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2018年6月13日 (水)

曽野綾子『納得して死ぬという人間の務めについて』(KADOKAWA)

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 夫君の三浦朱門を昨年初めに喪って、その介護、そして死を看取った経緯と、生活と心境の変化について綴った本である。先日も彼女の同じテーマの本を読んだばかりであるが、私も母の介護と看取りをした経験があるので、共感するところが多いにある。

 しかしアンチ曽野綾子はたくさんいるから、亭主の死をネタにせっせと稼いでいる、などと陰口をたたく人間がいるかもしれない。

 この本では強調したい部分が太字になっている。おせっかいでもあるが、たしかに赤線を引くならこの辺かと思う。それにしても太字が多すぎる気はするが。

 この本を読んで元気になった。たまたまバイオリズムが上昇ラインなのかも知れない。しかし元気で明るく前向きに、しかもやりたいことをやろう、やっていいのだと励まされた気になったのである。

「努力と結果は決して一致しないし、一生懸命学ぶことは将来の成功とも幸福ともほとんど関係ない」と看破しているところなどはちょっと震える。これは努力すれば必ず報われる、などということばを否定するもので、その通りだと心から思う。もちろん、だから努力しなくてもいい、のではない。そのことが解る人と解らない人がいるのだろうなあ、と思うのである。

 功利的な目的ばかりで努力する人は、あたかもあの和歌山の資産家のようだなあ、と思ったりする。しあわせならそれで好いけれど。

身内を、かけがえのない人を喪うことで受ける思いを淡々と語っているけれど、嘆き悲しまずに深い喪失感を抱えながら日常を静かに暮らす姿に感銘を受けた。残された人にはすることがある。自分を生きるという大事な仕事である。

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コメント

おはようございます
曽野綾子さんの「努力と結果は必ずしも一致しない」は至言です。
彼女はカトリック信者だそうですがプロテスタントのカルヴァン派では、既に天国のノートに天国行きの予定者が書いてあると信じられています。一見それなら努力は無価値だと思われますが、それでも天国に行けることを信じて努力するというのがこの宗派のキモだそうです。
曽野綾子さんの言葉にはどこかそのカルヴァン派の匂いがします・・・。
では、
shinzei拝

shinzei様
そうなのですか。
努力は人生の修行であり、それは自分自身を成長させるものであるというようなことを養老孟司師が書いていました。
努力は自分自身の成長に寄与しますが、その成果は努力の量とは必ずしも相関しません。
しかし相関しないから努力しても仕方がないということではないでしょう。
生きがいとはその努力によって自分が成長し続けることに希望を持つことかも知れないと思っています。
それはそのまま良く死ぬことでもあるという養老孟司師のことばに共感します。

大切な人がいなくなると見方も行動も変わってくるということを母を亡くして知りました。
報われない努力もなにかの意味がありそうなので悲観する必要もなさそうです。

けんこう館様
私も母の介護を経験し、亡くしたことで、生きると云うことと死ぬと云うことについていろいろ考えるようになりました。
母にはもっと優しくしてあげれば良かったと思いますが、後悔はあまりありません。

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