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2015年12月

2015年12月31日 (木)

よいお年をお迎えください

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 生きていればよいこともあれば悪いこともある。面倒なことにわずらわされることもあるが、それも生きていればこそ。すぎてみれば何ほどのこともない。

 このブログを見てくださっている方々それぞれにもいろいろあった一年だったことと思います。拙ブログを見てくださってありがとうございました。

 皆様にとっての来年が、良いことの多いことを願って今年の最後のブログとします。

 来年もどうぞ宜しく。

 写真のように、正月は心置きなく酒に浸ることにいたします。

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極楽、極楽。

陳舜臣「仙薬と鯨 三燈随筆(二)」(中公文庫)

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 少しずつ楽しみながら読んだ。陳舜臣の随筆は中身が濃い。一つの話だけで終始することはまずなく、いくつもの珍しくて未知の知識を関連づけて教えてくれる。この関連づけこそ陳舜臣やその友人であった司馬遼太郎の随筆の優れたところだろう。

 人の知らないことをただ教えてくれてもあまり感銘を受けることはない。いろいろな事実を真に理解した上で関連づけしてくれているから、それに瞠目するのだ。

 ただ、陳舜臣の紹介する西域やインドの話はときに詳しすぎで歯ごたえがありすぎることがある。しかしこの随筆集は新聞に連載していたものなので、あまり難解にならないようにしており、読みやすい、というわけだ。

 私の持っているのは(一)と(二)だけだが、(三)以降があるのかもしれない。今度確認してみようと思う。

2015年12月30日 (水)

男の長髪

 長髪の似合う男性もいる。それは認めるが、一般に男の長髪はむさ苦しく見えるから嫌いだ。芥川賞をもらって話題になった某お笑いタレントも、あの長髪があるために敬意を感じない。

 見た目のむさ苦しさが美的に嫌いであると同時に、自分が長髪だったらその手入れ、例えば洗髪の面倒さなどをわずらわしく感じるだろう、と想像してしまうこともいやなことの理由だ。女性の長髪は手入れもきちんとしているから見苦しくないし、男性にくらべて顔が小作りだから似合っていることが多い。

 実は残り少なくなった自分の髪とくらべてのひがみが主な理由なのかもしれないが、それは認めたくない。

 昨晩は鍋を肴に息子と飲んだ。ちょうしにのってバカ酒になって、本日は二日酔い。年末の片付けも中途半端だが、まだやる気にならない。ぼんやりと、どうでもいいことを書いている。

 今年もあと二日か。

2015年12月29日 (火)

鳩にあやかる

 陳舜臣の「仙薬と鯨 三燈随筆(二)」を読んでいたら、鳩について書かれた文章に興味を引かれた。その最後の部分を引用する。

 鳩は巣をつくるのが下手で、きわめて粗雑な巣づくりしかできない。自分の才能のないことを謙遜するのに「鳩拙(きゅうせつ)」ということばが使われる。自分で巣をつくるよりは、ほかの鳥の巣にすみつくという横着なこともあるようで、鵲(かささぎ)の巣がよく利用されるらしい。三千年近く前の中国の歌謡に、祝婚歌として、「カササギの巣にハトがすむ」という表現がある。花嫁をハトにたとえたのだ。これは横着ではなく、夫の家に安住の地をみつけるという、めでたい意味になる。「鳩居」ということばは、屋号にも使われるほどの吉語なのだ。

 そんな不器用な鳩にも、ほかの鳥にできない技術がある。水を飲むのがきわめてスムーズなのだ。ほかの鳥を見ると、嘴に水を含んでいちいち頭を上にあげて飲み込む。ところが鳩だけは嘴を水中に入れたまま吸い込んでしまう。それでけっしてむせたりしない。

 老人はよく食べものにむせて苦しみ、ときには死ぬことさえある。中国では箸の頭に鳩の飾りをつけ、それを老人用にする習慣があった。鳩にあやかって、むせないようにということなのだ。天子が老人に「鳩杖(きゅうじょう)」を贈ることが文献にみえる。「鳩」が「久」や「休」に音が通じるので、長生きと休息を祈るためというが、むせないように、と解するほうがおもしろい。

 歳とともに食べものでむせることがある。苦しいものだ。今年亡くなった母も食べものにむせるのがひどくなり、最後は点滴でしか栄養を補給できなくなった。鳩の絵か飾りのついた箸を持たせたかった。

2015年12月28日 (月)

約束は守れるのか

 岸田外務大臣が安倍首相の特命を受けて韓国を訪問し、慰安婦問題の交渉を行い、韓国の外務大臣との共同声明で、合意した、と述べた。

 どんな合意であれ、それぞれの国にとっては不本意なものになる可能性が大きいから、決着するとは思わなかったが、意外であった。

 今回の合意の最大ポイントは、この合意を持って今後この問題を蒸し返さないことを互いに約束したことにある。これを韓国が認めるとは信じられなかったが、共同声明では韓国外相も明言していた。 

 息子とこの共同声明を見ていたが、そもそも日韓の平和条約を締結するときに、互いにこれを最終合意として賠償などの話はもうしない、という約束をしたはずである。その約束は破られたと日本は思っているが、韓国は約束には含まれないことを問題にしている、と言い張って来た。

 韓国の経済が中国の影響で失速しつつあるなか、いま日本に対して妥協したとしても、多分その約束は、韓国の経済が回復すればまた破られるだろう。ところで、今回の合意の後ろにアメリカがいるのは明白だろう、というのが息子と私の考えである。

 今後は、日韓が約束を交わしたことを強く世界にアピールすることで、韓国がもし約束を破れば、韓国に非があることを主張することができるようにしておくべきだろう。

 まずは合意をしたことを多としておくことにしたい。合意したことは約束であり、元にはもう戻せないのだから。とにかく岸田外務大臣ご苦労様。

 今晩から明日にかけての韓国の反応がとても興味深い。

古いSL写真

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この機関車は四十五年前に山陰で見た「D511」つまりD51の第一号の機関車。

これを見てちょっと興奮して数枚写真を撮った。いろいろなSLを見た。

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これはC56。向こうにD51が見える。

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これは酒田の北、吹浦駅かどこかで見たD51。

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能登で見たような気がするが、確かではない。

昔の写真

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書くことがないので、昔の写真を掲載する。

大学の寮から撮った米坂線(山形県米沢と新潟県坂町の間を走る鉄道)のSL。45年くらい前の写真である。


2015年12月27日 (日)

観るのをやめた映画

 録画して、観ている途中でやめた映画。

「ミッキーのゲーム 世界停止へのカウントダウン」2014年アメリカ映画
 続編らしいが、多分前作を見たからといって面白くなるとは思えない。どうしてこんなくだらない映画に続編ができるのか理解できない。カルト映画が好きな人には、あまりにもつまらないからその映画が好き、と云うような人もいるけれど、この映画に限ってはいいとはいわないだろう。くだらなさも中途半端なのだ。

「SARAH サラ」2014年インドネシア映画
 アジアの映画にはテクニカルな部分で不十分なものも多いが、それを映画に対する熱気のようなものが補って意外な佳作に出会うことがある。ところがこの映画はアメリカ映画特有の病理的なバカ女、バカ娘が、ひたすらバカな台詞を叫び続けていて、観るに堪えない。 人間は危機に瀕すれば、それに対してふだん使わないセンサーを発動し、少しずつ学習し、賢くなるものだ。それが終始一貫バカなのだ。多分映画の最後には奇跡的に突然賢く強くなり、勝利するのだろうが、とてもつき合いきれない。映画にバカ女を出すとアメリカ映画的エンタテインメントになると勘違いした脚本家と監督が作った駄作。

 外れを覚悟してたくさん録画して残しているので、見てびっくり、あきれ果てて途中でやめることもしばしばある。つい最近観たものから二作だけ紹介した。

人権侵害報道

 フランスの週刊誌の中国駐在女性記者が、中国政府のウイグル族への人権侵害を報道して、事実上の国外退去処分を受けた。

 パリのテロ事件を理由に、中国政府のウイグル族に対する締め付けが進んでいることを非難したことが、中国政府にいわせるとテロに荷担して中国で活動したことになるのだそうだ。中国の報道官によれば、「中国国民に謝罪すべき行為」なのだそうだ。

 こうした外国人特派員に対する中国政府の対応は次第にエスカレートしつつある。中国は露骨に人権無視を強行していると思うが、日ごろ最も人権を声高に叫ぶ朝日新聞の記者が、中国で当局に目をつけられたり国外退去処分になっていないのは不思議なことだ。

 今回のフランス人女性記者が「中国政府のプロパガンダに与するように強要させられることに耐えられなかった」といっていたが、私が妄想するに、多分朝日新聞は積極的に「与している」のであろう。昔からそうだったから。

 今日は息子が帰省してくる。

解決して欲しくない?

 元従軍慰安婦の代理を自称する、彼女たちを支援する組織、挺対協の代表が、「日本との妥協はあり得ない」と公言した。日本側が出している条件である慰安婦像の撤去乃至移動に対する反対を表明したそうだ。それに続いて自称元従軍慰安婦たちが、「安倍首相がわれわれ慰安婦の前で膝をついて謝らなければ許さない」と述べたという。

 一国の首相が跪く、つまり土下座する、などと言うことがあり得るだろうか。彼女たちにはそんなことが分からないのか。こんなことを言っていればこの問題の解決はあり得ない。

 彼女たちの言葉がほとんど100%挺対協にいわされていることは誰でも分かっていることで、いままでも挺対協はお金が本当に必要な彼女たちにお金が渡ることを妨げ(受け取ったお金まで返還させている)、慰安婦問題の解決を妨げている。

 挺対協は問題が解決してしまったら存在意味がなくなる。だから永遠に日本を非難し続けるために無理な条件を提示し続ける。日韓にとって最悪の存在だと思うが、朴槿恵大統領はどう思っているのか。反日をみずから扇動してしまった彼女に妥協案を飲む勇気があるとは思えない。わざわざ岸田外務大臣が訪韓する必要はないし、多分なんの成果もないだろう。成果がないことを成果とする、というのでなければ、無駄なことはやめて欲しい。

2015年12月26日 (土)

ドラマ三昧

 この数日、夜は録りためたドラマを見た。

WOWOWドラマ「誤断」
 主演は玉山鉄二、「マッサン」以来の主役だろうか。製薬会社の広報部の若手社員が主人公。たまたま地下鉄の駅で遭遇した轢死事故を含めて、いくつかの事故や自殺が自社の薬の薬禍であるかないか調べるよう、副社長から特命される。

 折しも会社は存命のために外資系の会社と合弁の話が進められていた。薬禍の疑いがあることを感じた主人公だが、それを金で解決するよう指示される。隠蔽を命じられたのだ。主人公は不本意ながらなんとか金で解決することに成功する。

 やがてこの隠蔽体質の会社が秘匿してきた四十年前の公害事件が主人公の知るところとなり、結婚間近い身の保身と正義の意識との軋轢に苦しむことになる。そして主人公はこの過去の事件の隠蔽をも命じられる。彼がそれに対してどう取り組んでいったのか。

 最後まで緊張感があって面白かったけれど、そもそもあれほどの公害事件が隠蔽され続けることなど現実にあり得ない。そうなると全体のリアリティが損なわれてしまう。あまりにその公害の恐ろしさがひどすぎるのだ。こんなことが世の中に知られないはずがないではないか。マスコミはそこまで無能ではない。

 その肝心のことを除けば物語としては良くできていて面白かった。ほんの少し出てくるだけの、主人公の父親役の泉谷しげるがとても良かった。

北欧サスペンス「凍てつく楽園」(WOWOW)の第四シーズン「島に沈む記憶」全三話
 何度も言っているが、北欧のドラマが好きだ。特に映像が落ち着いていて色彩が渋いのが好みだ。

 スウェーデンのリゾート地、「サンドハムン島」が舞台のシリーズである。島に滞在していた男子学生が首を吊って死んでいるのを訪ねてきた母親が発見する。状況はあきらかに自殺なのだが、関係者は、彼が自殺するはずがないと口を揃えて言う。やがて自殺した場所の近くで不審な足跡が発見され、殺人の疑いが生ずる。

 それなら学生はなぜ殺されたのか。彼は研究レポートを作成中で、そのために三〇年ほど前の特殊部隊の訓練時の心理学的研究をしていたことが判明する。やがて彼が訪ね歩いた特殊部隊の人物が次々に殺されていく。

 特殊部隊とはどんな存在だったのか、そこでいったい何があったのか。刑事トーマスとミアのコンビが隠された謎を解いていく。そして判明した過去の事件、そして意外な犯人が明らかになる。

 このシリーズにはサンドハムン島の人々の人間関係や、刑事トーマスの私生活などが丁寧に描かれて、ただの物語というよりもっと親和性が高いものになっている。だからシリーズは最初から観る方が良いけれど、独立して観てももちろん面白い。

「ローズマリーの赤ちゃん パリの悪夢」(WOWOW)全四話。
 これは映画「ローズマリーの赤ちゃん」のリメイク。映画ではミア・ファローが迫真の演技で、いまでも強烈に記憶に残っている。

 映画が主人公のマタニティ・ブルーの妄想なのかそれとも現実なのか、あいまいに進行したような覚えがあるのに、こちらのドラマでは主人公は意識が明確で、しかも強い。その分怪奇性が弱い。

 これが全四話でよかった。もう少し長かったら途中で観るのをやめていただろう。まわりのオカルトかぶれの金持ち連中の怖さが全く感じられない。これではこのドラマが生きない。

WOWOWドラマ「海に降る」全六話。
 亡き父にあこがれ、跡を継ぐべく女性初の有人潜水艦「しんかい6500」のパイロットとなった天谷深雪(有村架純)が主人公。

 このドラマにも一部政治家や企業の陰謀で海洋研究開発機構(JAMSTEC)の存続が危機に瀕するという事態が進行する。しかもそのきっかけは深雪の最初の潜行での失敗が原因であった。

 なぜ失敗したのか。潜行前日に彼女のロッカーにひそかに収められていた、父が死ぬ前の最後の潜行のときのビデオテープの映像を見たからだった。

 この映像の謎を解くべく、彼女は若い地質技術員(井上芳雄・好演)の助けを借りて調査を開始する。そして明らかになっていく父の死についての事実と、隠されていた秘密。しかしJAMSTEC解体は着々と進行しつつあった。

 メンバーたちが調べた事実を元に起死回生の手段に出る。そしてついに深雪はふたたび潜行が認められる。父が日ごろ良く口にしていた「深海にも宇宙がある」という言葉の謎を彼女は解くことができるだろうか。それはJAMSTECの存続に寄与するのだろうか。

 しかし思わぬことで彼女に危機が訪れて・・・。

 有村架純という女優がどうして人気があるのか分からなかった。当たり前の女の子にしか見えないからだ。ところがドラマを見終えるころにはとても魅力的な女の子に見えていた。役柄がいいから、というのはもちろんだが、それなりの彼女の魅力があるからその役柄を演じられたはずだ。

 このドラマが全六話というのはちょっと長い。しかし期待以上に面白かった。一番リアリティを表現するのが難しいテーマなのに、成功している。たいへん良くできたドラマだと思う。悪役の竹中直人が怪演していて憎々しい。遠藤憲一のクールさの中の哀しみの演技はいつもほれぼれする。

恥ずかしい男

 北陸のズワイガニ(松葉ガニというべきか)漁が不漁だとテレビのニュースでいっていた。その理由の一つが、クラゲのような生物(見かけはクラゲのような透明な生き物だが、ホヤのなかまだという)が異常発生して網にかかり、漁がしにくくなっているためだそうだ。数ミリから最大で30センチにもなる生き物だが、これで動物プランクトンなのだという。

 本来はあたたかいところに住む生物だが、温暖化のせいで異常発生したと見られる。

 そのことは自然現象であり、如何ともしがたいことだろう。ある意味で蟹の乱獲をおさえるための自然の防御反応なのかもしれない。

 問題は別の話だ。

 昼のバラエティニュース番組でこのことを取り上げ、若いアナウンサー(男)が海洋生物学者に取材に行った。そして実物の、生きているその生物を実際に見て、そしてさわるシーンがあった。

 さわる段になって、ワアワアキャアキャアと、若い女の子でもこんなみっともない姿をさらさないようなうろたえ方をしていた。

 「刺したり噛んだりしませんよ!」と生物学者が脇であきれてなだめていた。ゴム手袋をしているのに、である。どう見てもただのゼラチン質の可愛い感じの生き物である。クリオネを大きくしたような、およそ恐れ騒ぐようなものではない。

 そういえばそのアナウンサーも男としては可愛い顔立ちをしている。しかしその瞬間怒りがこみ上げてきて、この若いアナウンサーを私は憎んだ。

 それでも男か!

ベランダの掃除など

 昨日は天気が良かったので、掃除のついでに風呂場のマットやキッチンのマットなどを洗ってベランダに干した。ベランダが少し雑然としている。それに排水の溝に砂埃などがたまって以前から流れにくくなっていて、いつまでもしめっているのが気になっていた。

 散らばっていたものを一カ所にまとめて整理し、排水部分の掃除をした。すべていい加減な掃除だからあまり見栄えは変わらないけれど、少しはマシになった。

 ただ、掃除のためにしゃがんで作業し続けたので腰が痛くなった。ただしゃがむだけの作業で体中がきしんだことに我ながら驚いた。なんと身体の意気地がなくなっていることか。

 日ごろの怠惰が身体にでていることを思い知らされた。身体を動かすというルーティンを自分に課さないと老化が止まらない。恐ろしいことである。

 いつも拝見しているブログの多くが、更新がまばらになっている。皆さん、忙しいのだろうなあ!

内田樹「知に働けば蔵が建つ」(文春文庫)

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 言う迄もなく本来は「知に働けば角が立つ」だ。私もしばしばたいした知性もないのにこざかしいことを言い、上司や先輩諸氏から角を立てられた。老婆心ながらこの場合、角は「かど」であって「つの」ではない。夏目漱石の「草枕」の冒頭の文章、「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」からのもじりだ。

 知に働いて蔵が建つ、とは現代風に見える。しかし漱石だって、知に働くことを否定したのではなく、世の中があまりに知に働いていないことを嘆いているのだ。私が言うまでもないけれど。

 この本も(というのは老師の多くの本が)「内田樹の研究室」という老師のブログをテーマ別に整理してまとめたものである。だから時事的なものも多い。しかしながらその時事的なネタについて書いたものが、時間が過ぎたのに全く古くなっていないのがすばらしいところだ。それだけ老師のブログの中身が濃くて完成度が高いということである。あやかりたいがレベルが違いすぎる(同年生まれなのに哀しい)。

 老師の本の再読や未読本の消化はこれで一段落。まだ未読が何冊か残っているが、来年読むことにする。

 大掃除をしなければならないが、そうなるとますます本が読みたくなるのは悪いくせだ。

2015年12月25日 (金)

内田樹「日本辺境論」(新潮新書)

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 帯にある通り、出版された2010年にこの本はベストセラーとなって、新書大賞一位となった。それは知っていたけれど、当時は老師を知らなかったし、題名に魅力を感じなかったので、手に取らなかった。

 養老孟司師の本でたびたび内田樹老師についての言及があるので興味を持ち、本屋の思想書の棚でみつけて読み始めたのはそれからしばらくあとのことである。読んで一驚した。その言説がオリジナリティにあふれていたからだ。引用すらオリジナリティを感じる。

 ここで言うオリジナリティとは何か。他の人の受け売りではなく、自分が考え抜いて、自分の言葉で語っているということである。だからその言葉は生硬ではなく、分かりやすい。思考の筋道も明かなので、たどりやすく、自力でたどり着けなかった高みにいつの間にか導かれている。

 つまり易しくて優しいのだ。これは本当に優れた頭脳の持ち主であり、しかも優しい心の持ち主にしかできないことだ。

 そうしてだいぶ後になってこの「日本辺境論」を読んだ。

 初めて読んだときはすいすいと読めた。今回読み直したら、老師の本の中で、必ずしも易しい本とはいえないことが分かった。正直読めば読むほど難しく感じた。ベストセラーになったけれど、いったいどれだけの人がこの本を読みこなしたのだろうかと、ちょっと気になった。

内田樹「街場の現代思想」(文春文庫)

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 思想は観念的なもののように見えるけれど、具体的な問題について考えるとき、その存在意味が明らかになる。思想はものを考えるときの道具として輝きを放つのだ。

 この本ではいろいろな立場からの社会や人生の問題についての相談に、内田樹老師が回答している。その回答の道具として老師の思想が語られていく。具体的なことについての言及なので全く難解さはない。実は難解なこともいっているのだが、問題が具体的だから分かりやすい。

 分かりやすいけれど、聞きなれた、多分こういうものであろうと想像のつくような回答ではなく、いままで出会ったことのないような回答に出会うことで世界の新しい面が覗ける。覗けるかどうかは読み手に依るところが大きいけれど。

降板

 古舘伊知郎が報道ステーションを降板するらしい。

 テレビ朝日の意思と、自分の思いとのズレに耐えられなくなったのだろう。そんな風に受け取れるコメントをしていたように聞こえた。

 よくいままで耐えたとも言える。いろいろいわれながら続けているからテレビ朝日と波長が合っているように見えたが、必ずしもそうではなかったらしい。ちょっと遅きに失している気はするが。

 朝日新聞的な、上から目線の正義というものの賞味期限が来ているような気がする。

2015年12月24日 (木)

今日は特別

 今日はクリスマスイヴだ。どこの家庭でもおいしい料理を前に楽しいディナーを食べることだろう。

 子供が小さいときはわが家も一応ケーキを奮発してささやかなディナーを食べたこともあるけれど、ずいぶん長いこと、この日は一人だ。

 正月やそれに準ずる日以外は五時前に酒を飲まないのが私のルールその二である。その一はいやなことがあったときは飲まないというもので、ルールはかなり厳格に守ってきた。

 そのルールに多少の融通性を持たせて、少し早めに飲み出した。出来合いの食べ物が多いけれど、テーブルに並べて飲んでいる。

 それなりにしみじみとした気分でゆっくりと過ごしたいと思っている。

ブルース・ツィマーマン「霧に濡れた橋」(ハヤカワ文庫)

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 読了。意外な真犯人であった。アメリカのミステリーでも最近のハードボイルドタッチのものは、その過剰なまでの書き込みと、躁状態の会話にあふれていて、それに耐えられないと読み進むことができない。しかしこのハイテンションこそがアメリカの小説とも言える。

 こういう本を読み慣れると日本のミステリーが薄っぺらで中身の少なさに飽き足らなくなってしまう。ただし、私が日本のミステリーをあまり読まなくなったのはだいぶ昔のことなので、いまのミステリーは東野圭吾をはじめとして、ずいぶん濃厚になったことは承知している。私が悪口を言うのは、斉藤栄、森村誠一、西村京太郎などの時代のことである。

 そういいながら内田康夫が好きなのだから矛盾はあるかもしれない。好みを作品の質と混同していると言われても仕方がない。

 しかし日本のミステリーばかりを読んでいる人に是非海外のミステリーにもチャレンジしてもらいたいものだ。いい作品に出会えれば(駄作は翻訳されることが少ないから、日本のものより外れは少ない。外れに当たったらよほど運が悪いか、見る眼がないかだろう)、その内容のボリュームに驚くはずだ。

ミステリーが読みたくなった

 暮れになって気ぜわしくなると、却って本が読みたくなる。先日本屋で10冊ほど本を購入したが、特に平棚にあったアーナルデュル・インドリダソンと云う著者の「声」という本が私を強く呼んでいた。舞台はアイスランド。面白そう。北欧のミステリーは面白いから大好きである。最近はドラマで観ることの方が多いが。

 この本は警察もの。捜査官エーレンデュルのシリーズとして人気があり、日本ではすでに「湿地」「緑衣の人」の二作が翻訳されている。

 そうなると文庫本になっている「湿地」をさきに読まねばならぬ。創元推理文庫の棚をさがしたらみつけることができた。残念ながら「緑衣の人」が見つからない。こちらは同じ創元社からハードカバーで出ているようだ。いつか探す。

 それを読むのをたのしみにしていたら、急に未読のミステリーが残っているのを思い出した。文庫本で400~600ページあるようなものばかりだ。しかも少し古いから活字が小さい。ずいぶん読みごたえがありそうなのでなかなか手が出なかったのだ。

 昔はこんな本は土日の休日に三冊も四冊も読む気力があった。いまは毎日が日曜なのに一冊読むのに二、三日かかる。

 そんなわけで古い本から読み始めてしまった。いま読みかけているのはアメリカのハードボイルドタッチのミステリー、ブルース・ツィマーマンの「霧に濡れた橋」という本だ。舞台はサンフランシスコ。

 アメリカのミステリー特有の饒舌な文章になれるまで、少々かかったが、テンポに乗れば一気呵成、あと100ページほどだ。ほぼ犯人の目星はついた。その確たる証拠をどうつかむか。主人公は証拠をつかむには非合法的な手段もいとわない。そんな主人公に対して当然警察は非協力的に見える。

 多分これから主人公に危険が及ぶはずだ。そしてクライマックスがあってどういう結末がやってくるのか。これからそれを楽しむことにする。

2015年12月23日 (水)

映画「ブレイブ」1997年アメリカ映画

 監督ジョニー・デップ、出演ジョニー・デップ、マーロン・ブランド、エルピディオ・カリーロ、ほか。

 アメリカの原住民がどのような境遇にあるのか、そのことをこれほどあからさまにした映画があるとはだろうか。

 キューバの原住民の絶滅について書いたばかりだけれど、アメリカのネイティブがどのような末路にあるのか、この映画はそれを静かに明らかにしている。絶滅しなかったからいいというものではない。主演と監督はジョニー・デップ、彼はチェロキー・インディアンの血をひく、と言われるけれど、確かなことは分からない。

 自分の命をかけてできること、そのことを考え尽くして主人公が選んだ自分の最期とは何か。命を金に換えるだけであったのか。それがこの映画のテーマだ。

 「ブレイブ」という題名から、なにかと闘うという期待を持ってみていたけれど、そうではなくて、自分の命を何に捧げるのか、そのことをみずから選び、そこから決して逃げないという勇気、それが「ブレイブ」であることを強烈に思い知らされる映画だ。

 寓意に満ちているけれど、死ぬことの恐怖というものは、実はそれほど乗り越えることがたいへんなことではないことを教えている。けれど、ひとはそれが乗り越えられない。

無罪が確定しそうだけれど

 産経新聞の元ソウル支局長に対する名誉毀損訴訟は、無罪の判決が出た。あとは検察が控訴するかどうかが注目されているが、韓国検察は控訴を断念すると表明しているようで、24日の期限までに控訴がなければ無罪が確定する。

 もともとまともな法治国家の常識からすれば、今回の名誉毀損の訴訟そのものが異常なことなのだから、無罪が確定することを願いたい。

 海外のみならず、韓国内でも「そもそも起訴すべきではなかった」と韓国の検察が非難されているし、私もそう思っていた。しかし事情を知ってみると、韓国の検察はむりやり起訴したのではなく、韓国の法律に基づいて起訴していることが分かってきた。

 どういうことかというと、普通の国は名誉毀損の訴えは、名誉を毀損された当人が訴えることになっているのに、韓国の法律では、名誉毀損の訴えが当事者以外でも可能なのである。

 今回は韓国の狂信的反日集団とそれに同調した政治家たちが、名誉毀損の訴えを起こした。これが日ごろ韓国に対して批判的な論陣を張る産経新聞を懲らしめてやろうという意図であることは明々白々なことなのだが、法律に従って検察は起訴した。

 検察は法律を曲解したのではない、そもそも法律そのものがおかしいのであるが、それは問題とされていない。それが証拠に別の名誉毀損の訴えに有罪判決が出された、と言うニュースが報道されている。

 もちろん今回の名誉毀損の当事者は朴槿恵大統領である。そして韓国の法律がどうであれ、当事者が同意しなければ、訴えは成立しないことになっている。今回は裁判所の同意確認に大統領府が同意した、と伝えられている。大統領と大統領府が別の意見ということはまさかないということなのだろう。つまり朴槿恵大統領は起訴に同意したということである。

 裁判はいつでも朴槿恵大統領が取り下げることができた。それは指揮権発動のような政治が司法に介入することでは全くない。

 海外の人間の自由を長時間奪った責任は韓国の法律の不備にあり、それ以上に朴槿恵大統領の判断の甘さにあった、と私は考える。土壇場で外交部が裁判所に、判決には外交的考慮を望む、と公式の文書を出すなどという常識ではあり得ない政治介入をしたことも物笑いの種である。

 しかもこの文書提出は判決の二、三日前であり、判決文がほぼ確定したあと出されていたので何の意味もなかったという。誰がこのような指示を出したのか。おそらく大統領の指示か、大統領府の指示であろう。

 私が思うに、大統領の側近の中にこのまま有罪になることはまずい、と考えた人間がいて、大統領に進言したのであろう。しかし大統領はぐずぐずと判断を先延ばしにして、結局ぎりぎりのところで外交部の申し入れが行われた、と言うことなのだろう。

 裁判所はこのことに激しい不快を感じたものと思う。だから冒頭にこの公式文書の存在を明らかにしたのだ。判決文は五十ページ以上、それをすべて読む三時間以上の間、弁護士から着席要請があったが却下され、被告は最後まで立ったままであった。

 韓国司法は法律に従った。韓国の法律が歪んでいて矛盾があることが明らかになったけれど、司法は法律を変えられない。この歪んだ法律を盾に朴槿恵大統領は私的制裁を加えようとしたが、かなわなかった。彼女も歪んでいるのだろう。

聖戦

 これも「三燈随筆(2)仙薬と鯨」から。

 洋の東西を問わず、戦争指導者はかならずと言ってよいほど「聖戦」を言い立てる。第二次世界大戦の日本でもそうだった。イスラムの聖戦は、そんなかけ声だけではない。

 イスラム法ではこの世界は、ダール・アルイスラム(イスラム世界)と、不信心者のいる地域、ダール・アルハルブ(戦争世界)の二つに分類される。不信心者がいるかぎり、つねに聖戦状態にあるという見方がある。

 二つの世界のほかに、ダール・アルスルフ(和解世界)を認める学説もある。同じ不信心者でも、神の啓示の経典を持つキリスト教徒やユダヤ教徒は、啓典の民(アフル・アルキターブ)と呼ばれ、和解の可能性があるとするのだ。啓典の民は、イスラムに改宗しなくても、人頭税を納めたなら、生命財産を保護される。

 日本人や中国人は啓典の民ではない。最も憎むべき偶像崇拝者であり、改宗しないかぎり、殺されるのだ。和解の仲介ができるなどとおもって、のこのこ出かけてはならない。イスラムの世界から私たちは最も遠いところにいるという自覚が、最も確かな認識であるといえる。

 最もシンプルにして明快なイスラム世界認識だろう。

井波律子「史記・三国志 英雄列伝」(潮出版社)

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 井波律子女史の本は見つけると購入することにしている。外れが少ない。しかしこの本はもう少し内容をチェックしてから買えばよかった。

 この本が悪いわけではなく、私にとっては目新しいところがなかったからだ。この本なら図版も多く、とてもやさしい書き方をしているので小学生の高学年くらいから読める。あえて云えば子供向けに近い。

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 秦の始皇帝とその死、そのあとの秦帝国の急激な崩壊、項羽と劉邦の戦いと漢の成立、漢帝国の興隆と衰退、そして三国志の時代へ。その英雄たちが輩出した時代が、人物を中心に簡潔に書かれている。

 文字も大きいので、目は疲れないが、中身もあまり多くない。中国史になじみのない人にとっては入門書として適当かもしれない。

2015年12月22日 (火)

誰が野蛮か

 陳舜臣の本(「三燈随筆(2)仙薬と鯨」)を読んでいたら書き留めたいところがあった。この本については読み終わったら別に記す。

 一八五六年、清国のアヘン取り締まりからおこったアロー号事件に端を発する戦争(これを中国では第二次アヘン戦争と呼ぶ)で、英仏連合軍の北京入城(一八六〇年)が遅れたのは、円明園の略奪に忙しかったからだといわれている。円明園は北京郊外にある清朝皇帝の離宮で、おびただしい財宝があったのだ。略奪の主役はフランス軍で、火を放ったのはイギリス軍であった。イギリスのグラント将軍は、将兵の略奪物を競売に付して、その売上金を「公平」に分配したそうだ。

 円明園略奪で、ずいぶん多くの百万長者がうまれたという。ポケットやカバンに詰め込んだのであろうが、一人で運べる量は限られている。目の色を変えた英仏の将兵たちは、より高価そうな物をみつけると、さきに奪ったものをとり出して、詰めかえたりした。ともかく戦利品は、競売があったとしても、個人のものとなったのである。

 キューバではスペイン人が土地やわずかな貴金属を奪うために原住民を虐殺しまくって、ついにもともとの原住民は絶滅した。

 西洋人にとって、キューバの原住民も中国人たちも、野蛮人であり、同じ人間だという意識がなかった。ではどちらがいったい野蛮なのだ。

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 北京の故宮にある防火用の貯水桶。英仏軍が乱入し、表面の金を取ろうと槍や剣で削りまくったあとが歴然と残っている。さもしい餓狼の姿を彷彿とさせる。

 円明園に一度行きたいと思いながら、ただの廃墟だとして拒否され、まだ願いは叶っていない。廃墟を見たいのだけれど。


陳舜臣「元号の還暦 三燈随筆(1)」(中公文庫)

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 読売新聞の大阪版夕刊に毎週連載されていたエッセイをまとめたもの。三燈に深い意味があることが冒頭に説明されている。ほぼ1990年頃のものなので、「元号の還暦」とは昭和が60年を越えたことが主題になっている。元号が60年を超えたことは中国では二度しかない。そして日本では初めてのことである。

 いつものようにいろいろなしきたり、言葉の意味が中国と日本と違ったり同じだったりすることから、日本と中国の近さと遠さを考えさせてくれる。

 思えば陳舜臣の「敦煌の旅」という本こそが私のシルクロードへのあこがれをもたらしたものであり、ついに子どもたちと敦煌の地にたち、莫高窟を訪ねたことこそが人生最大のよろこびのときであった。

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2015年12月21日 (月)

どうして知っているのか

 秦の始皇帝が旅先で死んだとき、宦官の趙高と丞相の李斯が共謀して始皇帝の遺書を書き換え、末子の胡亥を二世皇帝に据えた。

 始皇帝は長男の扶蘇を後継者に指名する遺書を残していたのだが、扶蘇は趙高たちの陰謀で死ぬことになる。

 しかしそのことがどうして歴史的事実として残されたのだろうか。遺書が書き換えられたことを知る趙高と李斯と胡亥が黙っていれば誰にも分からないはずではないか。

 秘密は他人が知っていたら秘密にならない。知られなければそもそもそういう事実は無かったことになるはずだ。

 秦の始皇帝が、実は荘襄王の子ではなく呂不韋の子であった、というのは知る人は知る秘密だったようだが、これは決定的な事実ではなく、状況証拠に基づくもののようだ。

 いつもこの頃の中国の歴史を見ると不思議に思うことである。

WTOとFTA

 COP21もそうだったけれど、WTOも全会一致が原則だそうだ。多数の参加者があって利害が大きく異なるのに全会一致というのは、ほとんど実効的なことはなにも決められないということに等しい。

 何か決めるためには多数決に依るべきだろうか。しかし人口十億を越える国と、百万人に満たないような島嶼国のような国とが同格の権利で投票することに意味があるのかどうか疑問がある。民主主義の原点である平等が成立する条件は意外と限られる。

 まず互いが合意を受け入れる用意があることを前提にしなければならない。自分の主張以外のことは何が決められても絶対に受け入れない、というメンバーがいたら多数決は成立しない。

 国連の人権問題の会合で、北朝鮮非難決議が毎年のようになされても、北朝鮮は全く無視である。中国の人権問題が取り上げられようとしても、そもそも中国には拒否権がある。

 WTOも、なにも決められない有名無実な会議として、その機能が疑問視され、存続が危ぶまれていたというが、FTAやTPPの蚊帳の外にいるしかない国々が強くその存続を要望したために今後も継続するらしい。勘ぐれば、WTOの委員という立場を保持したいための継続だったのかもしれない。

 中韓、中豪のFTAが発足したようだ。これでそれぞれの国が、利益が得られればめでたいことだ。TPPはアメリカの迷走で発足がいつになるやら分からないものの一応合意は達成した。困難な作業をやり遂げた担当者や甘利大臣には敬意を表したい。

 ところでTPPには対中国経済包囲網という意味があるのだともいう。それで思い出すのは戦前の日本に対する欧米列強の経済封鎖である。これで進退窮まった日本は窮鼠猫を噛むのたとえ通り、欧米列強との戦争に突入した。マッカーサーが朝鮮戦争後の議会で「日本の戦争は防衛戦争だった」と証言したのは有名である。

 中国は北朝鮮を除き、周辺の国々とルールの違う国である。欧米はその中国に同じルールに準ずるように促しているが、なかなか従おうとしない。それに対しての仕打ちのひとつが経済包囲網であるTPPなのか。そうであれば中国がTPPに入ることはあり得ない。なにしろルールが違うのだから。

 中国に対して民主党とは違って融和的でない共和党がTPPに反対するのは本当は愚かなのだが、選挙のためにアメリカ企業の利害を優先して矛盾を感じていない。

 民主主義というのはまことに矛盾だらけのシステムなのだが、人類はまだそれよりマシなシステムをあみ出していないようだ。

2015年12月20日 (日)

憲法に則る

 民主党の岡田党首の言葉に違和感を感じたのだけれど、そう感じる私がおかしいのだろうか。

 来年の参議院選挙で与党の議席が三分の二を超えると憲法が改正されてしまう、それは日本国民のために阻止しなければならないから民主党が頑張らなくてはならない、という。

 国会議員の三分の二の発議により、憲法改正を国民に問うことができる。さらに国民の過半数が賛成すれば憲法を改正することができる。これは憲法に書かれていることであり、ほとんどの国民が承知していることである。

 憲法改正は国民の過半数の賛成により決定されるのだ。与党が決めることではない。岡田党首の言い方は、憲法が認めている行為をあたかも犯罪行為が進行しつつあるような言い方で危機感を訴えているように聞こえた。

 この言い方が却って国民を民主党から背を向かせているような気がする。与党が勝利すると日本の国は自動的に戦争へ暴走してしまう、と繰り返し訴えている言葉には、日本国民は愚かである、その危機を知っているのはわれわれだけである、といっているように聞こえるのだ。

 フランスで極右政党が大躍進しそうになったら、ぎりぎりのところで歯止めがきいた。あのフランスですらそのような民意のブレーキがきく。

 日本国民は岡田党首が思うほど愚かではない。岡田党首のこのような考え方に不快を感じる程度に賢いのだ。太平洋戦争前夜の世の中と現代とを混同する時代錯誤の文言にはうんざりする。

 どう見てもあのときの暴走する大日本帝国はいまの習近平中華帝国ではないか。日本人や東南アジアの人々に見えていることが民主党には見えないのか。

本日は高校駅伝大会

 私にとって年末のスポーツ観戦の最大の楽しみは全国高校駅伝大会である。それが本日行われる。若いころ、会社の同僚に勧められて初めて見て、そのおもしろさが忘れられなくなった。

 同僚は兵庫県の西脇工業の出身で、そのときの優勝候補であり、応援して欲しいということであった。出だしで六番手ほどにつけていたが最後に逆転したときには小躍りするほど嬉しかった。

 それ以来のファンである。年末の忙しいときであるが、時間があれば是非見て欲しい。もちろん私はすべてを置いて見る。

2015年12月19日 (土)

名古屋へ行く

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名古屋へ行く。写真は新幹線側から見た名古屋駅ツインビル。左は建設中のJRタワービル。以前はホテルと松坂屋があった。

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名古屋駅のコンコースはいつものように混雑。駅が新しくなる前はそれほど人がいなかったのに、いまは東京や大阪のように平日でもにぎやかだ。

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二階からコンコースを見下ろす。右手のエスカレーターの下は待ち合わせによく使われる場所で、あまりに人が多いので、相手をみつけるのがたいへんなのだ。

新酒の蔵開きで友人たちと待ち合わせるのもこの場所。長身の私が目印になるので、友人たちはあまり苦労しない。

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名古屋駅前のシンボルのモニュメント。デザイン博のときに作られた。正面は桜通。

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桜通り。いまは銀杏並木の通り。戦前は桜並木だった。戦争中に桜の木を伐り、緊急のときに戦闘機の滑走路として使えるようにしたという。左手のジュンク堂に本を買いに行く。

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大名古屋ビルヂング。名古屋では東京の丸ビルのような存在である。風情のあった旧丸ビルのような建物が建て替えられている。工事はほぼ終わりそうだ。

年末年始に読むための本を買い込み、名古屋で一番当選本数の多いという名鉄駅前の宝くじ売り場で、ジャンボ宝くじを買う。しばらく宝くじを買っていなかったので久しぶりだ。それほど困っているわけではないが、事情があって急に金があるとありがたい気持ちになったのだ。

師走の名古屋駅周辺を歩き回っていい気晴らしになった。

冬眠

 急に寒くなったので動きが鈍くなっている。冬眠前の熊のようだ。そういえばふだんより食物摂取が多くなっている。

 体内時計の進み方が遅くなっているせいか、本がなかなか読み進めず、映画を観てもいつもの気持ちの盛り上がりが少ない。実に単純な私の心身である。

 暑いよりは寒い方がマシであったのに、暑さも寒さもこたえるようになった。雪国生まれの父が、寒さにことのほか弱かったのを思い出した。

 本当の冬眠状態になって「こたつの守」におさまりかえるのもいいけれど、気持ちを切り替えて出かけなければ、などと考えている。考えているけれど、なかなかこたつから出られない。

 別に多少の屈託もあり、そのこともなんだかやる気を阻喪させているのだけれど、何とも時間がもったいないなあ、などと思う。

 師走の街に出かけてみようか。

2015年12月18日 (金)

豚汁を作る

 突然豚汁が食べたくなった。大根、人参、タマネギ、こんにゃく、里芋(いつもはジャガイモだが、今回は里芋にした)、豚のバラ肉、生薑、と入れていったら鍋に満杯となってしまった。

 生薑をたっぷり使い、食べるときに七味を振りかけて食べる。

 満足、満足。これで酒の肴にもなる。二、三日これを楽しめる。最近は何か作るときにも(カレーやシチューやおでんなど)少々多めに作って二、三日食べ続ける。結果的に具材を多種類、ぜいたくに使っても安くつく。

 冬は鍋もいい。最初はポン酢で、あとで汁に味付けして具材を足せば違う鍋も楽しめる。

 リバウンドは覚悟の上だ。なにせ楽しく飲み食いすれば身体がよろこび、私も嬉しい。

二度寝

 朝、ぐずぐず寝ているのは好きではない。しかし今朝の冷え込みは寝床から出るのを妨げる。

 昨晩は寝についてから、考えごとをしているうちに眠れなくなって、中国の遺跡の写真集を引っ張り出して眺めたりしていた。

 いつの間にか二度寝をしていた。大きな塔のような建物の中で迷っている夢を見た。塔といっても日本式の建物で、和室が無数にあって外に出ることができないのだ。自分が何階にいるのかも分からない。似たような夢を何度が見た。

 いまようやく起き出してお茶を飲んでいる。

 仕事に出かける人達には申し訳ないことである。


  安藤昇が死んだ。やくざ映画をよく見たので、安藤昇の登場する映画もたくさん観た。本物の暴力団の凄みというのを彼の眼に見た。人を殺したことのある人の眼というのはこんなものかと思ったことを覚えている。

 昨晩BSフジの「プライムニュース」が産経新聞元ソウル支局長の裁判を取り上げていた。フジサンケイグループとしては力を入れて報道するのは当然であり、その切り口にも他の局の当たり障りのない報道より突っ込んだものがあり、面白かった。

 あの目張りギンギンで金切り声の(悪口に聞こえたらごめんなさい)金慶珠女史が必死で韓国の立場擁護の論陣を張っていたが、今回はその論調に無理があり(たいてい無理があるが、強行突破するのが彼女である)、多少痛ましく見えた。初めてのことである。

 彼女ですら、起訴を強行した韓国検察が間違っているという立場であった。だから論点は、韓国外交部が検察を通して裁判所に、日韓の外交関係を考慮して欲しいという要望書を提出していたことが行政による司法への介入に当たるかどうか、ということであった。

 どう見たって正式の文書で行政が司法に申し入れたら介入に決まっているのだが、金慶珠女史は申し入れで圧力をかけたわけではない、ということを声高に叫び続け、その言い分を叫ぶことでこの事実は特に問題のないことであると主張していた。

 裁判所の判決が時代の民意を反映することはあり得る。しかしそれが法律の解釈を大きく逸脱するほどでは正しいあり方ではない。韓国の司法がしばしば首をかしげるような判決を出して行政に介入することが続いているように見える。

 今回は逆のケースだ。こういうことが罷り通るというのは韓国の国のあり方が未熟であることの表れだろうと番組の中で指摘されていた。反日という歪んだ思想を押し通そうとすると、国全体が歪んでいくことの表れのような気がする。

 

2015年12月17日 (木)

死ぬとは思わなかった?

 大阪で、路上に置かれたコンクリートブロックに乗り上げて転倒したバイクの男性が、頭を打って死亡した事件で、中学二年生が犯行を認め、補導された。

 大きな事故になるとは思ったが死ぬとは思わなかった、と話しているという。

 重さ16キロのコンクリートブロックというから、簡単に持ち運べるようなものではない。いたずらの範囲をはるかに超えた悪質な犯行で、犯意は明らかだろう。

 大きな事故となり、騒ぎになることを期待しての行為であると認めているのだから、死ぬほどの事故なら彼にとって最高の成果で満足を感じたことだろう。死ぬと思ったかどうかを論じても人の心の中など分かるわけがない。死んだ、という結果に対して厳しく裁くべきだろう。

 しかし中学二年生である。また少年院で矯正のためのお勉強をして匿名のまま口を拭って世の中に紛れ込むのだろう。殺された男性にも家族がいただろうに浮かばれないことだ。

 こういう罪と罰とのバランス感を欠いたことが続くと、不満がたまり、社会不安の要因になる。犯罪者の人権擁護が社会の安定性を失わせていることをみな感じているのに、いまだに人権、人権の声だけが大きい。

無罪は当然・法治国家の日本人ならそう思う

 産経新聞のソウル支局長が朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして起訴されていた裁判で、本日無罪判決が言い渡された。

 もともと韓国のマスコミが話題にしていた噂を取り上げただけであり、それらが問題にされていないのに産経新聞の支局長だけが起訴されたことは異常なことである。

 今回の騒ぎは朴槿恵大統領が告訴の取り下げを一言告げればそれで終わりの案件であり、最後まで朴槿恵大統領が沈黙を続けたことの罪はたいへん大きい。

 なぜ沈黙したのか。憶測すれば噂が事実であるからではないか。それとも単に日本に配慮した、とみられると自分の立場が危うくなるからか。当前のことすらできない大統領の立場というのはなんなのか。

 今回の無罪判決が彼女の関与無しに行われているらしいことを日本側は記憶しておかなくてはならない。韓国政府内部で、このままでは日韓関係がさらに悪化する、と懸念したことがこの結果につながっただけだ。彼女に借りは全くない。

 別に日本から歩み寄る必要がないことを今回の裁判結果が明らかにした。それほど韓国の危機感は大きいのだろう。しかし国民はすでに反日で洗脳されている。これで韓国国内でどのような対日リアクションがあるか注視したい。

咳止まる

 鯨飲馬食の逆療法が功を奏したのか、咳が止まった。

 城崎の蟹三昧に、咳止めの薬を持っていくのを忘れていた。晩や朝、咳がまたぶり返してつらかったのだが、どうしたことか、今朝は咳がほとんど出なくなっていた。もちろん薬も飲んでいない。

 治る潮時だったのか、それとも節制が却って身体によくないのか。私は昔と同じような無茶が身体を補整してくれたと信じている。

陳舜臣「中国畸人伝」(新潮文庫)

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 保身のために奇をてらう人、本質的な畸人、あまりに優れているために畸人に見えてしまった人など、いろいろな人物が中国の歴史から選ばれている。
 竹林の七賢のひとり、阮籍などは狂人を装うことで危険から逃れようとしながらついにはみずからが異常であるのか否か分からなくなっていったと私は考えているが、この本では奴隷として連れてこられた日本人との関わりで別世界を垣間見る阮籍が語られる。彼にも救いはあったのか。
 葡萄の美酒、夜光の杯、で始まる私の大好きな詩を書いた王翰は、「旧唐書(くとうじょ)」という歴史書に「王翰伝」が残されているほどの詩人だが、そこには「豪蕩不羈」と記されている。
5 敦煌の近く、確か陽関に近いところの砂漠のなかにあった「葡萄の美酒・・・」の詩碑
 金持ちの家に生まれて才があったが、人となじまず、どちらかと云えば無頼な生活を送った。詩文集十巻があったのだが、いまは彼の詩は十四首のみしか残されていないという。
 人は畸人の話に興味を引かれるが、その人とかかわることは迷惑であることが多いから、実際にはお近づきになりたくないものだ。

2015年12月16日 (水)

蟹三昧

 城崎の民宿旅館で、友人三人、娘のどん姫の総勢五人で蟹三昧の歓楽の夜を過ごした。

 酒、蟹、酒、蟹、酒、以下繰り返し。蟹の刺身、しゃぶしゃぶ、焼き蟹、甲羅の蟹味噌、もちろん熱燗を別にもらって注いで飲む。さらに蟹鍋に、魚の刺身の盛り合わせ。

 今年は蟹がいろいろな理由で不漁となり、値段も高いらしい。そのせいか、いつも満員の民宿が今年はそれほどでもないようだ。もちろんこれからの年末以降は予約で一杯らしいが・・・。とにかくここは食べきれないほどの蟹が楽しめる。

 いつ寝たのか覚えていない。久しぶりに記憶が飛ぶほど酩酊した。とにかく酒豪揃いの集まりなので、生ビール15杯、日本酒2本(銚子ではありません)が腹に納まった。五人のうちの二人は女性である。娘のどん姫は、最後には自分でコップになみなみお酒をついで飲んでいたのでちょっと心配したが、朝食を元気に食べていたので安心した。

 ちょっと口の重い娘なので心配したけれど、けっこうみんなから好感を持たれていたようだ。娘も、あの人たちならまた一緒しても好いなあ、などと言っていた。酒の強さも合わせて、さすがわが娘である。

 今回のなかまに城崎出身の友人がいるので彼が段取りしてくれた。宿のご主人と知り合いなのだ。その友人は実家に寄るのでもう一泊するという。腰を痛めてつらそうだったので心配だ。

 心配したり安心したり忙しいことだ。

 城崎温泉を散策してから帰路についた(少し時間をおかないと酒が抜けきれない)。

 飲み食いに専心したため、写真はない。

2015年12月15日 (火)

陳舜臣「弥縫録 中国名言集」(中国名言集)

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 一語を三ページで簡潔に説明している。使い慣らされていることばの由来が紹介されているけれど、その由来から考えると、日本での使い方には首をかしげるものも多い。本来の意味とはずいぶん違っていたり、全く逆の意味で使われていたりするのだ。
 慣用句となっていれば、その慣用に倣うのは仕方がないが、本来の意味を知っておくことは大事なことだと思う。
 「巧妻に拙夫」ということばにはあまりなじみがない。明の時代の大芸術家、唐寅の詩からとられた言葉。
   駿馬は毎(つね)に痴漢を駄(の)せて走り
   巧妻は常に拙夫を伴いて眠る
 すばらしい名馬は、たいていあまり利口でない人間を乗せている。痴漢とはこの場合、「痴呆のオトコ」を意味する。現代風にいえば、ものすごい外車に乗っている人間をみると、たいてい金持ちのぐうたら息子か、あまり利口そうでもないやくざのアンちゃんだ、ということになりこれはよく分かる。
 次の巧妻は、才色兼備のよい女というほどの意味である。そんないい女の亭主にかぎって「拙夫」--まずいろくでなしが多い。
 口惜しいが、いい女はデキの悪い男と寝ているものだ。やっかみ半分もあるが、煩悩多き男性としては、これまたよくわかるような気がする。
 つまり「巧妻に拙夫」とは、とかくこの世はままならぬ、世の中は不公平なものだ、という意味である。
 凡夫である私としては分かりすぎるほど分かる。

2015年12月14日 (月)

内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」(角川文庫)

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 老師の「ためらいの倫理学」と較べると、こちらはとても読みやすい。すらすらと読めて思わず頷いてしまうがたくさん書いてある。老師の本を最初に読むならこの本から始めると良いかもしれない。

 キューバ旅行の長い飛行機の中で最初に読んだのがこの本だった。

 例えば利己主義ということについて。
最近の人は利己的だといわれるけれど、本当にそうだろうか?と老師は問いかけます。

 利己的な人間とは本来どうすれば自分が最も幸福に生きられるか、どうすれば自分がいま享受している快適さを最大化し、できるだけ持続させることができるか・・・というふうに発想するはずなのにそうは思えないというのです。

 例えば自分が「むかついた」から、そのむかつきを解消するために人を傷つける人は利己的と言えるのか。その結果、自分があとで大きな不利益を蒙る(逮捕され、拘禁され、人生が大きく損なわれることになる)。一時の怒りや快楽のために人生を棒に振る人は利己的か。

 いまの瞬間の不快感を解消するためだけに己の未来を損なうことこそ利己的とはもっとも遠いものではないか、と言うのです。

 ではそのようなむかつきの解消に走ることで、そのあとの不利益を蒙ることを想定できないのはなぜなのか。これを家庭や社会の風潮の中に原因を見ることができることを、例を挙げて説明します。これを紹介すると全文を引用しないといけなくなるので本を読んでください。

 いま利己的、と云われる人は己のごく局所的な、幻想的な欲望に支配されているだけで、己が縮んでしまっているのだ、そもそも自己がほとんどなくなっているのだと断定します。

 だから老師は学生に「もっと利己的に行動しなさい」と指導します。自分が利益を得るには、まわりとの関係を良好にすることが早道であることに、みな気がつくべきだろうというのです。

 まことにその通り。そのことに多くの人が気がつくと、もっと世のなかは生きやすいだろう。

 こんな話がたくさん収められている。

すいていた

 すいていた、などというと、風呂屋か床屋みたいだけれど、定期的に検診を受けている病院のことである。今日がその検診日。

 受付の方式などがいくつか変わっていた。方式を変えることで却って煩雑になることがあるけれど、さいわい無駄が大幅に省かれていて、不要な行列も減り、待ち時間も短縮された。その上すいていたから、いつもより一時間も早く検査も診察も終わった。方式の変更は大いに成功している。

 検査項目はおおむね正常値、その上体重もさらに減っていたから女医先生はにこやかにほめてくれた。咳が続いたこと(いまはほとんど治まりつつあるが)を伝え、念のため後日胸のレントゲンを撮ることになった。

 体調もほぼ復旧している。しばらくは好きなだけ飲み食いできる。今晩は娘が来るし、明日は娘と一緒に、京都で友だち三人を拾って、車で城崎に蟹食い旅行に行く。そのためにスタッドレスに替えたのだ。

 さあこれから年末年始の楽しい日々が始まる。元気が出て来たぞ。

内田樹「ためらいの倫理学 戦争・性・物語」(角川文庫)

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 一番最初に世に出た老師の本。原点に戻った。

 私のバカの壁はそこら中にあって、いくら読んでも理解できない本が山のようにある。高等数学や現代物理学ならいざ知らず(これは最初からあきらめている)、普通の日本語の本が理解できないと情けなくなる。

 ところが読んでも分からなかった現代思想の本などを、読みこなすだけではなく、こちらのバカの壁を取り払って理解できるように説明してくれるのが老師の本である。

 分からなかったことが分かったような気分にさせてくれるから、とても嬉しい。ところが二度三度読み直していると、分かったと思ったことの裏にまた壁があることに気づかされる。

 こちらの理解が浅薄であるからだが、全く歯が立たなかったことでも、とにかく手がかりをつかむことができていれば、次の段階にレベルアップすることができるのだ。そのためにはスカスカの空気頭なりに考えないといけないのだけれど。

 読みやすい本なのに、読めば読むほど分からないことが増えてくる不思議な本だ。前には分かったつもりですらすら読めたのに。多分よほど雑に読んでいたのだろう。それなのに分からないことが次第に快感に変わってくるという点でも不思議な本なのだ。

 実はキューバ旅行に老師の本を五冊ほど携行していった。結局三冊しか読めなかったけれど、この本は読まずに持ち帰った一冊である。

2015年12月13日 (日)

乱れまなこの勝手読み(27)少子化対策にもう一息他

 面白いニュースを見た。中国の大気汚染の影響で、マスクや空気清浄機以上に売り上げが伸びているのがコンドームとスポーツウエアなのだそうだ。

 コンドームが売れているのはなんとなく理由が察せられる。外に出られず、家にこもるしかなければ人間やることは限られる。しかしここでコンドームを使わなければ少子化対策になるのところなのに。

 韓国の国会予算政策報告書で、シナリオ別の南北統一にかかるコストが試算された。最低239兆円、最悪だと500兆円くらいかかるらしい。最良なのは北朝鮮が歩み寄って韓国のリードで穏やかに統一していくことらしいが、それでもたいへんな負担だ。それを成し遂げるには反日教育などに血道を上げている場合ではないのではないか。それともAIIBから資金を融資してもらうのだろうか。

 中国入りしていた北朝鮮の美女音楽グループのモランボン楽団が、中国公演を直前にして帰国してしまった。メンバーが金正恩の愛人であるなどの噂に腹を立てたのではないかと憶測されている。

 面子を重んじたつもりなのだろうが、中朝融和の機会を自らつぶしてしまってどうするつもりなのだろう。この公演に続いて金正恩は中国入りするのでは、と観測されていたけれど、この公演に中国政府の要人は誰も来ないらしいとも言われていたから、どうせ出かけていっても軽くあしらわれるだろうと気がついたのだろう。

 孤立無援の北朝鮮はやけくそで核ミサイルの開発増産に力を入れるかもしれない。金もないのにどうしようというのだろうか。いまに暗殺されてしまいそうだ。そうなると韓国の想定する悪いシナリオになりかねない。

宮崎正弘vs石平「私たちの予測した通り、いよいよ自壊する中国!」(WAC)

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 うーむ、これも言いたい放題の中国けなし本だなあ。

 それでもこの二人はかなりディープな中国情報を持っているから、言っていることに妄想的部分はほとんどなくて、ちゃんとした根拠がある。その根拠の情報の意味の読み取り方に多少(でもないか)バイアスが掛かっているだけだ。

 それにしてもこれだけ中国をぼろくそに言いながら、それでも中国に普通に出かけて自分の人脈を維持できているらしいことに驚く。ここまで知られていると、中国当局も手が出しにくいのかもしれない。石平氏もとっくに日本人になっているし。

 アメリカが中国に対して融和的な態度からかなり嫌中的に変わっていることは感じていたけれど、思った以上のようだ。習近平のアメリカ訪問は大失敗だったようだ。だからといってアメリカが日本に都合の良い動きをしてくれるとは思いにくいが。

 この本でも、過剰に中国に肩入れしているドイツと韓国に対してあとで臍を噛むぞ、と予告している。なんとなくその予告が当たって欲しい気持ちになるのは私が小人であるからだろう。

「一太郎」(ATOK)がおかしくないか?

 初めて使ったワープロはワープロ専用機のRUPOであった。この辞書はワープロの中では語彙が多いことを自慢していたが、トンデモ変換が多かった。日本語としてあり得ない変換を平気でする。試しに辞書を見てみると、無意味なことばが満載であった。漢字をくっつければ良いというものではない。それを直し、学習を繰り返してようやくまともに使えるようになっていった。

 そのあとパソコンのワープロを使うようになった。そこで「一太郎」に出会った。確かVer.3だったかと思う。RUPOと比べて格段に辞書が正確で、変換の修正が激減した。快適に使えた。

 それからずっと「一太郎」を愛用し、辞書はATOKを引き継ぎしながら使用し続けている。私はローマ字変換ではなく、仮名漢字変換なので、その点でも「一太郎」は使い勝手が好い。私はWORDとは全く相性が悪い。

 そうして鍛え上げた辞書を使っているはずなのにこのごろトンデモ変換が増えている。「この影響で」と打ち込んだつもりが「近衛異境」などと変換する。こんなことが頻発する。機能を高度にすることで日本語の本質を見失ってしまったか、理解していない人が一太郎をいじっていないか。

 変換のヒット率が下がってストレスが増えた。残念なことである。いまさら別のワープロを使うつもりはないのだけれど。原点に戻ってくれ。できればVer.3を使いたいくらいだ。

2015年12月12日 (土)

乱れまなこの勝手読み(26)中国の外貨準備高

 中国の人民元が下がり続けている。

 11月の中国の輸出額は前年同月と比べてマイナス6.8%と引き続き低落傾向が続いている。

 外貨準備高は昨年の6月が最大値で、3兆9932億ドル。それに対して11月時点では3兆4383億ドル。これは前月から872億ドル減少しており、最大値から見て5549億ドルの激減である。この影響で、今年の中国のGDPの伸び率は6.9%の予測に変更された。初めて7%を切る。

 海外投資家も中国から現金を引き出している模様。その結果元安となっていると見られる。

 どの数字も中国の発表している統計値からのものであるから、そもそもがどこまで本当か信用できない。なぜ信用できないか。過去発表された統計値に矛盾があって、タイムラグによる誤差では説明できないつじつまの合わないものが多いからだ。

 そもそも消息通には外貨準備高はそんなにないはずだ、と云う人もいる。いままでは財政的背景と関係無しに(名目はあるけれど、それはこじつけ的なものが多い。どこかで金の新鉱脈が発見されたからその分何百億ドル資産が増えた、などといってつじつま合わせしてきたのだ)元を切り上げたり切り下げたり、自国の都合でやりたいようにやってきた中国も、先般SDRの仲間入りしてからはそんな勝手なことはできなくなったのだ(それでも背に腹は替えられなければやるだろう)。

 中国の為替管理局長は「中国の外貨準備高や貿易収支が健全な状態であることを考慮すれば、人民元が急落する可能性はない」と話しているそうだ。

 つまり、外貨準備高が急減し、貿易収支が悪化しつつある現在、人民元は急落する可能性がある、と言うことではないか。これでは外国投資家が離れていくのは当然だろう。

 AIIBはどうなる。それにしても習近平は昨年から今年、世界中に大盤振る舞いし続けているけれど、その金は本当に出せるのか、財布に金はあるのか(どうせ中国は約束を破ることは平気だからかまわないのだろうか)。世界で日本が最も中国との経済的関係を縮小させていることが数字に表れているけれど、大正解ではないか。

 逆の動きをしているのがドイツである。中国に対して腰が入りすぎている。フォルクスワーゲンのあの失態によるドイツのイメージダウンは大きいが、これはドイツ凋落の兆候を現していないか。

乱れまなこの勝手読み(25)中国の関税引き下げ・内海隆一郎のこと

 中国が高級品と日用品27品目について大幅に関税を引き下げた。国内消費の活性化のためだという。衣類、靴、カバン、カメラ、太陽熱温水器、粉ミルクなど。カメラは15%から3%へ。粉ミルクは一部に限るものの20%から5%に引き下げられる。

 すでに昨年、スキンケア化粧品やおむつの関税が下げられている。記事にも書かれていたけれど、中国の爆買いの対象になっているような商品が多い。

 海外旅行に出かける中国人観光客は1億1200万人で海外での消費額は1兆元(約18兆9000億円)を超える。なんとかその消費を国内に引き戻したいと考えての関税引き下げであろう。それに外貨保有高が激減し始めていることも理由だろう。このことは項を変えて書く。

 これで確かに多少は効果があるだろうけれど、中国で売っているものが本当にまちがいのない輸入品かどうか、疑う人も多いに違いない。そもそも同じものを中国で売っていても、日本で買うことがあると聞く。日本なら品物の管理が確かだと信用できるからだ。

 中国は消費を活性化させたいなら、中国の商品についての品質管理を確かなものにして、品物の信用を取り戻すのが先決ではないか。そもそも中国人が海外の人以上に中国そのものを信用していないのでは無理か。

 内海隆一郎が白血病で死去していたことを知った。この人の本は多分「湖畔亭」と「島の少年」の二冊しか読んでいない。とても読後感の好い本であった記憶がある。ハートウオーミング小説と言われていたそうだ。新作があれば読みたいと思っていた作家なのだが、ずいぶんたくさんの本を書いていたのに驚いた。気がつかなかった。機会があれば捜して他の本も読んでみたい。文庫本も多いようなのでお薦めです。

乱れまなこの勝手読み(24)中国人もびっくり

 気候変動ネットワークヨーロッパとドイツの民間研究所が発表した来年度の気候変化対応指数によると、韓国の指数は37.64で調査した58カ国中54位だった。なんと日本は最下位の58位で37.23だった。この指数は気候変動に対する努力の度合いを表すものだそうだ。

 インド25位、アメリカが34位、中国が47位で日本や韓国より上位にランクされている。中国が日本よりマシかどうか誰でも分かることで、これではインド人ばかりではなく、中国人もびっくりだ。
 
 この結果から分かるのは、こんな指数には何の意味もないということだけだ。

2015年12月11日 (金)

乱れまなこの勝手読み(23)

 韓国は日本以上に低出産が深刻であるらしく、その対策委員会で朴槿恵大統領が、「晩婚化現象は若者たちがまともな雇用をもつことができないからだ」と述べた。この問題が解決できないと「若者の胸に愛がなくなり、暮らしに追われていく日常が繰り返されるだろう」と懸念を表明した。

 韓国の国家元首として低出産を憂えていることがよく分かる(皮肉だけれど)。

 「若者が雇用がなく住居が負担になって結婚する気持ちになれず、家族の始まりにならないなら、始まりを可能にすることが根本的な低出産の解決法」なのだそうだ(確かに理屈は合っている、合っているけど、ただ問題を解決すれば事態は解決する、と言っているだけだ。そらそうだ)。

 それにしてもこの回りくどい言い方はどうだ。日本語に訳する人が下手なのかもしれないけれど、韓国でも朴槿恵大統領の言い方が分かりにくいというのは定評であるから、そのまま翻訳するとこうなってしまうのかもしれない。

 「政府も経済の再跳躍と青年雇用問題を解決するために労働改革を強力に推進しているが、是非国民の皆さんが青年に希望を与えられるように少しずつ譲歩して美しい世代を作り出すことを願う」

 このような大統領の呼びかけに、さあ「青年に希望を与えるためにみんなで譲歩して美しい世代を造りだそう」と思う国民がひとりでもいるだろうか。まことに空しいことばだ。これでは鳩山さんよりひどいかもしれない。無能とはきいていたけれど、ここまでひどいとは。

 美辞麗句を並べているだけでことばに信義がない。リーダーたるもの、率いる人達に希望の星を、イスカンダルを指し示さなければならない。こんなことばではどちらを向いて何をめざせば良いのか、全く分からない。これらの空しいことばから、そもそも大統領自身にめざすものなど無さそうだということだけがわかる。

 韓国もエラい人を元首にいただいたものだ。あと二年以上も任期があるし、北朝鮮はいつ崩壊するか分からないし、韓国国民は本当に不幸だ。もう少しマシな人はいないのか。

 次の有力候補はあの国連事務総長らしいけれど、中国の軍事パレードに招待されてのこのこ出かけて胸を張るような国連事務総長ではねえ。今度は北朝鮮に行くつもりらしいけど相手にされてないという。

日下公人&高山正之「世界は邪悪に満ちている だが、日本は・・・。」(WAC)

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 まあキワモノ本、トンデモ本すれすれの言いたい放題の本。ある面で痛快で溜飲が下がると言えないこともないが、こういう視点でばかり世界を見ていると知性が劣化するような気もする。

 日下公人御大も面白がりながら相手をしているけれど、多少もてあましているようなところもある(と思いたい)。

 世界が不条理であるのは原因となる犯人がいる、という前提で、その真犯人は誰だ、という話なのだけれど、こういう単純な話はわかりやすい分だけ惑わされやすい。これでは中国や韓国の反日と根柢では同じ心性を感じるのだが・・・。

 暇つぶしに読んだけれど、それだけのことであった。

軽減税率

 公明党が軽減税率について自民党と妥協せずに自分の主張を強硬に推し進めていることを皆はどう思ってみているのだろうか。

 このこだわりが国民のため、というよりただ選挙のときの約束を守るためだけのように見える。

 実際、食料品について8%を据え置くことの税軽減の実感というのはいかほどなのだろうか。試算ではせいぜい月当たりひとり千円か二千円程度のものでしかないし、もともと取られていたものが増えないだけであるから軽減したとは感じられないのではないか。

 そのために繁雑な作業とコストがかかり、なおかつ得られるべき税金が減少する。いまは軽減税率の補填をどうするのか、で折り合いをつけようとして結論が出ていないようだ。

 それはそうだろう。公明党は軽減税率ありきでその財源などなにも考えていないように見える。それは財務省が考えることだ、とでもいわんばかりで他人事なのではないか。

 私は面倒くさいことが嫌いだ。今回の公明党のこだわりは面倒くさいばかりで、得られるものがあまりにも些少に感じられる。軽減税率では貧困層も金持ちも一律に軽減されてしまう。しばしば外野でいわれているように、一兆円もそんなことで財源を失うなら、軽減税率などやめて普通にとりたてて、一兆円を低所得層の一千万人に配れば、ひとり10万円配ることができるではないか。

 貧困層ならその金は貯蓄よりは生活費に廻すだろうから死に金にならない。

 こんな公明党に私はうんざりしているけれど、喝采を送る人の方が多いのだろうか。街頭インタビューでおばさんにマイクを向けると、軽減税率に期待しているようなことを言う。本当だろうか。

2015年12月10日 (木)

小泉武夫「旅せざるもの食うべからず」他(知恵の森文庫)

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 旅先で思わぬ食べ物に出会うことがある。旅と食べ物が一体となって記憶に残される。食べたことの無いものだからこそおいしいかもしれない、というときめきがある。食べたことがないから手を出さない、という人の気が知れない。

 それにしても小泉武夫先生の何でも食べてやろう、という姿勢には意図したパフォーマンスもあるだろうけれど、それ以上の好奇心と鉄の胃袋が尋常でないことを感じる。酒量も半端ではない。

 私も好奇心は人並みよりは持ち合わせているし、胃腸も丈夫だったから、この本の写真には眉をしかめるよりは食べてみたい、と思うものの方が多い。しかし衰えた。

 今回のキューバ旅行では完全なツアー旅行だったから、食事はほぼお仕着せである。だからこれぞキューバの食べ物、というほどのものにはほとんど出会えなかった。

 いままで行った中国や東南アジアではたいてい朝食以外は食事は自分たちで食べに出かけた。だから多少の当たり外れはあるものの、食事にこそ強い思い出が張り付いている。それは自分が元気だったからでもある。

 この本を読んでささやかな追体験を想像して楽しんだ。

 その前に以下の二冊も一気読みした。これで小泉先生の本はしばらく押し入れに戻しておく。

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司馬遼太郎「以下、無用のことながら」(文藝春秋)

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 この本を読むのは何度目だろう。

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 だから本がひしゃげてこんな風になってしまった。本は左右にきっちり開いて読む。中途半端だとページが勝手に戻るのでわずらわしい。古い本だと背の糊が割れてしまって二つになってしまうことがある。本がかわいそうだが、読みやすさの方を優先する。
 歴史を考えるとき、歴史の知識を記憶することが必要だ。あまり記憶力の良い方ではないので、調べれば分かることを記憶する手間を惜しむところがあったが、必要な知識が身についていないと考える手立てが無いことになってしまう。
 いま高校では日本史が必修ではないのだという。しかし日本の国の歴史を中学生のときに表面を撫でただけの知識で考えても、それは歴史を考えるということにはならない気がする。おとなになってから歴史を学び直すにしても、そもそもベースがなければ興味が発生するとも思えない。
 日本史を必修にする方向で再検討しているというからそれに期待したい。教育界は高校生の勉強の負荷をなるべく軽減することに腐心しているようだが、大学で教養課程がおろそかにされている現在、高校で学ぶしかないではないか。
 問題は受験で歴史はトリビア的な設問が多くてただの記憶競争になってしまった面にあるのではないか。それよりも歴史の転換の意味や文明や文化についての総括的な把握を行える程度の知識で良とすれば負荷は減らせるのではないか。
 司馬遼太郎のような該博な知識の獲得は普通の人には真似がしがたいけれど、引き出しをたくさんもってそれぞれの引き出しから必要なものを即座に引っ張り出す能力、それぞれに関係を見いだす力こそ学ぶべきもので、それにあこがれる。しかしそのためには引き出しとそれに入れる中身が最低限必要だろう、ということだ。
 書いてある内容を知ることもよろこびだけれど、そういう考え方もあるのか、ということの方に素直に感激する。

野坂昭如が死んだ

 野坂昭如が昨日(12月9日)死んだ。彼の作品をそれほどたくさん読んだわけではないけれど、高校生のときに大衆文芸月刊誌の「小説現代」や「オール讀物」、「小説宝石」などを読み始めて、井上ひさし、五木寛之などとともにいまでも記憶に強烈に残る作家のひとりなのだ。

 「火垂るの墓」「エロ事師たち」「骨餓身峠死人葛」などをリアルタイムで雑誌で読んだ。独特の文体とそこからイメージされる世界が、現実以上にリアルに感じられた。

 その後終末論をテーマにした月刊誌を発行した。まだ世紀末には間があったけれど、そんなものが流行る時代でもあった。バックナンバーを揃えていたけれど、一年あまりで廃刊になってしまった。あれはどこに行ったのだろう。

 「火垂るの墓」を原作とする映画は映画館で観た。一度見たきり二度と見たいとは思わない。これは映画が悪いのではない。映画の描く世界に私が耐えられないのだ。私にとっては実体験のように原作の世界が記憶に刷り込まれていて、最後に死んでいく主人公は私自身そのものだからだ。

 そんな風に小説が読めた若い時代に出会った野坂昭如に黙祷。

本末転倒

 糖尿病の治療中(これは完治はないのかもしれない)で、減量するよう指導されている。去年くらいから順調に体重が減って、それに伴い血糖値も正常値の範囲にある(薬を飲んでいるからだけれど)。その体重が思った以上にさらに減っている。

 このところ身体が本調子ではない。キューバ旅行の疲れがなかなか完全に抜けない。咳がなかなかおさまらない。食欲もあまりなくて、食が細っている。問題はそれとともに気力も低下していることだ。

 減量が過剰なのではないか、と気がついた。糖尿病が鎮静しても心身は不調、というのでは本末転倒だ。

 スーパーへ行って材料を揃えて寄せ鍋でもしようと思っている。晩ではない。思い立ったのだから昼から栄養補給するのだ。少しぜいたくな材料でもたっぷり入れて体力の回復をしよう。そうでないと思わぬ病気にかかりかねない、と思っている。

 結果は後日報告する。

2015年12月 9日 (水)

陳舜臣「ものがたり 水滸伝」(朝日文庫)

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 水滸伝と三国志は年に何度か読みたくなる。この本は文庫本一冊で一気読みできるので、手軽でありがたい。しかも中身は濃い。

 あとがきの「読者へのことば」の一部を引用する。ここに書かれていることは、実際に杭州の六和塔で私が見たこと思ったこと感じたことにつながっているからだ。

 (前略)百二十回「水滸伝」では、百十九回のところで、宋江たち梁山泊軍が方臘討伐に成功する。だが、それまでに多くの豪傑が戦死し、杭州に凱旋したころ、残った将領はわずか三十六人であったとしている。いったん三倍に増やした人数を、史書にあった三十六人に戻したのである。扈三娘、顧大嫂、孫二娘と三人いた女将も、顧大嫂ただ一人になってしまった。

 戦勝の梁山泊将領三十六人は、杭州の六和寺で命令を待つ。この寺は銭塘江を見はるかす小高い丘にあり、煉瓦造りの豪快な塔がある。1974年の秋、私はこの「ものがたり水滸伝」を書き終えた直後、六和塔を訪ねた。

Dsc_0088 六和塔から銭塘江を見下ろす

 花和尚魯智深は、この寺でいわゆる「浙江潮」をきいた。舟山列島から押し寄せる潮が、銭塘江の水と衝突し、海嘯が雷鳴のようにあがるのである。魯智深は浙江潮をきいて円寂(死ぬこと)すると予言されていたので、自分の死期を知り、禅椅に坐ったまま、しずかに死んだ。そして六和塔の裏で荼毘に付されたのである。

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 六和塔は高さ六十四メートルで、法隆寺の五重の塔の倍もあり、かといってすらりとした姿ではない。各層の屋根がそり返り、でっぷりした巨体は、魯智深その人を見るようだった。六和塔は宋初の建立なので、「水滸伝」の時代には、すでにそこにそそり立っていたのである。

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 魯智深だけではない。六和寺滞在の短い期間に、楊雄が悪性の瘡(できもの)で死に、時遷も攪腸沙(コレラのたぐいか)で死んだ。そして林冲もここで中風を患った。梁山泊軍はみやこへ引き揚げるが、この寺で動けなくなった林冲の看病のために、負傷した武松を残した。林冲は半年後に死んだが、武松は寺男のようなことをして八十の長寿を保ち、この六和寺で大往生したということになっている。
 (後略)

私も息を切らしてこの六和塔を最上階まで登り、水滸伝の英雄たちをしのんだのであった。

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キューバ・ふたたびハバナの街へ

ハバナの街に戻ってきた。海岸通りから街の中心部へ入ろうとしたら、映画の撮影か何かがあるとのことで通行止め。旧市街の裏道へ車は誘導されて大渋滞。


おかげで古い裏町を見ることができた。そこでの車窓の景色をご覧ください。

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これらの老朽化した建物は多分数年内に取り壊されていくのではないかと思う。

現にホテルを建てるために取り壊されている、という場所をいくつも見た。観光客を受け入れるためにホテルを建てていき、そして本来のハバナの街は失われていくのだ。

渋滞を抜け、下町にあるキューバ人の家庭を訪ねるという。といってもキューバ人の結婚した日本女性の家であり、その女性は旅行会社のオーナーである。つまりオズワルドの雇い主ということだ。

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下町風景。

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会社や学校が終わり、帰宅ラッシュ。

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訪問した家の中庭。

ここで実際のキューバ人の暮らしについていろいろ教えてもらう。肝心の女主人は仕事で不在。やはりキューバ人と結婚してキューバに暮らして6年という若い女性と、筑波大学に留学して日本語がぺらぺらの青年がいろいろ説明してくれる。数多くの質問が寄せられ、丁寧にそれに答えていた。

女主人の旦那がニコニコとそれを聞いている。キューバ革命の戦士のひとりだという。夫人とは年がだいぶ離れている(多分二十歳くらい)ようだ。

ここで実際のキューバの生活を少しだけ知ることができた。なかなかたいへんだけれど、みなたくましく生きているのが分かった。

晩にはまたホテルのラウンジバーでフローズンダイキリを楽しむ。これがキューバの最後の夜だ。

翌朝早朝にキューバを飛び立ち、トロントに立ち寄って残りの金でカナダワインを買い、長い長い、そして寒い寒いエアカナダの飛行機に耐えて羽田に帰り着いた。

これでキューバの旅の長い話は終わり。おつきあい、ありがとうございました。

タイヤ交換

来週雪国方面に出かけるのでタイヤ交換することにした。


リースタイヤを金沢で交換することにして10年以上になる。いつもはそのまま金沢に泊まり、金沢の若い友人たちと金沢の酒や魚を楽しむのだが、どうも体調が今ひとつ思わしくない。うまい魚を食べたい、という気持ちが湧いてこない。

ということで今回は友人には連絡せず(済まぬ、済まぬ、また今度ね)、日帰りすることにした。

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東海北陸道は前夜雪、そこで北陸道で金沢に向かう。杉津のパーキングで久しぶりに日本海を見る。ここは眺望が良い。

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紅葉はとうに過ぎ、冬枯れの木々はもう冬景色だ。

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薄曇りなのに透明な日本海。

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尼御前のサービスエリア裏にて。このサービスエリアは福井と金沢のちょうどまん中くらいにある。トイレの横から遊歩道に出られるのだけれど、気がつかない人が多い。

義経は吉野で静御前を捨てたけれど、この尼御前はここで足手まといにならないために自ら身を捨てた。このすぐ先が勧進帳で有名な安宅の関だ。

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この尼御前はとても美しい。

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確か白山がちらりと見える場所があるはず、と藪のほうに入ると、雪をかぶった白山がくっきりと見えた。ここしか見えないのだ。

余裕を持って出かけたので約束の時間より少し早めに着く。タイヤを交換してそのまま帰路につく。帰りは万全なのでもちろん東海北陸道で帰る。

高速道路には雪がないが、五箇山から郡上まで山はうっすらと雪化粧していて、道の横にも雪が残っている。もう冬本番なのだ。

夜半咳で目が覚める。ホットはちみつレモンを造り、ちびちび飲んで咳を鎮めて寝た。さいわい今朝はおさまっている。

週末には息子がシンポジウムかなんだかがあるとのことで、
広島からやってくる。

来週は娘と城崎に蟹食いに行く。私の友人たちとも京都で合流する。体調を整えなければ。

2015年12月 8日 (火)

キューバ・ハバナへ帰る

バラデロに二泊して、ハバナへ帰る。


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バラデロから一時間ほどの、ハバナとマタンサス州の境のユムリ渓谷にかかるバクナヤグア橋。展望台でトイレ休憩。ここでももちろん10セント必要。橋の高さ112メートル。

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展望台から見下ろす。ジャングルである。

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目を上げれば大西洋。飛んでいるのはハゲワシ。

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キューバでは鴉を見ない。その代わりこのハゲワシがそこら中にいる。鴉よりひとまわり大きい。

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反対方向の眺望。

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この辺りの大西洋は美しい。

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途中にあった製油所のある街。この辺は原油を採取している井戸がそこら中にある。

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こういう原油を汲んでいるところがところどころに見受けられる。

採取した原油は主にカナダとの合弁会社が精製しているが、近年は中国企業の進出が著しいという。

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ようやくハバナの街に戻ってきた。今晩ハバナに泊まったら明日はもう日本に帰る。

キューバ・プライベートビーチ

バラデロのホテルのプライベートビーチの様子を。


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白人のお年寄りも多い。ヨーロッパやロシア、またはカナダからの人が多い。

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異国情緒のある四阿だが、テーブルがあるのに椅子がない。

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海岸を散歩する。潮風が快適。

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陽が出ると夢のような風景に。

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けっこう波が荒いので、海で泳ぐ人は少ない。小さな岬になっているこのあたりは波が下の方を浸食している。

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こんな風に波が岩をえぐる。

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えぐれて穴になっているところがあり、落ちないように井戸のようにしてある。

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こんな風になっていて、みなのぞき込む。

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寒冷前線のせいで風も強いし波も高い。そして涼しい。

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だからプールに入る人が多い。

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前夜の夜中にうたた寝したプールサイドの寝椅子。

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これが泊まったホテルの正面。

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今晩のディナーコースを予約したシーフードレストラン。向こう側は海。窓際の席をゲット。ここのシーフードはおいしかった。

もうキューバの旅は終わりに近づいた。

2015年12月 7日 (月)

キューバ・無人島クルーズ

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バラデロからクルーズ船に乗って無人島・カヨブランコに行く。カヨは島のこと、ブランコは白、白い島だ。バラデロの港から一時間あまり。友人のF君は揺れる釣り船でも全く平気な猛者だけれど、この日は私と二人、二日酔いで絶不調。
写真のオレンジのシャツがF君。しばらく船倉でぐったりしていたが、いまは船尾でぼんやりしている。マングローブの続く岸辺を船は快速で進む。

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やや元気を取り戻したF君。船長気取りで操縦席に。もちろん船長の許しを得ている。

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これが本来の船長。

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こちらは船長の弟とおぼしきおっさん。この人が途中で素潜りでロブスターを獲る。大きいのが獲れるはず、というので、今回のクルーズのグループ8人で6尾を注文する。

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二度ほど潜ってもなかなか獲れない。大丈夫だろうか、と心配していたら場所を変えるという。移動して潜ったらしばらくあがってこない。

やがてあがってきた彼の手には十数匹の大きなロブスターが。写真は特に大きなものの髭や足をさばいたもの。とにかくでかい。あとで料理して船上で食べる。

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カヨブランコに到着。

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本当に白い砂の島。

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砂浜を散策。雲行きが怪しい。この日も寒冷前線が通過中とのことで、気温もあまり高くない。

やがてロブスターがさばけたというので船に戻る。

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船を近くの岸部に移動して係留。写真の船は別の船。こちらの船は二階にも操縦席があるから、もうひとまわり大きい。

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目の前はマングローブが繁茂している。よく見ると小さな魚が泳いでいるのだが、浅い。

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水着を着ているなら泳げる、というので飛び込んだF君。少し元気が出て来たようだ。もう一人、元気なおばさんが飛び込んだ。私はそもそも水着をもっていない。

ロブスターは半数を焼いて、半数は生で食べられるようにしてくれた。私たちは三人で二匹頼んでいたのだが、好きなだけ食べろという。焼いたのを一匹、生を一匹ぜいたくにいただいた。料金は最初の約束の代金でいいという。なんと二匹分で六匹も食べさせてもらったわけだ。

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カモメが空を舞う。

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二度とできないある意味ぜいたくな食事をして、満足して島を離れた。さらばカヨブランコ。

写真の女性は私とF君のマドンナであるYさん。一番元気。最後まで元気であった。この三人で毎年一回海外旅行に出かけることにしているのだ。彼女は海外旅行の経験が豊富なので一番頼りにしている。

ツアーの人達は次々にわれわれの関係を尋ねる。夫婦とその友だちのように見えるらしいが、どちらが旦那か分からないのだ。

Yさんはその都度「飲み友だちです」と笑って答えていた。その通りなのだ。

キューバ・精霊がいない

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バラデロのホテルのベランダ。

前夜飲み過ぎたのに夜明け前に目が覚めてしまい、眠れなくなってこのベランダに出て籐椅子に座って夜の海と星を眺めていた。潮風が吹いて涼しく、気持ちが好い。

備え付けの冷蔵庫の缶ビールを飲む。ぼんやり夜の闇を見つめているうちに気がついた。

いままでアジアの各地を旅してきた。そこでは夜の闇の中に精霊が充ち満ちて、気配を感じることができた。その精霊がこのキューバの夜の闇には全く感じられない。

そもそも存在しないのか。失われてしまったのか。

文明には普遍性があり、文化は民族や地域に特有のものであるという。精霊の存在こそ文化の証ではないのか。ではキューバには文化がないのか。

そもそもキューバには原住民がいて、長い歴史の中で独自の文化をはぐくんできた。それをスペイン人が虐殺し尽くしてしまい、キリスト教の名のもとにその痕跡すらすべて棄却してしまったようだ。だから精霊は失われた。

ユダヤ教を原点とするキリスト教もイスラム教も、一神教という原理主義的宗教の名のもとに精霊を抹殺した。

ただ、キリスト教はヨーロッパに伝播する中でかろうじて現地の文化である神話に残された精霊たちをキリスト教と習合させることで精霊は生きのびた。

日本に帰ってきてから、キューバにも、アフリカから連れてこられた黒人奴隷たちの生まれ故郷のアフリカの土俗的な精霊をあがめる風習が残されている、ということを知った。

しかしそれをその暗闇で見ることはなかった。キューバにあらたに独自の文化が生み出されるにはまだ長い時間が必要なのだろう。


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キューバのビールは二種類だけ。そのひとつがこのクリスタルビール。軽くてドライ。これを飲みながら考えた。

アジアにはいたるところに顔がある。特にバリ島では無数の顔を見た。いのちが満ちあふれていた。

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私の言う「顔」。玄関に魔除けとして等身大のこの写真を貼っている。

キューバ・バラデロ

Dsc_7458 バラデロのプライベートビーチ

最初、バラデロではなくでパラデロだと思い込んでいた。言葉に出しても誰も咎めないからそれで良いのだと思っていた。ガイドブックを見ていてようやくまちがいに気づいた。こんなことがときどきある。


バラデロはキューバの大西洋側の海岸にある、キューバ随一のリゾート地。リゾートにやってくるのは外国人ばかりだ。

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スコールがあがる。

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バラデロに入ったが、まだリゾート地ではない。

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バラデロは大西洋に突き出た細長い半島。内側はキューバの島に沿っているから湾はまるで川のようだ。マングローブが生い茂る。半島は30キロ以上あるが、幅は1キロもない。先端部20キロほどの大西洋側は白く細かい砂浜が続き、海は水色である。多くがホテルのプライベートビーチ。

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湾と外海を結ぶ運河。この辺りからリゾート地。

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リゾート地の入り口あたりの目印。リゾート地は入るのが有料。キューバでは滅多にないという有料道路である。

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ホテルのフロント。

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ホテルのホール。放射状に部屋があるので良く覚えておかないと迷子になる。

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ホテルの部屋の窓からの景色。正面右手はシーフードのレストラン。翌日の晩はここでコース料理を食べた。要予約。

早めに到着したので散策の時間があったのだが、同室のF君と二人で晩飯まで爆睡してしまった。

この晩はバイキング式のレストランで食事、そのあとカウンターバーでいい調子でフローズンダイキリを飲み、さらにラム酒のロックを飲んだら酩酊。同室のF君と涼みにでて、プールサイドの寝椅子に横になっていたらそのまま寝込んでしまった。

止せばいいのに目覚めたあと、ショーをやっているクラブには行ってまた酒を飲む。

明日は無人島へのクルーズがあるというのに大丈夫か?

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同じく部屋からの眺望。


2015年12月 6日 (日)

キューバ・スコール

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サンタクララ近郊の野外レストランでランチ。

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看板が読めない。

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向こうの席で同行のメンバーと昼食。

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食後、かわりのバスがくるまで時間つぶし。

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これはどう見てもインディオ風。初めて本来の原住民の像を見る。

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ようやくかわりのバスがきた。運転手も交替。クーラーは効きすぎるくらい利く。

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バラデロに向かって快調に走る。天気は快晴・・・のはずだったが。

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トイレ休憩の場所に着くころには雲行きが怪しくなる。

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オズワルドが休憩所で何かぼやいている。

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休憩所の前に置いてある機関車。これは動かない。

ふたたび走り出す。

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遠くには雨が降り出している気配。

オズワルドによれば寒冷前線が通過しているという。

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バスの屋根を雨が激しく叩く音がして、スコールが襲う。

実際は外は全く見えない。

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ひとしきりスコールは降り続き、やがて止んだ。やはり凄い降り方だ。外にいるときでなくてよかった。もうすぐバラデロに着く。

キューバ・おしゃべりオズワルド叱られる

Dsc_7317サンタクララの共産党本部前にて

サンタクララはキューバ革命の天王山だったようだ。ここをゲバラたちが陥落させてバチェスタは海外に亡命を決意、政権は崩壊した。

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このカピーロの丘が攻防の要。ここに革命側の旗が翻り、勝利は決した。

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共産党本部の壁にはゲバラの「チェ」というサインが。

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ゲバラの銅像。

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完全な逆光。

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サンタクララの街。静かで落ち着いた街のたたずまい。

ゲバラ霊廟に向かう。バスのエアコンは完全にアウトになり、強い日差しにバスの中の温度は上がり続ける。窓は開かないので風を入れることができない。霊廟を見たあと昼食なので、その間に修理するとのこと。

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ゲバラ霊廟。ボリビアで殺害されたゲバラの遺体は20年後にキューバに渡された。

このゲバラ霊廟は管理がとても厳しく、一切の手荷物をもって入れない。ポシェットも不可。なので外部から写真を撮ったあとバスにカメラを置いて中に入る。

中はクーラーが効きすぎるくらいに利いている。霊廟の前にゲバラの遺品の展示室があり、彼のたくさんの写真も展示されている。ここで例によっておしゃべりオズワルドが滔々と説明を始めた。一つ一つの写真と遺品について詳しく説明してくれるのだが、詳しすぎて果てしがない。

他にも見物の人達がたくさんいるのにいささか邪魔になっている。係の人の表情が険悪になってくる。

そのあと霊廟へ。

霊廟では私語は厳禁。そこでゆっくり見ようとしたら、われわれのグループはすぐ出て行け、と追い出される。

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ゲバラの巨大な像を写真に撮ってからバスへ向かうと、様子がおかしい。なかにはいれないのだ。

覗いてみると軍服を着た怖い顔のおじさんがオズワルドに激しく言葉を浴びせている。そばには霊廟の女の係員がいたが、途中で出て来て霊廟のほうへ行ってしまった。

しばらくしてようやく怖い顔のおじさんがでてきた。言い足りなそうだったが、バスの中の暑さに閉口したのだろう。クーラーの故障はオズワルドには幸いであった。

そのあとのオズワルドは?

青菜に塩で、とても静かになりました。

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バスのエンブレム。このあとレストランに行くまでの間は炎熱地獄。今回は短時間の修理では回復せず。バスを交換することになった。

中国の車がしばしばこんな風にお粗末なのか、たまたま乗った車がひどかったのかは知らない。しかし私たちには中国製品はお粗末であるという記憶が刷り込まれた。

キューバ・峠を越えて

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トリニダーから山越えしてサンタクララに向かう。
道はところどころ悪路。一部舗装されていないところもあり、バスがやっと通れるほど狭い。

その道を馬車がしばしばすれ違い、それを追い越さないといけないので、ハラハラする。

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山の中の景色。もっと鬱蒼としたところもあるが、写真にならない。

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ところどころに家が散在する。

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店らしい店もないから、自給自足の生活かもしれない。もちろん自動車などもっていないから、交通手段は馬に乗るか良くて馬車だ。

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山道は続く。

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ようやく山間部を脱けると小さな町に着いた。

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洗濯物が生活を感じさせてくれる。

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家の壁に大きなゲバラの絵。キューバではいまもゲバラは敬愛されているという。

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街角にて。

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暇そうなおじいさん。

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観光地よりもこういう普通の人の暮らしのほうが、印象に残るし、写真になる。

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同じく街角にて。黄色いのはなんでしょう。

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馬車の屋根なのだ。

この先で高速道路に乗り、しばらく行ってトイレ休憩。

そこからサンタクララまであと一時間あまり。またバスのクーラーの調子が悪くなる。次第に車内の温度は上がり始め・・・。

2015年12月 5日 (土)

繰り返すといっそう好きになる

 繰り返すといっそう好きになる。このことはいまさら私が言うまでもなく誰もが感じていることかもしれない。

 繰り返されると特に好きでもなかったのに好きになることさえ普通にある。

 朝ドラのテーマソングがいつの間にか好きな曲になり、忘れられない歌になったりするではないか。最初にいいな、と思った歌を繰り返し聞くうちに、飽きてくるよりもいっそう好きになる。

 大好きな歌は最初から大好きなのではなく、繰り返し聞くから大好きになるのだと思う。

 私は音楽の素養がないし、育ったころには音楽と言えばラジオから流れる歌謡曲ぐらいのものであったから、三波春夫や三橋美智也の歌が音楽だった。

 母が映画音楽やポピュラーの番組を聴くようになって、私もそれに接するようになった。繰り返し聴く曲にイメージがふくらむようになると、それが好きなものになっていくのを感じた。「太陽がいっぱい」や「鉄道員」のサウンドトラックにはいまでも心が共振する。

 クラシックは、中学生になって初めて音楽の時間に接した。先生がいい曲だろう、とレコードを聴かせてくれるけれども、神妙な顔をして聴きながら、どこがいいのか、と思っていた。

 しかし繰り返し聞かされるうちにちょっと好いな、と思うものもでてきた。自分の中にささやかな窓が開いたのだろう。そのあと大学でクラシック狂の先輩にいやと言うほどクラシックを繰り返し聞かされた(聞かせてもらった)。いまでは多少は好きな曲をあげることができるようになった。

 音楽だけのことではない。

 絵画でもきっかけがあって繰り返し目にしたものが好きになる。そしてそれが手がかりになって次の好きなものができたりする。

 だから、いま全く分からないもの、好きでないものであっても、誰かが評価しているのならば、ただ私がその良さをまだ知らないだけだ、と思うようにしている。

 このことは芸術の枠を越えて私を律している。ときどきそれを忘れて自分の先入観で何かを評価してしまい、あとで自戒することも多いが。

 書物でもそうだ。ある文章を読んで皆目分からないことがしばしばある。自分の知的レベルの低さを実感して哀しくなるが、それでも絶望的にならないのは、もしかしていまに分かるようになるかもしれないというささやかな希望をもっているからだ。

 現にそうして繰り返し読み返していると、なにかのきっかけで突然ちょっとだけ分かることがある。

 どうしてそんな分からないものを繰り返し読み返したりするのだろうか。やはりそこに、何か私がいま分かっていないだけで、良いものがあるのではないか、と感じさせてくれる本だからだ。それは著者が伝えたい思いがあることを私が感じたということだろう。

 そういう意味では膨大な無駄読みは無駄ではなかったと自分を励まし慰める。当たりのありそうな、可能性のある本に鼻が利くようになっているのだ。それこそ濫読の効用だ。

 ユングではないが、ある本でなにかがほの見えたとき、たまたま並行して読んでいたり、気にかかった本とシンクロするという経験は数多い。偶然などではなく、本が呼びかけている。棚に本を並べていつでも手に取れるようにしていることの意味がここにある。

 限られた人生という時間の中で、繰り返すための時間が惜しいような気もするし、もっと時間が欲しい気もするが、限られているから好きなものとの出会いも価値があり、知ることのよろこびもあるのだろう。

 手を広げること、自分を限定しないことと同時に、繰り返しを無駄と思わないようにすること、相反することができるためには焦りは禁物だろう。

 自分の能力と与えられた時間に諦観を感じながら記す。

キューバ・大農場を見る

トリニダーからゲバラ霊廟のある革命の地・サンタクララに向かう途中に、有名な大農場と大農場主の邸を訪ねる。


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トリニダー郊外・世界遺産のロス・インヘニオス渓谷の大農場に寄る。この場所で撮った写真はうっかりして露出補正を強くかけたまま(朝設定した)だったので色が変である。申し訳ない。

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階段横には馬の落とし物が。ほかほかだが特に臭わない。

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階段から駐車場を見下ろす。辺り一面が昔はサトウキビ畑だった。

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渓谷を見下ろす。

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昔は数千人の奴隷が葉垂らしていたらしいが、いまはわずかしかサトウキビは作られていない。もちろん大農場主など今はいない。

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渓谷といっても特に川が流れているようでもない。

ここからマナカ・イスナガという大農場主の邸に向かう。

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マナカ・イスナガの邸。ここで初めて人の袖を引く物売りに出会った。粗末な木彫りのブローチや首飾りを売ろうとしている。とても安いけれど、買う気にならない。

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シンボルの塔。キューバでは金持ちが自分の財力を誇示するために塔を建てた。これは特に立派なものだそうだ。

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邸の中。

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この白いシーツのようなものも売り物だろうか。こんなところに洗濯物を干すとも思えないし。

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踏切があるのが分かるだろうか。実は車の向こうのみすぼらしい建物が駅舎なのである。サトウキビを貨車で運んだのだろう。いまでも列車は走っているらしい。駅舎の写真を撮りに行こうとしたら、バスがでるから時間がないといわれる。

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サトウキビの皮をむいている人。望遠なのだが、写真を撮ろうとするこちらの視線を感じたらしく、じろりと睨まれた。キューバで初めて出会ったフレンドリーでも陽気でもない視線だった。

ここから峠越えしてサンタクララに向かう。

キューバ・トリニダーの朝

カーテン越しに夜明けの明かりが射す。


ホテルが高い階だったので目の前のカリブ海が見下ろせる。

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夜が明けた。

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ホテルのプライベートビーチ。

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浜辺を散歩する人々が次々にやってくる。朝から泳ぎ出す人もいたのだけれど、撮った写真はピンぼけだった。

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この浜辺で潮風を浴びたいのだが、残念ながらもうトリニダーを引き払う。リゾート地で泊まるだけというのはいかにも残念。今日は革命の地、サンタ・クララに立ちよったあと、キューバで最も有名なリゾート地、パラデロに向かう。

2015年12月 4日 (金)

キューバ・トリニダーの夕陽

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トリニダーのホテルに到着したころにはすでに陽は没していた。

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カリブ海に暮れ残る残光。

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雲が輝く。

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友人のF君に話しかけるおばさん。ベルギーの女性だからフランス語である。F君は彼女の話にうなずきながら何か返事をしている。会話が成り立っているのだ。F君はフランス語など知らない。

彼女が話しかけたい思いをもってF君に語りかけ、F君は彼女の思いを受け止めているのだ。会話は内容ではない。話しかけたい、という気持ちを了解した、と答えることでコミュニケーションは成立する。

意味が分からなくても、あなたの伝えたいという気持ちを私は受け止めた、というメッセージさえ返せれば心は通う。

F君はどこの国に行ってもこのように人と接し、いつの間にか片言で話し始めることができる。

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浜辺を歩く人が完全なシルエットになった。

ホテルはオールインタイプ。手首に識別用のテープを巻いていると、ホテル内のどのレストランやバーでも、飲み物食べ物などが原則(例外あり)食べ放題飲み放題である。

さあ飲むぞ。

キューバ・トリニダーの旧市街を歩く

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トリニダーはむかしカリブ海に面していた。砂糖やコーヒー、葉巻の輸出で栄えていたが、海賊にたびたび襲われるのでやや高台に中心を移したという。

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街のシンボルの塔。

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サンティシマ教会。

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日は傾いているが日差しはまだ強い。

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丸い瓦の家がところどころで目につく。

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逆光の影が長く伸びる。

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カンチャンチャラと言うのは飲み屋の名前であり、ここ独特のカクテルの名前でもある。下に白い文字で書かれているのはカクテルに含まれる材料。甘くて冷たい飲み物が素焼きの器で供される。ラム酒入りが普通だが、無しでもいける。

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店の入り口で亭主然として葉巻を売る男。本当に亭主かどうかは分からない。私は煙草はたしなまないが、いい香りがただよう。

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店でゆっくりしてから外に出たら、路面が濡れている。スコールでもあったのだろうか。

今夜の宿は旧市街から17キロ離れた海岸のリゾートホテル。そこで夕陽が見られるはずなのだが、バスの修理で時間が押している。間に合うだろうか。

2015年12月 3日 (木)

感じる

 控えていた酒をちょっと余分に飲んでみた。逆療法である。
 
 出来合のものを含め、つまみを並べて酒を飲む。飲みながら録画していた岩崎宏美の2010年のプラハでのライヴを観た。彼女はチェコの親善大使をしている。機会があってのドヴォルザークホールでのクラシック楽団との本格的な共演である。それを観ていて涙が出た。

 酔いすぎたからか。

 岩崎宏美の歌に失われた青春を思ったからか。

 失われたのではない。そもそも無いものを想って泣いたのだ。思い出に泣いたのだけれど、そもそも泣くほどの思い出などない。あったはずなのに無かった思い出に泣いたのだ。

 男はあったはずの想い出を想い涙する。自分自身を憐れむ。

キューバ・石畳の街

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トリニダーは大きな街ではないが、キューバでは古い町だ。

石畳が丸い石なので、でこぼこで歩きにくい。
ここのロマンティコ博物館を訪ねる。
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ここはかつての農園主のお屋敷。奴隷を使って大金持ちになった。
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こういう展示物にはあまり心が動かない。
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豪華な調度品にも羨望を感じない。
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天井を高くして風を通し、涼しくしているようだ。
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中庭。そういえば犬山のリトルワールドにもこんな感じの建物と中庭があった。
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シーボルトだかフンボルトだかという博物学者の標本。
保存が悪い。養老先生なら嘆くところだ。
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石畳の道を歩いてトリニダーの街をさらに行く。日が傾きだした。

キューバ・シエンフエゴスからトリニダーへ

長々とキューバの旅を続けているが、長すぎてご迷惑だろうか。旅を反芻してもう一度楽しんでいるのでご容赦いただきたい。


バスのエアコンはさいわい部品交換で復調した。シエンフエゴスからキューバの南岸、トリニダーに向かう。

ふたたび車窓から

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馬。

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牛。

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どう見たってバオバブの木。

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小さくて分りにくいが、馬に乗る人。

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やった!ついに本当のカリブ海だ。一生のうちにカリブ海に来ることがあるなんて思っても見なかった。

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カリブの陽光。

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初めて山を見る。

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アップして見る。翌日はこの山の間の峠越えをすることになる。

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トリニダーの街に入る。

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このあとこのトリニダーの旧市街を訪ねる。

体が重い

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 旅行に出かけるだいぶ前から喉の調子が変だった。声がかすれるし、ときどき痰が絡んで咳が出る。たいしたことはないし熱も平熱。食欲もふだん通りだから気にせず旅行に出かけた。

 ところが旅行中にホテルのエアコンが効きすぎていたからか、その喉の調子がどんどんおかしくなり、咳がひどくなった。その上冷たいものを飲み続けているから腹具合も不調になる。用意していた下痢止めを飲んだら今度は便秘になった。

 帰りのエアカナダは凍るように冷たいエアコンのために喉は絶不調。激しい咳が止まらない。さいわい熱がないので検疫のサーモメーターは無事通過できた。

 長旅の疲れと相まって体調が悪い。咳止めの強い薬を飲んでいる(連用性があるので飲み過ぎないよう注意を受けた)けれど、一週間たって多少楽になってきた程度。医者に行くほど具合が悪いわけではないので、おとなしくしている。疲れはもちろんすでに取れている。

 そんなわけで体重もいままでの最低からさらに二キロ減った。それなのに体が重い。

 明日には所用で遠出をしなければならない。大丈夫だろうか。他にもいろいろ用事があるのだが・・・。

2015年12月 2日 (水)

キューバ・シエンフエゴスのホセマルティ広場

Dsc_7158ホセマルティ広場にて

道路沿いの景色。

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何度も鉄道を横断したが、一度も列車に出会わない。ちゃんと走っているそうだから、一日に一本とか二本なのかもしれない。

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川もある。水量は充分に見える。しかしキューバは水不足で昨年は米が壊滅的に収量不足。今年は例年の三割しか作付けできなかった。もしかするとこんなことがアメリカとの国交回復の理由かもしれない。

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街に入る。日差しが強い。バスのクーラーの効きがなんとなく悪くなってきた。

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木陰で涼む。

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馬車に人がぎっしり。

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シエンフエゴスの世界遺産、ホセ・マルティ広場に到着。

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広場のまわりにはきれいな建物がずらりと並んでいる。

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シエンフエゴスはフランス人によって建てられた街だという。

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空の色が深く青い。真昼の直射日光が強烈。

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確かこれは劇場か映画館だったような・・・。

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広場のまん中で青シャツのオズワルドが熱弁を揮う。青シャツは旅行会社の色。赤シャツの会社もある。オズワルドは赤シャツ会社から青シャツ会社に移ったのだそうだ。
下の石の図が何を意味するのかちゃんと聞かなかったので知らない。

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広場の中心には白い石の像があるが、これも誰だか忘れた。

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公園内の木陰では子供連れの女性たちが涼みながらおしゃべりしていた。

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昼食を食べたレストラン。大金持ちの邸宅だったそうだ。その生活の様子を見ることもできるようになっている。

効きの悪くなったバスのクーラーは完全に停止。クーラーが強すぎる、とか効きが悪い、とか乗客にいわれてそのつど空調をいじりすぎた、と(多分)運転手がオズワルドにぼやいているように聞こえた。クーラーが停まるとたちまち車内は蒸し風呂状態。

修理のために一時修理工場に行ってしまう。つい、やはり中国製はこんなものか、などとなかまたちと悪口を言い合う。

さいわい少し昼食時間が長くなった程度でバスの修理は終わって無事戻ってきた。

しかし事態は翌日さらに悪化する。

キューバ・トイレ休憩

キューバではたいていのトイレで小銭が必要だ。トイレの前におねえさんかおっさんがいるか、またはただ小銭を入れるための皿が置いてある。10セント(10分の1ペソ)が相場。この小銭を準備しておくのが面倒くさい。下手に1ペソ以上だとバカにされる。そういうときは二、三人でつれもっていく。


キューバは水が十分でないので、水の勢いが弱く、ホテル以外では紙は原則流してはいけない。すぐ詰まってしまう。紙が置いてなくて、お金と引き替えにトイレットペーパーをちぎって渡してもらうことも多い。

これは中国でも昔は普通だった。ごわごわの赤い紙を渡されたものだ。昔は5角(1元の半分)、いまは2~5元くらいだろうか。観光地の公衆便所では必ず金が必要。

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トイレ休憩の場所が見えてきた。

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ちょっとしたコンビニ風。

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土産物なんかも売っている。

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こんな人形も売っている。欲しいけどかさばるので買うわけにはいかない。

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なかには喫茶コーナーもある。

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ひとしきりの混雑が終わったトイレ。
女性はいつもトイレで行列。本当にたいへんだ。

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裏手に回ってみるときれいな花が咲いていた。

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高速道路をバスが通過する。

さあわれわれも出発だ。

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どうということのないバスの車内。見た目はまともなのだけれど、リクライニングは道化だしシートベルトはちぎれている。

さあシエンフエゴスまであと一息。

キューバ・高速道路風景

キューバは社会主義国だから高速道路も原則無料である。出入り自由、自転車や馬車が走っていることもある。ところどころ中央分離帯がない。飛行機が離着陸できるようにしてあるのだ。


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ハバナを出て海岸線を行く。写真はバス停。バス停はそこら中にあるが、兌換紙幣がないと乗ることができない。キューバ人の給料は人民ペソだからそれではバスに乗れないのだ。

キューバは東西に長い島国。東西だが全体として右肩下がり。面積は日本の本州の約半分。そこに1100万人が暮らしている。キューバの国土の7割が平地で、山地は3割ほど。一番高い山でも1800メートルくらいで、川が少ない。日本は8割近くが山で川が多いのとはずいぶん違う。

ハバナは島の西より、北側の大西洋岸に位置する。本日は南東方向に島を横切り、中央部のシエンフエゴスに寄ったあと、南側のカリブ海に面したトリニダーという街に向かう。

シエンフエゴスも世界遺産の街だ。

高速道路沿いの風景を見ていただく。

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ジャングル風の景色あり。見た目よりも密度は高い。

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しばらくこんな景色が続く。人家はない。人口密度が低いのだ。

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やっと人家らしきものが。休憩所か。

バスの窓からなので、写りこみがあるのはご容赦。

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広大なサトウキビ畑。雨期が終わると収穫が始まる。12月半ばころからか。車は本当に少ない。

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大勢人を載せてトラックが行く。

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自転車で高速道路を行く。

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牧場。牛がたくさん見える。牛や馬はそこら中で目にした。人よりずっと多い。二時間ほど走ったところでトイレ休憩。

トイレについての話もあるが、それは次回で。

2015年12月 1日 (火)

キューバ・ハバナの夜

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ハバナの有名なレストランへ行った。

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この店はヘミングウエイも良く訪れたという。ガイドブックを見直すと、ラ・ボデギータ・デル・メディオという店だそうだ。

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入り口。予約無しでは入れない。

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部屋中見わたすかぎり落書きが・・・。有名な人がたくさん来ているという。サインや写真だけでは誰が誰やら分からない。日本人では橋本首相や先日亡くなった川島なお美などが来ているようで写真があった。

モヒートというカクテルが有名だが、私たちはワインのボトルを頼んだ。辛口でうまい。その上安いから感激(安いことに)。

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食事後、ハバナの夜を散策。夜景を何枚か見ていただく。

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ハバナには赤や青のネオンは全くない。すべて橙色のナトリウムランプの色だ。

そういえば最初の夜に飛行機から見えたのもこの光だ。これがたくさん見えてまるで砂金がきらきら輝いているようだった。

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帰りのバスの車窓から港の風景を。相変わらず火力発電所は排煙を吐き出している。

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ホテルに帰ってラウンジバーでなかまと飲む。もちろんフローズン・ダイキリ。ここのはうまい。女性バンドが目の前でシャウトしていて盛り上がる。可愛い。

ツアーのオプションで、トロピカーナのショーに出かけたグループもいる。元気だなあ。

翌日聞いたらものすごく盛り上がって楽しかったそうだ。

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私はこちらで充分満足。後ろのドラムの白人のおねえさんが私を魅了して目が離せなくなった。CDは買わなかったけれど、チップは渡した。彼女たちが引き揚げたのでわれわれも引き揚げた。

街頭インタビューが嫌い

 二度ほど街頭インタビューを受けたことがある。一度は(カメラがなかったから)多分ラジオで、一度はテレビだった。けっこううろたえずにまじめに答えることができた。テレビのほうは番組で私を見た、と知らせてくれた人がいたので放送されたらしい(私は旅行中で見ていない)。

 だからインタビューを受けることが嫌いだというのではない。

 最近のテレビのインタビューを見ていると、バカにしてもほどがある、というような、愚かな人ばかりを選んでいるように見えて腹が立つのだ。ものを知らなくてもいいんですよ、バカでもいいんですよ、なにも考えていなくてもいいんですよ、と猫なで声でテレビ局がささやいているような気がする。
 どうしてそんなに腹が立つのかと思っていたら、こんな文章に出会った。

 そもそもTVが伝える「街の生の声」や、新聞投書欄にひしめく投書や、ワイドショーの「おじさん・おばさん」コメンテーターの騒がしい毒舌は果たして「生活者の実感」を伝える肉声であろうか。私はいささか懐疑的である。それはむしろ「街の声」や「市井の人々の声」とはこのようなものであろうというメディアの期待にすり寄ってくる「作り声」なのではないか。

 TVのマイクを向けられたときに「大阪のおばちゃん」たちは、必ずインタビュアーの肩をどついてガハハと笑ってみせる。その「大阪のおばちゃんの定型的リアクション」は「街の人のリアルな反応」なのか、「メディアの期待におもねる演技」なのか、あるいは、多様な現実の内からメディアが選択して作為的に編集しているのか・・・私にはもう判断がつかない。

 いずれにせよ、「生活者のリアルな実感」というものがメディアの「定型への囲い込み」によって限りなく痩せ細っているのは事実である。それにもかかわらず、私たちは、そのようなステレオタイプ化された「生活者の声」を「世界の現実」に対置することにいくばくかの批評性があるかのような錯覚のうちにいまだに安んじている。
 そういうのはちょっとまずいのではないだろうか。
                            内田樹「ためらいの倫理学」から

 鋭いでしょう。

 私はメディアが「視聴者はバカである」というのを前提にしているのだと思っている。つまりメディアは「自分たちはかしこい」と思っているということだ。実は自分たちこそ自分の愚かさを知らない、ただのバカであることに気がついていない。だから私は腹が立つのだ。メディアに、そしてそれに合わせようとする人たちに(その理屈だと当然私だってバカであるが、でも自分がバカかもしれない、と思う程度の知性はある)。

キューバ・車に乗って

いままでだってバスという車に乗っていたのだけれど、このあとほとんどキューバでしか乗れない車に乗ったのだ。


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三輪のオープン式ココタクシー。乗客は二人まで。雨のときはもちろん運行休止。まん中の車に乗っているのが私です。

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こんな風に街を疾走する。けっこうスピードを出すので爽快。

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運転手のこのお兄ちゃん、暴走族で、一番後ろから走り出して、つぎつぎにぬいていく。

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このあとこの前の車と数センチまでくっついてこちらをワアワア言わせて喜んでいた。スピードメーターを見たら動いていなかった。

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この車もぶっちぎりで抜き去った。クラシックカーのならんでいるところまで。むちゃくちゃ面白くて興奮した。

このあとクラシックカーに乗りかえるのだ。

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好きな車に乗っていいというのでこの車を選んだ。

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私は助手席。革張りで座り心地は良い。

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運転してくれたお兄ちゃん。けっこうまじめなのだが、クラクションが豚の鳴き声なのが傑作。他の車は暴走族風にやかましくならしまくる中、合いの手に豚の鳴き声が混じる。大笑いさせてくれる。

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夕暮れの街を走る。オープンカーだから排気ガスがまともにかかる。燃費は悪いだろう。

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革命広場に行く。塔は星形のホセ・マルティ記念博物館。高さ109メートル。もう薄暗い。周辺は官庁がならぶ。

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ゲバラの姿のあるこの建物もなにかの官庁の建物。

ほとんど日も暮れた。ホテルへ帰る。

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ホテルまで送ってもらう。ご苦労様。

さあ一息入れたら晩飯に出かける。夜はこれからだ。

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