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2012年8月17日 (金)

「清末見聞録(清国文明記より)」・南京の名勝・鍾山の諸陵

 呉大帝の蒋陵及び歩夫人の墓は、鍾山の南にあり、その地は孫陵岡(そんりょうこう)と名付けられている。朝陽門から外廓、麒麟門に至るまで二十里、その間に十三の岡があって、その第三が孫陵岡だというけれど、明の初めに宋濂(そうれん)が鍾山に遊んだとき、すでにどこにあるか分からなくなっていた。「遊鍾山記」に、

  問蒋陵及歩夫人冢、

  無知者、或云在孫陵岡

と記したくらいだから、今はとうてい見つけるのは無理だろう。鍾山の北、太平門の外十余里の地に、蒋王廟があり、呉大帝を祀る。しかしこれは蒋陵の地ではない。
 鍾山の陽(南)には、その他六朝の帝王及び名臣の陵墓がたいへん多い。またその陰には孔稚圭が「北山移文」を著して、その無節操であることを罵った斉の周顒(しゅうぎょう)がかつて隠居した鍾山草堂がある。はるかに廓外を望めば、丘陵の起伏が遠くまで連なっている。この丘の下には幾多の帝王宰相が長暮(とこしえに暗い墓の中)にあると思えば、恍惚として六朝の人となったようで、空想は空想を追って南朝の歴史が走馬燈のように眼前に髣髴とするのを覚えた。夕陽はすでに没しつつあり、その中を馬に任せて燕雀湖畔を通過して帰る。梁の昭明太子の墓が湖畔にあると云われているが、どこにあるのか分からない。 

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