« 早くも夏バテか | トップページ | 富坂聡「風水師が食い尽くす中国共産党」(角川新書) »

2016年7月11日 (月)

聖徳太子の話(2)(「今昔物語集」から)

 聖徳太子が六歳の年、百済の国から僧侶が経論(きょうろん)を持参して渡来した。太子は「その経論を見たい」と天皇に奏上した。天皇は驚いてそのわけをたずねた。

 「私はむかし漢の国にいたときに、南岳に住んで仏道の修行しておりました。今度この国に生まれ合わせたので、その経論を見てみたいのです」。

 天皇の許しがあり、太子が香を焚いて経論をみた後に奏していうことには、「月の中、八日、十四日、十五日、二十三日、二十九日、三十日を六斉の日と申しますが、この日には梵天・帝釈様がこの地上の政治をご覧になります。それ故国内の殺生を禁じるべきです」

 天皇はこれを聞き入れ、国内に宣旨をくだし、この六斉の日には殺生を禁じた。

 太子が八歳の年の冬、新羅の国から仏像が運ばれてきた。太子は「これは西の国の神聖な釈迦如来の像です」と天皇に申し上げた。

 また百済の国から日羅と云う人が渡来してきた。その身から光明を発しいるという。太子はひそかに破れた衣を纏い、下仕えの童達と一緒に難波の館に行ってそれをご覧になった。すると日羅は太子を見て不審な顔を見せた。

 大使が驚いて逃げだそうとすると、日羅は跪き、手を合わせて太子に向かい、

 敬礼救世観世音(きょうらいくせかんぜおん)
    伝灯東方粟散王(でんとうとうほうぞくさんおう)

と申し上げると同時に、その身体から光を放った。すると太子もまた、眉間から光を放った。その光は日光のようであった。

つづく(次は仏教派の蘇我氏と仏教排斥派の物部氏などとの争いの話になっていく。この話は少し長い)

« 早くも夏バテか | トップページ | 富坂聡「風水師が食い尽くす中国共産党」(角川新書) »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 早くも夏バテか | トップページ | 富坂聡「風水師が食い尽くす中国共産党」(角川新書) »

最近のトラックバック

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 心と体
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ