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2018年11月 9日 (金)

池田清彦『いい加減くらいが丁度いい』(角川新書)

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 著者は養老孟司師と親交があり、内田樹老師とも親しい。この本の中にも「敬愛」しているとわざわざ書いている。歳は池田清彦の方が三歳ほど上なのに、である。それぞれにユニークな言説の人であってその著作や対談はとても面白く、影響を受けてしまう。ユニークということは人まねではないということだ。誰かの受け売りではなく、自分の頭で考えた上で自分の言葉を語っている人と云うことである。

 そう言う人にはなかなか出会えないものである。自分もそうでありたいと切に思うけれど、自分のブログを見れば、ほとんどが誰かがすでに語っていることや語りそうな言葉に満ちていて、オリジナルのものはかけらほどしかないことに情けない思いがする。

 著作から引用して面白さの一端を感じてもらう。

「耄碌の程度は個人差が大きく、頭が先に耄碌する人、体が先にダメになる人、どちらもパラレルに耄碌する人、超高齢になっても自立可能な人等々、様々である。周囲の人にとって一番厄介なのは頭がボケた人である。認知症などというふざけた名前が付いている。認知障害というならわかるが、認知症は名付けた奴が認知症だ。そのうち勉強ができない奴は学習症、運動ができない奴は運動症、歩けない奴は歩行症ってことになるかもね」

 思わず笑ってしまう。先生(つい最近まで著者は早稲田大学の教授だった)これで本気で怒っているのだ。

「加齢とともにボケ(認知症)が進行するスピードはすさまじく、ボケの割合は65~69歳までは3%、70~74歳4%、75~79歳1割強、80~84歳2割強、85~89歳4割強、90~94歳6割、95歳以上8割となる。90歳以上はボケているのがふつうで、ボケていないは異常ということになる。100歳まで生きれば、ほとんどの人はボケ老人になるわけだから、長生きはしたいけれど、ボケたくないというのは無体なのぞみである」

「物心ついてから出現した機械と、物心ついたときにはすでにあった機械とでは、接し方が違う。私が10歳になる頃までは、洗濯機や掃除機やテレビはもちろん、電話も自家用車もふつうの家にはなかった。これらの機械の出現は人びとの生活を大きく変えたが、そのことを実感したのは、物心ついたときにこれらの機械がなかった人々である。私の年代が丁度境目くらいで、私よりも10歳以上の上の人たちはこれらの機械の出現に目を回した口で、10歳より若い人たちは、はじめから当たり前だと思っていた口である」

 先生は1947年生まれ、つまり団塊の世代で、私(内田樹老師も同年)より三年だけ年上で、だいたい同世代であり、同様の感慨を持つ。

「私は71歳である。自分では老人と思っていないけれど、世間的には立派な老人である。若いときも老人とはどういうものか、なんとなく理屈では分かっていた。実際に老人になってみると、思っていた通りになったところと、想像とは全く異なるところが出てきて、客観的に観察する分には面白いが、主観的には面白くない。体は徐々に衰えてくるというのは予想通りだが、衰えるというのがどういうことか、実際に経験するまでは分からない」

「それでも、脳は、脳以外の体とはとりあえず分かれているから、体の衰えを自覚することはさほど難しくないが、脳が脳自身の衰えを自覚するのは難しい」

「若いときはど忘れということはまずなかった。脳の長期記憶の領域に蓄えられている記憶量が少ないということも原因の一つなのだろう。テレビのクイズ番組などで一番早く正解できるのは、高校3年生から大学の初年度くらいの年齢の人である。脳の中の記憶量がそれほど多くなくて引き出す力が強いからだろう。それが年を取ってくると、クイズには役に立たないような個人的な記憶量が徐々に増えて、あまつさえ長期記憶を引き出す能力が衰えてくるものだから、クイズ番組で立派な成績を上げることは不可能になる」

 そうか、それでしばらく経ってから正解が思い出せることが多いのか。引き出す力が弱まっているだけなのだ。忘れているわけではない。でもだんだんかかる時間が遅くなり、いつまでも出てこない、いまに出てこなくなりそうでこわい。迷宮入り、コールドケースである。

 最初は老化について語っているのだが、しだいに話はあちこちに飛び、やはり著者が敬愛する(私も敬愛している)哲学者の中島義道先生を引き合いに出したりして持論を展開していく。

 生命というもの、人間の集団というもの、言葉というものについての先生独自の、つまりユニークな考えが語られてとても面白い。面白いのは多分同じ感性が多少は私にあるということなのだろう。

 ただ、先生の安倍首相を嫌うこと蛇蝎の如くで、どうもその部分だけは賛同というわけにはいかない。安倍首相が日本を亡国に導く人だと決めつけているのは不思議だ。たとえばいまの韓国との問題が民主党の鳩山、菅、野田の元首相の政権の時代だったらと思うとぞっとしないだろうか。そういう点だけでも私は安倍首相を一概に否定はできないし、しない。そのへんも「いい加減」でいてくれると「丁度」いいのに。

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コメント

私も 人の物まね 誰かの受け売りがほとんどです
タイトルが最高です いい加減に生きている私には・・・ぜひ読んでみます

ちなみにOKCHANさんとは逆に 安倍首相を嫌っているところがいいですね

イッペイ様
私もいい加減ながら日々それなりに忙しく、そして楽しく暮らしています。
ただボケないために多少はものを考えるように心がけています。
下手な考え休むに似たりとはいえ、使わなければ錆び付きますからね。

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