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2016年7月24日 (日)

遠野伝承園(2)

むかしの農具が置いてある。どういうわけか、赤い字で俺のだ、と書いてある。


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曲がり屋に行く。

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入り口の土間に蚕が。

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丸々と太って・・・もちろん生きている。じつはこのあと聞くむかし話に関係があるのだ。

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曲がり屋の中の昔語りを聴ける部屋。あの板倉とは違う。その部屋の外の柱にこんな大きな、木のお面が。

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このおばあさんがお話をしてくれる。地の言葉、訛りの強い方言なのだが、とても聞きやすい。

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こんな風になっていて、囲炉裏の傍にすわってゆっくり話を聞く。オシラサマ伝説の話と、五徳の話の二つの話が語られた。

オシラサマ伝説は、「遠野物語」では

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このようになっているが、おばあさんの話は10分くらいの長い話になっている。馬と娘を失ったあと、両親は深く悲しみ、後悔する。そのあと死んだ娘が両親の夢枕に立ち、天に昇って馬と幸せに暮らしていることを伝え、臼の中に宝の虫をあげる、という。それが蚕なのである。

蚕の顔は正面から見ると馬のような顔をしているという。背中には蹄のような模様もあるそうだ。両親は蚕を育て、繭から絹糸をとって絹織物を作り、それで裕福な暮らしを送ることが出来たという。だから蚕が部屋の前に置かれていたのだ。

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馬と仲むつまじい娘。

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馬が死んで嘆き悲しむ娘。

オシラサマがなぜ馬と娘の一対なのか、これでわかった。


五徳の話をする(うまくまとめられるかどうか)。

五徳を知っているだろうか。囲炉裏や火鉢にあって、三本脚で、鍋などを置く台である。むかしは四徳と言って四本脚であったそうだ。

話はいきなり始まる。むかし、犬は三本脚だったそうだ。三本脚でちんばを曳いていた(いまどきちんばなどというと、たちまち差別だと非難されるだろう)。犬は走るのに困難なだけでなく、歩くのにも不自由していた。

それを哀れに思ったのが弘法大師であった。そこで四徳に、「お前はどこへ行くでもなくそこにじっとしている。別に四本脚でなくても不自由するということがない。だから一本、脚を犬にくれてやってはもらえないか」、といった。四徳がそれを承知したので、その一本を犬にくれてやった。

犬はお陰で四本脚となり、自由に走り回ることができるようになって大いに喜んだ。

犬は小便をするとき、弘法大師にいただいた脚に小便がかかることをもったいないことに思い、必ずその脚を持ち上げるようにようにした。いまでも犬が脚を上げて小便をするのはそういうわけである。

弘法大師は四徳のことをほめて、お前は三本脚になったけれど、徳を一つ積んだのだから五徳としよう、と言った。

だから五徳は三本脚なのに五徳というのだ。


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コメント

どこかに出かけたとき、写真のような古い農具が展示してあることがあります。
懐かしとは思いますが珍しいとは思わない田舎育ちの私です。

けんこう館様
確かにこのような農具は子どものころ普通に目にしていたもので、実際に使われてもいましたね。
でも、いまはこうして残そうとしている場所にしか残っていません。
こういうものを見て、過去の自分を見ているのかもしれません。

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