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2013年11月 7日 (木)

葉室麟「潮鳴り」(祥伝社)

 藤沢周平が自分の生まれ故郷の庄内地方に創造した海坂藩を舞台にした小説を数多く書いていたように、葉室麟も自分の拠点である北九州・豊後を舞台にした小説を数多く書いている。

 この小説はいままでのものと味わいがだいぶ違う。葉室麟に登場する人物は清冽で、死の覚悟を元に達成困難な事態を打開していく。武士は死の覚悟があることが当然だと言っても、戦争が日常であるときならいざ知らず、本当に死の覚悟をすることはやはりなかなか出来ることではない。

 死の覚悟とは自分の生き方の信念に殉ずる、ということだろうか。節を曲げない勁い生き方をするのは普通は誰にでも出来ることではないが、しかし目的が明確にあるとき、武士でなくても誰にでも可能になる。

 目的とは何か。それは自分ではなく、かけがえのない誰かのためである場合だ。かけがえがない人とは誰か。自分が生きていることを祝福してくれている人、「あなたがいてくれることがうれしい」と心から思っていてくれる人だ。しばしば親は子の危難に対して自分の死をいとわない。

 しかしこの小説では主人公の伊吹櫂蔵は武士の死の覚悟をすら超越しなければならない。自分を捨てるつもりになれば死ぬことなど簡単だ、というところまで追い込まれた櫂蔵は、かけがえのない人たちのためにどんな苦難も正面から引き受けて生き続けることを選ぶ。

 死なないことを覚悟する、ということがどれほどのことかが描かれている。人が生きると言うことはそもそもそういうことなのだが、死をないもののように念頭から消している現代の人々はそういう意味では真に生きていると言えないのかもしれない。

 ただ人間は晩年が近づけばいやでも死を思う。死を思った上での生は輝かねばならないことに気がつく。それをもっと若いときに知りたかったと思ったりする。

 ヤクザものにまで襤褸蔵(ぼろぞう)と蔑まれるまで落ちた櫂蔵が、弟の死を知り、その真相を知るために、そしてそんな自分をすら慕ってくれる人のためにどん底からついに這い上がる。

 なぜ弟は死ななければならなかったのか。それを解明していく中で次第に仲間が出来、ついに弟を死に追いやった者たちへ鉄槌を加える。ラストは痛快の極みであるが、涙を禁じ得ないほど痛切でもある。

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