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2017年9月16日 (土)

しゃれた言葉(使ってみたい言葉)

 大輪盛登氏の『書物列伝』を読んでいると本人や彼が書評している本からの引用などで、気の利いた文句が目にとまる。本来は前後の文章がないと意味が変わってしまうことも多いのだが、それを承知でいくつか拾い直してみる。

 変わることは美徳なのか、変わらないことこそ美徳なのか。非人間的に加速されている現代の変化のなかで、人間的経験が、古い時代とくらべ、どれほど頼りないものになりつつあるか。

 確かパペーゼに、劣等感、別の名は野心、そんなことばがあった。自分が劣っていることを認めるのは痛苦だが、その痛苦をバネとする、いわば劣等学が澱みがちな思考を活性化させる。 

 ことばが正確すぎ完成に達してしまうと、人は沈黙するほかなくなる。ことばには、人それぞれに読み込みが可能な、正確すぎない部分があったほうが楽しいようだ。

 現在はすべての人のものだが、過去をどうするかはそれぞれの人間にゆだねられている。

 人を哲学に赴かせるのは悪妻や歯痛ではなく、束の間の人生に「永遠」を恋い求める眼差しである。

 死は死者のものではない。死は残されたものの問題なのである。

 賞は観客の熱い視線を集める見世物に似ている。この見世物の舞台で、人は落ち着きを失い、はしなくも人間的脆さを露呈するようだ。

 優れた歴史叙述はことさら物語らない、物語らずともおもしろいということを、あらためて感じさせる。ヘーゲルは「民衆も政府も歴史から何も学ばなかった」と書いた。歴史に学ぶものは多い。歴史は学ぶものだが、たのしめるものでもある。人間がいるからである。すぐれた歴史の叙述は、人間への深い共感を秘めていなければならない。

 芝居というのは、世界を見ることであり、その世界の、目には見えるが気づかれていない特徴を明るみに出す「根源的な社会学」であるらしい。

 きりがないのでこのへんにしておく。

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コメント

私も 短い文章でしかも洒落ていて可笑しさも・・・
と考えているのですが 何しろ語彙が貧困です
いつもこのブログを見てただただ 感心しています
時には 私の頭では読み切れない時もあります

イッペイ様
過分なお言葉、畏れ入ります。
ブログはえんんと続く自己紹介か、などと思っています。
どんな文章に感心したのか、それを書くことも自己紹介の一つでしょうか。
匿名で自己紹介もないのですが、いまは悪意のある人もいるので仕方がありません。
友人や子どもたちもときどき読んでくれているので、近況報告でもあります。

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