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2017年4月 9日 (日)

立川昭二「年をとって、初めてわかること」(新潮選書)

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 老人になるということはどういうことなのか、もちろん老人になってみなければ本当のことはわからないものだ。老人になるということの意味や姿を描いた、たくさんの文学作品から読み解いていったのがこの本である。

 選ばれている作家や作品の数がとても多い。これらを読みこなし、著者が読み解いたように読みこなすのは至難のことである。ここに選ばれたあるたった一つの作品でもその内容は深く重いのである。

 出来るなら紹介された作品や作家をじっくり読みたいところだが、それだけのエネルギーがないのが哀しい。ただ、いくつかの作品は私も読んでいるし、それなりの感銘も受けた。そのことを手がかりに老人になるということの意味をもう一度考えさせてもらうことが出来たと思う。

 前半には老人のエロスについて書かれた作品が数多く紹介されていて、老人はそんなことを考えているのか、またはそんなことばかりを考えているのか、と思うかも知れないが、実はそうである。特に文学作品を書くような人は、人間の根源的な欲望を直視して掘り下げる人ばかりだから、そのことにこだわることが多い。それが作品になっているのは当然なのである。

 しばしば謹厳で知られて人が、痴呆症になると看護婦や嫁に対して性的な行動に出ることがあると聞くが、他人事ではない気がする。人間は理性の歯止めがなくなればなにをすることになるのか、自分でもわからないのだ。とはいえそのことを直視する気がわたしにはないので、そのへんはこだわらないことにする。

 高齢の夫婦の関係について、そのさまざまな愛の形が描かれた。昇華して純愛に近いもの、互いをかけがえのないものとする美しいものなどいろいろで、これも独り暮らしの私には若干の羨望とあきらめ、そしてある意味で煩わしさからの自由を感じるのみである。

 老いには病と死とが必ずつながっている。病まずに死ぬことを理想とする人もいるし、病んでも一日も長く生きのびたい人もいる。しかしそれは自分では決められない。見事な死は運の善し悪しで決まるのではないか。同じ人が見苦しい死を死ぬし、潔くにこやかに死ぬ。

 老人になっても死から顔を背け続けたとしても、そのときは来るときは来る。それなら真正面からそれを見つめて考える方を私は選ぶ。死の覚悟など出来るかどうか知らないが、考えることで多少は見苦しくない死に方に近づけないかと思っている。なにより死を考えることは生きることを考えることにほかならないからだ。

 老いること、死ぬことを通して、生きることとはなにかを考えることをこの本で多少考えさせてもらった。何年がしたらもう一度読み返してみたい本である。そしてその間にこの本にとりあげられた作品をできるだけ読んでみたいものだと思う。

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