« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014年4月

2014年4月30日 (水)

大久保泰邦「エネルギーとコストのからくり」(平凡社新書)

 「からくり」などと云う言葉は何となく品がないような気がするが、この本に人を惹きつけるのに役立つと云うことだろうか。

 エネルギーには収支があり、かけたエネルギーと得られるエネルギーによってコストが決まる、という当たり前のことを丁寧に説明してくれている。石油がすでにピークを過ぎた燃料であるのかどうか、この本を読んで各自があらためて考える必要がある。著者は世界全体の石油のピークは2020年にやってくるという。それ以後は次第に採取出来る石油の量が減り始め、石油の価格が上がっていくと見ている。

 すでに石油価格は1バーレルあたり100ドル前後で高止まりしていて世界の景気にかかわらず下がる気配がない。これは中国やインドが高エネルギー消費国に変わったことでさらに加速している。

 アメリカのシェールガスやシェールオイルがそのエネルギーの補填につながる、という意見もあるが、著者は悲観的だ。そもそもシェールガスがそれほど有望ならもっとも埋蔵量の多い中国での掘削を始めるはずだ、と疑問を投げかける。これは技術的な問題、というよりも(それももちろんあるけれど)コストの問題が大きいのだという。

 同様に日本のメタンハイドレードについてもこれが採算に合うかどうか、悲観的だ。

 さらに自然エネルギーなどについても個別に検証してその可能性を説明して、全てについてあまり楽観出来るものがないことを明らかにしている。

 では原発はどうか。この点について著者は原発のコストについても述べる。そこから得られる結論については私は著者と意見を異にする。だが現在及び近未来のエネルギーがかなり深刻な事態であることは想像以上であると云うことが良く分かった。

2014年4月29日 (火)

謝罪

 韓国のセウォル号の沈没事故の責任を取る形で首相が辞任を表明した。さらに朴槿恵大統領の責任を追及する声が高まっていた。大統領府のホームページに寄せられたアクセスは一日41万件に達し、ほとんどが朴槿恵大統領を非難するものだったという。

 船長以下の乗組員の無責任さは想像を絶するひどさで、今後刑事事件として扱われることだろうが、海上警察をはじめとする公的な組織の対応があまりにも杜撰で不適切だったことも明らかになっている。

 首相や大統領はそういう意味では全ての責任を負う立場であるから、非難の矢面に立つのは致し方ない。

 朴槿恵大統領は、ついに今日正式に国民に謝罪した。

 過去韓国の大統領は任期を全うしたあと、余生を安泰に過ごした人がほとんどいない。いつも何かの責任を追及される。首相という立場はそれより過酷で、任期中に辞任するかさせられるのがほとんどで、平均2年しか持たないという。

 責任を自覚し、謝罪をするのは立場上やむを得ないけれど、マスコミは国民の怒りを常に首相や大統領に向けさせ、自分たちは正義の味方を気取っている。

 そうして韓国社会は本質的な問題がうやむやになると云うことを繰り返してきたのではないか。沢山のひとが死ぬ大惨事がいくつかあったが、それで安全対策がどれほど徹底するようになったのだろう。たしかフェリーの沈没による大事故も経験していたはずだが今回のようなていたらくだ。

 日本でも確かに多数の死者を出す海難事故を経験しているが、そのために救助訓練、避難訓練、救助体制へためのシステムがきちんと構築されていると関係者は胸を張っていたようである。

 あってはならないことだが、万一発生したら、言葉通り世界に全員救助して見せてくれるだろう(日本でも少し前に大型フェリーが転覆したが全員助かったはずだ)。

 本当の責任者に対する処罰と本当の安全対策が出来るように、マスコミもピントを外さない追求をしないと、事故のたびに大統領を謝らせて終わりになりかねない。

 今回の原発事故ではそもそも津波対策をすべきだ、という勧告を無視したのは誰だったのか、ついに明かされなかった。適切な津波対策がされていれば、電源喪失も起きず、メルトダウンのような事態を招かず、日本の信用を落とさなかった可能性が大きい。

 物事は悪意のあるなしではなく、役割の上で結果責任を取らなければならないこともあるのだ。

総会

 祭日で、しかも雨だというのに、今日午前中はマンションの自治会の総会。サボりたい気持ちだけれど、それよりもやらなければならない差し迫った用事があるわけではない。昨年度一年、自治会の端役をした締めくくりとして、(多分)二時間程度の忍耐をすることにしよう。

 何しろ何の役も引き受けないくせにクレームばかりつけ、ひとの時間を無駄にするおかしなひとが必ず一人や二人いる。みんな心の中では「そんなら自分でやって見ろ」と思っているのだが、そんな人が万一役員になったらどんな暴走をするか分からないから、黙っている。

2014年4月28日 (月)

有名になるのも善し悪し

 いままで飲んだ日本酒で旨かったものは数々あるけれど、山口県の「獺祭(獺祭)」はその中のピカイチだ。広島に住んでいる息子が「絶対お勧め」、といって持って来てくれてたのが初めての出会いだ。そのあと何回か飲んだし、あちらに旅行に行ったときには土産に買って帰ったりした。

 安倍首相がオバマ大統領に手土産を渡さず、手ぶらで帰した(TPPでアメリカの言いなりにならなかった)と言われているけれど、実はこの「獺祭」をお土産に渡しているのだ。プーチン大統領にもこの「獺祭」を土産に渡したという。

 最初に云った通り、「獺祭」は山口県の酒だ。そして安倍首相の地盤は山口県である。だからこれを自慢にしているのは頷けるし、確かに旨いのだ。

 「獺祭」については確かNHKだったと思うけれどもドキュメントか何かで取り上げていた。老舗とは言えない酒蔵が、独自に作り上げたこの酒の歴史を紹介していた。

 ところが息子によるといまは簡単に手に入らなくなってしまったのだという。広島の、銘酒を置いている酒屋に頼んでも、いまは2ヶ月待ちが当たり前になったのだそうだ。

 有名になってうれしいけれど、手に入らないのはまことに残念である。

まぶしい!

 いま明るいところを見るとまぶしい。暗いところに入ると物の色がピンクがかったり緑がかって見える。

 本日は二ヶ月ぶりの定期診断日。実は体重が3キロもリバウンドした(これはすでにウエイトコントロールで元に戻した)り、昨日は明け方まで子供たちと酒盛りをしたりしたので、血液検査の結果は悲観的だったが、さほど悪化しておらず、正常の範囲内。良かった。

 先日来の右目の異常は相変わらずなので、医師に相談。すぐに眼科の診断を受けることになった。飛び石の休みの間なので受診者が多い。一時間待たされてようやくいろいろな検査を受けることになった。その際に瞳の神経を鈍感にする点眼を受けたのだ。

 4~5時間は見えにくいので足もとに注意するようにと云われた通り、まぶしいやら暗いやら色が変に見えたりしているというわけだ。

 医師の診断結果は、網膜剥離などの大きな異常は見られない、と云うもので一安心。輪っかが見えるのは老化にともなう眼の中の濁りによるものと思われるそうで、これはいちど発生すると二度と元には戻らないという。「慣れるしかありませんね」と冷たく云われてしまった。

とにかく糖尿病の影響ではないことを確認してほっとした。医師もこの程度の血糖値であれば、たぶんそのような悪影響は心配しなくて良いとのことであった。

小浜逸郎「人生のちょっとした難問」(洋泉社)

 市井の論客として哲学的な視点からたくさん本を出版している著者が、観念的な観点からではなく、具体的な問題を原点に立ち戻って考えた。その具体的な問題というのは、寄せられた人生相談である。

 普通人生相談というのは相談内容が簡潔に過ぎてその背景が分からない。それなのに相談に答えるというのは、本当は乱暴な話なのだ。しかしそれを言っていては人生相談は成り立たない。

 だから著者は答えに意を尽くす。一つの質問に対して掘り下げ、回答は7~8ページに及ぶ。分からないことは分からないとし、考えられる場合をいくつかに分類し、それに対しての対策を手順まで示す。

 人生相談というのは面白い。面白いと云っては語弊があるけれど、他人事ながら自分の問題として考えて見る、という作業は思考の訓練にもなる。時に思ってもいない回答に出会い、新しい視点が得られてうれしいこともある。

 そもそも人生相談に相談するひと、というのはどう云う人なのだろうか、と考えることもある。それについては著者もあとがきで言及している。そもそも悩みというのは親しいひと、身の回りの人に相談するのが普通だ。それを見ず知らずのひとに打ち明けて相談する、というのはどう云うことか。

 著者も云う通り、多くは相談者自身にすでにぼんやりと方針が出来ていて、その後押しを期待して相談する場合が多いだろう。だから意見が違えばそれに従わない。それを承知した上で、相談者自身が気が付いていない、相談者が相談に至った理由を推察し、人生観まで掘り下げて考察している。またそのような人生観が社会的に刷り込まれたものであることも明らかにする。

 著者の小浜逸郎の本は真摯に考えたあとがうかがえて参考になるので何冊か読んでいる。時に難解だが、それを越えた面白さもあるので、読んだことがない人は、読みやすそうなものを選んでいちど挑戦してみて欲しい。この本などは適当かも知れない。

2014年4月27日 (日)

映画「軍用列車」1976年アメリカ

 監督トム・グライス、原作・脚本アリステア・マクリーン、出演チャールズ・ブロンソン、ベン・ジョンソン、ジル・アイアランド、リチャード・クレンナ他。

 

 原作・脚本が冒険小説の名手アリステア・マクリーンで、主演がチャールズ・ブロンソンとなれば、面白くないはずがない。

 

 砦に伝染病が蔓延したとの知らせで、医薬品の移送と兵士の補充のために軍用列車が向かう。この列車には兵士達とは別に、知事とその婚約者マリカ(マリカは砦の隊長の娘)、牧師や医師が乗り込んでいた。さらに途中で脱獄犯でいかさま師のディーキンが保安官と乗り込む。

 

 列車の走行中に医師が変死体で発見される。さらに機関士助手が列車から転落して死亡する。

 

 乗り合わせた軍人から失踪者が出たり、さらに死者が出たりと、不審な事件が続く。そんな中、ディーキンは秘かに犯人の追及に奔走する。

 

 そんな中、列車は上り勾配を走行の途中で、兵士達の乗っている後部車両が何者かによって切り離され、猛スピードで加速脱線して橋から転落、大破して、乗っていた兵士達は全滅する。

 

 ディーキンはやがて真相を突き止め、唯一信頼の出来るクレアモント少佐(兵士達の隊長で唯一前部車両にいた)とマリカに自分の正体を明かし、協力を依頼する。

 

 迫り来るインディアンたちと悪漢。彼等に砦は占拠されていた。犯人たちの目的は何か、そしてたった三人で敵を倒せるのか・・・。

 

 もちろんディーキンはチャールズ・ブロンソン。この人「雨の訪問者」という映画で初めて見て、大好きになった。マリカはジル・アイアランド、この人はチャールズ・ブロンソンと結婚したけれど、確か離婚したはずだ。あまり美人と思わないし、演技もいまいちだが、ブロンソンとの共演は数多い。

 

 当時の映画としてはまあまあの出来だが、あえて云えばタイトルバックがダサくて気に入らない。ちょっと「ワイルド・バンチ」風だが、お粗末。タイトルバックは大事だ。これで映画の始まるときのわくわく感が決まる。

2014年4月26日 (土)

運の悪いのも実力のうち

 オバマ大統領の韓国訪問を最大限に利用して、政権の安定を図ろうとしていた朴槿恵大統領の思惑は、フェリーの沈没事故という不幸な出来事によって大きく損なわれることになりそうである。

 ところで、オバマ大統領を韓国に迎えたときの記者会見で、朴槿恵大統領は例によって「従軍慰安婦」の問題を強調して発言、それにあわせてオバマ大統領は「慰安婦というのは極めて下劣で、恐るべき人権侵害の行為」であると述べた。

 翻訳の問題かも知れないが、朴槿恵大統領が「従軍慰安婦」と云ったのに対してオバマ大統領は「慰安婦」と云っていたように聞こえた。「従軍」という言葉を避けたように思うが、私の勘違いか。

 しかし国賓を迎えて、その国と韓国にとって第三者である日本を名指しで非難するというのは、朴槿恵大統領は常軌を逸しているように感じてしまう。私が日本人だからであろうか。

 朴槿恵大統領は乗客を放置してまっさきに逃げたフェリーの船長を「殺人者」と激しく非難していた。安倍首相も同列に非難したいところであるようだ。こうして非難をすることで自分の政権の安泰を図らなければならないのだと有識者は云う。おそらくそうなのだろう。

 フェリーの事故については、次々にニュースが流れてくる。

 韓国全体が自粛ムードの中であるのに、公務員が海外旅行を決行した、といって激しく非難されている。こんな時に公費で海外旅行をするなど許せないらしい。それに対して関係部署では経費を自費で払ってもらうことにするのだそうだ。

 私もテレビで見たけれど、沈没船で亡くなった人の遺族が政府職員に殴りかかるなど、暴行する様子が撮されていた。怒りを抑えきれないのであろうが、法治国家では許されることではない。あの泣きわめく韓国式の愁嘆場も、日本人である私には違和感がある。激しく怒ったり、泣いたりして見せないとその感情を表明にしたことにならないのが韓国流のようだ。

 沈没したフェリーの問題が次々に明らかにされている。なんと過去の積載量のデータを確認すると、158回の航海で157回の過積載をしていたことが判明したそうだ。いったいいままでどうしてこのようなことが放置されていたのだろう。

 韓国メディアによると、この問題だらけの運行会社のオーナーは当局が出国禁止命令を発令したにもかかわらず、すでに海外に出国しているそうだ。なぜ逃げおおせたのか。

 沈没船はなぜ急旋回をしたのか。あの女性三等航海士や操舵手の発言から、ある韓国メディアは操舵装置が故障していた疑いがある、と報じている。実際に直前の航海などでも異常が見られ、それを船長が承知していた、という話も出ている。

 過積載を隠すために、船のバランスを取るためのバラスト水を抜いていたことが明らかになっており、重心が高くなって不安定になっていた。その上過積載で、しかもその貨物の固定が不十分だったことも報じられている。

 急旋回するより以前にすでに船体は傾きだしていた、という証言もあり、そのために舵が利きにくくなっていたのではないかという日本の専門家の話があった。すでに過積載によるアンバランスで船体が傾いて航路が外れ始めたため、方向を戻そうと舵を切ったが、それが大きすぎたために荷崩れを起こし、さらに大きく舵が切れてしまったのではないか。そうして舵が水面に近くなってしまえば舵は利かなくなって空回りする。10日も経てば多くの事実がすでに明らかになっている。たぶんこんなところだろうと思う。

 しかし韓国メディアの一部は、事故船が日本の中古船であることに目をつけ、欠陥船であるとか、そもそも不安定な船だとか、舵がおかしかったとか、そういう話に持って行こうとしているようだ。つまり日本が悪いというわけだ。そして日本のメディアが取材することにも何となく白い目を向けだしている。

 まともな日本人は全員心から追悼の気持ちでいるし、傷ましいことだと思っている。そして日本は大丈夫なのか、と自分の問題としても心配している。私から見れば誰かを悪者にしようとすることに汲々としている限り、自分の問題、韓国の本質的な問題としての自覚には至らないだろう。そもそもメディアというのは(日本のメディアも含めて)自省する、という能力を欠くもののようだ。

 蛇足だが、韓国についてのニュースで今一番関心があるのは(日本に対して尖閣諸島は安保の対象であると明言したように)オバマ大統領に対して、独島は韓米安保条約の対象である、と明言して欲しいと韓国が強く要請していることに対し、オバマ大統領が応えるかどうかである。まさか応えることはないと思うが、もし万一のことがあれば、オバマというひと、そしてアメリカが感覚を疑われることになる。

ひとに出来て私に出来ないこと

 ひとに出来て私に出来ないことは、自慢ではないが、山ほどある。そのかわり、ひとに出来なくて私が出来ることは・・・ほとんどない。

 そんなに大袈裟に言うことではないが、その中の一つ、歯ブラシを咥えてうろうろしながら歯を磨くことが私には出来ない。無理にやれば出来ないことはないが、そこら中がよだれ(つばか?)でべちゃべちゃになってしまう。

 歯磨きの時、口中に唾液がどんどん大量にわき出す。口を閉じたままでいると窒息するような気がする。鼻が詰まっているわけではないから鼻で息をすれば良いのだけれど、どう云うわけか普段のように鼻で息が出来ない。これは歯医者でもそうで、口中に何かがあると鼻で息をすることが出来ず、窒息しそうになり、歯医者に良く笑われる。

 とにかく唾液が大量に出るので洗面台の前でなければあたりを汚してしまう。人はみな歯ブラシを咥えて歩き回り、あまつさえ話すらする。どうしてあんなことができるのか不可解である。人から見れば不可解なのは私らしく、母などはその話をすると大笑いをした。

 まあ唾液が多く出るのは身体に良いことだから、歯ブラシを咥えて歩くことくらいはあきらめているものの、多少うらやましくないこともない。

オーレル・スタイン「コータンの廃墟」(中公文庫)

 もともとは「砂に埋もれたコータンの廃墟」という本を松田寿男博士が抄訳したものだ。抄訳と云っても全体のもっともハイライトであるダンターン・ウィリークの廃墟とニヤ旧址の発掘に関する中心部分の全訳である。この探検旅行は1900年に行われた。

 スタインはイギリスに帰化したのでイギリス人だが、生まれはハンガリーのブダペスト。スタインと云えば、「敦煌文書」の発見で有名だ。あの莫高窟を訪ね、王道士から、洞窟に隠されていた莫大な古文書や文化財のあることを聞きだして、最初に世界に知らせた。そのあと各国の探検家が莫高窟から貴重な資料を持ちだし、あろうことか壁画を壁から切り取って持ち帰ったりした。

 日本の大谷探検隊もたくさん持ち帰っている。

 皮肉なことに、この貴重な文物が世界に持ち出されたおかげで、空襲でドイツの資料だけが失われたが、それ以外のものは大事に保管され残っている。持ち出しきれなかったために中国に残されたものは、私的に収奪され、私蔵され、多くが文化大革命で失われてしまった上、公的に確保されたものも北京の故宮博物館に死蔵されていて、その目録も明らかでなく、世界の研究者が活用出来ない状態だという。そもそもどんな保存のされ方をしているのか、はなはだ危うい。

 (閑話休題) この莫高窟の大発見は、実はスタインの探検の二回目のときであり、それに先立つ探検が、この本に書かれたコータンの廃墟の発掘の旅である。

 コータンは、今ではホータン(和田)と呼ぶことが多い。漢字ではもともと于闐と書き、崑崙山脈の山麓、西域南道にある街で、玉の産地として古代から有名なところである(今も有名)。

 ダンダーン・ウィリークも、ニヤ旧址も砂漠に呑みこまれた古代集落の跡である。主なものは全て盗掘されて残っていないが、スタインは当時の生活を偲ばせるいくつかの用具や壁画、時代を比定出来る木簡など、貴重なものを発掘している。スタインは測量技術を学んでおり、詳細な地図と、発掘した物の場所(その地層の上下も)正確に記録している。

 その発掘は困難を極めたが、それが淡々と記されていてかえって読んでいて興奮する(昔よりちょっと熱がさめているが)。こう云う本が文庫で読めるのは真にありがたい。

 シルクロードへもう一度行きたいと思っている。

2014年4月25日 (金)

休みの始まりと終わり

 大手のメーカーなどは明日から長期連休に入るらしい。普通の会社は連休の前半戦と云うところか。世の中の人がお仕事をしているとき、「毎日が日曜日」でいることにあまり後ろめたい気持ちがしなくなったのに、かえって大型連休の時などにその気持ちを思い出したりする。

 仕事をしていたときの、連休の喜びと連休が終わってしまうときの哀しみ、はもう味わえないのだ。休みはいくら長くても終わる。人生もいつか終わる。終わりがあるから値打ちもあるのだろう。

 朴槿恵大統領の支持率が、フェリーの事故前と比べて事故後に15%も急落したという。死者の数は時々刻々増え続け、奇跡は起きそうもない。やり場のない怒りが、公的存在の代表として、朴槿恵大統領にも向かっているようだ。

 日本だったらどうだろう。日本ではあれほどの人災は起きない、と信じたいところだが、もし万一同じ事態があったとしても、総理大臣に非難が集中することはないだろう。事故に限って云えば、朴槿恵大統領は何も悪いことをしていたわけではないのだから。

 なにせ日本では、あの事故後の混乱している福島第一原発に乗り込んで、現場の足を引っ張るという愚挙をした菅直人総理に対してですら、あの程度の非難しか起こらない国だから。

癌と自殺

 国立がんセンターが40~69歳の10万人を対象に行った20年間に亘る調査で、561人が自殺した。そのうち、癌と診断された人が34人だった。これは一般の自殺危険率と比較すると、約24倍になるという。ただし、告知を受けて1年以上になると1.1倍、と一般とほとんど差が無くなるそうだ。

 医療技術の向上で、癌にかかった人の生存率は大幅に改善されているが、癌が致命的な病であると云う感覚がまだ強いからだろうか。絶望して死ぬ、と云うのは分からないことはないが、あまり急いで死ぬ必要は無いと思う。ただ私は、あんまり苦痛のひどいのは嫌だから、延命もほどほどにして欲しい。場合によって安楽死を選べれば、それも良いと思う。

 ところで他の国で、特にアメリカで、同じ調査をしたらどうなのだろう。というのは、癌の告知をする、と云うことの是非に関わる問題のような気がするのだ。アメリカでは告知をされても自殺する人があまりいない、と云うことなら、国民性の違いや文化の違いがあるのかも知れない。

 もしそうなら、アメリカで当たり前の癌の告知を、日本で真似して告知することは、死亡率を上げることになっているかも知れないと思うからだ。自分について云えば、積極的に知りたいとは思わないが、周りが隠すことで苦労するのは可哀想だから、分かってもかまわない、と云うくらいの感覚だ。日本人はそれくらいで良いのではないだろうか。

キムタクがなぜ鼻につくのか

 男はちょっとシャイな方が好い。過剰にシャイで引っ込み思案なのはどうかと思うが、今、馬鹿なことを平気でする男(女もだけれど)が喝采を受ける風潮は、私にはなじめない。もちろん芸人は別だ。彼等は職業として馬鹿なことをしているので、得るものもあるけれど、失うものもあることを覚悟している。

 映画で云えば、高倉健や渥美清(と云うより寅さん)が好感を持たれるのはシャイであるからだと思う。

 最近SMAPが(私には)何となく鼻につくようになったのはなぜだろう、と思ってそんな事を考えた。特にキムタクが鼻につく(ファンは腹が立つだろうが、あくまで私には、と云うことだ)。だから稲垣吾郎や草薙剛はそんなに嫌いではない、と云えば何となく分かるだろうか。

 キムタクの主演した「武士の一分」は原作も良いのにキムタクが主演したことで駄作になったと思っている。

 タレントや俳優の好き嫌いは案外そんなところで分かれているらしい。

 どうでもいいことだけれど。

2014年4月24日 (木)

映画「フレフレ少女」2008年松竹

 監督・渡辺謙作、出演・新垣結衣、永山絢斗、柄本時生、染谷将太、斎藤嘉樹、内藤剛志他。

 楽しい映画だった。たわいないと云えばたわいないが、けっこう一生懸命見てしまった。とにかく主演の新垣結衣が可愛い。もともと可愛いと思っていたけれど、そんな子が応援団長として頑張るところがますます可愛いではないか。

 本好きで、歩きながらでも本を読むような女の子・百山桃子(新垣結衣)が、野球部のエースピッチャーの男の子に一目惚れして、その応援(を口実に近づこうと思う)のために何が出来るか試行錯誤しているうちに、応援団に入部することになる。

 応援団は人数が足らず、廃部寸前。たった一人の応援部の団員(永山絢斗)と二人で団員をかき集めるが、揃った団員は他の部の落ちこぼれのような面々ばかり。その上彼女は団長に祭り上げられてしまう。

 その彼等が鬼のOBたちによるスパルタ合宿で次第に応援団らしくなっていく。

 クライマックスは、応援する野球部が地区予選を勝ち抜き、決勝戦で強豪の高校と対戦する試合だ。この高校は応援団もけた違いに優秀だ。果たしておんぼろ応援団はそれに負けずに応援しきれるか。

 桃子の心からの叫びは、応援する仲間全ての心を一つにまとめて選手に力を送る。奇跡は起きるのか。

 何度も言うが新垣結衣はとても可愛い。

劣化

 身体のあちこちが痛い。

 息子が連休で帰省する。だから部屋を片付けようと一昨日くらいからごそごそしているのだが、何しろ片付けるためには本をどうにかしなければどうにもならない。本箱、本棚、外に積んである本、押し入れや収納棚に突っこんである本をいじりだしたら大がかりな入れ替えが始まってしまった。本をあちらに運び、こちらにしまい、とてんてこ舞いであった。

 処分やむなし、と断腸の思いで分別した本の山が出来、本棚に後列、中列、前列、と三列に突っこんでいたのを少なくとも全て二列までに並べ直した。納戸にしている部屋の収納棚の収納品も処分し、そこを新たに本の収納場所にしたので、外に積んであった本はだいぶ少なくなった(残念ながら無くならない)。

 本との格闘が終わり、掃除機による掃除を行って、一段落したのが先ほどである。おかげてだいぶさっぱりしたけれど、体中が痛いというわけだ。

 たかが片付けでこのていたらく。情けないほど軟弱になった。これも歳のせいか。劣化したものだ。

 ところでドン姫にも帰るように連絡したけれど、いつものようになしのつぶて。たぶん息子の帰る日になって「遅くなるけれど、今晩帰ります」と言ってきてくれるものと思っている。

 さあ、では一段落したところで、鰺の煮付け(活きの良さそうなのがあったので、先ほどさばいた)、シュウマイ(出来合いだけれど)、筍の煮付け、菜の花のゴマ和えと言ったところでお酒でもいただくことにする。鰺の煮付けを食べ終わったらもちろん骨湯にする。それが楽しみ。

津島(5)

さて、最後は津島散策のハイライト、津島の藤棚です。ここは自称日本最大規模の藤棚だそうです。確かに凄い。とにかく広いのです。これから藤祭りのイベントの設営をするところですから、まだ満開には間があるところでしたが、早いものは満開でした。

ところで藤の花に香りがあるとは知りませんでした。花の下に立つととても上品な良い香りがします。では、たくさん撮った藤の写真のなかからいくつかを見ていただきます。

140422_91

140422_82

140422_92

140422_95

140422_97

140422_98

140422_101

140422_105

とにかく圧巻でした。

このあと何カ所かうろつきましたが、切りがないので津島はこの辺で。

と云いながらしつこいようですが、おまけを二つほど。

140422_123

140422_127

津島(4)

140422_56

津島神社の裏に津島天王祭の車楽船(向かって左・だんじりぶね)と巻藁船(右・まきわらぶね)のモデル(実物はもっとずっと大きい・巻藁船は高さが20mくらいある)が展示されていた。

140422_59

140422_58

津島天王祭については津島市のホームページから転載させてもらう。

 日本三大川まつりのひとつに数えられる「尾張津島天王祭」。津島神社の祭礼として500年の伝統を誇り、全国の数ある夏まつりの中でも最も華麗なものと言われています。
 まつりはかつて、旧暦で行われていましたが、現在は7月の第4土曜日とその翌日に開催されています。
 天王川に浮かぶ津島五車のまきわら船の提灯に灯がともされると、宵祭の始まりです。まきわら船が、津島笛を奏でながらゆうゆうと天王川を漕ぎ渡ると、揺らめく提灯が川面に映り、まきわら船はその美しさをさらに際立たせ、灯と水のドラマは頂点に達します。
 朝祭は、市江車を先頭に6艘の車楽船が能の出し物をかたどった置物を飾り、楽を奏でながら漕ぎ進みます。先頭の市江車から10人の鉾持が布鉾を持って水中に飛び込み、川を泳ぎ、神社に向かって走るその姿は勇壮というほかありません。
 また、このまつりは、昭和55年に「尾張津島天王祭の車楽船行事」が国の重要無形民俗文化財に、昭和59年に「尾張津島天王祭の車楽」が県の有形民俗文化財にそれぞれ指定されています。

残念ながら私はこの祭りはテレビでしか見ていないが、とても美しい祭りのようだ。

このあと天王川公園に向かう。

140422_70

天王川公園。ここで歩き疲れた足を癒やす。

140422_72

公園のなかに島があり、そこへ渡る橋の横に藤が咲いていた。この先の公園周辺にたくさんのトラックなどが「津島藤祭り」のための出店やテントなどの設営をしていた。

この天王川公園の先に日本一と自称する藤棚がある。どれほどのものかと思っていたらそのすごさに驚いた。それは次回で。

2014年4月23日 (水)

案の定

 多分そうなると思っていたけれど、案の定、今回の韓国フェリーの沈没は、日本の中古船が原因であるかのごとき論調が韓国メディアに登場した。

 詳しい原因究明はこれからなされるはずだが、今のところ船に問題があったという明らかな事実は発表されていない。それよりも船の過積載や、避難の不手際、救助の不手際によって多くの犠牲者を生んでしまったことが明らかになっている。
 
 また韓国の海運組合のトップは、ほとんど12人中10人が水産局などからの官僚の天下りで、海運マヒィアと云われていたそうだ。つまり安全対策などのコストのかかることは、手抜きしても袖の下でパスできる体質だったことが暴露されている。

 最初にこの転覆事故について書いたときに、韓国の気の緩みを推察したけれど、まさに当たりだったようだ。無責任をつづけてきた連中は責任回避をする。だから韓国メディアが日本の中古船に原因があったかのような報道をするというのは、そのようなバックからの使嗾によるものであろう。

 こうなると韓国の反日ムードは、彼らにとって都合の良い隠れ蓑だ。

 再び案の定、韓国野党の議員が、日本の閣僚や議員が靖国参拝したこととフェリーの転覆事故を関連づけて激しく非難している。言い分だけ聞いていると、靖国参拝したからフェリーが転覆したかのようだ。

 こんな体質では本質的な原因究明と抜本的な対策は難しいような気がする。

電話

 「正直ばあさん記」(byおキヨさん)と云うブログ(いつも楽しく拝見している)に怪しげな電話の話が書かれていた。

 定年退職して在宅時間が増えたら、不要な電話をしばしば受ける。投資などの勧誘の電話が多い。息子や娘宛に意味不明な電話が入ることもある。友人だと云うが、連絡先をしきりに聞きたがるところを見ると、怪しい。本当に友人なら連絡先を知らないはずがない。こちらから子供に連絡するのでと云って先方の電話と姓名を問うと、あやふやな受け答えになり、突然切ったりする。

 投資と云えば、テレビでやっていた詐欺事件そのままの電話を受けたことがある。そして資料なども郵送されてきて、それについての確認などの電話もあり、かなり手の込んだものだったが、当方にうまいことをしてもうけたい、と云う気持ちがないから、先方の話を大げさに感心して見せたりして受け答えしていたら、向こうもこちらがふざけているのに気がついたのか、それきりになった。

 悪意のない電話でも、こちらにとって不要な電話だと煩わしい。電話を受けると本を読んでいても、映画を見ていても、集中力が阻害されること、甚だしい。

 と云うわけで、固定電話は留守電として、出ないことに決めた。必要なら向こうが伝言を残してくれるはずだ(伝言が嫌いな人もいるだろうけれど、必要ならするだろう)。これで今のところ不都合は全くない。

 電話による詐欺対策は、この留守電にするのが一番効果的だと専門家も認めていた。もちろん万全ではないが、あとはこちらの心構えさえしっかりしていれば大丈夫だろう。

 唯一留守電の難点は、電話による世論調査などを受けられなくなることだ。結構おもしろいのだけれど、別に何も困るようなことはないので仕方がない。電話による世論調査の回答率が下がっているのはこんなことも関係しているのではないだろうか。

 先方から電話がかかる可能性の高い場合は携帯の電話番号を知らせる。同時に相手の連絡してくる電話も聞いて登録しておく。だから携帯に不明の電話がかかる場合はほとんど間違い電話だ。

 それにしても携帯に間違い電話をかけてくる人間というのはどんなやつだ、と思う。それも間違いに気づかずに親しげに語りかけてきたりすることが多い。親しいなら登録しておけ、と思う。そういう場合は決してこちらの名前は云わないように注意している。

 電話についてはいろいろ思うことがあったので、おキヨさんのブログへのコメントには書ききれない。それでここに書いた。

津島(3)

津島は古い町で、しかもとても栄えた町であることが古い町並みを歩いているとよく分かる。

140422_28_2

140422_29 140422_31

旧道には写真のような古くて大きな家がたくさん見られる。商店や機屋(はたや)だったのではないかと思われるが、ほとんど「しもたや」になっている。それと寺がとても多い。これだけの規模の町(人口64000人弱)なのにそこら中に大小の寺がある。

古い町並みを通り抜けて駅からまっすぐ津島神社に向かう天王通りに出る。

140422_36

140422_40

140422_50

津島神社。立派な神社で付帯施設も多い。平日と云うこともあり、人出はあまりない。一番下の写真左手が拝殿。

140422_53

拝殿の中。写真撮影はご遠慮ください、となっているが、拝殿の外からなので問題ないだろう。

140422_63

本殿を横から望む。

140422_42

横手の宝寿院の庭のつつじが咲き始めていた。

神社の裏手にはこんなのがあった。

140422_57

140422_64

「君が代に」云う、さざれ石。

有名な天王祭りに使う飾り物があったが、それは次回で。

2014年4月22日 (火)

津島(2)

140422_26

五百羅漢があるのはここ雲居寺(うんごうじ)。

140422_14

山門。普通のたたずまい。門を入って左手に五百羅漢がある。

140422_23

正面の仏像の後ろにたくさん羅漢さんが・・・

140422_21

こんな感じ。

140422_24

なかにはこんなのも。脱力系。なんか自分を見ているみたい。

140422_25

こんなのもありました。

 韓国では今回のフェリー転覆事故を受けて全国的に修学旅行を止めるのだという。フェリーに乗るような修学旅行であれば、止めることは当面当然のことかと思うが、すべての修学旅行を中止するらしい。

 バスでの修学旅行でも、列車でも、もちろん飛行機でも事故は起こりえる。だから修学旅行そのものを止めようと云うことだろう。では今まで修学旅行をする目的は何だったのか。修学旅行に行かなければ事故に遭わないのか。

 要するに学校も政府も今回のような事故についての責任を逃れたいのだ。事故を起こしたのは学校でも政府でもないが、その責任を事故に遭った生徒たちの家族は学校と政府にたいして求めている。

 責任逃れのような対策として修学旅行を止めざるを得ないようにしているのは韓国の国民だ。こういう事故対応をしている間は、事故の本質的な対策は後手に回りそうだ。


 商船三井の商船が差し押さえを受けた件について、菅官房長官が日本政府の見解として苦言を呈したことに対し、中国外務省は「今回の差し押さえは商業契約をめぐるトラブルであり、日中戦争の戦時賠償とは関係ない」と明言した。

 ではしきりに云う「人道的見地から」というのはどういうことか。商業契約のトラブルに人道的見地を持ち込むなど、あり得ないし、聞いたことがない。まして訴えているのはそもそもの原告でもなく、その子供でもなく、孫だというではないか。その孫にどんな権利が存在するというのか。

 中国には「商業契約をめぐるトラブル」に時効はないのか。こんなことがまかり通るから中国(韓国も)にはまともな法律がない、と云われるのだ。

津島(1)

140422_100 津島の藤祭り

140422_77羊(羊毛の象徴)

愛知県の津島市は古い町で、津島神社の門前町として栄えた。明治以降は紡績と毛織物の生産も盛んで、三十年前頃は町中に織機の音がしていたし、染色加工の工場もたくさんあった。今はほとんど廃業、倒産してしまい見る影もない。

また、津島は水が良く、大垣に栄えた酒造業がこの津島にも伝わり、造り酒屋がたくさんあった。残念ながら今は半減してしまったが、頑張っているところも多い。

いつも蔵開きに試飲会に行くのはこの津島酒造組合のなかの蔵のひとつである。

仕事でこの地区を回ったり、試飲会に行ったりしているのに津島の町をゆっくり歩いたことが一度もない。そういうわけで津島神社をメインに町を散策することにした。

まず簡単なガイドブックに従って(これが恐ろしく簡単なものなので方向が分かるだけでほとんど案内にならない)弘法寺という寺に行ってみた。

140422_4

ちいさな寺だが、仏様がたくさんいた。

140422_6

この通り。左右にずらりといる。ガイドブックがなければ誰も気がつかないかもしれないところだ。

140422_13

津島文化センターの前のハナミズキが満開でとてもきれいだった。津島の街中では庭や玄関先にハナミズキを植えている家をたくさん見かけた。ちょうど満開なのでとても美しい。

ここから五百羅漢があるという寺に向かう。

撤収

 日本貿易振興機構(ジェトロ)の発表によると、日本企業の対中国投資が減少し、代わって東南アジア向け投資が対中国向け投資の3倍に増加したという。東南アジア向けは前年の2倍に急増、中国向けは18%の減少となった。

 中国商務部の発表では3月度の海外から中国への投資は対前年同期比で1.5%の減少となった。1~2月がプラスの10%を越えていたのでこれは急激な減少ともいえる。特に日本の対中国投資は42.7%の大幅減少だった。

 中国の思惑通り(そんなはずはないが)、日本企業の中国からの撤収は思った以上に加速しているようだ。商船三井の輸送船の差し押さえはさらに日本企業の中国からの撤収を加速することになるのは間違いない。

 中国というフェリーが船内の荷崩れ(国内の諸問題)だけでなく、日本企業の撤収という大波で大きく傾きはじめるのかもしれない。

 沈没船からは早く脱出した方が良いことは今回の韓国フェリーの事故で明らかだ(その船に乗り込もうという乗客もいるけれど)。中国は乗客に船内にとどまるよう船内放送し、舵を必死で切ろうとするけれど、操船可能な限界を超えつつあるのではないか。

韓国フェリーの転覆事故のニュースをずっと見ているところに長谷川慶太郎の「中国崩壊前夜」などという本を読んだので少々妄想気味になっている。

Dsc_0049

これは日本のフェリー。約二万トンの大型。

2014年4月21日 (月)

新・御宿かわせみ

 平岩弓枝原作の「御宿かわせみ」シリーズは大好きな時代小説だ。今、シリーズは明治時代に入って世代交代した「新・御宿かわせみ」になって続いている。

 テレビドラマ化もされており、主人公のおるい役は、真野響子、沢口靖子、高島礼子などが演じている。

 おるいは絶対に(!)真野響子でなければならない。当然そうなれば神林東吾は小野寺昭だ。

 そのなつかしい「御宿かわせみ」の最新シリーズである「新・御宿かわせみ」をNHKBSが新しく特別編として単発放映した。

 もちろんおるいは真野響子、回想で登場する東吾は小野寺昭だし、畝源三郎は山口崇だ(年取ったけれど、久しぶりに見ることが出来てめちゃくちゃ嬉しい)。真野響子の義姉の香苗はほんらい河内桃子(品があって絶品だった)だが、残念ながら出演は不可能だ(死んでいる)。代わりに岸惠子が演じていたが口裂け女みたいな化粧でちょっとがっかり。

 かわせみの女中お吉役の結城美栄子がそのまま出ていた。出ていたのだけれど、あの細身で小柄な結城美栄子がころころに太っていて別人かと思った。それも愛嬌だ。そして嘉助役の花沢徳衛はもちろん出演できない(とっくに死んでいる)から笹野高史が演じていた。

 物語は神林麻太郎や千春、畝源太郎など、次世代が事件を解決していくのだけれど、私にとってはそのような話はそっちのけで懐かしさに浸っていた。もし当時の「御宿かわせみ」を愛していた人ならその気持ちが分かるだろう。

 何だが真野響子の涙に誘われてこちらも涙ぐんだりしてしまった。爺さん、ちょっと涙もろくなっている。

 ところでNHKBSの金曜時代劇の新作は「神谷玄次郎捕物控」(全五回)。この原作は藤沢周平だ。最近読んだばかりだから、とても感情移入しやすい。正直出演する俳優にやや堅さが見られるけれど、それが違和感に感じられないのは好感を持ったからのようだ。大好きな中越典子が出ているのも嬉しい。今週金曜日が第三回。お勧めだ。

 さらについでに云えば「夢千代日記」がNHKBSの日曜日に再放送されている。ビデオをDVDに落として保存しているけれど、もちろん画質はいまいちなのでコレクションし直している。何遍見てもいいドラマだ。

長谷川慶太郎「中国崩壊前夜」(東洋経済新報社)

 大地震が来るぞ、とか、富士山が噴火するぞ、という予言がしばしばなされる。当たれば大絶賛を博することは間違いないが、たいてい根拠らしいものが確かではないから外れる。当たったとしてもそれは偶然だ。

 著者は、中国が崩壊する、それもそれほど先ではなく崩壊する、と断言する。これは先にあげた予言のようなものだろうか。

 著者がソビエト崩壊を六年も前に予言していたことは、本人が繰り返し述べている。そのときに著者があげた根拠は理にかなっていたのだが、誰もが一笑に付したそうだ。

 今回の中国崩壊の予言について、この本ではいくつかの根拠があげられている。それを一笑に付すか、それともあるかもしれない、と考えるか、はこの本を読んだ人によるだろう。

 私は、崩壊、またはそれに近い大激変が起こるような気がしている。

 今年も(今だに)中国はGDP目標を7.5%などという高いところに置いている。高いところに置かなければ政権が持たない、と云う背景があるから置かざるを得ないし、事実とは関係なく、結果はほぼそれに近い数字を達成した、と報告されることだろう。

 中国の統計値は信用できないとしばしばいわれているし、私も矛盾する数字をいくつも見ているからそう思う。高い成長率を達成した、と言い張り、実はそうではないという事実を隠蔽しはじめると、そのゆがみは国家財政を蚕食しはじめる。

 中国が世界に対して持っていたアドバンテージは大量の安価な労働力だった。その労働者の賃金が毎年10~20%も上昇しつづければ、そのアドバンテージは霧散する。いま世界の企業は中国の市場の巨大さに期待しているが、それはまだ期待するほどの巨大なものに育っていないのではないか。

 中国という巨大な船が傾きつつあると思う。しかもその積み荷を固定しておくべきなのに何にも対策をとってこなかった(公害や腐敗、過剰投資、過剰生産)。だから傾きはじめると荷崩れを起こし、さらに傾きに拍車がかかるだろう。

 長谷川慶太郎は中国という巨船が、韓国のフェリーのように、転覆する、と予言しているのだ。 

 その傾きつつある船に朴槿恵大統領は乗り込もうとしている。オバマ大統領は止めておけ、と忠告に行くのだろうが、聞く耳を持つかどうか。分かっていても止められないなら、歴史に残る暗愚な為政者として名を残すことになるだろう。

 中国が商船三井の大型輸送船を強制接収した。これに習近平政権が関与しているのかどうか。日本との交渉のための人質のつもりなら、それは全くの誤算であると思い知らせなければならない。こんな無謀が通用するなら日本の企業は速やかに、しかも密かに中国から撤退すべきだろう。

 これを見て韓国が、強制労働者の代償として、日本の資産の接収をはかる可能性もある。日本には無限の責任を負わせてかまわないというのだろうか。古来そんな仕打ちをした国もされた国も歴史にないのではないか。日本国民の反感を買うことで不利益を被るのは韓国や中国だと思うのだが、彼らはそう思わないらしい。

 そんなことを見ていると、中国が崩壊したらどうなるのか、などとつい夢想してしまう。そう思わせられてしまうではないか。

 ちなみに中国はまず北朝鮮を手放し、南北朝鮮の統一が実現する可能性が高くなると見られる。朴槿恵大統領もしきりに統一を唱っているし、北朝鮮もそれに対して比較的に温厚な反応をしているように見える(反応の言葉はいつものように品位のないものだが)。そのときに韓国が莫大な統一の費用に苦しむのは明らかだが(東西ドイツが統一した時を見れば分かる)その費用は日本が負担するのが当然だ、と韓国では公然と云われているようだ。日本人は何人それを知っているのだろうか。例によって日本のマスコミは知っているのに決して報道しない。

2014年4月20日 (日)

何かがおかしい

 韓国のフェリーの転覆事故は生存者の救出を願う思いもむなしく、時間だけが過ぎている。奇跡を祈るばかりだ。

 今回の転覆は、今の時点までの報道から見て、人災の可能性が高いようだ。転覆したことそのものが不可抗力であるようには思われないうえに、転覆したあとの乗客に対する乗組員による避難がほとんど行われなかったらしい。遭難した人の家族が憤るのはもっともであるように見える。

 転覆した場所は九州からもそれほど遠いところではなく、日本側は韓国の要請があれば直ちに救出の援助を行うように手配したようだが、朴槿恵大統領はそれを断ったという。海難事故に対する救出については韓国よりも日本に一日の長があると云われており、残念なことである。

 無用な混乱を避けたい、と云う思いなのかもしれない。しかし、今ほとんど敵対しているような日本に点数稼ぎをして欲しくない、と云う気持ちが働いたのだとしたらとんでもないことだ。日本の援助の申し入れを受け入れ、日本の救助活動を韓国の国民が目の当たりにすることで、両国のわだかまりが少しでも減少するかもしれない、と何故考えないのだろう。

 このような事故がたまたま起きたから云うのではないが、このような事故が起きるに当たっては何か韓国に心の緩みのようなものがあるのではないか、と韓国の国民、そして朴槿恵大統領は考える必要があるのではないか。

 福島第一原発の事故は日本にとっての心の緩みを露呈する事故であったと思う。このことを日本人の多くは痛切に感じている。犯人捜しをして責任をとらせる、と云うのも大事だが、自分自身の問題として反省することも必要だ。民主党の菅直人首相は、ひたすら犯人捜しに終始し、下野してからは単純に原発反対を唱えて正義の味方を気取っている。

 日本国民の多くの心ある人は、そのことを不快に感じているのではないか。少なくとも私はそうだ。

 朝鮮半島の人々は百年前に日本の植民地になり、しかも第二次世界大戦のあと祖国を分断され、辛酸をなめた。だから韓国の国民が被害者意識を持つのは当然だ。しかし戦後すでに70年近く経ったというのにいまだにすべての思考が被害者意識から発しているように見えるのは尋常ではない。

 韓国は韓国であり、日本との関係をここまで意識しすぎるのもどうかと思う。何があっても誰かのせいである、と考える考え方では自らを正すことは出来ない。私が心の緩み、と云う言い方をしたのはそういう意味である。そうでないと繰り返し同じような事故が起きるような気がする。

宮城谷昌光「三国志 第三巻」(文藝春秋)

 董卓がどれほど悪逆か、と云うことについて書き出すと切りがないが、わかりやすい残虐な行為について本の中からあげてみる。

 いちど郿(び・地名)に往って工事の進捗状況を自分で確かめたくなった董卓は、旅行にでることにした。二百六十里の往復は、およそ半月を要する。公卿以下百官が横門(こうもん・もとは光門)と呼ばれる北門のうちの最西端の門の外で送別の宴を催した。董卓はあらかじめ幔幕をめぐらしておき、北地郡で叛いて降伏した数百人をなかにいれ、宴が始まると、かれらを座のなかにひきだしてまず舌を切り、それから手足を斬り、あるいは目をくりぬき、鑊(かま)に投げこんで烹(に)ることもした。死にきれぬ者が杯と案(つくえ)の間に倒れてころげまわったので、集まった人々は戦慄して思わず匕箸をとり落とした。が、董卓だけは自若として飲食をつづけた。
 --わしが不在の間に謀叛をなす者は、このようになるのだ。
 と、董卓は高官たちを恫(おど)したといってよい。董卓にとっての肴核(こうかく・肴と果物のこと、ごちそうを云う)とはこれだけではない。

 この第三巻では董卓が後漢の皇帝をすげ替え、最後の皇帝となった献帝を擁して実権を握り、ときの都洛陽を収奪しつくして火を放ち灰燼にして長安へ遷都する。

 中国全土に反乱軍が起ち、反董卓を旗印にするが、それぞれの思惑があってまとまらない。

 勢力を持ったのは袁紹、袁術、公孫瓚などだが、董卓軍との戦いのなかで次第に頭角を現したのが孫堅であり、曹操であった。しかしまだ劉備の姿は表立っていない。

 ちなみに後漢の最後の皇帝である献帝は、魏の国で曹操の庇護の元に生き延びた。だから後漢が本当に滅ぶのは、曹操が死んで曹丕が献帝から禅譲を受けたときである。

2014年4月19日 (土)

宮城谷昌光「三国志 第二巻」(文藝春秋)

 古代日本が国家としての体裁を整えるにあたり、中国からその統治システムや文化を取り入れた。そのときに取り入れなかったものに宦官というものがある。中国には宮刑という、男子の生殖器を取り去る刑罰が古代からあった(日本にはない。牧畜をする民族では去勢は当たり前のことだが、日本にはその文化がないからだと云われる)。この宮刑を受けたものを後宮(日本の大奥みたいなもの)の使用人としたのが宦官の始まりであろう。のちに自ら去勢して宦官となるものが普通になった。

 この宦官は皇帝の身の回りの世話もする。特に幼帝がたてられたりすると、ほとんど親代わりのようなものなので、世の中についての情報、知識は宦官の思考にゆだねられてしまう、と云う恐ろしさがあった。

 宦官という存在は宮廷内だけの、幻のような存在だ。社会や国家などという概念など持つことはほとんどなかったと云っていい。彼らにとって世界は宮廷だけである。

 幼帝は国家経営をすることが出来ない。それを代行するのは皇帝の母(実母でないことも多い)である太后、つまり前帝の皇后である。優れた太后がいたこともあるが、多くはそこまでの能力はない。そうするとその太后の父親か兄弟がそれを補佐することになる。これが外戚である。

 日本で云えば藤原氏や平家が外戚として政治を行った、と云えばわかりやすい。

 後漢時代は三十代で夭折する皇帝が多かった。そうなるとその子供はまだ幼帝である。必然的に外戚が政治を壟断することになる。その壟断の仕方が半端ではないのだ。やりたい放題で、時には国家財政の何割もの財産を収奪するなどと云う恐ろしいことをする(今の日本なら何十兆円もの資産を私物化する、と云うことだ)。

 それは必然的に贈収賄の横行をもたらす。政治の腐敗、退廃である。地方に派遣された官吏は同様に収賄を受けるものが当たり前となり、高い税をかけて収奪し、保身のための金を使う。地方は高税で疲弊し、反乱が頻発する。  

 国中がその外戚に対する怨嗟に充ちるころ、幼帝が成人に達する。宦官たちは、皇帝に実権を奪いかえすために、その外戚を排除するための行動を起こす。

 こうして外戚は排除されるのだが、国家観、社会観のない宦官たちを相談相手とした皇帝が直接統治をはじめたら、どのような政治が行われるか。国民不在の異常な政治が行われ、宦官に対する贈賄が横行し、再び権力は腐敗する。

 後漢というのはこういう時代であった。

 こうして全国に反乱が頻発し、その反乱の圧力がついに国家を根底から傾けてしまう。三国時代の幕開けである。

 第二巻の前半では外戚の梁冀のすさまじいまでの悪行が語られ、それがあっけない幕切れで斃されてしまう。そして宦官に擁立された霊帝が無知で無能なまま政治を行い、国家を傾けていく。

 宦官の壟断がどれほど恐ろしいか、が詳しく語られ、有意な人たちが次々に無為に死んでいく。読んでいるうちにこちらも義憤でじっとしていられなくなってくる。

 そして反乱(黄巾の乱)の鎮圧のためについに曹操が登場。さらに巻末で、怪物である董卓が登場して次巻へ続く・・・。

2014年4月18日 (金)

宮城谷昌光「三国志 第一巻」(文藝春秋)

 魏の曹操が宦官の養子の息子であることは知っているだろう。その曹操の祖父である曹騰が登場する。彼は宮廷内の宦官として、宮廷内から世界を見ている。

 後漢という時代がどういう時代であったのか、「後漢書」という本に詳しい。

 宮城谷昌光の「三国志」では後漢初代の光武帝から100年足らずの間に、国がどのように衰退していったのか。宮廷内が光武帝の志に反してどのように乱れていったのか、から説き起こしている。

 このいきさつが分からなければ何故後漢王朝が滅亡したのか、董卓のような怪人があれほどの力を持ったのかが理解できない。

 後漢時代にその董卓よりもすさまじい怪物がいたことはあまり知られていない。梁冀と云う男だ。第一巻はこの梁冀と云う人物が出現するまでの背景、そして次第にその力が止めようのないものになっていくいきさつが語られる。

 梁冀と云う男は権謀術数をするほどの賢さを持ち合わせなかった。ただただ暴力的で傍若無人であった。このような男が権力を持つことを許したのは暗愚であるか、無気力な皇帝の存在と、理屈だけ言いながら暴力に抗しきれない官僚たちの意気地のなさによるものだ。

 もちろん気骨のある人物は常に存在する。しかし、彼らが命がけで上奏してもそれに賛同するものがなく、皇帝が取り上げなければ蟷螂の斧に過ぎない。

 宮廷を壟断するものたちの悪辣さは想像を絶する。人間とはこれほど愚かなものなのか、と絶望的になる。人間とはそもそも救いようがない生き物なのではないか。

 第二巻では梁冀がいよいよその傍若無人ぶりを全開にする。今そこにさしかかっている。そのことにより、ついに後漢王朝は傾きはじめる。

 そのあと、ついに曹操が颯爽と登場することになる。

たそがれか、まがりかどか

 花粉症らしき症状が、数年前から感じられていたけれど、ついに本物になったらしく、くしゃみは出るし、鼻水は垂れる、目の周りは痛がゆい。窓を開け放して外の空気を入れると気持ちの良い時期なのに、開け放ってしばらくするとむずむずする。窓を閉めてダイキンの空気清浄機を強にしているとたちまち治まる。

 鼻をかむ、などというのは風邪を引いたときくらいだったのに今はティッシュペーパーが手放せない。

 右目には相変わらず○がうろちょろと飛んでいる。こころなしか薄まっているような気もするが、そう思いたいだけかもしれない(もなさん、心配してくれてありがとう)。その目が何となくかすむことがある。歳のせいだろう。

 治療してもらった歯は、その後問題なかったけれど、最近また酸っぱいものにしみるようになってきた。なんとトマトを食べただけでうずうずする。

 耳はもともとあまり良くない。よくよく気をつけていると左耳から聞こえる音がこもっているようだ。特に話し声が聞こえにくい。この耳は小さいときから中耳炎を繰り返して鼓膜を何度も痛めているので仕方がないのだ。

 考えてみると、首から上がすべて不調だ。もともと大きいだけで中身の出来があまり良くないことは良く自覚している。自覚していても認めたくないが、造作も良くないらしい。

 歯、目、そして何とやらから衰えると云うけれど、何とやらはとうに衰えきっている。もう人生のたそがれなのだろうか。それとも身体が年齢相応のまがりかどに来た、と云うことなのだろうか。

 NHKが認知症老人の徘徊による行方不明者とその結果の死者についての特集を報道していた。こんな死に方はいかにも不幸、みたいだけれど、案外そうでもないかもしれない、などと思ったりしている。

 別に鬱的に考えているわけではない。諦念を感じているだけだ。

2014年4月17日 (木)

宮城谷昌光「草原の風」(中央公論新社)

 劉邦により打ち立てられた漢王朝は王莽により簒奪されて一度滅びてしまう。その王莽を斃し、後漢を打ち立てたのは劉王室から血筋としてはるかに遠い、劉秀という若者であった。漢王室を再興した光武帝の若き日を描いた血湧き肉躍る物語である。

 上中下の三巻にわたり、劉秀が光武帝となるまでの戦いの日々が詳細に綴られている。もちろん個人の力には限界がある。劉秀という人物の周りに優れた人々が集ったからこそ成し遂げられた覇業であるが、その人々が劉秀のそばに集まったのは理由がある。

 人徳、能力、歴史の知識、決断力と勇気を兼ね備えた上に、人に優しい心を持っていた希有な人物であったことがその理由である。

 あまりにも褒めすぎで、理想的に描かれすぎている、と云う見方もあるかもしれないが、時代はそのような人物しか生き残ることを許さない苛烈な時代だったのだ。苛烈な時代こそ徳が必要であるという逆説は、時代を超えての真理ではないか。

 東日本大震災などの極限状況の時ほど、人は意外なほど利害を超えて徳に輝くことを我々は見た。

 こうして打ち立てられた後漢であるが、不幸なことに光武帝以後数代にして徳を失い、外戚や宦官の跳梁を許し、腐敗してしまう。

 この後漢のあとに来るのが魏、呉、蜀の三国時代なのだ。

 宮城谷・中国時代小説の、次に読むのはもちろん彼の「三国志」。これはなんと十二巻である。すべて揃っている。

 自分としては少し異常なくらいのハイペースで読んでいる。

 多分どこかで息切れするだろう。そろそろその気配だ。そうしたら映画でも見ることにしよう。ちょっと躁状態に近いかもしれない。

飛ぶ○

 一昨日から目の中に○が飛んでいる。ゴミでも入ったのかと思って何度も目を洗ったが、全く消えない。傷でもついたのだろうか。

 あまり濃くはないけれど、瞳を動かすとそれに合わせて○も動く。何かに集中しているときは良いけれど、気になり出すとうっとうしい。

 これが飛蚊症というやつだろうか。蚊には見えないけれど、動きは似ている。二、三日様子を見てこんな状態が続くようなら目医者に行こうか、などと考えている。

 誰にとっても目は大事だけれど、本を読み、映画を見、写真を撮ることを何より楽しみとしている身としては、目の異常は何よりつらい。直るのだろうか。

2014年4月16日 (水)

宮城谷昌光「呉越春秋 湖底の城」(講談社)

Dsc_0201

 中国の春秋時代と云えばまだ孔子も生まれていない時代である。司馬遷の「史記」の中の春秋時代の部分で、呉越の戦いはそのハイライトのひとつと云っていい。

 この中の伍子胥を主人公としたのがこの「呉越春秋 湖底の城」である。現在第四巻まで出版されているが、まだ月刊誌の小説現代に連載中であり、第四巻が終わってもまだ呉越の戦いは始まっていないので、当分続巻が出る。年に一巻ペースなので完結するのは何年後であろうか。ついに待ちきれずに一気に四巻まで読んでしまった。

 中国の歴史に興味のある人にはいまさら伍子胥について説明するまでもないが、あえて云うと、伍子胥はもともと楚の重臣・伍奢の次男に産まれた楚の人である。楚王と佞臣・費無極により、父の伍奢と兄の伍尚は謀殺され、伍子胥はこれを恨み、楚の敵国である呉に走って楚王の闔閭に仕え、呉によってついに楚の国に打ち勝ち復讐を遂げる。そのあと台頭してきた越の国と呉の国が戦う、と云うのが呉越の戦いである。

 第四巻でようやく呉の太子光を助けて呉王・僚を弑し、太子光は呉王・闔閭となる。楚との戦いはこれからである。

 時代は呉越の戦いのあと、春秋から戦国に移っていく。その違いは何か。それぞれの国が国王によって治められていたのが、重臣たちが台頭し、専横し始めて下克上が当たり前になるのが戦国時代である。たとえばあの重耳が大国にした晋はそのようにして韓、魏、趙の三国に分裂した(この晋の分裂が戦国時代の始まりとするのが一般的である)。斉は分裂しなかったけれど、田氏が簒奪したかたちになった。

 越も取るに足らない小国からのし上がり、ついに呉と争うほどの国になった。最終的には呉は越に滅ぼされてしまうが、それは少し先の話だ。 
 宮城谷昌光の文章には心が励起されにくい、と云う人もいる(桐生の周恩来御大もそのように云っていた)。しかしこの本を読んでいると展開のおもしろさに興奮してくる。こんなおもしろい本はないと思うけれどなあ。第五巻が出るのは多分七月頃だろう。待ち遠しい!

解決したくない

 日韓局長級会議が開催されることで、日本は両国の首脳会談への道筋が出来ることに期待をしている。

 韓国メディアの報道を伝えるニュースでは、韓国の専門家が「日本は一度の協議で慰安婦問題の解決を狙ってくるだろう」、しかし「慰安婦問題はたった一度の会議で解決できる問題ではない」と述べたらしい。

 今回の日韓局長級会議について、韓国側はひたすら慰安婦問題ばかりに拘っていると伝えられている。日本側は日韓の間には話し合うべき多くの問題があり、そのひとつとして慰安婦問題について話し合うことも受け入れよう、と云うスタンスのようだ。

 慰安婦問題については意見の隔たりが大きいので互いが妥協できる落としどころを見つけるのは大変難しい。どんな合意であっても多分韓国のメディアは日本に妥協しすぎだ、と避難するであろう。

 日本側もたった一度の会議で結論が出るなどと思っていないはずだ。しかしどんな会議であっても、合意を目指すものでなければそもそも会議を開く意味がない。

 コメントを述べた専門家の云っていることは、ほとんどコメントとして意味をなさない。この専門家は、自分の出番が続くために日韓の間がもめ続けることを期待しているのだろう。つまり慰安婦問題も含めて両国の懸案の解決を望んでいないのだ。そもそもコメンテーターはメディアに迎合する。だからこれは韓国のメディアの姿勢でもある。

映画「フリーランサー NY捜査線」2012年アメリカ

 監督ジェシー・テレロ、出演カーティス・”50Cent”・ジャクソン、フォレスト・ウィテカー、ロバート・デ・ニーロ他。

 アメリカの警察の腐敗は限度を超えている、と云うのが印象だが、どこまで事実に近いのだろう。もしこんなものだ、と云うのが本当なら恐ろしい。

 尊敬していた亡父と同じ警官になったジョナスは、父と同僚だったというサルコーネ警部に誘われる。なんと彼は警察組織を利用し、市長にまでコネクションを持ち、ドラッグの密売組織を牛耳る男であった。もともとストリートギャングであったジョナスはあまり抵抗を感じることなく彼の手伝いをはじめる。新人のジョナスの指導をする相棒のラルはサルコーネの手下でもあった。

 ストリートギャング時代の親友二人も同時に警官になっていたが、彼らも誘い込み、次第にジョナスは悪の深みにはまっていく。

 本来警官になれるはずのないジョナスが警官になれたのはリディアという女性のおかげであった。

 そのリディアの夫が数年前に殺されていたことを知ったジョナスは、それをきっかけに、子供の時に目の前で死んだ父の死の真相に気がつく。

 父の死に関わったサルコーネを裏切り、彼を罠にはめる策をめぐらすジョナスに親友たちもついて行けずに離れていく。究極の選択を迫られるジョナスは生き延びることが出来るだろうか・・・・

 あまり評価の良くなかった映画らしいが、私はこういう犯罪映画が嫌いではないのでおもしろかった。評価が良くないのは、ロバート・デ・ニーロがサルコーネのような役を演じていることが非難されてのことらしい。別に良いと思うけれど。

 リディア役はダナ・デラニー。あの「ボディ・オブ・プルーフ 死体の証言」(シーズン1~3まで一気見をした)の検死官ミーガン・ハントを演じた女優だ。なんだかなつかしい。

2014年4月15日 (火)

中国に紹介された落語

 周作人が1936年(昭和11年)に「日本の落語」という文章を書いている(「日本談義集」という本に収められている)。周作人は中国の文豪・魯迅の弟。夫人も日本女性で、日本人以上の日本通である。

 周作人の引用によれば、明治時代に中国ではすでに日本文化を紹介する本がいくつか(「日本雑事詩」1890、「日本国志」1887?など)出版されており、そこに落語について、そして寄席についてかなり詳しく説明されている。そしてそれをさらに遡ると、江戸時代に寺門静軒が「江戸繁盛記」の中で寄席について書いたものが種本らしいことが周作人によって明らかにされている。

 興味深いのは講談の講釈師と落語家とが中国では混同されていることだ。中国にも寄席のような場所で大衆に説話を語る演芸がある。怪奇談、戦争・武闘談、仏話、歴史談、恋愛談などだ。「三国志演義」「水滸伝」「西遊記」「金瓶梅」などがこのような演芸を母体にしたものであるらしいことはよく知られている。

 そして中国にも掛け合い漫才のようなものはあるらしいが、日本の落語に当たる、笑話を独りで演ずる、と云う演芸はないのだという。

 周作人はこの違いを日本と中国の文化の違いの本質的な違いではないか、と考察している。そしてユーモアの資質に欠ける中国文化に対し、日本に一日の長を感じる、としている。

 この文章に安楽庵策伝の「醒睡笑」(先日言及)、森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」、張岱(ちょうたい)の「陶庵夢憶」(明代の随筆・とてもおもしろい)などにも言及されていて、落語好きの私にとって興味深いものだった。

 大好きな円生の落語が聞きたくなった。 

映画「カレ・ブラン」2011年フランス・ルクセンブルグ・スイス・ベルギー・ロシア

 虚無的な近未来を描いたSF映画というところだが、ほとんど未来的な映像は描かれず、不条理映画、と云うほうがふさわしい。

 きわめて台詞が少なく、物語の展開についても説明がほとんどないので、観客が想像で補うしかない。

 世界はほとんど人工物で覆われ、画面には無機質の構造物しか目に入らない。人と人との間には感情の交流があまり見られず、表情も作為的である。人々は生きることに意味があまり見いだせないでいるが、そのこと自体に気がついている様子がない。誰かが世界を管理しているらしいがその正体も明らかではない。

 主人公の妻はその世界の閉塞性に追い詰められ、絶望していくのだが、主人公にはそのことが理解できない。

 やがて妻がとった行動は・・・。そのとき主人公は世界の無意味さに気がつく。

 同時にここで提示されている世界は現代社会そのものでもあることに観客は気がつくことになる・・・はずなのだがどうか。

 ちょっとくたびれる映画だ。

住民投票・直接選挙

 自治会の役員などに立候補する人が少なくなり、なかなか決まらない、と云う事態は私の住んでいるマンションの話だけではなく、至る所で見られる状況のようだ。

 それから見れば、立候補の動機はどうであれ、地方選挙や国政選挙に立候補する人が定数以上に存在することは有り難いこととしなければならない。

 そもそも選挙というのは一定の人たちの代表を選ぶものだ。何故そんなことをするのかと云えば、全員が参加するのは不可能だったからだ。「不可能だった」と過去形にしたのは、いまなら可能だ、と思えるからだ。

 民主主義には欠陥も多い、と云われる。しかしそれに代わるよりよいシステムが今のところないとも云う。物事を決めるとき、全員の意志を問うことが出来れば代理人としての代表など選ぶ必要がないと云う考えもあり得る。

 はやりの住民投票などはまさにその考えに基づいているだろう。

 いまは電子投票という方法を確立すれば、住民全員の意志が短時間に集計できるから物理的に可能だ。もちろん多数決が前提だから民主主義である。

 いまに誰も代議士などというものに立候補しなくなってきたら(現に身近ではそのような事態が見られることは述べた)そのような方法、システムの確立が必要になるかもしれない。

 議会は集計をとるだけの存在となり、究極的には国家の立法府の存在が消滅していく社会というのはどんなものなのだろう。

 そのような時代の来る可能性を見据えて「住民投票」という直接選挙の得失をよくよく考えておく必要があるような気がする。

 少数意見は常に封殺される、とたちまち思い当たるけれど、では今は?

選挙

 住んでいる町の議員の選挙があるので、朝八時からやかましい。あんな大音量では不快感しか感じない。「朝早くからお騒がせして申し訳ありません」などという。分かっているなら止めて欲しいところだが、口先だけだ。それに続けて訴えたいことを語るのだが、観念的で、なるほど、と思うようなことは何もない。どうせ口先だけだと思う。

 いったいあの大音量の声を聞かされている人のうち、何人が中身を聞いて理解していることだろう。ほとんど無意味にしか感じないし、その無意味さに鈍感なだけでもうんざりする。

 そもそも選挙でこの人に投票したい、と思うような人が立候補していることが滅多にない。大抵が、これよりはこちらの方がましだろう、と云う選択で投票することになる。

 願わくば、この人にもこの人にも投票したいのだけれど、どちらかを選ばなければならない、と云うような思いがしたいものだが、いまだかつてそんなことはなかった。

 マンションの自治会の選挙などでは立候補する人があまりいなくなっている。名誉職的な立場を引き受ける人がいなくなっているようだ。誰も責任を引き受けたくないのだ。そもそも名誉、と云う価値観が地に落ちてしまって久しい。

 議員に立候補している人に名誉職的な意識があるのであればそれは有り難いことだと思う。でもなんだか損得が裏にあるような気がしてしまうのは、こちらもそのような考えに毒されているからだろうか。

2014年4月14日 (月)

 NHKBSで内田百閒の猫話が放映された。「おまえなしでは生きていけない-猫を愛した芸術家」の第二回が内田百閒だった。

 2011年放映されたものの再放送だ。

 内田百閒が「ノラや」という本でノラについての思いを綿々と綴ったことは先日伝えた。番組では内田百閒を石橋蓮司が演じているのだが、見た目では似ても似つかないものの、まさに内田百閒そのものであった。
 
 そのときに同居していた夫人を毬谷友子という女性が演じていたが、岩崎加根子に似た女優で、ちょっと影のある控えめな女性を演じてすばらしかった。

 云わなくても良いことだけれど、黒澤明の「まあだだよ」という映画は、内田百閒が主人公であり、松村達雄が演じていたけれど、あの映画は夫人役の香川京子以外は見るべきものがなく、駄作であった(特に所ジョージがひどかった)。

 黒澤明は内田百閒をなんだと思っていたのだろう。多分配役された人々も、大監督・黒澤明に合わせるばかりで内田百閒などかけらも理解していなかった気がする。本当に云わなくても良いことだった。・・・この映画が大好きという人もいるらしいし分からないこともないけれど。

 閑話休題。

 内田百閒は「ノラ」という名前は野良猫だから「ノラ」なのだという。わざわざイプセンのノラとは違うのだ、と云う。イプセンの「人形の家」のノラは女性だが、飼い猫は雄だからそれを混同してはならない、と云う。わが飼い猫はまさに雄猫なのに母は「人形の家」のノラとして「ノラ」と名付けたのだが。

 晩年に飼い猫としていたノラの失踪により、内田百閒はうろたえ、うちひしがれ、死ぬまでの14年間片時もノラを忘れることはなかった。

 私も我が家の飼い猫の「ノラ」の死を、四十年過ぎたいまでも引きずっている。私にとっては恋人に死なれたよりも精神的な痛手だったのだ。

 だから内田百閒の気持ちは勝手に忖度できる。

 この番組はこのままディスクに落としておいて再びみたび見ることにした

 晩年は猫を飼って猫を話し相手にできれば幸せなのだけれど、私にとっての「ノラ」は、内田百閒の「ノラ」と同じように代わりがいない。

元気なら良いわけではない

 老親の話をしていて知人から聞いた話。

 私は老母が寝たきりになり、発語障害で言葉による意思表示ができず、いろいろなことに興味を失いだして元気があまりないのが心配だ、と話していた。

 「元気なら良いというわけではないよ」と知人は云った。

 知人の夫人の父親はかなりの高齢なのに元気なのだ。夫人は姉妹ばかりで、長姉が婿を取って家を継いだ。その長姉の法事があって家族が揃ったとき、その老父が延々と皆に苦情と恨み言を言い続けたのだという。長姉が死んだことの責任を婿に向けるなどと云ういたたまれない修羅場もあったようだ。

 人は心の中にいろいろ自分勝手な思いというのを抱くけれど、相手の気持ちを慮って思いのままに口に出すようなことはしない。もともと夫人の老父はおとなしくて優しく、云いたいこともあまり云わないひとなのだそうだが、認知症で他人に対しての気配りが全くできなくなり、歯止めが利かないのだという。

 また知人もまことに人が良く忍耐強いので、夫人の老父の云うことをずっと聞いてやっていたのだそうだ。その語りはとどまるところがなく、他の人は皆逃げだし、ついに深夜に及び、さすがに知人も「もう寝る」と云って逃げたしたのだそうだ。

 「だから元気なら良い、と云うわけでは決してないんだよ」と知人はまじめな顔をして云った。

2014年4月13日 (日)

やってみないと分からない

 何事もやってみないと分からないものだ。

 仕事がないから介護の仕事でも、などと気軽に考えて、その結果ひと月も経たずにギブアップしてしまう若者が多いという。世の中そんなに楽な仕事なんてないものだ。

 老母の介護を昨日と今日だけ独りでやっている(ちょっと妹に助けてもらっているけれど)。朝、血圧と脈拍を測定、朝食の支度、食事を食べさせる、後片付け、歯磨き、入れ歯の洗浄、投薬、尿パックにたまった尿の定量と処理、飲み物の容器の洗浄と中身の補充(水と麦茶とクランベリージュースの三種類)。ここまでで朝の仕事は一段落。そのあと自分が朝食を食べる。

 排便が一日二、三回、この処理が一番大変だ。詳しく書くのは控えておく。

 昼は食事と投薬と歯磨きだけ。夜は朝と同じようなことをする。

 他にも雑用はあるけれど、こんなものだ。こんなものだけれど、案外せわしない。だから集中して本など読む余裕がない。

 昨日までにこの二、三日で読んだ本だけ列記しておく。
 東海林さだお「ショージ君のゴキゲン日記」(文春文庫)
 この人の語り口は絶妙である。卑下しているけれど、その素養は半端ではないようだ。
 
 司馬遼太郎「この国のかたち 二」(文春文庫)
 日本史にあまり詳しくないけれど、興味がわいてくる。人生はあざなえる縄の如し、と云うけれど、歴史も、つまり世の中もあざなえる縄の如しなのだ。

 河盛好蔵「親とつき合う法」(新潮文庫)
 子供に読ませたい、と思う親が多いだろうと思う本だ。

Dsc_0153

Dsc_0157

Dsc_0160

 一日や二日やって偉そうに云って申し訳ないけれど、介護の仕事は誰もが一度は経験しておくと良いと思う。理由は、自分が介護されたときに、介護する人がどれほど大変か、それを知るためである。それを知っていれば、介護してくれる人にひとりでに感謝の気持ちを持つことができるし、表情にも言葉にも表れる。それこそ介護する人の気持ちの支えであり、喜びなのだ。

 知らないと、やってもらって当たり前、と云う気持ちになり、行き届かないことに腹を立てたりしてしまうだろう。私もそれを忘れないようにしようと思っている。


2014年4月12日 (土)

手伝いと本物は違う

 弟夫婦が今日早朝に出かけて、帰ってくるのは明日の夕方以降。

 いままでは寝たきりの母の介護はお手伝い程度だったけれど、100%引き受けなければならない。弟夫婦を見送ったあと、てんてこ舞いとなった。

 何をするか聞いてはいたけれど、ちょっと上の空で聞いていて、高をくくっていたところがあった。ルーチンの作業がたくさんあるのにイレギュラーも多い。母は不愉快だから次々にコールがかかる。何をするにも時間がかかってしまい、気がつくと汗だくになっている。

 普段これを引き受けている弟の嫁さんは大変だったのだ、と思い知らされる。敵もそれを思い知ることを期待していたと思われる。

 参りました。

 悪戦苦闘していたところに妹から電話が入る。さすが愛する妹、こちらが苦労しているのが見えているらしい。パートの仕事が早く終わるので手伝いに来てくれるという。有り難くて涙が出てしまう。

 夕方、三時間くらい妹に手助けしてもらってようやく一段落。泊まれ、と半ば命令のように云ったけれど、先方も家庭の主婦。明日また来てあげるからねー、と云って去って行った。

 滞在中に、あえて母の前でいろいろなことを語り合った。考えてみれば妹とこんなにゆっくり話したのは本当に久しぶりだ(妹よりも妹の旦那とじっくり話したことはある。それから何となくお互いに気持ちが通うようになった気がする)。

 今日の夕食は自慢のカレーライス。妹が「明日の昼まで残しておいて!」と云って帰って行った。私のカレーは、母も妹ももちろん私の子供たちも大好きなのだ。

 多分そう言うと喜ぶことを知って云っているのだろうけれど、その優しさが泣けるではないか。

安岡章太郎「犬と歩けば」(文春文庫)

Dsc_0164

 犬派、猫派、などという。どうでも良いようなものだが・・・私は断然猫派である。子供の頃は動物は何でも好きだったし、大きな犬も怖がったりしないほうだった。それがあるきっかけから犬があまり好きではなくなった。

 子供の時に暮らしていた家の隣人が、どういうわけか私の家と仲が悪かった。些細なことでたびたび苦情を言いに来る。ほとんど異常とも思えるところがあった。実は私の父とその家の亭主は郷里が近かった。何かその辺にも遠因があったのかもしれないが、父はさっぱり理由が分からない、と云っていた。

 その家ではいつも大型犬を飼っていた。しかも時々鎖を外して放し飼いにする。「人は咬まないから大丈夫」と云って平然としていたが、何人かが咬まれた。ついには飼い主まで咬まれたあと、犬を飼うのをしばらく止めていた。多分飼い方に問題があるのだろう。

 その犬にどういうわけか私も嫌われていてたびたび咬まれそうになった。まさか飼い主がけしかけてはいないのだろうが、怖くて仕方がなかった。

 それ以外にも理由はあるのだけれど、犬があまり好きではなくなった。それに小型の犬は怖くないが、やかましい。

 父はあまり生き物を飼うのは好きではなかったけれど、猫は何匹か飼った。特に最後に飼っていた「ノラ」というオス猫は賢く、父もこの猫だけはかわいがった。

 「ノラ」というのは母が名付けた名前だ。これは野良猫という意味ではなくイプセンの「人形の家」の自立した女性、ノラにあやかって名付けたのだ。メス猫だと思って飼い出したらしい。

 内田百閒の「ノラや」という本がある。かわいがっていたのに行方不明になった飼い猫の「ノラ」を求めて愁嘆のかぎりを書き綴ったものだ。自分の飼っていた「ノラ」が死んでしまったあとに読んだのだけれど、なんだか人ごととも思えず、母にも読ませた。

 犬でも猫でも、飼っている動物は確かに家族である。この安岡章太郎の本は、しばしば目線が犬に下りて世の中を見る。犬の思考法で人間を見る。当たり前のことが不思議なことのように見える。そしてその飼い犬のコンタが死んだとき、その視点を失ったことに気がつく。

 ある雪の夜、庭の片隅のコンタの墓の上にしんしんと雪が降り積もる様子を見る著者の思いがこちらに伝わってくる。

 生き物を飼うことは人間にとって大事なことかもしれないと思うけれど、不在が多い身ではそれも叶わない。唯一独り暮らしの残念なところだ。

140117_80

これはノラではない。残念ながらノラの写真はほとんどなく、数少ないモノクロの写真はまだデジタルで取り込んでいない。

誤記ではありません

 かんちゃんへ 
 「酒の飲み方」へのコメントをありがとうございます。とても嬉しいコメントでした。ところで「人並み」というのは誤記ではありません。私がお酒を覚えた世界では、酒量を一本、とか二本と云いました。銚子で一本二本ではありません。一升瓶で一本二本です。三本なんてのもいました(同じ人間とは思えません)。ちなみに私の長野県にいる友人は二本です。

 その一本すらようやっとの私ですから、本当は人並み以下でした。だから何とか一本と云うところで、かろうじて人並みと甘い目に自称しています。

河盛好蔵「人とつきあう法」(新潮文庫)

Dsc_0159_2

 「イヤなやつ」、「つきあいのいい人」、「割勘について」、「悪口について」、「他人の秘密」、「話題について」、「酒の飲みかた」、「時間を守ること」、「言葉づかい」、「礼儀について」、「おせじについて」、「父親とのつき合い」、「兄弟のつき合い」、「親友について」、「ライヴァルについて」、「友達のできない人」などの表題について、いろいろな実例を挙げながらウィットに富んだ文章が綴られている。表題は実はこの倍以上あるけれど切りがないので一部をあげた。

 これを読んでそれぞれの表題について自分なりに考えた。それをいくつか文章にしてみたけれど、日頃考えていることの浅薄さが現れるばかりで、自分の言葉になりきっていない。実例と云えば思い出話になってしまい、読む方にしたら「だから?」としか思えないものになってしまった。

 しかし魅力的テーマの数々である。折に触れ時々考えてみたいと思っている。

2014年4月11日 (金)

酒の飲み方

140325_29

 酒の飲み方がどうにも許せないひとがいる。そういう人とは一緒に飲みたくない。変に自分だけ醒めていてじっと人を見ているのや酒で相手が酔ったのを利用するようなのは願い下げだ。

 飲むほどに陽気になり、世の中すべてが許せるような気持ちになる酒が良い。

 気の合う相手と飲むのは格別だ。人は何か語りたいことが心にあるものだ。多分相手もしゃべりたいことがあるから、お互いに一生懸命語り合うけれど、たいてい相手が何を話していたのか良く覚えていない。それでもその満足感、幸福感は何にも代えがたい。

 酒を飲むと本性がでると云う。日頃おとなしい人が、飲むとぞんざいになり、変に絡んでくることがある。多分家庭でももてあましているに違いない。こういう酒は酒が可愛そうだ。

 又酒を水でも飲むように飲むひともいる。コップ酒やウイスキーをクイクイと一気に飲んでしまう。ああなるとお酒を身体で飲んでいるだけで、味など分かるわけもなく、幸福な気分に浸る前につぶれてしまう。これもお酒が可愛そうな飲み方だ。

 学生の時、寮に入る歓迎式で、夏みかんをくりぬいた器(二合は入る)で熱燗を何杯も飲まされた記憶がある。あれは大人への洗礼の一種みたいなものだけれど、あんな飲み方はあまり有り難くない。

 飲んで酩酊して「ストーム!」などと叫んで夜中に寝ている他の寮生たちを起こして回ったりしたけれど、ずいぶん迷惑なことだった。同級生で会社に入って社員寮でそれをやってクビになったやつがいた。当たり前だろう。人間、時には馬鹿なこともやるくらいでないとかわいげがない。しかしそれにも限度がある。

 女性のいるお店で飲むことが好きな人もいる。若い時には下心もあるから時々行ったけれど、どうもそういうお仕事の女性のいる店で飲むのはお酒も美味しくないし好きではない。もちろん気心の知れた女友達なんかといっしょなら大歓迎だけれど、ほとんどいない。だいたいお酒の好きな、しかも酒品の良い女性はたいそう魅力的で、他にもお呼びがかかるらしく、こちらにはご一緒する機会が回ってこない。

 鬱屈している時には決して独り酒を飲まないと決めている。必ず飲み過ぎてしまうし、二日酔いも直りにくい。

 そうでない時の独り酒は嫌いではない。簡単なつまみをいくつか並べてゆっくり飲む。録画していた好きな歌手のライブなんかをみながら、なんて言うのも良い。旅先で、人間なんて所詮独りだとうそぶきながら、窓越しに見える闇夜をぼんやりとながめて、ゆっくりと飲むのも好きだ。

 父親は下戸なのに、寮で酒を鍛えられたおかげで人並みに飲めるようになり、そのおかげで仕事も何とかこなせた。歳とともにお酒が益々美味しくなってきた。これから死ぬまでにどれだけ飲み続けられるのだろう。

 美味しいお酒のための良い相手と旅に・・・乾杯!

悪口

11041_97

 強烈な毒舌家なのに人の悪口は決して言わないというひとがいる。密かに尊敬し、見習わなければ、と思っていたのだが、凡人の悲しさ、気が緩むと人の悪口を言っていることに気がついたりする。

 サラリーマンが居酒屋で酒の肴に話すことと云えば、上司や出世の早い同僚の悪口になる。飲み仲間がそれで盛り上がっているのに自分だけそれに参加しないのはなんだか頑なすぎる気がする。それに人の悪口を言うことが楽しいことは事実だ。

 サラリーマンに限らず、話題の多くがその場にいない誰かについての悪口であるのは人の常ではなかろうか。

 ただし悪口はその場限りとし、次の場に持ち越さないのは最低のルールだろう。酒の場の悪口を他人に伝えたり、本人に告げ口するなどと云うのは最低の人間のすることだ。

 どうせ自分の悪口も酒の肴にされているだろう、位に思っていれば角も立たない。

 ところで本人を前に平然と悪口を言いながら根に持たれない、と云う人物もいる。どうしてかと考えてみると、当然相手に対して悪意がないこと、それどころか愛情があると相手に思わせるだけの人徳のある人物であることが分かる。

 うらやましいことだが、それでも時に密かに恨まれているのをみたりする。言葉にとらわれやすい人などには人徳は通用しないようだ。

 やはり悪口は、本人がいないところでその場限りであるほうが無難で健康なようだ。

イヤなやつ

 よほど変わっている人以外は、誰でも人に好かれたいと思っているはずだ。しかし相性が悪いというか、どうしても肌合いが合わない人というのがいる。

 何もこちらから嫌いだというサインを送ったつもりではないのに、何かとこちらに対して攻撃的な人なら、そういう人だとあきらめもつきやすいが、まことに慇懃で、そのそぶりも見せないのに、実はこちらを嫌っていることが何かの加減で分かったりするととても傷つく。

 こちらに何か非があったのかと考えてみても、鈍感なために思い当たらない(多分あったのだろう)。当然こちらも表面上のつきあいを続けながら次第に相手がイヤなやつになっていく。

 そういう人は敬して遠ざければ良いのだが、野中の一軒家に住んでいるのではないのでそういうわけにはいかないことが多い。

 社会心理学では「好かれる」「嫌われる」「無関心」の順に価値を置いている。関心を持たれないよりも嫌われる方がまし、と云うわけだ。イヤな言葉だがいじめに「シカト」というのがあるそうで、案外これが残酷ないじめらしい。「村八分」などと云うのがあるが、それを意識せずに模倣しているのだろう。

 相手にイヤなやつ、と思われないためには、極力自分が相手をイヤなやつ、と思わないようにする、と云うぐらいしか方法はないようだ。それでも必ずイヤなやつは残るけれど、少なくなることは間違いない。

 やはり些細なことに敏感に反応する人物よりも、相手から多少のイヤミ光線がでても悠然としていられる懐の深い人のほうが好かれるようだ。ただし自分が相手に不快感を与えるような、言動に鈍感な悠揚さはかえって嫌われるだろうが。

 私が苦手なのは、お酒を嫌う人(別に飲めなくてもかまわない)、苦労をしたことがなく順風満帆に生きてきて他人の不幸に鈍感な人(それなりの想像力がある人ならかまわない)、お金にルーズな人、思い込みの強い人。

 営業という仕事をしてきたので多くの人と接してきたが、幸いイヤなやつとの出会いは一握りで済んだ。

 それでも定年退職して独りになると、そのさばさばした状態が何より幸せに感じる。ただ、時々無性に寂しくなることもあるけれど。そういうときは誰かと酒を酌み交わしたくなる。

2014年4月10日 (木)

なつかしい

Dsc_0161_2

 実家の本箱を片付けている。まず文庫本を主に収納している小さな本箱を片付けた。古いもので読む可能性のないものを処分することにする。半分以上がそれに該当する。

 そのなかに柴田錬三郎の「孤剣は折れず」(新潮文庫)という本があった。この本のことは前にもブログに書いた。

 これは私が自分の小遣いで買った最初の文庫本だ。奥付を見ると、昭和三十七年十月三十一日発行、私の買ったのは昭和三十八年三月十五日の第二刷である。この四月に私は中学校一年生になった。たぶん中学に入って早々に買って読んだと思う。

 時々読みたくなり、新しく買い直したりしたから、三冊や四冊はあるはずだが、最初のこの本が残っているとは思わなかった。

 古い本だからうっすらと紙魚(しみ)も出始めている。だけれどこの本は捨てないで記念にとっておこう。大人の本を初めて自分で買って読んだ記念として。

Dsc_0162

 それと安楽庵策伝の「醒睡笑 上、下」(角川文庫)も出てきた。これは昭和三十九年発行の初版だ。この本については再読したら詳しく記すつもりだが、この本は落語などのネタ本として有名である。

 戦国時代末期から江戸自体初期にかけて策伝が集めたおもしろい話を書き残したもの。安楽庵策伝の身元については金森法印(長近)の弟、と云うのが有力だが異説も多い。

 たわいない話が多いけれども当時の言葉のまま読むととてもユーモラスでおもしろい。これを現代語訳してしまうとそのおもしろさが霧散してしまうのは不思議なほどである。

 古文は大嫌いで苦手だったが、補注を頼りに楽しんで読んだ記憶がある。「痩法師のすごのみ」などという話はいまでも覚えている。「八瀬」と「痩」がかけられている。すごのみは「酢好み」と「凄飲み」がかけられている。これだけなのだけれど、原文で読むとおもしろいのだ。たしかに痩せている人で斗酒なお辞せずという大酒飲みがいる(私の友人にもいる)。

 蛇足ながら気になるだろうから説明すると、八瀬の寺は昔から禁酒である。僧の中に酒好きで禁酒が出来ないものがいて、いつもとっくりのようなものを持ち歩いている。人がそれを「なんだ」、と訪ねると、「酢にて候」と答えた、と云うだけの話だ。その僧が痩せていたかどうかは知らない。

秘密の重み

 母の介護の手伝いのために実家に滞在している。主な介護は弟の嫁さんがするので、私がすることは限られているが、明日からの三日間は弟の嫁さんは家にいないので、全部やらなければならない。

 それ以外はどちらかと云えば暇である。

 暇な時のために本を持ってきているけれど、実家に置いてある古い本の方を読むことも多い。いま河盛好蔵の「人とつきあう法」という本を読み出している。そのなかに「他人の秘密」という一文がある。

 秘密についての人との関わり方をいろいろのパターンで考えていて、いろいろ思うところがある。

 友人から秘密の話を打ち明けられたら、その秘密は決して他の人には話さない、と云うのは暗黙のルールである。しかし知っていることを話さないというのは案外難しい。秘密を打ち明けると云うことはある意味で相手に重荷を負わせると云うことだ、と云われて肯くところがあった。

 安易に人に秘密を話すひとがいると思えば、誰にも話さず独りで苦しんでいるひとがいる。悩みを抱えて自殺する人には友人がいないことも多いと云う。秘密を話せる友人がいると云うこと、重荷を負わせてもそのことを苦にしない友人を持てると云うことはありがたいことだ。

 友人から秘密を明かされたのに、それほどのことと分からずに人に話してしまったことがある。それについて苦言を一言だけ言われた。人生の痛恨事であった。

 それからは心している。

 自分のことであまり話したくないことと云うのももちろんある。しかし黙っていると誤解されてしまうような事柄だと、誰かに理解してもらっておく必要もある。あることでそういう状態になった。悩んだ末に特定の人ではなく、ある程度誤解しないでくれるだろう人たちすべてにあえて話すようにした。

 知っている人は知っている、と云う状態にしたらとてもさばさばした。

 それよりもどうしてもそのことを話したくない、と云うひとが何人かいた、と云うことが私におもしろい発見のような気がした。

諸井薫「男の感情教育」(新潮文庫)

Dsc_0149

 エッセイ風で私小説風の短編集。300ページ足らずの中に32編が収められている。

 写真的な小説手法と云おうか。物語が叙述されていく、と云うよりもあるワンショット、ある瞬間から過去が見返されていく、と云うスタイルが多い。

 私は歌詞と云うのは このような手法のものが優れていると思っている。演歌で心に残るものは皆このスタイルだ。小説でもこのスタイルはあるけれど、この本はそれが凝縮されたものだ。

 大人の男とは何を考えているのか。その悲しみと後悔とあきらめ、それらが痛切に伝わってくる。いささかつらい話が多い。

 そのようにこちらの感情を波立てかき回すというのは優れた作品だ、と云うことだろう。この本は若い人や女性にはあまり受け入れにくいものかもしれない。でもこれがしみじみと理解できるすてきな女性なら・・・是非お近づきになりたい。

2014年4月 9日 (水)

司馬遼太郎「この国のかたち 一」(文春文庫)

Dsc_0004

 久しぶりに本棚から引っ張り出して読み始めたら止められなくなった。 

 先日福井雄三という人の「歴史小説の罠」という本で、司馬史観に日本人が呪縛されている、と司馬史観を酷評していた。

 統帥権が三権から独立し絶対不可侵であるかのような解釈がされはじめて終戦までの二十年間は、日本が日本ではないかのようであった、と云うのが司馬史観の根底にあるように思う。

 これについては、私も歴史を考えるというのは、何故日中戦争、そして太平洋戦争が起きたのかと云うことについてまず知り、考えることが最優先と考えて、学生時代からいろいろ本を読んできた。そして司馬遼太郎の考えに大いに賛同した。

 それを真っ向から日本陸軍は世界最強で、戦争に負けたのは海軍のせいだ、そもそものモンハン事件では日本はソビエト軍に惨敗などしていない、司馬遼太郎は検証もしないで妄言を唱えているなどという福井氏の本を読んでいささかカチンときていたところであった。

 日本は戦争に負けて良かったのだといまは思っている。もちろんそのためにほかの国々にいまだにとてつもないハンディキャップを負わされているが、今更戦争がなかった時代に戻すわけにはいかない。

 戦争に負けたから、軍人が大いばりで町を闊歩するようなことがないと云うだけでも良しとしなければならない。

 現代の日本人が、暗黒時代よりもずっとましであることの意味を日本人の特質、美質によるものであると云う司馬史観はやはり日本人を勇気づけるものだと思う。

140326_92

小林史憲「テレビに映る中国の97%は嘘である」(講談社+α新書)

Dsc_0002

 著者はテレビ東京のプロデューサー。ジャーナリストとはこういう人たちのことを云うのだ。2008年から2013年まで北京支局特派員として駐在し、取材先などで当局に拘束されること21回というつわものである。

 最近は中国もよほどのことがなければ外国の記者を逮捕することはない。しかし取材されては不都合なものが中国にはふんだんにあり、事件のたびに官憲によって取材は妨害され、指示通りにしないと拘束される(中国でも外国記者の取材の自由は認められており、法律に違反しているわけではないので逮捕ではない)。「あなたの身の安全を守るため」というのが拘束の理由として説明されるが、そんなのは言い訳に過ぎない。

 拘束の回数が多いと云うことは事件の核心にそれだけ迫っていると云うことだろう。著者もそれを自負しているに違いない。どこかの新聞社のように中国当局の発表のみを伝えてお茶を濁しているのとは違う。

 取り上げられている事件はすでによく知られているものばかりだが、その取材に記者たちがどれだけの思いと努力を傾けているかがあらためて分かった。

 特に尖閣国有化に反発する反日デモ(デモではなく暴動で、犯罪行為だ)の取材で、中国という国の社会システムがどのような(日本人にとって)異様なものかが今更のように感じられる。

 それと同時にあの事件のきっかけになった石原慎太郎の行動と、そのあとの無知で愚鈍な野田泥鰌宰相の対応のお粗末さを思い出した。

 あの胡錦濤主席と野田首相のやりとりがどのような意味があったのか、日本にいた私でも分かったのだから、著者は中国にいて「なんたる想像力の欠如した人間か!」と怒りを覚えたのに違いない。

 野田首相にメンツをつぶされたことにより、胡錦濤は次期習近平政権に影響力を残すことが出来なくなった。激怒して当然であるし、その姿を見た習近平が徹底的に反日のスタイルをとるようになるのは必然だったのだ。

 その野田氏が平気で日中関係の修復に行こうなどと云うのをみると、いまだにその自覚のかけらもないことに吐き気すら覚える。

 リアルな中国の姿の一端をこの本で知ることが出来る。

99120151

東海林さだお「ショージ君のぐうたら旅行」(文春文庫)

Dsc_0007_2

 著者の言うぐうたら旅行とは、計画も乗り物の手配もすべて他人任せにする旅行のことらしい。それはそれで楽で良い。それも旅先でぼんやりと景色を眺め、とりとめのないことを考え、夜は美味しいものを食べて酒を飲めればこんな好いことはない。

 しかし著者のぐうたら旅行は仕事が絡んでいる。その仕事が絡んでいるという一点においてすでにぐうたら旅行ではない。だからぐうたら旅行は夢であって、その旅行は出張らしきものになってしまう。

 振り返って私がするひとり旅は、誰もやってくれないからすべて自分が計画し、自分ですべて手配している。ぐうたら旅行ではないけれど、旅先では何も仕事が絡まないからのんびりしている。ぼんやり景色を眺め、行き当たりばったりに宿を定め、とりとめのないことを考え、美味しいものを食べて美味い酒を飲む。

 全く誰にも気を遣わないで済むというのが何より快適だ。

 遊民のひとり旅は出かける決心さえつけばこんなに贅沢なものはなく、里心がつくまでは幸せな気分にひたれる。

 なにがしかの蓄えがあれば(あまりないのが悔しいが)これこそぐうたら旅行だ。ああまた旅に出たい!何度でも出かけたい!

120412_1

 

隅田川遊覧

140408_9

浅草から船に乗って隅田川を遊覧した。

浅草寺のところで紹介したように人出が多い。待たされると覚悟していたら出向直前の船に乗り込むことが出来た。

140408_5

しかし当然のことながら窓側の席は埋まっているので外の景色はごらんのようにしか見ることが出来ない。

140408_47

140408_55

隅田川に架かる橋をいくつもこうしてくぐっていく。橋の下が浅いから展望デッキのあるような船に出来ないのだろうか。

船中で長命寺の桜餅の販売があったので買って食する。紙パックながらお茶付き。桜の葉っぱが三枚もまいてある。二枚を外し、一枚をつけたままで食べるのが美味しい食べ方だそうだが、私は三枚ともつけたまま食べた。やや塩味の勝った桜餅になった。でも美味い。

140408_17

浜離宮でほとんどの人が降りる。私はぐるりと回って帰るだけの切符にしたのでそのまま乗っている。ようやく窓側に座ることが出来た。浜離宮からは帰りの浅草へ乗る乗客がたくさん乗り込んできた。外国人が多い。

140408_29

浜離宮からこのレインボーブリッジが遠望できる日の出桟橋で折り返す。

途中、築地の魚河岸や竹島桟橋、佃島などを通過する。

140408_7

築地。このすぐ近くに新しい橋が出来るのと同時に移転が決まっているらしい。

140408_25

竹島桟橋。

140408_22

伊豆大島へ行くジェットフォイルが停泊していた。レインボーブリッジを過ぎたあたりから水中翼船になる。時速100キロ以上でるそうだ。

140408_44

隅田川の土手の桜。先週前半が見頃だったという。

140408_36

ウオーターフロント。

140408_69

スカイツリー。もう終着の浅草が近い。

 

140408_76

桜とスカイツリー。

日の出桟橋まで往復二時間足らずの船旅であった。

140408_87

おまけ。アサヒビールのこの金色の物体は炎を表すそうだがどう見ても金色のうんこにしか見えない。失礼。

2014年4月 8日 (火)

浅草寺へ行く

140408_20

久しぶりに浅草寺に行きたくなって出かけた(介護はサボった。ヘルパーさんにお願いしてある)。

地下鉄の浅草駅を降りたら人が多い。休日でもないのにどうしたことか、と思った。

140408_49

仲見世はこんなに人が多い。初詣の時ほどではないが、平日の人出ではない。

140408_44

140408_45

雷門前もこの通り。半分が日本人以外の国の人。

140408_15

そう、今日は四月八日、花祭り、お釈迦様の生まれた日なのだ。皆嬉しそうに甘茶をお釈迦様にかけている。

140408_21

神聖な白い象がいた。

140408_23

本堂の前。

140408_37

本堂を斜め横から。散り残りの桜もあった。

140408_40

浅草寺からスカイツリーを遠望。春だから少しかすんでいる。

このあと隅田川を船で遊覧することにした。

梨木香歩「りかさん」(新潮文庫)

Dsc_0003

 賢い小学生の女の子・ようこさんは友達が持っているリカちゃん人形を自分も欲しいと思います。おばあちゃんから何が欲しいか尋ねられた時、リカちゃん人形をねだりますが、おばあちゃんから送られてきたのは「りかさん」という日本人形でした。

 その、りかさんとの不思議な心の交流から、ようこさんは人形たちのいろいろな思いが、りかさんを通して分かるようになります。

 そこから幼いなりに過去のいろいろな出来事を知ることになります。人形にまつわりついたいろいろの怨念のようなものをどう乗り越えるのか。おばあちゃんに相談し、りかさんの助けを借りてようこさんは成長していきます。

 人形というものの不思議さを感じることがある。人形は単なる「もの」ではない。そのことを感じる人ならこの物語はちっとも不思議な物語ではない。

 太平洋戦争の前に、アメリカから日米親善のために日本に贈られた西洋人形・アビゲイルの運命を知る時、読者は怒りと共に言いようのない無常感に襲われるだろう。

 梨木香歩の描く物語には少女とその祖母との話が多い。母娘の間は絆が強い代わりに生臭い。それを超越した祖母と孫娘との間にこそ、自立した女としての継承が存在すると言うことなのだろうか。男には分からないけれど、でも何となくそうかもしれないと思ったりする。

2014年4月 7日 (月)

ものの言い方

 まことに感じの良い病院なのである。

 前回から母の泌尿器科の通院先が変わったが、私ははじめて付添として同行した。広々として新しい病院であり、職員も皆「おはようございます」とにこやかに挨拶してくれる。

 介護タクシーで正面玄関前に乗り付け、車いすの母を降ろして玄関に入った。長時間待つ可能性があるから、と言うのでリクライニングで横になれる車いすをわざわざ借り出してきていた。人の邪魔にならないところでその操作方法を聞いていた時だった。

 「あの車はお宅のですか?」という声がかけられた。やや甲高い切り口上で、周りの人も一斉にこちらを見る。介護タクシーの人は「はい、そうです」と答えたのだが、「あそこに置いたら困るんですよ、すぐどかしてください」と言う。

 五十前後の病院の女性だ。

 「すぐにどかしますからちょっと待ってください」と答えたのに、なにやらぐずぐずと言い続けている。用事が済まなければ車をどかすことは出来ないし、特に他の車が玄関前で困っている様子はない。

 慌ただしく車を移動したのはもちろんだが、非常に感じが悪かった。

 彼女は正しいことを正しく主張し、自分の役目を果たした。そのことをとがめることは出来ない。しかしこの病院に対する気持ちが一気にイヤなものに変わってしまったことは否めない。

 せっかく他の職員たちが全員さわやかに応対しているのを、この女性がぶちこわしている感じだった。

 ものの言い方というのがある。同じことを「恐れ入りますが、用事が済み次第、もう少し場所を移動してくださいませんか」などと言われれば全く問題ないことであった。そこまで丁寧でなくとも、にこやかに言われれば不快感はない。ものの言い方というのは大事だな、と教えられた。

蓑虫庵

Dsc_0123

蓑虫庵は伊賀上野にある芭蕉五庵の一つ。唯一現存する。

Dsc_0118

入り口。何の変哲もないが中の庭は手入れが行き届き風情がある。前の晩の風雨で片付けが大変だったのだそうだ。

Dsc_0131

蓑虫庵。わら葺き。

Dsc_0132

かかっている扁額。

Dsc_0133

屋根の上にはアワビの殻がいくつかのせられている。

Dsc_0126

庭にはいくつか句碑があるがこれは一番有名なものだろう。

  古池や蛙飛び込む水の音

この後ろに小さな池がある。石碑の下に蛙が彫られているのに気がついただろうか。

ここはこぢんまりとしているが街中の喧噪とはかけ離れた静かな空間だ。立ち寄る値打ちがある。

ここから途中寺町をぶらついて伊賀市駅まで歩いて帰る。電車の待ち時間があったので、近くの喫茶店で伊賀牛のカレーを食べ、帰途についた。良い運動になった。

伊賀上野・愛宕神社

Dsc_0107

鍵屋の辻からこの愛宕神社まで20分以上歩く。花冷えの日だったけれどこれで身体が温まった。

愛宕神社自体を目指したわけではなく、このなかに芭蕉ゆかりの五庵の一つ、無名庵の跡があると知って立ち寄ったのだ。

Dsc_0116

残念ながらこの石碑だけしか残っていない。

Dsc_0111

愛宕神社本殿。桜が満開。

Dsc_0113

水仙もきれいに咲いている。ここで一休みして少し先の蓑虫庵に向かう。

蓑虫庵は芭蕉五庵の中で唯一現存するものだ。

池上彰「ニッポンの大問題」(文春新書)

Dsc_0001

 副題「池上流・情報分析のヒント 44」

章立て
第一章 ニッポンの大問題
第二章 トウキョウの大問題
第三章 教育の大問題
第四章 中国の大問題
第五章 アメリカの大問題
第六章 世界のモメゴト大問題
第七章 新興国の大問題

 それぞれに現在ただいまの問題を取り上げてわかりやすく提示してくれている。問題に対して事実と自分の意見がはっきり区別されて書かれている(当たり前のことだが、しばしば判別しにくいものがある)ので読者は自分なりの答えを考えることが出来る。

 こうしてみると、ずいぶんいろいろな問題がこの世の中にあることがよく分かる。新聞やテレビのニュースを見る時の参考になるので一読をお勧めする。
 
 元々は週刊文春に著者が掲載しているコラムを現時点でまとめたものだ。

伊賀越え鍵屋の辻

Dsc_0085

鍵屋の辻へ向かうには踏切を越えて大きく曲がる坂を下る。鍵屋の辻は決闘の場所として知られる。

 

Dsc_0089

日本の三大仇討ちの一つがこの伊賀越え鍵屋の辻の決闘だそうだ。他の二つは曾我兄弟と赤穂浪士だろうか。

Dsc_0087

鍵屋の辻。

岡山藩の河合又五郎が同僚の渡辺源太夫を殺害して出奔した。藩主の池田候が行方を調べさせたところ、旗本の安藤方にかくまわれていることが判明。しかし安藤家と岡山藩には確執があった。そのため引き渡し条件を岡山藩がのんだにもかかわらず、安藤家は河合又五郎の身柄を引き渡そうとしない。

激怒した池田候は源太夫の兄、渡辺数馬に上意討ちの免許を与える。数馬は大和郡山藩に仕える姉婿の荒木又右衛門に助太刀を頼み、この鍵屋の辻の前の茶屋で待ち伏せ、見事討ち取った。

このとき河合又五郎側は11人、渡辺数馬側は4人であった。

この事件は芝居や文楽の外題になっているが、いまこの話を知っている人はどれだけいるだろうか。

Dsc_0096

資料館には錦絵がたくさん展示されている。

荒木又右衛門は柳生流・柳生十兵衛の弟子の剣豪だった。彼がいたからこの仇討ちは成功したと云われる。

Dsc_0090

荒木又右衛門の刀など。又右衛門の刀はこの闘いで折れたという。

又この事件のあと、彼は急死している。闘いによる傷ではなく、毒殺されたとも云われる。

Dsc_0098

資料館の裏には、討ち取った河合又五郎の首を洗ったという首洗いの池がある。

Dsc_0104

鍵屋の辻の前には数馬茶屋がある。昔仇討ち側が潜んでいたのは「萬屋」と云う茶屋だそうだが。

ここで甘酒を飲んだ。

Dsc_0105

店の中から。

一息入れて愛宕神社、そして蓑虫庵に向かう。だいぶ歩く。

2014年4月 6日 (日)

伊賀上野・崇廣堂

Dsc_0064

崇廣堂の講堂にかけられている扁額。崇廣堂を開いた藤堂家10代藩主が米沢藩主・上杉鷹山に頼んで書いてもらったものだという。

崇廣堂は伊賀・大和・山城に住む藩士の子弟のために伊勢津藩の藩校・有造館の支校として建てられた。

江戸時代は朱子学が盛んで、普通は孔子廟を必ず置いたものだというが、当時の藩校としてはめずらしく、ここは孔子廟を持たない。

Dsc_0082

現在残されているのは講堂とそれに付随する一部の建物と庭園、そして寮の一部のみである。実際はとても広かったらしく、現在この崇廣堂のぐるりを囲むように崇広中学校が建っているが、それは本来崇廣堂の敷地のようだ。

Dsc_0063

講堂。扁額はこのようにかかっている。

Dsc_0066

講堂の内部。

Dsc_0060

資料室(ここでビデオを観ることが出来る)から建物をみる。正面右手が講堂。

Dsc_0072

庭園の奥から講堂をみる。手入れが行き届いているが、松が枯れかけている。松食い虫だろうか。

このあと有名な伊賀越え鍵屋の辻へ向かう。

伊賀上野

伊賀上野に桜を見に行こうと思い立った。伊賀上野なら桜も少し遅いからちょうど盛りではないか。

Dsc_0003

早朝家を出た。夜明けの光にマンションの桜が輝いて見えた。

名古屋からJRで亀山で乗り換えて伊賀上野に行く。さらに伊賀上野から伊賀鉄道で上野市駅へ。あとは市内を歩いて回った。

上野公園まで駅から近い。まず忍者屋敷でも覗こうと思ったら、何かの会合で開場が遅れているという。

Dsc_0015

忍者屋敷の前に装束らしきものを来た人たちがたむろしている。忍者屋敷は以前みたことがあり、からくりも知っているのでパスすることにした。

Dsc_0022

忍者屋敷のすぐ隣に俳聖殿がある。伊賀上野は松尾芭蕉の生まれたところ。俳聖殿は案外大きなものだ。

天守閣の前に石垣を見に行く。

Dsc_0038

Dsc_0036

立派な石垣であった。

お城のほうからなにやら賑やかな声が聞こえる。

Dsc_0046

忍者の装束をした幼稚園生たちであった。

Dsc_0047

お城と幼稚園児たちと桜。

なかなか美しいお城だ。

このあと上野市内を散策した。

朝からトイレと風呂を掃除

朝からトイレと風呂の掃除。今日からまたしばらく母親の介護の手伝いに出かけるのだけれど、サボっていたので出かける前に慌ててやったのだ。

昨日は伊賀上野に出かけた。

Dsc_0050

天気を心配したけれど、幸い昼前から晴れてきた。その写真はこの上野城の写真一枚をとりあえず見ていただいて、詳しいことは今晩か明日載せます。

とにかくざっと片付けてもうすぐしたら出かける予定。

恐怖のリバウンドが始まった気配。この頃ドライデーがだんだんなくなってきているから当然だ。また医者に苦言を呈されるのはかなわない。少し控えなければと思うが、弟が一緒に酒を飲むのを楽しみにして待ってくれているのでつらいところだ。

さあ千葉までのんびり走って行くことにしようか。

2014年4月 5日 (土)

辺真一「大統領を殺す国 韓国」 (角川oneテーマ21)

Dsc_0144

 朝鮮半島情勢について、テレビの湖面テータとしておなじみの著者が「コリア・レポート」の編集長として戦後歴代の韓国大統領の歴史的意味とその末路をまとめている。

 韓国の大統領でその任期が終了したあと、平穏に余生を送れている人はほとんどいない。以前からその異常さはどうしたわけか、と思っていたが、この本を読んでその疑問が氷解した。

 簡単ではあるが、この本はそのまま韓国という国の戦後史でもある。おおむね知っていたことではあるが、こうして通史として韓国の政治史を概観すると、現在の朴槿恵大統領の行動が理解できないことはない。

 韓国の国民性としての親族尊重、「地域主義」という病理が、いかに韓国の政治に影を落としているのか、これはほとんどの日本人には理解がしにくい。

 たぶんこれを乗り越えないと、韓国は先進国の仲間入りが出来ないのではないだろうか。

 在日である著者はそれでも韓国に希望を持っていてその視線は温かい。このような人が今後とも韓国と日本の架け橋になることを願う。

Dsc_0038

他人の幸福は自分の不幸か?

Dsc_0084

 「人間万事塞翁が馬」と云う。「禍福はあざなえる縄の如し」とも云う。幸福と不幸は互いに隣り合わせで、良いことがあれば悪いこともある。それをプラスとマイナスとしてみれば総量はゼロではないか。

 いや、全体として大きくプラスのひともいるし、大きくマイナスのひともいる、と考えるひともいるだろう。しかし、それでもすべてのひとの収支を合わせると、全体としてはゼロではないのか。

 経済だけに限って云っても、ある国が豊かであるのはどこかの国が貧しいからだと云う考え方がある。ゼロサム社会という考え方だ。

 中国が世界の生産工場として台頭したことで世界はデフレになり、中国は豊かになったが、豊かだった国々、特に日本は貧しくなった。これもゼロサムという考え方で理解できる。

 このような考え方から、当然のように、自分が豊かになるためには他人に打ち勝たねばならない、と云う競争社会が生まれる。他人の不幸は自分の幸福、他人の幸福は自分の不幸、と密かに心の中で思うようになる。

 「他人の不幸は蜜の味」と云うではないか。

 先日、ブータンの仏教のドキュメントを見ていてGNH(Gross National  Happiness)=国民総幸福量と言うブータンの国王の方針にちょっと考えるところがあった。

 誰かが不幸ではないと幸福とは云えないのか?みんなが幸福になることを目指すことが出来るのではないか?

 ゼロサムという思考法にとりつかれるから、競争の激しい社会が当然とされる。そのことが世界をかえって不幸にしているのではないか。

 それに反発して社会主義思想が生まれる。たしかに不幸な人々に再配分することは必要なことだろう。しかし根底にゼロサム社会が必然だという思考があれば、結果はあの二十世紀の不幸な実験結果が示すとおりだ。いま社会主義を唱えて存続している国のどこに社会主義があるというのか。

 たぶんゼロサム社会というのは現実社会の冷厳な事実なのだろう。世界情勢はそれを元に解釈すると説明がつくことが多い。しかしそれは皆がゼロサム社会という信仰を心の底で必然として信じているからこその社会のありようではないか。

 いま中国と韓国は日本をこき下ろすことに夢中になっているように見える。日本の経済が低落したことと中国と韓国が急成長したことが相関していると感じているのだろう。だから日本が再び豊かになることが彼らの急成長にブレーキをかけることになる、と危機感を感じているような気がする。

 安倍首相の「日本を取り戻す」というキャッチフレーズは、彼らには「中国と韓国の不幸を目指す」と聞こえているのではないか。

 なんだか救いのない世界に見えてしまうけれど、そこにブータンの「みんなが幸せになることが可能だ」と云う考え方、「他人の幸福は自分の幸福」と云う考え方の可能性を見直したい気がするのだが・・・

 いまそのブータンにもグローバリゼーションの大波が押し寄せている、と云う。

2014年4月 4日 (金)

映画「ベルセルク 黄金時代篇Ⅲ 降臨」2013年日本

 「ベルセルク」シリーズの第三篇。監督・窪岡俊之。

 「ベルセルク」の暗黒世界への序章がこれで終わる。物語の本編がこれから始まる。このアニメシリーズはそういうわけでこれからも続く。

 ガンツが何故隻腕隻眼か、今回で明らかにされている。またグリフィスの転生が起こる。とにかくすごい。

Dsc_0002 転生したグリフィス

 ドン姫がこの第三篇はかなりえげつない、と言っていた。その通りすさまじい(スプラッターの極地)けれど、私の体調が良好だったせいか、特に気持ち悪くなることもなかった。

 今度ドン姫が来た時に、もう一度一緒に観よう。

 その前に「蒼穹のファフナー RIGHT&LEFT」と「蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH」を観たのだけれど、こちらは「機動戦士ガンダム」、「巨神イデオン」と同じモビルスーツもの。エヴァンゲリオン的テイスト(敵が地球外の未知の異性物)がある。日本人というのは鉄人28号以来このモビルスーツが大好きみたいだ。こちらの評価はまあまあ。

映画「エンド・オブ・ザ・ワールド」2012年アメリカ

5

 監督ローリーン・スカファリア、出演スティーヴ、カレル、キーラ・ナイトレイ他。

 小惑星が地球に衝突して人類は破滅してしまうことが明らかになった世界で、人々がカウントダウの中でどうするのか、という設定で物語が進行する。

 主人公(スティーヴ・カレル)は妻に逃げられ、世界がどうなろうとどうでもよい気持ちでいる。友人の乱痴気パーティに無理矢理誘われるが、あてがわれた女にもドラッグにも全く興味を感じない。パーティ会場をあとにして、自宅のアパートに帰った彼は、窓の外で泣く若い女性(キーラ・ナイトレイ)に思わず声をかける。

 彼女は同じアパートに住む、ちょっとエキセントリックなイギリス女性で、同棲していた男と別れたところだった。彼女は両親の住むイギリスに帰るつもりが最後の飛行機に乗り遅れ、泣いていたのだ。

 性格も生き方も全く違い、はじめて口を利いた二人だったが、なんとなく互いに安らぎを感じる。

 彼女は自分の所に誤配された郵便物を彼に渡す。面倒なので彼女がそのままほうって置いたものだ。それは彼が昔本当に心から愛した女性からの手紙だった。彼はついに生きる希望を再び見いだす。

 やがて彼は自家用飛行機を持つ知り合いに彼女を頼むことを提案、同時に彼の手紙の女性を訪ねる旅に二人で出かけることになる。

 世界の終末が迫る中、街では暴動が起き、かろうじて逃げ出した二人だったが、お粗末なことにガス欠で立ち往生してしまう。ヒッチハイクでピックアップトラックを停め、近くの町に乗せてもらおうとするが運転していた男の様子がおかしい。

 日常的なような、しかし投げやりのような不思議な世界の中で、それからいろいろな出来事が続く。

 人間はもっとじたばたするような気もするけれど、案外こんなものかもしれない。死ぬ時がはっきり分かったからといってどうしてもしたいことなど大してないのかもしれない。

 意外なような、当然のような終わり方のラストだ。

 あまり金をかけずに作られた映画で、淡々と物語が進行する。意外な役でマーチン・シーンが出る。題名から期待するようなおもしろい映画ではないが、案外記憶に残るかもしれない。

 キーラ・ナイトレイといえば「パイレーツ・オブ・カリビアン」のあのヒロインだが、私の最も印象に残っているのは最近観た、「危険なメソッド」という映画の精神疾患の女性の役だ。あれは強烈だった。

梨木香歩「エンジェル エンジェル エンジェル」(新潮文庫)

Dsc_0094

 ファンタジー小説ではないのでエンジェル(天使)は出てこない。

 人は悪魔の心を隠し持っている。自分が望んだことではないのに、自分自身も心の傷になるような、悪意の発露を止められない。そのことを一生後悔しながら誰にも言えず、自分自身を密かにさいなみ続ける。

 半ば寝たきりになった祖母の面倒を見る孫娘が飼いはじめた熱帯魚の生態を通して、薄れかけていた祖母の記憶がよみがえる。

 人は許されるのか。誰かに許されても、自分自身が自分を許せない。祖母は死の直前にその自分を許すことが出来るだろうか。

 複雑な展開はないのでさらさらと読めてしまう。だからテーマを軽く観てしまうかもしれないが、実は重いテーマなのだ。生きることの理不尽さが胸にしみる。

 私は後悔が嫌いである。過ぎたことを今更悔やんでも仕方がない、と思っている。そんな私でも、自分を振り返ってみれば、いくつか思い出すだけでも自分がいやになるような記憶がある。嫌々ながらそれを思い出してしまった。

2014年4月 3日 (木)

安生正「生存者ゼロ」(宝島社文庫)

Photo

 第11回「このミステリーがすごい」大賞受賞作。おもしろい!

 北海道沖の石油掘削基地に従事する人々が全員死亡した。緊急派遣された自衛隊員が見たものはその凄惨な死に様だった。箝口令が敷かれ、極秘裏に原因追及が進められた。新種の細菌が発見されたもののそれが死の原因であると特定することが出来ないまま時が過ぎていく。死に至るような現象の再現が出来ないのだ。

 そして翌年、新たな災厄が北海道の地方都市を襲う。その災厄に対して日本政府は無能をさらけ出し、いったん収束したかに見えた事態は、実は限界を超える対処不能の事態へ密かに拡大していたのだ。

 これは人類に対する神の鉄槌か。

 この災厄の原因究明こそがこの小説のおもしろいところなので、それについては触れないでおこう。なるほど、起こりえる事態だ、と思わせてくれる。つまりリアリティがあるのだ。

 文庫で500ページ弱だが、読み出したら途中で止められず、一気に読了した。とにかくおもしろいから読んで欲しい。


 時の日本政府は、長期政権だった自由党から政権を奪った民政党だった。主人公たちから素人集団、と罵倒されるそのうろたえぶり、無能ぶりには物語なのに強い怒りを覚える。

 まさに民主党が東日本大震災で露呈したお粗末ぶり、また中国との尖閣をめぐる対応のお粗末ぶりを彷彿とさせ、それに対しての怒りと重なって頭が熱くなった。

2014年4月 2日 (水)

ブータンの仏教

15

砂絵の曼荼羅。

2007年に放映された、五木寛之が21世紀の仏教を訪ねる旅の番組をNHKアーカイブスで再放送した。全五回にわたったもののうち第三回を観た。

4

ブータンは、先年新しい若い国王夫妻が来日したことで記憶に新しい。国民総幸福量=GNHを求めることを国是としている国だ。

14

五木寛之の後ろがブータンの首都・ティンプーの街。

ブータンの仏教はチベット仏教。チベット仏教を国教としている国はブータンだけである。この国では、人は輪廻思想を信じており、人は死んだら必ず生まれ変わる。だから荼毘に付すけれども墓はない。

9

ブタンに仏教を伝えたグル・リンポチェ。どのお寺にもあり普通の家にもまつられている。

10

異教徒を釈伏する男女合体神。

1

ブータンには懐かしさを感じ、帰りたくない心持ちがした、と語る五木寛之。

経済がすべてを支配している現代社会は隘路にいるのかもしれない。その出口へのヒントがブータンの仏教思想ではないか。

おまけ

8

ブータンのソバの花。赤い!

ブータンに行ってみたくなった。いま急激に俗化が始まっているという。今行かないとブータンの良さは失われるかもしれない。

番組では触れられていないが、漢方薬の不法採取に中国人が数多く密入国し、国境を荒らしているらしい。ブータンにはそれをはねのける力はない。

名古屋の桜

いつも月初めは所用があって名古屋に出かける。桜が咲いているというニュースを見てうずうずしていたが、その用事に合わせて名古屋の桜を見物に出かけた。

140401_11

最初に那古野神社の桜。ここは営業所から近いこともあって勤務中は夜桜の見物に毎年行っていた。

140401_7

神社内にはたくさんの夜店が出て、地面にゴザを敷いた席も作られていたのだが、三、四年前から全くなくなってしまった。何か問題でも起こしたのだろうか。あの賑わいも悪くないのだが。

140401_5

那古野神社内には東照宮がある。新入社員を連れての参拝だろうか。

続いて名古屋城の方向に向かい、途中にある護国神社に寄る。

140401_30

護国神社は満開の桜に子供連れや着飾った人など、人出も多く、賑やかであった。神社の幟と桜。

続いて名古屋城の桜を見に行く。

140401_38

名古屋城外堀沿いの桜も満開。

140401_43

天守閣と桜。

140401_56

このしだれ桜は七分咲きというところか。色が濃いので目立つ。

140401_53

お堀にかかる桜の枝。逆光に映える。

140401_52

こちらは順光。

昼過ぎに出かけたので鶴舞(つるま)公園まで足を伸ばすのはやめておいた。あそこもすばらしかろう。

歩き疲れたけれど、桜を堪能し、桜に酔いしれた。満足であった。

空気清浄機

 数年前にダイキンのちょっと大型の空気清浄機を購入し、最近ではほとんど在宅している時はつけっぱなしにしている。というのは、はやりの花粉症らしき症状が現れたからだ。

 空気清浄機が働いていてくれるおかげで幸い快適に暮らせている。

 自動設定にしているのでほこりやにおいのセンサーが働くと、普段グリーンのLEDが黄色になったりオレンジになったり、時にレッドになり、それに応じてパワーアップしてウンウンいいながら仕事をする。

 普段寝起きする場所の脇に置いている。布団の上げ下ろしのたびに当然ほこりが出るのであろう、センサーが黄色くなり、せっせと空気を清浄にしてくれる。

 残念ながら空気清浄機がいくらせっせと仕事をしても部屋にほこりがたまらない、ということはなく、掃除をしないで済む、というわけにはいかない。

 たまに屁をひるとセンサーが黄色に、時にオレンジになってウンウンいい出す。自分でも閉口するようなやつを寝床でぶっ放した時に布団を上げてぱたぱたすると、真っ赤になって全力を挙げて働く。

 今のところ加齢臭での反応はない。加齢臭があまりないのであれば幸いだが、加齢臭にはセンサーが働かないのかもしれない。自分では分からない。そばによるたびに働かれてもね。

2014年4月 1日 (火)

蓮茶を飲む

Dsc_0001

 普段嗜好的に飲む物。緑茶、茉莉花茶(ジャスミンティー)、普洱茶(プーアル茶・雲南省で買ってきたもの)、ウーロン茶、コーヒー、薔薇茶(香りが強すぎて滅多に飲まない)など。

 普洱茶は糖尿病の薬としての意味もあるし、結構好きなので、大きな塊で買ってきたのだが、8年ものが先日飲み終わってしまった。

 15年ものの高いのがあるのだがまだ手をつけていない。これは父親のために買ってきたのだが、残念ながら飲んでもらう前に死んでしまった。

 去年の11月に北ベトナムに行ったときに蓮茶を買ってきた。独特の香りがあり、ベトナムの香り、と思ったのだけれど、日本で飲むといまいち美味くないと感じて最近はほとんど飲んでいない。

 ベトナムといえばベトナムコーヒーが美味いのは承知しているけれど、蓮茶の方が安かったのでこちらを買った。たぶんもっと美味しい蓮茶もあるのだろう。安いのを買いすぎたのかもしれない。

 ところが普洱茶が切れたのを機に蓮茶を飲んでみたら、意外に美味い。何故以前は美味いと思わなかったのだろう。

 こういう香りのあるお茶は精神を安らげてくれる。その上蓮茶の薬効は、「目に良い」ことだという。良いではないか。飲み物のレギュラーの一員に加えることにしよう。

Dsc_0004

 ところで15年ものの普洱茶は何時欠こう。欠く、というのは板状の塊(ほとんど石みたい)なので欠き割らないと飲めないからなのだ。

人生劇場と男と女

 「人生劇場」は尾崎士郎の自伝的大河小説である。一部は文庫本で読んでいる。映画は加藤泰監督の松竹映画(「人生劇場」青春編、愛欲篇、残侠篇、1972年)のみ劇場で観ているが、全部で14回映画化されているそうだ。この映画では青成瓢吉を竹脇無我、飛車角を高橋英樹、おとよを倍賞美津子、吉良常を田宮二郎が演じていた。瓢吉の父親・瓢太郎役、森繁久弥が良かったのと、瓢吉に捨てられる女・小岸照代を演じた任田順好の不気味さが忘れられない。宮川は渡哲也であった。

 今回は録画してあった「人生劇場」の飛車角シリーズ、「人生劇場 飛車角」1963年東映、「人生劇場 続飛車角」1963年東映、「人生劇場 新飛車角」1964年東映、「人生劇場 飛車角と吉良常」1968年東映の四本を見た。

 本来「人生劇場」は青成瓢吉が主人公であるが、このシリーズではその物語の残侠篇を元に、飛車角(鶴田浩二)を主人公にした任侠映画にしてある。最初の二本は全体で一つの物語になっている。この映画がヒットしたことで、東映は任侠映画、そしヤクザ映画を量産することになったと云われている。

 吉良常が月形龍之介。この人がちょんまげ姿でないのを初めて見た。この人が映画の水戸黄門だったことをどれだけの人が覚えているだろうか。たいていの人は忠臣蔵の悪役の吉良上野介として記憶しているに違いない。そういえばおもしろいことに吉良ということでは大いに関係があるわけだ。

 おとよは佐久間良子、当たり前だけれど若い。そして宮川は高倉健。ちょっと格好が良すぎるけれど好演。

 もちろん任侠映画だから悪役がいて、義理のために女を振り捨てて命がけで敵を斃す物語なのだが、そのためにおとよは運命に翻弄されることになる。おとよに関わる男たち、女たちもやはりそのような運命に翻弄された人たちだ。最後の最後に満州の荒野の小さな町でようやく再び巡り会う飛車角とおとよの姿に、男と女の運命とは何かを強く感じさせる。

 そういえば「人生劇場」という物語自体が、繰り返し男と女の運命を、つまり人間の運命を考えさせるものであるようだ。

 三本目の「新飛車角」は「人生劇場」の名を借りて、主人公を鶴田浩二が演じているというだけで、時代背景も登場人物も全く原作と関係がない。ただし、舞台に三州吉良が使われている。題名に飛車角という名が入っているが、飛車角という名前は一度も使われることはない。

 ここでは角さんと呼ばれる鶴田浩二が、南方の戦地から奇跡的に復員した男を演じている。待っているはずの女・佐久間良子は行方不明、それを求め続ける物語と、戦後の、侠客など生きられないすさんだヤクザ社会での筋の通し方が破滅的に描かれているのだが、鶴田浩二は役柄を越えて自分自身の気持ちをぶつけているような迫力を感じさせる。ストーリー自体はあまり好きな流れではないけれど、鶴田浩二のこの迫力は強烈に印象に残る。

 最後の「飛車角と吉良常」は本来の「人生劇場」の残侠篇を比較的忠実になぞっている。もちろん飛車角は鶴田浩二だけれど、吉良常は辰巳柳太郎だ。老侠客の矜持が見事に演じられている。おとよは藤純子。われらがお竜さん(「緋牡丹博徒」)がここでは影の薄い女を可憐に演じている。美しい。

 前三作は沢島忠監督だが、第四作は内田吐夢監督。内田吐夢は、任侠映画やヤクザ映画はこれ一本しか撮っていないという。前半はオーソドックスな任侠映画だが、ラストの出入りのシーンでは突然コントラストの強いモノクロ画面に転じる。闇夜の中の争闘シーンで血しぶきが上がるはずが、断片的にしかよく見えない。なんだか夢の中にいるようだ。宮川(高倉健)の死骸の前で泣き崩れるおとよを置き去りにして蹌踉と立ち去る飛車角を靄が包むのだが、ここでその靄にだけ舞台のライトのように赤や青の色がつけられる。

 何だがいい意味でも悪い意味でも内田吐夢のこだわりが感じられる。

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

最近のトラックバック

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 心と体
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ