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2017年9月 6日 (水)

孔明の陣太鼓

 橘南𧮾(たちばななんけい)と云う江戸時代の人の『東西遊記』(全二巻)を読んでいる。中身は彼が住んでいた京都を基準に、東側を旅したものを『東遊記』、西側を旅したものを『西遊記』として、合わせて東洋文庫では『東西遊記』と題がつけられている。

 並行して読んでいる菅江真澄とほぼ同じ時期(天明年間)に飢饉のみちのくを旅しており、その描写は凄まじい。『東遊記』の補遺として一章たてて詳しく記されている。一度機会があれば分割して紹介したい。菅江真澄の遊覧記は現代文へ翻訳されたものだが、この『東西遊記』はほぼ原文のままである。しかし多少の知識があれば読むのに苦労しない平易なものであり、いま読んでいる『西遊記』の中には短くて面白く興味深いものがあるので、いくつか紹介してみたいと思う。

 「孔明の陣太鼓」の孔明は、もちろん三国志時代の諸葛孔明のことである。長崎で橘南𧮾がきいた話である。以下にそのまま掲載する。


 唐土(もろこし)、当代になりて清朝と国号をあらため、世々賢明の帝王出で給いて年々月々に四海太平の化をたのしめるに付きて、これまで埋もれ居たりし種々の奇書、珍器出ずる。其中に、諸葛孔明、南蛮の孟獲を征伐の時、かの地にて用いられし陣太鼓八つの内、なかば既に官府に集まりぬ。猶のこれるを、天下に詔をくだしあまねくさぐり求め給いしかど、いずれの所にかくれたるやしれざりしかば、委敷(くわしく)図写して、日本の地長崎までも尋来たりしに、其頃全盛の唐通事職(通訳係)河間氏の家に、年頃久しく炭取となし用い居たり。かかる珍器とはしらずして台所の用につかい居たりしが、此図を見るに付けてつくづくとおもえば、我家の炭取こそよく似たりとて、洗い清めてくわしく見るに、胴の裏に篆書(てんしょ)の銘有り。皮は唐金の如き金を薄く打ち延して張りたり。獣皮は用いず。是は南蛮温湿(うんしつ)の地ゆえに獣皮は用いがたきゆえにやという。其外胴の模様一々清朝よりたずね来たりし図に寸分も違わざりければ、早速彼方へいい送り、値は何程にても望み次第に出だすべく、且又朝廷へ申おくりつれば、のぞみの品は何にてもわきまうべければ、此太鼓所望したき由、唐人よりしきりに乞求めしかども、河間大いに秘蔵して、此太鼓我手に有る事天より我にあたえ給いしなり。むなしく清朝へかえさんは我のみならず日本の恥辱なりと、千万金をかえり見ず、強く申し切りてさし置ぬ。
 其後、河間氏幾程もなく身上(しんしょう)不如意になりしかば、此太鼓を質物となして、銀子三十貫目を借り得、又年久しく過ぎぬ。其後河間氏もいよいよおとろえて、此太鼓は久敷長崎の質屋にありしが、先年東より下向し給いし御人、大金を出だして此太鼓を質屋よりうけ出だし、東都に携え帰りて、今にてはご秘蔵となれりと、長崎の人おしみ語れり。誠にめずらしき事なり。河間氏、利に迷わざりしによりて、かくのごとき珍宝も長く日本の物とは成れり。


 思うことはいろいろある。

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