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2017年7月14日 (金)

固有名が象徴として残されるか

 中国のノーベル平和賞受賞者で作家の劉暁波氏が昨夜亡くなった。肝臓ガンからの多臓器不全による死だという。天安門事件を主導したあと一度は海外に逃れながら、反体制活動に対して容赦ない制裁を加える中国に再び戻ればどうなるのか、覚悟した上での行動だったのだろう。

 覚悟していたけれど、彼なりに多少は希望を持ってもいたはずだ。中国の体制が、内側から、そして外側から変わるかも知れないと。外側というのは中国の一般民衆である。しかしその希望は叶わなかった。

 何千、何万の人が犠牲になるような事件でも、それが数としてしか記憶されないことが多い。ところがたった一人の子供が死んだことが報じられたことで、その数として数えられた一人一人が自分と同じ人間だったことに気付かされることもある。世の中は何をきっかけとして動き出すのか分からない。

 中国の現在の共産党体制が崩壊して民主化されることが単純に良いことかどうか分からない。中国は民主化したことが一度もないのである。それが定着するまでははげしい混乱があると予測する人が多い。それは、アラブの春で民主化が叫ばれたのに、結果的に何がもたらされたのか見れば分かる。不十分ながら何とか民主化が達成できたのはいまのところチュニジアだけだ。

 だから中国がいまの体制を維持することは最も中国の国民のためになることだと中国の指導部の人びとは確信しているのであろう。彼等にとってそれに反対するのは国民を不幸にすることで、悪いことと見做されるのだ。

 中国国民が民主化とは何かあらためて考えるきっかけになることを劉暁波氏はあの世から願っていることだろう。劉暁波氏が多数の一人として葬り去られるのか、その象徴的な意味が中国国民の中に記憶として刻まれるのか。そこからあらためてどんな体制を選ぶのか決めるのは中国国民である。そのとき、中国政府もその選択を受け入れることだろうと思いたい。そこからしか中国は変わりようがないのだから。

 いまのところ、中国ではその劉暁波私の詩は報道されていないという。

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コメント

四方の海と、豊かな自然(ときには災害をもたらしますが)があった日本とは、根本的に考えが違うところが多いようです。
しかし、残念に思うところは、最近日本人が韓国(あるいは中国)的になってるところがあるように感じることです。

けんこう館様
その大きな理由が拝金主義の蔓延にあるのだと思います。
拝金主義の価値観だと幸福は物質的な豊かさで測られることになりますが、すでに十分豊かな日本人は今度はより資産の有るものとの比較で自分の幸福が不十分だと感じます。
そういう意味で韓国や中国はまだ日本ほど豊かではないので、拝金主義が国力のエネルギー源になっているところもあります。
金持ちほど貪るのは、より豊かな者との比較がやめられないからでしょう。

私も最近、「日本の中国化」を憂う者ですが、多分違う意味で憂いているのかもしれません。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/5002/trackback

Hiroshi様
明らかに事実と違うことを平然という、という点を指摘されているのでしょうか。
だいぶレベルが違うとはいえ、そういう傾向がないことはありませんね。
世界中が節度を失って自分に都合の良い物言いをしているような傾向があるのは確かに憂うべきことです。
財力や軍事力が多い方が強くて正しい、などという弱肉強食の世界はほとんどの人にとって生きにくい世界だと思います。

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