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2017年5月

2017年5月31日 (水)

いじめの認定

 人はわずらわしいことが嫌いである。関わらないで済めば関わりたくない。しかしそう言っていては問題が解決しないばかりかエスカレートしてしまうのが世の中だ。だからそのわずらわしいことを片付けるための役割を担う人を決めて処理するようにしている。こうして何とか世の中は廻っている。

 取手市の教育委員会は、中学三年生の女子生徒が自殺した件を重大事案ではなくいじめはなかったと議決していた。ところが県の教育委員会はいじめがあったと認定し、マスコミで騒がれると一日で「いじめがあった」と訂正した。

 自殺した生徒はいじめられたと思っていたけれど、いじめた方はそれほどのこととは思っていなかったということも、ないことではない。それを調べるのが教育委員会の役割であるが、そもそも最初になかったことにしておけば死人に口なしである。

 そうしてうやむやにすることが続いているから、自殺があったら必ず重大事案とする、と云う指針が文科省から出されているのだ。重大事案なら必ず調査しなければならない。そしていじめた者がいたのかどうか、いじめたと覚しき生徒から事情を聞き、自殺した生徒の周りの生徒達からも話を聞かなければならない。

 つまり取手市の教育委員会は文科省の指針をないがしろにしたのである。役割を与えられたのにその役割を担わなかったのである。つまり教育委員会の面々は、特に教育長はそもそも教育長ではなく教育委員会ではないのである。全員を役割から解くべきである。彼等は訂正すればそれで済むと思っているかも知れないが、間違っている。取り返しはつかないのである。そもそも任に適さないことをすでに証明してしまったからである。

 思い出すのは横浜で、原発避難の子どもが他の子どもからいじめを受けて金品を強要されていたという事案である。強請であり、たかりである。これは犯罪である。これを教育委員会の責任者は何と言ったか。「これはおごったのであってゆすりたかりではない。親睦の一つの形の表れでいじめとは言えない」。ではこのいじめを受けていた子どもにゆすりたかりを働いた子どもはおごったことがあるのか。

 おごるというのはバランスの問題で、あるときおごられたらそれは借りであり、時に今度は自分がおごるというのが親睦である。一方的に、しかも家から多額を持ち出して払わされていたものを「おごり」だと強弁するのは常軌を逸した言い逃れである。横浜の事案でこのようなことを言ってのけた人物はそれなりの制裁を受けたのだろうか。

 勘ぐれば、しばしばドラマにもあるように、教育委員会の誰かにいじめた者の身内や知り合いがいたのかもしれない。地方のボスの息子などがいじめた子どもだったりするのは別に珍しいことではない。そういう子どもは親の影響で勘違いしやすいものだ。そうやってあったことがなかったことにされるのを防ぐために教育委員会があるのだと思うのは普通の人たちだけであって、教育委員会というのはたんなる校長職終了後の名誉職で、坐っているだけでお金のもらえる仕事に成り下がっているのかも知れない。

 犯罪すらいじめと言い換えられ、そのいじめもなかったことにされる。教育現場がどうなっているのか心配だ。子どももたいへんだ。

渡邉哲也『メディアの敗北』(WAC)

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 トランプ大統領は、多くのマスメディアを、フェイクニュースを流していると決めつけて敵視している。それが単に彼の意に染まないから敵視していると見るのか、本当にアメリカのマスメディアがウソニュースを流しているのか、受け取り方が別れるところだろう。

 ただ、大統領選挙全般にわたって大手マスコミがこぞってトランプのネガティブキャンペーンを続けていたことは事実である。マスメディアは正義の名のもとに偏向報道をしていたという言い方も出来るわけだ。

 マスメディアが世論を誘導することを当然の役割と考えているのではないかという懸念はある。どうして当然なのか。一般大衆は無知蒙昧だから、自分たちが教え導くのは正しいことだ、と云う選民思想がありはしないか。

 著者はその上から目線の姿勢と経済的功利性が結託してマスメディアの報道がゆがんでいることを指摘し、それに大衆が気がついてマスメディアの信頼は失墜しつつあると見る。インターネットが普及したことで、マスメディアの真の姿が露見したというのは、多くの人の実感するところだろう。これは不可逆的な状況らしい。

 本書ではトランプ大統領誕生の中でアメリカのメディアがどのような情報操作を行ったかを述べたあと、日本の新聞の残紙問題をやり玉に挙げている。新聞の「残紙」とは、売れる見込みもないのに新聞社が新聞販売店に無理矢理買わせている「押し紙」と、販売店が折り込みチラシの広告代を稼ぐために新聞社から自発的に購入している「積み紙」の総称のことである。

 著者はこれをサラ金のグレーゾーン金利と同様のダーティなものではないかと指摘している。新聞社と販売店は共犯関係にあるとはいえ、すでに新聞販売店は購読者の減少によってその負担に耐えられない状況になっている。

 昨年、朝日新聞はこの残紙問題で公正取引委員会から口頭注意を受けており、今年に入って、社内からの告発文書が国会に送付されている。告発文書によれば朝日新聞の公称部数の三割が読者に配られずに廃棄されているという。しかしこれをマスメディアは取り上げようとしない。自分自身に火がつきかねないからだろう。

 ところでちょっと面白い部分がある。すでに解散したけれど、「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)をはじめとする反政府組織及び団体が国会議事堂前ででも活動をしていたのを記憶されているだろう。このときの参加者は、主催者の発表では十二万人、SHEALDsの発表では三十五万人、警察発表では三万人とされていた。

 これを著者は国会前の広場の面積とその想定される人の密度とをもとに推計している。一平方メートルあたり、三人を超えると身動きがとれず、危険な状態になることが分かっているが、その限度一杯に人がいたとしても、国会前広場の面積が1.2万平方メートルであるから、3.6万人しか入ることができない。十万人を超えた人数は存在し得ないことは明らかである。

 ではメディアは参加者数をどう報道したか。ほとんど主催者側の発表を参加者数として報道していたのである。

 こうして新聞社からテレビ業界、そして広告業界を含めてのメディア批判が繰り広げられていく。すべてをそのまま事実として受け止めていいかどうか分からない部分もあるが、おおむね多分そんなものだろうという気はする。

 著者は言う。「今、メディアの中核にいる人たちの多くは、こうした反安保闘争などの学生運動の生き残りの世代やその影響下にある人びとであり、換言すれば、当時「政府が悪い」「アメリカが悪い」と常に批判だけを続けていた人たちだ」

 そしてそのような人びとは、実は戦後のGHQが主導して、それに賛同して推進した日教組教育によって生み出された人びとであった。まさにその世代である私にはそれを目の当たりにしてきたし、その思想傾向から脱出するためにさまざまな本を読んできたのである。

 しかし待てよ!と私は思う。今度はこの著者に誘導されてはいないか?

2017年5月30日 (火)

紀行

 椎名誠のように探検の本が好きであるけれど、それ以上に最近は紀行文が好きである。本棚にもずいぶんたくさん並んでいる。昨日読了した百目鬼恭三郎の『乱読すれば良書に当たる』の中に古今の紀行文が多数取り上げられていた。

 自分が読んだことのあるもの、読みかけて途中のもの、本棚にあっていつか読もうと思っているもの、是非手に入れて読みたいと思うものが散りばめられていて目がくらんだ。このなかに読みかけて中断している清河八郎の『西遊草』もある、すでに読んだ青木正児の『江南春』もある。『更級日記』や『土佐日記』も取り上げられているけれど、こちらはいまさら読もうとは思わない。著者の紹介でちょっだけ読んだことにする。

 川治聖謨(としあきら)の『島根のすさみ』や橘南𧮾(なんけい)の『東西遊記』も手に入れて読んでみたい(それなりに理由がある)けれど、手に入りそうな柳田國男の『雪国の春』や斎藤茂吉の『ドナウ源流行』から探してみようか。

 百目鬼恭三郎が推奨するのだもの、面白くないはずがない。

ゴルフについて

 ゴルフについて、などと言ってもほとんどクラブも振ったことがないから、ゴルフそのものを語る資格もないし知識もない。ゴルフを楽しんでいる人から見れば、もったいないことだと心底思うらしく、現役時代はしばしばそう言われた。

 生まれついての運動音痴で、特に球技は大の苦手、ただ中学以来格闘技はふたつほどやった。運動神経が全くないわけでもない。それならゴルフぐらい出来るはずだと思わないでもないが、あまり誘われたので却って意地になったところがないこともない。仕事で必要だから、とまで言われたら私は意地になる。

 煙草をたしなまなかったのもその天邪鬼のお陰である。

 休日など見るものがないときにテレビでゴルフ番組を観ることもあるが、そこそこ面白い。プロの技はやはりさすがだと思う。実際にゴルフをする人はなおさら面白いだろう。

 何でもたしなんでみるものだと言うし、案外なところで自分に向いているものがあったりするものだ。そういう意味でゴルフをまったくたしなまなかったことに後悔はあるかといま問われれば、全くないとしか言いようがない。

 どうも私の友人達でゴルフをたしなむものが誰もいないところを見ると、ゴルフ好きとそうでない人に別れているようで、そのゴルフ好きでない人が私の友達となる傾向があるようだ。

 それがいったいそもそもどういう傾向だ、と問われると答えようがない。

百目鬼恭三郎「乱読すれば良書に当たる」(新潮社)

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 尊敬する書評家はたくさんいる。その中でも私が特にきわだって敬意を抱いているのは谷沢永一、向井敏、そして百目鬼恭三郎の三人である。ひとりの本をひもとけば、時代が同じだからその本の中で他の二人に言及している部分にぶつかる。そうなるとつい他の二人の本も引っ張り出すことになる。いま席の脇の本の山の一つは押し入れなどから引っ張り出して来た三人の書評本たちである。

 週刊文春の「風の批評」の匿名コラムニストとして情け容赦のない大なたを振るっていたのが百目鬼恭三郎であった。「世に匿名批評を卑劣呼ばわりする人は多い。けだし、批評は人を褒めそやすものなりという醇風美俗を乱すと観ぜられるからであろう」しかし「いいたいことがいえなくて何の批評であろうか」と百目鬼恭三郎はそのコラムをまとめた『風の批評』という本のあとがきに書いた。その『風の批評』を終了するにあたり、締めくくりに書いた言葉が

「風はやんだ。著者諸君、枕を高くして眠りたまえ」

 向井敏が評していわく、

「もちろん、匿名批評には匿名批評のルールがある。その第一は公正さだが、そのためには博大な学識と明晰な判断力と乾いた眼が要る。『風』はそれについてみずからたのむところがあったからこそ、激越な語を用いることをあえてためらわなかったのであろう」

 この本を読んでも、分からないものは分からなかったと正直にいいながら、そういいきるまでにどれだけの本を積み上げ比較検証しているか。だから百目鬼恭三郎の推奨する本は古いとか新しいとか関係なく、手に取ってみたくなるのである。書評の本なのに何度読んでも面白いのは、期せずして著者本人が彷彿とされるからかも知れない。

 この人との出会いは会社の先輩が読んでいた『奇談の時代』という著者の本だった。最初なかなか読み通せなかったけれど、結果的にその本によってもともと好きだった怪異談にのめり込むことになったのは後日の話である。

2017年5月29日 (月)

可哀想ではないか!

 これは先ほどNHKの名古屋地区で放送されたものなので、他の地区の人は知らないであろう。

 北朝鮮のミサイルがまた発射されたので、名古屋駅前で号外が配布された。それについてNHKの街頭インタビューがニュースとして放送されていた。いくつかのひとのなかで「いつもこういうことがあると遺憾の意を表明されて終わりですよね」、と云う言葉にびっくりした。そして「いい加減何とかして欲しいです」と答える男性がいたのである。

 この男性は別におかしなことを言ったつもりはまったくなさそうであった。多分わが家に帰り、家族にインタビューを受けたことを語り、テレビにそれが映されたことで家族は手を叩き、男性は胸を張り、たいしたものだと妻子はおとうさんを尊敬の眼差しで仰ぎ見たことだろう。

 誰がミサイルを打ち上げたのか、そのミサイルを撃つのか撃たないのか決めるのは100%北朝鮮である。もし遺憾の意を表明するなら北朝鮮だけれど、北朝鮮が遺憾の意を表明することは金輪際あり得ない。遺憾とはまったく思っていないし、そもそも遺憾の意を表明するぐらいならミサイルを撃ったりしない。

 インタビューを受けた男性は常套句としてこの言葉を語っている。そしてこの常套句にはまったく意味がなく、この状況の言葉としてはふさわしくない。だからこのインタビューはこの男性がたんなるバカだということしか表していない。

 街頭インタビューはすべてが放送されているわけではなく、いくつかあるインタビューのなかから選ばれて、意味のあるものを放送しているはずである。インタビューを受けた人の言葉に答えとして意味がないものを取り上げるのは悪意である。この人をバカにして、そもそも庶民などこの程度のバカである、とせせら笑っているNHKのスタッフが見えてしまうのは深読みにすぎるだろうか。

 この人はそのことを知らない。可哀想である。

 ちょっと休酒解禁の酒が回って言い過ぎたか。

とりあえず執行猶予

 定期検診に行った本日の病院も薬局もいつになく混んでいた。お陰で帰宅したのは昼であった。それから食材の買い出しをして遅い昼食。昨日は遅い昼を食べたあと、晩と今朝の食事を抜いているので、空腹だった。昼はだから出来合いの総菜と冷凍してあった御飯とインスタントの味噌汁。ただし野菜だけはキャベツや玉葱、人参の細かくカットしたものをイタリアンドレッシングでたっぷりと食べる。総菜の鯵フライは油が新しいのかいつもより美味しく感じた(空腹でもあった)。

 混雑していれば予約していても当然待ち時間が少し長くなる。それでもこのところ読書に集中できているので、本を読んで過ごすから少しも待ち時間が苦にならない。少しくらいのざわめきはまったく耳に入らずに本に没頭する。ところが小児科の方から絶叫が響く。前回もけたたましい泣き声と絶叫が延々と続いて、うんざりしたけれど、今回も絶叫とうなり声が延々と続いて止まない。前回と同じ児だろうか。まさか、あれから六週間も経っている。夜の犬の遠吠えが伝染するように、しばらくして他の幼児の泣き声も合唱した。小児科には鬼でもいるのか?

 さすがに本に集中できなくなってぼんやりしていたらようやく順番が回ってきた。十日間の休酒と減量は検査結果にどう出ているだろうか。

 数値的にはレッドゾーンに一歩踏み込んでいるが、まあ強いて言えばイエローゾーンであろうか。美人の先生はにっこり笑って「どうされましたか?」と首を傾ける。少し酒量が増えて体重も増えてしまったので、いまは節制中であることを伝える。

 「自分で気がついて努力されているなら良しとしましょう」と言ったあとに、「定期検診がいいタイミングであって良かったですね」と言い添えた。まったくその通りである。検診がなければ節制もしていないことをお見通しなのである。

 だから今晩の休酒解禁祝いは少し控え目にしておこう、と思った次第である。

本日は定期検診日

 今日は定期検診日。いつもなら六時前には起きるのに、どうしたことか目が覚めたら七時を過ぎていた。遅れることはないけれど、ブログを書く時間がない。

 昨日ひげを剃るのを忘れていたのに気がついてあわてて剃った。休酒期間と同じだけのあいだ伸ばしっぱなしだったからけっこう手間がかかる。

 本日検診の終了をもって休酒を解禁する。さあ検診に行こう。

2017年5月28日 (日)

不平等?

 トランプ大統領はG7で関税を含むいろいろなとり決めが不平等不公正だからアメリカと同じにしろ(基準をアメリカに合わせろ)、と吠えた。そして相手(EUや他の参加国)に譲らせることが出来たかのようにいい、成果として強調した。

 細部のことは知らない。しかしトランプの言う平等とは何か。アメリカと同じ条件で貿易をしろというのである。自由貿易がそういうものであるなら、大きくて強いものが勝つことは自明である。

 例えば柔道やボクシングの階級をすべてなくして対等にやろうと言っているのに等しいような気がする。ヘビー級のボクサーがフライ級のボクサーに平等に戦おうと言っているのだ。

 アメリカや中国は対等にやろうといいながら一対一の交渉をしようという。これがグローバリズムという化け物の正体だ。

 それぞれの国にはそれぞれの国の事情があり、国の大きさも違い文化も違う。そんなものを斟酌するのは平等ではない、不公平だ、とトランプは考えている。愚かである。彼は絶対に勝てる条件にしてから戦おう、と云っているに等しい。

 当たり前のことだが、大きく強いものが譲り、小さく弱いものは護られる、それが平等というものなのである。トランプの平等は傲慢な、自分だけに有利な平等である。アメリカファーストの平等である。むちゃくちゃである。インチキである。

住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』(新潮社)

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 文章で書かれた少女漫画を見ているようだった。

 漫画は好きだったけれど、四十をすぎた頃からほとんど読まなくなった。読まなくなったと言うより若いときのように夢中になれなくなった。夢中になれる漫画に出会えなくなったのかも知れない。それは私の問題か作品の問題か。

 それでも子どもたちが小さい頃はよく一緒にテレビアニメはよく見たし、子どもたちがある程度の年齢になってなかなか面白そうな漫画の単行本を読よんでいたので貸してもらうい、『はじめの一歩』や『ベルセルク』、『六三四の剣』『バカボンド』など(他にも山ほど)を面白く読んだ。映画館で『風の谷のナウシカ』を見て感激もした。

 でも内田樹老師のようには少女漫画を読めなかった。娘のどん姫は特に漫画が大好きで山のように持っていたけれど、あの少女漫画独特のカット割りも苦手だし、何より老師のように自分が少女やおばさんの気持ちになって世界を眺めるという能力が私にはなかったから、少女漫画に感情移入が出来ないのだ。

 この不思議な題の小説(最後の「が閉じられていないのはミスではない)はその少女漫画の主人公の心の動きに私を感情移入させてくれた気がする。男子二人、女子三人、合わせて五人の高校生が、それぞれの視点からその生活を語り、他の四人の様子を語っていく。それぞれ独特の能力があり、そのお陰で見えているものがとてもユニークなものになっている。こんな能力はお話だから、と云ってしまえばそれまでだけれど、実はその時期だけ、結構その能力を持っている人もいるのかもしれない。私にもあったような気がする(ウソだけど)。

 物語は語り手五人が時系列に従って順番に交替して進んでいく。高校生達のものの見方や生活がこんなものだということは想像していたけれど、彼等が独特なのでとても生き生きと感じられた。相手の気持ちにときに踏み込みすぎたり、勝手に傷ついたりしながら人と人との関係が無関係から互いをかけがえのないものに変わっていくのだと、いまなら分かるのでかれらをおじさんは(もうおじいさんか)はやさしくいとしく見ていた。

 こういう典型手な青春小説を読むことになるとは思いもしなかったけれど、案外面白かったのは著者の手柄である。住野よるという著者に出会わなければ、こういう本を読むこともなかっただろう。

 こんなふうだったら高校生活も楽しかっただろうな、とそれほどでもなかった自分の高校時代を思い出していた。

2017年5月27日 (土)

何清漣・程暁農「中国」(ワニブックス「PLUS」新書)

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 著者二人は中国生まれで中国を脱出し、アメリカで中国を論じている学者である。

 とっくにクライシス、なのに崩壊しない”紅い帝国”のカラクリと副題している通り、その中国のカラクリを精緻な分析によって明らかにしている。

 その見立ては序文の中の以下の文章に示されている。

 中国政府はすべての資源を集中させて「安定の維持」に努めている。かたや中国の民衆は自己組織化の能力に欠け、「バラバラな砂」に等しいため、中国共産党という巨岩には抗うすべもない。従って共産党政権は今後二十年から三十年、崩壊することはあり得ず、中国社会は長期にわたって「衰退するが崩壊しない」状態のままに置かれるだろう。このプロセスは共産党政権が中国の未来を犠牲にして自己の存続を図るプロセスであり、中国が日々衰えていくプロセスにほかならない。もちろん、それは中国が外に向けて負の影響をまき散らすプロセスでもある。

 つい最近まで、中国が遠からず経済的にアメリカを抜き去るだろうと云われていた。世界の多くの国がその余慶にあずかろうと中国に媚び、擦り寄ってその理不尽を見て見ぬふりしてきた。

 いまだにその幻想を抱きづけている国も多いが、どうも少しおかしいぞ、と云う見方が公然と為されるようになった。なにしろ中国の統計数値が矛盾だらけであり、実態を知ろうにも知るすべがない。

 中国は衰退に向かいつつあると外部に云われるとほぼ同時期に、中国自身がいままでの右肩上がり一辺倒の時代が終わったことを自ら認め始めている。

 この本ではグラフや統計データを極力控え目にして中国の現在を詳細に論じている。目的は、中国がどれほど危機的状況にあるのか、と云うことの説明であり、それなのになぜ当分の間中国共産党独裁政権は崩壊しないと言い切れるのかについての説明である。

 ここで挙げられている数々の中国の現状についての情報は、すでにさまざまな本で承知していることが多いが、それぞれの問題点についての有機的な関係が明解に解釈されていて分かりやすい。特に外貨準備高と外貨預金を混同してはならない、と云う指摘には教えられた。重要なポイントであろう。

 中国が崩壊して欲しいから、諸種の中国の問題点をことさらあげつらう類書やテレビのコメンテーターが多いが、この本はそれらとは一線を画した中国の現状解析と云って好いのではないか。

 いまの習近平政権とはどんな政権で、これから中国はどうなっていくのか、少しでも興味のある人はこの本を読んで基礎知識の整理をしたら良いだろう。大変参考になるはずである。

 今後の中国経済に限って云えば必ず衰退に向かう、いや已に衰退しつつあるという見方は私も同感である。

 オバマ前アメリカ大統領が「弱い中国は強い中国よりもなおいっそう脅威である」と名言を吐いたという。その通り、中国の脅威は中国が衰退するほど高まるであろう。そして中国の衰退の原因はまさに中国の独裁政権そのものの存在にあり、そしてその政権は自らを維持するために全力を注ぐはずであるから、崩壊はしない。そのために中国が周辺にどれだけの災厄をもたらすのか、それを日本は覚悟する必要がありそうである。

小泉武夫「猟師の肉は腐らない」(新潮文庫)

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 小泉先生の本となれば、奇食、珍食、怪食、快食の本と思って店頭で手に取ってみれば、イラストや写真が全くない。これは実話ではなくて、先生が過去経験したり知識として知っていることを総動員して作り上げた疑似ドキュメントとも言うべき山暮らし体験なのだ。

 小泉先生が自らを仮託した「俺」こと泉山醸児先生は福島県、茨城県、栃木県にまたがる八溝山地に住む義っしゃんの招請に応えて、彼を訪ねる。前半が夏の山での四泊五日の体験、後半が三泊四日の冬の体験の二部構成になっている。

 義っしゃんとは不思議な縁で、出会いは居酒屋の雇われ店主としてであり、その後京都やギリシャでも偶然出会ったりした。後にはインドでもすれ違ったことが分かる。義っしゃんはスケールの大きな不思議な人物なのだ。

 電気も水道もない山の中で、クマという名の犬と暮らす義っしゃんは猪撃ちを生業としているが、その生活は自給自足の山の民そのものである。彼と生活を共にしながら、食べる食事の描写がやはりメインである。食材は豊かで、その材料や料理法を読んで豊かと思うかどうかがこの本を読んで楽しめるかどうか別れるところだろう。

 ドジョウを捕り、それを食べる話では、私自身の子どもの頃のことを思い出し、そのときに食べたドジョウの美味しさを思い出していた。小魚やドジョウ、川エビ、ザリガニを捕る楽しさは忘れられない。

 義っしゃんは独特の方言でしゃべる。「俺」はときにそれを真似、ときに標準語で語っている。私は大学時代米沢で寮暮らしをしていたので、周りは福島や山形など東北の連中ばかりであった。だから義っしゃんの語る方言がそのまま耳に聞こえてくる。福島系の方言で、なじみの言葉なのであるからイントネーションも含めてすらすら読めるし聞こえてくるのはこの本を読むのにとても有利であろう。

 もともと小泉先生は福島県の造り酒屋の息子であるから、言葉は本物であり、この本に出てくる造り酒屋特製のカストリ焼酎も本物である。食べ物に舌鼓をうち、酒に酔いしれる様子を読んでいて、休酒中のこちらはうらやましくて喉が鳴るばかりである。

 ここで盛りだくさんに描かれる義っしゃんの生活は、もともと日本人が自然と親和して暮らしていた時代のものである。それはすでにほとんど失われている。そしてその知恵も精神も失われつつある。自然を尊び、生命を尊び、畏敬の念を持つことの大切さを失った日本人は本当に豊かになったのだろうか。

 この本には小泉先生がフィールドワークで得た知識がふんだんに盛り込まれている。知識としてだけではなく、実体験していることを盛り込んであるから、この本を読むと、「俺」となって義っしゃんの山の生活を共に楽しむことが出来る素晴らしい本になっている。

 人(つまり私)はときに田舎暮らしにあこがれたけれど、そのための知恵もなく、すでにその体力もなくなったから、永遠に叶わないのである。

2017年5月26日 (金)

優柔不断

 小池都民ファーストの会が個人宅や自家用車の中の喫煙も規制する条約を提案している。理由は子どもへの受動喫煙被害をなくすためだという。これが一般的にどのように受け止められるのかとても興味がある。

 公共の場所での喫煙規制は良しとしよう。喫煙者も受け入れることだろう。しかし家庭内や自家用車での喫煙規制はあまりにも行き過ぎているような気がする。あの天下の悪法と言われるアメリカの禁酒法を想起する人が多いのではないか。ほとんど煙草そのものが害悪をなす危険な毒物として扱われているに等しい。

 これは煙草が非合法なものとして扱われることへあと一歩であり、そのあとにどんな世界がやってくるのか、禁酒法時代に起きたことから想像すれば、煙草を購入できる場所、吸える場所がアンダーグランドとして設けられ、そこに利権が生じてギャングが暗躍するのではないか。北朝鮮が小躍りする姿が目に浮かぶ(密輸煙草で外貨が稼げるに違いないから)。

 こういう理念だけで正義を振りかざすとは都民ファーストの会というのはどれほど歴史を知らず、人間というものがわかっていないのかと呆れる。

 小池都知事はそのような反論があることを承知しているような気がする。これは彼女独特の目くらましではないかと勘ぐりたくなる。

 オリンピックも豊洲移転問題も、政争の具として利用したおしたためにすべてが先へ進まなくなり、多くの実際の作業者が困り抜いているようだ。彼女の思惑は、どちらもなんらかの決断をすることで揚げ足をとられかねないから都議会選挙のあとに先送りしているのだと消息通は言う。

 オリンピックも豊洲移転問題も政争の具とすべき問題ではない。それを言い立てる方もそれを思慮して先送りする方も都民ファーストどころか「都民無視」である。いい加減みんなうんざりしてきているから、都議会選挙は意外な結果が出るのではないか。

 そもそも小池都知事はオリンピックも豊洲問題も自分が責任を持って決断する能力がないのではないか。決断すれば必ず反対者が自分を攻撃する、そのことを恐れているのだろうか。それなら最初から責任者になどならなければよいのである。放っておけば互いに論争に疲れ果てて、そのとき自分が決断してみせるつもりのようにも見えるが、その間に互いの溝が深まれば、先送りしたことで合意形成が困難になるだけではないのか。

 見ていてその優柔不断さに腹立たしさを感じているのは私だけなのだろうか。したたかな計算もやり過ぎれば人の恨みを買う。このままなら小池都知事の株は暴落するだろう。

有難いこと

 毎日思いつきをブログで書いている。ニュースを読んだり見たりして感じたこと、本を読んだりドラマや映画を観たり、旅に出て感じたりしたことを雑文にしているが、それは自分のザル頭に引っかかったことを、それに関連して記憶しているものと重ねて書いたもので、言い訳するのも恥ずかしい極めて浅薄なものである。

 その思いを心にため込んで発酵させて蒸留して、なるほどとほんのわずかでもひとに感じてもらえるものにするだけの根気も能力もないことが哀しいが、そもそもが自分自身の備忘録的なものとあきらめているので仕方がない。

 六年あまりになるブログを整理していて、あと一年足らずを残すところまで来ている。その整理では月別アーカイブとして時系列に並べ直し、いただいたコメントを必ず添付することにしている。古いものではいただいたコメントにきちんとお返しをしていないことがしばしばあり、そのことにとても申し訳ないと反省しているが、いまさら取り返しはつかない。返事がないからそれきりの人も少なくないだろう。残念なことである。

 いまはコメントには必ずお返しをすることを心がけている。私の限られた視点からのお粗末な駄文にコメントを下さることにとても感謝している。何より、私の駄文がどう受け止められているか、それが垣間見えて有難い。賛意もいただけば心強いし、意外な反応に驚くこともある。こちらの思いをそのまま伝えるだけの文章力がないことは自覚しているので、自分の至らなさを痛感するとともに自分の偏見に気付かされもする。

 コメントに返事を書くことで、考えがわずかながら深められる思いがしている。ブログを書いたときよりほんのわずかだけ前へ進ませてもらっている気がする。繰り返すが有難いことである。

 これからもいただいたコメントには必ずご返事を書くよう努めるつもりでいる。何よりそれは自分自身の為なのであるから。

政権を担う器

 昨晩のBSフジのプライムニュースの最後のところを少し見たら民進党代表代行の江田氏が舌鋒鋭く安倍首相を巨悪の権化だと語っていた。司会者の質問もほとんど聞く耳持たず、言いたいことを滔々と語り続けるその姿に、これでこの人の言っていることになるほどそうか、と新たに思う人がどれほどいるのか、と首をかしげた。

 自分が正しいと信ずることをたたみかけるように言えば、相手がそれに感服して同調するとこの人は信じているのだろう。しかし相手の言葉を聞く耳持たず語る人の言葉に人は同調するだろうか。自分の意見と異なる言葉に対して鼻で笑うような態度で人を説得できるのか。それは、私はすべて知っていて、あなたは何も知らない、私の言うことを聞けば良いのだと暗に言っているように見える。

 そこにあるのは国民のための、日本という国のための視点があまり見えないのが不思議だ。ただただ怨みに燃えて相手を悪と断じて非難することに熱情を燃やしている人にしか見えない。これは反日にこり固まった韓国の論客と変わるところがないのではないか。実際に非難する相手に非難されるべき問題点があっても、却ってぼやけてしまわないか。

 野党は籠池氏といい前川氏といい、どうしてこう胡散臭い人物の尻馬に乗ることばかり続けているのだろう。主な裏付けが胡散臭い人物の証言であり、それをイメージで膨らませる物言いを繰り返して、追求する相手が引っ込みがつかなくなるようなところまで追い込むことが出来ないお粗末さは、そもそも胡散臭い人物の妄言だったという印象にしかつながらない。

 番組の最後に江田氏は「政権交代」を目指すのだと語った。

 蓮舫氏と云い、江田氏と云い、政権交代したら自分が国の長になることを夢見ているし、それを目指していると言うことなのだろうけれど、ではこの人たちが首相となって習近平、プーチンやトランプやメルケルや文在寅などと、日本の首相として相まみえる姿を想像してみたらいい。そのうえで政権交代に票を投じる人がどれほどいるのか。本人すら想像を絶するだろう。

2017年5月25日 (木)

小川糸「サーカスの夜に」(新潮社)

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 小川糸さんは、「食堂かたつむり」(柴咲コウ主演、余貴美子共演)と云う映画と「つるかめ助産院」(余貴美子、仲里依紗、中尾明慶)というドラマの原作者として知っていた。どちらも大好きな思い出に残る作品だ。原作を読んだことはないけれど、多分映画やドラマとは違う面白さがあるだろうと思っていた。

 いまNHKで「ツバキ文具店」というドラマを放映中である。この原作者が小川糸さんなのである。面白くないはずがないのである。全八回のうち六回まで放映され、すべて録画してあるがまだ見ていない。ドラマは出来るだけすべてを録画したあとに一気に見ることにしている。最終回が放映される来週末までおあづけなのである。

 実はすでに原作の同名の本も購入していてその本が読んでくれるのを待っている。待ちきれないので、本屋で目についた小川糸さんの「サーカスの夜」というこの本をつなぎとして読んだのだ。

 「僕」は13歳。でも見た目は10歳にしか見えない。幼い頃、難病で死にかけたときに投与された大量の薬のお陰で命は救われたけれど、その副作用でホルモンに異常が起きて、これ以上成長しない体になってしまったのだ。

 「僕」の両親は僕を必死で生かすために仲良く協力していたけれど、「僕」が命を取り留めたあと離婚してしまい、互いに相手が「僕」を面倒を見ると思い込んだまま僕を置いてどこかへ行ってしまった。「僕」を育ててくれたのはグランマである。グランマが母方なのか父方なのかどちらかの祖父の再婚相手なのだが「僕」は知らない。だから血のつながりはないけれど、とても「僕」を愛してくれている。

 その「僕」はある日あこがれていたサーカスに入る決心をする。物語はグランマの反対を押し切り、そのサーカスのテント小屋まで必死に自転車で向かう「僕」の語りから始まる。

 これは「僕」がサーカスに受け入れられ、さまざまの人とふれあいながらそれぞれの人の人生を垣間見て成長し、ついにサーカス団の本当の一員として認められていくまでの物語である。

 物語の舞台となるのはどこでもない国である。少なくとも日本ではないし、出てくる人物も本来の名前で呼ばれない。それこそがサーカスという夢を売る世界の暗黙の了解なのである。自由であることはときに厳しい生活を伴う。そのことを面白おかしく楽しんでしまう人びとは本当の自由とは何か、やさしいとは何かを知る人たちである。「僕」がサーカスを選んだのは正しいことだったのである。

 この物語もひとりの少年の成長物語である(成長物語大好き!)。物語と共に読んでいるこちらも成長するから成長物語は面白いし感動するのである。不思議で特別な世界が描かれているけれど、少しも特別ではなく不思議でもない。さまざまな人生を生きている人間が生き生きと描かれていてそのことが嬉しくなり、胸が温かくなる。

 ところで余談ながら「ツバキ文具店」の主演は多部未華子。私はこの女優さんを別格的に理屈抜きに好きなのである。見ているだけで胸がわくわくするのである。だからこのドラマは観たあとも消去せずに宝物として保存しておくつもりだ。

谷沢永一『雑書放蕩記』(新潮社)

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 少し前のブログで谷沢永一翁が関西学院大学の教授だったなどと書いてしまったが、正しくは関西大学の教授だったので訂正してお詫びしたい。勘違いであった。

 谷沢永一翁は希代の蒐書家である。生涯に蒐めた本は20万冊を下らないという。もちろんすべてを蔵書とするのは不可能で、泣く泣く処分をしながらまた新たに購入するという繰り返しだった。阪神大震災のときには二階建ての書庫には10万冊を超える書籍があった。それが散乱した様に茫然自失したことを文章に残している。

 翁に教えられた学ぶべき先人は少なくない。一般的に著名であることと、本当に敬意を払い師と仰ぐべき人の違いについて翁に教えられた。彼の書評は歯に衣着せぬ完膚なきもので、「鬼」と云われた。

 翁がどうしてそのような翁となったのか、今回読んだこの本は翁の生い立ちと本との出会い、本にのめり込んでいく過程が彼の成長物語として描かれている。終戦を挟んでの時代の様子も同時に書かれているので、当時の出版事情や古本屋の様子などがよく分かる。

 この本を読んでいると、古書店の積み上げられた本の中で、その独特の匂いの中で陶然としながらも何一つ見逃さず宝物を窺う鷹の目が眼前に浮かぶ。

 翁が感激し、興奮した伊藤仁斎の言葉

「大抵詞直(ことばなお)く理明(ことわりあきらか)に、知り易く記し易きものは、必ず正理なり。詞難く理遠く、知り難く記し難きものは、必ず邪説なり」

 読んで分からないものは分からない。しかしその分からないのが自分の知力の至らざる故か、書かれているものに問題があるのか。

 それをひたすら腑分けするように明らかにして、飾り立てているだけで中身のないもの、間違っているものを罵倒して読者に無駄をさせないように親切をつくしたのが翁の功績であろう。

 彼の悪罵は、さらされたものには地獄だが、不要なものを避ける先達に導いてもらえる者には福音なのである。

2017年5月24日 (水)

工藤哲『中国人の本音』(平凡社新書)

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 著者は毎日新聞の記者。五年間北京に駐在し、昨年帰国して外信部に所属。北京にいた五年間での中国体験をもとにこの本を書いている。

 中国について書かれた本はたくさんあって、手当たり次第に読んでいるところがあるけれど、この本が他の本とは違うのはとにかく一時資料のみに基づいて書かれていることだ。つまり著者が実際に現地に行き、自分が取材したことのみをもとに本を書いていることである。

 だから統計データもないし、中国指導部の組織図もない。

 群盲象を撫でる、と云う。目の見えない人たちが群がって象のあちこちを触り、それぞれに自分が触って感じたことをもとに象について述べる。それが象全体の統一したイメージになることはなく、わけが分からないものとなる。

 個別を集合しても網羅することは不可能だから全体像がつかめないと云われる。だから一時資料だけで中国を描いても、中国の実像などつかめないと言われるかもしれない。

 しかし一部を除いて多くの中国に関する本がしばしば象に触れることも無しに象を論じている。イメージのみが伝えられ、読者はそこからさらにイメージを膨らませてもともとの象とはますます違うものを心に描いてしまう。

 いま原点に返って一時資料にこだわって書かれたこの本を読むことも大事なことかも知れない。撫でている象の部分が偏っていないことだけは確かで、かなり重要なポイントを網羅しているように思う。

 それにしてもリアルタイムの一時資料が軽視されるのがマスコミの傾向であることがこの本からもうかがえる。本社の、記事を選別する編集長たちの世界観と違ったり読者のイメージと違うものがボツになっていることに対する危うさが感じられる。毎日新聞はだいぶマシなようであってこれである。しからば朝日新聞などはいかばかりであろうか。

 見えざる検閲は中国だけではないことがそれとなく見えてくる。日本のマスコミも大いに問題がありそうである。戦前や戦時中とたいして変わっていないのである。それこそが日本と中国を離反させている要因の一つであるのかもしれない。

 著者の中国に対する懐深いやさしい眼差しに少し反省させられた。もともと私は中国が大好きなのである。忘れかけていたそのことを思い出した。

読書欲

 終戦と同時に国民の読書慾が沸騰した。書店の賑わいがひときわ目立つ。新刊書店ではどんな本でも売れるようになった。岩波文庫の『毛詩集』や『史記平準書・漢書食貨志』まで買ってゆく人がある。棚が詰まるいとまもあればこそ、並べるなりつぎつぎと売れていった。雑誌はすべて完売である。誰しも懐は淋しいのに、書物への渇望は別格であったらしい。戦争中の押しひしがれた鬱陶しい気分から脱して、世の中全体が明るく活気に満ちていた。敗戦で国民が茫然自失していたと伝えられているのは嘘である。明日の保証はなく今日の食糧が心配なのに、人びとは思い煩わず思い屈してはいなかった。少なくとも戦争中よりは暮らし易い時代が来ると、甚だ漠然とながら予感していたのであったろう。

 上の文章は『雑書放蕩記』(谷沢永一)の中のものである。
 若者が本を読まなくなっているという。スマホなどに金がかかって本を買う経済的余裕がないとか、他のことに忙しくて本を読む時間がないのだという。確かに本を読むには集中力が必要で、たいていの本が出だしのところを乗り越えるための努力を必要とする。

 勢いがついて一気に読み出せるまでの本と自分とのすり合わせ、体温の同調にはいささかの手間を必要とする。しかし手間が必要だから一度互いの関係が生ずれば、そこに愛着も生ずるのは人間関係と同じである。本は書いた作者とのふれあいであるから当然でもある。ときに相性が悪ければ、ついにふれあうことが出来ないことのあるのも人間関係と同様であろう。

 谷沢永一翁の文章をわざわざ引いたのは、人には読書欲があり、それは金が無いから衰えるというものではないということであり、食べることに事欠いても昂ずるものであると云うことである。

 さらに終戦後がとても苦しい時代ではあったけれど、少なくとも生命を失う危機が無くなったことが明るい未来を予感させ、生きる希望があった時代だと云うことである。では今はどうか。生命を脅かすものは終戦後以上に少ない。食べるものにも困らない。それなのにどうして希望が無く暗い時代であるような言い方が横行しているのだろうか。

 将来に対する不安だ、とマスコミや有識者は説明する。では将来にどんな不安があるというのか。飢えたり病んだり死ぬような事態がそこに迫っているというのだろうか。安心が出来ないのだという。安心できないから不安なのだという。その不安を煽っているのはマスコミと有識者と野党の面々ではないのか。国民が不安を感じるのは為政者に問題があると云いたいために不安を煽り立てていないか。

 終戦後よりずっと安心して明るく生きることのできる時代に不安を煽って最も弱い人を材料にしている。そのとき弱者は不安を煽るための材料で、いかにも同情しているように見せてその目線は見下しであるように見える。

 その不安は、常に責任は外部にあるとそそのかし、他者との比較のなかにあると思わせる。自分が他のひとより恵まれていないという嫉妬の気持を増幅させられていることに気がつかない。

 現状に満足すべきだと偉そうにいうつもりはないが、他人(ひと)は他人、自分は自分である。他人との比較で自分の幸不幸を考え過ぎる時代になっていないか。傷をなめ合う生き方ではなく、そこから抜け出すには、読書が結構役に立つと思うが他人は他人か。

 長い読書スランプからようやく脱出の気配を実感している。

今日は水曜日

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 「今日は木曜日だ!」と云われたので、「そんなはずはない、今日は水曜日だ!」と言った。

 目が醒めたらやはり水曜日であった。よかった、ボケていないし一日損しないで済んだ。

 昨日は夜八時過ぎに寝てしまって、夜中に二度ほど目覚めたけれど、述べにして九時間以上寝た。こんなに寝たのは何年ぶりだろう。何と格闘したのか分からないけれど、身体中がギシギシいっている。

 休酒して丸一週間が過ぎた。

2017年5月23日 (火)

谷川直子「世界一ありふれた答え」(河出書房新社)

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 離婚して未来を見失い、鬱病になってしまった頼子と云う女性がそこからもう一度自分を取り戻すまでのドラマである。取り戻した自分は失った自分ではない。ここには脱皮を伴う成長のための苦しみやもがきが描かれ、読者はそれを読みながら生きる意味を見つめ直すことになる。彼女のつかんだ「世界一ありふれた答え」に共感するために、この物語すべてが必要なのである。

 鬱病には器質的な要因があるとも云われているから、このようにカウンセリングや人との出会いだけでそれを克服することが出来るのかどうか知らない。しかし同じような器質的な要因があっても鬱病になる人もならない人もいるだろうから、克服することは不思議ではない。

 普通の人間にとっても自分自身を見つめることは苦痛を伴う。自分には必ず目を背けたくなるようないやな部分があるもので、それが自己を正当化しながら自分自身を傷つける。西洋的カウンセリングのイメージは寝椅子に横たわる患者の語ることばをカウンセラーはひたすら聞くだけに徹しするというイメージであるが、このドラマのカウンセラーは、鋭く患者の言葉を問い詰める。

 もちろんプロとして患者がそれに耐えられると判断したぎりぎりの問い詰めなのだが、患者にとっては大変な苦痛である。意識していない自分の問題点を見つめなければならない。ときにカウンセリングをキャンセルし、反発する中で、矢張り病を克服したい、苦しみを何とかしたいという欲求が彼女を徐々に再生させていく。

 そんな彼女がどん底のときに出あったひとりの男は、彼女以上の絶望をかかえていた。その男が共に病に苦しむ彼女に慰めを感じているのに、彼女は次第に再生していく。そのことがさらに彼の絶望を深くしていくかのように見えるのだが。

 病を克服したことで、病を知らない人よりも勁くやさしくなっていく彼女に胸が熱くなる。彼女を通して鬱病をささやかながら疑似体験しつつ、彼女と共に生きる意味を問い直し、その答えを見つけてみてはどうですか。

片田珠美『「正義」がゆがめられる時代』(NHK出版新書)

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 著者は精神科医。相模原の障碍者大量殺人事件の犯人の分析を通して現代の病理を解析している。

 私が思うに犯人は異常者であって、現代の社会の中に見る病理的な要素を並べ立てても犯人の異常な犯行の説明にはつながらないような気がするが、理解しがたい者の犯行に精神科医がどのような解釈をするのか知りたい気もあってこの本を読んだ。

 特殊な犯罪を一般論化することに意味があるのだろうか。原因が社会の価値観の病理的な結果であると云っていいのだろうか。著者の目配りは細部にとどまらず、広い。社会学的、経済学的な視野まで拡げたその広さこそがこの犯罪の意味を拡散させてしまっているような気がした。

 時代が正義をゆがめているのだろうか。正義がすでにゆがんでいるなら、正義を標榜することに疑念を抱くべきかも知れない。それより正義が普遍性を失い、人によって正義の意味が違ってしまっていることに問題があるような気がする。正義の名のもとに自己主張が正当化される。競争に負けて差別化の劣位になっても自己責任は認めずに被害者として名乗りを上げるようにそそのかす人々がいる。それに乗せられて自分が被害者で、損をしているから他人を攻撃することが正義であると主張する人々がいる。

 
 もともと人間にはそのような傾向があるから、正義がゆがんでいるのは現代に限ったことではないのかもしれない。戦争はそもそも正義の名のもとに行われる。

 相模原の殺人者が、障碍者を殺すことが社会正義のためだと主張するのは妄人のたわごとである。それに賛意を示す少なくない人々がいたという。彼等は障碍者にかかる経費が社会的なコストであり、それによって自分も損をしているのであり、自分の損が多少とも減るのなら正義であると考えた。このような考え方を匿名で平然と言うことに何の疚しさも感じないなら、これは現代社会の精神的病理の表れかも知れない。

 だが彼等は犯人に続いて障碍者を殺したりしない。思うことと実行することの大きな境界を踏み越えさせてしまうものは何か。それをこそ精神医なら語ってくれないといけない。

 ゆがんだ正義の持ち主がたくさん集まれば、そのなかに暴発する者が必ず生ずると単純に考えていいのか。それなら社会の問題である。正さなければならない、と道徳を持ち出すのも正義である。道徳を戦争につながるから、と反対するのも正義である。かように正義は安売りされる。

 犯人は障碍者を殺すと公言していた。それが度を超して実行しかねないと判断されて法的措置が執られ、強制入院させにれた。そのために職を失い、身の置き所を失った。怨みと怒りは増幅し、凶行に走る原因となったという。

 普通言葉で殺意をほのめかすだけで強制入院させることはないという。人権問題になるから病院もすぐに退院させた。犯人はうまく医者をたぶらかしたとのちに自慢げに語っている。

 あの犯罪のあったあととなれば、そのまま入院させておけばと悔やまれるが、それならそれを嗅ぎつけたマスコミは正義を盾に強制入院させた警察を袋だたきにするだろう。

 妄想が膨らみ、膨らみすぎた風船が破裂するような彼は暴発した。風船に吹き込まれたのが正義に名を借りた怒りと怨みだったと云うのは、彼の逮捕後の言葉から解釈されたものである。

 正義が大量殺人者の犯行の理由に使われるとは、本当にゆがんだ時代なのかも知れない。まともな人なら「正義」という言葉が誤解を招くかも知れないと恐れるし、場合によっては恥ずかしくて使えない。

 正義についていささか考えさせられた。

2017年5月22日 (月)

谷沢永一「閻魔さんの休日」(文藝春秋)

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 初版が1983年だから古い本である。読書コラムを集めて編集した本だから、そこで取り上げられている本はそれ以前に出版されているわけで、その本の説明のために比較として上げられている本は明治大正のものも少なくない。だからそれらの本に興味があっても本屋の店頭ではなかなか手に入らないけれど、いまはネットで調べて入手することが出来る。便利な時代になったものである。

 何冊か読んでみたい本があるので抜粋してノートにメモ書きしてある。しかしいまある本でも手一杯なのにさらに増やしてどうするのか悩ましいところである。そう思いながら昨日また10冊ほど本を購入してしまった。

 半年以上読書のスランプに陥っていて、以前のように集中力が持続しない。そこからようやく脱出できそうな気配であり、読みたい本を脇に積んで眺めて悦に入っている。

 「閻魔さんの休日」というタイトルは、谷沢永一翁の畏友の向井敏氏の夫人が付けたとあとがきにある。谷沢永一翁と言えば多くの本に対して寸鉄釘を刺す厳しい書評をすることで有名で、めったに褒めることがない。ところがこの本に収められている書評は取り上げた本のほとんどを褒めているという、彼にしては希有な本なのだ。

 つまり閻魔さんも酷評を休んでいる、という意味である。

 谷沢永一翁は書誌学の鬼で、蒐書家としても有名。この人のお陰で森銑三や内藤湖南など、知るべきたくさんの人を知った恩人である。

住野よる「また、同じ夢を見ていた」(双葉社)

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 この作者にはまってしまった。

 不思議なストーリーだ。物語が輪を描いているような、同時並行して、しかも違う時間が流れているような物語なのだ。このことは読んでもらわないと分からない。

 物語はナッちゃんと呼ばれる小学生の女の子の目を通して語られる。「トム・ソーヤー」やちょっと背伸びして「星の王子様」を読むくらいだから小学校四年生くらいだろうか。

 とてもかしこい子で素直に思ったことをはっきり言葉にすることが出来る。かしこい彼女には、たいていのクラスの子たちはバカに見える。だからクラスメートに友達はいない。しかも両親は仕事が忙しくていつも家では一人ぼっちである。でも彼女には小さなしっぽの短い友達(黒猫)がいる。そして南さんという手首に傷のある女子高生や、アバズレさんという女性、独り暮らしのおばあちゃんとも知り合って友達である。彼女たちとは何でも話せるし、いろいろとアドバイスももらえるので尊敬もしている。

 前半はほとんどその友人達との楽しい会話なのだが、その会話の深い意味を真剣に考える彼女に次第に引き込まれていく。

 彼女はとなりの席の絵の上手な桐生君が気になっている。彼はおとなしく、絵を描いていることも隠す。それが彼女には歯がゆい。学校の課題で、幸せとは何か、と云うテーマで発表することになり、その桐生君とペアとなる。

 ところがある事件がきっかけで桐生君はいじめに遭う。彼女がその桐生君をかばい、いじめた男の子たちと喧嘩をしたことで、いじめがエスカレートして桐生君は学校に来なくなる。彼女は桐生君を励ますために家を訪ねるが、彼に激しく拒絶される。彼はいじめをした男の子たちより彼女が嫌いだ、と云う。

 彼女はクラスで浮いてしまい、みなから無視されるようになる。彼女はその危機をどう乗り越えるのか。南さん、アバズレさん、おばあちゃんに自分の気持ちを話すうちにいろいろのヒントをもらい彼女なりに真剣に考える。話を聞いた彼女たちはああしろこうしろ、とは決して言わない。決してくじけてはいけない、と心から願ってくれていることだけが彼女には伝わる。その意味は実はとても重いものだった。

 そうして彼女がその危機を乗り越えたとき・・・。

 エピローグはおとなになったナッちゃんの颯爽たる姿の描写である。人生とは何か、幸せとは何か、同じ人間が曲がり角で選択した道で大きく違う人生を歩むことになる、そのことの意味をあらためて感じさせてくれるエンディングである。

 好い気持ちにさせてくれる物語で、女性なら特に楽しめるだろうと思う。私でも好い気持ちになったのだから。

2017年5月21日 (日)

宿題

 安岡章太郎という作家がなんとなく好きだ。なんとなく、と云わせるようなところがこの作家にはあるけれど、根のところに岩盤のような頑固なところもあることも感じている。

 全10巻の全集を揃えようとしたが10巻だけ買いそびれたままになっている。一応飛ばし読みしてあるが、しばらく前から再読しようと第1巻を引っ張り出して読んでいる。初期の短篇集なので一篇ずつ味わっているけれど、まだ三分の一も読んでいない。

 そのなかに「宿題」という短篇がある。

 弘前の小学校から東京青山の南小学校へ転校したとき僕は五年生になっていた。南学校は府立の中学へたくさん生徒を入れるのが有名で、母は僕を南学校へ入れるために父が赴任しないうちから東京へ出てくるさわぎだった。

と云う書き出しで物語が始まる。弘前でただひとりだけ標準語を話す「僕」はそれだけで優等生扱いだった。しかしその「標準語」は父の転勤のたびに転校したために身についた、あちこちの方言がごちゃまぜになったのもので、東京では物笑いの種でしかない。

 南学校の授業は受験に備えて半年以上先に進んだもので、弘前から来た「僕」はついて行けない。意味不明の授業を呆然と眺めて時間を過ごすばかりである。課題としてたくさんの宿題が与えられる。

 「僕」はその宿題を開く気にもならず、やらないまま登校する。いろいろ言い訳をするけれど、言い訳の種などすぐ尽きるし、もとより教師にはお見通しである。次第に席で立ったままになり、それが廊下になり、何をしに学校に行っているのか分からない状態になっていく。

 ある日、学校に向かう足が止まる。就学時間中に街中をうろついているとおとなやおまわりさんから注意を受ける。青山の墓地に居心地のいいところを発見した「僕」はそこで自分だけのひそかな時間を過ごすことになる。ヤブ蚊の猛攻さえ耐えれば極楽である。そこで僕は過去のことや自分のあり方などをぼんやりと考える。

 もちろんこんな日々がずっと続くことはなく、すべては露見するのだが、だからといって事態が変わることはなく、「僕」はぼんやりと、すべてが拭ったように好転する日を夢見る。
 夢想の中で、「戦争反対、絶対反対」のビラをせっせと剥がす「僕」は、優良な生徒として教師も含めてみんなから見直されるのだ。

 時代はまさに太平洋戦争に向けてまっしぐら。あからさまには何も書いていないけれど、当たり前の生活の中にそういう空気が漂っていたことが感じられる。このビラの話を読んで、その当時といまとどう違うのだろうか、と思ったりした。

 投げやりで何も打開のための努力をしない「僕」に苛立ちを感じるだろうか。その行動の結果がどうなるか「僕」には分かっていない、と怒りを覚えるだろうか。私は苛立ちも怒りも感じなかった。「僕」の哀しみだけを感じた。「僕」は何に対してもあらがうことなくすべてを受け入れ、自分の問題として引き受ける。決して誰かやなにかのせいにしたりしない。ただ、無力な自分に哀しみを感じている。

 娘のどん姫が宿題をしばしば忘れる、と教師から言われた。それが宿題をしてこない、と言われるように変わっていった。積極的に宿題を拒否するのである。見た目には平然としている。親の欲目から見れば頭が悪いとは思えない。ときに注意はしたけれど、なんだかどん姫がかかえているものがそこに現れているような気がして、きつく言う気にならなかった。

 そのときのことをこの小説を読んで思いだしていた。ここから「僕」やどん姫がどのように生きていくのか、それは自分自身が選び、引き受ける人生であって、新しい物語が続くのである。現に「僕」=「ヤシオカ」もどん姫も立派におとなになり、自分自身を生きている。

中国はうらやましいか?

 中国はいつでもどこでも家を立ち退かせることが出来ることを外国はうらやんでいると専門家が講演で語ったそうだ。

 鉄道や道路や空港の建設の遂行にあたり、最も困難なのが計画線上周辺の家の立ち退きである。時間も費用もかかる。交渉に当たる当局の当事者の苦労は、その人の身になって考えれば分かることだろう。

 しからばそのような交渉当事者は中国のこのような専門家の意見に頷くところがあることだろうけれど、しかしそんなことがちらりとでも相手に見えてしまえば、交渉は頓挫してしまうことが火を見るより明らかであるから、ますます内心に秘めなければならない。

 どこの世にもごね得を狙う者がある。ひたすらごねて立ち退き料をつり上げ、他人より得をすることに快感を覚えるこの輩は、公共についての斟酌など何ほども感じない。しかし自分の家にこだわりを強く感じて暮らしている人もいる。それなりの歴史があり、愛着があって金銭の問題は二の次の人がいる。この区別がなかなかつきにくい。ごね得の人がしばしばこの仮面をかぶるからである。

 当事者(立ち退く人、立ち退かせる人)になったときに自分がどういう態度がとれるか、それが人物の秤になる気がするが、それは別の話として、この中国の専門家の意見はある面で正しい。

 公共的なものの建設にコストや手間がかかりすぎることは社会的にマイナスである。それが中国のように強制的に排除して遂行できればコストも時間も少なく済むのであるから、それの出来ない国は中国がうらやましいだろう。

 しかし、それが出来ない国はそれをあえてしない国である。最後の手段としての強制執行を極力留保して説得に努めるのは民主主義国家のコストであろう。民主主義というのはときに不合理でコストと手間がかかるのであって、一党独裁で民主主義ではない国の合理性がうらやましいところもある。

 とはいえ中国のような一党独裁の強制執行が当たり前の合理的な社会と、コストと手間のかかる民主主義の国である現在を比べて、中国のようになりたいと願う者がどれほどいるだろうか。

 そのことにおいて、中国国民は民主主義の国をうらやむことであろう。中国の強さはその強制力の行使による合理的な発展がもたらしたと言って良い。そういう国であり、制度なのである。国家が国民に優先する国なのである。

 さて、中国はうらやましいか?

休酒四日

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 火曜日から休酒している。特に酒が恋しくてたまらないというほどのこともなく、眠れないということもない。夜が少し長く感じられるようになり、少し早めに寝るようになり、起きるのも当然早めになって良いことである。一番の効果は、難解な数独パズルが解きやすくなったことで、矢張りアルコールは多少頭を鈍らせているらしい。

 いまはいつまで休酒が続けられるか試してみようと思っているが、こだわりすぎるのは嫌いなので、今晩にも継続は絶たれるかも知れない。人はこだわりを持つものであるが、こだわりすぎるとそれにとらわれて無理を生ずる。自由とは、こだわりを持ちながらそのこだわりにとらわれないことだと古来賢人は言っている。

2017年5月20日 (土)

ヘブンズ園原展望台

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リフトの終点から展望台への階段を登る。眼下にはリフトの駅と、遠い山並みが見える。空気が澄んでいて、気持ちが好い。

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ここの標高は1602メートル。

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この山襞のむこうに昼神温泉があるのだが、やまかげである。

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何という山なのか名前を知らない。知らないことだらけだ。

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下から展望台を見上げる。見事な青空だ。

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リフトを戻る。下の駅の前に白い花を咲かせた大きな樹がある。子梨だったか、猿梨だったか、以前誰かに教えてもらったけれど忘れた。そのときは小さな実が落ちていた。食べるものではないそうだ。

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こういう一本独立して立っている樹が好きだ。スキー場のために周りを切りたおしてこの樹だけ残ったのかも知れない。

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初夏の空気の中で緑がどんどん濃くなる。

このあと山を降りて園原から昼神温泉に行き、「ひるがみの森」というところで温泉に浸かった。ここは泊まることもできるし、日帰りも出来る。プールもあるので休みの日には子どもが多い。

気持ちよくリフレッシュした。

帰りがけに恵那峡サービスエリアで栗のソフトクリームというのを生まれて初めて食べた。こってりとして、ボリュームもあり、満足して帰途についた。


ヘブンズ園原ロープウエイ

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ヘブンズ園原ロープウエイは長い。高いところが好きで、楽に高いところへ行けるロープウエイは有難い。全国あちこちのロープウエイに乗っていて、ずいぶん長いものもあったけれど、私の記憶ではここはトップクラスの長さだ。ゴンドラは小さいけれど、その代わり次々に来るので待たずに乗れる。

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快晴。山襞のあいだを中央高速が走っている。

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眼下に新緑が広がり気持ちが好い。

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ロープウエイのすぐ横にツツジが咲いていた。

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ロープウエイの終点の高度は標高1405メートル。

係のおねえさんに、「今日は天気がいいから最高ですね」と声をかけられ、出来れば富士見台山頂まで登ると善いですよ、と勧められたけれど、ここからリフトで登り、そこから高原バスに乗り、さらにそこから30分山登りするそうである。

「山頂は360度の眺望で、今日なら素晴らしい景色が見られるはずです」と自分が行きたそうな顔で言った。近頃運動不足が甚だしく、残念ながら30分の山登りに挑戦する気になれない。

リフトは二つあるが、一つはほとんど高低差のないもので、それに乗らずに水芭蕉園によると好いですよ、と勧められたので、それに従うことにした。

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こういう道を歩く。気温22℃。風がさわやかだ。下界は30℃近い気温だという。

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水芭蕉の花はもう終わりの季節らしい。咲き残りがちらほら見られる程度だった。

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リフトの近くにポニーがいた。カメラを向けたらなんだなんだという顔をしてこっちを向いたけれど、シャッターを押す瞬間に顔を背けてそれきりこちらを向くことはなかった。意地悪!




2017年5月19日 (金)

ナビのバカ!

 本日は快晴。急に思い立ってヘブンズ園原というところへ行くことにした。中央道の園原インターから20分足らずでロープウエイの駅まで行き、上から周りの山を見たらよく見えるに違いない。園原インターは昼神温泉に行くときに乗り降りするインターで、なじみの場所だ。

 小牧ジャンクション経由で中央高速に乗り、恵那山トンネルを抜けるとすぐ園原インターだ。園原インターを降りてナビの言う通りに走ると、ナビの示す方向と道路の標識が違っている。近道でもあるのかもしれないと思ってナビに従い山道を登り出すと、どんどん狭くなっていく。人家はあるのでどこかへ抜けるだろうとは思うがどうもおかしい。駐車場と展望台のある場所に着いたが、まだ先へ行けという。

 さらに登ると道が無くなった。ないというより舗装など無くて草が生えた、人間だけが通れるような道で、車は進めない。ナビは「あと200メートルだ」、などという。そもそもヘブンズ園原などまったく姿が無く、ただの登山道があるだけだ。車で山を登れというのか。

 おそるおそる急な坂道をバックで駐車場まで降りる。

 Dsc_3177 駐車場からの景色。

 Dsc_3186 山を遠望する。

 Dsc_3180 展望台に、見える山の銘板がある。

 Dsc_3185 眼下に滝が見える。

 Dsc_3182 滝の説明書きの看板。暮白の滝と言うらしい。別名が長者の滝だそうだ。

 Dsc_3189 新緑が鮮やかだ。でも新緑はあまり好きではない。夏の深く濃い緑色のほうが好き。

 一息入れて山を下り、標識の場所からヘブンズ園原へ向かう。ちゃんとした道で無事ロープウエイ駅に到着した。

二度目

 好みによって映画やドラマの善し悪しの評価は大きく異なるだろう。私から見れば最初の一分を見ただけでうんざりするドラマでも、面白いと感じる人もいるに違いない。逆に私がお気に入りでも、顔をしかめて酷評する人もいる。

 私の個人的感想で言えば(自分ではとても評価が甘いと思っているのに)なかなかこれはと思うドラマは少ない。つまらないものはたいてい見る前に見当がつく。ドラマはたくさん作られているから、全部を見ることは物理的に不可能で、だから見たいドラマが限られているのはありがたいことである。

 「相棒」というドラマを断片的に観て面白いと思っていた。だいぶ前からシリーズを再放送してくれているので、録画して次々と観ていた。初期の頃から通して放映してくれれば有難かったのだが、どういうわけかシリーズが前後していたので相棒もしばしば替わる。

 ようやく一通り観たような気分でいたところ、第12シーズンが再放送されだした。録画して観てみたら、一度観たことのあるものばかりである。ところが見始めると作品によってはつい最後まで観てしまう。ストーリーはもちろん犯人も分かっているのに観てしまうのは、ドラマがよくできていて、推理だけの物語ではないからである。登場人物の心の動きがよく描けているのだ。しばしば犯人は人の気持を勘違いして殺意に奔る。真相を知ることで自分の愚かさに気付いて二重に絶望する様に深く同情を覚えたりする。

 もう一度観ても楽しめるドラマが私にとって善いドラマであり、評価できるドラマであることを再認識した。もちろんシリーズの中にはいささかストーリーに出来の悪いもの、俳優に難のあるものも混じっているから、それは即消去する。

 同じドラマや映画を二度観て楽しんでいたら時間がいくらあっても足りない。そのうえ本も、昔読んだものを引っ張り出して二度目三度目を読んでいて、何をしていることやらと思うけれど、一度目に気付かなかったなにかが感じられることも多い。少なくとも最初から外れをつかむ心配はないし、もう一度観たい、読みたいものだから読んだり観たりしているのである。

    ふるさとへ廻る六部は気の弱り

灰燼

 明治時代、ベストセラーになった小説「不如帰」が有名な徳冨蘆花(本名健次郎)は徳富蘇峰の実弟である。

 これも谷沢永一の読書コラムに徳冨蘆花の「みみずのたはこと」が取り上げられていたことで、彼の「自然と人生」という本が本棚の隅にあることを思いだしたので開いて見た。国木田独歩の「武蔵野」と同様自然観察からの随筆集なのだが、どういうわけか冒頭に「灰燼」という短編小説が収められている。

 随筆を読み始めるつもりで、つい「灰燼」の方を読み始めてしまった。美文調の漢字だらけ(ただしすべてルビ付き)の文章で「自然と人生」に収めてあることには著しい違和感があるが、これは出版社のせいではなく、もともと当初からこの構成であったらしい。

 この「灰燼」という小説は、西南戦争の末期、敗色濃厚な西郷軍の様子から書き出される。ストーリーは、殿様をしのぐほどの膨大な資産を持ち、大地主である大庄屋を襲う悲劇である。

 ストーリー事態はいたってシンプルで、登場人物も類型的なのであるが、それが美文調で書かれてあると、そのリズムに乗せられて講談でも聞いているような気分になる。こういう美文調のものをふだん読む機会はないし、あえて探して読もうとも思わないが、案外面白いものだと感じた。

 悲劇はときに人を狂気に追い込むことに妙に得心する。そういえばハムレットのことを連想した。狂気は精神の弱さか魔物の憑依か。

2017年5月18日 (木)

「藪の中」の真相

 芥川龍之介の短編小説「藪の中」は、黒澤明の映画「羅生門」の原作である。多襄丸を三船敏郎、武士を森雅之、その妻を京マチ子が演じ、三者三様の言い分がまったく食い違うのが見所であった(小栗旬主演の「TAJOUMARU」という映画もこれを下敷きにしているが、原作とはかけ離れすぎている)。小説も結論無しであるから解釈はいかようにも可能である。世の中の真実などというものはこんなものなのだ、と云う解釈も成り立ってしまう。

 谷沢永一の読書コラムを読んでいたら、村松定孝氏の「評言と構想」という文章が紹介されている。ここで「藪の中」の真相が推理されているのに谷沢翁は共感し、その通りだろうと頷いている。その裏付けとして、当時の芥川龍之介の女性関係がもつれていたこと、そこから芥川龍之介の女性観がどうゆがめられたかも論じられていて面白い。芥川龍之介が中国旅行をしたのがまさにそのときであり、その間に愛人が他の男に奔っている。

 私の大好きな「上海紀行」その他の紀行文はそのときに書かれたものだが、そのときには芥川龍之介は何も知らなかったのだ。そして帰国後しばらくしてこの「藪の中」が書かれている。彼の経験が作品に反映されているだろうという。芥川龍之介はそのことをにおわす文章を残してもいるのである。

 そんなこんなを考えながら、あらためて何度目かの「藪の中」を読み返してみた。なるほど、指摘の通り、ここにはすべてのヒントが呈示されている。本当のことを言っている人間と嘘をついている人間がいるだけである。それなら真実は明らかだと思える。

 しかしながらあまりに明解に解釈されたので、それ以外の解釈をすることが出来なくなってしまった。それは善いことなのか悪いことなのか、微妙なところだ。だからその解釈はここでは披露しない。私は意地悪なのである。

メンテナンスに入る

 若いときの暴飲暴食から見ればささやかなものだったけれど、いまの自分にとっては不摂生の日々がちょっと続いた。気がつけば体重は一気に増え、体がそれ以上に重く感じられ、楽に上がれた階段がつらく感じる。食事の量が増え、間食が始まり、夜更かしが続く。

 このままだと極めて危険なのでメンテナンスに入る。食事の量を制限し、酒は極力飲まない。遅くとも10時には寝る。メンテナンスの途中経過は外部機関による検査(病院の定期検診)が月末にあるのでそれで評価することにする。

 体が重くなるとすべての動作が鈍重になり、積極的に行動しなくなる。体と心は連動している。精神の沈滞につながるのだ。とりあえず水分を抜くだけでもたぶん二、三キロはすぐ減るだろう。問題はそこからだ。目標は月末までに五キロ減。ご褒美は温泉旅行の予定。

私はもともと煙草は吸わないから禁煙はできないけれど、減量なんて簡単だ。だから何回でもできる。

2017年5月17日 (水)

年に五千万台

 中国自動車工業協会の副会長が、中国の自動車は年産5000万台規模まで生産拡大の余地があるとの認識を示したそうだ。国内市場が4000万台、海外で1000万台販売できるとしたという。「できるとした」根拠は、当分7%程度の成長が続くからだという。同協会によると、2015年度は対前年4.7%増、2016年度は対前年13.7%増だった。

 先日、上海では増えすぎる車を制限するために行っているナンバープレートの取得金がついに150万円となったと伝えていた。それでもナンバープレートの奪い合いで、新車を買ってもナンバープレートが手に入らないから乗れない人が続出しているという。

 先日このブログに書いたように、中国の交通事故死の比率はとても高い。多少は良くなってきているとは言え、交通法規を遵守せず、交通マナーも身についていないし、道路整備もなかなか車の増加に追いついていない上に駐車場も確保が難しいのである。そもそも都市は人間が飽和状態で巨大化してしまっているところにその人数に合わせて車が売れると考えるのが異常である。

 マナーが身につかず、法規をなかなか遵守しないのも、損得で何事も考える中国人のこと、譲るのは損することだとつい思うのであろう。だから中国の運転は恐ろしいのである。いまでも飽和しているのにさらにどうやって車を走らせようというのだろうか。渋滞にイラつけばさらに運転は荒れるから事故はもっと増えるだろう。

 この副会長は中国の人口当たりの自動車普及率を単純計算していると思われる。それならまだまだ売れ続けるに違いないと机上で計算している。しかしすでに中国での車の販売総数は頭打ちの上に、自動車会社が乱立して過剰生産となり、価格競争が激化して利益率は激減している。韓国車がまず大幅に販売を減らしているのがその証拠だ。低価格での販売戦略は、まともに中国車との戦いとなり、すでに敗色濃厚だ。

 まだ日本車の方が善戦しているが、その利益率は減っている。この中国車が海外に打って出ると、過剰生産の結果としてのダンピングが始まり、世界の車メーカーは大変なダメージを受けるだろう。これは鉄鋼メーカーが現に経験していることである。なにしろ中国は赤字でも国有企業は国家が助けてくれるから平気なのである。ルールが違うのである。

 こうして年間5000万台の夢と共に世界の自動車産業は壊滅的な利益減少に苦しむだろう。中国の通った後にはぺんぺん草が生えるのである。アメリカもフォードが中国で売れているあいだは何も言えない。

 グローバルを声高に言うのはグローバルが自分に得だから言う者である。アメリカと中国なのである。グローバルは世界の秩序になじまないものだと愚考する。大国が世界を隘路に追い込んでいる。

あまりのことに驚く

 ニュースを見ていたらあまりのことに驚いた。青瓦台(韓国大統領府)のコンピューターに何もデータが残されていなかったというのだ。

 いくら朴槿恵前大統領があんな形で追われたからといって、その腹いせのためにデータを消去してしまったとでも言うのだろうか。まさか最初からなにもなかったはずはなかろう。

 コンピューターからプリントアウトされた紙の資料も大事なものは殆どシュレッダーにかけてあるようだと云うから念の入ったことである。

 朴槿恵政権から新政権に引き継ぎとして渡された資料は10頁あまりの文書のみらしい。こうして政権交代の引き継ぎはほぼ不可能となっている。

 朴槿恵前大統領が罷免されて不在のあいだ大統領代行をしていた黄首相は大統領指定記録物を指定してた。セウォル号事件の当日の資料、慰安婦問題に関する韓日合意の資料、THAAD交渉に関する資料、開城工業団地閉鎖決定に関する資料などである。これがすべて失われているようだ。これが朴槿恵政権の犯罪的な面の表れなのかと思ったら、前例があった。盧武鉉大統領から李明博大統領への引き継ぎの際には盧武鉉大統領は大事なものを一切合切自宅に持ち出して問題になったという。

 これでは国家の継続性など不可能であろう。どうするのだろうか。

 いかにも朴槿恵やその取り巻きにすべての責任があるかのように見えるこの話を私は違う見方をしてみた。

 すべての交渉の記録が残されていないのである。交渉での合意は韓国にとって存在しないものとなった、と文在寅大統領は主張したいのではないか。すべてをご破算にして一から始めることができると考えたいのではないか。何しろ引き継いでいないのである。

 こうして韓国は前政権の約束を反故にすることについての免罪符を得たと思っているのではないか。

 そうなると、データを消去したのは誰か、怪しくなって来ないか。まさかと思ったのはそういうことでもある。

2017年5月16日 (火)

無事帰着

 夕刻、千葉から名古屋に無事帰着。特に渋滞はなかったけれど、新東名で何カ所も舗装のメンテナンスや分離帯の草刈りなどで車線が制限されていて、スピードがあまり出せない。そのうえパトカーがしきりに走っていた。たまたま猛スピードで追い抜いていった青い車があったが、しばらくしたらパトカーに捕まって路側帯にいるのを見た。なんとなくちょっと嬉しかった。

 トラックが多いので、少し神経を使い、思いの外疲れた。荷物を降ろしたら、忘れものをしていることに気がついた。なくて困る物ではないのだが、あれだけ忘れものがないように確認したのに忘れている。そのことにちょっとへこんでいる。矢張りボケているのだろうか。だからちょっと酒が飲みたい気もするけれど、ペナルティとして我慢することにした。

 植えたばかりのトマトの苗と、パセリとニラと紫蘇に液肥入りの水をたっぷりやる。パセリは鉢からあふれるほどに繁茂して、元気いっぱい。少しずつつまんで食べてあげなければ。紫蘇も株が多すぎるから鉢を買ってこようかなあ。あまり植物にこだわると出かけられなくなってしまう。それにしてもあんな小さな種がこんなふうに増えていくなんていまさらながらすごいと思う。

楽しく飲む

 昨夕は先輩と船橋で待ち合わせして歓談した。連日ちょっと多めに飲んでいて少しくたびれた気がしていたが、飲み始めれば元気百倍、互いの消息や情報を交換し、世の中の不逞の輩を痛罵し、限られた余生についてしみじみと語り合った。

 こうして打てば響くように話がかみ合い、言わんとするところが互いに胸にすとんと落ちる相手と飲めることはまことに幸せである。先輩は今月白内障の手術をしたばかりだという。目が単焦点になったのでまだそれに馴れていないとぼやいていた。もともと目のいい人だからめがねなど掛けたことがない。不自由なことだろう。

 だらだらと飲む人ではないが、珍しく二軒目に行こうと誘われた。以前行ったことのあるワインの専門店である。ハムの盛り合わせとチーズの盛り合わせでグラスワインを飲む。二人ともブルーチーズが好きだから、ゴルゴンゾーラを別に頼む。グラスならいろいろな銘柄を楽しめる。気がついたら結構量を飲んでいた。

 再会を約して切り上げる。今回も楽しく飲んだ。

 今日は弟のところから名古屋へ帰る。いま仕度をしているところだ。母がむかし私用(鯨尺で仕立ててある)に作ってくれたウールの丹前をみやげにする。帰ったら少し休肝させるつもりだ。ふだんひとりでほとんど誰とも口をきいていないから、こうしていろいろな人と話をするのは実に楽しいけれど、つい余分なことまでしゃべるから相手には迷惑かも知れない。でもみな優しいし、こちらの事情も承知しているからニコニコと相手をしてくれてとても癒やされる。ありがたいことである。

2017年5月15日 (月)

真面目ではない

 福島第一原発の事故を引き合いに出して、日本人は真面目だと思われているけれど、あんな事故を起こすのだから真面目とはいえないと中国のメディアで論評されていた。まことに一言もない。

 そこでは日本人は真面目ではなく、ルールをただ変態的に守る特性があるだけだ、と評している。変態的というのは盲目的というくらいの意味であろうか。中国人からすれば、車が来ないのに赤信号で渡らずにきちんと青になるのを待ったり、ホームで列を乱さずに並ぶ姿が異様に見えるので、それを「変態的にルールを守る」と表現したのだろう。

 しかし日本人はおおむね中国人よりは真面目だと思う。それが原発事故のせいで日本人は真面目ではない、などと言われてしまうのは事故の原因となった東京電力や、その管理に関わった役人の責任が大きい。彼等が真面目ではなかったことは誰もが認めるところであろう。

 およそ民族全体が真面目だったり不真面目だったりするわけではない。日本人でも中国人以上に拝金主義的で不真面目な者はいるし、中国でも真面目な人は少なからずいる。特定の責任者に帰するべき問題を国民全体の評価にするのはいささか乱暴であるが、メディアはしばしばその論法で面白おかしく書き立てる。

 いちいち目くじらを立てていてもしようがないが、原発事故のことになるとさすがにいささか不快になる。少なくとも責任者が責任を取らずにいる不真面目さが許されることにおいて日本は中国より不真面目と云われてもぐうの音も出ないので、私は一言もないのである。

大学教員は通夜の僧

 谷沢永一翁の書評コラム集「閻魔さんの休日」を読んでいたら、清水幾太郎の「戦後を疑う」に収められた戦後の教育について書いた文章を引用してあって、それが痛快である。

(前略)現代の大学は、卒業証書という最低限の通行手形手に入れても喜びの伴わぬ形式的な書類交付のため、所在なく約四年間を自儘に過ごす、索漠として落ち着かない待合室にすぎない。駅の自動販売機だったらコインを投入すれば直ちに切符を吐き出すのに、非能率きな大学でだけは、その間に何と四年以上を要する。しかも本質はレジャー施設に転化した大学で、目標なき時間つぶしを強いられる学生は、従ってサービス内容への不満を無意識に蓄積、徒らに卑小な小姑根性を培養する。
 現代の大学教員は、通夜に呼ばれた僧である。もっともらしい読経は習慣の儀式、それなくしては矢張り格好がつかぬので、お互いに退屈を我慢しているだけ。有難くも何とも感じていない経文の一字一句に耳を澄まして聞き惚れている者は誰もいない。ただもう読経が滞りなく進行してさえおればよいので、浄土三部経だかなんだか知らぬが、深遠な内容と論理を敬虔に理解せんと努めるのは、よほどの変わり者でしかないだろう。だからと言って僧の態度に、もし幾分の懈怠が認められたら、沈黙のうちに凝視する一同、非常に不快を感じること必然、僧の使命は厳粛に誠実に、長からず短からず暗黙の所定時間を、勤め了せる儀式の遂行、中身は誰も問題にしていない。現代の学生も遺族の心境、教員がまじめに勤めているか否か、サービスを受けるべく入場した、お客様としての大切な学生を、おろそかにする不心得がかりそめにも見受けられぬかどうか、監視する勤務評定者の視線を向ける。僧の読経に錯簡や落丁の、ありやなしやはいっこうに問われぬのが常である如く、教員の講義内容が度し難いナツメロでも、休講せず、必ず時間いっぱい、態度よければすべて佳しである。最も望ましいのは体質的な汗かき、声を張り上げ滴る汗を拭きながらの熱演は、内容の陳腐低劣を度外視、一応の満足を以て迎えられるであろう。(後略)

 自らも関西学院大学の教授だった谷沢永一翁はこの文章を見て膝を叩いたのだろう。理科系の大学の場合、もう少しマシだと思うけれど、人文科学系、社会科学系の場合はここに書かれているようであると自分が実感していたからである。

 大学が勉強したくて行く場所でなくなって久しい。自ら学ぶなどと言うことに思いも寄らぬのが当たり前の大学に何の意味があるのだろうと私などは思うが、世間は思わない。高校ばかりではなく、大学も無償化が検討されるそうである。ますます「通行手形」は意味を失っていく。

 それにしてももうちょっとあの頃学んでおけばよかったなあ!

法事

 昨日は父の七回忌と母の三回忌の法事だった。父のふるさとは山形県の最上郡、雪深いところだが、先祖代々の墓を守りしてくれていた伯母が10年ほど前に亡くなったのを機に、その墓を父の縁のある人の仲介で佐倉市のお寺に移した。父は男四人女二人の六人兄弟の次男。父が結局一番最後に死んだ。

 その佐倉市の菩提寺で、午後から法事。住職は、一時期は東京と京都と札幌の仏教大学を三つも掛け持ちする教授でもあるから忙しかった。いまは常勤は一大学だけのようだ。たいていは娘婿の坊さんが法要をするが、わが家の場合は住職が優先してくれる。

 午後一番に他の法要があって、わが家はその後。参加者は兄弟三人とその家族だけで、亡くなった父母にとってはひ孫に当たるおちびさんたち5人も顔を並べている。みな弟の孫だ。一番小さい乳飲み子は昨年生まれたから故人とは面識がない。

 坊さんはたいていよくしゃべるが、住職は教授もしていて話しなれているから、お経が済んでからの法話がいつも長い。おちびさんたちには何の話か解らないから長い法話はつらかっただろう。

 住職は最後に仏壇に置いていた父と母の位牌を私に渡しながら、「お父さんが「おい」と云うだろう、そうするとお母さんが「はい」とこたえるよね」と云ったので思わず笑ってしまった。住職はこちらが打てば響くように笑ったので、「これ、好きな話なんですよ」と笑顔で云った。こういう話は考えてから笑っていてはつまらない。

 その後お墓に水をあげ、花や供物をあげて線香も上げた。お墓は弟夫婦が草を取ってきれいに掃除をしてある。一息入れて精進あけの会食。

 6月に結婚する姪(妹の娘)をみんなでひやかしながら楽しく歓談。連日酒を飲み過ぎているのに、ここでもつい好い気持ちで飲んでしまった。料理は美味しかったけれど、アルバイトらしき若い仲居さんが二度も三度も飲み物や食べ物をひっくり返して少し異常だった。あれでは早晩クビになるだろう。どこか具合でも悪かったのだろうか。

 帰ってからも弟とまた一杯飲んだ。弟は翌日仕事だから早めに切り上げ。風呂から上がって横になったら爆睡。よく寝たけれど朝四時にはもう目が覚めてしまった。さあ今日も船橋で先輩と会食するので酒を飲む。

2017年5月14日 (日)

また神戸

もうちょっとだけ神戸の話。


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ポートタワーから港を眺める。ここは大昔から良港なのだ。ガラス越しなので少しだけ写りこみしてしまった。

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波を蹴立てて船がすれ違う。海も好いなあ(山も)。

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こういうクルーズ船に乗って船旅も好いなあ。なんだかシンガポールを思い出す。

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六甲の山並みが神戸に迫っている。ここからきれいな伏流水が供給されて、大型船舶が船に積む水として重宝される。不思議なことに神戸の水は航海で腐敗しにくいのだという。

ブラタモリで神戸の地形と水との話が紹介されていたことを思い出した。

中華街で、鉄観音、ロンジン茶、白茶、ジャスミンティーを購入。これで当分中国茶には不自由しない。思ったより安く買えたので嬉しかったけれど、味はどうだろうか。

天王寺でだらだらと、しかしとても楽しく友人達と酒を飲む。飲み足りないので鶴橋まで移動。ホルモンの串焼きをたくさん食べて久しぶりのモツを堪能した。気がついたら最終の近鉄特急の時間である。
あわてて鶴橋駅から乗り込む。名古屋には12時少し前に到着。わが家への犬山線の最終にギリギリセーフ。

家庭菜園をしている友人がマイクロトマトの小苗をくれた。翌朝鉢に植え替えて水をやった。うまく育つだろうか。


神戸

大阪・天王寺に三時の待ち合わせ(12日)だったので、午前中神戸にちょっとだけ寄ってきた。目的は中国のお茶を買うこと。

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元町の駅から中華街は近く、中華街から足を少しだけ伸ばせばポートタワーまで15分足らずで行くことができる。
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雰囲気のいいバスが走る。乗りたいけれどそこまで時間がない。

ポートタワーのエレベーターは長い行列待ち。修学旅行生と中国人と東南アジアの人々でごった返していた。

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ポートタワーから見下ろす。

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山側。ここが震災に遭ったのが信じられない。

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行きに眼をつけていた海岸ビルヂングを道路の対岸から撮る。神戸らしいレトロな建物だ。上海を思い出す。

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中華街も修学旅行生などでごった返していた。点心とビールで軽い昼食を摂り、大阪へ戻った。大阪は近い。初めて阪神電車に乗ってみた。

2017年5月13日 (土)

謝罪にもいろいろあるようで

 韓国の元慰安婦が、日韓合意の破棄に期待して、「死ぬ前に日本から謝罪を!」と訴えたそうだ。韓国ネットでは「国民も同じ気持ちだ」と賛意が寄せられていたが、中には「いつまでも過去にとらわれているから日韓関係が先に進まない」と云う、しごく真っ当な意見もあったようだ。すぐかき消されていたけれど。

 私の記憶では、日本は再三謝罪してきた。ここまで一方的に謝らなくてもいいではないかと思うくらい謝っていたように見えた。ところがこの元慰安婦は日本から謝罪がないという。本人の言葉だろうか。誰かに言い含められているようにしか思えない。日本では謝罪と思うけれども韓国では謝罪とは受け取らない。韓国の言う謝罪と日本の考える謝罪は違うらしい。

 そういえば朴槿恵前大統領は「日本を千年怨み続ける」、と呪いの言葉を吐いた。

 韓国の思う謝罪とは、身も心もすべて捧げます、と土下座した上で、永遠にあなたの僕(しもべ)となります、と云うもののようだ。そのような謝罪を日本がすることを韓国が夢見ているのであれば、日本がどんな謝罪をしても謝罪とは見做さないだろう。

 それならばそもそも合意が成り立つことなどあり得ない。合意とは、しぶしぶにしてもお互いが譲り合うもので、まったく譲るつもりがない前提での合意はそもそもあり得なかったと云うことか。韓国は再交渉を求めているけれど、では日本はどうしたらよいか。韓国はただ「謝罪しろ」と云うだけで具体的なことは一切云わない。そもそも具体的なものは無いのだろう。

 何をされても何を言われても何を要求されてもすべて受け入れろ、と云うのが結論らしく見えて、そんなものを日本が受け入れられるわけがないことも見越した上で要求するのが韓国という国であるならば、まともに相手ができない。韓国を神の国と仰げとでも云うのだろうか。

 韓国が理性を取り戻す日は来るのだろうか。新大統領のもとにますます狂気に走るのならば、北も南もまったくおなじではないか。戦争が終わったのは72年前である。戦争に従軍した人は終戦時に18歳だとしてもすでに90歳である。韓国で被害者を名乗れる人はもうほとんどいないし、日本で加害者として断罪されるべき人もほとんど生きていない。それなのにいい加減にしてくれと日本人は思うけれど、韓国人はそう思わないらしい。反日とは彼等にとってよほど都合の良いものなのだろう。

 ちょっと感情的になってしまった。

ちょっと忙しい

 昨晩のうちに大阪から帰って、今日は朝から千葉の実家に行く。日曜日が父の七回忌なのだ。昨年は母の一周忌に大事なものを忘れて恥ずかしい思いをしたので、今回は準備万端にして気をつけようと思いながら、いま大慌てで仕度している。こんなことだから忘れるはずのないものを忘れたりする。呆けが始まっていると見られるだろうが、実際そうなのだろう。

 車で千葉まで走るが、今日中に着けばいいからのんびり行くつもりだ。それでも弟が私の酒の相手をするために待ってくれていると思うとつい心が急く。明日の法事では久しぶりに妹に会う。正月は千葉に行かなかったし、一度弟のところに寄ったときには妹の都合がつかなかったから、半年ほど会っていない。

 6月初めにその妹の娘の結婚式がある。もう籍を入れて一緒に暮らしているそうで、式が後なのだ。そういう時代なのだ。姪はとても可愛い。私の両親は、妹が病気でしばらく入院したときにその娘をあずかっていたから特に可愛がっていた。存命ならどれほどよろこんだことだろうか。

 法事の後に松戸の兄貴分の人と船橋で会食の約束をしている。互いの消息を話しながら美味い酒を飲むことになるだろう。とても楽しみだ。そういうわけで数日ちょっと忙しい。

2017年5月12日 (金)

捨てられない

 物が捨てられない。物だけではなく、捨ててしまいたいさまざまなしがらみや記憶も捨てられない。吝嗇なわけではないし、本と映画以外は収集癖が自分にあるとも思わない。

 衣類も、これからずっと袖を通すことはないと思うようなものがタンスに眠っている。整理すると云うことは上手に収納することではなくて捨てることだと繰り返し聞き、なるほどと思いながら、家の中の物がいっこうに減らない。

 紙一枚、ペン一本も含めてどれだけの数の物が家のなかにあるのだろう。それは無限にあるわけでなく、せいぜい何十万かそこらだろう。しからば少しずつでも用済みの物や捨てても惜しくない物を片付ければ必ず減っていくはずだ。

 そう思いなして、一つ何かを増やしたら二つ以上捨てるように心がけることにした。本を2冊読んだら一冊買うことを自分に許す。録りためた映画やドラマを二本観たら一本新しく録画する。旅行に行くときは一番くたびれた下着を持参し、用が済んだら捨ててしまう。冷蔵庫はなるべくがらがらにしておく。

 「始末する」という言葉には不要な物を持たないという意味もある。まさに自分の始末を考えるとき、身の廻りを始末することは大事なことなのだと思う。

 それなのに捨てるのに迷ってなかなか捨てられない自分がいる。まだ未練があるらしい。

付け加えるか削るか

 谷沢永一(たにざわえいいち)に「紙つぶて」という書評コラムに載せた文章を集めた本がある。これ以上短くできないぎりぎりの中に、取り上げた本の核心とその読みどころを伝える。

 昔トイレにこの本を置いていた。あるとき先輩がわが家に泊まり、トイレに入ったきり出てこない。具合でも悪くなったのか心配になった頃、ようやく出て来て云う。「この本が面白すぎて途中でやめられなくなってしまった」。それほど面白い本だ。

 その「完本紙つぶて」の分厚い文庫本はどこかに紛れ込んで見当たらない。その代わりに「閻魔さんの休日 読書コラム166編」という本が出て来たので少しずつ楽しみながら読んでいる。取り上げた本についてほぼ二頁(ただし上下二段組)~三頁で書き尽くしている。そこには同時に対照した本が何冊も取り上げられて比較されているから、166編の中に書かれている本はその何倍もある。

 名文は削りに削られている。駄文は不要なものがだらだらと付け加えられている。私の好きな内田百閒、山本夏彦の文章はもうほとんど限界に近い削られ方で、うっかり読むと意味がとれずに迷う。

 それにひきかえ自分の文章はまさに付け加えで水ぶくれしている。それでも書いたことの意味が読んだ人に伝わらない。あまりのことに絶望する思いである。まことに申し訳ないことである。

2017年5月11日 (木)

ひげ

 歳とともに面の皮が厚くなるかと思ったら案外で、次第にひげそりに負け気味になってきた。だから四枚刃の、肌に優しいひげそりに替えたのだが、これが結構いい値段がする。

 人に会うのでなければひげを伸ばしたままでもいいではないかと思う日はひげを剃らなくなった。先日息子や娘が帰省してきたときは十日ほど剃らずにいたからさぞ見苦しかったと思うが、二人とも何も言わなかった。むさ苦しい本人にはそのむさ苦しさは見えないからそれでいいのだ。

 明日は大阪で友人達に会うので、今晩は二センチ近く伸びたひげをそり落とす。鏡でじっくり見てみると、伸びているひげの左右が対称ではない。しかも白いひげと黒いひげの混在の仕方がばらついている。ひげは見た目を考えて調えるものらしい。そうでなければただの無精ひげだ。

 ひげは見せるもので、不精ではやすと見苦しいのだと実感したし、そもそもそれほどひげは濃くないので様にならないことも分かった。面倒くさいなあ。

見たままで云えば

 森友学園問題で物議を醸している籠池某一家の言動がしばしばニュース画面に映される。過去の経緯が実際どうだったか知らないが、見たままで云えば、この一家はずるいことをしようとしてそれが露見したのに見苦しくジタバタしているとしか思えない。

 国有地の売却額が大幅に値引きされたことが適正だったかどうかは知らない。それはそれでしっかりと精査したらよいだろう。ただ、法律で決まっている基準を満たさずに教育機関を運営することは許されることではない。誰かをあしざまに言えば自分が免罪されると考えるその姿に、多くの人々が醜いものを見て嫌悪していると思う。

 こんな一家に加担して満面の笑みで一緒に写真に写り、正義を叫ぶ野党の面々は自らを貶めているとしか思えない。安倍憎しの気持ちから、それに利用できるならどんな人間でも味方だと考えるというのは、あまりにも拙劣で愚かだ。騒ぎ立てれば騒ぎ立てるほど籠池某一家と一緒に嫌悪の対象になるだけで、そろそろ矛を収めないと、致命的な傷を負うばかりだ。

 このような愚かさには嫌悪を感じるが、そんな野党が逆に安倍首相の暴走を招いていると言っても良いだろう。相手の暴走によって自滅させるという高等な作戦とも思えない。しからば暴走の歯止めとしての役割をそろそろ思い出してもらわなければならないけれど、蓮舫氏の頭に血が上ったとしか思えない、まなじりを決した舌鋒を見ると、それも期待が薄そうでうんざりする。

森銑三(小出昌洋編)「おらんだ正月」(岩波文庫)

 この本についても先日言及した。本文は江戸時代の科学者たちの評伝で、取り上げられているのは、主文の五十二名と、番外の二名であり、唯一明治人の清水誠が含まれている。

 「おらんだ正月」というのは何か。冒頭に著者がその由来を説明しているけれど、編者の小出昌洋が巻末の解説で要約しているので引用する。

 ほぼ二百年の昔、寛政六年(1794)閏十一月十一日が新しい太陽暦の一月一日に当たる。江戸のおもだった蘭学者三十名ほどが大槻磐水宅に集まって新しい元日を祝った。新元会といったが、柔らかく「おらんだ正月」と云いならわして、前後四十年も続く。
 そのころわが国は鎖国で、外国との交流は禁じられていて、わずかにオランダのみが許された国である。したがってオランダには西洋に近いニュアンスがあった。「おらんだ正月」はさしずめ西洋正月である。(後略)

 五十余名の偉人たちが取り上げられているが、名前だけ知っていた人を含めても、私の知っていたのは二十名に欠ける。これは恥ずかしいことで、これだけの人々が忘却されているのは何たることかと思う。

 この本は、もともと森銑三が戦前「子どもの科学」という雑誌に頼まれて寄稿していた文章をベースにして編集し、著者が手を入れて戦前出版されて版を重ねた。戦後それにさらに手を加えて再出版された。この文庫は森銑三全集に収められたものをもとに、あらためて起こされたものだ。

 もともと子ども向けに書かれたものだから、話し言葉であり、易しくてとても読みやすい。しかし子ども向けのものでも内容が素晴らしければおとなにとっても面白くないはずがない。どうしてこのような本が看過されたままであるのか不思議だ。

 封建時代が暗黒時代だという歴史観に染まった人々が近代の否定を正義だと信じてこのような本を抹殺したのではないか、などと勘ぐってしまう。ただ、まさにそういう人たちを後押しした岩波書店がこの「おらんだ正月」を文庫として出版していることに多少の救いがあるのかもしれない。

 できればなるだけ多くの人にこの本を読んでもらいたい。日本人であることを誇りに思えるはずである。自分のためだけでなく、世のために努力することは日本人の美意識のなかに厳然とある。会社がただ私利のためではなく、社会的な存在であることを当然と考える人々が日本を支えている。それを見失わないためにもこのような本が読み継がれるべきだろうと思う。

2017年5月10日 (水)

萩原朔太郎「郷愁の詩人 与謝蕪村」(岩波文庫)

 この本のことは読みかけ途中で先日書いた。読了したので(読了というほど厚い本ではないが)、あらためて記録として書き残す。

 たびたび同じことを言って恐縮だが、私は詩からそのイメージを想起するのが苦手である。ただ言葉には多少こだわりがあるので、その言葉にインパクトがあればそこを手がかりに何とか頭の中に絵が描ける。

 和歌や俳句も苦手だから、注釈を読んで初めて意味が理解できることが多い。だからその歌や句からよりも、注釈からイメージしているところがあるかもしれない。それでも繰り返し接してそれになじめば、少しだけだけれど好き嫌いが生じ、イメージを伴うようになる。

 蕪村については、森本哲郎老師の本で繰り返し接してきたし、その他の人の本など(例えば高橋治の「蕪村春秋」など)を読み囓っているうちにこの句はこういう情景と心情の句、などとちょっとだけ思えるようになった。

 そういう自分に擦り込まれた蕪村の句の解釈と、朔太郎の解釈はいささか違う。明らかに変だと思うようなところがある。どうしてそんな読み方が出来るのだろうと思ったりする。そんなことまで詠み込んでいるとは思えない。そういう部分が少なからずあった。

 私の持っている知識としての解釈が間違っているのだろうかとも思ったが、正しいとか正しくないというのとは違う、萩原朔太郎が自分流の与謝蕪村のイメージ世界を作り上げて、それに基づいて解釈しているのではないかと思い当たった。つまり与謝蕪村を語りながら、萩原朔太郎自身の詩のイメージを語っているのだ。

 そうしたら、解説の山下一海氏がまさにそのことを指摘していて我が意を強くした(誰でもたぶんそう感じるだろう)。詩人が他者の詩を語るとき、それは詩評ではなくて、自分の詩論になってしまうのは当然なのだろう。まさにそれこそが詩人なのだ。

 豊饒なイメージの海からそれを表現する言葉を選ぶことにもがいて詩を書く詩人は、また表現されたものから受け取るイメージも豊饒なのだろう。私はその能力に欠けるけれど、詩人が詩から感じるものを少しだけこの本で教えてもらったようだ。

文在寅新大統領

 予想以上の圧勝で、文在寅韓国新大統領が誕生した。日本から見れば、北朝鮮の脅威が懸念されるいま、どうして北朝鮮に対して宥和政策をとると公言している文在寅氏がこれほど支持を受けるのか理解しにくいところだ。

 ハンギョレ新聞は、朴槿恵前大統領弾劾のために毎週末集まったロウソク集会の人々が、文在寅当選に歓喜していると伝えていたから、あの巨大なうねりが彼を後押ししたことが分かる。まだあの熱気と成功体験から多くの韓国国民は冷めていないのかも知れない。

 ハンギョレ新聞はまた、THAAD配備反対のためにロウソク集会を続けてきた地元の人々も文在寅当選に湧いていると伝えていた。そしてセウォル号の遺族たちも、新大統領によって事故の調査の進展を期待すると述べていることを伝えている。隠されたり追求されていない事実があるという思いがあり、しかも無意味に調査が遅れているという思いもあるのだという。

 保守から革新への政権交代だという。これは自民党から民主党へ政権交代したときの日本を思い出させる。あまりの自民党政権の劣化に日本中が嫌気がさし、替わればもしかして善いことがあるかもしれないと多くの国民が期待した。その結果は日本国民の多くが身に沁みるようなさんざんなものだった(忘れているらしい人が少なからずいるのが不思議だ)。

 いま韓国は経済の立て直しや雇用対策、北朝鮮問題、慰安婦問題など問題山積で、新大統領は困難な舵取りを求められる。リーダー不在がどのような後遺症として現れてくるのか、これから明らかになっていくだろう。

 慰安婦問題を再燃させることは日韓関係をまたさらに悪化させることは必至だが、国民との約束だから新大統領は日本に再交渉を呼びかけざるを得ないし、それは本人の強い意志でもある。日本は当面それを拒否するだろうし、そうでなければ日本国民が納得しない。日韓関係は現状のまま硬直状態になるだろう。すでに日本国民の多くはそれを覚悟しているし、それが国難とはまったく考えていないと思う。実害は不快感だけだ。

 中国はTHAADを撤去させるために新大統領に猫なで声ですり寄ってくるだろう。いま韓国に対して掛けている制裁を緩めることで、新大統領に手柄を立てさせる手に出てくるのではないか。新大統領はアメリカとの関係を損なってまで中国におもねるだろうか。

 一つひとつの新大統領の決定が、東アジア全体のバランスに影響する。流動的な展開に、新大統領は自分がヘゲモニーを握っているような錯覚に陥らなければよいのだが。みんな彼を引き入れて利用としているだけだと冷静に受け止められるかどうか。

 韓国の貿易額が多少持ち直しているらしい。深刻な状態にあった韓国の造船業は超大型タンカーの新規受注が相次いでいるという。しかしそれは世界の貿易の停滞で荷役量が減り、採算悪化で発注を見合わせていた世界の大手海運会社が、現在のタンカーの価格が底値であると見て、発注をかけたという背景があるらしい。

 しからばそのタンカー受注はあまり利益をもたらさず、ときに不採算の要因になりかねないものであるかもしれない。韓国の自動車会社は中国で大苦戦をしてシェアを大幅に落としている。これはTHAAD問題に対する中国の制裁とは無関係で、中国ブランドの車と価格競争をして負け始めているようである。日本車などは大幅に販売を増やしているから、韓国車は明らかに人気が落ちているということで、それは何らかの理由で信用を落としているのだろう。

なにか本質的なところで韓国は立て直さなければならないところがあるのに、それを見失ったままでいるような気がする。文在寅新大統領はそれを明らかにして、国民に知らせることができるのだろうか。それとも日本の民主党のような末路をたどるのだろうか。いつものように高みの見物をすることにさせてもらおう。

映画「あなたへ」(2012年・東宝)

 監督・降旗康男、出演・高倉健、田中裕子、佐藤浩市、草薙剛、余貴美子、綾瀬はるか、三浦貴大、大滝秀治、長塚京三、原田美枝子、浅野忠信、ビートたけし他。

 出演者をたくさん並べたけれど、他にもいてあげきれない。高倉健出演の最後の作品で、同時に大滝秀治の最後の出演映画映画である。大滝秀治箱の作品の出来上がった2012年に死去、高倉健は2014年に死んだ。

 高倉健が降旗康男監督の映画で主演した映画を観たのは日本版のあしながおじさんといわれる「冬の華」(1978年)という映画だったと思う。それ以前に網走番外地シリーズなどあるけれど、私が観たのは「冬の華」のあとである。他にも観ているかも知れない。「冬の華」は倉本聰の脚本で、大好きな映画であり、何度も観た。

 この「あなたへ」を劇場で観たいと思いながら、観そびれ、その後何度もWOWOWやNHKBSで放映してくれたのに観そびれていた。ブルーレイに録画はしてあった。

 観てしまうのが怖いような気持で、そして一番美味しいものを最後に残していつまでも食べないように、観なかったのだけれど、昨晩ようやく観た。

 この映画を観た人は多いだろう。いまさらストーリーをまとめても仕方がない。亡くなった妻と同行のロードムービーであるこの映画は、奇しくも先日観たドラマの「希望ヶ丘の人々」と同じテーマだった。

 かけがえのない人を失った者が、その人との過去を偲び、その人との思い出にとらわれ、そこでもがき、いろいろな人と出会うことで癒やされ、再生し、新たな人生を歩き出す。

 人の幸せは「あなたがいてくれて嬉しい」と思ってくれる人を持つことだと思う。家族でもいい、友人でもいい。そしてかけがえのない人を伴侶とすることは大変な幸福だろう。「幸せの黄色いハンカチ」が、そして「遙かなる山の呼び声」が感動的なのは、そのような人とで会った主人公に対しての共感であろう。

 そしてこの「あなたへ」と云う映画はそういうかけがえのない伴侶を失った主人公の再生の物語なのである。如何にかけがえのない人とはいえ、永遠に一緒に生きるわけにはいかない。いや、共に暮らしていてもそこには別の人間としての時間が流れてもいる。

 富山から長崎県の平戸の小漁村まで、妻の遺言により、遺骨の散骨のための旅に赴く主人公に、妻が本当に伝えたかった言葉を彼が受け取ったとき、再生は成就する。

 ビートたけしを除いて共演者がみな素晴らしい。ビートたけしが悪いわけではないし、彼のキャラクターに似合った役どころだけれど、他のひとと比べると見劣りがする。たぶん誰も言わないだろう。彼の演技が自然に受け取れたのは、同じ降旗康男監督、高倉健主演の「夜叉」のときだけのような気がする。そういえばあのときのヒロインも田中裕子だった。

 草薙剛がそのなかに混じって味があってよかった。こういう役柄は難しい。

 山頭火の句がいくつか出てくるが、それを読むビートたけしや高倉健の台詞がやや聞き取りにくいので、そこが残念だった。

2017年5月 9日 (火)

読めない

 若いとき、日曜日に一日で文庫本を6冊読んだのが私の記録だ。もちろんエンターテインメントの一気に読める本ばかりだけれど、ほとんど徹夜で読んだ。本ならいくらでも読めたけれど、本はただの娯楽だった。

 そうでない本を読み出したら読んだあとにものを考えるようになった。本から影響を受けるようになった。もともと影響を受けていたのだけれど、それが自分に少しずつ残され、蓄積されるようになったことに意味を感じるようになった。

 そう感じた頃から読書ノートを付けるようになった。すべての本を記録しているわけではなくて、思いついてしばらく続け、面倒くさくてやめて、の繰り返しだった。それから著者と本の題名だけをメモするようになって20年以上、その手帳が私の宝物として残されている。それ以前のものを含めれば40冊ほどの手帳がある。

 そこに記されている本の数が、昨年末から激減している。本に集中できるときとできないときがあるのはいつものことだけれど、これほど長く続いたのは初めてだ。

 読みたい気持がなくなったわけでは断じてない。それなのに本が読めない苦しさは説明がしがたい。読みたければ読めばいいし、読みたくなければ読まなければいいだけのことであるのは承知している。それが読みたいのに集中できない。

 ようやくそこから抜け出しつつある気はしている。だから何冊もの本を読み囓りしている。いまは読書のリハビリ中で、安岡章太郎の全集から短編を一つずつ、内田樹老師の本を、そして森本哲郎老師の本を、種田山頭火を、小林秀男の人生論を、そして森銑三氏の「オランダ正月」を読み、そして宮家準氏の「霊山と日本人」を読んでいる。数頁ずつ、一歩ずつ、読み進めていればいつかは読了する。

 出口があるのかどうか知らない。読み飛ばすつもりもない。読みながらもがいて前のように歩き出せる日を夢見ている。

昨日は誕生日

 昨日は67歳の誕生日だったので、ささやかに祝杯を挙げた。めでたいというほどのこともないのだが、一つの区切りである。

 すでに先日息子が帰省したときに祝いの言葉を聞いているからそれでいいのだ。

 ケーキを買おうかとも思ったが、一つだけ買うのも買いにくいのでやめておいた。二つ買えば二つ食べてしまう。ちょっと好みのつまみで、ささやかにしかし少し余分に飲んだ。さいわい鬱屈することなくとてもいい気分になることができたのは幸いであった。

 このごろなんとなく余生があまり意味のないことのように感じることがあったりして、自分らしくないと思っていたが、ようやくそこから抜け出せそうだ。

 なにしろこの半年のあいだ、月に10冊も本が読めていない。いままでの半分以下で、スランプに自分でめげている。こういうことは焦るほどどうしようもなくなるもので、残りの人生を考えるとつい焦ってしまうことが却ってよくない。開き直ったつもりでも、本に集中できない自分が哀しい。そういうときは映画もあまり見ることができない。

 ずっと安直にドラマ三昧を続けていた。旅にもなかなか出かける気にならない。ちょっと鬱気味だったかも知れない。これではいけない、と思うことがいけない。あまり経験のない心境だ。

 このままでは生活全般が崩れそうなので、少し立て直すために形から入ることにした。鉢に種を蒔き、掃除をし、音楽を聴き、早寝早起きに努める。まだ始めて少しだけだけれど、気持に変化が出て、散らかった部屋も片付いたままで維持できるようになった。

 何よりお金に執着しないことに決めたのが善いような気がする。わずかな蓄えしかないけれど、先のことを考えてあまりにもケチケチと生活しすぎていたような気がする。贅沢をする気はないけれど、お茶も少しグレードを上げた。

 そういう美味しいお茶の、淹れ方でそのたびに味が変わることを楽しむ。旅もひたすら安い宿を探していたけれど、少しだけ善いところを選ぼうかと思っている。それで人並みだけれど、思い出は歳を取るほど薄れやすい。ある程度の記憶の残る宿に泊まれれば有難い。

 人生に意味など求めても、答えはない。生きることはただそれだけで楽しいと自分で思い込むしか生き続けるのは難しいのが老後というものなのだと、ちょっとだけ分かった気でいるが、たぶんすぐまた迷路に入るだろう。

 もうすぐ父の七回忌で弟や妹と会い、その後に久しぶりに船橋で兄貴分の人と飲むことになった。いい歳をして甘えさせてもらうつもりだ。

2017年5月 8日 (月)

「希望ヶ丘の人々」(WOWOWドラマ)

 昨年の夏にWOWOWで放送されたドラマ「希望ヶ丘の人々」をようやく観た。ドラマや映画を次々に録画していて、観るよりたまる方が多かったので、観そびれていたのだ。なかなか良かった。

 中学生の娘と小学生の息子を遺して膵臓ガンで妻が死ぬ。父親は子どもたちを連れて妻が生まれ育った街、希望ヶ丘に移り住む。もし病気が奇跡的に治ったら、そこで暮らしたいというのが妻の願いだったからだ。

 第一話ではまだ妻(和久井映見)は生きている。自分の病を家族に告げ、それぞれに自分の思いを言い残す。遺された家族はその死をなかなか受けきれない。そして父親(沢村一樹)は子どもたちを連れて妻の生まれ育った家を見に行くことにする。その家の前で妻の友達だったという風船というあだ名の女性(伊藤かずえ)に声をかけられる。娘(桜田ひかり)が昔の妻に似ているからすぐ気がついたのだという。

 風船は不動産屋(六角精児)と結婚していて、その家も扱い物件であり、いまは誰も住んでいないので中を見せてくれるという。中を見ていくうちに、父親はそこへ引っ越すことを子どもたちに提案する。子どもたちは戸惑うが、父親の提案を受け入れる。

 こうして一家の希望ヶ丘での生活が始まる。

 昔はニュータウンとして活気にあふれた街も、30年以上が過ぎていささかくたびれて沈滞した街になっている。過去の妻がどのような中学生だったのか、当時の同級生(寺脇康文、宮川一朗太)や彼女の通っていた書道教室の先生夫婦(平泉成、岩本多代)の口からいろいろと知らされていく。

 これは家族が死んだ彼女を追体験しながら再生していくというドラマだ。四人でバランスがとれていた家族が、かけがえのない人を失ったことでばらばらになりかける。しかしそれぞれが母親の、そして妻の遺した言葉を思い出して踏みとどまり、再び強い絆で結ばれていく全五話の物語なのだ。

 沢村一樹が不器用で頼りないけれど、一生懸命子どものことを思い、もがけばもがくほどますます子供と距離ができてしまう父親を好演している。私も男手ひとつで子育てしてきたから、その父親の気持ちがいたいほど分かり、人並み以上に感情移入してしまう。不器用でもいつかは子供は解ってくれる。それを信じるしかないのだ。

 和久井映見はあまり好みの女優ではないのだが、「衝動殺人 息子よ」という映画での聾唖の女性を演じたときは素晴らしかったので忘れられない。今回のドラマでの役柄も儲けものだし、演技も良かった。一番素晴らしかったのは娘役の桜田ひより。この子、これから注目していきたい。それと岩本多代さんは大昔からひそかにあこがれの年上の女性なので、出ているだけで嬉しい。

ダンス嫌い

 リズム感に欠けるので、ダンスが苦手である。自意識が過剰だから踊っている自分など想像すると恥ずかしい。子どものときに価値観の影響を大きく受けた祖父も父親もテレビで踊る人を見ると舌打ちする人間だった。

 学生時代に寮で副寮長を引き受けた。寮長はお飾りで、実務はほとんど副寮長の仕事だった。当時の寮生の楽しみの一つはダンスパーティで、これは男ばかりの寮生が女性と交流するきっかけになるものだった。

 参加者を募り、会費を集め、会場を設営する。一番大変なのは女性の参加者を募ることである。当時工学部は女性がほとんどいなかったから、女性は外部から呼んでくるしかない。女子大へ乗り込んでお願いしたりした。街には小さな女子短大しかないから引く手あまたで、少々女子学生は天狗になっているところがあった。

 その上から目線に嫌気がさして、ときには女性の多い職場の若い女の子たちに声をかけたりした。自分のためだったら女性に声をかけることなど決してしないしいやだったけれど、役割だから仕方がない。

 外国だったらそれぞれの男が自分のパートナーを調達して参加するはずなのに、と恨めしかったりしたものだ。

 めでたく人数が揃えば、後はそれぞれが声をかけて踊るので、こちらの知ったことではない。組み合わせまでの面倒は見ない。会場には酒とちょっとした料理を用意する。椅子をたくさん置くとみな坐りたがるから盛り上がらない。数脚だけにする。

 私は踊るつもりがないから、そのわずかな椅子に座り込んで酒を飲んで会場を睥睨した。誰にも声をかけてもらえない女性がいるもので、そういう女性が隣に座って酒を呷り、酩酊して、仕方なく担いで送ったこともある。

 ますますダンスが嫌いになった。

 洋楽グラフィティという音楽番組で1960年代から1990年代にかけての当時の音楽番組を懐かしく観ていたけれど、1960年代は歌が中心である。それが次第にリズム中心になり、歌い手が激しく腰をくねらせて踊りながら歌うものやハードロックばかりになる。

 ああ、あの頃からビジュアルを意識したダンス調のものが主流になったのだなと思う。観客も一緒になって体をくねらせている。主流がヨーロッパの音楽からアメリカの音楽に変わったのもその頃だろう。なんだか洗練されたものから原始的なものに変わっていった気がする。

 いまは日本の歌番組もダンスがメインのグループが多い。学校でダンスを正課とするような時代なのだ。そんな時代に、ダンスとは縁のない生活をできることを幸せに思う。踊らされたりしたらと思うとぞっとする。

 韓国の大統領選挙で歌い踊って有権者にアピールしているのを見て、そんなことを考えていた。

2017年5月 7日 (日)

酒の飲み方

 酒の飲み方、などといっても酒はこう飲むとよろしいというような講釈を語るつもりはない。自分のお粗末な飲み方を語ってそれを反面教師の材料にでもしてもらえば良いし、笑ってもらうだけでもかまわない。

 歳を取っても酒の飲み方があまり変わらず、酒を覚えてからずっと酩酊することが主目的である。

 本格的に酒を体になじませたのは大学の寮生活からだったから、酒を飲むということはそのまま痛飲することだった。体の限度を超えるほど飲み、どれほど意識を失わずにいられるか毎回試して、その限度を引き上げる訓練を続けていたような飲み方だった。酩酊しながらどれほど酒の失敗をせずにいられるか、100%自己を見失わず、酩酊しながらせめて10%程度は覚醒しているようにする訓練だ。そんなもの、傍から見れば100%自己が失われて見えていただろう。

 父の家系は下戸である。父方の親類で酒を飲む人はひとりもいない。母は飲まないが、母方は酒が強い。祖父も叔父達も強い。酒の強い人はたいていあまりものを食べずに飲む。父は健啖家でたくさん食べる。私は父の家系で薄まった中途半端な酒飲みだから、たくさん食べながら酒を飲む。

 しかしそれだとどうしても飲み過ぎの上に食べ過ぎになる。そうして長年の鯨飲馬食がたたり、体は肥満し、糖尿病や痛風が持病になり、睡眠時無呼吸症候群となった。

 在職中も医師にかかっていたけれど、もとを絞らずに結果を求めても無理というもので、頭では分かっているつもりだったが習慣となったものはなかなか変えることはできないものだ。

 酒を美味しく飲む方法をある人から教わった。美味しそうに飲むのである。人から見て美味しそうに見えるように飲むと、実際に美味しいから不思議だ。これはたぶん食べ物も同じだろう。ものを飲み食いするときにいかにもまずそうにしている人がいる。その人は何を出されてもまずいに違いない。人間はまず形から入るというのが真実であることを教わった。いまはそれがようやく身についた。だから相手もそれに感応して美味しそうに飲み食いしてくれる。もちろん私より遙かに飲み上手がいて、そういう人と飲むと至福である。

 いまは独り暮らしだから相手がいない酒が多いが、リタイアする前は酒を飲むときはほとんど相手がいた。友人先輩後輩が相手なら気をあまり遣わず、互いに酌み交わすから最高だ。飲み屋の親父や女将でもかまわない。話し相手になってくれなくてもその様子を見ながらその人の生活や性格、人生を勝手に想像できて、しかも相手がこちらに意識を多少は向けてくれているそぶりがあればそれでいい。

 飲み屋の善し悪しは、こちらを気にかけている人がいるかどうかで決まる気がする。声をかけても手を上げてもそれに気がつかない従業員ばかりいる店などは、いくらはやっていてもなんとなく行く気がしなくなるものだ。気配りのない者はサービス業をすべきではない。

 酩酊するために飲んでいた酒の飲み方のままで晩酌していると、ピッチが速すぎて飲み過ぎる。しかも美味しそうに飲む飲み方もつい忘れてしまう。晩酌の量を自分で制限し、つまみの量も少なめにした。ただ減らすのはなんとなく物寂しい。そこで少し高いけれど、美味しい酒、美味しいつまみをときどき用意する。量を質に変えたのだ。鯨飲馬食を体も受け付けなくなっているからそれでちょうど良い。お陰で体重も減り、医師からはよく努力していると評価されるほど血糖値も下がった。

 美味しいお酒が美味しいと云うことをこのごろしみじみと感じるようになった。旅に出たら宿で地酒の美味しいのを出してもらい少しだけ飲む。気にいれば地元の酒屋でそれを土産に買い、帰って旅を思い出しながらその酒を楽しむ。

 息子の友人が日本酒にはまり、ついに杜氏になったと云う。だから息子は普通の人よりもはるかに日本酒に詳しく、善い酒を知っている。いまは息子に美味い酒を教えてもらうようになった。

 酒は飲み過ぎれば酒毒というように体を損なう。すでにかなりダメージを受けてしまったけれど、酒を覚えて飲み続けたことをまったく後悔していない。酒を美味しく飲めたことで知り合った多くの人たちがいる。酒が介在しなかったらどんなに自分の人生は彩りのないものだったかと思う。酒はやはり相手だし、そこに美味い酒があれば至福である。

2017年5月 6日 (土)

また酩酊

 息子は友人と小旅行に出かけていて、昨夕帰宅した。蔵王方面と新潟方面を友人の車で走り回ったようだ。土産をいろいろと買ってきてくれた。そこで、わが家にあるだけのビールと、息子が越後湯沢で買ってきてくれた「高千代」という芳香のある純米大吟醸を飲んだ。

 越後湯沢には思い出がある。まだ独り者だったとき、私が大好きだという佐渡に連れて行け、と母に云われてゴールデンウイークに二人で旅行した。大佐渡を中心に泊まり歩き、尖閣湾で遊覧船に乗り、相川の金山を潜り、釣り宿のような民宿で獲れたてのイカを堪能した。佐渡の一番北側はバスがつながっていなかったので7、8キロ歩いたりしたから母も元気であった。

 その帰り道、越後湯沢で乗っていた列車が踏切に進入した車と衝突し、運行できなくなった。そこで予定していなかった越後湯沢に泊まることにした。越後湯沢と云えば川端康成の「雪国」である。ゆかりの場所や石碑を見たり、スキー場のリフトに乗ってまだ残る雪を見たりした。母はスキー場をそのときまで見たことがなかったので大よろこびだった。

 そんな昔話をして息子と飲んだら酩酊した。その息子も先ほど住処である広島へ帰っていった。こまめな息子で、昨晩も今朝も食器をきれいに洗って片付けてくれた。息子がいなくなってちょっとぼんやりしている。

2017年5月 5日 (金)

漂泊放浪

 自由律俳句と云えば尾崎放哉と種田山頭火が特に有名である。放哉については少ししか知らない。

 渥美清が自由律俳句をたしなんでいたことをNHKの追悼ドキュメントで知った。心を打つ句が遺されていて驚いた記憶があるがどんな句だったか覚えていない。冊子にでもなっていれば手に入れたいと思う。

 漂泊放浪の詩人種田山頭火が好きなことは前にも述べた。この山頭火をフランキー堺が演じたドラマがあった。この役は最初渥美清が演ずるはずだったけれど、すでに体調を悪くしていて演ずることがかなわず、フランキー堺が引き受けた。渥美清はどれほど残念だっただろうか。

 フーテンの寅が乗り移った渥美清が漂泊放浪の山頭火を演じたら、どんなドラマになっただろうか。渥美清の語りが素晴らしいことは昔「遠野物語」をドラマで朗読したのを聴いて身震いするほど感動したのでよく分かっている。山頭火が乗り移った渥美清の独白を聴いてみたかった。

 寝そびれて眠れないときに数独パズルをする。超難解版を二冊置いて挑戦するのだが、目標タイムが60分とか80分というものなので、集中しているとたちまち二、三時間が経過してしまい、ますます眠れなくなる。そこで数独パズルのかわりに、ちくま文庫の山頭火の句集を枕元に置き、何句かを暗唱する。頭の中に句のイメージを浮かべる。すみやかに浮かぶ句もあれば、もやがたちこめたままのものもある。そうして数頁読む頃には眠りにつける。

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 漂泊放浪は男の夢である。いや、私の夢であるが、そのためには強固な意志と頑健な体が必要であって、いまの私にはそれは叶わない。芭蕉の辞世の句も

  旅に病んで、夢は枯れ野をかけ廻る

芭蕉も漂泊放浪の人であった。何しろ先達である西行を偲びながら旅をしていたのだから。

 その漂泊放浪の旅にあこがれながら、ときにまねごとの小旅行に行き、ときに鬱々と旅を夢見ている。以下山頭火の句

  落ちかかる月を観てゐるに一人

  しぐるるや死なないでゐる

  どうしようもないわたしが歩いている

2017年5月 4日 (木)

発展の余地がある?

 世界経済フォーラムが発表した観光業の市場規模ランキングによると、アメリカが54.4兆円で一位、中国が25兆円で二位、ドイツが12.7兆円で三位、日本はそれに次ぐ11.9兆円で四位であった。以下、イギリス、フランス、メキシコ、イタリア、スペイン、ブラジルだという。

 中国のメディアがこの発表を取り上げ、中国が二位であることはすごいことだろうか、と問うている。国土が中国よりはるかに少ない日本やドイツがこれだけの観光市場規模を有しているからには、中国にはまだまだ発展の余地があるはずだとする。中国は現在抱えている問題を克服したら爆発的な発展をして、莫大な経済規模になるだろうという。

 たしかに中国の観光地はまだまだ未開発な場所があるのは事実である。しかし人口の絶対数の極端に多い中国では、すでに主要観光地での混雑は限界に近い。駐車場などもこれ以上増やすことができないから、空き待ちで時間を空費することも多い。

 未開発な場所に分散が出来れば良いが、たぶん有名観光地への観光客の集中はこれからも続くだろう。すでにこれ以上の発展は難しい状態だと思う。大都市への集中が進みすぎて異常な状態なのと同じである。そもそも国が大きすぎるのである。

 ところでフランスやイタリアが日本よりも観光業の市場規模が小さいというのに驚いた。海外からの観光客に限って云えば日本はフランスの半分くらいしかいないから、この統計は国内旅行者を含めてのことであり、だから中国が日本の倍あるというのも頷けることなのだ。フランスやイタリアは日本よりずっと人口が少ない。だけれど、それならどうしてドイツが日本より多いのだろうか。記事からは分からなかった。ドイツ人は旅行好きなのだろうか。

 そういえば韓国の済州島を訪れる観光客が激減しているという。中国の連休に当たる労働節(4/29~5/1)に訪れた中国人観光客は昨年の20%だった。THAAD配備を問題視して中国は韓国への旅行を事実上制限している。韓国の観光業は主力の中国人観光客が激減して当分苦しそうだ。
 だからといって日本に対して融和してくる可能性は低そうだし、もし見かけ上反日を押さえて見せても、また中国からの観光客が増えれば元に戻るだけだろう。さほどに慰安婦合意を再交渉するのが当たり前だとする韓国の民意は、日本人をほとんどあきらめの心境にさせている。そのことの損失はいかばかりか、これから実際に体験して気がついても取り返しがつかないだろう。
 つい韓国が困ることを望んでしまうのは、こちらが小人であるからだろうが、そればかりではないところもあるのではないか。反日教育は韓国が自分自身にかけた呪いのようなものに見える。

自虐史観の原点

 先般、渡部昇一氏が亡くなった。そのときに思い出したのが、なぜアメリカは東京裁判を初めとして、日本が戦時中に行った行為をことさらに残虐非道と決めつけたのか、氏が興味ある解釈をしていたことだ。

 戦争時には残虐行為事件がしばしば発生する。人間がこんなひどいことをするのかと驚くような信じられないようなことが行われる。平常時でも歯止めの欠けた人間による残虐な事件が起こるのであるから、戦時となればその頻度は上がる。そしてそれはどの軍隊にも多かれ少なかれ発生することで、人間の暴力が正当化されてむき出しになれば当然のことなので、だから戦争は恐ろしい。

 それはアメリカも分かっていたのに、ことさらに日本軍の悪逆非道を世界に喧伝した。まるで日本軍だけが鬼畜のような軍隊だったかのような宣伝を行った。それはなぜなのか、というわけである。

 アメリカは日本の主な都市に空襲を繰り返し行った。東京大空襲ではひと晩で10万人が死んだ。死なずに済んでも住まいや財産を失った人の数はそれに何倍する。私の母は千葉市で空襲に遭い、友人を多く失い、焼け出されて逃げ惑った話は何度も聞いた。前ブログに森銑三氏を紹介したが、彼も長年にわたって集めた貴重な古書や資料、蔵書を失った。

 ほとんどが一般市民である。そして広島、長崎に原爆が投下された。瞬時に何万人という人間が命を失った。こちらもほとんどが一般市民である。

 如何に戦争の終結勝利の為とはいえ、戦うすべのない一般市民を大量殺戮したのである。それに対する疚しい思いがアメリカになかろうはずがない。それにそのことを思えば日本人もいつかまたアメリカに対して復讐の念を抱くだろう。それは恐ろしいことである。

 アメリカは自分の残虐行為から眼を逸らすために日本軍の行った残虐行為を針小棒大に取り上げて喧伝した。そしてそのような戦争をもたらした軍部や政府の責任者を裁き、彼等のせいで戦争が起こされたと決めつけた。日本人はアメリカを恨むより戦犯とされた人々を恨んだ。

 そしてそのアメリカのプロパガンダは中国と韓国に自国の政権の正当性を根拠づけることになった。反日教育はそこから始まったのである。日本人はどこの国より徹底的に戦争に負けた。心が折れるほどの思いをした。だから平和憲法であり、戦争を論じることすら非難し、第9条改定絶対反対なのである。そして靖国参拝問題も同根である。

 渡部昇一氏は、アメリカは自分の非を直視できないから日本を悪者にしたと云う見方を呈示した。その呪縛から日本人が再度立ち上がらないと、自虐史観からの脱出はできないだろうと考えたのだ。

 こう書いたからと云って、再度日本が軍国主義に突き進むべきだとか、あの戦争は正しかったなどと言いたいのではない。すぐそのように受け取って短絡的に非難する者は、アメリカの遺したプロパガンダにまだ束縛されているのではないか。

 戦争がどれほど悲惨なものであるか、戦争の歴史と直に向き合って知ることを怠ると、また同じことが起きてしまいかねない。そのことの自戒を込めて氏はそのような見方を呈示したのであろう。

2017年5月 3日 (水)

「おらんだ正月」を読む

 在野の碩学森銑三を谷沢栄一翁が高く評価していた。その他、私が敬する人の多くが森銑三を高く評価している。しかし独学でその業を為した人であるために、学会ではまったく無視されてきた。それは象牙の塔が組み立てた文化史を否定するような説をしばしば唱えたからである。

 例えば井原西鶴は「好色一代男」の著者だが、それ以外の西鶴の作とされるものは全て別人の書いたものだという説などを唱えている。すべて西鶴の作として研究してきた学者にとってはとても受け入れられるものではない。だが森銑三は自分の説の根拠を詳細に裏付けして主張しているのに、それを一切検証せずに無視をする学会の態度は学者の態度とはいえない。

 そんな森銑三の著作は全集も出て入るのだが手に入りにくい。今回読み始めた「おらんだ正月」は岩波文庫に収められていて現代仮名遣いなので読みやすい。これは江戸時代の医家、本草家、探検家、発明家、思想家など50人あまりを取り上げてその事跡を書き記したものだ。当初は大人向けに書かれたものを少年少女向けに改訂したものだから、読みやすいのは当然なのである。

 全体については読み終わったらあらためて書き留めることにして、ちょっと面白かった部分だけここに引用したい。

 地理学の大家長久保赤水の逸話。

 貧しい農家から出て、独学で地理学の大家となった赤水は、また一代の偉人でしたが、平民の出の赤水は、少しも高ぶらない穏やかな人でありました。まだ郷里の家にいた時のことです。通りがかりの旅人が道を聞きますのに、笠を取って丁寧に物をいう人には、自分は家のなかにいて、ごく簡単に教えて済ましますが、笠も取らずに顔を突き出して、「どこそこへは、どう行くのかね」などと、不作法な口のきき方をする者には、わざわざ立って、一緒に辻まで行った上に、噛んで含めるように教えてやるのでした。
「あのようなぞんざいな男に、どうしてそんなに、親切にしておやりになるのですか」と人が問いましたら、赤水は、「いや、人並みの礼儀を心得た者ならば、口でいっただけでも十分に通じようが、物を訪ねる作法も知らぬような男には、間違いっこのないように教えてやらないと呑み込まれないだろうから」と答えたということである。

 確かに長久保赤水という人、尋常でない人物だということが分かる逸話である。赤水について書かれたもののほんの一部を紹介したが、このような文章で書かれているからすいすい読めてしまう。もったいないからいまは一日二人か三人分だけ読むことにして楽しんでいる。

 この本を子どもの時に読みたかったなあと思う。もう少し勉強するようになったかもしれない。

偽物

 中国には偽物(つまりパクリ商品)が横行していることは御承知の通りである。日本には偽物商品がなくて安心だとして、日本で雑貨や化粧品、薬品などを買いあさる中国人の姿が良く紹介されている。

 その中国で「なぜ日本人は偽物を作らないのか」という疑問が呈示されたのに対して、ネットユーザーが寄せたさまざまなコメントが記事で紹介されていた。

 日本では法律で知的財産権が厳格に保護されているからである。

 日本では道徳教育が為されているからである。

 中国と違って偽物を売って信頼を失うことは、信用を重視する日本社会では「自殺行為」になるからである。

 なかなか鋭い指摘である。分かっているのである。

 なかには

 日本だって偽物が売られていた、という意見もあったが、それに対しては、中国人に偽物や粗悪品を売りつけるのはたいてい中国人である、と反論されている。

 偽物を作らない日本人は頭が悪くて、偽物を作る中国人は賢いのだ、と云う本気なのか皮肉なのか分からないものもある。

 これらのコメントから見えてくるのは、「中国ではしてはいけないことでも上手にやれば賢いことだ」という考えを持つ人々がいるということである。そして「知的財産権」を侵すことにあまり罪悪感がないし、それを間違ったことだと教える道徳的な教育もないと言うことも分かる。さらに「信用」ということにあまり価値観が共有されていないらしいことも分かる。

 道徳教育に激しく反対する一部野党の面々は、中国のこのような状態を理想の社会と考えているのだと云うことだろうか。

 今日は憲法記念日、理想主義的な文言が飛び交うことだろう。しかし世界は憲法の前文にあるような信頼に足る国々であるのかどうか、そのことに目をつぶって平和を叫んでも、相手はバカにしてかかるだけのように思うが違うだろうか。

古い手帳を読む

 古い手帳が数十冊ある。在職中はいろいろ手帳をもらうことが多かったので、気にいったものにいろいろと書き残してある。どの手帳も書き込んだ部分はそれほど多くはなく、ほとんどが読書記録である。

 整理しようと思ってパラパラとめくってみると、読んだ本の寸評が書かれているものがあって、たいていはあまり詳しくないし内容も少ないけれど、たまに面白いものがある。

 マイケル・ウィーバー「オイディプスの沈黙 上・下」と云うミステリーの読後のコメント
「人はいくらでも自己中心的になれる。世界が、そして自分の外界すべてが自分の為のみに存在すると確信することもできる。
(中略)
主人公は自分がリベラリストであるという信念の持ち主で(私もそのつもりだが)あるが、こういう自己中心的、確信犯的な犯人とは闘えない。犯人の武器はリベラリストの甘さをつくことにあるからであるからだ。
 リベラルとは何か。他人を否定しないことだ。ある生き方や思想が自己にとって如何に違って見えても、まず「肯定」することだ。世の中を受け入れることだ。

「中略」の部分に本のストーリーに関することがちらりと書かれているが、それを読んでも何しろザル頭なのでどんな本だったのかよく思い出せない。面白かったのはリベラリストについての考えである。たぶん本に影響されてこう書いたのだろう。いまなら少し違うかも知れない。

 しかしこのまま読めば、いま日本の野党面々はリベラリストを自称することが多いし、マスコミもそう呼ぶ。そして政治的な運動をして与党に非難を浴びせる人たちもリベラリストを自認しているように見える。

 ところがその自称リベラリストが現状を否定して認めないことは驚くほどである。相手を認めてしかるのちに妥協点を話し合うなどという気がなくて全面否定である。すべて相手は悪であると決めつけるのはリベラリストとは違うよなあ、と思って面白かったのである。

2017年5月 2日 (火)

口を噛む

 口を噛むと云っても誰か他人の口ではなくて、自分自身の口である。まさか外側から自分の口を噛むことはできない(そんな図は想像しにくい)から、内側、つまり口腔内、頬の裏側あたりを噛むのだ。またときには自分の舌を噛むこともある。

 目覚めていればそんなことはしない。そんな自虐性はない。しかしこれは自分自身のために無意識に行っていることなのだ。

 睡眠時無呼吸症候群で、呼吸が止まり、危険を察知した体が覚醒を促すために口中を噛むのであって、以前いまよりずっと肥満していたときはしばしば口の中が血まみれになるほど噛んで枕などにその血がついたりした。減量に努めたために、いまはいびきも控え目になり(旅行で同行する友人や、娘のどん姫の証言による)、睡眠時無呼吸症候群による呼吸停止はほぼなくなっている。

 だから以前のように昼間突然眠くなるようなこともなくなった。しかし昨晩はいささか飲み過ぎたので、久方ぶりにその睡眠時無呼吸症候群が再発したらしい。

 息子と夕方から飲み続けて、息子は先に眠ってしまった。夜中にどん姫が仕事を終えてやって来たので、またいちから飲み直しをした。かなり酩酊したらしく、どん姫は今朝、いささか不機嫌であった。何か不愉快にさせることでも云ったのだろうか、とても気になる。とはいえどん姫はいつも朝が苦手で機嫌が悪いから、なにも理由がないのかもしれない。むすっとしたまま仕事に出かけていった。

 口の中を噛むと、ときに口内炎になることがある。その不快さは経験したことのある人なら分かるだろう。さいわい口内炎によく効く飲み薬を持っているので、いざとなればそれに頼るつもりだが、いまのところ大丈夫そうだ。

 酒もほどほどにしなければならないけれど、つい嬉しくなりすぎた。来週は友人達と飲み会があるし、その後には父の法事があって弟たちや甥姪たちと会食する。調子に乗って飲む可能性があるので心しなくてはならない。

2017年5月 1日 (月)

ようやく準備が整った

 部屋の掃除をすべてやり、トイレと風呂の掃除をすませて息子と娘の布団を布団乾燥機にかけ、シーツ類も洗濯して乾し上がった。横着者ではあるがやり出すとそこそこは徹底してやる方なのだ。

 晩のための食材を買い出しに行ってようやく準備が整った。いまひとあせかいた汗をシャワーで流し、さっぱりした。映画音楽のCDなどをかけ、部屋を見まわして「まあこんなものだろう」と鷹揚にひとり頷いている。

 そろそろ息子が颯爽と帰ってくる。娘のどん姫はたぶん夜遅くになるだろう。どん姫が来るまでに討ち死にしないように引き延ばさなくては。今日のメインディッシュは天ぷらを考えている。

 私の両親も私が帰省するときはこんなふうに思っていたのだろうか。そんなこと今まで一度も考えたことがなかった。子どもなんて自分のことしか考えないもので、それでいいのだ。でも私は普通の人よりはこまめに帰るようにはしていたと思う。そのことは子どもたちは見て知っているから、予定もあるだろうにこうして連休でも顔を見せてくれるのだろうと思う。

過剰反応か

 先月29日に北朝鮮がミサイルを発射した。程なくして空中爆発し、北朝鮮国内に落下したらしい。このときの日本の反応に対して、韓国ハンギョレ新聞が記事を掲載した。

 東京メトロはミサイル発射の一報を受け、ただちに地下鉄の運行を停止したのだが、そのときのある日本のジャーナリストの「ついに日本までミサイルが飛んできたのかと思った」と云う言葉を取り上げている。そして東京新聞の「東京で地下鉄を止めるなんて過剰に反応しすぎだ。北朝鮮がやっていることはもちろん問題だが、日本政府や行政が過剰な恐怖心をあおっているのも問題だ」と云う記事も紹介している。

 ハンギョレ新聞の記事では、日本政府は朝鮮有事を想定してすぐにでも戦争が起きるような雰囲気を作り上げており、日本のマスコミもこれを積極的に報道している、とその過剰反応ぶりを揶揄している。東京新聞だけはまともだというのだろうか。

 確かに戦争は勃発するまでは何事もない状態が続く。しかし兆候があればそれに備えるのは当然のことであり、対応したけれど何も起きなかったというならそれはそれでよかったと思えば良いのだ。起こるはずがないと思っていたのに起きて、未曾有の事故をもたらした福島第一原発の経験が、心ある多くの日本人には身に沁みている。起こりえる可能性を知りながら備えを笑う者はどんな報いを受けるのか、天災が多く、災害を度々経験している日本人は分かっているのだ。

 ハンギョレ新聞に取り上げられた東京新聞の記事を書いた記者はそういう意味で日本人らしい危険についてのセンサーが鈍磨しているといえる。韓国はもともと災害の少ない国だからセンサーが弱い国らしく、危機感の欠如していることをこの記事は示している。これが韓国民の感覚なのだろう。

 ハンギョレ新聞は、この危機感を利用して日本政府は自衛隊の活動を活発化している、とそのことの方に危機感を示している。自衛隊が活動を活発化することを懸念するというのは、日本が韓国に軍事行動を起こすことを懸念していると云うことである。日本に攻められるほどのことを韓国は日本にしているという実感でもあるのだろうか。過去のことをいつまでもくどくどと言い続ける韓国に不快感を感じる日本人は多いだろうけれど、そんなうるさい韓国などと事をかまえるのはまっぴらだというのが普通の日本人の気持ちであり、ご心配には及ばないと申し上げたい。心配する方向が違うのではないか。

 どう見てもいまそこにある危機から目を背けたくて、習い性になった反日のお題目を唱えると恐怖から逃れられると思っているようで困ったものだ。もし韓国国民の多くが、北朝鮮が日本にミサイルを撃ち込んで欲しいとひそかに思ってでもいるようなら韓国は北朝鮮とグルである。まさかそんなことはないと思うけれど分からない。

父は土いじりが好きで、庭のない生活は考えられない人だった。私の子どもが小さいとき、子どもの面倒を見に母が来るときに何度か一緒に来た。名古屋を拠点にふたりで旅行に行くのを楽しみにしてもいたからだが、マンションではプランターが唯一の土のあるところだからそれが、どうにも居心地の悪いことのようであった。


子どもたちは父母になつき、父母はたくさん孫がいるけれども私の子どもたちを格別気にかけていた。

リタイアしてからは長く家を空けることが多いので、植物を置くことを控えていた。唯一ニラだけはしぶとく生き残り、毎年芽を出す。水をやらずにいても根が生きている。

今年は思い立ってパセリとモロヘイアの種を買い、鉢に蒔いてみた。可愛い芽を出し、双葉になり、ようやく本来の姿を見せ始めた。たくさん目が出ているけれど、間引きしなければならないが、可哀想でなかなかできない。

毎朝水をやる。ベランダから下を見るとマンションの中庭にいまツツジが満開である。春だなあ、と思う。

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