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2015年10月

2015年10月31日 (土)

やり直し

 信州への旅に出る前、フイルムスキャンをしたことはここに書いた。あらたにでてきた35ミリ判の普通サイズのカラーネガのスキャンは一応終了(設定をやり直したいところがないではない)した。

 問題はそのあとチャレンジしたセミ判(60×45ミリ)の白黒ネガのスキャンである。設定にまちがいがあったためにファイルがばかでかいわりに画質が悪い。

 スキャンするのに時間を食うので、本数はそれほどないのに一部しか進んでいなかった。今日設定を試行錯誤していたら、根本的な勘違いをしていたことが分かった。

 いままで完了していた80コマほどをすべて削除。一からやり直しである。あーあ。

 今のところ得られた画像はおおむね満足のいくものとなっている。スピードも二倍以上で進むけれど、これでまた数日かかりきりとなる。ただ、待つ間に本を読めばいいので全くの無駄というわけではない。本に飽きたら音楽でも聴けばいいし、金もかからなくていいや。

森本哲郎「生き方の研究」(新潮選書)

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 私が私淑している(勝手に師匠として仰いでいてその影響を受けている)人のひとりが森本哲郎。本で出会ってもう40年になる。

 この本では、古今東西の著名人の生き方から著者が何を感じ取ったか、それが自分自身の生き方にどう受け止められたかが語られている。ある意味では著名人の伝記の集大成のようなものである。

 中には実在の人物ではないロビンソン・クルーソーなども取り上げられているし、ファーブルが登場するかと思えば井原西鶴が、そして陶淵明や王安石が語られる。

 生き方とはその人の美学のようなものであろうか。何を最も大切なものと考えるのか、ときにそれは生命や財産よりも価値があると思えるものとなる。その美学に殉じた人を美しいと思えるかどうか。

 そこに価値を感じるかどうかが拝金主義に陥らないための分かれ目ではないか。

 環虫類のゴカイやイソメなどが毎年大量に繁殖する時期がある。ボラなどがその時期に飽食し、栄養過多になって目に脂肪がついてうるうるの眼になる。この時期のボラは警戒心が薄れ、目もよく見えず、荒食いするのでよく釣れる。これをバチ抜けという。最近はボラではなく、シーバスに同様の荒食いの時期があるので、バチ抜けはシーバスの荒食いのことだとされているようだ。バチとは魚のえさの環虫類に対する俗称である。

 私は物欲に目がくらんでいる人たち、特に中国の成金たちを見ていると、このバチ抜けのことを思い出す。

 自分がそういうものにならないことこそ自分の美学だと思っている。得をすることをそれほど嬉しいことだと思わないし、損をすることをそれほど気にしない。自分に不都合がなければ人に譲ってもかまわない。ただ、ばかにされるのは嫌いである。

 主に損得で考える人から見れば、この本に登場する人物たちにはなんの興味も湧かないだろう。こういう生き方はできなかったけれど、私はこういう人たちが好きであり、敬意を表する。

2015年10月30日 (金)

乱れまなこの勝手読み(14)

 中国が一人っ子政策を取りやめて、二人目までは認めることになった。三人目はもちろん、それ以上も認められない。

 子供を何人産むかということを国家が管理しようとする国の異常さ(世界の他の国でそんなことを強行している国があるとは寡聞にして知らない)について、もう世界中が慣れてしまって、一人っ子政策が解除されたことのみがとても良いことのように報じられている。いままでが異常だっただけではないか。

 その中国をドイツのメルケル首相が訪問している。主にドイツで生産されているエアバスの契約を二兆円ほど習近平皇帝陛下から下賜されてご満悦である。先日は、イギリスも同じ程度の金額にあたる下賜のいろいろを習近平皇帝から頂き、返礼に大歓迎をしていた。

 来週以降にはフランスのオランド大統領も中国訪問をするという。同じような高額の下賜をいただくことになるだろう。まさに朝貢外交である。習近平も皇帝であることの実感を満喫しているにちがいない。

 習近平はいまに世界中が自分の足元にひれ伏しに来る、と確信しているだろう。次はプーチンか。さもしいことである。

 しかし朝貢する方は拝跪するだけで高額の賜り品がもらえるのだから、頭を下げることなどたいしたことだと思っていないかも知れない。下を向いて舌を出していたって分からない。過去の中華帝国がこの朝貢の大盤振る舞いによって経済的に疲弊したように、中国はこんな大盤振る舞いを続けていれば、衰退してしまうだろう。

 いまは朝貢する国々のさもしさに腹を立てるよりも、中国の成金的な大盤振る舞いが自らを衰退させることにつながることをひそかな楽しみにする方が賢いのかも知れない。日本はいくら困窮しても朝貢外交はしないでほしいけれど。

迷惑?

 今度は三省堂が不正でニュースになった。


 見せてはいけない教科書を、検定前に校長たちに見せ、金一封を手土産に渡していたという。いままでずっと続けていたことであろう。

 多分これは内部告発か、余禄にあずかれない教師からの告発で明らかになったものだろう。三省堂だけがこんなことをしていたなどということは信じられないから、どこの教科書会社もやっていたことではないか。

 三省堂の責任者が「迷惑をかけて申し訳ない」と頭を下げていた。

 誰に向かって頭を下げたのであろうか。メディアの人たちのはずはないし、理屈でいえば間接的に迷惑を受けたと言えないことはないものの、国民は直接迷惑を受けたわけではないから、迷惑を理由に頭を下げられるいわれはない。

 もし国民に頭を下げるのなら、「してはいけない悪いことをしました、そのことをお詫びします。申し訳ありません」と謝るのがすじではないか。

 「迷惑をかけました」という言葉から読み取れるのは、頭を下げているのは校長先生様たちに対してであるということだ。ことが露見したことで、大事なお客様たちにこれからは金一封を渡すことができなくなるようになってしまったことを謝っているのだ。

 確かに校長たちやこれから校長になる人たちにとっては、校長であることの余禄が減るのだから大迷惑だろう。

 校長になることに政治的に必死の教頭たちがいる。金も使っているし、ことなかれ主義に徹し、問題を隠し続けて神経もすり減らしてきた。校長になっても、これからは世間の目がうるさいからあてが外れてしまう。かわいそうに。

 なるほど、迷惑だろうなあ。

 

天空の楽園

名古屋からこんなに近くてこんな絶景が見られるとは知らなかった。長老のお陰である。


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中央高速道の園原インターからほど近いところに「ヘブンズそのはら」というところがある。

園原インターは、以前は日帰り温泉や、ときに宿泊するために、よく訪ねた昼神温泉に行くときに降りたインターだ。ここは名古屋方面からしか降りられず、しかも名古屋方向しか乗ることができない。東京からだと以前は飯田から、いまは飯田山本インターから行くことになる。

「ヘブンズそのはら」はスキー場としてのテレビCMを知っているので、スキー場であるとの認識しかなかった。

そこが通年ロープウエイで行ける山岳リゾートであることを長老が調べていた。

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ロープウエイ山麓駅から標高1400mのマウンテンロッジまでロープウエイで登る。定員12名というが、数名乗りのゴンドラが次々にやってくるので、待ち時間はない。このロープウエイはとても長い。全長2500m、15分かけてゆっくり登る。

マウンテンロッジからは眺望はさほど良くない。ここはただの中継点である。

ここからリフトに乗る。

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ペアリフトに乗って先を行く長老と兄貴分の人。

センターハウスに到着する。しかしここも終点ではない。ここから展望台リフトという四人乗りのリフトに乗り換える。

長老の指示で私がまん中に座る。もちろん安定のためである。

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私たち三人の影。

ようやく高度1600mの展望台に到る。

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前方に広がるのは南アルプスの絶景。

赤石岳を中央に左手は北岳まで見える。赤石岳はしらびそ峠で見たので見てすぐ分かった。

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谷間に見える道路は中央高速の園原インター近く。

山にかすかに雲がたなびいているが、空気は澄んでいる。もう間もなくこの山々も白くなる。

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空は青い。

二、三日前は昼間でも気温が二度しかなかったというが、本日は日が射しているところなら十度近くあるだろう。ただし日陰で風に吹かれると身にしみる冷たさだ。アノラックは必需品。私はウインドブレーカーだけだが、長老たちは装備万全である。私は寒さに鈍感だからいいのだ。

絶景を堪能してセンターハウスに戻り、熱いコーヒーを飲む。

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この樹の下に何やら実がたくさん落ちている。

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梨の形をした姫リンゴより少し大きい位の実だ。

店の人に聞いたら、小梨だ、という。

樹下では物知り風のおじさんが、なかまのおばさんたちに、これは猿梨というもので・・・・、云々と説明していた。

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ロープウエイを下る。

突然そのロープウエイが停止した。ずいぶんロープウエイに乗ったが、停止したのは初めてだ。その前に、もし停止したらどこから外に出て救助してもらうのか、などと話していたところなのでびっくりする。写真は停まったときのもの。

さいわいしばらくしたらふたたび動き出した。

下界のマウンテンロッジに戻り、イチゴジャムを購入。大好きなのだ。理由があるが割愛する。

園原インターから高速に乗り、恵那で降りて三人でやや遅い昼食を摂り、別れた。私だけ恵那からJRで名古屋へ帰るのだ。

次回も長老からお誘いをいただく旨お言葉をいただいた。
長老と一緒だとふだん泊まれないような高級なところに泊まれるのでありがたいのだ。いろいろお世話になった礼を述べて別れた。

これで今回の旅はおしまい。

2015年10月29日 (木)

絶景・しらびそ峠

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飯田の東、南北に走る国道152号線・通称秋葉街道を越えてさらに東に行くと、急カーブ、急勾配の道を登ってしらびそ峠に到る。

飯田から国道152号線に到るまでの道も狭くてカーブの多い道だが、それよりはるかに険しい。看板にあるとおり、ここは高度1833m、正面に見えるのは南アルプスの赤石岳。

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屏風のような偉容に息を呑む。この峠に到るまでの紅葉もすばらしい。ただし運転手はそれどころではない。今回はほとんど兄貴分の人が運転したので、私は助手席で、おーっ、おーっと歓声を上げていればいい。

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足元を見るとアザミの枯れた群落が。この花の枯れたものは栗のいがよりも固い針の塊のようだ。むかしはこれを針布として起毛に使った。

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空気が澄んでいるので遠くまでよく見える。

峠を戻らずにさらに進めば、日本のチロルと自称する下栗の里がある。道はさらに狭く険しくしかも下り。

下栗の里は観光バスがたくさん停まり、車も多くて駐車場が満杯。駐車場から天空の展望台まで坂をずっと登らなければならない様子なので、全員「パス」で意見が一致。

ようやく坂を下りきり、道の駅で休憩。

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さらに南下すれば遠山郷へ到るのだが、今晩の宿、南木曾に行くのが遅くなるので飯田に引き返す。

飯田から高速に乗らず、昼神温泉から清内路街道・通称はなもも街道を通って峠越えする。そのまま行けば馬籠、妻籠だが、南木曾温泉はその手前。乗っているだけで疲れるドライブだったが、運転していた兄貴分の人はたいへんだったろう。私は最後だけ運転した。

長老は上機嫌であった。

2015年10月28日 (水)

平湯大滝

白骨温泉に泊まって、乗鞍高原に行きたかった。10月末まではバスが運行しているはずであった。

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ところが夜半の雨が朝も少し残ったために本日は運行するとの連絡があった。

結局。一昨日の運休から復旧なしに来年の7月までそのまま運休してしまうだろうとのこと。

見ている間に空には青空が見えて来たが、乗鞍は多分雪が降っているか、道が凍結しているのであろう。

ということで、まず平湯大滝を見て、そのあとしらびそ峠に行くことにした。

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平湯トンネルをくぐり、平湯川にでてすぐの平湯大滝へ行く。

私は二、三度来ているが、長老も兄貴分の人も初めてだという。

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平湯大滝は幅6m、高さ64m、昨夜の雨で水量が増しており、いつも以上に迫力があった。

ふたたび平湯トンネルをくぐり、松本に戻る。

しらびそ峠とはどこか。知らない人が多いであろう。詳細は次回。


上田城

真田氏の本来の居城である上田城へ行く。

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関ヶ原の合戦のあと、上田城は破却されたので、真田のもともとの城は石垣しか残らなかった。その後修復されたが、真田氏は大坂夏の陣、冬の陣のあと、松代に移封されたのでこの地を離れている。

いまは櫓と城門が再建されていて、中に入ることができる。

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腰をかがめて挨拶する女忍者。

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内側から城門を見る。

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櫓の天井。「松材だろうか」と兄貴分の人が言ったが確かなことは分からない。

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壁面の銃眼。外が狭くなっている。

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石垣に使われている大きな石。当時、各大名は如何に大きな石を組み込むか競ったという。この石は真田石と呼ばれる。

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ここにも六文銭が翻る。

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ウイークデイだというのに駐車場は車がいっぱい。来年になったらたいへんな混雑になるだろう。

真田と言えば、池波正太郎の「真田太平記」。その記念館があるのだが、今回は立ちよらない。今度一人で見に来よう。

このあと難路、青木峠を越えて上高地の近く、今晩の宿・白骨温泉に向かう。

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白骨温泉の宿の部屋からのながめ。

真田本城

Dsc_6343道祖神

山田温泉から須坂の臥龍公園に立ち寄り、菅平公園を抜けて上田に行くことにした。

来年の大河ドラマは真田がテーマである。

臥龍公園は期待はずれ。公園としてゆっくりするにはいいが、ただそれだけ。もともと須田嬢城というのがあったところらしいが、城山とその庭園が残されていると言うことらしい。

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写真は菅平高原。スキー場やスポーツ施設が多い。紅葉は見頃を過ぎていた。確かラグビーの合宿所などもあったはずだ。

シーズンはスキー客の多い冬なので、どこのホテルも店も閑散としていた。

上田市内の手前の山に真田本城という場所があったので立ちよることにした。

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典型的な土塁式の山城。真田氏の最も古い城があったらしい。その後、勢力が拡大して上田城を築城し、そちらへ移った。

現在工事の車がたくさん入って急ピッチで整備中。

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真新しい六文銭の旗が風に翻る。

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城跡。

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真新しい木のベンチとテーブルを眺める長老。
見晴らしはいい。

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ここから下り、左手のほうが上田市内。

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木を伐り道路整備をはじめている。山城なので登りと下りを一方通行で通さないと、車がすれ違えないだろう。

それでもすでに私たちのようにここへ立ちよる車がたくさんあった。真田ブームは始まっている。

このあと上田市内の上田城へ行く。

2015年10月27日 (火)

雷滝と八滝

雷滝を見に行く。


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滝へ行くには坂を下り、階段を降りる。

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一度来たことのある長老が先を行く。すぐ先が滝だ。滝音がする。

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滝の裏側を抜けていく。

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真裏から滝を見る。しぶきがかかる。

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雷滝。来た道が分かるだろうか。

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滝はこうして渓流として流れ下り、松川となる。

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滝の全景をもう一枚。

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岩をうつ滝。

降れば登らねばならぬ。帰りは息が切れた。

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こちらは八滝。対岸にあり、遠くから見る。降りなくていい。

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展望台があり、そこから見ると先ほどの滝は全体の一部だったことが分かる。雨がふっていないのでふだんより水量が少ないそうだ。ここの高低差は150メートル以上ありそうだ。

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山田温泉の宿に入る。谷の淵に立っているので、ロビーは道路から見れば一階であり、谷川から見れば五階である。

宿の大きな窓から対岸の紅葉が見える。ここで抹茶をいただく。

山田牧場


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兄貴分の人と長老と三人で信州へ来ている。晩は山田温泉というところへ泊まる。山田温泉から近いところに松川渓谷があり、山の中腹には山田牧場がある。

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ここから山越えをすると草津白根方向に到る。

途中の紅葉は絶景なのだが今年は紅葉が早い上にずっとあたたかく、雨も少ないので、色が今ひとつであった。

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山田牧場は共同経営方式の広い牧場。途中で牛もちらほら見えたが、ここからは見えない。日が傾いてきたので肌寒い。

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長老と兄貴分の人と牧場内の喫茶店でコーヒーを飲む。

寒いので上着を着る。中に入りませんか、と店の人に言われた。少し先から北アルプスが遠望できますよ、と教えてもらう。

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完全な逆光であったが、シルエットになった北アルプスがかろうじて見えた。

牧場の中にホテルや喫茶店があって、つい最近まで牛も普通に歩き回っていたそうだ。口蹄疫の問題があってから、牛と人間をきちんと分けろ、という当局の指導があり、いまは牛は囲いに入ってしまったそうだ。

ここから引き返し、途中の松川渓谷に架かる滝、雷滝と八滝をみにいく。

2015年10月26日 (月)

乱れまなこの勝手読み(14)

 2013年の中国での交通事故死者数は26万人以上であった。もちろん世界で一番多い。次いでインドの20万7000人、ブラジルが4万6000人。

 人口が多いから事故も多い、と云う点もあるけれど、日本は4000人ほどだから、中国の事故数は人口比で見ても日本の六倍を超える。日本で一番多かったときでも1万人あまりだから、これはやはり異常である。

 「中国では安全基準を満たしていないのは車ではなく、運転手」
というネットのコメントがあったが、言い得て妙である。中国での人命の軽いことの表れか。

 イギリスを訪問した習近平主席は国賓として大歓迎を受けたようだ。その習近平主席がエリザベス女王の晩餐会の席で第二次世界大戦にふれ、「日本の残虐性」に言及した。ドイツや韓国でも同様の歴史言及をしていたけれど、韓国ならいざ知らず、なぜドイツやアメリカを訪問して日本の悪口を言うのだ。

 何だか習近平と朴槿恵がオーバーラップして見えてくる。目的があって言っていることであるけれど、品性が疑われる。こころあるイギリス人が眉をひそめて・・・いれば良いのだが。

 その習近平主席はキャメロン首相と会談して、7兆円を超える規模の商談を契約したという。ここでも大盤振る舞いである。自分のふところから出す金ではないし打ち出の小槌でも持っているつもりなのだろう。

 ところで日本はイギリスで大型の鉄道プロジェクトが進行中だ。中国はこれも狙っていることだろう。これがどんでん返しにでもなるとなれば、イギリスは金にころんだインドネシアと同列のレベルの国だということだ。

 その中国は国連総会で「日本はプルトニウムを大量に保有している」と批判した。つまり核爆弾を作りかねないぞ、と世界にアピールしたのだ。自分が核爆弾を大量に保有し、さらに増産しているのに、持っているだけの日本を平気で批判する中国とはなんぞや。

 日本を非難することが正義である、と韓国や中国がパフォーマンスを繰り返しているのを見て、それをばかげたこととみるのではなく、そう思う国が増えるなら、国連とは何なのか。愚者の集会か。

アメリカのシンクタンクの調査によると、「中国がグローバル問題に責任ある対応をすると信じるか」との質問に対し、「信じる」と回答したのは、日本人15%、アメリカ人33%に対し、韓国人は71%だった。

 信じ合えるほど仲が良くてよかったね。

下呂・合掌村

修理工場で借りた軽自動車で、下呂温泉山側にある「合掌村」に行った。合掌造りの建物がいくつかあり、一つは影絵芝居の常設小屋になっている。円空仏の博物館もあって時間をつぶすのに最適だ。


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これが1番大きな建物。

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囲炉裏に火がおきている。

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いろり端に坐る。火を眺めていると心が落ち着く。落ち着きたい心境でもある。

座敷の向こうの人(もちろん人形)ではなく、ボランティアでガイドのおじさんが向かいにやってきていろいろ話しかける。下呂から高山にかけての昔の話などを教えてもらう。この人に島崎正樹の話なども聞いた。話し好きで、三十分たってもとまらない。さすがに飽きたので話を切り上げて立ち上がる。次の人にまた話しかけている。

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昼飯がまだだったので村内の食堂に入る。このイワナが売りらしいが、飛騨ラーメンを頼んだ。案外あっさりしている。高山ラーメンはこってりしているのだけれど違うようだ。

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食堂の脇の水車小屋の向こうに野口雨情の歌碑がある。

  益田川さえ雨ふりゃ濁る

    わたしゃ心は濁りゃせぬ

その脇の料理人の神社には

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包丁塚が。確か料理漫画でも包丁塚というのを見たことがあったがここだろうか。

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休憩室で一息入れる。蛙の置物がたくさんある。その一つ。
どこかで見たような・・・。「千と千尋の神隠し」だっただろうか。

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文楽人形の展示館もある。小さいけれどさすがに顔がすばらしい。

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これは土人形。

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民俗資料館にあった円空仏。触れるところにあったから本物ではないかも知れない。円空仏の展示館はすべてガラスケースの中で触れない。ガラスが反射するので写真も撮る気にならなかった。

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なんだかよく分からないけれど、思わず撫でたくなる。みんなが撫でるからピカピカになっている。結構大きい。

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駐車場は朝市の場所に置いていた。すぐそばがトチの実せんべいの工場直売所なので見に行く。店の前にはトチの実が。

焼きたてを試食させてもらう。熱くてまだしんなりしている。

トチの実せんべい、大好き。もちろん自分用に購入。少し強めに焼いてあって香ばしい。また買いに来たい。

そうこうするうちに三時を過ぎていたので少し早いが修理工場に戻る。

借りていた車のガソリンを満タンにして戻ると、タイヤはまだだという。しばらく事務所で工場の人たちと歓談していたらすぐにタイヤが到着。たちまちのうちに取り付け完了。

実費を支払い、四時前には出発することができた。思ったより安くて助かった。みんな「災難だったね」と笑いながら見送ってくれた。

本当に助かりました。富永モータースの皆さん、本当にありがとうございました。

いつもの三人旅

 本日は長老と兄貴分の人と恵那で待ち合わせ。今回は兄貴分の人の車で行くので私は恵那駅までJR。長老の好きな信州を三泊四日で旅するが、火曜日の天気が悪いらしいのが気になる。紅葉は最盛期だろうか。楽しみだ。

 ラップトップを持っていくけれど、ブログをゆっくり流す時間があるかどうか。いい写真が撮れるといいのだけれど。

2015年10月25日 (日)

アクシデント

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 県道98号線は高山から国道41号線と並行して位山(くらいやま)という山の山裾を走る。位山は飛騨一ノ宮のご神体でもある。モンデウス飛騨位山という道の駅でスキー場のあるあたりまではセンターラインのある快走路だ。そこからしばらく行くと突然道が狭くなる。地図では位山峠という1090メートルの峠を越えれば県道88号線にかわり、そこから国道257号線へまわる道がある。

 そのつもりで曲折する山道を走っていると、標識が「この先狭い道、大型車通行不能」とでている。うーん、引き返すべきか。

 迷ったが突き進む。狭いのに、ときどき対向車が来る。ほとんどすれ違うのがギリギリだったり、どちらかがバックして譲らないとならない。道はますます狭くなる。しかも落石がところどころにある。もうUターンする場所もない。だんだんドキドキしはじめる。

 後悔先に立たず。

 急カーブでうっかり落石を踏んで後輪がよれた。がつんと衝撃があった。車体がなにかに当たったのではなく、タイヤがなにかに当たったらしい。少し走ってからやや広い場所で停めてチェックする。左後輪のタイヤの側面がえぐれている。ホイールにも車体にも傷はないから、岩かどか何かがタイヤをえぐったらしい。

 この車にはスペアタイヤはない。山中では如何ともしがたい。なんとか山を下りて修理しなければならないがそれまでタイヤが保つかどうか。

 最初はほとんど異常なく普通に走ることができた。しかし修理工場がある街までは少なくとも20キロ以上はある。狭い山道を無理をしないようにだましだまし降りていく。ようやく細い道を脱したころ、だんだん後ろから異音が聞こえだした。タイヤが悲鳴を上げているのだ。様子を見ると裂けた口が広がりだしている。パンクではなく完全なバーストだ。

 ここから一番近いのは上呂(下呂市)の街で、そこにタイヤセンターがある。そこまで7~8キロである。なんとか行けるだろうか。行くしかないのだけれど。だんだん異音がひどくなる。

 ようやく上呂の街に入ったころには異音は激しくなり、ハンドルにも影響が出て来た。それでも走り続けて、目的地のタイヤセンターまであと数百メートルのあたりでタイヤの断末魔の声を聞いた。目の前にちょうどちょっと大きな修理工場があるではないか。

 そこへ飛び込んだ。事情を説明。「タイヤ屋までもうちょっとなのにね」と言われる。しかしタイヤの状態を見れば修理工場の人も納得だ。

 修理工場の人がタイヤ屋に電話を入れて、状況と必要なタイヤを連絡してくれた。私の車はマツダのアテンザ。マツダの車はタイヤがあまり一般的ではないサイズのものだ。案の定在庫はないという。頼み込んで取り寄せてもらうことにした。夕方には持ってこれるそうだ。助かった。今日中に帰れそうだ。

 「代車を貸すから時間をつぶしてきなさい」といわれる。「ここでは時間のつぶしようがないでしょう」と笑っている。ずっといられるのは向こうも迷惑かも知れない。親切を素直に受けて、軽自動車を借り、下呂に散策に行く。

 下呂の話は次回。

飛騨一ノ宮水無神社

分水嶺を超え、せせらぎ街道をそのまま北上すると高山に到る。


今回は高山の市内は散策せず通過して国道41号線を南下。高山市の郊外の飛騨一ノ宮水無神社を訪ねる。いままではいつも気にしながら脇を通過するばかりで立ち寄ったことがない。

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この神社は島崎藤村の父、島崎正樹が宮司をしていたことでも知られる。島崎藤村は父がここの宮司をしていたときに生まれたのだと、このあと下呂の地元の人に聞いた。しかし石碑には、正樹は単身赴任していたとあるので、やはり藤村は馬籠で生まれたのだろう。

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  きのふけふしぐれのあめともみぢ葉と
     あらそひみれる山もとの里

島崎正樹の和歌が石碑として残されている。島崎正樹は島崎藤村の小説、「夜明け前」の青山平蔵のモデルである。

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もうすぐ七五三。

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例によって絵馬堂の絵馬。

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これは比較的新しい。鏝絵だろうか。

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神社の裏手に桂の木の古木が。木は好きだ。

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伝説のねじの木。この木にまつわる説話が二つほど掲げられていた。読んだけれど忘れた。この木を切ろうとしたら、木はひと晩でねじれてこの姿になったともいい、この木があったためにこの神域の木は切り倒されることを免れたとも伝えられている。この神社は他にも古木が多い。

このあとそのまま41号線に戻れば何ごともなかったのだが、山道の県道98号線でふたたび紅葉を見ようとしたばかりに・・・・。

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こんな恐ろしいことに。てんまつは次回。

2015年10月24日 (土)

せせらぎ街道

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山は錦繍と言うほどではない。

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それでも赤や黄色の鮮やかな紅葉が見られる。

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写真より実際に見る方が美しいのだが、いかんせんそれを写し取るテクニックを持ち合わせていない。

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もうススキの穂も枯れている。

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せせらぎ街道はこんな風に両側から紅葉が迫り、美しい。

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川に架かる紅葉。

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気持ちが昂ぶる赤さ。

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せせらぎ街道にはこのように車を停める場所がけっこうあるので危なくない。朝早いのですいているが、昼間や特に土日は車が増えて渋滞する。車がおけずに通過するだけになる可能性もある。

明宝村

高速で郡上八幡まで行き、立ち寄らずにここから高山へ向かう。この国道472号線は郡上街道とも飛騨街道とも言うが、いまはせせらぎ街道という名でアピールしている。


紅葉の美しい道で、毎年その時期に走る。郡上まではまだ紅葉は始まったばかりだが、この街道に入ると一気に彩りが増える。

明宝村の道の駅に立ち寄る。明宝村は明宝ハムで有名。東海地区の人なら誰でも知っている。この道の駅に立ち寄ったのは磨墨の像を撮るため。

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宇治川の戦いで佐佐木高綱は名馬生月(いけづき)に、梶原景季は名馬磨墨(するすみ)に乗って先陣争いをした。

その磨墨はこの明宝村の産なので、景季ともども像になってここに据えられている。山はまだ朝靄で霞んでいるが、紅葉が見える。

地図を見ると近くに寒水白山神社という神社があるので行って見ることにする。山の中へ入っていく道だが、村落の中を通るところ意外は思ったより道路は狭くない。長良川の支流、吉田川が郡上八幡の街を流れているが、その吉田川のさらに支流である寒水川沿いに山を登る。

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寒水白山神社は県道沿いに見えているのに入り口がない。ようやく脇の狭い道をぐるっと回って神社の前に出た。三百年続いている寒水の掛踊というのが有名なのだそうだが、今は誰もいないからどんなものなのか分からない。写真右手は絵馬殿。

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いくつも絵馬が架かっているが、古くて絵がほとんど失われているものが多い。

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神殿。この奥が本殿だが見えない。神鏡が覗けた。

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横にまわると奥院が見える。柱だけで壁がないように見えるが、実は奥院はこのなかにあり、外側を覆うように屋根が架かっているのだ。これも鞘堂というのだろうか。

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神域から鳥居をふりかえる。

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里山はまだ朝靄のなかにいる。

2015年10月23日 (金)

ちょっと訳あり

本日は早朝から紅葉をおいもとめて山の中を走り回った。

そして昼前にちょっとしたアクシデント。
事故ではないけれど、車が一時的に使えなくなった。
さいわい夕方には復旧し、先ほどようやく帰宅。

何があったか説明するのもしんどいので、明日報告します。

今晩はちょっと酒を過ごしたい気分。

訃報を聞く

 先輩が会社で縁のあった人の訃報を知らせてくれた。こちらがはったりでいい加減なことを言うと、ぎょろりと目をむき、口をへの字に曲げるので最初はちょっと怖かった。まじめな人だが、感情的に怒ることはない。好き嫌いの多少ある人だったが、どういうわけかかわいがってもらった。もうその人から毎年来る丁寧な年賀状をもらうことはないのだ。

 その連絡を友人にしたら、別の知人の訃報を知らされた。こちらは私より若い人だ。どうして亡くなったのか分からない。来週会う兄貴分の人がかわいがっていた若手で、葬儀に参列したという。

 年賀状を整理していて、そういえばあの人からはもう来ることはないのだ、と云う人が何人かあった。身内ではなく、当人の訃報が次第に増えていく。年末にかけてまた何通か知らせが来るだろう。

 写真の整理が一段落したので(終わったわけではない)日帰りドライブにでも出かけようかと思う。飛騨の山はもう紅葉しているだろうか。

2015年10月22日 (木)

そんな時代

 中島みゆきの歌に「そんな時代もあぁーったねと・・・」という一節がある。

 フィルムをデジタルスキャンしているといろいろなことを思い出す。フィルムに残されたものはただのデータである。だからデジタルデータにすることが出来る。そのデータから何かを感じ取り、思い出を思い出すのはこちらの心である。養老先生の言葉を借りれば脳の働きである。

 時間は遅々として進まないように見えて、ふりかえるとずいぶんと過ぎてしまった。たくさんの過去がかすみの彼方に消え去ったと思ったら、写真がそこから記憶の断片を取り出してみせる。

 子どもたちの笑顔や泣き顔、ひょうきんな仕草が、全面的にこちらに頼り切っていることを教えてくれる。「そんな時代があった」のだ。そんな大事なことをそのときには気がつかない。それに気がついてもその時代はもう戻らない。そのことが突然ずしりと実感された。

 そんな時代に乾杯。

乱れまなこの勝手読み(13)

 120年前のワシントンの大韓帝国公使館が来年九月に復元されるという。公使館ロビーには太極旗が昔のすがたのままにふたたび掲げられるそうだ。

 韓国中央日報のそのニュースを見ているだけではそれが韓国政府によって復元されるものなのかどうかがよく分からない。

 国外所在文化財団の事務総長がその主旨を述べているので、その財団が保存されていた建物を復元するということかも知れない。

 「約120年前に大韓帝国が統一国家であったことを象徴させたい」「公使館はワシントンの韓国大使館、文化院などと連携した、韓国の歴史探訪コースとして運営されるだろう」と事務総長は述べている。

 「富国強兵なしにアメリカを調停者として中国・日本・ロシアを牽制しようとしていた高宗の外交は、戦略的リーダーシップがないまま強大国が主導する国際秩序の中で力を発揮できなかった」「公使館は、現在の米国と中国の覇権争いの中で、韓国が主権外交を繰り広げるには国の力を備えることが優先だという、歴史の常識を見せてくれる」そうだ。

 出発点の認識は分かった。そして韓国が120年前と現在と同じような行動をしていることも分かっている。では歴史から何を教訓として学んだというのか。学んだのは反日だけか。それにしてもワシントンに歴史を学ぶ建物を復元して、誰にアピールしようというのか。    

 ソウル市は来月から段階的に市庁・区庁・ソウル大公園と地下鉄駅舎内に設置されている自動販売機で炭酸飲料の販売を禁止する。ただし炭酸水100%の製品は除外される。

 ソウル市の市民健康局長は「炭酸飲料が肥満・糖尿・骨粗鬆症を誘発して市民の健康を害しているという判断に基づく措置」と説明している。

 過剰に飲む人もいれば、適度に飲んで楽しんでいる人もいるだろうに、炭酸飲料がまるでマリファナかなにかみたいに一律に規制するというのも強引だ。お上が帰省しないと愚民は欲望のコントロールができない、と心配して親切心から介入してくれているのだろう。

 サムスンの入社試験の「常識」科目で、韓国史に加えて中国史の問題が多数出題され、受験者が困惑したという。中国の各王朝を歴史の順番に並べ替えたり、その王朝の特徴を記述する問題があったそうだ。

 中国史を知っていることがサムスン社員の大事な「常識」と言うことのようだ。でもその中国史が中国政府の認める歴史なのか、実際の中国の歴史なのか。中国で商売することを想定しているのだもの、もちろん中国政府の認めている歴史だろう。

 韓国大統領府で「韓服の日」にあわせた韓国服の展示会やファッションショーが催されたが、それを見に来た中国人観光客たちに、朴槿恵大統領がサプライズ登場して中国語で挨拶したそうだ。

 満面の笑みで歓声に応えた朴槿恵大統領。こんな風な手放しの笑顔になることもあるのだ。よほど中国が好きなのだろう。それなのにメディアや韓国民は彼女が親日派だという。こちらはおよびでないけどね。

2015年10月21日 (水)

なくしたもの

 自民党が政権を失ったとき、自分たちが何をなくしたのか分かっていた。

 民主党は政権を失って、自分たちが何をなくしたのか分かっていないように見える。

 民主党の岡田党首はまじめで一所懸命である。しかし民主党が何をなくしたのか自覚がないから見ていて哀れを催す。

 国民は民主党に国をまかせてみようと思った。あまり期待はできないけれど、もしかしたらなにかが大きく変わるのではないかと思った。

 世のなかには瓢箪から駒ということもある。

 国民は自民党にも民主党にも信頼などしていない。だから民主党は信頼を失ったのではない。もしかしてなにかが変わるかも知れないという、国民の希望の光を消してしまったのだ。


 民主党は信頼を取り戻そうとしている。もともとないものをどうやって取り戻そうというのか。

 信頼が民主党から自民党に移ってしまったと思っているのかも知れない。だから自民党の足を引っ張れば、自民党への国民の信頼を損ない、相対的に自分が信頼されると思っているのかも知れない。

 そんなことを山ほどやっても国民は民主党にふたたび政権を委ねようとは決して思わない。何を失ったのか解っていない民主党には希望はない。パンドラの箱はもう開けられたあとなのだ。

 そして維新の党が同じ道をたどろうとしている。

 以上は私が勝手に思っていることなので、政治的な意図はない。

 日本の国民に新しいパンドラの箱を幻想させることはできるのか。

動いていたら治った

 腰が痛いのだからじっとしていればいいのだが、そういうときほどせっせと動きたくなる。あちこちの片付けをはじめると次々に玉突きが起こる。そして収拾がつかなくなる。

 フィルムのデジタルスキャンはほぼ山場を越した。あと二十本くらいだから二三日中に済むだろう。

 手紙類があちこちに分散して箱に入っている。それを全部引っ張り出して整理をはじめた。縁があった人たちの顔が浮かぶ。しかしもう連絡をつけることのない人のものは処分することにした。ほとんどが不要で、十分の一くらいになった。あとで後悔するものもあるだろうが、数年間の間に見てもいなかったものばかりだからそれで良いのだ。

 立ったり座ったりしているうちに、気がついたら腰の痛いのが治っている。無理してまた痛くなるのはいやだが、普通の立ち居振る舞いには支障がなくなった。これなら来週の旅行は大丈夫だろう。

 良かった!

 やはりじっとしているよりせっせと動く方が体にはいいらしい。

勲章なんかほしくない

 私の話ではない。私に勲章をくれるなどという話はあり得ない。くれるといわれないものを、ほしくないという必要もない。

 久しぶりに「青い三角定規」のアルバムを聴いた。

 何年か前に何十年ぶりかに再結成して活動を再開するという話があったが、メンバーのひとりが死んだので立ち消えになったと聞いた。

 そのアルバムの中の一曲の題名が、「勲章なんかほしくない」。

  優等生でなくっても
  充分生きていけるのさ
  のんびりのびのびやる方が
  こころのためにも いいのさ
  勲章なんかほしくない
  長めのGパンひきずって
  ギター背中に自転車旅行
  のんびりのびのびやる方が
  人間らしくて いいのさ

  恋人なんかなくっても
  充分生きていけるのさ
  淋しい顔している方が
  ときには魅力があるのさ
  勲章なんかほしくない
  青空見上げて 涙ぐみ
  ギター背中に 自転車旅行
  のんびりのびのびやる方が
  人間らしくて いいのさ

  勲章なんかほしくない
  長めのGパンひきずって
  ギター背中に自転車旅行
  のんびりのびのびやる方が
  人間らしくて いいのさ

 この歌を聴いておじさんはなつかしさよりも不快を感じた。

 若いときは何も考えていないから、こんな歌を聴いても何も感じなかったのかも知れない。よく覚えていない。

 なにもなさず、のんびりのびのび生きている若者に勲章をあげようという人がいるはずがない。だから勲章をやると言われてもいないのにほしくない、というのはふざけた話だ。

 こんな生き方(のんびりのびのび)がすてきな生き方だなどという時代があった。本当にそんな生き方をした若者がそのままそれを貫いて、いまどんな暮らしをしていることだろう。

 そんなムードに流されて、引きこもりになった若者も少なからずいるのではないか。ギター背中に自転車旅行をするためにはそのための蓄えを必要とする。のんびりのびのびするための生活費を誰が出すのか。両親か。

 そういう空想的な生き方を、自由というものだと錯覚していた時代があったなあ、と思いながら、それを歌に歌ってかせいでいた「青い三角定規」がなんとなく色あせて感じられた。彼らは当時忙しくてのんびりのびのびなどしていられなかっただろう。

 なんで勲章なんだ!

なつかしい

 約二十年前に研修旅行でアメリカに行った。合弁会社があるのでそちらを訪ねたのだが、その研修に加えて観光もさせてもらった。そのときの写真のネガが行方不明になっていたのだが、今回フィルムを一切合切とりだして整理していたら、ようやく見つかった。年月を経てちょっと色が悪くなっているのは残念だが、丁寧にスキャンしてデジタル化している。

 そのときは、いつかは個人でまた訪ねたいと思ったものだが、いまはもうその元気がない。アメリカは活気のある国だ。下を向かずに胸を張って前を向く人たちの国だ。アメリカを楽しむためにはそれ相応のエネルギーを持って臨まなければならない。

 写真を見ながら、心躍らせて歩いたニューヨークを思い出している。夜、デリカテッセンに酒のつまみを買い出しに行った帰りに、小銭を入れたパイナップルの空き缶を持った、二メートルを超える黒人がカラカラと音を立てながら背後をついてきたときはドキドキしたけれど。

 昨日から腰痛。連続的ではないが、ちょっと姿勢を変えるときなどに、びりっと痛みが走る。今のところ我慢ができる範囲だが、とにかくじっとしている。来週は信州へ行く予定だが、行けるだろうか。ひどくならずにおさまってほしいのだが。

2015年10月20日 (火)

努力してバカになる

 これも老師の言葉の受け売り。あまりに納得したのでここに書き残す。

 人は「自分のバカさ」というのを知識の量や学術的スキルの不備のことだと思っている(それは違う、と老師は言う)
 無知というのは「データの欠如」のことではなく、「予断の過剰」のことで、何かを知らないというのは怠慢の結果ではなく、努力の成果である。

 それを知ることが「予断のスキーム」を破綻させる可能性があるとき、私たちはそれを「知らずにすませる」ために努力を惜しまない。人間というのは普通に思われているよりはるかに勤勉な生物なのである。だから「バカさの検出」というのは、「自分がそれを学ぶことを怠っていることとは何か?」つまり「自分がそれから目を逸らすために一番努力していることは何か?」という問いのことである。

 その問い方を知らない人間は博引旁証強記博覧を誇っても死ぬまで「バカのまま」である。「バカの壁」は「私はどのような仕方でバカなのか?」という問いを立てることのできる人間とできない人間の間に巍然として屹立しているのである。

 強烈!

勝手読み

 ニュースを勝手読みしている。それはわたしがそう読んだ、というだけのことで、他の人にそう読むべきだ、などと主張するものではない。わたし自身が自分の書いたものをあとで読んで違うことを考えることもある。書いたときと読んでいるときの自分はすでに違う人間だ。まさか、と思う人は自分が書いたものを読み直したら、なるほどと納得するだろう。どうしてそんなものが書けたのかわからないことはしばしばあることなのだから。

 内田樹老師の古いブログを読み直していたら、「他人が書いたことをどう解釈するかは100%読み手の自由に属する」という一文があった。なぜかということが詳しく書かれているのだが、老師はいつものようにレトリックを駆使して説明しているので、なかなか要約して伝えることができない。

 老師は、「わたしはそんなつもりで言ったんです」と言う説明も「わたしはそんなつもりで言ったんではありません」という作者の言い訳もあまり意味がない、と言い、「人の言葉はどのように解釈しても、それは解釈するものの自由である」としている。

 さらに「原理的にはそうとも言えるが、常識的にいかがなものかと思う」ものもあるだろう。「わたしの言い分は正しい」ということをある程度定着させ、物質化するには「わたしは正しい」と主張するだけでは足りない。「この人の言い分はまあまあ常識的だわな」という外部評価が必要となる。

 だから誰であれ、「私の言うことこそが常識だ」などと主張する権利はない。そんなことを言い募るのは「非常識」なふるまいであるからだ。自分の言い分が常識的であるかどうかを、語る当の人間は決定することができない。「ここが大切な点だ」と老師は語る。

 「常識」は「そんなの常識である」という文型ではなく、「そんなの常識ですよね?」という疑問文を経由してしか、つまり他者の「とりなし」を経由すること無しには、生きのびることができないものだからである、と一文は結ばれている。

 言説について、そして常識についてよくわかるとともに、原理主義的振る舞いが如何に問題があるかもわかる言葉ではないか。「常識」を「正義」に置き換えてみればよくわかる。

 これで説明になっているのかなあ。

デービッド・アトキンソン「イギリス人アナリストだからわかった日本の『強み』『弱み』」(講談社+α新書)

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 著者は前作で、日本の観光資源が豊かであること、それが活かされていないことを指摘し、観光業の振興を訴えていた。それがきっかけでもないだろうが、政府は年間来日観光客の目標を2000万人にした。それが早くも今年達成する可能性が高い。

 然らば観光振興は成功しているといえるのか。著者は観光客の内訳を分析して不十分であることを指摘している。

 日本に暮らして25年、元ゴールドマン・サックスの金融調査室長として、日本の銀行の体質改善に取り組んできた。同社を退社後、「小西美術工藝社」の社長を委嘱され、会社の建て直しを行った。現在も同職。

 この本のキーワードの一つが「面倒くさい」。関連して「面倒なことになる」という脅しの言葉。

 日本人が日本の「強み」であると思っていること、日本の美点として考えていることが、海外からは必ずしもそう思われていない日本人のひとりよがりであることが辛口の言葉で語られる。

 日本はまだまだ非効率で生産性が低いと指摘する。無駄な会議、経営者の無能などを自分の経験した具体例で述べる。つまり無駄なことが山のようにあるのだ。だから日本にはまだの伸びしろがある、とも言える。だからその生産性を上げるための方策をとるべきなのだが、そのときに出てくる言葉が「面倒くさい」であり、それを突破しようとすると「面倒なことになるぞ」という脅しである。

 自分が仕事をしていたときのことを思い出した。この本にあげられている非効率な会社よりははるかにマシだったが、無駄なことは確かにしばしばあった。そしてそれをなくすのは面倒なことであった。

 日本人について書かれたものを読むのが日本人は好きだ。この本はそのようなものの一つであるけれど、日本人を持ち上げるよりも勘違いを指摘するところが多く、良い気持ちにさせてくれない。しかし本当に日本人に必要なのはこのような本だろう。これをきっかけに少しでも日本が良くなれば、この本は日本人へのすてきなプレゼントとなる。

2015年10月19日 (月)

おじさんちょっと怒る

 来週の月曜日が検診予定日だったのだが、兄貴分の人と長老と三人で信州へ行くことになったので、検診日を今日に変更した。ひと月近く前に変更の連絡をしたのだが、予約でいっぱいで、予約の人が済んでからになるという。仕方がない、と返事をしてあった。

 だから長時間待つことを覚悟して本も二冊用意していった。採血と検尿をすませて内科の待合室に行くと、今まで見たことがないほどの超満員で、多くの人が坐ることもできないほどである。

 受付の女性が、どんなに早くても11時半以後になりますから、一度帰られたらどうですか、と声をかけてくれたので(ありがとう)喜んで一度帰宅し、午後やろうと思っていた、キューバ旅行の費用の振り込みと、姪への出産お祝い送付を片付けた。そして買い出しにでて、ほとんど空になった冷蔵庫の中身を補充した。もちろんビールも残り少ないので補充。

 それは良いのだが、振り込みのために行った郵便局で免許証の提示を求められ、あまつさえコピーをとることの了解を求められた。規則であるからには仕方がないけれど、そもそもその規則は振り込め詐欺の防止のためのものであろう。旅行会社の振込用紙を使って旅行代金を振り込むことが明らかなのに、なぜそんな杓子定規に規則を適用するのだ。

 一言その疑問を窓口のお兄ちゃんに問いかけただけなのに、お兄ちゃんは怒られたと思ったのだろう、わけのわからない言い訳をしたので、おじさんはそのことのほうに腹が立った。

 もう少し融通を利かせろよ。

 いわれた時間に病院へ再び行く。さすがに座れずに立っている人はいなくなったけれど、まだ空席はほとんどない。月曜日は混むのがわかっているけれど、糖尿病の外来は月曜だけなので仕方がないのだ。

 時間はじりじりと過ぎていく。みんなイライラしている。「もう一時間半待っているのよ」などという声が聞こえる。予約時間を過ぎている、ということなのだろう。こちらは血液検査のために朝飯を抜いている。一度帰ったときに食事をしても良かったのだが、いろいろ片付けているうちにその時間がなくなった。だから腹が減っているので次第に自分が機嫌が悪くなってくるのがわかる。

 そんな中で看護婦に「いつまで待たせるのか」と食ってかかったおばさんがいた。ごたごたあって、そのおばさんは次の診察順に繰り込まれた。もともとその順番だったのか、ごねるから面倒なのでそうしたのか知らない。待合室の空気が険悪になる。でもおばさんは平然としている。

 ようやく一時過ぎにわたしの番がきた。というよりあともう一人しかいないし、その人は別の先生の診察室の前で待っているから、わたしが最後であった。良かった、忘れられていたわけではないのだ。

 前回まで五年ほど診てくれていた先生は先月退任したので、今回から新しい先生だ。今度も女医さん。しかもけっこう美人だ。ただ残念ながら冷たい感じがする。挨拶を交わしたあと、長いこと待たせて申し訳ありませんでした、といわれる。先生のほうもお疲れのようだ。まだ慣れないから丁寧に診察しすぎたのではないか。

 おおむね検査結果は良好。特に血糖値はいままでで一番低い。「このまま頑張ってくださいね」と励まされて診察終了。

 つぎは予約センター。ここでおじさんは再びちょっと腹を立てる。この窓口のおばさんはいつもだらだらしていて無駄な時間を食うので嫌われているのだが、よりによってその窓口で薬のことを相談している初老の夫婦がいる。

 窓口のおばさんに薬のことを聞いたって責任ある答えが聞けるわけがないのに何をやっているのだ。それなのにおばさんは一生懸命それに対応している。そしてそのことを医者に問い合わせたりしているから、予約センターは開店休業状態になってしまった。

 そんなことは診察のときに医者に聞けよ!

 会計(これも多少時間を食うがたいしたことはない)をすませ、処方箋をもらって向かいの薬局へ行く。あらかた済んだのだろう、いつもより待っている人が少ない。これならあまり時間がかからないだろう、やれやれ、と思ったら、いつもは15分でできる薬が30分たっても出てこない。どうなっているのか。

 薬剤師のお兄ちゃんがようやくわたしの名前を呼ぶ。名前をフルネームで確認、さらに生年月日。本日四回目くらいの本人確認だ。間違えようにも他に客は一人しかいないし、それもおばあさんである。馬鹿ではないか。さらにお兄ちゃんはいろいろと話しかけてくる。症状はどうか、どこか具合の悪いところはないか、風邪はひいていないか。

 「具合が悪ければ医者に言う!」とちょっと大きな声で言ったらびっくりした顔をしてようやく黙った。よれよれのおじいさんおばあさんへ言う時みたいな、おためごかしの口調で話しかけられるのがわたしは大嫌いだ。

 他人の時間を空費させ、しかも金を取るとはなんたることか。俺に無駄口は叩くな。

 家に帰って食事をして人心地ついたらようやく落ち着いた。

やさしさ

 音楽を聴きながら、内田樹老師のブログ(いま2007年頃の部分にさしかかった)をハードコピーをしたものを読みながら、フィルムスキャンを続けている。

 音楽はCDを整理するために端からすべて聴き直している。久しぶりに渡辺真知子のアルバムを聴いた。そこである歌詞が気になった。

「朝のメニュー」という明るい曲の中の部分

  失敗作の半熟玉子は今日もかたゆで

  そんな時は「こうするのさ」

  って頭でわって

  美味しそうに食べてくれるの


 いつも失敗するけれどそれを咎めずにいてくれる彼は「やさしい」という歌だ。二人の朝はしあわせいっぱいである。

 ところで彼女は、半熟玉子が固ゆでであることが失敗だとわかっている。普通失敗したらつぎにはどうするか考えて、ゆで時間を短くしてみるだろう。今度はまた失敗して黄身はほとんど固まっていないかも知れない。そうして前回の失敗と今回の失敗の間に半熟玉子のゆで時間があると考えるだろう。繰り返すうちにおおむね半熟玉子らしきものができるようになる。

 それがなんたることか、「今日も固ゆで」。

 彼はいま、やさしい。女性の求めるやさしさとはこういうものだ、という歌なのだろうか。しかし彼は固ゆでの玉子が好きなのだろうか。「そういうときは」というからには、彼も「固ゆで」は失敗であると思っている。本当は「半熟玉子」を期待しているということだろう。

 いつか彼も「固ゆで玉子」ではなく、いい加減に「半熟玉子」を作るように彼女にいうだろう。我慢し続けていたぶん、ちょっと虫の居所の悪いのをきっかけにして、きつい言葉でいうかも知れない。

 そのとき彼女は「彼がやさしくなくなった」、と嘆くのだろうか。

 この歌は二人の風雲をはらんだ未来を暗示している。

乱れまなこの勝手読み(12)

 韓国農林畜産食品部が、東京・新大久保のコリアンタウンに「マッコリ文化通り」を造成する計画だという。そこでマッコリと、それに合う韓国料理を紹介するなどの行事をする予定だ。  

 初めてマッコリを飲んだときには珍しいので、美味しいと思ったけれど、何度も飲むうちに、なんとなくそのたよりない味に飽きてしまった。もっと美味しいマッコリもあるのだろうけれど、であえていない。嫌韓とは関係なしに、日本人は物珍しさでマッコリを飲んだけれど、わたしと同じ印象だったのだろう。一時期急増したマッコリの日本への輸出は急減してしまい、回復することがない。

 今回の試みが成功すると良いけどね。

 中国のエネルギー報社は「2015年グローバルエネルギー企業500社番付」を発表した。それによると、世界のエネルギー会社のトップ500社のうち、アジアの企業が総営業収入の37.6%を占めていたという。企業は263社と半分以上を占めていた。そのうち中国の企業は168社であった。

 成長するアジア、成長する中国を象徴する結果・・・と喜んで良いのだろうか。中国はエネルギー消費効率を上げる努力をあまりしてこなかった。無駄に使えば消費量が増えるのが当たり前で、その結果であるような気がする。それを自慢そうに発表するのもどうなのか。

 中国天津市の化学品貯蔵所での大爆発は記憶に新しいが、天津市は化学工場を住宅地に近い現地から、約30キロ離れた天津南港工業区に移転させることにした。ここは最寄りの住宅地から少なくとも10キロ離れているのだそうだ。

 これならまた爆発しても市民には被害が及ばないということだろう。しかし市街地から離れたからいままでよりも特に管理や注意を強化する必要を感じないですむ、というようなニュアンスを感じてしまうのはわたしだけだろうか。今まで以上にやりたい放題になったりしないことを願うけれど。

 中国人力資源・社会保障部(人社部)が、中国の退職年齢を引き上げることを検討している。人社部によれば、中国の平均退職年齢は55歳。世界の多くの国が65歳であるのに比べると早すぎるという。

 たしか中国では男性の定年が60歳で、女性が55歳のはずだ。それがどうして平均が55歳なのかよくわからない。このニュースが流れると、「老人が退職しなければますます若者の就職難がひどくなる」と批判されている。

 格差が甚だしい社会で国民の不満を和らげるには、福祉を充実しなければならない。食えなければ暴発する。福祉の充実には税金が必要だ。そうなれば養う必要のある高齢者をいつまでも働かせて納税させる方が良いのはもちろんである。しかしいまは人手不足でもなく、大学を出ても就職先がないと騒いでいるのに、定年延長した高齢者のぶんの雇用先が確保できるのかどうかだ。右肩下がりの経済で、そんなことが可能なのだろうか。

 インドネシアや世界で金をばらまいているときではないだろう。

 三陸地区のホタテやカキの養殖がようやく回復しつつあるなかで、ホヤが異常発生して深刻な被害が出ているという。それならそのホヤを捕って食べればいい、と思ったら、異常発生しているのは食用のホヤではなく、外来種のヨーロッパザラホヤという種類だという。体液の酸性が強くて素手で触ると肌荒れを起こすという。多分食べられないのだろう。

 このホヤは震災前には見られなかったもので、養殖再開のために持ち込まれたホタテなどの貝殻に付着して繁殖したものらしい。

 どうも外来種がいろいろなところで悪さをしているニュースが増えている気がする。自然が人間に牙をむき出しているのかも知れない。自然のパワーバランスがくずれはじめているのかも知れない。それは人間のせいであることは明らかだ。まさか地球が人間を排除しようとしているわけではないだろうけれど、また終末論が流行りそうな気配だ。

2015年10月18日 (日)

めでたい

 姪(弟の娘)が女の子を産んだ。初産である。予定日を聞いていたので弟に連絡してみたら、生まれた!と嬉しそうだった。弟の5人目の孫である。母子共に健康とのことで何はともあれめでたい。

 祝杯を挙げたいところだが、明日は定期検診日だから、今晩は飲むわけにはいかない。明日は早めにうまい料理でも作って祝杯を挙げることにする。息子と娘にも連絡した。少しは自分も、と思ってくれるのだろうか。

シンシアリー「韓国人による震韓論」(扶桑社新書)

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 著者名・シンシアリーはハンドルネーム。韓国生まれ、韓国在住の韓国人で、歯医者であると自己紹介している。この人の韓国論はこれで四冊目である。

 内容は一見すると嫌韓派の日本人の書いた嫌韓論のように見える。しかし著者の言い分をそのままに受け取れば、異常な(つまり常軌を逸した)反日意識に根ざした現在の韓国の状況を憂い、その理由を解析することでそれが少しでもまともになって欲しいという願いが込められている。

 ところがそれが韓国では発表できず、日本でしかその考えを主張できないのは韓国にとっても著者にとっても不幸なことだ。当然日本でそのような著者の考えを著作にするとなれば、それは韓国の問題点を次々に指摘していく反韓論のごときものになってしまうというわけだ。

 とはいえ、彼のブログは韓国、日本を合わせればフォロワーが数十万だというから、彼の主張を「なるほど」と受け取る人は確実に存在するのだ。

 この本では特に今年の二月から八月の約半年に期間を限定して、韓国がどのように世界に、そして日本に対峙したのか、韓国の政治家、メディアがどのような言説を行ったのか、それが整理して取り上げられ、その奇妙な思考様式の異常さを痛烈に批判している。

 韓国が言う「世界」が、アメリカ、中国、日本と自国を含めた四つの国しかないという指摘は鋭い。だから安倍首相のアメリカ議会での発言や、新安倍談話についての論評で、韓国は異常な反発をした。四カ国のうち、アメリカと日本だけが好意的で、それ以外の世界の国はみな安倍首相を非難している、という韓国の論調はわたしも承知しているが、なるほどそういうことだったのだ。

 東南アジア、オーストラリアをはじめヨーロッパでもほとんどが安倍首相に好意的な評価をしていたことは韓国には見えていない。反日の視点に立ったとたん、韓国の世界にはそれらは存在していない国々となる。まあ日本にも一部そのように考える人々はいるが。

 とても残念なのは、韓国の反日がますますエスカレートしていて、子供や若者の多くが高齢者よりはるかに日本に強い反日意識を刷り込まれているという。だから残念ながら韓国とは当分友好関係を結ぶことは難しそうだ。

 韓国の反日は「日本は悪い」ではなく、「日本は悪くなければならない」という一方的な主張で固定されている、と云う著者の指摘の意味が、この半年の韓国の言説をまとめたこの本でよくわかる。

 韓国の、韓国人側から見た反日が、われわれ日本人が脳天気に考えているものとは違うらしいことが実感される。その違いを日本人も韓国人もしっかり認識した上で、さてどうすれば良いのか、と考えなければ関係改善は始まらないのだが・・・。

また来てね!

 昨晩どん姫から、これからうちに帰る、とメールが来た。もう夕食を食べたあとだし、スーパーも閉まった時間で食べるものがない。ふだんはそれなりに食材をキープしているのだが、月曜日が定期検診日で、とことん食材を切り詰めていたところだ。

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 いつもは、こちらから来て欲しいコールを繰り返してようやくやってくるのに、どん姫からくるのは珍しい。京都へ行った土産を持って来た、という。

 もしかしてわたしを心配してきてくれたのかも知れない。どん姫はクールだから、それは意識していないかも知れないけれど、嬉しい。

 食べるものがないと思ったら、餃子やインスタントのかに玉、麻婆豆腐があったので、それをつまみにしてビールと酒を飲む。

 どん姫は、土産を置きに来ただけだから、と泊まらずに元気よく自分の住処に帰って行った。

 また来てね!

2015年10月17日 (土)

乱れまなこの勝手読み(11)

 韓国の長寿科学研究所の研究チームが、「インターネットの利用者数が多い国ほど健康寿命が長い」という研究結果を発表した。インターネットが健康寿命を延ばす最も大きな要因だという。

 へえ、インターネットをすると頭も使うし指も使うから、ボケに対して効果があるというのはわかるけれど、健康寿命を延ばすのか!と素直に受け取ってもいいところだけれど、科学的な根拠としては首をかしげるところだ。ただインターネットの普及率と健康寿命のランキングに相関性があったという話に過ぎないのではないか。それはあり得るだろう。インターネットが普及しているということは経済的にある程度ゆとりのある国だから、当然医療も一定の水準にあるにちがいない。当然相関するはずだ。

 前にも書いたけれど、好きな笑い話。

 高名な昆虫学者が蚤を飼育して、「跳べ」と命じると跳ぶようにしつけることに成功した。

 その蚤の前足を取り去って「跳べ」と命ずると、けなげにも蚤は必死で跳んだ。つぎにまん中の足をもいで、また「跳べ」と命じた。蚤はかろうじて跳んで見せた。

 学者はついに後ろ足ももいで命じた。「跳べ」。

 この研究結果から、高名な昆虫学者は驚くべき学説を発表した。

「昆虫の耳は足にある!」

取り返しがつかない

 小人閑居して不善を為す、という。不善を為してはいないが、閑居している。突然思い立ってネガフィルムのデジタルスキャンをはじめた。しばらく前に半分ほどスキャンしたのだが、時間がかかるので半分ほどで飽きてしまい、そのまま放置していた。

 社内旅行の写真が山ほどある。たいてい写真班を自認していたので撮りまくっていたのだ。そういう写真は残しておいても仕方がないが、捨てるのもなんだか惜しい。そこで低画質で取り込み(それならそれほど時間がかからない)、ネガは捨てることにした。

 中には高画質で残しておきたい写真もあるが、そういうのに限ってネガに異常がある。すべて水洗不足による黄変やハイポの結晶析出だ。こうなったら救えない。古いものでも問題ないものが多いのに特定のネガに集中している。それも一つや二つではなくたくさんある。そのときにフィルムを現像したDP屋の手抜きが原因である。

 大事なものを取り返しがつかないようにしてくれたDP屋はとうにつぶれているだろう。文句の言いようもない。怒りに胃がキリキリするがどうにもならないからあきらめるしかない。

 DP屋は価格競争で狂奔し、手抜きをしてコストダウンし、結局自滅した。これはデジタルカメラが良くなった面もあるけれど、こうして手抜きのいい加減なことを続けたDP屋が結局デジタルカメラの隆盛を呼び込んだのだ。

 日本酒は美味しいのに需要が低下した。本当に美味しい日本酒を造ることを忘れた醸造家が、日本人の日本酒離れをもたらした面がある。

 世の中から左官屋の仕事が減少している。これも組合組織にして、丁寧な仕事をする職人と、修行もあまりせずに独立した若いいい加減な職人の仕事を同一工賃にしたことで、材料費をけちり、しかも雑な仕事が横行したこと、そして工事のあとの片付けがいい加減だから、現場が汚れることなどが嫌われたのだ。もちろん壁は薄いからすぐひび割れる。町を走る左官職のトラックの汚さに気がつく人も多いだろう。多分仕事の丁寧な職人は道具はもちろんトラックもきれいに手入れするはずだ。

 どんな仕事も手抜きをすれば皆から見放される。うう、フィルムスキャンの話からどんどん離れてしまった。

宮本輝「いのちの姿」(集英社)

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 ページ数は200ページ以下、しかも字が大きい。だから一気に読めると思ったら、中身がものすごく濃厚で、どんどん読み進めるのがもったいなくなった。あとがきで、著者はある時期からエッセイを書くのをやめていたとある。いろいろないきさつから節を曲げて、ずいぶん久しぶりに書いたのがこのエッセイである。

 宮本輝の小説もエッセイも大好きで、本もたくさん持っている(見当たらない本も多いので、うっかり処分したものもあるようだ)。このエッセイの中にも過去に書いた小説の題材に関する話題がいくつか書かれている。小説の感動がまた記憶からよみがえるようだった。

 哲学的なところや世界性がないからノーベル賞の対象になるような作家ではないが、わたしにはそれ以上に値打ちがあると思える作家なのである。

 唯一著者の父のことを書いた「流転の海」のシリーズだけは肌合いが合わない。なぜなのか自分でもわからない。

2015年10月16日 (金)

乱れまなこの勝手読み(10)

 韓国訪問委員会(こんな委員会があるのだ!)は案内所を訪れた外国人観光客にアンケートを実施した。それによると、92%が「韓国(ソウル)観光に満足している」と答え、91%が「また訪問したい」と回答したそうだ。しばしば韓国旅行で不愉快だったというニュースを中国のネットなどで見聞きしていたので意外だが、本当ならめでたい。

 多分中国の団体観光客などはその案内所を訪れることはないのだろう。中国の団体観光客は安い料金で行くから、料理やあしらいは悪いはずだし、旅行会社やガイドは、元を取るために土産物屋などにむりやり連れて行くようだから、不満も出るのだろう。

 それに現地にいるときには皆その国を好きになろうと思って訪問しているから好意的だけれど、帰って冷静になるといろいろ不満も湧いてくるから印象も変わる。わたしも多少そういうところがあった。

 在日韓国人の小説家・金石範氏の訪韓申請を韓国政府が拒否した。金石範氏は両親が済州島の出身で、大阪で生まれた。戦時中は済州島に住んでいて、戦後再び日本に戻っている。「火山島」という大作を世に出し、世界平和や人権問題に寄与したとして「第一回済州4・3平和賞」を受賞している。

 ただ、金石範氏は韓国籍ではなく朝鮮籍のため、韓国政府の証明書を発給してもらわないと入国できない。済州島出身者にはこういう人は多い。彼の反国家的な発言が問題視されたのが拒否の理由だろうと報じられた。耳にいたいこと、事実を述べると韓国では自国に帰ることもできないらしい。

 2005年に韓国に在住していた日本人は3万9410人、今年8月現在は3万7865人だという。あまり変わっていないようだが、実は最近では2005年が一番少なかった年で、2008年~2013年まではずっと5万人以上だったのだ。減り方が著しい。

 理由はどうあれ、韓国の居心地が悪くなっていることの表れではないか。

 朝鮮日報のあるコラムが紹介されていた。米国は日本を偏愛している、という。戦後、韓国はアメリカからの援助を受けた(日本から受けたことは書いていない)けれど、その援助で日本の物資を買い続けたと当時の政府を非難している。韓国の遅れた技術をそのとき援助の金で向上していれば今頃こんなに差がつかなかった、といいたいらしい。そして日本は韓国のお陰で豊かになったと言いたげである。

 そんな面もないとは言えない。ただこのコラムは韓国のものにしては珍しく、韓国自身がそのような努力を怠ったことを指摘している。単純に何もかも日本が悪いといっていないのは驚くべきことだ。

 ただ、アメリカが日本を偏愛している、というのはずいぶんセンチメンタルな見方だ。日本の方がアメリカに都合が良いような行き方をしていて、韓国が中国にすり寄るなどして、アメリカは手放しで韓国を信頼しきれないだけのことだ。アメリカは日本など愛していない。愛しているのは自国だけだ。それはどこの国でも国民でも同じだ。
 
 韓国で35週連続一位のベストセラーの新記録を打ち立てた本の名前「嫌われる勇気」アルフレッド・アドラー(心理学者)箸。なんだか象徴的。

 元アメリカ国家情報長官が、日韓の確執の原因を問われ、「一方が謝罪したらもう一方は受け入れなければならない。和解は双方でするもので、どちらがより間違っているかと聞かれても答えられるものではない」と当たり前のことを言った。

 これを韓国メディアやネットでは、親日派の人物が口を挟んだ、火に油を注ぐな、日本から金をもらっているのだろう、こんなことを言うアメリカは日本より憎い、と非難囂々である。

 こりゃ、どもならんわ。

多田文明「『絶対ダマされない人』ほどダマされる」(講談社+α新書)

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 著者は詐欺・悪徳商法評論家。そんな肩書きで商売になるのだ。それほど詐欺や悪徳商法がこの世にはびこっているということなのだろう。

 恐ろしい本である。読んでいて寒気がしてくるとともに吐き気がしてきた。もちろんそれは著者のせいではない。そのさまざまな手口がこれでもか、と列記されているのだが、それを読んでいて恐ろしくなったのだ。

 だまされるのはだまされた方にも欲があった、とかスキがあったとかいわれるし、わたしもそう思っていた。確かにそういう点がないとはいえないが、しかしそのスキや欲は普通の人にも普通にある程度のものだということがこの本でわかる。

 だます側のスキルが異常なほど巧妙になっているのだ。準備を周到にして、ターゲットを狙い込み、集団でだましにかかる。一度その網にかかると逃れるのが難しい。心理学に最も詳しく、しかもそれを完璧に利用しているのは、心理学者ではなく彼らかも知れない。

 個人情報を守らなければならないということの意味が、この本で身に沁みてわかった。彼らは入手した個人情報を利用してこちらを罠にかけるのだ。

 わたしはいま固定電話を置いてはいるが、留守電にしていて、普通はかかってきた電話には出ない。仕事をリタイアしてから、勧誘などのわずらわしい電話の多さに辟易してしまったからだ。いったんそんな電話のやりとりをすると、精神が安定するまでに無駄に時間を必要とする。精神の安定のために固定電話には出ないし、電話帳の記載もやめた。

 必要な電話であれば留守電になにがしかの要件が残されるのでそれで良いのだ。友人親類などはすべて携帯でやりとりすることにしている。不在のことが多いことは知人は皆知っているので、不都合はない。

 恐ろしい本であるが、恐ろしいのは詐欺師たちである。その手口や、どれほど世の中にはいろいろな陥穽が口を開けているかを知っておくことはとても大事なことである。著者は被害者からの情報だけでなく、自ら身を挺して詐欺師たちと直面してその体験を綴っているのだ。商売とはいえその勇気に感服する。このような悪人たちの背後にどんなものが潜んでいるのか、知れたものではない。触らぬ神にたたり無しである。

 たたりを避けるためにこの本読むべし。

2015年10月15日 (木)

乱れまなこの勝手読み(9)

 読売新聞の世論調査で、将来自分が介護サービスを受けられるかどうか不安を感じている人が、「大いに感じている」46%、「多少は感じている」40%と、合わせて86%もいることが明らかになった。さらにこの調査で都市部よりも介護を受けやすい地方都市への移住について、賛成61%、反対36%だった。

 少子高齢化で勤労者に対して老人の割合が増えて、福祉予算が今後さらに厳しくなるとの認識があるのだろう。福祉予算を増やすには税収を増やすしかないが、それを景気浮揚で行うのか、税率を上げることで対応するのか。それが来年噂される統一選挙の大きな論点になりそうだ。

 ところで地方への移転に賛成の人も、いざ自分が移転するかどうか問われると、移住しても良いという人の割合は一気に減るようだ。一般論と自分の問題は常に別なのである。

 キューバと中国は1960年に国交を樹立している。同じ共産主義の国として良好な関係を維持してきた。そのキューバの首都ハバナにはチャイナタウンがある。そして中国人観光客もたくさん訪れている。さらに中国の海外旅行ブームにより、その観光客が急増しているという。

 11月後半にいつものなかまたちと三人でキューバへ行く予定である。アメリカと国交が結ばれ関係が正常化すればアメリカから大挙して観光客が訪れて、キューバのキューバらしさが失われる恐れがある。その前に見に行こう、というのが今回の旅行の主旨なのだが、その前に中国人がひしめいていたら幻滅する。

 日本からのキューバ旅行希望者も急増しているという。はたしてキューバらしいキューバを見るのに間に合うだろうか。

 インドネシアの高速鉄道受注競争に日本が敗れたことはまことにくやしいことだった。そもそも中国がこの競争にエントリーしたのは今年に入ってからのことで、その前に行ってきた日本の事前調査や検討のための膨大な労力を、インドネシア当局がそっくり中国に丸投げすることによって可能になったことで、信義に反する行為と言って良い。よほどの金が動いたのだろう。インドネシアのジョコ大統領は国際的な信用を大きく落としたツケをあとで払うことになるだろう。

 ところでこの高速鉄道を受注した件を中国のネットでどう見ているのか。「タダで高速鉄道を作ってやるようなもの」「利益が上がらず、単なる指導者の実績作りだ」という声が公然と書き込まれている。受注しても中国の利益にならないと考えているようだ。

 それにたった三年で完成させると約束しているけれど、日本は絶対不可能だといってそれに張り合わなかった。無理を承知でする突貫工事に思わぬ落とし穴はないか。事故などあって欲しくはないけれど、内心で事故が起きて欲しいような気になる。われながら小人である。そう思う人が多ければ、それは呪いである。

140923_23 インドネシアにて。

菊池英博「新自由主義の自滅」(文春新書)

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 著者は経済アナリスト。統計数字とグラフがふんだんに掲載されていて、主張の根拠とされているが、それをじっくりと解析するには当方の根気と知力が不足している。

 こういう本の場合、いいたいことを裏付けるためのデータを揃えていることが多い。データはもちろん検証も可能な事実であろうが、選ばれたデータと選ばれていないデータの両方を知らないと、そのデータを元にした主張をそのまま受け取って良いのかどうか疑わしいからだ。

 新自由主義については批判も多い。詳しいことは不勉強でわからないが、その市場原理主義の論理は弱肉強食的な面が多くて問題があることはわたしも感じている。アメリカのグローバリズムというのはそのまま新自由主義のことである。

 日本とアメリカが経済的に良好な時期と不調な時期を取り上げ、そのときにそれぞれの国の政府がどのような経済政策をとったのかが比較される。そして新自由主義的政策をとったときに国の経済が不調を来している、と断定する。新自由主義的政策は福祉を縮小し、格差を拡大する政策であり、それは決して財政を改善することにつながらないというのだ。

 その観点から現在の安倍内閣の経済政策の問題点を指摘している。

 著者は経済政策について国会に呼ばれて意見を求められるほどの経済についての権威である。だからその主張は経済学的に正しいと思う。

 ただ、経済は社会的な現象であり、他国との関係や人口動態などの要素が加わると経済理論とは必ずしも異なる変化を示す。この本でももちろんその要素についても言及しているが、それを過小評価しているように見える。これは無意識に過小評価しているのではないか。

 結果を解析して論の根拠にするのは学問の手法として当然だが、現在、そして将来についてもその手法にこだわりすぎているように感じるのは、わたしのほうが色眼鏡をつけているからなのだろうか。

 繰り返すが、この本を読みこなすにはわたしは不勉強に過ぎていて、上っ面を読み飛ばしたに過ぎない。そんな人間のいっていることなので、興味のある人は実際に読んでみてください。

2015年10月14日 (水)

仁木英之「恋せよ魂魄」(新潮社)

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 「僕僕先生」シリーズ第九弾。怠け者ではあるが素直さが取り柄の王弁が、可愛い少女姿の仙人「僕僕先生」と不思議な旅を重ねながら成長していくというこのシリーズは、ドラゴンボールの物語に似ているところがある。どんどん登場人物の怪異さ強さがレベルアップしていき、それに合わせて主人公もレベルアップしていくのだ。それなら別にドラゴンボールに限る話ではないか。

 最近は回を追うごとに一緒に旅をする顔ぶれが少しずつ替わる。なじんだ人と別れるのは寂しいが、今回も最後に大きな別れがある。しかもその伏線のように、王弁が助けようとした不治の病のタシという名の少女の物語が挿入されている。

 そして最後のクライマックスは宿敵胡蝶の頭目、貂も登場する。仙人や神様が当たり前に登場するところはやはりドラゴンボールだ。

 こんな面白い物語、読まないのは損である。

 このブログを見直したが、これでは何のことかわからないかも知れないので補足する。中国の唐の時代が舞台のファンタジー小説で、玄宗皇帝もちらりと登場するし、別の名前で登場していた人物が後のあの安禄山だったことも判明する。

乱れまなこの勝手読み(8)

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 今月の9日は「ハングルの日」だったそうだ。「ハングルは独創的で科学的な文字のため、誰でも容易に習い、書くことができる」としてハングルを称賛し、韓国だけではなく、世界に広めたいという。

 確かにハングルを覚えるのは比較的容易だと言われる。しかしハングルが世界の主要な言語になることはないだろう。現在ハングルで読み書きしている人口があまりにも少なすぎる。もちろん日本語よりも少ない。それに普通の人には自国語以外にこのような表音文字をいくつも覚える必要はない。

 韓国でハングルのすばらしさを強調することと漢字を学ぼうとしないことが表裏一体になっていることに疑問を感じる。韓国の過去の文献はすべて漢字で書かれている。朝鮮では一般庶民は文盲であることが普通で、漢字は両班などの知識階級のもので、階級差のシンボルであった。それを打破するためにハングルを普及させ、文盲を減らそうと言うのは正しい政策だったろう。

 しかし、だから漢字の使用をやめてしまおうというのが理解できない。日本で言えばすべてひらがなかカタカナにしてしまおうというのに等しい。差別をなくそう、という建前の元に文化レベルを落とすというのは国策としておかしいのではないか。その代わり表音文字だけの生活に慣れたことにより、韓国では英語の普及が進んだのは思わぬ効果であるが。

 大学生たちが、済州島の日本総領事館前に慰安婦像を設置しようと計画しているという。今のところ地元政府が敷地の使用に難色を示しているので具体化していないが、どうなるかわからない。

 韓国国内では済州島出身者は差別されている。そのために日本に移り住んだ人も多い。大阪・鶴橋界隈には済州島出身者がひしめいている。済州島出身者に一時北朝鮮シンパが多かったのも、あの4・3事件などに象徴される韓国内での差別が原因ではないかと思う。

 だから訪問すると済州島の人は比較的に反日感情が少ないように感じられる。いまは中国人観光客が大型観光船などで大量に押しかけているが、以前は日本人観光客がメインだった。いまでも済州島の人は、中国人よりも日本人にきて欲しいはずだとわたしは思っている。

 そんなところに慰安婦像を設置するというのだ。設置が強行されるかどうか見守りたい。

 韓国で一般的に通用している日本語は多い。食材や料理だけを取っても「寿司」「刺身」「マグロ」「アナゴ」「イカ」「ウニ」「アジ」「ワサビ」「突き出し」「だし」などたくさんある。これが日本統治の名残だとして韓国語に置き換えようという運動が起きているという。

 その他社会学や哲学の熟語、科学的な言葉などに数え切れないほど日本語由来のものがある。日本語の中の横文字由来の言葉をすべて排除するのが困難なようにほとんど不可能な作業だと思うが、大真面目に論じられている。多分その運動についての言葉にもたくさん日本語由来の言葉が入っていることだろう。

 自ら生み出すことに力を入れず、通用しているものを排除するというのは、明らかに日本に対するコンプレックスのなせるわざであろう。日本の差別語排除が言葉の力を失わせて久しいように、韓国はこんなことに血道を上げていると自国の文化を阻喪させて行くにちがいない。貧すれば鈍するか。

2015年10月13日 (火)

和田はつ子「円朝なぞ解きばなし」(角川春樹事務所)

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 「牡丹灯籠」「真景累ヶ淵」などの怪談の創作者で、怪談話の名人と言われた三遊亭円朝が主人公の時代小説である。円朝といえば明治時代の落語家として知られているが、この物語の円朝はまだ若いころであり、師匠の二代目円生が死んで間のないころの江戸が舞台。

 円朝を慕っていろいろと不思議な事件の話を持ち込む同心を通して円朝が推理し謎を解く、という体裁の、ある種のベッドディテクティブストーリーである。ただ円朝は捜査権などないけれど、実際に動き回ることができるので、多少能動的である。

 三つの短編形式だが、全体で一つの物語を構成している。

 師匠の円生が死んで、残された亡妻と娘を陰ながら世話をしていた円朝は、奇妙な話を聞く。師匠の住処の周辺で円生の幽霊が出没するというのだ。その謎を調べていくうちに殺人事件が発生し、意外な真相が明らかになる。

 これを発端として次々に意外な人間関係や背後に潜む悪が浮かび上がってくるのだが・・・。その人間関係の渦に円朝も巻き込まれていき、ついに重大な決心をすることになる。

 先代の円楽の師匠、六代目の三遊亭円生が私の最も好きな噺家である。CDも三十枚以上持っている。その系譜の円朝についても当然興味がある。「真景累ヶ淵」の全編を持っているのだが、第二巻までしか聴いていない。それからあとのところは怖くて聴けないのだ。

 著者の和田はつ子の小説は、「料理人季蔵捕物控」シリーズの何冊かを読んでいる。手慣れていて楽しめる。今回のこの本も面白く読むことができた。ただ多少話の進展がまだるっこしい気がしたが、ラストのあっと驚く展開のための伏線が仕掛けられていたためであることが、読み終わってわかった。さすがに終わり近くでわたしも真犯人の目星はついたけれど。

京都・大徳寺(4)

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京都・大徳寺の散策は今回で最後。

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大徳寺・庫裡入り口。本来の山門から唐門を通っての入り口は上つ方の人しか通さないらしい。見たとおりここはかまど口。

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ここから靴を脱いで上がり込み、方丈へ入る。

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食堂兼廊下を通り、接待用(出入り業者用だろうか)のテーブルの横を通るのだが、ここでこの女性に「撮影禁止です」、と言われてしまった。庭も撮影禁止ですか、と問うと「すべてだめです」とにべもない。

ということで写真はここまで。このあと法堂と方丈、唐門を見学。法堂の天井の龍の絵はすばらしい。唐門は日光の陽明門のモデルであるとのことで、ここも日暮らし門という。彫刻を丁寧に見ていると見飽きずに日が暮れるそうだ。修復して間がないそうで美しい。ガイド係の女性が三十分に一度、寺のいわれから細かい部分について詳しく説明をしてくれる。ためになります。大徳寺の本坊の一般公開は毎年春と秋にほぼ一度ずつ行っているそうだ。

そういえばこの前の回の題に「山門と法堂」としたが、あれは法堂ではなく仏殿であった。あとで訂正しておきます。

このあと大仙院などいくつか公開している塔頭に寄ったが、口を揃えて「撮影禁止です」と言われる。

もしかするとその前の写真を撮った場所も撮影禁止だったのかも知れない。知らぬが仏である。だが人の邪魔もしていないし、ストロボのような強い光を当てているわけでもないのになぜ撮影禁止なのか理解できない。絵はがきの売り上げに影響するわけでもない。絵はがきなど売っているのを見ていないし。

わたしのようにこうしてブログで紹介されれば知名度が上がるかも知れないのに・・・。

大徳寺を訪問するとそのすばらしさと同時になんだか金集めに熱心だなあ、という印象を感じる。わたしだけではないだろう。それだけ維持管理に金がかかるのかも知れないが、正直いやな感じである。

あとは寺域での寸景をいくつか。

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大仙院は沢庵和尚が在籍していたことで知られる。ここで抹茶をいただく。説明の叔父さんがくどいのに閉口した。

真珠菴という塔頭は一休和尚の墓のある寺で、ランダムに公開しているところだが、今回は非公開。

芳春院はあの前田利家の妻・松にちなんだ塔頭。ここは座敷には入れないが、庭園を眺めても金を取らない。

大徳寺はとにかく広くて見所が多い。機会があれば訪ねる値打ちはあります。このあと大阪に行って友人たちと楽しく会食。

大徳寺はこれでおしまい。

2015年10月12日 (月)

乱れまなこの勝手読み(7)

 韓国では、日本が今年もノーベル賞受賞者を出したことをうけて、韓国には全く受賞者がいないこと、受賞の可能性のある者の名前すら挙がらないことはなぜなのか論議されている。

 もちろん韓国が基礎研究をおろそかにしてきたことのツケが理由であるわけだが、論議を見ているとそれが韓国にもようやくわかってきたらしい。

 サムスンがノーベル賞をもらえるような科学者を育成する「ノーベル賞プロジェクト」を専門の財団を設立して進めるという。大学や企業の研究所に資金を援助するそうだ。だが結果が出るまでには長い時間を必要とする。そのことが本当に理解できているのだろうか。

 その財団は、それを研究すると社会にどのような貢献があるのか、どのような利益を生み出しうるのか、というチェックを行って資金を援助するのであろう。

 それではなかなか基礎研究の裾野は広がらないと思う。当然のように財団はすでに知見のある知識をもとにチェックを行う。ノーベル賞を受けるような研究は、今までになかった知見をあらたに確立していくものだ。今までにないものの研究をいまの知見で評価するようでは結果は知れているのだ。

 近年のノーベル賞は、社会にどのような貢献をするのか、という点を経済的な意味で評価する傾向がある気がする。もしそんな観点でノーベル賞を選ぶことが定常化するなら、もうノーベル賞などやめたらどうか、という意見もあり、わたしもそんな気がしている。

 それならすでに各分野ごとにそれなりの賞があるのだから、それで十分ではないか。韓国は、そしてサムスンはそのことに気がついているのだろうか。

 ところで今年の日本のノーベル賞受賞者の二人がともに地方大学の卒業であることも韓国では話題になっている。日本ではそのことが特別なこととは思われないが、韓国では違う。

 韓国の学歴至上主義と地方別の差別意識は、日本では想像できないほど大きいのだ。地方大学卒業など、就職でも研究でも露骨に差別されるのが韓国という国だ。またどこの地域の出身であるかによっても一生差別される。あまり大きな差がないほど、わずかな差を増幅して差別するというのが人間の性だが、それが世界でも特別極端なのが韓国という国だという。

 だから日本の今回のノーベル賞受賞者の話は、彼らには驚嘆の出来事なのである。そんなことでは当分韓国では受賞者は生まれないだろう。

ぼんやりしている

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 毎度のことながらぼんやりしている。世の中は三連休ということで、にぎやかなのかも知れないが、こんなときは外出しないからわからない。

 先日の、離婚調停のために弁護士と千葉まで出張した費用の請求が来たので近くの銀行に振り込みに行った。費用について説明は聞いていたけれど、いまさらながら高額であることに驚く。

 なにかにせかされないと本を読む気がしないというところがあって、ぼんやりしている暇なときほど本があまり読めない。学生時代、明日が試験、などというときほど本に集中できた。早く寝なければいけないときなど、本をたたむことができなくて夢中になってしまう。覚えのある人もいるだろう。

 時間が無為に過ぎるのを、過ぎる時間を惜しんで焦る気持ちと、そんな自分を他人の目で笑っている自分がいる。

 自分ではせめて八十歳くらいまで生きられれば御の字だと思っている(若いときとことん不摂生をした)けれど、そんななにがあるかわからない未来にスケジュールを立ててもしようがないではないか。それこそいま突然心臓発作で死ぬかも知れないのだ。

 未来はまだ来ていないし、いまの自分には永遠に追いつくことはできない。過去の自分にとっての現在が過去の自分の未来であるに過ぎない。

 娘のどん姫の机の前の壁に、わたしの父の書いた言葉がいくつか貼られている。どこかで見て気にいったものを選んだのだろう。

 そのなかに

「いまという、いまの時なる時はなし、いの時過ぎればまの時は来る」というのがある。なるほど。

 ぼんやりできることをありがたく楽しみたい。

京都・大徳寺(3)山門と仏殿

Dsc_6044仏殿の仏像。

千体地蔵塚から有名な山門に向かう。
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「金毛閣」と額がかかった山門。柵で囲ってあって中には入れない。もちろん門をくぐることもできない。
この山門が見たかったのは、この山門に利休が自分の木像を安置したといういわれがあるからだ。この山門を秀吉がくぐり、自分の頭上に像を置いたと咎めて利休を切腹させたのだ。もちろん口実であろう。
大徳寺ももちろん、北大路界隈は茶道の聖地でもある。
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山門の先に仏殿がある。ここは中を覗ける。誰もいない。
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中は暗い。まさか写真を撮る不心得者はいないと思われているのだろう。すみません、ここにいます。ただしわたしはストロボを炊くほど不心得ではない。
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山門と仏殿の間にある大イブキ。向こうに見えているのが山門。
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大徳寺の手前に石田三成墓地のある塔頭が。
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拝観者謝絶。断固としていて好いねえ。
さあ大徳寺本坊はすぐそこだ。

2015年10月11日 (日)

乱れまなこの勝手読み(6)

 韓国の中央日報が中国人観光客の傍若無人ぶりを伝えていた。ソウルの中心部にある北村韓屋村という地区は、もともと王族や身分のある人たちの住まいのあったところで、古い建物が残っている観光地である。現在も住民が実際に住んで生活しているところが多い。

 中国人観光客は、その生活空間にずかずかと入り込み、写真を撮り、煙草を吸って吸い殻をポイ捨てし、ゴミも捨てたりとやりたい放題だという。張り紙を出して注意を喚起しているのだが、全く無視されているようだ。大型バスが狭い路上に違法駐車するために住民の車の通行が阻害されている。住民が警察や当局に対策を申し入れているが、見て見ぬ振りをしていると嘆いている、と記事は結んでいる。

 記事の通りなら、この観光客たちはあまりにもひどい。何も対策できないのは、日本に流れている中国人観光客を引き戻そうと韓国は躍起になっているから、中国を刺激したくないのだろうか。

 日本に来る中国人観光客はここまでひどくないような気がするが、どうだろうか。偏見でいえば、韓国のほうが旅費が安くて行きやすいから、それだけ旅慣れない、マナーを知らない中国人が多いということなのではないか。欧米に行く中国人はだいぶマシだから(それでもいろいろ迷惑もかけているようだが)、中国人観光客に対する反発はずっと少ないのかも知れない。これが欧米の中国感に影響しているのだろう。

 中国国内の観光客はどうだろうか。香港のメデイアが伝えている。いつも観光客でごった返している万里の長城は、国慶節でさらに混雑、弁当持参の観光客が食べ終わるとポイ捨てするので清掃員はてんてこ舞いだという。あまりひどい場合に注意すると「われわれがゴミを捨てるから仕事があるんだろ?」と罵倒されたりする。

 南京市の明稜では文化財に登る観光客がいてそれを注意する市民と言い合いが頻発している。丹陽市の新しい公園では開園から一ヶ月で多くの施設が破壊され、映画の登場人物の象やパンダの像も破壊されてしまった。

 これらのニュースを見ると、やはり市民の素養に階層があるように見える。それが経済的な階層とほぼ重なることはみんなわかっているけれど、言わない。えげつない言い方だが金のかかる旅行先の順に観光客のマナーのレベルも異なる(平均的な話で、それぞれの階層の中にピンからキリまであるのは言うまでもない)ということになる。ますます中国旅行の敷居が高くなる。言っている意味、わかりますよね。

教徒・大徳寺(2)瑞峯院

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龍源寺のすぐ近くに瑞峯院がある。ここは九州豊前豊後の大名だった大友宗麟が創建した寺である。大友宗麟といえば切支丹大名だが、若いときに大徳寺の国師に帰依してこの塔頭を建てたという。

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瑞峯院の門をくぐる。

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ススキすら美しい。

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横長で奥行きはないけれど、坐れば縁に波が打ち寄せている風情がある。

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離れの前の小さな中庭。ホオズキの赤が鮮やか。

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離れは餘慶庵というらしいが、入れない。このにべもない拒絶が好い。

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反対側の庭園。砂の波紋が美しい。

瑞峯院の庭園でゆっくりした。心が鎮まる。大徳寺の本坊のほうへ戻る。曲がり角に千体地蔵塚がある。

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写真はその一部。千体あるかどうか知らないが、とにかく見事なほどたくさんある。ほとんど風化で顔が摩耗している。

乱れまなこの勝手読み(5)

 中国のメディアが伝えた長生きのポイント。
1.まじめであること。
2.社交性があること。
3.ポジティブであること。
4.人助けが好きであること。
5.勤勉であること。
6.適度な神経質さを持つこと。
7.新しいものに対してオープンであること。
8.老いを受け入れること。

 確かにその通りだと思う。人間は規則正しく明るく勤勉で、物事に好奇心を持ち、人と親しく交わり、アンチエイジングなどにうつつをぬかさないことだろう。ということは、日常の規則正しさを失い、好奇心を失い、人とのつき合いをしなくなり、自分の老化に対して無駄な抵抗をはじめたら、その人はそろそろお迎えが来る、ということなのだろう。

 台北での話。地下鉄車内で女子高生二人が会話に興じていたところ、突然カメラのシャッター音がしたので驚くと、目の前に赤ん坊を抱いた女が立っていて、「なんで席を譲らないのか。席を譲らないならいま撮った写真をフェイスブックに投稿してやる」とまくし立てた。「もしフェイスブックに自分の写真が掲載されたら、それはこういう事情です」とその女子高生が投稿したので、話題になっているという。

 わたしは、自分が弱者であるから特別の権利が与えられていると思い込んでいる人が嫌いだ。弱者を護ることは当然だが、過剰に特別扱いするのは差別と変わるところがない。そんなおためごかしの社会がこういう人を生み出す。

 中国の人権活動家が親族訪問のために上海から日本に出国しようとしたところ、「国の安全を脅かす恐れがある」として出国を阻止された。

 本人は「日本にいる親族や友人を訪ねに行こうと思っただけなのに『国の安全を脅かす』などと言われるとは思わなかった」とコメントしている。

 最近習近平政権の言論統制は強化される一方だ。名の知られた活動家は次々に当局に拘束されているという。ネットでそれほど過激ではない、いままでなら何も咎められないような書き込みをしただけで拘束されたという事例も多い。

 「為政者は自信がなさ過ぎる」とは、くだんの人権活動家の言葉だが、当局のこのような行動が疑心暗鬼によるものだとすると、中国はとても恐ろしい。ジョージ・オーウェルの「1984」のようだ、などと言われているが、外部に敵を作り、それを利用して国をまとめ、しかも国民に自覚があまりないところはよく似ている。そういえば日本は敵国だし。

2015年10月10日 (土)

ついていけない

 最新のオーディオの状況を知りたくて雑誌「特選街」を買った。オーディオと4Kテレビの特集が組まれているのだ。ハイレゾ音源、などというけれどいったい何なのだ。オーディオやAVには昔から興味があったから、専門雑誌もけっこう目を通していたけれど、ずっとご無沙汰していた。

 書いていることの80%以上のことがよくわからない。装置についてはわかる。しかしそのいろいろなデジタル情報の取り扱いの具体的な方法がわからないのだ。多分ずいぶんといい音なのだろう。

 いまはCD-MDミニコンポをまだ現役で使っていて、それほど不満があるわけではない。コンポのCDドライブが音飛びするようになったので、使わなくなった古いDVDプレイヤーを外部入力につないでそれをCDプレイヤーとして使っている。立ち上がりが遅いけれど、使える。

 新しいオーディオにとても興味があるのだけれど、メディア無しのソフトの取り扱いにどうもなじめない。形がないと心許ないのだ。どうやら時代について行けなくなったらしい。それがあまり残念でもないところがちょっと哀しい。

京都・大徳寺(1)龍源院

 京都のガイドブックを見て、大徳寺を訪ねることにした。全く知らなかったところである。洛北、北大路にある。金閣寺が近い。

 大徳寺は1319年に宗峰妙超というお坊さんが創建した臨済宗の禅寺である。花園天皇や後醍醐天皇の庇護を受け、後に国師の称号を賜った。つまり天皇の先生であるということだ。
 その後寺はさびれていたが、一休宗純が再興し、堺の商人たちの援助で現在の豪壮な堂宇を築いた。とにかく広い。
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 本坊は通常拝観できないが、たまたま一般公開されていた。知らなかったがラッキーであった。本坊についてはあとで記す。

 この大徳寺には戦国時代以後、主要大名たちがそれぞれ塔頭(たっちゅう)を建てている。いま残っているのは24カ所ほどらしい。そのうちのいくつかが一般公開している。塔頭というのは大徳寺に属しながら独立した寺のようである。だからそれぞれが拝観料を取る。

 最初に入り口に近い、名勝庭園を謳う龍源院という塔頭を拝観。

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 門から中を見る。玄関で靴を脱ぎ、拝観料を払って中に入る。


枯山水の石庭が三カ所ある。一つ一つを説明するのも面倒なので、写真を並べる。

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 座敷がいくつかあってそのぐるりを廊下が巡っている。方向ごとにおもむきの違う庭がしつらえてあるのだ。

 そして座敷には上がれないが中を、見ることはできる。どの部屋もふすま絵がすばらしい。ただし明かりがないのでとても暗い。

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 広間の床の間にあった掛け軸。禅寺らしい。

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 ここは和尚と客が面談する部屋。客は正座しないといけないのだろうなあ。

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 ちょっと気味の悪い絵。実際はとても暗い。狐の化けた絵らしい。

つづく。

高口康太「なぜ、習近平は激怒したのか」(祥伝社新書)

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 中国の言論統制がネットにも及んでいるという実態が紹介されている。

 辣椒(ラージャオ)という、中国で風刺漫画を書いていた漫画家が、ついに祖国に住み続けることができなくなって日本で亡命生活を余儀なくされている。表紙の漫画も彼のものである。彼の運命が中国のネットの現状を象徴していることがこの本でよくわかる。

 この本には辣椒の漫画がたくさん取り上げられているのでそれを楽しむことができる。名前の通り、かなり辛口だ。表紙の帯の彼の絵をよく見て欲しい。オバマ大統領、安倍首相と一緒にベッドにいる朴槿恵大統領を隣のベッドから習近平が誘っている。手には札びらが握られている。習近平が後ろ足でベッドの外に蹴り出しているのは核ミサイルをおもちゃのように抱えている金正恩だ。

 言論統制は強権で強引に行うと却って反発を受ける。しかし中国政府の最近の言論統制は巧妙化しているという。それがどういうもので、結果がどうなったのか。

 ネット論壇の中に政府側に立つような論調を忍び込ませ、誘導しているのだ。そもそもネットで身命を賭して政府批判している人は一握りしかいない。ネットが力を持つのはそのネットに扇動される多くの市民がいるからだが、それが微妙に分散させられ、力につながらない状況になっており、しかもそれは今後元に戻ることはあり得ない。

 そもそも中国の、市民運動のように見える集団行動は、ほとんどがきわめて利己的なものである。だから一時的にせよ沈静化させてしまえば、あとは当局の意のままで、沈静化させるために住民に対して行った当局の約束が、なし崩しに無視されているのが実態だ。

 たとえば当局に公平な選挙を認めさせたあの烏坎村の事件も、奪われた村民の土地はいまだに返還されていない。

 習近平が中国をどうしようとしているのか。それは想像以上に前近代的な、時代錯誤的なものらしいことが感じられる。

2015年10月 9日 (金)

乱れまなこの勝手読み(4)

 スウェーデンの推理小説家ヘニング・マンケル氏が癌で死んだ。ゴールド・ダガー賞の最優秀作品賞を受賞するなど著名な作家で、欧米だけではなく、日本でも著作が翻訳されている。WOWOWでおなじみの「刑事ヴァランダー」シリーズの原作者である。このシリーズではヴァランダーに名優ケネス・ブラナーが扮している。大好きなシリーズなのだ。ざんねん。黙祷。

 スウェーデンの推理作家と言えば、あの傑作警察小説「マルティン・ベック」シリーズを書いたマイ・シューヴァル、ペール・ヴァールーの夫婦が思い出される。スウェーデンは推理小説のレベルが高いのだ。

 福山雅治と吹石一恵さんの結婚について、菅官房長官がテレビに生出演し、コメントを問われて「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子どもを産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいなと思っています」と答えた。

 これに対して、ビッグカップルの結婚がなぜ出産に結びつくのか、国家に貢献とはなんだ、と野党などから批判があるという。馬鹿ではないか。いまに子どもを産みたくてもできない夫婦がいるのに差別だ、などとおかしなことを言う輩も現れるだろう。結婚すれば当然子どもが生まれる可能性があるのだし、結婚式で子供云々を言うのは祝いの言葉として少しも不自然なことではない。それにあやかるように、というのは菅さんの願望であろう。膨張感が国家のことを最優先に考えるのも少しもおかしなことではない。

 それとも批判する野党は結婚して子供ができることを祝福してはいけないとでも言うのか。官房長官が国のことを最優先に念頭に置くのがおかしいというのか。批判の理路を説明してもらいたいものだ。

 これを見たのは朝日新聞デジタルの記事なので、全文を読んでいない。何せ朝日新聞デジタルは前半だけ見せて残りは有料だから。ただ、記事の冒頭の段落のむすびが、ビッグカップルの結婚がなぜ「出産」にむすびつくのか、となっているのは、どういうことが「なぜ」なのか意味不明である。本当に不思議な記事を書く会社だ。 

 河南省の雲台山にガラス張りの橋が架けられたというニュースがあった。全長260メートルのうち、68メートルの間の底面と側面がガラス張りの橋で、世界一怖い思いの出来る橋として話題になった。

 この橋が開通したのが9月20日、連日たくさんの観光客が押し寄せたそうだ。床のガラスは三層構造で、一平方メートルあたり800キロまで堪えられるという。10月5日午後、そのガラス製の床板が大音響とともにひび割れた。皆大慌てで逃げ出したが、ガラスが割れて落下したわけではないので全員無事だったようだ。

 担当者は、観光客のひとりがステンレス製のコップを落としたからだ、と説明している。ガラスを取り替えて再開するそうだ。ますます恐怖の橋として人気が出るにちがいない。

 そもそも一平方メートルで800キロの耐荷重というのは弱すぎないか。中国のことだもの、混雑すれはそこに十人以上ひしめくことは十分あり得るのだから。それに必ず手抜きがあるから安全係数など信用できない。本当に死ぬ気でないと、この橋は渡れない。

 つぎは橋のガラスが割れて、人が落下したニュースを見ることになるだろう。

今日はお出かけ

 昨日、リコールでメーカーに出戻りしていたダイキン工業の空気清浄機が帰ってきた。ファンモーターの点検とヒューズの取り付けをすませました、という挨拶状が入っていた。なかを開けるときれいに掃除してある。もちろん送り出すときに、あまり汚くては恥ずかしいので、礼儀としてこちらもある程度掃除はしておいたが、隅々まで丁寧に掃除されていて気持ちが良い。それに思った以上に早く返送されたことにも好感が持てる。やるなあ、ダイキン。

 今日は京都を散策して、そのあと夕方二人の友人と大阪の天王寺で飲み会。京都の写真はまたあとで報告する。これから金のかかることが続くので、大阪には泊まらず、日帰りの予定。楽しみだ。

2015年10月 8日 (木)

乱れまなこの勝手読み(3)

 安倍改造内閣に対する一部野党の批判は、その品位のなさが目を覆わんばかりであった。社民党の吉田忠智党首の「戦争推進内閣、生活破壊内閣」などという常軌を逸した(社会妄想党とでも名を変えたら良い)レッテル貼りは論外としても、民主党の枝野幹事長の「何をしようとしているのかわからない」、「こんな改造は無視する」などと言い切る姿に驚いた人は多いだろう。議員が論議を否定して「無視する」とは何ごとか。それにしても枝野さんはそれを言いながら興奮して首がふらふら揺れていた。大丈夫だろうか。

 岡田党首は、新しい一億総活躍担当大臣の役割が、民主党の「すべての人に居場所と出番のある社会」という党の綱領のパクリである、と非難していた。確かによく似ている。しかし民主党の主張に近い政策が期待できるなら、その部分になぜ賛同できないのだろう。それこそわれわれもしなければならないと思っていたことなのですよ、と言えばいい。自分が言えば正しくて、相手が言うときは認めない、というのでは、それこそ誰にも相手にされないではないか。

 日本の外貨準備高が二ヶ月連続で増加傾向を示し、9月末で1兆2489億ドルあまりとなった。めでたいことである。アメリカの国債の割合が大きいけれど。これはアメリカの金利を上げてもらうと自動的に日本にプラスになると言うことだろうか。

 2013年の国民医療費の総額が初めて40兆円を超えた。ひとりあたりでは31万4700円だという。もちろん年齢によってずいぶん違う。若い人と65歳以上の高齢者では三倍以上の差があるというから、国民医療費はますますこれから増加することは確かだ。それを支えるには税収を増やさなければならないし、そのためには可能かどうか別にして、経済を拡大させるよう努力しなければならないだろう。無駄を省こうとしてもたかが知れていることを民主党が教えてくれたではないか。ところで医療もある意味で経済活動の一環でもあるのだから、医療費はどこかへ消えていくわけではないのではないか?

 7月の生活保護所帯が過去最多を更新したという。前月より2964世帯増えて、162万8905世帯になったそうだ。これは、失業者のいる貧困所帯では景気回復のために雇用状況が改善されて保護から脱却しているが、高齢独居世帯の増加がそれを上回っているためだと分析されている。

 やはり高齢者が社会のコストになっているということなのだろう。いまに年寄りはますます肩身が狭くなる・・・と案ずるよりも、いままであまりにも年寄りがいい目を見てきたのだと悟るべきか。

 誰も表だって言わないけれど、長寿は必ずしも善ではないということだろう。健康ならまだしもだけれど・・・。そんなこと、たいていの年寄りはわかっているのだけれどね。不平を言うより感謝しないと。

富坂聡「習近平の闘い」(角川新書)

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 習近平が行っている反腐敗運動「虎も蝿も叩く」は、彼の権力闘争が主な目的であるという見方がある。しかし著者は権力闘争の要素を持たないとはいわないが、主な目的は違う、と明言する。

 古来中国の王権が倒壊したのは民衆の造反が原因である。中国史をひもとけば誰でもわかることである。いま中国では群体事件が年間20万件~30万件発生しているという。群体事件とは集団による抗議行動をいい、原則として中国では認められない行動だ。ときとしてそれが暴力を伴うものとなる。それが毎日何百件も起きているというのは異常なことだ。

 その理由は格差、環境破壊、腐敗に対する止むに止まれぬ民衆の反発である。身の危険を顧みず、群体事件を起こさざるを得ないほど追い詰められている膨大な民衆がいるということだ。

 胡錦濤前国家主席は、それらを解消しようという意志はあったが、ほとんど実効のある対策を打ち出せなかった。そのツケはもう限界に近い、手つかずの状態で習近平に残された。最後の共産党政権の国家主席になるか、問題の対処を強行するか。

 さいわい習近平は政権交代とほとんど同時に全権を掌握することに成功した。江沢民は鄧小平の、そして胡錦濤は江沢民の影響から脱するのに3~5年もかかっている。実質的に十年の任期の半分は腕が揮いきれなかった。

 これは習近平が巧妙であったから、とか胡錦濤が権力に対する終着がそれほどでもなかったからなどというが、私は胡錦濤最末期のある事件が習近平にさいわいしたと見ている。尖閣国有化について、あの空気の読めない(KYそのものの)野田佳彦首相のために胡錦濤は事実上政権交代前に失脚したのだ。そうならないために、胡錦濤は野田首相に国有化の公表をしばらく待つように懇願したのだが、KY野田首相は尖閣国有化は日本のためばかりでなく、中国のためでもある、などと思い込んで(多分いまでもそう信じているだろう。愚か者である)胡錦濤の懇請を一蹴した。

 これをきっかけに、保身のためには反日の立場をとらないと危ないという状況を生み出し、結果的に反日行動だけは許されるという雰囲気を生み、それがあの反日暴動につながったとわたしは考えている。

 この事件のあと、副主席であり、次期国家主席になることが決まっていた習近平は二ヶ月近く姿をくらまし、所在が不明であった。入院していた、というのが定説だが、身の危険を感じて逃げ回っていたことは間違いない。胡錦濤の最後の抵抗が恐ろしかったのだろう。

 こうして国家主席に就任した習近平は、全権を掌握し、死んだふりをやめて大なたを揮いだした。

 著者は、習近平が中国を左傾化させる、つまり毛沢東的な社会に舵を切り直そうとしていると見ている。

 信じられないことだが、民衆は文化大革命や大躍進のあの大惨事を教えられていないから知らない。毛沢東時代は格差もなく、環境汚染もなく、みんなが平等に貧しかった。腐敗撲滅を謳うことは民衆支持を取り付ける最大の手法であり、これは文化大革命の手法に似ている。現に群体事件は頻発しているものの、現在習近平の人気は絶大となっている。 

 それ以上に中国の腐敗は社会を大きくむしばんでいて、経済的な損失は莫大である。ここにメスを入れることは経済対策にも寄与するかも知れない。ある意味で隠された資産のようなものだ。そして同時に老害を排除し、人事刷新に寄与する面もある。腐敗撲滅を理由に軍部に対する介入を深め、いま若手への入れ替えが進んでいるという。

 もちろん毛沢東時代にそのまま向かおうというのではなく、左傾化と鄧小平の進めた改革開放を、習近平流にバランスさせようとしているというのが著者の見立てだ。

 しばしば悲観的に中国をとらえる論調が多い中で、著者は、中国はしたたかで、習近平もしたたかであると見ている。明日にも中国は破綻する、などと勘違いをしてはならないと注意しているのだ。

乱れまなこの勝手読み(2)

 習近平が訪米するのに合わせて、アメリカのラジオ局が街頭インタビューをしたところ、中国のいまの国家主席の名前を知らない人が多かったという。それが中国のメディアで取り上げられていた。ただし米中の間の問題点である「南シナ海問題」や「人民元レート」「貿易摩擦」などについては良く承知していたという。

 日本で同じ街頭インタビューをしてみたら良い。多分同じような結果だろう。多分問題点すら知らない人がけっこう多いに違いない。あの街頭インタビューが、いろいろ理由があって最近見るに堪えない。説明すると長くなるから省く。

 中国人観光客の10の「非文明的行為」と題して中国メディアが警鐘を鳴らしていた。列挙する。

1.ゴミのポイ捨て。どこでも痰を吐く。鼻をかむ。ガムを吐き捨てる。トイレの水を流さない。
2.禁煙の表示を無視し、吸いたいときに煙草を吸う。
3.公共交通機関を利用するとき、押し合いへし合いする。買い物などでも列に割り込む。
4.乗り物やレストラン、ホテル、観光地などで大声で電話したり、友人を大声で呼んだり、騒いだりする。
5.教会やお寺でふざける。現地の人の習慣を尊重しない。
6.公衆の面前で靴下を脱ぐ。食後に人目を憚らず爪楊枝を使う。パジャマで出歩く。
7.言葉が汚く、態度が横柄。気にいらないことがあるとすぐ怒り出し、罵声を浴びせる。
8.値段交渉ができない店でも値切る。外国人をむりやり連れてきて記念撮影をする。
9.性を扱う店やカジノに良く出入りする。
10.買いもしないのに長く店内をうろつく。バイキング式の食事で食べきれない量を席に持って来て無駄にする。ホテルの備品を持ち帰る。

 これは集団だとさらにひどい。ほとんど幼稚園の集団か、または不良少年の集団に近い。つまりまともなおとなの集団ではないとあきらめるしかない。これでも海外に来るくらいの人はだいぶマシなのである。中国の観光地ではそれ以上の傍若無人ぶりだから、中国に行く気が失せてしまうのだ。中国は日本と違ってわざわざ外国人観光客を呼ぶ気がないらしいけど。

2015年10月 7日 (水)

乱れまなこの勝手読み(1)

 ネットニュースを拾い読みしてメモしているものが、いつも手元にある。これからそれを「乱れまなこの勝手読み」としてときどきここに書き写していくことにする。

 アメリカの大学の研究機関が行った意識調査で、中国人の9割以上(92.8%!)の人が「中央政府に満足」しているという結果だったと中国のメディアが伝えていた。ただし地方政府に対しては強い不満があるという。これが習近平政権が進めている反腐敗運動に対する満足感を示していることは明らかだ。

 反腐敗運動で摘発されたり、される恐れがある人は満足していないだろう。つまりそれらの人は残りの7%程度の中に含まれているということだ。この意識調査が正確であるならば、であるが。

 ちなみに中国の人口13億人、共産党員が約9000万人、おお!約7%ではないか。

 AIIBの初代総裁に指名された中国の金立群氏は「国際的な格付け会社がAIIBに公正な評価を与えない場合でも、中国の国内市場を頼りに数十億ドルの資金は調達できる」との見方を示したそうだ。

 公正な評価を与えない場合、というのは、彼が考えているよりも低い評価がされることが想定されているのだろう(まさか高い評価を想定していればこんなことを言うまいし)。まだ発足していないから、格付けがされていない段階でどうも弱気なことだ。

 「投資家が高い評価をしているのに、格付け会社がそうしないならば、格付け会社の評判が大きく損なわれるであろう」とはずいぶん強気なようで、実は非常に気にしていることの表明であろうか。

 スイスの会社が、世界の「物価と収入2015年版」を発表した。これは物価と給与水準についての統計により、相対的に価格が高いかどうかを比較するものである。それによると電子機器の製造大国である韓国が、世界で一番電子機器の国内価格が高いことが判明した、と中国のメディアが伝えている。

 もともと電化製品も自動車も韓国メーカーの国内での販売価格は海外と比べて高い。最近は菓子や外食費まで高いという。多くのものがそうなのかも知れない。韓国は人口があまり多くないから内需では国を支えられない。主に輸出で経済を廻している国だが、むかしから大量生産、薄利多売で海外で競争に勝ってきた。それなのに国内ではあまり競争は激しくない。海外も韓国の市場が小さいので参入しないからだ。当然国内の価格を安くする必要がないから高くなる。その実態を知れば韓国国民はさらに財閥に反感をいだくだろう。朴槿恵大統領、どうする。

 マイナンバー制度が発足した。賛否両論があるが、すべてガラス張りのサラリーマンにとって、あまり不都合の実感はない。問題はその悪用の懸念だけである。

 しかし激しく反対を唱える人もいる。わたしから見るとその根拠がわかりにくい。資産がオープンになることが不況の原因になる、などという奇説を唱えるに到っては正気の沙汰と思えない。

 マイナンバー制度の利点の第一は隠れた資産を捕捉し、課税を逃れている資産に正当に課税することであろう。国民は納税の義務を負うのであって、それを逃れるのは不正である。それでなくとも国は大きな負債を抱えているのだから、それがあらたな増税でなしに税収が増えることになる、つまり負債を少しでも減らすことにつながるのはまことにめでたいではないか。

 わたしは単純に過ぎるのだろうか。

平岳大

 以前このブログで二度ほどこの俳優について言及した。最近注目している若手男優の中で特に気になっているし、もちろん好きな俳優のひとりである。ある旅番組のゲストとして登場したときのアナウンサーの紹介で驚いた。

 平はひらと読む。なんと平幹二朗と佐久間良子の息子だったのだ。多分そんなことすでに知っている人が多いかも知れないが、わたしは初めて知った。両親の離婚後、母と暮らし、絶対に俳優にならないつもりだったそうだ。海外留学し、卒業後は日本でサラリーマンをしていたが、やはり俳優しかない、と突然思い立って27歳で俳優となった。

 先入観なしに好きになった俳優だが、そうだったのか。ふところの深そうな感じは親のお陰だろうか。父親のようなカリスマ性は感じられないが、悪役も好人物もこなす有望株だから、これからも注目していきたい。知らなかったらこれから気にしてみてください。

片田珠美「自分のついた嘘を真実だと思い込む人」(朝日新書)

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 精神科医である著者の本を「他人を攻撃せずにはいられない人」に続いて読んだ。長い題名だが、人の興味を引くうまい題名だ。

 空想虚言癖の人は、自分の嘘を自分自身も信じてしまうところがあるので、まわりはそれに惑わされやすい。空想虚言症という言い方になると、もうほとんど妄想と区別がつかないが、精神病の妄想の場合は言っている内容に矛盾点が多くて、しかもそれを相手に信じさせることができないことが多い(しばしばそれを信じるものがいるのは驚くべきことだ)が、虚言症は矛盾を指摘されるとそれを糊塗するためにさらに新しい嘘をついて弥縫しようとする。

 この本ではその空想虚言癖の人ばかりが取り上げられているわけではなく、嘘とは何か、なぜ人は嘘をつくのか、という本質的なところから、精神科の臨床での体験や、自分が個人的に直面した虚言の例を挙げていき、虚言に対しての対処法などを述べる。

 特に自分が体験したある自称女医との対決例や、小保方女史の例が繰り返し挙げられて論じられている。自称女医との対決は、相手の嘘を暴いたためにかなり相手から反撃されて苦労したようだ。また小保方女史については当初から虚言を見抜き、それをメディアで指摘したために激しい個人的なバッシングを受けたと打ち明けている。災難だったが、ちょっとこだわりすぎではないかと思うが、よほどつらい思いをしたのだろう。

 嘘をつかない人間はいない。自分を相手に良く思われたい、良く見せたい、というのは自然なことで、それならつい事実を多少粉飾することくらいは誰でもするものだろう。親に心配かけたくないから、何か問題を抱えていてもそれを知らせずにいることも、ある意味では嘘である。

 仕事をしているときに、案件の進展率が50%だと認識しているとき、上司に問われて、30%と答えるのも、80%と答えるのも嘘と言えば嘘だ。30%と答えるのは成功しないときの言い訳のためである。わたしは80%と答えることが多かった。これは上司に対する成功の約束に近く、同時に自分に対するプレッシャーにもなる。そうしないと怠け者である自分を鼓舞できないからだった。多分上司はわかっていただろうが。

 このように嘘は人間関係の潤滑剤として不断にあるものだが、それが相手に、そして社会に害をなすようなもの、法律的、道徳的に問題があるものとなると話は別である。そのような巧妙な嘘が次第にエスカレートする世の中になりつつあるのではないか、というわたしの危惧は杞憂だろうか。

 嘘が巧妙になっていくのに対応して、こちらも知恵を磨かなければだまされて、ときに嘘に荷担することになってしまうことをこの本は指摘している。

2015年10月 6日 (火)

村松暎「瞽説 史記」(中公文庫)

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 先日テレビで久方ぶりに村松英子を見た。面変わりがしていたが、その話し方や雰囲気で即座に村松英子だとわかった。もともと不思議な雰囲気の女優だったのが、年を経て妖女のおもむきがただよっていた。

 この人のお兄さんが村松剛で、この人の書いた「醒めた炎」はわたしの幕末についての見方におおきく影響を与えた。硬派の人である。学者バカの典型で、朝、考えごとをしながら通勤のために大学へ向かい、教えられて気がついたらズボンをはいていなかった、と村松英子が笑いながら話していたことを思い出す。

 村松暎がこの兄弟と関係があるのかと思ったら、関係なさそうである。作家の村松友視の叔父さんに当たるらしい。つまり村松梢風の息子であった。だから村松英子云々はこの本と関係がない。

 瞽説(こせつ)というのは著者の謙遜である。瞽とは盲目のこと。瞽女(ごぜ)というのをご存じの人もいるだろう。転じて道理が解らないことも言う。瞽言(こげん)はでたらめな言葉やつまらない言葉をいうので、そのニュアンスか。

 史記は歴史書ということになっているが、物語の要素を多分に持っている。その史記から、「呂不韋の奇貨」、当然秦の始皇帝の出生の秘密についても語られる。

 そして「陳勝の造反」、陳勝・呉広の反乱の話。

 「管鮑の交わり」、ここで先日管子の話を話題にした。

 「匈奴の男」、冒頓単于(ぼくとつぜんう)が主人公で、匈奴と漢民族との価値観の違いが語られる。

 「兵法家呉起」、天才・呉起の波乱の生涯を描きながら戦国時代とはどういう時代だったのかが見えてくる。

 「不遇な将軍」、漢の猛将・李広は功績大なのに評価が低く、生涯不遇だった、それはなぜか。李広には虎と間違えて石に矢を射たら矢が突き立ったという逸話がある。余談だがこの李広の甥が李陵である。李陵についてはあらためて語る機会があるだろう。

 「女帝呂后の執念」、漢の初代劉邦の正妻・呂后は希代の残酷な女帝として有名、なぜそのような女性が実権を持つことになったのか。

 「宰相李斯」、秦の始皇帝時代の宰相・李斯の話、李斯の優れたところとその人間的な限界が語られる。

 以上八話が収められているが、史記にはこれ以外にも山ほど題材があるので、何度読んでも面白い。もちろん原文からの書き下しは一部しか読んだことはないけれど。

 この本は1968年に中央公論から出版され、1996年に文庫で再刊された。

ヨウ素風呂

 昨晩は名古屋へ帰るには疲れすぎていたので、九十九里浜の白子温泉というところに泊まった。ヨウ素風呂、と謳っている。

 ヨウ素は海藻に多く含まれる。九十九里浜にはヨウ素を作っている工場がある。伊勢化学、という会社があってむかし大学の同じ講座の同級生がここに就職していたが、いまはどうしているか知らない。

 ヨウ素は放射性物質が甲状腺に作用して人体に悪さをするのを阻害する働きがある。原発周辺に万一の時のためにヨウ素剤が配られているというニュースはご存じだろう。

 そのヨウ素が多く含まれているという温泉が白子温泉だ。ヨウ素のせいか薄い茶褐色をしていて、とてもしょっぱい。塩分が多いのだろう。だから湯冷めしない。

 疲れを癒やすためにたっぷりお酒を飲んで、温泉に入り、精神のこりをほぐした。おかげで久しぶりに安眠できた。

 生々しい話は昨日でおしまい。今日からはまた空理空論をたのしむことにしよう。さあ名古屋へ帰ろう。

2015年10月 5日 (月)

初体験

 離婚調停の初体験をした。こんなもの体験しないで済めばそれにこしたことはない。

 きめられた時間に家庭裁判所へ行くと、調停委員の方二人がこちらの申し立ての確認を行う。いままでの経緯や理由が詳しく問われるのだ。向こうは専門家だからウソをついてもすぐばれる。正直に言うように弁護士からも言われているのでその通りにする。

 ただし、戦略的に調停委員がこちらに好感をもってもらうことが重要なので、いくつか注意点を教えられている。こちらの言い分ばかりに終始したり、よくわからないことをオーバーに言うことは厳禁である。

 とても緊張したけれど、おおむねうまく説明できたようだ。

 実は相手は出てこなかった。これはきわめて印象を悪くする。裁判官助手が直接電話をかけてやりとりしたらしいが、らちがあかなかったとのこと。

 あとは裁判所におまかせする。来月はわざわざ出向かずに、調停委員とテレビ電話で質疑応答の事情聴取を受けるので、名古屋の弁護士事務所に行けばいい。調停委員の私見だが、このままだと調停不調になる可能性が高いとのこと。最初から予想していたとおりだ。

 いささか疲れた。

2015年10月 4日 (日)

節目

 昨晩は娘のどん姫がやってきて、それぞれのお土産の交換をした。いい調子で飲んだので、午前中は二日酔い。

 明日は千葉県の家庭裁判所へ行く。放置していたことにけじめをつける決心をしたのだ。別居して丸21年の、戸籍上だけの妻と正式に離婚するための第一回目の調停がある。お願いしている弁護士と同行。離婚は、申し立てをした方が相手先の居住地の担当家庭裁判所に出向かなければならない。

 いろいろな事情があって彼女が出て行ってから、子どもたち二人はわたしが育てた。さいわい特に問題もなく育った。それは彼らが自分の力でそれを乗り越えたからだ。

 長い別居期間に何度も彼女の家に通った。子供がいるからそうたびたび行くことはできないし、子供がある程度心配なくなってから、定年前の数年は金沢に単身赴任したので、彼女のところから足が遠のいた。定年になって、時間が自由になったので穴埋めのためになるべく行くようにしたが、突然行くのがいやになった。

 何しに行っているのかよくわからなくなったし、行ったその日のうちに帰りたくなる。ついに三年前から行くのをやめた。先日妻とその兄弟夫婦、妻の母親を含めて家族会議があった。三年ぶりに妻に会った。

 ひどい家族会議であった。ひたすら金の話に終始した。

 正式に縁を切ることを決心して、弁護士にいままでの経緯を説明し、申し立てを依頼した。時間はかかるだろうが、これで人生に一つのけじめがつく。

 明日はまず裁判所に申し立ての理由といままでの経緯を説明し、調停を受けることになるそうだ。このあとは多分わざわざ毎回千葉まで行く必要はなく、名古屋の弁護士事務所で月一回ほど、テレビ電話による調停のための聴取を受けることになるそうだ。相手が了解すればそれですぐ終わるけれど、それは期待できない。

 子どもたちは、成人してからは数回しか妻と会っていない。連れて行こうとしても行きたがらない。わたしに気を遣っているのかと思ったらそういうわけでも無さそうだ。妻は子供がどうしているのか全くわたしに聞こうとしない。どこに勤めているのかも知らない。興味がないし関心がないようだ。妻は名古屋を離れてから一度も来たことはない。普通ではないのだ。

 結婚式で添い遂げる誓いをしたから、ずいぶん努力したつもりだが、無駄骨であった。もっと早く決心すれば良かった。父も母もそれを心配していたのに。子どもたちにはこのことはずっと前から相談しているが、賛成してくれている。月々生活費を支払わなければならないなら援助するよ、と言ってくれているので心強い。

2015年10月 3日 (土)

中村公園

Dsc_5932 これは誰でしょう?

名古屋駅のすぐ近く、北西部に中村公園がある。前を通ったことはあるが、三十年以上住んでいるのに一度も中を歩いたことがない。

中村公園は豊臣秀吉を祀る豊国神社を中心にした公園。地下鉄東山線の中村公園駅から近い。先に公園を通り過ぎて、東宿明神社という神社に行く。

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こじんまりしているが、この神社(村社)はむかし信長や秀吉が京へ出かける際に必ず参拝したという。

東宿(ひがしじゅく)はむかし萱津東宿という、宿屋や遊郭で賑わったところである。

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引き返して中村公園へ。園内の池には亀がところどころに見える。甲羅干ししていた一匹を撮る。

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豊国神社。この神社もそれほど大きなものではない。
江戸時代にこんな神社が許されたのだろうか、と思ったら建てられたのは明治の三十年代なのだという。

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神社の奥に秀吉生誕の場所があり、記念碑が建てられている。

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豊臣秀吉の像。これは中村公園を出て、道路を挟んで向かいに立つ常泉寺にある。秀吉はここの井戸で産湯を使った。

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この寺にむすびの輪というのがある。上の石車と下の石車を廻し、目印の一致度合いを見て互いの縁の強さをはかる。うまく合うと好いけどね。

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常泉寺からすぐ近くにある名行寺。この寺はこの近くで生まれた加藤清正が名古屋城築城のときの残材で建てたという。

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境内にある清正の像。最初の像はこの加藤清正公。

ここから少し足を伸ばして油江(ゆえ)天神社へ行く。ここは歯痛に御利益があるという。ただし油を供えなければならない。知覚過敏で、好きならっきょうや梅干しが食べられないのでお参りしたが、油は供えなかった。油は持参するものらしい。

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ここからは中村日赤駅が近い。

おまけとして散策中に目にとまったものを。

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アニメみたい。

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おお、ここにも芭蕉が。

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トトロのいる清正幼稚園。

これでおしまい。

岩波明「他人を非難ばかりしている人たち」(幻冬舎新書)

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 水に落ちた犬をたたけ、という。何らかの形で名前が知られた人が、失言をしたことでとことんバッシングを受ける姿を目にすることは多い。たとえばみのもんた氏の息子が他人名義のカードを使ったことから、彼がマスコミの寵児からたたき落とされたことなどが思い出される。

 失言ばかりではない。人は誰かをおだて上げながら、鵜の目鷹の目でそのミスを暴き立て、たたき落とす。名前が知られていることは同時にその罠にはまる恐れがある立場に立ったと云うことでもある。

 それが有名人が対象であったときは、まだ有名税みたいなものだと思うこともできたけれど、いまは万人がいつそのターゲットにされるかわからない恐ろしい時代になりつつある。

 精神科の教授である著者は、それをある人々の心のゆがみであると指摘し、そこにネットの匿名性という特性が大きく関わっていると示唆する。これは日本人の特殊性に関わるところもあるとも指摘する。

 わたしも匿名性は大きな問題だと思っている。電話での勧誘や詐欺はその匿名性を大いに利用している。それはネットも同様である。自分も防衛のために匿名でネットを利用する。それでも迷惑メールはすり抜けて殺到してくる。

 他罰的な人々がこの世をゆがめていることはこの本で指摘しているとおりなのだが、ではそんな人ばかりの世の中になってしまっただろうか。私はそうは思わない。そんな歪んだ人は一握りに過ぎないと確信している。
 
 問題は、そんな歪んだ一部の人があたかも多数であると錯覚されること、力を持ってしまうことである。あいつはおかしい、とみんなが思うことである。ひとりよがりの裸の王様は笑うべきなのである。

2015年10月 2日 (金)

古書を買う

 名古屋に鶴舞というところがある。地下鉄の鶴舞駅で下車すればすぐ前が鶴舞公園だ。ここは桜の名所で、わたしもその時期にはたびたび訪れる。

 鶴舞公園は「つるまこうえん」と「い」を発音しない。京都の烏丸を「からすま」といって、「る」を発音しないのと同じだ。

 この鶴舞駅(こちらはつるまい駅と読む)の近くに古本屋が何軒かある。月初めには毎月雑用で名古屋に出るが、ずいぶん久しぶりに思い立ってこの古本屋を散策した。少しなじみになって自分に万一のことがあったら蔵書の処分を頼みたいと思っているところでもある。

 ここで二冊ほど本を購入。

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 もともとの定価はこちらは3500円。この明治書院の漢文大系はいまはもっと高い。東洋文庫の「唐代伝奇集」は第一巻だけ先日神田の古本屋で見つけて購入した。かぶるけれど仕方がない。

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 こちらは8900円。

 それがそれぞれ2000円であった。

 それが高いと思うか安いと思うか人それぞれであろう。まして森本哲郎の本は、内容が同じものを講談社の学術文庫で持っているのだ。でも、持ち重りのするこの二冊を、気持ちを昂ぶらせて抱えて帰る心持ちは、わたしには何物にも代えがたいものだ。

 蔵書の処分についての連絡先を書いたものをもらった。当分は必要ないことだけれど、人生何があるかわからないので、息子にこれを残しておくことにする。

管子の言葉

 管氏ではない。それでは菅直人の言葉みたいだ。

 管仲という、中国春秋時代の斉の人の言葉であり、「管子」という書物も残されている。たまたま史記に関連した文章を読んでいたら、なるほど、と感心したところがあったので記す。

「民はこれを利すれば来たり、これを害すれば去る。民の利に従うや、水の下に走るが如し」

 民衆は利益、いまで言えば経済で動くものだ、と喝破している。政権も経済を損なえば維持できない。だから安倍政権が、これから経済優先でいく、としているのは当然なのだろう。同時に、

 政治の出発点を問われて

「民を愛するに始まる」

 と答えているのは当時としては画期的だろう。さらに、

「民を遂滋し、財なきに与えて百姓を敬せば、すなわち国安からん」

 「遂滋(すいじ)」はわかりにくい。わたしの持っている漢和辞典にもこの言葉は出ていない。滋は、ふやす、そだてる、うるおす、という意味で、遂は、なしとげる、まえにすすむ、という意味であるから、国を守り栄えさせることか。「財なきに与えて」は、貧しい人に富を分配するということ、「百姓」は、農業従事者ではなく、人民、万民の意味であることは漢文で習ったはずである。ここで大事なことは「敬する」という言葉であろうか。

 リスペクトする、ということ、それが国を安んずるポイントだと管子は答えているのだ。現代に欠けているのは、特にメディアに欠けているのはこの「リスペクト」ということではないか。正義を語りながら「リスペクト」がなければ、それは空論になりやすい。中国や韓国がこの「リスペクト」を欠いている国であることは日本以上であろう。反日を語る人々の文言や、外交部の日本に対する言葉を思い出せばわかる。そういう国は「国を安んずる」ことは難しいであろう。

 そんなことを考えた。

説明不足?

 安保法制の成立について、説明不足が問題とされている。自民党自身も反省の言葉を公言している。だから説明不足なのだろう。

 もともと絶対反対の人たちは説明など聞く耳を持たない。だからこの人たちにいくら説明しても常に説明不足であろう。

 問題はメディアに繰り返し言われて、自分が理解できないのは政府の説明不足が理由である、と思っている多くの人たちである。ではこの人たちは、この件で討論している国会審議を多少でも見たのだろうか。政府の説明を聞こうとしたのだろうか。

 もちろんこの法案がどうして政府から提出されたのか(東アジアの情勢に危惧を抱いているだろうから)理解している人は、積極的に情報を取り入れていただろう。だから説明不足だとは考えない。

 この法案が主に、朝鮮半島有事と、中国が原因の不測の事態に対するものであることは、まともな人は誰でも承知している。ただし、それを明らかにすることは外交上も経済的にも不都合だから、決して政府はそれを言わない。説明不足、というのはそのことを言わないということを指摘しているのなら、それは言うべきではないことを言えと強要することで、フェアではない。

 護憲派メディアが気持ち悪いのはそういうところかと思う。そして知らないのは相手が悪いから、という考え方を子供の時から刷り込まれて何とも思わない多くの人たちは、常に悪人を求めている。

2015年10月 1日 (木)

潮匡人「護憲派メディアの何が気持ち悪いのか」(PHP新書)

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 「何が気持ち悪いのか」と問われた時点で、護憲派メディアはすでに気持ち悪いものとして前提されている。こういう巧妙な言い方はしばしばあって気をつける必要がある・・・けれど、わたしもこの護憲派メディアの気持ち悪さを感じているひとりなので、今回はよしとする。

 著者は自衛隊出身の論客であるから、当然安保法制絶対反対を唱えるマスメディアや護憲派文化人たちに批判的である。そもそも反対論者が安保法制が何であるかを知らずに反対していることを強い言葉で批判する。

 確かに明日にも徴兵制が敷かれるがごとき言い方、また日本がいまにも朝鮮半島や他の国へ侵略に出かけるがごとき言いがかりは、あまりに現実離れして、妄想に近い。侵略を受けないための法整備を、侵略するための法律だと(もしかして意図的に)曲解している。

 絶対反対を唱えることが誰を利するか、少しでも考えて欲しいものだ。多分国民の多くはそれを理解しているものと信じたい。アンケートで国民があたかも反対多数に見えるのは、その国会での審議の進め方であって内容に反対しているのではないとわたしは思っている。

 しかし、著者は安倍政権の今回の安保法制にも批判的である。そもそもの主旨を大きく損ない、骨抜きになってしまった。これは公明党の賛同を得るためであったが、このことが今後大きく禍根を残すことになるだろうと嘆く。

 この本では多くが安保法制について割かれているが、わたしはこの表題から連想することがいくつかあった。

 ニュースステーションの古舘伊知郎キャスターは、局の方針に則っての言い方だから仕方がないにしても、ここに呼ばれる朝日新聞の論説委員やコメンテーターの言葉がだんだん気持ち悪く感じられていた。だからほとんど見なくなった。意見が違うからではなく、何か悪い予言ばかりを繰り返して日本の国に呪いをかけているように見えるのだ。特に安倍首相に対しての呪詛が甚だしい。

 比較的にリベラルな友人が、あるとき「最近のサンデーモーニングが不快で見るに堪えなくなった」といったので驚いた。関口宏の言い方には多少鼻につくところはあるが、それほどには感じていなかったからだ。よく考えたら、政治的な話のところは別の局の番組を見ていて、いつもスポーツのところだけ見ていたのだ。

 そこでそのつもりで見直してみた。ここにでている毎日新聞の鼻髭のおじさんや寺島実郎の話に微妙な違和感がある。最近の毎日新聞が朝日新聞以上に少し変なのだが、その意に沿った物言いが多い。そういえば寺島実郎氏の世界情勢分析の著作を読んだことがある。いや全二冊のその本の前半すら読了できなかったから読んだとは言えない。読みにくい本でもないのにどうして途中で抛り投げたのか、と自分でも不思議だったけれど、はっきり言って肌合いがあわないのだ。この人の本から新しいものの味方を得る見込みはないような気がしたのだ。そう、日教組の教師から受けた世界観を乗り越えていないように感じたのだ。

 そういえば日曜朝の「時事放談」の司会の御厨貴氏の著作も途中で放り出した。これも読みやすい本だったが、読み続けられなかった。だいたい本を読むのを途中でやめることはそれほど多くないのだが。この番組も浜矩子女史を始め、最近どうも偏りが見られる。安倍首相批判の論陣の人々ばかりなのだ。それが建設的なら別にかまわない。聞いているとひたすら反対で、是々非々ではない。存在そのものが不快でならない人々が多いようだ。誰を呼ぶのか、御厨氏が選んでいるのだろうか。昔は面白いと思ったけれど、最近は賞味期限切れの人が多いので、番組がつまらなくなった。

 こうしてあげつらっていくときりがない。こちらの融通性がなくなってきたせいだろう。歳だから仕方がないのだ。

 ところで中国で拘束されている日本人がいることが明らかになった。スパイ容疑で逮捕された人を含め四名が拘束されているというが、もっといるかもしないし、これから増える可能性もある。

 そういえば中国に都合の悪いことが起きると、人質のように日本人やアメリカ人が拘束される。誰がいつどんな言いがかりで捕まるかしれたものではない。習近平の中国はどんどん恐ろしい国になりつつある。中国がますます遠くなる。死ぬまでにまた行く気になる日が来るのだろうか。

 日本が関東軍の暴走で国を誤らせたように、中国は同じ轍を踏もうとしているように見えるのだが、そのための安保法制ではなかったのか。中国人の狂気のような爆買いの背景にはそのような不安心理が隠れていないか。

大垣④

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大垣は芭蕉の奥の細道のむすびの地。

今回の目的の一つはそれを訪ねること。

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むすびの地に芭蕉翁の像と、この「蛤のふたみに別行秋ぞ」の句碑がある。これが奥の細道の最後の句である。

ここはまた川の港でもあった。

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これは船町港と呼ばれたこの場所に、標識と夜間の目印をかねて建てられた「住吉灯台」。

川を挟んで向かいに「奥に細道むすびの地記念館」がある。奥の細道と芭蕉に関連した資料があるかと思ったら、それはごくわずかで、どちらかというと大垣市の観光館で、土産物がたくさん売られていた。

日本酒を買おうかどうか迷ったが、歩きでお酒という荷物は重い。車で来たときに買うことにする。

大垣は水の都である。良い水が豊かに湧き出れば美味しいお酒が造られる。大垣は美酒の地である。

わたしが毎年蔵開きに訪れる津島の地も酒造会社の多い場所である。実は大垣の酒蔵が津島へ移って開いた酒蔵が多いのだ。

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記念館の庭のなかにこのような建物がある。

右側の大きな葉の植物は芭蕉。しかも奥の細道むすびの地であるから、当然この藁葺きの屋根の建物は芭蕉庵だと思うではないか。

眺めていたら「もっと近くで写真を撮ったらどうか」と声をかけられた。ボランティアでガイドをしている方らしい。

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芭蕉、つまりバナナである。この花はもう一年近く咲いていて、花が終わるとその幹は枯れてしまうという。触らせてもらったら重くて固い。

大垣は伊吹おろしでけっこう寒いところである。良く芭蕉が育ちますね、というと、建物の間で風よけになっているからだろう、という。

そしてびっくりした。この建物は芭蕉庵とは関係がないそうである。この建物は小原鉄心という幕末の大垣藩の人の建物で、ここへ移築したものだそうだ。小原鉄心は佐幕派であった大垣藩の藩論を単身で勤皇派にまとめ上げて、藩を滅亡から救った人物だそうだ。

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建物の様子から、多分小原鉄心の隠居所であったろうか。

いろいろ幕末前後の大垣の話を教えてもらう。わたしと同年か、やや年上と思われるこのガイドの人に、声をかけてもらって教えてもらわなければ、芭蕉庵だと勘違いしたままであった、ありがとうございます、と謝すと、嬉しそうに笑った。

先日同じように声をかけたら、奥の細道のむすびの地を訪ねて福島から来た人で、大垣が勤皇派に転じた話を聞くと不快な顔をして閉口したそうだ。会津の人だったのかも知れない。

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帰り道、違う道筋を歩いていたら、湧き水がこんこんと湧いている場所があった。これこそ大垣。

ゴム手袋でせっせとなにかを洗っているおばさんがいた。なんだろうとのぞき込んだら、銀杏だった。

おまけ。

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往きの道では裏からしか見なかった濃飛護国神社を表から。

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その前の公園で見かけたキノコの木陰。

わずか四時間足らずの徒歩散策だったが、大垣は思い出の地の一つになった。運動のためにもこういう散歩をこれからもっとしたくなった。

これで大垣はおしまい。

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