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2012年8月12日 (日)

「清末見聞録(清国文明記より)」・南京の名勝・鐘鼓楼

 鐘鼓楼は南京城の中央にある。長髪賊の乱で戦火に遭ってから、市街は南側だけになってしまって復旧しておらず、楼は今市街の北の端になっている。楼に上がれば南京の形勢が目の前に広がる。東は北極閣の上はるかに秀麗な鍾山が対面し、南は市街の甍が波のように連なり、煙霧の間はるかに南門を望む。西は小丘が起伏して石頭山に連なり、木葉黄落、仲冬索莫の光景を呈し、北は大江を控え、はるかに獅子山の砲台を望む。その地勢の雄大であることは真に帝王のいた場所であるにふさわしい。古より気を望むものは称してこの地に王気があると云ったのはもっともである。楚の威王はかつて金を鍾山に埋めて王気を鎮めた。故に、この地を金陵と称し、山を紫金山と云う。秦の始皇帝もまた王気を洩らそうとして鍾阜を鑿ち、この地の名を改めて秣陵という。孫呉は初めて京口(けいこう)から移ってきてここを都とし、建業と称した。さらに晋の元帝は南遷してここを都とし、建康と称した。爾来、南朝の歴代の皇帝が都としたのはこの建康であり、明も当初ここを都として城を拡張し、周囲九十余清里に及んだという。北京が雄大であると云っても、その城壁は内外合わせて六十清里に過ぎない。南京の規模がいかに規模雄大であったかが推察される。

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