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2012年6月

2012年6月30日 (土)

中国ウオッチ・旅行シーズン

 チャイナフォトプレスが伝えたところによると、受験シーズンが終わり、子供へのご褒美として海外旅行をプレゼントするのが流行となり、7月から時ならぬ旅行シーズンに入るそうだ。北京の旅行会社は欧米への旅行は8月まで予約で一杯だという。

 また、韓国、日本、東南アジアも人気で、ビザの申請にそれぞれの大使館に行列が出来ているという。

 中国の受験は日本の受験地獄(これはほとんどマスコミがでっち上げた虚構だったことはその渦中にいた人間として断言できる。みんなそんなに勉強ばかりしていたわけではない)と云われた時代よりはるかに過酷で、それをクリアした子供には親も思いきりご褒美をあげたいのだろう。

 余裕のあるときに海外に出かけて世界を肌で感じることはいいことだ。受験勉強で学んだこととまた違う勉強が出来るだろう。ヨーロッパへの旅行客が増えることはEUにとっても外貨が入るわけで大歓迎だろう。是非日本もこの中国の旅行シーズンをうまく引き込む手立てを尽くして欲しいものだ。

相場英雄著「ナンバー」(双葉社)

 「震える牛」があんまり面白かったので同じ著者の新刊を購入して読んだ。

 経済事犯を扱う警視庁捜査二課に配属になった西澤が、新米から経験を積み重ねて一人前になっていく話である。短編集の体裁で、西澤の出逢う知能犯たちと、西澤の失敗と、それを冷たく見つめているだけのようでいて、実は彼の成長をともに喜ぶ同僚上司たちの物語だ。

 人間は手取り足取りされては本当の成長は望めない。自分自身の知能を絞り尽くしてもがいている内にいつの間にかレベルアップするのだ。

 何せ相手は知能犯である。先ずひたすら数字との格闘から捜査が始まる。わずかな情報から通帳やその他の経理資料の分析を行う。気づかれれば証拠を隠滅されて終わりだから極秘で捜査は進行する。しかし証拠を集めるためには人に接触することも必要である。人間の裏表が暴かれていく中で挫折を繰り返し、人を見る目が鍛えられていく。

 これもひとつの成長小説である。成長小説は大好きだ。作者の人間に対する熱い心がないと書けない小説だからだ。

中国ウオッチ・プチ整形

 中国も若者の失業率が高くなっている。特に大学卒業生の失業率が高い。これはホワイトカラーの需要よりも大学生の数が多いからだ。

 だから大学生は日本と同様必死で就職活動を行う。就職試験の面接での印象を良くしようと「プチ整形」を行う学生が急増しているという。
 だが整形医師の資質にばらつきがあり、失敗してあとで後悔する例も増えている。需要に追いつかないのでレベルの低い整形医師が参入しているのかも知れない。

 今に日本も整形して就職試験を受ける時代が来るのだろうか。

小浜逸郎著「やっぱりバカが増えている」(洋泉社)

 論客小浜逸郎の辛口時評である。2003年の本で、読みかけたままになっていた本だ。小浜逸郎の本は歯ごたえはあるが面白いので、つまらないから放棄していたわけではない。

 フェミニズム批判(上野千鶴子と斎藤学をやり玉に挙げながら)、脳死問題を考える(立花隆を批判しながら)、ゆとり教育批判(寺脇研を罵倒しながら)、カルト宗教について、夫婦別姓について、等々を論じる。最後に教育の再生についての新しいシステムの提案でまとめている。

 文中に小浜一郎自身の原点が血を吐くような思いで語られている。
倫理を見直すべきだという意見には全面的に賛同したい。

中国ウオッチ・トイレ自慢

 インターネットで臨汾市の公衆トイレは五つ星トイレが28箇所、四つ星トイレが八箇所で、60箇所のトイレが全て無料であり、これで日本に勝った、との書き込みがあった。

 これに対して「トイレは公共的なものだからそんな高級なものは必要ない」、「高級なものを作る金があったら小学校でも建てろ」、「外側は綺麗でも中は汚いんじゃないか」、「紙はあるのか」、「六十箇所で足りるのか(臨汾市の人口は60万人)」など辛口のコメントが殺到したようだ。

 トイレ自慢に日本を引き合いに出すというのは、それだけ日本のトイレが綺麗だというのが中国人には自明なのか。なんだかうれしい。

 中国の公衆トイレと云えば汚くて扉もなくてしかも有料という時代があった。今はたいていの都市部はかなり良くなった。ただ地方の観光地などに行くと有料のところがずいぶんある。だいたい2元前後だが必要に迫られて入るので安いものだ。それに最近はたいてい清掃が行き届いていてそれほど汚くはない。

 十五年ほど前、前日暴飲暴食の翌日、切羽詰まって北京の胡同の公衆トイレに飛び込んだことがある。ここは下町の人たちが使用する場所で外国人は想定されていないところだ。ドアどころか壁もない。ただ金かくしと穴と踏み台が十いくつか並んでいるだけだ。数人がにこやかに語り合いながら並んでしゃがんで用を足していた。

 それ以後なるべく暴飲暴食は控えるようにしている。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・崋山②

 道士に託すと人夫を雇い、椅子に座って登ることができると云う。一人およそ三百文、二人で椅子を担ぐという。私たちは自分の脚で登ることにする。路は渓流に沿って崖が壁のようになった間を通じている。両側の山が迫ってほとんど窮まるようなところをあちらやこちらに飛び越えたこと幾百度、紆余曲折した岩石を踏んで登る。これを泰山の大道絶頂に達するのに比較すれば、その困難さは比較にならない。御龍宮から魚石を過ぎる。大岩石が山頂から墜落して渓流の中に落ちて横たわっている。その形が魚に似ているのでその名がある。五里関に到る。岩を削って創修五里関湯房碑記を刻す。康煕二十七年の創建である。時はすでに十時になる。私はもとより頂上を極めたいのであるが、今日の内に潼関に行き着く予定でもあり、三教堂慈仁洞を過ぎ、聚仙坪(しゅうせんへい)に到り、西北に両峰の天を摩するのを見て、山中の見所を見尽くすことなくして下山の途についた。

2012年6月29日 (金)

相場英雄著「震える牛」(小学館)

 本物のミステリーを読んだ。帯に「平成の『砂の器』誕生!」とある。

 二年前の殺人事件を改めて捜査するよう指示された警視庁一課継続捜査係の田川刑事が、地道に一つ一つ事実の確認を行っていく内に、無関係と思われた二人の被害者の間に関係があることが浮かび上がってくる。初動の捜査のずさんさが露呈しそうになり、警察内部で田川の動きを妨害するような圧力がかかる。田川は雑音を気にせず、あくまで正攻法で事実を積み重ねていき、事件の関わりで出逢う人も増えていく。それぞれの人の熱い思いが田川の捜査ノートを膨らませていく。

 事件の真相に迫ったとき、大きく立ちはだかるものが出現する。敵の妨害の先手を打ち、理解のある上司の下でついに事件の真犯人を捕らえて自白を迫るのだが・・・。

 いやあ、読み応えのある傑作であった。今年のミステリー、ベストスリーに間違いなく入るのではないだろうか。こんな面白い本、読まないと損ですぞ。

北朝鮮国民は中国が嫌い?

 韓国の聯合ニュースに拠れば、北朝鮮人が最も嫌悪しているのは中国で、アメリカをはるかに上回るという。
北朝鮮に大使として駐在していたイギリスのエヴァラード氏がワシントンの記者会見で語ったことを元にしている。

 北朝鮮ではことある毎に「米帝国主義」と批判宣伝されているが、北朝鮮にはアメリカ人はいないから具体的に反感を買うような事実があるわけではない。そしてアメリカが本当に北朝鮮に攻め込んでくる、などと信じている人もほとんどいない。韓国もアメリカが動かない限り北朝鮮に攻め込んでなど来ないことは皆承知しているのだ。

 だが中国は違う。国境を接し、北朝鮮の資源をどんどん奪い、港湾や工業団地の利権を手に入れているのを目の当たりに見ている。しかも何時北朝鮮を接収しないとも限らないと思っている。

 例年の中国の食料援助の数量は報道に間違いが無ければ10万トンだという。計算すると2300万人の北朝鮮人民ひとり当たり、4.4Kgでしかない。これでは一ヶ月分にも足らない。その上今年はまだ10分の1しか援助がないという。無いよりはましだが、中国が得ている権益と較べるとあまりにも見合わない。嫌われるのも宜なるかなである。

「とくダネ!」(フジテレビ)

 朝八時からの報道番組でメインキャスターは小倉智昭。
 サブキャスターをしている中野美奈子が本日で降板する。彼女の魅力が番組に寄与している部分は大きかった。7月でフジテレビを退社するそうだ。幸せな結婚生活を送ることを祈る。

 定年になってからこの番組を見るようになった。と云うより定年にならないとサラリーマンは普通見ることはできない。小倉智昭のキャラクターが番組のカラーをなしていて、みのもんたの番組よりよりはるかに私にはなじみやすい(他の番組は語る気にならない)。

 三十年以上前、小倉智昭がラジオでキャスターをしているのを聞いて以来、結構好きである。一時期女性問題でバッシングを受けたけれど、めげずにいてくれて良かった。

 中野美奈子がいなくなって来週から誰が代わりになるのか今日は分からなかった。間違っても長野智子みたいなとんちんかんな女性キャスターでないことを願う。

食糧難

 AP通信が朝鮮半島の104年ぶりの大旱魃を伝えていた。

 北朝鮮の西海岸地方は平年より3~8℃も高温の状況が続いており、最大の穀倉地帯では約9割の畑が旱魃の被害を受けているという。現在国を挙げて給水活動を続けており、ある程度の効果が出ているとも云う。国連は人道的支援として約2億ドルの拠出を表明している。

 北朝鮮は4月の終わり頃からたびたびこの旱魃と食糧難について報道している。今までは自国の内情をほとんど報じないことから見てこれは異例なことである。

 さらに中国も北朝鮮の窮状を意識的に報道している。
 ところが別の報道に拠れば中国の北朝鮮に対する食料援助は激減しており、いまのところ例年の量の10分の1しかないという。これは中国の制止にもかかわらず4月に人工衛星と称してミサイル打ち上げを強行したことに対する制裁なのだと云われる。

 旱魃は事実であろう。しかし北朝鮮と中国の報道の目的は世界からの人道的食料援助を引き出すことが目的なのではないだろうか。だから国連は支援金を出すことを表明した。また中国は北朝鮮の世界の中での立ち位置を何とかもう少しまともなところに引き戻すきっかけをつかもうとしているのかも知れない。これは深読みをすれば朝鮮周辺で力をつけて発言権を増していこうとする中国の軍部への牽制でもある。

 だが問題は国連の支援金や今後あるかも知れない各国からの食料援助は、過去の事例からすれば、金政権の軍事費に転用されてしまう可能性が大きいのではないか。支援物資が国境の中国側の市場で公然と売られている映像も見た。これがただの横流しなのか、実は国が承知のことだという報道もあったようだ。

 今まではここまで困ると韓国が支援せざるを得ないために必ずパイプがつながったものだが今回はその動きがまだ無い。それで「困っている」というアピールを始めたのではないだろうか。援助すれば金政権の手柄になるし、しなければ北朝鮮の国民が困窮すると云う状況だ。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・崋山①

 臨潼に宿泊した夜から雨が降り止まず、西岳廟に着いた日に、雨はしばらくやんだものの崋山はついにその顔を現さなかった。嗚呼私はついに崋山を見ることができないのか。この夜、絶望して寝た。明ければ十月十三日午前六時、廟門を出ると、見よ突兀と五千仞(仞は周の時代の長さの単位・八尺)、まえにたちはだかり、三峰がそばだって並び、その形は蓮の花のようだ。その名が崋山というのももっともであると思う。今その勇姿を仰げば、奇絶妙絶たとえるものがない。しいてその類いを求めれば、日本の妙義の三山に似て更に一層雄大である。夢にまで見た雄偉な山の姿を仰いで、今まさにこれに登ろうとしている。天下の一大快事と云わなければならない。天の神も私の気持ちを哀れんでくれたのか、山霊も私の願いを容れてくれて雲霧を排してその優麗な峰のようすを仰ぐことが出来たではないか。大急ぎで裾野を南に行く。所々に石があり、崋山路在西の五字を刻してある。小河を渡り十五里ほど行くと太素宮に到着する。その南一町ばかりで玉泉院がある。院は山麓にあり、竹藪や林があって、玉泉が滾々と廊を廻って流れ、所々に見晴台の四阿があり、極めて閑雅、リスが二匹石の上で遊び、私たちを見て樹上に隠れた。希夷洞天(きいとうてん)があり、洞中に陳希夷先生が肘を曲げて枕として静かに眠っている臥像を置いてある。その長さはおよそ四尺、万暦年間に造られた。石上に題字が多く、内に宋人の書がある。院情には西太后御筆道崇精妙及び光緒帝御筆古松万年の扁額を掲げている。

2012年6月28日 (木)

中国ウオッチ・子供のけんか

 中国広東省中山市のある村で村の13歳の子供と重慶市からやってきた15歳の子供がケンカをした。この子供のケンカに村の大人3人が加勢して15歳の少年を暴行した。15歳の少年はこれが不服で(当然だろう)他の地区から来た大人たちに訴えた。するとなんと300人が村に押しかけ、村役場で抗議行動を行う事態となった。少年に暴行を加えた村民の謝罪と逮捕を要求したのだ。

 この騒動に警察が出動、鎮圧に乗り出し、事態は収まったというニュースがあった。

 ところが事態は収まっておらず、中山市内に四川省からの出稼ぎの労働者数万人が集まり、パトカーや公共物を破壊して騒いでいるという。当局はこれに対して1万人の武装警官を出動させたそうだがその後の状況が明らかではない。

 この情報はインターネットでは遮断されて検索できなくなっている。
中国はどんなきっかけでも発火しかねないほど一触即発になっているようだ。何せきっかけは子供のケンカだ。ちなみに中山市と重慶市は遠く離れている。中山はそもそも孫文の号、孫文はこの地方の生まれであり、それにちなんで町の名前が中山となった。拠って中山は中国革命の発祥の地とも言える。

映画「アイガー・サンクション」1975年アメリカ

 監督主演・クリント・イーストウッド、出演・ジョージ・ケネディ、ヴォネッタ・マッギー、原作・トレヴェニアン。

 原作者のトレヴェニアンはいわゆる覆面作家で寡作ながらベストセラーをいくつも書いている。初めて読んだのは「シブミ」と云う不思議な小説で、これは傑作だった。その続編に当たる映画が最近作られたはずだが、題を知らない。シブミは渋み、日本語だ。わび、さびの意味である。

 この映画は山岳スパイ映画と云われているが、スパイと云うより組織に属した暗殺者(表の仕事は大学教授)が主人公のサスペンス映画だ。アイガー北壁の登山がクライマックスだがこれは後半4分の1に過ぎない。しかしその登山のシーンは迫力満点である。

 この映画は一度大昔に見ているのだがあまり覚えていなかった。おかげでほとんど初めて見た気分で見ることができた。それだけ印象が薄かったと云うことか。ちょっと映画としては古くなったかも知れない。

映画「愛の運命~暴風前夜~」2010年韓国映画

 子供には見せられない恋愛映画。

 ホントに韓国の女優さんは美人だ。ヒロインのミア役のファン・ウスレも、笑顔も憂い顔もともに美しい。

 妻殺しの濡れ衣で服役中の男(主人公のイム・スイン)と恋人の殺人の罪をかぶって服役したエイズの男(サンビョン・手品師)とが刑務所ですれ違い、スインはあえてサンビョンの血液を自分に入れることでエイズ患者になって病院に入り、脱獄のチャンスをうかがうことになる。

 脱獄に成功したスインは、必死で真犯人を追う。血液感染でのエイズ患者は最短で3年の余命と告げられているから時間が無いのだ。ついに真犯人を追い詰めるが真犯人は自死してしまう。潔白を証明する手立てを失い途方に暮れたスインは、サンビョンから頼まれた元恋人のようすを見るためにミアを尋ねる。

 エイズのサンビョンと関係していたミアは当然エイズに感染している。追われるスインとミアとの関係が、恋愛映画としての本筋となる。

 ラストの、紙吹雪の中に姿を消すミアに「俺だってそのくらい出来る」と足を踏み出すスインの姿がストップモーションでジ・エンドなのだが余韻の残るいいラストだ。
 この映画の出だしの部分、ミアがなぜ殺人を犯すに到るかが描かれているが、かなりショッキングだ。
 ここでこの映画のテンポをつかまないと最後まで見る気にならないかも知れない。ちょっと外しそうになったので一言。

中国ウオッチ・世界遺産はゴミの山

 四川省チベット自治区の世界遺産、四姑娘山の四つの峰の内の「大峰」(大姑娘山5025m)は登山者による環境汚染が広がっていると報じられた。記者が登山協会の職員と同行してみた大峰のベースキャンプとその周辺は大量のゴミが散乱し、渓流にはビニール袋やペットボトルが浮いていた。キャンプの中はヤクの糞であふれ、簡易ベッドの上には食べ残しのカップ麵や飲み物の入った缶、さらにはヤクのものではない排泄物まであった。

 四川省の登山協会には大峰キャンプ場が巨大なゴミ捨て場と化していると云う通報が次々に寄せられているという。世界で最も汚れたキャンプ場だと評判になってしまった。

 このような事態になってしまった理由について、記事では、管理体制の不備と法的規制の欠如、登山者の環境保護意識の低さがあるとの専門家の意見を載せている。

 確か富士山が世界遺産に認定されないのはゴミが多いからだと云うことだったが、まさか排泄物の山はあるまい。

 ところで中国の「管理体制の不備と法的規制の欠如」というのはそこら中で見られる現象のようだ。しばしば中国は法治国家ではなく、人治国家だと云われるが、その人の意識のレベルが低ければ、それはただの無法国家と云うことだ。中国の未来は明るい。

中国ウオッチ・帰省の義務化

 中国で開催中の全国人民代表大会の委員会で、年老いた親と離れて暮らす子供に定期的に帰省するよう義務づける「高齢者権益保障法」改正案の議論が進んでいるという。老人の孤独死などの問題を解消するためと云うことらしい。
 これに対し、自発的であるべき親孝行を法律で規定するのは如何か、と云う批判もあると云う。

 中国人が拝金主義の傾向が強くなったのは近年のことではない。長い厳しい歴史の中で生き抜くために身についた性質だと思う。
 しかしそれではあまりに即物的になることも心ある人たちには分かっていたから、儒教思想がそのコントロールとして働くように用いられてきたのだろう。その仁義や礼儀の思想は中国人の自発的なものではなく、そもそもそれとは極北にある性格であるからこそ必要だと考えられたのである。だからその精神を見失い、形式主義に陥る事態がたびたび起こったのだろう。

 それから考えれば、儒教的な生活意識が文化大革命以後どんどん引きはがされていけば、かすかに残った精神的な美点も失い、もとの拝金主義だけが露呈するのは当然だろう。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・驪山②

 今の行台は光緒年間に修理されたばかりである。庚子の乱(義和団の乱)に西太后がこれを避けて西安に御幸したときに行宮を設けた。園の中には柏陰軒、飛虹橋、薬王洞、老姥殿(ろうぼでん)等がある。樹上には鳥が鳴き、池には魚が遊んでいる。驪山は全山が赭土、当時繍嶺(しゅうれい)と云われた面影は見る由も無い。明の遺臣朱舜水が扶桑(ここでは日本のこと)に来たときに箱根に遊び、その景色を賞して、勝驪山と称したという。いかにもこの驪山は景勝地ではあるが、とうてい箱根とは比較にならない。それでも山腹に登れば秦川歴々(しんせんれきれき・秦川は秦嶺以北の平原を云う、歴々は明らかであること)として煙樹鬱蒼、関中にいても滅多に見られない好景である。州の幽王が烽火を挙げて褒姒(ほうじ)の一笑を買い、ついに家国を失った烽火台の趾と称するものが今も驪山の頂上に残っていると云うけれど行かなかった。
 稀代の英傑、秦の始皇帝の陵は臨潼の東十里にあり、東門を出て行くばくもなく小流を渡り、大路から折れて南に行き、また東に数里ほど行くと到達する。その地は驪山を背景に渭水を控え、すこぶる形勝の地である。陵は方錐形をしていて、高さ約十丈、方は百数十間あるだろうか。十月十日これを弔う。悲雨が蕭々としてこのために衣の袂は濡れてしまった。

2012年6月27日 (水)

夢枕獏著「大帝の剣 5」(エンターブレイン)

 第五巻を読み終わってしまった。

 これでこの話はおしまい。最後は神と仏の話になるんだよ。そして多分そのテーマはこのあいだNHKBSでやっていた巨大ブラックホールの話なんだ。

 宇宙の始まりであるビッグバンとブラックホールが関係しているのかも知れない。これについては私にも独自の考えがあるのだけれど、説明するとちょっとアブないおじいさんと思われそうなので控えている。
 それを堂々と物語にしてしまうのだから夢枕獏って凄い。もちろん彼の物語と私のとは違うけど。私も一度物語にしたいと若いときには思ったけどその力が無いのが残念だ。

 でも四百頁を超えた本を一気に二冊立て続けに読んだから今日はちょっと疲れた。ブログのネタも湧いてこないので今日はこれまで。
 明日は映画をたっぷり見よう。

夢枕獏著「大帝の剣 4」(エンターブレイン)

 この「大帝の剣」は第1~3巻が数年前に発行されてから続編が待たれていた。このたび第4巻と第5巻とが同時発売となった。物語はこれでめでたく完結したと帯にある。著者は俺だって完結させるときはある、と胸を張っているようだ。まことに夢枕獏は未完のストーリーをいくつ抱えていることだろう(まさか小栗虫太郎や国枝史郎を気取っているわけではあるまいが)。著者も読者も分からないくらいになっている。

 と云うわけでもちろん二冊購入し、本日第4巻を一気に読了した。
 
 物語は半村良の「妖星伝」に似ていると共にこの巻では光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」の様相も呈してきた。何しろシッダールタまで出てきたのだ。おまけにオリハルコンにガブリエルだ。

 こんな話、大好き! 作者と読書の空想力の戦いみたいなもので、この物語をちゃんとまとまりのあるものとして受け止められる自分がうれしい、なんて思わせてくれるところがある。

 「大帝の剣」は阿部寛が主人公の万源九郎役を演じて怪演していたのを見た人もいるであろう。だけどあの映画を見た人で物語がこんな展開をしていくと思った人はどれだけあっただろうか。

 続けてすぐ第五巻を読んでしまおうか、もったいないような気もするし・・・。

すでに破綻していた?

 今回の消費税法案反対に関する民主党内のごたごたが昨日からマスコミでおもしろおかしく報道されている。
 見ていて一番変だと思えるのが、反対票を投じた鳩山さんが平然と党内に留まるという意思を表明していることだ。今朝、鳩山派の川内氏も党内に留まるのが当然と語っている。小沢派は皆離党を覚悟して反対票を投じたように見えるのに全く違う。
 鳩山さんは金づるの自分を民主党は切ることなど出来ない、と確信しているように見える。多分反対票を投ずるかどうか迷っていた人を最後に後押ししたのはこの鳩山さんの確信ではないか。

 原点に帰れば、国民の多数が民主党に票を投じたのは、民主党が無駄を省けば国の借金を減らすことが出来て、公務員の数を減らし、予算も健全化させると約束したからに他ならない。
 しかしふたを開けてみれば約束したことはほんの一部しか出来ず、何も決められない、何も事態が進まないと云うお粗末が露呈した。
 多分国民はそのていたらくを見て民主党に失望し、政治そのものに失望した。

 だから今回民主党で今回の反対票を投じた人々が、民主党のマニフェストに反するから、と声高に言うのは私から見たらおかしい。
 マニフェストを真剣に推進することもせず(したつもりかも知れないがしたように見えない)このようなていたらくにした責任を自分自身に問うこともせずに誰かが悪いかのように言う態度は如何かと思う。

 その最も大きな責任を負うべき鳩山氏が自分の党の決定事項に反対するのは論理的におかしい。その上平然と党に留まると云うのは政治家以前に人間として不見識ではないか。

 民主党が立ち直るチャンスはあった。あの大震災の時に政治主導で的確に迅速に手を打てば国民の支持は大きく回復しただろう。ところがどうだったか。復興のための委員会を26?だか乱立させて誰が責任者か訳が分からないようにして、具体的な補助金の配分も遅れに遅れて被災者を苦しめだけのように見えた。ここでも国民は大きく失望した。

 民主党はすでに二度破綻している。しかもそれに気づきもせず、その責任は自分以外にあると思う人たちが烏合の衆のように集まっていただけだったと云うことが今回のドタバタで改めて露呈した。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・驪山①

0069華清地に楊貴妃。

 長安に二旬居たあと、十月九日初めて帰東の路につく。華清地で温泉に浸かり、崋山に登り、雨の中を殽函(こうかん)を越え、十月二十一日に洛陽に到着した。この間は全て来たときの路を辿ったので、重複したくないので省略するが、二、三だけ簡単に記す。
 西安を出発して覇橋を渡り、蕭条とした残柳をの間を過ぎ、五十里で臨潼に到着。西門を入り、南門を出ると牌楼があり、大地陽春と題している。槐と柳が枝を交える下を通り過ぎて行台(こうだい・ここでは楼)に入る。ここが唐の華清地趾で、驪山の陰にあり、温泉が湧出する。白楽天は詠じて、

  春寒賜浴華清地、温泉水滑洗凝脂、

といったが、禍之楊貴妃が入浴したところは香湯(シャンタン)と称して今も残っている。浴場は全て石畳で、縦三丈横二丈ばかりあり、楼閣をその上に設けて仏を安置している。扁額があり、題して華清地上夕佳楼と云う。題名碑の三、四片はその壁中に残っているが、宋人の題詩はことごとく外に移されて壁中にはめ込まれている。内に治平乙未、新たに刻した唐の張説の温泉箴(しん・いましめまたは教訓)がある。平素は門を閉ざしてみだりに入浴を禁じているけれども、官吏がこの地を往来するときや外国人は行台に泊まってこれに入浴することが黙認されている。温泉は無色無味だけれどかすかに硫黄のにおいがあり、礎石二つには花の形が彫られていて唐代のものだと云う。香湯のほか、室内に湯を引き入れている部屋が三箇所、また別に御湯と称するものがあって、康煕帝が入浴したところである。一般の人民はその下流で入浴する。この流れが畑に注ぐ辺りは瓜が早く実るのだという。いわゆる二月の瓜を勧めしは、あえて驕奢にあらずという(時季外れの希少品は贅沢であるがここではそうではない、と云う意味か)。 

1010_182楊貴妃の入った風呂。

1010_184_2楊貴妃が入浴後月を見ながら髪を乾かしたという高殿。

2012年6月26日 (火)

テレビ番組から

「世界ふれあい町歩き」
 中国の路の名前の響きが好きである。ペイルー(北路)、ナンルー(南路)、ドンルー(東路)、シールー(西路)など。
 世界ふれあい町歩きと云う番組(好きな人は知っているし見ているでしょう)で「上海・四川北路界わい」と「上海・南京路(ナンキンルー)界わい」を見た(NHKBSを録画)。
 どちらの界わいも実際に一度と無く歩いたのでなつかしい。この番組は実際に裏町をカメラを持って歩いている雰囲気なので本当にそこにいる気分にさせてくれる。私はもちろん中国を始め、アジアの町が好きだが、アメリカやヨーロッパが好きな人もいるだろうし、アフリカや南米が好きな人もいるだろう。それぞれ好みの地域だけでもいままで見ていなかった人は見ると良いと思う。地上波で再放送しているときもあるようだ。
 関連して自分で歩いたときのその界わいの写真を掲載します。

Photo夜の黄蒲江。蒲東の新市街を望む。この後に時計台、その近くから南京路が始まる。

Photo_2外灘の時計台。

Photo_4夜の南京路。

Photo_5黄蒲江の支流、蘇州河。この左手で黄蒲江に注ぎ込む。右手方向が四川北路。

Photo_6四川北路。

Photo_8四川北路裏町。

Photo_9裏町寸景。

「強力犯~ソウル江南警察署~」韓国ドラマ
 WOWWOWで毎週二話ずつ全十六話が放映された。これを録画しておいたので見始めた。一話から三話までを先ず見たが、期待通り面白い。一話ずつ簡潔ではなく、全体を通してのストーリーがあり、それに個別の事件が被さって、しかもいいところで次の回に結末が送られていく。ただ韓国ドラマ独特の過剰におふざけのキャラクターがお約束のように出てくるがそこの所は何となくなじみにくい。
続きを見るのが楽しみだが一話が70分もあり、疲れる。

中国ウオッチ・場所が違う

 フィリピン漁船が沈没して一人が死亡し、四人が行方不明となった。これをフィリピンの新聞が一斉に書き立て、係争中のスカボロー礁で中国漁船に当て逃げされた、と報じた。助かった漁船の乗組員が当て逃げした船が中国の船のように見えたと証言したからだ。
 これに対して中国側は事実をまだ確認していない段階で不用意なことを言うな、とクレームをつけた。中国側の確認では一切そういう事実がないと自信があるようであった。

 その後のフィリピン沿岸警備艇の発表によると、フィリピン漁船が沈没したのはスカボロー礁ではなく、そこから140海里離れた海域であったこと、当てた船には「Hong Kong」と書かれていたこと、漁船の乗組員を救出しなかったことを明らかにした。

 事故のいきさつが分からないが、フィリピンの新聞の過剰反応による誤報と、当て逃げした香港の船(?)とどちらが罪が重いのだろう。
 スカボロー礁での中国とフィリピンのにらみ合いは未だに続いているようである。まあ交代で出張れば良いので果てしなく続くのだろう。

中国ウオッチ・災害

 日本と同様中国でも地震や大雨などの自然災害が近年多いようである。更に旱魃まであちこちで起きている。

 24日には四川省と雲南省の境目辺りでマグニチュード5.7の地震が起きて、4人死亡、22人重傷、倒壊家屋は3800棟以上、被災者は7万人以上とみられる。マグニチュード5.7と云えば日本ではたいした地震ではない。直下の浅いところで起きても震度5弱程度ではないか。建物の構造上の問題でもあるのだろうか。マグニチュードの絶対値は同じはずだが。

 また先週末から中国南部では豪雨が続き、広西チワン族自治区、福建省、広東省などの42河川が氾濫して11人死亡、71万人が被災したという。今週も西南部で豪雨予想が出ており、被害は更に拡大しそうである。

 雲南省では旱魃の知らせがずっと続いていたが、5月くらいからあの地区は雨期に入るはずである。雨期に入るのが遅いとは言えもう雨は降り出しているのだろうか。

 このような自然災害は時に社会不安を増幅するきっかけになることがある。古来中国はこのような自然災害により、食料生産が滞ったときに騒乱が発生し、人口が調整されてきた。国の人口が半分になったとか、三分の一になったとか云う恐るべき記録もある。毛沢東時代にも人災の側面が大きかったとは言え、飢餓だけで4000万人くらい死んだと云われる。

 中国は日本以上にユーロの動揺の経済的影響が大きい。中国は最低6~7%以上の経済成長を続けないと体制が持たないと云われている。経済停滞と自然災害が連動したりすると社会不安が増大して歴史的な転換が起こらないとは限らない。その影響は日本にも及ぶはずで、対岸の火事というわけにはいかないだろう。考えすぎだろうか。

 予言は言うだけ云って当たったときに自慢すれば良い。外れてもみんな忘れている(たいていのコメンテーターや学者に倣って)。

矢月秀作著「もぐら」(中公文庫)

 暴力団やチンピラに対して個人は非力である。日本唯一の公認暴力団(などと云っては命がけで日々努力されている方々に申し訳ないが)である警察が組織を背景として対処するしかないのが実情である。
 その警察をドロップアウトした主人公が、警察という背景なしに(若干はお目こぼしに預かっているが)単身でその暴力団やチンピラをこてんぱんにしていくという話であるから痛快である。
 撃たれたり切られたり刺されたりすれば血が出る生身ではあるが、不死身のように立ち上がり、また戦いの場に飛び込んでいく。ついには数十人を相手に大立ち回りをして敵の首魁を倒す、となると間違いなくスーパーマンである。

 ここまで現実離れしてくると暴力礼賛などという議論の程度をはるかに飛び越しているので、ストレス発散のお薬みたいなものとして単純に楽しめば良いだろう。この本を風呂に浸かりながら読んでいたら(よく風呂で本を読む)面白くて一気に読んでしまった。気がついたら三時間以上風呂に浸かっていた。水分が抜けて二キロ以上体重が減っていた。出てから冷たいものをがぶがぶ飲んだからすぐ元通りだけれど。

 すでに続編「もくら 讐」の出版が準備されているようである。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・再入長安

 十月四日午前5時半、店張駅を出発する。霧が立ちこめて全く展望がきかない。九時半に咸陽に到着、渭水を渡る頃にようやく霧が晴れた。船上から顧みて畢原の諸陵を指さし、尋ね廻ったあのときのことを想う。午後四時半、西安参府巷鈴木氏の家に帰着する。行程九十里。
 この夜、足立氏を訪ねた。氏の云うことには、ある外国人が崇仁寺の大秦景教流行中国碑を持ち去ろうと計画したとのことで、不用心だということになり、衆議の結果これを碑林に移そうと云うことになったそうだ。私たちが帰路に西関で碑の下の亀趺(きふ・石碑の台になっている亀の形をした台座、玄武だともいう)を運んでいるのを見たのはこれであったようだ。その後十月六日、三度目に碑林を見たときにはこの碑はすでに持ち込まれていて、ある房に立てようとするところであった。これについて尋ねるとまさに一昨日持ってきたばかりだという。その顛末は桑原君が「芸文」に発表しているから、今は繰り返しになるのでやめる。

*亀趺の移設について同行の桑原博士の「考史游記」によれば、十月四日にこれを西関外で運搬しているのを見ていぶかしく思ったという記述がある。あとで聞くとこれを奪って大英博物館に売り払おうという計画があったらしく、急遽碑林に避難させたようだ。この外国人というのも後日香港デイリーニュースに報道があり、いきさつが簡単に書かれている。詳しいものは「芸文」に載っているのだろう。
**亀趺についても記述がある。贔屓(ひき)または鼇坐(ごうざ)ともいう。「贔屓は大亀の属で重いものを背負うのを好む、亀趺はその形にかたどる」と云うことが「玉篇」から引用されている。ひいきと云う言葉は贔負と書く。人に和附助力することをいう、その人を負載すればなり、と註がついている。

2012年6月25日 (月)

大失敗

 たびたび同じような話で申し訳ないが、フィルムをスキャンしてその写真をデジタル化している。カラー5000コマあまりを一ヶ月ほどかけて終了し、モノクロのスキャンを始めていた。それが1000コマほど終わったところで(約半分くらいか)データを丁寧にチェックして愕然とした。モノクロ用のスキャンの設定に間違いがあり、極めて不完全なデータになっていたのだ。大失敗、やり直すしかない。
 普通このようなときには怒りが爆発するか、徒労感にうちひしがれてかなりまいるのだが、不思議なことに今回はあっさりとあきらめた。なんと全部で5ギガ近いデータを全て消去(ホントにあっさりとデータは消滅した)して一からやり直しを開始している。歳をとって人間が出来てきたのだろうか。自分でもびっくりだ。まあ時間だけはたっぷりあるから良いか。

 暇つぶしは出来るし金はかからないし学生時代の懐かしい友達の顔を久しぶりに見ることが出来たりで良いのだが、運動不足のせいか、再び体重が増加してしまった。来週は定期検診だ。またあの生活指導の先生にお小言をいただくと思うと気が重い。ちょっと酒を控えて食事も少なくしよう。これをやると一時的には先生との約束体重目標をクリアするけれどリバウンドがきついんだ。

佐伯泰英著「秋思ノ人」(双葉文庫)

 ご存じ居眠り磐音 江戸双紙・第三十九巻である(凄いな)。前回で、坂崎磐音は久方ぶりに江戸へ戻った。この回では、将軍家御側御用取次と云う要職にあったのに、宿敵の田沼意次、意知親子によって甲府勤番支配に左遷されていた速水左近が再び幕府の要職である奏者番に返り咲き、江戸に戻ってくることになる。この奏者番という役職は田沼意知と同格である。これを阻止したい田沼親子は甲府から江戸への道筋で速水左近を暗殺しようと企てる。
 もちろん磐音もそのための手配を考えていたのだが、田沼たちの陰謀で、速水左近の出立が三日早まり、敵に先手を打たれることになってしまう。前に敵、後に敵、そして迂回して回避しようとした道にも敵は待ち伏せていた。はたして・・・。

 速水左近は磐音の妻・おこんの養父である。町人の出であるおこんを武家に嫁がせるため、速水左近がおこんを養女としたのだ。
 今回は速水左近まで江戸に戻ったことで、今まで一方的に田沼親子に追われてきた者達がついに反撃に転ずるターニングポイントとなる回である。

 ああ次の回が待ち遠しい。

中国ウオッチ・レアアースの価格

 中国国務院によれば「現在レアアースの価格は著しくその価値とかけ離れており、資源の希少性が妥当に反映されていない。環境コストを度外視した価格がつけられて、金に匹敵する値打ちのものを白菜の価格で売ってきた」という。

 レアアースの価格は急上昇している上に中国が出荷制限をしているためにそれを必要とする各国の産業界は困っている。現在世界の80%以上が中国産だからだ。

 だが中国当局の言い分はおかしい。中国のレアアースの埋蔵量は世界の三分の一ほどなのになぜ80%以上のシェアを持っているのか。もともとレアアースはアメリカやカナダなど世界中で産出していた。しかし中国の言うとおり、環境汚染物質が大量に出るので環境対策コストがどうしてもかかる。それに対して中国はそれを無視して廃棄物垂れ流しのまま生産するから価格的に中国には太刀打ちできずにほとんどの国がその事業から撤退してしまい、工場は止まったままになってしまった。
 中国が意図的かどうかにかかわらず、その価格により他の国のその産業をつぶして寡占体制になったのだ。
 高騰したままの価格なら再度事業を復活させても採算に合う可能性が出てきたのだが、稼働には少なくとも3年くらいかかるという。
 しかし日本を始め多くの国が出資して中国以外での生産を再開するよう準備中である。また日本国内でも一部のレアアースの鉱脈が発見されている。そしてそれらの国ではもし中国が対抗上再度値段を下げてきてもよほどのことがなければまた中国の寡占体制に戻るつもりはない。
 それほど中国の一方的なやり方に嫌気がさしてしまったのだ。
 
 中国もレアアース生産に伴う深刻な環境汚染を無視できなくなった。その対策を(不十分ながら)やらざるを得ないだろう。

 中国はこのことに関しては被害者では断じてない。世界に対して、そして自国民に対しても加害者であった。その自覚がないまま泣き言を言っても誰も聞く者はいない。

 このニュースに先駆けて、日本とベトナムが共同でレアアースの研究技術センターをベトナムに設立したとのニュースが報道された。
 ベトナムのレアアースの埋蔵量は世界有数とみられているが、含有率がやや低いことや環境汚染対策の技術の後れからその生産が実用化していなかったが、このセンターの設立により日本の先進技術を導入することで、純度の向上、環境対策が可能になる。
 ベトナム側はこれで実際の生産が可能になれば日本に輸出できるようになる、と期待しているという。

 ベトナムがんばれ、と思う。

 

反対

 鳩山元総理が消費税法案に反対を表明した。「棄権では国民に対して反対を表明したことにならないでしょう。反対票を投じます」と言明していた。
 本当に反対するだろうか。今までの言動から考えて土壇場で棄権程度に態度を豹変するような気がする。
 しかし民主党にとっては反対してくれて除名にした方がずっと良いのではないか。
 鳩山由紀夫という人は自分が金を出して民主党を作ったと本心で思っているところが見える。自分がどんなに変節しても自分が世界の中心だから、変動しているのは世界であって自分ではない、と本気で思っている人だ。このような人とは離れないとその毒がうつる。言葉にリアリティのない政治家など化け物でしかない。

 ところで今回の消費税法案に対しては、小沢一郎の言い分は正論だ。だがどうしてもその正論を支持する気にならないのはなぜなのだろう。反対をしたことをアリバイ工作にして、選挙に有利にしようという思惑が見え見えだからだ。そもそも民主党のマニフェストというのが空理空論に終わりつつある中で、それに反するから反対、と云うのもおかしな話だ。それならなぜマニフェストを実行するために全力で努力しなかったのだ。マニフェストの足を引っ張っていたとは言わないが、脇で冷笑しているようにしか見えなかったのは私の勘違いか。小沢一郎には、民主党にはマニフェストが実行不能だ、と最初から分かっていたとしか思えない。
 
 離党して新党を作ったとしても展望があるとは思えないから、小沢一郎もあまりの民主党の無様(ぶざま)さに投了の場所を求めているということなのかも知れない。それが分からずに(分かっていても)身投げに同調する一年生議員を中心とした議員たちの法案反対の本当の理由は金だろう。選挙の仕方も分からず金もないとなれば金をくれて選挙の仕方を教えてもらえる人について行くしかないのだろう。もともと独り立ちする能力の無い、本来なら泡沫候補だった人たちだった。

医療保険制度

 アメリカの医療保険は個人が保険会社と契約するものしかなかった。保険金を払うことが出来ないか、払いたくない人が4600万人もいて、その人たちは実際に病気になったとき、支払い能力か無くて医療を受けられない。この問題を解決するため、公的な保険制度を導入して国民皆保険を目指しているのがオバマ大統領だ。オバマ大統領の公約の筆頭にあげられている政策で、大統領はは日本の国民健康保険制度を参考にしたといわれる。

 ところが、今朝のニュースによるとこれに猛反対して、制度を撤廃するよう働きかけているのが共和党だ。そのスローガンが「アメリカ国民の自由を守れ」である。大勢の人たちがプラカードを掲げてデモをしていた。
 ニュースでは、高額の保険料が払えなくて個人の保険に入れず苦しんでいた病気の女性が、公的保険の導入で少額の保険を支払うことで保険の適用を受けて救われた例が取り上げられていた。ところが同じように高額の薬代を払っているにもかかわらず、アメリカの自由のために公的保険に絶対反対、と語る女性も紹介されていた。

 公的保険が当たり前の日本にいる私にはなぜ公的保険の制度が個人の自由の侵害に当たるのか理解できない。最初は公的保険料を払いたくない人の言い分かと思ったが、もしかすると、と思い当たった。
 今まで個人は保険会社と契約して医療の支払いに充てていた。しかし公的保険が実施されたために、保険会社はその保険契約を失ったのではないか。保険会社がその利権を取り戻すためのうたい文句が「アメリカ人の自由」なのではないだろうか。

 アメリカはどこの国より自己責任という考えが強い国なのかも知れない。公的年金と云う制度は、アメリカ人にとって自分が払った保険金を他人が使うように感じられること、そのことが我慢ならないのではないだろうか。その考えと保険会社の思惑と共和党の打倒オバマの政治的思惑が合流したのがこのニュースの背景なのではないかと思い至って得心した。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・昭陵②

 陵に拝謁して帰路に就き、陪葬諸臣の内その主なものだけでも見ようと思い、石の博士が「時事新報」文芸週報第六十二号に載せられた図を参考に山を下りて東に行き、先ず房玄齢(ぼうげんれい)墓を見る。唐の時代の碑と畢沅の立てた碑がある。その東の温彦博(おんげんはく)の墓に至れば、神道には石羊一対、石獅二対が半ば土中に埋もれている。同じく唐の時代の碑と畢沅の立てた碑がある。そのさらに東は李靖の墓で三つの山が並んでいる。神道の右に石人一、石羊二があり、唐時代の碑と畢沅の立てた碑がある。ここから南に向かい、褚亮の墓に拝謁して、次に孔穎達(くえいたつ)の墓に至る。唐時代の碑は半ば埋没していたのを発掘してある。これは先に本願寺法主(ほっす)がここに来たときに発掘したものだという。畢沅の立てた碑はいくつにも折れていてその二片が残っている。その南には阿志那忠(あしなちゅう)、張允(ちょういん)及び房仁祐(ぼうじんゆう)の墓を見て、李勣(りせき)の墓に至る。冢は三山が並んで立ち、規模が最も大きい。唐の時代の碑は高宗御製及び御書で、儀鳳二年十月に立てられた。題して大唐故司空上柱国贈退位英貞武公碑と云い、高さ二丈二尺、広さ五尺八寸五分ある。唐の碑の文字はほとんどは毀損して読めないが、この碑の上の部分の手の届かないところだけほとんど完全な形で残っている。碑陰に宋の元祐四年、奉議郎游師雄の題字がある。その文によれば冢は昭陵の北山麓をへだてること八里、南は醴泉を去ること三十里、冢の高さ七十五尺、東西七十五歩周囲二百歩とある。
 陪葬の数は諸説異同があって、そのいずれが是であるか分からない。そのうちで今判明しているものは極めて少ない。はるかに展望すれば、冢前に唐の碑の残っているものだけでも十あまりあるけれども、一日ではとても詳しく尋ねることが出来ない。芽を出して青畳のような麦畑の中を東奔西走して、朝から飲まず食わず、ようやく疲労を覚えたので、その他はことごとく割愛して鎮に帰る。時に午後二時。卵を昼食代わりに食べてから、行って石鼓を見る。鎮の名はこの石鼓があることに拠る。鼓の径五尺、高さ四尺、台と合わせると一丈あまりある。鼓身には仏経を刻している。台は九面で各面に仏の立像を彫ってある。惜しいことに仏像の首はひとつ残らず人に持ち去られている。このあと馬車を促して午後三時、趙村を出発して南に三十里の店張(てんちょう)駅に到着し、玉盛店に宿をとった。時に午後六時四十分であった。

2012年6月24日 (日)

中嶋聡著「『新型うつ病』のデタラメ」(新潮新書)

 著者は正真正銘の臨床精神科の医者である。多分出版社がこのような題にしようと決めたのだろうが、このような題を良く著者として了解したものだとその勇気に敬服する。

 時宜を得た本である。この頃しばしば「新型うつ病」なるものを見聞きする。なぜそれがうつ病なのか専門家ではないので首をかしげるだけに終わっていることが多いが、どう考えても怠け病にしか見えないものに「新型うつ病」という診断名がついているらしいことに怒りを感じていたところであった。

 著者は「新型うつ病」なんて無い、とは一言も言っていない(ほとんど言っているのと同じだが)。だが、新型うつ病という曖昧な病気が認知されるとともに社会的にとんでもなく弊害が生じていることに警鐘を鳴らしている(具体的な例が詳しく書かれていて読めば怒りを抑えきれないはずだ)。

 私は心理学や精神病理学に砂上の楼閣のような危うさを感じているものである(これまでも繰り返しそう言ってきた)。だが身内に精神科の疾患者を持ち、医者の処方する薬が劇的に効果のあるのを見ていると、全くの絵空事の世界でないことも実感しているものである。
 だが犯罪者を精神病者として扱うが如き風潮や、ただ怠け者であるものを新型うつ病として正当化するような行為は、精神科の領域を広げて、さも精神科の商売がうまくいきそうに見えても、本来の精神科の役割を越えたことにより、反って信用をなくしてしまう事態になっていること、そして本当に救うべき疾患者を曖昧な世界に追い込んで、世界を混乱させてしまう責任はとてつもなく重い。

 世の中は自称うつ病患者で満ちている。その世の中がおかしいと思う人、自分はうつではないかとちょっと思っている人は是非この本を読んでみて欲しい。著者はとても努力して分かりやすくこの病気について説明している。実際はかなり精神科の病気というのは厳密で難解なものであるが、普通はこの本の程度の知識で十分であろう。そしてみんなで「新型うつ病」と称する怠け者を跋扈させないようにしよう。そのことが本当に病気で苦しんでいる人を救うことにつながるのだ。

出稼ぎ

 台湾メディアによると、韓流ブームに乗って韓国の若い女性モデルが台湾の売春市場を席巻しているそうだ。元々はその手の市場は地元女性で占められていたが、この半年で一変したという。

 韓国では有名女優やタレントが売春を強要されているという記事がたびたび報道されてきた。それを苦にして自殺した有名な俳優もいた。それこそタレントイコール高級コールガールとまで見られている面も無いわけではない。これが社会問題になり(社会問題になるのだからそのような事実が現にあると云うことでもある)、韓国の警察当局は売春の一斉摘発を行っている。そのため韓国のコールガールたちは大挙して海外へ出稼ぎに出かけている。

 アメリカでは再三の警告のあと、韓国マッサージ店などが一斉に摘発されて多数の検挙者を出している。またオーストラリアでも韓国売春婦の急増を社会問題として報道していた。そして一番韓国コールガールが押しかけているのが日本であることは以前取り上げた。
 そして台湾のこのニュースである。

 コールガールたちが自発的に行動しているわけではあるまい。当然それを取り仕切る大きな組織があるわけで、それが取り締まられない限りこのような韓国のうれしくない評判は続くことだろう。過去の慰安婦問題を騒ぐのも良いけれど先ずここから何とかしないと韓国の評判が落ちるぞ。

 それとも世界はお相手をしてくれる女性がいなくてお金で何とかしなければならない男が多くなっているのか(特に日本は)。彼らはその需要に応える社会貢献をしていることになるのだろうか。

Makotoさんへ

 Makotoさん「中国ウオッチ・尖閣購入の背景」の記事へのコメントをありがとうございます。

 中国や韓国(ばかりではありませんが)は嘘でも何百回も繰り返し主張すると、事実に転化することがあることを承知しています。世の中にはそれに惑わされて「そうかな」と思ってしまう人も多いのです。

 それが決して通用しないことをはっきりさせれば時間とエネルギーの無駄ですからやめることもあります。ただ尖閣については中国の利益になる部分が多すぎるから先ずやめないでしょうけれど。

 最もまずいのが曖昧な態度を続けてあたかも相手の言い分が正しいような雰囲気を醸成することでしょう。

 これからもコメントをよろしくお願いします。

深刻な旱魃

 北朝鮮では4月下旬以降、記録的な小雨が続いており、深刻な旱魃となっている。昨年も国民に十分な食料生産が出来ず、今年の作物が出来るまでどう凌ぐのか頭を抱えているときに、今年の作物の生産量に暗雲が立ちこめているところだ。

 こうなると外部から補助しなければならないが、今の状況では中国以外手をさしのべるところはない。その中国も食料援助の見返りに北朝鮮の資源をやりたい放題で簒奪しているように見える。北朝鮮は国家の資産を食いつぶし続け、ついには国民自身を食いつぶす状況になっているように見える。

 窮鼠猫を噛む、と云う。破れかぶれになった国家が何をするか、極めて危険な状況だろう。今月26日に北朝鮮で何かが起こるという噂が飛び交っている。噂だけで終われば良いが・・・。

兵馬俑

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兵馬俑の第一坑は巨大な体育館のような所だが、まだ半分程度しか発掘していない。兵馬俑も完全な形のものはほとんど無くて出土品の再生のために破片をパズルのように組み合わせているところだ。

最近のニュースでは残りの未発掘の場所の調査が始まったようだ。これは発掘された兵馬俑は彩色されたものが当時そのままに残っているのだが、空気に触れたとたんに変色して剥落してしまうと云う問題があった。これが中国とドイツの専門家チームにより褪色を防ぐ薬剤が開発されたので解決したからだという。顔は肌色やピンク、黄褐色に彩色されているという。

 まもなく兵馬俑が作られた当時(紀元前3世紀)のままに復元されたものを見ることができそうである。

万里の長城・八達嶺左側

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 1992年の秋に初めて中国へ行った。その時の万里の長城の写真です。フィルムに問題があって色が変だが、反って古い感じが出て面白い。右のけむりは狼煙。ときどきドーンという音ともに白煙が上がる。今は、やっていないと思う。八達嶺は右側と左側があるが、これは左側。一番うえまでかなり勾配がきつい。右側の方が距離も短く上りやすい。私は両方上っている。昔はこのきつい左側でもスイスイ上れたけれど今はもう上る気がしない。

 いつも観光客がたくさんいる。道路は良くなったし便利だが、観光客が多すぎて渋滞はひどいし、駐車場は満杯で入れない。だいたいここで北京観光の予定の時間が狂ってくる。

Img449これは右側。

勇姿

 学生時代の友達の妙な写真を公開してしまったので、名誉挽回のために彼の勇姿を見て貰います。

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やんちゃ坊主がそのまま大人になったような男だった。酒も強いし空手も強かった。試合で顔面を変形させて帰ってきても平然と笑いながら酒を飲んでいた。多分相手はもっと壊れていただろう。今どこの空の下どんな暮らしをしているだろうか。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・昭陵①

 昭陵は鎮の北二十里九峻山の山頂にある。九峻山は畢原の北方に連なる山脈の中、特に超然として山々の中で目立つ山で、その形はあたかも日本の富士山のようである。鎮より九峻山に行くには大小二つの道があり、大道ならば馬車で行けるけれど、紆余曲折四十里の路を行かなければならず、小道を行けばまっすぐ北に向かって二十里で到達するという。そこで馬車に掛けた道具を外して鞍も鐙もなしに乗って行くことにした。およそ五里で路の東に石碑の折れて横たわっているのがある。馬を止めてこれを見れば畢沅が立てた魏徴の墓碑であった。しかし墓はすでに畑になってしまってどこにあったのかも分からない。更に行くこと十余里、峰に入れば路は険しくなり、馬も進むことが出来なくなった。子でここに馬を乗り放ち、九峻山の南側から山腹づたいに西側に廻って北方に出れば、畢沅の立てた碑があり、題して、

  唐太宗昭陵

と云う。これより山頂に向かい進むこと二町、影壁(インピ)を廻って玄武門に到れば門の右傍らには雨期十一年に立てられた御祭祝門碑があり、門内にもまた左右に祭碑およそ十三あり、文字はほとんど摩滅して読むことが出来ない。ただその二つについて云えば、一つには康煕の二字があり、一つには乾隆十四年とある。その上は享殿でわずかにその礎だけが残っている。両廂は棟が落ちてただ四壁だけが残っている。太宗の愛馬六駿の石彫はその壁間にある。東西の両廂にそれぞれ三、疾駆しているものが三、立つものが三、いずれも一枚の石に浮き彫りにしたもので、唐朝の美術を窺うに足るものである。特に西久司の南東にある愛馬拳毛騧(けんもうか)の胸に中った矢を太宗が自ら抜いているところを彫刻したとされているものは、当時の服装の一端を見るべきもので、非常に面白い史料の一つである。見下ろせば渭水は畢原の彼方煙霞の中に隠見し、南山は翠黛の如し。東は涇水(けいすい)が布を敷くようで、西ははるかに五十里の外、梁山を望み、北は連山が波頭のようである。そうして陪葬諸臣の冢墓は、眼下三、四十里の間に散在する。気象がすこぶる雄大で、真に帝王の陵墓たるに恥じないと思う。  

2012年6月23日 (土)

思い出

フィルムをスキャンしてデジタル化して整理している。カラー写真はほとんど終了し、白黒写真の取り込みを開始、大学生時代の写真を懐かしく眺めている。四十数年前のことが昨日のことのように思い出された。

Img991米沢の冬は雪の中。つららも長いものは1.5m位になる。写真の主はJゾウと云う友達。空手部の副主将になった。

Img972



愛すべきJゾウは写真の通りのキャラクター。今どうしているのだろう。あり得ないけど、もし見てたらごめん。

沢木耕太郎著「ポーカー・フェイス」(新潮社)

 この人のエッセイは本物のプロのエッセイである。

 この中で特に心に残ったのは「マリーとメアリー」、「春にはならない」、「挽歌、ひとつ」。

 「マリーとメアリー」はカクテルのブラッディ・マリーにまつわる話。蘊蓄と、著者の交友の思い出が交錯する。久しぶりにカクテルが飲みたくなった。

 「春にはならない」は有名な、「氷が溶けたら何になる」という問題に皆が「水になる」と答えた中に一人だけ「春になる」と答えた生徒がいたと云う話だ。この答えに先生が×をつけたことに対して教育学者やマスコミがこぞってこのような自由な発想の生徒を間違いとして排除してしまう教育が間違っている、云々というやつだ。これには私も首をかしげるところがあったがこれに対して明快な解釈が下されている。興味がある人が多いと思うがその解釈はあえて紹介しない。私のブログを読むタイプの人はこの本を読んで得心する人が多いと思う。

 「挽歌、ひとつ」は縁のあった人との別れに際しての心残りのことなどを切々と語る。後悔しても相手がいなくなってしまえば取り返しがつかない。取り返しがつかないから悔いが深くなる。特に高峰秀子との関係についての部分が心に残る。高峰秀子については私にも別に語りたいことがあり、それだけにひとしおの思いがある。

曾野綾子著「働きたくない者は、食べてはならない」(WAC)

 この表題を見て、怒り出す人もいるかも知れない。ましてや曾野綾子にいささか反発するむきの人は特にそうだろう。だがこれは聖書にある言葉であって、曾野綾子はそれを引用しているだけである。それによく読んで欲しい、「働かない者は、食べてはならない」ではなくて「働きたくない者は、食べてはならない」である。そして働く、と云うことについて文中ではかなり広い意味で使っており、必ずしも収入を得ることのみを働くと云っているわけではない。怠け者は食べる資格がない、と云っているのである。病人でも老人でも子供でも、その人に出来ることがある。出来ることをすることが生きていると云うことであってそれを放棄してはいけませんよ、と云う意味なのだ。

 曾野綾子の等身大の目線からの、辛口のエッセイが大好きである。当たり前のことを言っているけれどその中になるほどそうか、と思わせてくれる言葉にたびたび出逢う。内田樹先生もよく言っていることだが、共感することをただ書いてある本をいくら読んでも意見が同じであることを確認するだけで得るものが無い。その考えの中に新しい見方、考え方が発見できて、なるほどそうか、と云う部分がなければ読む意味が無い。
 
 この本はいつもの曾野綾子の本より肩の力が抜けていて(いつもそれほど力一杯と云うほどでもないけれど)更に読みやすく分かりやすい。
 曾野綾子のエッセイを食わず嫌いでいた人は是非一度この本に目を通してみることをおすすめしたい。世の中をありのままに見つめながらそのもう一枚裏側まで見てきた著者の世界観が何となく分かるだろう。曾野綾子は意地悪婆さんを装う愛すべき女性である。

北朝鮮に云われたくない

 日本の自殺者の数は毎年3万人以上で、先進国の中でも特に多い。

 北朝鮮の労働新聞は「自殺者が多い国、日本」と題してこのことを取り上げた。経済大国を自慢する国で自殺がこれだけ多いのは資本主義に問題があると云う。日本の当局者は若い世代の自殺者が増加している理由としてストレスの影響や「うつ病」の増加などの健康問題としているが、この分析は間違っているそうだ。これは日本の反人民的な社会制度にあり、富益富、貧益貧(多分金持ちはますます金持ちに、貧しいものはますます貧しくなることのようだ)の腐った社会が人々を自殺に向かわせるのだそうだ。特に最近の失業率の高さは自殺と大きく関係しており、資本主義社会での失業は死を意味するものなのだという。自殺率の高さはその国の精神的堕落の指標だとまで云う。このような事実は資本主義が滅亡から免れないことを確証しているのだそうだ。

 失業率が自殺と相関しているのなら、日本よりアメリカの方が自殺が多いはずだ。イタリアやスペインは自殺者だらけになってしまう。若者の自殺は確かに増えているが、自殺者の年代で云えば五十代、六十代が圧倒的に多い。経済的な理由が多いだろうことは想像される。しかし経済的な理由を云えば今世界中が困難な状況であり、特に日本に自殺が多い理由にはならない。

 確かに「うつ病」が原因として取りざたされるが、それよりも日本人が他の国の人よりも性格がまじめだからではないかと思う(その性格がうつ病にもつながっているのではないか)。年代層から見ても、開き直ったり人のせいにするよりも自分の責任として背負い込んでしまうまじめさが自殺の理由の多くを占めているのではないだろうか。

 それにして北朝鮮に云われたくない。日本には餓死者はほとんどいない。日本の餓死者はある意味で自殺に近い。助かる方法がなかったとは云えないことが多いと思う。しかし北朝鮮は助かるチャンスのない餓死者がいるやに聞き及ぶ。その数も尋常でないという。

 北朝鮮がいくら日本の自殺者が多いことを取り上げて社会制度に問題があると騒ぎ立てたところで、北朝鮮の国民が救われることにはならない。北朝鮮で豊かな暮らしが出来ているごく一部の人たちの自己弁護に寄与するだけである。

 グローバリズムが普遍的な観念だと思われている間は、日本の熟年者の自殺が多い現状を一気に改善する方法は無いと思う。乱暴な言い方だが、日本人の平均給与と世界の平均給与が近い水準に収まるまで、つまり生活レベルのかなりの切り下げが進むまでは悲劇は続くだろう。

 今我々はみんなが貧しかった時代に戻りつつある。アメリカや中国も長い目で見れば同じ道を辿るだろう。本当のグローバリズムというのは世界の平均化だ。

コメントありがとう

 「株買い方」さん、「清国見聞録」の記事についてコメントをありがとうございます。もともと明治末年に書かれた宇野哲人博士の中国紀行文「清国文明記」を漢和辞典を引きながら読み直しているものです。

 面白いと云っていただいた乾陵の項は特に歯ごたえのあったところで、引用している漢文の解釈まで力が及ばず、不満足な部分です。おぼろげに意味は感じられますが、間違った解釈をするわけにもいかないのでそのままとしました。申し訳ありません。

 本の半ばは過ぎましたので年内には終わる予定です。毎日一頁前後を楽しみながら自分流に読み直しています。毎朝のことなので結構しんどいですが、飽きっぽい私にしては珍しく続けることが出来ています。見てくれる人が少しでもいると思うと励みになります。コメントをありがとうございました。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・石鼓趙鎮

 乾陵に詣でて帰ってくればすでに十時を過ぎている。車馬を急がせて醴泉に向かい、四十里ほどいって醴泉に到着、西関福昇に入る。もともとここに宿泊する予定であったが、山の下の石鼓趙鎮にも客舎はあると聞き、直ちに出発して車門を出た。路の南側に唐太宗祠と題した碑がある。しかしその祠は影も形もない。ここから路を東北方向にとり、行くこと二十里で小河を渡り、石鼓趙鎮に到着した。日はすでに没して物色を見分けることも出来ない。客舎は鎮の東端にただ一軒、客房もただ一室あるだけで、しかも坑(カン・坑はもともと穴のことだがこの場合は寝床の台)は半ば壊れて足の踏み場もない。主人が常住している部屋を掃除させてそちらに入る。室内は狭い上に水缸衣櫃(すいこういき・水缸は水がめ、衣櫃は衣を容れるふた付きの箱)などが雑然と並べてあり、椅子二脚を入れればあとは足の踏み場もなく、坑の上には私たち二人の床を延べる広さがない。

2012年6月22日 (金)

徳川園

 思ったより今日は天気が良い。昼過ぎに早速出かけることにした。そうだ徳川美術館に行こう。

 名古屋に30年近くいるのに徳川美術館に行ったことがない。母のお気に入りで、母は名古屋に来る度に出かけていた。

 運動不足だし、徳川美術館の横の徳川園も散策することにしよう。

120622_1徳川園大曽根側入り口。

120622_6黒門。

120622_7_2徳川美術館。

120622_36_2徳川園庭園の池。

 徳川園は木立の中を風が吹き抜けて心地よい。ただ庭園としては歩き慣れた兼六園などと較べるとかなり規模も小さいし格も落ちる。ここは有楽斎式の庭園だと云うが、犬山の有楽苑はすばらしかったのにだいぶ違う。

 徳川美術館は感激的にすばらしい。母が何度も足を運ぶわけだ。展示の仕方も雰囲気も、このような美術品の好きな人が楽しめるように出来ている。眺めていたらあっと今に閉館時間になった。

 今帰ってきてよく冷えたビールを飲むところだ。良いものを見て楽しんだあとは酒がうまい。

中国ウオッチ・メッタ刺しの自殺

 中国・河南省でメッタ刺しになった女子大生の死体が見つかった。

 これを警察は早々に自殺と断定して世論の非難を浴びている。

 死体が発見されたのは河南師範大学の教職員宿舎。脚に5箇所、首に8箇所の13箇所の刺し傷があり、首の刺し傷の一つが特に深く、致命傷になったとみられる。

 警察が自殺と断定したのは、試験のプレッシャーで精神的に追い詰められていたからと云うもの。しかし遺族は、性格の明るい子で、前日にも電話があり、いつもと変わらない様子だった、と自殺に対して否定的だ。

 自殺しようとする人間が自分の脚を刺したりするだろうか。ためらい傷にしてはあまりにも不自然である。

 ネットでは学校側にこの事件を隠蔽したい何かがあり、警察とグルになって自殺でうやむやに処理しようとしている、と云う意見が多いが、私も同感である。

 そもそも中国人は警察を信用していない。

中国ウオッチ・昆虫宴

 吉林省の吉林市の繁華街で観光美食祭が催された。
 中で目を引いたのが「昆虫宴」という看板を上げた屋台だった、と中国の新聞が取り上げていた。
串揚げ店なのだが、扱っているのはタランチュラやサソリ、ムカデにバッタを食材として串にして揚げている。
 ミャンマーからタランチュラを、タイからサソリを持ってきているそうだが「皆養殖物だから毒は大丈夫」なのだそうだ。

 サソリの唐揚げは食べたことがあるがエビの唐揚げと同じで香ばしくておいしかった。タランチュラは食べてみたいと思わない。
 中国の南方から東南アジアでは食用のゴキブリやタガメが普通に売られているから別に驚くには当たらない。日本でも昆虫食は昔からある。

中国ウオッチ・親日観

 日本の対台湾交流協会が、2011年の「対日世論調査」を発表した。それによると、台湾の人々の日本に対して親しみを感じる人の割合が75%であった。これは2009年から見て13%もアップしていると云う。

 この理由は東日本大震災にある。もともと親日的な台湾は最も早く、非常に多くの義援金を集めて送ってくれた。震災地の情報も注視していて日本人の整然とした行動に改めて好感を持ったようだ。
 民主党政府は中国を気にするあまり、その台湾に礼を失するような無視に近い態度をとったが(これは菅直人、仙石由人という人たちの考えが影響したように見える)日本国民はそのような濁った考えは持たなかった。素直に感謝の心を示した。自民党は早々に麻生元首相を派遣して謝意を示し、民主党の失礼をカバーした。

 台湾の人たちが日本に対して好感度を回復させた最も大きな理由は、日本人の台湾に対しての素直な謝意の表明だった、と台湾の人々は話している。世話になったらありがとうと礼を述べるのは人間の礼儀の原点である。

 ちなみに民主党が礼を失してまで慮った中国と日本の好感度は、先日の発表によると過去最低であった。

 民主党に対してはっきりと不快感を感じた(いまさらだけれど)。
 胡錦濤に対するあの菅直人の屈辱的に卑屈な態度(これは小沢一郎も同様)は中国人に日本人をさげすむ心を植え付け、日本人に無力感を痛感させた。

中国ウオッチ・幸せな死

 中国のサッカーチームはまだ発展途上だが、中国人はサッカーが大好きである。欧州選手権のテレビ放映の視聴率も高く、熱心なファンが夢中で見ている。

 湖南省の長沙市で26歳の男性が死亡した。
 原因を調べた医師は、睡眠不足と煙草の吸いすぎ、そして酒の過剰摂取が原因だという。彼は11日間ぶっ通しで深夜の欧州選手権大会を観戦しながら酒を飲み、煙草を吸っていたようだ。

 26歳と云えばまだ若い。しかし夢中の中で死ぬというのは本人にとってある意味で幸せな死だったかも知れない。合掌。

中国ウオッチ・賠償金一億ドル

 エルメスが、同社の偽物を製造していた中国企業をアメリカで告訴した。一億ドルの賠償を求めている。フランス当局によれば偽ブランド品により、フランスでは3~4万人の雇用が失われているという。

 中国は偽ブランド品の製造大国であるとともに消費大国でもある。中国で売られているエルメスの80%が偽物だ。

 韓国でも怪しげな店へ連れて行かれてエルメスやヴィトンを勧められたことがある。

 そもそも偽物は悪いことは承知しているものの、儲かれば良いと高をくくっているのだ。思い切り高い賠償金を請求して、偽物を作っても割に合わないことを思い知らさなければならない。そうでないと折角築き上げたブランドそのものの値打ちが低下してしまう。

 中国のあらゆる腐敗の原因は取り締まりの中途半端なことにある。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・乾陵

 十月二日午前六時出発、乾陵に向かう。乾陵は乾州の北五里、梁山の頂上にある。北門を出れば上り路、二里ほど行くと路の右側に一冢があり、その前に石の獅子が一対、畑の中にうずくまっているのが見える。今それが誰のものかは分からないが、多分乾陵の陪葬であろう。また三里、左右の丘の上に闕門が半ば壊れてわずかに煉瓦の一部が残っているのが見える。梁山は円錐形で山腹には樹木が数株、人家が両三軒ある。右方は峠から続く高い丘で、左方は白雲棚引く深い谷となっていて引き込まれそうである。一路まっすぐに北に進むと、道を挟んで石人石馬が並んで立っている。これを順次見ていくと、第一に華表があり、倒れて畑の中に横になっている。次に大きな石龍馬一対があり、左のは倒れ、右のは半ば埋もれてわずかに首が出ている。さらに十数間先に石駝が一対あり、大石板に浮き彫りがあってその技術は極めて精巧である。駝鳥はすでに漢代より中国に知られていて大いに珍重されていた。唐代には西方との交通は更に頻繁になっていて、従って駝鳥もまた貢献されたものであろう。ここからおよそ七、八間ごとに石馬五対、石人十対がある。その過半はあるいは折れ、あるいは倒れている。次に右手に無字の碑がある。長さ二丈余り幅は六尺。表は縦横の罫を画いて両側には龍が刻してある。則天武后が自分の死後百年の時点で自分のことを褒め称えた言葉を刻ませようとしたものだという。有名な大金皇帝郎君経略行記はこの無字碑の表面の中央にあり、その題字は学者たちも未だにどこの国の文字なのか詳らかに出来ないでいる。おそらくは女真文であろう。その文は「金石粋篇」に出ている。旁らに漢文を添えている。曰く、

  大金皇弟都統経郎君、嚮似疆場無事、
  猟干梁山之陽、至唐乾陵、殿廡頽然、
  一無所睹、爰命有司、鳩工修飾、
  今復謁陵下、絵像一新、回廊四起、
  不勝欣懌、与醴陽太守、酣飲而帰、
  時店会十二年、歳次甲寅、仲冬十月四日、
  尚書職方郎中黄応期

旁らに畑を耕しているものを呼んではしごを持ってきて貰い、その一部分の拓本をとって記念にした。左の方には述聖記があり、倒れて文字も摩滅している。次に闕門があり、その後ろ左右両側に石造りの番酋(ばんしゅう・部族の頭という意味か、番は蕃と同じ少数民族の意味)が四列、各列八名、つまり三十二名立っている。いずれも首なしで、あるいは倒れ、あるいは取り除かれ、今立っているものは左側に二十一、右側に十六(?数が合わない)ある。次に大獅子一対、更に七、八間で石碑があり、唐高宗乾陵という。畢沅の立てたものである。

2012年6月21日 (木)

日本の人身売買は深刻か

 アメリカの国務省が19日に、世界186カ国の人身売買の実態について年次報告を行った。それによると「日本は人身売買根絶の最低基準を満たしていない国」に分類されている。この年次報告では日本は2003年から8年連続で「人身売買の最低基準を満たしていない国」にされている。日本には人身売買への対策法がなく、被害者を保護する体制もないという評価でカンボジアやインドと同ランクである。

 日本の警察、政府は何をしているのだ。そんなに人身売買が横行しているならすぐに取り締まらなければならないではないか。法律が不備なら明日にでも制定して対策しなければならない。

 でも日本に人身売買がそんなに多いとは全く知らなかった。知っている人もあまりいないだろう。それを知らさないでいたとはマスコミもグルか。知ってて隠していたのか。とんでもないことである。

 と云うのは冗談で、アメリカ国務省の判断がおかしいと思う。よく読むと「外国人研修制度」が特に問題視されており、これが強制労働に当たる、としてカウントされているようだ。確かに人件費の高騰に合わせて中小企業はこの研修制度を使って日本人の二分の一から三分の一の賃金で働かせてきたという事実はある。だがそれを人身売買というのは余りに実態を知らない話で、これは政府が訂正を求めてもいい話である。もしそれでも訂正がならないならこの研修制度そのものを廃止しても良いのではないか。

 早速韓国メディアはこれを取り上げて、日本の人身売買の最も被害者は韓国女性である、として大々的に報道している。これは昨日報告したように、海外で韓国女性の売春が問題になって取り締まりが強化されていることがニュースになっている。その韓国売春婦が一番多いのが日本だと云うことであった。だから慰安婦問題を騒ぎながら売春婦を海外に輸出する韓国というのはどんな国だと海外で顰蹙を買っていることを逆手にとって、これは日本のせいだと云いたいのであろう。

 韓国の女性は美しい。でも金で買うのはやめようよ。 

中国ウオッチ・UFO

 中国の有人宇宙船「神舟9号」に謎の発光物体が映っていたことを中国の天文台が発表した。

 打ち上げ後4分過ぎに宇宙船を追尾しているカメラに突如謎の光る物体が二つ出現し、宇宙船の前方を急速に横切って消えたという。
 これはUFOが「神舟9号」の打ち上げを監視していたのではないか、と憶測するものまで現れた。

 天文台は、追尾カメラは高感度の赤外線カメラであり、例えば蛾のようなものがたまたまカメラの先数メートルを横切った場合もそれを感知して光って映るので、UFOである確率は余り高くない、としている。
 ただし記録として残すそうだ。

 アメリカやロシアの宇宙船では聞かない話だから、UFOも中国の宇宙進出にはそれだけ懸念を持っているのかも知れない。

太陽光発電の勧誘

 昼食後、ぼんやりしていたら電話である。電気工事店の女性からだ。個人で発電した電気も売電できるようになったことをご存じですか、と云う。そうらしいね、と答えると、太陽光発電の設備をしませんか、とのこと。設備には補助金も出るし、余剰の電気は売れるし、考えてみませんかというわけだ。

 でもねえ、うちはマンションなんですけど。

 失礼しました、と電話は切れた。

映画「アイランド」2005年アメリカ

 監督マイケル・ベイ、出演ユアン・マクレガー、スカーレット・ヨハンソン、スティーヴ・ブシェミ、ショーン・ビーン

 題名はアイランドだが、島は出てこない。

 地球上は汚染されてほとんど生命が存在できない世界となっている。その中で、唯一汚染を免れている島があり、選ばれた人間だけが行くことが出来る。限られた人々は隔離された世界で心身とも完全管理された社会の中で生きており、ときどき抽選で選ばれる「アイランド行き」だけが生きがいである。

 その中でリンカーン・6・エコー(ユアン・マクレガー)は夜ごと悪夢に悩まされている。医師に診断を受けながらもどうしても違和感から抜け出せないでいる。ある日彼は禁止されている施設を徘徊して驚くべき光景を見てしまう。それは「アイランド行き」の秘密であった。
 そんなとき、親しくしていたジョーダン・2・デルタ(スカーレット・ヨハンソン)に「アイランド行き」の抽選が当たる。リンカーンはジョーダンを無理矢理連れ出して「アイランド行き」を阻止する。そして追われる二人はついにこの世界の外へ・・・。

 ここからが本格的な物語の展開になるのだが、ネタ晴らしをしてしまうと物語の興味を損なうのでここまでにする。
 何となくフィリップ・K・ディックの世界みたいだが原作の小説はない。
 二人が生き延びるために危機一髪の連続で、そのシーンがとにかくど派手で面白い。ちょっと「マトリックス」の世界を思い出す。

スティーヴ・ブシェミが相変わらず不思議なキャラクターで登場する。忘れられない俳優だ。そしてショーン・ビーンがまたしても悪役。この人は苦み走った端正な顔をしているのにたいてい悪役だ。確かに何となく冷たそうな顔をしているけどかわいそうな気もする。

事故報告書

 福島第一原発の事故について、東京電力の最終報告書が発表された。資料と本文とで重さ4Kgと云う大部のものだ。
 テレビの報道に拠れば、この報告書では事故の原因は津波によるものであり、その津波対策に甘さがあったとしていると云う。それが大部の中の半ページほどの記述で、それ以外に原因についての記述はないという(信じられないが本当だろうか)。
 そしていつ誰がどのような判断と対応をしたかが記されていないという。要するに責任者を明らかにしようとしていないのだ。
 そして政府の無用の介入が事故後の対応を著しく阻害したことが綿々と書かれているという。

 少なくとも事故原因が津波であり、その対策が不十分だった、というのであれば、その不十分の対策を良しとしたのはなぜなのか、誰の判断だったのか、それは明らかな間違いなのか、やむを得なかったのか、それを論じなければ次の対策の資料にならないではないか。
 
 そんな事故報告書はただの弁明書でしかない。

 事故報告の会議は四種類あるのだそうだ。多分残りの三つも同様の経過の羅列の報告書になりそうだ。

 責任者が責任をとらずに済ませることの繰り返しが無責任を放置して再び事故の起こる可能性を残していることにいつになったら気がつくのだろうか。

中国ウオッチ・尖閣購入の背景

 東京都が尖閣諸島を購入することに賛同して寄付金がどんどん集まっている。そのような動きに対して中国人民大学国際関係学の教授がその背景について新聞に意見を述べている。

 その教授に拠れば、日本人が尖閣問題に力を入れているのは、首相や政権与党内閣の頻繁な交代による政治の不安定や、東日本大震災により噴出した数々の社会問題などにより日本が「戦後最大の困難なとき」に直面しているため、強いリーダーシップを持つリーダーを望んでいるからであり(石原慎太郎のことを云っているのであろう)、中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国となったことに対して敗北感を感じていること、アメリカが太平洋重視に戦略を転換したのに同調して中国を抑止しようとするためなのだという。ただし尖閣諸島は法律的にも歴史的にも中国の主権は疑いようがないとしている。

 教授の疑いようのない、と云う主張そのものに疑いようのない嘘かまたは妄信を感じて日本人は尖閣問題に明確な意思を示そうとしているのだ、と云うことが分からないようではこの教授の国際関係学というのもお粗末なものに違いない。
 だいたい日本の政治状況はともかく、中国が覇権主義的な行動を起こすからアメリカも戦略的に中国対策を強化しているのだし、日本人も危惧を抱いているのだ。原因は中国にあるのにこのような提灯記事を書かせるとはこの教授も後世に笑いものになる一人だろう。

 しかしこのように露骨な、そして日本人もびっくりするような非論理的な言説が横行しだしたと云うことは中国がかなり反動的な方向に動き出している兆しかも知れない。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・馬嵬坡

 十月一日午前七時半、興平を出発する。夜来の雨はすでにやんでいるけれどもまだ暗雲が立ちこめている。道路は泥濘と化し、馬が行き悩むことはなはだしい。西に二十余里で馬嵬に到着した。ここが楊貴妃の死んだところだ。駅の西一里、路の北側に貴妃の墓がある。墓前には小廟があり、廂には唐人の詩を集めた馬嵬詩帖、及び明・清人の題詩が多い。今その一つを記録する。

  長川幾処樹青々、孤駅危楼対翠屏、
  一自上皇惆悵後、至今来往馬蹄腥(賈島)

墓は廟の後ろにあり、高さおよそ五尺、松柏が数株ある。碑があり、題して唐玄宗貴妃貴氏墓と云う。畢沅の立てたもので、また畢沅の馬嵬詠古十首の碑が廟の中にある。その詩の自註によれば新宮長垣は彼が修理したもので、松柏もまた彼が植えたものだという。墓は多分後の好事家の設けたものであろうが、墓前に立って長恨歌を誦すれば感慨が深い。「西安府志」によれば、「白土馬嵬坡中から出て、さながら粉塊の如し、名付けて貴妃粉と云う。婦女の面に黒点あるもの、この粉を取りてこれを洗えばすなわち除くと。」今もなおこの粉塊が出るかどうかは知らない。
 ここから路を北方に転じ、坡を上って西北に進めば、路の向こうに山が三つ並んでいて、二番目の山には望楼と覚しきものが立っているのが望める。これが梁山である。「周大王邠(ひん)を去りて梁山を踰(こ)ゆ」というのはこの山である。山上に唐高宗の乾陵(けんりょう)がある。そして山の南側は乾州である。午後五時南門を入る。路の東側に唐渾忠(こんちゅう)武王祠があり、朱沘(しゅせい・しゅし、と読む本もある)の乱(四鎮の乱か?安史の乱は平定されていたが、地方の節度使の勢力が押さえられないほどになり、しばしば反乱が起きた。これにより唐王朝は衰退した)に徳宗が難を奉天、すなわち今の乾州に避けたとき、渾シン(変換不能)は李晟(りせい・朱沘、田悦らの反乱軍鎮圧に活躍した)と力を合わせてその乱を平らげた人である。公館に宿泊する。この日の行程八十里。

2012年6月20日 (水)

祖父のこと

 父方の祖父母は生まれる前に死んでいたので、祖父母と云えば母親の両親だった。祖父は田舎の生まれで、酒飲みだった。母親の兄弟たちも一人を除いてウワバミだった。祖父が昔話で子供の時のこんな話をした。
 父親が酒を飲んでいると酒がなくなる。そうすると酒を買いに行かされる。田舎の夜道である。大きな徳利を抱えて真っ暗な中を酒屋まで歩く。帰り道はずっしりと重い。「そうしてな」、と祖父はうれしそうに笑う。そうして路の脇のわらしべをさがすのだそうだ。そのわらしべをストローにして徳利の酒を飲む。ちびちび飲みながら帰ると夜道はこわくないそうだ。そうしてこっそりと井戸水を徳利に補充してお使いは終わる。「今日の酒は水っぽい」と父親は云っていたそうだ。

 祖父は教育熱心な家に育ったので、大学を出て教師になった。教師になって数年後、女学校の教師になった。教え子に伴侶としたい教え子がいた。卒業と同時にその教え子の家へ乗り込んで求婚した。申し込まれたのが祖母である。祖母もその両親も突然のことであっけにとられたらしいが、結局祖母は17歳で祖父と結婚した。祖母は死ぬまで祖父を愛し、頼り続けた。祖母が残した短歌がノートにたくさん残されている。今は母の宝物である。

 祖父のことは語りたいことが山ほどある。でも祖父が死んだとき涙が出なかった。涙が出なかったことがずっと自分の中で許せないこととしてずっしりとある。

肩痛その後など

 六十を過ぎたのに五十肩との診断で、貼り薬、塗り薬、飲み薬を月曜日に貰った。貼り薬と塗り薬は共用できない(当たり前だけど)。今のところ貼り薬を使っている。そしてそれと飲み薬の筋肉が柔らかくなる薬が効いているのだろうか、痛みが三割以上軽減した。これはとてつもなくうれしい。とにかくよく眠れるようになった。

 「リゾーリ&アイルズ」の再放送が今日で終了した。これで終わるってどうなっているの?と云うような終わり方だ。

 7月から次のシリーズが始まるらしい。次のシリーズがあると云うことはリゾーリは助かるわけだ、当たり前だけど。

 台風がすぐ近くを通過したのにたいしたことは無かった。たいしたことが無かったのだから喜ぶべきことなのにちょっとがっかりしている自分がいる。子供の時の大雨で道路が冠水したときの大騒ぎが、どことなく楽しかった。大雨も大風も大雪も、いつもと違う状況を興奮して迎えた子供の時の気持ちをこの六十過ぎのじいさんはまだ持っているらしい。

 鰺の開きが大好きだ。祖父が大好きだった。明治生まれの祖父は好き嫌いを云うことが嫌いだった。男はそんなことを云わないものだと云っていた。確かな美意識を持っていたことが今思い出すとはっきり分かる。誰よりもその祖父の影響を受けた。親よりこわいじいさんだったからそのじいさんみたいになりたいと本気で思っている。素養は尋常で無かった。

映画「赤ずきん」2011年アメリカ・カナダ合作

 童話の赤ずきんの物語がベースになっているが、ほんのちょっとオオカミと七匹の子ヤギの話とオオカミと三匹の子豚の物語が垣間見えるがその気で見ていないと気がつかないかも知れない。
 オオカミが実は人狼であるという話になっているが、その人狼の正体がこの物語のポイントなのでそこに触れるわけにはいかない。
 映像的にはおばあさんから貰った赤ずきんの赤い色が不気味で効果的である。ゲーリー・オールドマンが例によってオーバーアクションで脇を食っている。ソロモン神父という役だが、神父なのに剣も振るい人も殺すというとんでもない神父だ。この神父の出現で物語のスケールが一気に大きくなる。

 赤ずきんのおばあさんが森に住んでいるのだがそれが不思議だ。最後にその訳が分かる。当たり前の優しそうなおばあさんなのにそれが不気味に見えてくる。赤ずきん・ヴァレリー役のアマンダ・サイフリッド(シェフィールドではないのか?)の透明な肌の白さと金髪、大きな瞳が主役にぴったりで、彼女の存在が物語にリアリティを与えている。
 まあまあ面白かった。

これがヒットしたから今年は「スノーホワイト」というわけだ。

新生姜の酢漬け

 新生姜の時期である。新生姜を塩で少しもんであく抜きし、薄切りにして酢に漬ける。二、三日するとうっすらとピンクになる。
 小鉢に二つほど作った。柔らかそうな所から食べ始めたところだ。
 紅ショウガみたいなものだけれど、自分で作ると格別おいしい。

 これを食べているときは血圧も少し下がり気味になる。蒸し暑いときなど、食欲が落ちたときに(私は余り落ちたことがないが)これがあるとさっぱりして良いと思う。
 梅酢を足したりしても健康に良いかもしれない。簡単だからおすすめです。

内田樹・釈徹宗著「はじめたばかりの浄土真宗」(角川ソフィア文庫)

 ユダヤ教をベースにしたラカンやレヴィナスの哲学を専攻する内田樹先生が、浄土真宗に挑戦する。往復書簡の形をとり、まず有名な悪人正機説(釈先生は悪人正因説という)の説明が釈徹宗から行われる。それを内田樹先生が、自分の哲学から解釈を行う。この繰り返しである。
 もともと難解の極みであるフランス哲学を分かりやすい言葉に置き換えてしまうという翻訳の天才の内田先生は、このやりとりの中で宗教と知性というものの原点を明らかにして浄土真宗を読み解いていく。
 ついには浄土真宗という枠を越えて宗教の存在意味、人知の限界との補完的役割にまで言及する。

 えらそうに云うほど理解したわけではないけれど、何となくわくわくするような、そうかも知れない、そんな考え方があったのか、と驚かせてくれる言葉が無数にちりばめられている。薄い本だから表面だけ読んでいるとあっという間に読み終わる。でもその中の一つの言葉にこだわると一生考え続けても良いようなものに出会うかも知れない。

組織と平等

 「反『道徳』教育論」(山口意友)という本で、平等には必ず限定条件が伴う、と云うことを教えて貰った。限定を伴わない平等は必ず矛盾を生じてしまうことは誰にでも分かることだろう。しかし世の中には無限定に平等を唱えて正義の味方を気取る輩が数多くいる。首の上にいささか障害があるとしか思えないが今は置いておく。

 仕事をしているとき、組織とリーダーについて考える機会があった。私は組織を登山のパーティと置き換えて考えている。当然リーダーに選ばれるのは経験と実力が優れていると目されているものだろうが時にはそうでない場合もあるだろう。しばしば登山は危難に遭遇し、上るべきか引き返すべきか、この路を行くべきかあの路を行くべきか、と云う大きな判断が必要な状況に直面する。その時に各人は意見を言うことについては平等の権利を有する。しかし最終判断は多数決ではなくリーダーが結論するものである、と考える。判断をする権限は平等ではない。そして判断した者は責任を引き受ける。これが組織だと私は考えている。

 民主党のごだごたしている様子を見ていると、この人たちは組織というものの意味を理解していない人たち(首の上に障害のある人たち)としか思えない。

(このあとだらだらと文章を書き連ねたが省略する)

中国ウオッチ・蔑視

 ロシアメディアが、中国に旅行や出張したときの印象を記事にしていたものを中国の環球時報が伝えていた。
 ある女性は、道を尋ねたりすると親切に教えてくれるが、買い物や商売の時に問題点を指摘してクレームをつけると無視されたという。
 ある大学生はたびたび中国に行って旅をしたり買い物をしていたが、最近は物価が高くなっていけなくなった。そして中国人の態度がだんだん横柄になってきたのを感じる。友達は買い物で商品にクレームをつけたら殴られて上着を破かれたという。
 国境に住むある主婦は、最近の中国側の商人はロシア人への応対が乱雑で横柄になってきたと云う。到る処ゴミだらけで痰を吐くので最近は行きたくなくなったそうだ。

 環球時報は記事を取り上げるだけでコメントが特にない。

 全般にロシア人の中国人に対する印象は悪化しているようである。
 理由は何だろうか。今までは対等か、またはロシア上位の関係でロシア人の側からは居心地の良い関係だったのかも知れない。ロシア人側に見下す姿勢がなかったとは考えにくい。
 しかし今は中国は世界第二位の経済大国である。中国人から見れば関係は対等か上位の気分だろう。それなら今までロシア人がとってきた態度をそのまま返すだけではないか。
 だからロシア人が中国人に感じる不快感があるとすれば、それはロシア人が中国人に今まで与えてきたものの裏返しなのではないだろうか。

 中国人が日本人に反感を持つのは日本人が中国人を蔑視していた歴史が根底にあるからであることに日本人はうすうす気がついている。
 これは韓国人も同様であろう。心すべきことかも知れない。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・茂陵②

 その西南二里に茂陵があり、先に農夫が唐王陵と云ったのはこれで果たして漢武帝の茂陵であった。「陝西通志」に関中記を引いて、

  漢諸陵皆高十二丈、方百二十歩、惟茂陵高十四丈、方百四十歩、

とあり、畢原で見た渭陵や延陵、平陵に較べて更に偉大である。その形は同じき方台式である。石碑が二つあり、一つは畢沅の立てたもので題して漢武帝茂陵と云い、一つは雍正八年に立てられたもので、ただ茂陵の二字を題してある。陵の東西両側にはなお闕門の跡が残っているけれど、両側は高やされてその跡を止めていない。茂陵の西北一里に李夫人墓があり、高さ三帖余り、同じく方形台をしている。畢沅の立てた碑がある。あるいは曰く、李夫人墓はまた習仙台と名付けられて高さ二十丈、周囲百六十歩と云うけれど、茂陵のほかに別にそのような偉大な高台は見当たらない。李夫人は武帝の寵を受けながら妖死したので、譴捲(けんけん・深く慕い、つきまとうさま)の情にたえず、反魂香(はんごんこう・この香を焚くと使者が煙の中に姿を現す、武帝が道士に作らせた)を焚いて芳魂の来るのが遅いことを怨んだという話は人口に膾炙している。今所を同じくして九泉の下に眠り、英霊常に芳魂と出会えているであろうか。これより西十七里、二つの塔が高く木の梢の間から見えるのはすなわち興平県である。折から降り出した雨の中を城に入り、公館に泊まる。時に午後一時半、この日の行程五十里。

2012年6月19日 (火)

リゾーリ&アイルズ

 海外のドラマをWOWWOWがまとめて放映してくれる。セレクトしてくれているからたいてい面白い。残念ながら全部見る訳にもいかない。アメリカのドラマの「リゾーリ&アイルズ」は特にお気に入りだ。ちょうど今毎日午後一時から再放映している。以前一度見たのだけれどもう一度見ている。ボストン市警殺人課の女刑事ジェイン・リゾーリと検視課主任ローラ・アイルズが主人公である。場面展開が早く(物語のテンポが良く)、会話がしゃれていてユーモアと情がたっぷりある。扱われるのは殺人事件だから陰惨なものだし、死体の解剖シーンもリアルに描かれているが、後を引くようなところが無い。特にリゾーリのキャラクターが大好きだ。男っぽくてぶっきらぼうだけどすごくチャーミングだ。主人公二人のような賢い女の人が側にいたら幸せだろうなあ、などと考えるが叶わぬ夢だ。それにドラマだし。

 東海地方にも台風が接近してきた。でも昼頃の方が風が強く吹いていた。本格的なのは夕方からで、風よりも雨が警戒を要するそうだ。車が泥だらけだし、この間潮風を浴びたからちょうど綺麗になって良い。

中国ウオッチ・海のみかじめ料

 韓国でまた中国漁船四隻が違法操業で拿捕された。漁船は底引き網で蟹漁を行っていたという。

 先日中国漁船の実情について上海のテレビがスクープしていた。
  それによると中国の海は漁業権が縄張りのように張り巡らされていて、漁をするにはやくざにみかじめ料をとられるように高額の料金を払わなければならない。その漁業権は漁師が持っているのではなく、地元の有力者や権力者、成金が押さえているのだという。それを払わなかったり、権利を少しでも侵すと暴力を振るわれ、高額の罰金を取られるのだという。しかし近海は汚染され、乱獲により漁獲量も減少してそのみかじめ料が払えない。そのために違法と知りながら外国の領海で漁をすることになるのだという。

 当然それを取り締まる関係当局はそのことを承知しているが、漁業権保持者から袖の下を貰って見て見ぬふりをしていることは明らかである。だから中国の漁業者の違法操業は中国が国として行っていると断じられても仕方が無い。断固として取り締まってもかまわないのである。

中国ウオッチ・メイドインチャイナ

 シンガポールの中国系新聞に同国の中国系大学教授が「メイドインチャイナの悪名を払拭する方法について」考察した文章を掲載した。
 この考察のきっかけは多くの中国人がわざわざシンガポールに中国製漢方薬を買いに来ることを知ったときだった。中国で買うよりも3割以上高価だが、シンガポールの品質検査が厳格なので、製品の品質が保証されているからだと云うことであった。

 このことから、中国製品が全て粗悪品であるわけではなく、その粗悪品を抑制できないというのが中国の問題であることに思い至った。高品質と認められているドイツや日本の製品は、もちろん品質も良いけれど、規格外れをとことん排除するシステムになっている。昔はドイツの製品も日本の製品も中国と同様、世界から安かろう悪かろうとみられていた時代があった。しかし両国とも基準を作り、品質管理のシステムを構築して過去の汚名を返上した。韓国はそれにならい、低レベルというイメージを払拭することに成功した。

 ところが中国は大量の規制や制度は造られているものの到る処に存在するコネというネットワークにより、粗悪品も法の網の目を自由にくぐり抜けてしまう。この人治が法治に優先する体制を改めることが中国の汚名返上への唯一の道である、と結論している。なるほど。

 ただそれには、まだ「相当の時間」が必要だろうと注釈がついている。
 どうも「相当の時間=永遠」のような響きも感じられる。

中国ウオッチ・パスポート盗難

 在中国日本大使館が、北京空港で日本からの旅行者がパスポートを盗まれた、と云う報告が急増しているとして注意を呼びかけた。空港内だけでなく、展示会場や観光スポット、地下鉄、バスの中、レストラン、及び劇場などでの盗難、紛失も増えているという。空港では特にタクシー乗り場や混雑しているエレベーター内が危ないそうだ。中国の空港はとにかく広い(日本の空港は基準にならない)。うろうろしていると迷子になるからどうしても身の回りの注意がおろそかになる。

 これは日本人だから狙われているのだろうか。日本人なら盗んでもかまわないと思われているのだろうか。まさかそんなことは無いと思う。

 昔は中国ではバッグを置き忘れても一時間後に探してみたらそこにある、と云うことも当たり前にあった。みんなが貧しかったときは泥棒も少なかったのに、豊かになったら泥棒が増えてくると云うのは中国だけの現象ではないが。

 とにかく中国へ行かれる方は一層の御注意を。大事なものは身体から決して離さないこと。

韓国の売春婦

 韓国の売春婦が各国で摘発されている。アメリカでは韓国街のマーサージ店が温床とみて取り締まりを強化している。またオーストラリアでもすでに1000人以上の韓国人売春婦がいることが把握されているという。オーストラリアは現在、首相以下反日好韓の姿勢なので韓国人が急増しているのだ。
 韓国政府の発表によると、海外で売春に従事する韓国人女性は約8万人だと云う。中国の新華社に拠ればそのうち5万人が日本で「活躍」しているそうだ。何で中国のメディアがそんなことを知っているのか分からない。

 韓国は1988年のソウルオリンピックの時に風俗業の取り締まりを強化した。その後も取り締まりの強化は続き、2004年には「売春特別法」が制定されてマッサージ店が一斉摘発された。そこで国内の売春規制を嫌って海外へ雄飛したようだ。韓国にとって日本はノービザで入国できるためその多くが日本に移ったようだ。

 新華社の記事では、韓国は慰安婦問題で日本を非難しているが、こんなにたくさんの売春婦を日本に送り込んでいて日本人は嘲笑している、と伝えている。

 そんな事実は新華社の記事を見て初めて知ったことだけれど、ただ日本人は誰も韓国を嘲笑などしてはいない。ところで慰安婦の記念像をわざわざ海外に建立する(アメリカに二つ目の像が建てられたという、日本に妨害されないように極秘で立てた、と得意そうに云っていると伝えられている)という精神が分からなかったが、もしかすると言葉では屈辱と云いながらちっとも恥だと思っていないのではないだろうか。ほかに何か狙いがあるのだろう。はっきり言うと角が立つから云わないけど。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・茂陵①

 九月三十日午前六時半、咸陽を出発して西におよそ二十里、北方の原上に方形台の大きな陵があるのを望見して、これを農夫に尋ねると皆答えて唐王陵だという。更に北方を眺めてもそこから先に陵墓があるようには見えない。だからいわゆる唐王陵は、疑いもなく漢の武帝の茂陵に違いないと思い、永寧堡から陵に向かい正北に車をやる。陵の東方に陪葬とも覚しきやや小型の冢(チョウ)が多い。その最も東端にあるものの前に一基の石碑がある。行ってみてみると霍光(かくこう・前漢の政治家、霍去病の異母弟、武帝に仕えた)墓である。畢沅が立てた碑があり、題して漢丞相博進侯霍公之墓と云う。
 その西方に無名の墳墓が三、四基相並んでいる。ここから田圃の間を過ぎ、西に五里ほど行って霍去病、衛青の墓が東西に並んで立っているのを見る。霍去病の墓は東にあり、高さ約三丈、上に娘々廟(ニャンニャンミャオ)を祀り、廟の傍らに古柏一株あり。碑は畢沅の立てたもので、題して漢驃騎将軍大司馬冠軍侯霍公去病墓と云う。顔師古曰く、

 
  墓在茂陵旁、冢上有堅石冢、前有石人馬者是也。

今石馬が一頭だけ立ち、その他の石人馬及び冢の上の石冢はことごとく倒れて墓の周囲に散乱している。その外一町ばかりの北方に高さ一丈ばかりの小さな冢があり、碑があって漢霍去病墓と云う。康煕三十六年に立てられたものである。すなわち霍去病の墓は南北一町を隔てて二個あるけれども、顔氏の説により畢沅の考証に従わなければならないだろう。衛青墓は霍去病墓の西数十間にあり、高さ五丈ばかり、畢沅の立てた碑があり、題して漢大将軍大司馬長平侯衛公青墓と云う。

2012年6月18日 (月)

責任

 東日本大震災で福島の第一原発が冷却不能となり水素爆発で放射能がばらまかれてしまったとき、アメリカが放射能の拡散状況の測定を行っており、日本政府に伝えられていたという。しかし文科省により情報が公開され無かったことが明らかにされた。拡散状況に基づいて避難方向の判断をすれば被爆がかなり避けられた可能性が大きかったようである。

 スピードという拡散予測データも隠されていた。

 いつも思うのだが文科省という組織に責任を問うようなことをしても意味が無い。その時、この情報を隠そう、と判断した人間が現にいたはずである。その人間の判断は明らかに間違っていた。これは後付けでの判定ではない。そのようなときには必要な情報は隠すべきではないし、隠すことは犯罪的な行為である。

 誰が隠したのか明らかにして責任を問わなければまた同じことが起こる。スピードの情報を隠したのも誰か明らかにすべきである。そしてその判断の誤りを断罪して責任をとらせなければならない。
 それが責任者が責任をとる、ということである。

 マスコミは組織の責任を問うて個人の責任を問わない。その無責任さが日本の無責任状況を野放しにしている。

 そういえばマスコミの決まり文句は「社会が悪い」だった。社会をここに連れてきて見せてみろ。

山口意友著「反『道徳』教育論」(PHP新書)

 題を見ると道徳に対してシニカルな姿勢の本かと思うかも知れないが、道徳教育を真正面から考えた本であり、期待した以上の良書であった。
 学習指導要領という教師の教育の指針が文部科学省から出されている。その中に道徳の指導要領というのがある。それが紹介されている。まことにもっともなことが並べられている。しかし著者はそれをきれいごとの羅列、という。正しいことでも子供の胸に響くものでなければ意味が無い。このきれい事に対して子供が「なぜ?」と問うたときに説得が出来るような論理を持たなければいけないが、指導要領にはそのような理念がないのだ。その指導要領には指導すべき23の項目が挙げられている。
 著者はそれを法律レベル、道徳レベル、美学のレベルに分類し、子供に美学を持たせる教育こそ道徳教育だと云う。しかし同時に美学の獲得は本来個人的なもので、教科として成績評価の対象になるものではない
とも云う。だから反「道徳」教育論なのである。

 「人に迷惑をかけてないから良いじゃないか」という子供の言い訳にどのように対処するのか、この本にはヒントが豊富に書かれている。

 「平等」についての混乱について、平等は常に限定的なものであることを論理的に説明してあり、痛快である。福沢諭吉の「天は人の上に人を作らず・・・」の引用が平等のイメージによく使われるが、その後段を詳しく引用して、この場合の平等にも限定があること、どちらかと言えば限定を強調するための名文句であることが改めてよく分かる。

 著者の云う「美学」には私も全面的に賛成であるし、その「美学」が損得に優先する生き方を何とか貫きたいといつも心の底では考えてきた。そして自分の子供にはその志を伝えようとしてきた、心許ないが。

 たまたまこのあとに内田樹先生と釈徹宗氏の共著である「はじめたばかりの浄土真宗」を読んでいる。この本でも道徳と倫理、そして倫理と宗教というかたちで道徳や倫理が取り上げられている。取り上げ方や論理展開は違うものの、通底するものが感じられる。

 経済優先のこの世界が破綻しかけているとき、生きる指針にしていくために倫理、道徳、宗教が新しい価値観として見直されていくのではないかと云われるが、まことにその通りだと感じている。

中国ウオッチ・秦始皇帝陵

 陝西省にある秦始皇帝陵で99基の墳墓が発見された。始皇帝の後宮の貴妃が埋葬されたものではないかとみられる。つまり殉葬されたものだろうと云うことだ。始皇帝の死に伴い、殺されたか、自決を強請されたか、それぞれの女性にどんなドラマがあっただろうか。

 始皇帝陵は兵馬俑の博物館から車ですぐのところにあり、以前は頂上まで階段で上ることが出来たが、今は調査中のために入り口の記念碑の辺りまでしか行くことが出来ない。

 現在始皇帝陵の基本的な構造の調査はおおむね終了し、細部の調査に入ったところでこの墳墓が見つかったらしい。

 始皇帝の陵は盗掘されないためにトラップが多く仕掛けられていると云うが、どうなのだろう。とても興味がある。始皇帝陵が一般に公開されるのはいつのことになるのか、いつか行ってみたい。

1010_272秦の始皇帝陵。林の真ん中(石碑の後辺り)に階段があり、頂上まで行けるが、今は調査のため立ち入り禁止。このときは雨なのに傘がなくて早々に引き揚げた。

肩痛

 肩の痛みに耐えきれず(我慢すれば出来ないことはないが、夜中に痛みでしばしば目覚めてしまい、昼間も眠くなり出した。限界を感じて)、病院へ行った。予約なしだったので、予約患者が終わってから、と云うことになり、診察は結局午後一時であった。今日は特別患者の多い日だったらしい。

 肩を上げろ、下げろ、曲げろ、回せ、といろいろ指示通りにやって見せて、レントゲンを撮って更にしばらく待って再度診察。診断結果は五十肩の一種と云うことであった。

 肩の筋肉の下の腱(肩の骨と腕の骨とをつないでいて、肩の筋肉の補助的な仕事をしているらしい。補助的と云っても肩の筋肉がフォローできないところはこの腱が腕を引っ張って動かしているので役割が違うとのこと)が、一部石灰化して伸び縮みしにくくなっているという。レントゲンを見ると石灰化しているところがはっきり分かった。

 放っておくと肩の動きにくさが固まるので、筋肉を和らげる薬と痛み止めを飲んで様子を見ましょう、と云うことになった。関節の所にコラーゲン注射を打つ、と云う手もありますが、どうしましょう、と云われる。「痛いですか」と聞くとにっこり笑って「私はうったことがありませんので」という。痛そうなので「今回はいいです。とにかく悪質な骨の病気のようなものがないなら安心しました」と答えて診療を終えた。

 その後そのまま名古屋へ出て少し買い物をして帰宅。

 また温泉へでもゆっくり行ってこようかな。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・畢原④

 雨を冒して東奔西走し、残るところ無く畢原の陵墓を探索することが出来たので帰途につき、十二時半帰着した。雨はいよいよ激しく降るのでそのまま咸陽に留まることにした。
 文王を畢原に葬ったことは正史に見えていて異説もない。しかしその地をあるいは渭水の北にあるとしたり、あるいは渭水の南にあるとして古来諸家の説は一つではない。「陝西通志」によれば、皇覧には、

  文王周公冢、皆在京兆長安鎬聚東杜中、

と云って渭南にありとする。そして渭北説に反論して曰く、

  秦文王冢、在安陵県西北畢陌中、大冢是也。
  人以為周文王冢者非也。

すなわち今のいわゆる文王陵となすものを以て、秦文王冢としている。しかるに、唐の顔師古は文王冢を渭北にありとしており、「元和志」もまたこれに拠る。そして「通志」の著者は畢原を以て渭の南北に亘るとしていて、これが誤謬の起こる所以であるとしてむしろ渭南説に左袒(さたん・賛同)している。未だそのいずれが正しいのかよく分からない。考えてみたいところである。

2012年6月17日 (日)

斯波司・青山栄著「やくざ映画とその時代」

 この本を読んで、何で自分がやくざ映画が好きなのか少し分かった。

 この本ではギャング映画と股旅ものと、石原裕次郎や小林旭の主演した日活のアクション映画を除いた、明治・大正・昭和初期が舞台の任侠映画と戦後の焼け跡闇市が舞台の実録ものを主に取り上げている。

 前半では、時代劇の人気が下火になったあとに作られた任侠ものが思ったより人気を博し、シリーズものがたくさん作られた時代から深作欣二の「仁義なき戦い」シリーズの実録ものまでのやくざ映画の流れを総括的に概観している。後半は代表的な作品を個別に取り上げ、ストーリーや裏話などが詳しく紹介され、最後に主な俳優が列記されている。

 リアルタイムで見た作品が結構ある。ビデオ屋で借りて見たものや、DVDでそろえているものもある。一つ一つに思い入れがあり、著者の気持ちとシンクロする。

 やくざ映画は思えば学生運動華やかなりしころと時代を同じくしていた。学生たちは右肩上がりで経済的に豊かになっていく社会に何となく違和感を感じて異を唱えていた。
 本能的に、時代が見失っていく価値観を、やくざ映画の中の主人公の美学に感じていたのではないだろうか。その美学を貫けば社会的には失うものが多い。損を承知でそのような生き方を貫く主人公に敬意を表して若者達は喝采を送ったのだろう。

そしてそのような美学など誰も見向きもしなくなったとき、実録ものが作られ、一時的にはブームになったものの、いつしかやくざ映画は姿を消したのだ。

二、三のこと

 もなさんのブログ「アラフィフの海外で節約生活」が昨日で休止となった。もなさんが中国の滞在生活からしばらく(予定では四ヶ月)日本に帰国するから、ということである。センスの良いブログだったので、ほとんど毎日楽しみに見ていたので大変残念である。中国での生活で彼女自身にいろいろな収穫があったものと拝察される。出来れば違うテーマでも良いから再開を期待したい。

 フイルムをスキャンしてデジタル化を進めているが、カラーのネガの内、一部取り込み不要と考えるもの(社内旅行など・かなりある)を除いてほぼ完了した。コマ数で5000コマあまり。飽きずに良くやったものだ。これを出来れば分類整理してファイル化する予定だが、同時に簡単な補正もかけ直したいので、いつになるか分からない。だが時間だけはたっぷりある。
 次にモノクロフイルムのデジタル化に着手することにした。試しに一部やってみるとこれが意外に面白い。白黒写真のカラーとは違う良さが改めて分かった。昔自分で現像してプリントしたものが多いが、デジタル化して手を加えると結構遊べそうである。楽しみだ。金もあまりかからないし年金生活者には格好の趣味である。

 左肩が痛い。一昨年の秋から肘が痛くて手が余り後ろに回らなくなっていたが、去年からは肩も痛くなっていた。四十肩、五十肩を二度経験しているが、一年ほどでいつの間にか直った。今回もそう思って我慢していたが、だんだんひどくなり、この頃は痛みで安眠できず夜中によく起きてしまう。肩の関節が自分の腕の重みで外れるような痛みだ。
 我慢の限界が近づいたようなので明日外科に行って精密検査を頼むことにした。

中国ウオッチ・被災地訪問

 2008年の四川大地震に救援活動を行った日本の救援チームが、4年ぶりに現地を訪問した、と中国新聞社が伝えた。
 現地の復興状況を視察したあと被害者に黙祷を捧げたという。
 
 その中国新聞社の記事コメント欄には当時の支援に感謝の言葉が書き込まれる一方、尖閣問題などを背景に「何をしにきた」「日中問題を取り繕うためにきたのか」などというコメントがいくつも書き込まれていたという。

 この救援チームは中国側から招待されて現地へ行ったのだろうか。それとも自発的に云ったのだろうか。チームが総勢15人であり、国際医療隊とレスキュー隊の人々だと云うことから、視察だけの目的で自発的に行ったものだとは考えにくい。

 招待されたものならば客である。その客に対して一部とは言え、このような冷たいコメントを書き込む人間がいると云うことに怒るよりあきれる。このようなステレオタイプの人間は必ずいる。そしてしばしばそのような人間が世論をリードしてしまうことが多い。また中国新聞社も多分招待した側のはずで、それがこのような意見をわざわざ載せるのも、このような世論を無視できないからだろうが、ホストとしての礼儀を欠いている。

 日本の大震災への救援チームがもし招待されて日本に来たとしたらまさかこのようなコメントを載せる新聞はあるまい。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・畢原③

 康王陵は成王陵の東南およそ二里にあり、漢昭帝平陵はまたその南二里にある。康王陵はその大きさがおよそ成王陵と同じくらいで、門及び享殿に古柏数株がある。平陵はその大きさがおよそ延陵と同じくらいで方形台である。畢沅の立てた碑及び乾隆十三年に立てた小碑がある。その記するところによれば、囲墻は東西各長さ六十八丈五尺、南北各寛さ五十六丈あり、陵から墻に至る東西、北は各二丈五尺、南は十三丈あると云う。平陵の東に大小の冢墓(ちょうぼ・大きい墓)が数十ある。まるで甑中(そうちゅう・甑はこしき、瓦製の蒸籠のこと)に饅頭を並べたようである。その東三里に方形台の大きな陵があるので行ってみたが石碑がない。現地の人間に聞くと皆漢陵と言っていると云うが、誰の陵なのかは不明であった。
 文王陵を基点として云えば、北に相接して武王陵があり、東一里に周公及び伯禽の墓があり、東南三里に康王陵があり、遠くは平陵及び無名の漢陵、及び数十の冢がある。西南二里に成王陵があり、遠くは共陵及び延陵があり、また南方二里に渭陵がある。

2012年6月16日 (土)

中国ウオッチ・打ち上げ成功

 先ほど(日本時間で午後7時37分)甘粛省・酒泉から有人宇宙船「神舟9号」が打ち上げられ、宇宙飛行士三人を乗せて見事に宇宙に旅立った。そのうち一人は中国発の女性飛行士である。
 三人は10~20日間宇宙に滞在し、中国の宇宙ステーション・天宮1号とドッキング実験を行う予定。
 中国はこれから2020年までに本格的な滞在型の宇宙ステーションを建設する予定だという。

 とにかく打ち上げが無事に成功しておめでとうと云いたい。

コカコーラ

 ミャンマーがコカコーラの販売を許可した。
これでコカコーラを拒否している国は北朝鮮とキューバだけになったそうだ。
 当面は周辺国で製造された製品を輸送して販売するが、最終的にはミャンマーで生産したいという。
 ミャンマーはコカコーラの販売に辺り、ミャンマーの収監や人権を尊重し、不正を行わないことを条件としており、コカコーラ社は受け入れた。コカコーラ社は現地でのパートナーを見つけて、特に女性の企業を支援したいとしている。またミャンマーに300万ドルを寄付した。

 コカコーラはアメリカ文化の象徴と云われてきた。ミャンマーがそれを受け入れたと云うことはそれこそ象徴的なことである。

 ところで北朝鮮がコカコーラを受け入れる日はいつ来るのだろうか。

中国ウオッチ・個別会談

 18~19日にメキシコでG20が開催される。野田首相も中国の胡錦濤国家主席ももちろん参加する。
 
 これを機会に外務省は野田首相と胡錦濤国家主席の会談を中国側に打診していたようだが、中国外交部は個別会談をする可能性が極めて低いことを示唆した、と云う。
 胡錦濤主席の日程がかなり詰まっていて時間がとれないという理由らしい。

 しかし外交部の担当者はオバマ大統領との個別会談について問われると、日程を調整中だが、会談についての報道の準備は無駄にならないだろう、と答えたそうだ。

 そういえば五月に北京で開催された日中韓の首脳会談の際、胡錦濤主席は李明博大統領と個別会談を行ったが、野田首相とは個別会談をしなかった。

 中国は意図的に日本の代表を軽んずる態度に出ているから特別だが、G20で野田首相はどこまで各国との個別会談が出来るだろうか。
 世界が困難の中にあるとき、日本だけが頼りにもされず、仲間はずれにされているような図を見せられるようなら悲しいことだ。多分そうなるだろうが。
 なぜなら他の国の代表にしても、日本の首相や外務大臣とよしみを通じても、次に会うときは違う人だから日本の代表と会っても仕方が無いと思っているに違いないからだ。

中国ウオッチ・世界仏教徒大会

 韓国の麗水(ヨス)で開催された世界仏教徒大会に、チベット独立主義者のグループが招待されていることを知った中国代表団が、大会の途中で退席し、帰国した。

 チベットのグループは大会運営者である韓国の仏教団体が招待したもので、これに中国が反発し、抗議する意味でボイコットしたものだ。

 大会運営団体は「中国仏教界は政治的理由で運営を邪魔した。今後は中国仏教界との関係を考え直す」と述べている。

 中国の仏教団体は自発的にボイコットしたと云うより、もしチベット代表団と同席して何らかのやりとりを行った場合に、帰国してからどのような処罰を受けるか恐れてのことであろう。そもそも中国の宗教界はほとんど形骸化して精神性を失っているような気がするが、これは偏見だろうか。そもそも真の宗教家は世界大会など開かないような気もするから、中国だけの話ではないか。 

北朝鮮の暴走族

 北朝鮮で若者がバイクで暴走して事故をたびたび起こしているという情報が韓国メディアで伝えられた。

 ところがその暴走バイクを取り締まることが困難なのだそうだ。
 取り締まる警察の側に取り締まる車両がなかったり、あってもガソリンがないので出動できないというのだ。

 いかにもよくできた話だ。まるで「マッドマックス2」の世界だ。

 取り締まる側にガソリンがないのに暴走族はなぜガソリンがあるのだ。北朝鮮では、普通の若者がバイクやガソリンをふんだんに手に入れることは難しいだろう。だということは特権階級の子弟が暴走族をやっているに違いない。下手に取り締まると自分の首が危ないから最初から取り締まる気が無いのだろう。

 田舎の町を牛耳っている権力者の息子の横暴に、町の保安官は手を出せず。町の人々が泣き寝入りしていると云う図か。よそから強い正義の味方が来るまでこの町はこのままか。この権力者が世代交代したとなるとこの町はどうなる。この息子は隣町を新型爆弾で脅かしているぞ。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・畢原②

 九月二十八日午前六時、客寓を出て細雨を冒して再び畢原に向かう。北門を出て城壁に沿って東に数里行き、北に折れ延陵及び共王陵を西に見て、行くこと十余里、七時十五分周成王陵に到着した。門を入れば古柏九株が享殿を繞って立っている。殿の前には清の御祭祝文碑二十余があり、陵の前には畢沅が立てた碑がある。ここから渭陵の東を通り過ぎて北へ二里行き文王陵に至る。文王坊を過ぎ門を入れば、明清の祭碑三十余がある。享殿には神位を安置している。その後が文王の陵で畢沅の立てた碑がある。文王陵は漢陵と同じく方形台をしているけれども、その高さは延陵に較べて約三分の一ほど低い。
 文王陵の北に、武王陵があり、武王坊を過ぎれば神道には明清御祭碑が十六ある。享殿の後には畢沅の立てた碑がある。陵の形はあたかも饅頭のようである。文武両陵は同一の囲いの中に会って、城中には古柏が鬱蒼としている。
 文王陵の東一里に斉太公墓がある。囲墻(いしょう・周りを囲む牆)の半ばは壊れて、享殿は軒が傾いている。墓もわずかにそれらしい盛り土が残っているだけである。また、その東三里に周公墓があり、門を入れば神道の傍らに碑があり、明碑の刻文を削り取って康煕の祭文を刻し、碑陰には文・武・成・康・周公等の陵図を刻してある。墓は享殿の後ろにあり、畢沅の立てた碑があり題して元聖周公之碑という。その後ろに魯公伯禽之墓があってこれも畢沅の立てた碑がある。規模の大小は異なるけれども、あたかも文武の二陵の前後に相並べられているようである。

2012年6月15日 (金)

中国ウオッチ・神舟9号

 中国は宇宙ステーション天宮1号にドッキングするため、有人宇宙船、神舟9号を明日16日に打ち上げる。
 神舟9号には三人の飛行士が乗り込むが、うちひとりは女性である。劉洋というこの女性飛行士は中国で最初に宇宙に行く女性となる。

 素直に打ち上げ成功を祈りたいが、中国はとにかく月着陸を当面の目標にしている。月着陸を成功させたら月は中国領だと主張する可能性が否定できない。困ったものである。

映画「幸福の黄色いハンカチ」1977年松竹

 今回NHKBSで放映されたのは2010年のデジタルリマスター版。やはり画面が綺麗で色も良い。
 何遍見ても良い映画はいい。物語の流れだけではなく、シーンまでほとんど覚えている。
 この当時の武田鉄矢は髪の長さがうっとうしくて好きではない。しかも軽薄そのものの役がはまりすぎている。二重に嫌いなタイプなのに映画の最後になると感情移入してしまう。花田欽也という人物が悪意のない純粋な人物で、しかもこの旅の中で人間として成長しているのが感じられるからだろう。そして桃井かおりも好きな女優ではないのにこの映画の朱美という役を通してみていると好きになってしまう。
 俳優というのは配役でずいぶん得をしたり損をするわけだ。

 今回この映画を見て改めて北海道に行きたくなった。車で道内をゆっくりと巡り歩きたい。すばらしい景色も良いけれど、それ以上に過疎化しつつある町や村を見に行きたくなった。そこに人が暮らしていたこと、そして人がどんどん減って痕跡だけになりつつあるところを見ておきたいと思う。

中国ウオッチ・大飢饉

 中国在住の日本人コラムニスト・加藤嘉一氏の南京事件についての発言が中国国内で反発を招いていることに触れて、アメリカの大学で教鞭を執る中国人歴史学者の程氏は次のように批判した。
 「毛沢東が経済的に英米を追い越すことを目標に掲げて1958年から1961年にかけて3年間で行った「大躍進」政策で、自然災害も重なったとは言え、結局は多数の餓死者を出した。中国では1500万~3000万人が死んだと云い、香港などの信頼できる学者は4500万人が死んだとしている。
 ところが中国の人民日報の甘粛省の支社長は「大飢饉など存在しなかった」と公然と述べている。南京大虐殺など無かったという主張とどこが違うのか。
 確かに南京大虐殺と大飢饉は同じように論じられる問題ではないが、
問題は国民の知る権利が確保されているがどうかである。
 70年前の戦争で30万人が殺されたことを繰り返し記念式典を行って忘れないようにしているのに、50年前の、戦時下ではないのに数千万人の餓死者を出した事件をうやむやにする国が正しい歴史認識など主張する資格はない。先ず自分たちが歴史と正しく向かい合うべきである」

 確かに自分の国の大躍進(による大飢饉)、文化大革命、天安門事件についての事実を国民に対して隠して知らせないようにしている国が、歴史を正しく認識しろ、と他国の人間に一方的に云うのはおかしな話である。

草森紳一著「不許可写真」(文春新書)

 著者が、戦時中に旧大阪毎日新聞社の資料室に保存されている日中戦争及び太平洋戦争の膨大な写真群を見る機会があり、あまりに膨大なために一部しか目が通せなかったものの、検閲を許可されたもの、不許可になったもの、保留されたものの印が押されているのを見て、その一部について紹介していくことで検閲とは何だったのか、そしてあの戦争とは何だったのかも考える。

 軍の情報、兵器、部隊の位置情報、高級将校の顔などが分かるものは全て不許可である。また慰安婦、死体、捕虜の虐待写真、太腿などが不許可になっている。

 それぞれの写真から読み取れること、そして検閲した人が何を以て基準としたのかについて考えるとき、その日本軍という組織の異常さ、非常識さを感じる。それは現代の常識でその時代を見ているからであることは承知しているつもりでも著者のように滑稽に感じてしまう。

 著者が写真から読み取る情報量が、私がその写真から読み取る情報よりはるかに多いことに驚かされる。ものを識らないと同じものを見ても見えないものが多いことを改めて感じさせられる。

 改めて写真というものの奥深さ、その底知れなさを感じさせられた。これはたぶん動画よりも見る側に想像力を働かせるだけ、表現として力があると思う。これは昔から私が感じていたことでもある。

 写真は時間によって物理的には色あせるが、時間の経過という人為的に為しがたいものを写真は身に纏う。だから不鮮明でも、ピントが甘くても、モノクロでも、古い写真は身に纏った時間ごと価値を増していくのだ。

 日中戦争とは何だったかを歴史としてではなく、著者のリードで事実として垣間見ることが出来る。だがそれは日本人には重い。直面することを回避してきたが、写真は無時間に事実を突きつける。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・畢原①

 車を降りてそのまま城北畢原(ひつげん・地名)に向かう。畢原は周の文・武・成・康及び周公・太公以下、王侯将相の墳墓のあるところである。北門を出れば大小の陵墓が数十散在する中、正北十余里の地に方台形の大きな陵があるのが見えたのでさっそくそちらへ向かう。乾隆丙申に畢沅(ひつげん・人名)が立てた碑があり題して漢成帝延陵と云う。また同十三年に立てられた小碑があり陵の広袤(こうぼう・広さ・広が東西、袤が南北を指す)を記している。これによれば周囲の牆壁東西各長さ七十丈五尺、南北各寛さ五十八丈あり、陵から牆壁にいたる東西、北は各二丈五尺、南は十五丈ありと云う。今牆壁はなく、ただ南方に闕門(けつもん・宮門の外に作られた遠望台のある門)の跡を残している。畢原一帯の高原は、前には南山の雲に入るのを望み、脚下に渭水の洋々たるを見、後には九嵕(きゅうそう・急峻におなじ)の山脈を負い、まことに景色が良いところである。
 延陵の東北一里に石碑があるのが見えたので行ってみると、周共王陵である。高さは延陵の半分にも及ばない。その周囲もはなはだ小である。すでに陽が落ち始めた。だが東北五清里に特に偉大な二重式方形台の陵があるのが見えたので、走ってこれに向かう。漢の元帝の渭陵であった。畢沅の立てた碑があり、また傍らに乾隆十三年に立てられた小碑がある。そこに記されているところによれば、陵の周牆は東西各長さ九十七丈、南北各寛さ八十三丈五尺あり、陵より牆に至る東西各数丈、北は六丈、南は十七丈ありと云う。ここも同じく牆は残っておらず、闕門の跡すらない。形にそれと覚しき周の文・武・成・康の陵は、東及び東北数里の間にあるのが見えるけれど、陽はすでに没して暮靄四合して(ぼあいしごうして・夕暮れに立ちこめるもやに辺りが見えにくくなり)、ようやく黒白も弁じがたくなるので、やむを得ず帰路に就き暗路を辿り、北関門を入って客寓に到着したのはすでに午後八時であった。

2012年6月14日 (木)

諸田玲子さん

 またまたNHKBSを見ていた。真田幸村の話だった。その内容も面白かったのだけれど、諸田玲子が参加していたのだ。本に載せられている小さな肖像写真で美人であることは知っていたけれど、こんなに魅力的な女性とは知らなかった。

 諸田玲子は女流時代小説作家の一人であり、注目している作家だ。初めて読んだのが、「山流し、さればこそ」という変わった題の本だった。ひとりの青年武士(御家人)が山流し、と云われる甲府勤番を命じられ江戸から甲府に赴任する。そこで腐って堕落していく者達の中で、自分自身を見失わずに人間として成長していくという非常にさわやかな小説だった。

 忘れがたい小説である。

 

桐生的周恩来様

 早速コメントをありがとうございます。
高倉健の映画について今すぐ桐生まで行って話したいくらいです。
 ところで高倉健が現在81歳であることが信じられません。酒を飲まず、一日一食というストイックな生活で自分を律しているからでしょうか。その高倉健を見ながら酒を飲んでいます。
 ではまた桐生で逢いましょう。

消費税値上げ法案

 消費税値上げ法案というのは正しい言い方ではなくて、社会保障と税の一体改革法案とか云うそうだ。この法案を会期内に通すために与党・民主党と野党・自民党と公明党が合意に向けて協議を行っている。
 野田首相は不退転の決意でこの法案を通すつもりであることは見ているだけでよく分かる。国民もそれはよく分かっているだろう。この三者の合意がならなければどうなるのだろう。野田首相は衆議院を解散するのだろうか。そうしなければ野党は首相の問責決議案を出すと云っている。不退転というのはそういうことだろう。
 だから野田首相は追い詰められている、と云う。だが同時に自民党がこの法案に反対の立場をとれば、次に総選挙で政権を取ったとき、自民党は消費税値上げを実施することが出来なくなる、と云うのが大方の政治評論家の意見である。政治評論家は政局しか見ない。だから自民党もそうそう強気で押し切りすぎても損だからぎりぎりで合意するだろうとみているようだ。

 だが、良く推移を見ていると、自民党は消費税の値上げ案には協議の場で最初から合意している。消費税に反対などしていない。問題は民主党のマニフェストにもとづく法案に反対しているだけだ。だから合意が成立しなくても、消費税値上げに反対などしていないと云うことが出来る。確かにそもそも消費税値上げを打ち出したのは自民党であるし、消費税を値上げしなくても何とかなると言い切って選挙に勝ったのは民主党だった。
 だから自民党はとことん民主党を追い詰めても筋が通っている。自民党は次の選挙に勝利したあとに消費税の値上げをしても変節漢ではない。

 結局自民党にとっては、民主党が自民党のごり押しに負けてマニフェストの旗を降ろしても、筋を通してマニフェストを守って法案が通らなくてもどちらでもかまわないと思っているのではないだろうか。

 だから今追い詰められているのは民主党の野田政権だけだろう。そしてそれが見えているから小沢一郎は公然と、マニフェストを譲ってはならない、と云っているのだ。
 それにしても小沢一郎の取り巻き連中が、マニフェストの旗を降ろすのは国民に対する冒涜だと云い、だから小沢一郎をいまこそ首相にしようと騒いでいるのを見ていると、おまえたちこそ国民に対する冒涜だろう、と云いたくなる。国民の内、どれだけの人間が小沢一郎を首相として、国の代表として受け入れるというのだ。そんなことも分からないか、分かっていておもねりで云っているのであれば最低の人間だ。もう小沢一郎は過去の人だし、そもそも政治家としてダーティなイメージが定着してしまったと云うことだけで退場するべきである。それをわきまえていないことでも断罪に値する。政治家はデマではない限り、公的に疑われたら政治家の資格を失っている。そういうものであると思う。

 明日、三者会談が合意しても決裂しても国民にとっては何のプラスもない。

 残念なのはその後についてのビジョンを持っていると思える誰かが誰もいないことだ。

映画「遙かなる山の呼び声」1980年松竹

 NHKBSで放映していたので録画してゆっくり見ようと思ったが、うっかり見始めたらやめられなくなった。大好きな映画なので何度も見ているのにラスシーンでは泣いてしまう。
 高倉健の任侠映画はかっこうよすぎるので嫌い(と云うより東映の任侠映画は藤純子出演作以外全てが嫌いだった)であり、あえてずっと見なかった。だから高倉健は緋牡丹博徒シリーズの脇役としてみるだけだった。
 高倉健の主演映画を映画館で初めて見たのは池上季実子と共演した「冬の華」だ。しかしこの映画は倉本聰原作、降旗康男監督とは言え、まだ任侠映画を引きずっている。そして「八甲田山」、「野生の証明」と任侠映画の色は全くなくなった。「幸せの黄色いハンカチ」で山田洋次の作品に初めて出演、この「遙かなる山の呼び声」はそれに続くものだ。
 映画のあらすじはたいていの人が知っているだろう。
やはりラストシーンが全てだ。そのためにそこ
までの物語があると云っていい。網走刑務所に護送される高倉健の脇で、ハナ肇と倍賞千恵子が掛けあいをするところがたまらない。高倉健がこらえられずにはらはらと涙を流し、倍賞千恵子が刑事に断ってそっと黄色いハンカチを高倉健の手に握らせる。分かっているのにそれが見たくて最後まで見続けたというわけだ。そしていつものように泣いてしまった。

 確かに「幸福の黄色いハンカチ」によく似ている。大方の人は「幸福の黄色いハンカチ」が好きだろう。でも私はこの「遙かなる山の呼び声」の方が好きだ。

 高倉健の映画で最も好きなのが「駅-STASION-」、次いで「冬の華」、そして次がこの「遙かなる山の呼び声」だ。

 高倉健とその出演作の話になるときりが無いのでやめる。網走番外地シリーズ、昭和残俠伝シリーズなどはその後レンタルビデオ屋で全て見た。
 明日は「幸福の黄色いハンカチ」のデジタルリマスター版が同じNHKBSで放映される。見るぞ。

中国ウオッチ・一日五食

 これは中国の話ではないが、人民日報が、北朝鮮の教育制度を賛美する記事を掲載した。それに対してネット上などで批判の声が上がっているという。
 人民日報の「朝鮮の(北朝鮮ではない)の未来、愛の中で育つ」という記事によると、北朝鮮は11年間の無料教育制度を実施しており、たとえば平壌の幼稚園では500人の子供が同時に食事できる食堂があり、食事は一日五回、栄養士もついているのだそうだ。また医療が無料で、妊婦の入院中は食事も全て無料だという(北朝鮮が天国だというのは昭和20年代からの宣伝で、それを信じて在日の人々が数多く北朝鮮に渡り、地獄を見た。その時両親だけ北朝鮮に渡り、祖父と残った友人からその状況をリアルタイムで聞かされた)。

 北朝鮮の医療、教育を手放しで賞賛するこの記事に対して、人民日報傘下の環球時報まで「事実とかけ離れた官製メディア特有のうそだ」と論評している。

 北朝鮮が食糧難であることは中国人も良く承知している。中国が北朝鮮に食料を初めとした援助を行っていること、そうしなければ北朝鮮が立ち行かないことを官製メディア自体が大々的に報じ続けていたからだ。その北朝鮮が、幼稚園児であれ、一日5食している、などということがうそであることは誰にでも明らかなことだ。
 北朝鮮側の説明をそのまま記事にしたのかも知れないが、人民日報もうそであることを百も承知で記事にした。そのことに何か意味するところがあるのではないか、と穿った心配をするネットでの書き込みもある。あながち杞憂でもなさそうなところがこわい。
 農村で農民が次々に餓死(2000万から5000万人餓死したと云われる)している中で、農業生産は増産、工業生産も増産していると人民日報が報じ続けた毛沢東の大躍進(!)時代を思い出すのだ。

中国ウオッチ・犯罪率

 中国の法学者の犯罪率の調査によると、中国の階層別の犯罪率は、一般人が400人に一人、ところが国家機関に勤める人では200人に一人に増え、なんと司法機関に勤める人では100人に1.5人と更に増える。国家機関に勤める人は一般の人の倍であり、犯罪を取り締まるはずの司法機関に勤める人は一般の人の6倍に上るという。
 
 この犯罪の多くが汚職であることは明らかで、権力がある立場の人間ほど汚職をしている、ということであるが、一般の人がそれだけ清廉であると云うわけではない。その人たちが、権力を持つ立場に立てば同じように汚職をするだろう。

 紹介した記事では、特権階級の横暴に国民は憤りを感じていると云うが、汚職に対する怒りの声というのが、自分がその分け前にあずかれない嫉妬から出ていないと言えるだろうか。

今井さん、コメントありがとう

 今井さんというかたからコメントをいただきました。葉室麟の「蜩の記」がラジオドラマとして放送されるそうです。NHKFMの青春アドベンチャーという番組で6月18日から放送が開始されます。今井さんありがとうございます。

 ・-さん・・・トンツーさんとでもお呼びすれば良いのでしょうか・・・「いいね」をたくさんありがとう。コメントももらえるとうれしいです。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・咸陽

 山南水北を陽と云う。今いるこの地は渭水の北、九嵕山(きゅうそうさん)の南にあって、山水共に陽である。故に咸陽と名付けられたという。もと秦の都があったところであり、秦の始皇帝が天下を統一すると大いに宮室を営み、渭水の両岸に亘った。名付けて阿房宮と云う。項羽が関に入ってこれを焼き、火は三月消えなかったと云われるからどれほどの偉観であったか想像するのにあまりある。それなのにその遺跡は今は尋ねるべくもない。漢の武帝元鼎三年、ここを改めて渭城という。人口に膾炙している唐王維の陽関三畳の曲は、このところを詠じたものである。ただし今の県治は秦都の西三十里にあり、明洪武年にこれを遷し、景泰三年に初めて城を築き、嘉靖年間にさらに増修したものである。

*陽関三畳・・・「元二の安西に使いするを送る」と云う題の有名な詩のことを云う。分かりやすくて調子も良い詩で私も好きである。

  渭城の朝雨 軽塵を浥(うるお)す
   客舎靑靑 柳色新たなり
  君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
  西のかた 陽関を出づれば故人無からん

**故人・・・知り合い、友人のこと

2012年6月13日 (水)

贄浦

 三重県南志摩町贄浦(にえうら)と云うところへ釣りに行ってきた。一年半ぶりの釣行である。

 贄浦には前にも来たことがある。浮き桟橋で釣っていておじいさんにクレームをつけられたことがあるのだ。浮き桟橋を汚し放題にしていく人が多いのだそうである。今日は浮き桟橋に漁船が係留されているので防波堤の角に陣取ることにした。

 釣果はグレ(メジナ)8匹ベラ2匹。10匹あれば晩の肴に十分だ。グレは15~20cmくらいの小型。

 出発が遅かったので家に帰ったのは一時半過ぎ。それから小出刃包丁を研ぎ、魚をさばき、ベラだけ煮付けにして、流し回りを綺麗にかたづけて(生臭いのを放置すると悲劇なので)風呂に入った。自分より先にクーラーを洗い、ゆっくりと昼の風呂に入り、その間に洗濯。

 今風呂上がりによく冷えたスーパードライのプルトップを抜き、ベラの煮付けに箸をつけたところである。ベラははらわたを取り、鱗を丁寧に取ったらとにかくぬめりを良く取ると良い。いつまでもぬるぬるしているが塩でもんで真水で良く流すとうそのようにぬめりがなくなる。そこまでしてから煮付けるととてもうまい。もっと大型で数があればギゾ飯(ベラ飯のこと)にするのだが。これについてはまた機会があれば。

 ビールの次は冷酒。グレに塩を振って冷蔵庫に入れておいたので、これを鱗ごと塩焼きする。焼けたところに醤油を垂らして食べるのだ。全部胃袋に収めて成仏して貰うぞ。

中国ウオッチ・日本が最高

 アメリカのタイム誌が主要20カ国を対象に実施した「国家イメージ」に関する調査で、日本は2007年から4年連続で第一位に選ばれた、と云う記事を中国人ジャーナリストがブログで取り上げていた。
 中国人ジャーナリスト・王錦思氏は、日本経済の発展とハイテクの存在が良好なイメージを形成しており、中国のようにメラミンなどの有毒物質を食品に混入するようなこともないし、下水油が使われることもないと述べている。更に日本が世界の国々に経済援助を続けてきたことを指摘し、日本のODA拠出額は1991年から連続10年間世界一であること、日本を抜いた経済大国である中国にもODAを提供し続けており、多くの中国人は知らされていないが、現在でも日本は中国で病院を作ったり、水の供給を行ったりしていると語っている。
 また日本人が道徳を守り、大声でけんかしたりせず、礼儀や約束を大切にすると述べ、東日本大震災に直面しても日本人は秩序正しく、避難所にゴミを散らかすこともなかった。日本の周辺国家は日本を低く評価しがちだが、世界の評価は違う、日本が過去に行った侵略戦争は断罪すべきだが、日本が歴史問題を解決して周辺国家との関係を改善すれば更にイメージが上がるだろうとしている。

 まことにまっとうな意見を述べて貰って日本人として大変喜ばしいことだがどれだけの中国人がこの意見を読んでくれているだろうか。日本の悪口を書けば喝采を浴びることの多い国で、このようなことをあえて語る王錦思氏の勇気に敬服する。

 東日本大震災の時の被災した人々のとった行動は世界中の人々が見ていた。そしてそれを賞賛している。他の国では略奪や暴行が起きるのが当然の事態だからだ。タイム誌の評価はそれを裏付けるものだ。日本人はもっと自信を持って良い。

 ところで最も不思議に感じるのは、このタイム誌の記事を日本のマスコミが大々的に報じないことだ。日本人は自信を失っている。このような記事はその日本人を最も励ましてくれるものではないのか。日本のマスコミは日本をこき下ろすような外国の記事は大々的に書き立てることが多いのに、このような記事は黙殺する。このようなマスコミの姿勢こそが日本のエネルギーを阻喪させている元凶なのかも知れない。日本のマイナスイメージを国内や世界に発信している日本のマスコミを替えない(あえて「変える」としない)と日本は立ち直れないような気がする。

 人にはプライドが必要なのである。

中国ウオッチ・これはデマか

 マイクロブログで電力メーターのインチキが暴露されたとして話題になっている。ネットで、羊城晩報の記事として「国家技術局が電力メーター34製品のサンプルを検査したところ、75%のものが不正確なことが分かった。実際よりも10~28%も多い使用量が表示される」というものが取り上げられているのだ。
 電力メーターがおかしい、実際よりも多い電力消費量を表示してごまかしているという噂は2005年頃からネットでしばしば話題になっていたが、今回はより具体的な情報だ。
 しかしネットを管理している当局がこれはデマだとして情報を否定している。そもそも羊城晩報にはそのような記事はないとしている。
 専門家によれば電気を使いすぎたり、スイッチを切り忘れていたり、漏電したりして電気の使用量が増えるとメーターがおかしいと誤解する人が多いのだそうだ。

 この情報がデマかどうかは国家技術局が検査の事実があったかどうか正式に発表すれば済む話だと思うが、それについてはどこにも情報が無い。                    
 秤やメーターが信用できないという社会は恐ろしい。基準そのものがインチキかも知れないのだ。それはみんなが、自分は損しているかも知れないと思っている社会だ。そうしてみんなが、自分だけが損している、と思い出す。そういう人たちの心は針でつついただけで爆発してしまうかもしれない。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・渭水

 九月二十八日(原本では九月八日となっているが、八日にはまだ洛陽にいたはずでありおかしい。考史游記を参照すると九月二十八日に渭水から咸陽へ行っているので二十八日とする)午前九時、参府巷の鈴木氏宅を出発し、西安定門を出て崇仁寺を左に見て行くこと十数里、右方約五里に未央宮(びおうきゅう)の遺跡を望む。午後一時豊橋を渡る。この上流には周都の遺跡がある。臨渭県を過ぎれば渭水を隔ててまっすぐ咸陽である。渡船がある。河は広さ約十五町、咸陽の城楼は河を圧して立ち、終南山は烟霞縹渺(えんかひょうびょう・もやに霞んで遠くに見えること)の間にある。北畢原を望めば古来帝王将相の陵墓大小およそ百数十が点々と散在している。昔太公望(周の文王の軍師・呂尚、周が天下をとったあと斉の国の王となる)が河浜に糸を垂れて、斉の基業を釣ったのは(文王が釣りをしている呂将に逢い、文王の父・太公が待ち望んだ賢人であるとした)果たしてどの辺であろうか。阿房の宮人(秦の始皇帝の建てた阿房宮の妃姫たち)が雲鬟(うんかん・婦人の美しい髷)を梳った暁粧の膩脂(ぎょうしょうのじし・明け方の化粧のなめらかな油・クリームのようなものか)はまた見るに由なし。剣閣(けんかく・山の名、長安から蜀の国に到る路にあり、険しい場所として有名)雲深くして、清渭空しく東流するのを怨んだ詩人の涙が乾いてから(何という詩なのか分からない)すでに千年以上、水は昔通りに流れ続けているけれども世の中は秦から唐、そして現在まで経てしまった。四十分あまりかけて渭水を渡り、咸陽城東の朝宗門を入り、鐘楼の西にある遇盛店に入る。時に午後二時。この日の行程五十里。

2012年6月12日 (火)

中国ウオッチ・文化遺産の価値

 甘粛省内で進められている西平鉄道(陝西省・西安と甘粛省・平涼を結ぶ鉄道)の平涼市内の建設現場で、3000年以上の歴史を持つ遺跡が破壊されていることが分かった。現地政府は工事の停止を要求していたが、施工業者はそれを全く無視して工事を進めた。批判の声が高まるに及んで現場責任者は「よく知らなかった」と釈明しているという。

 この遺跡は涇州古城と呼ばれ、この鉄道建設工事に対しては、省の文物局が考古学調査を行い、保護措置をとったあとに工事を行うと云う条件で2006年に認可した。

 2009年に考古学調査が実施され、最終許認可権を持つ中央政府の国家文物局に建設計画の認可申請がなされたが、回答が得られなかったという。翌年、2010年に改めて新しい鉄道建設案の認可申請がなされたが許可の回答はなかった。
 そのため、省の文物局は地元政府に対して国家文物局の同意があるまで工事を進めないように指示していたという。

 しかし工事はそのまま進められ、遺跡は大きく破壊され、古い墓など10箇所以上が全て埋められてしまった。県当局は今年3月と5月に慌てて緊急停止命令を出したが、工事業者はそれを無視して工事は続行された。地元当局は24時間体制で工事現場で阻止行動を行い、やっと工事はストップしたが、現場は古城の城壁などが重機で破壊されて惨状を呈しているという。

 施工業者は「上からの指示通りに工事を進めただけで、遺跡のことは知らなかった。ここまで資金をつぎ込んで今更計画を変更するのは非現実的だ」と述べた。

 このことだけで中国人について断定してはいけないのだが、どうも中国人の即物性が改めて感じられた。過去も未来もない、今だけ、自分だけ、そのほかに別の価値が存在することなんか知らない、と云うわけだ。
 これでは文化遺産の価値など理解の外だ。
 これは元々の中国人の性質なのだろうか、それとも中華人民共和国建国以後の体制と教育のなせることなのであろうか。

中国ウオッチ・実名制実施草案

 中国では2011年12月から、北京、上海、天津、広州、深圳の五都市でインターネットの掲示板や中国版ツイッターのサービスに実名制登録が試行されている。
 これを全国で実施する草案が発表された。草案によれば、インターネット上のBBSやブログ、微博(ツイッター)などのサービスを使用する際は、ユーザーは実際の身分情報で登録することが義務づけられる。

 中国政府の国民の自由に対する締め付けが始まる。

中国ウオッチ・女媧の頭骨

 山西省臨汾市人祖山で女媧の遺骨を発見したそうだ。
 
 人祖山には廟が約200ある。中に「三皇」時代の神・伏羲(ふつぎ)と女媧(じょか)を祭った人祖廟が有名。1984年にその人祖廟の一部である媧皇宮が破壊されたとき、女媧像の下に人骨が埋まっているのが発見された。
 昨年8月から人祖廟の考古調査が行われ、多数の文物が発見され、また女媧宮からは頭骨が発見された。この頭骨を放射性炭素年代測定したところ約6200年前のものと鑑定された。

 専門家たちの意見ではこれは女媧の頭骨である可能性が高いという。

 これはびっくり。女媧は人首蛇身の神様である。蛇身の方は出てこなかったのだろうか。日本で云えばイザナミの神の遺骨か天照大神の遺骨が見つかったといっているようなものである。

 専門家たちによれば女媧は原始時代の母系社会の女性リーダーの称号だったと考えられるのでこれは女禍の頭骨だという判定をしたという。

 これではイザナミの神と卑弥呼は同一であると云う暴論以上にむちゃくちゃである。中国には神話らしい神話が少ない。それだけ即物的世界観の国なのだが、まさか女媧までただの人間にしてしまうとは。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・杜陵

 十月七日、桑原君と共に馬を駆って南門を出て杜陵に向かう。雁塔を過ぎていくばくもない路の西側に王氏の墓が並んでいる。一は明の隆慶年間に建てられたもの、一は嘉靖年間に建てられたものそれぞれ石坊及び石狗・石羊・石獅各二対、石人各一対が神道の両側にたち、墓門には一は勅修太子太保尚書学士贈少保王公之塋(えい)と題し、一には勅修贈太子少保尚書学士王公之塋と題してすこぶる堂々たるものであるが、その詳しい履歴は共に詳らかではない。ここからさらに南に行き、雁塔からおよそ十里、当年の曲江の流れに沿って今も所の名を曲江池と称する小村がある。その南に高さおよそ二丈の小陵がある。その北面に畢沅によって立てられた碑があり、題して、
  秦二世皇帝陵
と云う。雁塔よりの眺望を詠じて秦陵草樹深と称したのは、たぶんこの陵のことであろう。今はただ秋草の離々(りり・草花が盛んな様子)たるを見るのみ。その東南に漢の宣帝の杜陵がある。宣帝は在位の時、常に好んで杜鄂(とがく・地名)に遊んだ。故にその陵はほかの諸陵のように渭陽に置かずに独りこの地に設けられたという。陵はやや扁平形をしていて、高さおよそ八丈、方四十間ある。牆壁がまだ残っている。陵前には畢沅によって立てられた碑や、明・清の御祝祭文の碑など全てで十一ある。その東方には陪葬と思われる塚が十余あり、西南ははるかに小陵に連なり、北は楽遊原を隔てて長安を望み、風景絶佳のところである。

2012年6月11日 (月)

中国ウオッチ・文化大革命の思い出

 文化大革命の時代に行われた異常な政策の一つに「下放」という政策がある。毛沢東はインテリを毛嫌いした。知識人たちは、毛沢東の観念ばかりが先行して国民が塗炭に苦しむような政策を論理的に批判するからである。
 「下放」とは都市部の大学生や高校生を「農家に学べ」とのスローガンの元に地方の農家に農業支援として送り込んだ政策を云う。当時、毛沢東の農業政策の失敗で農家の生産性は著しく低下していたが、地方政府は農業生産は増産している、と報告していた(減産していると報告すると責任をとらされる)。その報告された生産量に相当する租税が強制的に取りたてられたので、農家は自分たちの食べるものに事欠く状況であった。そこへ農業の素人の学生たちが派遣されてくるのである。役に立たない上になけなしの食べものを分けなくてはならない。そのために学生たちはかなり過酷な仕打ちを受けた。住むのも窰洞(ヤオトン)という洞窟のような所へ何人かまとめて放り込まれていた。劣悪な環境で慣れない農作業で酷使され、勉学の機会は全く失われ、病気で死んだものも多い。
 
 中国ドラマ「知青」が賛否両論だという。「知青」とはその「下放」で地方の農家に送り込まれた知識青年たちのドラマである。
 表向きはそのような劣悪な環境の中でがんばっている青年たちが描かれて感動的である、と云う評価がなされている。
 しかしこれには裏がある。中国の次期指導者、習近平と李克強はこの「下放」経験者なのだ。その中から苦労してのし上がってきた。だから「知青」というドラマは彼らを賛美するためのドラマであり、一面では文化大革命を肯定するドラマともなっている。

 さすがに数千万人が殺されたり自殺に追い込まれたり廃人になったりした文化大革命については、鄧小平が、毛沢東の過ちであったとして総括しており、それが中国政府の公式見解である。
 その文化大革命を再評価しようとする動きを中国人、特に知識層は非常に危惧している。そしてその文化大革命の再評価の動きこそ中国の民主化の動きを阻止しなければならないという考えの一部権力者、特に軍部のもくろむものなのである。

 中国の好景気に急ブレーキがかかりつつある。その中で国民の反体制、民主化の動きが高まる可能性が大きいが、それを弾圧で阻止しようとする準備が一部権力者によって着々と進められているのだ。
 すでにインターネットでの意見表明は全て実名でしか出来なくなるようになりつつある。中国人に暗い季節がまためぐってくるかも知れない。

 ちょっと長谷川慶太郎に影響されすぎてしまったか。心配しすぎだろうか。こんな予測が外れることを祈る。もしこんな予測が当たれば中国だけではなくて日本にも甚大な悪影響があるから人ごとではないのだ。

中国ウオッチ・蛙の虐殺

 中国の大学入試センター試験の季節である。受験生の親は我が子が少しでも良い点が取れるように必死である。
 親の中には水洗トイレを流す音にも神経を使うほどだという。
 ある親は蛙の鳴き声がうるさいと、蛙のいる近所の池に毒を流して蛙を全て殺したという。確かにやかましい蛙もいる。
 だがそこまで神経を使わなければ合格しないようなひ弱な神経では中国の社会に出てから生きていけるのだろうか。
 回りが神経を使えば使うほど神経を使われたことに神経質に反応するのが受験生だ。蛙も受験生も大変だ。

葉室麟著「川あかり」(双葉社) 

 この物語は著者のほかの本とは少し趣が違う。
 主人公の伊東七十郎は藩内一の臆病者と云われている軽輩の若い武士である。その彼に刺客の密命が下される。藩の家老が江戸から下ってくるのを討たなければならないのだ。しかし七十郎にはその腕も勇気もない。だが逃げるわけにもいかず、殺されるのが分かっていながらその家老を迎え撃つため出発するのだが折からの大雨で川止めに遭う。
 川止めのあいだ、仕方なくみすぼらしい木賃宿に宿をとるのだが、そこでいろいろな人に出会い、いろいろな出来事に遭遇する。やりとりの中で、それぞれの人が辛酸な目に遭った過去を持っていることを知る。それに心が動かされるのだが、実はその辛酸には全て関連があることが明らかになってくる。そしてそれは自分の倒すべき相手とも大いに関わりのあることも分かってくる。
 七十郎は非力で臆病である。しかし彼には武士としての矜恃が確かにあった。人々は最初、彼に見た目通りの非力さのみを見るが、次第に彼の美点に気がつく。そして人がそれに気がつくと共に彼自身も徐々に変わってくるのだ。ただの諦念から無理だと分かっている役目を果たそうとしていたが、その役目に積極的な意味を見つけ出すことでいつの間にか人間的に大きく成長していたのだ。
 ところが刺客としての彼を、逆に討とうとする人物がこの宿場に現れる。藩で屈指の剣の使い手で、とても七十郎が抗すべき相手ではない。絶体絶命の危機であり、これでは役目を果たすどころではないのだが・・・。
 弱い主人公にいつの間にか周囲の人々が心から声援を送りだし、協力するようになっていく。それは七十郎自身が気がついていない七十郎のすばらしさ故なのだが、読者もいつの間にか七十郎に感情移入していく。身の程を知り、それでも精一杯逃げ出さずに立ち向かう七十郎の姿は、強い人間が強いが故に敵を倒すよりずっと格好が良い。
 七十郎の自分の言葉にこだわる生き方、その潔癖さが胸を熱くさせる。

中国ウオッチ・なぜ反日か

 中国の検索サイトに「中国人は日本の何を憎んでいるのか?」という設問が立てられ、いろいろな意見が寄せられた。それが紹介されていたので記す。
「尖閣諸島の経過」
「日本人も中国人を憎んでいるから」
「日本人が豊かだから」
「日本に劣等感を抱いているから」
「中国政府の方針に従っているから」
「歴史を忘れないため」
なるほど・・・
ところで「日本人を憎んでいる人のほとんどは抗日ドラマに洗脳されている人で、政府はおつむの弱い愛国者を利用して国内の矛盾から目を逸らさせている」と指摘する意見もあり、結構まっとうなものが多い。

中国政府はデモを原則禁止にしているが、今までの反日デモに対しては黙認してきた。ところが看板は反日なのに実際は反政府、反体制の色彩を帯びることが多くなってきたため、最近はかなり規制が厳しくなっている。今までのような野放しの反日はなくなるだろう。だからこれから起こる反日行動は、今まで以上に中国政府の意図的なものであるとみて良い。

中嶋義道著「『人間嫌い』のルール」(PHP新書)

 「人間嫌い」はニヒリストでは無い。

 著者の「醜い日本の私」(新潮選書)を初めて読んで、なんて狷介なじいさんだ、と思っていた。でもここまで意地悪じいさんだと反って痛快でもある。世の中の常識というのが如何に非常識か、と云うこともよく分かる。どちらかと言えば世間一般の人より、自分がこの頑固じじいに近いことにも気がついた。

 さて「人間嫌い」のルールであるが、最後に10項目にまとめているのでくだくだしい説明は本を読む楽しみとして、その項目だけを列挙して紹介に代えたい。

①なるべくひとりでいる訓練をする
②したくないことはなるべくしない
③したいことは徹底的にする
④自分の信念にどこまでも忠実に生きる
⑤自分の感受性を大切にする
⑥心にもないことは語らない
⑦いかに人が困窮していても(頼まれなければ)何もしない
⑧非人間嫌い(一般人)との「接触事故」を起こさない
⑨自分を「正しい」と思ってはならない
⑩いつでも死ぬ準備をしている

どうです。世の中のしがらみを拒否する代わりに自分が拒否されても何とも思わない覚悟がいります。著者は夫人とも、同居はしていてもほとんど交流がなくなっているようです。うらやましい、と云ったら殴られるかな。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・大明宮

 大明宮(だいめいきゅう)は唐の東内に貞観八年に立てられた。その遺跡は府城の北五里にある。十月六日、鈴木氏、同夫人、足立氏、同夫人、令息阿部氏、及び桑原君と共にこの地に遊ぶ。北門を出て東に行き、一小村を過ぎれば前方に一帯の高い丘が東西に連なっている。これが龍首山である。大明宮趾はその東端に東西およそ百二十歩、南北およそ百余歩で、高さおよそ三丈ある。そして南面の両端には各一座の小丘がある。これはたぶん翔鸞棲鳳(しょうらんせいほう)二閣の跡であろう。遺跡はことごとく耕されて畠となり、ただ当年殿堂の礎石が一基、今なお隴圃の間に残っている。その礎はおよそ四尺、上面は円く刻み、径二尺七寸である。山上に立てば四望豁然、南山北嶺は雲に入り、長安は脚下にあり、真南は大雁塔を見、顧みて西北に畢原(ひつげん・この場合は畢は西安の北方地帯を指す)の諸陵を指す。暖かい小春日和、麦は青く粟は黄色、あたかも踏青の遊(とうせいのゆう・春の日に緑の草を踏んで郊外を散歩する)に似ている。
 ちなみに云うと、唐の南内の興慶宮の趾は大明宮の東南に当たり、東関八仙宮の東に、今も興慶坊及び興慶寺がある。西内太極宮はもとの隋の大興宮であり、唐の玄宗が安禄山の乱を避けて蜀に蒙塵(もうじん・天子が他国に逃れること)し、還幸のあと移り住んでいたところである。大明宮の西南に当たり、今の府城の西北隅である。

2012年6月10日 (日)

中国ウオッチ・北極評議会

 アジアからヨーロッパへ向かうのに今まではマラッカ海峡を通り、インド洋を通り、スエズ運河を通るのが普通のルートである。しかし中国が東シナ海、南シナ海で覇権を求めて海軍を増強して影響力を強化、今後どうなる危ういこと、その勢いで中国がインド洋まで影響力を及ぼそうとしているに到っては物流の危機である。
 また中東は今政治的に極めて流動的である。今のところスエズ運河は問題なく通行できているが、エジプトがアラブの部族主義的論理に巻き込まれてしまえば、中東は一気に百年前の世界に戻ってしまう。アメリカもシェールガスの実用化により、中東の原油にこだわることから一歩身を引き出した。経済的にも人的にもこれ以上中東に関与することがコストと見合わない状況になりつつあるのだ。となればスエズ運河の安全は今後保証されるかどうか分からない。

 そのような背景から今ベーリング海峡から北極海経由での航路が現実化しようとしている。しかもその北極海には石油や天然ガスが眠っていることが分かってきた。地球温暖化のせいか、北極海の氷も薄くなり、航行が容易になりつつある。
 そういうわけで北極海に関連する国々で北極評議会という組織が結成され、実働を開始した。

 ここに中国が参加を申し入れたのだそうだ。
 中国はここでも利権を確保するためにいち早く動いているわけだが、これに強く異を唱えているのがノルウェーである。

 ノルウェーと云えばノーベル平和賞の国である。昨年、中国の平和運動家、劉暁波氏にノーベル平和賞を授与したことに対し、中国は反発してノルウェーとの自由貿易協定の交渉をストップ、ノルウェー産のサーモンの輸入に妨害を行うなど、内政干渉であるとして露骨な報復を行った。これは理不尽な行動であり、国際的にも認められるような行動では無かった。

 これに対してもちろん中国は謝罪など一切するわけが無いし、ノルウェーが悪いという姿勢を変えるとは思えない。
 しからばそれに対してノルウェーがこの北極評議会への中国参加に異を唱えるのは当然である。ノルウェーは江戸の仇を長崎で取るわけである。

波多野誼余夫・稲垣佳世子著「知的好奇心」(中公新書)

 人は動物同様生来的に怠け者である、と云う前提で社会の仕組みは成り立っていると著者は云う(著者はもちろんその説に与しない)。この人間生来怠け者説を裏付ける動物実験の数々、そして赤ん坊、そして幼児に対しての実験の例が紹介されていく(しかしこんな実験を赤ん坊や幼児に行ったと云うことに慄然とする。被験者のその後に甚大な影響が無かったなら良いが、かなり危うい)。なるほど何も動因(動機付けのことで、特に見えない強制力を持つもの)が無ければ人は怠け者なのだと思わされる。
 著者は続いてそれに対しての反証例を列挙していく。怠け者説がじわじわと突き崩されていく。人間や高等動物である猿などには知的好奇心があり、動因なしの自発的行動があることが立証されていく。
 こうして教育や仕事について、システムが怠け者説に則って構成されている現実に対し、異を唱えていく。これはゆとり教育推進論につながる考え方である。

 まことに興味深い論の展開であり、前半はまことに興味深いが、そこから一気に持論に入る下りからはいささか性急に過ぎるように思う。
 怠け者説で全てが説明されてしまうことには私も問題があると思う。確かに動因が無くても怠け者では行わないような自発的行動をすることは自分自身でも確かにあるので了解できる。だが著者のように、怠け者説を突き崩したから全否定に入るというのは如何なものだろう。現に人は怠け者でもあることは誰でも承知している。その怠け者の部分と自発的な部分の割合が人によりかなり違うことも経験的に分かっている。だから著者の云うように教育や仕事にあまりに積極的に自発的なものばかりを取り入れるようなことは冒険に過ぎるのではないだろうか。
 特に子供は、自発性を大人と同様に持っていると断定できるのであろうか。自発性を育てるためにある程度動因が必要であることもあり、学校教育はそのためのシステムでもある。その中によく考えられた形で自発性にもとづくカリキュラムを取り入れるのであればよいが、極端は良くないのではないか。
 社会のシステム、特に資本主義社会を生来怠け者説にもとづくものであるという言説はある面では事実であろうが、人はその中でも大いに知的好奇心を発揮し、自発的に仕事をしている。社会主義であれば怠け者説を打破できるとユートピアのように云うに至っては、ネタバレでがっかりする。
 この本の初版が昭和48年、そのような時代だったかも知れない。著者は共に教育心理学者。教育心理学者についてはいささか含むところがあるが今回は言及しない。

古い本の紹介で申し訳ない。

中国ウオッチ・世界最高層ビル

 中国で世界最高層、なんと220階建てのビルを長沙市に建設する予定だと云う情報が流れた。ビルは「天空都市」と名付けられる予定だという。
 現在世界最高層ビルはドバイにあるブルジュ・ハリファ(高さ828M)であるが、これを50階上回る。
 それ以上に驚くのは建設期間である。ハリファビルは6年かかったが、天空都市は二ヶ月。来年元旦に完成する予定だそうだ。

 これを建設するとされる建設企業「遠大集団」は問い合わせに答えて「まだ社内的な段階で公式発表は出来ない」としている。
同社は以前「空中都市」という高層ビル(高さ666M、220階)の建設計画を発表している。これが誤り伝えられたのか。
 確認に対して同社は「外見は似ているが、建築技術をさらに改良したものを予定している。ビルにはホテル、病院、学校、商業施設が入る予定である」と答えているのでまるででたらめというわけではなさそうである。

 それにしても2ヶ月で完成とはデマにしても驚かされる。まして本当だったら絶対にそのビルには行きたいと思わない。

中国ウオッチ・長江の危機

 世界最大の三峡ダムが水量不足に悩んでいるという。三峡ダムは長江に懸けられているダムだが、さらに上流に複数の大型ダムが造られ、そのダムが貯水を始めたためだという。
 専門家によれば現在造られたダム全てが発電するために必要な水量はすでに長江の総流量を超えているといい、このまま全てが運行されると長江はいずれ干上がってしまうと警告している。
 三峡ダムが完成してから、長江流域の大きな湖である洞庭湖や鄱陽湖(はようこ)も渇水によりその面積が著しく減少している。それがさらに加速することになりそうで、湖だけでなく、長江流域全般の渇水という異常事態となりそうだ。

 河は流れ続けている。またダムは水を吸い上げて消費してしまうわけではないから、発電のために水を流せば、その水は必ずつぎに送られるはずである。一定の貯水が終われば安定すると考えられるが、その貯水量が尋常でないから安定までにどれほどの環境に対する影響が出るのかが問題なのであろう。
 
 心配なのは各ダムの放水の連携である。それぞれが勝手なことをすれば流量が極大極小の中で大きく変動することになりかねない。そうなると異常事態が定常化するというとんでもないことになりかねない。

 ダムを造る、と云うことが必然であったのかどうかも疑わしいところがあり、ダムを造ることの大きな利権が目的である場合がなかったのかどうか。
 三峡ダムでの発電であれば周辺に大きな電力需要の大都市があるからまだ目的にかなうが、ずっと山奥に造られたダムの電気を、送電線を使って運ぶことによる電力ロスを考えると無駄なことが多いのではないだろうか。日本の山奥のダムからの送電と云っても中国と較べれば距離は知れている。送電ロスを最小にする技術は、中国はまだ日本より立ち後れている。ロスがある上に長距離を送電すれば発電して空中に放電するという無意味なことをすることになってしまわないか。

 そのような利害得失をよく考えてのダム建設であったのだろうか。とてもそうは思えない。長江は満身創痍になりつつあるようだ。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・興善寺

 小雁塔の真南一里に興善寺がある。仏堂伽藍ことごとくは同治年間の乱(太平天国の乱が同治年間に洪秀全が死んで収束)に焼けてしまい、まだ修理されていない。明や清の重修碑が三、四基、草茅の間に立っている。後庭には康煕四十五年の重修碑記があり、寺の来歴を記してある。それを要約すると、晋の武帝の時に立てられ、遵善寺(じゅんぜんじ)と名付けられた。隋の開皇の初めに上天竺の沙門闍羅笈多(じゃらくた)が経典数百巻をもたらし来て、この寺で翻訳した。故に、名を興善寺と賜う。唐の時代に惟寛、惟政、棲倫等の諸禅師が宗旨を闡明(せんめい・明らかにすること)し、明の時代には雲峰禅師が、そして清の初めには雲峨和尚がいて大いに宗風を発揚した云々とある。王士貞の記によれば、寺中に惟政禅師の像があり、とても古いものだと云うが、その像もまた同治年間に亡んで今はない。昔年の大伽藍は見る影もなく、ただわずかに同治八年重修の方丈のみが残っている。楣間には西太后御筆「雲林妙諦」、光緒御筆「覚悟群生」の扁額を掲げてある。

2012年6月 9日 (土)

小椋佳

 BSに小椋佳が出ていた。

 生まれて初めて買ったLPが井上陽水、そして続いて買ったのが小椋佳だった。

 小椋佳は好きだけれど今はその話ではない。

 40年前、仕事で北海道へたびたび行くことになった。当時は東京の営業所に居た。行ったら10日から二週間、経費もかかるからそれに見合う仕事をしなければならないのでかなりストレスのある仕事だった。正直言えば会社を辞めたくなるほどだった。

 その時に仕事で出会った人に小椋佳にそっくりで、学生時代にグリークラブだったという人がいた。バリトンの深い声でそれだけで魅力的な人だった。大学は名古屋にいたという。何年か仕事でのつきあいのあと、実家の建材店のあとを継ぐと云って縁が切れた。実家は留萌と聞いていた。

 工藤さん、それからどうしていますか。あなたのことは忘れられません。

 少し早めに酒の肴をそろえてテレビを見た。

 ずいぶん久しぶりにミュージックフェアを見た。いろいろな歌手が出ていたが、その中に香西かおりがいた。

 なんという歌か知らないが、演歌のゆっくりした歌にしみじみとした気持ちになった。

 そういえば歌詞の意味を感じながらその世界観に酔うというのは久しぶりだった。

 歌詞だけを読めば何ほどの感興もないかも知れない。それが一流の歌い手の歌声として聞くと違う宇宙に漂うことが出来てしまう。

 演歌も、浪曲も、義太夫も、言葉が魔法のように人の心に働きかける力がある。

 音楽というものの力だと思っていたが、言葉を会話とは違う何かの様式に託す時、その言葉がきらめき出す。音楽はその一つの様式なのだろう。

 音楽を音楽として楽しむという世界もある。西洋音楽はそんな世界かも知れない。音楽については、語るにたるほど知らないが、その世界の居心地の良さにこの頃はずっとそれを楽しんできた。大好きな平原綾香も言葉より音楽を感じて味わってきた。

 しかし言葉が、そして詩が、託された様式によって輝くときのその世界は無限である。一瞬が永遠であると云うことを感じる。

 それは酒場の片隅で聞く松尾和子かも知れない。

 深夜のドライブで聞く中島みゆきの歌かも知れない。

 そして異国の地で見た風景に思い出す、杜甫の詩かも知れない。

 言葉の意味が、そして世界が、永遠の輝きを語る。そのことを今夜の酒と香西かおりは思い出させてくれた。

 

中国ウオッチ・加藤嘉一氏窮地に陥る

 7日に紹介した「今中国人は何を考えているのか」の著者・加藤嘉一氏が、著書(この本ではない)のサイン会での発言が中国で非難を浴び、窮地に立たされている。
 南京市の書店でのサイン会でファンからの南京大虐殺事件についての質問に対して「真相は不明である」と答えたことが問題とされたのである。
 南京大虐殺については中国人は国として決められた見解を、子供の時から事実として徹底的に刷り込まれている。その件に関してはそれ以外のいかなる意見もあってはならないこととしてほとんど洗脳されていると云っていい。加藤氏もそのことは良く承知しているはずなので、質問の中に何か引っかけるような訊き方があったものと思われる。その答えをいかにも南京大虐殺について異論があるように大々的に取り上げるというのはたぶん意図的なものがあるのだろう。

 彼が解説しているブログのアカウントを取り上げろ、と云う意見が殺到しているという。これこそが中国のやり方だ。国外退去させて再入国禁止にしろ、と云う声も上がっているそうだ。

 しかし彼の日頃の言動をよく知る人々の中には比較的に冷静な人もいるらしいのは救いだ。こういうときに騒ぎ立てるのは最もおつむの弱い扇動に乗せられやすい連中であることは、心ある中国人はうんざりするほど分かっている。加藤氏がそう言うには何か理由があるはずだ、とか、加藤氏がそう言うのだからもしかすると南京事件については教えられていること以外の見方があるのかも知れない、と気がつく人間が反って増えるかも知れない。
 中国共産党の基盤中の基盤は反日を貫徹して現在の中国を建国した(これには大いに問題があるのだがここでは触れない)と云うことにあり、その最も反日の核になるのが南京大虐殺のプロパガンダであるから、中国政府はここにこだわるわけであるし、そのことを日本人の中では最もよく知る一人が加藤嘉一氏なのだ。そして加藤氏がそのことを良く認識していることを、加藤氏をよく知る中国人もよく分かっている。

 加藤氏のこの顛末についての本がいつが出るだろう。それを待つことにしよう。

中国ウオッチ・ベースアップ

 中国当局の発表によれば、2010年から2011年の一年間での年間平均給与は、国営企業で働く社員で3万7147元(約46万400円)から4万2452元(約52万6000円)になり、14.3%アップ、都市部の民間企業では2万7147元(約25万7000円)から2万4566元(約30万4000円)になり、18.3%のアップであったという。中国人は共稼ぎが多く、男女の差も少ないから世帯の収入はずいぶん多くなった。
 これから分かることは、国営企業の方がずいぶんと給料が高いこと、そして中国人の給料のベースアップが想像以上に進んでいることだ。
 ところで中国の物価上昇は確か6%前後だと発表されていたはずだ。それなら中国人は生活がどんどん良くなって笑いが止まらないことだろう。

 なぜ中国人はそれなのに不満を持つのだろうか。
①アメリカや日本や韓国の生活の様子を知り、その生活にはまだほど遠いから。過去との比較はしないのか。
②物価の上昇率がインチキだから。本当は給与以上のインフレで生活が苦しいのかも知れない。中国の統計数字はほとんど信用できないと中国人自身も思っている。
③給与とは別の話で、政治的な自由がないから。そこまで思い詰めて認識している人は一握りであろう。

 さて真実はどれなのであろう。全部当てはまるかも知れない。それに、全員が貧しかったときはそんなものだと思っていたが、今は自分以外の人間が自分より少しでもいい目を見ているのが堪えられないのかも知れない。

葉室麟著「霖雨」(PHP研究所)

 葉室麟の最新刊。昨日購入して、半分徹夜して読了。途中で寝ようと思ったがやめられなかった。
 豊後日田は天領である。その日田の儒学者・広瀬淡窓と弟・久兵衛の物語だ。淡窓は幼少の時から優秀で、身体が丈夫では無かったことから家業を弟・久兵衛に譲り、私塾・咸宜園(かんぎえん)を開いていた。咸宜園はいつしか名塾として全国に知られるようになった。
 淡窓は塾の運営について入門者に「三奪」を行った。年齢、学歴、身分の三つを奪って平等としたのだ。そして「月旦評」と云う成績評価を毎月行った。これは成績至上主義ではなく、日頃の素行も評価に大きく取り入れており、それによって塾の中での役割も与えられた。
 日田の代官所には九州の天領合わせて十五万石を差配する西国郡代が置かれている。久兵衛はこの西国郡代の御用達商人として働いていた。
 ときは天保時代、西国郡代は塩谷大四郎、切れ者だが自己中心的で狷介であった。これはこの塩谷郡代による「官府の難」と戦う兄弟の物語である。この場合の「官府の難」とは咸宜園に対しての郡代の横暴な横やりのことである。私塾であるのに公儀を笠に着た口出しは徐々に淡窓の我慢の限界を超えるものになりつつあった。
 弟の立場を思い、ひたすら忍耐する淡窓の元へ入塾希望者が訪れる。この男女二人が入塾したことにより、事態が大きく動き出す。
 
 天保年間と云えば大きな飢饉が続き、世情が騒然としていた時代で、やがて大塩平八郎の乱が起こるのだが、この物語でもこの乱が大きく関わってくる。
 淡窓も久兵衛も情の人である。広く深い情の海を心にたたえ、自分の信じる生き方を貫き通す。損得とは全く別の生き方があることが、そしてそれがどれほど価値のあるものであるのかが読み進むにつれてこちらにも響いてくる。
 淡窓は漢詩をよくした。ことある毎にその心情を中国の名詩に託したり、自分の詩を引用してその心持ちを映像化する。その思いがより深く伝わる。葉室麟の素養の深さが感じられる。

 時代小説だが、斬り合いのシーンなどはほとんど無い。坦々と話が進んでいくのだがいつのまにか物語に引き込まれてしまう。作者によほどの力量が無ければ出来ないことで、改めて葉室麟の実力を感じた。

 ちなみに広瀬淡窓はATOKでも一発変換(咸宜園も一発)した。漢学者では超一流の人である。また咸宜園は幕末まで引き継がれ、多くの幕末の俊秀を生み出したことで知られる。

 読まないと損な本である。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・小雁塔

 小雁塔は南関外三里、薦福寺(せんぷくじ)にあり、もとは隋の煬帝の旧邸で唐の京城内開化坊の地である。則天武后が建てたもので大献福寺とした。天授元年薦福と名を改めた。神龍以後は経典翻訳のところであった。塔は景龍年間、官民を挙げて基金を募り造られたもので、十五段高さは三百尺ある。
 門を入り、天王殿を過ぎて慈民閣に到れば、閣の壁間に宋政和六年に立てられた大薦福寺重修記を挿入してある。その文によれば、涇陽の李長者が夢に宝塔を見て醒めて後もなお目前にあるようであった。後この寺に来て夢に見た塔のようだと云うことで因縁を感じて財産を傾けて補修したという。閣の後ろに大雄殿があり、前庭には重修碑記及び科挙登第の題名碑三十余がある。大雄殿の後ろが小雁塔である。塔は破損して久しく修理されておらず、今は登ることができない。塔の前に雍正十二年に建てられた薦福寺由来の碑がある。

Img544小雁塔。上れない。

Img561_2境内の店で切り絵を売っていた。





Img561


2012年6月 8日 (金)

中国ウオッチ・宗教商売

 多くの寺院や道観(道教の寺)は観光地にある。と云うより有名な寺院や道観があるから観光地になっているとも言える。その観光地の経営権が地方政府から民間に高額で譲渡されるケースが続出している。
 地方政府は譲渡することで濡れ手で粟で金が得られる。また譲渡を受けた個人や法人はそれ以上の収入を当て込んでいるわけで、当然せっせと資金の回収に努めることとなる。
 
 これに対し、宗教団体から、宗教の名を借りた「商業活動」批判が寄せられている。

 宗教活動がそのまま営利活動にならざるを得ない実態は宗教の本質を見失っていることは明らかだが、人々が仏像や伽藍をありがたいと思うかどうかにかかっている話で、営利に偏りすぎればありがたみも薄れ、人も集まらなくなるだけのことだろう。
 現代の中国人は現世利益を追求するに急だ。死後の幸せなんかあまり気にしてるとは思えない。御利益があるかどうかであり、それらしく思わせたところが人を集め、金も集まり、それを見てまた人がさらに集まると云うところか。
 共産党より上位の存在は認められないのが共産主義である。中国政府にとっては宗教も商業主義くらいでちょうど良いのだろう。

徳岡孝夫、中野翠著「泣ける話、笑える話」(文春新書)

 副題は「名文見本帖」。二人が交互に短い話をつなげていく。珠玉の四十話が収められているが、全てフィクションではない。表題のように泣ける話あり、笑える話あり、心に響く物語ばかりだ。
 このようなプロの見事な技を見せられると下手な批評も紹介も恥ずかしくて出来なくなってしまう。とにかく読めばそのすばらしさを堪能できる。これほど読んで良かったと思わせてくれる本に出会えてうれしいことであった。今年初めに出版された本です。今なら書店の店頭に必ずあるはずなので探して読むべし。

魚大好き

 もなさん、「鯛のアラ」にコメントをありがとうございます。
 私は九十九里の近くで生まれたので、地引き網でとれたての魚を食べて育ちました。だから鰺や鰯は包丁を使わずに手でさばくことが出来ます。
学生時代、山形県の米沢という雪深いところに暮らしたときは、雪はまだ我慢できたのですが、新鮮な魚がないことがとてもつらいことでした。米沢で魚と言えば鯉か泥鰌(これもこれなりにおいしいですが)。海の魚は干物ばかりでした。もちろん寿司屋へ行けばそれなりの魚は食べられますが、学生の分際ではそれもかないません。
 本当に新鮮な魚が食べたいときは、今は釣りに行きます。知多半島から釣り船で沖へ出ればかなりのお土産を持って帰れるのですが、子供たちが巣立って一人暮らしとなるとそんなに持って帰ってもしようがないので最近は防波堤の釣りです。三重県の水の綺麗な辺り(志摩半島のさらに先、南島町という辺り)まで行きます。潮風に吹かれているだけで快適です。ちょうど自分が食べられるだけ釣れたら引き揚げることにしているのですが、行きに二時間、帰りに三時間かかるのに、良く釣れる日などは一時間で釣りは終了です。景色も良いのでドライブだけでも楽しいのです。
 釣れた魚は毒のあるもの以外は食べます。今頃は防波堤に鰺や子鯖が大量に寄ってきます。鰺は大きければ塩焼き、小ぶりなら煮付け(新鮮な魚ほど煮付けてもおいしいもので、この鰺の煮付けの食べ散らかしたのと煮汁に熱湯をかけていただく骨湯は絶品です)、さらに小さいものは唐揚げにします。子鯖は頭とはらわたを大胆に斜め切りに落とし、酢漬けにすると二、三日で骨ごと食べられます。
 寄せ餌をするとグレ(メジナ)が集まります。防波堤なので大きさは10cm位のものばかりですが、小さいものはリリースして大ぶりだけを持ち帰ります。これははらわただけを綺麗に取り除いて鱗は引きません。たっぷりの塩で鱗ごと洗ってぬめりを取り、さらに塩をふってそのまま焼きます。上手に焼くと鱗ごと皮がぺろりとむけて綺麗な身だけになります。それに醤油を垂らして食べます。夏のグレは磯臭くてまずい、猫も食わないなどと言いますが、とんでもない。美味であります。これを食べるときは台所に椅子を置き、脇にお酒のグラスを置いて焼きながら、みぞりながら食べます。至福の時です。
 ただ夏は魚のはらわたがすぐににおってくるので、油断できません。あのにおいだけは耐えがたいので処理は迅速に、こまめに生ゴミを処分しなければなりませんが、一杯はいってしまうとつい面倒で・・・。
 ああ、釣りに行きたくなりました。名古屋もそろそろ梅雨入りだそうです。ブログで伺った華南のような30℃以上の夏は、こちらはもう一月あとからでしょう。
 ではご自愛ください。

中国ウオッチ・万里の長城の破損

 現在までの調査で明らかになった万里の長城の総延長は21,196Kmだという。今朝のテレビで今までは8000Km程度だったのがなぜ突然20000Kmになったのか、ととんちんかんなコメントをしていたが、端から端までの距離と総延長の違いが分かっていないお粗末なコメントだ。秦以前、秦、漢、明、など時代ごとに違うところに造られたものがある。当然長くて当たり前だ。

 万里の長城は中国が世界に誇る世界遺産だが、その破損が深刻な状態になっているという。専門家は酸性雨や観光開発、施設の建設などが原因だという。
 現在主要箇所の修繕が進められているが、破損の拡大に追いついていない。
 しかし最も損害を大きくしているのは人災だ。長城の煉瓦を家や納屋の補修のために使うことは昔から行われてきた。田や畑の境界などにも手軽に利用されている様子を以前テレビで見たことがある。長城はとてつもなく長い、取り締まりようがない。また長城の煉瓦を崩している人たちには罪悪感はみじんも見られなかった。
 
 歴史を現代の価値観で裁いていくのが共産主義というもので、中国は特にそれがはなはだしい。万里の長城は民衆の血と汗で作られた。なぜそれを遺産として大事にしなければならないのだ、というわけだ。
 造反有理、反日有理、損壊有理である。

コメントをありがとうございます

 桐生的周恩来先生、コメントをありがとうございます。そのつもりではなかったのですが、大好きな池波正太郎を真似たようなものになっていましたか。わずかでも似ていればそれも光栄です。「赤城山」、山もお酒も我が懐かしくも恥ずかしい青春の日々でありました。また中国語交じりのお話を拝聴に参ります。

中国ウオッチ・料理しない女性

 1980年代に生まれた中国人夫婦の半数が結婚後に自分たちで食事を作っていないという。それに対し、1960年代、及び1970年代生まれの夫婦は90%が自分たちで食事を作っているという。これは中国メディアのアンケート調査によるものだ。
 中国では「男をつかむなら胃袋をつかめ」と言われてきた。それが通用しなくなった時代が来たようだ。政策の結果として、1980年代以降は必ず一人っ子同士が結婚することになる。料理を小さいときから手伝えば料理も出来るだろうが、甘やかされて手伝うこともなく育ったのかも知れない。また、親と同居する場合もかなりあるが、親が料理を作るので、料理をする必要が無いケースも多いようだ。まだ中国の核家族化は日本ほどではないのかも知れない。
 
 北京の朝市などで見たが、朝食の食材を買いに来ていたのはほとんど老人であった。中国では共稼ぎが普通だから、料理は親が作ることが多いのかも知れない。でもいつまでも親が作るというわけにも行くまい。

 料理の得意な女性は賢いと言われる。料理は工夫と段取りの要素も大きく、センスのない人には難しい家事だ。また料理を作ることで女性は賢くなり、センスを磨く。その機会を放棄するのは実はずいぶんもったいないことなのだが。料理と言えるほどのものではないが、私は食事を作るのが好きだ。だからついウエイトオーバーになってしまうが。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・清真寺

 清真寺は長安中に八箇所ある。そのうちで西門内学習巷路西にあるものは必ず一度は見なければならない。興福寺詣での帰路行ってみた。この寺は中国における最初の清真寺で、南京の清教寺はこれに次ぐ。唐の中宗の時、長安の新興坊に立て、名付けて聖教寺と云う。玄宗の時唐明寺と改め、元の中統間回々万善寺(かいかいばんぜんじ)と云い、明の時代には清浄寺と云い、清の時代には清真寺と云う。寺庭に明の嘉靖二年に立てられた劉序撰重修清浄寺記がある。漢文とトルコ文で書かれている。また咸豊七年に立てられた勅賜清真寺碑記がある。寺はしばしば修理された。そうして最も注意すべきは永楽年間に太監鄭和もこれを修理していることである。鄭和は使節として西域に来往し、また海を航海して遠くインドの西に至った人である。初め、まさに西域に入ろうとしたとき陝西に来て通訳を求め、清浄寺の掌教(しょうきょう)哈三(ハアサン)を得た。使いを終えて帰路の海で風濤大いに起こり舟がまさに覆らんとしたが、哈三の祈祷によってようやく無事に乗り切ることが出来た。これにより鄭和は洪誓を発し(不詳)後この寺を修理したという。この事実は「劉序撰重修碑記」に詳らかである。その他礼拝堂、付属学堂、浴室等の設備及び寺院の維持費はおおかた寄付によるものであることは全て北京の礼拝寺と同じである。学習巷内に住むものはほとんど回々教徒で、我々の来るのを見て数十人が来集し、私の質問に応じて遺漏のない答えがあり、また写真を撮るに当たっても便宜を図ってくれるなど極めて好意的であった。

*清真はイスラム教のことで、清真寺はイスラム寺院である。

2012年6月 7日 (木)

鯛のアラ

 スーパーで、鯛のカブトの二つ割りしたのとアラがパックになって売られていた。カブトの一つに塩を振ってじっくり焼く。残りのカブトの片割れとアラを少し甘めに醤油で煮つける。
 酒は菊正の冷酒用辛口。冷蔵庫に冷やしてある。今日はビールは飲まない。付け合わせに葉生姜と味噌。よく冷えた菊正を口に含み、先ず生姜を囓る。この生姜を味噌で食べるのが子供の時から大好きだ。これからミョウガも出てくる、エシャロットをもろみ(金山寺があれば言うことなし)で囓るのも良い。野蒜玉だったら最高だ(ちょっと辛いけど)。
 また菊正を口に含む。辛口なのに甘く感じる。冷たさが歯にしみる。香りを鼻に抜いて楽しむ。焼いたカブトに箸をつける。鱗を引いていないので皮を食べるのは唇回りだけにする。適度に脂がのり、香ばしくてうまい。身をみぞって丁寧に食べる。母親に、あんたの食べた後は猫がかわいそうだ、と云われたものだ。食べた後には洗ったような骨の山だけが残る。丁寧に焼いたので眼も食べる。食べる度に菊正で口を洗う。鯛の頭はややこしい作りになっているで油断すると食べ残しが生ずる。徹底的になめ回す。鯛の鯛が綺麗にとれた。どんな魚にもある骨だがやはり鯛が一番形が良い。
 次いで煮付けを楽しむ。こちらもカブトから。

 テレビも消した。陶然としながらこうして夜がゆっくりと過ぎていく。

 U島君。こんな感じで良いでしょうか。貴君が一度酒と食べ物についてブログに書けというので書いてみましたけど。

中国ウオッチ・年金受給年齢引き上げ

  これは日本の話しではない。
 中国政府は国家が定めた定年退職後に支払われる「養老年金」の受給開始年齢を弾力的に引き上げる方針を明らかにした。
 中国では男性は満60歳、女性の一般労働者は50歳、女性幹部職員は満55歳が定年である。定年退職後は養老年金が支払われる。
 当局は平均寿命が延びたことで年金の運用が困難になりつつあり、年金支払いを先延ばしにすることで基金の確保を狙っているのだろうが、これにより就職難が拡大するおそれも出てくるとみられる。

 生活が豊かになり、寿命が延びた国は皆そのことで社会保障費の急増に苦しむことになる。人口も収入も右肩上がりに増えていたときには何とかしのげるが、右肩下がりになるとその負担がずしりと現役世代にのしかかり、若者の雇用を阻害するという問題は世界の難問のようだ。

 これは人口が一定の収縮状態に収まり、国による労働者の最低賃金の格差が一定の範囲に収まるまでは続く問題で、これこそがデフレの原因だろう。長谷川慶太郎は今世紀はデフレの状態が続くと喝破している。

中国ウオッチ・不審死

 1989年の天安門事件の際に湖南省で自主労組を組織し、民主化運動をしたとして「反革命」罪で21年間服役していた李旺陽氏が、6日、入院先の病院で死去した。地元当局は「自殺」としている。
 だがその死には不審な点が多く、香港の民主か団体などが真相究明を求めているという。李氏は病室の窓に包帯を結んで首を吊った状態で死んでいた。遺書はない。遺体は公安が強制的に運び去ってしまった。
 連絡で駆けつけた妹が見たときは、李氏は両足が床についた状態で、両手が窓枠にかかっていたという。自殺としては明らかに不自然である。前日に同氏を見舞いに来た友人たちも、李氏は自殺するような様子は見られず、聴力を鍛えるためにラジオが買ってきて欲しいと依頼されたという。友人は地元警察から「100%自殺である。この件に関わるな」と警告された。
 李氏は長い服役の間に両目を失明し、聴力もかなり衰えていた。最初は13年の刑だったが、2000年に一度出獄したときに天安門事件の見直しを訴えたため、再び10年の刑に処せられた。昨年刑期満了したが、公安の監視下に置かれ、入院治療中だったという。

 天安門事件については全ての情報が遮断されており、中国人はその時代を知るもの以外は、普通何があったか知る機会が無い。ただ若者達はネットで密かに情報を入手している。民主化要求が高まる中で、しずかに見直しの声が上がっている。これを当局は重大に受け止め、厳重に対処しており、今回の事件も、もしかすると一つの見せしめの意味もあるのかもしれないとして民主化団体は真相究明を求めているのだ。
 現在まだ李氏の遺体は家族に返されていない。

中国ウオッチ・敦煌で大雨

 4日から6日にかけて、玉門市、敦煌市などで大雨が降り、現地を流れる大泉河が増水で氾濫、敦煌市内から莫高窟に通じる唯一の橋も流された。敦煌市内は光ケーブルなども寸断され、通信障害が発生。敦煌の飛行場も手荷物扱い室などが完遂し、空港内の排水路には大量の土砂が流れ込んだという。
 
 敦煌はご存じの通り砂漠の中にある町で、現在は雨はほとんど降らない。水は周辺の山の雪解け水でまかなっている。大雨が降るなどと言うのは異常である。

0403429敦煌の空港。回りは砂漠。ただひたすら広い。

0403508莫高窟へ渡る橋。

0403517莫高窟の中心部。

加東嘉一著「今中国人は何を考えているのか」(日経プレミアシリーズ)

加藤嘉一著「今中国人は何を考えているのか」(日経プレミアシリーズ)
 著者は北京に駐在して北京大学で客員研究員として教鞭も執り、マスコミにもしばしば出演する中国ウオッチャーであり、中国人にもよく知られている。彼のブログは多いときは100万アクセスもあると云う。
 この本では彼が中国の中にディープに関わったことで分かった中国人の思考様式と中国社会の仕組み、中国政府の実態である。これは訪問者として中国を見るだけでは決して知ることの出来ないもので、大変興味深いし新しい知見がたくさん得られる。
 中国人が日本をどう見ているのか、反日行動の実態も語られる。日本のマスコミが如何に固定観念で中国を見ているかも明らかになってくる。
 また著者は積極的に中国各地を歩き回り、直接人々に取材を繰り返して、中国が社会的、経済的にどう変化しているのかも報告している。これからいろいろな中国ニュースを見聞きするときに、その意味などを考えるときに大変参考になる。
 中国に興味のある人はこの本を面白く読むだろう。そして中国について一気に知識を増やすことが出来る。

 著者はつい最近拠点を上海に移した。視点を北京から上海に移してみたいと考えたからだと言っている。上海の大学でも講座を持つことになったようだ。政治的な北京よりも上海の方がフレンドリーだから生活費が高いことを除いたら居心地は良いだろう。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・洪福寺

 金勝寺から西廓を入れば西関路北に洪福寺がある。寺はもと貞観時代大穆(だいぼく)皇后追福(ついふく・使者のために死後の幸せを祈って行う仏事)のために建てられたもので弘福寺と名付けられた。神龍間(しんりゅうま)また改めて興福寺と云う。金の大定年間に今の名前に改められた。旧址は京兆左第二廂馬務街にあり、明の洪武二年、今のところに移した。玄奘三蔵が西域から帰ったとき、常にこの寺に居て経典を翻訳したという由緒ある寺である。僧懐仁(えにん)が晋の王羲之の書を集めて、太宗聖教序文及び高祖述聖記を移した碑面はもとこの寺に有り、人々の注目を集めていたが、今は二碑共に碑林の中に移されている。寺中に明の弘治八年、重修洪福寺記があるので行かれたら見るべし。

2012年6月 6日 (水)

映画「アイ・スピット・オン・ユア・グレイブ」2010年アメリカ映画

 監督・スティーブ・R・モンロー、出演・セーラ・バトラー、ジェフ・ブランソン。カルト映画「発情アニマル」のリメイクだそうだ。何という題名だ!でもこの映画、見たことがあるような気がする。
 スピットはつばを吐く、グレイブは墓である。
 復讐譚は好きである。ひどい目に遭えば遭うほどその復讐は快感を伴う。しかしこの災難は余りにもひどく、見るに堪えないところがあり、アメリカの病理がうかがえる。主人公は作家の卵の女性。小説を書くために田舎の人里離れた山小屋に籠もって小説を書こうとするのだが、そこで奇禍に遭う。詳細は書きたくない。かろうじて逃げるのだが、後半はその復讐の話しである。またその復讐の仕方があまりにえげつない。復讐されて当然と思いながらも復讐される方にも同情してしまう。
 復讐が終わった後、彼女は正常に戻ることは出来ないだろう。どうするのか。
 この映画はR-15指定になっている。そりゃそうだろう。

 この映画の前に韓国映画「あなたの初恋探します」というのを見た。と云うより見始めたのだが、10分ほど我慢した後に見るのをやめた。全くおもしろさを感じないし、物語に入っていけない。韓国で大ヒットしたミュージカルを映画化したものだそうだが、出てくる人たちに全く現実感が感じられない。こちらに問題があるのだろうが、全くお呼びで無いことだけが分かった。即消去。恋愛ものも嫌いではないし、最後まで見たらそれなりなのかも知れないが、これ以上絶えられなかった。

プリンタ小康状態に

 機嫌の悪かったエプソンのプリンタと格闘していたが、どうも最近更新したエプソンのE-Photoのバージョンアップソフトに原因があるかも知れないと思い、システムの復元を試みた。今のところとりあえず小康状態である。遅いことを我慢すれば何とか使用できる状態に復活した。

 本当にそれが原因だったかどうかはまだ確かではない。

うんざりする

 エプソンのプリンターにはうんざりする。使い勝手が悪くてしばらく使っていなかったのだが、良い写真が撮れたので久しぶりにプリントしてみた。

 ところがプリントの情報をパソコンから送ってもうんともすんとも言わない。設定に何か問題があったのかと、トラブルシューティングをしていたら数分後に突然プリントを始めた。ところがプリントのほとんど終わりかけのところで用紙が排出されてしまった。

 ジョブを見てみると一応プリンターに指示は送られている。10枚以上のプリントを指示したので時間がかかっているのかと思い、一度ジョブをキャンセルすることにした。ジョブを削除してみた。そして今度は一枚ずつプリントしてみようと試みた。また動かない。イライラしながらしばらく待っていたらまた突然印刷を開始した。半分もしないうちにまたストップ。念のためジョブを確認すると、先ほどの削除したもののうち一つだけが削除中で残ったままになっている。理由は分からない。何かの作業が完全に終わらないうちに次の指示が入ると混乱しておかしな作動をするようだ。

 全てを再度削除し、電源も全部落としてリセット。一からやり直した。相変わらず印刷開始まで極めて時間がかかるものの今度はまともに印刷を開始した。だがたびたび息継ぎをする。印刷している時間よりも止まっている時間の方が長い。数枚印刷したところでまた止まったままになった。五分ほど放っておいたら再開。これではいつになったら印刷が終わるか分からない。その上インクがなくなった。インクを交換したら印刷仕掛けの用紙は途中で排出された。また紙が無駄になった。10枚印刷するのに4枚が無駄。しかもインクは驚くほど早くなくなる。たぶん何か新しい動作をするたびにクリーニングでもしているのでインクが無駄に消費されているのか、それとももともとインクタンクがものすごく少量しか入っていないかだ。

 プリントの仕上がりは綺麗。だが濃いグリーンの部分に黒のドットが濃度を上げるために打ち込まれているが粒子が大きいせいだろうか、とても目障りだ。

 時間は無駄になり、インクはすぐ無くなり、何よりそれによるストレスで非常に不愉快だ。

映画「アンノウン」2011年アメリカ映画

 監督・ジャウム・コレット=セラ、出演、リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ブルーノ・ガンツ。
 アメリカの生物学者夫婦がベルリンで行われる新進気鋭の生物学者の研究発表に参加するため、ドイツにやってくる。その生物学者・マーティン・ハリス博士(リーアム・ニーソン)はタクシーでホテルに到着した直後、荷物の中に大事な鞄がないことに気づく。空港に忘れてきたのだ。慌てて妻には詳しいことを告げずにタクシーを拾って空港に引き返すのだが、そのタクシーが交通事故に遭ってしまい、タクシーごと川に転落して一時的に心肺停止状態になる。意識不明のまま4日間が過ぎ、ようやく意識を取り戻すのだが、記憶が混濁して事故の詳しい成り行きなどが思い出せない。しかもパスポートも身分証明書も自分を説明するものもことごとく事故の際に失われていた。医師の介助によって少しずつ自分の名前やベルリンに来た目的などを思い出し、ついに妻の存在と名前も思い出す。慣れないベルリンで夫の突然の失踪に困惑して居るであろう妻のことを心配して、彼は止める医師を振り切ってホテルへ急ぐのだが。
 ホテルではおりしも生物学者たちのパーティが開かれていた。パーティの会場に妻の姿を見た彼は会場に入ろうとするがホテルマンたちに阻止される。彼は彼が彼であると証明するものを持たないのだ。何とか説得して会場に入ることが出来た彼が見たものは、彼を全く見知らぬ人であると主張する妻と、彼とは全く違うマーティン・ハリス博士だった。
 あり得ない事態に混乱する彼をホテルマンたちはホテルから追い出す。一体どうなっているのか。

 ここからは必死に自分自身のアイデンティティを取り戻す彼の戦いの物語になるわけだが、内容はもちろん話すわけには行かない。
 このあり得ない状況が最後にはなぜなのか分かるが、物語はきちんと整合している。私も途中でほぼ予想は出来たが物語のテンポが良いので興味を損なうことはない。
 とにかくとても面白かった。でも一回きりの物語で、ストーリーが鮮やかすぎてネタがばれたら10年後くらいまでは見ても興味が半減するタイプの映画だ。

中国ウオッチ・日本国債

 中国が現在保有する日本国債は、短期国債が12兆3000億円、中長期国債が5兆7000億円、合わせて18兆円という巨額である。これは対前年71%も増えて過去最高額となっている。中国は海外の日本国債の最大の保有国なのである。ただし中国が保有する海外の国債では圧倒的にアメリカ国債が多い状況に変わりは無く、日本国債は全体の7%に過ぎないという。
 これは円と人民元が直接決済を始めたことに対応する面もある。今後中国はさらに戦略的に日本国債を買い増ししていくのではないだろうか。ところで日本国債は95%以上、ほとんど日本国内で引き受けていると言われてきたが、実は最近海外保有が急増しており、国内保有が90%を切ろうとしているらしい。まだ投機目的の動きに振り回される割合ではないが、いつまでも日本の借金は日本人が貸しているのだから大丈夫と言い切れない事態になるかも知れない。

 アメリカにとっては微妙に面白くない傾向かも知れない。

板取川

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板取川の清流を撮った写真の一部を見てください。キャプションは省きます。出来はどうでしょうか。

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どうだったでしょうか。一度見てみたい景色があれば幸いです。

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これは我が愛車・マツダのアテンザ。購入後三年と三ヶ月でちょうど十万キロ走っています。運転する歓びを感じさせてくれる車です。

120605_80板取川の最上流に近いところに板取川の大きなキャンプ場がある。夏でも涼しいので人気だが、さすがにまだほとんど人はいない。その少し手前に板取川温泉がある。露天風呂が大きいのが魅力。現在入湯代600円。Badehaus=バーデェハウスとしゃれた名前がついています。このお湯をゆっくり楽しんで帰りました。

中国ウオッチ・原因と結果

 日本や東南アジア、インドが中国の軍事費の膨張に懸念を示し、アメリカが中国封じ込めを想定して海軍艦船の太平洋の配備を増強することを表明している。
 これに対して中国政府・外交部の報道官は「中国は世界の大国の中で唯一完全な統一を実現していない国」なので「多方面から安全が脅かされており、自身の利益を守る必要がある」とコメントした。
 中国が軍事費を増大するのは周辺国のせいだ、と主張しているわけだ。

 原因と結果が違うだろう。軍事予算を15年間、毎年15%も増額している国など中国以外に存在しない。その軍事力を周辺諸国が脅威と感じて批判しているのだ。それを周辺諸国が中国の安全を脅かしている、という論理はほとんど病的である。

 たまたま「人格障害の時代」(岡田尊司著)と言う本を読んでいる。この中で、自分に問題があることに決して気がつくことが出来ずに外部のみにその原因を求める性格(自己愛形性格)をもち、それが病的で外部乃至自分自身に障害を起こすものを人格障害という、というのがあった。
 なんと中国は人格障害の国だったのだ。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・金勝寺

 未央宮から東南に向かい、府城の西郭外三里ばかりのところに金勝寺がある。寺はもと隋の高祖の子、秦孝王がその屋敷を提供して建てた。最初の名は済度寺と云う。唐の時代になって崇聖寺と云い、明成化年間には名を大崇仁寺と帝から名を賜った。俗に称して金勝寺と云う。寺はことごとく破れて、煉瓦の壁の一部と前殿だけが残っている。あの東洋史研究に非常に参考になった有名な
    大秦景教流行中国碑
は断礎の中に有り、文字はほとんど摩滅しておらずに新たに刻したようである。その他成化十八年に立てられた勅賜大崇仁寺記を始め、明、清時代の修理の記録の碑などが並んで立っている。
 寺の前門は鄂県(がくけん)街道に有り、後方は咸陽街道に接している。鄂県街道から行けば、西郭門を出て三里、路北に煉瓦造りの楼門の半壊したものに、勅賜崇仁寺と題してあるのが見られる。咸陽街道から行けば、路南に破れ寺の煉瓦壁の一部が残っていて、石坊が一座、及び大小の石碑五、六基並び立っているのを見るであろう。これがすなわち金勝寺である。

2012年6月 5日 (火)

中国ウオッチ・ミサイルエッグ

 ミサイルエッグと行っても卵が飛んでいくわけでも、ミサイルの卵というわけでもない。卵の価格が異常高騰していることを言う。
 なんとこの一週間だけでも平均37%値上がりして庶民は悲鳴を上げている。卵の価格は昨年の秋に高騰した後暴落、養鶏家の多くが採算割れに追い込まれて転廃業が続出した。5月から6月は卵の需要の多い時期なのだが、生産量が限定されている。そのために高騰したとの見方もあるが、それを察知した一部の投資家が先物買いや買いだめ、売り惜しみをして価格をつり上げているという疑いもある。
 少し前にはニンニクや生姜が異常高騰したばかりだ。しかもこの買い占めには大手ばかりではなく、一般の商人や市民も荷担していたようで、騒ぎが収まった後に何ヶ月分も買い込んだ人が売りに出て買いたたかれている話をたびたび聞いた。だから誰が犯人で誰が被害者かよく分からないことになっている。
 まことに節操のない話しだが、そこまで中国人は切羽詰まっているのかも知れない。中国人の拝金主義の国民性のなせる技だとばかり思っていたが、実は中国の今の豊かな暮らしが急転する不安が増大しているのかも知れない。中国も今に日本の後塵を拝して失われた二十年、いや三十年がやってくるのが感じられているのではないだろうか。
 おごるものは久しからず、である。

板取川・高賀神社

120605_23猿虎蛇(さるとらへび)を退治する藤原高光。

 板取川は長良川の支流で、長良川も水は綺麗だが、板取川はそれ以上である。今回のドライブは板取川を遡上して渓流の美しさを見ることと板取川温泉に入ることを目的とした。岐阜から国道256号線を北上して、途中から板取川沿いに県道52号を走る。途中に高賀(こうか)神社の案内があったので右へ折れて山へ入った。板取川のさらに支流の渓流が見え隠れする。思ったほど走らずに高賀神社に着いた。

120605_14神社手前の橋の上から渓流を見下ろす。

120605_16_2橋の守り神。ここは円空の仏像があちこちに見られる地域である。

120605_17_2川の向こう岸に赤い葉っぱが目立つ樹があった。

120605_27階段の横に大きな絵馬が置いてある。これも猿虎蛇。猿虎蛇については後で説明する。

120605_28高賀神社。

この辺は高賀山(1224m)、瓢ヶ岳(ふくべがたけ・1163m)などの山に囲まれたところ。

 この高賀山にいつの頃からか妖魔が棲みついて、近隣で怪異を表し、人々を苦しめていた。この妖魔はやがて京の都にまで害をなすに至り、時の帝は藤原高光にこの妖魔を退治するよう命令した。高光は高賀山周辺をくまなく探索したが魔物はいろいろなものに姿を変えてなかなか正体を現さず、時間だけが過ぎていった。そこで高光はこの神社に籠もり、二十一日間の願をかけたところ、満願の二十一目に神にその意が通じ、瓢ガ岳に降臨した神から必殺の弓矢を授かることが出来た。神の先導で妖魔のいるところへたどり着くと、山は大きな音を立てて揺れ動き、近づくのも恐ろしげであった。だが高光は勇を鼓して突き進み、必殺の弓矢で妖魔を射た。妖魔は姿を現し、地に落ちたもののまだ向かってくる。すさまじい戦いが続いたが、ついに高光によって魔物は倒された。その姿は頭が大猿、身体は虎、尾が大蛇という怪物であった。

 藤原高光はこの神の加護に感謝し、辺り一帯を神域として高賀神社といくつかの寺を勧請したと云う。その中の寺には円空仏が収められているものもある。

中国ウオッチ・契約破棄

 イランが中国に発注していた大規模水力発電ダム建設の契約を破棄した。これはイラン中央銀行が中国側の融資案に反対したためだという。
 イランはすでに複数の中国とのプロジェクトを撤回している。昨年10月にはガス田開発計画・150億ドルが破棄され、今回のダム・20億ドルの破棄で今後中国とイランとの関係はかなり悪化する可能性が大きい。
 イランにとって数少ない支援国だった中国と袂を分かつのはそれほど中国の要求がイランにとって受け入れがたいものだったのだろうか。
 それとも中国がイランと袂を分かつために無理な要求をしたのだろうか。今までの中国のなりふり構わない資源外交とは明らかに矛盾するこの事態はどういう理由なのだろうか。
 ミャンマーやカンボジアも中国とのプロジェクトを破棄している。何か中国の動きに問題があるのだろうか。今後とも注目していきたい。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・未央宮

 未央宮(びおうきゅう)は漢の高祖七年、兵馬倥偬(こうそう)の際(戦争で慌ただしいとき)、蕭何(しょうか)が、龍首山の土を運んでこれを作った。長安城の上に高く聳えていたという。その故址が今の長安の西北二十里にあり九月二十六日に行ってみた。始め、府城の東北五里、唐大明宮の故址を探索しようとして、城北安遠門を出たが、その場所が分からない。そこで転じて未央宮に向かった。西に二時間半ほどいったところにある馬家塞(ばかさい)の北に未央宮がある。その西北に一座の高台が隆起して頂上には小さな碑がある。これが未央宮趾である。台は北方は削ったようになっており、高さがおよそ五丈余りあり、南方はなんとか陵の体裁になっている。南北の長さはおよそ百余間、東西およそ五十余間ある。「西京雑記」によれば未央宮の周囲はおよそ二十余里あったという。宮殿楼閣が並び立ち、結構輪奐(建物が立派で大きいこと)の美を極めた当時の面影は尋ねる由もなく、ことごとく耕されて粟が実り、蕎麦の花が咲いている。畑の中に大理石が二つ半ば埋没して残っている。もしや当時の礎石ではないかと思われた。絶頂に立っている石碑は康煕年間に立てられた「聖寿無疆」の碑であった。南山の雲は悠々として、渭水の流れは洋々、秋風万里より来たって旅袖を払っている。
  荒原空有漢宮名、 衰草茫々雉堞平、(司馬曙)

*雉堞(ちちょう)・・・城壁の上のひめがき
**疆(きょう)・・・さかい、はて

2012年6月 4日 (月)

映画「アジャストメント」2011年アメリカ映画

 監督・ジョージ・ノルフィ、出演・マット・デイモン、エミリー・ブラント、テレンス・スタンプ。
 原作はフィリップ・K・ディックの「調整班」。ディックはSF作家で映画化されている作品は多い。有名なところでは「ブレードランナー」「トータル・リコール」「マイノリティ・リポート」「NEXT-ネクスト」など。本人は1982年に死去しているが、未だにその作品を映画化する話しは続いている。もともと冒険活劇的なSFとは違った作品が多く、しかも短編が多いので、作品からイメージを膨らませるととんでもない異世界が現出するような映画になる。原作ではないが、ディックの影響を受けたことが明らかなものに「マトリックス」「ヴィデオドローム」「マルコヴィッチの穴」「ダークシティ」「12モンキーズ」など挙げていけばきりが無い。それぞれの作品を見た人ならばディックという作家がどんな世界観の作品を生み出していたかよく分かるだろう。
 私も若い頃SFを貪るように読み、SFマガジンのバックナンバーをそろえていた位なので、好きな作家であるが、原作がこのような映画になるとは想像もつかなかった。特に「ブレードランナー」と「トータルリコール」の日本の映画は大好きですでに四、五回見ているし、これからも繰り返し見るだろう。

 この映画のあらすじを語るわけには行かない。何を語ってもネタばらしになってしまうし、何も知らずに見る楽しみを削ぐことになってしまう。とにかく「調整班」というのは人の運命を調整している組織なのだが、人は自ら運命を切り開けるのか運命にはそもそも逆らえないものなのかという話しである。
 ヒロインのエリース役のエミリー・ブラントがとても魅力的である。
主演のマット・デイモンは親友のベン・アフレックと共に脚本を書いた「グッド・ウィル・ハンティング」を初めて見てファンになった。いかにもアメリカ人の顔をしているのに可愛げがあり、なおかつ知的なイメージもあるという珍しいキャラクターである。この映画でもストレートな言い演技をしていて好感が持てる。
 こういう映画なので突っ込みどころだらけだけれど、展開に任せて見ればはらはらどきどきしながらとても楽しめます。
 この映画のあらすじを語るわけには行かない。何を語ってもネタばらしになってしまうし、何も知らずに見る楽しみを削ぐことになってしまう。とにかく「調整班」というのは人の運命を調整している組織なのだが、人は自ら運命を切り開けるのか運命にはそもそも逆らえないものなのかという話しである。
 ヒロインのエリース役のエミリー・ブラントがとても魅力的である。
主演のマット・デイモンは親友のベン・アフレックと共に脚本を書いた「グッド・ウィル・ハンティング」を初めて見てファンになった。いかにもアメリカ人の顔をしているのに可愛げがあり、なおかつ知的なイメージもあるという珍しいキャラクターである。この映画でもストレートな言い演技をしていて好感が持てる。
 こういう映画なので突っ込みどころだらけだけれど、展開に任せて見ればはらはらどきどきしながらとても楽しめます。

 この映画のあらすじを語るわけには行かない。何を語ってもネタばらしになってしまうし、何も知らずに見る楽しみを削ぐことになってしまう。とにかく「調整班」というのは人の運命を調整している組織なのだが、人は自ら運命を切り開けるのか運命にはそもそも逆らえないものなのかという話しである。
 ヒロインのエリース役のエミリー・ブラントがとても魅力的である。
主演のマット・デイモンは親友のベン・アフレックと共に脚本を書いた「グッド・ウィル・ハンティング」を初めて見てファンになった。いかにもアメリカ人の顔をしているのに可愛げがあり、なおかつ知的なイメージもあるという珍しいキャラクターである。この映画でもストレートな言い演技をしていて好感が持てる。
 こういう映画なので突っ込みどころだらけだけれど、展開に任せて見ればはらはらどきどきしながらとても楽しめます。
 この映画のあらすじを語るわけには行かない。何を語ってもネタばらしになってしまうし、何も知らずに見る楽しみを削ぐことになってしまう。とにかく「調整班」というのは人の運命を調整している組織なのだが、人は自ら運命を切り開けるのか運命にはそもそも逆らえないものなのかという話しである。
 ヒロインのエリース役のエミリー・ブラントがとても魅力的である。
主演のマット・デイモンは親友のベン・アフレックと共に脚本を書いた「グッド・ウィル・ハンティング」を初めて見てファンになった。いかにもアメリカ人の顔をしているのに可愛げがあり、なおかつ知的なイメージもあるという珍しいキャラクターである。この映画でもストレートな言い演技をしていて好感が持てる。
 こういう映画なので突っ込みどころだらけだけれど、展開に任せて見ればはらはらどきどきしながらとても楽しめます。

中国ウオッチ・23周年

 1989年の天安門事件から今日で23年である。
 外部から見れば、この事件は中国の民主化、自由化を求める学生や民衆に対する圧殺だったと見ているが、中国では国家を転覆させようとする犯罪行為であったとの公式見解は変わっていない。
 これに対し、中国政府がそろそろこの事件を再評価するのではないかとの見方もあり、香港紙でも中国の経済学者の、事件に対する再評価が近い、とのコメントを発表している。
 しかし天安門事件でかろうじていのちが助かった多くの人々は、多くが国外に亡命し、中国に残った人間は収監されているか厳しい監視下に置かれていると言われる。この状況が変わらない限り、再評価は無理だとも言われる。
 それよりも天安門事件は文化大革命批判の要素を持っていたのに、その文化大革命こそ再評価しようという動きが見られる。
 各地で政府批判の抗議行動が活発化している中で、中国政府が文化大革命の方の評価を覆して再評価を行い、抗議行動の弾圧を強化するようなことになれば、中国国民にとって不幸なことになるのではないか。

 毎年中国に出かけているが、何となく今年はその気が盛り上がらない。

曾野綾子著「朝はアフリカの歓び」(文藝春秋)

 曾野綾子はNGO活動として海外邦人宣教者支援活動を行ってきたが、この本はその活動報告の集大成である。もちろん曾野綾子は作家であるから単なる報告書ではなく、寄り精神的なものを伝えるものになっている。この本の巻末にはその決算報告書が添付されている。
 すでにこの活動について1996年に「神さま、それをお望みですか」という本が出版されているがこれはその続編と云っていい。世界の最底辺と云っていい地域で命がけで働いている邦人宣教師たちの活動を紹介すると共に、命を捧げた人たちへの鎮魂の書ともなっている。
 世界の最底辺というものがどれほど想像を絶する世界か、分かる人には分かるが、理解が出来ない人も多いだろう。そこでは人間が人間として存在できていないと考えてしまうだろう。しかしそれでもなおそこには大いなる生きる歓びがあり、美しい夜明けが来るのだ。このことが彼女の文章から伝わってきて胸が熱くなる。
 他人のために犠牲になること、何かを捧げることについて改めて考えさせられた。人に何かを与えることは歓びである、と言い切れる考え方の強さに心が洗われる。貪る心に蝕まれている自分に気づかされた。

 曾野綾子はその主張が首尾一貫していることから反って誤解されることがある。他人に迎合しないし迎合する気もないからだ。私はそれが爽快と考えるが、人はそれほど強くない、と妥協を前提にする人には生き方や文章がきつすぎるように感じるのだろうか。
 私の敬愛する内田樹先生も曾野綾子に辛口の評価をしていたように見えて残念に感じたことがある。
 そのような人たちもこの本を読んでいただければ好き嫌いとは別の感動を感じてもらえると思う。

映画「マイティ・ソー」2011年アメリカ映画

 マーベルコミック原作の映画。監督は名優ケネス・ブラナー。出演・クリス・ヘムズワース、ナタリー・ポートマン、アンソニー・ホプキンス、浅野忠信。
 地球とは異世界のアスガルドは地球を侵略しようとするフロスト・ジャイアントから地球を守った。それが北欧の神話として残ったのだが、その後アスガルドとフロスト・ジャイアントはアスガルドが優位な状態で休戦をしていた。年月が経ち、アスガルドの王オーディンは老い、二人の息子のうち長男のソーに王位を譲ろうとしていた。その矢先にアスガルドの城内にフロスト・ジャイアントが侵入する事件が発生する。入り口は完璧に監視されているはずで、これはあり得ない事件であり、侵入者は倒されたもののその進入路は不明であった。ソーはオーディンの止めるのを聞かずにフロストジャイアントに乗り込み大暴れする(この戦いのシーンが一番面白かった)。意気揚々と引き揚げてきたソーたちだが、オーディンは、命令を破った罰としてソーの全ての力を取り上げてソーを地球へ追放する。
 その後オーディンは倒れて眠りにつき、ソーの弟のロキが自ら王を名乗る。実はフロストジャイアントを引き入れたのはロキだった。
 ロキはソーを抹殺するため、戦闘マシン「デストロイヤー」を地球に送り込む。ソーは盟友たち(ソーを追って地球に来ていた)の力を借りて戦うが圧倒的に強力なデストロイヤーに歯が立たない。絶体絶命となったとき(コミック原作だから当然)ソーは自らの力を取り戻し、最強の武器ムジョルニア(星で造られた槌・オーディンによって宇宙へ放棄されたが、武器そのものの意思で地球に来ていた)を手にデストロイヤーを倒すことに成功する。
 何とかアスガルドに戻ったソーたちはロキやフロストジャイアントと戦うのだが・・・。

 ところで地球に追放されたソーを助けるのが異端女天文学者のジェーン(ナタリー・ポートマン)である。ソーは今は恋仲になったジェーンに再び地球に帰ってくると約束していたのだが、戦いのためにその道は破壊されてしまった。

 最後のタイトルバックの最後に次回作があることをほのめかすシーンが挿入されている。劇場では知らずに席を立った人も多いだろう。

訂正

 五月三十一日の書評、柴山哲也著「日本はなぜ世界で認められないのか」の著者名が芝山哲也と間違えていました。訂正します。申し訳ありませんでした。ご指摘ありがとうございます。間違いは多々あると思いますが教えて貰わないと気がつきません。今後もよろしくお願いします。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・張横渠祠

 張横渠が学問の講義をした関中書院の遺跡は、今は師範学堂となり、中に斯道中天閣というものが昔の面影を残しているが、横渠祠は西華門外路北にあり、門上に題して宋先賢張子祠と云う。今は祠中に陝西警務総局が置かれている。九月二十九日にここを詣でた。門を入ると少牢の礼(羊と豚をお供えすること)を以てこれを祭り、羊と豚を丸のままで神位の前に俎上に備えてある。中央には台を置いて香を焚き、知県の祭祝文を供え、また坐を設けて口頭の礼を行う場所としている。祭祀は毎年仲春(春三ヶ月の真ん中の月、陰暦二月)、仲秋(秋三ヶ月の真ん中の月、陰暦八月)の二回これを行うという。横渠先生は両程夫子(宋の思想家、程顥・ていこうと程頥・ていい)と同心協力(心を合わせて協力して)、聖学(儒学)を鼓吹して諸生を教授した。宋代の学問が盛んになったのは先生の力に負うところが大きく、特に関中の学は横渠先生によって開け、呂藍田(りょらんでん)先生がこれを紹述(先人の事業を受け継ぎさらに盛んにすること)した。先生がこの講学の地において、千載(千年)の下なお血食(生け贄の動物を供えて先祖を祭ること)するのもまたもっともである。

2012年6月 3日 (日)

中国ウオッチ・適度な汚職

 人民日報旗下の環球時報が社説で「官僚の適度な汚職を許さなければならない、民衆は理解するべきだ」と述べたとして注目を集めている。
 この信じがたい社説は、実は転載を繰り返した結果だという説明がなされているようだが、表題は確かに変わっているものの内容は最初から同一である、と評論しているコラムニストもいる。

 その内容は「汚職取り締まりは重要であるが、その他の社会の発展を進めることで徐々に解決されるべきものである。直ちに徹底的な汚職取り締まりは困難だ」と云うものだったようだ。

 中国の腐敗は例外的な事態ではなく、汚職がない方が例外的な事態だ。だから社説の云うことも現実を見れば一理あるが、新聞がそんなことを認めてはいけない。ましてや環球時報は半公的新聞である。国民の反発を招くだけだろう。

 ところで日本のマスコミは汚職を一掃しよう、とキャンペーンを張るとコーヒー一杯まで目くじらを立てて騒ぎ立てる。コーヒーや居酒屋の一杯と何億円の汚職が味噌糞一緒になってしまって、肝心のものが見えなくなってしまうことが多い。これもいかがかと思う。

中国ウオッチ・天安門事件回顧

 天安門事件の時の北京市長・陳希同が香港で回顧録を出版した。
 それによると「適切に処理すれば一人も死者を出さずに済んだはずだった」そうだ。
 陳希同は鄧小平の指示で事件に対処した張本人だと思われてきたが、本人は否定している。天安門では何人死んだのか未だに全く不明である。数百人と発表されているからそれより多いだろうことは間違いないだろう。
 天安門事件については事件後にこの陳希同が全国人民代表大会常務委員会で行った報告のみが唯一公式の事件報告である。その本人が今更私は関係ない、と云うような回顧録を書くというのもずいぶん鉄面皮な話しだ。

 天安門事件は1989年6月に起こった。その年にベルリンの壁が破られ、ヨーロッパの共産主義諸国が雪崩を打って崩壊した。状況によっては中国も民主化していたかも知れない事態だったのだ。たぶん中国の共産党というのは共産主義ではなく、帝国主義であり、帝国維持の方針に基づいた鄧小平の指示で天安門の有為の若者は抹殺されたのだ。
 共産党の民主化を目指しても中国は変わらない、中華帝国を倒さない限り民主化は達成できないだろう。イデオロギーの問題ではない。

死兵

 博奕打ちシリーズを見終わって、死兵と云うことを考えた。
 主人公の鶴田浩二が単身で敵陣に乗り込み、何十人もいるのに敵の首魁を倒すのはいくら物語とはいえ無理があるような気もする。
 だが鶴田浩二が死兵であるとするとそれはありうることなのだ。

 死兵と云えば先ず思い出すのは映画「300=スリーハンドレッド」だ。スパルタに服従を要求したペルシャに対し、これを拒否、わずか300名の兵で100万のペルシャの軍隊に立ち向かう。彼らは死兵である。
 日本で有名なのは関ヶ原戦いに敗れた後の薩摩・島津軍の敵中突破である。これも死兵であった。

 死兵には勝てないと云われる。
この死兵のすさまじさを知りたければ酒見賢一の「陋巷にあり」を読むと良い。この第六巻に費城に立てこもっていた兵隊が公山不狃(こうざんふちゅう)に率いられて死兵となってすさまじい戦いをする様子が延々と語られている。

 たとえは五味康祐の「喪神」の剣客たちも死兵であろうか。

 とにかく死兵には勝てない。だから鶴田浩二は満身創痍になりながらばったばったと雑兵をなぎ倒し、ついには本懐を遂げるのだ。その後生きているか死んでいるか関係ない。そもそも彼は最初から死んでいる。

 博奕打ち、というものはたかが賭け事に身体を、そして命を賭ける。命を本当に賭けた人間は死兵である。博奕打ちシリーズは死兵の物語なのだった。だからシリーズの最終作「博奕打ち外伝」で高倉健が犬死にのような形で自ら死ぬが、これこそが鶴田浩二を死兵に導くのである。

中国ウオッチ・6割

 現在アメリカ海軍はその兵力を太平洋側と大西洋側にほぼ同数ずつ配備している。パネッタ国防長官はシンガポールで開かれている「アジア安全保障会議」の場で、2020年までその兵力配備を太平洋側を6割にしていく、と発表した。特に主力となる空母を6隻アジア側に常駐させるとしている。
 これに対して記者から問われたフィリピン政府の代表は「非常に満足している」と答えていた。これは中国の海軍増強、南シナ海や東シナ海での活動を活発にしている状況に対応するものであり、中国に対して自由にはさせないという明白なアピールである。このアメリカの方針についてパネッタ長官は「中国の発展、繁栄と完全に共存可能なものだ」と述べたという。

 アメリカが本気であることはアジア諸国にとって大変喜ばしいと受け取られている。日本にとっても心強いことだ。この動きについて背景を考えると、このまま中国を台頭させないという直接的な理由がもちろんあるが、アメリカがエネルギーについてシェールガスの実用化の目処が立ったことで中東に対する石油依存の重荷がやや軽くなったことが挙げられるのではないか。イランについては強面(こわもて)で行くのは変わらないだろうが、現在の経済封鎖でかなり国力が落ちており、これ以上締め付けて暴発を誘うつもりはなさそうである。いざとなればイスラエルが動くのだろう。
 東南アジアについては一度はアメリカを拒否して米軍基地を全て撤去させたフィリピンもスカボロー礁の事件でアメリカ海軍の駐留に前向きであるし、これまでほとんど中国と一体と云っていいほどだったミャンマーやカンボジアが中国との共同開発プロジェクトを次々に中止して、一気にアメリカ寄りに方針を転換したことも大きい。ミャンマーは国の通貨より人民元の方が通用するほどだったのが人民元を排除するところまで来ている。

 中国が周辺諸国に見せてきた強硬な態度が結局中国不信を招いた。この強硬な態度は中国共産党の指導者の意図とは実は異なり、中国軍部の独走であると云う話もある(長谷川慶太郎説)。確かに胡錦濤も温家宝も本音は周辺諸国と融和を図りながら勢力拡大を目指していたように見える。今後中国指導者の交代で、新指導者となる習近平や李克強がどれだけ軍部を掌握できるかが中国の明暗を分けることになるかも知れない。長谷川慶太郎の言うとおり、軍部の独走は中国を拡大させるよりは崩壊させる方向に導くような気がする。ただ中国のバブルと汚職、腐敗は止めようがないほど中国をむしばんでいる。古来国が滅びるのは外部がきっかけであっても直接的には内部の崩壊によるものであることは歴史が示しているとおりである。中国共産党帝国の命運は如何に。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・満城

 東西南北十字街にまたがって鐘楼があり、その西を西大街と云い、長安中最も繁華なところである。南門大街がこれに次ぎ、東北大街はまたそれに次ぐ。そして鐘楼から東は長楽門、北は安遠門に到るまでは、また城壁を設けてその面積は長安城の四分の一以上を占め、これを満城という。南に端履門(たんりもん)があり、城内に満州八旗の兵士が居住するので名付けて満城という。
 満朝が天下を統一したので、関中は天下の上游(上流)にあり、古来帝王が都としたところで、西は甘粛・四川に連なり、すこぶる形勝の重要な地であるので、特に満城をここに設けて漢族を威圧した。その後満人はその勢力を失墜し、加えて禄米は一家を支えるに足らず、その上法律で官吏は一切商業に従事することが出来ず、時と共にいよいよ窮している。今はその房屋はことごとく漢人の手に帰して、満人はほとんど無用の長物として漢人に冷たい眼で見られる立場となっている。二十五日に満城に行って様子を見た。北京を出て以来始めて城中所々で勇姿堂々たる満州夫人の両把児頭(リャンパルトウ)を見た。

2012年6月 2日 (土)

中国ウオッチ・チャン・ツィイーの援助交際

 香港の新聞が、先頃失脚した薄煕来とチャン・ツィイーとの援助交際を報じた。記事は具体的で、交際は2007年から今年まで10回にわたり、代価として7億元が支払われたという。この記事は韓国のマスコミも大々的に報じている。日本のマスコミも報じているのかも知れないが未見である。
 これについてチャン・ツィイー側は事実無根であると主張、報道したメディアに対して法的措置をとるとしている。

 チャン・ツィイーと言えば初めて見たのは「グリーンディスティニー」であった。可憐な女の子のように見えた彼女が激しいアクションシーンをこなし、ベッドシーンもあってびっくりした。その後「初恋の来た道」を見た。こちらの方が先に作られた映画だ。この映画のツィイーは本当にかわいくて忘れられない。この二本の映画で好きになったのだが、金城武と共演した「MUSA」やジェット・リーと共演した「HERO」ではちょっと大女優になりすぎた感じがしていた。

 ところでツィイーは大のマスコミ嫌いだと言われる。今までも再三スキャンダルを報じられてかなり神経質になっているようだ。
 ことの事実は分からないが、7億元と言えば90億円近い金だ。この金額だけでも大女優である。

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長谷川慶太郎&三橋貴明「日本と世界はこう激変する」(李白社)

 久しぶりに長谷川先生のご託宣を読んだ。驚愕するような話しが予言されていた。
 中国は今年2012年中に崩壊するのだそうだ。ユーロの暴落から中国のバブルがはじけ、暴動の続発をコントロールできなくなった共産党を軍部が倒して文化大革命時代の中国に体制を戻すという。
 確かに不動産バブルがはじけていることは事実であるし、暴動の続発も事実である。軍部を主導に文化大革命時代に戻そうという動きがあることも事実である。
 だが、文化大革命の再評価を標榜して習近平と張り合おうとした薄煕来は先日権力争いに敗れて失脚した。この本が出版された前後である。先生の読みはちょっと外れたかも知れない。
 
 先生はまた、ソニーやパナソニックなど、弱電のみの電機メーカーが没落するだけではなく、再起するどころか生き残ることも出来ないと断言する。また自動車メーカーの淘汰が進むと予言する。経営陣の方針が存続に関わるのだという。

 ユーロ圏内の国はユーロを離脱することはあり得ず、ドイツが主導権を持って全てを仕切っていくことになるのだそうだ。これは第一次、第二次大戦の敗戦国ドイツがついに経済でヨーロッパを制覇すると云うことなのだという。本当にギリシャは離脱しないのだろうか。

 アメリカ大統領選挙はオバマは勝てないという。やるべきことを今やり始めたが、あまりに手遅れだという。私は大統領選直前にはなりふり構わず全力で景気浮揚策と失業率対策を取るからアメリカは今年は絶対景気が良くなると思っていたし言いもしてきた。ところが失業率は思ったほど回復せず、一時的にドル高になるかに見えたのにたちまちドル安へ逆戻してしまった。オバマの打つ手があまりに不十分で手遅れと言うことで、再選は私も無理だろうと思う。

 日本はどうなるのか。すでにミャンマーは大きく中国寄りからアメリカ寄りに舵を切った。隣国として中国に見切りをつけた。それだけ情報を持っているのだろうという。中国に何か大きな政変があれば中国で暮らしている人たちに危難が及ぶおそれが大きいが日本政府にはそれに対する方策がない。よくよく中国の情勢に目を配っている必要があるだろう。

 長谷川慶太郎先生の予言はいつも希望的、楽観的なことが多いのに、今回はかなり様子が変わって危機的な見方が多い。このような予言はある意味で呪いにつながる。予言が当たるとしても緩やかに当たることを願う。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・董仲舒墓

 長安城内臙脂坡(えんしは)下にあり九月二十五日に行ってこれを弔う。西安府学より城壁に沿って東に行き、行くこと三、四町、城壁の下に柏林があるのが見える。これが董仲舒の墓地である。小門には漢江都相祠と題してある。門内はやや低湿で、耕して畠となし、ほとんど踏むべき道もない。わずかに草を踏み分けた小径を辿り、また小門を入れば古柏路となっていてその東はしに石碑がある。漢江都相董子墓と云う乾隆丙申畢沅が立てたものである。これより北に小門を入り、苦竹が路に覆い被さるようになっている間を過ぎて祠堂に詣でた。廟庭には嘉靖丙午に立てられた下馬陵記及び下馬陵図その他騒人(騒人はもともと「離騒」の詩を作った屈原を指すが、後詩人全般を云うようになった)の題詩重修(修理のこと)の碑などがたくさんある。
 祠堂には漢代の醇儒(じゅんじゅ)や正誼明道などの扁額があり、また石に刻した肖像などがあるが、その前に石碑があって見ることができない。像の碑の裏には康煕丙申許肇業(きょちょうぎょう)の題字がある。堂の後ろが董子の墓で、墳上には槐柏が枝を交え、秋の草が茂っている。前に嘉靖二十七年に立てられた墓碑があり、漢董仲舒先生墓と云い、碑の裏には先生一代の明言である、
  正其誼不謀其利、 明其道不計其功、
の句を題してある。
 董仲舒の墓は下馬陵と称す。昔武帝が芙蓉園に幸されたとき、常にこの陵に至って馬を下りられたので、その時代の人たちが下馬陵と云ったことにちなんでいる。後誤り伝えられて蝦蟇陵とも云う。白楽天が九江(洞庭湖のこと、九つの川が流れ込んでいるのでそう呼ばれる)にいたとき彼の詩情を動かして、有名な琵琶行の詩を作るきっかけになった舟中老婦は、もと京城の人で、すなわちこの蝦蟇陵の近くに住んでいた。唐代にあっては、この付近はいわゆる烟華の巷(烟は煙に同じ、烟華は飯を炊くけむり、つまり人家があったと云うこと)であった。銀鞍白馬の影が絶えてよりここに千余年、今は下馬陵の付近は耕されて隴圃(ろうほ・隴は畑の畝を云う、畑)となった。

*董仲舒は前漢の武帝の時の儒学者で、武帝に勧めて儒教を国教とした。

2012年6月 1日 (金)

映画「博奕打ち 外伝」1972年東映

 博奕打ちシリーズ最終作、豪華キャストの第11番目の作品である。監督・山下耕作、出演・鶴田浩二、高倉健、若山富三郎、松方弘樹、菅原文太、辰巳柳太郎、伊吹吾郎、浜木綿子。
 舞台は北九州・若松。地元のやくざ・大室組と沖仲仕を束ねる江川組は一触即発の状態であった。沖仲仕の利権が欲しい大室組は卑劣な手を尽くして船方たちを挑発しする。ついに江川組の組長・江川周吉・鶴田浩二は大室組に乗り込み、談判をつけようとする。この件は大室組の組長・若山富三郎の指示ではなかった。代貸しのタケ・松方弘樹が組を拡張しようとして画策したことだったが、ことここに至り、江川と大室は一騎打ちをすることになる。そこへ飛び込んできたのは九州一の組の代貸し・英司・高倉健であった。英司は江川とも大室とも兄弟分であった。江川と大室は英司にことをあずけることを了解する。
 大親分・辰巳柳太郎の還暦の祝いが催されることになり、そこで内々に二代目を大室が継ぐことが伝えられる。人格といい人望といい、英司が二代目だと思われていたのでこれは意外なことであった。実は英司の出生には秘密があったのだ。その英司は身を引き、炭鉱に籠もることになる。
 英司から大室との抗争をかたく止められた周吉は、その後大室組の挑発をひたすら耐え抜く。しかし代貸しの執拗な挑発に堪え続けた周吉の弟二人・菅原文太、伊吹吾郎がなぶり殺しにされてしまう。
 そこへ英司が現れて周吉に対し、信じられないようなわびを入れる。自分のせいで周吉の二人の弟を殺してしまったのだ。大室組は江川からの襲撃に備えて九州の兄弟分たちを集める。そこへ大親分が来て激しく大室をなじる。その帰り道、信じられないことに大室組の代貸し・タケはその大親分を暗殺してしまう。大室もさすがに親殺しに当たる大罪を犯したことにうろたえるが、ことここに至れば毒食わば皿まで、とタケと心中を覚悟する。
 そこへ周吉が乗り込んでくる・・・。

 これで博奕打ちシリーズは終わりである。
 それまでの任侠映画が義理人情をテーマに描いていたものが、明らかにこのシリーズは違う。内紛や抗争、筋が通らないジレンマの中で、任侠に生きる男がもがいた果ての自分なりの筋の通し方が描かれている。だから物事は全てうまくいかない。たびたび日活のやくざ映画みたいだという所以である。だからかっこいいけどかっこよくないと云うところがあるがそれこそが作品に深みを与えているのだ。

 実はこのシリーズのうち最後のこの作品だけは映画館で見たことを思い出した。義理人情がテーマのかっこいいだけの東映映画は当時嫌いだった(藤純子の緋牡丹博徒シリーズだけは例外で、全て見た)ので、この作品を見て、意外に面白いことに驚いた記憶がある。
 この後東映は「仁義なき戦い」の路線へ転換していくことになる。

安田喜憲著「龍の文明 太陽の文明」(PHP新書)

 すばらしい本であった。本の良し悪しは読んだ人にとって新しい知見を得させてくれるかどうかにかかっている。新しいことをなるほどそうなのか、と得心させるのは難しい。今までの世界観を変更する力が無いといけない。
 著者は執筆当時京都大学大学院教授。この本は2001年に出版された。購入してどうして今まで読まずにいたのか分からない。単に考古学の本と思っていたのかも知れない。
 確かに文明をシンボル化してそのせめぎ合いで歴史の流れを説明する手法は検証の難しいもので、下手をすると妄想の世界にはまる。
 この本の出だしは七千年前の頃からの、古代中国の龍がシンボルとされている遺跡の例が列挙されるところから始まる。その遺跡は中国東北部に多く見られる。それに遅れる五千年前ころから鳥が太陽と共に描かれた遺跡群が長江流域の遺跡で見られるようになる。
 これを畑作・牧畜を主体とする龍の文明と、稲作・漁労を中心とする太陽の文明(鳳凰の文明)との対比として中国のその後の歴史の流れと、日本のルーツにまで及ぶその壮大な文明の流れを読み解いていく。
 結論めいて云えば、中国は龍の文明により支配されることになったが、日本はその龍の文明のスタイルを受けながら根底には太陽の文明を維持し続けた国である。この二つの文明の邂逅にはまた、気候変動が関与していることも詳細に検証されている。この本は現代中国人(特に漢民族)の心性と日本人の心性を読み解く一つの手がかりを与えてくれる。
 昨年雲南省へ行って少数民族と出会ったとき、とても懐かしい気持ちになり、親和性を感じたのには理由があったことが始めて分かった。
 この本を最初の50頁だけ読んで投げ出さないように。後の方へ行くほどわくわくするほど面白くなってくる。最後まで読まないと絶対損をする本だ。少し前の本だが興味のある人は探しても読むべし。

中国ウオッチ・高いハードル

 配偶者に理想の相手を求めるのは中国でも同じらしい。と云うよりも中国の場合は日本よりも極端かも知れない。
 先日は母親が娘の見合い相手に求める条件がニュースで取り上げられていた。収入、健康、容姿、仕事、出身、家族など多岐にわたる項目についてエクセルで表をつくってそれぞれに点数をつけて評価しているのだそうだ。
 女性の理想は「高富帥」でこれはスタイルが良くてリッチでイケメン。男性の理想は「白富美」で肌が白くてリッチで美人。
 中国は一人っ子政策で、子供はとても大事に育てられるし、本人もひとりでに自己中心的な考えになりやすい。相手に対して高い理想を持つのは当然日本以上というわけだ。そして日本みたいにやさしさなどと云う訳の分からないものなど条件に容れることはない。

 だが誰でも思うだろう。ところで本人は点数をつけたらどうなるの?

 そんなことはちっとも気にしないでひたすら良いものを求めるのが中国人だから、ますます縁遠くなることになりそうである。しかも離婚率は信じられないほど高い。いまに少子高齢化の問題が日本以上に深刻になるような気がする。

鹿野政直著「婦人・女性・おんな」(岩波新書)

 副題は「女性史の問い」。著者は執筆時早稲田大学文学部教授。この本は1989年に出版された。当時フェミニズム論争が華やかな時代で、基礎的なことを押さえようとしてこの本を読み始めたのだが、遅々として読み進めず、読み掛けになっていた。今回二週間ほど食い下がって読んできたが、半分少々読んだところでギブアップした。
 先ず著者がどうして女性史に関わっているのかを述べた後、「女たちと国家」、「母性の論理」、「女性学と女性史」、「民俗学と女性史」、「世界の視点から」、「地域の視点から」という表題に沿って女性史を総括している。
 中に田嶋陽子女史、上野千鶴子の名前も散見される。
 興味の薄い分野の本でも、知見が増えるに従い興味も湧いてきて、それなりに読んだ甲斐があるものだが、残念ながら書いてあることがスムーズに頭に入らない。これはこの本のせいではなく、私にバカの壁があるせいだろう。
 ジェンダー論はあまりにラディカルになったせいで自己矛盾の世界にはまって下火になっているように見える。この分野が理解不能なのは、触らぬ神にたたりなしで、今まで通り無縁の世界にいるべしとの天の配慮かも知れない。そう、私は女性の敵なのだ(大好きなつもりだけど)。

「清末見聞録(清国文明記より)」・長安紀行・左文襄祠

 李鴻章と並び称せられた、清朝近代の功臣左宗棠(さそうとう)の事蹟は赫々として長く歴史に残るべきものである。かつてこの地に督として赴任していたので祠堂を設けてこれを祀っている。その祠は、南門の内四牌楼街にある。九月二十四日、行って詣でた。門を叩いてこれに入る。拝殿及び祠堂には文襄の航跡を称揚する扁額及び対聯が多い。その一、二を挙げれば、あるいは勲崇宇宙と云い、あるいは再造西陲と云い、あるいは
  勁旅西征、至今士感投醪、人思挟拡、
  崇祠拱北、永享三秦俎豆、百世烝嘗、
というように、皆左文襄が西方の回部の乱を平定したのを賞賛する句である。

*この句については解釈する力がありません。申し訳ありません。

**「左宗棠」・湖南省出身。太平天国の乱の時、軍を組織して太平軍から長沙を守った。その後も太平軍との戦いで転戦し、紹興や杭州の奪還に成功する。太平天国軍を掃討した後、甘粛省に転任して回族の乱を鎮圧、後新疆の乱を鎮圧した。ロシアに対する陸上の守りを主張し、海防派の李鴻章と対立した。清末記の軍閥の一人である。新疆ウイグル地区がロシアに冒されずに今中国の版図にあるのは左宗棠のおかげかも知れない。左文襄公全集という著書を残している。

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