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2017年7月

2017年7月23日 (日)

夏休み

 もともと毎日が日曜日で、頭はそのモードになれきっている。その日曜日の頭がさらに夏休みモードになったらしい。ブログに書きたいことはいくらでも沸いてきたものだったが、このごろはなかなか出てこないし、ときに絞っても出てこない。

 そんなふうにして無理矢理書いたものが面白いはずがない。

 ガス欠なのに無理にセルモーターだけ廻しても仕方がないし、本体を傷めそうだ。少し充電のためにペースを落とそうかと思う。暑さのせいばかりでなく、なんとなく心身が不調である。月末の検診で悪い結果が出なければ良いが。

 不思議なのは節制しているつもりなのに体重が落ちないことだ。たぶん水分摂取が過剰なのだと思う。水ぶくれであり、心身が共にむくんでいるのであろう。少し気分転換を考えるつもりだ。

 こういうときに無理に出かけても事故を起こす心配がある。好きな現代美術の画集でも眺めながら音楽を聴き、録りためた映画でも見て過ごすことにする。

宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)

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 宮本常一(1907-81)は民俗学者。この本は彼が若い頃(主に昭和14年頃)に日本各地の古老などを訪ねて聞き書きしたものをまとめたものである。それらは系統立てて書れていないので、それぞれが独立した話なのだが、全体を読むと明治から大正、そして昭和の初めにかけて、日本という国、特に都市ではなく農漁村がどのように変貌していったのかが見えてくる。

 ここには歴史に出てくるような人物はほとんど登場しない。農村や漁村で暮らす人びとの生の生活そのものが描かれ、人間関係、村という集団の有り様の変化が記録されている。そしてこのような記録がなければそれは全て忘れ去られてしまったはずのものである。

 著者は日本民俗学の巨星でもあるが、この本ではその収集した話について民俗学的な解釈はなされていない。まだ若かったのである。ここには宮本常一自身の生い立ちも書かれているし、彼の祖父との関係も詳しく記されている。彼の祖父はまさに後に彼が訪ね歩いたような古老のひとりでもあったのである。それが民俗学者としての彼を生み出したのかも知れない。

 民俗学的な解釈はときとして検証を伴わない推察であることが多い。その論はいろいろな事例に整合するからなんとなく受け入れられることが多いが、あまり確信を持って決めつけられると眉に唾をつけたくなることもあるのが民俗学だと私は思っている。

 そういう点でこの本はただひたすら聞き書きしたもので、余計な解釈がない点がかえって読みやすく、とても面白い。あけすけな性的な話が語られているものもある。これでもずいぶん修正削除したという。現代の価値観とはずいぶん違い、おおらかでかつ辛辣だが、その中で倦まずたゆまず暮らした多くの人たちの話がここには収められている。生きるとはどういうことか、原点から考え直させてくれる。

 「忘れられた」のは彼等だろうか、私たちだろうか。

2017年7月22日 (土)

養老孟司『京都の壁』(PHP)

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 「壁」について岩波国語辞典を引くと、「①家を囲い、または室の間のへだてとするもの」とあり、「②障害。障害物」ともある。養老先生の言う壁には、見えるものと見えないものとがあり、自らを護るために囲むもの、そして自らが囲まれているものを指しているようだ。大ベストセラーになった『バカの壁』などは見えない壁だろう。それを先生は見せてくれた。

 京都をしばしば訪れる養老先生が、その京都の千年を超える歴史を背景に、京都がどのような場所であり街でであるのかを「壁」というキーワードで考察している。京都には壁がある、と言われることも多いが、本当に京都には壁があるのかないのか。


 先生も最初に語っているように、西洋も、中国や朝鮮も、都市は城壁で囲まれていた。中国では西安のようにそのまま残っているところもあるし、一部だけ残されているところもあって、それを目の当たりにすることが出来る。ところが日本では城本体は別として都市全体を城壁で囲うということはしない。日本はどうしてそのような壁で都市を囲まなかったのか。そこから京都についての考察が始まる。それは日本について、そして日本人について考えることでもある。

 どんなときでも、どんなところでも、先生は考える。考えることを楽しむ。考えるためにはきっかけが必要で、それを見つけるには好奇心が必要である。好奇心がないと何も考えることなく全てが見過ごされていく。好奇心から「?」と思ったことをたくさん懐に集めて、それについて考え続け、それを関連させていく。そうすると思っても見なかったようなアイデアが浮かぶ。世界がベールを少しだけ脱いで、違う姿を見せる。

 それをこのような本の形にして我々は知ることが出来るのである。京都に限らないが、どこかを歩くことが、何かを考えるきっかけになることをあらためて教えられた。それには好奇心を持ってきょろきょろする必要がある。それは実はとても楽しいことなのだ。そのことは池内紀氏の本でも感じることが出来るし、最近いろいろ蒐書した内外の紀行本を読む楽しみもそこにあるのである。

2017年7月21日 (金)

プリンターを疑う

 古い(といってもまだ5年程度しか使用していないが)キャノンのプリンターは印字がずれるようになったのでお払い箱にしようとしているが、どういうわけか黒インクだけが3~4個残っているので、それを使い切るまでモノクロにして、長いネットニュースなどをハードコピーするのに使っている。

 不思議なのはモノクロにしているのに、ほかのカラーのインクが消耗することだ。もともとプリンターのスイッチを入れるたびにノズルチェックのためか全色のインクを吐出しているらしい気配はあったが、それがスイッチを切らないのにちょっとプリントの間隔が開いただけでそのたびに吐出しているらしい音がする。

 不審なのは、モノクロにしているのに黒のインクはあまり消耗しないでいつまでも使えることで、カラーだけがつぎつぎに消耗してインクが空になっていく。空のまま使い続けると不具合になると警告は出るが、当方は黒だけ出ていればかまわないのである。なにしろ黒一色ならズレようもないから問題ないのだ。

 すでに写真のプリント用にだいぶ前に新しいプリンターは購入してある。古い方はいつでも引退OKなのである。新しい方も色刷りしたいときには使うようにしている。ところがこちらはインクの無駄打ちが少ないようである。

 勘ぐれば、ハードを安くしてインクで元を取るという方式をとっていくうちに、とことんインクを消耗させる仕組みにしていたようである。使用しないインクがどんどん減るのだからそれは明らかだ。しかしあまりそんなことをしていれば不評を買うだけで、対抗会社と結託しているうちはいいが、より無駄を減らしていかないと競争に負ける。それでなくともエプソンは大量のインクが入るインクタンクを売り出し始めた。

 エプソンにも魅力があるし、写真の印刷ならエプソンの方が色が鮮やかなのだが、何しろプリントが遅すぎた(最近は知らない)。枚数をプリントするときにはイライラする。それに懲りてから今はキャノンばかりになっている。

 キャノンも無駄にインクを消耗させて稼ぐという姑息な手段を執らずにハードをそれなりの値段にしてちゃんと商売をしたらどうか、と思うがどうか。実際に検証したことではなく、自分の経験から感じたことをいっているのだが、間違っていたら申し訳ない。

 何しろインクの原料である染料が高いと言ったってタンクに入っているのは染料を溶かした液体の数グラムである。染料本体にしたらそのまた何分の一か何十分の一だ。ほとんどボロ儲けではないのか。それをさらに無駄遣いさせていたなら阿漕な商売だと思うぞ。プリンターの使用頻度の高い人はそう感じていると思うけれど、そうでもないのだろうか。

ドラマ三昧

 『相棒』シリーズの再放送をほとんど観終わったと思ったら、今は『科捜研の女』のシリーズの猛攻に遭っている。ようやく来週くらいで一段落しそうな見通しで、片端からたまったものを観ているところである。このシリーズも観ていると当初の榊マリ子(沢口靖子)のキャラクターが次第に変化していることが分かって面白い。

 沢口靖子はデヴュー映画(武田鉄矢主演の『刑事物語 潮騒の詩』)を観て以来嫌いではないので、このシリーズも飽きずに観ることが出来る。シリーズドラマでは嫌いなものの方が多いのは幸いである。そうでなければ再放送があるのを片端から観ていたら朝から晩まで見続けなければならなくなる。

 BSフジの時代劇シリーズで山本周五郎のシリーズが春頃から始まって楽しみに観始めたのだが、役者が下手くそで、お粗末な出来のものが続いたので、観るのをやめた。以前藤沢周平のシリーズのときはそれなりの俳優で出来も良かったのに、どうしたことだろうか。経費節減でもしたのだろうか。

 毎日少しずつ観れば良いのだけれど、観るときは一気に観るので、ほかのことが何も出来なくなる。それはそれなりに楽しんでいるので不満はない。AVシステムを活かしてそれなりの音を鳴らしているので、ドラマの世界にはまれるのは幸いである。ただ、下手くそが出てくるとぶちこわしになって腹が立つ。さいわい『相棒』も『科捜研の女』もゲスト俳優はほとんどオーケーである。

2017年7月20日 (木)

夏休み

 五月に友人からもらったマイクロトマトの苗をベランダの鉢に植えていたが、先月末にはつぎつぎに花が咲き、今月初めから実をつけている。小粒の葡萄ほどの可愛いトマトだが、赤くなったのを食べればその味は立派なトマトである。つぎつぎに新しい実が生り、このごろは毎日片手に一握りくらいとれる。

 写真を掲載したいが、あまりにもいい加減に植えてあるので見てくれがとても悪い。ちゃんと実が生っていることを報告するに止め、写真は恥ずかしいのでやめておく。

 愛知県の学校は今日が終業式だそうだ。昼頃用事で名古屋に出かけ夕方帰ってきたら、マンションの集会場に子どもたちがたくさん集まって何か打ち合わせをしていた。夏祭りの準備でもしているのだろう。八月の初めにマンションの夏祭りがあって、けっこう盛大であり、昼には子供神輿も練り歩くし、晩には夜店が並び、舞台もしつらえられてプロの司会者を呼んで歌や踊りなど演し物もいろいろある。

 今年は役を引き受けていないけれど、声がかかれば得意の焼き鳥コーナーのお手伝いくらいはする。暑い中での生ビールはとても美味い。

 もう夏休みなのだ。子どもたちは嬉しいだろう。これからベランダ越しに子どもたちの元気な声が聞こえる日々が続く。少々やかましいけれど、悪くない。

辺真一『在日の涙』(飛鳥新社)

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 韓国に関するニュースに良く出ているコメンテーターだからたいていの人は著者を知っているだろう。著者はあの目張りをした、つり目でキンキン声のお姉さんとは違って、冷静に自分の考えを語る。意見はどうあれ、あれならその話を聞こうと思わせる。キンキン声のお姉さんのように人の話を遮って一方的にまくし立てるようなこともしない。じっと相手の話が終わるのを待って話す。

 しばしば感情的に話す人よりも、冷静に話す人のほうが心が熱いものだ。そのことをこの本を読んであらためて実感した。

 たぶん著者はこの本を韓国にいる韓国の人びとに読んでもらいたいだろう。しかしいま韓国の出版社が韓国でこの本を出版するとは考えられない。そのことがそもそも韓国という国の問題だろう。日本のようにどんな言論も自由に表明できる国とは違って、民意に反すると、社会的生命が葬り去られてしまうのが韓国という国だ。そのことはこの本の中にも痛憤と共に語られている。

 韓国という国の成立の経緯、反日が醸成された経緯が書かれているけれど、ここに書かれていることを韓国の国民はそのまま受け取ることはしないし、出来ないだろう。彼等が反日教育で刷り込まれた思い込みがそれを許さないにちがいない。そして日本の若者もその経緯を知らない。今の若者が近現代史を知らないことは恐ろしいほどである。

 著者の両親は済州道から仕事を求めて日本にやって来て在日となり、著者は日本で生まれて日本で育った。しかし半島が祖国であるという思いは強くある。その思いが強くあるからこそ、韓国という国がこのようであって欲しいという思いも強い。その思いとはるかに違う現実に歯ぎしりする思いをしていることがよく分かる。

 在日の人びとこそが、日本人以上に今ある韓国という国の姿に強い憤りを感じていることをこの本を読んで感じた。ただ相手を非難するのではなく、そうではなくて事実はこうなのだと韓国の人びとに伝え、間違いを正して日本と韓国の関係をあるべき姿にしたいという熱い思いがあふれているのだが、これを読めば韓国の人びとは彼をどう見るか。

 今の日韓関係がここまでこじれたのは、日本の対応にも原因があることも繰り返し指摘されている。その通りだと思う。相手に妥協して自国の主張を引き下げ続けたことのツケが結局ここまで関係をこじれさせた、という意見は、その通りであろう。朝鮮統治に対する贖罪の気持のように言い訳するが、実はそこには日本側が韓国を見下げる部分があったのではないか。日本が日本の立場を対等に主張しないことこそ韓国に対する侮蔑であると私などは考える。それを韓国の人びとは感じていないか。

 この本で日韓関係について考えるというのが本来の読み方だろうが、私には在日の人びとの思い、特に著者の思いを知ることが出来たことがこの本を読んだ収穫だった。

 彼の望む日韓関係は当分実現しそうもない。その理由はこの本に書かれている。

2017年7月19日 (水)

ギシギシいう

 むかし格闘技の乱取りをやっていて、フックをまともにあごに受けてしまい、あごが外れかけた。しばらくものを食べるのも辛かった。特に医者にも行かずにいたので、ときどきあごのちょうつがいに違和感があることが続いた。

 いまふたたびあごに違和感がある。口が大きく開けられない。無理をすると左側のあごのちょうつがいがギシギシいう。右でものを噛むときと、左でものを噛むときとではあごのつなぎ目がずれるのが感じられる。噛み合わせが狂っているのだろうか。

 ほかにも思い当たることがある。もう七、八年前になるが、名古屋で友人と飲んだあと、近所の小さな朝鮮料理の店で飲み直したら、酩酊しすぎて、帰り道でちょっとした段差で足を取られて顔面から地面に激突した。さいわい歯は折れなかったけれど、唇を切ってしばらく外に出られない顔になった。あのときにあごを打ったような気もする。

 それやこれやでいろいろあごには負担をかけている。それらのどれかか、または複合的な要因で、あごがどんどんズレてきているのかも知れない。なんとなく下あごが前へせり出し始めているような気がしている。下あごを押し込むようにするとちょっといいような気もするが、やり過ぎて外れたらこわい。

 いまのところ意識していると元に戻るが、うっかりするとちょうつがいがギシッと鳴る。大口を開けないと食べられないようなものは、危険な状態である。どうも体全体がひずんできたようだ。もしかしたら頭の中までひずんでいるかも知れない。

オールディーズ

 10日ほど前に信州松本に住む友人から蕎麦が送られてきた。半生蕎麦で、更科蕎麦と戸隠蕎麦がツユや蕎麦茶と一緒にセットになって入っている。新そばではないがとても美味しい蕎麦である。半生蕎麦だからどんどん食べないといけない。それに茹で時間をまちがえると台無しになるので時計を見ながらきちんと茹でる。ネギやワサビを入れずに食べると蕎麦そのものの味が際立つ。ワサビではなく、ゆず七味で食べるのも案外旨い。

 この蕎麦は彼からの暑中見舞いであり、しばらく来ていないから遊びに来いよ、というお誘いでもある。旅心が疼くが、諸般の事情もあり、行くとしても来月後半である。それに彼はクーラーが嫌いだから備え付けていない。松本は、朝晩は涼しくなるとはいえ真夏はやはり暑い。ちょっと辛いのである。

 彼は私の倍以上の酒豪であり、嬉しそうに、そして美味しそうにぐいぐいと酒を飲む。彼と酒を酌み交わすのは無上の喜びだ。そういうわけで、私からは夏用に冷酒を送ってある。一度に飲みきらずにゆっくり味わってもらえると良いのだが無理か。

 その友人はプレスリーが大好きだった。プレスリーが死んだときは大いに嘆いたものだ。私はそれほど好きではなかったけれど、彼の影響を受けてプレスリーのラストコンサートの映画を見に行ったりした。死ぬ前は薬物摂取のせいかむくんでしまっていて、若いときのように颯爽としているとは言いがたい姿だったけれど、どういうわけかそれを見てからプレスリーが好きになった。格好が良すぎるプレスリーではなく、そこに彼の哀しみが見えた気がしたからかも知れない。プレスリーが死んだのはそれから間もなくである。

 そのプレスリーを初めとするオールディーズのCDを聞いている。50年以上前の私の若いときや、古いものは私の子どもの頃の海外のポピュラーやジャズボーカルが収められている。今と違って当時はラジオからその音楽を聴いていた。映像がない分ストレートに音楽が心に響く。なつかしさが沁みる。

 五枚組なので、残りは晩に酒を飲みながら楽しむことにしよう。

瀧森古都『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』(SB creative)

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 それなりに面白いけれど、私としてはお薦めする気になれない。帯には10万部突破とあり、「衝撃の結末に号泣した」などと言う読者のコメントもある。

 自分がプロの作家ではないから、勝手なことを言わせてもらえば、高校生のまあまあ出来の悪くはない同人誌の長編小説を読まされた気分だ。つまりアマチュアの文章なのである。言葉の使い方がやや類型的で、会話にも不自然さが感じられる。昔なら編集者に突き返されるような作品だが、今はこういうものも出版されるのだ。

 感動して好きになるなら勝手だが、私は二度とこの作家の作品を読もうとは思わない。ストーリーが出来すぎであることはこのような物語の場合にあっても良いことだとしよう。それにしてもそれぞれの登場人物の抱える悲しみが表面的にしか描かれていないので感情移入できない。出来なければ感動も起こりにくい。

 たとえて言えば、出来すぎのお涙頂戴のテレビドラマを下手くそなタレントの演技で見せられたようなものか。もしかしたらドラマになるかも知れない。

 それにしてもやたらに空行を挿入する本を初めて読んだ。まるで縦書きのブログでも読んでいるようだ。スカスカなのである。そのかわり読みやすい。あっという間に読み終えることが出来る。そのことに感動した。

2017年7月18日 (火)

目的は金か?

 最初に断っておくが、以下のことは詳しいことを知らずにああだろうか、こうだろうかと思ったことを無責任に書いている。正義を盾に怒りを向けたり批判したりしないでもらいたい。と、言い訳をしておく。

 ぼんやりと午後のバラエティニュース、「みやねや」ほかを見ていた。いろいろなニュースのあとに松居一代が話題になった。私としては初めて画像で松居一代が夫の不実を訴えているのを見た。なるほどこういう映像を見て彼女に同情するひともいるのだ。

 彼女の資産は数十億ともそれ以上ともいわれるらしい。だからお金の問題ではないということなのだろう。しかし化粧品がないからと素面で、しかもパンツがないから居候している家のおばあさんのパンツをはいていると本人は言う。パンツを買う金も化粧品を買う金も無いのだろうか。それなら資産はないわけだ。

 彼女のこの映像を毎日何十万もの人が見ているという。そうすると自動的に彼女に金が入ることになっているのだそうだ。それならこれは金のためにやっていることなのか。彼女は報復をしているつもりのようだが、報復をはるかに超えた攻撃そのものである。

 離婚は絶対にしないといっているようだが、それなら再び二人で暮らしたいと思っているのだろうか。こんな姿を見せられ、公然と悪人とののしられた男が再び自分の元に返ると思うならまともではない。それは演技なのか。治療の必要な病気なのか。ただの嫌がらせか。

 こんな姿を見せていれば、離婚調停や裁判では離婚が認められる可能性が大きいと思いたい。どんな裁判官でもこの夫婦の関係が修復可能だとは思うまい。ただ、法律はそれでも一方が同意しないとなかなか認めないというところがあることは、私がみずから経験していることなのでよく分かる。船越英一郎君も大変だと同情する。そもそも彼女を選んでしまったことが間違いであった。いまさら遅いけど。

 離婚となれば財産分与がある。自分の資産を少しでも損なわないために夫を悪者としてののしっているのだろうか。それともネットからの日銭稼ぎを喜びとしているのだろうか。金には必ず亡者が群がる。彼女の周りに集まって、彼女の資産のおこぼれにあずかろうとする善意のバックアップチームでもあるのかも知れない。

 めでたく彼女の資産が護られて、さらに騒動で日銭が稼げて彼女にとってはめでたいことだが、いつか騒ぎも終わる。彼女の元には金目当ての連中以外には何も残らない。そしてその連中もやがて去って行く。こんな彼女とまともに親交を持とうとする人間がいるとは思えない。そのときに彼女はお金で心を温めることが出来るのだろうか。彼女を知るみなが、口を揃えてとても賢いと言う彼女のことだから、たぶん出来るのだろう。

 それにしてもコメンテーターや司会者が本音を言わずに言葉を選んでおっかなびっくり語っていたのは、よほど松居一代という女性は恐ろしいのだろうか。それともこれもマスメディアの自家中毒の症状か。見ていて胸が悪くなった。見なければ良かったと心から悔いている。世の中には恐ろしいことがあるものだ。

内田樹『最終講義』(技術評論社)

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 内田樹老師は私と同年の1950年生まれである。延長せず60歳をもって大学教授の職をリタイアした。この本はそのリタイアの前に行ったいくつかの講演の筆記録を本にしたものである。

 老師は教育者としての社会的役割をリタイアしたわけではない。大学に奉職するという仕事を辞めただけである。つまり私のように脳天気に楽隠居となったわけではない。楽隠居にはそれなりの厳しい現実もないことはないが、全て自己責任であるという気楽さはある。

 この本では老師が伝えたかったことが熱情を以て語られている。それは今まで繰り返しさまざまな形でブログや本で語ってきたことの繰り返しである。同じことをまた読むようなところもあるけれど、老師の語り口は常に新しい。こちらも初めて読むような気持にさせてくれる。

 言葉はなかなか伝わらないものである。大事なことほど伝わりにくい。分かることは瞬時に分かってもそれが染みこまない。それが自分の考えにシンクロするには、それなりの繰り返しが必要なこともある。なるほどそうか、と思うことがなくなれば読む意味がなくなるが、この本にはその、なるほどそうか、と思うことが満ちあふれている。

 私は本に書き込みをすることが嫌いである。よほどのことがなければ(例えば同じ本を二冊用意するなど)ラインを引いたりしない。しかしあとで引用したいときなど困るので最近はタックシールを貼ることにしている。これなら用が済んで剥がせば本は元通りになる。この本にはそのタックシールがたくさん貼られた。

 どんなところにシールが貼られたか。例えば子供の育て方について、父親と母親の意見が違うことこそ必要なことだ、としている。教育学者がコメントを求められれば、両親の方針は意見を一つにするべきだ、と必ず言う。意見が違うと子供が混乱するからで、それは子供を苦しめることになるというのである。だから老師の意見を読んだら、とんでもないことだと仰天するだろう。

 そもそも父親の論理、世界観と、母親のそれとは全く違うものであり、それを一つにまとめることなどそもそも不可能なことで、世界についての解釈はその違いの広がりのなかにこそあるものなのだ。子供にはその両方の世界を感得させなければ一人前のおとなになることが出来ない。

 老師は早くに妻と離婚し、ひとり娘を男手で育て上げた。老師は父親であるが、あるときは娘に対して母親の役割を意識して引き受けた。どちらかと云えば母親としての役割の方がずっと大きかったという。私も同様に男手で息子と娘を育てたので老師のいわんとすることがとても良く解る。ただ、私の場合は母親としての役割が不十分だったと反省しているが、いまさら取り返しは付かない。

 しかし父親としての役割と母親としての役割を担わなければならないというのは子育てを真剣にすれば、自ずと分かるものである。だから両親は何事も意見を一つにして子育てをするべきだ、などという教育学者の言葉の底の浅さには疑問を感じる。

 子育ての意見の違いから離婚に至る、などという話を聞くが、それはもうそもそも父親と母親の役割の問題以前のことで、それを引き合いに出して反論されても困る。あくまで夫婦関係が調整可能なまともな上での考え方の相違であろう。子供を鍛えて世界観を広ける意見の相違は必要で、子供がひき裂かれるほどの争いの元にされるのは論外なのである。

 シールが貼られた一カ所を読み返しても、このように考えることが沸きだしてくる。これがこの本にはたくさんあるのだ。

2017年7月17日 (月)

陰謀論は好みではないが

 韓国の大手自動車メーカーの現代(ヒュンダイ)の労組がスト突入を決定したという。系列の起亜自動車も追随するかも知れないという。そうなるとさらにほかのメーカーにも波及するだろうという報道もあった。

 少し前に韓国の自動車の販売が不振であることをブログに書いた。韓国の自動車のリコールが相次いでいるとも聞く。部品数の多い自動車のことだから、リコールが生ずることは避けられないが、その公開先や遅れに意図的なな操作があったとも勘ぐられている。リコールが従業員の仕事に対する意欲の低下によるものでなければ良いのだが。

 韓国メディアの報道の多くは、この時期のストライキは韓国メーカーにとって打撃が大きく、それでなくても売り上げ不振や技術力の遅れが指摘されているのに、それがさらに深刻化することになりかねないと報じている。

 現代自動車の労組は待遇改善を求めているようだが、韓国の労働者の多くは、もともと自動車メーカーの給与水準が高いことから、今回のスト決定には批判的だそうだ。

 この前のスト決行ではストは当初の予想より長引いて生産台数の低下を招き、納車の遅れが深刻となり、メーカーの収益を著しく損なった。それに負けた経営陣が折れたのであろう。労組は要求を勝ち取ることが出来た。

 労組は、経営陣はそのときのことに懲りているだろうから、今回も要求を呑ませることが可能だと判断したのだろう。ところで彼等が求めているあるべき待遇や現場の環境は何を比較にしているのだろうか。アメリカやドイツや日本のメーカーだろうか。

 残念ながら韓国車の競合相手はいま日本車ではなく、中国車やインド車になりつつある。低コスト車ゾーンで闘わなければならないのは、韓国が独自開発車を持たないからだ。独自開発車を持つには投資が必要だが、会社の利益は労働者に配分されるのが当然であると組合は考えている。

 今回もし本当にストに突入するとメーカーのダメージは前回同様大きくなるのではないかと心配されているのだ。それが命取りとなり、会社の収益が落ち、ひいては会社の存続にも関わりかねないと、周りが心配しているけれど、ひとり労組は要求の正当性を叫んでいるようだ。

 これが通用するのも左派系の文在寅大統領の治世下だからともいえようか。彼なら組合活動を温かく見守るだろう。北朝鮮は韓国の隆盛をのぞまない。韓国の隆盛の情報が北朝鮮国民に伝わることを恐れているだろう。それならば、韓国が経済的に衰退することは望ましいことにちがいない。何しろ共産主義を標榜する国なのであるから、労働組合が活躍し、資本家がダメージを受けることは正しいことであろう。

 それはさておき、販売不振ならストライキで生産が滞ってもそれほど心配ないのかも知れない。泥仕合になる前に収まりは付くのだろうか。申し訳ないが高みの見物である。

白でなければ黒か

 世の中の論調が極端になっている気がする。何かを選ぶときにはほかの選択肢を放棄することにほかならないことが多いから、極端な物言いはその選定が楽になるという利点がある。しかし迷わない、ということは考えないということにつながりやすい。

 考えるのは面倒くさいし、選ぶことを先延ばしにする宙ぶらりんもストレスである。そうして極論が横行し、白でなければ黒、黒なら切り捨てる、と極めて単純化された論調に乗せられる。

 安倍政権の問題点は問題点として、その行ってきた事跡の評価に全て×印をつけるのもどうかと思うが、そんなことを言うと、安倍首相を擁護するのか、と極悪人を擁護したかのように言われかねない。反対に擁護しようと思ったら全てを正当化して陰謀論で反論するということになる。意地になるのである。それがまた批判の材料にされたりする。

 韓国や中国の日本に対しての言動がそのようであることを日本国民はみな感じているし知っている。それに不快感があるからこそ、日本で行われるヘイトスピーチがそれ以上に不快なのである。やられたらやり返す、では相手と同じだからで、それを踏みとどまって相手がそうしても私はそうしない、というのが理性的なおとなの態度であろう。

  アフリカでサッカーの観戦中に観客どおしが争いになり、多数の死傷者を出した。このようなことが頻発しているという。敵か味方か、正義か悪か、世の中ではそれが明快なことは実はあまりない。たいていは100点か0点かなどという選択はないので、51点と50点の違いにしか見えないことの方が多く、しかもそれは見方が変わったとたんに49点と50点に変わる。

 その極端化の象徴としてトランプという人物がアメリカ大統領になったのではないか。そうしてますます世界は極端化の方向に進みつつあるのではないか。フェイクニュースの横行はまさにその顕れそのものではないか。

 世の中はそんな単純なものではないことは、生きていればひとりでに分かることなのに、極端化し単純化するマスコミに踊らされる。というよりみんながそのような指針を求めるからマスコミはそうするのかも知れない。考えることをしないのである。精神の怠惰だと思う。

 そのような風潮が社会を先鋭化させ、不安定化させ、暴力的になるきっかけになりつつあるのではないかと危惧している。「敵を倒せ!」と叫ぶ声が聞こえていないか。

小川糸『ツバキ文具店』(幻冬舎)

 何年か前に鎌倉を1日歩き回った。鎌倉は車で訪ねるところではないと思ったので電車で行ったのは正解であった。歩いていると思わぬ発見があるもので、車では見過ごしてしまう。

 多部未華子が主演した同名のドラマを数日前に観終わったので、原作のこの本を読んだ。鎌倉にある文房具店が舞台で、主人公の雨宮鳩子は祖母である先代からこの店と代書屋という仕事を継いでいる。物語は、依頼された代書の仕事を通して、鳩子が依頼した人の人生を垣間見、そこからその人の歩んできた人生を想像し、さらに自分自身を振り返りながら人間として成長していくというものだ。

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 この本には鎌倉が生活空間として描かれていて、そういう視点から鎌倉の魅力がこちらに伝わってくる。こんな本を読んだら鎌倉にまた行きたくなるではないか。

 それぞれの代書の依頼に対して鳩子が書いた手紙が、活字ではなく肉筆で挿入されている。この手紙文はドラマのものとまったく同じである。ただ、ドラマでは依頼人の人生がより詳しく描かれている。依頼人はどうしてそんな依頼をしたのか、その依頼に対して鳩子がどのように感情移入していくのか、つまり依頼人とシンクロした手紙を書き上げるのか、それが分かりやすく描かれていた。原作はそのへんがさらりと描かれていて大きく違う。

 しかしさらりと簡単に描かれているだけ、書き上げられた手紙のインパクトが強くなっている。ドラマと文章の表現方法の違いが際立っているのを感じた。手紙はそもそも文章であるから、本の方が効果が大きいのは当然かも知れない。しかも手紙は肉筆である。この字は著者の字であろうか、そんな気がする。これを見るだけでもこの本を読む値打ちがある。

 ドラマを観たからこの本を読む値打ちが損なわれるか?決してそんなことはないはずだ。基本的に同じストーリーだけれど細部は違うし、受ける感動はそれぞれに大きくて、二度楽しめることを請け合う。

 著者の小川糸原作である『食堂かたつむり』という映画も見たし、『つるかめ助産院』というドラマも観て、大いに楽しんだ。今回初めて著作を読んだ。この人の本をまた書店で探すことになるかも知れない。

 最後に、多部未華子は、私がだいぶ以前から別格的に好きな女優、というより女性で、本人のことはまったく知らないが、見ているだけで心がときめくのである。CMで見てもそうなるからほとんど恋のようなものである。もちろん完全な片想いだが。

2017年7月16日 (日)

恩知らず

 北朝鮮に対する制裁の一環として、北朝鮮と取引のある中国の金融期間や企業に対する制裁を科すとトランプ政権が発表したことに対し、中国外交部がアメリカは恩知らずだと言っていた。

 中国はアメリカの要請に対してやれることはやって来たし約束は履行しているのに、中国の会社に制裁を科すとは何たることかと噛みついたわけである。

「恩知らず」という言葉は、中国がアメリカに恩恵を施してやったのだ、と思っていることを表している。アメリカはそれを恩義と感じていないのみならず、恩を仇で返したと立腹しているのである。いかにも中華思想の中国らしい物言いであると感心した。

 しからばそのアメリカに対して中国はどういう報復をしようというのか。北朝鮮に対する制裁を履行しないことで報復することが考えられるが、すでに制裁などほとんど履行していないで有名無実なことは、北朝鮮からの石炭の輸入を停止したとアピールしながら、鉄鉱石の輸入は増加させ、貿易額は却って増えていることからも明らかである。

 トランプ大統領は中国のAIIBに参加の意思をちらつかせたという。これが中国の北朝鮮への制裁強化のお願いの見返りなら、中国が「恩知らず」と吠えた効果があったということか。恫喝して見返りをとるという手立てはロシアや中国の最も得意とするところで、さすがのトランプも中国の手玉にとられているのだろうか。

 AIIBは資金不足で思ったような実績を上げられずにいるらしい。アメリカや日本に参加してもらい、資金の裏付けを熱望している中国としては、トランプの参加のほのめかしは、してやったりの思いだろう。

 日本としてはアメリカに頭越しでAIIBに参加されてしまうのは非常に困る。AIIBはどう考えても中国の覇権主義の道具になりかねないからだ。だからといってあわてて日本も参加しようとすれば足元を見られて、参加のための法外な資金提供を要求されるのは明らかである。アメリカも中国も日本の金を狙っているのだと思うのは考えすぎか。

 TPPが空中分解したけれど、アメリカ抜きの11カ国で締結しようと日本は動いている。アメリカファーストを公言するトランプ政権との二国間交渉は日本に利をもたらさない可能性が高い。しからばアメリカ抜きで、アメリカが歩み寄らざるを得ない形で多国間交渉を進めることは大いに意味がある。

 そういう意味で中国との交渉を想定に加えることは考慮していい。中国が日本に歩み寄る形で、AIIBに法外な要求をさせないという条件で加わることも考える必要があるかもしれない。トランプ政権のあまりに自分勝手な論理を許すと、害が多すぎるような気がする。そういう意味で日本は多面交渉という極めて難しいことをこれから進めなければ行けないだろう。

 そう思うにつけ、いったい誰が日本をリードして行くことが出来るのか、それが日本のこれから生きのびていく上での最も重要なことなのに、今の日本の政局を見ていると、心許ないことである。

 蓮舫氏に任せる?鳩山氏や管氏や野田氏で懲りていないのだろうか。安倍首相に問題があるからと、とにかく首をすげ替えてもっと悪い駒を置こうというのか。今は任すに足るリーダーの登場を待つことも必要ではないのか。誰かいないのか。

梅雨明けか

 一週間ほど前には蝉の声を聞かなかったのに、数日前に初めて聞いたと思ったら、今朝はうるさいほど鳴いている。名古屋市内の大雨、そして一昨日の犬山や五条川の大雨があって、この地方の週間天気予報から雨マークが消えた。梅雨は明けたのではなかろうか。

 気がつけば子どもたちの待ちに待った夏休みはすぐそこである。今は毎日が夏休みなのだけれど、待ち望んだときの夏休みの喜びを二度と味わうことはない。人生にはメリハリが必要で、喜びもそれに伴うものであることは分かっているけれど、今はそのメリハリをどうつければいいのか。

 雑用が生じて、世の中の夏休みが始まる前に少し遠出をしようとしたのを取りやめた。取りやめるほどのことではないけれど、気持の盛り上がりが不足しているのに出かけてもろくなことはない。四年ほど前の交通事故は7月に用もないのに出かけたドライブ先で起こしている。そんなことを思い出しながら、今は暑いから電気を無駄遣いして、クーラーの効いた部屋でぼんやりしている。

 水分を取り過ぎたのだろうか、水ぶくれしたらしくて体重がにわかに増えた。ふだんは控えてきたのに、冷たくて甘い物を摂ることが増えている。10年くらい前から、摂取した水分が躰から抜けにくくなっている。夜中にトイレで起きることはほとんどない。それどころかビールをしこたま飲んでも、その晩にまったくトイレに行かないことすらある。

 そのままでは大変だが、幸いなことに朝になったらきちんと出るものは出る。腎臓の処理能力が落ちているのであろう。排泄にタイムラグが起きているのだ。年齢相応の前立腺肥大なのであろう、出の良いときとそうでないときがある。それに蛇口のパッキンも劣化しているらしい。締まりが悪くなっていることの不快は自分に嫌気がさすほどだ。歳をとるという事の哀しさはこういうところに強く感じる。

 長く酷使していれば不具合も生じよう。本来の人間の寿命は80歳や100歳というものではなく、60歳から70歳というところで、体の部品は安全係数が付いているとはいえ、たくさんあるうちのどれかが耐用年数に至れば全体が寿命となる。長命は運の良さによるものなのだろう。あまり長命を願うのは貪りというものかも知れない。脳にしたって体の部品である。次第に劣化していてほかのところより先に劣化することもある。そうでないことをひたすら願うばかりだ。

良い影響

 中国の自動車販売数の伸びは、ひところの勢いを失って頭打ちだといわれる。しかしその中で日本車の販売数は二桁の伸びを示して好調だそうだ。その好調の理由は、日本への観光客によるものだというネットの記事を読んだ。日本へやってくる中国人観光客の層が、ちょうど日本車などを購入する層と重なるのだという。

 もともと教育やマスコミの論調で反日的な傾向を持つ中国人でも、日本の製品に対する信頼は高い。品質が高いことは実績が証明しており、意図的な日本製品に対するデマも、いつの間にか解消されていく。訪れた観光客が中国で思い込んでいたことが違っていたことを日本で実感させられることが大きいという。百聞は一見に如かず、なのである。

 そのことは帰国した観光客達が口コミで伝え合うので、ますます日本のマナーや製品に対する信頼を高めることにつながっているのだという。それが本当に日本車の販売台数の伸びにつながっているのなら、嬉しい話だ。

 日本は信用というもの、ブランドというものを大事にする。そのことの意味が中国では理解できていないことは、偽物の横行が定常化しているで明らかである。法的に正しいか正しくないかではなく、信頼は最も大事な性能なのだとひとりでに理解されてきているのなら良いことだ。

 飛行機の搭乗員の話として、日本に行く便の中国人のマナーと帰りの便でのマナーが明らかに違うことを実感しているという。日本に滞在してマナーが明らかに良くなって帰国する中国人が増えていくのなら、日本は中国人に良い影響を与えていることになる。それはお互いにとても望ましいことだ。

 中国人観光客の増加が、彼等の消費による経済効果だけならそれだけのことだが、ささやかな信頼の積み重ねにつながっているのなら今は、わずかでも将来に反日感情解消の希望が持てることになるかも知れない。

 それなのに信用、信頼を損なうようなことをする日本人がいるなら、それはようやく積み上げたものを崩す極めて害の多い行為ではないか。日本が良い影響を及ぼす国であり続けて欲しいと思う。
 
 どうして韓国車が中国で売れなくなっているのか、いろいろな理由があるらしいが、そのへんに最も重要なポイントがありそうな気もする。東芝はどうしてあんな体たらくになったのか、それも同様だろう。しつこいけれど、私は東芝の製品の品質で不快な目に遭ったことが一度ならずある。そのうえその連絡をしたときのメーカー窓口の木で鼻を括る対応に腹が煮えくりかえる思いをしてもいる。今日この東芝の危機があるのは当然だと思う者である。

2017年7月15日 (土)

橋下大三郎・大澤真幸『げんきな日本論』(講談社現代新書)

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 歴史を知ること、歴史を考えることは、こんなに面白いことなんだよ、と教えてくれる本。日本の歴史から18のテーマを選んで、二人の学者がそれぞれの考えを述べ、相手の意見を元にさらに思考を深めていく。つまり互いの蘊蓄を語り合うのではなく、互いに考えたことを呈示した上で、相手の考えを自分に取り込んで視点を高めあっていくのである。

 どのテーマもそれだけで本一冊に匹敵する内容につながっている。それが盛りだくさんに、そして次から次に展開していくので、こちらはただただ感心し、敬服するばかりである。こういう本を読んでいれば学生時代に歴史をもっと楽しく学び、身についたような気がする。

 例を挙げれば、尊皇攘夷を旗印にしていた薩長を初めとする明治維新を達成した面々が、どうして攘夷と矛盾する開国を受け入れ、欧米と条約をつぎつぎに結んだのか。そしてアメリカと結んだ日米和親条約というのが日本にとってどういう意味があったのか。そのことについて目からウロコの落ちる思いがした。

 日米和親条約の意味は、

一、日本は独立国である。
二、アメリカはそれを承認した。
三、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、その他は勝手なことはするな。

ということだったというのである。

 当時、アジアの国に対しての欧米の行動は、植民地化が当たり前の時代であった。その中で、日本を独立国としていちはやくアメリカが認めたことの意味を日本人は理解していなかった。

 この条約で日本の独立は保証されたのである。

 こんなこと、歴史で習っただろうか。

 日本の古代史から近代までのテーマが網羅されていてまことに面白い本である。

近況

 最近は早めに寝るように心がけている。それがどん姫が来てちょっと夜更かししたので、昨晩は9時前に眠くなってうつらうつらしていた。そこへ千葉の弟から電話があった。大雨のニュースを見て心配してくれたのだ。犬山には少し距離があるが、氾濫した五条川というのはすぐ近くを流れている川である。

 しかし昨日の記録的豪雨はピンポイントで、私の家の周囲は強い雨ながら道路が冠水することもなかったので、その旨伝える。義妹は新盆だから実家(静岡)に帰っており、弟は一人で酒を飲んでテレビを見ているのだという。仲のいい夫婦だから、ちょっと離れただけで淋しいのだろう。近況をちょっと話す。

 眠気が少し遠のいてしまったので、宮本常一の『忘れられた日本人』(岩波文庫)という民俗学の本を読む。彼が若い頃日本の各地を訪ね歩いて取材した話が集められていて面白い。30分もしないうちにまた眠くなる。布団を敷いてさあ寝よう、と横になったらまた電話があった。

 大阪の兄貴分の人からで、豪雨は大丈夫だったか?と心配してくれた電話であった。昔の東海豪雨のこともよく知っているから、その話をする。あのときは娘の通っていた中学校が、グランドも周辺の田んぼも冠水してしまい、一週間ほど休校になるほどひどかった。町と名古屋市の境を流れる新川があちこちで氾濫したのだ。

 もう少し近況を話そうかと思ったら、じぁあ、とあっさり電話が切れた。兄貴分のひとも眠いのだろう。早寝早起きのひとなので、こんなに遅く電話をしてくるのは珍しい。

 私の方は眠気がどこかへ行ってしまった。パソコンの囲碁ゲームをして、自分の悪手に腐って嫌気がさす。別の高坂正堯の本を読み始めたら、しばらくして知らないうちに眠っていた。

2017年7月14日 (金)

引用の引用ですが

 内田樹老師の『最終講義』という本を読んでいたら、福沢諭吉の『福翁自伝』の文章が引用されていた。ものを学ぶ、という事の本質に関わることについて参考になる部分を引用しているのである。「努力と報酬の間に相関がない」のが本来の学問であって、それでこそ学ぶことは楽しいのだというのである。

(前略)考えてみると、今日の書生にしてもあまり学問を勉強すると同時に始終我身の行く先ばかり考えているようでは、修行は出来なかろうと思う。さればといって、ただ迂闊に本ばかり見ているのは最も宜しくない。宜しくないとはいいながら、また始終今もいう通り自分の行く末のみ考えて、如何(どう)したらば立身が出来るだろうか、如何したらは金が手に這入るだろうか、立派な家に住むことが出来るだろうか、如何すれば旨いものを食い好い着物を着られるだろうか、というようなことにばかり心を引かれて、齷齪(あくせく)勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う。

 子供は「どうして勉強しなければならないの?」と問う。それに答えて「いい学校に進学し、いい会社に入り、豊かに暮らすことが出来るようにだよ。それがあなたのためになるのだ」というのがおとなの常套句である。そのことを誰も疑わない。

 それこそ学ぶことにも「努力と報酬には相関がある」という確信にほかならない。それならば、「報酬は要らないから努力はしたくない」というこどもの反論を跳ね返すことが出来ない。

 老師が言い続けているのは、学問は、そして教育とは経済活動ではないのだ、ということである。その出発点が間違っているから今の日本の教育は危うい状態にある、と繰り返し警告しているのである。

 その本質的な問題点に気付かないと社会は荒廃し、全てが自己責任という言い方で格差は固定化されていくのだろう。老師は教育は安定した社会を構成するおとなを送り出すためのものだと喝破する。今の経済論理の教育では、社会的役割を自覚する「おとな」が供給されないことになると危惧しているのである。自分だけ良ければいい、というのは、本来おとなとは見做されない者の行動なのである。

 しばしば中国人が傍若無人で、騒いだり自分勝手な行動をして周りから顰蹙を買うのは、彼等がおとなではないからである。子供なのである。そう考えると分かりやすい。中国や韓国の拝金主義的な傾向、今はアメリカもトランプを支持して中国化しているが、社会を安定化させる「おとな」が敬意を持って遇されない幼児化する社会だといえないか。

 教育が経済論理でいじり倒されれば倒されるほど、社会は不安定化して差別は大きくなり、ひとは生き難くなる。学問とは、そういうものではないよ、損得ではないからこそ夢中になれるものだよ、と福沢諭吉は100年以上前に言っているのである。そのことを今の教育行政は見失っているのではないか、と老師は言っているのである。

固有名が象徴として残されるか

 中国のノーベル平和賞受賞者で作家の劉暁波氏が昨夜亡くなった。肝臓ガンからの多臓器不全による死だという。天安門事件を主導したあと一度は海外に逃れながら、反体制活動に対して容赦ない制裁を加える中国に再び戻ればどうなるのか、覚悟した上での行動だったのだろう。

 覚悟していたけれど、彼なりに多少は希望を持ってもいたはずだ。中国の体制が、内側から、そして外側から変わるかも知れないと。外側というのは中国の一般民衆である。しかしその希望は叶わなかった。

 何千、何万の人が犠牲になるような事件でも、それが数としてしか記憶されないことが多い。ところがたった一人の子供が死んだことが報じられたことで、その数として数えられた一人一人が自分と同じ人間だったことに気付かされることもある。世の中は何をきっかけとして動き出すのか分からない。

 中国の現在の共産党体制が崩壊して民主化されることが単純に良いことかどうか分からない。中国は民主化したことが一度もないのである。それが定着するまでははげしい混乱があると予測する人が多い。それは、アラブの春で民主化が叫ばれたのに、結果的に何がもたらされたのか見れば分かる。不十分ながら何とか民主化が達成できたのはいまのところチュニジアだけだ。

 だから中国がいまの体制を維持することは最も中国の国民のためになることだと中国の指導部の人びとは確信しているのであろう。彼等にとってそれに反対するのは国民を不幸にすることで、悪いことと見做されるのだ。

 中国国民が民主化とは何かあらためて考えるきっかけになることを劉暁波氏はあの世から願っていることだろう。劉暁波氏が多数の一人として葬り去られるのか、その象徴的な意味が中国国民の中に記憶として刻まれるのか。そこからあらためてどんな体制を選ぶのか決めるのは中国国民である。そのとき、中国政府もその選択を受け入れることだろうと思いたい。そこからしか中国は変わりようがないのだから。

 いまのところ、中国ではその劉暁波私の詩は報道されていないという。

2017年7月13日 (木)

サボる

 ブログの更新に追われる傾向が出て来た。書きたいことは常にあるのだけれど、書かなければ、と思いすぎるのは良くないことである。

 昨晩は大雨の名古屋市内から、それほどでもなかったわが家に娘のどん姫が仕事を終えて帰ってきた。10キロくらいしか離れていなくても、天気は全く違ったようだ。

 どん姫に約束のみやげを渡し、出石の造り酒屋の原酒を飲む。どん姫は2時過ぎにはくたびれて寝てしまったが、こちらはメートルが上がって4時近くまで飲んでいた。いつものことだが、今朝は二日酔い。

 酔った勢いで同じような昔話をくどくどとどん姫に話したような気がする。どん姫は初めて聞いたような顔をしてニコニコしていた。おとなになった。彼女の祖父母ではなく、私の祖父母、つまり彼女にとっては曾祖父母の話もした。祖母の短歌のノートを見せると興味深そうに読んでいた。

 酒がほぼ抜けたので、昼前に車でどん姫を送る。珍しく送ってくれと頼まれたのだ。名古屋の豪雨の痕跡は見られなかった。

 帰ってから渡哲也と高倉健のCDを聞く。ぼんやりしたままブログを書くのをサボった。そしてサボったことをネタに、ようやくこうしてブログを書いている。

2017年7月12日 (水)

早く来てくれると嬉しいのだけれど

 久しぶりにどん姫が帰ってくる。仕事を終えてからだから今夜も遅くなるだろうと思う。仕事で遅くなるのが分かっているのに待ちくたびれて最初少しイライラし、やがて無事に帰ってくることを願って、顔を見ると手放しでよろこんでしまう。

 いまはまだ降っていないけれど、今晩は雨降りの可能性が高いらしい。ちゃんと傘を持っているのだろうか。最終は急行なので降りるのは隣駅で、ちょっと歩かなければならない。

 どん姫には『ベルセルク』の第2シーズン12回分を録画したBDを貸す約束をしてある(彼女はWOWOWを見られない)のだが、私自身がまだ観ていないことを思いだした。そこで1回分30分、全部で6時間を一気に観た。あたまの中がベルセルクだらけになってしまった。

 この三日ほどで、『ツバキ文具店』を観終わったところで、いささかくたびれた。これも良いドラマなのでどん姫に貸してやろうと思う。今度は原作を一気読みする予定だ。いささか忙しい。

 さて、これからどん姫に美味しいものを作らなければ。お酒は先日の小旅行で地酒を買ってあるので大丈夫。

 早く来ないかな。

葉室麟『古都再見』(新潮社)

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 歴史を知ることが、歴史の知識をたくさん身につけていることと同じではないことは、歴史学者が歴史を必ずしも知っていると見えないことがあることからも分かる。

 記憶力を試すだけのような歴史教育を受けさせられた記憶があるのだが、それは私の思い込みかも知れない。そう思い込んでいたから、中学生、高校生の時代は歴史が嫌いで成績も悪かった。

 大学生になって、日本がなぜ勝てるはずのない戦争(太平洋戦争)を始めたのか知りたくて歴史をもう一度おさらいした。太平洋戦争から少しずつ遡り、明治維新について本を読み、中国があれだけの大国なのにはるか遠方からやって来たイギリスやフランスの軍隊にみすみす蹂躙されたのか、そのことを考えた。そのことが背景になければ日本は富国強兵に狂奔することもなかったような気がしたからだ。

 結果として近現代の中国という国について知ることと、はるか古代の中国の歴史を知ることが私の最も興味のおもむくところになってしまった。だから日本の歴史についての知識は(と区別するほど中国についても知らないけれど)断片的でつながりと奥行きのないままである。

 今回読んだ本では、歴史をこのように時代を超えて複層的に見ている人がいるのだということにあらためて感心もし、うらやましくも思った。司馬遼太郎の『街道をゆく』を読んで、その同時にいくつもの時代と地域を複眼的に見る世界観に心から敬服していたけれど、葉室麟もそのようにものを見る人であることを感じた。

 たぶんそのように見えている人は多くはないけれど、いるのだ。

 そこで思うのは、世界はそのように見ることが出来ないと、薄っぺらいままでしかないということだ。そのような薄い世界観から、時間と空間に広がりと厚みのある立体的な世界観へ脱皮には当たり前のことだけれど、素養としての歴史についての知識が必要であるということである。調べれば分かることだからわざわざ記憶する必要がない、と知識を身につけることをサボる口実にしていると、世界は薄っぺらなマルかバツかの世界になってしまう。

 苦労しても歴史の知識をまず身につけ、それに自分なりの意味づけをしていかないといけなかったことを思い知らされた。焦ってもしかだがないし、いまさら遅いけれど、あらためて歴史について考えてみなければ、と反省した。

 この本は京都という場所を手がかりに歴史という旅へ誘ってくれるすてきな本だ。もう少しじっくりと読み返したいと思うと同時に、その地へみずから足を運びたい場所がいくつか出来たことを有難いと思った。

2017年7月11日 (火)

どうでもいいこととよくないこと

 相変わらずSMAPの話題がネットニュース欄に頻発する。木村拓哉の人気が凋落していること、中居正広がそもそもジャニーズ離脱のリーダーと目されていたのに、いまはジャニーズの中で地歩を固めつつあり、裏切り者とみなす向きもあることなどが報じられているが、どちらも嫌いだからどうでもいい。

 木村拓哉とマツコ・デラックスが高校の同級生であったというのを今日初めて知った。いままでマツコ・デラックスを見下げていたらしい木村拓哉が、擦り寄ってきたことをマツコ・デラックスが嫌がっている、と云う記事などは木村拓哉の本性がよく分かる記事だが、それもどうでもいい。四十をすぎて容姿だけでやっていけるほど芸能界は甘くないのにいまごろ気がついても手遅れだろう。同情は憐れみに似ている。人間は憐れまれたらおしまいである。

 松居一代のニュースも連日見るけれど、これはマスコミが追いかけるというよりも松居一代本人が情報発信をして騒いでいるだけであって、それを面白がる多くの人がいて、マスコミもそれに引きずられているようなのが笑わせる。最初、精神を病んでいるのかと思ったら(全くないとはいえないだろうが)計算ずくのようでもある。

 まともな男なら、松居一代のあの姿を見れば、別れたくなるだろうな、嫌気がさすだろうな、と感じているだろう(と思う)。ところが主婦の中には船越英一郎に対して義憤を感じて松居一代に同情するものも多いと報じられている。本当だろうか。そう思うような女性がいることがよく分からない。私は浮気を肯定しているわけではない(ここは強調しておきたい)し、まだ浮気が確認されているわけでもないのに、あったこととされているのも不審に思っている(なかったはずだといっているわけではないので念のため)。

 都議選の結果は予想以上の自民党の大敗だったが、自民党都議のいままで累積されたさまざまな問題点が小池知事に暴露された上でのことだから、まさに身から出た錆である。それにしても当初の石原伸晃氏のあまりにも事態を把握できないお粗末な対応は彼の政治家としての資質のなさを露呈した。そのあとの下村氏もどうも下半身が弱いようで、金にまつわるスキャンダルが次々に顕れて腰砕けであった。政治家としての能力があっても、力を揮う前によろけていてはどうにもならない。それよりも国政のスキャンダルが都議選に反映し、さらに都議選の結果が国政にここまで反映されていくというのは、過去にもあったこととはいえ、恐ろしいものがある。 

 ところで自民党の惨敗に比べて比較的に軽微なマイナスで済んだのを評価されて、民進党の執行部は責任を問われなかったようである。しかし自民党が大敗したら大勝とはいえなくとも多少は議員の数を伸ばすのが最大野党の最大野党たる責任であろう。それを損なったのは蓮舫代表の戸籍問題がある、と今井正人議員が噛みついたのは当然といえる。現在の戸籍を明らかにすれば済むだけのことで、それをひた隠しにするのは二重国籍を疑われても仕方がない。国会議員の二重戸籍を許すような国はないと聞くが、それが本当なら、疑われたら二重戸籍ではないことを証明する必要があるだろう。これはどうでもいいことではない。

 中国のノーベル平和賞受賞作家、劉暁波氏が危篤だという。肝臓ガンの末期だそうだ。症状がひどくなって物も言えない状態にしてから解放するというのは中国というのは恐るべき国だと思う。人権問題を告発したために拘束されていた弁護士などの活動家が体調を崩したり重篤な病気で解放されることがあるが、そのなかに肝臓ガンに罹患したものが複数いる、などと報じられている。肝臓は毒物に最初に冒される臓器である。薬物投与を疑う意見があってまさかと思うと同時にもしかしたら、と思ったりする。今中国に拘束されている日本人が12人いるというが、実際に罪を犯したものもいるかもしれないが、そうではないものもいるらしい。彼等が無事であることを願う。なんだか中国は毛沢東時代に戻りつつあるような気がする。

 韓国の新任の女性家族相がソウルに慰安婦博物館を作ることを提唱しているそうだ。慰安婦問題について世論を再び喚起して日韓の合意を見直すきっかけにしたいと公言しているようだから、確信犯である。韓国が日本に対してだけではなく世界に対して慰安婦問題を言い立てることが再び盛んになりそうである。韓国が世界に誇るのはサムスンと慰安婦問題だということらしい。慰安婦博物館がもし本当に出来るとしたら、その功績団体の筆頭として朝日新聞を顕彰したら良いだろう。なかったことはすでに朝日新聞のお陰であったことにされてしまった。韓国の誇りをここまでにした最大の功労者は朝日新聞であるから顕彰されないはずはない。

北原亞以子『慶次郎縁側日記 再会』(新潮文庫)

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 慶次郎縁側日記シリーズ第二弾。

 世の中を生き易く生きている人と生き難く生きている人がいる。自分は生き難く生きていると思い、人はどうしてあんなに生き易く生きられるのだろうと思うが、生き易く生きているように見えている人も、必ず悩みを抱えているものだ。

 悩みを抱えずに順風満帆だけで生きてこられた幸せは、その人をしばしば不人情にする。人の痛みが分からないままの、底の浅い心の持ち主にしてしまうことが多いからだ。もちろん苦労を経験したからといって必ず優しい人間になれるわけではない。苦労がその人の心を歪めることもある。

 この短編集では、その生き難い世をさらに生き難くしながら生きている人たちが描かれている。トラブルがその人達だけに降りかかっているように見えたりする。神様が公平ではないのは誰でも知るところだが、それにしてもあんまりだと思う。

 ところがそれを傍で見ていると、明らかに本人が呼び寄せているとしか見えないことも多いものだ。わざわざ悪運の流れにみずから踏み行ってもがいているのに、自分だけがひどい目に遭うと思い込んで拗ねている。

 ここで元同心の森口慶次郎やそのあとを継いだ養子の晃之助たちは、その流れに立ちすくむ彼等に手をさしのべる。彼等はそれをきっかけにして、そこにある棒杭にしがみつく。自分の周りを見直して、自分がそのような流れの中にいること、どうしたら流れから逃れたらいいのか気がつく。

 或るものはみずから流れから這いだし、或るものは再び流れにながされる道を選ぶ。慶次郎たちはそれをどうすることも出来ないし、そこから先はどうしようともしない。そこから先の生き方は自分で選ぶしかないからである。

 だからしばしばとても物語は哀しいものになる。北原亞以子はだからやさしくない。ときに希望が見えて立ち直る人を描くけれど、みずから流れに沈む人をも描き出す。だから事件になるのだから。

 しかし人間は強いものだ。そうして流れに揉まれるうちに元の人間と同じとはとても思えないような人間になって、したたかに生きていく。そこにあるきっかけが与えられると、身にまとったしたたかさという鎧がちらりと剥がれて元の人間が透けて見えることもある。そんな話もこのなかには収められている。

 あえて具体的ではなく観念的に書いてみた。

2017年7月10日 (月)

コーヒーは美味しい

 マンションに隣接してスーパーがあり、そのなかにお茶の専門店があってたまにお茶を買う。お茶の専門店でお茶を焙じているときの香りが好きだ。深く匂いを吸い込むと軽い酩酊感を感じる。ところがほうじ茶はあまり好きではない。好きなのは焙じるときの匂いだけ。そのお茶の専門店の一角にいろいろな種類のコーヒー豆も売られていて、求めに応じて加減して挽いてくれる。

 しばらく前に娘のどん姫がサイフォン式のコーヒーメーカーをくれた。さっそくそれでコーヒーを淹れたかったのだが、もらい物のインスタントドリップコーヒーが残っていたり、インスタントコーヒーを買ったばかりであったりして、それがなくなったら挽いた豆を買いに行こうと思っていた。

 ようやく残り物がほぼなくなったので、そのお茶の店に豆を買いに行った。いろいろな銘柄があるが、初めて買うのでお店のオリジナルブレンドを求めた。

 さっそくその粉でコーヒーを淹れる。一人用だから、水を入れてもあっという間に沸いてコーヒーがはいる。美味いではないか。インスタントとはまるで美味しさが違う。私でも違いが分かる。早く使えば良かった。

 そういえば単身赴任で金沢の営業所に配属されたとき、そこでは朝インスタントではないコーヒーを女性が淹れてくれた。朝そのコーヒーを飲むのが楽しみであった。私は喫茶店に入るのが好きではなく、仕事で顧客と行く以外は自分だけで喫茶店に入ることはない。だからコーヒーはあまり飲まなかった。

 そのころは糖尿病の治療を続けていた頃なので、それを承知している彼女たちは砂糖をどんどん減らしてくれる。コーヒーに慣れてついにブラックで普通に飲めるようになったのはそのお陰である。

 いまはコーヒーに砂糖を入れようとは思わない。

 知り合いにコーヒーが大好きな人が何人かいてうるさい。しかし自分でこんなに美味しいコーヒーが飲めるなら、やはりこだわるのは当たり前だと、ようやくいまごろ知った。

汗をかく

 今月末に定期検診がある。飽食し(昔から比べたらはるかに食べる量は減っているが、運動量も減っているから体にとっては飽食だと思う)、暑いから冷たいものを飲みお茶をがぶがぶ飲むから水分を過剰に摂取していて、一度落とした体重がたちまちまた増えている。

 その定期検診に行く病院まで歩いて20分足らず、さらにそこから歩いて10分足らずのところに、ドーム型の市のスポーツセンターがある。その周辺にはまだ田んぼが残っていて、用水路もあり、風が吹き抜けるので気持ちが良く、そこまで往復すると散歩に手頃である。

 スポーツセンターの中に広い休憩室があり、新聞が置かれている。クーラーも効いていてそこで新聞を眺め、一休みして帰ってくると、汗をしっかりかいて運動になる。と分かっていても、暑いからこのごろはめったに行かない。

 体重計の数値を見て、ちょいとまずいと気がついた。そこでさっそく散歩を再開した。一汗かいて、帰ってシャワーで汗を流して体重計に乗ると、一キロほど減っている。水分が抜けただけで、すぐ補充することになるからもとのもくあみだが、数日続けたら汗をかきやすくなっている気がする。汗腺が活性化したようだ。これで新陳代謝も活性化し、安静時のエネルギー消費も増えれば、自然と体重は減っていく。

 月末まであと三週間、どの程度の効果があるだろうか。いやいや、定期検診のためにそんなことをしているのではない。それでは本末転倒だ。足が丈夫なら健康も維持できるということで、旅先でも無理がきく。旅先というのは思いの外歩き回ることになるもので、そのときに体力が落ちているのを実感させられると後悔するものだ。

 目的を旅先で歩き回る体力を保つためと定めて汗をかくことにしよう。雨よ降るな!なまけ虫に口実を与えるな!

 ここまで書いてから本日の散歩に出かけたのだが・・・。

 スポーツセンターが見えてきたあたりから一天にわかにかき曇り、ぽつりぽつりと大粒の雨が降り出した。急ぎ足でスポーツセンターに駆けこむ。多少濡れたが、たいしたことはない。にわか雨であろうから雲行きを見ながら休憩する。

 センター備え付けの新聞をいつもより丁寧に読んでから外を見ると雨は止んでいるようだ。帰り道を歩き出す。雨のあとだからムッとするが、ときどき風が吹き抜けるのであまり苦にならない。ところが歩き出してすぐにまたぽつりぽつりと雨が・・・。雨宿りする大きな樹が近くにあるのだが、それほどのこともなかろうとそれをやり過ごす。ところが雨は次第に強くなり、やがてどしゃ降りになった。あわてて近くの商店の軒先に駆けこむ。

 ぼんやりと雨を落としている空を眺めていたが、雨は強くなったりやや弱めになったりしながらも止む気配を見せない。窓を全部閉めてきただろうか?と不安になる。ベランダ側は間違いなくしめた。しかし北側の窓は自信がない。

 いいしばらく雨模様を眺めていたが待ちきれずに歩き出す。ずぶ濡れでわが家にたどりついた。雨に濡れて困る物を持って出ていなかったのは幸いであった。

 雨を恨んでもしようがない。それより折り返し点近くまで歩いてから降り出したことを、お天道様の意地悪とみるか、どうか。先に雨が降ったら今日の散歩はなかったのだから。

みおつくし料理帖

 毎回楽しみに観ていたNHKの『みおつくし料理帖』が終わってしまった。最終回のラストから、これがシリーズとして続編が作られることはほぼ間違いないものと思われる。楽しみなことで、必ず観るつもりだ。もともと好きだった黒木華さんが一回ごとにさらに好きになっていく。こんなに口もとが愛らしい女性はいない。

 ドラマの中で、小松原こと小野寺(森山未來)が照れ隠しに節分の炒り豆を囓っていると、澪(みお)に「そんなにお好きなんどすか」と聞かれて、「好きだ、どうにも好きだ」と答える。「とても」と云うところを違う言い方をしたはずだということだけ覚えていて、いまいろいろ考えて、「どうにも」という言い方を思いついたが自信はない。もちろん澪が好きだといっているのだが、澪は嬉しそうにほほえむだけである。いいなあ。

 この最終回が放送された日、クーラーをかけながら電子レンジを使い、さらにオーブントースターを使ったら、ブレーカーが落ちてしまった。全部で30アンペア使える契約なのだが、いくつかにセパレートされており、リビングキッチン全てが同じラインなのである。録画していた『みおつくし料理帖』も中断してしまった。

 最初それに気付かず、ブレーカーを戻したときには10分以上経過していた。そういうわけで昨晩再放送されたのをあらためて録画して、今朝観たところなのである。

 澪のゆっくりした話し方、相手の言葉をじっくり聴き、反論があってもゆっくり考えてから気配りの利いた言い方で行い、そのときにじっと相手を見るひたむきな目、これで好きにならない男などいないだろう。人に好かれる人、人が助力を惜しまない人の資質とはこういうものだということを教えてくれる。

 温かい気持ちになり、やさしい気持ちを思い出すドラマだと思う。

2017年7月 9日 (日)

ドラマ『ソースさんの恋』と白雪姫

 NHKのドラマ『ソースさんの恋』がもう一回で終わってしまう。恋愛ドラマはあまり積極的に観る方ではない。そしてこれも恋愛ドラマといえばそうなのだが、ヒロインのミカ(ある理由で主人公の宇野君からひそかにソースさんと呼ばれる)を演じるミムラが魅力的で、観始めたらやめられなくなった。

 美大の一年生である宇野正直(千葉雄大)は、少年のときに美術の道に進むかどうか悩んでいた。家庭が経済的にそれを許さないことが分かっていたからだ。しかしあることがきっかけで、父の反対を押し切り美大へ進んだ。だから学業とバイトに全力で取り組まなければならない。

 そんなときにバイト先のコンビニで不思議な女性に出会う。やってくるのは深夜が多く、彼女は青白い無表情な顔でいつも決まった銘柄のソースだけを買う。正直は彼女をソースさんとひそかに名付けた。正直はその彼女に強く惹かれていく。美術展のコンクールの絵に彼女をモデルに描きたいと願う。最初は気がついていなかったが、彼が美大に進学する決心をしたきっかけはミカだったことがあとで分かる。運命的な出会いでもあったのだ。ドラマだからそれで好いのだ。

 ソースさんがなぜ毎回ソースを買うのか、その理由に彼女の秘密があった。正直はソースさんと知り合うようになり、独り暮らしの彼女の家に出入りし、やがて彼女をモデルに絵を描くことが叶い、恋のようなものが次第に進展していく。

 彼女の秘密が次第に明らかになっていく。その秘密が彼女を苦しめていた。正直との恋で次第にその苦しみから解放されて明るくなっていくミカ、しかし恋には障害がつきもので・・・。

 このドラマを白雪姫と比定する人は、原作者を含めていないことだろうと思うが、私はそんなイメージで楽しんでいる。もちろんミカが白雪姫で正直が王子様である。そしてあの王妃であり、魔女であるのはここでは女ではなく、彼女の秘密を知り、彼女を自分のものとしたいと願うある男である。

 彼女がいつもソースを買うのは異常行動である。ある事故がきっかけで彼女は精神を病んでいる。それがようやく癒えかけ、正直との恋によって立ち直ろうとしているのだが、その精神の病を私は毒リンゴを食べて眠りについている白雪姫と見做しているのだ。

 そしてその毒リンゴの眠りから覚めるのを妨げているのが、彼等の恋を妨害する男なのである。だから彼女を庇護する七人の小人に比定できる人たちも当然登場する。しかもその庇護する人たちの中に魔女がいるのである。危うし白雪姫である。

 王子との口づけによって白雪姫はいま目覚めかけているのだが、ドラマでは再び毒リンゴを食べさせら、苦しむ気配を見せている。予告では、どうも正直が毒リンゴを食べさせたと誤解されかけるストーリーが見える。次回が最終回だが、どのようなクライマックスがあり、どういう結末になるのか、とても楽しみだ。

中国黄金殺人事件

 これも百目鬼恭三郎『解体新著』から。もっと取りあげたいけれど、きりがないからこれを最後とする。ここで紹介されたのはファン・フーリクの『中国黄金殺人事件』(三省堂)である。これは彼の書いたディー判事シリーズ全十六巻の一つである。

 ディー判事とは、唐の時代の実在の人物、狄人傑(てきじんけつ・ディー・レンチエ)のことである。このシリーズは彼が主人公だが、狄人傑は地方知事として多くの犯罪事件を解明している(当時の地方知事は判事も兼任した)と歴史書にも記されている。しかし小説は明の時代などに狄人傑を主人公とする中国の小説や裁判説話集などをもとに、ファン・フーリクが創造したものである。狄人傑はしばしば奉行の大岡忠相に比肩されると云えば分かりやすいだろうか。

 ファン・フーリクはオランダの外交官であり、東洋学者でもある。日本には戦前戦後を通じて三回駐在している。百目鬼恭三郎も記者時代に一度面談しているという。フーリクが死んで半世紀後に日本でディー判事シリーズの一部が翻訳出版されたので、その縁でこの本を紹介したのだ。

 ファン・フーリクの中国に対する知識には百目鬼恭三郎も一目置いているようだ。その感想から、小説の中に描かれる長安の街の様子にリアリティを感じていることがよく分かる。

 私はディー判事のシリーズについて以前から知っているけれど、読んだことはない。ただ、中国で彼を主人公とした映画が作られていて(『王朝の陰謀-ディー判事と人体発火怪奇事件』など。主人公をアンディ・ラウが演じていた)、WOWOWで観た。とても面白かったけれど、フーリクの原作とはたぶんだいぶ違うものだと思う。いささか荒唐無稽がすぎる映画であった。 

 ところでファン・フーリクについては、私は別の本で忘れられない。『中国のテナガザル』(原題『GIBBON in China』)という本で、このブログで以前紹介した。

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 先般私のブログに、最近コメントをいただくHiroshiさんから、西遊記の孫悟空の起源について、中野美代子の本の情報をいただいたのだが、お返しにこの本のことを思い出して紹介した。中国の猿については漢詩にもたくさん詠まれている。その猿とはどんな猿か、この本で多少知ることが出来る。

 ファン・フーリクにはそういうわけで思い入れがあり、百目鬼恭三郎が彼の本を取りあげ、しかも面談したことがある、などと知ると、なんだか旧知の人に会った思いがしたのである。

2017年7月 8日 (土)

『太陽の帝国』他

 百目鬼恭三郎の『解体新著』についてさらに続く。この本は古い本だし、探して読もうという人もいないだろうから、しつこく続ける。読んで私が何を感じたか、ちょっと想像していただければそれでいい。

 J.G.バラード『太陽の帝国』(国書刊行会)を評している。バラードと言えば、SFのニュー・ウェーブ派を代表するイギリスの作家で、精神世界、つまり内宇宙を描く作家である。何作か私も読んでいて好きな作家だが、SFに縁のない人は知らないだろう。ただ、この『太陽の帝国』はSFではなくて、第二次世界大戦勃発前後の上海を、親にはぐれたイギリス少年がさまよう物語で、ほぼバラードの自伝である。

 これはスピルバーグによって映画化されているので、この有名な映画を知っている人もいるだろう。いま調べたら少年ジェイミー役を演じていたのがクリスチャン・ベールだったのを知り、驚いた。知らなかった。あのとき上海を占領したのはもちろん日本軍だから、日本兵役で日本人の俳優もたくさん出ている。原作でも映画でも、イギリス少年から見た日本軍の戦闘機の幻想的な美しさがバラードの原点であることを知ることが出来る。映画館でも見たけれど、購入したレーザーディスクの記念すべき二枚目はこの映画(一枚目はメグ・ライアンの『恋人たちの予感』)なのである。

 しかしそんなSFについても、そしてバラードの伝記についても目配りが効いているというのが、百目鬼恭三郎のすごいところで、読みどころだけを語って、珍しく酷評していない。かわりにそのころ出版された伝記物をやり玉に挙げている。

 E.ポレツキー『絶滅された世代』(みすず書房)を、これは批評と言うより紹介している。ここで非難しているのはコミンテルンという国際共産主義革命の組織そのものである。

 なぜならば、この『絶滅された世代』こそ、オーストリア領の一地方の少年グループの6人が、長ずるに及んで町が第一次大戦後ポーランド領に編入されたのを機に理想に燃えてポーランド共産党に入党し、その後コミンテルンに加わってヨーロッパで国際共産主義活動に従事し、その後たどった彼等の運命を克明に語った本であるからだ。

 この紹介文の最後を百目鬼恭三郎はこうしめくくる。

 このようないわゆる走狗烹(に)らるの事例は、歴史を繙けば枚挙にいとまがないほどであるにちがいない。日本の例でいえば戊辰戦争の際の赤報隊の処刑などはその典型であろう。が、その結果として成立した体制を是認するには、これらの冷酷理不尽の処置に目をつぶるか、反革命分子の粛清という名目を鵜呑みにしてしまうか、のほかはない。私は、こうした自己欺瞞は大嫌いだ。人間としてありたい読者は、耳を傾けてこの紙碑の語る声を聞くといい。

 不肖私も、こうした自己欺瞞が大嫌いである。左翼を名乗る者はそれらから眼を逸らし耳をふさいでいる。そういう者ほど声高に歴史の正義を語る。

 赤報隊、相楽総三以下の末路については、長谷川伸『相楽総三とその同志』(講談社学術文庫)に詳しい。草莽の志士というものを考えさせ、そこから歴史の中の、いわゆる烹られた走狗にも思いをいたすのが生きた歴史を考えることであると思う。

 さらに蛇足だが、「走狗烹らる」とは『史記』にある越の笵蠡(はんれい)の言葉、「狡兎死して走狗烹らる」から。兎を追う猟犬も、用がなくなれば煮て食べられてしまうという意味で、功績があっても(あってこそ)功臣は身が危ういことをいう。

必ずそうだというわけではないのだが

 百目鬼恭三郎『解体新著』から、つづき

 猪口邦子『ポスト派遣システムと日本の選択』を評していわく、

 国際関係論とか国際政治学を専攻する学者が、論壇ジャーナリズムに寄稿した論文は、あまり読まない方がいい。彼等の論調は、一見日本の現在と未来を憂慮しているように装っているけれど、その実は日本をバカにしており、読むと腹が立ってくるからだ。
 それと、海外生活や留学を経験して、自分は国際的な感覚を身につけた国際人であると思っている人たちの日本批判も、読まない方がいい。彼等は日本を見下すことによって自分が外国人になった気でいるらしい。が、彼等がせいぜいなれるのは、せいぜいのところ非日本人という奇妙な存在であろう。いまは、この非日本人について説明する余裕はないが、外務省の役人や商社マンに共通してみられる人間性の欠如は、これに起因しているように思えるのだ。

と、前置きを述べたあと、内容の批判に入る。そして日本の繁栄(この文章は1987年に書かれている。バブル時代である)がアメニティ(快適さ)を忘れているから、対外経済摩擦の源となっているという論は、アメリカの生活の方が日本より優れており、日本はそれに倣わなければならない、と云う前提に立っている、と指摘して、

 しかし、そのアメリカの生活が、快適のゆえに腐敗しつつあることを、著者はどう考えているのか。生きたイワシより腐ったタイのほうに価値があると思うには、よほどイワシをバカにしていなければならない。

と断じているのである。

 私は活きのいいタイも活きのいいイワシも好きで、どちらかと云えば九十九里育ちなのでイワシのほうが好きである。

 それはどうでもいいが、「自分が日本人である」という確固たるアイデンティティを持たない者の言説は、足場を保たない浮き草の言うことで、なんとなく鼻につき、誰に対しても説得力がないということだろう。

 もちろん「自分は日本人である」という自覚を持つ者は別である。見失いかねない状況でこそ、意識してその自覚のある人が真の国際人であると言っているのだと私は思う。

百目鬼恭三郎『解体新著』(文藝春秋)

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 風の恭三郎、最後の一冊。死後一年で出版された最後の辛口書評集である。ほめているのかな?と思っていると、こき下ろす前にちょっと持ち上げているだけだったりするから、読んでいる方も油断できない。この人の本ならほめるだろう、と思うとその本の傷を暴き立てる。それがたまたまのミスの部分なら揚げ足取りだが、本質に関わるものをえぐり出すからこわい。

 短ければ二頁、長くても数頁で一冊の本を批評する。その本だけではなく、引き合いに出されて持ち上げられたり、とばっちりでこき下ろされたりする本も出てくる。私が面白いと思った部分を紹介したいが、長くなりそうなので一回で書き切れるかどうか分からない。

 家永三郎の『戦争責任』(岩波書店)を評して、

 この本は、戦争の惨禍が再現されるのを防止するために、十五年戦争(満州事変から太平洋戦争まで)の惨禍の全容と、それを惹起した政府の行為の実態とを正確に認識し、「そこから導き出される責任を正当に反省」する目的で書かれたという。
 言う迄もなく、戦争の惨禍は、その属性であって、原因ではない。従って戦争の惨禍をいくら認識したところで、戦争が起こる原因を解消しはしないから、戦争を抑止することは出来ない。戦禍の記録物のほとんどが、その意図に反して、残酷趣味を刺激するだけの効果に終わっているのは、このせいなのである。
 この本の場合は、戦禍をもたらした責任を追及しているわけだから、戦禍を並べたてること自体には必然性があるといえる。が、戦争を憎むあまり、事実をゆがめ、論理を飛躍させるなどまでして、責任者を作り上げようとしている姿勢が、随所にうかがわれるのである。

 このあとそう批判する理由が述べられている。

 家永三郎が教科書裁判でマスコミにもてはやされて戦い続けたことを思い出す。日本人の戦争責任をはげしく糾弾していた。いわゆる正義の味方である。自分は日本人ではないのか、と云いたくなるようなそのもの言いは、マスコミと左翼文化人の常であるが、それが却って国民の左翼離れと戦争に対する直視を妨げる結果になったのではないか。 

 山田桂子の『「待ち」の子育て』(農山漁村文化協会)を評して、

『「待ち」の子育て』は、乳幼児を自然の中で育てるという特異な保育を実践している、静岡県島田市の私立たけのこ保育園の記録であり、先頃朝日新聞の天声人語欄で取りあげ話題になっている。が、私の読んだ限りでは、いくつもの疑問点があって、にわかに推奨しかねるように思われた。

 ここから自然保育についてどこが問題だと思うのか、著者(百目鬼恭三郎)の考えが述べられる。そのあとに、

 それに、子供を勝手に遊ばせ、あるいは田植えや畑作りに興味をもたせることによって、その内面が豊かになるものであろうか。もしそうだとしたら、戦前、農村の子供はみな都市の子供より内面が豊かで、優れた人間になっていたはずになる。これが農本主義者の幻想にすぎぬことはいうまでもあるまい。

 とばっさり、そして最後は合理性の面からも一般的ではあり得ないと斬って捨てる。

 こう書くと子供を自然に触れさせることに反対しているように受け取って非を鳴らす輩もいるであろう。そんなことまでいっているのではないことは常識で考えれば分かることである。念のため。

 子供は訓育を受けて人間になる。『「待ち」の子育て』の理念の問題点は、子供はおとなが手を出さなくても本来自然に成長出来るもので、おとなになるための資質が備わっているものだという信奉に対する疑念である。子供を自然のままに育てるとどうなるか、インドのオオカミ少女やオオカミ少年の例を挙げるまでもあるまい。教育は実験ではない。

 まだいくつもあるので、次回に送る。

2017年7月 7日 (金)

まとも

 先日、友人と行く秋の旅行のためにJ××に立ち寄ったが、坐れとも言われず、頼んだ見積もりも「今中国は行く人が少ないからツアーがあんまりないんです。それにツアーでないと高くなります(あなたには負担だからやめておきなさい、と聞こえた)」と明らかに面倒そうな顔をしたので、その木で鼻を括ったようなあしらいに腹を立てたことはこのブログに書いた。

 今日、所用のついでに名古屋ビルジングの近畿ツーリストに立ち寄り、J××と同じことを相談した。ちょっとだけ待たされたあと、とても丁寧な応対を受けた。こちらの希望を述べると「お客様の方が中国をよくご存じのようですから、細かいところは教えてくださいね」とにっこりされる。

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 希望の行き先、時期、などを伝え、先方の旅行会社や航空会社と打ち合わせて、一週間後にいくつかのタイプでの見積もりを作成しておいてもらうことになった。

 J××にもこのような応対をしてくれる女性がいて、以前は良く名指しでその人に無理な調べを頼んだが、いやな顔一つされたことはない。そのNさんは海外勤務を強く希望していて、数年前に「願いが叶いそうです!」と嬉しそうに話していたから、今は海外にいることだろう。

 近畿ツーリストでまともな応対を受けたことで、なんだか胸のつかえがおりたようでほっとした。これなら多少割高でも納得というものだ。客商売はこれが当たり前のはずなのだが。

北原亞以子『慶次郎縁側日記 傷』(新潮文庫)

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 好きな時代小説のシリーズに、平岩弓枝の『御宿かわせみ』シリーズ、澤田ふじ子の『公事宿事件書留帳』、そしてこの北原亞以子の『慶次郎縁側日記』がある。これらのシリーズは池波正太郎の長谷川平蔵シリーズや剣客商売のシリーズ同様、再読三読しても面白い。

 他にもたくさんシリーズがあってそれぞれに続いているところを見れば面白いに違いないが、手を広げるときりがないので我慢している。とはいえ、いまドラマでやっている『みおつくし料理帖』などは高田郁の原作で読んでみたい気がしている。

 この本の巻末の解説で北上次郎が『慶次郎縁側日記』以上に同じ著者の『深川澪通り木戸番小屋』のシリーズを推奨したりするとそれにも食指が動いてしまう。

 この『慶次郎縁側日記』は八丁堀の同心だった森口慶次郎が、隠居して酒屋の寮番として気ままに暮らしながら、さまざまな事件に関わり、それを何らかの解決に導いていくという短編集だ。「何らかの」とわざわざ云うのはそれが快刀乱麻を断つが如き解決ではないものも多いからで、これで良いのか、といいたい終わり方もある。単純な勧善懲悪の物語ではないのだ。

 この本の冒頭の一作『その夜の雪』だけが慶次郎が現役のときの話である。もともと単独の短篇として書かれて、ここから連作していったと思われる。ここで慶次郎は最愛の一人娘を失う。気ままなな隠居生活の描写にどことなく昏く重いものが通底音として響くのは、事件というのは怒りや妬みや欲望などの人の悲しい性が表面化した結果であるからだが、そこには慶次郎の心の奥底の死んだ娘を想う気持ちが重なっているからでもある。

 このシリーズは北原亞以子が亡くなったことで新たなものが出ないのは残念だ。それでも20冊近くある。前半の八作目まで読んでいるがそこで中断していた。今回全て揃えたので最初から読み直し始めたわけである。いつものようにこのザル頭はたいてい内容を忘れているので、初めて読むように面白いのは有難い。

2017年7月 6日 (木)

李真実(リ ジェンシー)『中国共産党の紅い金』(扶桑社新書)

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 著者は中国共産党の幹部まで経験している中国人だったが、「役人になれば人間になり難い、人間になりたければ役人にならない」という教訓にならい、生活を一変させるために日本に留学。その後日本の会社に勤め、2008年に日本に帰化したと著者紹介にある。この本は中国で定常化している腐敗の実態をいわば内部告発のように著したものだ。

 どこの国、どこの地域、どこの組織にも腐敗はある。古来根絶することは絶えてなかった。大小に関わらず、役割に伴う権益を自分の利益のために活かすのは人間の性のようなものか。しかしそれがごく限られた人間だけにとどまっていれば、ときに潤滑油のように働くこともあって、社会を劣化させるにはいたらない。

 それが権益を活かさないで自分の利益を拒否していると周りから迷惑がられるという社会は異常である。著者はそういう人間だったらしく、中国では生きにくかったのであろう。

 この本でつぎつぎに山のように暴露される中国の汚職と腐敗の数々は一つひとつならそんなこともあるだろう、と思えても、これほど定常化しているというのが事実なら、白蟻に蝕まれた住宅と同様、中国はかなり深刻な社会の劣化を来していると言わざるを得ない。

 もともと中国は歴史的にその傾向があったが、文化大革命以後、つまり鄧小平の改革開放以後はそれが恐るべき広がりと深さで定常化したと著者は述べている。誇張がないとは思わないが、たぶん実態と大きく違わないのだろう。他の情報でも同様な話は繰り返しつたえられている。そしてそれは共産党独裁体制そのものにも要因を大きくもつことも詳しく説明されている。共産党と云う存在そのものが巨大な権益であることは著者自らが体験したことでもあるからだ。

 この本は中国をこき下ろす本であるけれども、その腐敗の実態は想像を絶するのでそれを読んで呆れることを楽しめる。たいてい多少はすでに知っていることではあるが。さすがの中国人もこれでは中国で生きるのは大変である。

 特に農民工たちの受けているいわれのない差別はこれこそ差別だというようなものである。ここに搾取があることは中国民衆の不満の爆発の要因となりかねないものだから、その改善策が提案されているけれど、その搾取こそが権益であるから遅々として改善は進んでいないようだ。農民工は盲流と蔑視され、その子どもたちの多くが信じられないような生活を強いられている。あらためて義憤を感じる。

 この本の難を言えば、多少数字の桁を間違っている部分が気になる。91億ドルを約1京900兆円などという間違いは凄まじい。著者の間違いにしても出版社は何をチェックしているのか。他にも明らかな数字の桁の間違いがあって興ざめする。全体の信用を落とすので、注意して欲しいものだ。

転がっている

 長時間ドライブを続けたせいか、持病の腰痛が出ている。湿布薬を貼って転がっている。とても楽だけれど何も出来ない。転がったまま本を読む。腹ばいは辛いので上向きで読む。重い本はくたびれるので、そういうときは文庫に限る。かき集めてようやく全巻揃えた北原亞以子の『慶次郎縁側日記』のシリーズの第一巻『傷』をまた開いている。読み出したら全巻読むことになるだろう。飽きると東洋文庫(こちらは文庫といってもちょっと大きいけれど)の『菅江真澄遊覧記』の第一巻を眺める。気がつくとうつらうつらしている。めでたくなった老人の姿そのものではないか。父は庭いじりしている時以外はたいてい転がっていた。

 やはり温泉には連泊するべきだったと思いながらぼんやりしている。帰ってきたのは用事があるからだが、その用事に出かけるのは腰痛が治まってからだ。気温は午前中から29℃にもなっているけれど、ちょうどいい加減の強さで風が吹き抜けるので、クーラーをつけなくても快適である。何しろ風が乾いているのが有難い。

 今日はこのまま転がっていることにする。

出雲大社

今回の旅で二日目に出雲大社に寄った。


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神楽殿の大注連縄(おおしめなわ)。日本一(つまり世界一)の大きさらしい。

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この大きさと重量感には圧倒される。

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内側から眺める。

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本殿の大きさもとんでもないのだが、比較するものがないので分かりにくい。

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中に入れないので外から眺める。とにかく写真で見るよりはるかに大きい。これは実際に行ってみないと分からない。

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木の間越しに撮ってみた。

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こちらが正面なのだろうか。

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この紋が何なのかも知らない。

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素戔嗚尊(すさのおのみこと)が何か祈っている。

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こんな構図になっている。

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素戔嗚尊の後ろから。

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因幡の白ウサギもある。

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鳥がガラスに映り込んでいると思って空を見あげたら、鳥などいない。しかもこの鳥は動かない。よく見るとガラスに描かれていたのだ。

以上でこの旅の報告は全ておしまい。



2017年7月 5日 (水)

続・雨の中を走る

米子から南下して中国山脈を越える。


「にいみ」という言葉で思い浮かぶのは、新美南吉と新見錦(にいみにしき)だ。新美南吉は愛知県の知多出身の童話作家だから、音が同じだけであり、新見市とは関係ない。子どもの頃、「ごんぎつね」の話を読んで、涙で本の紙面が見えなくなったことを思い出す。新見錦は新撰組隊士。芹沢鴨などと徒党を組んでいた水戸浪士だった。本名は別にあり、新見錦は変名だという。芹沢鴨より先に粛清された。でも新見というのだからなにか新見市と縁があるのかと思ったら、まったくないらしい。

などとぼんやり考えていたらどんどんと山が深くなる。急カーブの連続で、雨も断続的に降り出した。明地峠というところが分水嶺であり、トンネルを境に鳥取県から岡山県に入る。その峠の展望台で一時的に雨が小降りになったので、峠で写真を撮る。

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雨など降っていないような一瞬の遠望であった。

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木標の文字が見えにくいが、標高618メートルとある。米子から一気に上ったのである。

このあとトンネルの入り口はさらに50メートル以上高い高度だった。トンネルに入ると岡山県側は急な下り勾配である。

トンネルをつぎつぎに抜けるたびに雨が激しくなる。こういう道路は一定降水量を超えると通行止めになる。気がせくけれど、こういうときほど慎重に走らなければならない。

高度が下がったあたりに新見千屋温泉という温泉場がある。一度訪ねたくなるような山の中の温泉だ。必ず今度来てみよう。この温泉の前後に、後醍醐天皇が休んだという石があると標識が出ていたけれど、降りて写真を撮るどころではない。残念である。

この辺りから道路の横は高梁川(たかはしがわ)が並行する。不思議な川で、上流からこの先ずっと下流まで川幅がほとんど変わらない。

そういえば新見を目指すのは、そのあと高梁(たかはし)まで足を伸ばして備中高松城を遠望しようと思ったからである。上るのは大変そうだから(日本の城でいちばん高いところにあるというではないか)遠望だけするつもりだっのだが。

新見の駅前についたけれど、雨は本降りである。特にどこへ行くという目的もなく、なんとなく立ち寄ったのだが、駅前に何か石版のようなものがある。しかし降りるのは辛いのであきらめて高梁へ向かう。今回は散策はなしで、どんな街かを見ておくだけにする。

新見から高梁までもずっと道路は高梁川沿いである。雨の勢いのわりに川の水量はそれほどでもない。流れ込む支流が少ないのであろうか。

高梁に近づくと川沿いに瓦屋根の乗った白い漆喰の塀が延々と続く。まるで川がお堀のような見立てなのだろうか。
ここはぜひ散策したいがいかんせん雨はますます激しく降り、ワイパーは最強で首を振っているけれど前がよく見えない。外へ出れば傘を差していてもずぶ濡れだろう。

備中高松城を遠望するどころではないので(とにかくどっちの方なのか、山は雨に煙っていてまったく見当もつかない)、ここから津山方面、さらにその先の目的地、美作のホテルに向かう。途中何度か峠を登り降りする。雨は土砂降りでナビがなければ迷子になるところである。ナビがまたわざと細い道を走らせるところがあるのでこういうときは危ないのだ。

美作に着いたら雨は小やみになった。

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夕方には雨も上がり、部屋の窓からはこんなさわやかな景色が見下ろせた。

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日が射してきたではないか。

そして一晩明けて今朝。

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こんな朝焼けが。

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次第に街の様子が見えだした。しかし雲が低い。

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そして再び雨が本降りになった。

これが今朝のことで、もうどこかに立ち寄っても雨に追われるだけだとあきらめて、どこにも寄らず名古屋へ帰った。

無事に帰還できてとにかくめでたい。名古屋は(たぶん全国的にそうかも知れないが)薄日が射す天気だがあまり暑くない。洗濯をしながら荷物を片付けて一息ついているところである。

今回の旅で、出雲大社だけまだ報告していないので、明日にでも写真を掲載するつもりである。

今回の走行距離、約1300キロ。燃費はほぼ17キロ/リットル。愛車のアテンザは引き続き快調である。





眠れて眠れない

 やはり温泉は一泊ではいけない。連泊しないとゆっくり出来ない。それを忘れていた。

 今回は夕食を摂って一息入れ、あとでもう一風呂などと思ううちに爆睡している。喉が渇いて目覚めると夜中の2時前後である。一度目が醒めるともう眠れない。眠ろうとするとますます眠れない。完全に目覚めているわけではないので本を読んでも集中できない。仕方がないからネットでニュースなどを眺めている。

 これが三泊の晩全てそうだった。この数ヶ月寝付きが悪くてぐずぐずと起きていて、ようやく12時を過ぎて寝る毎日だったのに、憑き物が落ちたようにこの旅では9時前には眠りに落ちている。と云って2時に起きていては不十分だ。ようやく空が白む4時頃に再び寝る。そして6時過ぎになんとなくもの足らない感じで目覚める。しかし昼間眠くなったりしないから、十分眠れているのであろう。

 憑き物が落ちたようだというのは理由があるが、くどいから言わない。それより今朝方見た夢で、自分の人生全体の姿と意味がなんとなく得心がいった気がした。分かったからといっていまさら何をどうしたら良かったか考えても仕方がない。仕方がないが、どうしてこうなったか、自分の何が原因でこういう人生を送ることになったのかが少し見えたのだ。なるほどと深く頷いたから得心した、と書いたのだ。自分では分かっていなかったのに、実は心の深いところではすでに其れをちゃんと分かっていたというのがとても不思議に思える。 

 夢で見たことは現実とは違ったけれど、現実以上に真実を見せてくれたのだ。その夢の話はいつか違う機会に書くことがあるかもしれない。この旅の一番の収穫はこの夢だった。今日は朝から雨。前日までいた島根は大雨だそうだ。今日はまっすぐ帰ることにする。

雨の中を走る

昨日は雨の中国地方を走り回った。今は岡山県の美作というところにいる。


昨朝、宍道湖畔の玉造温泉を出るときは小雨だった。まだ台風の洗礼を受けていないようだ。宍道湖を左手に見て松江に向かう。本当に湖面は静かだ。もし雨が降ったり止んだり程度なら松江城とその周辺を散策したいと思ったが、フロントガラスに当たる断続的な雨は次第に連続的になってきた。

お城の周りを車でぐるりと回るだけにして、境港へ向かう。松江の街を北に抜け、中海の北側をぐるりと回り込む。中海の湖面は宍道湖以上に静かで、そこに小雨が降りかかる。

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境港は少し若い仕事の同僚の生まれ故郷で、好いところだと再三聞かされているのに通過するばかりである。ここは水木しげるの故郷でもあるから、いまも訪ねる人が多いようだ。私のここを通る楽しみの一つが、むこうに霞んで見える境水道大橋を渡ることである。

バカと煙は高いところが好き、と云うけれど、私もバカなのかも知れない。写真では分からないが、とにかくこの橋は天に駆け上がるように上り、目もくらむような高さの頂上から一気に降りるというスリルと興奮を味わえる橋なのだ。手前は中海で左手にぐるりと走り、橋をこの右手から上がり、左へ降りる。

橋を渡れば島根県から鳥取県になる。

境港の活気あふれる街を抜け、海岸沿いを米子に向かう。一直線で片側二車線の快走同路だが、トラックが多い。

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弓ヶ浜展望所という休憩地で一休みする。ここはもう日本海だ。弓のようゆっくりした弧を描く砂浜がずっと続いている。

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小雨が続いているが風はなく、波もない。水はとても澄んでいる。晴れていればもっと美しいところなのだが。

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はるかに霞んで見えているのは日本海に突き出している美保が関の岬。ここも走ったことがある。端っこが好きなのだ。

この弓ヶ浜を少し行けば皆生温泉がある。出雲や松江へ行く拠点にするのに好いところで、高級な宿もあるがリーズナブルな宿もあって、何度か泊まった。

さて米子からどちらに向かうか。とにかく南下するとして、高速に乗らずに国道181号線から180号線に乗り継いで新見に向かうことにする。新見は岡山県である。(つづく)

2017年7月 4日 (火)

コウノトリの郷

時間が前後するが、出石散策のあとに豊岡の「コウノトリの郷」に寄る。この日、豊岡は36℃の猛暑。車から降りるとくらくらする。


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建物はコウノトリ文化館。コウノトリだけではなく、地域の生き物全般についての展示があって楽しめる。建物の置く、緑の丘の手前にコウノトリの公開繁殖地があり、文化館の方が説明をしてくれる。

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城崎生まれの友人が、子どもの時にはそこら中にいたという日本コウノトリは乱獲でついに絶滅した。一度絶滅した日本のコウノトリは同じ種類のコウノトリをロシアから譲り受け、飛来してくるコウノトリなどとの交配もあり、いま100羽以上の生息が確認されている。

地域あげての協力があったことが繰り返し強調されていた。

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建物の中を飛ぶコウノトリ。もちろん剥製である。

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繁殖池のコウノトリ。コウノトリはヒナのときは鳴き声らしきものを発するが、成鳥はまったく鳴くことが出来ない。かわりにクラッタリングと云う、くちばしをリズミカルに叩く音でコミュニケーションをとるという。

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この辺りに餌が多いらしい。くちばしが黒いのが日本のコウノトリの特徴で、ヨーロッパのものは赤い。厳密に言えばヨーロッパのコウノトリは同じ種類だがコウノトリではないのだという。

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餌を探すコウノトリ。にわかに空が黒くなり、やがて雨が降り出した。

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たちまちはげしく雨が降り出した。

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田んぼや山にも雨が降る。

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乗用車や観光バスにも雨が降る。

30分ほどのにわか雨であった。止み間を見極めてようやく車にたどりつく。雨が降ってもあまり涼しくならない。

このあと宿まで一時間足らず。

本日は台風3号に追いまくられてはげしい雨の中を走り回った。それなのに宿(岡山県美作の温泉)に着いてしばらくしたら何と青空が覗いた。その顛末は明日の朝のブログに記す予定。

宍道湖のしじみ獲り

宍道湖のしじみ獲り、語呂が好いようで・・・。


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玉造温泉にいる

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 島根県の宍道湖の湖畔の宿に泊まっている。目の前が宍道湖だ。

 昨日は出雲大社にお参りして、夕方この宿に入った。この辺りは「くがたまの里」だそうだ。あの古代に宝飾品、まがたまくがたまの「くがたま」である。ジェリービーンズみたいな形と云ったら笑われるだろうか。ヒスイや水晶、瑪瑙などで造られる。それ以上のことは知らない。

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 出雲大社から国道9号線を東へ走り、宍道湖が見えると様子がいつもと違う。水が黒く濁り、白波が立っている。

 車からおりて宍道湖を撮影する。強い熱風が吹いている。台風の影響だろうか、強い西風が湖面を波立たせているのだ。

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 宿から対岸の松江が見える。夕陽は黒い雲が邪魔して、残念ながら見られなかった。これも台風のせいか。

 宿に入るとき、フロントの近くで白衣の男性に声をかけられた。新しくリラクゼーションのコーナーが開設されたのでいかがですか、と云う。つまりマッサージである。最近肩がカチカチに凝って辛い。娘もしばらく揉んでくれていない。割引するというので後で行くというと嬉しそうだった。

約束通り食事のあと一息入れてからマッサージをしてもらう。男だから力が強い。痛いのと気持いいのの中間くらいか。肩と首筋を重点にやってもらう。カチカチです、と感心したようにマッサージのお兄さんは言った。正直娘のどん姫の方が上手だと思ったけれど、多少肩は軽くなった。

 今朝は雨の宍道湖、今日は台風に追われることになりそうだ。高梁市に寄りたいけれど、雨だと歩くのは億劫だなあ。

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朝風呂に入って寝汗をながし、部屋に戻ると雨がやんでいる。小さな漁船が漁に出る。昨日とうってかわってまったく波がない。

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寝起きに見たときには雨に霞んでいた対岸の松江の街もはっきりと見える。ただ黒い雲が空にかかり、暗い。

2017年7月 3日 (月)

出石(いずし)

出石に行く。いまにも雨が降り出しそうだが、出石では降られずにすんだ。


出石城の西の丸の駐車場は一杯で、さらにその奥の庁舎南という駐車場に車を置く。土日祝日だけ駐車料を取るらしい。駐車料を払うと出石手帳という小さなパンフレットをもらう。街の観光地図と見所、店などが細かく記載されている。便利である。しかし暑い。

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お城の入り口。小さなお堀を木の橋で渡る。

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城門をくぐると真っ直ぐ隅櫓へ登る階段がある。

このお城も明治維新の時に毀されてしまったのだろう。残っているのは隅櫓とわずかな建物で、本丸も二の丸もない。城跡なのである。

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本丸跡の広い土地の隅にこの建物だけが残されている。紅葉の季節には美しいだろう。

Dsc_3447 城の横にさらに上に登る階段がある。赤い鳥居がずらりと続いている。

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稲荷神社があるのだ。後背の山は有子山と言う321メートルの山で、神社の横に登山口がある。山の頂上には有子山城跡があるらしい。

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なかなか姿の良いおキツネ様。

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そこから出石の町を見下ろす。黒い瓦屋根が多い。この場所に天守閣でもあったのか。もともと天守閣はなかったのか。神社の横に古い井戸が残されている。お城用だったのだろう。

出石の街で名物の皿蕎麦を食べる。

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美味い店にはこうして人が並ぶ。この列はここだけではなく、道路の反対側まで続いているのだ。

今回は少し遅い昼なので控え目に10枚だけにした。

みやげに地酒と出石焼きのとっくりを購入。

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楽々鶴という銘柄の酒で、原酒19度というのを購入。

ぽつぽつとしてきたのであわてて切り上げる。少し登り降りしたので汗だくだ。

宿に入るにはまだ時間があるので、再び城崎方面に戻り、コウノトリの里へ行ってみることにした。風子さんがブログに紹介していたのを思い出したのだ。

城崎で生まれ育った友人は、子どもの頃はそこら中の田んぼにコウノトリがいたと話していた。それが日本のコウノトリは一度絶滅したのである。

私が胡散臭く見えたのだろう

 先日のことである。秋に友人と中国旅行に行くための情報を知りたくて、某旅行会社の名古屋駅前の窓口を訪ねた。蒸し暑い日で、所用のあった場所から約30分かけて歩いてたどりついたので汗をびっしょりとかいた。店に入るととても冷房が効いて気持ちが良い。

 新婚旅行の打ち合わせ中らしき客と、旅行の相談をしているサラリーマンの二組だけで、これならすぐ話が出来ると安心した。しばらくご無沙汰しているがここは人気があって待たされることが多い。

 ほてった体を冷房で冷ますために坐っていたが、パーテーションの中に二、三人いる気配なのに誰も出てこない。応対中の女性が、お客さんだよ、と声をかける様子もない。ようやく一人大きなマスクをした女性が出てきたが、忙しそうになにかしていてこちらには目もくれない。そのとき一人の男性客がせかせかと入ってきてその女性に声をかけた。

「ここで新幹線の回数券が買えますか?」と尋ねている。その女性はちらりとこちらを見てからその客と応対を始めた。まあ簡単な要件らしいからすぐすみそうだし、それが終わったらこちらも声をかけようと待つことにした。むかしはそんなことはなかったけれど、いまは客から声をかけないと待っていると見做さないらしい。私は気持ちよく涼んでいるので特に腹も立たない。こちらは忙しい身ではない。

 男性の求めようとした回数券は特殊なものらしく、やりとりのあと「ここにはないらしいな」とつぶやいて出て行った。調べているあいだ客を立たせたままだし、調べ方がぞんざいで不満らしい気配を感じた。

 ようやく私から声をかける。「雲南省に友人達と旅行に行きたい。ついてはツアーがあるかどうか、なければ三人での旅行の計画を組んで見積もりをしてもらいたい」。

 「雲南省?」とマスクの彼女は眉をしかめて言う。「代表的な都市はどちらですか?」と訊くので「昆明、麗江、大理かな」と答えると、「大連?」とまた尻上がりに言う。「大連ではなく大理です」と答える。大連は雲南省にはない。そもそも雲南省そのものを彼女は知らないらしい。

 「最近は中国旅行のお客さんが少ないんです」。(知っています。でもまだまだたくさん行く人はいますよ、お嬢さん)と内心で思った。そのとき女性がはげしい咳をした。「大丈夫ですか?」、にこりともせずに「大丈夫です」と答える。夏風邪をうつされるとかなわない。汗が引いて濡れたシャツがひんやりしてきているのだ。

 キーボードを叩いて「そんなツアーは名古屋発も関空発もありません」と云う。彼女は勝ち誇ったように「ほら!」と画面を見せた。立ったままなのでよく見えない。しかしないというからないのだろう。それは分かった。しからば希望先を言うので見積もりを・・・と言いかけるといかにも面倒くさそうに「そうなると飛行機の手配、ホテルの手配、ガイドの手配とそれぞれに手数料が必要です」、(それも分かっていますよ、お嬢さん、だからその見積もりをして欲しいとこちらはお願いしているのです)と心の中でつぶやいたけれど、ついにマスクの女性は「お座り下さい」の一言を言わず、調べるつもりがないことを全身でアピールしている。

 彼女は調べるつもりがなく、分かる人に代わることもせず立ったまま黙っている。こりゃダメだ。いつから旅行会社が客の旅行見積もりを平然と断るようになったのだろう。

 腹を立てるよりもなんだかがっかりして「そうですか、ありがとう」と言ってあきらめた。

 仕方がない。今度は競合会社のクラブツーリズムにでも行ってみよう。それにしてもJ××も落ちたものだ。

 たまたまこの女性がものを知らなかっただけだと思うが、それなら誰かに替わればいいし、マスク越しとはいえ客に咳を浴びせるのも客商売ではまずいだろう。それなら休むべきだ。しかし何より、私が彼女にとって胡散臭く見えて、客とは見做されなかったらしいことがショックであった。以前この店で私の雲南省旅行を手配してもらったことがあることも伝えているのに、それを調べようともしてもらえなかった。嘘じゃないのに!

 時間が経つごとにだんだん腹が立ってきたのでつい書いてしまった。

2017年7月 2日 (日)

竹野海岸

いま豊岡市但東町のシルク温泉というところにいる。出石は近い。日帰り温泉を併設している施設で、今日は日曜日なので温泉の入浴客が多い。湯はアルカリ性の鉄分を含むのかわずかに赤く濁った湯でとても善い。五人部屋をひとり占めなので広々して快適。


今日はスムーズに走れたので、出石の前に城崎のすぐ先、竹野海岸を見に行った。ここは晴れていれば素晴らしい絶景が見られるのだが、残念ながら曇って霞んでいる。

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海岸は海水浴客であふれていた。駐車場も一杯である。外気温は34℃、これなら海水浴に最適である。曇っているから日に焼けないし。岩場にいろいろ並べている家族連れの姿が遠望された。バーベキューでもやるのだろうか。うらやましい。

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竹野から断崖に造られた道を海岸沿いに城崎へ抜ける。
霞がかかっているが、何とか海の様子はとることが出来た。

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日和山の海中公園。アシカかイルカのショーでもやっているのだろうか。後ろに日和山があり、その向こうはもう城崎である。親友のふるさとだ。年末には今年も蟹を食べに行くと思う。

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こんなところもあった。フェンス越しに覗き込んでいるのでちょっとすーすーしている。

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中央の一番上が撮影場所。下から右上に海に流れ込んでいるのが円山川。中央下部が城崎温泉だ。分かるひとには分かる。風子さんなら分かりますね。

このあと出石城へ行く。それは次回。


小旅行に出る

 本日から三泊四日の予定で小旅行に出る。本当はもっと長期の放浪をするか、どこか温泉でなが逗留でもしたいのだが、来週にはちょっとした用事もあるので、今回は出かけることそのことを目的とした旅に出ることにした。何しろ親の法事や姪の結婚式以外、しばらく遠出をしていないのである。

 昨年暮れ、友人達と城崎に泊まったときに皿蕎麦を食べに出石に寄ったのに、ゆっくり見ることが出来なかった出石のお城に立ち寄ること、宍道湖湖畔(玉造温泉に泊まる予定)で夕陽を見ること、完成した出雲大社に行くこと(修復工事が終了してもうだいぶ経つがまだ修復後の姿を見ていない)、そして高梁や美作あたりをうろつくことなどを考えている。

 この時期なので天気が悪いのは仕方がない。雨降りなら写真を撮るのは難しいだろう。傘を差しながらの撮影は面倒だから嫌いなのである。濡れるし。

 西へ行くなら好きな津和野を訪ね、さらに広島あたりに行きたいところだが、そうするともう数日必要なので次の機会とする。旅を切り上げたあと、そのつぎは夏休み前に東北へ湯治にでも行こうかと思っている。自炊なら一泊四千円以下で泊まれて風呂に入り放題の宿をいくつか知っている。その足で出来れば遠野をもう一度訪ねたいと思う。

 もちろん愛車での旅である。とにかく運転に気をつけて無理をしないようにするつもりだ。ブログに書くほどのことがあるかどうかそれは分からないけれど、旅に出ればいろいろなことを思う。そのなかに書き留めるなにかがあるものと思う。

 したくはすんだ。さあ、そろそろ出かけることにしようか。

2017年7月 1日 (土)

向井敏『文章読本』(文藝春秋)

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 文章について書かれた本は書店でその気になって探せばたくさんある。巻末に著者自身が書いていることだけれど、そのような文章について書かれた本のうち『文章読本』と題された本は全て作家の者に限られているのだという。それを作家ではない向井敏があえてその題名にしたのはどういうわけか。そのことはあとがきに書かれている。

 この本は文春文庫に収められているので知りたい人はぜひ手に取ってみて欲しい。

 向井敏は「むかいさとし」と読むが開高健を「かいこうけん」と読みなしているように「むかいびん」と私は読みなしている。谷沢永一と同様文章の目利き、本の目利きであり、もともと谷沢永一の主催した「えんぴつ」と云う同人誌の同人として批評を開始している。開高健やその夫人である牧洋子もその同人である。

 向井敏は百目鬼(どうめき)恭三郎や谷沢永一よりは批評は辛口ではないと思っていたが、言葉口が穏やかなだけで、言っていることは容赦がないことがこの本を読めば分かる。

 この本で取り上げられているのは名文だけではない。悪文をわざわざ対比させたりしている。名文は書こうと思っても凡人には書くことがかなわないけれど、ここまで悪文を手ひどくやり玉に挙げているのを読めば、こういう悪文だけは書かないように注意しようと思うことは出来るのである。

 思えば世には悪文が如何にはびこっているか。何しろ私のような素人すら恥ずかしげもなくお粗末な文章を人に読んでもらっている世の中である。少しでもマシになるためにはこういう本で多少は勉強しようと思うのである。

 ただ残念ながら読んだ尻からほとんど忘れていくのである。

 この本を読むと名文とは何か、どうして名文を名文というのか、そのことが分かる。私でも多少分かるのであるからたぶん誰にでも分かるし、うなずくことがたくさんあるはずである。

 それにしてもこのような本を書くためにどれほどの本を、しかもどれほど深く読み込まなければならないかと思うとそら恐ろしい。レベルの遙かな違いを思い知らされる。

予測の意味が違うだろう

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 東京電力の元会長や副社長たちが震災による原発事故の責任を問われている。迷惑をかけたことを謝罪しながら無罪を主張しているその姿に怒りを覚えた人も多いだろう。

 彼等は地震や津波は予測できなかったから無罪であると言い立てている。神ならぬ身の、地震や津波がいつ来るかについて予測することは不可能であるのは事実である。しかしここで問われている予測は、そんな神がかり的な予測が出来たか出来なかったかではない。  
 東北では巨大地震、巨大津波は繰り返し発生している。それは歴史的事実である。それなのに彼等はそんな地震は起きない、と予測したのである。神ではない者がした予測はたいてい外れるのである。そのことにおいて彼等は責任を問われているのである。

 彼等が予測したことを神が裏切ったから神様のせいだ、とでもいいたいのだろうか。

 歴史的な事実をもとに、巨大地震と巨大津波に対策が必要である、と云う提言がなされていたことは原発事故直後から知られている。私もそのことはこのブログで繰り返し指摘してきた。今回の裁判ではあらためてその提言があった議事録などが証拠として提出されるようである。

 対策をとる必要があることが、一再ならず提言されているのに彼等はそんな地震など起きないから対策は必要ない、とそれを却下したのである。起きるかも知れないという指摘に対して、起きないと予測したのは誰か。

 これだけ責任が明らかなのに事故調査委員会は彼等の責任を明確にしなかった。調査委員会にも責任がある。責任をあきらかにせずにいれば同じことが起きてしまう。また起きても責任は不問にするつもりか。

 テレビのニュースを聞いていると、地震の予測が出来たか出来なかったかが争点だ、などという馬鹿なことを言っている。予測の意味が違うだろう。マスコミも弁護士も政府もみんなわかった上のグルなのである。繰り返しいう。地震は起きない、と予測したことの責任が問われているのである。地震の予測が出来たかどうかではない。

森本哲郎『ぼくの作文学校』(角川書店)

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 いい文章を書きたい。著者はそう考えてどうしたら良いのか試行錯誤する。いい文章を書くためには何を書くか考えなければならない。考えるためには考える方法を学ばなければならない。そう思い至って著者が選んだのは哲学を学ぶことだった。

 その理路はこの本を読まないと分かりにくいかも知れないけれど、同じように、いい文章とまではいわないけれど、せめてちゃんとした文章を書きたいという思いを持つ私にはなんとなく分かる。

 この本ではさまざまな人たちとの出会いがあり、それぞれの人から課題が与えられる。その課題の意味が分かることもあるし、意味不明のものがあるのだが、それらが後に著者自身の形成に大きく寄与したことに気がつく。

 章の題をいくつか拾うと「むずかしい日本語」「内言語と外言語」「写生と文章」「禅文一致体」「十牛図」「リズムと文章」「感性と理性」「主題の明示」などとあり、なんとなくどんな課題があったのか想像できるであろう。

 美女も出てきて物語風に話は進んでいくのだが、かなりの部分は著者自身の経験をデフォルメしたもののようで、最後に森本哲郎師自身が新聞記者になり、日曜版の記名記事まで任されるにいたる顛末が描かれている。

 この本を読んで教えられたことは文章を書く技術ではなく、書くための思考を深める方法である。これは言うは易く行うに難いことで、意識していても長い積み重ねが必要である。

 この本(初版・昭和58年)を30年以上前に一度読んでいるのにほとんど忘れている。そのことは私のブログのつたなさを見れば自明である。

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