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2013年11月 2日 (土)

楡周平「『いいね!』が社会を破壊する」(新潮新書)

 「いいね!」というからブログのあの「いいね!」ボタンのことかと思ったら違った。その「いいね!」では社会は破壊できない。

 著者は経済小説のベストセラー作家である。この本では便利になっていくことが本当にいいことなのか、ということを論じている。便利になるのだからいいではないか、と誰でも思うだろうけれど、そこには大きな社会的な問題が存在するのだ。

 著者は元々コダック社に勤務していた。作家として独立して退社したけれど、古巣であるその業界に当然詳しい。だからまず便利になることで失われたものの実例として写真のデジタル化が取り上げられている。

 デジタルカメラが市場に登場したときにはその画質はフィルムに遠く及ばず、子供のおもちゃみたいなものだった。いつかフィルム並みの高画質になることは予想できたけれど、まさかこんなに短期間にその時代が訪れるとは想像できなかった。私も当初はフィルムカメラにこだわっていた口だけれど、ある理由からデジタルカメラに移行した。

 ある理由とは街の写真屋、いわゆるDP屋の粗雑さに対する怒りである。現像、引き延ばしを依頼すると自分の思っていたものとはほど遠い写真が渡される。そしてあらためて焼き増しを依頼すると最初のものとは全く違う写真にできあがったりしていた。だから高かったけれど、フィルムスキャナーを購入し、フィルムをデジタル化して、プリンターでプリントするようにした。信じられないほどきれいに撮れているではないか。

 デジタル化が進むとともにDP代は安くなり、プリントの仕上がりは恐ろしくお粗末になっていった。自動化された機械でDPしているのだが、細かい調整など全くせず、ピントすらずれたまま、しかもコストダウンのために薬品をけちって疲労した液で印画するから色調もへんてこりんだ。さらにひどいのはフィルム現像の水洗が不十分なために色が変わったり、乾燥不十分でカビが生えたりする始末だった。

 カメラのデジタル化が進むにつれ、当然街のDP屋は商売が成り立たなくなったから店舗数は激減した。これを加速したのはDP屋自身だと私は思っている。

 それはともかく、このデジルカへの急激な変化について行けなかった、超優良企業だったコダック社は2012年会社更生法を申請した。

 コダック社は手をこまねいていたわけではない。いち早くデジタル化の波に対応するための設備投資や組織変更を計画していたのだが、まだデジタル化がそれほど普及していないのにそのような過大な投資は時期尚早である、という株主からの猛反対で計画は頓挫、結果的に手遅れとなってしまった。

 デジタル化が進むことでDP屋がなくなっただけではない。フィルムの生産が激減したからその工場も縮小された。印画紙の需要も大きく減少しただろう。当初はプリントした人たちも、今では画面で見るだけになっている。つまりそれに携わっていた多くの人たちや設備が不要になり、デジタル化であらたに生まれた需要よりも、それで失われた雇用と需要の方がはるかに大きい。

 これはメディア(CDなど)を必要としないデジタルメモリー機器の普及も同様である。CDの販売店はどんどん淘汰されつつある。音楽CDの生産は今後さらに減少し、それに従事している人たちや設備が不要になっていくことだろう。

 さらに電子書籍。紙の本を愛する人たち(私もそうだ)は今後も一定数残るだろう。しかし一定の部数販売するから紙の書籍を出版し続けることが出来るのだ。今出版界はほとんどが自転車操業に陥りつつある。新刊の部数を少なくし、点数をむやみに多くすることでリスク分散をはかりながら延命している。若い人はすでに電子書籍にこだわりなく移行しつつある。日本の書店は再販制度という制度に助けられて存続してきたが、その書店数は急激に減少している。地方の小さな町では書店のない町も増えている。出版点数が多いから店舗の規模の小さいところは対応が出来なくなっているのだ。また万引きの被害も甚大だ。

 今ガソリンスタンドがどんどん減っている。特に車の必要性が高いはずの過疎地でのガソリンスタンドの廃業は深刻な社会現象となっている。ガソリンスタンドのガソリンタンクの更新の経費が出せない、というのが直接的な廃業の理由だが、それ以上にハイブリッドやエコカーの普及による需要低下が大きいだろう。このことが過疎化を促進することになるかもしれない。

 まだこの本で取り上げられているものはいろいろあるが、個別には承知していてもそれぞれの社会的な意味を統合して考える、ということはしていなかった。

 著者が言いたいことはここから始まる。ネット社会による流通革命が、社会そのものを大きく変えてしまう。それは便利な方向を目指しているように見えながら、実は社会を破壊する危険もはらんでいる、と警告する。それはなぜかはこの本を読んでほしい。

 さらにLINEやフェイスブックをはじめとするネット産業の危険性を個人情報開示の点から強く懸念する。私も全く同感だ。

 「すでに出来たものはなかった昔に戻せない」とは山本夏彦の至言だが、核兵器と同様様々な便利な道具やシステムが実はその陰に恐ろしい未来を潜ませているのかもしれない。人類はそれを乗り越えられるだろうか。

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