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2017年9月 2日 (土)

義経伝説と斜陽館

昨晩は酔うほどにハイテンションになり、あらぬ事を口走ったような気がするが、覚えていない。無理に思い出せば思い出せるけれど、思い出したくないから思い出さない。楽しかったことだけを記憶に留めておくことにする。


竜飛からすぐ西の外ヶ浜は義経が蝦夷へ渡海したという伝説の残る場所である。その場所へ立ち寄ってみる。

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外ヶ浜は雨。

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右の木標には源義経渡海の地とある。

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義経は龍神となって蝦夷に渡ったのだろうか。

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何と静御前も一緒だったのだ。

静御前といえば、義経の子を身ごもっていたので、陸奥に落ち延びていく義経一行と別れて身を隠すが、頼朝に捕まってしまい、鎌倉に幽閉される。頼朝は生まれてくる子を女なら助けるつもりだったが、うまれたのが男の子だったのでひそかに殺された。哀れな話である。

その静御前も共に蝦夷に渡り、さらに大陸に渡ってその子がテムジン、つまりジンギスカンになったというのだろうか。

子どもを殺させたのは頼朝ではなくて北条政子だという。そのことから私の母は北条政子が嫌いで、政子という名前も嫌いだといっていた。よほど静御前に哀れを覚えていたのだろう。

この石碑のある場所の向こうに義経寺があるのだが、雨が強くなったので傘をさしてまで行く気にならず、ここを後にした。

ここから津軽半島を一気に南下して、五所川原に向かう。ここには太宰治の生家があり、「斜陽館」として公開されている。

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斜陽館。

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中はとにかく広い。部屋がたくさんある。

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太宰治が愛用していたという黒マント。いわゆる二重回しというやつである。このあと外人さんが着せてもらって大喜びしていた。

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仏壇も立派である。

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こんな階段で二階に上がる。

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こんな洋間がある。

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この部屋は主に母親の部屋として使われたという。

この右から三枚目の最後の文字(落款は除く)が「斜陽」である。

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二階の廊下。

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庭を見下ろす。庭も立派だ。

このあと斜陽館の駐車場横の食堂で太宰治が好きだったというねまがり竹とわかめがふんだんに入ったラーメンを食す。煮干しのだしがよくきいた美味しいラーメンだった。

次に同じ五所川原にある立侫武多(たちねぷた)の展示館に向かう。これはすごかった。

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コメント

無事に着きましたか
お疲れ様でした
また 飲もうネ

周大兄様
ちょっと呑みすぎてテンションが上がりすぎました。
失礼な言動があったかもしれませんが、お許しください。
お言葉に甘えてまた寄らせてもらいます。
ありがとうございました。

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