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2012年8月18日 (土)

正義のようなもの

 正義について論じようとすると、人によって何が正義であるかずいぶん違うことがあり、これが正義だ、と云うことが出来ない。ではこの世に正義などと云うものはないのだろうか。言葉があって人がそれなりにイメージすることが出来るのだから存在すると云っていいだろう。

 それなら正義は相対的なものなのだろう。

 韓国の竹島問題や香港活動家の尖閣諸島への不法上陸での主張を見聞きしていると、自分たちは絶対的に正義で、それを認めないものは全て不正義である、と考えているようである。

 これを原理主義という。

 原理主義者は、別の考えや立場を一切受け入れることも認めることもない。だから相手の意見を聞くこともない。話し合えば分かる、というのが口癖の昔の社会党の人々のような人には理解できないだろう。いや、絶対に話し合えば分かる、と云う原理主義の人々だから、この世には原理主義が存在することを認めない原理主義か。ややこしい。

 原理主義者は昔から存在していた。中世の悪魔狩り、魔女狩りなどはその極端な例だろう。近くは文化大革命の大惨事がある。多くの人が犠牲になった。

 原理主義者を説得することはほとんど不可能である。ただ幸いなことに全ての人が原理主義者になることは今のところない。少数である。

 原理主義者のエネルギーは喝采であり、熱狂だ。原理主義者の猖獗を鎮めるのは周囲の冷静さだけだ。原理主義者にエネルギーを与えないこと、これこそが大人の生き方ではないかと思っている。

 だから韓国の李明博大統領が、国家元首でありながら原理主義的な問題に迎合して彼らにエネルギーを与えたことは罪が重いのである。

 また、韓国ではサッカー選手の政治的行動に対してのIOCの処分は不当であるとの意見が多いようだ。正しいこと(正義)を主張したのに処分されるのはおかしい、日本の圧力だ、などと云っている。オリンピックの場では政治的主張をしてはならない、と云う取り決めを破ったことで処分されたことが理解できないようだ。これもどんな規則があろうが正義を主張することは正しい、と云う原理主義だ。

 今マスコミはその熱狂をあおり立てることで原理主義者にエネルギーを注ごうとしている。これは社会不安を増大させることでしかない。誰が戦争への旗を振ったのか。マスコミはそれを反省することなく、また再び同じことをしようというのだろうか。

 今中国の新聞やネットには尖閣問題から日中戦争を起こせば今度は日本に勝てる、と云う論調が現れている。

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