもしろさがある。
最初はわかりにくかったサブキャラクターの少女・砂倉真由の抱えているものが明らかになっていくにつれて、彼女の魅力が輝いてくるとともに物語に生命が宿ってくる。この物語は彼女の脱皮の物語でもある。
人には情がある。その情を揉み潰すような不条理に出会えば怨念となり、呪いとなる。その呪いには何らかの力があるのだろうか。呪う人に対して、呪われる人にそれを感応するこころがあれば、何らかの作用があるともいえる。では呪われた人間が何とも感じなければ・・・。
とにかくこの物語のテンポに乗ることさえできれば何時間かの楽しい時間を過ごすことができることを保証する。

2011年9月15日 (木)

国境審査

欧州25カ国は互いの国境を越えるときの国境審査を撤廃することを定めた「シェンゲン協定」を結んでいる。
その協定の資格をギリシャが一時的だが失う恐れが出てきた。
トルコからギリシャに陸路で不法に入ってくる移民に対して、各国が対策を講じるように求めたのに対し、ギリシャ政府がしかるべき措置を執っていないことが問題となったもの。
不法移民はいったんギリシャに入ってしまえば欧州のどこでもフリーパスで移動できることになる。ギリシャだけの問題であればかまわないが、彼らはギリシャでとどまるわけが無い。
資格停止は30日から6ヶ月となる。
ユーロ問題より早くギリシャがEUから排除される事態が迫っている。
なおこの措置が実行されるとしたら協定締結以来初めてのことになるという。

超常現象

来年は金日成生誕100周年である。
「祖国統一委員会」が運営するウェブサイト「我が民族同士」が掲載したニュースから。
「将軍様(金正日)の訪問で、それまでなかなか咲かなかったバラのつぼみが一斉に花開いた」
この委員会は主に韓国向けのプロパガンダを担当するところらしいが、このような噴飯もののニュースをわざわざ流す理由について、このような超常現象を流すことで、来年のセレモニーを盛り上げ、政権交代もスムーズに行う狙いがあるのだろうとみられている。
たぶん「足の生えた蛇」だの「角の生えた馬」、「金正日万歳のお札を飲んだ鯉」などがこれから次々に見つかるに違いない。

債務帳消し

ロシアの新聞が発表したところによると、ロシアが北朝鮮の累積債務110億ドルのうち9割を削減、残りの1割も共同事業に振り当てることで合意したと発表した。
これまでこの累積債務のために経済協力の話が進まなかったが、これでそれを阻む要因が無くなったという。
日本の新聞ではロシアが天然ガスのパイプラインを北朝鮮経由で韓国に敷設することが本決まりとなったと報じていた。
これによって得られる利益を考えれば、110億ドル程度の債務の帳消しなど安いものだと言うことなのだろう。
エネルギーをもって朝鮮半島に大きな影響力を持とうという計画なのだ。
日露戦争で頓挫し、朝鮮戦争で頓挫し、ついに悲願が叶うと思っているかもしれない。来年の大統領はプーチンかメドベージェフか。どちらにしてもロシアの南下政策は大きく一歩を踏み出した。

中国ウオッチ・パイプライン

ミャンマーの人権団体の発表などから、ミャンマーと中国のパイプライン敷設プロジェクトに関する問題が明らかになった。
2013年に完成予定のミャンマーの港湾と中国西南部を結ぶパイプラインは、ミャンマーの天然ガスと中東の石油を中国に運ぶためのものである。
現地には少数民族からなる反政府ゲリラなどがいるため、ミャンマー政府は軍隊を投入してゲリラ軍を掃討するとともに中国のプロジェクト担当者を護衛している。
しかしその実態は軍隊によるパイプライン敷設地帯からの住民の強制排除であり、一部住民の工事への労働強制が行われているという。住民に対しては全く補償が無いか、出されてもわずかなものらしい。
一帯には性産業の業者も進出し、貧困層の女性が従事している。
経済アナリストによれば、ミャンマー政府には見返りとして中国から年間10億ドルの資金が提供されることになっているようだとのこと。
ここでもなりふり構わない中国の資源確保の動きが見られる。一時的にはそれで中国も潤うだろうが、ミャンマーの軍事政権が崩壊した後には中国に対する反感だけが残るのでは無いかと思うがどうだろうか。

2011年9月14日 (水)

貧困層

アメリカの貧困層の基準は年収170万円以下の家族。
今回の発表では4600万人あまり、アメリカ全体の15.1%に当たり、統計資料のある1959年以来最悪の数字とのこと。黒人だけで見ると貧困層は27.4%に当たる(ということは白人だけで見たらかなり数字は低い)。
景気低迷で貧困層が増えているのであろう。
しかし見方を変えればそもそも黒人やヒスパニックに貧困層が多いことは明らかな事実であり、人口比でその黒人やヒスパニックがどんどん増加し、白人はそれほど人口が増えていなければ、今後とも貧困層の比率の増加は避けられず、最悪の数字は毎年書き換えられることになるだろう。
アメリカは物作りを放棄して、金融で豊かな暮らしをするようなシステムを進めてきた。貧しい国とリンクしていればその貧富の差がお金の流れにつながってアメリカに金が流れ込むようになっていた。しかし中国をはじめとして巨大人口の国が急激に豊かになっていけばその貧富の差は解消し始め、お金は落差を失って流れが変わってしまう。
これはアメリカもヨーロッパも日本も、今まで豊かな暮らしができたのは世界の貧富の差によるお金の流れの不均衡がもたらしたものと考えることができる。流れが変われば今までのような豊かな暮らしは望むべくも無いことだろう。これは不景気というものとは違うと思う。新しい世界に対応した考え方が必要なのでは無いだろうか。

とりあえず自分にできることは生活レベルを少しずつ引き下げて来たるべき今以上に加速する右肩下がりの経済に備えることだと思っている。
だから消費税アップは仕方が無いと覚悟はするが、でもとにかく政府にはその前にやることをやってもらわないといけない。できそうも無いのが悲しいが。

中国ウオッチ・出稼ぎ

中国国営TV局・中央電視台が出稼ぎ農民について番組を放映した。
それによると現在出稼ぎ農民の自宅不在のために取り残されている既婚女性が全国で4700万人、子供が5000万人、高齢者が4000万人いるという。合わせると日本の人口より多い。そして毎年2万平方キロの農地が放棄されているという(毎年というのはどういう意味だかわからない)。
ちなみに日本の現在の総耕作地面積が4.6万平方キロである。中国のこの数字は恐るべき数字である。
日本の農業が過疎化とともに老齢化して危機に瀕しているが、中国もその方向に動きつつあるのでは無いだろうか。ほかの産業と比べて農業というのは人口を支える力が弱いのかもしれない。生産性を上げていく工夫が必要であると同時に、農産品の価格というのはもっと高価格にしないと存続が難しい宿命にあるのでは無いだろうか。食料品は最も貧しい人々の収入に合わせて価格が設定されているようだ(生命に関わることだから)。しかしその人たちが豊かになるのに合わせて価格を上げて対応する前に食料生産力が落ちてしまっては取り返しがつかない。豊かな暮らしをしている人はその暮らしに見合った価格で食料を買うことが必要なのだろうが・・・できるだろうか。空論を承知で考えてしまう。

土屋賢二著「教授の異常な弁解」(文藝春秋)

ツチヤ先生の本。本当におかしくて涙が出るようなものもあるが、全般にややマンネリ気味になってきた。こういう本を続けて読むのは著者にも読者にもよくないみたいだ。いつもほど笑えなかったのは続けて読んだこちらも悪かった。
忘れかけた頃、何かの本の合間にもう一度読むと腹を抱えて笑うことができるはずだ。
先生も1944年生まれなので、この本の書かれた2009年には65歳、2010年3月にはお茶の水女子大の教授を退官して現在名誉教授ということである。

訂正します

先ほど流した「脱北の人」の記事は間違いでした。大変申し訳ありません。削除します。Lisaさんすみませんでした。感違いでした。

佐々木譲著「密売人」(角川春樹事務所)

著者の北海道警シリーズの最新作。今警察小説がおもしろい。本屋の店頭にたくさん並んでいてランダムに選んで読んでもたいてい外れが無い。その中でも佐々木譲のものは特におもしろい。
北海道警は、過去(2003年)裏金問題で、道内全域にまたがる不祥事として告発され、自殺者も出ている(ちなみにそのとき告発者として名を上げた代議士のひとりが今回大臣就任後8日間で辞任した鉢呂経産大臣だ)。その後、そのような問題を起こさないために、警官の異動が頻繁に、しかも他部署にまたがって行われるようになり、地元とのつながりが切れてしまったり、ベテランが存在しにくくなるなどして捜査に大変な齟齬を来しているのが実情である。これは現実の話である。
これを伏線として、この北海道警シリーズは書かれている。警察の組織ぐるみの隠蔽体質を告発したことで裏切り者として干されている刑事と、彼の身を守り真実を暴いたため不遇に置かれた刑事たちが、警察を愛するが故に、もがきながら事件と取り組んでいく姿が感動的に描かれている。
今回は警察の協力者だった人間が続けて不審な死を遂げたことの関連に気がついた彼らが、これから襲われると思われる家族を必死で探し出して守る話である。そしてなぜ協力者の名前が漏れたのか、その真実が暴かれたとき、彼らの怒りは頂点に達する。情報を漏らしたものへの報復はどうするのか。

本当に興奮するほどおもしろい本に出会うとうれしいものです。

高野和明著「ジェノサイド」(角川書店)

本屋に大量に平積みになっていた。それだけ売れるという確信があるのだろう。本読みのプロで日頃その推奨に信頼の置ける書評家が絶賛しているので購入した。
一読、超弩級エンタテインメントの惹句が嘘で無いことがわかった。凡百の類書とはレベルが違う。日本にもここまでスケールの大きな物語がかける作家が出てきたのかとうれしくなった。久しぶりに読み終わってしまうのが惜しい本を読んだ。内容の紹介はこれから読む人に迷惑になる恐れが大きいので書かない。
ジェノサイドとはご承知の通り、大量虐殺のこと。世界のあちこちで今でも現実に起こっていることであり、その様子の一端がこの本の中でもリアルに描写されている。人間は生物として欠陥種なのだろうか。

今年今までで読んだ小説ではベストワンだ。

2011年9月13日 (火)

中国ウオッチ・地方債

中国の地方政府が発行している地方債の総額は約10兆元(約120兆円)と見られる。これは中国のGDPの20%に相当する。
この地方債の実態は複雑でその把握は困難とされているが、多くが土地財政に依存している。土地の高騰が地方債を支えていると言ってもいい。
その地方債も元利返済の期日が2012~2013年にピークを迎えるものがほとんどと言われる。
これはまさに国家の政権交代の時期であり、同時に地方政府の交代時期にもあたる。
今、中国中央政府は日本の土地バブル崩壊の教訓から、景気の過熱を防ぐため、土地バブルを押さえる政策を次々に打ち出しており、住宅やマンションの販売数が頭打ちとなり始めている。すでに通常の収入では都市部で自分の持ち家を買うことは困難な状況になっているのが実態である。これでは国民の不満が大きくなる。
地方政府は土地バブルのおかげで潤ってきたが、これが収まってしまうと地方債の返済は困難となることが目に見えている。
地方政府の債務返済放棄が頻出する可能性が高まっている。

その後にどういう事態が起こるのか。予測がつかない。ただ冒頭にあげたように地方債すべてを合わせてもGDPの20%である。またその金は国外に借りているものでは無い。日本よりは遙かに少ない割合と言っていい。

日本の借金の解消の仕方をまた見習おうと思っているのかもしれない。

中村樹基著「ファントム・カーニバル」(角川書店)

著者は「世にも奇妙な物語」のライターである。
18年前に失踪した兄の死体が、東北の地図にも載っていない村で発見される。その村を訪ねた主人公は、奇妙に優しい村人たちに迎えられる。その村の奥には昔鉱山があり、その名残か、整った町並みと大學跡が残されていた。
なぜ兄はここで死んだのか。そのつもりが無かった主人公も、いつしか村の謎を調べ始めていた。この村には18年に一度「闇(くらがり)祭」という奇妙な祭りが催される。その内容は村人以外一切知らされていない。
その祭りの日に向かって事態は急展開していく。
暗闇の見えない世界が映像的に語られていく。クライマックスに向けてのグロテスクな様子は江戸川乱歩の世界を思い出させた。
こういう話が好きな人にはたまらない世界かもしれない。時々はちょっと覗きたくなる。
ただ文章としてやや違和感を感じるのはどうしてだろうか。偉そうに言って申し訳ないが、書き飛ばしすぎていて雑な感じなのだ。現実とは違う別の世界の話としてはかえってこれでいいのだろうか。

中国ウオッチ・上海蟹

上海蟹は陽澄糊産がベストとされている。しかしレストランや高級食材店ではどれもこれも皆、陽澄糊産と称して上海蟹を販売しているため、近年はタグをつけて流通するようになっている。日本でもズワイガニのうち北陸でとれるものを越前ガニと称する。そしてとれるところにより三国産なら黄色いタグをつけて高い価格で流通している。
上海近郊の水郷地帯の湖ではどこでも上海蟹を養殖しているので、その区別はほとんどつかない。
中国のことである。そんなタグなどすぐ偽物が作られる。タグ付きの陽澄糊産上海蟹が北京でも一斉に出回っているそうだ。しかし陽澄糊産は現在出荷を止めており、17日に流通を開始することになっている。
だから現在出回っているタグ付きの陽澄糊産上海蟹はすべて偽物と言うことになる。
たぶん膨大な数のタグ付きの陽澄糊産と称する偽物が市場に流通しているものと思う。
中国におけるブランドとは何なのか、考えさせられる話だ。

解体

生まれ育った家を解体した。
私が幼稚園に上がる頃両親が購入した、借地に建つ中古の住宅だ。平屋だが半間幅の廊下が南側と西側を囲む造りのしっかりした家だった。庭には二本の甘柿の木と大きな桃の木、裏手にはびわの木やイチジクの木、栴檀やキンモクセイの木がぐるりと植わっていた。ほかには青木やグミの木、ザクロの木などがあり、生け垣に槇の木が植えられていた。両親は終の棲家にするつもりもあって、ある程度蓄えができてから地主に土地の購入を申し入れたが、ばら売りを嫌ったのか売ってもらうことはできなかった。
子供たちも大きくなったので家を二階屋に改築した。台所や風呂もリフォームされた。兄弟三人はここから巣立っていった。
両親はやはり終の棲家は自分の土地の上に立つ家が欲しいと考えたようで、退職金やそれまでの蓄えで新しい町の新興住宅地に建つ家を購入して移り住むことになった。今そこに弟の家族と同居し、父は5月に97歳で自分の土地と自分の家の畳の上(入院することなく自宅)で満足して死んだ。
元住んでいた家は縁があって借り手があり、借家として両親の収入になっていた。そうして最後の借り手が、父の死後しばらくして亡くなった。一人暮らしの老婦人だった。その家も老朽化し、建て直しに近い改築が必要であった。
次の借り手の当ても無いので、母と弟と相談して更地にして地主に返却することにした。解体工事の前に三人で見に行った。そして解体した後も見た。
母は言葉を失っていた。というより思うことが多すぎて言葉にできなかったのかもしれない。私も自分の根っこがちぎれてしまったような気がした。

2011年9月10日 (土)

田舎へ行く

今晩から車で田舎へ行く(往復約900Km)。老母の様子を見に定期的に行っている。今回は雑用も若干ある。一応馬鹿デカノートをかついでいくのでブログは出来るが、資料などが手元にないし、雑用もあるのでアップの頻度は少し減るかもしれない。四、五日で帰る予定。では行ってきます。

アーバン・ウェイト「生、なお恐るべし」(新潮文庫)

訳・鈴木恵。スティーブン・キングが絶賛したという。確かにテンションの高い状態を全く切らすことなく、ラストのクライマックスに持っていく文章力は絶賛に値する。
たまたま正義感に駆られた保安官補によってベテランの「運び屋」が窮地に陥り、仕事をやり損ねたために、始末人が動き出す、という云ってみればそれだけの話なのだが、それぞれの人物が読み手にリアルに迫ってくるので、善とか悪とか云う単純な分け方を越えて、「運び屋」である主人公に感情移入していく。
どんな人間にも生活があり、家族がある。絶体絶命の状況の中で、何が自分にとってかけがえのないものと考えるかで、その人間の値打ちが決まるのだ。
久しぶりに翻訳小説を読んだけれど、選択を誤っていなかった。読後感も良いし秋の夜長におすすめの一冊だ。

栂尾・高山寺

Photo_8

ハイキング道から国道に出てしばらく歩くと高山寺表参道入り口に至る。境内で会った人の話だと、バスで栂尾で降りると別の参道から高山寺に入るようだ。ここも樹が鬱蒼としている。木漏れ日が美しい。蝉の声も賑やかだ。彼等にとって最期の夏を力一杯歌っている。入り口すぐが石水院。有名な鳥獣戯画を見ることが出来る。高山寺は境内が山林の中のようになっていて、階段状の山道があちこちに通じている。樹間を渡ってくる風が汗ばんだ身体に心地よい。しかし神護寺と高山寺を見て感じたのは40数年前に来たときよりも寂れていると云うことだ。特に高山寺は荒廃し始めている気配がある。高雄は市内を遠く外れているので観光客が少ない。拝観料も少ないから手入れが行き届かないのだろう。

Photo_9 栂尾・高山寺表参道入り口。

Photo_10 参道の脇は林である。

Photo_11 石段に木漏れ日が落ちる。

Photo_12 高山寺・石水院の外壁と石垣。

Photo_13 高山寺・石水院入り口。中に鳥獣戯画が展示してあって見学できる。

Photo_14 日本最古の茶園の石碑。

Photo_15 観音様。大きなものではないが顔が良い。ちょうど良い具合に顔に陽が当たっていた。

Photo_16 梵字が彫ってあるがもちろん何と読むか分からない。

Photo_17 仏足石。真ん中に仏様の足跡がくっきりと見られる。ちょっと大きい扁平足。

Photo_18 阿弥陀如来を納めている金堂。何となく荒廃の気配。

Photo_19 帰り道。逆光に樹影が美しい。

Photo_20 紅葉のシーズンは人出も多いだろう。今は風に青葉がなびいている。京都はこれでおしまい。明日は奈良・法隆寺だ。

清滝川から槇尾・西明寺へ

神護寺の長い石段を下って再び清滝川へ出る。川沿いにハイキング道が槇尾、栂尾へと続いている。ハイキング道だが時々車が通る。道が狭いのでカーブなどは危ない。9月だというのに蝉の声が絶え間なく聞こえている。川風が心地良い。槇尾・西明寺は思ったよりも近かった。ここも一度清滝川を渡って坂を登る。しかし神護寺と違って山門はすぐだった。ここは建物を見ると云うより座敷に上がって室内を見るところみたいだ。当然撮影禁止だろうと思ったので覗いただけで失礼する。正直神護寺の長い階段の上り下りでややばてている。栂尾の高山寺のほうが見たい。再び清滝川へ。高山寺まで少し歩かなければならない。

Photo 清滝川の清流。

Photo_2 この橋を渡ると西明寺。

Photo_3 西明寺へ階段を上る。こちらはきちんとした階段なので歩きやすいが、段が浅すぎてリズムが合わない。

Photo_4 西明寺山門を見上げる。もう一息。

Photo_5 西明寺。ちょいと覗いただけで失礼した。

Photo_6 西明寺山門脇の石塔。良い形だ。

Photo_7 再び清滝川へ。高山寺までちょっと遠い。頑張ろう。

2011年9月 9日 (金)

神護寺②

Photo_12

神護寺境内を歩く。金堂の中には国宝がたくさんあるのは承知しているが、ちょっとした団体の姿が見えた。ゆっくり見るのは無理かと思って金堂内部には入らなかった。金堂の横に石像が立っている。憤怒の形相から不動明王かと思うがよく分からない。

Photo_14 左が金堂。右奥がその石像。

Photo_13 かなりインパクトのある顔です。夢に見そう。

Photo_15 多宝塔。金堂の横をさらに登る。

Photo_16 明王堂。まだ紅葉ではない。

Photo_17 閼伽井。弘法大師が灌頂のための水をくみ上げたと書かれている。暗くて気味悪い。

Photo_18 最後に山門の仁王像を撮って神護寺を後にした。

平岩弓枝著「諏訪の妖孤」(講談社)

「はやぶさ新八御用旅」シリーズの最新刊。平岩弓枝の「御宿かわせみ」のシリーズとこのシリーズは出たら必ず買う。
今回は甲州から諏訪への旅である。
築地で上がった女の水死体と、内藤新宿で発見された甲府勤番侍の死体の謎を追って、隼新八郎は藤助を供に連れて甲府へ旅立つ。
旅立ちを命じた江戸南町奉行・根岸肥前守はすでにある程度の情報を承知しているらしいのに新八郎には詳細を語らない。先入観を持つことを恐れたのだ。新八郎はわずかな手がかりと持ち前の勘の良さで事件の核心に迫っていく。
しかし事件は想像以上に大きな背景を持つものだった。甲府から引き寄せられるようにさらに諏訪に向かう新八郎と藤助。そこではさすがの新八郎も絶体絶命の危機に陥るが・・・。
今回もお鯉さんの出番が少ない。新八郎もすでに妻帯してしばらく経ったのであまりそちらへの発展は控えているのだろうが、読者としてはもっとお鯉さんに登場してほしい。これは私だけの思いではないだろう。長谷川伸門下で池波正太郎の妹弟子の平岩弓枝は今更云うこともないが、外れのない作家だ。この本も大変おもしろく読めました。

神護寺①

京都と奈良に行ってきた。京都は高雄方面、三尾と呼ばれる高雄(高雄はだから元々は高尾かもしれない)、槇尾、栂尾を歩いた。高雄の神護寺には高校の修学旅行で来たことがある。そのときに、一日だけ自由に見たいところへ行って良い日があったので神護寺へ行った。京都市内で見るお寺より骨太なたたずまいが印象に残り、いつかまた来たいと思っていたのだ。四十数年ぶりだ。高雄へは京都駅前からJRバスで約50分、500円である。立命館大学、仁和寺を過ぎ、御経峠を越える頃から一気に山道になる。高雄のバス停で降りる。案内にしたがい階段を清滝川まで一気に下る。痛風でしばらく歩いていないので膝にくる。清滝川沿いの茶店の休憩所で一休みする。紅葉のシーズンには店を開くのだろうが今は開店休業の様子。朱塗りの橋が架かっている。それを渡ると神護寺への参道入り口。石段が延々と続く。途中に茶亭があるが、ロープが張ってあって休業中。お地蔵様の前で一息入れてから一気に山門まで登った。

Photo バス停から清滝川まで一気に坂を下りる。歩幅と関係ない石段で歩きにくい。

Photo_2 清滝川に出る。左の紅い橋を渡る。

Photo_3 神護寺参道入り口。

Photo_4 延々と石段が続く。

Photo_5 お地蔵さんのところで一息入れる。

Photo_6 弘法大師が右手の石を硯にして墨をすり、筆を投げて文字を書いたといういわれが書いてある。これはすずりいしと読むのだろうが、この前に硯石亭という茶屋(休業中)があったがこれはけんせきていだろう。

Photo_7 神護寺山門。

Photo_8 山門から境内を見る。広々している。

Photo_9 毘沙門堂。

Photo_10 金堂(本堂)を仰ぎ見る。

Photo_11 金堂(本堂)正面。

2011年9月 8日 (木)

二日ほど休みます。

京都、大阪、出来れば奈良を散策してきます。車ではないので馬鹿でかい(17インチディスプレイの)ノートパソコンは持っていきません。その代わり写真を少し撮ってきますので後で報告します。もちろん今夜は友達と酒盛りです。

ではこれから行ってきます。

2011年9月 7日 (水)

中国ウオッチ・ダム

中国は現在大型ダムを多数建造中であり、すでに世界最大級と云われる三峡ダムを始め建設完了しているものも多い。これは中国が工業用途を始め電力の需要が多いためである。火力発電所、原子力発電所の建造も進められているが需要に追いついていないのが現状である。
中国は1950~1970年代にダムを大量に建造した。その時以来中国は世界でダムが最も多い国になっている。その数何と87000カ所と云われる。
しかし当時のダムは技術レベルも低く経済的な条件などもあって粗製濫造型の小規模なものがほとんどであった。それらのダムの寿命は50年程度と見られており、その耐用年数を過ぎたものが半数以上となっている。そしてその従来のメンテナンスは十分とは云えなかった。
ダムを管理する中国政府・水利部は2008年から潜在的に危険性の生じているダムの補修工事を始めており、2011年までに特に決壊の危険性の高いものの工事が終了し、あと5年ですべての補修工事を完了させる予定であると述べている。
実は1975年に淮河にかかるダムが複数決壊し、1000万人以上が被災、死者26万人の大惨事を起こしている。
すでに寿命が来ていると見られる4万カ所以上のダムが簡単な補修で安全になるとは考えにくい。しかも工事は突貫で行われており、汚職構造から来る手抜き工事の恐れが多分に考えられる。これは中国のインフラ工事につきまとう本質的な問題である。
幸い近年降水量が少なく、渇水状態が続いているため、ダムが満杯になる事態は避けられているが、日本でもゲリラ豪雨や一地区への長期間の集中的豪雨が発生している。中国でもそのような事態はあちこちで起こりうる。これによりダムが決壊するような事態になると、その惨事は高速鉄道などとは桁違いの大規模で致命的なものになりかねない。
ダムの下流にある大都市、中都市はかなり多いのだ。

土屋賢二著「簡単に断れない。」(文藝春秋)

著者自身が描いた挿絵(これでも挿絵だろう)がほれぼれするほどすばらしい。本文よりすばらしくて見飽きない。どうしたらこんな絵が描けるのだろう。幼稚園入園以前の幼児が描きなぐったってこれよりましかもしれないが、幼児には決して描くことは出来ないほどすばらしい。
だからこの本は購入する値打ちがある。
それに表紙の挿画はいしいひさいちだ。間違っていしいひさいちが書いた本だと思って買って読んでも、うっかりすると間違いに気がつかずに読み続けるかもしれない。いしいひさいちは漫画家だけれど、実は大学教授だったのか、と思うかもしれない。
本文は・・・・何が書いてあったっけ。
それなのにこのツチヤ先生の本をまた買ってしまうのは病気だろうか。
もう一冊買ってしまった。

中国ウオッチ・日本に学べ

中国日報が「日本の経験から学ぼう」とする評論を発表した。
これは中国の大都市で深刻化しているゴミ処理問題について、日本が資源回収と徹底的な焼却によってゴミを減量し、無害化している例を挙げて対策を提案したもの。
まず法整備を確立すること。日本は2001年に「循環型社会形成推進基本法」を施行した。さらに「廃棄物処理法」「資源有効利用促進法」「包装容器リサイクル法」「家電リサイクル法」などの一連の法律を整備してリサイクル社会の法的バックアップ体制を築いた。
つぎに小さい頃から「ゴミ観」を育てること。さらにゴミの分類を徹底して行うこと。また高温燃焼によるゴミの無害化をあげている。体積が激減した燃えかすをさらに建築材料として利用していることなどを伝えている。
まず中国人のゴミのポイ捨ての習慣を矯正するだけでもずいぶん町がきれいになるかもしれない。しかし「百年河清を俟つ」のことわざを持つ国である。無理かもしれない。このことわざを勘違いしている人がいるかもしれないからあえて説明するが、河とは黄河のことである。河が清くなるのを待つわけである。黄河は永遠に澄むことはない。これはあり得ないことのたとえである。
ところで、ゴミ問題と云えば原発が原因でゴミ処理が停滞している。
まことに原発の事故は罪が重い。

中国ウオッチ・平和発展白書

中国政府が「中国の平和発展」白書を発表した。「強くなれば必ず覇を唱える」というこれまでの大国のモデルを中国は打破するのだそうだ。
白書は「必要なのは平和であり、戦争ではない」「必要なのは発展であり、停滞ではない」「必要なのは対話であり、対抗ではない」「必要なのは理解であり、隔絶ではない」と主張し、「中国が平和発展の道を歩むのは、時代を背景として必然的な選択」だという。
「中国は国際的にある地域での覇権や勢力範囲とすることを求めない」と宣言している。
中国の国防費については「合理的で適度であり、軍拡競争をすることはない」そうである。
中国は核兵器について「世界で唯一核兵器を先に使わないと公式に宣言した国」であると主張している。
全くよく言うよ。チベットだけ見てもこんなこと、とても恥ずかしくて言えないはずなのに。
中国は中華人民共和国建国までの150年間、西洋列強と日本に虐げられてきたという思いがある。その借りを返すまでは、何をしてもまだ借りを返してもらっていないという根拠で、やりたい放題をやるつもりみたいだ。この平和発展白書はそういうことを言っているのだろう。

中国ウオッチ・義援金行方不明

昨年11月に上海の高層ビルで大火災が発生、58人が死亡し、71人が負傷した。この犠牲者たちに中国全土から約4480万元(5億3800万円)の義援金が寄せられた。
しかし、遺族らによると被災者の手に渡ったのは総額420万元のみで、残りの4000万元は行方不明だという。
中国のインターネットでは上海市政府や地区の民政局、地区の紅十字会(日本の赤十字に当たる)に対し、義援金の振り分けについての情報公開を求める声が上がっている。
手数料として関係した人の懐に入ったことはみんな分かっている。
しかし一割しか配られなかったというあまりのえげつなさが問題視されているのだ。
そういう点では日本の場合、配布が遅れることはあっても配付金のほとんどが行方不明と云うことはさすがにない。
本当にないだろうか。まあ、配布されていない額についてはちゃんとこじつけであっても費目が明記されていることは間違いない。安心だ。

そういえばどこかの紅十次会の幹部女性がセレブ生活を送っていることが問題となって、紅十次会への寄付が激減しているとの報道もあった。

2011年9月 6日 (火)

中国ウオッチ・違いを強調

中国成都市の民間研究所「成都高新減災研究所」が地震の揺れを事前に知らせるシステムを開発したと発表した。震源地から50Km以内の範囲では10秒前に、90~100Km以内では20秒前に揺れが来ることを知らせることが可能だという。
成都は2008年に四川大地震が起きたところであり、大きな被害があったことは記憶に新しい。少しでも被害の減少に役立てようとの研究であろう。
日本にも同様のシステムがあるが違いは何か、との記者からの質問に対して「日本の緊急地震速報より誤報が少ない」と説明があったそうだ。
理論はもちろんP波とS波の伝播スピードの違いを利用するものだから全く同じで、まねをしただけだろう。違いなんてあるはずがない。
「誤報が少ない」とは何を根拠におっしゃっておられるのだろうか。
データの蓄積が多くなるほど多分誤報は減るとおもう。先に始めた分有利なはずだから日本頑張れ。

中国ウオッチ・済州島の海軍基地

韓国のリゾート地で知られる南の島、済州島に韓国政府が海軍基地を建設しようとしているのに対し、強力な反対運動が起きている。
この基地建設は盧武鉉政権時代に構想され、韓国の自主防衛を進めるための一環だった。つまり北朝鮮べったり派だった盧武鉉が、北朝鮮(そして中国も)の嫌う米軍基地を韓国から追い出すための計画につながるものなのだ。
この反対運動に日本の反戦活動家が乗り込んで参加しようとしたため、韓国に入国拒否されたことは以前伝えた。反対運動は活発で、そのため基地建設工事は大幅に遅れている。
ところがこの反対運動の根拠が「基地がアメリカの反中国戦略に利用されると中国から報復攻撃を受けることになる」というものである。
そうなるとそもそもの韓国政府の思惑と反対運動との間に微妙なよじれが起こっていることになる。
この報道を取り上げた中国のマスコミの論評は「中国の国防政策は防御的なもので、隣国との友好を重んじるものである」と述べ、「中国の武装は先進国と較べてもなお一定の差があるので脅威ではない」と強調している。
全くどこの国も、自国に少しでも金が貯まると「友好と平和」のために軍備を増強する。

中国ウオッチ・リビア

リビアの国民評議会は、カダフィ政権が首都トリポリを失う数週間前に中国から武器を購入していたようだ、と発表した。
トリポリの高官が棲んでいた住居跡からカダフィ政権の文書が見つかり、それによれば7月に武器2億ドル相当の売買契約が結ばれており、アルジェリアや南アフリカ経由で運ばれることになっていた。
国連の安全保障理事会は3月にリビアへの武器輸出を禁止する決議を採択している。もしこの文書の内容が事実なら中国はこの決議に違反していることになる。
これに対して米国は確認中としている。
また国連のリビア制裁委員会はそんな事実はあり得ない、と否定的な見解を示しているという。
中国は北アフリカに約3万人を送り込んでインフラ整備の国際協力を行い、その見返りに資源や食料を入手するべく活動を行ってきたが、今回のジャスミン革命でほぼ全員引き上げた。リビア中心に中国が失った権益その他は実額2~3兆円に上ると見られる。
中国は相手が独裁政権か否かに斟酌なく資源外交などを行っているのでその政権が倒れるとその国に反発が残るようなことが起こる。またインフラ整備の協力にしても労働者は中国人を送り込んで行うのでその国の雇用に全く寄与しない。国民に恩恵がなければかえって反発を生むこともある。日本が韓国に行ったODAのようなものだ。
今回の件についてはどの国も中国に気を遣って追求することなしにうやむやになるような気がする。
もちろん中国が認めるはずはない。新たな局面に対しても北アフリカ各国の新政権に対してしたたかな外交を再開することだろう。どの国も金がほしいはずだからそれを拒否するはずがない。

その後中国政府の外務省報道官は、カダフィ政権の関係者が7月に中国を訪問して中国の兵器製造業者3社と接触していたことを認めた。しかしその件には中国政府は一切関与していないし、武器売却の契約や輸出をした事実はない、と明言。中国は国連安保理の決議を遵守している、とのことである。
リビアの反カダフィ派の「国民評議会」はその後、東欧諸国や西側諸国の企業がカダフィ政権に武器を提供していた証拠がある、と発表した。いずれも同じ穴のムジナなのだ。これで中国は安心してしらを切ることが出来る。中国も掛け値なしに大国になったものだ。

勝見洋一著「中国料理の迷宮」(講談社現代文庫)

すごい本だ。中身が濃いので読むのに時間がかかった。料理という窓から中国の歴史と文化を語っていく。中国人でもここまで詳細に書ける人はいないのではないか。今まで中国の料理に関する本を何冊か読んだが、桁違いに優れている。
ある時代の、ある繁華街の料亭の様子が眼前にあるがごとく描写され、そこで出された料理の材料と料理のポイントが説明される。湯気の出たその料理が見える。
文化大革命時代のリアルタイムの経験は貴重だ。
そこで失われたものは何だったのか。改革開放後、料理は復活したが、本来のものと似て非なるものになりはてている。しかし何人かの天才料理人が、新しい料理の潮流を生み出している。
中国に今すぐ行って中華料理を食べたくなった。

2011年9月 5日 (月)

西和夫著「二畳で豊かに住む」(集英社新書)

著者は建築史の専門家。まず二畳で実際に豊かに暮らした著名人の例を挙げる。内田百閒、高村光太郎、永井隆、夏目漱石、正岡子規がある時期やむを得ずではあったが、必要最小限の狭い空間で、しかし豊かに暮らしていた。
さらに多摩川渡し船に置かれた二畳の小屋、そしてお遍路さんの一夜の宿となった四国のお茶堂(これは司馬遼太郎が「街道を行く」で紹介していた)。そして戦後、現代建築家が提案する必要最小限の住宅モデルが紹介されている。
ひとり暮らしをしていると、この必要最小限の空間に必要最小限の持ち物という状況にあこがれる。いつの間にかほとんど使わないものに空間を占拠されているのが凡夫である。
実際にこのような暮らしをしたいと固く決意する人にはとても参考になるだろう。著者は建築家なので、それぞれの住居空間の配置などが詳しく語られるが、こちらは観念的な冷やかし客なのでその点はややくどく感じられた。

適正値

病院の定期検診に行ってきた。血糖値もヘモグロビンA1cも尿酸値も適正値にぎりぎり入っていた。この10年で初めてだ。8月はどちらかと云えば不摂生だったので、体重もやや増えてしまったが、薬のおかげか。先生も少し薬を減らしましょうと行ってくれた。やった。

しかし病院というのはどうしてこう待たせるのだろう。急ぎの用を抱えているわけではないが、無意味な時間はいらいらする。待っている間に新書を一冊読み終わってしまって後は読むものがない。

小児科の子どもは泣きわめくし、お年寄りは異常な大声で同じことを繰り返し話しているし、血圧が上がってしまう。でも検査数値が良かったので次回は11月に間を開けてもらった。プリン体85%カットのビールは結構効果があるぞ。

今晩はちょっと先輩と飲む。そして今週後半は京都と奈良に写真を撮りに行くついでに大阪に友達と会いに行く。行けば当然飲み会だ。11月までに挽回可能だからちょっとくらい、ね、先生、勘弁して。

清水義範著「迷宮」(集英社文庫)

不思議な小説である。もちろん清水義範の書くミステリーだから誰も試みたことのないような実験的なものになるが、それでいて一級のミステリーになっている。同じ猟奇的殺人事件が繰り返し語られる。新聞記事、週刊誌の記事、事件の調書、事件を追跡した小説家の文章などからその細部の違いがあぶり出され、その振れ幅の中に、ある事実が浮かび上がる。
物語は「私」という正体不明の記憶喪失した人物に対して、この事件の情報が提供されていく、という形をとっている。「私」は犯人なのか。
犯人の名は最初から分かっている。動機についても一通りの解釈がされているが、説明が繰り返されるうちに真実がすり抜けていく。
言葉というものの限界が見えてくるのだ。それがいくつかの作者の意図したことのひとつかもしれない。読み方でもっと違う意味が見えてくるような気もする。
巻末の解説には是非もう一度読み直すように、とのアドバイスがあったが、今のところそこまで余裕がない。

2011年9月 4日 (日)

床屋へ行く

台風が通過した後になっても雨風が吹き荒れている。籠城は土曜日までの予定だった。外には全く出ずに、毎日本を読み、時にテレビを見、夕方からお酒を飲んで楽しい日々を過ごしていたが、いささか飽きてきた。気分を変えるために夕方、床屋へ行った。なけなしの(シャンプーがほんの少しで足りる)髪もいささか伸びたので思い切って刈り上げてもらう。バリカンでガシガシ刈り上げる。怖いから鏡を見ないで目をつぶっていた。洗髪してもらったらさっぱりした。(本当に)なけなしの髪をオールバックにまとめてもらっておしまい。今日は日曜なのでシニア割引がない。残念。
明日は病院で定期検診の日。摂生を全くしないひと月間だったので体重がやや増えている。なけなしの(しつこいね)髪をカットしたから少し体重減ったかな。

中国ウオッチ・宇宙ステーション打ち上げ延期

8月中に打ち上げると云われていた中国の宇宙ステーションのニュースがないので多分、と思っていたとおり、期限なしの延期になっているようだ。人工衛星を立て続けに打ち上げていたところ、何年ぶりかで打ち上げに失敗したというニュースは報告したが、その原因がはっきりつかめていないため、それが明らかになるまでは延期するようだ。
今までだったらそれでも予定通り強行していたはずだが、高速鉄道での事故以来事故原因が判明するまでは自重すると云うことを学んだようだ。もしだめだったら隠蔽すれば良かった時代はもう過ぎ去り、隠しても表れてしまうとなれば失敗は許されなくなる。そうやって中国もレベルアップしていくわけだ。
今まで品質に首をかしげるアメリカ製の部品を無理矢理使用させられて失敗を重ねてきたといわれる(最近日本製もかなり怪しくなっているのでアメリカさんごめんなさい)日本のロケットより、試行錯誤が許されていた分中国の方が日本より有利だ。今のところ金はたっぷり使えるし。

ところでロシアのロケットも打ち上げに立て続けに失敗しているようだ。宇宙ステーションに滞在している人達、無事に帰れるだろうか。心配だ。

佐伯泰英著「旧主再開・酔いどれ小藤次留書」(幻冬舎文庫)

酔いどれ小藤次のスピンオフ、若き日の小藤次を描いた「品川の騒ぎ」の縁で小藤次は信州へ行く。信州松野藩藩主・松平保雅が、小藤次の旧主豊後藩藩主・久留島通嘉を介して小藤次に松野藩のお家騒動解決を依頼してきたのだ。反藩主派の支配している地で小藤次は身動きがとれず苦戦するが、あえて強硬な陽動作戦をとることで、突破口が開ける。
後は敵をばっばったと痛快に片付けるだけである。
最後に藩主自らお礼をかねて旧交を温めに訪ねてくるというのをおりょう様の望外川荘で迎えて歓談する。懐旧談の中に人生の転変の不思議さを考えさせ、おりょう様に魅入られたように「出来れば小藤次と替わりたい」という松平保雅の言葉に共感する。
カバーに感涙必至とあるが、年のせいかそのとおりじんときてしまった。

このシリーズを読んだことのない人には何のことやら分からないだろう。申し訳ない。

中国ウオッチ・少子高齢化

人口問題を調査する米国の非営利団体・PRBの発表した人口統計によれば、台湾の合計特殊出生率(女性ひとりが生涯に産む子どもの数の平均)が世界最低の0.9だったという。
少子高齢化が深刻な問題になっている日本でも1.2前後である。
この数字は本当だろうか。台湾政府の数字はどうなのだろう。
台湾は一人っ子政策をとっているわけではないし、今までそのような報道は聞いたことがないのでこの数字の方がおかしいような気がするが、続報を待ちたい。

2011年9月 3日 (土)

中国ウオッチ・日本車バッシング

中国政府・国家品質監督局は、中国で販売されている「カムリ」「マークX」「ランドクルーザー」など多くの車種でブレーキやドライブシャフトの破損が発生しており、1~6月に死傷事故が多発したと発表した。トヨタ側はリコールをしておらず、中国ではトヨタに批判の声が高まっているという。
トヨタは米国ではリコールを行ったのに中国では態度が違うことを問題にしているようだ。ただ、アメリカでの問題は車両の欠陥ではなく、使用者側の問題であることが明らかになっているが、それについては正確に伝わっていないのかもしれない。
ちなみに東日本大震災で部品の調達が困難となり、日本車は中国国内でのシェアを大きく下げていたが、生産が回復したことに伴い、シェア回復のため一斉に値下げ攻勢を行い、7月からシェアの大幅上昇に転じている。欧米車はその間に新型車などの投入で大幅にシェアを伸ばしてきた。ところが中国独自開発のブランド車はシェアを下げ続けており、在庫が急増している。
今回、国家品質監督局が発表したトヨタ車の問題に、何か政治的な意図があるように見えてしまうのは考えすぎだろうか。

運命峠

BSフジで「運命峠」をやっていた。原作は柴田錬三郎。主演の秋月六郎太は松平健、宮本武蔵役が三浦友和、すごいね。
柴田錬三郎は眠狂四郎シリーズで知られているが、その前に発表した時代小説三部作「孤剣は折れず」「美男城」「運命峠」こそが柴錬の真骨頂であった。
生まれて初めて小学校六年生の時に小遣いで買ったのが「孤剣は折れず」だった。この本については思い入れがありすぎるので別に語る。
この三部作には柴田錬三郎の時代小説のすべてがある。
柴田錬三郎は小説の中で女を殺す。決して女性が幸せになるような結末にしない。そしてそのようにBSフジのドラマではヒロインの千早がすべてを秋月六郎太に託して命つきる。
とんでもない。この三部作で、女性が非業の死を遂げるのは「孤剣は折れず」と「美男城」だけである。最後の「運命峠」だけがハッピーエンドなのだ。そのことについて論じたいことは山ほどあるのに。
原作ではあり得ないシチュエーションの中で、馬で去っていく三人の姿に単純に感激していたこちらをどうしてくれるのだ。
そもそも柴練のドラマ化でなるほどと思ったのは市川雷蔵の眠狂四郎シリーズしかないけれど・・・。
松方弘樹が眠狂四郎を演じた映画の話も語りたいけどきりがないのでこれで今回は終わり。

今野敏著「レッド」(ハルキ文庫)

テレビでも好評だった神南署安積班シリーズで有名な今野敏は多ジャンルに多くの作品を発表している。エンターテインメントに徹しているのでどの本もおもしろい。
警視庁捜査四課のベテラン刑事が、環境庁の外郭団体に左遷させられる。ほとんど仕事らしい仕事も与えられず、意欲を失っているところへ不思議な仕事が命じられる。山形県のある町にある、沼の環境調査というものだった。しかも自衛隊からの出向という、得体の知れない男との同行調査だ。ところが町はその調査をいやがる。いったい何があるのか。
調査した、というかたちだけ整えればいいと赴いた調査が、実はとんでもない国際的陰謀につながっていた。
単行本での作品発表は1998年。アメリカはクリントン大統領時代。後で文庫化されたものが今回新装版で刊行された。
解説にもあるが、人が何人か死んでいるのに悪のために悪を行っている人間は出てこない(ちょっと出てくるが)。それぞれの人間が何らかの大義名分のもとにおこなった行動がこのような事件に発展するが、その結末が陰惨になっていないのは救いだ。

大島副総裁

新たに発足した野田新内閣に対するコメントとして自民党の大島副総裁が、酷評をしていた。この人の人柄なのだろうか。
まだ野田内閣は何の活動もしていない。その成果も見ないうちに酷評するという姿勢は品位がなく、酷評した相手に対して何ら得点を挙げることは出来ず、自らをおとしめると云うことが分からないのだろうか。
政局に何の影響力を及ぼす力もない泡沫党が、自らをおとしめる以上に強いアピールを狙ってあえてこのような行動をすることがある(みんなの党の渡辺代表の言葉がそれを象徴している)。
だが自民党はこの野田内閣が期待はずれに終わったときには間違いなくつぎの政権を担うことになる党だ。
国民は菅内閣にうんざりしていた(多分にマスコミのせいもあるが)。新しい野田内閣に今までより少しは良くなると期待している。
そういうときにあのようなコメントを出すというのは自民党にとって不幸なことだ。昔、社会党がそこそこ勢力を持って自民党と二大政党にちかい状態が続いた後、じり貧に陥った。そういうときの自民党の内閣交代後の社会党のコメントによく似ている。これでは社会党はだめだと思った。だがそれでも今回の大島副総裁の言葉より紳士的だったように記憶している。
今回、大島副総裁は自分ではうまいことを云ったと思っているように見えるが、自民党に対する国民の支持をさらに失わせるような失点だと思う。
貧すれば鈍するか。

江國滋著「落語美学」(旺文社文庫)

1982年発行の本。古い考え方だと云われるだろうが、芸能界というのはいわゆるカタギの世界ではない、水商売もカタギの世界ではないとおもっている。そうしてカタギの人間がその世界に移るときには河をひとつ飛び越えなければならないし、飛び越えた後に、カタギに戻ることはむつかしい世界だと考えている。別にカタギではないと云うからと行ってやくざなどの棲むアンダーグラウンドの世界だと云っているわけではない。ただ、今頃そう考えている人間はほとんどいないかもしれない。落語について語った本はたくさんある。江國滋のこの本がその中でどう違うのか。解説の色川武大が指摘しているように、今までの落語について書かれた本は落語の世界の中から落語を語っている。好事家には受けても一般の人には今ひとつ共感がえられていない。しかし江國滋はカタギの人であり、落語界の外側、時にはひとつ次元の高い上側からの視点も同時に持っている。普通のカタギの落語好きの人にこそ共感が得られる文章なのだ。
江國滋は落語3部作(落語手帖、落語美学、落語無学)を書いた後、いくつか落語に関するエッセイを書いたものの、落語についてはそのあとまとめて書くことをしなかった。もちろん評論的なものも含めてエッセイは書き続けたのでずいぶん楽しむことが出来たが。
彼はこの3部作で落語評論家と呼ばれるようになったことをいやがっていたという。彼はあくまでカタギとして落語界を外側から楽しむスタンスを崩さなかったのだろう。
落語が、特に昭和30年代から40年代の落語に思いのある人なら是非読むべし。

2011年9月 2日 (金)

映画「プレデターズ」WOWWOWにて

2010年アメリカ映画。「プレデター」シリーズはやはりシュワルツェネッガーが必死で戦った最初が衝撃的におもしろかった。「プレデター2」のダニー・クローバーは何で勝てたのか分からない。「プレデターVSエイリアン」「同2」はゲームみたいだった。
この「プレデターズ」は、設定は説明なしにいきなりだけど、敵の見えない緊張感がとってもいい。背景音も初回のものと同じだ。
フィッシュバーンが何で出てくるのか分からないところが笑える。出たかったのか。
この設定なら何回でも楽しめそうだ。つぎは「プレデターズ2」か。

内田樹著「知に働けば蔵が建つ」(文春文庫)

内田樹先生は「内田樹の研究室」(http://blog.tatsuru.com/)というブログを開設している。私も古い順から読んで、今2003~2004年頃まで読み進んだ。先生の著作にはそのブログをコンピレーションしたものが結構ある。この本もそのひとつだ。もちろんブログの文章そのままではなく、編集者が選んで並べたものを書き直したり書き足したりしている。
ブログに書いたときと本になったときとで時間差がある。そしてさらに文庫になったときとの時間差もあるので話題になっている話には、そういえばそんなこともあった、というものがしばしばあるが、それに対する先生の考えは全く色あせていない。なぜならばジャーナリズムの言説が現在ただいまを原点に立ち位置を置いて価値判断をしているために賞味期限が出来てしまうが、先生は常に空間軸だけではなく時間軸を組み込んで語られているから語られていることが古くなることがない。これは先生が師と仰ぐレヴィナスが常に意識していたことを受け継いでいるからだ。
同じ物事に対し、先生と価値観が違っていても先生を尊敬し続けることが出来るのはそこのところが信じられるからだ。
たとえば小泉政治が圧倒的支持を得た状況について書かれたものを、少し長いが引用する。
「『弱者を守れ』という政治的言説は今全くインパクトを失っている。その声を『既得権益』を手放そうとしない『抵抗勢力』の悲鳴として解釈せよと教えたのが小泉構造改革のもたらした知られざる心理的実験である。-中略-それは『弱者』という看板さえ掲げればドアが開くという状況に対する倦厭感があらゆるエリアで浸透しつつあることを意味している。自分がトラブルに遭遇すると、まず『責任者を出せ』と他責的な口調ですごむ『弱者』たちで私たちの社会は充満している。そして、その『弱者の恫喝』に苦しめられている人々もまた『弱者』戦略のブリリアントな成功を学習して、別の局面では自分もまた『弱者』『被害者』『無権利者』の立場を先取りしようとする。弱者であること、被害者であること、無権利であることはしばしばそうでない場合よりも多くの利益をもたらすと云うことを学んだからである。その『弱者の瀰漫』に当の『弱者』たち自身がうんざりし始めている。当然のことながら『弱者が瀰漫する』と云うことは『社会的リソースの権利請求者が増える』と云うことであり、それは『私の取り分』が減ることを意味するからである。『弱者に優先的にリソースを分配せよ。だがそれを享受する弱者は私であって、おまえではない』と人々は口々に言い立てる。この利己的な言い分に人々は(自分がそれを口にする場合を除いては)飽き飽きしてきたのである。『弱者は醜い』という小泉首相の『勝者の美意識』はこの大衆の倦厭感を先取りして劇的な成功を収めた。」
というのが郵政民営化、是か非かで戦った選挙後の自民党大勝利後に書かれた文章である。
だが「弱者」のうまみは国民に染みついていた。だから弱者代表を標榜してばらまきを約束した民主党が、その反動で政権を取ったのではないか。これは私が感じたこと。でも弱者だらけの世の中にうんざりしている状況は変わらない。
だから大震災の時、弱者弱者と騒がない東北のひとたちが美しく見えたのだろう。もう何でも政府のせいにするのはいい加減にしなければならないときがきたと多くのひとが気がつき始めている。
内田樹先生についてはこの本の巻末の解説で関川夏央が書いている。登場した時期、そしてその意味が明解に明らかにされており、多分内田樹先生もなるほど、と得心がいったものとおもう。
読みながら知的レベルを上げられるとても良い本です。

土屋賢二著「ツチヤの貧格」(文藝春秋)

久しぶりに大笑いした。譜面の読めない自称ジャズピアニストにしてお茶の水女子大学哲学科教授、ツチヤ先生は自虐的なまでの恐妻家である。いや、女性全般に対して全く歯が立たないのだから恐女家とでもいおうか。女子大の教授で恐女家ではその人生は惨憺たるものがある。
ほとんどスラプスティックで、シュールですらある。
ツチヤ先生の本は購入して読み始めるとたちまち読み終わってしまう。費用対効果が時間的に見るときわめて低いのだが、本屋で手にすると魔女に魅入られたように購入してしまう。
ツチヤ教授の本には哲学はない(専門書もあるので例外的にそこには哲学が論じられている)(本当はあるのかもしれないが、見つける前に読み終わってしまう)ので、ツチヤ教授の本が本屋の思想・哲学のコーナーにあるからと云って、読んでも思想や哲学を学ぶことは出来ない。
しかし、実は読んでいる本人が知らないうちに哲学を学べているのかもしれないが、何冊も読み散らした私にはその実感は今のところない。
だから本を読んで大いに楽しみたいとおもう人以外はこの本は買わない方が良い。いったん買い出すと癖になります。

2011年9月 1日 (木)

小松左京著「日本文化の死角」(講談社現代新書)

小松左京は巨人である。広いジャンルに渡る該博な知識を持ち、膨大な著作を残して今年7月に80歳で死んだ。交友した人がすごい。星新一、筒井康隆はもちろんだが、高橋和巳、三島由紀夫、開高健、桂米朝、梅棹忠夫、手塚治虫、松本零士、大島渚など多方面にわたる。
死去に伴い短編をいくつか読んだ。それとは別に以前飛ばし読みしてしまったこの本を今回あらためて読み直してみた。
日本の文化のルーツを、博覧強記の彼があらゆる方面からの照明に照らし出して語っていく。
現代は知識が深化しすぎたために専門家は立ち位置を変えてものを論ずることが出来なくなっている。複数の立ち位置に立った物言いをする人は俯瞰的だが、見方が浅すぎて世界の意味の解釈に届かない。
その背反することを行えたのが小松左京だ。この本でまだ三内丸山遺跡が発掘される前なのに、縄文時代を弥生時代の前の時代、という見方ではない見方を示している。稲作の渡来、宗教の伝播、中国文化から受け入れたもの、受け入れなかったもの、日本語の成立など、を個別に論じながら今までの比較文化論では照明の陰になっていたところを照らしていく。最後には世界の文化の摩擦と交流を論じ、あるべき世界についての希望的私見で締めくくっている。
古い本だが(昭和52年初版)大阪万博のサブプロデューサーでもあった小松左京の思考の原点が伺える中身の濃い一冊である。

中国ウオッチ・1ドル5元

アメリカ、ヨーロッパ、そして韓国が意図的に自国の通貨安を誘導する中、何もしない日本は円高に苦しんでいる。中国はどうか。
一ヶ月ごとの元の対ドルレートは6月0.23%、7月が0.42%、8月が0.84%と急激に上がっている。
0.2%ずつ上がると2014年には1ドル5元台になるし、もし0.8%ずつ上がれば2012年に5元台になる。
中国政府は海外の元切り上げ圧力に対し、このような実質的な結果をもって言い訳しようとしていると見られる。当然意図的に切り上げをするよりは得だと云うことなのだろうが、原油などの原料購入の際にはかなり不利になっているため、中国の物価値上がりにつながっている。
国内の暴動の頻発は、国が豊かになったはずなのに自分が豊かにならないことの不満の表れだろう。世界のお金が流れ込んでいるのに国民はまだ貧しい。多分全員にわけたところで巨大な人口が潤うにはまだ足らない。今、国民が求めたからと云って金の卵を産むガチョウを食べてしまうわけにはいかないのだ。

元と円とのレートはだからドルとの間ほど円高にならない。韓国やアメリカに行くほどには中国に行っても円高の恩恵はうけられないというわけだ。

中国ウオッチ・宇宙軍拡

軍事報道の内容に精度の高い英国誌が中国の宇宙戦略について報じた。米国が資金不足から理性的な宇宙政策に転換した後、宇宙は平和だったが、今中国が熱狂的に宇宙兵器開発を進めている。人工衛星無力化の総合的開発を進めているとの証拠がある。もし人工衛星の無力化が実行されれば世界中の通信と物流が致命的な打撃を受けるだろう。
今世界の主導権を握ろうとしている中国が、なぜ宇宙の指導権までつかもうとするのだろうか。世界の工場として世界にものを販売することで急成長している中国が、他国に害をなす行動を目指すのはばかげている。賢明な中国政府がそれを理解していないと云うことはあり得ない。軍部の独走だという見方もあるが不明である。
先日は週に三つも四つも人工衛星を上げ続けた結果、久しぶりに打ち上げ失敗をした。もうすぐ宇宙ステーションの打ち上げもある予定だ。
これは月への有人飛行を目指す第一歩と云われている。つぎは月を領土にするつもりではないか。中国が月に到着したら真っ先にすることは多分アメリカ国旗の引き抜き投げ捨てだろうというジョークは笑えない。

中国ウオッチ・生命保険強制加入

中国保険監督管理委員会は「保険会社と商業銀行による契約者貸し付けの管理問題に関する通知」を発表した。融資の条件に生命保険の加入を強制したり、生命保険の積立金を担保に融資をすること、それぞれの契約に違法な手続き費用を徴収することを規制しようというものだ。
保険会社は保険契約者が増えるほどリスクが軽減する。今まで生命保険に入る割合の少なかった中国人に生命保険を拡大する思惑と、銀行の融資リスク回避に生命保険を当てる思惑とが合致した行動に政府が規制を掛けようと云うことであろう。銀行と生命保険会社がハッピーであると云うことは生命保険加入者がアンハッピーである可能性があると云うことなのだろう。

中国ウオッチ・ドジョウ宰相

ややヒステリックな韓国の報道(このところ本当にどうしてしまったのかと思う)と異なり、野田新首相に対する中国の報道はどちらかと云えば好意的である。野田氏は民主党内で篤実で礼儀正しいという印象を持たれている人物であると紹介し、低姿勢で一歩ずつやる、との言明に対し、難局に直面する日本をどう率いていくか注目したいと伝えた。
当初、野田氏の父親が自衛官でだったことから右翼的、軍国主義的、と報道されたが、それがエスカレートする様子はないようだ。
まだ実際の実務が始まらないうちにヒステリックに騒ぐ韓国や日本のマスコミよりもずっと冷静な報道であり、それは多分中国政府の様子をまず見よう、という意向なのだろうと思う。

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