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2012年11月

2012年11月30日 (金)

温水器

 深夜電力の温水器を使っている。メンテナンスの時期だという連絡をもらったので、依頼した。丸19年経過しているという。温水タンク自体はステンレスのタンクなので問題ないのだが、配電盤のICがそろそろ寿命だという。これは昨年お湯が沸きにくくなった時に修理に来た別の人からも聞かされていた。理不尽なことに配電盤だけとか、ICだけという交換は出来ないのだという。丸ごと入れ替えると30万近くかかるかも知れないそうだ。

 いろいろ話していたら、だましだましならあと何年かつかえるはずだ、と云う。交換は慌てず、修理を出来るだけこまめにすれば大丈夫だが、他の人だと交換を勧められるので修理は名指しで依頼して欲しいとのこと。年金暮らしに30万の出費は応える。くれぐれもよろしく頼んだ。

 邪魔にならない範囲でいろいろ見せてもらった。話し好きなおっちゃんで(でも私のほうが年上だ)細かく説明してもらった。よくよく見ると温水器なんて単純なものである。だから心臓部は温度とお湯の量を管理する部分と云う事らしい。

 マンションでは温水器や風呂からの漏水が大きな事故になる。その点だけは注意しないと大変な迷惑をかけることになる。具体的な事故例をいろいろ教えてもらった。マンションの水道の水圧はやや低めに設定されているが、温水器と連動しているそうだ。それを勝手にいじると事故になることがあるという。手を抜いてはいけないところ、勝手にさわってはいけないところがよく分かった。
 
 勉強になった。ご苦労様でした。

映画「アイ・アム・ナンバー4」2011年アメリカ映画

 監督D・J・カルーソー、出演アレックス・ベティファー、ティモシー・オリファント。

 単純な超能力映画だと思っていたが、実はエイリアンの話であった。

 故郷の星を異星人のモガドリアンによって侵略され、地球に逃げ込んだエイリアンが九人いた。彼等は外見が全く地球人と変わらない(繁殖能力もありそうだ)。その九人にはそれぞれ彼等を守る者がいて、NO.1~NO.9まで番号が振られている。

 彼等はそれぞれ人間にはない特殊な能力があるのだが、まだ成長途中のため、力が殆ど発現していない。彼等を追ってモガドリアン達が地球にやってくる。そしてNO.1からNO.3までは既に抹殺されてしまった。そしてNO.4の主人公ジョン・スミス(アレックス・ベティファー)の存在も彼等に感づかれ、追っ手が迫ってくる。

 そんな中、ジョン・スミスは逃亡先でサラ(ダイアナ・アグロン)という女性に恋をする。そして彼女の危機を救ったそのときに彼の超能力が発現する。守護者はさらなる逃亡を勧めるのだが、サラの存在が彼の足を留めたため、ついに敵に追いつかれてしまう。

 想像を絶する敵の強さに対抗するうちに彼の能力は高まっていく。そして其処へ救いの手が伸びる。すでに能力が発現したNO.6が現れたのだ。

 生き残っているはずの仲間を訪ねる旅に出かける所で話はおわる。と云うことは、あわよくば続編をつくろう、ということなのであろう。

 しかし異星人が超能力以外全く人間の、それも白人の姿をしているというのはどう云う偶然のなせる技なのであろうか。どうもこのようなアメコミ風ストーリーにはなじめない。敵のキャラクターもハリー・ポッターの敵に似ているし、ちょっとご都合主義過ぎる。

 とはいえそんな事を全く考えずにただストーリーを追えばそれなりに楽しめる映画だ。低予算だとこんなものか。時間の無駄、と云うほど悪くはない。

少数民族

 ジュネーブで開かれた国連人権理事会で中国の代表は「中国政府は、少数民族の権益保護を重視し、社会、経済、文化、宗教などへの平等な参加を確保している」と語った。更に「少数民族が自治する地域の経済、社会の発展を促進するため、雇用拡大と貧困解消プロジェクトの実施に重点を置くと同時に民族文化の特殊性を重視し、支援体制を構築した。少数民族自治地区の義務教育の普及率は100%であり、法に基づいて宗教の活動の場を保護している」と説明した。

 中国には55の少数民族がいると云われる。そして中華人民共和国建国の時には、全ての民族の代表も参加して発足した。

 しかし建前はそうであっても現実には漢民族が優先された政策が施行され、少数民族が暮らす地域に漢民族が意図的に大挙して移住し、経済活動の主導権を握っている。

 中国では一人っ子政策という人類史上誰も行ったことのない政策を実施してきたが、少数民族についてはこの政策は適用されない。それなら少数民族の出生率は漢民族よりも多いはずなのだが、不思議なことに漢民族の方が出生率が高く、少数民族は軒並み減少しているのが事実である。

 雲南省は少数民族が数多く暮らしている地区である。そこには民族村として観光地化した場所が幾つもある。北海道のアイヌ村の大がかりなものだと云ったらいいだろうか。そこで少数民族の暮らしを見せている人たちが沢山いる。その人達はあちこちから集められてきた少数民族の人たちである。

 アイヌ村と云うよりもアメリカでのインディアン居留地と云った方が良かっただろうか。そこで見たものは私の偏見もあるのかも知れないが、恥ずかしそうに、そして嫌々少数民族の暮らしや踊りを見せている人たちの暗い眼だった。

 復旦大学と云えば中国の名門である。復旦大学の歴史学の教授が、韓国を訪問し、講演し「中国文化は本来単一の民族の文化ではなく、モンゴルや満州人の征服王朝の時代を経て、交雑と変化を重ねてきたものだ。中国文化は多様性に富んだものだったが、近年は漢民族を重視した愛国主義が強調されすぎている。」と述べた。

 韓国では満州地区に朝鮮族が多い事から、そもそも中国文化の一翼を朝鮮族が担ってきた、と云う主張が盛んである。この教授は意図的に韓国でリップサービスをしたのだろう。

 中国が国連人権理事会で主張したこととは異なり、チベットでは宗教が弾圧され、数多くの僧侶が迫害を受けて投獄されている。そして数多くの漢民族がチベットに押しかけ、経済を牛耳り、チベット語使用を禁止し、義務教育も全て中国語のみで行われており、チベット文化の継承をほぼ禁止している。そのような政策に反対して若い人たちの焼身自殺が後を絶たない。集会を厳しく禁止されているので抗議活動は焼身自殺くらいしか出来ないと云う恐ろしい状況なのだ。

 中国が少数民族を尊重している、とあちこちで強調している、と云うことは実は少数民族が迫害されている、と云う国際的非難に対する言い訳なのだ。だがこの言い訳は中国にとっては正義の名のもとの信念に基づいてのものであり、嘘をついているつもりも間違っているという意識も全くないことを認識しなければならない。自覚のない所に改善はあり得ないのだ。中国の闇は深い。

2012年11月29日 (木)

映画「行きずりの街」2010年日本映画

 監督・阪本順治、出演・仲村トオル、小西真奈美、南沢奈央、窪塚洋介、石橋蓮司、江波杏子、佐藤江梨子他。

 志水辰夫の同名小説の映画。2000年には水谷豊主演でテレビドラマになっている。

 波多野(仲村トオル)の元教え子・ゆかり(南沢奈央)が東京で失踪した。行方を尋ねて12年ぶりに波多野は東京に向かう。元私立の女子高校の教師だった波多野にはある理由でその学園を追われた過去があり、それ以来東京へは一度も足を向けなかったのだ。

 教え子を捜すなか、彼女がすんでいたはずのマンションを訪ねた波多野は男達に襲われるが辛くも虎口を脱する。別れた妻(小西真奈美)との再会、そしてそこで今は学園の理事をしている池辺(石橋蓮司)と出会い罵倒される。

 教え子のゆかりを追うにつれて学園との深い関わりが明らかになっていく。そして波多野が世話になった学園の理事長が昨年不自然な事故死をしていることを突き止めるのだが。

 波多野は池辺を取り巻く暴力的な人間達に再三たたきのめされるのだが、それに屈しない。12年前には逃げ出した世界に今度は命がけで立ち向かう。

 小西真奈美の和服姿が決まっている。とても良い女優になった。
 脇役の佐藤江梨子も良い。

 原作は日本冒険小説協会大賞を受賞した傑作で、物語に破綻はない。ところで警察が全く出てこないのはどうしたことか。まあ出てこなくても物語には関係ないけれど。

不思議な空間

 家の中を片付けて不要なものを少しずつ処分しようと10月頃に作業を始めたが、ようやく本を1000冊ほど処分した所で中断していた。

 そして突然昨晩から思い立ってごそごそと片付けを再開し始めた。

 あるべきものが、そしてあったはずのものがいくら探しても見つからないという事態が続いている。限られた空間の中であるから何処かにあるはずなのに見つからないというのが信じられない(アンブローズ・ビアスの全集、その他の海外の短編集、一部のカメラ=NIKON F-100、レンズ数本、ストロボなどで小さなものではないし、何処かに紛れ込んでいることもあり得ない、今はもうこのまま出てこないのではないかと半ば諦めている)。

 と云う訳で本日はAVまわりと本を一部片付ける。それと紙袋(これが加齢によるもったいない病で必要以上にたまっている)、そして出来れば衣類の整理まで手がつけられればと思っている。

 少し早いが年末大掃除の序奏である。努力に免じて空間が普通になってくれると有難いが。

2012年11月28日 (水)

映画「パラノイドパーク」2007年アメリカ・フランス合作

 監督ガス・バン・サント、出演ゲイブ・ネヴァンス、テイラー・モンサン。

 こんな映画もあるのか。

 パラノイドパークというのは不良少年達がたむろするスケボーの出来る公園の名前だ。16歳の少年アレックス(ゲイブ・ネバンス)も友だちに誘われてそこへ行ってスケボーを楽しむ。

 全てがこの少年アレックスの目に映る映像で構成されているのだが、その時間はカット毎に前後する。最初は淡々と普通の少年の世界が映し出され、友人との関係、ガールフレンドとの関係、両親との関係が次第に明らかになっていく。そして実はある事件のまわりをアレックスが回想している映像がランダムに提示されているのだ。そのことが観客に理解される頃には観客はアレックス自身になっている。アレックスの不安、虚無感などが観客とシンクロしたその時、突然映画はおわる。

 この映画を面白いと思うかどうか。私は一応○です。

笹本稜平「天空への廻廊」(光文社文庫)

 いやあ、久しぶりにこんなに興奮する小説を読んだ。巻末の夢枕獏の解説も含めて662頁を一気に読んでしまった。極限状態と云えばこれ以上のものはない。冬のエベレストが主な舞台である。

 冬のエベレストの無酸素登攀を成し遂げた真木鄕司は、下山途中で雪崩に巻き込まれるが九死に一生を得る。その雪崩を引き起こしたものはエベレスト頂上付近に落下したアメリカの人工衛星であった。雪崩に巻き込まれたパーティが他にもある。その中には彼の親友もいた。犠牲者を回収し、友人捜索を進めている彼と同僚達に、アメリカのCIAのエージェントをリーダーとした大部隊から協力依頼を受ける。落下した人工衛星の回収を手伝って欲しいというのだ。回収そのものは彼等がやるので道筋をつくって欲しいという。友人捜索を優先することを条件に協力を引き受けるのだが、その人工衛星というのが・・・。

 ここから先を詳しく書くとネタバレになりかねないので是非この本を読んで欲しい。こんなに主人公をいじめるなよ、と云いたくなるぐらい主人公は一人で超人的な働きを要求される。この感じは「ホワイトアウト」と云う真保裕一の小説以来だ。織田裕二が主演して映画にもなった。だけど過酷さではこの小説の主人公の方が数段上ひどい目に遭っている。

 とにかく冒険小説、サバイバル小説として感動的に面白い。冬休みにでもじっくり読むのにおすすめであるが、前半を読み込んだら多分途中で止められなくなるはずである。

富坂聰「中国人民解放軍の内幕」(文春新書)

 著者を中国や中国と北朝鮮との関係などについてのコメンテーターとしてテレビでよく拝見する。

 この本を読んで驚きを禁じ得なかった。どうしてこれ程詳しく「中国人民解放軍」の情報を入手したのだろうか。この人の情報力は卓越している。だからこの人の分析力についても信頼出来ると思う。

 正直、あまりに詳しいのできちんと読むのに苦労した。濃度が濃すぎるのだ。しかしほぼこれで中国の軍隊の構造、指揮系統、有事のシステム、海軍の目指すもの、ミサイル、核、宇宙開発について大まかに知ることが出来た。特に宇宙開発の部署は軍部に所属し、最初から軍事目的であることが明快に説明されている。この本が古くなるとしたら、登場する人物の名前だけだろう。

 この本を読む限り、人民解放軍が暴走することはないシステムになっていることがよく分かったが、それはシビリアンコントロールが存在する限りにおいてである。

 テレビのある番組で、中国の今の体制が崩壊する可能性を論じていた時、著者の富坂聰氏が、「中国国民の不満は想像以上であるからその可能性は確かに否定出来ない。しかし、現体制が崩壊した後に出現する新たな中国は今よりずっと恐ろしい国になるのではないかと思う」と語っていた。

 安易に共産党体制が崩壊して民主化した新生中国が出現する、などというのは夢に過ぎないと云うその言葉に目が醒める思いがした。

三日坊主は越えた

 糖尿病の治療には通常の診察と投薬の他に栄養指導の先生との面談がある。普段の食事や飲酒の状況の報告をして、体重、体脂肪率を測り、生活指導を受ける。

 幸い血糖値が薬のおかげもあってこの半年ほぼ正常値に収まるようになってきた。しかしメタボについてはあまり改善されない。食事も飲酒の量も昔から比べればずいぶん少なくなったのにどうしたことであろう。歩留まりが良すぎるのか。おまけに体脂肪率が少しずつ増えてきた。

「運動不足です!」と云われる。「筋肉の量が減ってきたから体脂肪率が上がってきたのです。筋力をつける努力をしなさい!」とのご宣託であった。

 と云う訳で朝晩腹筋運動を始めた。布団を膝に乗せ、手を前に出しての楽な腹筋なのに最初は10回やるのもつらかった。それが一月足らずで50回出来るようになった。僅かだが体脂肪率も減りつつある。残念ながらまだ体重は減らないが。

 この腹筋運動を始めて思わぬ効果を感じている。冷え性が改善されたのだ。昔は足がラジエーターのように熱いくらいだったのに、歳と共に足が冷えるようになっていた。それが腹筋運動すると足がぽかぽかしてくるのだ。だから寝る前に腹筋をするととてもよく眠れるのが嬉しい。

 まだ一月足らずでいつまた怠け出すかわからないが、今のところほぼ毎日やっている。打倒!体脂肪。

2012年11月27日 (火)

下半身を綺麗にしておく

 朝風呂にゆっくり入り、下半身を重点に綺麗にした。綺麗にすると云っても良く洗っただけでお化粧した訳ではない。

 本日は午後から泌尿器系の精密検査がある。糖尿病の薬に泌尿器系に副作用がでることがある、と云うことは一年前から聞いていたのだけれど、相性が良いので他の薬への切り替えはしなかった。そうしたら血液検査に異常が見られると云うので急遽精密検査をすることになったのだ。

 先生は「心配はありません。万一と云う事なので。」とやや慌てて云っていた。(心配要りません。先生にはちゃんと聞いていたことなので万一のことがあっても先生を恨むようなことは決してないので心配しないでください。)

 どう云う検査なのか知らない。でも下半身は綺麗にしておいた方が好いだろうと思ったのだ。見てくれの悪さはどうしようもないけれど・・・。

 ずいぶん前から小便の出も切れも悪くなっている。男の加齢による宿命の病、前立腺肥大だと思う。これもついでに相談しようと思っている。

みのもんたの指摘

 みのもんたは時々おかしなことを云う。それをおかしいと思うのは私がおかしいからか。

 横綱審議会の委員長が、冬場所の日馬富士の成績が九勝六敗だったことを問題として、横綱の資格がない、しっかりして欲しいと苦言を述べていた。当然のことだろう。

 それに対してみのもんたは「横綱に推挙したのは横綱審議会ではないか」と云った。責任は横綱審議会にあるのに苦言を呈するのはおかしい、と云いたいようだ。確かに新横綱になる時の連続全勝優勝はすばらしい成績だったとは云え、それ以前を見れば危惧されところがなかったとは云えない。

 だが横綱審議委員会が今場所の日馬富士の成績が良くないことを予想していた訳ではないし、たいていの人が今場所も最後まで白鳳と優勝争いをするだろうと思っていたはずだ。それがあろうことか後半で連敗を続けた。委員長はその連敗を問題とし、自覚が足らない、と云ったのだ。そして横綱として推挙した責任があるからこそ苦言を呈したのだ。

 みのもんたが日馬富士を横綱に推挙した責任を問うのはかまわない。横綱審議委員会もその責任は認めるだろう。だが成績が振るわないことに苦言を呈したことを非難するのは明らかにおかしい。責任があるから黙っていろ、と云うのか。

 みのもんたが時にえらそうにしている、と嫌われるのはこういうことがしばしばあるからだろう。他のコメンテーターも一瞬みのもんたがどんな論理で横綱審議委員会の委員長の苦言に対する非難の言葉を述べたのか、意味がわからずにぽかんとしていた。だが誰も訂正しようとする人はいなかった。「責任を感じたからこそ厳しいことを言ったのでしょう」くらいのことを云う人がいても良いのに。

 こうしてみのもんたは自分の問題点に気が付くことがなく幸せに生きている。

2012年11月26日 (月)

映画「アクシデント/意外」2009年香港

 文句なしに面白かった。ラストの意外性がこの映画の命なので物語を詳しく話すのはルール違反になってしまうだろう。

 最初に女性の車による事故死のシーンがあり、次に偶然が重なったある男の事故死のシーンが続く。偶然が重なることは普通あり得ないのだが、それが全く不自然ではないようにして男は死んだ。

 それが周到に仕組まれたものであることが明らかになるにつれその見事さに唸らされる。仕組んだグループは計算され尽くした役割分担でことを行う。次の仕事も綿密に計算し尽くして実行に移されそうになるのだが、メンバーの一人の様子が少しおかしい。決行か、中止か悩むリーダーだが、決行を決断する。ところが仕組んだ事故が完了した後、思わぬ事態でグループの一員が事故死する。

 リーダーは他の暗殺者の存在を確信し、身を隠して今回の依頼者やその周辺を徹底的に調査する。そこで明らかになっていくのは・・・。

 とてもよくできていて繰り返しになるが面白かった。もしこの映画が再放送されたら見るのをおすすめする。決して時間の無駄にはならない。

半藤一利「日本型リーダーはなぜ失敗するのか」(文春新書)

 半藤一利の夫人は夏目漱石の孫に当たる。だから夏目漱石は義理の祖父である。この人の本に初めて出会ったのは「漱石先生ぞな、もし」の正、続であった。筆の立つ人だなあ、と思っていたら、文藝春秋の編集長、取締役を歴任した人であった。太平洋戦争についても極めて詳しい。実際に若い時に沢山の戦争遂行者に出会って取材をしている。

 この本は太平洋戦争へと日本をミスリードしたリーダー達の、そして敗北するべくして敗北した戦史の中のリーダーの愚かさ、問題点、そしてその中にダイヤモンドのように輝くような立派なリーダーについて、繰り返し講演してきたものを一冊の本にまとめたものである。

 もちろんそれは東日本大震災の後のリーダーたるべき人々の余りにも愚かな、そして見苦しい姿を見るにつけて、また、現在の経済界の経営者、政治家達の見るに堪えないリーダーシップを欠いた姿を見せられて、義憤に駆られてこの本を書いたのは間違いない。

 この本はだから反面教師となるべき人たちの問題点を列記したものが多い。其処からあるべきリーダーとは何かを読み取らなければならないのだが、戦記物を読むようなところがあるし、太平洋戦争そのものに知識がないとその書かれている意味が伝わりにくいかも知れない。ただ私は一時期太平洋戦争の本を繰り返し読んだので、著者の云いたいことがよく分かったつもりだ。

 「決断出来ない」「現場を知らない」「責任をとらない」リーダーが日本中にいる。民主党を例に出すまでもない。これだけリーダーのポジションにいながらリーダーシップとは何かを知らない者ばかりだというのは、そもそも日本の社会そのものの欠陥なのかも知れないと思えてきた。

 とはいえ気が付けば今は特に組織に属していない立場である。高みの見物で日本や世界のリーダー達を無責任にこき下ろすことが許される幸せを楽しもう。現役の人たちにはまことに申し訳ないことである。

映画「パーフェクト・スナイパー」2011年アメリカ映画

 監督プラッチャヤー・ピンゲーオ 出演ジャイモン・ハンスウ、ケヴィン・ベーコン。バイオレンスアクションなのだが、変わった味付けがされている。原題が「WHITE ELEPHANT」でそちらの方が私は好いと思う。

 舞台は全てタイのバンコク。超A級の暗殺者が依頼を受けて犯罪組織の構成員を次々に狙撃していく。娘がその犯罪組織に殺された父親からの依頼だった。その犯罪組織と敵対する組織の仕業として暗黒街は騒然としていくが、組織のトップ通しの話し合いで手打ちとなり、その暗殺者の存在が浮かび上がってくる。依頼者は身の危険を感じて依頼途中での解約を求めてくる。しかし解雇された暗殺者は独自に犯罪組織の構成員の抹殺を継続する。暗黒街あげての暗殺者追求が行われる中、暗殺者が立てこもる場所に不思議な少女が現れて彼につきまとう。

 暗殺者のカーティ・チャーチ(ジャイモン・ハンスウ)のアクションがすばらしい。ウェズリー・スナイプスを越えている。ただちょっとスター性がたらないかも知れないが、今後注目したい。彼に渋々協力するイギリス人ジミーはケヴィン・ベーコンが演じているが、ちっとも格好良くないのに存在感はさすがに抜群である。

 犯罪組織の構成員などいくら殺してもキリがない。ついに危機に陥るのだが、そもそも何故彼が依頼を受けたのか、その理由が明らかになった時、彼は起死回生の行動に出る。

 現実とオーバーラップして不思議な世界が彼にまつわりついているのが見える。そしてその意味が最後に明らかになる。この味付けはエキゾチックで良かった。

曾野綾子「飛んで行く時間は幸福の印(私日記7)」(海竜社)

 2009年5月1日から2011年5月15日までの日記。

 曾野綾子のエッセイが好きでよく読む。彼女の意見は常に真っ当なのだが、マスコミの作り出した世間の意見とはいささか違うものであり、いつも新鮮に感じる。

 彼女の、人生の締めくくりに向けて着々と身の回りを整理する姿を見習いたい。毎年夫婦で滞在するためのシンガポールのマンションもついに手放してしまう。

 この日記の最後は当然東日本大震災に関連している。観念的ではなく、明らかなことについてのみ語る姿に好感を覚える。特に支援活動について実質支援こそ意味がある、と云いきる勇気に賛意を表したい。歌を歌いに行くことが果たしてほんとうに支援なのか、よくよく考える必要がある。その多くが売名行為の要素を含んでいるのではないか。もしそうならば、被災地ではない所でチャリティーを行って支援金の形にする方が同じ売名行為の要素を含んでいても実質的だと、冷静に判断した方が好いと考えた(曾野綾子はそこまで云っていないけれど)。

 いろいろ彼女と縁のある人がこの世を去って行く。その人との関わりが淡々と語られる。死ぬことも人生の中の一つの事象である、と見切った人通しの関わり方はさらりとしている。人は怪我をしても時間がいやしてくれる。人を失う悲しみも時間が癒やす。「飛んで行く時間は幸福の印」という所以である。

池波正太郎「二十番斬り」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第15弾。特別長編「二十番斬り」と短編「たま」。

 「たま」。小兵衛のかわいがっていた「たま」という猫が、小兵衛を誘った先には何があったか。新しい飼い主の危難を猫が救う。
 ところでこの話ではおはるは猫が余り好きではないと云うことになっている。しかし以前の「白い猫」という短編ではおはるが白い猫をかわいがり飼おうとするが、小兵衛がこれを許さなかったはずだったが・・・。

 「二十番斬り」。六十六歳になった小兵衛が目まいで倒れる。亡妻が呼んでいる夢を見た小兵衛は寿命を覚悟するのだが、医師の見立てでは深刻なものではない、ということであった。小兵衛も老いを感じる。
 そんなとき、小兵衛の家に追われて逃げ込んできた子供ずれの浪人があった。小兵衛が追っ手を追い払い、二人を助けるのだが、その浪人は昔小兵衛が親しくしていた友の子供であった。井関助太郎というその浪人は、傷を負っていて寝込んでしまうのだが、小兵衛の問いかけに対し、いきさつを一切語ろうとしない。
 追っ手が再び襲うおそれがあるため、小兵衛と大治郎は助太郎とその子供をおはるの実家へ避難させ、追っ手の正体を探る。僅かな手がかりから追っ手が追っているのはその子供であることがわかってくる。
 小兵衛はこの事態に自分の病は吹き飛んでしまい、気力が充実してくる。事件の首魁を退治するために単身乗り込んだ小兵衛は何と19人の敵を倒す。助太郎はついに帰らぬ人となってしまうが、いまわの際に医師に対してついに自分の秘密を打ち明ける。
 後日、最強の二十人目が小兵衛の隠宅へ乗り込んでくる。これで二十人斬りである。

 秋山親子の庇護者であり、大治郎の妻三冬の父親の田沼意次に落日の日が迫る。殿中で三冬の異母兄、田沼意知が殺害されたのだ。

2012年11月25日 (日)

クレーマーと自主規制

 日本を害しているものの一つにクレーマーの存在があると思う。クレーマーが全く存在出来ない社会はそれはそれで恐ろしい社会なのだが、良識を大きく逸脱したクレームを簡単に排除出来ない社会は健全とは云えない。私は三波春夫の罪を問いたい。「お客様は神様です。」という言葉の魔法に日本中が呪縛されている。供給する側とされる側があると云うだけで皆対等であることは自明のことである。お客様を「神様」などと持ち上げるのは、同業との競争に勝つための方便でしかない。だからマニュアル言葉、マニュアル挨拶が空疎に飛び交うことになる。

 神様は正義である(と思い込まされている)。だから自分のつけるクレームは世のため人のためであり、クレームをつけている相手は悪である。しかしそんなのは思い込まされていたり、勝手に思い込んでいるだけで実は自分の損得が裏に見え隠れしている。そんな事はたいていの人にはわかっている。社会的にクレーマーによる経費、またはクレーマーにクレームをつけられないために防衛上かけている経費は膨大なものになるに違いない。

 各企業はそれにかなり神経をすり減らしていることだろう。特に懸念しているのはマスコミや出版界などの自主規制である。今や電話帳のように分厚くなったマニュアルがあるやに聞き及ぶ。そのために言葉の置き換えが行われているが、まことに無意味な行為だと思う。

 言葉は言葉として発せられた時に、その状況やその態度の中に意味を持つ。差別語が差別を生み出すのは言葉ではなく、その状況と意思であろう。これは大きく精神に関わる問題で、精神を涵養しなければいくら言葉を規制したり置き換えても差別がなくなることはない。教育から精神の涵養を排除して日本人そのものを劣化させようと努力した日教組の思惑はまことに見事に成功したようである。

 今小児科と産婦人科の医師になろうとする人がどんどん減っているという。地域によっては安心して子供を産むことが出来ない状況だと云われる。少子高齢化対策が叫ばれているのに何故だろうか。これは医師を目指す人々がクレーマーを恐れているからだと云われている。医師は神様ではない。医療を行う中で不測の事態も起こる。医療だけではないが、何かの判断を下さなければならないことはこの世にはいくらでもある。結果が悪かったとき、あのときああすれば、と云う後悔が起こることもあるだろう。だがシミュレーションではないからやり直しなど聞かない。その責任を全て問われたら判断そのものが出来なくなってしまう。医療を受ければ必ず直る、などと思う方がおかしいのだ。そしてクレームがとても多いのが小児科と産婦人科なのだ。折角苦労して医者になっても、クレームで社会的に制裁を受けるのでは割に合わないから、なり手がどんどん減っているのだ。

 クレーマーは正義である。マスコミも正義の味方をする。そして社会は劣化する。

2012年11月24日 (土)

不要論について

 先日の不要論にいくつか反響がありました。

 人生論に絡めての意見もありました。不要論では人生にも意味がない、と断じているように感じられたのでしょうか。
ところで、人生とはなんぞや、と云う設問自体に意味なんてないのではないかとこの頃は思っています。人生は人それぞれであり、生まれて死ぬまでの全体で人生であり、意味など論じても答なんかあると思えません。意味、とはただの言葉の置き換えに過ぎないのかも知れません。
人生の意味などは藤村操と共に華厳滝に沈んでいれば良いのです。

 あの不要論はしがらみのない自由を寿ぐことが主旨です。

 (念のために云って置くが、思考すること、考えることを否定している訳ではない。人は普段多くの時間を無意識に生きている。その無意識の時間から少しでも意識している時間、覚醒している時間を持つことをコリン・ウィルソンの「アウトサイダー」という本で勧められた。拳々服膺している。)


椎名誠「赤眼評論」(文藝春秋)

 この頃どんどん読めてしまう本を読んでいるので、本がどんどん読めてしまう。この本は1982~1983年頃に週刊誌に椎名誠が書いた雑文を本にしたもので、どんどん読みながら時々うつらうつら昼寝をしながらそれでも読んでいたらあっという間に読み終わった。

 一つのキーワードからよくもまあ次から次へ言葉が出てくるものだと感心する。真似出来ないその才能に一応敬意を表したい。でも同じキーワードで試しに文章を作ってみたい誘惑にかられないことはなかった。
 
 世の中がヘンだ、と云う感覚が、同じように感じられる人にはとても楽しい本だが、多分何を言っているのかさっぱりわからない人も多いことだろう。眼が死んでいる若い男達についての辛辣な文章に続いて、それを生み出しているのは子離れ出来ていない母親だ、という説には全面的に賛同してしまう。30年前に椎名誠が指摘しているのだが、今も殆どかわらないから日本中がそうなってしまったのかも知れない。もう冗談の域はとっくに越えているのだ。

 これでは中国や韓国に舐められても何も出来ないのは当然だ。今に石原慎太郎おじさんが首相になって徴兵制を敷いて若者を鍛え直すべし、とでも言い出したら賛成したくなりそうだ。

池波正太郎「暗殺者」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第14弾、特別長編。

 波川周蔵という浪人を中心に物語が展開する。彼は香具師の元締めの食客として時に暗殺もする(いわゆる仕掛け人である)。しかし人物識見とも優れた人物であり、頼まれたことを気軽に引き受けるような人間ではない。また家族を大切にすることは人並み以上である。そしてその出自からのしがらみも彼を縛っている。

 たまたまこの波川周蔵が遇っていた人物が洩らした言葉から、大治郎が襲われる可能性に感ずいた小兵衛は弥七や笠徳、又六まで動員してその背景を探るが波川周蔵の姿さえ見失い、時間だけが過ぎていく。

 波川周蔵は闇の仕事と、もう一つ自分を縛っているある人物の依頼もしてのけなければならない羽目に陥っていた。

 そんな折、小兵衛が病んだ友だちを訪ねた先で、この波川周蔵を見かける。友から波川周蔵が優れた人物であることを帰化されて小兵衛は迷うのだが。

 ついに大治郎を襲おうとしている敵の正体が見えてくる。今は波川周蔵との闘いも覚悟して敵の襲撃を待つのだが・・・。

 とても意外な結末なのだが、実はそのようにしかならないことが最初から自明であることもわかる。この物語でも人は運命に流されて同じ人間とは思えないような面を見せることもあるし、その人でしか出来ない行動をとることもあると云う著者の思いが詰まっている。

呉善花「虚言と虚飾の国・韓国」(WAC)

 著者は日本に帰化している。

 竹島問題でエスカレートした韓国民の反日感情は日本人の想像を遥かに超えて根強いように見える。尋常でないその反感は、戦後行われた反日教育に原因があるのではないかと思っていたのだが、この本を読んでもっと根が深いものであることがわかった。

 どうして中国と韓国だけが日本に対してここまで憎悪とも言うべき感情を抱いているのか、この本を読んで初めて納得することが出来た。これでは社民党的な、話せばわかる、などという論理では決して宥和はあり得ない。だから韓国や中国とは仲良く出来ないと云っている訳ではない。普通とは遥かに沢山の努力が必要だと云う事だ。希望はない訳ではない。

 韓国の民族的問題点をこれでもか、と云うほど列記している。これでは韓国からひどい仕打ちを受けるのは当然だろうと思うが、感情で云っているのではなくで具体的な裏付けのあるものばかりである。

 ではその根の深い民族的な感情とは何か。それは是非この本を読んでみて欲しい。彼女の主張が納得出来るかどうかが、この本全体の評価につながるだろう。私はおぼろげだった感覚をこの本でクリアにして貰い、新しい視点を得ることが出来た気がしている。

池波正太郎「波紋」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第13弾。

 「消えた女」。弥七や徳次郎が張り込んでいる茶屋の娘の顔を見て、秋山小兵衛は昔の女によく似ていることに驚く。一瞬自分の娘かと思うが年齢があわない。この捕り物が、弥七を使っていた同心を殺害した犯人を追うものであると知り、小兵衛は影ながら協力する。小兵衛と淹があり、そして突然小兵衛の前から姿を消した女の転変の人生を知ると共にその女の小兵衛への思いを知ることになる。

 「波紋」。ある日大治郎は弓矢で襲われる。気配を察して難を逃れるが、襲った相手に覚えがない。大治郎を襲った一味の一人はその後隠れ家で殺されてしまう。執拗に大治郎を付け狙う敵にわざと襲う機会を見せた時、大治郎の背中に再び矢が飛んでくる。悪党ながら支え合う腹違いの兄弟の人生がそれにからむ。

 「夕紅大川橋」。小兵衛は年上の弟弟子で親友の内山文太を見かける。女連れであった。日頃の内山文太には考えられないことである。そして間もなく文太が行方不明になっているという連絡が入る。
 文太の連れの女は何ものなのか。手がかりが中々つかめない中、小兵衛は奔走する。内山文太の秘められた過去が明らかとなり、やがて小兵衛は内山文太の老いを見、そして自分の老いを思い知る。

 そのほか、人は身にあわない役割につくと別の人のようになることがあると云う「剣士変貌」、頼まれて懲らしめのために倒した相手が殺されていたことを知り、自分の犯した罪に後悔する「敵」。

2012年11月23日 (金)

中村仁一・久坂部羊「思い通りの死に方」(幻冬舎新書)

 目からウロコの落ちる思いがした。

 医療というのは致死率100%という人間の現実への挑戦である。そして私がこの本を読んで感じたのは、医療の発展は既に限界に近くなっているのではないか、と云うことだった。

 もともと医学は西洋思想を源流にしている。西洋思想の特徴は部分の総和が全体であると云う考え方である。また肉体と精神を別のものと捉えて、医療は肉体という機械的なものの修理という発想に立つ。問題部分を取り出し、原因を特定し、それを排除する。だから癌を取り除くことに成功したが本人は死んでしまうと云うことも当たり前に起こる。

 西洋思想の原点は分割である。部分を構成しているものを更に分割し、細胞を研究し、ついにはDNAまで到達した。これ以上の分割は今のところ意味がないほどの処まで来てしまった。限界ではないか、と云う所以である。

 しかし肉体と精神が不可分のものであること、部分の総和が全体であるとは必ずしも云えないと云う東洋思想を知ることで果たして西洋式の医療が最善かどうかが医学者の間でも問われている。

 人間を全体として捉えること、特に終末医療に関しては治療よりも苦痛を如何に減らすかに重点を置くべきだという方向に移行しつつある。

 同様の発想の極端なものがこの本なのだが、私は全面的にこの二人の主張と考え方に賛同した。私は臓器移植に反対である。自分や自分の子供が臓器移植をすれば助かる病気にかかっても臓器移植には反対である。ただし賛成する人が臓器移植することまで否定するものではないが。

 過剰な延命処置にも反対である。全て人間を機械のように見てほんとうに壊れて止まるまでは無理矢理動かそうとするような発想は私には受け入れがたい。寿命はあるがまま受け入れたいと思っているし、受け入れられるように精神を整えたいと心がけている。

 抗がん剤の副作用による苦痛を知ると、同じ苦しむなら何もしないで欲しい、それで死んでもかまわない、と思うようになった。繁殖年齢(本文から・楽しい言葉だ)を過ぎた今はそれで良いのだ。

ビートたけし「間抜けの構造」(新潮選書)

 「間」というキーワードでまず漫才や落語の芸人を語る。そして間抜けの例として自分の身の回りで見た人たちの話で笑わせる。其処から芸術やテレビを論じ、映画を論じる。論じることで彼は自分を語っている。

池波正太郎「十番斬り」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第12弾。

 「白い猫」。秋山小兵衛はさわやかな朝を迎える。そしておはるに外出を告げる。いつもと少し違うのは杖をつかずに大小の太刀を佩いていることくらいだがないことではない。実は秋山小兵衛は果たし合いに向かうのだ。
 その道筋、酔った勢いで試し切りにしようという浪人ふたりを小兵衛は懲らしめて白い猫を助ける。ところがその浪人たちは仲間を集めて報復しようと小兵衛を追う。次々に迫る敵を打ち払うが敵は十数人もいて、中には何人もの人を手にかけた手練れも交じっており、小兵衛も必死にならざるを得ない。そしてようやく全てを打ち倒した後、時間に遅れて果たし合いの場に駆けつけた小兵衛が目にしたものは何だったのか。
 このあとおはるが迷い込んできた白い子猫を飼いたいとせがむが、小兵衛はそれを許さなかった。

 「浮寝鳥」。真崎稲荷の側に時々座り込んでいる年寄りの乞食がいる。品の良い乞食で、人々に好感を持たれており、ささやかな施しをする人も多い。秋山親子も時に小銭を喜捨していた。
 その老乞食が斬殺されたのだが、犯人が全くわからない。
だが大治郎はその老乞食が顔のよく似た小娘と出会っていた姿を目撃していた。大治郎は心がけてその小娘の行方を捜す。容子からその近くに働いているはずと考えたからだ。間もなくその娘が住み込みで働いている店を見つけた彼は、娘ではなく店主に娘の素性を尋ねる。
 その大治郎の後をつける者がいる。そして大治郎の家を襲撃してくる者達。もちろん大治郎と三冬が相手ではかなうはずもなく、打ち払われてしまう。その一人を捉えて全てを白状させることで、老乞食を誰が何故殺したのかが明らかになるのだが、その老乞食の素性と行状を識るに及んで大治郎は人間の不思議さ、不可解さを思うのだった。

 「十番斬り」。小兵衛は碁敵の医師・宗哲のもとで、死病にあるがかなりの使い手であろうと思われる浪人を見る。その浪人が村松太九蔵という名だと知り、思い当たることがあった。それをずっと気に懸けていた小兵衛は滋養の良いものを土産に、思い切ってその浪人を訪ねようとする。その頃その浪人・太九蔵が住む郊外の村では不定浪人がたむろし、狼藉の限りを尽くしていた。太九蔵は危難に遭っている村人を助けると共に、その浪人を人知れず一人ずつ倒し続けていた。あと十人ほどを倒そうと気力を振り絞るが命が其処まで続くかどうかわからない。浪人達もついに太九蔵が仲間を始末していることに気が付き、太九蔵を大挙して襲撃する。まさにその時小兵衛がその場に飛び込んできて・・・。
 人は生きがいが気力を絞り出す。最後に小兵衛に抱かれて土産のスッポン汁を口に含んだときの太九蔵の満足そうな顔が見えるようだ。

 そのほか「密通浪人」「同門の酒」「逃げる人」「罪ほろぼし」。

 池波正太郎の人間を見る目の温かさが何時も胸に沁みる。それと同時に現実世界に生きるなら運命の冷酷さを知ることもあるのだと云う事を静かに教えてくれる。人間には沢山の面があるのだ。

2012年11月22日 (木)

タイ料理再び

 昨日と本日は大阪にいた。昨晩は先日一緒にシンガポール旅行に行った仲間で反省会の飲み会。勿論反省なんかするような人たちではないし、反省することもない。

 場所はマンゴツリーというタイ料理の店である。マンゴツリーは、バンコクでこの仲間で会食した店が本店で、日本にもいくつか出店している。

 本来ならシンハービールを飲みながらタイ料理を食べる所だが、サントリーのスーパープレミアムと白ワインを戴いた。しめはもちろんトムヤンクンスープ。大満足であった。

 本日は朝から兄貴分の人を訪ねた。毎年国内旅行に一緒に行く人だが、9月に脳梗塞で倒れたのだ。たまたま家族の目の前で倒れたのですぐ救急車で病院に運び込まれ、間一髪で命を取り留め、後遺症も残らなかった。手術跡を見たら耳の後ろから頸の下まで20センチ位もある。死ぬと云うことを実感として感じたと云っていた。私もそのことは人ごとでなくずっと考えていた所で、いろいろ体験を聞けて嬉しかった。

 兄貴分の人からは私の健康に対しての注意があり、昼間から先輩に酒をつがれながら、酒を控えなければならないなあと実感した。でも昼飲む賀茂鶴はまことに美味しかった。ごちそうさまでした。

 先ほど名古屋に帰着。持って行った本をみんな読んでしまったので、読む本がなくて帰りの電車はまことにつらかった。重くても余分に持って行くべきだったと強く反省。

 

2012年11月21日 (水)

江國滋「落語への招待」(朝日文庫)

 この本は著者の「落語手帖」「落語美学」「落語無学」の落語三部作を編集しなおした抜粋本である。この三部作については今年読み直したので一部を紹介している。

 整理し直されているので項目別に内容がまとまって読みやすくなっている。「落語への招待」「落語哲学」「料簡・吟味・間」「落語の人物」「裸の江戸っ子」「職人百景」「服装描写考」「食物描写考」「落語無学」「芸談」「桂文楽との別離」と云う表題を見るだけで内容の想像がつくであろう。この本を読んだら絶対に落語が聞きたくなる。それも本物の落語だ。

 「桂文楽との別離」が胸に迫る名文である。江國滋は桂文楽の葬儀で弔辞を読んでいる。
 江國滋の文章との出会いは内田百閒の死を旅先で知って衝撃を受けたその気持ちを書いた短い随筆だった。この時江國滋と内田百閒という二人の名文家を識ることになった。この文章は文藝春秋の巻頭随筆に掲載されていた。

 この本の巻末に小沢昭一の「江國さんをしのぶ」と云う文章が収められている。交友が深かった小沢昭一が心を込めて書いた送る言葉は真情にあふれている。

 内田百閒の死を江國滋が送り、桂文楽の死を江國滋が送り、その江國滋の死を小沢昭一が送っている。滋酔郎(江國滋)の辞世の句「おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒」 合掌

椎名誠著「むははは日記」(本の雑誌社)

 椎名誠は業界誌に勤めるサラリーマンだったが、作家として独立すると共に目黒孝二や沢野ひとしたちと「本の雑誌社」を立ち上げた。
 本の雑誌社の初代社長は椎名誠である。此処が発行する「本の雑誌」の販売の苦労は別の物語だが、その本の雑誌の編集後記などに書いていた文章を集めたものがこの本と「活字中毒者地獄の味噌蔵」である。
「活字中毒者地獄の味噌蔵(長くて打ち込むのがめんどくさい)」も雑文集だが、特にその中の「活字中毒地獄者の味噌蔵」は余りに可笑しくて笑いすぎて腹がよじれるほどだった。後でまた読み直そう。

 この「むははは日記」は椎名誠の血の気が多い頃の文章で、良いものは良い、つまらないものはこき下ろす、と云う正しい態度を貫いている。
 だから痛快である。

 ちょうど私もこの頃から彼の本を手当たり次第に読み出した頃で、こちらもまだ血の気が多かったからいろいろなことに腹を立てている彼にびんびんと共感したものだ。団塊の世代の心ある人は彼の怒りに共感した人も多いのではないだろうか。とにかくみんな何だかわからないことに怒っていた。健康だったとも云える。

2012年11月20日 (火)

プライムニュース

 ウイークデイの午後8:00~10:00にBSフジテレビでプライムニュースという番組が流れている。キャスターは反町理、八木亜希子(金曜日だけ島田彩夏)。毎回テーマを絞ってゲストを呼び、かなり突っこんだ内容になっていて面白い。テーマは政治的なものか経済関係、そして国際関係が殆どだ。毎日見るのは中々時間的に大変なのだが、総花的で無内容な凡百のニュース番組より遥かに値打ちがあると思う。もう芸能ニュースの詳細な報告などは見たくないのだ。民放だから当然CMもあるのだが、番組の性格上けたたましいものはないのが嬉しい。

 八木亜希子の柔らかいものの言い方は昔から好きだ。ほんとうに賢い人は相手の云う事を良く聞いて、ほんわかとした相づちを打つ。好いなあ、こう云う人。

腹が立つ

 エプソンのプリンターを買って、定常につかえるまでに悪戦苦闘した話を以前書いた。とにかくこのプリンターは写真をプリントすると嬉しくなるほど綺麗にプリント出来る。だが未だに使いこなせていない。このプリンター、仕事をしている時より止まっている時間の方がずっと長い。プリントの指示を流すと、うーんと唸ってプリントを始めるのだが、数秒すると停止する。大分しばらくするとまた少し動く。またしばらく停止する。その繰り返しだ。イライラすること限りない。
 インクは激しく消耗し、インクタンクは人を馬鹿にするほど小さくて高い。換わりにランニングコストが高くつくので互換の安いインクを使ったら不具合がひどくなった。時々突然ある色が出なくなったりする。クリーニングを繰り返すと直るのだが、ますますインクを消耗する。途中に変な動作をして止まると紙が排出され、指示通り手当てして再開すると次の紙が途中から始まる。つまり必ず紙を二枚無駄にしてくれるのだ。写真用紙でこれをやられるととても腹が立つ。
 またトレイの紙の入れ替えがとてもやりにくい。おまけに2トレイなのにA4は一つのトレイしか使えない。だから普通紙と写真用紙はその都度入れ替えなければならない。全て不器用で横着者である私が悪いのだろう。どうせそうなのだろうが、胃が痛くなるほど腹が立っている。
許されるなら高層ビルから投げ落としたいくらいだ。
 しかし問題ない時はちゃんと嬉しくなるほど綺麗に印刷出来るので、故障ではないのだろう。要は私とは相性が悪いと云うことか。
 これで年賀状を印刷(何時も写真をプリント)するとしたら一体何枚はがきを無駄にすることになるか想像するだけ恐ろしい。

池波正太郎「勝負」(新潮社)

 「剣の子弟」。小兵衛が目にしたある事件に関わる男が出会っている相手を見て、驚く。突然行方知らずになった小兵衛の弟子であった。
 その弟子を探っていると、よからぬ仲間と組んでいる気配である。小兵衛の思いも知らず、事態はついに悪事決行へと突き進んでしまう。小兵衛は逃がそうとするのだが、男は覚悟を決めて立ち向かってくる。この結末は小兵衛の心に深い傷となって残り、その後ずっと鬱々とした日を送ることになる。

 「勝負」。大治郎が試合をせざるを得ない立場に立たされる。相手は大治郎に打ち勝てば仕官が叶う。しかし大方は大治郎の方が実力が上とみている。何と小兵衛も妻の三冬も負けてあげなさい、と云う。大治郎は、わざと負けることなど出来ない性分だが、相手の事情を知るにつれて悩み出す。そして試合そのものへも集中しきれない状態に陥る。そんな中、相手の身内から試合に負けて欲しい、と云う懇請まで受けることになる。
 試合当日、その結果はどうだったのか。試合そのものよりもその身内からの懇請を受けたことが問題になってしまうのだが、それをどう納めたか。
 全てが解決するのと前後して三冬が元気な男の子を出産する。これで前巻から続いていた小兵衛の鬱屈がようやく晴れる。

 「初孫命名」。小兵衛が孫の名前をつけると云いながらなかなか決まらない。大治郎と三冬そしておはるの三人はある名前を提案するのだが、小兵衛は気に入らない。そうこうするうちに小兵衛が委託されている大金を狙う一味がいることがわかる。勿論小兵衛は難なく退治するのだが、何故極秘にしていたその金のことが洩れたのか、意外な真相が明らかになる。解決の仕方にもう少しやりようがあったと反省する小兵衛だった。孫の名前を相談しようとした友人からは大治郎たちの考えている名前にするように決めつけられ、晴れて「小太郎」という名前が決まる。

 「ある日の三冬」。三冬が男装して道場に通っていた時、目をかけていた弟弟子は、見た目も醜く貧しかったため、まわりからさげすまれていた。ついに自暴自棄になって斬殺事件を起こし、出奔してしまう。
 その男が尾羽打ちからしてついに人質を取って立てこもる事件を起こす。今は人妻となっている三冬は単身其処へ乗り込み、人質を解放させて事件を解決するのだが。
 ラストのシーンの大治郎を見上げる三冬の涙に胸が打たれた。

 その外「時雨蕎麦」、「助太刀」、「小判二十両」もそれぞれ余韻のあるいい話ばかりだ。

2012年11月19日 (月)

不要

 中国語で不要(プーヤオ)と云えば要らない、とか間に合ってます、と云うことになるようだが、此処では日本語で考える。

 名古屋から東海北陸自動車道を通って金沢に入った。半年ぶりの金沢だ。そのドライブの道々考えた。現在自分は社会に不要な人間なっているのだなあ、と云うことに気が付いた。

 会社をリタイアし、子供たちは独自に生きている。何の手助けがなくても大丈夫なように育てたので、何の手助けも求めてくることはない。老母も弟が見てくれているから心配ない。もう一人実はいるけれど、もうこちらが手助けする気がなくなってしまったので、いないのと同じになっている。

 私がいてもいなくても世の中は無関係に廻っていくのだ。
だからといって自ら退場しようなどと思った訳ではない。ただただ自分が不要な存在になっていることに気が付いた、と云うだけだ。

 これは強がりでなく、真実思ったことだけれど、何と自由な存在になったことだろうか、と云う感慨を感じたのだ。

 若い頃、と云うよりまだ高校生くらいの時だけれど、全ての自分の係累がいなくなれば好い、と思ったことがある。親も親類も友だちも全ていなくなって自分ただ一人になれたらどれだけさばさばするだろうか、と本気で思ったことがある。全てのしがらみがとても煩わしく感じていた。

 今はその時の気持ちとはずいぶん違うけれど、気が付いたらそのしがらみが全て消え失せたような自由な状態にいるのだ。勿論生きている以上しがらみが消え失せることなどないが、もうしがらみに縛られることなどなくなっていることに気が付いたのだ。

 世間には私は不要だが、勿論私に世間は必要だ。何と云う贅沢なことだろう。こうなると生きるのも死ぬのも全て自分の思いのままなのだ。

2012年11月18日 (日)

タイヤ交換

 冬も東北や雪の峠道を走ることが多いので、冬はちゃんとスタッドレスに交換する。以前金沢に住んでいた時にリースタイヤを使用していた。名古屋に戻ってからもそのまま毎年そこに交換に行っている。夏用のラジアルタイヤをあずかってくれるし、スタッドレスも適宜新しいものに変わるので便利である。

 その時には金沢に泊まり、働いていた時の若い仲間と会食する。しかし時も経ったのでそろそろ遠慮した方が好いだろうか、と思っていた。ところがシンガポール旅行している所に彼等からメールが来た。今年はいつ来ますか?と。

 とても嬉しかった。と云う訳で明日は金沢へタイヤ交換に行き、金沢に泊まって会食する。久しぶりの金沢だ。

顔と言葉と人間性

 テレビ番組に政党の代表として登場する議員は責任が重い。その顔と言葉でその政党のイメージが大きく影響する。互いに自分の政党の正当性を主張し、相手の党をこき下ろす。

 だが、当たり前のことだが、見た目がスマートで如何に舌鋒が鋭くとも、その人の人間性は自ずから顕れる。

 フジテレビの朝の番組では自民党の甘利氏がいささか分が悪く見えた。甘利氏の人間性を非難するつもりはないが、過去の自民党に問題があったこと、そして今の自民党はそれを反省して此処が変わった、と云うことをこのような場でアピール出来なければ、役割を果たしたとは云えない。これだと自民党は民主党の失点をあげつらうことで選挙を戦おうとしているように見えてしまう。

 安倍さんは一度失敗している。それを自覚し、ゼロからの出発ではなく、マイナスからの出発であることを自覚していると思う。ところで他の自民党の議員諸氏が、何らかの反省のもとに自らを少しでも変革させる努力をしたと云えるだろうか。甘利氏の容子からはそれが全くうかがえなかった。反って民主党の安住氏、細野氏などに遥かに真摯な態度が見られた。今回の選挙では民主党は負けるだろう。だが四年後はこの人たちがいる限り民主党にチャンスがないとは云えないかも知れない。

 北海道での鳩山氏の容子が報道されていた。未だに沢山の応援者がひしめいている。偏見で見て申し訳ないが、金に群がる亡者の集まりにしか見えなかった。日本の国を此処までミスリードした人を落選させないようでは投票者の見識を疑わざるを得ない。それにつけてもインタビューを受けての鳩山さんの言動は謝罪をしながら同時に開き直っているようで、相変わらず無責任に見える。民主党のためにもこの人を公認しない方が好いと思うのだが。鳩山氏は弱者の痛みを理解する能力を決定的に欠いている。お金持ちで幸せな人の最大の欠点をその顔が表している。政治家になるべき人ではなかったと思う。ある意味で小沢一郎氏と双璧をなす金権政治の象徴だと言ったら云いすぎだろうか。彼が民主党を離れないのはひとえに自分が金を出して作った党だ、と云う意識が抜けないからだとみている。

 選挙は出来れば人物で選びたい。しかし小選挙区では選択肢が限られていて、誰も選びたい人がいないという悲しい事態も起こる。他の選挙区で投票したいくらいだ。その気持ちが国民に共有されると、自民党は中選挙区制を復活させる方向で動くかも知れない。二大政党制を推進させるために小沢一郎が推進して実施されるようになった小選挙区制だったのに思惑通りにならなかった。国民の選択肢を増やす意味では中選挙区制に賛同したい気持ちになっている。

論理矛盾

 日本は中国に対し、先般の中国国内の反日暴動で襲撃を受けた日系企業や商店の賠償をするよう求めた。暴動の時の映像を見れば、中国政府が暴動を殆ど抑えようとせずに放置していたことが明らかであった。あの後の中国政府の対応でデモは完全にコントロールされたことを見ても、あの暴動を止めることが出来たのに止めなかったことがわかる。

 暴動は誰が何と云おうと犯罪である。それがわかっているから中国政府は形だけとはいえ、特に悪質な行動に走った犯人を検挙している。その犯罪を放置していたのなら、中国政府は被害者に対して賠償するのは当然のことである。

 ところが中国政府はそれに今のところ答えるつもりはないようだ。過去に同様な被害があった場合にも、賠償ではなく、見舞金というのを出してお茶を濁してきたという。多分今回もそんな所だろう。この申し入れに対して、中国政府の意を体したマスコミは今回の暴動の原因は尖閣の国有化という暴挙が原因なのだから賠償など論外であると報じている。どうしても賠償が必要なら、石原慎太郎に請求せよという。

 こうして中国政府は中国国民に対して、暴動を起こしても許されることがある、と云うメッセージを発することになった。中国国民に貧富の差や役人の汚職に対する不満が高まる中、それから目を逸らすために尖閣問題をあおり立ててきた。しかし尖閣問題は中国国民の生活に直接関係する問題ではない。だから本質的に不満が解消されることにつながらない。

 中国政府は国民の不満が暴発することを強く恐れている。ところがその不満から目を逸らすための反日行動容認が、暴発の準備行動につながってしまう。

 そもそも犯罪行為を場合によって認めること自体が間違っているのだが、その間違いを認めないから論理矛盾が生じてしまうのだ。

 倫理が社会状況に左右される可能性は否定出来ない。しかしそれには限度があるのであり、それを規定するのが法律なのだが、その適用が権力者の恣意に任されている今の体制に今の中国の問題の原点がある。

 中国がそういう国であることを忘れてはならない。

2012年11月17日 (土)

椎名誠「白い手」(集英社)

 椎名誠が小学校五年生の少年の視点から、その生活を綴った。

 彼が暮らしたその時代の千葉の海は、私も見ている。母方の祖父母の家が千葉の海岸の近くにあって海まで歩いて行くことが出来た。あの遠浅の泥海はしかし魚介類も豊富な海でもあった。ちょうど私が中学生になった頃から埋め立てが始まり、昔アサリを採ったり泳いだりした海は、今は埋め立て地の下になってしまった。

 少年の目と意識をそのままに、海が、森が、風が描かれる。そして町が描かれ、何よりも友だちが描かれる。表題の白い手についてのエピソードは哀切なものなのだが、子供にとっては過ぎ去っていく記憶の一コマに過ぎない。だからこの文章は純粋な少年の目を通して描きながら、意味を知る大人としての読者の心に何ものかを伝えようとする働きがある。

 彼等はやがて6年生となり、親しんだ友とも別れが来る。思春期になれば女の子も違って見えるようになってくる。この物語はそのちょっと手前の光り輝く僅かな時代を描き、読者に自分にもそのような時代があったことを思い出させてくれる。

映画「千年の祈り」2007年、アメリカ・日本合作映画

 妻が癌で病死し、北京で一人暮らしをしていた父親が、アメリカに住む娘を訪ねる。娘は12年前に駆け落ちのようにしてアメリカに渡ったが、相手と別れて今は一人暮らしをしている。

 娘と父親の関係はとてもぎこちない。父親は娘を心配し、娘の生活に介入しようとするが、娘はそれを嫌う。娘が仕事に出ている間は父親は娘のアパートのまわりを散策し、公園でイランの老婦人と知り合う。父親は英語が片言しか話せない。このイランの老婦人も片言の英語しか話せない。その不自由な会話の中で互いに心を通わせていく。老婦人に孫が出来たことを素直に喜び合うのだが、そのことが老婦人と父親との別れにつながってしまう。

 娘の生活がだんだん分かってくるにつれて父親の心配はましていく。鋭く問い詰める父親に対して、娘は洗いざらいを話しだすのだが、その勢いで父親に対しての長年に亘っての恨み言をぶつける。

 翌日、父親は独白のように、隣室の娘に壁越しに真実を語りかける。全てをさらけ出した親子は新たな関係を築き直すだろう。父親は娘が用意した切符で列車でのアメリカ旅行に旅立つ。

 物語は淡々と進み、山場らしい山場もない。だから83分という長さがちょうどいい。画面は極めてクリアで、美しい。何だか間を空けてもう一度見たくなる映画だ。不思議な余韻がある。

池波正太郎「春の嵐」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第10巻。このシリーズ初の長編である。

 秋山大治郎の名をかたり、無差別で武士を斬殺する事件が続発する。勿論濡れ衣なのだが、潔白が明らかになるまで大治郎は身動きがとれなくなる。

 必死の探索が行われるが犯人の正体は全く見えてこない。やがて襲撃の矛先は、秋山親子が深く関わる田沼意次を強く憎む政敵、松平定信の家来に及ぶ。町方は秋山大治郎を取り調べるが、明らかな証人もいて無実であることが明らかであり、間もなく放免される。しかし松平家では大治郎の身柄引き渡しを要求する。
更に田沼家も奇禍に遭う。そして再び松平家の家来が襲われるに及び、松平家の憎悪は具体的な行動へとエスカレートしてくる。

 ここに来て犯人の目的がおぼろげに見えてきた秋山小兵衛は、自分の人脈を総動員して犯人を絞り込んでいく。ついに突き止めた犯人に小兵衛自らが怒りの剣を向ける。

 中々真相が明らかにならないもどかしさが続くが、それだけ敵の背後にいるものが大きなものであったと云う事で、真相が暴かれた後も田沼意次は黒幕を処罰することが出来ない。それが松平定信の憎悪を解消させずに更に増大させていく。

椎名誠「さよなら、海の女たち」(集英社)

 深く関わった人、すれ違っただけの人、海のイメージを通底音にして椎名誠が関わった女性を描く。

 何となく投げやりな、積極性のない関わり方で、淡々としたものばかりだ。だから行動は椎名誠の側からではなく、殆ど相手の女性からとなる。

 だがそれは実際にそうだったかどうか。椎名誠の照れ隠しがそのような描き方をさせているのだろう。

 勿論自分以外の人間がほんとうは何を考え、何を感じているか、わからない。椎名誠はそれを想像して描く、と云うことをあえて一切行わない。だから文章が淡々としたものになるのだが、それが読者の想像力と感情移入を引き出すことにつながっているのだ。何だか自分自身の話のように思えてしまうような・・・。

池波正太郎「待ち伏せ」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第9巻。

「待ち伏せ」。秋山大治郎が突然親の敵として襲われる。どうやら人違いらしい。何故間違われたのか、それを調べていく内に背景がわかってくる。何故か小兵衛はそれ以上詮索するな、と云う。ついにその人物を突き止め、影ながら見守る大治郎。弁明せず、遥かに腕が立つのに自らついに討ち取られていく人。その遺骸を運び込んだ先で大治郎が聞かされた事実は驚くべきものだった。同じ人間がすばらしい面と醜い面を併せ持つことを暴き出すことになる。そして何故小兵衛が詮索を駐めたのか明らかとなる。事実を知っていた訳ではないが、感じていたのだ。この事件は小兵衛の心に深い傷を残す。

「冬木立」。時に小兵衛の手伝いを頼むウナギ売りの又六に嫁が欲しい、と云う母親の話に、小兵衛には思い浮かんだ少女があった。ある店で初々しく働いて姿が好ましかったのだ。三年ぶりにその店を尋ねた小兵衛が見たものは変わり果てた女の姿であった。その余りの変わりぶりに不審を感じた小兵衛が調べた所、その店で起こった事件の真相が判明する。この女を救い出し、悪人たちを退治するのだが、最後に思ってもいなかった結果が訪れる。関わったことを今は後悔する小兵衛だった。
 この話は多分池波正太郎が実際に体験した実話がベースになっていたと思われる。確かエッセイにそんな話が書かれていた記憶がある。とても印象的な話だったので思い出した。

その外の話にも哀切なものがある。今回はややトーンが暗い。

2012年11月16日 (金)

シンガポール・ラスト

 最後の日の朝、一時間ほど散策した。高級マンションが並んでいるあたりで、どのマンションもゲートを持ち、守衛が常駐している。シンガポールは東京23区くらいの面積しかない。其処に約520万人が暮らしている。土地は国民しか取得出来ない。限られた土地しかないので、新しい建物を作るためには古いものを壊さなければならない。今、低層の建物の高層化が推進されている。だから低層住宅に暮らすことはとても贅沢なことなのだ。

Dsc_0191このような所にすんでいる人はお金持ちらしい。

Dsc_0193外部にエレベーターがついている高級高層マンション。

Dsc_0202スコット通り。メインのオーチャード通りへ出るブロードウエイだ。街路樹が美しい。

 シンガポールの人々の礼儀正しさとやさしさは、そして町の清潔さ、緑の多さはとても好印象であった。国民が一朝一夕にそのようになった訳ではない。そのような国にしようと国を挙げて教育に取り組んできた成果なのだ。その目標としたのが日本だったという。

 今帰って来て、テレビを見ながら、日本はこの五十年間何を目標にしてきたのだろう、と思った。

2012年11月15日 (木)

完全引退

 本日中国共産党新指導部の人事が正式に決定した。

 つい先日まで胡錦濤は軍部に権限を残し、院政を敷くだろうと予測されていたが、全て習近平に譲ったようだ。胡錦濤が指導部のトップに立った時には軍事の権限はしばらく江沢民が握って放さなかった。胡錦濤もそのつもりが大いにあったのだろうが、水面下の権力闘争で敗れたのであろう。

 この権力闘争のピークは日本政府による尖閣の国有化の頃であったと私は見ている。あのときに胡錦濤の面子がつぶされ、ほぼそれまでの胡錦濤の積み上げたものが瓦解し、習近平は巻き返しを恐れて雲隠れし、あの温厚な温家宝が凄まじい怒りを日本に向けた9月に全てがあったのではないか。

 海外メディアは胡錦濤の潔い完全引退を賛美している。

 このような経緯では、体制が変わったからと云って日本に対して中国がすぐに宥和することはあり得ないであろう。

逸らす

 アメリカの華字メディアが、衆議院総選挙に向けて、日本の政治家が中国を挑発するような言動を繰り返していると報じた。

 そしてそれは原子力、経済再生、米軍基地など山積する問題から国民の目を逸らす目的である、と説明している。

 民主党の不手際外交で、対米、対中国に大きな問題を抱えることになってしまったことは日本国民全てが感じていることだが、政治家が中国を挑発することで何かから目を逸らさせようとしているという事実を私は知らない。

 日本人が知らないことをあえてこのように報じるというのはどうしてか。わかりきったことだが、中国国内の問題を尖閣を火種に日本に対して挑発行動を繰り返して国民の目を逸らそうとしている中国の行動のいいわけなのだろう。

 恐ろしいのは中国のある程度の知識人はこのことをよく分かっているが、正直に云う事が出来ない共産党独裁政権の体制なのだ。云われた通りに付和雷同して見せないといけないという社会ほど恐ろしいものはない。これは左でも右でも同じだけれど。

シンガポール⑨第三日・リトルインディア

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リトルインディアの駅を出ると、喧噪の中だった。独特の匂いも立ちこめている。インドに何度も行っている同行のお姉さんがインドもこんな風だ、と言った。

Dsc_0085リトルインディアの駅構内。とても綺麗で明るい。

Dsc_0094ゴーヤーや大きなオクラが目についた。

Dsc_0095供え物用の花だろう。このような店が沢山ある。

Dsc_0098いろいろなバナナ。

Dsc_0105この派手な飾り付けと賑わい。まさにインド(いったことはないけれど)。午後からこの二階建てで二階がオープンになっているバスに乗ることにした。

Dsc_0108リトルインディアをインド系の人が行く、当たり前だけど。

Dsc_0110_2この輝きを見よ。

Dsc_0115_2昼食はこのムトゥース・カレーで摂った。フィッシュ・ヘッドカレーというのをメインにした。皆元気なのに私は余りのスパイスの強烈さに胃がびっくりして、食欲を失ってしまった。情けない。此処から一回ホテルに帰って一息入れてからあの循環バスに乗ることにしてもらった。

小泉武夫著「奇食珍食」(中公文庫)

 この本も旅行中の飛行機の中で読んだ。小泉先生の若い頃の本だから、今では平気で食べているものについて、まだゲテモノとして抵抗があるような記述が見られる。あの韓国のホイヘを目をしかしかさせながら食べる(強烈なアンモニア臭のため)レベルにはないようだ。

 この中に出てくるいろいろな食べ物、そして食べ方には奇想天外なものも沢山ある。是非チャレンジしたいと思うものもあり、勘弁してもらいたいものもある。虫、爬虫類、両生類、軟体動物、腔腸動物、魚、鳥、哺乳類、灰、と来て、それらの料理法、食べ方が網羅されている。
付録として珍酒が次から次に紹介されていて楽しい。

 ところで中国人は何でも食材にしてしまうことで知られている。その中国の食材を全て数え上げた所、日本の方が食材が多かったそうだ。
 ゲテモノを数えるまでもなく、豊富な魚介類がその食材を豊かにしていると云うことで、それはとても幸せなことだ。

 それなのに食べたことのないものを、食べたことがないから毛嫌いする近頃の日本人の衰弱した精神が情けない。日本人の劣化の象徴だろう。海外では目に力のある人が多い。そして日本人の殆どの人の目はどろんとして生気がないので一目でわかる。

シンガポール⑧第三日・チャイナタウン

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 第三日は地下鉄に乗ってチャイナタウンとリトルインディアに行った。地下鉄=MRTは第二日の朝の散歩で紹介した。ホテルの近くのサマセット駅で南北線に乗り、ドビー・コート駅で東北線に乗り換えてチャイナタウン駅を降りればチャイナタウンだ。

Dsc_0022地下鉄のドア。車両のドアと地下鉄のドアと二重になっていて、転落事故などは絶対に起きない。とても綺麗である。乗り降りも整然としている。

Dsc_0023チャイナタウン駅から町にくり出す。目指すのはヒンズー寺院・スリ・マリアマン。

Dsc_0031_2寺院の入り口。靴と靴下を脱いで入る。絵になるものばかりなので写真を撮りまくった。

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Dsc_0053_2寺院内を歩く坊さん(だと思う)。さすがに正面から撮りにくかった。

次にシンガポールで最古という寺院、シアン・ホッケン寺院に向かう。本堂は撮影禁止。

Dsc_0071_2これは本堂ではなく脇の仏様。

Dsc_0076_2陶板の絵。稚拙だが好いなあと思った。

2012年11月14日 (水)

幼稚園生

 国民の生活が第一の若手議員、いわゆる小沢チルドレンが、昨日の臨時国会での質問の中で「政治は貧しい人、虐げられている人、弱者のためにある」と云う言葉を繰り返し述べていた。

 いつから政治がそのような特定の人のためのものになってしまったのだろうか。政治は国民のためにある。国民には豊かな人もいるし、普通の人もいるし貧しい人もいる。強い人もいるし、普通の人もいるし弱い人もいる。全て国民であり、その全ての国民のために政治がある。

 ちょっと聞くと彼の言葉は美しい。しかしこのような観念的な世界観で政治家を生きているというのは非常に幼い。小沢チルドレンというのはこんな連中の集まりのようだ。そして、だから国民の生活が第一、と云う政党の政治意識の低さ、幼さを露呈しているなあ、と感じた。

 今日野田首相が、ついに16日に解散することを明言した。各党は一斉に選挙の準備にはいるだろう。だが人数あわせのためにこのような、政治家として、それ以前に人間としてまだ幼稚園児みたいな候補だけには二度と投票してはならないと思った。美辞麗句には気をつけよう。

巧言令色、鮮矣仁。(こうげんれいしょくすくないかなじん)

シンガポール⑦第二日・ロングビーチ

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 免税店の中にJTBの窓口がある。そこで晩飯の相談をした。食べたいものはチリクラブ、つまり蟹だ。窓口のおねえさんは日本人だから話が早い。忽ち海の見えるおすすめの店が決まり、その場で電話予約までしてもらった。有難いことである。ガイドに聞くよりJTBの窓口の方がずっと好いことを知った。

夕方、予約の時間に併せて四人でタクシーに乗り込み、紹介されたロングビーチという店に向かった。

Dsc_0003成る程、中国式だとロングビーチは「長浜」ではなくで「長堤」なのだ。この建物の向こう側が海岸である。

Dsc_0004我々は建物のひさしの下、万一雨が降っても大丈夫な場所で、しかもオープンテラス、と云う場所に坐った。六時を過ぎていたが、日本と違ってまだ明るい。前方の海はシンガポール海。左手十数キロ先にチャンギ空港があるので、時々遥か上空から飛行機が下りて来るのが見える。

 メインディッシュのチリクラブ、蟹のチリあえは勿論美味しかったが、それ以上に私が特に頼んだマテ貝の料理が抜群に美味しかった。上海や日本のものより遥かに大きなマテ貝で、ニンニクが好く利いたすばらしい味だった。今でも思い出す。

Dsc_0007水槽にミル貝が沢山。結構頼む人がいるらしく、次々に取り上げられていた。次に来た時はこれを頼もう。

 シンガポールのビールはタイガービール。東南アジアのビールはやや甘めだが、結構苦みが利いていて旨い。飛行機でも昼飯でも晩飯でも、そして夜の反省会でもひたすらこのタイガービールを飲み続けた。いくら飲んでも飽きない。

Dsc_0011だんだん辺りが暗くなり、ちょうど週末でもあるので、人がどんどん増えてきた。日差しがなくなり、さわやかな風か吹き抜けてとても快適だ。海に停泊している船の灯りがだんだん明るく見えだしてきた。夜はこれからだ。

宮本輝著「命の器」(講談社文庫)

 「二十歳の火影」に続く第二エッセー。

 宮本輝は中学生くらいから本を濫読した。金銭的に不遇であったから、最初は同じ本を繰り返し読んだ。ある時母親に無理を言って夜店の古本のたたき売りで10冊の文庫本を購入した。10冊の文庫本がくくられていたのを、自分の欲しいものを選んで10冊よこせ、と迫ったのだ。

 古本屋はそんな事をしたら又くくり直さなければならないから駄目だというのを強引にばらして10冊を選び、残った本をもう一度10冊ずつ自分でくくりなおしたという。その選ばれた10冊こそ彼の血肉になった本である。何故その本を選んだのか、わかるような気がする。その本が宮本輝を選んだのだ、と云うことがわかる。人が読む本を選ぶのが普通だが、時として本がこちらを選ぶ。そしてその本が自分の人生観をがらりと変える。同じような経験を私もしたし、本の好きな人なら必ず経験のあることだろうと思う。

 若い時の人生の転換点が熱い気持ちを込めて語られている。宮本輝が何故好きになったのか、ふたたびわかった。

宮本輝著「二十歳の火影(はたちのほかげ)」(講談社文庫)

 宮本輝は好きな作家の一人で、本も沢山持っている。久しぶりに彼のエッセーを読みたくなって、シンガポール旅行に初期の二冊を持参した。
 この本では芥川賞を取った頃を基点にして、小学生時代の一年間、富山に住んでいた時の思い出や、思春期の出来事、大学生になってからの無頼な生活などが語られている。その何処にも彼と50歳も年の離れた父親との関わりが大きく影を落としている。

 それらの様々な経験が彼の著作につながっていることは、彼の著作を順に読んでいけばよく分かる。父のこと、のめり込んだ競馬のこと、ビリヤードのこと、テニスのこと・・・。

 そして父の死を受け入れ、乗り越えた時、彼は自分自身の生を生きる決心をしたのかと思う。

シンガポール⑥第二日・飲茶とスコール

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 遅い昼食を豆花飯荘という四川料理のお店で食べた。シンガポールは人口の75%が中国系だから、中国料理店も多い。この店の名物は写真のような湯のつぎ方で淹れる八宝茶という花茶と四川麻婆豆腐。食べたのは飲茶(ヤムチャ)だったがその点心も美味しかった。ほんの少し麻婆豆腐も出たけれどもっと食べたかった。ところで写真に写っている、座っている女性二人は当方とは関係のない人である。お茶はつぎ終わった時の切り方が難しい。このお兄さん、まだもう一つ修行が足らないようで、まわりに時々悲鳴が上がっていた。

食事中に外を見たら雨が激しく降っていた。いわゆるスコールだ。

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スコールの中、女性も男性もずぶ濡れになりながらも、微笑みながらゆったりと歩いてる。

シンガポール⑤第二日・マーライオン

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 シンガポールのシンボル、マーライオンは期待して訪れた観光客の多くが現物を見て、思ったより小さいのにがっかりすると聞いていた。だから余程小さいのかと思っていたので私は現物を見てて思ったより大きいのに驚いた。このブログを見た人が再び期待を大きくしすぎて、行って見てがっかりすることのないよう願いたい。

Dsc_0176マーライオンの後ろに小マーライオンが背中合わせで立っている。こちらは小さい。

Dsc_0179_2向こうに見えるのがサンズ・スカイパークを戴いたマリン・ベイ・サンズ。

Dsc_0181このように、思ったより大きなものであります。

Dsc_0186シンガポール・フライアーを遠望する。やや雲行きが怪しくなってきた。

2012年11月13日 (火)

シンガポール④第二日・シンガポール・フライヤー

Dsc_0149最上部にて。


シンガポールの名物大観覧車、シンガポールフライヤーに乗った。高さ165m、一周するのに30分以上、エアコン完備で28人乗りというゴンドラである。ゴンドラから撮った写真を紹介する。

Dsc_0135約半分上がった所で北側を見る。

Dsc_0139_3南方向、フラワードームとクラウドフォレスト。「風の谷のナウシカ」で見たオームの抜け殻のようだ。

Dsc_0141_2今シンガポールで一番人気のマリーナ・ベイ・サンズと云うホテル。地上200mの屋上にプールと庭園が造られている。

Dsc_0152_2こんなものが空中にあることが信じられない。

Dsc_0162これがマリーナ・ベイの全景。

Dsc_0163_2シンガポールフライヤーから西の方向、マリーナベイの一角にシンガポールのシンボル、マーライオンが見えた。このあとマーライオンを見に行く。

シンガポール③第二日・植物園

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 シンガポールの植物園・ポタニックガーデンは東京ドーム11個分という巨大な植物園で、おおむね入場無料である。ただその中のナショナル・オーキッド・ガーデンだけはランをメインにして展示しており、有料である。

Dsc_0055入場口に向かう。

Dsc_0059いろいろな花が沢山あった。その一部を見て戴く。

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植物園内はジャングルのように蒸し暑い。と云ってもジャングルをよく知っているという訳ではないが。

Dsc_0104後ピンで恥ずかしいが、突然リスが目の前のポールをするすると登って行った。

Dsc_0113ガーデンの入り口の建物の上には熱帯の木々がのしかかるように繁茂していた。

Dsc_0108広い芝生の中では沢山の人が体操をしたり、走り回ったり寝ころんでいた。

シンガポール②第二日・朝の散歩

Dsc_0013ホテルのすぐ近くの交差点。大きな街路樹が葉を茂らせている。

 樹が沢山あれば、鳥も多く、街路樹に巣を作っているようである。昨晩は樹の下を通るとその鳥のざわめきがうるさいほどだった。交差点の下で信号を待っていたら薄くなった頭に直撃を食らってしまった。さいわいにべたついたものではなかったので、払ったらぱらぱらととれて大事はなかった。足もとをよく見ると点々と鳥の落とし物の跡が見える。しかし地元の人は気にしていないようだった。滅多に直撃されることなどないのだろう。

 Dsc_0012ちょうど通勤時間なのだろう。乗り合いトラックとでも呼べそうな中型トラックが目の前を通り過ぎた。座席には白いプラスチックの小さな椅子が置いてあった。

Dsc_0022下へ降りると地下鉄のサマセット駅。通勤の人が沢山乗り降りしていた。前を行くのは同行の友人。すれ違う人々は中国系あり、マレー系あり、インド系ありと様々である。観光客と違って皆結構足が速い。

Dsc_0024これが地下鉄の切符売り場。大体1~2ドルちょっとで大抵のところまでいける。画面をタッチする方式で、画面に地図がでたら行き先をタッチすると料金が表示され、料金を容れるとカードが出てくる。繰り返し使えるカードと一回限りのカードがある。

Dsc_0028GAPの前のクリスマスの飾り付け。さすがにセンスが好い。

Dsc_0031イギリス式の二階建てバス。路線バスがひっきりなしに通り、観光用の循環バスも多く、旨く利用すればとても便利。今回の旅行にはその循環バス一日乗り放題のチケットがついていたので三日目には港方面へ行く、二階がオープンの循環バスに一回り乗ってみた。

2012年11月12日 (月)

チベット

 新華社がチベットで起きた焼身自殺を報じた。チベットでは中国のチベット政策に抗議して2009年から既に69人も焼身自殺者が出ている。ところがそれが報じられるのは極めて珍しい事である。
 報道では自殺の理由は明確に述べられていない。
チベットでは人々が集団行動をすることを厳しく禁じられているが、第十八回共産党全国代表大会にあわせて一万人以上のデモが行われているという。
 勿論このデモについても報道されていない。

 胡錦濤主席というのは何故国家主席までのし上がることが出来たのか。この人はチベットの自主権要求を弾圧し、多くのチベット人を殺して鎮圧に成功した。この功績を鄧小平に認められてのし上がったのだ。だからチベットは彼の原点だ。そこで問題が起きていることを匂わすのは彼の権力を何らかの形で削ごうとする意図によるものではないかと思う。陰謀風に云えば江沢民と習近平の画策であろう。

 ただしチベットのデモに対してはこれから徹底的に制裁が行われて多数の投獄者が出ることが予想される。

 欧米は人権を錦の御旗にして格好をつけるが、中国のこのような行為は見て見ぬふりをし続けてきた。きっとこれからもそうするだろう。

シンガポール①第一日・夜の散歩

Dsc_0003シンガポール・オーチャード通りの夜。

 関西空港からシンガポールのチャンギ空港まで7時間弱。時差は一時間である。ホテルはメインストリートであるオーチャート通り、高島屋の隣にあるので、夜も賑やかである。早くもクリスマスの飾り付けがしてあり、華やかだ。夕方スコールがあったようで、路面は濡れている。気温は30℃前後だろうか、少し歩くと汗がじわりと出てくる。

 シンガポールの第一印象は良い。まず車の運転がおとなしい。中国や他の東南アジアだったら気合いと度胸で運転している感じだが、日本以上に譲り合いの精神が浸透している。イギリス式で車が左側通行であるのも親しみが湧く。

 空港から市内まで20分ほどで、道路は広々している。しかも緑がとても豊かである。知られているようにゴミなどを捨てると罰せられるから町も美しい。このあと何処へ行っても出会う人は皆マナーを守り、しかもフレンドリーで親切だ。人々にゆとりが感じられる。

 シンガポールはリー・クアンユー元首相が、日本をモデルに教育に力を入れてきた。その成果が今のシンガポールの人々の優しさと礼儀正しさにつながっているのだ、と云うのが今回いっしょに行った四人の全員が共感した事であった。それにひきかえモデルになった日本は・・・ちょっと暗澹たる気持ちになる。

 到着の夜、特に食べる所を考えずに外に出たので、ビルの中のフードホールという食堂街のシーフードの店で簡単に夕食を摂った。特にムール貝と烏賊の料理が旨かった。いつものように少し散策した後、ビールとつまみを購入して、ホテルの部屋で宴会をした。さあ本格的にシンガポールに接するのは明日からだ。

2012年11月 7日 (水)

シンガポールへ行きます

 明日から友人たちと四人でシンガポールへ行く。この四人で毎年一度海外へ行くようになってもう八回目位か。四人だとそれだけで一組のツアーになる。

 決めているのはお仕着せの食事をしないと云う事。割高になっても自分たちで食事をする所を現地で決める。ガイドに聞いたりガイドブックからピックアップするが、飛び込みも多い。全く言葉が通じないのに身振り手振りで何とか飲み物と食べ物を頼んで楽しくやった事もある。

 他の友人が皆関空からなので私も関空に合流する。明日の便は名古屋からでも間に合わない事はないのだが、心配なので本日午後出発して大阪泊まりする事にした。シンガポールからは11日に帰ってくるが、遅いのでその晩も大阪泊まり。荷物を減らしたいので、パソコンは持参しない。

 と云う訳でブログを何日か休む事にします。休んだぶん、シンガポールの写真を沢山撮ってきますので、後で報告します。ではしばらくさようなら。

椎名誠著「菜の花物語」(集英社)

 「岳物語」「続 岳物語」に続く私小説第三弾。この人がプロの小説家である事を、その力量が間違いなくある事を証明するような作品だ。

 文章は柔らかく、やさしい言葉を使いながら、その世界観がこちらにほんわりと伝わってくる。いろいろな女性と関わっていく中で、その女性の持っている世界とも関わる。

 芥川龍之介の掌編に、好色一代男の主人公の世之介の述懐として、肌を交わした女よりも、ふとすれ違った女の一瞬の色気のほうにほんとうの女を見る、というのがあった事を思い出した。

 これを書いていた頃(1985~7年頃か)、椎名夫人がノイローゼになった事も書かれているが、その後幸いそれを乗り越えて、一人でチベットへ行くようになった。勿論椎名夫人こそ椎名誠と関わった最重要な女性である事は間違いない。

 精神的な問題を抱えた妻を持つとどれほどつらいか知らない訳ではないので、ちょっと過剰に感情移入して読んだかも知れない。

暴挙

 田中真紀子文科大臣が、三大学の新設を「不許可」とした。確かに不許可と云った。そして再度記者会見して再び「不許可」と云った。更にその会見後、二三分後に再び現れて「誤解されたようなので、もう一度云います」と述べた後に「三大学を不許可とした訳ではありません。審議基準を作り直してその基準で三大学を審議し直します」と言ってのけた。「あなた方は三大学を不許可したと思ったでしょう」とにっこり笑い、「けれど違うのです。審議し直すと云う事です」とのたまったのには唖然とした。

 狂人のたわごとのようだ。この人は理不尽で、自分の云った事を平気でねじ曲げて恬然としている。それに関連して副総理役の岡田氏が「全く田中大臣は間違っていない」と云った上で「そもそも認可前の大学が既に校舎が建っているということ自体が可笑しいではないか」と述べた。
馬鹿じゃないか。審査の基準に校舎の用意を求めていたのは文科省ではないか。それが用意されていなければ認可されないのであるから建物が建っているのは当たり前だ。民主党というのが此処まで劣化してしまった政党とは思わなかった。あの岡田さんにして然りである。もう少しまともな人だと思っていたがこの人ももう壊れてしまったのかも知れない。そう言えば今の野田首相も何だか生気を失っていて意識朦朧と日々を送っているように見える。精神的に既に過労状態のようだ。当分安静が必要ではないだろうか。

 そもそも田中真紀子を責任ある役割につけようとした事自体がまともではなかった。

 ところで大学の質が落ちたからといって誰が困るというのだ。大学なんか出ても就職や昇進に何の意味もない、とみんなが自覚すれば、勉強したい人だけが行く本来の大学に戻るだけだ。バカ田大学にはそれにふさわしい人が行けば好いのだ。バカボンのお父さんのような天才の父親が出来るかも知れないのだ。大学を減らせば質が上がるなんて事はない。競争をなくす事を目指してきたから受け入れ先が増えただけだ。あれだけ競争を非難しておいて、又競争の時代に戻そうというのだろうか。振り回されるのは子供たちだろう。今回の不認可事件に関連して受験生について問われた田中文科大臣は、全く答えようとせず、はぐらかしていた。文科省は教育に関連する事の管掌をしている部署であるから子供の事を最優先に考えるべきだが、このおばさんの頭には子供は欠落しているようだ。ちょっと腹が立ってしまった。

池波正太郎著「狂乱」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第八巻。

 「狐雨」。小兵衛の同門の男の息子の姿を久しぶりに大治郎は見かける。残念ながら道場を開いていた父親と違い、その息子の腕前は遥かに父親に及ばなかった。父親の死後、道場を畳むよう遺言されたのにその道場を続けているはずだ。虫の知らせでその男、杉本又太郎の営む杉本道場を大治郎が尋ねると、その又太郎が正に賊に襲われようとしている所であった。その理由を彼は承知しているはずなのに救ってくれた大治郎に訳を語ろうとしない。その又太郎が突然強くなり、前回襲われた賊になすすべもなかった又太郎が再び襲われ、五人の敵を瞬く間に倒す。何があったのか。軽い怪異談のような不思議な話である。

 「狂乱」。その容姿から人に容れられず、天才的剣の使い手なのにさげすまれてきた石山甚一の鬱屈は、更にその容貌を醜いものにしていた。剣友の牛堀久万之助の道場を訪ねた小兵衛はそこで情け容赦のない石山甚一を見かけて興味を持つ。
 石山甚一の行く所危難に遭う人が度々出るに及んで、彼をかろうじて庇護していた人たちも彼を難詰する。小兵衛は考え抜いた後、彼に声をかけて彼を再生させる為に力を貸す事を決意し、彼に声をかける。初めて優しい言葉をかけられ、石山甚一の心はほぐれかけるのだが、時既に遅く、さらなる誹謗に彼は爆発してしまう。ラストの小兵衛の言葉が沁みる。

 「仁三郎の顔」。風邪で寝込んでいた岡っ引きの手先である徳次郎のもとへ、凶悪な盗賊の片割れで逃走中の仁三郎を見かけたという情報が入る。徳次郎は病をおして探索に飛び出す。折も折、大治郎はその仁三郎と出会っていた。凶悪な盗賊にも人としての情があり、別の顔を見せる。徳次郎の話から大治郎は鋭く仁三郎の真の姿を見抜くのであった。

江南游記・客桟と酒桟

Dsc_0238夜の酒桟。

 島津氏が何処かへ出ていった後、私は椅子に腰を下ろしながら、ゆっくり一本の敷島を吸った。寝台が二つ、椅子が二つ、茶道具を乗せた卓子が一つ、それから鏡のある洗面台が一つ、--その外は窓掛けも敷物もない。ただ白いむき出しの壁に、ペンキ塗りの戸が鎖してある。が、思ったより不潔じゃない。蚤とり粉を盛んに撒いたせいか、幸い南京虫にも食われなかった。が、この分なら支那宿へ泊まるのも、茶代の多寡を心配しながら日本人の旅館に陣取るよりは、遥かに気が利いて居る位である。--私はそんな事を考えながら、硝子窓の外へ眼をやった。この部屋のあるのは三階だから、窓の外の眺めも可成り広い。しかし眼にはいるものは、夕明かりの中に黒み渡った、侘びしい瓦屋根ばかりである。何時かジョオンズがそう云ったっけ、尤も日本らしい寂しさは、三越の屋上から見下ろした、限りない瓦屋根に漂っている。何故日本の画家諸君は。--
 私は物音に驚かされた。見ればペンキ塗りの戸口には、相変わらず青い服を着た、背の低い婆さんが佇んでいる。婆さんはにやにや笑いながら、何か私に話しかけるが、啞の旅行家たる私には、勿論一言も判然しない。私は当惑しきった儘、やむを得ず顔ばかり眺めていた。
 すると、開け放した戸の外に、ちらりと花やかな色彩が見えた。水々しい劉海(リュウハイ・前髪)、水晶の耳環、最後に繻子らしい衣装(イイシャン)--少女は手巾(ハンケチ)を弄びながら、部屋の中には一瞥も送らず、静かに廊下を通り抜けた。と思うと又婆さんは、早口に何か喋り立てては、得意そうに笑って見せる、こうなれば婆さんの来意も、島津氏の通訳を待つ必要はない。私は背の低い婆さんの肩へ、ちょいと両手をかけるが早いか、くるりと彼女に回れ右をさせた。
「不要(プヤオ)!」
 そこへ島津氏が帰ってきた。
 その晩私は島津氏と一しょに、城外の酒桟(チュザン)へ出かけて行った。島津氏は「老酒(ラオチュ)に酔った父の横顔」と云う、自画像めいた俳句の作者だから、勿論相当の酒豪である。が、私は殆ど飲めない。それが彼是一時間余り、酒桟の一隅に坐っていたのは、一つには島津氏の徳望の力、二つには酒桟に纏綿する、小説めいた気もちの力である。
 居酒屋は都合二軒見たが、便宜上一軒だけ紹介すると、其処は白壁を左右にした、天井の高い店裏である。部屋の突き当たりはどう云う訳か、荒い格子戸になっていたから、夜目にも往来の人通りが見える。机や腰掛けは剥げていたが、溜めぬ里のように縫ってあるらしい。私はその机を中に、甘藷の茎をしゃぶりながら、時々島津氏へ御酌をしたりした。
 我々の向こうには二三人、薄汚い一座が酒を飲んでいる。その又向こうの白壁の際には、殆ど天井につかえる位、素焼きの酒瓶が積み上げてある。何でも老酒の上等なのは、白い瓶に入れると云う事だから、この店の入り口の金看板に、京荘花雕(きょうそうかちょう)なぞと書いてあるのは、きっと大法螺に違いない。そう云えば土間に寝ている犬も、気味の悪いほど痩せた上に、瘡蓋だらけの頭をしている。往来を通る驢馬の鈴、門附けらしい胡弓の音、--そう云う騒ぎの聞こえる中に、向こうの一座は愉快そうに、何時か拳を打ち始めた。
 其処へ面皰のある男が一人、汚い桶を肩へ吊りながら、我々の机へ歩み寄った。桶の中を覗いて見ると、紫がかった臓腑のような物が、幾つも混沌と投げ込んである。
「何です、これは?」
「豚の胃袋や心臓ですがね、酒の肴には好いものです。」
 島津氏は銅貨を二枚出した。
「一つやって御覧なさい。ちょいと塩気がついていますから。」
 私は小さい新聞紙の切れに、二つ三つころがった臓腑を見ながら、遥かに東京医科大学の解剖学教室を思い出した。母夜叉孫二娘(ぼやさそんじじょう)の店ならば知らず、今日明るい電燈の光に、こんな肴を売っているとは、さすがに老大国は違ったものである。勿論私は食わなかった。

2012年11月 6日 (火)

湯浅誠・茂木健一郎対談「貧困についてとことん考えてみた」(NHK出版新書)

 湯浅誠氏は社会活動家。「反貧困ネットワーク」事務局長。2009~2012年に内閣府参与。茂木健一郎氏はマスコミでお馴染みの脳科学者。この本は二人がNPO法人「自立生活サポートセンター」の活動現場、釧路、豊中、沖縄の三箇所を見て回って実際に活動している人や支援を受けている人と意見交換していった記録である。

 最初に、この本と私とは相性が良くないようであった事を認めなければならない。書いてある事が頭の中に意味として飛び込んでこないのだ。だからこの本を読んで、残念ながら直接得るものは殆どなかった。ただ、貧困の責任についていささか考えるきっかけにはなった。

 貧困の自己責任論がある。アリとキリギリスの寓話を持ち出して、何故夏の間遊んでいたキリギリスの面倒をアリが見なければいけないのか、と云う訳だ。

 キリギリスは自分が遊び暮らした結果がどうなるのか知らない。知らないと云うより、遊んでいてもかまわない、とささやきかけられ続けた。ついこの間までは世の中は豊かで、多少の人間が遊んでいてもそれを支える事が可能だった。そんな時代が永遠に続くはずがない、と思った人はそれなりの蓄えをして自分を守るべく心がけた。

 だまされたと思っている数多くの人がいる。しかしちゃんと対処した人がいるからには何も備えなかった人に責任がないと云う事はないはずだ。どちらにしても支援が必要な人が無数に生み出され続けている。湯浅氏達がまずやろうとしている事は、支援のシステムを確立し、支援が受けられる場所に支援の必要な人を誘う事のようである。

 物事には程度というものがあり、優先順位というものがある。
優先的に支援を受ける必要のある人を救う事について誰も反対する人はいないだろう。

 自己責任論の是非を論じていても食えなければ生きていけない。食う為の方策を自ら捜さなければならない。日本は右肩下がりの長い坂を下り続けるだろう。それを前提に生き方を変えていく必要があると思っている。日本中がバブルの時代よりも貧困になりつつあるのだ。仕方がないのだ。

 考えがまとまらないですまない。この茂木健一郎という人、テレビに出て何か言っているけれど、余り成る程と思った事がない。波長が合わないみたいだ。

椎名誠著「ごっくん青空」(文藝春秋)

 本屋のレジで「本にカバーをおつけしますか?」と必ず聞かれる。そもそも本にはもともとカバーがついているものが殆どである。つまり更にその上に書店の紙のカバーをつけるのは過剰包装だろう。大体本にはそれなりの装幀がされており、それよりも書店のサービスのカバーが美しいと云う事はまずない。
 勿論カバーをつけて貰いたい人は、サービスであるから依頼するのを止めろ、とまでは云わない。だから特につけたい人が依頼する、と云う事にした方が好いのではないかと思ったりする。
 思うに、あのカバーというのを書店があえてサービスでつけようとするのには理由があるような気がする。本をまとめ買いする人よりも一冊とか二冊だけ買う人が殆どだろう。それを購入した後に、むき出しで書店内を持って歩いていると万引きしたのか買った本なのかわからない。その区別をつける為ではないのか。お店も客もそれを判別する為にカバーをつける。そして持って帰ったら早速そのカバーは引き剥がされて捨てられているに違いない。昔はそんな斟酌が必要でなかったような気がする。

 杓子定規な規則の適用に腹が立ったりいらだつ事が多い。その規則を執行する担当者に融通性が殆ど見られないのが日本という国だ。
 これは多分責任逃れの精神が日本中に蔓延しているからだろう。融通を利かせて万一の事があったら責任を問われる、と云う事態を再三経験したり見聞きすれば、防衛上そうならざるを得ない。これはクレーマーと云われる人たちが生み出した日本の状況ではないだろうか。何事にも責任者の責任を追及する正義の味方が、日本から人間の情を失わせた。

8竜飛岬の階段国道から港を見下ろす。遥かに見える正面の岩の間の白い建物が海峡亭。

 初夏の津軽半島の竜飛岬に泊まった事がある。海峡亭という民宿で、その先は海、と云う一番端っこの所にあった。竜飛岬の港と断崖の上にある国道との間に階段の国道がある。ちゃんと左右一車線(車線というのは変か、人間しか通れないし)につくられている。此処は日本でも有数の風が吹く所で、植物は皆一方向に傾いている。
 夜明け前に目を覚ますと烏賊釣りの漁船が沢山の灯りをつけて出ていく所であった。沖には漁り火が沢山見えた。「冬は宿全体が風で揺れます」と民宿のおばさんが言った。「冬、泊まってみませんか?」と笑いながら娘が言った。娘は、家は函館で、手伝いに来ているのだそうだ。夕食には今まで見た事がないような大きなキンキを始め、食べきれない位沢山の魚や貝が出た。小さなお風呂に入って風の音を聞いた。

 この本を読んで思い出したり感じた事を書いて見た。

小公子を思い出す

 11月6日は11月の第二火曜日にあたり、アメリカの大統領選挙の日である。日本では時差があるから、選挙結果の報道は、日本では7日になると云う。

 あの熱狂ぶりを見ていて、バーネットの「小公子」を思い出した。セドリック少年が、頑固の塊のような祖父の伯爵に、自分の育ったアメリカの話をするのだが、その中に熱狂的なアメリカ大統領選の話がある。イギリスの貴族である祖父には子供までが熱狂するその様子が思いもよらぬ話で、それを興味深く聞く。頑なな伯爵が、心を開いていく中の一つのエピソードである。

 この本を子供の時に何度も読んだ。そしてアメリカ大統領選挙というものについて知ったのはこの本からである。だからアメリカの民主党と共和党という二大政党の仕組みに何となくアメリカの良さを感じていた。

 アメリカ大統領選のニュースを見ながら「小公子」を思い出した。

江南游記・蘇州の水

Dsc_0038蘇州の水。

 主人。寒山寺だの虎邱だのの外にも、蘇州には名高い庭がある。留園だとか、西園だとか。--
 客。それも皆つまらないのじゃないか?
 主人。まあ、格別敬服もしないね。唯留園の広いのには、--園そのものが広いのじゃない、屋敷全体の広いのには、聊か妙な心もちになった。つまり白壁の八幡知らずだね。どちらに行っても同じように、廊下や座敷が続いていた。庭も大抵同じように、竹だの芭蕉だの太湖石だの、似たような物があるばかりだから、愈迷子になりかねない。あんな屋敷へ誘拐された日には、ちょいと逃げる訳にもいかないだろう。
 客。誰か誘拐されたのかい?
 主人。何、された訳じゃないが、どうもそう云う気がするのだね。今に支那の谷崎潤一郎は、きっと「留園の秘密」とか何とか、そんな小説を作るに違いない。いや、未来は兎も角も、金瓶梅や紅楼夢を読むには、現在一見の価値があるようだ。
 客。寒山寺、虎邱、宝帯橋、--いずれもつまらないとなって見ると、蘇州は大抵つまらなそうじゃないか。
 主人。そんな所はつまらないがね。蘇州はつまらない所じゃない。蘇州にはヴェニスのように、何よりも水がある。蘇州の水、--そうそう、蘇州の水と云えば、僕は当時手帳の端に、こんな事も書いて置いたっけ。「自然と人生」式の名文だがね。
 --橋名を知らず、石欄に拠りつつ河水を見る。日光。微風。水色鴨頭の緑に似たり。両岸皆粉壁、水上の影描けるが如し。橋下を過ぐるの舟、まず赤塗りの船首見え、次に竹を編みし船艙見ゆ。櫓声の咿啞耳にあれど、船尾既に橋下を出ず。桂花一枝流れ来たるあり。春愁水色と共に深からんとす。
 --暮帰。蹇驢に騎す。路常に水畔。夜泊の船、皆蓬を蔽えるを見る。月明、水靄、両岸粉壁の影、朦朧として水にあり。時に窓底の人語、燈光の赤きに伴うを聞く。或いは又石橋あり。偶橋上を過ぐるの人、胡弓を弄する事三両声。仰ぎ視ればその人既にあらず。ただ橋欄の高きを見るのみ。景情宛として「聯芳楼の記」を想わしむ。知らず、閶闔(しょうこう)門外宮河の辺、珠簾重重月に垂るる事、薛家の粧楼の如きものありや否や。
 --春雨霏々、両岸の粉壁、苔色鮮やかなるもの少なからず。水上鵞浮かぶ事三四。橋畔の柳条、殆水に及ばんとす。画とすれば或いは套。実景を見るは悪しからず。舟あり。徐に橋下より来たる。戴する物を見れば棺なり。艙中の一老媼、線香に火をともしつつ、棺前に手向けんとするを見る。
 客。へええ、大いに又感心したものじゃないか?
 主人。水路だけは実際美しい。日本にすれば松江だね。しかしあの白壁の影が、狭い川に落ちている所は、松江でもちょいと見られそうもない。その癖未だに情けない事には、とうとう画舫にも乗らずにしまった。しかし水には感服しただけ、兎に角未練は残っていない。残念なのは美人を見なかった事だ。
 客。一人も見ない?
 主人。一人も見ない。--何でも村田君の説によると、目をつぶって摑んでも、蘇州の女ならば別嬪だそうだ。現に支那の芸者の言葉は、皆蘇州語だそうだから、その位の事はあるかも知れない。処が又島津氏の説では、一体蘇州の芸者なるものは、蘇州語に一応通じた上、上海へ出ようと云う候補生か、または上海に出ても流行らないので、帰って来たと云う落伍卒だから、碌な女はいないそうだ。成る程これも一理窟だね。
 客。それで見ずにしまったのかい?
 主人。何、別に理由なぞはない。ただ芸者の顔を見るよりは、一時間も余計に眠りたかったのさ。何しろあの時分は驢馬へ乗ったおかげに、すっかり尻をすり剥いていたから。--
 客。意気地のない男だな。
 主人。我ながら意気地があったとは思えないよ。

2012年11月 5日 (月)

買いすぎ

 買い物に出たついでに、と云うよりついこちらが本命になってしまうのだが、本屋に立ち寄り、先日買いそびれた本などを物色した。気が付いたら両手で抱えてレジに並んでいた。橋は車で行ったので少し位荷物が増えてもかまわない。
 
 まず高野史緒著「カラマーゾフの妹」。「カラマーゾフの兄弟」が父親殺しの殺人事件を扱ったものであることはご承知だろう。実はあの大部の小説は第一部であり、ドストエフスキーは13年後を描いた第二部を執筆するつもりだった。残念ながら第二部が書かれることはなかったのだが、この「カラマーゾフの妹」は正に事件から13年後を描いたもののようである。「カラマーゾフの兄弟」は学生時代にまずソビエト映画で見た。その晩、映画の配役のイメージが頭にある内に、本を読み始めて徹夜した。そして翌日には読み終わっていた。あの次男のイワンの神学論争などは、そのようにしなければ読めなかっただろう。事件の真相を改めて追求する話らしい。読むのが楽しみだ。

 聞一多著・中島みどり訳註「中国神話」(東洋文庫)。この本は東洋文庫の中で何時か手に入れたいと思っていた巻だ。絶版になっていたものが今回復刻版が出たのだ。早く買っておかないと又入手出来なくなる。大学に入学して、中国史の講座を受講した。しかしながら半年間はロックアウトで殆ど講義を受けることが出来ず、試験は無しでレポート提出となった。その時に選んだテーマが中国神話で、ちょっとハードな本を種本に、可成り真剣に読み込んでレポートにした。何せ一頁に三十位辞書を引かないとわからない言葉があり、その内五つ位は辞書でもわからないので図書館で調べないといけなかった。あんなに真剣に本と取り組んだのは生まれて初めてだった。勉強がこんなに楽しい、と云うのを知ったのもその時だった。そして理科系の学部に入学したけれど、自分は実は文化系だと云う事に気が付いたのもその時であった。

 葉室麟著「恋しぐれ」。蕪村、最後の恋、と帯にある。葉室麟のハードカバーであり、しかも蕪村(森本哲郎の本で詳しく知って以来ちょっとこだわって蕪村の本をいろいろ読んでいる。正岡子規の「蕪村詳解」も欲しいのだが・・・)となれば買わねばならぬ。

 曾野綾子著「安心したがる人々」。日本人の幸福中毒症状を辛口で批判するものらしい。曾野綾子の辛口エッセイは好く購入する。可成り影響を受けているかも知れない。

 椎名誠著「ごっくん青空」。先日最新刊を購入したが、その前に出たものも読んでいない。何冊か読んでいない本があったが、とりあえずこの一冊を購入。

 後は文庫本。誉田哲也著「インビジブルレイン」、恩田陸著「きのうの世界」上、下巻、殊能将之著「ハサミ男」。ちょっと面白そうな本をピックアップした。多分全部は読まないだろう。

 ちょっと買いすぎたか。いつものことだが。

甘酒と普洱茶

 午前中久しぶりに甘酒を飲んだ。米麹からつくった本物だ。電子レンジで温めて飲んだ。甘酒というのは一本調子で甘い。試しに塩を振りかけて飲んでみた。ただの塩ではない、パキスタンの赤い塩、岩塩だ。甘さが強くなったのにさらに旨い。最後には甘すぎて頭へじんときた。
 昔同じ町の少し遠い親類が、ムロを持っていて麹造りを商売にしていたので、甘酒はよく飲んだ。コウジカビをつけた米をひとつまみ執って口に入れて唾液と混ぜて噛んでいると甘くなってくる。余りやると怒られたけれど。ムロは本格的なもので山にトンネルを掘ってつくられていた。一年中暖かかった。あのむっとする麹の香りが大好きだ。
 今は毎年作り酒屋の蔵開きに友人たちと行く。その時に必ず一杯甘酒を戴く。とても甘い。やはりプロのつくる本物は違うと何時も思う。僅かに生姜を入れると香ばしくて暖まる。でも昔は甘酒は夏の飲み物だったのだという。所で甘酒も糖尿病には好くないのだろうか。多分好くないのだろう。

11031_586御茶屋さん。右手のお盆みたいな普洱茶のお茶の塊を購入。毎日飲んでも一年位もつ。

 ちょっと買い物があったので出かけた。今帰って来たので普洱茶をいれて飲んでいる。雲南省に行った時、麗江古城で買った物だ。普通のお茶は一年以上経ったら味が悪くなるのだが、この普洱茶は特殊な発酵のさせ方をしていて古くなってもかまわない。保存の仕方により、古い方が癖が治まって美味しくなる。そう、普洱茶は独特のかび臭さがあり、なれないと常飲出来ない。日本人には余り好まれないようです、と御茶屋のおばさんは云っていた。大きな塊で買ってきたのでまだ半分位残っている。あと一年は飲めそうだ。
 普洱茶は高血圧や糖尿病に効く、とおばさんに言われた。ほんとうかどうか知らないが、お茶は全般に血糖値を下げるように思う。だから薬代わりに中国のお茶をよく飲むようにしている。私が一番美味しいと思うし血糖値を下げる効果があると思うのは白茶という軽発酵のお茶だ。北京で二度ほど買ったが好きなのですぐなくなってしまう。横浜の中華街にでも買いに行こうかと思っている。


大沢在昌著「獣眼」(徳間書店)

 一気読み必至と帯にあるが、その通り540頁近いこの本を一気に読んでしまった。ニューヒーロー誕生とあるからシリーズ物になるかも知れない。大沢在昌の本は文句なしに面白い。売れなかった時代の古いものでも新しく再販されると大抵売れている。知られていなかっただけなのだ。この本は最新刊、出たばかりなのだ。

 ニューヒーローの名はキリ。ただキリである。個人のボディガードで、今までガードを依頼された人間を傷つけられたり殺されたことは一度もない。古武術を使う。今回の対象者は十七歳の少女。期間は一週間。彼女には特殊な能力「神眼」が間もなく開くという。その神眼が開くと世界が変わるとして彼女を抹殺しようとする敵がいるというのだ。

 何故一週間なのか、敵とは誰か。キリには当初何も知らされない。いろいろな事件が続き、いろいろな人間が関わってくる内に、少女をめぐる世界が次第に明らかになっていく。暗殺者は思わぬ人物を暗殺する。更にその魔の手は少女に迫る。ついには真相を知るにはあえてその魔の手の中に飛び込まければならない事態に陥る。キリの能力と頭脳をかけてその危機をどう切り抜けるのか、そして表題の「獣眼」の意味とは何か。ついに明らかになる真相は驚くべき物だった。

 キリは警察にも顔が利く。と云うことは前身は警察関係だろうか。全く明らかにされない。ただ彼が真に大事にしているある女性が登場し、彼の過去の事件が少し明らかになる。シリーズになるともう少しわかるのかも知れない。楽しみだ。

池波正太郎著「隠れ蓑」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第7巻。

 「春愁」。昔、秋山小兵衛がかわいがっていた弟子が何ものかに殺された。容疑者として疑われた人物を12年ぶりに見た、と云う情報が入る。小兵衛はその男、後藤角之助を追跡してその行状を探ると共に、事件の背景を調べる。全てが明らかになった時、小兵衛は知らなければ好かったことまで知ることになる。

 「徳どん、逃げろ!」。岡っ引きの手先である笠屋の徳次郎は、ひょんな事から一人働きの盗人・八郎吾に信頼されて盗みの手伝いを持ちかけられる。何と盗みにはいろうという先は秋山小兵衛の隠宅であった。徳次郎の知らせで、全て筒抜けの中、二人が盗みを決行しようとした矢先に、危難に遭う。徳治郎が以前捕り物に加わった時、取り逃がした一味の者達が徳治郎を襲ったのだ。徳治郎は傷を受け、絶体絶命となるのだが・・・。

 表題の「隠れ蓑」。盲目で病体の老武士を介護して生活の面倒を見ている老托鉢僧が、侍たちに試し切りされようとするところを大治郎が救う。何か曰くがありそうであるが、僧は関わり合いを避けようとする。大治郎が却けた侍たちは、意趣を持ち、その托鉢僧の住まいを襲撃しようとする。それを察知した大治郎が駆けつけて賊を討ち果たすのだが、老武士は一人を切り払って事切れる。托鉢僧が語る二人の関係は意外なものだった。

「梅雨の柚の花」。大治郎の新しい弟子となった笹野新五郎の物語。もともとそれなりの剣術の腕前の持ち主なのだが、事情があって身を持ち崩していた。一念発起して大治郎の弟子として彼は再生していくのだが、その彼を闇討ちしようとする一味がいた。小兵衛が手助けしてその敵を倒すのだが、その新五郎が身を持ち崩すには深い訳があった。しかし秋山親子のもとで再生した新五郎はそれを乗り越えていく。

江南游記・寒山寺と虎邱と

Dsc_0006蘇州・寒山寺。

 客。蘇州はどうだったね?
 主人。蘇州は好い処だよ。僕に云わせれば江南第一だね。まだあすこは西湖のように、ヤンキイ趣味に染んでいない。それだけでも有難い気がした。
 客。姑蘇城外の寒山寺は?
 主人。寒山寺会?寒山寺は、--誰でも支那へ云った連中に聞いて見給え。きっと皆下らんと云うから。
 客。気味もかね?

Dsc_0010寒山寺にて。

Dsc_0013_3同じく寒山寺にて。

 主人。そうさね。下らんには違いない。今の寒山寺は明治四十四年に、江蘇の巡撫程徳全が、重建したと云うことだが、本堂と云わず、鐘楼と云わず、悉く紅殻を塗り立てた、俗悪恐るべき建物だから、到底月落ち烏啼くどころの騒ぎじゃない。おまけに寺のある所は、城の一里ばかりの、楓橋鎮と云う支那町だがね。これが又何の特色もない、不潔を極めた門前町と来ている。
 客。それじゃ取り柄がないじゃないか。
 主人。まあ、幾分でも取り柄のあるのは、その取り柄のない所だね。何故と云えば寒山寺は、一番日本人には馴染みの深い寺だ。誰でも江南へ遊んだものは、必ず寒山寺へ見物に出かける。唐詩選を知らない連中でも、張継の詩だけは知っているからね。何でも程徳前が重修したのも、一つには日本人の参詣が多いから、日本に敬意を表する為に、一肌脱いだのだと云う事だ。すると寒山寺を俗悪にしたのは、日本人にも責はあるかも知れない。

Dsc_0016楓橋夜泊の碑。日本人は皆此処で写真を撮る。私も。

 客。しかし日本人には気に入らないのだろう?
主人。そうらしいね。が、程徳前の愚を嗤う連中でも、西洋人相手の仕事になると、程大人と同じ事をしている。寒山寺はその実物教訓だね。其処に多少興味があるだろう?殊にあの寺の坊さんは、日本人の顔さえ見ると、早速紙を展げては、「跨海万里弔古寺(うみにまたがってばんりこじをちょうす)惟為鐘声遠送君(ただししょうせいとなってとおくきみをおくる)」と得意そうに悪筆を振るう。これは誰でも名を聞いた上、何々大人正とか何とか入れて、一枚一円に売ろうと云うのだ。日本人の旅客の面目は、こんな所にも窺われるじゃないか?まだその上に面白いのは、張継の詩を刻んだ石碑が、あの寺には新旧二つある。古い碑の書き手は文徴明、新しい碑の書き手は兪曲園だが、この昔の石碑を見ると、散々に字が欠かれている。これを欠いたのは誰だというと、寒山寺を愛する日本人だそうだ。--まあ、ざっとこんな点では、寒山寺も一見の価値があるね。
 客。それじゃ国辱を拝見する訳じゃないか?
 主人。そうさね。殊によると案外程徳前は、日本人を愚弄する為に、あんな重修をやったのかも知れない。たとい皮肉でないにしても、あらゆる支那旅行記の著者のように、程徳前を嗤うのは残酷だね。敷島の大和の知事閣下にしても、あの位の英断に出ずるの市は、余りなさそうでもないじゃないか?
 客。宝帯橋は?
 主人。唯長い石橋さ。ちょいとあの不忍池の観月橋と云う感じだね。尤もあれほど俗な気はしない。春風春水春草堤--道具立てはちゃんと揃っている。
 客。虎邱は好い処だろう?
 主人。虎邱も荒廃を極めていたっけ。あすこは五王闔閭の墓だそうだが、今日では全然塵塚の山だね。伝説によればあの山の下には、金銀珠玉を細工した鴨が、三千の宝剣と一しょに埋めてあると云う。そんな事だけ聞いている方が、反って興味が多い位だ。秦の始皇の試剣石、生公の説法を聞いた点頭石、江南の美人真嬢の墓--いろいろ因縁を承ると、有難い遺蹟が沢山あるが、どれを見てもつまらん物だ。殊に剣池なぞと来た日には、池というよりも水たまりだね。しかも五味捨て場も同じ始末なのだから、王禹の剣池銘にあるように、「巌巌虎邱(がんがんたるこきゅう)、沈沈剣池(ちんちんたるけんち)、俊不可以仰視(たかきこともってあおぎみざるべからず)、深不可以下窺(ふかきことくだりもってうかがうべからず)」の趣は、義理にもあるとは考えられない。唯残曛を漲らした空に、やや傾いた塔を見上げた時は、悲壮に近い心もちがした。この塔もとうに朽廃しているから、一層毎に草を茂らせている。それに何だか無数の鳥が、盛んに啼き声を飛ばせながら、塔のまわりを繞っていたのは、一段と嬉しかったのに違いない。僕はその時島津氏に、鳥の名前を尋ねて見たが、確かパクと云う事だった。パクとはどう云う字を書くのか、其処は島津氏も知らないのだがね。君はパクなるものを知らないかい?
 客。パクかい。バクなら夢を食う獣だがね。
 主人。一体日本の文学者は、動植物の智識に乏しすぎるね。南部修太郎という男なぞは、日比谷公園の蘆を見ても、麦だとばかり思っていたのだから。--まあ、そんな事はどうでも好い。塔の外にもう一つ、小呉軒という建物がある。其処は中々見晴らしが好い。暮色に煙った白壁や新樹、その間を縫った水路の光、--僕はそんな物を眺めながら、遠い蛙の声を聞いていると、かすかに旅愁を感じたものだ。


2012年11月 4日 (日)

晩秋の高山

 天気も良さそうだし、腰痛も軽減したので早朝から高山へ出かけた。紅葉が最盛期の筈なので混むことが予想されるので6時前に出発した。東海北陸自動車道を北上し、荘川で降りた。何と外気温-3℃。

121104_008霜が降りてる。

121104_003

121104_018間もなく朝日に霜も溶けてしまうだろう。

荘川から松の木峠を越えて高山へ向かう。途中の紅葉がすばらしい。

121104_038高山陣屋前の朝市。名物の赤カブ。

高山陣屋前の駐車場に車をおいて高山の町を歩く。朝の8時だが気温は、-1℃。手が冷たい。こんなに朝早いのに結構人が歩いている。宿泊した人だろう。

121104_076上三之町を歩く。

121104_062造り酒屋が何軒もある。此処は玉乃井。

121104_186その後飛騨の郷へ行く。

121104_170新雪をかぶった白山を遠望する。

121104_159匠神社の天井画。現在公開中。

121104_173紅葉ばかりではなく木の実も。あたりにはどんぐりも沢山落ちていた。

飛騨の郷を一回りした後、せせらぎ街道を通って郡上へ出る。せせらぎ街道の紅葉はすばらしい景観だった(駐める場所がない。無理に駐めると可成り危険)。逆方向の車は断続的に渋滞。郡上あたりでは延々数キロの渋滞。途中で正面衝突したばかりの車を見た。紅葉を見る為に停めていた車が無理やり道路に割り出したものであろう。

渋滞を横目に早めに帰宅した。































2012年11月 3日 (土)

椎名誠著「続 岳物語」(集英社)

 息子の岳が、小学校五年生から中学に入学するまでが描かれている。

 勿論岳の容子が書かれていることが多いのだが、実は岳に対しての椎名誠の視点が、岳が成長するにつれて変わらざるを得ない寂しさが全編に通底音として流れている。このことは息子と全力で立ち向かった父親なら必ず理解出来る寂しさだ。子供が親離れしていくと同時に、親も子離れを強いられる。

 ラストは中学の入学式の風景だ。とっくに親離れした息子の姿を見ながら、父親は子離れを覚悟するのだった。

 私の父は教師だった。入学式や卒業式は全て母親が一しょだったが、唯一高校の入学式は父親が来た。すでに殆ど口を利かなくなった息子(私のことです)と歩く父の顔が今まで見たことがないほど嬉しそうだったことを思い出す。あのとき父も子離れしたのかも知れない。

無関心よりまし

 もなさんが、昨日から再び中国に滞在することになった。ブログを拝見したら、中国のテレビのニュースでは日本に関するニュースが沢山流されていたそうで、日本に居る時より日本のことがわかるみたいだ、と驚きながら面白がっていた。

 勿論内容は中国に都合の良い偏向があるようだが、それだけ中国は日本に関心が高いということであり、そういうニュースを流せば見る人も多いということだろう。アメリカが殆ど日本について報じなくなり、無視するに近くなっているが、心理学では、関係で一番好いのは互いが好意を持つことであり、最悪が互いに無視するという関係だと云う。つまり嫌うことも一つの関係であり、無視するよりまし、と云うことらしい。

 無関心より嫌われている方がまし、と思って関係改善の気運が高まるまでしばらく待つことにしよう。

日本人のルーツ

 総合研究大学院大学(神奈川県)などの研究チームが、現在の日本人は、縄文人に朝鮮半島から来た弥生人が混血を繰り返したものであることが明らかになった、と日本人遺伝学会で発表したことを韓国メディアが次々に大きく報じた。日本人のルーツは韓国であると云う論調である。

 DNAの研究から、韓国人と日本人、特に本州人のDNAに類似性が見られたということである。

 弥生人がそのまま朝鮮半島から来た人々であるのかどうかは疑問のあるところ(農耕を伝えた中国の江南から南の人々が源流だという説もある)だが、日本人が現在の固有の民族になるまでに北から、南から、そして朝鮮半島からの流入民族との混血を繰り返してきたことはいろいろな研究からすでに定説になっている。だから今回の総合研究大学院大の発表はそれをDNAの面から確認した、ということである。

 韓国は、朝鮮半島からの人々が縄文人を打ち破って日本列島を征服した、と考えて、日本人のルーツは韓国人だと云いたいのだろう。そして日本に対するコンプレックスを此の事実で拭おうとしているのかも知れない。残念ながら当時、韓国という国はなかったし、朝鮮半島からの渡来人の多くは、当時の中国大陸の王朝の朝鮮半島への侵略を逃れてきた人々であることも歴史的な事実であり、いわゆる「騎馬民族征服説」はほぼ否定されている。

 いわゆる蒙古斑を持つ民族として、モンゴル、韓国、日本は同一のルーツを持つと云える。そして言語的にも韓国と日本は非常に近似している。だから勝ち負けではなく、仲良くしていける筈なのだが、現在の状況は残念なことである。

 処で韓国は半世紀に亘ってハングルを重視して漢字を排斥する運動を続けてきた。学校でも漢字は一切教育しなかった。ある時点から新聞にも漢字は一切なくなった。だから逆に旅をしても中国や台湾なら看板を見ても何とか理解出来るものが多いが、ハングルの看板ではハングルを知らないとさっぱりわからない。

 朝鮮半島の歴史的文献は全て漢字で書かれている。そして現在では若者の殆どが漢字が読めないし、書けない。つまり自分の国の文化を全く読み取ることが出来ないのだ。名前には勿論漢字が当てられている訳だが、自分の名前の漢字はかろうじて知っていても、他人の名前は漢字だとわからないという。李明博大統領になってその弊害を憂えて、漢字も教育する方針に変更されたが、普及するには長くかかるだろう。

 考えて見れば、ハングルというのは日本のカタカナみたいなものである。カタカナだけの世界がどれほど不便か想像出来る。だから頭の好い若者は英語が得意になるはずである。国威発揚を求める時、外来を排除ばかりしているとどれだけ弊害が生ずるものかと思う。

 日本民族のルーツが別に朝鮮半島の人々に負っていたところで日本人は「あっ、そう」と云うだけだ。日本人は受け入れ、朝鮮は排除する。日韓併合の原点も実は其処にあった。

江南游記・天平と霊巌と(下)

 やっと霊巌山へ辿り着いて見たら、苦労して来たのが莫迦莫迦しい程、侘びしい禿げ山に過ぎなかった。第一西施の弾琴台とか、名高い館娃宮址というのは、裸の岩が散在した、草も碌にない山頂である。これでは如何に詩人がっても、到底わが李太白のように、「宮女如花満春殿(きゅうじょはなのごとくしゅんでんにみつ)」なぞと、懐古の情には沈めそうもない。それに天気でも好かったなら、遥かに太湖の水光か何か、見晴らすことが出来たのだが、生憎今日はどちらを見ても、唯模糊たる雲煙が、立ち迷っているばかりである。私は霊巌寺の朽廊に、蕭々たる雨の音を聞きながら、七級の廃塔を仰ぎ見た時、古人の名句を思うよりも、しみじみ腹の減ったことを感じた。
我々は寺の一室に、ビスケットばかりの昼飯をすませた。が、一応腹は張っても、精力は更に恢復しない。私は埃臭い茶を飲みながら、妙に悲しい心もちがして来た。
「島津さん。この寺の坊主に掛け合ってくれませんか?白砂糖が少し欲しいのですが、--」
「白砂糖?白砂糖をどうするのです?」
「舐めるのです。白砂糖がなければ赤砂糖でもよろしい。」
 しかし小皿へ山盛り一杯、どす黒い砂糖をなめた後も、やはり元気にはなれなかった。雨は中々晴れそうもない。蘇州へは日本里数にしても、四五里の道を隔てている。--そんな事を考えると、愈心もちが沈んでしまう。私は何だか肋膜炎が、再発しそうな気さえして来た。
 この情けない心もちは、霊巌山を下る間にも、だんだん募って来る一方だった。風雨は暗い中空から、絶えず我々を襲って来る。我々は傘を持っていたが、さっき驢馬を捨てる時に、日本とも其処に残して来た。路は勿論辷りそうである。時間は彼是三時過ぎになった。--其処へ最後の打撃だったのは、山の麓の村へ来ても、我々の驢馬の姿が見えない。驢馬曳の子供は大声に、何度も友だちの名を呼んだが、それこそ答えるのは谺だけである。私は吹きかける雨の中に、ずぶ濡れの島津氏へ声をかけた。
「驢馬がいないとすると、どうしたものでしょう?」
「いますよ。いなければ歩くだけです。」
 島津氏はやはり元気だった。それは私を慰める為に、強いて装ったものだったかも知れない。が、私はその言葉を聞くと、急に癇癪が起こり出した。元来癇癪というものは、決して強者の起こすものじゃない。この場合も私が腹を立てたのは、全然弱者だった祟りである。四百余州を縦横した島津氏と、自脈ばかりとっている病後の私と、--困苦欠乏に耐える上から見れば、私なぞは島津氏の足もとへもよれない。それだけに、平然たる島津氏の言葉は、私の怒火を吹き煽ったのである。私は前後四箇月の旅行中、この時だけ比類ない仏頂面になった。
 その内に驢馬曳は驢馬を尋ねに、何処かの村へ行ってしまう。我々はある農家の戸口に、やっと雨を避けながら、驢馬曳の帰るのを待ち暮らしている。古い白壁、石だらけの村道、雨に光った道ばたの桑の葉、--その外は殆ど人影さえ見えない。時計を出して見れば、四時になっている。雨、四五里の路、肋膜炎、--私はなおこの上にも、日が暮れることを惧れながら、風を引かない用心に、耐えず足踏みをする必要があった。
 すると其処へこの家の主人か、じじむさい支那人が顔を出した。見れば家の内部には、轎子が一代しまってある。きっと此の男の副業は、駕籠かきか何かに違いない。
「此処から轎子は雇えないのですか?」
 私は業腹なのを我慢しながら、こう島津氏に尋ねてみた。
「聞いてみましょう。」
 しかし島津氏の上海語は、相手の支那人に通ずるにしても、残念ながら相手の蘇州語は、十分島津に通じないらしい。島津氏は押し問答を重ねた後、とうとう交渉を断念した。断念したのはやむを得ない。が、一瞬の後ふり向いてみると、島津氏は私に頓着なく、悠々と手帳を拡げながら、今日得た俳句を書き付けている。私はこの容子を眺めた時、羅馬(ロオマ)の大火を前にした儘、微笑しているネロを見たように、喧嘩を吹きかけなければすまない気になった。
「お互いに迷惑しますね、案内者がその土地を知らないと。--」
 喧嘩面の私の言葉は、忽ち島津氏にも腹を立てさせた。これは怒るのが当たり前である。私は今考えると、あのとき島津氏に擲られなかったのは、不幸中の幸いと思わざるを得ない。
「その土地を知らない?知らないことは前にも申し上げた筈です。」
 島津氏は私を睨みつけた。私も足踏みを続けながら、負けずに島津氏を睨み返した。--これは次手に注意するが、こう云う時には威張るにしても、ちゃんと直立して威張るべきである。威張る傍ら機械的に、行儀の好い足踏みを繰り返しているのは、少なからず威厳を傷つけるらしい。
 雨は依然として降りしきっている。驢馬の鈴音は何時になっても、容易に聞こえそうなけはいがしない。我々は寂しい桑畑を前に、二人とも血相を変えながら、じっと長い間立ち続けていた。

2012年11月 2日 (金)

椎名誠著「岳物語」(集英社)

 椎名誠の初の私小説。岳、とは彼の息子である。この本は1985年刊行。その頃私にも息子が出来ていた。

 椎名誠と岳少年との関係は、可成り父親としてはしんどい関係であるが、でも共感することの多い関係だ。このような育て方が出来たのはひとえに椎名誠夫人の合意があったからに他ならない。普通は母親の強い反対にあうだろう。

 私も極力自分の思いを息子に伝えようと努力した。幸いある時、息子を知る友だちに「お前のコピーみたいだ」と云われたことは無上の喜びであった。息子の名誉の為に云うと、今は、息子は本人オリジナルに脱皮して、私から遥かに飛翔して巣立っていった。

 本をそっちのけで自分のことばかりになるが、自分と父との関係で云うと、ちょうどこの物語の岳の年齢の時代は、殆ど父と会話した覚えがない。以前にも書いたが、普通の会話が復活したのは私自身に息子が出来てからだった。父親を乗り越えることが、自分の確立、つまりアイデンティティの獲得であったことを思いだした。

 この本を読んで、息子は父親を乗り越えることで男になること、そして父親はそれを撥ねのけて立ちはだからないといけないと信じていたことを思い出した。昔の父親は当たり前にやっていたことなのだが、息子と闘っている父親が今、どれだけいるのだろう。

右傾化と軍国化

 アメリカの華字メディアが、日本は右傾化しつつあるのであって軍国化しているのではない、中国メディアはそれを混同している、と云う論評をした。

 中国の日本問題の専門家もそれを取り上げて、日本の軍国主義復活の潮流はまだ主流ではない、感情で判断を誤ってはならないと述べている。

 日本が軍国化している、と考えている日本国民は、社民党の一部のおばさん以外にはほとんどいない。中国が、日本が軍国化していると言いがかりをつけるのは、自国の軍事拡大を正当化する為である。

 右傾化、と云うのは、政治的に保守化し、排外主義、強硬な外交政策を目指すものだ。今日本は閉塞状態にあり、友好的な関係に努力してその成果も上がっていたように見えた、隣国の韓国や中国との関係が、最悪の状態にまで後退してしまった。その両国を始め、多くの国から冷たい眼で見られているような状況は、右傾化を促進させるような圧力とならざるを得ない。

 沖縄で再三の婦女暴行事件の繰り返しの果てに再び事件が発生して、兵士の外出禁止令が出されているにもかかわらず、又事件が発生した。
 これを多くの日本人は他の国の事件のように傍観している。事件の報道にしても、コメンテーターはそれなりの非難はするものの、何処か人ごとである。どうも沖縄は日本だと思っていないようで、それを沖縄の人々は鋭く感じているに違いない。さはさりながら、日本はアメリカの植民地ではないのだ、と云う怒りがじわりと日本人全体にきざしたことだけは間違いないと思う。

 このような事態に対するに、正当に対処しようとすると、いわゆる右傾化と中国に云われるような方向に行かざるを得ない。民主党は、自民党の憲法改正を党是とする姿勢を右傾化と見る社会党が母体の政党のように見える。そのために相対的に左傾化を目指した。しかしその政権は日本の国にどのようなみじめな結果をもたらしたのか。

 日本が右傾化せざるを得ないようなかじの切り方を国民が選択することになるとしたら、不思議なことに左傾化を目指した民主党が原因である、と云うことになる。アメリカの無神経も相まって日本は右傾化を余儀なくされていると云える。更に第三局はもっと右傾化が懸念される集団となる可能性が大きい。

 世界が保守化せざるを得ない時代に突入しているのかも知れない。その中で軍国主義を目指さない為の冷静な意識だけは失わないようにしないといけない。それは可能であると信じたい。右傾化ではなく、健全なる保守の時代を目指そう。

約束か面子か

 ソウルの日本大使館に火炎瓶を投げつけて逮捕された中国人が釈放される事になったが、日本で靖国神社に放火した容疑で日本政府は身柄の引き渡しを要求している。
 韓国と日本は犯罪人引き渡し条約を結んでおり、政治犯の引き渡しは例外として、通常の刑事犯は相手国に引き渡す事になっており、条約締結後、問題なく履行されてきた。

 処がこの日本への身柄引き渡しに中国がクレームをつけてきた。犯人が、放火の理由を「慰安婦」問題に対する抗議活動である、と云っているからだ。だから政治犯であり、中国に引き渡せというのだ。

 犯罪行為に政治的理由をつけると刑事犯が政治犯になる、と云う論理はまともな国には許されないし通用しない。だから中国は自ら自分の国がまともな国ではありません、と公言しているのだが、問題は韓国がこれで悩んでいる事だ。条約を履行するか、慰安婦問題を称える犯人を免罪して中国に送還するのか、韓国はまともな国かどうか問われている。

 あのすまし顔の中国の報道官・洪磊氏は「韓国に公正かつ適正な方法での解決を望む。中国公民の正当かつ合法的な権益を保障することを求める」と発言して韓国を恫喝した。この人は紳士面をして、云っていることは何時もやくざのスポークスマンのようである。まともな神経なら嫌気が差すだろうが、まともではないのだろう。

池波正太郎著「新妻」(新潮社)

 剣客商売シリーズ第六巻。

 「鷲鼻の武士」。これも秋山小兵衛の昔の弟子にまつわる話。無類の将棋好きで、人の好い男とは云え、昔、小兵衛のもとで無外流を習い、今はある道場を殆ど任されている渡辺甚之介が、小兵衛を訪ねてくる。様子が少しおかしいと気が付いた小兵衛だったが、いつものように将棋を打ち始める。いつもなら互角なのに、屈託があるのか甚之介は小兵衛に悉く打ち負かされる。三番だけの約束のはずが夢中になり、あっという間に時間が過ぎた後、はっと気が付いた甚之介は呆然としている。
 訳を尋ねる小兵衛に、実は果たし合いの前に師匠に別れを告げに来たところだったが、夢中になっている内に時間に遅れてしまった、と歎く。
始末を任せるように小兵衛は弟子を宥め、果たし合いのいきさつ、その相手を調べていく内に、相手が驚くべき姦計をめぐらせていた事を知るのだが・・・。

 「品川お匙屋敷」。佐々木三冬が賊に追われている女を助けるが、女はすでに斬られており、あるものを託して三冬の腕の中で事切れる。それは賊にとって大事なものであり、それを奪い返す為に手段を選ばない行動に出る。ついに三冬は敵の手に落ち、その身は絶体絶命の危機に陥る。大治郎の焦燥は頂点に達し、僅かな手がかりからついに賊の住処を見つけた彼は、数多くの敵の中に助けを待ちきれずに単身で切り込んでいく。こんな時に大治郎に向き合った敵こそ災難である。
 勿論三冬は危機一髪で助け出されるのだが、助け出された三冬と秋山親子をまえに、父である田沼意次は「嫁に貰ってくれ」と大治郎に頭を下げる。相思相愛とはいえ、突然の申し入れに戸惑う二人に小兵衛が代わって快諾する。

 「新妻」。三冬はついに大治郎と結ばれ、秋山三冬になる。新婚早々だが、大治郎が大阪滞在時に世話になった人物が病死したとの知らせがあり、躊躇なく大治郎は大阪へ旅立つ。そのたびの帰途、たまたま同名の人物と同宿し、間違われて襲われる。その人物が襲われた理由を聞き出した大治郎は助力を買って出る。道中での敵を打ち倒し、更に江戸でその人物が、使命を果たすのを見届けるまでの話である。表題の「新妻」には三冬の事だけでなく、もう一つの意味が重ねられている。

 その外「いのちの畳針」が特に読後感が好かった。大体一巻で6~7話が収録されている。全て紹介したいが長くなりすぎるのでこんなところで。

中国の生活に困る

 日本の生活を続けてきた中国人が、中国に帰って暮らし始めた時に困る事について紹介されていた。併せて日中の違いも伝えられていた。

 日本では偽札に出会う事はまずないが、中国ではうっかりすると偽札をつかまされる。その警戒心を失っているので痛い目に遭いかねない。

 日本では食品の安全を気にする必要はない。処が中国では、メラミン入り粉ミルクを始め、違法薬物が添加されている食品についての情報を常に知っていないと健康を損なってしまう。

 日本では信号を守るのが当たり前だし、歩行者が優先されるが、中国では安全は自分で確認しないとならない。警戒心を持たずにうっかりしていると危険な目に遭う事になる。

 日本では煙草の吸い殻を捨てる事や唾を吐く事は嫌われるので町は清潔に保たれている。中国はお構いなしである。

 中国では本来違法なはずの海賊版のDVDやCDが横行している。これは日本人には驚くべきことだ。
 それに対して日本では公衆電話も自動販売機が何処にでも設置してあり、正常に使える。これは中国人には信じられないほど驚くべきことだ。

 このような情報が紹介されると云う事は、日中関係の修復の動きにつなげようという思惑があるのだろうか。

民衆を恐れる

 中国共産党大会が迫るにつれ、北京周辺では厳戒態勢に入っている、と云うネットの書き込み情報が飛び交っている。

 包丁やナイフ、それも鉛筆を削るような小さなものまで、店頭からなくなり、販売が出来なくなっていると云う。

 北京へ行く時には、電車のチケット購入の時、駅へ入る時、乗車する時と三回も持ち物検査と身分証明書確認があると云う。

 私も、以前天安門へ行った時、まるで飛行機に乗る時のような荷物の検査と身体チェックを受けた事がある。多分あれがそこら中で行われているのだろう。

 政府が国民を恐れている。これでは北朝鮮の話みたいだ。今に集団で行動するだけで規制を受けるようになるだろう。すでにそうかも知れない。何故恐れるのか。何を恐れているのか。今の共産党指導体制そのものに合理性がない事を自ら認めているように見えるではないか。

江南游記・天平と霊巌と(中)

 万笏朝天(ばんこつちょうてん)の名を負うた、山頂の岩むらへ登った後、又山路を下りて来ると、さっきの亭へ出る前に、横に切れる廊下が見えた。次手に其処を曲がって見たら、龍の髯や擬宝珠に囲まれた、小さい池が一つある。--その池へ亜鉛(とたん)の懸け樋から、たらたら水の落ちているのが、名高い呉中第一泉だった。池のまわりには白雲泉とか、魚楽とか、いろいろの名を彫りつけた上に、御丁寧にもペンキか何かさした、大小の碑が並んでいる。あれは呉中第一泉にしては、余り水が汚いから、唯の泥池と間違われないように、広告をしたのに違いない。
 しかしその池の前の、見山閣とか号するものは、支那の灯籠がぶら下がっていたり、新しい絹の布団があったり、反日位寝ころんでいるには、誂え向きらしい所だった。おまけに窓に寄ってみれば、山藤の靡いた崖の腹に、ずっと竹が群がっている。その又遥か山の下に、池の水が光っているのは、乾隆帝が命名した、高義園の林泉であろう。更に上を覗いて見ると、今登った山頂の一部が、かすかな霧を破っている。私は窓によりかかりながら、私自身南画か何かの点景人物になったように、ちょいと悠然たる態度を粧って見た。
「天平地平、人心不平、人心平平、天下泰平。」
「何です、それは?」
「さっきの壁に書いてあった、排日の落書きの一つですがね。中々口調が好いじゃありませんか?天平地平、人心不平、・・・」
 天平山一見をすませた後、我々は又驢馬に乗りながら、霊巌山霊巌寺へ志した。霊巌山は伝説にもせよ、西施弾琴の岩もあれば、范蠡の幽閉された石室もある。西施や范蠡は幼少の時に、呉越軍談を愛読した以来、未だに私の贔屓役者だから、是非そういう古蹟を見て置きたい。--と云う心もちも勿論あったが、実は社命を帯びている以上、いざ紀行を書かされるとなると、英雄や美人に縁のある所は、一つでも余計に見て置いた方が、万事に好都合じゃないかと云う、さもしい算段もあったのである。この算段は上海から、江南一帯につき纏った上、洞庭湖を渡っても離れなかった。さもなければ私の旅行は、もっと支那人の生活に触れた、漢詩や南画の臭みのない、小説家向きのものになったのである。が、今は便々と道草なぞを食っている場合じゃない。--とにかく霊巌山へ志した。処が十町と来ない内に、何時か道が無くなってしまった。あたりには草の深い湿地に、背の低い雑木が茂っている。可笑しいなと思っていると、驢馬を引いてきた二人の子供も、其処に足を止めたぎり、何か不安そうに喋り出した。
「路が分からないのですか?」
 私は島津氏に声をかけた。島津氏は私の鼻の先に、痩せた驢馬を乗り据えた儘、大沢に陥った項羽のように、辺りの景色を見廻している。
「分からないのだそうです。--おお、あすこに百姓がいる。おい、モンケモンケ!」
 但しこのモンケモンケなる言葉は、驢馬曳きの子供に発せられたのである。既に百姓がいると云う以上、これはきっとその百姓に、路を問えと云う事に違いない。私の推察にして誤らなければ、モンは問答の問である。--私はそう思ったから、私について来た驢馬曳きにも、早速同様の命令を下した。
「モンケモンケ!モンケモンケ!」
 モンケモンケは秘密の呪文のように、忽ち路をわからせてくれた。驢馬曳きの復命した所によれば、右にまっ直ぐに行きさえすれば、霊巌山の麓へ出るそうである。我々は早速教えられた方へ、驢馬の頭を向け直した。が、又一二町行ったと思うと、本街道へ来るどころか、寂しい谷合いへはいってしまった。磊磊と横たわった石の間には細い松ばかり生え伸びている。おまけに水でも出た跡か、その松の根こぎになったのも見えれば、山腹の土の崩れているのも見える。更に一層困った事には、少時谷に沿うて登って行ったら、とうとう驢馬が動かなくなった。
「弱ったな。」
 私は山を見上げながら、ため息をつかずにはいられなかった。
「何、こう云う事も面白いのです。あの山がきっと霊巌山ですから、--そうです、兎に角あの山に登ってみましょう。」
 島津氏は私を励ますように、わざとしか思われない快活さを見せた。「驢馬はどうするのです?」
「驢馬は此処に待たして置けばよろしい。」
 島津氏は驢馬を飛び下りると、一人の子供と二頭の驢馬を松の中に残した儘、猛然と山腹へ登りだした。勿論、登り出したと云っても、路なぞがついている訳じゃない、野薔薇や笹を押し分けながら、ひた押しに斜面を押し上るのである。私はもう一人の驢馬曳きと一しょに、負けずに島津氏の跡を追った。が、病後の事だから、こうなるとさすがに息が切れ縷々その上十間ばかり登る内にぽつりと冷たい物が顔に落ちた。と思うと一山の木々が、さあっとかすかに戦(そよ)ぎ始める。雨--私は靴を辷らせないように、細い松の木につかまりながら、足もとの谷を見下ろした。谷の底には驢馬や子供が小さく雨に濡らされている。・・・

2012年11月 1日 (木)

意味を読む

 中国の経済委員会の委員が、中国での日本企業の減産と撤退はドイツ人を喜ばせるだけであると述べた。日本企業が中国から撤退して東南アジアなどに移転しても、中国市場を手放す事は出来ないはずだとも述べた。

 この意見は、中国としては日本企業に撤退して欲しくないと云っているように聞こえる。

 2012年の第一~第三四半期の日本企業の対中国投資額は前年比で17%伸びた。これが中国経済に大きく寄与した。しかしこれは反日暴動以前までの数字である。当然日本の対中国投資は10月以降は大きくマイナスになるであろう。また、欧米もカントリーリスクの増大した対中国投資を以前のように続けるとは考えにくい。いままで中国の投資の伸びを大きく支えていたのは日本だった。中国は第四四半期の経済が、どのような数字になるのか、それによって中国の新政権が発足してからの舵取りに大きく影響が出るのは必至だろう。

 右肩上がりの経済が、停滞から右肩下がりに転じる時、中国経済が、そして中国の社会がどうなるか、予断を許さない時期に来ている。深刻な事態になる(社会の混乱)と予想する意見も多い。日本からの中国への投資が激減する事が、日本経済はもちろんだがむしろ中国の方が(これはそれ見た事か、と云いたい訳ではなく)大きなダメージになると私は予想する。それは多分中国のこの委員などもわかっている事なのだろう。

 日本がアメリカを通じてアメリカに圧力をかけようとしている、と新潟大学の中国人教授が述べ、それは戦略的に間違っており、日本を孤立させるだけだと論じた。これがチャイナネットで報道されている。

 このような物言いをことさら取り上げるのは、つまり、中国にとってアメリカと日本が組んで中国に圧力をかけられるのは困る、と云っているように聞こえる。

 最近中国が伝える物言いの意味の聞き取り方が少しわかって来た。わかってきたと思っているだけかも知れないけれど面白い。

ティラピア

 ティラピアという魚をご存知だろうか。アフリカが原産で淡水と汽水域に住み、温かい水を好む。刺身で食べる事も出来て、外観も食味も鯛によく似ている。最近はイズミダイなどと呼ばれて如何にも鯛の一種のように売られていたりする。日本でも温泉地などで養殖されている事があり、これが鯛の代わりに刺身で出ている事もあるらしいが、云われないと専門家でないとわからない。

 日本からさらにタイやバングラデシュに持ち込まれて、現在は大量に養殖されて食用とされている。これが中国でも養殖されているというニュースが、韓国の新聞で報道された。

 その養殖場の様子を伝えた記事によると、その餌として豚の糞便が使われているという。その悪臭は甚だしく、作業員も近づきたがらないほどだ、と記事は伝えている。

 この記事を更に中国のメディアが取り上げ、韓国は中国のマイナス面ばかりを好んで取り上げる風潮がある、と韓国をなじっている。

 中国政府は糞便を餌として与えると、大腸菌などに感染するおそれがあるとして、糞便を与えないように指導しているそうだが、正規の餌は高いからどうしても糞便を使わざるを得ないのだ、と養殖業者はいまだに糞便を与え続けているという。餌代が高いとか安いとか云う問題ではないと思うのだが、中国では刺身は食べないようにした方が良いようである。まあたいていの人は食べないけれど、日本食の店へ行くと、田舎でも刺身が出たりする。あれはイズミダイの刺身かも知れない。ひええー。

工業生産の落ち込み

 フランスのメディアが、日本の9月の工業生産が対前年で4.1%も落ち込んだと報じ、これは日中関係悪化が原因だと伝えたようだ。

 日本の報道を聞いていれば明らかなように、この落ち込みは自動車の購入時の税制優遇措置が、予算がなくなって打ち止めとなった事が原因である。だからこの報道は間違い。ほんとうの影響が出るのはこれからだろう。

 このような勘違いの報道は、中国に伝わると中国を喜ばせる事になるのだろう。中国は日本が音を上げるのを心待ちにしているようだから。実はフランスがこのような報道をした、と知ったのは中国のチャイナネットによるのだ。

池上彰著「池上彰の政治の学校」(朝日新書)

 自分なりに、政治について知っているようで知らないらしい、とうっすらと感じていたが、この本でそれを思い知った。人間だから好き嫌いの要素が入る事は避けられないが、もう少しものを知らないと恥ずかしい思いをする。

 官僚が国を牛耳っているから問題なのだ、と云う石原さんに共感していたのだが、冷静に池上彰先生の意見を拝読すると、官僚は決して打破するものではなく、官僚の能力を生かす事だという当たり前の事を改めて思い出させて貰った。官僚と闘ってもしょうがないのだ。そうであった。
 
 アメリカ大統領選挙を一年近くもかけて行う事に何の意味があるのだろうと思っていたが、立派に意味がある事を知った。一年かけて大統領候補をつくるという意味があったのだ。

 この本で最も賛同した事は、選挙年齢を18歳からにするべきだ、と云う点である。18歳ならばまだ高校在学中である事が多いので、自分の故郷で投票する事が出来る。20歳だと家を離れている事が多くなり、余り候補に知見もなく、人ごとになり、そのまま棄権する習慣をつける事になってしまうと云う意見にはなるほどと思った。とにかく国を変えるには政治家を換えるよりは国民が変わらなければならない。それにはまず若者が投票するようにならなければならない。将来を決める政治が年寄りばかりで決めて好い訳がない。それでなくても年寄りの方が多いのだ。

 ポピュリズムについてマスコミとインターネットもからめて説明されている。世論調査も含めて、ほんとうの国民の意向なのか、それとも特定の声の大きい人の意見なのかをしっかりと聞き分けないといけない、と強く自覚した。

 これから遅かれ早かれ大きな選挙がある。多くの人がこの本を読んで、政治の仕組みのおさらいをすると好いのではないだろうか。

朝日か夕陽か

 野田首相が所信表明演説の最後の締めくくりとして、夕陽の美しさを思い入れたっぷりに述べ、それが明日の活力になると締めくくった。意味のわからない話で、有終の美を飾らせてくれと懇願したのであろうか。しかしそういうわけでもなさそうだ。
 すかさず安倍自民党総裁が、沈み行く夕陽の美しさなどとセンチメンタルな話をしている時ではない。日本の国は上る朝日に期待し、再生の時だと切り返した。

 朝日と夕陽でどちらがさあがんばろうという気持ちになるか、と聞かれれば、夕陽に思うよりも朝日に思うのが普通だろう。私も夕陽には今日は一日どうであったか振り返り、満足したり、反省したりするけれども、夕陽を見て明日がんばろうとは余り考えない。朝こそリフレッシュして今日もがんばろう、と思う。野田首相の言い方は明らかに変である。この人どうしてしまったのだろう。

江南游記・天平と霊巌と(上)

 天平山白雲寺へ行って見たら、山に倚った亭の壁に、排日の落書きが沢山あった。
「諸君儞在快活之時(しょくんなんじかいかつのときにありて)、不可忘了三七二十一条(さんしちにじゅういちじょうをぼうずるべからず)」と云うのがある。「犬与日奴不得題壁(いぬにちどかべにだいすることをえず)」と云うのがある。(尤も島津氏は平然と、層雲派の俳句を題していた。)更に猛烈なやつになると、「莽蕩河山起暮愁(もうとうたるかざんぼしゅうおこる)。何来不共戴天仇(いずくよりきたるともにてんをいただかざるのあだ)。恨無十万横磨剣(うらむなくはじゅうまんのおうまけんなく)。殺尽倭奴方罷休(わどをころしつくしてまさにきゅうせん)。」という名詩がある。何でもこの詩の前書きには、天平山へ詣でる途中、日本人と喧嘩をしたら、多勢に無勢の為負けてしまった。痛憤に堪えないなどと書いてあった。聞けば排日の使嗾費は、三十万円内外とか云う事だが、このくらい利き目があるとすれば、日本の商品を駆逐する上にも、寧ろ安い広告費である。私は欄外の若楓の枝が、雨気に垂れたのを眺めながら、若い寺男の持ってくる、抹香臭い茶を飲んだり、堅い棗の実を囓ったりした。
「天平山は思ったより好い。もう少し綺麗にしてあると猶好いが、--おや、あの山の下の堂の障子は、あれは硝子が嵌まっているのですか?」
「いや、貝ですよ。木連れ格子の目へ一枚ずつ、何とか云う貝の薄いやつを、障子代わりに貼りつけたのです。--天平山は何時か谷崎さんも、書いていたじゃありませんか?」
「ええ、蘇州紀行の中に。--尤も天平山の紅葉よりは、途中の運河の方が面白かったようです。」
 我々は霊巌山へも登る必要上、今日も驢馬に跨がって来たが、それでも初夏の運河に沿うた、姑蘇城外の田舎路は、美しかったのに相違ない。白い鵞の浮いた運河には、やはり太鼓なりに反り上がった、古い石橋がかかっている。その水にはっきり影を落とした、涼しい路ばたの槐や柳、或いは青麦の畠の間に、紅い花をつけた玫瑰(メイクイ)の棚、--そういう風景の処々に、白壁の農家が何軒も見える。事に風流に思ったのは、そんな農家を通り過ぎる毎に、窓の中を覗きこむと、上さんだか娘だか、刺繍の針を動かしている、若い女も少なくない。生憎空は曇っていたが、もし晴れていたとすれば、彼等の窓の向こうには、霊巌、天平の清山が、描いたように見えた事であろう。--
「谷崎さんも乞食に悩まされたようですね。」
「あれには誰でも悩まされる。--しかし蘇州の乞食はまだ好いですよ。杭州の霊隠寺と来た日には。--」
 私は思わず笑い出した。霊隠寺の乞食の非凡さは、日本人には到底想像も出来ない。大袈裟にぽんぽん胸を叩いたり、地びたへ頭を続け打ちにしたり、足首のない足をさし上げて見せたり、--まず、乞食の技巧としては、最も進歩した所を見せる。が、我々日本人の目には、聊か薬が利きすぎるから、憐憫の情を催すよりも、余り仰々しいのに吹き出してしまう。あれを思えば蘇州の乞食は、唯泣き声を出すだけだから、手の内をやるにもやり心地が好い。しかし獅子山の裾か何かの、寂しい村を通った時、うっかり一銭投げてやったばかりに、村の子供だの女だのが、いずれも手を差し出しながら、驢馬のまわりを取り巻いたのには、少なからず難渋した。如何に柳が垂れていたり、女が刺繍をしたりしていても、敬服ばかりすべきものじゃない。その村の白壁の一重内には、丁度巣を食った燕のように、恐るべき娑婆苦が潜んでいる。・・・
「じゃ山の上に登って見ましょうか?」
 島津氏は私を促しながら、亭後の山路を登り始めた。油ぎった若葉の中に、土の赤い山路が、細々と岩を縫っているのは、何だか嬉しいものである。その路を斜めに登り詰めると、今度は屏風を立てたように、巨岩の突き立った所へ出た。此処が行き止まりかと思ったら、岩と岩との迫った間に、体を横にしなければ、殆ど通過も出来ない位、小さい路が走っている。いや、走っているのじゃない。真っ直ぐに天上へ向かっているのである。私は岩の下に佇んだ儘、樹の枝や蔦葛に絡(かが)られた、遠い青空を振り仰いだ。
「卓筆峰とか望湖台とか云うのはこの山の上にあるのでしょうか?」
「さあ、多分そうでしょう。」
「成る程、これは登天平路(とうてんぺいろ)らしい。」

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