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2014年12月

2014年12月30日 (火)

混雑

Dsc_2796雲南省で買った

 年末とあらば、せめて部屋の掃除を少していねいにしなければならぬであろう。朝からせっせと片付けをして、各部屋に掃除機をかけた。多少の拭き掃除もしたけれど、ついに腰が悲鳴を上げ始めた。この頃はほとんどこたつの主で運動不足になっている。腰にはずいぶん負担がかかっていたところだ。

 昨晩買い出し第一陣をしたけれど、考えているとあれもこれも買わなければ、と思いつく。昼食のあとに、すぐ隣のスーパーに買い出し第二陣に出かけた。すごい人出だ。そう言えば今日は火曜日で、値引率が高い日だ。年末とあいまっての混雑なのだ。うんざりしたけれどとにかくメモを見ながらあれこれ買い込んでレジの長い列に並んだ。

 待てばいつかは自分の番が来る。ぼんやりしていたら案外早めに片付いた。気が付くと肝心の正月のお飾りを買い忘れている。明日の第三陣のときでいいや。生ものは明日買おうと思っているし。

 ようやく一段落。息子は夜来るので今晩はビールを少し飲む程度か。そのつまみは何にしよう。

 ベランダには洗濯した台所マットやトイレのマットが風になびいている。中国で買ってきた藍染めのこたつカバーは意外に色が出なかった。

140920_99黄金のサイ

2014年12月29日 (月)

ドラマを見る(5)

141227_44_2内容とは関係ありません。
 お気に入りに入れていつも拝見しているブログの半分以上が年末に入って更新がない。皆さんお忙しいようだ。お忙しくない私のほうが普通ではないのだろう。おかげで雑用の間に相変わらずドラマを見つづけている。

WOWOWドラマ「悪貨」全五回。
 機械にも見分けがつかない完璧な偽札はもう偽札ではなくて新札である。そんな偽札を台湾で作り日本に大量に流して何かを企もうとしている男を及川光博が演じる。潜入捜査員としてその及川光博に接触するのが黒木メイサ。ちょっと凄味のある美男美女のカップルだ。

 確かに紙幣など信用を失えばただの印刷された紙切れである。それによって日本が国家的に動揺していくなら話としてはスケールが大きくて面白いのだが、残念ながらその手前のところでさらに背後にいる中国人の怪物のような男(石橋蓮司が気味悪く演じている)を及川光博が裏切るかたちになって頓挫してしまう。だから話も尻すぼみである。

 面白いドラマと云っていいけれど、ところどころそれはないだろう、というアホなところが目につく(つまりアラがある)ので残念な作品であった。これは原作(島田雅彦)のせいだろうか。脇役の林遣都、豊原功補、高橋克実がすごく好い。

WOWOWプレミア「私立探偵ヴァルグ」第五シーズン全四話。このシリーズはノルウエー第二の都市ヴェルゲンが舞台のドラマで、北欧独特のダークな雰囲気が素晴らしい。ヨーロッパにはあまり行きたいと思わないけれど、あえて行くならデンマークやフィンランド、そしてノルウエーとスエーデン。ここで創られるドラマはみんな好きだ(あの「ミレニアム」(「ドラゴン・タトゥーの女」の原型のドラマ)の舞台はスウェーデンだった)。この私立探偵ヴァルグは考えてからよりも、とにかく直感を信じ、行動あるのみと云う、どちらかといえば後先考えない探偵だ。陰鬱な町を熱い男が突っ走り、トラブルを起こしながらついには事件を解決していく。このシリーズは一話完結で約100分、だから全四話といえば映画を四本見たようなものだ。見応えがある。たぶん第六シーズンがあることだろう。楽しみだ。

WOWOWプレミア「新米刑事モース オックスフォード事件簿」Case6、Case7。これも一話約100分で完結のイギリスのドラマ。Case1~5は
もちろん放映済みで見ている。モース警部といえばイギリス人で知らない人がいないほど有名な名推理の主人公らしい。その若い頃の新米時代の活躍を描いたのがこのドラマだ。まだ回りが一目置いていないから、彼の天才的な直感がなかなか理解されずに苦労する。後のモースを知るイギリス人はそれを見ながら切歯扼腕する、というのがちょっとしゃれたこのドラマの楽しみなのではないか。これもCase8の放映が決まっている。楽しみだ。

 息子が明日の晩帰省すると連絡があった。むちゃくちゃ嬉しい。

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椎名誠「ぼくは眠れない」(新潮新書)

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 椎名誠はしばしば最近の著書の中で自分が不眠症であると書いている。この本は徹底してそのことにこだわり、不眠症と格闘したその日々を書き綴ったものだ。

 眠ろうと思うから眠れないのだ、などと不眠症でない人は思う。私などもそのクチで、眠れなければ起きていれば好いではないかといつも思う。歳と共にときどき睡眠のリズムが狂って眠りそびれることがあるけれど、そのまま起きていればいつかは眠っている。もし徹夜しても翌日には眠れる。

 眠らなければならない事情、つまり翌日何か決められた用事があり、そのときに眠るわけにはいかないから前日の夜には眠っておかなければならない、などと云うときに限って眠れなくなることがある。眠らなければならないと思うから眠れない、というのは間違いないことなのだ。

 便秘もそうらしい。体に良くないから排便をきちんとしなければならない、と思うほど便秘になる。テレビで専門の医師が言っていたけれど、三日に一度くらいから一日三度くらいまでの排便が正常で、毎日決まった時間に必ず一回排便しなければならないなどということはないらしい。便秘薬の常用などでかえって排便のリズムを崩し、大腸の働きを損なって重症化してしまうことが多いそうだ。

 不眠症も便秘も、心が大きく関わっている身体の異常なのだろう。心の働き、つまり精神の興奮状態やアンバランスが身体に反映するのだ。そのバランスを戻すために何とかしようとするほど悪化するらしい。

 ではどうする、ということにもがき抜いた記録がこの本なのだ。最近眠れないこともしばしばあるけれど、今のままこだわらないでいれば私は間違っても不眠症にはなりそうもない。ただ酒を飲んだらよく眠れるけれど、睡眠時間が短くなりやすく、しかもその眠りの質があまり良くないという著者の話は参考に値する。

 著者の不眠症になったきっかけの一つ、精神を病んだファンの異常行動の話はなんべん読んでもぞっとする。どんな怪談よりも恐ろしい。最近特にそういう思い込みのひどい異常者が増えているような気がする。そういう人の目にとまるような事態は絶対に避けたいと思っている。そもそもマスコミ、特に芸能記者みたいな連中は、私にはほとんど精神を病んでいるとしか思えないところがある。そう思うこちらがおかしいのだろうか。

2014年12月28日 (日)

続・飛騨の里

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手前が白く飛んでしまっているが、ここには池がある。池が凍ってその上に雪が積もっているのだ。

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ふだんはこんな感じ。

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だいぶ溶けたとはいえずいぶん積もっている。

村内を歩く。

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軒下は危ない。
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こんなのが落ちてきたら怪我をする。

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好きな場所。大八車の車輪が並んでいる。

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花餅を飾る木だろうか。ここに紅白の花餅をたくさんつけていくのだろう。

実はここも観光バスが何台も並んでいてけっこう混んでいた。何割かが中国の人らしい。当然にぎやかだ。雪が珍しい人たちもいるようだ。

高山市内を歩こうかと思っていたけれど、気が変わってそのまま引き揚げることにした。このあと下呂の日帰り温泉でゆったりして帰宅した。

下呂市内で朝霧橋という地名を見た。好い地名だ。早朝の朝霧の中、人が橋を渡ってやってくる、そして橋を渡って去って行く様子がイメージに浮かぶ。下呂の人には申し訳ないけれど、それにしても下呂、という地名は何だかなあ。日帰り温泉で下呂牛乳!を飲んだ。とても旨いのだけれど。

正月の抱負

 新年の抱負というのはあるけれど、年末に正月の抱負を考えているというのものんきなものだ。でも正月になってから考えようとしてもたいてい酒を飲んでいるうちにうやむやになってしまう。飲まずに考えればいいのだけれど、酒を飲まない正月というのも私にとって考えられないものだ。

 昼間の酒は原則として飲まないことにしている。嫌いではない(大好きだ)から原則を心に決めておかないと歯止めがなくなる。原則から外れる場合の一つが正月の酒だ。今年は帰省しない。過去に帰省しなかったことは一度位しかない。帰省すれば弟たちと終日飲み続ける。若い頃は二日と三日は年始の挨拶に回ってその先でまたとことん飲んだ。一月いっぱい身体にしみこんだ酒が消えなかった気がする。今年は音楽でも聴きながら独り酒になりそうだ。その酒はすでに用意した。正月用の料理のメニューをじっくり考えているところだ。

 元旦は歩いて十五分ほどのところにある塩竈神社に発詣でに行こうか。いつも初詣は毎年十五日に熱田神宮に行くことに決めている(もちろん今年もそうするけれど)。二日と三日は箱根駅伝があるから忙しい。駅伝の後は録画してある中国の歴史ドキュメントを見ることにしよう。

 六十歳でリタイアして五年目になる。リタイアする前は時間を大切にしようと思っていたけれど、思えばずいぶん無駄にだらだらと過ごしてきた。正月を区切りとしてもう少し計画的に生活をしなければ。

 読みやすい本ばかりを読んできたけれど、いつか読もうと思ってため込んだ少し歯ごたえがあるけれどじっくり取り組みたい本に手がついていない。まずそれらを読む計画を正月までに立てたい。特に自分のテーマにしている中国の文化大革命前後に関する本を読むつもりだ。並行して今昔物語をはじめとした古典の説話集と、中国の伝奇小説を読み較べていきたいと思っている。計画的に毎日少しずつ読み進めれば結構歯ごたえのある本でも読み切れるものだ。

 ブログはできるだけ休まずに書き続けたい。ただ書かなければならない、と執着すると書くのが負担になってしまうし、そんなときは読む方にとっても面白くない物になっているだろう。 

 なんだか抱負らしくもあり、全くそうでもないものになってしまった。さあ計画を立てるための計画でもたてようか。

2014年12月27日 (土)

飛騨の里

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冬の高山には初めて行った。天気が良くて雪がまぶしいくらいだった。もう少し詳しい話は明日。

2014年12月26日 (金)

虫が知らせる(ような気がする)

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 車で出かけるのが好きなのに半月以上運転していなかった。昨日雪の高山でも見に行こう、と思って出かけたのだが、しばらく走って靴が雪用でないことに気が付いた。これでは高山で歩き回れない。ひきかえしたら再び出かける気がしなくなった。出かけるのは今日にしよう、と決めて今朝、支度(といっても地図とカメラと防寒具だけだが)をしたのに何だかその気にならない。

 一昨年の事故の日もそうだったような気がする。あの日は何となく気乗りしないのに無理をして出かけた。そう思うのはあんなことがあったから、あとでそう思うようになったのかも知れない。予定したから気乗りしなくても出かけるなどということはしない方が良い。何かあれば「そう言えば虫の知らせがあった」と思うことになるが、なにもしなければ虫の知らせは外れたのかどうか分からない。分からないけれど気持ちに従うことにした。

 本日もドラマを見て、そしてその合間に大掃除を少しずつすることにした。良い天気だ。

ドラマを見る(4)

Dsc_0122こんな海岸で事件は起こる。ただしこの写真は北海道です。
「ブロードチャーチ 殺意の町」全8回。イギリスのドラマでイギリス版の「ツインピークス」ともよばれる。当初はなんとまだるっこしい展開か、と思っていたが、終わってみるとずしりとした面白いドラマであった。WOWOWで取り上げるイギリスドラマは素晴らしいものが多い。

 11歳の少年の遺体が海岸で発見される。指揮するのはこの町にやってきたばかりの警部。この町で生まれ育ったおばさん刑事は自分の役割を奪われたと不満だが、配下として事件解決に尽力する。

 海辺の、あまりはやらない小さな観光の町の住人たちは閉鎖的でなかなか情報が集まらず、互いをよく知るが故に疑心暗鬼になっていて捜査は難航する。やがてそのアリバイが不確かなもの、嘘をついたことが明らかになったものなどが容疑者として捜査線上に浮かぶ。そしてこのような田舎町特有の、よそ者に対する排他的な空気をマスコミがあおり立て、エスカレートさせていく。

 とにかく怪しい人物が次々に出てくる。誰が犯人でもおかしくない。捜査を指揮する警部は、捜査の不手際で有名な事件をしくじった過去があり、それがストレスで心臓を病んでいる。そのためしばしば捜査が停滞してしまう。

 ようやくにして真犯人が明らかになり、事件は解決する。ラストの夜のかがり火のシーンがとても美しい。

 事件によって傷ついた遺族の心とはどんなものか、疑われたことで破壊されていく人間関係や、真犯人の家族の絶望感などがこれでもか、というほど徹底的に描かれる。そしてもっとも非情に見えた警部が案外熱い心を持っていたことがほのめかされてドラマは終わる(プロとはそういうものだけど)。どうも続編があるらしい。

2014年12月25日 (木)

佐伯泰英「失意の方」(双葉文庫)

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 居眠り磐音江戸双紙シリーズ第47巻。著者は確か50巻で完結させる予定だといっていた。だからだろうか、宿命の敵、田沼意次との決着をそれに合わせて引き延ばしに引き延ばしている感がある。この本もいつものように面白いが、その辺があってマンネリ感が出ている。予定は予定として、そろそろ早めに完結しても好いのではないだろうか。

 磐音のもと許嫁であった奈緒が山形で難儀をしている。紅花が関与しているのでちょっと普通以上に気持ちが入る。学生時代に大学の研究室で紅花色素の抽出と解析、並行してその人工合成をしていた(私だけ別の合成をしていたけれど)ので紅花についてはよく知っているのだ。500キロくらいの紅花をすりつぶし、溶剤で純粋な色素を抽出する。溶剤のピリジンが常に研究室に充満していた。部屋に入ると口の中が苦くなったものだ。普通の人はピリジンの臭いなんて知らないだろうけれど。それはそれとして早く奈緒を救い出して欲しい。大団円へ向けて宙ぶらりんにしておくのはかわいそうだ。

 昨晩はクリスマスイヴ。小さなケーキを買った。糖尿病だからふだんは我慢しているけれど(それほどしていないけれど)特別なのだ。たらちりで日本酒を飲みながらWOWOWの平原綾香のライヴを観る。平原綾香は毎日でも、いや一年中聞いていても飽きないほど好きなのだ。陶然とする。

2014年12月24日 (水)

昆虫食

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 ヨーロッパで昆虫食を一般の料理として普及させる動きがあるそうだ。そもそものきっかけはBSE騒動で肉食が敬遠されたため、タンパク質の補充用に考えられたそうだが、高タンパク低カロリー、しかも見た目よりもおいしいので、実用的だという。その拡販のためにターゲットになっているのが日本だそうだ。日本の一部には昔から昆虫食が普通に行われているので抵抗が少ないとみられたらしい。

 見た目にこだわる人には昆虫食に越えられない壁があるかも知れない。さいわい私は昆虫食にはあまり抵抗がないので興味深くそのニュースを見た。無農薬で衛生的に管理して生産し、採算が合うのなら、家畜と同様人類のタンパク源として積極的に活用していくべきだろう。そもそも人口がさらに増加すれば牛や豚や鳥の肉が足りなくなるのは明らかだからだ。

 イナゴの佃煮などは食べたことのある人が多いだろう。蜂の子もおいしいものだ。中国で、養殖されたサソリの唐揚げを食べたけれど、小エビの唐揚げに似た香ばしいものだった。そもそも何処かの国の何処かの地方で昔から食用として食べられてきた昆虫ならたいてい食べられることだろう。そうでなければそんな習慣は消滅しているはずだから。

 以前にも書いたが、子どもの頃、父が蜂の巣から蜂の子を採って、から煎りし、醤油を垂らして食べたときのおいしかったことが忘れられない。いま昆虫食に抵抗がないのは父のおかげだと感謝している。だから甲虫の幼虫などを見るとこれをから煎りしたら旨そうだ、などと思う。

 よくタレントなどが僻地に行ってゲテモノを食べさせられて、そのまずさをオーバーアクションしてみせることがあるが、たいてい現地の人でもあまり食べないようなものであることが多いようだ。あんなものを見せられるから子どもが変わった食べ物に偏見を植え付けられてしまう。

 どちらかといえば、女性は食べたことのない食べ物に対して抵抗が強いような気がする。これは女性に種の保存に対しての本能的な防御機構があるからかも知れない(ただし私には変わった食べ物が平気な女性はそれだけで魅力的に見える)。それを乗り越えさせるのが父親の役割だ。だから男のくせに、大して変わった食べ物でもないのに食べたことがないから、と箸を出さない人を見ると多少軽蔑してしまう。サバイバルで最初に死ぬ奴だ、と思う。

 食用に味も品質も料理も改良されることだろう。昆虫食の将来に期待したい。意外なものが意外においしかったりしそうだ。

2014年12月23日 (火)

いちおう終わり

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 年賀状の作成が終わった。やっつけ仕事だったけれど(毎年のことだ)とにかくいちおう終わった。そのあと手帳に挿んで持ち歩いている住所録を新しいのに書き換えた。書き換え書き足しでぐちゃぐちゃになっていたので、いつかはしなければならなかったのだ。

 約百人分を手書きで書き込んでいくのは思ったより大変だった。来年の手帳に挟み込んだ。

 明日年賀状を出したら、あとは伸び放題の髪を散髪して一段落。ご褒美に日帰り温泉か、一泊旅行にでも行こうか。ずいぶん車を走らせていないし。大掃除はそのあとだ。

天皇誕生日

 子供のとき、天皇制は廃止した方が良いといって母親に叱られた。日教組全盛時代であり、天皇制の歴史的意味も存在意味も教えずに、人間は平等であるべきであり、天皇制はそれに反する、と教えられたからだった。私にそう教えた教師が特別ではなく、当時の子どもの多くは教師からそう教えられたのではないだろうか。

 今上天皇はなによりも日本国民の安寧を思っている。自然災害などの被災者に対する真摯な慰問の姿を見ればそれがよく分かる。日本で唯一そのような思いを全身全霊で思い、しかもそれが役割づけられているのが天皇という存在なのだということが分かる。天皇は日本人の代表として「祈る」人なのだ。

 今日は天皇誕生日。天皇陛下の健康と長命を祈念する。

 ところで心配なのは、私には皇太子にそのような強い思いが感じられないことだ。役割として国民の安寧を願っているらしいことはうかがえる。でも役割を演ずるほうが主であるように見えているのが心配なのだ。それでは国民の心は皇室から離れていくだろう。それに思いが弱ければその立場は利用される。継承問題以前に天皇制は自壊してしまうだろう。

2014年12月22日 (月)

宝くじが当たったら

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 夜明け前に目が醒めてしまったので、寝床の中でとりとめのないことを考えていた。

 宝くじは絶対当たる。誰かに当たる。そして当たらなくても買い続けていればいつか当たる。当たりくじの確率が百万分の1なら、十枚ずつ買っていれば十万回目までにはほぼ当たる。寿命がその前に尽きてしまうのが残念だが。

 宝くじは、もし当たったらあれも買いたい、これもしたい、という夢を見るのが楽しい。その夢を見る楽しみが宝くじに支払う料金だと思えば外れてもあまり惜しくない(惜しいけど)。

 以前は年2、3回ジャンボを買っていたけれど、買わなくなって久しい。どうして買わなくなったのか。当たったときに何を買いたい、何をしたい、という夢があまりなくなったからだ。

 ぼんやり考えていたのは、いま宝くじが当たったらあらためて何が買いたいのか、何をしたいのかということだ(買ってないけど)。

 今さら家を新たに買うつもりはない。粗末なものながらたいてい生活に必要なものは揃っている。これ以上ものを増やしても置く場所がない。せいぜい好きなカメラをフルサイズのデジタル一眼にすることや、古いAVアンプの買い換え、パソコンの買い換えなどが思い浮かぶ程度だ。そうだ、いい靴を買おうか。着るものは別にこだわらないので、下着だけ全部新しいものにしたら気持ちが好いかもしれない。

 海外旅行にはいまより行ける。でも母の介護手伝いもあるし、そう行き続けるわけにはいかない。旅行に行ったときに好いホテルに泊まれるようになるのは嬉しい。池波正太郎お好みの宿めぐり、などというのも楽しいかも知れない。

 以前と違って美食を飽食することにあまり喜びを感じなくなったから食べ物でぜいたくしようと思わない。それに健康にも良くない。金がたくさんあったらますます健康にこだわるようになるかも知れない。

 こうして考えてみると、やりたいこと、買いたいものがないわけではないけれど、宝くじを当ててどうしても叶えたい、というほどのものでもない。せいぜい東海、東南海地震があったとき、家がつぶれてしまったら、金があったら助かるだろうな、というのが結論であった。

 さあ、宝くじは買うべきか。

2014年12月21日 (日)

ちょっとした雑感

Dsc_0228正義の味方と言えばこの人、岳飛

 自分の党が正義であり、与党は悪である、という価値観を叫んで今回の選挙を戦った野党で、勝ったのは共産党だけであった。政治と正義は別のもののような気がする。それでもその論理をそのまま信じている人も若干はいる。この人たちの多くが他の野党ではなく、共産党に票を投じることになったのは分かるような気がする。生活の党や社民党が正義の党の代表には見えなかったのだろう。

 多くの国民は正義と政治は別のものだと分かっている。もちろん政治は不正義であっていいと言うことではない。世の中は白でなければ黒、などという単純なものではないと言うことがわかっているという、あたりまえの人が多数であることはたぶん良いことだろう。

 討論番組で、今回の投票率の低さを争点がない選挙だった、として非難する反与党の論者がいた。与党は争点を提示している。野党はその争点に対して別の意見を提示出来なかった。出来なかったというよりあえてしなかったように見える。民主党のマニフェスト提示の謳い文句がことごとく空文だったことが露呈して惨敗して以来、怖くて提示できないのか。だから善悪を争点とした。これは野党党首の演説をピックアップしたニュースを見ていて感じた。

 相手の非を鳴らすだけの党は共産党が一つあればよい。それしか出来ない党はいつか退場が促される。それに共産党がめざす日本は、皆が貧しく平等に生きる世界だから実現が可能である。ただし多くの国民がそれを望むかどうか知らない。野党の中には全ての人々を豊かにして、日本を平和にして安心できる国にすると約束しているものがある。そんなこと約束できるはずがないから嘘をついているのと同じだ。

 相手が悪であると叫び続けても自分がヒーローになれるわけではない。

忙中閑あり

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 年賀状を書かなければと思いながらいつもの年と同じようになかなか手がつかない。ようやくのことに昨年と今年に受け取った年賀状と欠礼の手紙を整理した。

 今日は高校駅伝の日だ。私にとっては箱根駅伝と並ぶ欠かすことのない楽しみだ。午前中は女子、午後は男子が京都の街を走る。これを見る日はこれ以外のことはしない。忙中閑ありだ。いや私の場合閑中閑ありか。世の中、忙中忙なのに申し訳ないことである。

 どうでも良いことだけれど、夜、足が冷えて眠れない。若いときには自分がそんな風になるなんて考えられないことだった。風呂は寝る前に入るようにしよう。

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2014年12月20日 (土)

ドラマを見る(3)

 使っているパソコンについていたマウスがしばらく前からおかしな動作をするようになった。思い通りにならないとイライラする。しばらく我慢していたが、別のマウスに替えてみたら快適に動作する。早く替えればよかった。TOSHIBA製品にはいろいろ不愉快な思いをさせられてきたけれど、安いから久しぶりについ買ってしまった。マウスもそうだけれどキーボードの文字もどんどん薄れてしまう。半ブラインドタッチだから文字がはっきりしないと不便なのだ。だいぶ昔だけれど、問い合わせ窓口で誠意を感じられない不愉快な応対を受けて怒りを覚えたことがある。そもそも弱電分野にはむいていないメーカーかも知れないとそのとき思った。だからつい悪口が言いたくなる。

 師走だというのに相変わらずドラマを観つづけている。

「罪人の嘘」全五話。伊藤英明主演。悪徳(?)弁護士の過去の秘密が暴かれていく。倒叙法でドラマが始まるのだが、結末かと思った話のあとにさらなる真実があるところがミソだ。

 売名が目的としか思えないような弁護士を現実にもしばしばテレビで見る。光市の母子殺人事件の弁護など、あまりの荒唐無稽さに世間の怒りを買っていた。あのような事件を法律の隙間と巧みな弁舌で無罪にしてしまうという主人公(伊藤英明)には実は重大な秘密があった。「無罪と無実は違う」と言ってのける主人公の弁護士に、法律というものの限界を感じるが、世の中というのはそのねじれが増幅しきって限度を超えたとき、人間そのものを破壊してしまうものらしい。

「MOZU」第一シーズン全十話、第二シーズン全五話。第一シーズンはTBSで、第二シーズンはWOWOWで製作したが、第一シーズンも後にWOWOWで放映したので、録画した。一気に観るのはハードだったけれど、楽しめた。第一シーズの「百舌の叫ぶ夜」、第二シーズンの「幻の翼」はそれぞれその表題の本で逢坂剛の原作を読んでいる。だいぶ昔(「百舌の叫ぶ夜」は1986年出版なのだ)に読んだので、話を忘れかけていたが、初めての話として楽しめたのはさいわいであった。

 主人公の公安の倉木警部役の西島秀俊はイメージ通りだが、ちょっと台詞回しに過剰な入れ込みがあって不自然さが気になったけれど、第二シーズンではだいぶ自然になっていた。池松壮亮が絶品。原作でもそうだけれど、彼が実際の主人公だから彼が存在している限りドラマは続く。第三シーズンはドラマではなくて、劇場版になるらしい。 

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「グーグーだって猫である」全四話。大島弓子の同名の漫画が原作。宮沢りえが主役を演じている。今まで見てきたハードな内容のドラマとはうってかわってハートフルなドラマだ。最初ドラマのテンポがゆったりしすぎてなかなか中に入り込めなかったけれど、最後には終わるのが惜しいような気持ちになった。私も猫が好きだ。あんな風に猫と関われたら素晴らしいと思う。少女漫画(こう云うくくり方が正しいかどうか分からないが、そうとしか呼び方を知らないので)の繊細さがどれほど魅力的かというのをあらためて感じさせてくれたドラマだった。

「パンとスープと猫日和」全四話。小林聡美主演、群ようこ原作。小林聡美も群ようこも大好きだ。このドラマを録画したのにずっと観ないで大事にとっておいたのは、観てしまうのが惜しいからだった。猫つながりで続けて観ることにした。

 小林聡美が出てくるだけでドラマが始まる。CMで彼女が出てくるだけでもそこにドラマが見える。文句なしに好いドラマであった。ここでは猫との関係はさらりとしている。人間関係も見かけ上は淡泊だけれど、実は互いを深い思いやりで包んでいる世界が描かれている。そんな世界の住人として、小林聡美、もたいまさこ、伽奈、美波、光石研、塩見三省、加瀬亮、市川実和子、岸惠子他が出演して好演している。ラストに総勢がダンスを踊るのだけれど、これが全く違和感がなくて観ていて嬉しくなった。

 切りも良いのでそろそろ年賀状の準備をしなければいけないのだけれど、ドラマづいているので止められるかどうか・・・。まだまだ録りためたドラマはあるのだ。そのあとは映画三昧の予定。ああいそがしい。

2014年12月19日 (金)

樽を転がす

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 ギリシャの賢人ディオゲネスには逸話が多い。ネットで見てもいくつかの話があげられている。

 小学生のときに父に買ってもらった偉人伝の本はいま思えば風変わりな本で、一番最初にあげられていたのは紙芝居屋のおじさんの話で、アレキサンダー大王や孟子のの話が入っているかと思えば、ディオゲネスの話もあった。

 ディオゲネスはソクラテスの孫弟子に当たる哲学者と云う事になっているが、大きな樽(酒樽と言われる)に暮らし、気ままにその大樽を転がして好きなところに移動して無為に暮らし、とくに何か文書を残したと云う事もない。

 このディオゲネスがあるとき自分の樽をあちらへ転がし、こちらへ転がし、せわしなく動き回った。ふだんないことなので皆が「先生、どうしたのですか」と問うと、「世間が皆いそがしくしているのに自分だけのんびりしていてはいけないと思ったから樽を転がしているのだ」と答えた。

 たぶん師走で皆がせわしなくしているような、そんな時期だったのだろう。

 ディオゲネスになぞらえるほどの人間ではないが、特にふだんよりたくさん用事があるわけではないのに、私も何だが気忙しく、樽でも転がしたい気分だ。

 マンションのガス漏れ騒ぎは結局原因が不明のまま、昨晩ガスの供給が開始されて終了した。

2014年12月18日 (木)

ガス漏れ騒ぎ

Dsc_2723雪の中、ご苦労さん

 昨晩から私の住むマンションでガス漏れ騒ぎがある。過去形ではないのはいまだに解決していないからだ。私は五階、騒ぎは十階あたりだけれど、配管を徹底的にチェックするのでガスが使えるようになるまで早くても今日いっぱい掛かるそうだ。

 ガスによる煮炊きが出来ないのは不便この上ない。卓上のカセットコンロがあるから急場はしのげるけれど、暖房はふだんガスファンヒーターだ。いまはエアコンで暖房している。朝まで降り続いた雪は今は止んで日が照り、日射しが暖かいのは有難い。

 それにしても各戸に据え付けのガス検知器には異常がないらしいのが不審だ。ヤクルトおばさんや新聞配達など、外部から出入りしている人が騒いだのが始まりらしい。カセットボンベにガスが残っていたのを廃棄するために穴を開けたのが臭っただけ、などと云うことなのではないか。使い切ったつもりでも穴を開けるとけっこう臭うものだ。 

 人騒がせなことだが、万一のことがあるから我慢しなければならないけれど、とんだ迷惑だ。

2014年12月17日 (水)

いろいろなことがある

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 名古屋は昨晩から冷たい強い風が吹き続けていたが、今晩には雪が降るかも知れないという。ベランダの外の雲行きも怪しい。明日はとにかくじっとしているほうが良さそうだ。

 ところで「もなさん」がブログを閉じるという。彼女がいま中国に在住しているからか、個人的なことなのか、詳しい理由が分からない。いちばん古くから拝見してきたブログであり、こちらがめげているときに彼女がブログを続けるよう励ましてくれたことを思うとまことに残念だ。

 韓国メディアが、平昌五輪を北朝鮮と共催することを提案しているという。まことにけっこうなことであり、これにより、南北朝鮮が交流し、マスコミをふくめて多くの人が北朝鮮を訪問することになれば、何かが変わるかも知れない。北朝鮮もそれを待っているかも知れない。当初日本との共催の提案があったと云うが、だいたいいまの状況なら、日本との共催などほとんどの韓国国民も日本国民も望んでいないはずだからうまくいくわけがない。

 ところでナッツリターンの大韓航空をめぐって韓国で騒ぎになっているようだが、航空機の中のおかしな事件として、中国人の起こしたものが今日のネットのニュースで報じられていた。

 一つは中国の杭州空港で離陸直前の航空機の非常ドアが乗客によって勝手に開けられる、という事件があったそうだ。この乗客は「窓を開けて換気がしたかった」そうだ。驚くのはこの乗客は何らとがめられることなく目的地で降りたと云うことだ。飛行中はそんなに簡単に非常ドアは開かないと信じたいが、もし開くとしたら恐ろしいことだ。とがめられなければ自分がどれほど問題のあることをしたか本人は気が付かないかも知れない。なによりそれが恐ろしい。

 もう一つはタイ・バンコクから南京へのエアアジア便で、中国人乗客五人が暴れ、乗務員に熱湯を浴びせるなどしたために飛行機がバンコクへひきかえしたという事件だ。暴れた理由が書かれていないからいきさつが不明だが、ネット上では中国人乗客が割り当てられた席を無視して勝手に座りたい席に座ってトラブルになったり、乗務員が注意しても子どもが飛行機の中を走り回るなど、顰蹙を買うことが多いという書き込みがたくさんある。

 中国人はほとんど子どもと同じだ、とは以前からの私の感想だが、どうもほとんどしつけがなっていない子どもらしい。これから世界中が迷惑を受けることになりそうだ。もうそうなっているとも言えるが。

 これに対し中国では「中国人も甘やかされたアメリカ人みたいになってきた」というネットでの意見があった。中国人にはアメリカ人がそのように見えているらしい。拝金主義の国はしつけが足らないらしい。日本は大丈夫か。

2014年12月16日 (火)

ドラマを見る(2)

 引き続きドラマ三昧の時間を過ごしている。これはブルーレイディスクに録りためたドラマがたまりすぎたからだし、見終わったものを初期化して新たに録画できるようにするためである。それにドラマ三昧なら金もかからない。

 このところ見ているドラマ。
リュック・ベッソンの「ノーリミット」第二シーズン。フランスのマルセイユが舞台の、犯罪対策の秘密組織の話だ。しかし第一シーズンでも多少うんざりしていてたのだけれど、登場人物たちがどれもアホウばかりなのだ。アメリカドラマではしばしば女性がアホウだけれど、このフランスドラマでは子どもも女も、さらに男もアホウばかりという、まれに見るコミックドラマだ。第二シーズンは全8話だったけれど、最後に第三シーズンをほのめかしている。勘弁してくれ。絶対に見ないぞ!

 WOWOWドラマ「株価暴落」全五話。池井戸潤原作、織田裕二主演のこのドラマは面白かった。これがダイエーの失墜がモデルであることは誰が見ても分かる。あの創業者・中内会長の悪あがきがそのままドラマ化されている。ほとんど実話みたいだ。織田裕二が銀行の審査部担当として巨大スーパーの断末魔に関わる話だ。原作がいいしアホウは出てこない。

 同じくWOWOWドラマ「空飛ぶタイヤ」全五話。これも池井戸潤原作、仲村トオル主演。文句なしに面白かった。放映されたのは少し前になる。某自動車会社のリコール隠しがテーマである。運送会社のトラックの脱輪事故により、死亡事故が発生する。自動車会社がその調査を行い、運送会社の整備不良という調査報告がなされる。財閥系のこの自動車会社に対し、蟷螂の斧のような中小企業の運送会社の社長(仲村トオル)が戦いを挑み、孤軍奮闘する。この仲村トオルという人、妙にシリアスで見ていられないほどこちらが切実に感情移入してしまう。演技が旨いのか、私がこの人にシンクロしやすいのか。他のドラマでもそうだった。この自動車会社は三菱自動車がモデルであろう。

 次は伊藤英明主演の「罪人の嘘」全五話と「MOZU」の第一シーズンと第二シーズンを一気に見るつもりだ。5チャンネルのAV用のヘッドフォンで音量を大きくして臨場感を高めて観ているから、大迫力で大いに楽しんでいる。

2014年12月15日 (月)

デービッド・アトキンソン「イギリス人アナリスト日本の国宝を守る」(講談社+α新書)

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 サブタイトル「雇用400万人、GDP8%成長への提言」。

 何度も書いているので「またか」と言われるかも知れないけれど、自分が思っている世界観を揺るがせてくれるような新しい視点を提示してくれるものはまことにありがたいし面白い。この本はまさにそういう本だ。

 この本の帯に「養老孟司氏推薦!」とある。これがなかったら手にしなかっただろう。しかし推薦してもらってよかった。私も人にこの本を推薦したい。

 著者はイギリス人で、ゴールドマン・サックス社のアナリストであった。仕事で日本に滞在、日本の銀行の財務解析などを行ってきたが、のち、縁があって小西美術工藝社の社長となった。小西美術工藝社は国宝などの古美術品などの修復をする会社である。

 彼は、日本のために、日本人に対して、日本人が思い込んでいる考えの勘違いを指摘する。その指摘は手厳しいが、それは日本が嫌いだからではなく、大好きだからであることが読んでいるとよく分かる。その内容の多くは、こちらの濁った目を洗われる思いのすることばかりである。

 一部賛同しかねる意見がないではないがそれは当然である。全部一緒なら読む値打ちがない。たぶん誰でも著者の意見に驚くことだろう。そしてその面白さにワクワクすることだろう。

もう少し待つ

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 選挙結果をテレビで見るのは面白い。分析も手際よく伝えてくれて分かりやすい。

 マスコミはその野次馬性から変化を求める。でも国民は今回変化を選択せず、安倍政権の仕事が半ばであると考え、もう少し様子を見ることを選んだ。

 自民党が毎年のように首相を変えることに国民はうんざりし、変化を求めて民主党に政権をゆだねた。変化させることで多少はマシになるかも知れないと思ったのだけれど、民主党もあろうことか毎年のように首相を交代させ、しかも外交も経済も迷走して泥沼へ踏み込んだような結果になった。みんな変化を求めることに慎重になったのだろう。

 だから今回与党が前回同様の大勝になったけれど、これは全面的な評価の結果と言うよりも、もう少し結果を見てみようという国民の考えだから、しっかり結果を出さなければ今度こそまた大敗するだろう。

 安倍首相はその辺を理解しているように見えるけれど、自民党内にはこれで傲ってしまう面々が必ずいる。再び自滅への道を突き進むかどうか、心配だ。

 興味深かったのは、接戦を制したのは無党派層の票をある程度取り込んだ候補だったことだ。いくら与党支持者の票を固めても無党派層に対しての働きかけが不十分だと負けるのが見ていてよく分かった。選挙制度には問題も多いけれど、サイレントマジョリティがその意思を表すのは選挙しかないことがよく感じられた。だから棄権はしない方が良いと思う。

2014年12月13日 (土)

サボりのつけ

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 今日息子が仕事の関係で名古屋へ来るというので家に泊まる。久しぶりだし、年末には来られないということなので、娘のドン姫もよんだ。夜だけだけれど久しぶりにみんなが揃う。

 その前に家の中を片付けておこう、と思いながら昨日もリュック・ベッソンの「ノーリミット」第二シーズン、全八話を一日観ていた。

 夕方みんなが揃う前にトイレ、台所、風呂場だけでも掃除しなければならない。もちろん定期的に掃除はしているけれど、息子はきれい好きだから、少しレベルを上げた掃除が必要だ。それに布団を布団乾燥機で温めておいてやらなければ。

 それがすんだら夜の食事(もちろん酒盛り)の支度をしなければならない。餃子パーティか鍋か、ドン姫が何時に来るか分からないので臨機応変に対応できるメニューにしなければ・・・。

 さあ、戦闘開始!

2014年12月12日 (金)

弾圧

22鳴沙山から月牙泉を望む

 十数年前に子供たちと敦煌周辺を旅行した。あこがれのシルクロード訪問は大いなる感激だった。中国内のシルクロードでの敦煌はまだ半ば、定年後にもっと西側の地区をゆっくりと歩きたいと願ってきた。さいわいつきあっても好いという友だちもいて、旅行のタイミングを計っていたのだが、新疆ウイグル地区の治安は悪化するばかり。それに母の介護などがあり、あまり長期間の旅行はむつかしい。どんどん夢が遠のいている。

2砂漠を騾馬で行く。右が娘のドン姫、前を行くのが息子。私も鞍上にいる。

 その新疆ウイグル地区、ウルムチ市の人民代表大会で、「市内の公共の場でイスラム教徒の女性が顔などを隠すスカーフを身につけることを禁止する規則が可決された」と報じられた。

 これまでも宗教上の理由でのスカーフの着用をめぐって住民と地元政府の間で衝突が起こっている。

 中国政府は、新疆ウイグル地区の暴動の原因は「過激な宗教思想」にあると断じている。これはイスラム系の地元住民にとっては宗教弾圧に他ならない。暴動はさらに激化するだろう。

11032_406桂林の美しい観光村

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 桂林を訪れたとき、ある少数民族を集めた民族村に行った。ガイドは「こうして少数民族たちは暮らしも安定し、幸せに暮らしています」と説明したが、あからさまに見世物にされている彼等の、やる気のない踊りの姿や、若い人たちが暗がりに集まって白い目で観光客を見ているのを見て、彼等の強い怒りと絶望を感じたのは、私のうがち過ぎだっただろうか。

11032_398少数民族の若者たち

 このような姿を見ることは中国に限らないが、特に中国のこのような少数民族に対する想像力の欠如した仕打ちは中国自身を危うくするものになるだろう。そしてそれは少数民族にとどまらず、最下層に蠢く貧民に対しても同様らしい。

 シルクロード再訪はついに夢に終わるのか。

2014年12月11日 (木)

ドラマを見る(1)

 WOWOWのドラマ「ザ・フォロイング 2」全15話を二日がかりで一気に見た。いまドラマでは、こう云うシリアルキラーものが多い。次々に人が殺されて血が流れる。被害者は理不尽極まりない経緯で殺される。こんなふうに簡単に人が殺されてはたまらないが、全く現実にありえない話というわけでもないところが怖い。

 今回は第二シーズンにあたるが、前シリーズで死んだはずのカリスマ殺人鬼のジョー・キャロルがまたまた登場する。闇に潜んでいた彼を呼び出そうとするグループの異常な惨殺行動に触発されたのだ。

 前シリーズでジョー・キャロルの行動にはエドガー・アラン・ポーの小説の強い影響があったが、今回のシリーズは聖書を利用している。カリスマ殺人鬼は宗教とよくなじむのだ。

 しばらく前に江戸川乱歩の小説を読んだ。ここでも猟奇殺人が繰り返し描かれる。ポーの名前をもじってペンネームにしているように、乱歩もシリアルキラーを描くのが好きなのだ。

 そしてそのような小説やこのようなドラマを見てばかりいると異常行動にシンクロする心配があるが、今のところ私は大丈夫だ(?)。それにしてもどうしてこう云う気色の悪いものが面白いのだろう。我ながら不思議だ。

 ジョー・キャロルを追い続ける元FBY捜査官を猿顔のケヴィン・ベーコンが演じている。スティーヴ・マックイーンを始め、アメリカでは猿顔の男優が(女優も)けっこういる。それが案外格好良くて嫌いではない。

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 ところでアメリカの映画やドラマではどうして女はあれほど愚かに描かれるのだろう。内田樹先生が分析してくれていたけれど、このドラマでもほとほと愛想が尽きるほど女の愚かさが描かれている。みずから危地に陥り、他人を巻き添えにするのはたいてい女だ。どうも女とはそういうものだとアメリカでは考えられているようだ。愚かだから可愛いのだ、などときれいごとは聞きたくない。アメリカは女性蔑視の国かも知れない。

内田樹「街場の戦争論」(ミシマ社)

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 内田樹先生は私と同じ年生まれだけれど、常に蒙を啓かれることが多いので先生の敬称をつけるようにしている。先生の提示してみせる視点は常に新鮮である。ただそこから考える政治的結論はずいぶん違う。しかし結論が違うこととそのことをリスペクトできるかどうかは別のことである。

 あとがきに、先生がどう云う思いで著書を書き続けているか、一端を開示しているので引用する。

 この本に副題をつけるとしたら、たぶん「想像力の使い方」というものになるのではないかと思います。論じられているトピックは政治のことや経済のことや組織論のことですけれど、読み返してみると、どの論件についても、僕が訴えているのは、「想像力を広く深く使う」ということでした。当面する問題に取り組むとき、僕がよく採用するのは、「全く違う文脈の中で眺める」というやり方です。これまでそんな事ばかりしてきたような気がします。
 僕が論争ということをしないのはたぶんそのせいです。論争というのは、ある問題について使える資料や許されるロジックがどんどん限定されていくプロセスのように僕には見えるからです。
(中略)
 よく論争をしかけてくる人が「あなたはこの言葉をどういう定義で使っているのか。一意的に定義してみせろ」というところから入ってくることがあります。僕は何が嫌いと言ってこの「使う言葉を一意的に定義してから話を始めるべきだ」という言い分ほど嫌いなものはありません。本能的に「これは間違っている」と思うのです。本当に生産的な概念は一意的な定義になじまない。
(中略)
 ですから、この本はかなりシリアスかつアクチュアルなトピックを扱ってはいますけれど、ほとんど論争的な性格を持っておりません。ただ、「みんながいつも同じ枠組みで賛否を論じていることを、別の視座から見ると別の様相が見えます」ということを述べているだけです。それだけ。「僕が見ているようにみんなも見るべきだ」というようなことは求めておりません。ですから、「そんなものが見えるはずはない。オレには見えない」と言われても「そうですか」としかお答えのしようがない。ただ、「僕にはそう見えた」というだけの話です。
(後略)

 この視点をずらす、または視座を変えてものを見る移動の幅がとても大きくてユニークなのが先生の話の好きなところであり、読んだあとには世界が違って見える。これこそ本を読む喜びそのものである。

2014年12月10日 (水)

手帳

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持ち物で大事なものの一つに手帳がある。手帳にはスケジュールも書き込むが、私の場合のメインは読書記録である。むかしは内容のポイントも記入したが、なかなか負担が大きいので途中から著者名と書名だけ記録するようにしている(いまは一部をブログの話題にしているので良い意味で内容の記録になっている)。気が付いたらもう20年以上続けている。飽きっぽい私としては驚くべきことで、ここまで来ると多分死ぬまで続けることができそうだ。

定年後の2011年から使用しているのが写真の革表紙の手帳だ。ちょっと高価だけれど自分の好みのレイアウトで気に入っている。ごらんのようにすでに2015年の分も購入済みだ。

読んだ本の数は月別に合計し、さらに累計数もカウントするようにしている。仕事中はどう頑張っても年間180冊が限度だったけれど、退職後は目標を200冊に置いている。今年はすでに250を超えているので、来年から250を目標にしようかと思っている。

冊数が増えたのは母親の介護で暇つぶしのために本ばかり読んでいるからで、ふだんはそんなに読めない。母が延命してくれればそれだけ本が読めることになる。

2014年12月 9日 (火)

城崎の蟹

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友人たちと総勢五人で城崎へ蟹を食べに行った。

大阪から高速バスで城崎へ。この高速バスはやたらに停まる。ほとんど路線バスみたいだ。友人がビールを買い込んでくれたので、それを飲みながら談笑した。車内は暖かいしとても良い気分になる。

城崎温泉を散策、当初外湯に入るつもりだったが、皆面倒くさくなってしまい、入浴はパス。温泉街の一番奥のロープウエイで大師山の山頂へ行く。

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上の写真は山頂から見下ろした城崎温泉。温泉が円山川沿いにあることが分かる。円山川もこのへんは河口に近く、はるかに海が遠望できる。

民宿のご主人に迎えに来てもらう。

この民宿は久しぶりだけれど三回目だ。今回の蟹は特においしく感じた。

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蟹しゃぶ三人前。

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食後。

総勢五人で日本酒二本。一升瓶が二本である。翌日支払いのときに間違いではないか、と宿の人が言った。そんなに飲む人はあまりないらしい。

それでも朝飯を皆しっかり食べた。

今年の蟹はいい蟹であった。友人との旅はまことに楽しい。

2014年12月 7日 (日)

片田珠美「プライドが高くて迷惑な人」(PHP新書)

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 著者の前作、「他人を攻撃せずにはいられない人」はベストセラーになった。その本と同様自己中心的な迷惑な人について精神科医としての視点から具体例をたくさん挙げている。さらにそういう人の精神構造、そういう人とのつきあい方、またはかわし方ないし逃げ方を論じている。

 そして自分は気が付いていないけれど、実はその迷惑な人かも知れない、と思う人についてそこからの脱却についてアドバイスがある。

 「プライドが高くて迷惑な人」はこの本を読まないだろうし、もし読んでも決して自分が「プライドが高くて迷惑な人」だと思わないだろうなあなどと考えた。それは「他人を攻撃せずにはいられない人」についても同様だ。そのような人は他人がどう感じているかについて鈍感であることが多く、自分に理があるとしか考えないだろうからだ。

 そのような人になるのは生まれつきの性格からなのだろうか、環境によるものなのだろうか。多分両方なのだろう。

 この本を読んでいると、そのような人にイライラしたり怒ったりするという楽しみを味わうことが出来る。

 自分の実生活の上で確かにそのような人たちに出会ったことはある。あるけれどもそれほど多くない。それは多分しあわせなことだったのだろうといまは思う。ただし数少ない経験ではそのような人に振り回されてずいぶんストレスを感じた。いまは、おつきあいしたくない人とはおつきあいしなくて好い自由を感じている。

 これから大阪の兄貴分の人のところへ行く。明日は友人たちと城の崎へ蟹喰い旅行だ。カメラと着替えと洗面具しか持って行かないからブログを書くのも拝見するのも帰って来てからとなる。行ってきます。

2014年12月 6日 (土)

堤未果「沈み行く大国 アメリカ」(集英社新書)

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 オバマケアを日本の皆健康保険制度のように良いものだ、と思っている人は全員この本を読むべきだろう。共和党の反対が理不尽であると思う認識が必ず変わるはずだ。オバマケアには恐ろしい企みが隠されている。そしてその企みをオバマ大統領は十分認識していない。このような問題点の指摘に対して彼は巧みに反論するだろうが、それはもう後戻りが出来ない破局への道のように見える。

 もちろんここに取り上げられている情報が全てであるとは思わないが、われわれは何も知らされずにオバマケアの是非を考えていたようだ。日本のマスコミは知ってか知らずか、肝心のことを伝えていないような気がする。

 この本ではオバマケアの問題点を徹底的に掘り下げることで、いまのアメリカが抱えている異常なシステムを浮き彫りにしていく。私はオバマケアとリーマンショックがほとんど同じ構造をしていることを知らされて愕然としてしまった。

 日本の医療制度がいま危機に入りつつあると聞いたことのある人は多いだろう。その解決策として官僚が描く方策は極めて危険なものになるのかも知れない。そのことを考えるためにこの本は大きなヒントを与えてくれる。知らずにいるとえらいことになる。

 少なくとTPPにおいて、医療や保険、薬価決定システムについて妥協すべきではないことをこの本を読んで強く感じた。そもそもそれらはグローバルを掲げる巨大営利団体にゆだねてはならない日本の宝だ。そしてすでに全面的に蝕まれているのがアメリカであり、アメリカの国民はいま地獄の釜のふちに立たされている。

 繰り返すが、この本はなるべく多くの人が読むべき本だと思う。それは、この本でしか知り得ないような情報が少なからずあるからだ。その結果どういう意見を持つのかはもちろん個人の自由だが、知らずに判断を求められるような事態は避けなければならない。如何にも自由に選択したように見えても、実は誘導させられてしまうからだ。

間違いを犯す

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 少し前に見たので題名を忘れてしまったけれど、人間は嘘と不正をするものであるか、というアメリカの心理学の実験を取り上げた番組があった。

 いくつかの実験があるのだけれど、具体的に言うと、まずある数字の計算問題を被験者にやってもらい、その正答数に応じて報酬を払う。それを繰り返して平均的な正答率を調査する。被験者は有名大学の学生たちだ。

 そしてこんどは別の被験者に試験結果を見ずに自己採点を自己申告してもらって報酬を払うことにする。その解答用紙は目の前で本人がシュレッダーにかけるので、実際の点数は本人にしか分からない。そうするとなんたることか正答率が飛躍的に上がってしまう。

 どう云うことか分かるであろう。人間は嘘や不正が決して露顕しないと分かると不正をするものだ、という結果なのだ。

 他にもそれから派生させた実験が行われ、嘘や不正を減らすための方策が提示される。罰則強化よりも不正が露顕しやすいシステムにするほうが効果があるだろう、ということだ。

 人間は嘘や不正をするもの、そして間違いを犯すもの、と云うのがアメリカ的な世界観であることがよく分かる。

 だから原子力発電所の事故は必ず起こるもの、と云う前提でその対策がとられている。それなら事故が起こった場合の対策は万全になる。

 日本のように事故は起こってはならないという前提に立つと、事故が起こることはありえないのだからとして、その対策が不十分になってしまうと言う愚かなことになる。

 今回の福島原発事故の結果から、原発の是非を論じているけれど、十分な対策を講じていれば起きなかったはずだ、という論点があまり論じられていない。だからなぜ事故が起きたのかいまだに責任があいまいなままとなっている。

 これは戦争に対しても同じだ。先般の戦争についてついにその戦争責任を日本人自らがさばくことが出来ないままに終わってしまったのによく似ている。

 ところで、冒頭に述べた実験で、全ての人が不正をしたのか、それとも多くが不正をするけれど、決して不正が露顕しないことが明らかでも不正をしない人がいたのではないか。

 それがアメリカ人なら何%、中国人なら何%、日本人なら何%、と調べられたら面白いなあ、と思う。

 世の中には露顕する可能性があっても不正をする人がいると同時に、決して露顕しないことが分かっていても不正をしない人がいることを私は信じている。

2014年12月 5日 (金)

大雪

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北陸の大雪は本物だった。

冬用タイヤの交換の日を今日で予約していた。しかし大雪の予報である。行くのは無理かも知れないので迷っていたけれど、イチかバチかで行くことにした。いつも使う東海北陸道は普通タイヤ不可なので通れない。敦賀から福井回りの北陸道で行った。敦賀まで何の問題もない。ところが福井の手前、鯖江のあたりから猛烈に雪が降ってきて、たちまち路上にも積もりだした。スピードを落として慎重に走る。あと80キロ程度だ。

福井を過ぎたら北陸道もチェーン規制がかかってしまった。丸岡から加賀までは普通タイヤでは走れなくなったので、地道に下りた。

何とかなるだろうとたかをくくって走っていたら、峠道で怖い思いをした。圧雪でトラックが立ち往生し始める。あられか雹か、ばらばらと屋根を打つ。雷がガラガラと落ちる。

登りはまだ良いが、下り坂は本当に怖い。

加賀から先はみぞれになった。道路に雪もないので、何とか金沢に行き着くことが出来た。

タイヤを交換してしまえばこちらのものである。通い慣れた東海北陸道経由で名古屋へ帰ることにする。

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日曜日に兄貴分の人のところに泊めて貰う予定なので、白川郷で土産でも買おうか、と白川郷でいったん下りる。

すごい雪だ。

駐車場に駐めて外に出たけれど、とても歩き回れる状態ではない。それでも観光バスが何台かと待っていて、中国の人らしき人々など外国人がキャアキャア言いながら雪まみれになって写真を撮っている。

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こちらは土産だけ買ってほうほうのていで引き揚げる。

この大雪は白川郷から荘川くらいまでだろうと思ってのろのろ運転の車の列の中を走り続けた。

なんとそのだいぶ先のぎふ大和あたりまで、路面にまで雪が積もってスピードが出せない。いやあ一冬に二、三度しかないだろう大雪であった。今晩から明日はさらに降り続くらしいから大変だ。

映画「海に帰る日」2013年イングランド・イギリス

 監督スティーヴン・ブラウン、原作ジョン・パンヴィル、出演キアラン・ハインズ、シャーロット・ランプリング他

 ブッカー賞の同名の原作を映画化したもの。日本では劇場公開されていない。エンターテインメント性は低い映画なのだ。

 最愛の妻(かどうかは微妙なところはあるが)を癌で失った美術評論家マックス(キアラン・ハインズ)は、ある海辺の街へやってくる。

 その海辺での少年の日を回想するシーンと、連れ合いを失った喪失感をともなう病身の老妻との記憶が交互に断片的に描かれていく。

 彼はなぜ少年の日以来いままでこの地を訪れなかったのか。それはラストにならないと分からない(ほのめかしはある)。

 ローズだったのか!というのがこの映画のささやかな衝撃。

 キアラン・ハインズは良く映画でも見る。ハリー・ポッターにも出ていた。私はイギリスドラマの「犯罪捜査官アナ・トラヴィス」でのラングトン警部での役柄がいちばん記憶に大きい。アイルランド生まれらしい独特の風貌(不器用そうで愛想がなくて骨っぽい)が男らしくて好きである。

 マックスが滞在する宿(コンドミニアム式というのだろうか)の女主人を演じているのは、おお、わが愛するシャーロット・ランプリングではないか。学生時代、(冷たい)倍賞千恵子似のこの俳優を初めて見たのは「美しい人」という映画であった。題名から想像するのとは全く違う凄まじい狂気の愛を描いたもので、忘れられない。かなりの歳のはずだが相変わらず魅力的である。

2014年12月 4日 (木)

シングル税

 韓国保険福祉省の役人が、単身者に税金をかける話をしたと云って韓国のネットが騒ぎになっているのをしばらく前に目にした。

 韓国は日本以上に出生率が低い(OECD中でいちばん低い)。単身者にシングル税をかけることで、結婚を促そうというアイデアであろう。

 しかし批判が殺到したので、そんな税金導入の話はないと否定され、それきりかと思っていたらいまだに猛烈な批判が続いているらしい。

 単身者が高齢化することで独居老人が増え、社会問題化するのも目に見えている。そのコストの手当のためにもシングル税というのは良いアイデアかも知れない。シングル税を社会的ペナルティと考えるから悪いので、国がわざわざ結婚まで心配してくれているのだと思えば有難いことだ。

 韓国の国家予算が決まったらしいが、来年度の予算額はだいぶ増加したようだ。それは当然税金が高くなることにつながるだろう。いままでは財閥系企業のかせいだ金で手当が出来たけれど、それも先行き心細い状況のように見える。

 となるといくら生活が苦しくても税金をみんなで負担しなければならなくなるということで、シングル税は一石二鳥三鳥の面白いアイデアではないか(よその国のことなので人ごとである)。結婚すればシングル税を払わなくてよいし、消費も当然増える。景気対策にもなる。

 ところで老人の単身者は免除されるのだろうか。促されても今さら結婚しないし。 

 悲鳴のような非難の言葉に「お金がなくて結婚できないけど、こんどは一人暮らしも出来ないのか」というのがあって笑ってしまった。する気がなければ、そして相手がいなければ結婚は出来ないけれど、どんなに貧しくて税金がかかっても一人暮らしは出来ますから安心して下さい。

気持ちが収まらない

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 あることで、考えれば考えるほど腹が立って眠れなくなった。どうしたら良いか対応策が浮かばないので、我慢しようとしてもなかなか収まらない。多分生まれてこの方いちばん感情的になっているかも知れない。

 でも気持ちは興奮しているものの冷静でもある。何かに当たりたくなるような怒りではないのだ。哀しみを通りこしての怒りなので、きっかけがつかめれば一気に解消できるかも知れない。

 事情を説明しないので何の事やら分からず、申し訳ない。説明したくないことなのだが、気持ちを書き留めておかないと内圧がますます高まりそうでこわいのだ。少し落ち着いた。

2014年12月 3日 (水)

永井均「哲おじさんと学くん」(日経プレミアシリーズ)

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 ひとに出来て自分に出来ないことがある。時間をかければ、そして努力をすれば出来るようになることもあるけれど、その時間も努力する気力もなければ、それは自分には出来ないことである。

 ずいぶん悲観的だが、残念ながら人生を生きてきて思い知らされた。だから出来るひとに対して、いささかのうらやましさを感じながらも敬意を表することにしている。

 この本は少年少女が読んでも分かるような言葉で書かれている哲学の本だ。「私」とは何か、「時間」とは何か、若いときに考えたことがある人も多いだろう。その答を知るために哲学は考え続けてきたけれど、「多分」最新の成果を分かりやすく書いたのがこの本だろう。

 なぜ「多分」なのか。恥ずかしながら途中から「哲おじさん」と「学くん」の問答が理解できなくなってしまったのだ。

 そこで最初の、「ひとに出来て自分に出来ないことがある」という話になるわけである。後半はほとんど字面を追うだけになった。どうも歳をとったからそれだけで賢くなるなどと云う事はないようだ。

 読書百遍意自ずから通ずる、というけれど、二回目を読むのはいつになることだろう。

2014年12月 2日 (火)

乱暴に言うと

140920_267 豊かな暮らし

 選挙戦が始まった。それぞれの党の言い分を聞いていると、与党以外にとっては、安倍晋三という人は悪の権化のようだ。彼のしてきたことは毛筋ほども評価に値しないし、彼のせいで景気はますます悪くなっており、貧乏人は飢え死に寸前らしい。

 乱暴に言うと、共産党は、金持ちはあってはならない悪の存在であり、日本人全てが平等に貧乏になることを目指している。そしてそれは論理的には不可能なことではない。国民が今の豊かさを全て放棄すればいいのだから。この党はウソをついていない。

 それに対して他の野党の言う事は、日本人全てを中流以上の暮らしにいたします、というものだ。これはどう考えても不可能なことだが、うかつに聞いているとさも本当らしく聞こえる。ただしどうしたらそんな夢みたいなことが可能なのか、いくら聞いていても全く分からない。そもそも方法を語っていない。

 分かってウソを言っているのか、ウソだという自覚もないほどおろかなのかは知らない。

 与党は、頑張った人にはまずそれなりの結果を認めましょう、そしてどうしてもついてこれない人には、頑張った人の稼いだ金から分配しましょう、と当たり前のことを言っている。ただその分配が口ばかりになる恐れなきにしもあらずだが、そもそも平等の分配というのはあり得ない。同額の分配は人によって必要額が違うから結果的に不平等になってしまうというジレンマがある。不公平感は解消されることは決してない。

 機会の平等と結果の平等のバランスこそ政治の要諦なのだろうと思うが、今回の野党の口ぶりは結果の平等を唱えているように聞こえる。じつはいかにも正義の主張のようでいて、これは恐ろしいことなのだけれど・・・。

2014年12月 1日 (月)

呉清源のエッセイ

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 今日、菅原文太と呉清源の訃報を聞いた。邦画好きなので、菅原文太については少なからず感慨はあるけれど、すでにブログに書いた。ただ、最近の菅原文太の何かを勘違いしたような姿は見るに堪えなかった。誰かに利用されていただけかも知れないけれど。

 学生時代に碁を覚えた。この年でいまだにザル碁しか打てないのは哀しいが、生まれて初めて買った星の定石の本が呉清源の書いた物だった。いうまでもなく腕が上がらないのは呉清源の本のせいではない。何しろ弟子にはあの林海峰がいるのだから。その後テレビで解説する姿をたびたび見た。その風貌は風格があり、好感を持った。

 呉清源の追悼の意味で彼のエッセイを全文掲載する。ある本の中に収められていたものだが、普通の人は多分目にする機会がないはずだ。

  「草矢」  呉清源

 何もしないでぼんやりと朝から晩までなまけて暮らす生活のなつかしい時がある。
 そのような生活が、手をのばせばとどきそうな身近にあるようでいて、なかなか望めそうにない。
 生まれつき、自分の好きな事にはわき目もふらずに熱中出来るくせに、少しでも気にいらないとなると、もうそれを考えるのさえ厭になって、投げ出してしまう。
 そうするのが私の利益だから、ぜひそうするようになどと言われる時もよくあるが、私は意地にもそうしたくないし、またしもしない。
「呉さんはのんきだからなあ」と木谷さんあたりによくうらやましがられるが、事実、私はのんきだ。
 然し、そのような仕事を投げ出してしまうのを、私ののんきな性質からだと善意に解釈されるのは有難いようで、本当はそんなでもない。
 皆、私の剛情から来ている。
 たいがいの人が、私の剛情なのを知らない。
 碁ばかり打って、碁に熱中しきっている私の姿勢を傍らから見て、好い意味の言葉で色色と物を言われるのは、だから擽ったい時が多い。
 私の剛情なところは剛情だと認めてくれている方がはっきりしてよい。
 碁などに一生を献げて生きていくのだから、それだけでも剛情をもっていなければ息が詰まってしまう。
                                                             
 五、六年前に信州の地獄谷温泉へ言った時にも、私の剛情なのに自分であきれたことがある。
 木谷さんに誘われて信州の地獄谷温泉へ行ったのは、ちょうど今頃の季節で、汽車の窓から見えたものは何もかも青一色に塗りつぶされていた。
 私の碁が何か堅い壁にぶつかったように身動きの取れない焦燥の中にあった時だから、喜んで私は木谷さんに従って行った。
 地獄谷温泉は木谷さんの奥さんの郷里(おさと)だし、何よりも静かな周囲の環境に心が惹かれて、出発前夜などは自分でも不思議な位心が弾んでいた。

「仏法僧が鳴くんだからねえ」と木谷さんが、度の強い近眼鏡を採りあげながら何度となくくりかえして言うのも、うるさくなく聞けた。
 地獄谷へ着いた時、私は来てよかったと思った。
 山の瘴気が狂おしいまでに身の廻りを閉じこめてしまうような深山は、私の細い神経には厳しすぎる。然し、この眺望の明るい温泉の溪は私の肌に快い風を送ってくれたからだ。
 私は「易経」の上巻と「中庸」とを持って来ていた。二つとも私の愛読している経書である。
 易の名は蜥蜴からきていると言われている。蜥蜴は日に十二度も体の色を変えるから、変易の意義に転用されたのだそうだ。
 蜥蜴が色を変えるのは周囲の環境によってであろう。
 私は木谷さんに問われるまま、易についてそんな話をした後で、こう付け加えた。
「地獄谷へ来た以上、私も色を変えなければいけない」
「碁なんか忘れてしまうのがいいよ。そうしてうんと身体をよくするんだね」
 ところが蜥蜴になるのは難しいと見えて、ついた日の夜から早速二人で大議論を始めてしまった。
 いままでと全然違った碁の布石について考えていた事を洗いざらい二人で議論してしまった。
 しまいには、私の剛情なのに木谷さんがあきれてしまった。
 割り切れない気持ちで寝た夜更けに、私は仏法僧の鳴く声を聞いた。
 その濁った、濡れている布を叩くような「ぶっぽう」「ぶっぽう」という啼き声は暁方まで続いて、私は眠れなかった。
 
 霧の深い翌朝、私は奥さんの小さな妹さんに案内されて、温泉の渓へ降りて行った。
 すっすっと尖のとがった萱が暾(トン・日のひかり)に濡れて眩い位に光っていた。
 昨夜の興奮がまだどこか頭のしんに残っていたのか、私は難しい顔をしていたらしい。
 その小さな妹さんは、私の先に立って歩きながら、しきりに話しかけてくれた。
 背中できちんと結んだ赤い帯が、廻りの草色の中でかっと明るく燃えて、寝不足の私の目に直に突き刺さってくる。
 思わず眼を逸らして山を仰ぐと霧はいつの間にか動いて、頂の杉の梢がきらきらと輝いていた。
 私が立ち止まったので、少女は口笛を吹きながら、こごんでせっせと茅萱の葉っぱを引き抜いている。
 引き抜きながら器用な指さきで葉をすっとしごいていた。
 ぼんやりとそれを見ていると矢のような形を作っているのだ。
「ああ草矢ですね」
「ええ」
 少女はちょっとはにかんで、できあがった草の矢の幾らかを私にくれた。
 ふっと飛ばせば、静かな風に乗ってすいすいと渓へ落ちていく草矢。
 私は次から次へと少女の繊細な指先から作られる草の矢を何本も何本も飛ばした。
 ああ、こんな日が私にもあった。童の時に故郷の野に出て、夏の灼灼くと照りつける日の下で私の作った草の矢を、兄や妹が喜びの声を上げて飛ばしたのは・・・・。
「ほら」
と弾んだ調子で少女が握りしめた拳を突き出した。
「はたはたよ」
 季節が早いのでまるで透きとおるような草いろをしたはたはたが、ひっそりとした空気の中で羽をきしらせている。
「可哀想ね。話してやりましょう」
 そう言って少女は大げさに掌を拡げた。
 はたはたはすぐ近くの叢に隠れてしまったが、わたしは血の生き生きと明るく脈搏っている少女の掌をじっ見つめていた。
 何か私に失われていたものを取り戻したような気持ちであった。
 
 渓から戻った私は、木谷さんともう一度昨夜の議論を続けた。
 新しい布石を二人で試みたのはその年の秋からであり、私にとっても思い出の多い夏の一日であった。
 今でも目を閉じると、あの明るい日の下で風に乗ってすいすいと飛ぶ草の矢があざやかにうかぶ。少女の掌(たなごころ)も。


 呉清源は中国・福建省に生まれた。少年の時、瀬越憲作という囲碁の名人に見いだされて来日、ほとんどを日本で生きた。中国での思い出はそれほど多くないであろう。
 呉清源と木谷名人は古典的な囲碁の定石を打破する新しい定石を生み出した。このエッセイが書かれたのは1939年、呉清源が二十五歳の時である。
 
 彼が死の床で見たものは何であったろうか。

リゾーリ&アイルズ・第4シーズン

 WOWOWで放映している大好きなアメリカのドラマ「リゾーリ&アイルズ」もついに第4シーズンになった。全16話を全て録画したので先日一気に見た。ボストン市警殺人課唯一の女刑事ジェーン・リゾーリと主任検視官モーラ・アイルズのコンビとジェーンの同僚たちが難事件を次々に解決していくという楽しいドラマだ。

 一話が次回予告も含めて45分で終わるので展開のテンポが速く、くだくだしい説明もない。しかし犯罪者や捜査現場のリアリティは一級で、嘘くさいところはみじんもないのが気に入っている。こんな風に迅速に事件が解決したら言うことはないのだが。

 このドラマが大好きなのは映像がすばらしく、古いボストンの街が描かれていること、軽快な会話と遺体検視所のリアルな遺体の姿だ。そしてそれ以上にリゾーリ刑事役のアンジー・ハーモンののびのびとした肢体と豊かな表情に魅せられているからだ。

 スチール写真にするとこの人、ちっとも美人ではない。顔は大きいし、顴骨は張っているし、いかり肩だし、写真写りが悪いのだ。しかしいったん動き出すと動作はきびきびしていてくるくるとその表情が変わり、本当に活き活きとしていてほれぼれする。そしてそのハスキーな声がそれにまた良く合う。

 アメリカでは第5シーズンも作られているらしく、今回のラスト、16話の後に「2015年、第5シーズン放送決定」とあった。待ち遠しいかぎりだ。

 物語全体にリゾーリのトラウマになっているシリアルキラーの姿や、リゾーリやアイルズの家族の話が絡んでくるので、最初から通しで見ないと分からないところもある。それがおもしろさの一つでもあるのでできれば再放送のときは最初のシーズンから見ることをお勧めする。シリーズドラマはたいていそうだけれど。

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