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2014年11月

2014年11月30日 (日)

引き出物、快気祝いなど

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 結婚式に呼ばれると、引き出物を持って帰らなければならない。それがやたらに大きく重いものだったりすると、つらい。そして家に帰って開けてみたらすでに二つも三つも持っているものだったりすると、どこかに収納して死蔵することになる。

 なんとか喜んでもらえるものを、と考えてくれているのだろうけれど、だいたいかぶる。そしてかぶらないものを工夫してくれてもあまり欲しくないものであることが多い。人の好みは思っている以上に千差万別だ。

 最近カタログを送ってくれて、自分の希望のものを選ぶことが多くなったのはそういう背景があるからだろう。

 ところがそのカタログにぴんと来るものがないために、本当に欲しかったかどうか分からないようなものを選んだりしてしまうことがある。

 妹の旦那がちょっと手術をした。その快気祝いのカタログが送られてきた。妹に聞いたら、自分は家に残るものは選ばないようにしている、たいてい食べ物にしてるよ、ということであった(送った本人に聞くのも変だけれど、兄妹だから良いのだ)。

 なるほど、カタログを見ると半分は食べ物や飲み物だ。最近それを喜ぶ人が増えていると言うことなのだろう。記念のものを残す、という発想は、いまのように家の中にものがあふれている時代にそぐわない。だから使ってなくなるもの、食べてなくなるものを選ぶのが良いのか。

 眺めていたら、日本の「白茶」というのがあった。お茶大好き!特に白茶は中国に行くと良く買う。最近中国に行かないのでとっくに在庫は切れている。今回当たりが出ればありがたい(自分で追加注文できる)。

 なんだ、カタログにも是非これが欲しい!というものがあるじゃないか。

 白茶についてはそれを飲んでから報告する。

江戸川乱歩全集

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 昭和44年に第一巻配本の「江戸川乱歩全集」(講談社)は、全15巻だけれど、第13巻と第14巻が「探偵小説四十年 (上・下)」、第15巻が「幻影城(正・続)」なので購入せず、手持ちは12巻まで。

 真っ黒い外箱に臙脂色の布の表紙、挿絵は横尾忠則(それ以外もある)。ちょうど刊行中のときは大学生で、なけなしの金をはたいて毎月店頭に並ぶのを待ちかねて購入した。私の宝物である。

 これを実家の本棚に並べてある。介護にやって来たので久しぶりに引っ張り出して、第一巻「屋根裏の散歩者」から読み直している。第一巻は初期の短編がたくさん収められている。「二銭銅貨」「一枚の切符」「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」など本格ものも多いけれど、この巻でもっとも好きなのは、きわめて短い「白昼夢」という作品だ。イメージがあまりにも強烈なので、私自身が実際に見たような気がしている。ショーウインドウに生首が飾られて、それを「自分が殺した女の生首だ」と告白する男を、居並ぶ観客がゲラゲラ笑っている様子は、あり得ないけれど、見た記憶がある。横尾忠則の挿絵が凄いけれど、今回はカメラをもってこなかったし、スキャナーもないのでお見せできない。

 巻末の「闇にうごめく」だけは少し長い中編である。このすさまじい、限界を超えた異常世界(カニバリズム・開高健も究極の食として論じている)は精神的に不健全である。学生のときにこんなものを読んでいたのではちょっと危ない。

 暗闇の中で飢渇にさいなまれ、さまよう、というのは「孤島の鬼」でも描かれているが、あちらはラストに救いがある。この「闇にうごめく」のラストは陰惨の極みである。

 とはいえそれを放り出さずに読むのだから私は大丈夫だろうか。想像力の果ての不健全を物語で読むことでかえって健全を維持する、ということがあるのかも知れない。もし私が精神的に健全なら、だけれど。

 さあ、次は明日一日、第二巻「パノラマ島奇談」を読むことにしよう。表題の「パノラマ島奇談」の世界もすさまじい。発狂の世界だ。

2014年11月29日 (土)

紙袋

 先月初めに部屋の片付けをして、大量にため込んだ紙袋を処分した。そのことを話したら弟たちが残念がった。老母の介護をしていると捨てるものがたくさん出るので、それを一時的に入れておく袋がいくらでも必要なのだそうだ。気が付かないことであった。
 
 まだ残してある袋が少なからずある。全部持って行っても、私のほうは今後また増えることがあってもなくて困ることは考えにくい。土産にならないものだけれど、役に立ててくれれば有難い。

 信州の友人からリンゴが届いた。これは土産になるので、自分が食べる分を残してこれも持参することにする。

 これでささやかな手土産も準備できた。今晩仮眠したあとに千葉へ走る。深夜走るのは東名高速の料金が多少は浮くからだ(30%引き)。ただし運転は慎重を要する。土曜から日曜にかけての深夜はそれでもトラックがいくらか少ないから走りやすい。

ぬくぬく

Dsc_2516布団を干す

 体が温かいと寝付きが良いらしい。寝る一二時間前に風呂に入って体を温めておけばちょうど良いのだが、つい風呂から上がったあとに何時間も起きているので、体は冷え始めている。

 布団が暖かければ寝付きが良くなるに違いない。そこで布団乾燥機を引っ張り出してきた。太平洋側では冬でも布団を干せるけれど、日本海側では晴れる日が少なく、雪も降るから湿度も高くてなかなか布団を干す機会がない。そこで布団乾燥機が必需品となる。

 金沢にしばらく暮らしていたので布団乾燥機を持っているのだ。殺菌のためにも天日干しが好いのだろうけれど、いまは陽が落ちるのが早いからせっかく暖まった布団も寝る頃には冷たくなっている。

 そこで引っ張り出した布団乾燥機で布団を温めてみた。布団はふかふか、中はぬくぬく、極めて快適。あっという間に寝付くことが出来た。夜明け前に目覚めたら毛布が掛け布団の外に放りだしてあった。睡眠の深さも十分で、寝覚めもさわやかである。

 布団乾燥機はしまわずにいつでも使用できるようにした。やみつきになりそうだ。

 今晩からまた老母の介護の手伝いに千葉へ。用事がいろいろあるので今回は短期間の予定。帰ってからタイヤ交換をするために金沢にいかなければならない。ちょうど雪に出会いそうで、ちょっと手遅れ気味。参ったなあ。

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2014年11月28日 (金)

小林史憲「争乱、混乱、波乱!ありえない中国」(集英社新書)

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 前著「テレビに映る中国の97%は嘘である」(講談社+α新書)に続く著者の中国ルポである。帯に「拘束21回!」とあるように、リアルな中国を取材しようとすれば、中国にとって不都合であると見なされて官憲による介入が行われることがしばしばある。昔と違って外国人記者はよほどのこと(中国の法律に違反することなど)がなければ逮捕監禁までされることはなくなっているけれど、「あなたの身の安全のため」という理由でやんわりと取材が妨害されるのだ。

 このへんのことは前作をとりあげた今年の4月9日付の拙ブログを見てもらいたい。そこでも書いたけれど、拘束回数が多いと言うことはそれだけ核心に迫っていると云う事でもある。その取材はスリリングで、フィクションよりドラマチックであり、読んでいてどきどきする。

 しかしここまで突っこんだ取材をしたからと云って国外退去を強制されたりしないところは、中国が昔と多少は変わったことのあかしかも知れない。それよりも著者がここまで踏み込んだ取材で現場の状況を報道しているのに、大手新聞社などは相変わらず中国政府のスポークスマンのコメントと、大都市の通りがかりの人へのインタビューの報道に終始しているように見えるのはどうしたことか。自ら身を挺して取材していないとすればジャーナリストとしての堕落だろう。戦前、戦時中に海外から正しい世界情勢を伝えた記者の報告を握りつぶし続けた新聞社と同じ臭いがする。

 中国全体の動向を論ずる本ではないが、具体的な事件の現場への取材を通して、中国がいまどのような状況であるかを生で知ることが出来る貴重な本だ。

 著者は昨年までテレビ東京の北京支局特派員。現在は日本に戻って「ガイアの夜明け」のプロデューサーをされているようだ。

 実は先日、「テレビに映る中国の97%は嘘である」を取り上げた拙ブログに対して、著者からコメントをいただいた。感激であり、大変嬉しかった。そこに今回とりあげた著書についても読んで欲しい、と書かれていたので昨日本屋で購入し、早速読んだところなのだ。知らせてもらわなければ見落とすところであった。

 繰り返すが取材現場の様子はスリルに満ちた緊迫感があって、読んでいてどきどきワクワクする。是非それを感じながら中国の実像を垣間見て欲しい。

2014年11月27日 (木)

卵をぶつける

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 産経新聞の元ソウル支局長が、朴槿恵大統領に対する名誉毀損で訴えられている裁判で、彼が今日の公判を終えて乗り込んだ車に、韓国の運動家らしき面々が、生卵をいくつもぶつけ、罵倒し、絶叫し、何か書かれた紙を側面や後ろの窓ガラスにのり付けしている姿が映されていた。彼等は裁判中も騒いだために退廷を命じられた、という。

 すでに問題は裁判になっていることであり、是非はともかく見解の相違については仕方のないことだと思う。BSフジのプライムニュースの前半はそれに関する韓国の裁判制度などが話題になっていて、とても参考になった。

 ところで、愚か者はどこにでもいる。それは韓国ばかりでなく、日本にもいることは、ヘイトスピーチをしている情けない連中を見れば分かる。それよりも、なんたることか、と思ったのは、このような行為が公然と行われているのに、韓国では誰も静止しようとしないことだ。

 この裁判は当然韓国で話題になっていて、このような連中が出て来て不慮の事態が起こりかねないことは、韓国の警察も分かりすぎるほど分かっていたはずだ。ところが韓国の警察官の姿がどこにもない。

 このことに驚いたが、そのことを指摘するマスコミを私はまだ見ていない。

映画「遙かなる山の呼び声」1980年

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 監督・山田洋次、出演・高倉健、倍賞千恵子、吉岡秀隆、ハナ肇、武田鉄矢他。渥美清と畑正憲が友情出演している。

 (個人的)高倉健追悼映画鑑賞第6弾。

 「しあわせの黄色いハンカチ」は良い映画で私も好きだけれど、私はこの「遙かなる山の呼び声」のほうが好きだ。

 何度か書いたけれど若い頃仕事で足かけ11年間、年に数回北海道に出張した。一回一週間から十日間、道内を走り回ったけれど、いちばん好きだったのが北見の街だった。北見を拠点にして、網走、斜里、遠軽、中標津、女満別、美幌などを走り回った。この辺りは牧場が多い。そして牧場が多ければ屠畜場も多いわけで、新鮮な肉が北見ではふんだんに安く食べられる。夜、濛々たる煙の中、ビー酎(焼酎のビールわり)を片手に食べる焼き肉はこの上もなく美味であった。酩酊すれば零下20℃も心地よい涼しさに感じられた(若かったのだ)。

 この映画の舞台は根釧原野の小さな牧場だけれど、まさに私が走り回ったあたりにある。冬の厳しい寒さ、春のタンポポの黄色の鮮やかさが忘れられない。地元の代理店の人と車で走るとセンターラインの黄色と、道の両脇のタンポポの黄色が三本の線になって延々と続いていく。そしてその外側は大きなフキの葉がびっしりと覆い被さっている。

 夫を病気で亡くし、女手ひとつで一人息子を小さな牧場を営んでいる民子(倍賞千恵子)の家に、雨の夜、男(高倉健)が尋ねてくる。路に迷ったというその男を不審に思いながらも馬小屋に泊めてやるのだが、その晩牛が産気づき、出産を男に手伝ってもらうことになる。翌朝男は礼を言って立ち去っていく。

 その男を忘れかけた頃、再び男が牧場を訪ねてくる。食事さえさせてくれれば手当はいくらでも好いから働かせて欲しい、というその男・田島の申し出は、人手が足らずに困っている民子にとっては願ってもいないものだが、尋ねてもわけをいおうとしない田島に不審を感じざるを得ない。

 迷いながら田島の滞在を認めた民子だったが、田島はいつしか息子の武志と心を通わせていき、牧場になくてはならない存在になっていく。田島は武志に男のあるべき生き方を教え込んでいく。

 女一人では早晩匙を投げると回りから見られていた民子の牧場は、田島のおかげでギリギリ経営することが出来ていた。

 そんな民子に言い寄る虻田(ハナ肇)と田島との諍いがあり、虻田三兄弟との決闘を経て、いつしか田島は存在感を増していく。

 やがて田島の過去が明らかになり、田島は、ずっと居続けることを期待していた民子親子に決別を告げる。彼はある理由から人を殺して逃亡していたのだ。

 そして冬、逮捕された田島に判決が下りて、網走への列車の車中、刑事の横に田島は手錠をかけられて坐っている。網走も近い美幌の駅に停車した刑事と田島の前に民子と虻田の姿がある。

 このあとのシーンが(見たひとは皆認めるだろうけれど)名シーンなのだ。滂沱の涙を流す健さんに黄色いハンカチを手渡す倍賞千恵子の姿には、何度見てももらい泣きさせられてしまう。窓外は極寒の北国だが、車中には暖かい空気が満ちている。

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2014年11月26日 (水)

映画「単騎、千里を走る。」2005年中国・日本合作

11031_406玉龍雪山

 監督・張芸謀(チャン・イーモウ)、(日本のシーンは降旗康男)、出演・高倉健、寺島しのぶ、中井貴一(声のみ)、邱林(チュー・リン)、李加民、楊楊(ヤンヤン)他。

 こんな映画を観たら中国人は高倉健のファンになるだろう。

 東北の漁村暮らしをしている高田剛一(高倉健)は、長い間不仲であった息子(中井貴一・声だけの出演)が病で入院したとの知らせを受けて、久しぶりに東京へ駆けつける。しかし息子は面会を拒絶。剛一はやむなく帰る。

 そのときに渡された一本のビデオテープがきっかけで剛一は中国の雲南省へ出かける決心をする。

 息子のやり残した仕事の仕上げをするためであった。それをすることが息子との絆を取り戻すきっかけになりはしないか、息子という人間がどう云う人間だか分かりはしないか、という強い思いから、人付き合いを嫌い、口べたな男が、全く言葉の分からない地で奔走する。

11031_298早朝の麗江故城

 雲南省の省都昆明に着き、そこで直ちに麗江へ、そして麗江から小さな村へ、ある俳優を訪ねていく。息子はその俳優に再びやってきて録り残した「単騎、千里を走る。」という演劇を撮影することを約束していたのだ。

 ところがその俳優・李加民は傷害事件を起こし、三年の実刑判決を受けて服役中であった。その事件を起こしたのは、李加民のまだ見ぬ息子のことが原因だった。

 通訳を介して刑務所まで行って撮影したい、と希望を述べるが、それはガイドの任ではない、と断られてしまう。当然である。息子がその村にいたときの通訳・邱林が安請け合いをするのにすがって、強引に村に残ってガイドに教えてもらった手続きを開始する。しかしこの邱林の日本語はたどたどしくてほとんど通訳の用をなさない。

 当然当局はそんな面倒なことには関わりたくないから申し入れを断る。万事休すの状態になっても必死で嘆願する剛一。そしてその理由を説明し、ついにその気持ちが相手に伝わったとき、扉は開かれた。

 そして刑務所に意が通じて撮影の準備も整え、李加民が登場するのだが・・・。

Dsc_0285沿道風景

 ここからさらに話が展開し、剛一は李加民の息子・楊楊に逢うため、秘境のような山間の村・石頭村に向かうことになる。孤児の楊楊は村が全体で養育していた。村長は李加民が楊楊の父親であることは事実であるから認めるが、李加民は楊楊の面倒を見ていないことも事実である、という。

 剛一には村長の言う言葉の意味が瞬時に分かった。自分と息子との関係を強く思うからだ。その剛一の「分かった」という言葉はそのまま村長たち、村の人々にも伝わり、やがて楊楊が連れてこられる。楊楊は父親に会いに行くことになり、村では剛一の歓迎の宴会が開かれる。この村人総出の、露路にしつらえられた延々と長い宴席は圧巻である。そこに息子が癌で余命いくばくもないという知らせが入る。

11031_653春に外す吊り橋

 ここから先まで全て書いてしまうと映画を見る楽しみがなくなってしまう(もうかなり書きすぎている)。

 刑務所のシーンで一緒に李加民の演技を見る受刑者たちの頬に涙が落ちるのが感動的だ。中国人の面倒くささも描かれながら、心が通じればどんどん人のために動いてくれる暖かさも感じさせてくれる。

 繰り返すけれど、口数の少ない高倉健にこそまごころがあることが中国人にも伝わったから、中国でも彼の人気は絶大なのだ。

 この映画が理由ではないけれど、数年前に退職してすぐ雲南省を旅した。昆明や麗江より、少数民族の住む田舎の村々に中国の良さを感じた。そしてそのとき尋ねた石鼓村がこの映画の舞台であったことをガイドから聞いた。ここだけではなくあちこちで高倉健がここで撮影した、と自慢そうに言うのを聞いて、我が事のように嬉しかったことを思い出す。

11031_674石鼓村の瓦屋根

 映画の石頭村の村の中心部などは石鼓村が舞台として使われている。あの吊り橋も渡った。春に雪解け水の出るときは水位が上がるので橋を取り外すと言っていた。玉龍雪山の姿も懐かしい。

11031_683高倉健が歩いた道

 とかく中国には腹の立つことも多いけれど、この映画のように心が通じ合うこともあるのではないかと夢想する。だって中国人も高倉健が好きなのだから。

2014年11月25日 (火)

映画「夜叉」1985年

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 (ごく私的)高倉健追悼映画鑑賞第四弾。ビートたけしが高倉健と最初に共演した映画だったはずだ。

監督・降旗康男、出演・高倉健、田中裕子、いしだあゆみ、田中邦衛、ビートたけし、小林稔侍、あき竹城、檀ふみ、乙羽信子、大滝秀治、寺田農他。

 舞台は若狭の漁村、大阪ミナミで「人斬り夜叉」と呼ばれていた修治(高倉健)が足を洗ってこの漁村で漁師になって15年。そこへ流れてきた子連れの女・螢子は小さな居酒屋「螢」を始める。

 この螢子のヒモのような男が矢島(ビートたけし)で、彼は螢子を追って漁村にやってきて栄養剤という名目で秘かに覚醒剤をばらまいていく。

 螢子の出現をきっかけに、漁師仲間に隠し続けてきた背中の夜叉の入れ墨が露見してしまい、それとともに修治の心の夜叉が動き出す。

 高倉健と田中裕子が、少ない台詞をゆっくりとかみしめるように交わすシーンがいくつかある。男と女はときに瞬時に心が通い合う。芥川龍之介の「好色一代男」の世之介の口を借りて語られた言葉を思い出す。体を重ねても心は通わないこともあるが、指先が触れただけで深い心の通い合いが生ずるときもあるのだ。

 いしだあゆみは若狭の海に似合う。寅さんシリーズで、舟屋の二階に泊まっている寅さんを、いしだあゆみが夜ひっそりと訪ねるシーンがある。寅さんは寝たふりをして彼女の心に応えない。彼女をしあわせに出来ないことが分かっているからかも知れないけれど、一夜だけでも肌を触れあわせて心を通い合わせるのは男の礼儀だろうに、と歯痒い思いがしたものだ。若狭というとこのシーンを思い出してしまう。

 初めてこの「夜叉」を観たときにビートたけしの演技がこなれていないような印象だったが、今回観ていてそこまでひどく感じなかった。昔のほうが採点が辛かったようだ。

 檀ふみが修治の妹役でちょっとだけ出ている。自称衣紋掛けだと自嘲するけれど、この人、昔から大好きなので、何となく観ていて一人で照れている。バカみたいだ。

 これも毛色の変わったヤクザ映画だ。東映ではなく、東宝だからこうなるのか。ラストシーンで列車の洗面所の鏡に向かって田中裕子がかすかに微笑む。これこそ夜叉なのだ、と監督は言いたいのだろうか。凄味がある。それにしても田中裕子と高倉健の共演はずいぶん長いこと続いていたのだなあ。

 次は「単騎、千里を走る。」を観る予定。

眠れない

140920_38昨晩の蚊のイメージ

 眠れない、といっても不眠症というわけではない。眠りが不規則になって夜なかなか寝付けないのだ。もともと布団に入って目をつぶればその瞬間に寝付けるくらい寝付きが良かったのに、最近いつまでも考え事をしたりしている。

 寝よう、寝よう、と思うから寝付けないので、寝たくなかったら寝ないでやりたいことをやればいい。そう思ってパズルをしたり少しややこしい本を読んだりする。

 夜更かししたら昼間うたた寝する。これは低級遊民の自由年金生活者の有り難さだ。だから睡眠不足ではないし不眠症でもない。

 昨日はさわやかだったのでベランダの窓を全開にしていた。そうしたらいつのまにか蚊が何匹か部屋に入り込んでいた。この季節に蚊!

 夕方二、三カ所刺された。猛烈にかゆい。晩秋の蚊の毒は夏よりずっと強烈なようだ。むかし抗生物質の副作用で全身がひどいじんましんになって、10年くらいひどい目に遭ったので、かゆみに対する耐性は普通の人よりずっとある。夏の蚊ならほとんど搔かずに耐えられる。それが昨日の蚊は耐えがたいかゆさであった。

 寝るまでに必死で見つけて三匹ほど退治した。

 そして深夜、寝付いたとたんに耳元で、ブーン、という音。気が付いたら顔を刺されていた。不快この上ない。灯りをつけて探したがどこにいるのか分からない。再び寝付いたらまたしても、ブーン、と耳元で音がする。意図的に嫌がらせをしているとしか思えない。刺すなら静かに勝手に刺して血を持っていけ、と思うが、その繰り返しでついに眠れなくなった。

 翌朝シーツに血がついている。蚊が、血を吸いすぎて私に押しつぶされたらしい。ざまあみろ。

 いったいどこから来たのだろう。私の部屋は五階である。あまり蚊は来ない。多分近くの部屋のベランダか何処かにボウフラを飼っているところがあるに違いない。シンガポールだったら罰金だぞ!

2014年11月24日 (月)

事件に思う

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 人は寂しい。寂しさを感じない人は、とても強い人か、不幸せを知らない、一見しあわせそうだけれど何かが足らない人だと思う。

 何人もの人と結婚して、次々に結婚相手が死んだというおばさん(おばあさんか)がニュースで話題になっている。このおばあさんのことよりも、結婚相手の男たちに思いをいたす。

 彼等は知らないうちに自分の意思ではなく、死ぬことになった。でも彼等は死ぬ前に不幸せだったのだろうか。もしかして結婚してから、こんな女のはずではなかった、という思いはあったかも知れないが、「正月は二人で迎えようね」という言葉を残している男性もいた。だからといって犯罪が事実なら、許されることでないことはもちろんである。

 話題になっている老女を見て、何でこんな女に、と思う人がほとんどだろうけれど、こんな女でもいい、と思った老男性の気持ちが何となく思われる。

 私?ひとりでいることの自由を思い切り満喫している。孤独であることと寂しいと思うこととは少しちがうのだ。

 でも寂しい、と思う老人の気持ちもわからないことはないからこんなことを書いている。自分のいまの境遇は、この歳になれば自ら招いたことだから、平気なのだ。平気だけれど、寂しい気持ちはわからないことはない。

 ところで彼女は少なくとも数億の遺産を得ているはずらしいが、それは全て失われていてさらに借金もあるという。投資の失敗、というけれど、本当だろうか。彼女の弱みにつけ込んで危ない世界の連中からむしられていた、操られていた、と思ってしまうのは小説やドラマの見過ぎだろうか。

2014年11月23日 (日)

映画「冬の華」1978年

 「私の」高倉健追悼映画鑑賞、三作目。

 監督・降旗康男、脚本・倉本聰、出演・高倉健、北大路欣也、池上季実子、田中邦衛、三浦洋一、小池朝雄、夏八木勲、小林亜星、山本麟一、峰岸徹、寺田農、今井健二、天津敏、小林稔侍、藤田進、曽根晴美、岡田眞澄、小沢昭一、倍賞美津子、池部良他。

 ヤクザ映画そのものなのだが、倉本聰の脚本だから、少しテイストが違う。子供のときから時代劇の大ファンだったけれど、その流れから任侠映画やヤクザ映画好きになってしまった。それがちょっと今まで見てきたのと違うこの映画を観てしびれてしまった。

 冒頭の台詞とラストの台詞が同じ、というところがしゃれている。音楽はチャイコフスキーのピアノコンツェルトかクロード・チアリのギターのソロのみ。

 冒頭に関西系の組織と組むことを画策して、組うちの裏切り者の立場に立った池部良を高倉健がドスで刺し殺す。池部良の幼い娘が何も知らずに砂浜ではしゃいでいる。そしてタイトルバック。

 殺人の刑に服して15年後、高倉健が出所してくる。15年経てば世間は変わる。しかし変わらないものもあった。15年前の抗争の理由と同じ事態が再び起こりつつあった。人間そのものは進歩しないのだ。

 あの幼かった娘・池上季実子も17歳になっていた。孤児になった彼女を秘かに援助していたのは「ブラジルのおじさん」こと高倉健だった。この映画が和製「あしながおじさん」と云われる所以である。かげながら彼女の様子をうかがいながら対面をためらう高倉健。

 出来れば足を洗いたいと考えながら、抗争の中に次第に引きずり込まれていく。そして悲劇のラストへ。

 ラストは高倉健の顔がストップモーションで映し出され、それがモノクロとなり、過去の映像がそれにかぶさり・・・、それでジ・エンドだと思っていたら、再びカラーにもどってからジ・エンドであった。記憶なんで好い加減なものだ。それに初めて見たときはこのモノクロの高倉健の顔が鶴田浩二に似ているように見えたのに、今回観たらそんな事はなかった。どうしてなのだろう。不思議だ。

 池上季実子がものすごく可愛い。若いというのはいい。相手役の三浦洋一はこのあと良い仕事をしていたのに、若くして死んでしまったのはとても残念だ。

 正義とか悪とは違う価値観の男の世界、これが分かるかどうかがこの映画の評価を分けるのかも知れない。極論を言えば自己犠牲をいとわないかどうか、という世界のことだ。なかなか出来ないことだから、そこに美学を感じるのかも知れない。高倉健はそれを演じられる希有な俳優だったのだ。

本を梱包する

Dsc_2669面倒だから紐をかけない


 毎年末に本を多少処分する。再度読む可能性がなくて、残しておきたい、と思わない本をネットオフで引き取ってもらう。いまは連絡すると必要なだけの箱を届けてくれて、梱包しておくと集荷に来てくれる。悲しいほどわずかな金にしかならないけれど、もしかしたらその本たちの一部でも誰かがまた読むかも知れないと思えばそれで好い。

 いつもは5~7箱必要で、集荷の宅急便のお兄ちゃんがいつもうんざりした顔をするけれど、今年は3箱と少ない。それだけ買う本が減ってきているのなら良いけれど、捨てるのが惜しい気持ちが強くなっているのなら問題だ。送り状をプリントアウトして署名し、箱の一つに入れて全ての梱包が終わったところだ。あとは集荷を待つだけ。

 年末の仕事が一つだけ済んだ。

2014年11月22日 (土)

映画「駅 STATION」1981年

 監督・降旗康男、脚本・倉本聰、音楽・宇崎竜童、出演・高倉健、いしだあゆみ、倍賞千恵子、烏丸せつこ、根津甚八、大滝秀治、田中邦衛、草野大悟、小松政夫、小林稔侍、寺田農、阿藤海他。

 私が日本映画ベストワンに据えて揺らぐことがない映画。だから高倉健主演映画でももちろんベストワンだ。特に冒頭五分足らずに登場するだけ(回想シーンでも登場する)のいしだあゆみは絶品で、このシーンだけで主演女優賞をあげたいくらいだ。

 ところが久しぶりに見たら、なんとストーリーの前後が記憶と全く違うことに驚いた。明確に別れているわけではないが、物語は重なりながら進行するオムニバス形式である。その区別はメインになる女による。

 絵は絵でしか、音楽は音楽でしか表現できないように、映画は映画でしか表現できない。それでもあえてそれを言葉で語るのは、絵を、音楽を、そして映画を、見て、聴いて、観た自分が、それをどう感じたのかの表明であって、作品そのものは実際に鑑賞しないことにはわからない。

 いつも読ませてもらっているCZTさんのブログで最近その辺のところをもう少し深く考察されていて感じるところがあった。

 だからかえってもっとも自分の感性に響いたこの映画について語る言葉があまりない。どんな言葉も自分の感じたこととは違ってしまうからだ。かわりに本当に良い映画だから一度は実際に見て欲しい。

 この映画の倍賞千恵子がとてつもなく好い。これも見ればわかる。

 この映画を観た頃、仕事で年に数回北海道内を回っていた。倍賞千恵子のやっているカウンターだけの小さな飲み屋のような店で、女将と二人きりで何となくしんみりと飲むようなことがある。わざわざ表通りから一本二本裏通りの、客があまりいない店をわざわざ覗いて歩いたりした。この映画を観たからそうしたのではない。そういう経験がこの映画をより実感として感じさせたのだ。

 この映画の、忘れられないいちばん好きなところ。「樺太まで聞こえるかと思ったぜ!」という高倉健の声にださない言葉。何を言っているのか、映画を観てなるほど、と頷いて欲しい。オトナにしかわからない話。

 東京オリンピックのマラソンで銅メダルだった円谷幸吉選手が、メキシコオリンピックを前に、自ら頸動脈を剃刀で切って自殺する。円谷選手の遺書の朗読はドラマの深みを増す大事なエピソードになっている。

 銭函、増毛、雄冬の地を三年前に訪ねた。特になにもないその地にしばらく暮らしたいような気がした。

 あらためて高倉健に追悼。思い入れが強すぎて文章がとりとめもないものになってしまい申し訳ない。

 明日はいよいよ「冬の華」(1978年)を観る予定。これはブルーレイではなく、DVDなので画質が落ちるが、良い映画だから好いのだ。

郡上美並・星宮神社とふるさと館(2)

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前回のブログに書き忘れたけれど、星宮神社のこの絵馬に添えられているのは見てわかるように鎌である。そしてこの鎌は普通と向きが違う。左鎌というそうだ。私は左利きだからこんな鎌があれば便利だと思う。むかし右利き用を使って苦労した覚えがあるのだ。

パンフレットによれば、祭礼用具の鎌が左鎌だかららしいけれど、単に左利きの人が病気の平癒の願いがかない、大事な左利き用の鎌を奉納したのがはじめだという説もあるという。

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神社の隣に美並ふるさと館がある。この中に円空のゆかりの品やその事蹟が書かれた円空研究センターと地元の昔の生活を展示している生活資料館がある。
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入り口左手の円空仏、護法神。
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右手は地蔵尊。

館内は撮影禁止。円空仏は見世物ではなく、祈りのためにあるものだから、と禁止の理由が書かれている。

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円空上人木像。ここは多分撮影禁止区域の外。このあとのものは禁を犯して撮ったもの。もちろんストロボは焚いていない。客も含めて誰もいないのだもの。すまぬ、すまぬ。信仰心がなくてすまぬ。暗いからなかなかうまく撮れない。
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年代別に小品がたくさん並べられている。むかしはその素晴らしさに感激して円空仏を眺めていたものだが、今はあんまり感慨がない。

やはり信仰心がないのだ。
郡上大和の「古今伝授の里」か郡上城にでも行こうと思っていたが、腰が痛くなってきた。早いけれど帰ることにしよう。

12月に入るといろいろ用事がかさなっている。今月中には冬用のタイヤへの交換に金沢に行かなければならない。このまま北上すれば金沢だなあ、と思う。金沢にリースのタイヤを契約しているのだ。金沢の若い友人たちにいつもつきあってもらっているが、いつまでも迷惑をかけて申し訳ないような気もして声をかけるかどうか迷っている。

郡上美並・星宮神社とふるさと館(1)

思い立って大好きな長良川沿いのドライブに出かけることにした。今回は初めて行く郡上美並の星宮神社周辺。

国道156号線を北上し、標識に従って右折、長良川鉄道を横切り、長良川を渡り、狭い道を山に入る。
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木々はすでに葉を落としているが、つたが紅葉の名残を見せている。
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最後の曲がり角に二宮金次郎の石像が立っていて目印になっていた。
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ところどころ車がすれ違うのが困難な細い山道が続く。狭いけれど舗装はされている。この道は円空街道と名付けられていてところどころにこのような木彫りの円空仏がおかれている。ここは円空上人のふるさとなのだ。
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星宮神社。むかしこの後背地の瓢ヶ岳(ふくべがたけ)に魔物が棲みつき、地元の訴えを聞き届けられた帝は、藤原高光(藤原道長のお父さん)に退治を命じられた。
高光はめでたく魔物を退治したのだけれど、その亡骸が山に放置されていたために亡魂が祟りをなした。
再び高光が退治にやってきたのだが実体がないからなかなか倒せない。高光が虚空蔵菩薩に祈願したところ、亡魂は巨鳥の姿を現したのでついに討ち果たすことが出来た。
そのあともいろいろそれにまつわる話があるがそれは省く。
この星宮神社はその虚空蔵菩薩を祀るために、そして魔物の鎮魂のために建てられたものだ。
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拝殿。
境内の様子。
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絵馬が変わっている。
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鎌が貼りつけてあるのだ。ただ書かれている願いは特別なものではないようだ。

続いて神社の隣のふるさと館という円空の資料館に立ち寄る。

2014年11月21日 (金)

日本国民は健忘症か否か

 安倍首相の進めているアベノミクスをはじめとする政策の是非を問うために国民の信を問う、として衆議院が解散することが決まった。

 民主党はアベノミクスは失敗だと断定して、それを糊塗するための解散だ、大儀がない、などと非難している。海江田氏などは、他にもっと優れた経済対策の方法があるのだ、と大見得を切っていた。では民主党政権のときになぜそれを進めなかったのだろう。不思議な話だ。しかもどんな方法かは言わないからわからない。

 GDPが消費税増税分を差し引くとマイナスだから失敗、というのが民主党やマスコミの言い分らしいが、もし消費税のアップがなければ多分相当な経済効果があっただろうことはまともな想像力のある人ならわかる話だ。ひとえに春の3%の増税が経済の足を引っ張っているのはわかることなのにそれは知らんふりをしている。

 あの増税のマイナス効果が少しずつ解消すれば良い方向に向かうかも知れないとわかっていても、非難のための非難をするためにそこは避けている。

 今度の選挙で自民党を大敗させるような結果になれば、野党の野合の政権がまた誕生することになる。民主党が大勝したとき、民主党は日本の経済再建をどうするといったか。マニフェストで、無駄を省いて何十兆円も浮かせてみせるといったではないか。公務員の給与を下げて何兆円も浮かせてみせるといったではないか。

 その結果がどうだったか忘れたのか。

 事業仕分け、といって大見得を切り先頭に立った蓮舫女史がこんどはうちわを取り上げて大臣を引きずり下ろし、手柄顔をしている。うちわでは経済再建など出来ない。多分海江田さんのアベノミクスよりもっと良い方法、というのは、またぞろ無駄を省いて金を浮かす、という話であるまいか。どうもそんな気がする。

 もう少しアベノミクスの結果を見よう、と国民が考えるか、マスコミに扇動洗脳され、健忘症にかかってまた野党に期待して票を投じるか、果たしてどちらを選ぶのだろう。私はそこまで愚かでないと信じたいけれどまさかなあ。

2014年11月20日 (木)

映画「居酒屋兆治」1983年

 監督・降旗康男、原作・山口瞳、題字・山藤章二、出演・高倉健、加藤登紀子、大原麗子、伊丹十三、細野晴臣、田中邦衛、ちあきなおみ、山谷初男、平田満、池部良、小松政夫、左とん平、佐藤慶、美里英二、大滝秀治、石野真子、小林稔侍、三谷昇、東野英治郎、あき竹城、武田鉄矢、伊佐山ひろ子。主題歌「時代おくれの酒場」作詞・作曲・加藤登紀子、歌・高倉健。

 主な出演者を全て書き出したのは、それぞれに意味のある大事な役割を担っていて、映画に欠かせないからだ。さらに「兆治」の客として、原作者の山口瞳とあのイラストレーターで題字を書いている山藤章二がカメオ出演している。

 山口瞳が好きで、もちろんこの原作も読んでいる。キャラクターはほぼ似ているけれど、原作の舞台が東京郊外なのに、映画は函館である。

 この映画を高倉健追悼の一番最初の映画として久しぶりに見た。

 忘れられない良い映画だと思っていたけれど、こんな名作だったのだ。この映画での大原麗子は文句なしに素晴らしい。列記した名前で、美里英二という名前だけ、誰だかわからない人が多いだろう。カラオケ狂いの異様なキャラクターを演じていた俳優だ。一度見たら忘れられない。大原麗子が自ら破滅していくのと対比するようにカラオケという夢想の世界に狂い込んでいく姿は鬼気迫るものがある。
 
 映画の冒頭では普通の家庭の朝の様子がほとんど会話だけで描かれていく。女の子達二人の他愛のない会話、そしてまだ寝ている父親の様子を覗きこむ娘に母親(加藤登紀子)が「駄目よ、まだお父さんは寝かせておいてあげなさい」と声をかけ、「もう起きてるもん」と娘が答える。「あらあら、起こしちゃったの」と言って襖を開けたところに高倉健が布団から起き上がる。

 そして軽快な音楽とともに高倉健が自転車で函館の街を走り抜ける姿が映し出される。港町でもある函館、煉瓦倉庫の建ち並ぶ一角にある赤提灯の居酒屋「兆治」。横手の入り口の鍵を開け、モツの煮込みの火を入れ、昨夜の片付けをして、カウンターをぞうきん掛けする高倉健の姿はまさに居酒屋の主そのものである。

 およそ高倉健が主演する映画らしからぬ冒頭が映画全体のベースになる。そこに明らかに違和感のある女・大原麗子の蔭がさし、次第にドラマは進行していく。

 こんなふうに説明していたら終わるまでに何十頁にもなってしまう。

 とにかくもしこの映画を見ていないのなら是非じっくりと見て欲しい。全ての俳優が全て良い。小松政夫の悲しみ、押しつけがましく人を支配下におきたがる伊丹十三のいやらしさ、如何にも場末のスナックのママそのままのちあきなおみの絶品の演技。そして刑事の三谷昇の語りかける言葉。本当に愛すると言うことは相手を縛ることではないと云う事を知っている加藤登紀子、等々。全て役名でなく俳優の名で言っていてややこしくて済まない。見ればわかる。

 高倉健追悼の文章にこの映画のラストシーン(本当のラストは高倉健が一人でガラスに映る自分の顔に涙を見て、何事かつぶやき(「頑張ろう」とか「頑張っていこう」とか言ったような気がする)ながら冷や酒を飲み干すところに主題歌「時代おくれの酒場」が流れ、エンドクレジットが出る)で、大原麗子の葬式で高倉健が涙をこらえて空を見上げるシーンを特に印象的であることを挙げさせてもらった。

 ここでこの映画の主人公は高倉健以外ありえないことがわかるのだ。

 本当に良い映画なので出来れば誰にも見てもらいたいものだ。

諸事多忙

 まだ師走に入らないのに多少の雑用に追われている。毎朝メモ用紙に今日やらなければならないこと、やっておいた方が良いことなどを書き出すことにしている。これで少しでもうっかり忘れることのないようにしているのだけれど、気が進まないことをやり残したりして気が重くなることもある。

 それでも前向きの気分の日はあるもので、そういう日にはどんどんそれを片付けていく。今日がそういう日で、午前中に主なものはたいていすませて一息入れている。済んでしまえば何と云うことのないことだった。

 まことに人生のほとんどは雑用で出来ている。その雑用をため込まずに生きることが出来るのがおとなと云う事かと思う。偉そうにいうほどのことではなく、誰もがしていることだけれど。

 言われなくてもきちんと片付けた上に、ときどきは人との境目の、どちらの仕事かわからないものや他人の分まで黙って片付けている人と、自分の枠にこだわった上にいつまでもぐずぐずやらないでいて、人の手を借りる甘えた生き方の人との差は、長年の間にとてつもなく大きなものになる。

 世の中は黙って余分な仕事を引き受けてくれている人たちが支えていることをこの頃ようやく分かるようになってきた。

 海外から日本に来た外国人が日本の美徳に心から感心して帰るのは、そういう人に出会ったからだろう。ありがたいことである。

 せめてそういう人に敬意を表し、足を引っ張らないように生きたいものだ。

「ゴミを拾う人はゴミを捨てない。ゴミを捨てる人はゴミを拾わない」

これは人間を見分けるものすごく重要なポイントだと思う。ゴミは捨てないけれどゴミを拾わなかった。いまは拾うことにしている。多少の進歩か。

どんどん動作が遅くなる

 パソコンの動きが遅く感じられるようになった。本当に遅くなっているのか、こちらがせっかちに過ぎるのか、どちらだろうかと思っていたけれど、どう考えても遅くなっている。

 お気に入りに入っている何人かの方のブログを眺めるのが朝の楽しみである。きれいな写真、ウイットに富んだ文章、自分の触れる世界とちょっと違う世界を見ることができる。もっと探せばたくさん楽しいブログがあるのだろうが、あまりたくさんあると自分のブログを書く時間がなくなってしまう。

 そのブログを開くのに時間がかかったり、プロバイダの画面に戻されてしまうことが多くなった。ひどいときにはネットが勝手に切られてしまう。niftyが広告の多さのせいで遅くなっているのではないかとも思うが、そればかりではないようだ。

 以前息子に、インターネットエクスプローラーなんか使っているからだと言われたのでヤフーで開いてみたりするが、それほど大きな違いはないような気がする。

 使用者に関係ないことを勝手にパソコンがやっていて、こちらの仕事がおろそかになっている・・・というのが私の印象である。もちろんパソコンのメンテナンスやセキュリティを一生懸命やっているのだから使用者と関係ないことはない、と反論されるだろうが、何をやっているのかこちらには皆目わからないからイライラする。 

 ネット犯罪や迷惑メールなどが猖獗を極めているという。実際に私にも対策しているにもかかわらず、不愉快な迷惑メールがしばしば送られてくる。

 これは匿名であることを悪用する不逞の輩がいるからだ。電話がその匿名性を悪用されて不愉快な思いをさせる道具と感じられたこともある。本当に卑劣なことだ。

 世の中には卑劣なことでもこっそりとやることが可能だと知ると、真似をしてさらにもっと悪用しようとする人間がいるようだ。こちらが関わりたくなくても向こうから来るから救いようがない。

 このような匿名性を利用することが可能な道具というのはそもそも未完成品なのではないか、などと考えてしまう。そう思いながら自分も防衛上一応の匿名性を利用せざるを得ない。

 インターネットの利便性よりも、それを悪用するものに対する防衛のコストと手間が上回る事態にならなければ良いけれど。

中国で哀れみの声

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 民主党の野田元首相が街頭演説を開始したという。この人、自ら解散して民主党を下野させた責任をとり、沈黙していたつもりらしい(それにしては自分に跳ね返るようなつぶやきがときどき聞こえていたけれど)。しかしあまりの自民党の傍若無人ぶりに、いま立たずんば、というわけで活動を始めたそうだ。それはそうだろう、落選したら恥だもの。

 野田さんという人は習志野だか船橋だかの駅頭で10年間かそれ以上辻立ち演説を毎日続けた、という伝説の人だ。根は真面目なのだ。

 その演説を再開した野田元首相の姿が中国でも映像で伝えられた。

 一生懸命に演説するその姿に誰も見向きもせずに通り過ぎていく。「かわいそうだ」「まだ政界にいたんだ」「前首相がこの姿で悲しい」「中国の村役人以下だね」と中国では同情を呼んでいるそうだ。

 「尖閣問題で日中関係を破壊した張本人」と日本のネットでは酷評されていることも合わせて伝えられている。 

2014年11月19日 (水)

分かって言っているのだろうけれど

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 先般のオーストラリアでのG20で、韓国の朴槿恵大統領は名指しこそしなかったが「主要先進国の通貨が一方に偏る現象は一部の新興国経済に負担になる」と述べて日本の円安政策を批判したと報道されている。朴槿恵大統領は「思いきって言ってやった」と胸を張っている。

 このことについて海外のメディアでは朴槿恵大統領の非難は的外れだ、という論調が多いようだ。円安で韓国製品の競争力が落ちたことは事実だが、それよりも韓国の経済の本質的な問題が表面化したのが主な理由だろう、と逆に韓国の経済政策の問題点を指摘するものが多いようだ。ちゃんとみんな見ているのだ。

 韓国メディアや韓国のネットでも、他国のことに口を出すより自分の国のことをちゃんとしろ、という声のほうが多いようだ。

 もともと韓国の過去のウオン安は、為替とは別にどうも国策でこっそり介入した、操作によるウオン安だったという噂が専らだった。しかしそんなことを続けていればどこかで破綻する。そんなことで楽をしていたために、本当に国として介入しなければならないときにはそのゆとりがなくなってしまって手の打ちようがなく、日本に恨み言を言うくらいしか出来なくなったというのが本当のところだろう。

 そんなことは朴槿恵はもちろん承知しているはずだ。分かって言っていたのだろうけれど、もし知らなかったのなら・・・ただのバカだ(あっ、いくら事実にしても名誉毀損だった。すまぬ。仮定の話だからね)。

 韓国の物価が高騰している。韓流ドラマも高くなってしまって日本も以前ほど簡単に輸入しにくくなったらしい。韓国メディアが日本と韓国の物価を比較したところ、ほとんど同じくらいで、韓国のほうが高いものも多いという。しかし賃金は残念ながら韓国の方がだいぶ安いから、韓国の人々の生活は苦しくだろう。失業率も日本よりずっと高いらしい(「らしい」というのは、韓国の失業率の統計の取り方が日本などとだいぶ違い、ずっと低い値となるため、比較のしようがないからだ。これも中国式の統計の粉飾だ)。

 これでは先進国中自殺率が断トツのトップが続いているのも当然かも知れない。その不満が日本に向けられてはたまったものではない。

3Lの柿

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お世話になった奈良の人から柿が送られてきた。お世話になった人からだから話が逆だが、いつも気に懸けてくれていてとてもうれしい。文庫は大きさの参考のために並べた。本当に大きくて立派な柿だ。

柿は大好きである。私が秋食べるくだものは柿が一番多い。じつは文庫の下の分はもうむいて食べた。甘くて旨かった。

昨年は礼状も出さず、メールで礼を言っただけだった。今年は近況報告がてら、ちゃんと礼状を出そうと思っている。

千葉から十日ぶりに自宅に帰り、からになった冷蔵庫を埋めるために先ほど買い出しをしてきた。キャベツが中途半端にしなびていたので、表面を取り除いて、手羽先、エリンギ、ジャガイモ、人参、タマネギとゆっくり煮込むことにする。味付けはコンソメスープの素と塩、黒こしょう、ニンニクと生姜を入れるけれど、そこにセロリを加えるのがポイントだ。野菜は全て大ぶりに切る。好みでウインナソーセージを加えたりする。

煮立たせないように静かに煮てスープを濁らせないようにするのが肝心。じっくり煮込むと手羽先がとろとろになる。これから仕込むつもりだ。晩には大きな鍋一杯出来上がる。ワインのつまみにもなるしこれだけ食べてもお腹いっぱいになる。残って飽きたらそこにケチャップを加え、出来ればトマトも加えるとイタリアン風に味をアレンジすることができて、ちょっとレモン汁とタバスコなどを垂らすとまたおいしい。

わはは、男の料理は雑だけどけっこういけるのだ!

 昨晩も今朝もテレビでは高倉健についての報道が続いている。昨日は茫然自失で「ああ死んだのか」ということしか感じなかったけれど、今日になると、次々に出演作が取り上げられているのを見ていて、その映画を見たときの感動が思い出され、感極まるものがあった。

 「居酒屋兆治」で健さん扮する英治(居酒屋「兆治」の亭主)がむかし愛した人(大原麗子)の葬式で、涙を見せないようにするために空を見上げて耐えていたけれど、こちらはあそこまでこらえ性がないから、目頭が熱くなってしまってどうしようもない。この映画ではねちねちと嫌がらせをする男を伊丹十三が好演し、いたぶられる男を小松政夫が演じていて絶品だった。あのときの英治(高倉健)の怒りは、男が失ってはならないものを見せてくれた。

 男は耐えなければならない。そして泣いてはならない。それが男の美学だ。しかし耐えすぎて怒りを忘れても、涙を失って血も涙もなくなっても男ではない。その限界ギリギリの男の美学を健さんは私に教えてくれた。それなのに、知っているというだけで、実際はめそめそと生きてしまった。なんとみっともない生き方をして生きてきたことか。

 かっこうよく生きるということは、自ら損をすることである、と云うことを教えてくれたのも健さんの映画からだった。せめてむさぼることだけは死ぬまでしたくないと思っている。

 健さんさようなら。今晩は一献手向けるつもりだ。

2014年11月18日 (火)

追悼・高倉健

 高倉健が死んだ。彼の出演した映画をどれだけ見たことか。

 彼の出演作で特に印象に残った作品。「冬の華」「駅 ステイション」「単騎千里を走る」。他にもたくさん思い出す。

 彼の出演したそれらの映画を無性に観たい。老母の介護も一区切りだ。早く名古屋の自宅に帰ることにしよう。

胡宝華「百年の面影 中国知識人の生きた二十世紀」(角川選書)

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 再読。著者とその妻の家族三代の歴史を語ることで中国の近代史が観念の歴史ではなくて実感として分かる。著者は中国人で中国生まれの中国育ち。日本に10年ほど留学して、最後に日本語でこの本を書き上げた。この本が出版された時点(2001年)では天津・南開大学文学部歴史系助教授。微妙なところでたどたどしいところがあるけれど、それほど気にならない。

 三代、というのは、それぞれの両親、そして父方母方の祖父母、その兄弟たちだからかなりの人数になる。それぞれ出自のはっきりした家柄の出である。つまりある程度資産と家があり、高等教育を受け、三代にわたって日本への留学をした人がいる。

 妻の張栩の祖母は後藤園子といい、日本人である。表紙の写真はその張栩の祖父・張競立と園子の父親。右側がもちろん園子の父親・後藤勘之助、中国服を着ているが日本人である。

 ここまで読めば、中国の近代を知る人は分かるだろう。家柄の良い知識人である、しかも日本との親好もあるような家族が戦後中華人民共和国の誕生以後にどんな辛酸を舐めたのか。

 この家族も少なからずの人が命を奪われたり、自ら死を選ばざるを得ない状況に追い込まれた。そして下放という名の愚策により、長いこと教育の機会があたられず、希望する就職も得ることがかなわない状態が続いた。彼らがかろうじて一息つけたのは文化大革命が終わってしばらくたった1980年代になってからである。

 彼らはただ知識人である、というだけですさまじい迫害を受けた。毛沢東の政策がどれほど観念的なもので、そのためにどれだけの人の命が奪われたのか。この本でも「大躍進」政策での餓死者は少なくとも2000万人、と書かれている。そして文化大革命では・・・、それ以上ともそれほど多くないとも言われていまだに実数がはっきりしない。それが中国共産党が行った正義のための戦いである。

 著者の家族はまだ生き延びることができた人が多いから、ある意味で運の良い方かも知れない。その実体験を淡々と綴ったこの本はいまの中国という国がどのような成り立ちをした国であるかを思わせる。そしてその国を理想の国と賛美したのが朝日新聞だったことを私ははっきりと覚えている。

 この中国国民の中国共産党への恨みをそらすために行ったのが反日教育だ。だからそのエネルギーはすさまじいのは当然だ。しかしそれはひとたび暴走すると日本に対してではなく、本当の標的に向かう。中国は民衆の反日行動を押さえなければどうしようもない状況に来ている。

 この本はそのような政治的なことはいっさい書いていない。著者は国を怨むよりも、中国がどういう国であって欲しいのか、自分がそのためにどんな役割が果たせるか、それをまじめに考えている。そして多分そういう人がたくさん中国にもいるはずで、中国が今より良くなるためにはそのような人たちが国を立て直す機会を得られるかどうかにかかっているだろう。

 では日本では・・・。多分日本もそれ以上に国のあり方を考えている人がたくさんいると私は信じている。だからマスコミが言うほど悲観はしていない。

 できれば多くの人が読んで欲しい良書である。

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2014年11月17日 (月)

前川惠司「朝日新聞元ソウル特派員が見た「慰安婦虚報」の真実」(小学館)

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 帯には「朝日が訂正記事を出せなかった本当の理由」とある。

 まず基本的なところから私の考えを言えば、「慰安婦」というものそのものについて善悪を言えば、あるべきことではないに決まっていると考える。存在悪である。しかし戦地で全くその存在を許さなければ、兵士の中には一般市民婦女を強姦するものが必ず出てくるのは古来からの事実である。そのために、需要に対しての供給として慰安所が置かれるのは世界での常識である。橋下徹大阪市長が言ったのはそのことである。

 そしてその慰安婦の徴用を軍が命令して行ったかどうかが大きな論点であった。もしそうなら国として責任が生ずる、と言うことだろう。

 朝日新聞の誤報は「女子挺身隊」の名前で軍が徴用を行い、「従軍慰安婦」にした、と報道したことにある。そもそも「挺身隊」とは勤労動員のことである。中学生以上の男子女子の学徒学生が学業ではなく銃後の勤労にかり出されたそのことを言う。だから「挺身隊」を「慰安婦」と混同するなどと言うことはそもそも間違ってはならないとんでもない誤解を招く報道であった。

 韓国の慰安婦問題を追及する団体の名称は、「韓国挺身隊問題対策協議会」である。

 今回の朝日新聞の誤報についての謝罪報道には「挺身隊」という文言を間違えて使用した、と言う言葉が明記されているが、釈明として、当時はそれが混用されるような状況であった、という意味不明の言い訳がされている。

 もし挺身隊がそのように受け取られるような混用があるなら、つまり勤労動員された国内の婦女子は慰安婦であったのか?まさか。朝日新聞は言い訳として通用しないことを言い訳としている。断じて混用されることはあり得ない。

 その結果として何が起こったのか。「挺身隊」として韓国で徴用、つまり勤労動員された十四歳以上の婦女子が2~4万人、と言う事実は事実である。それが朝日新聞の間違いのまま、「慰安婦」として徴用されたのが2~4万人、として一人歩きした。

 それが膨らみに膨らんでいまは20万人ということになっている。韓国は20万人の婦女子、それも十四歳の年輪も行かない少女を「慰安婦」にした、として、慰安婦の少女像をソウルの日本大使館前にすえ、あろうことかアメリカの各地に設置している。

 以上のことが私の「従軍慰安婦」についての基本認識である。

 慰安婦が是か非か、と言う質問に是である、と公然と答えるものはいない。だから「従軍慰安婦」は悪である、と言う決めつけには「従軍慰安婦」というものが既成事実であることを含んでしまう。

 繰り返し言うが「慰安婦」は善か悪かと問われれば悪でしかない。そして慰安婦が日本軍の傍に存在したこと、そこに韓国の女性の慰安婦がいたことは事実であろう。

 堂々巡りのようになるのでやめておくけれど、世の中はきれい事だけではない。だからきたないことを認めろ、とは言わないけれど、それを言う本人はそれほどきれいなのか、と問われれば黙るのが普通の人間だ。イエス・キリストが「自らにやましいものがないものだけが石を持ってこの女を打て」と言ったときに誰もその女を打つものがいなくなったというけれど、いまは平気で石を投げる時代になったらしい。

 この本は朝日新聞に籍を置いて当時ソウルにいた記者が、真摯に当時の状況を含めて検証したものである。著者が検証したのは今年になってからで、その前から違和感を感じていたけれど、そこまで突き詰めて考えていなかった、と正直に語っている。

 だから読んでいて歯がゆいぐらいのところがあるけれど、それがじつは正直な著者の気持ちなのであろう。当たり前のことだ。手のひらを返して正義の味方を演じられたら鼻白むだけだ。この人はすでに朝日新聞を離れているけれど、在籍の朝日新聞の心ある記者たちは多分同様の気持ちに違いない。その人たちがこれから今回のことをどう受け止めてくれるのか、良い方に向かうことを期待するばかりだ。

 題名のイメージよりも内容はまじめな著者の検証に終始している。物足りないくらいだが、だから評価したい。

曽野綾子「酔狂に生きる」(河出書房新社)

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 読み始めたら、何となくいつものペースで読むことができない。先日読んだ「曽野綾子大批判」が頭に残っているから、内容についてこちらも突っ込みどころを探すような読み方になっていたからだ。

 しかしこの本は政治評論的な部分は全くない。単に彼女が自分の生き方を語っている。文章というのはある意味で自己表明でもある。語ることも画も写真も音楽もそうだろう。そこには内容とともに「私はこういうものである」という自己紹介が付随している。というより極論すれば自己表現のために全てがあると言っても良いくらいだ。

 だから自分自身だけに向けたものは寂しい。誰かが読んだり見たりすることを期待している。「私はここにいて、こんなことを見て、こんなことを感じ、こんなことを考えているよ」と言いたいのだ。

 ブログなんてまさにそういうものだ。だからどれだけの人が見てくれるのかが気になったりする。

 それはさておき、この本は彼女の生き方、価値観、いかにそれに忠実に生き、最後を全うしようとしているのかをとても短い文章の繰り返しの中で語っている。何度も聞かされている話が多いのは、書き下ろしではなく、あちこちに掲載されたものをまとめたものだからだ。文章が短いから意が尽くされていないものもある。こちらはいままでたくさん読んでいるから補足して読むことができるので、十分伝わる。

 やはり曽野綾子は好いではないか。素直に読めば共感できることだらけである。波長が合わなければ読まなければ良いだけだ。まじめに生きている人なら大抵共感するところがあるような気がするけれどなあ。

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2014年11月16日 (日)

なつかしいもの

 いま母親の介護で千葉に来ている。介護と言ってもいまは点滴の寝たきりで、あまりすることはない。普段面倒をみている弟夫婦が仕事などで不在のときの留守番をして、万一にそなえていれば良いだけである。大抵本を読んだりパズルをしたりで母のそばにいて暇をつぶしているけれど、飽きるので部屋の片付けをする。ゴミとして捨てれば良いものがあちこちにある。長いこと手をつけていないからほこりまみれの包みがあちこちから出てくる。

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 思わぬところからなつかしいものがひょっこり出て来た。子供のときに愛用していたカメラだ。蛇腹式で、普段は蛇腹をたたんでケースに収納している。ブローニーフイルムを使用する。普通はこのフイルムは6×6センチサイズで使用するが、このカメラはセミ判と言って6×4.5センチだ。もちろん縦が6センチで横が4.5センチである。

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 ファインダーは距離と連動していないから、フレームを決めるだけのものだ。距離も露出も全て手動、シャッタースピードは200分の1までしかない。フイルム巻き上げもスリットになった背面窓から覗く目印に合わせて手で巻き上げる。

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 大抵ベタ焼き(引き延ばしなし)で、たまにとても良く撮れているときだけキャビネサイズにした。もちろん白黒だ。ネガもたくさん出て来た。デジタル化して保存したいけれど、多分方法はあるだろう。持って帰ることにする。

 カメラは手入れしていないでしまい込まれていたからカビだらけ。残念だが再度使用するのは無理なようだ。丁寧に表面を拭ってふたたびしまう。

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 もう一台、なつかしいカメラが出て来た。ヤシカのエレクトロ35という普通のフイルムを使うカメラ。「ろうそくの光でも写せます」というキャッチフレーズで登場したカメラだ。当時電池を入れて使用するカメラは少なかった。測光はセレン素子で、電池が不要だったからだが、精度が低く暗いところはほとんど使えなかった。このカメラはCds素子という最新式の素子で電池を使用して暗いところも測光できてしかも正確だった。長く家族旅行のお供として使用。カラー写真はこちらのカメラで撮った。

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 しかしこのカメラの電池も特殊なもので、調べたらとっくに生産中止になっている。特殊なアダプターを使うと別の電池で動くようになるらしいが、そこまでするつもりがないのでこれもご挨拶して再収納した。

もう一台、これらのカメラの前にベスタ判という特殊なフイルムを使うカメラを愛用していたのだけれど、さすがにそれはどこにもなかった。ないとなるとなつかしさもひとしおだ。

2014年11月15日 (土)

佐高信・山崎行太郎「曽野綾子大批判」(K&Kプレス)

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 私は曽野綾子が新聞や雑誌を見て世相を批評する文章が好きだから、いつの間にかそんな本がたくさんたまっている。ちょっと辛口のおばさんが、変な思想に凝り固まった意見とは違う、まっとうなことを言っているように感じている。

 ところが曽野綾子はしばしば批判されている。意外な人が曽野綾子を嫌っていることを明らかにした文章を散見することがある。多分理由があるのだろうけれどあまりよく分からない。そこでこの本が目についたので買って読んでみた。正直な話、私は佐高信という人が嫌いである。むかし多少彼の本を読んだこともあるけれど、肌合いが合わないと感じていた。テレビでたまに見ても、ものの言い方に品がないと感じる。

 対談相手の山崎行太郎という人はほとんど知らない。そういえばこの本でも取り上げられている彼の「保守論壇亡国論」というのはもしかしたら読んだような気もするが記憶が確かではない。

 好きな作家がけなされているのを読むのはあまり気持ちの良いものではないが、自分の気がついていないことを発見できるかも知れないという思いもある。

 彼らが特に曽野綾子を非難しているのは、沖縄の集団自決が軍部による強制であったかどうか、についての曽野綾子の文章である。この件は沖縄の基地反対闘争に政治的に参画していた大江健三郎が大々的に取り上げていたのを、曽野綾子が現地に行って聞き取りを行い検証したものだ。曽野綾子は聞き取りの結果に基づき、軍部の強制はなかったという立場である。そしてそのことを大江健三郎に伝え、自分で検証したのか、と質問している。それに対して大江健三郎は検証しなくても事実は事実だ、と答えている。

 大江健三郎のこの件に関して書いた文章を曽野綾子は強く批判したのだが、問題はその大江健三郎の文章の意味をいささか取り違えたために逆に批判されることになってしまったところにある。それを突いたのが山崎行太郎である。さらに曽野綾子の現地調査そのものがずさんであり、しかも論拠としている自決事件の現場にいたとされる人物の手記そのものが戦後だいぶ立ってから改竄されたものだ、と言う点を問題にしている。

 その集団自決事件のときの責任者の家族が名誉回復を求めて裁判を起こしたが、その不備のために訴えは却下された。

 このことを曽野綾子にしつこく問いただし続けているが、曽野綾子はそれに答えない、逃げている、と言うのが二人の批判である。

 そして曽野綾子を現在の保守の論壇の代表者と見なし、保守は劣化した、となじる。

 私の感想としては、曽野綾子も粗忽なところがあったのかも知れないという気はする。しかし彼女は彼女なりに自分で確認したことを元に自分の意見を述べていて、その確認の中に不備があって引っ込みがつかない、ということだろう。その一事をもって彼女を全否定をして、人格否定に近い非難を浴びせる二人の姿勢は、私にはいささか常軌を逸しているように見える。無視されたのが腹に据えかねた、と言うところだろうが、曽野綾子としては鬱陶しいから相手にしない、と言うことだろうと思う。

 この件はだいぶ前からの論争なので、このことから曽野綾子を嫌っている人が増えた、ということがあるかも知れない。

 しかし曽野綾子を保守論壇の代表と見なす、と言うのもずいぶん一方的な見方ではないか。曽野綾子は一作家で評論家ではない。その曽野綾子の瑕疵をもって保守論壇の劣化とはいささか的外れではないだろうか。

 彼らの闘ったら自分が傷つく相手と命がけで論争する、嫌われるだけに終わる相手とは論争しない、と言う表明と、実際にやっていることとの乖離が大きいような気がするのはこちらに偏見があるからだろうか。

 題名に「批判」ではなくで「大批判」としているのもいかがわしい。本の表紙の写真を見てもらえばこの色使いはいささか品がない。

「下品?意地が悪い?大いに結構!」と怪気炎を上げているが、二人がうさんくさいという印象だけが残った。

 山崎行太郎は繰り返し繰り返し「ひりひりするような生き方」と言う。それは大学教授や作家ををしながら評論を行うという二足のわらじでは真の評論はできない、ということのようで、自分は退路を断って評論していることをそういう言い方をしているのだが、何、どこからもお呼びがかからないからひがんでいるのではないか、と思わせるのが笑える。

 佐高信はしきりに江藤淳に敬意を表していることを語り、対談したことを自慢していて、巻末にその対談を掲載している。しかし江藤淳もここまで担ぎ出されては、あんなやつと対談なんかしなければ良かった、と草葉の陰で苦虫をかみつぶしているだろう。

 ちょっと言葉が走ったが、このブログを読むとは思えないから、まさか私も批判の対象になったりはしないだろう。それこそ命がけで論争する相手ではない。

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矢野誠一「圓生とパンダが死んだ日」(青蛙社)

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 冒頭が「浅香光代・西街道御難旅路」で、浅香光代を座長とする女剣劇一座の九州巡業に筆者が同行したときの顛末記。上からでもなく、下からでもない、同じグランドに立った視線で一座の人々と浅香光代の様子が語られるのだが、それがそのまま脚光を浴びていた過去と、ほそぼそとどさ回りをする現在とを描いてそのまま女剣劇の歴史を語るものになっている。

 怪しげな興行師、降りかかる災難、それを明るく笑い飛ばし、旅を続ける一座の姿に感動を覚えてくるのは、著者の優しいまなざしを通してかれらをみているからだろう。

 芝居の巡業と言えば思い出すのはフーテンの寅さんにしばしば登場する吉田義夫を座長とするうらぶれた旅の一座だ。先の見えないその日暮らしのわびしさに旅芸人の切なさをみて、寅次郎の郷愁をさそう。

 そのような作者の交遊録、人物論、レクイエムが三十八篇、つまり三十八人が語られている本だ。その三十八人に関わる多くの人々が登場するから実際には二、三百人の人物名が出てくる。

 多くは私も知らず、すでに世に忘れられた人々だが、著者の筆で彼らのある瞬間の輝きのようなものがよみがえってくる。もって瞑すべし。

 ラストが題名の「圓生とパンダが死んだ日」。志ん生や文楽と違い、狷介な面もあった圓生の突然の死を著者は聞く。圓生をただすばらしかったなどと言わず、交流の中で知り、感じたその欠点のようなものを次々に取り上げて書きながら、その死を誰よりも悲しみ、呆然とする姿に熱いものがこみ上げる。そして翌日の新聞にはパンダの死がトップであげられていた。私は子供のときから誰よりも圓生が好きだったから、少し著者に感情移入してしまった。

 蛇足であるが、「稲荷町の牛めし」と言う文章で先代の正蔵(彦六)が語られる。名人と言われた林家正蔵の長男が林家三平(先代)で、正蔵は三平には跡を継がせず、弟子の彦六に名跡を譲った。そして譲られた正蔵は三平が死んだときに名跡を返上、元の彦六に戻った。その正蔵の名前は長く空位であったけれど、いま三平の息子が継いでいる。実力に伴わない名前を継いだその息子をテレビで見ると、私は舌打ちして顔を背けてしまう。

2014年11月14日 (金)

馬渕睦夫「「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!」(WAC)

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 空想小説かと思うような世界観、歴史認識だが、決して妄想ではない。空想小説と言ってもSFの類いではないし、もちろん小説でもない。

 題名から感じられるように、トンデモ本という種類の本ではある。しかし最後まで読み通したときにその内容に矛盾がないことに気がつく。現実世界を著者の語る視線で見直したとき、そういう解釈もあり得るのではないか、と感じるのだ。何が正義で何が悪である、などというメディアのインチキ臭い世界観と比べれば、はるかにリアリティがある。

 著者は元駐ウクライナ大使だそうだ。ウクライナ情勢やその背景についての著者の見解はあっと驚くようなものだが、この本の後半に書かれていて、ある程度下地ができてから読むことになるから、あながちあり得ない話でもないような気になる。

 内容の一部が自分の受けた教育や知識と違うからと言って受け付けないような柔な神経ではおとなとはいえませんぞ。とにかく通して読むと面白いから一読をお勧めしたい。この内容をある程度咀嚼して頭に入れて知り合いを煙に巻くのも楽しかろう。今晩弟に試してみよう!

 韓国の謝罪要求に応じて日本が謝罪することは韓国人を愚弄することになる、と言う主張には私も賛同する。どういう意味か、それは本文を読んで考えて欲しい。

早坂暁「花へんろ風信帖」(新潮社)

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 著者の早坂暁は、私のもっとも愛するテレビドラマ「夢千代日記」の原作者である。「花へんろ」も彼の原作のテレビドラマだ。ちなみに、「風信帖」といえば風の便りというところだろうが、普通は空海の最高傑作と言われる「風信帖」という最澄に宛てた手紙のことを指す。高校のときにこの書を臨書したことがある。王羲之の「蘭亭序」に比されるほどのすばらしい書だ。王羲之の真筆はほとんど残っていないが、空海のものは残っていることもすばらしいことだ。しかしこれは本文とは関係ない。

 この本は著者のいままでの生き様を背景に置いた上で、日々の出会いや巡り会いの中に感じたことを書いたエッセイ集である。そして著者の生き様というのが淡々と書かれているけれどもかなりドラマチックである。いや、ドラマよりも実際の人生の方がはるかにドラマチックなのが当たり前なので、うつくしい光景を見て、画のようだ、というのと同じように倒錯しているかも知れない。

 一つ一つの話がそれだけで物語になるような中身の濃いものだが、特に妹が広島で被爆してなくなったことが書かれている文章は強く印象に残った。妹は広島に住んでいたのではない。防府の海軍兵学校の分校にいる早坂暁にたまたま会いに来て奇禍に遭ったのだ。その妹の遺体を探しに八月二十三日に広島の惨状の中をさまよう著者の姿を想像すると言葉がない。

 著者が生まれ育ったのは愛媛県の北条町という、いまは松山市に編入された町で、四国札所巡りのお遍路さんが家の前を行き交うところだ。大きな商家であったからお遍路さんが立ち寄れば休ませてお米を渡す。多いときには一日合わせて一斗も渡したというから、いまでは考えられない話だ。そして子づれのお遍路さんが行き暮れてやむなく軒先に子供を置いていくこともあったという。

 その子供を引き取り、家族のように育てていると大抵は半年くらいのあいだの後には親が尋ねてきて感謝して子供とともに去るのだという。そうしてただ一人親が来なかったためにそのまま家族として育てた娘がいた。多分旅先で親は亡くなったのであろうか。春に置き去られていたので春子と名付けられ、著者と兄妹として育った。

 「兄にどうしても話したいことがある」と言って家を出て松山から広島にやって来た春子。いったい何が話したかったのか。

 この妹が何を言いたかったのか、そして早坂暁が妹をどう思っていたのか、これは断片的に他の文章の中で語られている。

 これが「夢千代日記」に結果する著者の原点であろうか。哀切きわまりなく、原爆というものの不条理さを痛烈に考えさせる。

 渥美清との精神的な交流など、紹介したい話があふれているが切りがないからここまでとする。

2014年11月13日 (木)

藤原智美「暴走老人!」(文藝春秋)

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 著者は芥川賞作家でエッセイスト。男性である(念のため)。

 この本は小説ではない。著者が見聞きした暴走する(ほぼ暴力を揮うと同義で)老人の姿に、なぜ老人が暴走するのか、数々の事例をもとに考察を重ねた文章だ。かなり歯ごたえがあり、中身も濃い上に飛ばし読みができない。結果的に老人の問題と言うよりも現代社会のありようの問題として老人の暴走も捉えられている。

 著者が取り上げた事例を読むまでもなく、私もしばしば感情的な老人の姿を目にすることがある。突然激高して、しつこくて、しかも何が理由なのかがよく分からない。もちろん昔だって腹を立てる年寄りがいなかったわけではないが、大抵その理由は筋が通っていて理解可能だったように思う。

 乱暴にこの本の分析をまとめれば、老人の疎外感、孤独感、世の中について行けないことへの理不尽な怒りだ、ということになろうか。

 だからことは老人だけではなく、誰にでも起こりえる感情の爆発であり、個に分解してしまった人々のコミュニケーション不能の結果であると言うことだろう。

 そのことがまことに丁寧に詳細に手順を踏んで語られていて、それを短い文章にまとめると大事なことが全て漏れてしまいそうなので、ここまでとしておく。興味のある方は探して読んで欲しい。現在は文庫にもなっているらしい。多分、文春文庫であろう。

 しばしば周りが見えない人、自己中心的な人が切れることが多いのではないか、と私は感じている。世の中が自分が思っているものとは変わっていることが分からないし、言われても理解することができない。

 行列で、そういう老人の後ろに並んだときはため息が出る。その視線を当の老人もひしひしと感じていて、それが爆発につながっているのだろう。

2014年11月12日 (水)

日下公人「「人口減少」で日本は繁栄する」(祥伝社)

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 少子高齢化が日本を衰亡させていく、と決めつけて、その対策が取られている。しかし人口が減ることがそんなに悪いことなのか?と問い直されることがほとんどないことは奇妙なことである。

 確かにいま世界は人口が多い国が大国であり、経済的にも繁栄している。それは人口が多いことがそのまま低賃金につながる面がその国の競争力でもあったからではないか。だがそれは世界が平均化するに従ってそれほどのメリットではなくなるような気がする。現に中国は賃金の上昇に伴い、経済的な繁栄が頭打ちになろうとしている。大量生産の品物は人件費の安いところへとその生産地が移っていくのは必然のことだ。

 そもそも少し前まで地球はこれ以上の人口を抱えられなくなりつつある、という論が語られていたのではなかったか。そのときよりも資源や食糧に格段の余裕が出て来たとは思えない。

 それでも日本の国にとって少子高齢化を食い止める必要があるのだ、ということなら、この本で書かれているように、若い人がもっと結婚したくなり、若い女性が子供を産むことを喜びとするような手立てが必要だろう。

 高学歴が結婚を遅らせているなら、結婚して子育てをしたあとに学ぶ機会を持てるようにするという本書の提案は、迂遠なようで正当ではないか。そのための支援を積極的に行えば良いのだ。実際に子育ての終わった女性たちの向学心はファッションではなく、本物であると最近は認められている。

 世界の統計調査などで、日本の女性は社会的なポジションが先進国中最低だ、などとよく言われる。私にはとてもそうは思えないが、日本の女性もそう思っているのだろうか。

 欧米ではレディ・ファースト、などと女性を人前で優先させることを美徳としているけれど、その精神の根底は、女性は弱くて劣っているから強い男が守らなければならない、という意識の表れではないか。だから意識的に女性を優遇する。これは差別の変形だろう。本当の対等とはいえない。男と女には違いがあり、その違いを認め合った上での対等が本来の平等だ。いまの風潮は現にある違いを、あたかもないかのごとく見て見ぬふりをしているまやかしの平等ではないか。

 いままでの結婚観とこれからの若い人たちの結婚観は多分大いに違うのだろう。そのことに想像力が働かないおじいちゃんたちが少子高齢化対策、など行ったところで時代錯誤の空騒ぎだ。あえて悪口を言えば代議士になるような男と互していくような女性は、当たり前の女性とは感覚が違うような気がする。それを女性の代表として施策を考えさせても、はて、うまい対策が生まれるのだろうか。

 みもふたもない言い方をすれば、そもそも結婚や出産は個人の問題である。成り行きに任せれば好いのではないか。それで日本が衰退するならそれで良いではないか。それにいまから何かの対策が発動して奏功したとしても、そこで生まれた子供たちが社会の一員なるには最低20年以上かかるわけだ。その頃には人口の多い団塊の世代の老人たちは九十歳に近くなっている。残念ながら半数はもうこの世にいないだろう。その対策だとしたらとっくに手遅れなのだ。

 あんがい少子化時代の子供たちは人口が減ったことによってゆとりができて、豊かな暮らしを満喫できるのではないか。

 どうも本に書いてあることとは関係ないことばかりの私の妄想を書き連ねてしまった。

谷沢永一「人間の見分け方」(H&I)

140920_239 つき合いたくない人

 人は見かけによらぬもの、「人間通」を自認する筆者ですらどれほど人の見かけで騙されたことがあるか。そして功成り名を遂げた人、そして鳴かず飛ばずである人の違い、友にするにたりる人、つき合うべき人、決して近づいてはいけない人、など、自らの経験はもちろん、友人知人有名人、さらに豊富な読書の中から数々の実例を添えて詳細にあげて自分の考えを記している。

 人は関係の中で生きている。そして関係する人が全て人格者だったり、良い人であるとは限らない。そして人格者であってもつき合って好きになれる人であるかどうかは分からない。また、人はある人には悪い人でも、ある人にとってかけがえのない友であったりもする。

 そう考えると無数の場合が考えられて、マニュアルのようなものを作ることは不可能のように思えるが、それでもものの考え方にはある程度のパターンがあるようで、この本にあげられたものの中には自分の出会った人たちとのいろいろな想い出がよみがえってくるものなどもある。

 もともと脳天気なので、私が感じた本当にイヤなやつ、というのはほんの一握りしかいなかった。肌合いの合わない人はそれよりも多いけれど、大半は私自身の方に理由があったような気がする。

 仕事を離れてからはたくさんの人と出会い、相手がどんな人であるか見る機会はあまりなくなった。だからこの本を買って、なるほどと感心したとき(2005年)と、再読したいまはずいぶん違う思いがした。

 ほんの一例だが、信用してはならない人、の項に、ケチな人とつき合うな、高慢な人につき合うな、などとある。大望があり、そのために出費を惜しむ人の中にはあとで大化けする人もあるかも知れないが、自分がつき合いの中で当然支払うべきものをひたすら回避しようとする人がいる。また、わずかな出費の差にいつまでもこだわる人がいる。そのさもしさはそれ以外の美点を全て失わせるほどにみっともない。高慢な人とは「世間が自分をまだ認めてくれない」、あるいは少々の実績を「もっと大きく認めてくれ」と常に考えている人である。世間は自分が思っているようには自分を評価などしてくれない。それが見えない人は常に不平不満を言う。つき合うとその毒がこちらに回る気がする。

 ともに思い当たる誰彼の姿があって今となっては笑うことができる。私がまさに敬して遠ざけていた人たちだからだ。

 この本を読んで人を見分ける一助にする、というのもいいけれど、では自分は人にどう見られているのだろうか、という鏡にすればもっと良かった、少しは自分の欠点が見えてもう少しましになっていたかも知れない、などと今頃気がついた。

2014年11月11日 (火)

もとのもくあみ

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 昨晩は節制していた酒食を解禁した。テーブルに食べ物を食べきれないほどたくさん並べてビールと日本酒をゆっくり飲んだ。

 定期検診に合わせて節制した効果で血液検査は全て正常値だったけれど、こんな風にしっかり食べてしっかり飲んでいたら、もとのもくあみである。

 アルコールを控えていたので喉は渇いているし、空腹だったから格段にうまい。満足感というのは、満たされない状態を経過しないと得られないものだと言うことをあたらめて実感した。 

 貧しいときになけなしの金でものを買うとその喜びは大きく、幸福感が持続した。金が十分あって楽に買ったときの喜びは本当に当座だけだ。

 世の中は豊かになって何でも買える時代になり、あまり欲しくないものまで心理学を応用して購買欲を刺激させられ、気がついたら家にはものがあふれていた。

 そこへ景気の停滞が続くのだから、ものが売れないのは当然なのだ。買えないのではなく、買う必要がないから買わないだけなのに、マスコミは世の中に貧しい人が増えたからものが売れない、という。

 タンスの中や家の中にあふれているものを捨てないかぎり、人は本当に必要なものしか買わないし、それはそれで当たり前のことではないかと思う。

 年金暮らしで使う金が限られてくると、ものに対する愛着が多少戻ってきた。無理して高価なものを買ったときの喜びも大きい。少なくとも私は必要な金だけ有れば良くて、余分な金がない方が幸せな気がする。

 人生の最後は無一文に近くて構わないのだ。もとのもくあみ、それで良いではないか。

2014年11月10日 (月)

自らをおとしめる

 安倍首相と習近平主席の首脳会談前の挨拶の様子があからさまに映し出された。

 これを見て普通の感覚の人は習近平の態度に「礼を失している」と感じたことだろう。しかし中国のネットでの反応には「習近平、良くやった」という声もあるようだ。

 世界中の人があの様子を見る機会がある。誰が非礼であるかは恐ろしいことに一目瞭然である。そして非礼な態度である、ということが正しいことである、と認識する一部の中国人がいることがいまの中国の現実なのだろう。洗脳教育というのがどれほど恐ろしいのか、分かる人には分かる。

 中国があれほど非礼であるのは日本に、そして安倍首相に問題があるからだ、というのが日本のマスコミの論調であり、多分今回もそうだろう。明日の朝日新聞の朝刊があの様子をどう論評するか楽しみだ。多分、日本は、そして安倍首相は謙虚に反省せよ、というだろう。

 朝日新聞のいまの感覚が明らかになる。(誤報問題がダメージなら、そこまで言わないかも知れないという意味で)

 

 礼を失すると言うことは、あいてはもちろんだが、それ以上に自分をおとしめ損なう、致命的なことなのである(酒見賢一の「陋巷に在り」を見よ!呪と儒はうらおもてなのだ)。

ほめられると嬉しい

140920_60 今日の女医さん

 今日は病院の定期検診日。空腹時血糖値、HbA1c、血圧、全てが正常値。体重もほぼ当面の目標値を達成。午後所用があるため、他の測定値はまだ結果が出ないので次回に聞くことにした。だいたい6~7週間ごとの検診が、次回はなんと9週間後になった。それだけ自己管理がしっかりしていると認められたということ(エヘン!)。

 いつも厳しい女医さんが、にこにこして「よく頑張っています」とほめてくれた。こちらがだいぶ年上なのだが、ほめられると嬉しい。あんまり運動していないから、ただ食べる量が減っている結果だけどね。

 さあ、今晩は美味しい酒が飲めるぞ!

 帰り際に「年末年始はなるべく控えめにね!」と言われた。いまなら「はい!」とはっきり返事ができる。どうせそのときになれば忘れているに決まっているし。

諸井薫「居酒屋の正論」(東洋経済新報社)

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 本の整理をしていて、そのまま捨てるのがもったいないので、処分する前にもう一度読みたい本を読んだりしている。この本は1993年出版。

 諸井薫はエッセイストとしての名前で、本業は編集者。いろいろな雑誌の創刊に関わり、招かれて「プレジデント」の社長になって大幅に部数を拡大したことで知られる。2001年、肝硬変で死去。

 1993年といえばバブルがはじけて企業がリストラをどんどん進めて世の中がドラスチックに変化していた頃だ。銀座のクラブや高級レストランに閑古鳥が鳴き、亭主族は安い居酒屋に寄るか、自宅で食事することが多くなった。

 いまでは誰でもわかっているけれど、この時代にすでに著者はそもそもバブルの時代が異常な時代だったのだ、ということをいち早く指摘している。

 不況感が漂う中で、人々がさもしくなっていることを歎いている。ゴージャスな生活が出来なくなったからと云って、心まで貧しくなっていく人々に憎まれ口を利いているのだ。

 ダンディな紳士が日々の世相に感じることを自分の言葉で静かに語っていて、この歳になってようやくオトナのおじさん(おじいさんか)になったこちらの気持ちにシンクロする。あの時代にまさに仕事に励んでいたのだなあ。何だか懐かしい。

 ユーザーが繊維産業という斜陽分野だったので、中国や韓国の台頭に直面する世界を目の当たりにしていた。だから人々が願うように、再び日本がバブルのときのようになることはありえないと感じていた。人件費の差が企業の競争力に直接反映する、ということを思い知らされていたからだ。

 政治は細川内閣という非自民政権が誕生した頃である。思えばこれが民主党というアマチュアに政治を任せることになる風潮の先駆けだった。そういえば「さきかけ」という党がこの細川政権の一員だった。

 帯には超辛口エッセイとあるけれど、私にはあたりまえのことをあたりまえに書いているように思える。それがむつかしいのだけれど。

2014年11月 9日 (日)

上坂冬子「あえて押します 横車」(集英社)

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 上坂冬子は高校卒業後トヨタ自動車に入社、在職中に中央公論の新人賞を受賞して文筆活動に入る。生涯独身。保守的な論陣を張っていたが、左派の集団である思想の科学研究の会員でもあった。リーダーの鶴見俊輔に高く評価されていたことから、彼女がただの論客ではないことがわかる。自分が正しいのだから相手は間違っている、という単純で愚かな人間は、意見を異にする人から評価されることはない。

 それは彼女が一目置く価値のあると認めた人に敬意を表するという礼儀をわきまえていたからだろう。その代わり教条主義的な観念論者に対しては厳しい。彼等は相手に対して敬意のかけらもないことが多く、その愚かさが腹に据えかねるからだろう。この本でも彼女が保守的であるから、というだけで左派から横やりが入り、予定された講演が土壇場でキャンセルになる仕打ちを受けたことが書かれている。

 そう言えば山本夏彦が東京都から何かの賞をもらうことが決まっていたのに、女性蔑視の言動が見られるからとして女性議員からクレームがついて突然取りやめになったことがあった。そんなことをするからそれを揶揄されるのだ。彼の文章を読めば彼が女性を蔑視などしていないことがわかるはずで、読んだこともなく、ただ言葉尻を捉えての非難だろう。愚かなことである。山本夏彦は人間そのものを蔑視していたのだ。そしてそう考える自分自身をもっとも蔑視していた。

 この本が出版されたのが2000年である。小渕恵三首相との関わりと彼の人柄がいくつか書かれていて彼の死を悼んでいる。小渕優子さんはどんな気持ちでこの文章を読むのだろう。

 この頃は韓国や中国との関係が良好で、この国々がますます豊かになり、さらに良好な関係が進むと信じていた様子がうかがえる。彼女は2009年に他界しているからその後の関係悪化を知らないわけではないが、ここまでおかしくなるとは思わなかっただろう。それは私の実感でもあり、多くの日本人の実感でもある。 

 彼女はテレビが大好きで、自らミーハーを自認している。かわいそうといっては泣き、けなげであるといっては泣き、頑張っている人を見ては感動して泣いている。つまり普通の感覚なのである。マスコミや思想教育に洗脳されていない、自ら学び、自分の獲得した人生観から世間を見ているから理非曲直に揺らぎがなく、しかも分かりやすいのだ。

 運動が嫌いで、家事もあまり得意でなかったことがうかがわれる。食事も自分で作ることがなく、見ていて危うい極端な食生活をしている。そして案の定糖尿病になってしまう。死因は肝不全。一人暮らしの気ままさと寿命との交換だったのだろう。

2014年11月 8日 (土)

ついに新戦力を投入

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 衆寡敵せずと見て、ホットな戦いになることを回避し続けていたが、敵は静かにこちらの領地を侵略し、とどまることがない。

 ついにやむにやまれず、ささやかに戦端を開いたのだが、戦線の拡大をしないつもりが、いつのまにか全面的な戦いに突入してしまった。

 敵は疲れを知らず、ただ当方のみが孤軍奮闘している状態。果てしない戦いを打開するために、乏しい財政から新兵器の投入を余儀なくされた。

 というわけで、ニトリに行って背の高いのと小さいのと、二つほど組み立て用の本箱を購入。ようやく組み立てが終わった。

 本との戦いはこれからさらに激しくなると予想されるが、とりあえず本日はもう休戦することにした。何せ疲労困憊したので。

 こちらがしかけなければ敵は過激な行動はしないし、夜戦をしかけてくる心配もない。

 戦いは明日も続く。

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キリのないことを始める

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 家の中を片付けたかったら床にものを置かないことだ、とテレビで片付け名人が言っていた。

 なるほど。確かにそうだ。それに床にものがあれば掃除がしにくい。しにくいから掃除がついおっくうになる。

 手の届く範囲にいろいろな物を置くと便利である。坐ったままで用が足りることが多い。読もうと思う本を始めいろいろな物が身の回りに雑然と並べられている。それはどんどん増殖していく。

 先日から不要なものを捨てたりしていたけれど、ものの考え方からあらためていかなければならない。そこで身の回りだけでも必要最小限にするべく片付け始めたのだが・・・、気が付いたら周辺ではなく手をつけてはいけないところに手をつけていた。

 身の回りで一番多いのが本だ。読みたい本、読むかも知れない本、買ったばかりの本などが積んである。まずそれを本棚や押し入れにしまおうとすれば当然玉突き現象が起きる。そもそもどこも満杯なのだ。

 こうしてこの本をあちらへ、あの本をこちらへ、と移動と整理が始まる。気が付くと、床は棚から下ろしたり押し入れから引っ張り出した本であふれて足の踏み場もない。

 来週にはまた老母の介護の手伝いに出かけなければならないのに、これをどうしたら良いのだ。

 おかげで本棚の掃除だけは多少出来た。ないスペースを工夫してもう一つか二つ本箱を買おうかな、などと馬鹿なことを考えている。

2014年11月 7日 (金)

日下公人「「新しい日本人」が創る2015年以後」(祥伝社)

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 喪われた20年を通じて「日本はもう駄目だ」とマスコミや有識者は大合唱して日本人の自信を喪失させてきた。日本のメディアがそう言うのだから多分そうなのだろうと世界中が、特にそれを強く望んでいる中国と韓国が、それを信じた。

 それが「どうもそうでもないらしい、けっこう日本もやるじゃないか」という見方がされるようになってきた。まずスポーツの世界から変わっていった。いままで全く歯が立たなかったいろいろな競技で日本の若い選手が気を吐いている。

 東日本大震災などでの日本人の行動を見て、世界は日本の美点を見直した。日本人よりも韓国や中国の人々のほうが素直にそれを認めている。日本を訪れた海外からの観光客の多くは日本の良さを褒め称えている。

この本にも書かれている。
「全部言わなくてもわかる人にはわかる。わからない人にはわからない。もっと言えば東京など都会で育ちましたという人にはわからない人が多い。まして学者の卵だとか、朝日新聞に行って偉くなりましたなどと言う人は、全く駄目だ。勤勉で誠実という美徳が理解できない人は、古い日本や古い日本人が持っていたソフトパワーを否定してしまうからである」

 そして日本の良いところをソフトだけでなく、具体的にハード面からも列記していく。

 グローバリズムという新興宗教の化けの皮が剥がれてきた。そのあとのモデルになるのが日本だよ、というのがこの本の言いたいことである。確かに日本の若い人たちの意識が近年大きく変わってきたのを感じる。むさぼることがなくなり、自然体で、美意識を持って生活している若者が増えているようだ。かえって老人のほうが拝金的かも知れない。

 この本でも繰り返し書かれているけれど、マスコミや有識者こそアメリカをはじめとした西洋的思考に洗脳された世界観から脱却できずに、時代の変化がもっとも見えていないのかも知れない。

 どうやら日教組やマスコミが作りあげた自虐史観からようやく日本は目覚め始めているらしい。めでたいことである。ただ変な自信過剰でヘイトスピーチに走るような連中は論外である。彼等の侮蔑の言葉は、韓国の反日と同様劣等感に発しているように見える。自信がないから相手をこき下ろすことで自分が上位にあるように思いたいだけではないか。人をこき下ろす前によく学び、よく考え、よく働くことだ。そうすればひとりでに優位に立つ事が出来る。

性的マイノリティー

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 同性愛者など、普通でない性向の人を性的マイノリティーと言うらしい。人によりそれぞれだから、別に普通でなければならないとは思わないけれど、それを取りたてて声高に言うことでもない。

 少し前のニュースだったけれど「全ての子どもがありのままでオトナになれる社会」をめざすというNPO法人が、横浜の小学校で「自分らしさについて考え、違いを認め合うことを学ぶ」ために性的マイノリティーについての講義をしたという。

 私にはわざわざ小学生にこんなことを教えるのは性教育以上に異常なことに思えるが、そう思う私がおかしいのか。自分の子どもが小学校でこんなことを教わっていたとしたらぞっとする。

 それ以上にこれが正しいこと、差別をなくすことだと信じて行動する人たちにぞっとする。子供のときには知らなくても良いことがあるのだ。

2014年11月 6日 (木)

大衆迎合の呪縛

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 呪縛とは、字をそのまま見れば、呪いに縛られることだ。すごい言葉だ、と改めて気が付いた。

 アメリカでオバマ大統領の不人気が大きく影響して、上院下院ともに民主党が敗北した。共和党のみならず、民主党からもオバマに対する批判が噴出しているようだ。

 しかしこのオバマを大統領に担ぎ上げたのは民主党であり、彼を選んだのはアメリカ国民である。彼の人間性が大衆迎合的であることがアメリカにとって、そして今回、世界にとってどうもマイナスらしいことにアメリカ国民が気が付いたのならそれはひとつの前進である。

 黒人であることは、アメリカではハンディであった、という長い過去がある。それに対する罪の意識はアメリカ国民に根深くあると思われる。そしてそれが表面化すると、弱者はときに弱者であることがひとつの権力に転化する。アメリカ国民が人物としてのオバマにプラスして黒人であることを価値として付け加えて大統領を選んだと私はみている。

 そうであれば、もともと大衆迎合的であった彼がますます大衆迎合的な政策をとるのは流れとして当然だったかも知れない。国際的にアメリカの国がどうあるべきか、と云う長期的視点を欠き、その場その場の状況判断でものごとを決めてきたことが、結果的に矛盾だらけで筋の通らないものになってしまったのではないか。

 オバマは明らかに安倍首相が嫌いだ、と私には見える。世界はこうであるべきであり、そのためにアメリカはどうする、と云う視点を持たないオバマにとって、正論を語る安倍首相は苦手な相手だろう。習近平主席や朴槿恵大統領との会談より明らかに冷ややかな応対をしているのが見て取れた。

 その習近平主席がAPECで正式の日中首脳会談を行わないことにしたようだ。もちろん日本側と中国側の交渉の結果であるから一方的な中国の責任ではないとも言えるが、中国側が会談の前提条件を引き下げないということは、中国の拒否でしかないではないか。

 韓国経済はサムスン電子の減収減益で右肩下がりが顕在化した。現代自動車とその子会社の起亜自動車の燃費データの捏造がアメリカで断罪されて巨額の賠償金を払うことになった。賠償金だけではなく、その信用も失ったことは今後大きなダメージとして残るだろう。

 韓国は竹島に新たに建造するはずだった施設の建設を中止した。これを建言したのは韓国の外務大臣だったと報じられている。「これ以上日本を刺激するべきではない」というのがその理由だという。いままでならこんなことを云えば袋だたきなのにどうもすんなり決まったようだ。

 韓国国民も何となく自分の国がまずいことになっていることに気がつき始めたようだ。頼みにしていた中国こそが韓国のサムスンの凋落の原因であることを思い知らされている。相変わらず韓国経済の低落は日本の円安政策が原因だ、と韓国のマスコミは日本が犯人のように言い続け、安倍首相は悪人である、と言い立てている。

 しかし対中国とは違って日韓の貿易額は三年続けて輸出入ともに減少している。今後さらに減少していき、回復は当分期待できないだろう。それにいまや韓国製品の競合相手は中国だ。その中国への韓国の輸出も頭打ちになってきたらしい。

 朴槿恵大統領の、反日世論を背景にした政策が破綻し始めた。しかし手のひらを返して日本との関係修復に動いたとしても、日本人としては歓迎の気持ちはあまりない。韓国との関係は日本にとって昔と違い優先順位が低いし、ますます低くなりつつある。

 彼女こそ大衆迎合でその地位を維持している政治家そのものだ。そのツケは早くも回ってきて彼女自身を苦しめ、韓国国民を苦しめることになるだろう。

 周永康という中国最高指導部の元常務委員が汚職容疑で取り調べを受けている。彼は上海閥の江沢民に次ぐナンバー2であり、胡錦濤、習近平(習近平を引き上げたのは江沢民だが、習近平は主席になったとたんに裏切った)の政敵と目されている。

 周永康とその一族が蓄財した額は一兆円をはるかに超えると報道されて世界中が驚愕したが、その周永康の取り調べがいつまで経っても終わらない。多分いままでもそうだったように、水面下で激しい権力闘争がおこなわれているのだろう。

 一気に片をつけられないというのは、習近平の足もとも見かけほど盤石ではないと言うことかも知れない。権力闘争を汚職摘発という大衆迎合にまぶして進めている習近平としては、日本との宥和を進めることは大衆から反発を受けると読んで日中の正式会談をおこなわない、と決めたのだろうか。

 これほど徹底した反日教育を続けてきた中国でも、国民の半数以上が日本との関係を改善すべきと考えているという調査がある。これは韓国も同様だろう。

 大衆迎合はしばしば声高な一部の声に惑わされてその判断を見誤る。反日教育などと言う異常な政策に為政者自身が呪縛されているのかも知れない。しばしば大衆のほうが全体としてみると、実は正しくものが見えていることがある。

金美齢・長谷川三千子(対談)「この世の欺瞞」(PHP研究所)

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 副題「「心意気」を忘れた日本人」。

 意気軒昂なおばあさんとおばさんが思いの丈をぶちまける。共感する人にとっては痛快この上ない本だ。先日金美齢おばさん(おばあさんはちょっと失礼であった)の本(夫君の周英明氏との共著)を読んだばかりなので彼女の言いたいことはよく分かっている。

 二人は安倍総理を応援しているが、その背景のひとつに「たかじんのそこまで言って委員会」という日曜日の読売テレビの番組がある。この番組は全国ほとんどで放送されているが関東だけは放送しない(させてもらえないのではない。これはやしきたかじんの遺志であるし、それをついだ番組の意志である)。

 東京で放送されればどうなるか、番組を楽しみに見ていて想像力のある人なら分かる。マスコミはこぞってその非を鳴らすだろう。それこそがこの本の題名である「この世の欺瞞」そのものなのだ。

 第一次安倍内閣は安倍晋三氏の病気で瓦解した。失意の安倍氏が病気の回復とともに次第に力を取り戻し、再起するまで励まし、ついには再度首相になる決意をすることに至ったことにこの番組が若干寄与したことは間違いない。だから安倍氏は首相になって超多忙にもかかわらず、この番組には一度ならず出演している。

 その中心が、亡くなった三宅久之氏であり、金美齢おばさんであり、やはり亡くなったやしきたかじんである。長谷川三千子おばさんはそれとは別に安倍氏を後援する組織を立ち上げて応援してきた。

 マスコミや有識者と称する人の多くは安倍首相を批判、非難する。では安倍首相ではない誰が何をしたら良いというのか、それをイメージできる人がいるだろうか。今さら民主党の誰かに期待するというのか。海江田氏に国を託せるなどと言う人がいるのだろうか。鳩山氏や菅直人氏や野田氏が何をしてきて何をしなかったのかもう忘れたのか。あのまま民主党政権が続いていたらいまより日本が良くなったはずだなどと信じる人がいたらその知性を疑わざるを得ない。

 全てがうまくいかなければ批判する、といういまのマスコミや有識者の態度には辟易する。批判はしても良いが、このことはよくやっている、という相手に対するリスペクトを少しくらい持ったらどうか。少なくとも安倍首相が身を粉にして世界中を駆け回り、一生懸命やっていることだけでも評価しても良いのではないか。

 首相を引きずり下ろされてから、どこの国の人間か分からないコメントを期待されて、首相在職中よりもたびたび某国に招待されてのこのこ出かける愚か者がいる(さすがに中国でもそれが逆効果だと気が付きだしたらしい。残念なことである)。マスコミの一部や良識を自認する人は、この愚か者こそ日本の良識の代表と考えているのだろう。無視すれば良いのに、よく取り上げて紹介している。

 そういうものに苛立ちを感じている人はこの本を読むと快感を感じるはずだ。少なくとも私はそうだった。ただし関東の人は残念ながら「たかじんのそこまで言って委員会」を知らず、マスコミの洗脳がほころびていないから、何の事やら分からないところがあるかも知れない。

2014年11月 5日 (水)

ちょっと不機嫌

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 早朝、左ふくらはぎのこむら返りで飛び起きた。突然の痛みは歳をとっても慣れることがない。

 中国漁船が小笠原諸島や伊豆諸島の沖合で密猟している。日本側は傍観しているようにしか見えない。五隻ほど拿捕したらしいけれど、現行犯でしか捕まえられない、などと暢気なことを云っている。

 中国側に抗議したら「重大性は認識している」とのコメントがあった。その上「日本側には冷静な対処を要望する」そうだ。何と云う物言いだろう。「申し訳ない、中国としても厳正に対処する」と答えるのが本当ではないか。この国はますますおかしくなっている。

 この大量の漁船の行動は、中国での厳しい珊瑚漁禁止措置を嫌って、規制のゆるい日本の海で一攫千金を狙った漁民の自発的なものだという見方と、中国政府が裏で糸を引いて日本に対する嫌がらせをしているのだという説とがあるようだ。

 尖閣諸島での中国の行動を補助するための攪乱を狙っているのかも知れない。直接漁船を使嗾していなくても、暗黙にそれを規制するのを緩めて結果的に日本に対する嫌がらせをしていると見れば、中国政府が関与しているのと同じだ。

 どうして日本は世界中に中国の理不尽さを訴えないのだろう。APECの前だから開催国の中国に気を遣っているのだろうか(外務省ならそう考えることだろう)。そんな気を遣っても中国はそれを感謝などしないで馬鹿にするだけだ。

 日本の外務省は性善説でものを考えて行動している・・・ように見えるが、なに、何か行動を起こすのをサボっているだけで、リアクションを恐れているだけではないか。

 社民党の吉田党首が安倍総理への国会質問で、2007年の週刊誌の「3億円脱税の疑惑」、という記事を引用し、「すでに時効だが自発的に納税したらどうか」と問いただした。

 一連の政治と金の問題に浮かれる民主党の尻馬に乗って、古い記事を引っ張り出したのだろうが、安倍首相がこれに激高して墓穴を掘ることになった。

 「すでに時効だが自発的に納税したらどうか」というのは、この脱税が事実である、という前提の言葉だ。しかし告発もされていないし、事実確認もされていない週刊誌の記事を真に受けて、一国の首相を犯罪者呼ばわりしたのだから安倍総理が激高するのは当然だ。吉田党首は結局安倍首相に陳謝した。

 社民党はすでに泡沫党で、政治討論などに出てくる議員のレベルの低さは哀れなほどだが、ここまで愚かな質問をする人が党首であるというのは末期的症状そのものだ。

 階上の住人は本日特にバタバタとうるさい。二、三年前にフローリングの改装工事をしていたがそれが防音性のないものだったのか、それ以後歩くだけでも足音が響く。今日みたいにちょっと不機嫌なときには気に触る。

2014年11月 4日 (火)

寝過ぎ後の不快感(他ニュースネタ二題)

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 突然始めた部屋の片付けは心配していた通りいつまで経っても終わらない。少なくともここまではと考えていたところまで、今日の昼までかかって到達。可燃ゴミ10袋、不燃ゴミ3袋を廃棄、出来たスペースは押し入れ半分足らず。疲れた。ものを捨てるというのは心身ともにエネルギーがいるものだ。

 昼飯を食べてその片付けをしたあと、ちょっと横になったらいつのまにか眠っていた。爆睡3時間あまり、目が醒めたら寝過ぎ後の強烈に不快な気分。こんなに長時間昼寝したことは今までになかった。

 今日はいつも月初めにする用事で名古屋に出かけるつもりだったのに・・・。もう日が傾きだしたから今さら出かける気にもならない。

 世の中が連休から再び始動する今日、無為の状態から復活するつもりだったのに、何だかスタートが狂ってしまった。あんまり気の進まない用事を控えてもいる。気持ちを切り替えて明日から本格始動することにしよう。今日は早めに風呂にでも入って一杯飲んで寝よう。でも寝られるかな。

雰囲気が変わってきた
 民主党の細野豪志元幹事長が、安倍内閣の閣僚が二人辞任したことを踏まえて「民主党は元気がないと云われるが、だいぶ雰囲気が変わってきた」と語ったらしい。

 そして「政治と金の問題があるから、必要な国会審議が止まっているなんてことは一切ない。与党を経験した党として、必要な政策はしっかり前進させていく」と強調したそうだ。

 凋落に歯止めが利かない民主党が、党利党略で政治と金の問題を追及していることは誰の目にも明らかだ。自民党を追い落として政権を獲ったのもここが原点で、民主党なら少しは自民党よりマシかも知れない、と国民は期待した。

 ところが日本の国のことなどそっちのけで党内の抗争にうつつを抜かし、国民の失望を買ったことは記憶に新しい。国をどうする、と云う視点を欠いている党だと国民に思われていることを細野氏も承知しているので、このようなコメントを出したと思われる。

 確かに党内抗争に明け暮れていたのが、党利党略というひとつ大きな枠での闘争に変わったのは、少し意識が大きくなったといえば言える。それを「雰囲気が変わった」と言っているのか。

 しかし相変わらず国益に対する意識が薄弱であることは国民にはお見通しだ。大臣を辞めさせたからと言って民主党の票が伸びることはないだろう。細野さんもあの泣き顔の海江田さんに率いられている民主党をそろそろ離れたら好いのに。

ヘイトスピーチ規制
 超党派の議員連盟が「人種差別撤廃基本法案」の試案を作成し、国会に提出する予定だという。在特会などの言動が国際的に批判を浴びていることからも、当然のことだろう。しかし罰則がないという。罰則をつくったり強化することばかりが良いとは言わないが、罰則が全くなければ規制にはならないのではないか。

 ところで何をもって不当な差別的発言とするか、その基準を決めるのは難しい。行きすぎればいまのマスコミの異常な言葉狩りのようになってしまう。タブーの言葉のリストが昔の電話帳のような分厚いものになっている、というのは本当だろうか。

 マスコミが好んで旗印にする言論の自由と差別的言辞の規制はどう折り合いをつけるのか。マスコミの正義の判断に任せるのは朝日新聞の誤報記事を見るまでも無く危うい。結局言った者勝ちになるのではないか。

 今のところ日本ではヘイトスピーチを眉をひそめて不快に見るひとが普通であることに救いを感じる。公然と批判も出来る。韓国では心では不快に感じても、そう言うと身の危険を感じるらしいことに比べれば日本はマシである。

 まあ日本のヘイトスピーチが韓国の反日の鏡像であることは云わなくても誰でも分かっているけれどね。どちらも品のないことはよく似ている。

後知恵

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 今回の日朝会談で、めぼしい成果が得られなかったことについて安倍首相が批判されている。「過去にとらわれず新しい角度から調査を深める」という北朝鮮側の言葉をひとつの前進とみる見方を安倍首相が示していることにも、成果のないことへの弁明だ、と厳しい。

 中には「交渉を始めるなら、今年一月にやるべきだった。張成沢粛清のあと、中国との関係が悪化したときこそそのチャンスだった」という某外交事情通のコメントもあったと報じられている。

 みんな後知恵ではないか。済んでからあのときに交渉を始めていれば、などというならその某外交事情通は今年の一月に声を大にしてそのことを主張していたのか?

 行っても意味がないかどうかは行かなければ分からない。行かなければ日本側には交渉の意志がない、と逆手にとられるおそれがあった。ここまで誠意のない態度に終始している北朝鮮に、日本側から平壌に出かけたから一気に何かが好転する、などと期待するほうがどうかしている。しかし交渉の場が提示されればそこに赴くのが外交だろう。

 韓国の朴槿恵大統領のような(中国の習近平主席のような)会談拒否というのはまともではない。会談するのは互いに歩み寄ることを多少なりとも期待するからだ。多分朴槿恵も習近平も日本に対して譲歩することを恐れているのだ。しかしそんなことをちっとも斟酌しない北朝鮮よりはそれだけ正直なのかも知れない。

2014年11月 3日 (月)

どうでも好いことですが

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 半村良の「妖星伝」という長編SF伝奇小説(全七巻)がある(残念ながら第五巻までしか読んでいないので結末を知らない)。この本の最初のほうに宇宙人が「地球は過剰な生物であふれている」と思うところがある。宇宙人がそう考えたのは砂漠のまん中ではなく、日本の緑あふれるところだから、木々や草花があり、獣や昆虫が動き回り、地には微生物が数え切れないほど棲息している。その地球に対しての感想が変に印象に残っている。

 この世界は確かに生物であふれている。目には見えないけれど、バクテリアや細菌やウイルス(ウイルスは生物とはいえないらしいが)が私たちの身の回りにあふれていることを、ふだんあまり意識しないけれど私たちは知っている。

 その中に人に害をなすものもあるが、多くは無害であり、有用であるものも少なくない。害をなすものを完全に排除しようとしてもそれは不可能である。それよりも限度を超えた排除をおこなうと、有用なものを損なうことによる弊害が起こるだろうと想像される。 

 TVでCMを見ていると、無臭・無菌を目的とした商品が盛んに喧伝されている。確かに不潔・不衛生が人間の健康を損ない、寿命を縮めてきた。それが大幅に改善されて今日があることを思えば、このような風潮が分からないことはない。

 しかし人間も生き物である。身体の中では有機化学的な反応をおこなって生命を維持しているから老廃物は出るし臭いも発生する。また体内に微生物を共生させて消化活動をおこなっているから無菌化すればその微生物を喪ってしまう。

 ここでどうでも好いことの本題である。キッチンのスポンジたわしには生ゴミ入れよりも菌が増殖している、と言うあのCMのことだ。確かにあの中空構造は雑菌が繁殖しやすいものだ。良く絞っておいたとしても一晩おけば雑菌が大量に繁殖している、と言うのは事実だろう。わあっ、気持ち悪い、殺菌力の強い洗剤を使用しよう、と考えさせるわけだ。

 どうでも好いことだけれど、ここで私は少しむっとして突っこむ。ではその洗剤を使う前に、何人の人が雑菌の繁殖で病気になったというのだ!

 確かに食中毒などは清潔にしていないから起こることも多い。しかしそれはキッチンのスポンジを殺菌するしないとはまず関係ないのではないか。そもそもCMではスポンジについた菌を培養して、繁殖した、と言うけれど、スポンジを使用する前に水なり湯なりで一度洗ってから使用する人が普通だろう。それでたいてい大幅に雑菌は減ってしまう。

 雑菌が人間に害をなすのは、(特別な菌以外は)それが不潔・不衛生なために大量に身体に取り込まれるからだ。少量であれば身体はそれに対抗して退治するシステムを備えている。

 問題は、こうした雑菌に対するシステムは無菌の状態が続くと劣化することだ。雑菌に対してひ弱な身体にしてしまうと、それこそ無菌の状態でないと生きられないことになってしまう。

 世界は生物で満ちあふれている。その世界で生きて行くにはある程度の耐性が必要ではないか、などとどうでも好いことから考えた。

 子供の頃、おじいちゃんおばあちゃんの寝床にもぐり込むと、おじいちゃんおばあちゃんの臭いがしたのを懐かしく思い出す。こちらもそろそろその臭いがしていることだろう。歳だもの。何が無臭だ!

2014年11月 2日 (日)

増え続けるのにとっておく

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 片付け作業は端緒についたばかりだが、ゴミ袋が次々に一杯になるのに、ちっともスペースが増えた実感がないのはまことに不思議なことだ。空いた空間をこっそり魔物が埋めているかのようだ。

 ところで、誰にも覚えがあるのではないかと思うが、紙袋が大量にストックされている。本屋ではたいてい一度に10冊前後買うから、しっかりした紙袋を二重にして入れてくれる。また電気屋の量販店が好きでいろんなものを買うたびに、やはりしっかりした紙袋に入れてくれる。

 お店から家に帰るまでの間しか紙袋は使わないけれど、そのまま捨てるのは如何にももったいない。そうして何年もそれをため込んできたので、紙袋を入れる紙袋に、紙袋がぎっしり詰まったものがあちこちにある。

 全部捨ててもたちまちまた増えるのは分かっているけれど、なかなか全部は捨てきれないのがさもしい限りだ。しかし自分としては思い切って大量に処分した。

 そうして家の中を見回すと、増えると分かっているのにとっておいているものばかりなのに気が付いた。うーん、どこまで手がつけられるだろうか。だいたい片付けようという気分がいつまで持続するか我ながら自信もないしなあ。

無為のはずが

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 無為に過ごすはずが、いつのまにかごそごそと動き回っていた。しかし読書や映画鑑賞などの精神活動は今のところ停止中。 

 近くに住んでいた娘のドン姫が、ちょっと離れた岐阜へ引っ越してしまった。いままでもそうたびたび帰ってこなかったけれど、これでますます帰らなくなるだろう。ちょっと寂しい。

 その引っ越しの際に出たゴミの量がすごかった。新しい住処では、一人暮らしから友だちとの共同生活になるから荷物の大半を処分しなければならないのだ。ドン姫はもともと不必要にしか思えないものを買い込むところがある。そしてまた、ものを捨てるとなるとあまり執着しないで、ばっさり捨てる潔いところもある。

 それを驚きとともに眺めて、私もものを少し捨てようと思い、あちこちかき回し始めたというわけだ。

 タンスなどの大きな家具を一部屋に集中して一部屋に置き、納戸としている。ここに何でも抛りこんでいるので足の踏み場のない物置と化している。タンスの上にもやたらにものが乗っている。まずここから手をつけた。ほんのちょっとの作業で可燃ゴミ三袋、不燃ゴミ一袋が満杯となった。

 最初に手をつけたのは釣り道具など。相棒もいなくなった(近場から遠くへ引っ越した)し、もう船釣りはしないだろう。防波堤の小もの釣りだけすることに決めて、それ用のもの以外の仕掛けやリールなどを思い切って捨てた。使えるものもあるけれど、手入れしていないから人にさし上げるわけにも行かない。もったいない、などと極力考えないように目をつぶる。

 昨日午後から夜までかけて、ほんの少し片付いた。今後の計画手順を簡単に作成。計画が好きなのだ。今日もいそがしい。

 何が無為だ。つくづく貧乏性だと思う。

2014年11月 1日 (土)

生活は苦しい?

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 雑誌を眺めていたら、ある女性社会学者のコラムが興味深かった。

 厚生労働省が毎年実施している調査の中の、国民の「生活意識」の項目の結果について取り上げていた。「現在の暮らしの状況を総合的にみて、どう感じていますか?」という質問に対する回答である。「大変苦しい」「苦しい」「普通」「ややゆとりがある」「大変ゆとりがある」の中から選んで回答するものだ。

 記事によると、「大変苦しい」人の割合が、1991年には9%、2001年には20%、2013は28%と増えているらしい。問題は、2001年には「普通」と答えた人が、55%だったのに2013年には36%に減っていることだ。2013年は逆に「苦しい」と「大変苦しい」を合わせた人が60%になった。

 つまり今日本では生活が苦しいと考えている人が過半数を超えていると言うことだ。野党の大半とマスコミがアベノミクス批判をする根拠がここにあると見て良いだろう。

 しかしこの女性学者の考察はここからもう一歩踏み込んでいる。

 では国民は何を基準に生活が苦しいと感じているのか。自分が中流ではなく下流、つまり貧困であると考えるのは相対的に何との比較をしているのだろうか。こうでありたい、という期待とそれがかなわないことの中に苦しいという実感があるはずである。

 これは広いマイホームや会社を持つことがかなわないから、などというものではもちろんない。「せめてこれくらいの生活がしたい」という期待に基づくものであろう。

 ここで著者は2011~12年に自分のおこなった「最低限許容範囲の生活」を考える調査結果をつきあわせている。最低限許容範囲の生活に必要なものを、箸一膳から家財道具、会社のつきあいの飲み会の費用まで全て上げてもらい、三鷹市に住む夫婦と子供一人という想定で、月々に必要な最低限必要な生活費を回答に基づいて算定した。

 いったいいくらだったと思いますか?

 その数字は月々47万円(うち住宅費は12万円)。

 ではその数字の内訳はぜいたくなものだったのか。例えばアルコールは週に発泡酒を三本、日曜日だけ缶ビールを一本、家族での外食は月一回の100円の回転寿司など、ごく当たり前か、むしろ質素と云えるものだ。

 この最低限許容範囲の生活のための月47万円が得られないから「生活が苦しい」という回答が生まれるのではないか、と言うのが彼女の分析である。

 世界中の国で月47万円が最低生活に必要な国、などという国があるだろうか、などと私などは考えてしまう。

 さらに低い生活水準でも満足できるように意識改革をするのか、それともその水準獲得維持のために頑張るしかないのか、世の中がどうなれば期待と現実のギャップが減り、「苦しい」と回答する人が減るのか、そこが問題だ、と著者は締めくくっている。

 あなたはどう感じますか?人によって全く受け取り方が違うような気がする。

 ここから先については思うところがあるけれど、ここまでとしておく。

 ここまで詳しく書いて著者を紹介しないのはまずいか。
書かれていたのは「週刊東洋経済」11/1(年に数回買って読む)、著者は阿部彩さんという国立社会保障・人口問題研究所社会保障応用分析研究部長。「経済を見る目」というコラムである。

悲しいから泣くのか

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 テレビや映画の悲しいシーンですぐ目がうるうるしてしまう。自分でもこんなに涙腺が緩んでいて気恥ずかしい。歳のせいだろうか。もともと涙腺はゆるいけれども涙もろいほうではない。自分は、感情は鈍感なほうかも知れないと思っていた。

 ところで悲しいから泣くのだと思っていたけれど、どうやらそうばかりではないらしいことに気が付いた。悲しい場面では登場人物の誰かがたいてい涙を流す。その涙を見て急にこちらの悲しみの気持ちが高まるようだ。条件反射でうるうるしてしまうのだ。うるうるしたことで悲しみの気持ちが高まる。

 「人は悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」などと言う言葉を読んで、まさか、と思っていたが、どうも真実らしい。

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