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2014年2月

2014年2月28日 (金)

白蛇伝

 「西湖三塔」は三妖怪が登場する物語の原型として、「定山三怪」「洛陽三怪記」に模倣されている。前者は馮夢龍(ふうぼうりゅう)の短編小説集「警世通言」に、後者は「清平山堂話本」に納められているというが、青木正児によればストーリーに技巧が加えられたために原作よりも齟齬があると見る。

 そしてその話がさらに大きく変化して、明の時代に編纂された「警世通言」には「白娘子永鎮雷峰塔」が初めて文字として残された白蛇伝の原型として残されている(その前に杭州に流行した語り物に雷峰塔の物語の記録がある)。

 その説話の骨子は

 許宣という青年が西湖保叔塔寺に参詣して雨に値い、小舟を雇うて湖中を帰る途中、小間使を連れた妙齢の婦人に請われてこれを同乗せしめる。元来それは湖中に棲む白蛇の精と青魚の精とが化けて、若き未亡人白娘子と小間使青青という仮面を被って居たのである。許宣もその容色に心を動かしてこれに魅惑せられ、疑心を抱きながらもその纏うがままにこれと同棲を続け、種々曲折を経て益々その本性が明らかとなり、遁れんとすれど白娘は執念く付き纏う。ついに法海禅師に救いを求める。禅師は鉄鉢を貸し与え、これをもって白娘の頭から覆い被させる。と忽ちそれは小さい白蛇と青魚とに変じ、禅師はこれを鉢の中に封じて雷峰寺の地下に埋め、上に七層の塔を建て、「雷峰の塔倒れ名場、白蛇世に出でん」とてこれを鎮めたという。

 この話は清代の短編小説集「西湖佳話」にも「雷峰怪蹟」と題して収められており、「西湖拾遺」にも「鎮妖七層建宝塔」と題して載せられており、「雷峰塔」(一名白蛇伝)という長編の戯曲にもなって、いまでもしばしば上演されている。上田秋成の「雨月物語」の中の「蛇性の婬」はこの翻案と思われる。

往診

 本日は母を病院の脳神経外科、二カ所に連れて行く。一カ所はいろいろな検査、一カ所は排尿機能の専門の先生の所だ。

 先週は泌尿器科、そのあと別の病院での整形外科に連れて行った。

 予約をしていても病院という所は必ず待たされる。健康な私でも疲れるのだから、車いすで動くことの出来ない老母はもっとくたびれるし、つらいことだろうと思う。

 介護タクシー代など経費もかかる。医師が往診して患者の元を回るシステムを将来に向けて充実してもらうといいなあと心から願う。患者の苦痛と介護タクシーなどの経費を考えれば、往診にかかるコストに見合う料金は取れるはずだ。

2014年2月27日 (木)

「西湖三塔」

 南宋の孝宗の淳熙年間に、臨安府(杭州)の奚宣賛という青年が、清明の節に西湖遊人の雑踏中において、迷子となれる少女白卯奴を助けて己が家に携え帰るや、少女の祖母とて黒衣着たる老婆が捜索に来る。乃ち相共にその家に送り届けたところが、少女の母なる白衣の妖婦が宣賛を愛しこれを留めて同棲すること半月、漸くこれに厭いて宣賛を殺し生肝を食わんとするを少女が救うて家に帰らしめる。明年清明の節に宣賛は弩を挟んで屋後に出で、樹上の鳥を射落としたと見れば、忽ち変じて去年見し黒衣の老婆と為り、再びその家に伴われて白衣の妖婦に纏われ、将に害せられんとして復た少女に救い出される。宣賛の叔父に奚真人という道士あり、法をもってこの三妖を捉えてみると、白衣の母は白蛇の妖、黒衣の祖母は獺の妖、少女は鶏の妖であった。真人はこれを西湖の中心に圧し沈め、上に三箇の石塔を建てて鎮めたという。

 この三箇の石塔が西湖十景の一つ三潭印月であるという。杭州に遊んで西湖遊覧したひとならば、三潭印月を見たはずだ。

 三潭印月は中国の紙幣の裏の風景のひとつに使われている。

この物語が原型となり、「白蛇伝」の話になったというのだ。

小説「西湖三塔」と雷峰塔

 西湖を見下ろす雷峰塔があの「白蛇伝」の白蛇を封じたところだったと思う、と先日記したが、青木正児の「江南春」の中に収められている文章を読んでいたら、それに間違いないことが分かった。

 しかも「白蛇伝」には元になる話があり、それが「西湖三塔」という宋の時代を書かれた小説らしい。

 ジェット・リー主演の「白蛇伝」という映画を以前紹介した。ジェット・リーが扮する法海禅師が悪役に見えるほど白蛇の精が哀れに思えたものだ。

 それとは別に、日本のアニメの草分けとも言うべきものが「白蛇伝」で、小学生くらいの時これを見て白蛇が可愛そう、と思ったことを思い出す。このアニメはすばらしい出来だった。もう一度みたい。

 雷峰塔は煉瓦造りだったが1924年に崩壊してしまったそうだ。だから白蛇の精は解き放たれたはずだ。

 いまある雷峰塔はだからあとで造り直されたものと言うことだ。いまは煉瓦造りかどうか知らない。雷峰塔は遠望するだけで中に入ったことがないのだ。

 「西湖三塔」については別に項を立ててどんな話か紹介することにしよう。そのあと「白蛇伝」について青木正児が簡単にまとめた文章を紹介することにする。

2014年2月26日 (水)

文化財の破損

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 中国国家文物局の局長が、博物館が所蔵する文化財の半数が腐食や損傷を受けていることを記者会見で明らかにした。

  2002年から2005年にかけて行われた調査によると(古いなあ)文化財の50.66%に何らかの損傷が見られ、16.5%にあたる230万点は深刻な状況だという。

 故宮博物館の収蔵物はいまだにどれだけのものが所蔵されているのか整理調査がされておらず、頭の黒い鼠による不法な持ち出しが再三噂されている。中国では文化大革命により、文化財の価値を理解出来ないようになってしまったとしか思えない。

 王家達著・徳田隆訳「敦煌の夢」(竹内書店新社)という本がある。人類の至宝である莫高窟の壁画や文物を護るために命をかけた人々の話で、読んでいて涙が止まらなかった。このような人たちもいるのだが、その人たちが文化大革命でどんな仕打ちを受けたか。

 20世紀初頭に発見された莫高窟の莫大な数の文物や壁画は世界中に持ち出された。その一部だけが残され、中国はそれを遺産として収蔵した。

 こうして世界に散らばった文物や剥がされた壁画は、唯一ドイツが持ち出したものだけが戦争で失われた外は、全て良好な状態で保存されている。

 ところが中国に残されたものはあるいは売れ飛ばされ、あるいは保存が悪くて損傷し、しかも何が残されているのかも分からないので資料の値打ちがない。

 中国は海外が奪ったと言うが、もし全てが中国に残されていたら、失われたものは今より多かったことだろう。奪われたから残り、中国の昔を研究する一級の資料となっているのは皮肉なことだ。

 毛沢東が残した遺産は文化の破壊、精神の破壊そのものだった。

少子高齢化

 最低賃金生活者よりも生活保護者のほうが年収が高い、と云う日本は福祉のレベルが低いとは言えないだろう。それなのに生活保護者の一部が、支給額が見直されると明日から生活出来なくなる、と訴えているのをテレビで見た。

 年金生活をしていると、ほとんど生活保護者と同じようなものだと感じる。給与生活時代に多少切り詰めて、いささかの蓄えがあるから時には旅に出ることも出来ているが、それがないならそれなりに生活の仕方はいくらでもある。

 その日本と比べれば中国はまだ福祉が不十分らしい。20年以上昔に中国へ始めていったときには、中国では医療もただ、老人は国家が面倒を見るから暮らしにはこまらない、などと通訳のお兄さんは胸を張っていたけれど、どういうわけか今はそうではないらしい。

 中国では2025年に60歳以上が3億人を超える。一人っ子政策という少子高齢化推進策を国家が進めてきたのだから当然の結果だ。

 一人の子供が両親と祖父母の6人の面倒を見ることになる。当然ささえ切れないわけで、国家が福祉として面倒を見なければならない。その福祉が不十分なのだ。

 長生きしたら生きていく金がない、と歎く年寄りが増えている。ついには「長生きすると生きていけない」というパラドックスみたいな事になると心配されている。中国の年寄りでなくて良かった。

2014年2月25日 (火)

江南春

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青木正児(あおきまさる)の「江南春」(東洋文庫)という本を読み始めた。青木正児は中国についての文章が多い。特に中国料理とその素材についての蘊蓄は他を絶している。

この「江南春」という文章は4編からなり、前半2編は杭州、特に西湖について主に書かれている。この文章が書かれたのは大正11年頃。しかし書かれている内容はほとんど現在にも通じる景色だ。

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前回杭州には上海の虹橋駅から高速鉄道・和諧号に乗っていった。写真は出来たばかりの虹橋駅の待合室。とにかく広い。左手が改札で、エスカレーターを降りるとホームだ。

この時はあの事故の前だったので車内のデジタル表示の速度計に表示された最高時速は360キロを超えていた。あっという間に杭州に着いた。

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この本でも西湖の柳を絶賛している。確かにここの柳を見ると他の場所の柳がみすぼらしく見える。

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西湖のシンボル雷峰塔。「白蛇伝」であの白蛇を閉じ込めたのがこの塔だったと思うが確かではない。煉瓦造り。

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杭州から魯迅の故郷・紹興は遠くない。 まだ紹興には行っていないので今すぐにでも行きたい。こんなふうに紹興酒を飲んで陶然としたい。

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「江南春」では「南曲」が語られている。この舞台が「南曲」かどうか分からないが、文章のイメージはこんな感じ。青木正児は酩酊して舞台をぼんやり眺めてその歌と音曲を聴くともなく聞いている。この写真は杭州でなく、烏鎮で撮ったもの。

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杭州は見所が山ほどあるが、そのひとつ霊隠寺。

他にも銭塘江のほとりの巨大な雷和塔、岳飛廟など思い出すとまた行きたくなった。

「江南春」の後半2編は蘇州と揚州である。漢和辞典片手に持って楽しもう。

 

盗みの理由

 中国の観光客がさまざまなマナー違反を犯し、顰蹙を買っている話は枚挙にいとまが無いが、今回、台湾を訪れた中国人の観光客が行った犯罪行為はちょっと限度を超えている。

 中国人観光客二人が、台湾の国内線の飛行機から救命胴衣をくすねようとしてつかまった。X線検査で引っかかったという。ホテルの備品を平然と持ち去るというのはしばしば聞いていたが、それも問題とは言え、救命胴衣を盗むというのは論外だ。

 ところが中国国内ではすでに前例があるらしい。なんと公務員(それも女性)四人が救命胴衣を盗んで拘留処分を受けている。

 常識というものがないのだろうか。もちろんそんな事をしない中国人がほとんどだろうけれど、誰かがやると、してはいけないこと、と云う判断が出来なくてすぐ真似をしてしまうようだ。だからこのような事件は必ず複数だ。

 ところで盗んだ理由を尋ねると「海で泳ぐときに使うため」と答えたという。中国国内の事件でつかまった公務員も同じ答だったらしい。

 衣食足りて礼節を知る、というけれど、まだ衣食が足らないか、そもそも礼節などないのか。

2014年2月24日 (月)

大間違い

 ウクライナの話を書いたらヤヌコーヴィッチとティモシェンコを勘違いしてしまった。あわてて書き直したけれど、恥ずかしいことだ。

 ティモシェンコは車椅子の前大統領、女性であった。この人も問題があったような気がするが、覚えていない。

 大変申し訳ありませんでした。

 ようやくNHKのニュースでも取り上げ始めたからやはり大事な話なのだ。

 このまま放置するとウクライナがEUにつく東側と、ロシアにつく西側とに分裂しかねない。二つの勢力がこれから争いをエスカレートすることになり、内乱にでも発展すればこれが西側とロシアとの代理戦争と云う事になりかねない。

臓器売買

 雑誌SAPIOの記事がネットのニュースで取り上げられていた。

 世界中の闇社会で臓器売買が行われている、と云うのは良く聞かれることだが、特に中国では大々的に行われていると噂されている。

 死刑囚の臓器が当たり前のように流通していると云われたために世界中から非難が浴びせられ、中国政府は死刑囚の臓器摘出は控えるようになったようだ。

 臓器移植の希望者の数が多い中で供給が減少すれば、その価格は暴騰する。金が欲しかったり金に困った若者が健康な腎臓を売り払うこともあるようだ。

 特に目を引いたのが「iPad2」が欲しくて自分の腎臓を35万円で売り払った若者がいたというニュースだ。相場は60万円(ドナーにはその10倍で転売される)だと云うから、ずいぶん安く売り払ったものだ。彼はめでたく「iPad2」を手に入れたらしいが、その後深刻な腎不全の症状に苦しんでいるという。自分の人生を売り払ったわけだ。

 腎機能がアウトになれば命もほとんど終わりだ。だから移植を必死で希望するのだけれど、それほど欲しかったのだろうなあ。

祭りの後

 ソチオリンピックのお祭り騒ぎの最中にウクライナで大きな政変が起こっていた。流血のでも騒ぎからついにティモシェンコ政権の崩壊まで進み、エジプトの暫定政権の崩壊によく似た様相となっている。

 イラクのフセイン、エジプトのムバラクと同様ヤヌコーヴィッチも優雅な暮らしが暴かれていた。

 ところが日本ではこれほど大事な事件がお祭り騒ぎの陰でほとんど報道されていない。流血デモが起きていることはかろうじて伝えているが、その意味を分かるように報道しているものがない。唯一海外のニュースを伝えるBS-1で報道されているのを見るばかりだ。

 欧米のどこの国のニュースでも大きくウクライナ情勢を伝えている。ロシアが支持していたティモシェンコだが、ついにプーチンもヤヌコーヴィッチを切ったらしいことが海外のニュースからようやく知ることが出来る。

  ウクライナは旧ソビエトの17%の経済、農業、エネルギー、核を含めての軍事を有していた国で、ロシアは絶対に手放したくない。しかしデモはロシアと離反する方向で進んでいる。ロシアはオリンピックを開催していなければ、即軍事介入をしていただろう。

 このことが今後どのように世界に影響するか、これはシリアどころではない大きな事件なのだが。

 日本のマスコミの劣化はかなり進んでいるような気がする。

 祭りの済んだ後でもまだ踊っている。

2014年2月23日 (日)

DELLのご臨終

 メインで使っていたDELLのパソコンが突然異音と共に再起不能となった。再起動をいろいろ試みたが、システムそのものが読み取れない状態だ。ソフトの問題ではなく、ハードディスクがクラッシュしたらしい。

 まだ買って四年経ったかどうかでのあえないご臨終であった。もちろんハードディスクを交換すれば使えるかも知れないが、予備のパソコンがあるので当面はそれで間に合わせることにする。

 もう10年以上使っているNECのXPパソコンでも何の問題もなく現役で稼働している。こちらはネット接続を切ってしまっているので外部からウィルスが入る可能性もない。

 デルは故障しやすいと云われることがあるけれど(何せデルの営業をやっていたという人にもそう聞いたのだから、こんなに確かなことはない)、案外そんな事はないものだ、と思っていた矢先のクラッシュであった。ハードの故障は仕方のないことだけれど、そのパソコンだけに収められていたデータがだいぶある。バックアップを取っておくのだった、と今から後悔しても始まらない。

 本当に突然だものなあ。がっくりきた。こっちも再起不能だ。

思惑

 中国と韓国は、安倍首相の靖国参拝をナチス再来の如く騒ぎ立てているように見える。靖国参拝についてはいろいろな考え方があると思うし、中国と韓国がこのことにこだわる理由が無いとは言えないことは理解しているつもりだ。

 しかしいささか過剰なリアクションの中に政治的に日本とアメリカの間に溝をもたらそうという意図があるのは明白だ。

 だからアメリカが安倍総理の行動に「失望した」と述べたことは中国にとってとても喜ばしいことらしい。

 ところがその矢先にオバマ大統領は、中国の猛反対を無視してダライ・ラマをアメリカに招待して直接会談をした。これは中国の神経を逆なでしたものだ。

 このタイミングで中国に対する明らかな嫌がらせをする、というのは何となくはしゃいでいる中国に対する冷や水のような気がする。

 安倍首相の靖国参拝に直接賛同を与えられないけれど、中国が喜ぶようなことばかりしていられないぞ、という意思表示であれば、なかなかうまい牽制の仕方ではないか。

 それともアメリカにはそもそもそんなつもりはかけらもなくて、たまたまなのかも知れないけれど。

2014年2月22日 (土)

五輪史の恥?

 キム・ヨナ選手が試合を終えたあとのインタビューで、ライバルの浅田真央との長いライバル関係を語り「浅田真央の涙に共感した、その気持ちがよく分かる」と述べた。その率直な物言いにはとても好感が持てた。

 そのキム・ヨナ選手が銀メダルに終わったことが韓国では大きな問題となっており、その採点が不正であったから韓国政府は、再審査を請求せよ、という呼びかけをマスコミが大々的に行い、現在その署名が180万票も集まっているという。

 テレビでは再三にわたり試合の映像を流し、アナウンサーはキム・ヨナ選手の得点がロシアの選手より低いのは理解できない、と繰り返している。中には「ソチオリンピックはオリンピックの歴史の恥だ」というものもいるという。

 そこまで言うアナウンサーというのも韓国の恥のような気がする。

 ところで心配なのは、この次の冬季オリンピックは韓国のピョンチャンで行われる。そのときにソチでの仕返しを行うようなことがないかどうかだ。ソウルオリンピックの時にもいささか首をかしげる場面が見られたが、反日が正義だからと日本選手に変な採点だけはしないでもらいたいものだ。スポーツの場に政治を持ち込むのが当然という国だから心配だ。

褥瘡

 褥瘡(じょくそう)とは床ずれのことだ。ずっと同じ姿勢で寝ていると起こる。寝たきり老人に最もつらいのが褥瘡だとも言われる。専門の施設なら定期的なケアをするけれど、家庭での介護では行き届かないために一度褥瘡になると直りにくい。

 今日老母を介護タクシーに乗せて外科の病院に行った。腰椎の圧迫骨折は少しずつ治癒しつつあるらしい。母の褥瘡について相談した。そしてメンテナンスの薬など一式とそのケアの仕方を教わった。

 母は上を向いているのが好みらしく、ほとんど向きを変えない。そのためにいつも同じ姿勢でいるので褥瘡になりやすい。

 なんだかやらなければならないことが次々に増えてくる気がする。本人のためには専門の施設に入れることも考えなくてはいけないかもしれない。そういう施設も申し込んで2年待ち、と言うのが普通らしいから、なるべく早く申し込むことを弟に勧めた。

 四六時中甘えていろいろ要求するいまの様子から見て、母がいやがることは間違いないのだけれど。

2014年2月21日 (金)

 小学校が近いので、朝は登校する子供たちの声が窓の下から聞こえる。この声が気持ちよく聞かれる日とややうるさく感じる日がある。ひとえに自分の精神的な状態による。

 生まれ育った町で、小学生の低学年のころ、学校へ通うのに表通りから行く道と山(と言っても50メートル程度の丘のようなもの)に沿って行く道とがあった。左岸の崖の下を通る道は崖崩れの心配があるというので、表通りに行く道を行くように言われていたのだが、その道で交通事故の現場に遭遇してしまった。

 カーブのところで、自転車に乗った男性がトラックに後ろからまともにはねられたのだ。男性はスローモーションのように高く空に舞い、突然激しく路面にたたきつけられた。そのときの男性の断末魔の様子を呆然と見ることになってしまった。この光景はしばらく頭から離れなかった。

 そんなことがあったので、山側の図書館の裏側を通る道を歩くことにした。通り道から少し入った所には崖にうがたれた防空壕がそのまま残されていた。ほんの10メートルも奥行きはない大きなものや、狭いけれどぐるっと回って別の出口に出るものなど、子供にはどきどきする場所だった。多くの防空壕は危険だというので、埋められていた。

 子供たちの噂では埋められている防空壕の奥には人骨があるとささやかれていたが、それを見たものはいない。

 大人になってその道を歩いてみたが、その道の狭いことに驚いた。自分の視点が高くなったためにすべてが違って見えた。

 その狭い路地の角をひょいと曲がると、突然違う町の景色が現れる、と言う夢をずいぶん何度も見た。

2014年2月20日 (木)

心配したより簡単

 導尿カテーテルを入れる、というのは思ったより簡単であった(男性はそうはいかないらしいが)。あとはメンテナンスさえいい加減にしなければ、本人も周りも楽になる。

 判断がつかず迷っている様子にじれて医師はちょっとむっとしたようだった。迷った理由を説明して、すすめに従うことにした。

 介護タクシーというのを利用した。大変丁寧で親切だし、病院の場所も詳しいからとても安心だ。そもそも介護タクシーというのは病院から病院へ患者を搬送する所から始まったらしい。救急車が使えない場合に対応する所から始まったのだという。

 料金はもちろん割高だが、自力で運ぶよりどれほど助かるか分からない。ありがたい存在だと思う。介護タクシーの運転手と昔話をしたのだが、昔は医師が往診してくれたものだ。

 寝たきり老人を病院へ運ぶ、と言う作業は運ぶ方も大変だけれど、患者はもっと大変だし、病院では長いこと待たされることが多い。過疎の村などで、医師が看護師と一緒に老人の元へ往診して回っている姿などをテレビで放映していた。あの方が年寄りはずっと幸せだ。

 病院に通院することが困難な患者の元を、医師が訪問治療するシステムがもっと一般的になるといいなあ、と心から思う。自分が寝たきりになったころにはそうなっているだろうか。

遠藤誉「卡子」(朝日新聞出版)

 副題「中国建国の残火」。

 帯には「封じられた中国建国史の闇」とある。

 遠藤誉女史は筑波大名誉教授。中国高官とも人脈を持ち、中国関連の著作が多い。テレビでもたまにコメンテーターとして登場することがある。冷静な物言いは以前から好感が持て、信頼している人だ。著作を一度だけ読んだことがあるが、一方的な見方ではなく、分かっていることと不明なことが峻別されていた。

 その女史がこのようなすさまじい体験をしていたことをこの本で知った。長春市(満州国時代は新京市)で戦後何があったのか。まさにその渦中にあった女史がどのような目に遭い、どう生き延びたのか。

 この事実を調査し発表しようとした中国の研究者たちはすべて告発され、その事実は隠蔽されている。これは数多くある中国人民共和国の暗部の一つの事件だが、日本だからこそこうして明らかにすることの出来た事実だ。

 大躍進や文化大革命など、数千万人とも言われる人々が不条理な死に追い込まれた。その一人一人にかけがえのない人生があり、家族があった。それを上からの視線ではなく、まさに体験者として語られたこのような本は貴重なものだと思うし、なるべく多くの人に読んでもらいたいものだ。特に共産党や社民党、菅直利などに読んで欲しいと思う。ただし同じものを見ても全く想像外の感想を述べることだろうが。

 「卡子」というのは関所のようなもの。「卡」とは人が番をして狭い口をふさぐという意味だ。

 この言葉通り、長春は八路軍(のちの解放軍)に包囲されて物資の供給が止められ、立てこもっていた国民党軍とともに多くの市民が飢餓にさらされた。なぜ長春なのか、というのはこの本を読んで欲しい。

 この事件は1947年のことで、このとき30万人が餓死したと言われる。その地獄の様相はこの本に記されている。私は夢にまで見てしまった。

 多くの日本人は1945年の終戦のあと、1946年までに日本に帰国することが出来たが、技術者や医師、教師など有用と見なされた一部の人とその家族は帰国が許されなかった。

 遠藤誉とその家族が多くの身内や兄弟子供を失いながらようやく日本に帰国できたのは、戦後7年もたった1952年の終わりであった。

 百聞は一読に如かず、である。日中戦争とは何だったのか、中国が言う抗日戦争とは何だったのが、中国の建国とはどのようになされたのか、それについて深く考えさせてくれる本である。

2014年2月19日 (水)

サーヴィスの精神

 銀行やお役所で何かを依頼するたびに、書類に住所、名前、生年月日や電話番号を記入させられる。マンション住まいだと住所が長いのでとても煩わしい。しかもそれが一度たけでなく、同じようなことでも少し違う申請をするとまた同じ作業を強いられる。

 その上に本人確認だと言って免許証の提示を要求され、その上時にはダブルチェックの為と称して保険証まで提示を要求されることがある。よほど巧妙な悪人が存在するらしい。

 銀行やお役所はサーヴィス業であり、それなのにサーヴィス精神が足りないと批判されてきたので、最近は応対がソフトになったのは認める。

 本人を確認したら、書類に全て記入したものをプリントアウトしてサインを求める、などいくらでも作業を簡略化することが可能だと思うが改善される気配はない。顧客に対して煩わしいことを要求して何の問題も感じていないようだ。

 つまりサーヴィスについては形だけで、サーヴィスの精神はそもそも希薄なようだ。

こむら返り

 日々の雑用の積み重ねが生活というものらしい。

 10日間以上留守にしていたので、普段ならどうと言うことのない些末な用事がまとめて現れて、どれから片付けたら良いか、気が重いことになった。

 1月後半から始まった母の介護で、名古屋と千葉県を往復している。 一緒に暮らしている中での介護であれば、介護は生活に組み込まれやすいかも知れない。

 それでも母と同居している弟夫婦は、それを生活に組み込むことにまだ慣れずに苦労している。ましてや私は年金生活で気楽に暮らしているとは言え、別の生活空間での生活がある。

 介護は長期に亘ることを覚悟しなければならない。介護を生活に組み入れなければ続かない。そのためには出来ることと出来ないことをある程度見極めて、リズムをつかまなければならない。その最初の洗礼が雑用の山と言うことのようだ。

 片付かないことをいくつか残したまま、今日また千葉県まで走る。さいわい雪は片付いているらしく、道路は普通に走れるようだ。


 夜明け前、左足のふくらはぎがこむら返りになった。こむら返りが始まったとたんに飛び起きたけれど、如何とも止めがたい。久しぶりの痛い目ざめだった。

2014年2月18日 (火)

向き不向き

 今回のソチオリンピックで、スピードスケートでの日本選手は不調のようだ。実力を出し切って負けたのなら仕方がないが、ちょっと泣き言が聞かれたようで、ほかに問題がなかったのかどうか、終わった後でいろいろ言われるかも知れない。

 ところでアイススケートのショートトラック競技では、日本はあまり良い成績が残せないようだ。あの接触トラブルの多い競技には日本人はあまり向いていないのではないか、と感じている人は多いのではないか。

 そのショートトラックの女子1500メートルで、韓国の選手がアメリカと中国の選手を巻き込んで転倒し、失格になった。これが中国で韓国選手の妨害行為だ、として怒りを呼んでいるらしい。

 韓国選手は自分が転倒の原因であっても、激しく自分の正当性を主張するので、その態度が怒りを呼んでいるようだ。過去に韓国選手が中国選手に卑劣な行為(試合の後で腹部を殴った)をした証拠写真などが公開されてかなりヒートアップしている。

 韓国や中国の人は、普段でも人を押しのけて前に行こうとする。これは道路での車の合流の様子を経験すればよく分かる(あんな無理な割り込みはとても日本人には無理だ)。だからショートトラックのような競技には向いているのだろう。当然いざこざも起きる。

 心優しい私などから見れば、ショートトラック競技がオリンピックにあることに首を傾げるところだ。

 ところで今回のソチでの韓国女子のショートトラックは期待外れの結果に終わり、選手は帰国後のバッシングにさらされるだろうと言われている。重ね重ねきつい国だ。


 本日二日酔い。

2014年2月17日 (月)

短気

 いろいろなことにこらえ性がなくなってきている。

 民放のCMが多すぎて腹が立つ。テレビのニュースを見ていると同じことの繰り返しばかり。テレビに出てくるもと野球選手のやたらにやかましいのにも腹が立つ。

 マンションの上の階の住人は朝5時からどたどたとうるさく歩き回り、ベランダの戸を開けたり閉めたり、おまけに犬はやかましく吠える。以前はこんなに階上の音は響かなかったのに、昨年の工事の後の方が音がやたらに響く。そういえば工事の時にも何の連絡もなかった。

 介護をしていれば母は10分おきに鈴を鳴らして何かを要求する。自分がどうしてこんな状態になったのか、自分でも理解できないから不安なのだろう。それは分かるけれど、そうそうは応えられない。

 弟夫婦もどうして良いか分からないからこちらに頼ってくるけれど、私だってどうして良いか分からない。

 e-Taxで確定申告したら、何かの手違いでエラーになったという連絡が入っていた。いろいろ聞いてやり直したのだが、それで良かったのかどうかがはっきりしない。必要なカードの登録し直しの手順自体が複雑を極めていて堂々巡りしてしまい、自分が馬鹿なのかシステムが悪いのか分からない。

 マンションの役の次へのバトンタッチすべき人が何遍訪ねても不在だ。これでは再び介護に行く明後日までに間に合わない。いっそさらに次の人に頼むべきか。多分了解を取るのはなかなかたいへんだろう。うんざりする。

 今日病院に行ったら、交通渋滞で私の担当の医者が出てこられない、と言うことで診療開始が1時間も遅れて無駄な時間を過ごすことになった(これは本を読んでいたからまだ少しは我慢できる)。

 昨日9時間も雪の渋滞の中にいたので疲れが残っているのだろう。

 ところで診察結果はほぼ全て良好。薬を減らしてくれ、と言ったら「後体重を2キロ減らしたら、薬を減らしましょう」との返事。すでに昨年はじめより7~10キロ減らしているからさらに2キロは楽ではないが、やってやろうではないか。

 この2ヶ月はだいぶ飲んだ。それなのに血糖値はさらに下がっている。分かっていたことだが、体重さえ落ちれば結果は良いらしい。

 ただし身体は軽くなったけれど尻の肉が落ちて、長時間座っていると尻が痛い(だから渋滞はつらい)。それ以上に気力が落ちて短気になったようだ。

 今晩夜中に仕事を終えたらドン姫が来る。うまい鍋を食わせる約束だ。さあふたりで酒盛り、楽しいな。最近ドン姫も人間が出来てきて、こちらの愚痴を笑って聞いてくれるようになった(そういえば桐生の周恩来様、先日は酩酊して愚痴は言うはえらそうな口を利くは、で失礼しました。ごめんなさい。でもおかげでとても楽しかったです)。

 明日は歯医者、二日酔いでもかまわない、どうせ昼からだし。

2014年2月16日 (日)

お疲れ様

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 本日は快晴。富士山がとてもきれいに見えた。この富士山を三時間以上右手に見続けることになった。

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 明日病院に定期検診に行かなければならないので(薬もなくなる)千葉から名古屋に一度帰ろうとしたのだが、高速道路はそこら中で止まっている。戸塚から第三京浜、そして藤沢から御殿場周りで沼津まで大渋滞の中を走ることになった。

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 御殿場は雪国か!と言うような景色。

 長泉ICから先は高速が使える。ようやく新東名に乗れたのが午後1時頃。反対方向は何十キロも渋滞している。

 それでも千葉を6時半頃出発して名古屋に午後4時前に着いたのだから何とかなるものだ。自分にお疲れ様、と言おう。

 

2014年2月15日 (土)

「はい」と言わないひと

 相手が何かして欲しいことを先取りして気を利かせるひとがいる。互いがそういう関係だと理想的だが、まずそんなことはない。夫婦がそういう関係なら奇跡的に幸福なことだ。

 たまにはそういうこともあり、たいていは言葉に出して頼むというのが人間関係の普通の状態だろう。

 相手がこちらの望みを叶えてくれた時にありがとうの気持ちが伝えられれば何よりだ。

 ところが言葉に出して伝えても決して「はい」と言わないひとがいる。

 どうも、「はい」と言うのは相手に支配されることだ、と思っているらしい。そういうひとは相手が自分の要求をかなえてくれた時にも「ありがとう」という言葉を決して言わない。

 「はい」と言った方が良いと教えても、そういうひとはその意味が理解できないし、理解しようとしない。相変わらずこちらの言葉をオウム返しする程度が関の山という所だ。

 「はい」と言うことができないひとは、普通に見えても実は少し壊れているひとなのかもしれない、などと極端な印象を持ったりしてしまう。

ところで、「ヤマト」さん、ブログへのコメントをありがとう。内田樹先生の本についての私の文章について書いて戴いたのだが、だいぶ前のことだったので、自分が何を書いたのか忘れていました。読み直してみて、へえ、そんなことを考えたのか、と自分で驚いています。これを機会に時々覗いていただければ幸いです。

 自分で書いたものは自分でよく分かるので結構おもしろいものだ。

藤沢周平と池波正太郎の違い

 藤沢周平と池波正太郎の作品の違いについてぼんやりと考えた。

 映画化されたものを比べると、それぞれとてもいい映画も駄作もあり、一概に言いにくいけれど、全般に藤沢周平原作の映画のほうが出来がいいような気がする。それはなぜだろうか。

 池波正太郎は新国劇の舞台脚本作家から出発している。だから多くの作品の傾向として会話文が多い。そしてそのまま登場人物がイメージ化しやすいように思う。だから読者は自分なりの具体的なイメージを持って想像の中でストーリーが展開していく。

 藤沢周平の作品はあえて池波正太郎に比較していえば絵画的だ。もちろん登場人物は読者の頭の中でストーリーに沿って動いていくが、池波正太郎よりもイメージの幅が広いようだ。

 だから池波正太郎の作品は監督の入る余地が少なく、そのまま映画になってしまう。しかし当然配役は作品のイメージ通りというわけにはいかない。すでに池波正太郎の作品は読者の中で完成された映像になってしまっていて、映画は常にそれより劣る。

 映像的な作品だからこそ映像化するといささか陳腐になってしまうように思う。

 それに対して藤沢周平の作品は、監督がイメージを膨らませる余地をたっぷり含んでいるから監督というフィルターを通すことで、あらなた作品として現れることができるのではないか。

 ミスキャストのために作品を損なったものと言えば、しばしば池波作品に登場する藤田まことなど、ひどいものだった。これくらい読者のイメージとかけ離れた配役はないと思う。

 藤沢作品原作のものでは「武士の一分」の木村拓哉ががっかりだった。木村拓哉という人は、木村拓哉以外の役ができない人だと言うことがよく分かった。かろうじて檀れいの魅力に救われた作品だった。この原作は「隠し剣秋風抄」(文春文庫)の中に納められている「盲目剣谺返し」という短編だ。あらためて読み直すと作品のすばらしさがよく分かる。あまり書き込まずに、ラストに胸を熱くさせる所は映画以上だ。雇われた下働きの女中が追い出した自分の妻であることにほとんどその日に気づく。映画では何日もたってからだが、原作のほうが自然だ。

 イメージ化しやすく、わかりやすい池波正太郎のほうが好きだ、と前にも述べたが、藤沢周平もいいなあ、とあらためて感じている。まだまだ山ほどあるから、飽きるまでしばらく藤沢周平にどっぷりはまろう。

2014年2月14日 (金)

コミュニケーション能力

 コミュニケーションには能力が必要だ。相手に自分の思いを伝える能力も必要だけれど、それ以上に相手が何を伝えようとしているのかを感知する能力が必要だ。

 いま口がきけない老母の介護をしながらそのことを痛切に感じている。そしてそれが韓国や中国と日本との関係にまで思いをいたすというのはちょっと飛躍しすぎているのかもしれないけれど、同じように感じてしまうのが私の浅はかな所だ。

 繰り返すけれどコミュニケーションには能力が必要だ。国と国とのコミュニケーションを多くの人が担っているけれど、最もプロフェッショナルな立場の人たちと言えば外務省と外交官だと思われている。

 ところが韓国と中国に関してあまりにもその人たちが無力であることを見せられている。それが波及して世界中で日本が誤解されだしているように思う。

 いままで金をばらまき続けている間はそれなりだったのに、ちゃんとコミュニケーションを取る努力をサボってきたことの付けがいまのていたらくなのかな、などと思ってしまう。

 軍備を持たない代わりに外交努力が必要だったのに金をばらまくことでコミュニケーション能力と錯覚してきたのだろう。

 これは日本人全体の責任だろうけれど、こうなればしばらく日本の不遇の時代が続くことを覚悟しなければならないようだ。しかし新聞(朝日新聞しか見ていない)を見ていると読者(つまり日本の国民)にそのことを伝えるというコミュニケーション能力に欠けているような気がする。

 それはたぶん私が新聞から大事なことを受け取る能力に欠けているからそう思うのかもしれない。昔から新聞は肝心なことは国民に知らせない、と言う装置だったからなあ。

分からない

 「CZTさんのブログ」をいつも拝見している。哲学、美術、はてはジャズまで広いジャンルに渡って深い造詣と知性で、詳しく書かれたものが多い。全く興味のない(ヒュージョンくらいなら少し楽しめるが)ジャズの話以外は何とか理解しようと努めているが、レベルが違うせいか分からないことも多い。それはひとえにこちらの問題である。

 ただ、西洋哲学の話が頭の中で空回りしている時に思うのは、ヴィトゲンシュタインの話だ。哲学界のアインシュタインと言われた天才だが、彼は「哲学は畢竟A=Aを説明しているに過ぎない」と言う(もっとややこしい言い方らしいが、私は彼がそう言っているという本を読んだ)。

 たとえば「存在」という言葉を哲学的に解釈しようとした時、「存在」という言葉を使わずに説明することは難しい。少なくとも「存在」という概念を前提にせずに「存在」を語ることはできない、というのは分かるだろう。だからヴィトゲンシュタインは抽象概念を哲学的に語ると言うことは、ただその概念を深化させることはあっても違う言葉で言い換えているに過ぎない、と喝破したらしいのだ。(ただしこの考え方を後年全否定したとも言われているから本当はどう思っていたか分からない。)

 だから哲学者はその壁を乗り越えることに全力を尽くした。語っている言葉をさらに違う次元の言葉で語るすべを編み出そうともがいたのだと思う。無限にも次元により違いがあるように(そうらしい)言葉にも語られていることと語っている言葉にレベル差をつけると言うことなのだろうか。

 しかしそれをしていけば果てしない無限ループにはまるばかりのような気もする。

 いま哲学はそれから脱却する手法をいろいろ編み出しているようだが、こちらの理解の及ぶ所ではない。

 分からない時に理解する努力を放棄して、時にこんな言い訳を考えたりする。

2014年2月13日 (木)

誠意

 村山富市元首相が韓国を訪問して、韓国の主張を全面的に受け入れた言動を行っている。そのことで韓国の日本に対する異常な非難行動が緩和されるなら、それはそれで意味があるのだが、どうもさらに日本が悪者であることを国際的に既成事実化していることに寄与しているとしか思われないことは誠に残念である。

 韓国の首相が、安倍首相(つまり日本)が誠意を示せば韓国としては日本との関係を修復することはやぶさかではない、というような意味の発言をした、と伝えられている。

 「誠意って何ですかね?」という台詞に記憶がある。「北の国から」で菅原文太が発した言葉だ。裕木奈江の叔父として、傷物にされた姪をどうしてくれる、と黒板五郎こと田中邦衛に迫り、田中邦衛が「誠意を持って・・・」といった言葉に返した言葉だ。

 誠意とは何か。このとき田中邦衛は北海道から野菜などの大荷物を抱えて菅原文太を訪ねている。貧しくて立派な土産も金も用意できない彼の精一杯の気持ちだった。

 だが菅原文太はそんなものは「誠意」ではないと突っぱねたのだ。誠意とは自らが持っているすべてをなげうつことだ、といったのだ。だから黒板五郎(田中邦衛)はそのとき持っていた家から何から自分の財産と言えるものすべてをなげうった。無一文から北海道で20年かけて築き上げたすべてをなげうった。

 そのとき菅原文太はすべての非は相手にあり、自らは100%正義であると言ったと私は感じたのだ。この瞬間に私は菅原文太が大嫌いになった。本人が悪いわけではないのに。それほど不快な台詞だった。

 韓国の首相もそう言っているのだ。日本がすべてをなげうて、といっているのだ。誠意とはそういうものだ。それに答えるがごとき言動をする村山富市という人は、日本人すべてに対してそれを求める覚悟があるのか。少なくとも彼自身のすべてをなげうつ覚悟があるのか。

 私はあのドラマでの菅原文太の「誠意って何ですかね?」といった言葉の恐ろしさが忘れられない。だから誠意などという言葉は恐ろしくて使えない。

 そもそも国と国との関係に誠意などというものが介在することなどあり得ない。それは相手にすべてをなげうて、という誠に理不尽な要求なのだと私は考えてしまう。

ひいき

 私は藤沢周平よりも池波正太郎がひいきだ。でも藤沢周平の小説が大好きである。私の仕事の同僚に藤沢周平が異常に好きな人がいた。その人にあおられて意地になって池波正太郎にこだわった所もあるかもしれない。

 一昨年の一時期、池波正太郎を集中的に読み続けていた。先週から藤沢周平を読んでいる。

「用心棒日月抄」シリーズ、「用心棒日月抄」、「孤剣」、「刺客」、「凶刃」の四冊、これは青江又八郎が主人公。山手喜一郎の「桃太郎侍」や佐伯泰英の居眠り磐音シリーズの初期のころのような、長屋住まいの浪人の物語だ。

 そして立花登という小伝馬町の若い牢医の成長物語である「春秋の檻」、「風雪の檻」、「愛憎の檻」、「人間の檻」の四作。

 さらに元岡っ引きの彫り師伊之助シリーズ「消えた女」、「漆黒の霧の中で」、「ささやく河」の三作。これは長部日出雄が解説で時代小説のハードボイルドと評しているのがまさに適切だ。

 さらに短編集「竹光始末」を加えたものをこの一週間足らずで読了した所だ。

 特に立花登のシリーズはとても好きで何度目だか分からないくらい繰り返し読んでいる。

 何せ年寄りの介護の傍らだから本を読むくらいしかすることがない。でも好きだからいいのだ。

何でこんなに人がいる?

 母の具合がある点で気がかりだし、整形外科の医師にも一度病院で検査を受けるように勧められたので、昨日病院に出かけだのだが、雪のために病院の駐車場は満杯で入ることができない。

 そういうわけで昨日は空振りだったのだ。雪で病院の医師や職員が出てこられず、大混乱になっていたのだという。こちらは駐車場待ち1時間であきらめたのだが、正解であった。

 そして本日再チャレンジ。早めに行って駐車場を確保できた。ところが予約だけ確保しようとしたのに、本人を連れてこなければ診察できないという。ふたたびとって返して老母を車に乗せ、病院に向かう。昨日よりだいぶましだが病院周辺は大混乱。母を弟の嫁に託して30分ほど待って駐車場に入ることができた。

 泌尿器科に行くと、いま採尿に四苦八苦している所だという。それこそ一時間持たなかった小便が、三時間待っても全く出なくなってしまった。

 エコー検査すると膀胱は満タン。というわけでプロフェッショナルにお願いしてカテーテルで抜いてもらう。排尿困難と言うことになるとこれからとんでもなく大変なことになる、と医師に脅かされる。

 とりあえず薬をもらい、一週間様子を見ることになった。

 最悪は管を入れっぱなしにしてタンクにたまったものを定期的に抜く、ということになる。医師としては雑菌が入る恐れがあるので、3~4時間おきに拭掃して、その都度カテーテルを入れるのが最善だと言うが、介護はかなり大変になる。

 次に来るまでに考えておくように!といわれるが、判断しようがない。

 そんなこんなをしているうちに2時を過ぎてようやく放免。うーん気が重いことだ。膀胱の括約筋の衰えと、精神的なものが重なっているのではないかと医師は言っている。そもそも発語障害というのが私は器質的なものよりも精神的なものからのような気がしているので、医師のその見解はたぶん正しいと思う。

 それにしても病院という所はどこへ行ってもどうしてこんなに人がいるのだ!これでは健康保険に金がかかるのは当たり前だ。

自発的遊び

 何とか言う大学の偉い先生が、自発的な遊び方をする子供は、そうでない子供より知的能力が高い、という調査結果を発表した。

 それはそうだろう、と納得のいく調査結果だ。それを取り上げたテレビでは幼稚園の先生の、最近の子供の中には何をしてもいい、というとどうしていいか分からずにぼんやりしている子供がいる、親が子供の自発的な遊びを妨げているからだ、というような発言を取り上げていた。

 これで教育熱心な親は、子供に自発的な遊びをさせるように一生懸命子供に働きかけて行くであろう!

 子供は親が介入しなければ、遊びの得意な子供の所に集まり、自発的な子供のあとをみんなでついて行って遊んだものだ。子供の遊びは時に親が見ているとはらはらするようなものがあるけれど、多少の怪我は仕方がないと腹をくくっていれば、子供はそれなりに学習していくものだ。

 この大学の先生は、ただ積極的な子供は賢いことが多い、ということを言っているだけなのに。

2014年2月12日 (水)

中国のガン患者

 2012年に新たに発症した世界のガン患者のうちの21.8%、307万人が中国人だった。そのうちの死亡者は220万人、26.9%だった。

 世界で一番発症者の多いのが肺ガン患者で、180万人、死亡者は159万だったが、その三分の一は中国人だったそうだ。

 中国人の人口は世界の約20%だからガン患者の20%前後が中国人であることは驚くには当たらない。しかし肺がん患者の三分の一が中国人だ、ということになると、話は違う。

 喫煙率の高さも高いし、何より大気汚染のひどさが有意に影響している、と考えるしかないだろう。この割合や絶対数は、たぶん今後さらに増えていくことだろう。

 毎年200万人以上が、ガンで死んでいく、というのは全体から見ればわずかかもしれないが、すさまじい数だ。先の戦争で2000万人死んだ、とか言うけれど、たぶん今後7~8年でそれ以上がガンで死ぬ計算になる。

 腰の骨の圧迫骨折で安静が必要な老母が頻尿で安静にしていられない。整形外科の医師のすすめもあり、病院の泌尿器科に行くことにした。

 本日はまず予約を取りに病院まで行ってこなければならない。本人を連れて行くのはその時間に合わせてと言うことになる。長時間待たせるのは無理だ。

 介護タクシーというのがあるらしいが(前回の整形外科にはそれで連れて行った)事前の予約が必要で、しかもなかなか確保ができにくいとのこと。

 だから私の車で連れて行くことになるが、それに乗り込ませるのが一仕事になると予想される。昨日までの雪で家の周りは雪が大量に残っている。

 連れて行くことがそのまま安静とはとても言えない作業になるが、今のままではほとんど一日中(夜も)つきっきりの介護になっていて本人も周りも疲れ果ててしまうから仕方がない。

 このまま寝たきりになってしまうか、それとも少しは自分で自分のことができる状態を取り戻すかの境目ではないか、と弟夫婦と考えている。

 

2014年2月11日 (火)

忍耐力がない

 昨日の午後から老母の介護の手伝いをしているのだが、ほとんど30分に一度は何かの要求がある。トイレの用事が多いのだが、ほかの用事の時もある。いろいろなことのこらえ性がなくなって、して欲しいことを思いつくと止められないらしい。

 言葉がしゃべれないから、それを理解するのがまず一苦労だ。極力腰を据えて聞いているのだが、安静にしていなければいけない病人が、誠に落ち着きなくごそごそとしていてじっとしない。

 「忍耐力がない」というのは母のことでもあるが、それを介護している私のことでもある。たった一日で、だんだんいらいらしてくる。少しおとなしくじっとしていろ、とつい言いたくなってくる。

 腰の骨を折って動くたびに顔をしかめながら(痛むのだろう)それでもごそごそしているのを見ていると情けなくなってくる。

 それにあまりにも頻繁に尿意を催す。まず一時間持たない。明日か明後日に病院へ行って泌尿器科で診察してもらおうと思っている。そうでないと安静どころではないからだし、そのたびに身体を起こして支えているこちらの腰のほうが持たない。

 介護というのは考えていた以上に大変なものだ。

また雪

今朝起きたら、千葉はまた雪。ここは雪国か!

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夜明け前に地震。そして明るくなって外を見れば雪景色。弟は休日だというのに会社へ出かけていった。ご苦労様なことだ。こちらは老母の脇でぬくぬくと読書三昧。申し訳ないことである。

2014年2月10日 (月)

諏訪大社・下社

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諏訪大社の下社は高台にあり、そこへ上がる坂道は道が狭い。写真は神楽殿。

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入り口に御神湯がある。熱湯。

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立派な狛犬。こんなに力強いのを見たことがない。

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絵馬と千羽鶴。

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本殿よこてに脇社があった。

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立派なしめ縄。中から祈りの声が聞こえている。

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しばらくしたら神主さんたちがぞろぞろと出てきた。

雪で中央高速は諏訪から東京方面が通行止め。地道を行くのではどのくらいかかるか分からない。長野道、上信越道、関越道は走れるらしい。ということで長野道を逆に北上し、更埴から上信越道を通り関越経由で千葉県の実家へ向かった。今回の旅でこの上信越道を何回走っただろう。

大きく遠回りして無事実家に到着。千葉県は東京以上に雪が積もっていた。

諏訪湖遠望

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朝起きて窓を見たら凍りついていた。一度部屋の暖気で溶かしたあと、しばらくしたらふたたび凍りついていた。今朝の下諏訪は零下5度くらいらしい。

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宿は諏訪大社・下社のすぐ前のホテル。そのホテルの非常階段から諏訪湖を見下ろす。

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湖面は凍っているらしい。しかし御神渡りが見られるような寒さにはなっていないようだ。それでもしばらく眺めていたら身体の芯まで冷えた。

雪と酒

雪と酒のせいで久しぶりにブログを休んでしまった。雪で高速道路は通行止めの場所が多く、地道は渋滞。夜は連日、友人と痛飲していた。

桐生の周恩来御大は大丈夫だったろうか。私につきあったせいでだいぶ酩酊されていた。

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これは一昨日の雪中行軍。赤城の山をぐるりと回り込んで桐生に向かう。凍結はしていないのでスタッドレスは快調。怖いのは縁石で全く埋もれて見えないけれど、乗り上げたりすればあぶないし、車を傷めてしまう。

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高崎や前橋の都市部を回避して峠越えをしたので、渋滞はない。

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昨日は桐生から諏訪へ。これは赤城山。天気はいいが、高速は通行止め。地道で碓氷峠を越えることにする。

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浅間山を遠望する。高崎までは快調に走っていたのだが・・・。

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妙義山。

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安中市の手前から車が動かなくなった。路面が凍結し、圧雪が氷のモーグルになっていてどの車も通過に大変難渋していた。安中市を通過するだけ(わずか10キロほど)で二時間半かかった。こうしてこの妙義山の姿をずっと見続けることになった。

安中市を憎む心は少しもないけれど、凍結防止の塩カルをまいた形跡はないし、道路を何とかしようとしない態度には怒りを覚えた(幹線中の幹線、国道18号線ですぞ)。除雪車の用意はないのだろうな、と思っていたら、一台すれ違った。しかし肝心な所を除雪している形跡が見られない。何をしていたのだろう。特にひどく凍結してでこぼこ道になっていたのが、立派すぎる市役所の前と、警察署の前であった。とにかく一度車が止まると5分も10分も止まったまま。あそこまで凍結してしまうともうどうにもならない。

そのあとどの町を通過しても一切そんな所はなく、普通に走ることができたから、安中市の道路対策の責任者は反省しなさい。

2014年2月 8日 (土)

軟弱

 靴を履く時以外は裸足でいる。真冬でも靴下ははかない。足が蒸れるたちではない。1日靴を履いても靴下は別に臭くならないし、さらっとしているほうだ。

 会社勤めをしていた時は、事務所で書類仕事をしている時はほとんど裸足になってしまう。頭を使う時は足がラジエターで、足から放熱するのだと人には言ってきた。

 若い時は寝る時には布団から足が出ていないと眠れない。比較的体温が高いし、手足が冷えるなどと感じたことがなかった。

 気がついたら、朝顔を冷たい水で洗うのがつらくなっている。

 冬に布団から足を出して寝ることがなくなった。それどころが足が冷えている、などと感じるようになった。

 歳とともに血の巡りが悪くなり、軟弱になった。哀しいことである。

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 木立に粉雪が静かに降っている。昨日までと打って変わって夜が明けても薄暗い。今日はこれからだんだん雪が強くなるらしい。

 赤城越えで桐生に行く道があるが、雪で通るのは無理だろう。

 遠回りして安全な道を行ってもそう遠くない。雪を見ながらの風呂を最後に楽しんでからゆっくり行くことにする。

 桐生も雪だろう。しかも夜になるほど降るという。桐生の周恩来(自称)御大と今晩会食する予定だが、あいにくの天気となってしまった。出てこられるだろうか心配だ。

 テレビはソチオリンピックと雪の話に終始している。ほかに何も大きなニュースがないのであれば、それはそれで結構なことだ。

昔の老神温泉の写真があった。画面が反射して見にくく、申し訳ない。

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2014年2月 7日 (金)

老神温泉

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いま北関東の老神温泉、山楽荘という所に泊まっている。写真はその入り口。こちら側は別館で奥の川側に新館(本館)の入り口がある。

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宿から少し先の坂道の登り口に赤城神社がある。老神は赤城山の北側、桐生や大間々から見れば山の裏側に当たる。

だから寒い。たぶん昼間でも零度以下だ。

 

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利根川の支流に当たる片品川の両側にたくさんの温泉宿やホテルが点在する。古い温泉街だが、ほかの温泉街と同様、団体を当て込んだ大型ホテルほど寂れており、つぶれて閉鎖されているものもいくつか見受けられる。

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窓口には七時から、となっているがはたしてやっているのやら。どちらにしても昼間のストリップ小屋はわびしい。

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この老神温泉の朝市はよく知られている。しかし朝7:30まででは寒くて出かける気にならない。

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ここは以前老母と泊まった見晴荘という小さな宿。風呂がいくつもあり、原則貸し切りで入る。風呂の入り口に札を下げると他の人は入らない。宿の人はとても親切で感じがいい。私が一人で泊まるにはちょっと贅沢(といっても高いわけではない)。いまの宿からすぐ近くだ。ちょっと歩いただけで身体が冷え切った。

藤沢周平「隠し剣孤影抄」(文春文庫)

 巻末解説の武蔵野次郎氏は、戦後の剣豪小説の走りである五味康祐の「喪神」などを引き合いに出して、この「隠し剣孤影抄」を剣豪小説として論じているが、読んだ感想からだいぶ違和感があると言わざるを得ない。

 この本には8つの短編が収められており、それぞれの主人公は確かに剣は人並み優れているという設定になっている。それぞれが必勝、または必ず相手を斃すための秘術を会得している。しかし私が抱く剣豪というイメージを必ずしも具えていないものがほとんどだ。

 この中の「必死剣鳥刺し」や「隠し剣鬼の爪」はその題名と同名の映画になっていることを承知している。たぶんほかの作品も別の形で取り込まれて映画になっているものがあるはずだ。

 物事には常識としての法則がある。剣の道もそれに則っている。しかし勝負という場のみに徹して、その法則をくぐり抜ける方法を工夫し、編み出したものが隠し剣というものなのだろう。しかしそれは作家の空想のものでもあるのはもちろんで、それをいかにリアリティを感じさせながら楽しませるか、それが作家の力量であろう。

 柴田錬三郎の「眠狂四郎」シリーズ、円月殺法などまさにそのようなものだ。だから実際に映像化すると何となく見ている方が恥ずかしいようなものになってしまう。

 葉室麟の小説を読んだらたぶん藤沢周平が読みたくなるような気がして、旅のお供に何冊か持参してきた。その一冊がこれで、この本とペアで、「隠し剣秋風抄」というのも持参している。

 藤沢周平の小説の登場人物は、私が読んでいる最中は現実に生きてそこにいる。悲しみ、喜び、怒り、絶望している彼らは、時に私の抱える現実よりリアルだ。

羮に懲りて膾を吹く

 オバマ大統領は安倍首相が嫌いだともっぱらの噂だ。4月の極東訪問で日本と韓国を訪問する際も、日本側からの国賓待遇をアメリカ側がわざわざ断ったらしい、との話も聞かれる。日本滞在は1泊だけで、韓国には2泊し、国賓待遇を受ける公算が大きいと報じられている。

 人には相性というものがあるから、好き嫌いは致し方ない所だが、現在の東アジア情勢から考えて、アメリカが日本との関係を重視する態度を取ることが、日本以上にアメリカにとって重要だと思うが、オバマ大統領はそう感じていないように見える。

 私が勘ぐるに、オバマ大統領は鳩山首相とのあのふざけた「トラストミー」会談が腹に据えかねたのではないだろうか。

 羮に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)とは熱い羹に懲りて冷たいものまで吹いて冷まして食べようとする様を言うが、まさにその言葉のように、あの会談によほど懲りてしまったのだろう。

 もしそうなら鳩山という人はアジアの安全のために多大な逆貢献をした、と名を記されることになるだろう。「いのち」と「こころ」と「愛」をあれだけ連呼した人物には、そもそも心も知性もなかったことが、いま多くの日本人に慚愧の念とともに感じられていることだろう。そうして中国ではこの鳩山という人は歓呼で迎えられている。

 やがて弊履のごとく捨てられるのが分からないのか。

 オバマはシリアに続いて東アジアでも大きな外交的失敗をする結果となるのではないだろうか。

国道一号線

 この小旅行に出かける前にNHKBSで水川あさみのベトナム国道一号線の旅という番組を見た。それを思い出していた。ハノイからホーチミンまでの1800キロのバスの旅だ。長距離バスで一気に行くと40時間だと言うが、それを路線バスを乗り継ぎながらあちこち寄り道しながら何日もかけて行く、というものだ。

 昨年一月に放映されたものの再放送だが、前後編各一時間。ベトナムには二度、それも北ベトナムは昨年11月に行ったばかりだからとてもなつかしく感じた。

 旅の番組で、自分が現にそこに立ったことのある場所が出てくると、誰かに「ここに行ったことがある」と大声で言いたくなるのは私だけではないだろう。

 沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」という本があり、まさにこのベトナムの国道一号線を当時サイゴンと言っていたホーチミン市からハノイまで、路線バスで途中下車しながら旅をするものだ。あの「深夜特急」シリーズに続く旅のドキュメントで、テレビでもそれをなぞる旅を「深夜特急」と同じく大沢たかおが演じていた。

 この番組が沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」を意識していないはずはないと思うのだが、番組中にそれに一切言及していないのはちょっと残念だった。

 彼女は気軽に誰にでも声をかける。ベトナムの人のそれに対する応対を見れば、彼らがどれほど純朴で気さくで優しいかが分かる。しかし通訳を連れ、カメラを構えて迫られてなかなか素が出せるものかどうか(やらせというほどの大げさなものではないけれど)。そんなことを見ている側にちょっと意識させてしまうのはまだ水川あさみのこういう番組に不慣れな所か。大沢たかおはそんなことを決して感じさせない。

 彼女が初日にベトナムの道路を横断できずに逡巡して、ついには現地の女性に手を引かれて渡っていたのが、最後のホーチミンではひとりで楽々と道路を横断して胸を張っていたのがとてもほほえましい。実際に東南アジアや中国の道路は、(シンガポール以外は)横断するのがとても勇気が必要だ。歩行者がいても車は徐行などしないし、信号など信用できないし、信号のない道路も多い。それが半日いると現地式に渡れるようになるのが我ながら不思議なのだ。

2014年2月 6日 (木)

曽野綾子「幸せは弱さにある」(イースト新書)

 聖書の言葉を分かりやすく著者なりの解釈で説明したものだ。

 キリスト教について全く知らないわけではないけれど、何となく本気で信仰できる対象と考えることができない。

 神社やお寺などに行けば、それなりに敬虔な気持ちになるけれど、教会についてはそんな気持ちになることがない。

 この本で語られている神は、いわゆる現世利益とは無関係な神だ。そのことの意味を曽野綾子はよくよく理解した上で聖書の言葉を説明している。

 人はとかく現世での救いや利益を求めるものだ。しかし聖書ではしばしば神は利益どころか災厄をもたらす。神はなぜ人を試すのだろうか。

 たぶん神は人を試してなどいないのだろう。試されていると思うのは人間のほうだけである。神が試している、と思い込んでいるのだ。では神は存在するのだろうか。ただ人間を見つめるだけの神は、存在する、といえるのだろうか。

 そんなことを人間が疑いだしたからニーチェは「神は死んだ」と言ったのだろうか。

 何も持たず、頼るものが何もない弱いものは、神に救いを求めるしかすべがない。だから最も信仰の篤いもの、純粋な信仰の持ち主である。そのような人に神は存在する。「幸せは弱さにある」ということの意味だ。

 いま多くの人々がソドムとゴモラの町のような繁栄と退廃の中にある。神はそれをただ見ているのだろうか。

 この本とは関係ない方へ思念が飛んでいく。

 

 

 神とは畢竟この世のきっかけを生み出すだけの何ものかであるに過ぎないのではないか。この宇宙全体が始まった時にその宇宙のすべての理を与える存在が神なのではないか。ブラフマンとはそのようなもので、始まってしまった宇宙は改変不能で、神に与えられたブラフマンに従って究極の結末に突き進むのみ。

 

 改変できないからその宇宙の転変を神はただ見つめるのみ。改変はただ破壊のみにある。破壊することで新たな宇宙が開始される。こうなるともう宗教とは言えない。

 

 こんなイメージのSFがそういえばあったな。

 

 どうもこの本を読む資格が私にはないようだ。

黒田勝弘・武貞秀士「金正恩の北朝鮮独裁の真相」(角川oneテーマ21)

 朝鮮半島についての知識が深い二人が北朝鮮について対談したものを本にまとめている。

 韓国に対して、また北朝鮮に対しての態度、そして立場の違う二人だが、それだから対談に厚みが出ていると言えるかもしれない。

 北朝鮮については情報が少ないから、目をつぶって探りながらものを言うしかない所があるのは情報通の二人にとっても同様だ。この対談は張成沢が粛正される前に行われている。ただ、その立場が危ういことはさすがに二人とも認識していたようだ。

 金正恩という人が非情な人であることは張成沢の粛正で知られたけれど、いまだに金正恩に何かを期待するような物言いをするコメンテーターなどをたまに見る。自分のすぐそばにいて自分と親しく話をしていた人間を残虐に死刑にするなどという人間は、本質的に非常な人間だとなぜ断じないのだろう。

 スキー場を作ろうが遊園地を作ろうが、金正恩という男はまともな人間ではない。

 その金正恩を頭に戴く北朝鮮が何を目指しているのか。なぜアメリカと二国間の交渉をあれほど強く望むのか。それについての二人の見解は一致している。核保有についても目的は同じだ。それについて韓国の政府筋の一部はそれを分かっているが、朴槿恵にその認識はあるのだろうか。朴槿恵の側近たちはそれを朴槿恵に分からせないようにしているのではないか(朴槿恵の側近はやや異常だと思う。北朝鮮シンパではないか)。

 北朝鮮も韓国も朝鮮半島の統一を望んでいる。ただし同じ望みだが求める結果はまるで違う。北朝鮮は、北朝鮮が主導して統一することを望み、韓国は、北朝鮮のいまの体制が自己崩壊することで韓国の現体制の元で統一することを夢見ている。

 このためのシナリオとして北朝鮮は様々な行動を行っているのだ、という座標軸を定めて見ると、その一見不可解な数々の行動に一定の筋が見えてくる。

 この辺の詳細はこの本を読むことでイメージがつかめてくる。

 そこから、北朝鮮が日本に対して今後どのようなアプローチを画策するか、日本はそれに対してどう反応すべきか、考える必要があるのだろう。

葉室麟「山桜記」(文藝春秋)

 七つの短編が収められている。豊臣時代末期から江戸初期にかけて、九州を舞台にして起こった歴史的な事ごとにまつわる秘話を、女性を視点として描いている。

 葉室麟が九州在住だから選ばれる題材も九州のものが多い。竜造寺家、鍋島家、細川家、加藤家、立花家、黒田家などの係累であった女性が、生涯を通じて識った人の心というものがこちらの胸に強く響く。

 どうしてこのように淡々と綴られた物語なのにこんなに胸に迫ってくるのだろう。人生というものの真実は時代を超えて変わらぬものなのかもしれない。

 柳川藩立花家に仙台の伊達家から嫁いだ鍋姫の目を通して伊達騒動における原田甲斐の真実を描いた「牡丹咲くころ」は、あの山本周五郎の「樅ノ木は残った」で描かれた原田甲斐を思い出させる。

 歌舞伎の「先代萩」とは違う世界がそこにある。これこそ葉室麟の世界だ。

 誰かが教えてくれた「ハムリンワールド」というやつにすっかりはまって、新刊が出ると即購入して即読了してしまう。

 しばらく時をおいて、特に気に入ったものを再読するのも楽しみだ。

赤き死の仮面

 宿は朝食も夕食もバイキング式で、夕食は酒とビールも自由に飲める。飲めるけれども相手もなしにそんなには飲めない。幸い、というべきか食事もそれほどおいしいものではないので食べ過ぎないですむ。

 夕方、新酒の試飲会で一緒だった友人から電話があった。すぐ出られなかったのでこちらからかけ直したら、声を潜めるように話している。「都合が悪いようならまたかけ直すぞ」と言ったら問題ないという。声が変だ。「どうした」と聞くとインフルエンザにかかって月曜からダウンしているのだという。ようやく熱が下がってきたので電話したらしい。

 試飲会でうつされたのだろうか。そうではなくて、職場でうつされたのだろうという。いま大阪ではインフルエンザが猛威を振るっているのだそうだ。

 潜伏期間を考えても、私は彼からうつされている恐れはなさそうだ。今のところ体調はいいし。

 私は、風邪はたまに引くけれど、インフルエンザであるという診断を医師に下された経験がない。風邪だと思ったらおとなしく家で寝ているので、医者などには行かない。だから、もしインフルエンザでも検査していないから分からない。

 彼が保菌者として(インフルエンザだから保菌ではなくて保ウイルスだけど)あの寒い新酒試飲会場で多くの人と接触していたとすると、大阪から「赤き死の仮面」としてやってきたウイルスの使者だったかもしれない。

 ポーの「赤き死の仮面」と言えばペストのことで、あまりにオーバーだけど。

 まあみんなあの日はアルコール消毒をしながらの歓談だったから使者もつけいる隙はなかったことだろう。

 昨晩は長時間ドライブ(7時間あまり)の疲れからか、爆睡した。

2014年2月 5日 (水)

温泉へ

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名古屋を朝発って、恵那まで中央高速を走り、そのあとは19号線を走る。19号線は工事だらけ、やたらに片側一車線になる。北の方の山は雪をかぶって白い。

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岡谷から新和田トンネルを抜けて佐久へ向かう。これはいわゆる中山道だ。さらに佐久から上信越道に乗り、松井田妙義のインターを降り、18号を走る。これはエコルートとしてカーナビが選んだものだ。

 

写真は妙義山の遠景。

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これはアップ。妙義山はたぶん高粘度の溶岩が噴き出してすぐに固まったものなのだろう。これはパーキングから撮ったものだが、上信越道を走ると異様な形の岩山が次々に現れる。しかし車を止める所がないので見るだけ。

カーナビが選んだルートは碓氷峠を走らないようにしているようだ。それだけで運転はかなり楽になる。あのカーブの連続はきつい。

 

ふたたび18号線(中山道)を走って安中から高崎さらに前橋へ。そこから今度は関越道を北上する。今晩の宿は沼田で降りて日光方面にある温泉。もちろん金精峠は冬期は通行止め。群馬県側の宿で、来るのはもう四回目だ。

 

沼田から120号線を東へ。消防車や救急車、パトカーがけたたましく追い越していく。大きな火事でもあったのか、と思ったら・・・

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トンネル内で事故があったらしい。片付けが終わるのが思ったより早く、30分も待たずに交互通行でここを抜けることができた。どんな事故だったのか、いろいろなものが散らばっているだけで、事故車両が見当たらないので分からずじまい。気をつけなければ。

 

というわけでほぼ予定通りに宿に到着した。

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部屋の窓の外の枝にはつららが・・・。車の外気温は-5℃であった。

 

さあ風呂に入ろう!そしてビールを飲もう!

手嶋龍一・佐藤優「知の武装」(新潮新書)

 副題「救国のインテリジェンス」

 インテリジェンスとは、普通は知性とか知能をいうが、この場合は、各国の政府や軍の情報、またはそれを扱う情報機関のことをいう。だからインテリジェントといえば、その情報能力を有していることをいうことになる。

 世界の表層で起きていることの裏で何が起きているのか。そして何が行われてきたのか。日本で数少ないインテリジェントのふたりが、その一端を対談によって明らかにしている。これは同様の形式の「動乱のインテリジェンス」(新潮新書・読んでいないので購入した。旅の最中に読もうかと思っている)に続くものである。

 尖閣防衛と東京オリンピック、プーチンの誤解、スノーデン事件の本質、ネオコンに潜む二重忠誠、バチカンと諜報の深奥など、語られている内容のごく一部を見てもすぐ読みたくなるではないか。

 このような見方ばかりしていては、ものの見方に多少のゆがみを来さないとも限らないが、多少知ることでいろいろな事象が立体的に見えるようになるかも知れない。少なくとも座談の話題を取る材料にはなる。

 ここで語られているよりも、語られていないことにこそさらなる真相があるのかも知れないけれど、我々は知ることが出来ない。

 本日、小旅行に出かける。ちょっと温泉に寄り、群馬と長野を回る。出かけるのは本当に楽しい。

2014年2月 4日 (火)

ものの見方

 米国アカデミーによれば、中国で発生した大気汚染物質が、太平洋を越えてアメリカ西海岸に到達しているという。カリフォルニアなどで観測される汚染物質の4割が中国由来と見られるそうだ。

 それはそうなのだろうと思う。

 このアカデミーの一員であるカリフォルニア大学のデービス副教授という人が、「アメリカは製造業とともに環境汚染を他国に移転させたのに、その悪影響が自国にふりかかっている」とコメントした。

 びっくりしたのは、中国のメディアがそれを取り上げて「中国の環境汚染の一部は欧米の消費者にも責任がある」と論じていることだ。

 確かに欧米や日本で中国製の製品を買わなければ、中国では大気汚染の発生するような製造会社は成り立たないから、その分は汚染が減るのは間違いない。

 記事は「日本や韓国、米国は自国の汚染工業を中国に移転し、環境保護を無視して生産を行った結果、わが国の生態環境は破壊された」と続けている。

 うーむ、まさかとは思うけれど、中国に移転した海外のメーカーは中国の為に全て引き上げた方が良いのだろうか。

 しかし他国に責任がある、と言うこの発想では環境汚染を改善することは出来ないだろう。こんなことを言う前に、きちんと公害対策をすれば、時間はかかるけれど、汚染は減らせるのだけれど。

 そうか、中国が責任、と言う時は金が絡んでいることが普通だから、環境汚染の責任をとって進出企業は汚染対策の金を出せ、と言うことか。

 そうして大気汚染などで中国国民が受けた健康被害についても責任をとれ、と言うことだろう。でも万一金が払われても、その金は決して被害を受けた人の元へは届かない。

旅心

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 昨年1月にNHKBSで放映された中国の秦についての歴史ドキュメントが再放送された。西安を中井貴一が探訪し、それに並行して中原と秦の勃興の歴史的経緯などが丁寧に映像化されていて、とても興味深いものだった。

 生まれて初めて経験した海外旅行がこの西安へのひとり旅だった。その後三度ほど訪ねている。兵馬俑博物館、西安の城壁、大雁塔、鐘楼のそばのエキゾチックなイスラム街区など、とても懐かく感じた。

 中国に行きたいという強い想いが、あの反日暴動以来しぼんでいた。その理由は中国の状況によるものと思い込んでいたが、ちょっと違うらしいことに気がついた。

 母が腰の骨を圧迫骨折して、介護に時間と手間をさかなければならないことになった。つまり全てが自由時間である立場が、一部自由ではない立場に変わったのだ。とたんに旅心が強くうずき出した。

 時間がないほど本が読みたくなる。休みが取れないから時間のかかる遠くへの旅にあこがれる。

 「堰かれてつのる恋心」ではないが、何かへの思いというのはそれに障害がある方がつのるようである。いささかしぼんでいた中国への思いがちょっと復活したことを喜んでいる。

 明日から数日小旅行に出かけ、そのあとしばらく母の介護の手伝いをする。それが一段落したら、いろいろ計画だけでも立てて楽しんでみようと思う。今年から場合によって付き合ってくれそうな友達が、定年で時間がとれそうなのもありがたい。何となくわくわくしてきた。

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どうでも良いことですが

 ネットのニュースを眺めていると考えさせられるものもあるけれど、多くは私にとってどうでも良い、としか感じられない。とはいいながら、何となく何かが頭の中を駆け巡る。

 中国の旧暦の大晦日に年越し番組(日本の紅白みたいなものらしいが歌だけではなくいろいろ演芸もあると聞いたことがある)が放映され、男性人気歌手の歌った新曲が韓国の「江南スタイル」のパクリではないか、と問題になっているそうだ。

 ブランドがブランドとして世に認められる最も確かな証拠は物まね品、つまりパクリが出ることであるといわれる。つまり「江南スタイル」はブランドになったのだ。これを韓国は大いに喜ぶことだろう。どうでも良いけど。

 安倍首相が昨年12月26日に靖国参拝したことが問題にされているが、中国の一部メディアには、その日が毛沢東の誕生日であったことに安倍首相の悪意がある、と言う論調が見られる。

 本当にそれが意図的だったかどうかは知らないけれど、毛沢東の誕生日など中国人以外でどれほどの人が知っているのだろう。問題にしているメディアは、日本人は毛沢東の誕生日を識っているものと決めつけているようだ。これこそ中華思想といわずになんといおう。日本は中国ではないぞ。

東洋文庫を眺める

 平凡社が昭和38年から出版を続けている東洋文庫というシリーズがあり、昨年50周年を迎えた。文庫と称しているが、小さな判型とは言え、箱入り、ハードカバーである。

 第一巻はA.ヘルマンの「楼蘭」。「砂に埋もれた王都」と副題されている。これが第一巻。そして50周年記念で新たに「世説新語 1」が井波律子の訳で刊行された。これは全五巻の予定。井波律子は「中国人の機知」(講談社学術文庫)で「世説新語」とその時代を詳細に論じている。

 東洋文庫には高校の図書館で出会った。その時には「今昔物語」が全巻揃っていることに感激して、借り出してよく分かりもせずに拾い読みした。芥川龍之介の小説を読んで、種本の今昔物語に興味があったのだ。

 東洋と銘打っているように日本、中国、朝鮮、さらにアジア全般に関連するものを中心にして集められている。初期の頃のものにはいささか不満がある、と谷沢栄一などは批判していたが、部数にこだわらずこのような企画を継続してくれている平凡社には敬意を表する。

 「世説新語 1」が843とナンバリングされている。

 私の本棚には中国関連のものをメインにして五十冊ほど並んでいる。そのうちちゃんと読了したものは十冊ほどだ。死ぬまでに読み切れるだろうか、多分無理だろう。でも時々引っ張り出してひとりで悦に入っている。 

 ただ並べて格好をつけているだけ、といわば言え。そのとおりだ。でもこの本たちを所有できていることの幸せを知るまい。

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 左が第一巻の「楼蘭」。初版は昭和38年だが、これは昭和43年の第7版。値段は奥付に350円!とある。これは東京駅近くの八重洲ブックセンター、その古本部(地下街にある)にて1500円で購入した。なぜ値段が分かるかというとその価格のシールが貼られているからだ。それに対して「世説新語 1」は2900円!である。

2014年2月 3日 (月)

e-tax

 確定申告をしようと思ってe-taxに入力し、送信しようとしたらカードリーダーが不具合でうまく流れない。メーカーのソフトをもう一度ダウンロードし直し、何とか修復させることが出来た。

 そうしたら今度は住基カードの期限が切れているから受け付けないという。3年有効なはずなのに・・・と思って調べたらちょうど期限が切れたところであった。一月に入ってすぐなら使えたのに。

 仕方がないので市役所へ更新の手続きに出かけることになった。

 カードを更新し、再度一からやり直したら今度は問題なく完了。

 どうせ収入はささやかな年金しかないのだから申告書の作成などまことに簡単。ただしパスワードやら何やら何回も打ち込まなければならないのが面倒だ。

 電子納税は書類の添付がいらないからそれだけはまことに助かる。 

 若干の還付がある。臨時収入だ。元々の納税額が知れているからそれ以上の還付はないのは当然なのだが・・・。小旅行の足しくらいにはなるか。

宛先不明

 昨日は娘のドン姫が「友人にもらった」、と言って鳥羽の牡蠣と伊勢エビを持ってきた。それを肴に、昨年暮れに友人からもらったフランスのワインを開けた。

 牡蠣は殻のままレンジでチンする。時間によってレアからウエルダンまでお好みに仕上がり、しかも殻が簡単に開く。

 そのままでもおいしいし、レモンを垂らしても良い。私は鍋に使う「スダチ醤油」を三滴ほど垂らしてみたら抜群にうまかった。

 土曜日の新酒試飲会に続いての連チャンだが、うまいものはうまい。もちろんワインのボトルはたちまち空となった。

 ところでその新酒試飲会で我々の席に楽しい女性が加わっていた。友達の友達のまた友達みたいな関係でどこの誰だか分からない。しかし写真を何枚か撮ったので、差し上げる為にメールアドレスを書いてもらった。昨日さっそくそこへメールを送ったところ、宛先不明で届かない。

 どの友達に問い合わせたら良いのか分からない。一年に一度その日しか会わないひとも多いのだ。互いに名刺交換しているわけではないから名前を知らないままのひとも多い。

 @not.com なんてちょっと変だ。このnがほかの文字と比べて大きいので、違う字なのかも知れない。まさかキリル文字ではないだろうし。嘘のアドレスを書いてくれたとも思えないし・・・。うーんどうしよう。

2014年2月 2日 (日)

映画「メダリオン」2003年香港・アメリカ合作

 監督ゴードン・チャン、出演ジャッキー・チェン、クレア・フォーラニ、リー・エヴァンス。

 今日は日曜日だが、昨日の飲み過ぎのせいで、頭の方も日曜日になっている。

 ジャッキー・チェンはあまり好きではない。コメディも特に外国のものは波長が合わないので好きではない。でも頭が日曜日の時は、こんな映画の方があまり集中力がいらないから気楽でいい。

 とはいえやはり今ひとつであった。やはりカンフー映画はブルース・リーのように一撃で相手を倒すようなのが好きだ。テニスや卓球のラリーみたいな格闘など、欠伸が出る。

 最近の中国映画での格闘は、ドニー・イェンとかアンディ・ラウのように切れのいい、いかにも打撃を感じさせるものが普通で、ジャッキー・チェンの格闘は古い香港映画のスタイルだ。これが良いという人もいるのだろうけど。

 物語はエディ・マーフィ主演の「ゴールデン・チャイルド」を思わせるような不思議な子供をめぐる善と悪との闘いである。

 ヒロインのクレア・フォーラニはちょっとアンジェリーナ・ジョリーを思わせる美人だ。

 ジャッキー・チェンと組むインターポールの捜査官を演じたリー・エヴァンスは喜劇役者なのだろうか。オーバーアクションで笑いをとろうとしているのだが、ちっとも笑えない。私が悪いのだろう。

 時間つぶしとしての値打ちはあるけれど、記憶に残る映画ではない。

新酒試飲会報告

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新酒試飲会はますます盛況であった。試飲会は比較的に節度を持って(ハタから見たら、とてもそう見えないだろうけれど)楽しく過ごすことが出来たが、勢いで名古屋に戻ってさらに二軒ほどハシゴしてしまい、最後はいつものように酩酊の極みとなった。今朝はいささか二日酔い気味。

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若い杜氏さん。三年ほど前から若返った。微妙に以前とは味が変わった気がするが、気のせいかも知れない。ここで絞りたての酒を汲んでもらう。

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このようにパレットとプラスチックのケースで席を作り、持ち寄ったつまみで酒を味わう。本当に人が多い。

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真ん中の法被を着ているのがこの酒蔵の社長。

また来年もよろしくお願いします。

2014年2月 1日 (土)

新酒試飲会

 本日は新酒試飲会。つまり酒蔵の蔵開きに行く。絞りたての新酒は、まだ炭酸が残り、かすかにぴりりとしてしかもとても甘く感じる。アルコール度数が20度から21度と高いので、飲み口の良さに油断すると、あとで一気に酩酊して前後不覚になる。

 すでに30年近く毎年楽しみに参加しているが、醜態を演じたことが何回かある。この頃はぎりぎりアウトになる手前の、酔いの極致にたゆたうことが出来るようになった。でもそんな自信が過信になったとたんまた失敗するので、注意しなければならない。

 以前は酒造組合の指定の蔵に行くシステムだったが、いまは酒造組合が有名無実になったようで、この10年以上は山廃仕込みの小さな酒蔵に行っている。

 名古屋駅に友人たちと集合し、つまみにするものをデパ地下で購入して名鉄に乗っていく。今年はいつもの顔ぶれのうち、ふたりが都合で参加できない。それに今年をもって名古屋を引き払う為、これが最後という友人がいる。まことに残念なことである。

 頼めばその絞りたての酒を密栓して配送してくれる。親しい友人やうまい日本酒に目のない愚息に送る。本日もそのリストを忘れないようにしなければ。

 いつもは必要最低限の荷物しか持たないようにしている。失うおそれが大きいからだ。しかし今年初めてカメラを持って行こうかどうしようか、いま迷っている。もし持って行って首尾良く写真が撮れたら報告するつもりだ。

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