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2019年8月

2019年8月31日 (土)

握力

 若いころの私は人並み以上の握力があった。腕力は見かけ倒しなのだが、握力と腹筋だけは自信があった。子どものときに虚弱児だったので中学、高校と意識して運動した。特に鉄棒は最も苦手なものから人並みより少し得意なものに変わった。お陰で握力がついた。学生時代に格闘技の部活をしたのでそのときに腹筋を鍛えることになった。人間は変われるものなのだ。

 

 いろいろなものを放り込んでいたがらくた箱を整理していたら、握力を鍛えるバネ式のグリップが出てきた。若いころに暇にまかせてときどきこのグリップを握ったりしていたのを思い出した。そのころはちょっとバネが弱めだと感じていたはずなのに、いま握ってみるとかなりきつい。思っている以上に衰えているのだ。

 

数十年ぶりに、一週間くらい前から卓の横に置いておいて、気がつくと握っている。最初は一度に三十回くらいすると手首が痛くなったが、いまは七八十回までできるようになった。すぐに百回できるようになるだろう。筋肉というのは使えばまた元に戻るらしい。ふにゃふにゃだった肘から下が少ししっかりした気がする。一日あわせて数百回、いや千回できるようになれば落ちていた握力も少しは回復するにちがいない。

 

 しかし、だからといって他の部分をことさらに鍛えようという気にまではならない。グリップなら音楽を聴いたり映画を見たりテレビのニュースを見たりしながら(さすがに本を読むときはしない)出来るから良いのである。握力をもとに全身のへたった筋肉がちょっとくらい取り戻せたらいいのになあなどと虫のいいことを考えている。

 

 そろそろ涼しくなってきそうだし、めったにしなくなった散歩を、海外旅行に備えて再開することにしようか。
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山本夏彦・山本七平『夏彦・七平の十八番づくし』(中公文庫)

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 山本夏彦・・・1915-2002。工作社(雑誌『室内』の出版社)主宰。エッセイスト。
 山本七平・・・1921-1991。山本書店(キリスト教、ユダヤ教関係の出版社)店主。著作者。ベストセラーとなった『日本人とユダヤ人』の著者と目されているが、本人は否定している。

 

 すでに二人とも鬼籍に入っているが、私にとっては常に現然と存在していて、おこがましくも私淑を自認している。山本七平ライブラリー全十六巻が書棚に並んでいるが、まだすべて読み切っていない。他にも個別の著書がその棚にあり、『怒りを抑えし者』という稲垣武による山本七平の評伝もあるし、谷沢永一による『山本七平論』もある。山本七平の名著、『空気の研究』は初期に読んだ本で、目からウロコが落ちた気がしたのを覚えている。空気とは、いわゆる「場の空気」のことである。

 

 この二人が談論風発、打てば響くようにやりとりするのをほれぼれしながら読む。思えば二人とも許せないものは許せない頑固者である。いまのこの世に怒りを覚えることが山のようにありながら、その怒りを怒りとして共感する人がいないことにまた怒りを覚えているはずでありながら、ひたすらその怒りを抑えている。その『怒りを抑えし者』ふたりが、肝胆相照らし、同じことに怒り、同じことに感動している。

 

 そもそも大きな怒りに溢れかえりながら怒りを抑えているのは、怒りを爆発させても詮ない世の中であることが二人には見えているからであろう。ほぼ諦念しているのだ。しかしそれを語る相手がこの世に存在することに驚喜しているというのがこの対談だろう。共感はできてもその素養、該博な知識に太刀打ちできるものは希なのである。

 

 二人に影響を受けてきた私であるから二人の対談は愉しくないはずがないのである。何より彼らの記憶力の尋常でないことにおどろくとともに、とてもかなわないと思う。変な言い回しだが、話題に関しての時間と空間の広がりの濃度が高いのだ。過去に行くほど、そして遠方になるほど濃度が薄まるのがふつうだが、彼らにとっては過去も現在も高濃度だと云うことだ。彼らは安易に忘れないのだ。安易に忘れる者は安易に誘導される。忘れないことはしつこいことではなく、ものを正しく考えることの基盤そのものだ。
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2019年8月30日 (金)

漢詩と和歌、そして男と女

 山本夏彦と山本七平の対談集『夏彦・七平の十八番づくし』という本を読んでいる。明日にでもその本の読了報告をするつもりだが、特に紹介したい部分があったので引用する。

 

夏彦 漱石の漢詩は中国人に伍しても一流だと吉川幸次郎がほめています。そして漱石には何十人という弟子がありながら、漢詩人としての漱石の衣鉢を継いだ人は一人もない。芥川龍之介が少しく詩を解したけれど、自らつくるには至りませんでした。あの時代を境にして漢詩文は滅びたんです。漱石とその高弟との年齢は十年か十五年しか違わないのに。
七平 漱石以前は男は詩をつくらなくちゃいけなかったのですな。
夏彦 女は歌を詠まなきゃ女らしい女でなかった。その女に恋の手紙を出すのは男だから、男も「敷島の道」に明るくなければならなかったのです。山縣有朋は聞こえた歌人です。なにより天皇は代々歌を詠まれます。それが風流で、風流がすなわち文化なのです。
七平 歌が詠めなくちゃ恋文にはならない。歌が返せなくちゃ男じゃない。「香炉峰の雪はいかならむ」と中宮に問われて、清少納言は簾をかかげてみせたという名高い挿話がある。女も、漢籍の素養はあったのだが、漢語を口に出して言わなかったんですな。床しいという言葉があります。
夏彦 それは大ざっぱに言うと子規までです。子規があらわれて和歌を短歌にしちゃったんです。歌を芸術にしちゃったんです。「歌詠みに与うる書」「再び歌詠みに与うる書」三たび四たび、十たび「歌詠みに与うる書」を書いて子規は『古今』をやっつけました。あれは言葉の遊びだ、芸術じゃないと言うんですが、それまで歌を詠んでいた人は芸術家になろうなんて夢にも思ってないんです。それは政治家です、軍人です、亭主です、妻女です。
七平 そうそう。
夏彦 「歌まくら」をたずねてどこがいけないんでしょう。言葉の遊びのどこがいけないんでしょう。あれこそ文化です。教養です。子規の見幕にびっくりして女たちは歌を詠むのをやめちゃったんです。だから子規は文化の敵ですよ(笑)。女が歌を捨てたことによって日本人が失ったものははかり知れません。母は子をしつけるのにどこの国でも言葉をもってします。平安以来の言葉の伝統はこれで絶えました。「いささむら竹」(内田百閒)「むらぎも」(中野重治)などという文章はその題を見ただけで何やら床しい気がします。平安以来の血が騒ぐのです。それがこれからの人は騒がないのです。これまで言葉を守ってきたのは実は女だったのだと僕はかねがね思っています。男はいつも新しい言葉、漢語や英語にとびつきます。男は手紙も日記も全部漢文で書きましたが、女はひらがなで大和言葉で歌を詠みました。女の言葉と男の言葉を分けて子どもは女に育てられました。基本は大和言葉で、戦前までそうでした。

 

 以前も書いたが、明治生まれの祖母はノートに和歌を残していて、いまは私がそれを持っている。祖母は英語が得意であったし、本が好きでミステリーが特に好きだった。中学生高校生の時にはその祖母の本を片端から読んだ。明治生まれの祖母の素養には一目置いている。本人はそれがあたりまえだと感じていたようだ。

 

 私は和歌や俳句に知識がほとんどないのに、山本夏彦に心酔しているから、敬意を持ってはいるものの、どうしても子規については点が辛くなる。ただ、芭蕉に対して蕪村を高く評価したらしいことについては一目置いている。森本哲郎が蕪村に傾倒して本も書いているから私もその影響を受けた。だから芭蕉にはずいぶん遠回りしてから辿り着いた気がする。とはいえ遠回りは無意味ではない。

 

 この二人の対談で、男と女の文化の上での役割のようなものを少し深く実感した。男女平等が絶対的な正義とする人には理解されないことだろうけれど。
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先が見えてきた

 来月末からいつものメンバーと毎年恒例の海外旅行に行く。その旅行費用の振り込み請求が来たので、昨日早速振り込みに行ってきた。近くの地元の銀行からでもいいのだが、別途名古屋に用事もあったので久しぶりに名鉄電車に乗って出かけたが、暑い暑い。

 

 ここら辺に目当ての銀行の窓口があるはず、と思ったところへ行ったら、まったく違う店になって跡形もない。そういえば大手銀行の支店がつぎつぎに閉鎖されている。そこに勤めていた人達はどこへ行ったのだろうか。リストラされてしまったのだろうか。むかしは嫁にやるなら銀行員、と云った時代もあった。金貸しからずいぶん昇格したものだ、と思っていたらいまはこの衰退ぶりである。まことに栄枯盛衰は世の習いか。

 

 ところで銀行の残高の確認をして、自分の月々の生活費、そしてリタイア後の年間に使っている概算の総額、そして年金額とを比較検討してみたら、このままこのペースで使い続けると、早ければ10年後には貯えが底をついて、年金だけで暮らさなければならないことがはっきりしてきた。先が見えてきたのである。

 

 旅行もいつまでも続けられるわけもなく、あと数年で車を手放す予定なので、年間の費用はかなり軽減されるし、最近は本代を著しく減らしているので計算よりも長持ちさせられると思うが、それは健康であることが前提である。

 

 それなのに、つい立ち寄ったジュンク堂で福沢諭吉を二人、お店に残すことになってしまった。もう持っている本だけでも読み切れないのが分かっているのになにをしているのだろうか。とはいえ帰りの電車で、買った本の重みの嬉しさにわくわくしている自分がいる。
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2019年8月29日 (木)

森本哲郎『ことばへの旅』(ダイヤモンド社)

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 自分がいかに鈍才かを思い知らされたのは、おのれのことばへの感性の鈍さを知ったときである。詩が理解できない、詩にさほど感動できないのはその故であろう。文章の書ける人、人にいささかでも芸術的感興を伝えることができる人は、ことばに豊かな感性を持っている。

 

 そんな私が、ことばの重みをわずかながらでも感じることができるようになったのは、いままでたくさんの人たちの、ことばについて書かれた文章を読み続けたお陰だと思う。そのきっかけを与えてくれたのが森本哲郎である。

 

 離れ小島に独りで流されるとき、限られた本しか持参できないのなら森本哲郎の本を持っていく。一冊に絞ることは不可能だ。できれば十冊くらいは持参させて欲しい。それがすべて森本哲郎の本でかまわない。どれにするかはとても悩ましいが。それらを繰り返し繰り返し読んでも飽きないと思う。

 

 この『ことばへの旅』は第四巻まで持っている。もっと続いたのかも知れない。今回読んだ本は第一巻にあたるが、続巻を想定していないから第一巻となっていない。初版は昭和48年(1973年)だが私の本は昭和50年の第7版。大学を出て就職し、営業という仕事に悩み、精神的にもがいていた時期に森本哲郎の本(『生きがいへの旅』)に出会い、救われた。そのあとつぎつぎに森本哲郎の本を読んでいった中の一冊だ。

 

 15章に別れていて、第一章が聖書のヨブ記のヨブのことばから、『逆境について』考える。続いてシベリア抑留時代のドストエフスキーのことばから『希望について』語られていく。絶望のなかにこそ希望がある。

 

 森本哲郎の文章は難解なことを極めて分かり易く書いているので、すらすら読めてしまい、大事なことを読み飛ばすおそれがある。この本も字面だけ追っていればあっという間に読み終えてしまう。だから繰り返し読む。第十五章は『読書について』であるが、そこには、「本はゆっくり読むことが大切だ」、ということばか引用されている。私はゆっくり読めない分、繰り返し読むしかないのである。

 

 こうしてことばの重みというものを再確認する。

 

 本の装丁は安野光雅の切り絵。絵は裏表紙に続いているが、表紙だけ写真にした。

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落語を聴く

 昨晩は早く寝すぎて夜中に目が醒めてしまったので、久しぶりに落語を聴いた。演者は大好きな六代目の三遊亭圓生、いまの楽太郎の円楽(六代目)の先代の円楽(五代目)の師匠である。演目は『文七元結(ぶんしちもっとい)』という人情話。この噺の原作者はあの名人・三遊亭円朝であるが、圓生の枕によれば元になる話があったものを円朝がまとめて現在のかたちにしたという。円朝の弟子の四代目の圓生(語っている圓生の先々代)が得意にしていたそうだ。

 

 腕のいい左官職人の長兵衛がばくちに身を持ち崩し、見かねた娘のおひさが自ら吉原に身売りする。事情を聞いた楼の女将が、長兵衛がばくちがら身を洗い来年の大晦日までに返すのならおひさの身柄だけあずかる、もし返せなければ女郎として店に出す、と言って五十両の金を渡す。

 

 その金(かね)五十両をふところにした長兵衛は、借金を返して今度こそまじめに生きる決心をするのだが、帰り道の吾妻橋の上で身投げしようとするお店(たな)の若者を助けることになる。聞けば五十両の商売のお金を失ったというのである。ここで、死ぬという若者と、それを止めようとする長兵衛とのやりとり、金がたまたまあるが故の長兵衛の苦渋が山場である。「娘は苦界に落ちるというだけで死ぬわけじゃあねえ、こいつは死ぬという。しょうがねえじゃねえか」。ついに長兵衛は名前も名乗らずにふところの五十両を投げつけるように若者へ渡して去ってしまう。文七というのはこの若者の名前である。

 

 このあと急転直下、事態は意外な結末(ハッピーエンド)を迎えることになる。何度聞いても、そして結末が分かっているのに好い気持にさせてくれるのである。

 

 本当に久しぶりに落語を聴いた。私のコレクション(と云ってもそれほどたくさんはないが)には圓生のCDが多く、三分の一は怪談話である。特に『真景累ガ淵(しんけいかさねがふち)』はCD二枚組全四巻は超絶恐い。実は恐すぎて二巻四枚までしか聴いていないのだ。やはり恐い話だが、『鰍沢(かじかざわ)』などは情景が目に見えるようで、雪の中に自分がいるような気にさせてくれる。

 

 ときどきは落語も好い。つぎは『髪結新三(かみゆいしんざ)』でも聴こうか。こちらは髪結い新三という小悪党の残虐さ、それを懲らしめにいった親分が逆にやり込められ、最後に乗り出した家主(おおや)が新三をいいようにあしらうという噺で、歌舞伎の外題にもなっている。

 

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2019年8月28日 (水)

おまけ・孝池水

奥飛騨への一泊旅は爆睡を与えてくれたことで善しとする。すでに旅は終わっているのだが、たまたま国道41号線の駐車スペースにトイレ休憩で立ち寄ったところ、「孝池水」という看板を見たのでおまけとしてその写真を掲載して締めとする。

 

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由来は看板に書いてある通り。

 

上から覗くと、


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百合の花の下に池が見える。鯉が泳いでいる。

 

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サルスベリがこんなに美しいと思ったのは初めてであった。水辺だからだろうか。
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飛騨川

朝方はまだ薄日が射していたから、たぶん新穂高のロープウエイは運航しているだろうと思ったが、昼過ぎには一気に天候が悪化することが分かっていたし、たぶんロープウエイで上に登っても絶景は望めなであろう。また天気の良い日にでもやってくることにして、滞在している奥飛騨から下界に降りる。

 

奥飛騨から見た下界というのは髙山にあたる。市内には立ち寄らずに裏道を抜けていく。宮峠の下から国道41号線に合流し、峠越えをする。この峠も分水嶺となる。髙山側の宮川は日本海へ向かって流れるが、峠を越えてしまえば脇を流れるのは飛騨川で、飛騨川は木曽川に合流して太平洋に注ぐのである。

 

1908-86飛騨川 釣り人がいる

 

飛騨川は長良川と並んで私の最も美しいと思う川だ。長良川が女性的な美しさなら、飛騨川は岩石のゴロゴロする男性的な川である。

 

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特に下呂から金山にかけての中山七里のあたりの川の姿は絶景が多い。ちらちらとその絶景を見ながら走る。車を停めるところは何カ所もあるのだが、停められるところの景色はそれほどではなく、ここと思うところには車が停められない。それでも、ああ、あそこで停めて写真を撮ればよかった、と思うところはたくさんあるので、飛騨川の写真を撮ることだけを目的にまたゆっくり来よう。

 

1908-98こんな景色もある

 

名古屋から富山をつなぐ髙山本線の列車の車窓からもこの飛騨川の景色を見ることができる。寝ないでしっかりと目にして欲しいと思う。景色は列車からのほうが車から見るよりいいと私は思う。

 

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もうすぐ金山。ここには日帰り温泉が二つほどあって、ときどき来る。そこから郡上に抜けることができて景色も好いのだ。川が少し広くなる。

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2019年8月27日 (火)

爆睡

 昨朝は朝はやく(遅くとも六時頃)出発して乗鞍に行くか新穂高のロープウエイにでも乗ろうかと考えていたのだが、出かける前にどうしても片付けたい用事ができた。香典を送るのだ。不祝儀はなるべく早く済ますのが礼儀だ。土日を挟んだので、郵便局が開くのを待って香典を現金書留で郵送した。結局出発は九時半過ぎになった。

 

 そういうわけで馬瀬川の寄り道と飛騨大鍾乳洞だけ立ち寄ってだいぶ早くに新平湯の宿に入った。和風旅館のこの宿は三階建てで部屋数もそれほど多くないから風呂や食事処に迷うこともない。早速一風呂浴びる。ここは内湯が大浴場で、別に個室の露天風呂が四つあり、空いていれば自由に入ることができる。個室といってもそれぞれが七八人が楽に入れるほどの広さで、ふつうの温泉の露天風呂と同じ大きさである。もちろん露天風呂に入る。鍵をかけてはいる。

 

 風呂から上がって涼みがてら横になっていたら眠ってしまった。目が醒めたら食事の時間である。地酒で飛騨牛などをいただき大満足。寝る前にもう一風呂、などと思っていたのにいつの間にか爆睡していた。夜中に喉がかわいて目が醒めて少し起きていたが、いつの間にかまた爆睡。近頃になくとことん眠った。なにしろ涼しくて快適なのだ。

 

1908-77平湯に近い峠道から

 ちょっと遠出をしてひたすら寝る、と云うのもなかなか好い。


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飛騨大鍾乳洞

髙山から奥飛騨へ向かう途中に飛騨大鍾乳洞がある。洞窟好きだから此処には以前にも来ている。夏は涼しいし、ここは冬は氷瀑を見ることができる。


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中の温度は


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涼しい。


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通路は比較的に狭くて高さも低い。大柄な私は屈んで歩かなければならないところが多くて大変である。


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こんなライトアップはまだマシで、


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ここまで極端なのはやり過ぎだ。そういえば中国の桂林で見た鍾乳洞はもっとさまざまな色でライトアップされていて派手だった。


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王冠と名付けられていた。


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この鍾乳洞は第一洞、第二洞、第三洞とあってほぼ登り坂と上り階段に終始する。だんだん坂や階段が狭くて急になるので、第一洞の終わりにも第二洞の終わりにも出口があってしんどいひとは外に出ることができるようになっている。

 

すべてを観終わって出口から戻るときには、こんなに高いところまで登ったのか、とびっくりする。外の気温は25度くらいだけれど暑く感じる。

 

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2019年8月26日 (月)

馬瀬川

郡上八幡からせせらぎ街道(飛騨街道・郡上と髙山を結ぶ)を北上する。この道は秋の紅葉が素晴らしいところだ。途中までは長良川の支流の吉田川に沿って走る。途中の道の駅・パスカル清見の先で右へ折れる。国道257号線、下呂へ通じる道だが大型車は通行不可。トンネルを抜けると馬瀬川に沿って走る。馬瀬川は長良川水系ではなく飛騨川水系である。水の美しい川だ。

 

途中の橋の上から何枚か撮ったのでご覧いただきたい。


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もっと先まで行けばもっと素晴らしい景色があるのだが、今回はそこまで足をのばす余裕がないのでもとのせせらぎ街道へ引き返す。引き返す途中で猿の群れを見る。

 

せせらぎ街道の最高地点、西ウレ峠を越える。標高1120メートル。外気温24度、快適である。脇の川が今度は進行方向に向かって流れている。分水嶺を越えたのだ。川の名は川上川となっている。髙山の先で宮川と合流し、さらに宮川は神通川に合流して日本海に注ぐのである。

 

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映画寸評(8)

『イコライザー』2014年アメリカ
監督アントワーン・フークワ、出演デンゼル・ワシントン、クロエ・グレース・モリッツほか

 

 映画には名優が絶対に必要だということがこの映画の冒頭のシーンで分かる。主人公(デンゼル・ワシントン)の日常が淡々と描かれているだけなのに緊張感があって映画に吸いこまれていく。深夜営業の軽食レストランできまった席に座り、自分で持ち込んだ紅茶パックに湯だけもらい、静かに本を読む男。そこで若い娼婦(クロエ・グレース・モレッツ)とのあいだにささやかな会話が交わされる。そこでの二人の存在感が圧倒的なのだ。

 

 やがてその若い娼婦がすさまじい暴行に遭う。そしてただのホームセンターの雇われ店長にしか見えなかった主人公の本性が現れる。彼女を暴行したのはロシアンマフィア、それらに報復したことでロシアから凄腕の男が現れる。後半はロシアンマフィア達と主人公の壮絶な争いとなる。もちろん正義が勝つのだが、ラストにさらにおまけがついている。面白くてスカッとする。

 

『イコライザー2』2018年アメリカ
監督アントワーン・フークワ、出演デンゼル・ワシントン、ペドロ・パスカルほか

 

 主人公(デンゼル・ワシントン)は今回はタクシーの運転手として登場する。タクシーの中はときに他人の人生の一断面を垣間見せる舞台でもある。主人公は控え目に、しかしやさしくそれぞれの人々と関わっていく。そしてどうしても必要だと判断したときには彼の能力を駆使してひそかに彼らに手をさしのべることもある。

 

 そんなとき彼の唯一の友人である女性がブリュッセルで殺される。彼女はもとCIA。ブリュッセルで妻を殺して自殺したというCIAの協力者の死に不審を抱いた彼女がそれを調査しに出かけたのだが、そのときに強盗に襲われて殺されたというのである。

 

 主人公は友の死の真相を明らかにすべく調査を始めるのだが、突然彼も襲撃され、死んだ友人の夫も襲撃される。辛くもその夫を救うことに成功した彼は、旧友を訪ね、真相究明と犯人に対する復讐のための協力を仰ぎ、行動を開始する。やがて明らかになる真相と犯人。後半は彼に匹敵する凄腕の犯人達と彼との嵐の中の戦いが繰り広げられる。『イコライザー3』ができたらぜひ観たいものだ。
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2019年8月25日 (日)

中村文則『R帝国』(中央公論新社)

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 ここに描かれている国々は現実世界の国々ではない。それどころか、現実の日本も含めての世界は、物語の中ではすべてただの物語の話として極めて断片的に引用として語られるに過ぎない。主な舞台であるR国は国家管理がなされている国だが、国民の多くには管理されているという実感がない。

 

 A国やC国として名前が挙げられている大国というのがアメリカであり中国であるだろうと云うことは想像がつく。そしてR国の国民の個人の名前がそのまま矢崎であり、加賀であり、栗原であるのだから日本であると考えていいだろう。

 

 AIがとことん進化し、国家管理が極めて巧妙になったこの物語世界はあのジョージ・オーウェルの描いた『1984年』の発展版であり、近未来世界のデフォルメされた戯画的世界である。それはあまりに極端でおぞましくおそろしいから却って笑うしかないのだが、その笑いは少々引きつる笑いとなるだろう。これが現実世界の未来予測であるはずがないと誰が言えるのだろうか。

 

 物語の最後で「党」の指導者が、ある人物にながながと語ることばの一部を引用する。

 

「・・・つまり人々は疲れたのだ。立派であることに。知性に、自立に、善に、共存に。そんな人間にとってハードルの高いことに疲れたのだ」

 

「我々にはHPを通じての国民に関するビッグ・データがある。検索履歴、会話、メール傾向等もすべて収集されデータ化されている。そのビッグ・データを我々が所有する最新の人工知能に解析させ、国内世論をある程度正確に把握することができる」

 

「私はずっと思っていた。国を豊かなまま思い通りに支配するために必要なのは、一部のエリートだけを残し、残りの国民たちを無数のチンパンジーのように愚かにすることだと。・・・我々がどこかの国を憎めと言えばキーキー憎み、さらに自分たちの生活が上手くいかないのは誰かのせいだとキーキー騒ぎ、私達が何気なくあれが敵だと示せばそのフラストレーションから裏を考えることなくキーキー盛り上がってくれる存在たちに。全体主義の“熱風”はあらゆる時代に出現したが、私達はその“熱風”をいつでも作り出すことができる」

 

「まず国民の大半を、分かりやすく言えば、簡単に言えば馬鹿にしなければならない。もうずっと以前から、私がこの国の支配層に入る前からその動きは始まっていた」

 

「まず文化全体のレベルを、一見分からないくらいに少しずつ下げていくこと。くだらないものに人々が熱狂するくらい、文化的教養を下げていくこと。本来学歴と教養は関係ないが、たとえ高学歴な人間であったとしても、教養という言葉に虫酸が走るようにすること。馬鹿な者達が上げるネットの大声に社会が萎縮することで、馬鹿によって社会が変わる構図はもうすでにできあがっていた」

 

「そもそも正体を隠しネット上で差別や悪口を書き込むことほどみっともないことはあるまい?だがそういったことを恥ずかしげもなくできる者達がすでに大勢いるのは周知の事実だ。そういった者達が増えれば世界はどんどん愚かになる。我々が望んでいる方向に。愚かな言葉は読む側も無自覚なまま感覚として伝染するからだ」

 

「0.1%のエリートに99.9%のチンパンジーが理想だが、実際には、我々はまだ20%のチンパンジーしか作り出せていない」

 

「残りの50%は自分たちの生活が可愛すぎるため我々“党”を支持しているが、チンパンジーではない。そして30%ほどまともな人間がまだ残っている。だがそれでいい。20%のチンパンジーは声がでかいため、50%の人間達に影響し、まともな30%はそんな国民達と我々“党”を恐れ沈黙している。世界はつまりいま、20%のチンパンジーによって動かされている。これは愉快だ。そうじゃないか?」

 

『1984年』でのビッグブラザーは巧妙な支配だったが、いま中国はそれをはるかに凌駕する支配体制を打ち立てつつある。そして世界はいまこのグロテスクな小説の描く未来に向かっている。人間が営々と築き上げてきた文化や教養、礼節がいま失われつつあるのは間違いようのない事実に思える。小説ではこれを誰かが意図的に誘導しているとしているが、実はひとりでにそうなっているのだとしたら・・・。その先の未来を想像するとおそろしすぎる。
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訃報

 起きる直前ではなく、夜明け前に夢を見た。大学生らしい私は、大事な必須の科目の単位を落とすことになりそうなのである。落とせば落第である。講義の出席日数が足りなかったのか、試験が出来なかったのかよく分からないが、何とかするための方策を必死で考えているのである。いまさら考えても手遅れだと知りながら、なんとかならないのかと思っている。

 

 実際の私は受けられるものは殆ど受講し、受けた講義で落とした単位はない。成績は別であるが。それなのにこんな夢を見てパニックになる。受けた講義の内容を本当に理解していたのか、まじめに勉強したのか、と云われると返す言葉はない。身についたものはほとんどなかった。単位を取ることが目的で、卒業することだけが目的だった。その空虚さがいまそんな夢を見させる。

 

 訃報を二つ、立て続けに受けた。

 

 一人は奈良に住むほぼ私と同年の男性。仕事で縁があった。俳句が好きで、しばしば自作を披露してくれた。仕事をリタイアすると同時期に離婚して独りになり、奈良に移り住んで遺跡発掘の仕事を終の人生の愉しみに生きていた。体調が思わしくないとは風の便りで聞いていたが儚いことである。寂しかったかも知れないが、生きたいように生きたことをもって瞑すべしか。

 

 いま一人は震災の年に生まれたはずで、母の二歳年上だから数え年で九十七歳か。天寿を全うしたと云うべきか。終戦時には半島にいて、乳飲み子を抱えて命がけで日本に帰還したと聞いている。夫を敬愛していたが先立たれた。庭いじりが好きで、土に触れていることが生きる楽しみのひとだった。彼女が逝くとき瞼の裏に去来したものはなんだったのか。待っている夫の元で安らかに過ごして欲しい。

 

 人生は過ぎてしまえばやはり一場の夢か。
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2019年8月24日 (土)

祝砲

 今朝北朝鮮が日本海に向けてミサイルを発射した。どういう思惑でミサイルを発射するのか不可解であるとする意見が多い。不可解だからあれこれと憶測されている。私も憶測させてもらう。これは北朝鮮の祝砲である。なんの祝砲か。韓国が日本とのGSOMIAを継続をしないと決定したことへの祝砲である。

 

 面白いことに、文在寅大統領が日本に対してコメントをするごとに、翌日にミサイル打ち上げが行われているらしい。多くが日本を非難する反日コメントである。「よしよし、それでよろしい」という金正恩のメッセージがこのミサイル打ち上げの意味であろう。

 

 そういう意味の打ち上げであることはひそかに文在寅に伝えられているから、文在寅はいくらミサイルが撃たれようがなんとも思わないのである。国の危機などと考えないのである。心配しないのである。

 

 これが私の憶測である。
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横山秀夫『ノースライト』(新潮社)

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 主人公は建築設計士。機会にあまり恵まれなかったという事情もあるが、いつも自分の仕事に不完全燃焼の結果しか出せていないと感じている。その彼が唯一納得できたのは信濃追分に建築した家である。それは「平成すまい200選」に選ばれ、それを知って彼に新たな依頼も舞い込むようになった。ノースライトとはその信濃追分の家を、建築の常識を越えて北側からの採光をメインに採り入れたことを云う。

 

 そんな依頼人から、その信濃追分の新築の家の内装を見せてもらうためにたずねたら不在だったと聞かされる。しかもたまたまの不在ではなく、人が住んでいないようだったというのである。家ができあがるのを家族で楽しみにして、できあがったときにも感謝の言葉を口にしていた施主だった。気になりだした主人公は施主に連絡をするのだが連絡が取れない。

 

 どうにも気になって自分の属する小さな建築事務所の代表と二人で信濃追分の家をたずねると、その家には誰も見当たらない。家具もなにもなく、住んだ形跡もない。ただ椅子が一脚だけ残されていた。そのあと、主人公も訪ねたことのある施主の住んでいたはずの家をたずねるのだが、そこは引き払われていた。彼らはどこへ消えたのだろうか。

 

 主人公は残された椅子を手がかりに家族の消息を追い始めるのだが、その椅子と、ドイツの建築家であり、桂離宮を見て日本の美を再発見し、日本にも滞在していたことのあるブルーノ・タウトとの関連が浮かび上がってくる。

 

 主人公には数年前に離婚した妻、そして妻とともに去った娘との微妙な関係が続いていて、それが彼の生活全般に影を落としている。

 

 折しも小さな建築事務所には不釣り合いなビッグプロジェクトへのコンペの権利を事務所の代表が獲得してくる。総勢でこのコンペのための準備に全力投球しなければならない。信濃追分が気になりながらも手が回らない。

 

 強力なライバルとの争いとなっているコンペの行方はどうなるのか、そして幻のように消えた施主の家族はどこにいるのか。思いもよらなかった展開ですべてが明らかになっていく。そしてその過程で主人公は真の再生を果たす。
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いまはどうなるか分からない

 韓国の日本とのGSOMIAの破棄については、アメリカがどういうリアクションをとるかを見てからでないとその意味をコメントするのは難しい。そもそもあり得ないらしい韓国文在寅政権の判断ではあるが、文在寅政権がそういう判断をするかも知れないという予測を語る人も少なからずいた。

 

 その判断が北東アジアにとってどういう利害得失があるのか、さまざまな専門家のコメントを聞いた。日本にとってたいした問題がないという言葉が多い。しかし、それならとうして外務省は韓国に抗議をしたのだろうか。外務省のうろたえぶりの象徴か。この辺が今回も不可解である。そもそも韓国の外務大臣は今回の決定について蚊帳の外だったことが分かっている(河野大臣と面談したあとに帰国して知らされたと報じられている)。GSOMIAを継続するか打ち切るかの判断は日本が決めることではなく、韓国が決めることで、それに日本が抗議するのは筋違いである。抗議するのは外務省の不遜であろう。

 

 こういう話はすぐにはその波及結果について予測するのは難しい。予測がむつかしいものを予測するのは当たるも八卦あたらぬも八卦の占い師である。占い師ではないなら、事態を動かすだろう人物(トランプその他)の、どういうリアクションが出たかを見たときに初めてこれからが見えるだろう、と云うしかない。テレビのコメンテーターにはその猶予が与えられていないから、ああだこうだと予測する。占い師の言葉はあとで検証されることはほとんどない。いままでずっとそうだったから今回もそうだろう。

 

 今月末までさまざまな言説が飛び交うことだろうが、それらを毎日愉しみながらおバカニュースを楽しむことにしよう。私は誰がなにを予測したか、なるべく覚えておくようにしている。ひとが悪いのである。

 

 ところでこれだけ大事らしいことについて、先月から野党の面々はなにも語ろうとしないのはどうしたことか。そのことは最も記憶しておきたいことと考えている。彼らは外交は他人事であること、国家のことなどどうでもいいのだろう。いままで、そしていまの事態について考えてコメントするような能力がないこと、それが無言であることの理由であろうと確信させてもらった。後出しジャンケンのチャンスを待っているのが見え見えである。それでも支持するひとがいるのが世の中というものか。
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2019年8月23日 (金)

そこそこ多忙

 安眠できたお陰か、いささか涼しくなった故(せい)か、あれもこれもとやり始めて忙しい。

 

 横山秀夫のミステリー『ノースライト』という本を朝から読み始めて半分ほど読み進んだ。まったく不可解なシチュエーションにこちらの推理の入りこむ余地がなかったが、まったく出来事とは関係ないと思われた主人公が、謎に関係がありそうな話に展開して驚いているところである。詳しくは読了してから。

 

 ふつうはそこまで読めばあとは一気呵成に読み進めるところだが、どうも物語の展開がゆっくりなので転換点で一息入れたくなった。そこでNHK時代劇ドラマ『蛍草 菜々の剣』の先週分の録画を観る。原作は葉室麟であるからもちろん面白い。今日はその続きが放映される。

 

 そのあと新日本紀行の『屋久島』を観る。屋久島には行ったことがないけれど思い入れがある。こどもたちが巣立ったら、屋久島か熊野あたりの小さな中古の家を買って独り暮らしをしたいと夢みたことがある。屋久島と熊野に共通するのは海と山がすぐそばにあることで、天気がよかったら小魚を釣りに行き、雨が降ったら読書三昧が出来るというのが理由だ。『田舎暮らし』とか云う名前の雑誌を見ても、ずいぶん安く家が手に入りそうだった。結局夢想だけで終わったけれど、見知らぬ土地と思えないのである。ただし屋久杉を見に行くつもりはない。

 

 それから同じくNHKBSの『刑事ルーサー』二回分のうち一回分を観る。イギリスの刑事ドラマだが、アメリカの刑事物みたいな型破りの黒人刑事が活躍する。型破りだが頭の働きは抜群だし感情の量も半端でない。一回ごとに完結するのだが、全体に見え隠れする天才的な女が関わってきて、たとえばホームズに対するモリアーティ教授、『羊たちの沈黙』のハンニバルのような存在であって、全体を包み込んでいる。残りのもう一回分を観るかどうか迷っている。次回は明日土曜日に放映される。

 

 迷っているのは、昨日観た映画『イコライザー』がとても面白かったので、その続編の『イコライザー2』のほうを観たい気もするからである。読みかけの本も読みたいし、ドラマも観たいし、映画も観たい。夕方なので酒も飲みたいし、そこそこ忙しいのである。
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佐藤究『Ank:a mirroring ape』(講談社)

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 猿と類人猿は違う。そしてその類人猿から分岐進化して人間は生まれた。人間はどうして言葉を獲得したのか、または獲得できたのか。AIの知能が高度に飛躍しても限界がある。そこには「意志」というものがあるかないかの本質的な違いがある。プログラムがなければそもそもAIは行動できない。

 

 これは娯楽小説である。事件は京都で発生する。突然原因不明の暴動が発生し、多数の死傷者が発生する。テロなのか、未知のウイルスによるものなのか、あるいは違う原因があるのかまったく分からない。

 

 事件の顛末について、ジグソーパズルのピースような事実が著者によって呈示されていく。事件発生の数日前だったり、数年前だったり、直前だったり、それがランダムに呈示されているようではあるが、もちろん著者の計算が巧妙に働いていて、次第に読者に真相が理解できるように組み立てられている。暴動の凄惨な様子の描写も読者の興味を盛り上げる。

 

 そもそも荒唐無稽のことを、高度に科学的な事実を分かり易く説明しながら、読者にこの物語をリアルなこととして認識させるべく誘導していく手腕は美事である。これが吉川英治賞と大藪春彦賞をW受賞した作品だというのも頷ける。個別の科学的な話を読まされたらまず敬遠したくなる難しい話を、知的好奇心を刺激しながら読者にその壁を乗り越えさせてくれるのである。

 

 そしてバラバラだったピースがだんだん積み重ねられるうちにまず主人公に、そして読者に真相が明らかにされていく。そしてその暴動を止めるために主人公は自らの身命を賭していく。そこからはもう冒険小説であり、読んでいる方もテンションが最高潮に達していく。

 

 人類の進化史、鏡像認識、AI、トラウマなど、さまざまなことについて考えさせてくれて、しかもとても面白い。読みごたえあり。

 

 Ankとは物語の主因となる一頭のチンパンジーの名前である。

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2019年8月22日 (木)

睡眠薬

 目を瞑れば即座に眠れる、どんなにうるさくても明るくても眠れるという特技の持ち主であると自認していたのに、個人的な事情で五六年前から夜眠れなくなった。眠れなければ起きていればいいというのが私の考えなので、それに従っていたら生活のリズムが狂いすぎて心身共に不調になった。持病の糖尿病で定期的に検診を受けている医師に相談して、処方薬と合わせて問題の無い睡眠薬を追加してもらった。

 

 飲んだらすぐ眠くなると云うような睡眠導入性はあまりなく、寝床で目を瞑っているといろいろ考えだして眠れなくなることが治まり、いつの間にか眠れるというやさしい薬である。習慣性もないし弱い薬だから副作用も心配ありません、と医師は言っていた。それでも続けて飲むことは控えて、どうしても必要だと感じたときだけ飲むことにしていた。

 

 個人的な事情は三年ほど前にいちおう一段落したが、そのあとも眠れない夜はなくなっていない。夜眠れないと昼間眠くなる。そうすると昼間うたた寝することになる。そうすると夜眠れなくなる。堂々巡りになるので、ときどき睡眠薬を飲む。リズムを調整するのである。定期検診の間隔は八週間から九週間で、検診ごとに十錠(一回一錠)もらう。

 

 必要最小限の使用にしているので、少しずつ残る。それがたまってきたのでこの二回ほどの検診では処方を止めてもらっている。

 

 いま差し迫った不安はないはずなのに、眠れない日が増えた。そうすると寝床で本を読んだり音楽を聴いたり数独パズルを解いたりするからますます眠れない。しかし目を瞑ってもいつまでも眠れないからしかたがないのだ。意地になって睡眠薬を飲まずにいる。それが続くとすべての意欲が減退しはじめる。

 

 本を読めば面白い、映画を見れば楽しい、音楽を聴けば気持ちが好い、それが分かっているのになにもする気がしなくなる。安楽座椅子に背をあずけてぼんやりしたりうつらうつらする。だからまた夜眠れなくなる。そろそろまた睡眠薬を飲む必要があるか。たぶんこうして睡眠薬を飲むのが習慣になり、量が増えるのだろう。

 

 車を三週間以上転がしていない。短時間のドライブをしてガソリンを満タンにした。少し気が晴れた。来週、一泊だけの小旅行をしようと思い立ち、奥飛騨に宿の予約を入れた。少し良い宿を予約した。夏休みも終わりに近い、そろそろ混雑もなくなっているはずだ。

 

 不眠の原因である漠然とした不安というのは、自分の老化の実感にあると薄々気がついている。私だけなのか同年齢のひとも同様なのか私には分からない。こんなはずでは、という思いを人一倍感じすぎているのかも知れない。すべてが煩わしいような、投げやりな気持に陥るのを必死でとどめている。もっと外へ出て人に会うように心がけなければいけないか。

 

 ブログにはあまり泣き言は書きたくないが(けっこう書いているが)、公開日記(「ながなが続く自己紹介」と書いたら苦言があったことがある。いまだにどうしてか分からない)みたいなものなので、お目汚しになったのであれば御寛恕願いたい。
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プラスチックゴミ

 海洋に膨大な量のマイクロプラスチックがあってそれを海洋生物が体内に取り込んで問題が深刻だという。回り回って人間にもマイクロプラスチックが取り込まれる心配があるというのだろう。科学的に考えれば、食品としての海洋生物、たとえば魚や貝にしても、マイクロプラスチックは消化器系を通過するだけで魚肉や貝肉には取り込まれることはないのではないか。丸ごと食べれば別であるが。

 

 さらに細かく分解されて食用部にまで取り込まれるようになっているという話は聞かない。ただ分解された化学品の影響は検証する必要があるだろう。

 

 世界中が海洋汚染に関与している。日本も残念なことに例外ではない。海洋国は海岸ばかりだからより関与は大きい。

 

 だが考えてみればどうして海洋にそんなにたくさんのプラスチックがあるのか。それはそれらのプラスチックがゴミとして投棄されているからであって、捨てなければ海が汚染されることもないはずである。冷静に考えれば、このことだけに関して云えばプラスチックそのものに問題があるわけではない。

 

 さまざまなものの不法な海洋投棄は昔からあった。糞尿でも一部が海洋投棄されていた時代もあった。海は無限に広く、すべてを呑み込み処理してくれると考えても問題にならない時代が長く続いた。ところが人間が世界に蔓延し、一人が生み出す廃棄物が急増したことで海が有限であることがようやく認識されてきた。

 

 あたりまえのことだが、問題解決の道は海洋投棄を減らすことにしかない。しかし世界にはゴミを捨てることになんの痛痒も感じない人々が山のようにいて、彼らがゴミを捨てなくなることにはあまり期待が出来ない。人間はそもそも愚かなものなのだと諦めに似た気持になる。資源の爆食は豊かさと裏表である。こうして豊かさを求める無数の人間が地球を爆食し、復元不能の限界に近づきつつあるのか。そのあとどうなるのか誰も知らない。その不安が多数にならない限り、このまま奈落の底へ突き進むのだろう。サンマの激減もその現れの一つか。
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2019年8月21日 (水)

井波律子『トリックスター群像』(筑摩書房)

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著者のいうトリックスターとはどんな存在か。

 

序章に云う。

 

「トリックスターとは道化者、悪戯者、ペテン師、詐欺師等々の要素を合わせもち、ときには老獪かつ狡猾なトリックを駆使して、規制の秩序に揺さぶりをかけ攪乱する存在を指す。ヒーローではなくアンチヒーロー、正統派ではなく反正統派こそがトリックスターなのだ」

 

 序章でまず中国の神話の蚩尤(しゆう)が語られる。蚩尤は中国最古の皇帝とされる黄帝と戦って敗れた。言い伝えでは蚩尤の鬢の毛は剣や戟のようであり、頭には角があり、四つ目で手は六本あった。蚩尤が黄帝に殺害されたあと刑天が黄帝と争った。刑天も黄帝に首を切り取られて常羊山に葬られたが、首のない刑天は乳を目にし、臍を口として干(たて)と戚(まさかり)を操って戦い続けた。その他神話の中に登場するトリックスターを皮切りに、本論として物語りに描かれた、著者が考えるトリックスターたちを紹介していく。

 

 選ばれた物語は中国を代表する『三国志演義』、『西遊記』、『水滸伝』、『金瓶梅』、『紅楼夢』の五編。この本を書くときに『西遊期』の原文(各種あり)を渉猟して翻訳したばかりであったからもちろんだが、この本を書くためにこの長大な物語すべてを中国語で読んだと云うから凄い。

 

 この本を読むことでそれぞれの話のあらすじと読みどころ、その面白さ、書かれた時代背景が見えるようになっている。そうしてすべてを読み終わると中国文学とはなにかがほのかに見えるようになるというおまけもついている。この中の『金瓶梅』と『紅楼夢』は翻訳ですら読んだことがない。もともと読む気がないから今回の著者の説明で私には十分であった。

 

 参考文献にあげられている個別の物語の翻訳については私も斜め読みしているし書棚に並んでいる。今度は井波律子先生に教えられた視点を参考に、ちゃんと読みたいと心から思った次第である。いつになるか分からないけれど。

 

 後先になったが、たとえば『西遊記』では前半部の孫悟空が天界を暴れ回る部分はもちろん孫悟空がトリックスターであり、後半の取経の旅では猪八戒がトリックスターであるとしている。『水滸伝』では黒旋風李逵がトリックスターとして扱われている。それらのトリックスターに着目することで、相対的に『三国志演義』の劉備玄徳、『西遊記』の三蔵法師、『水滸伝』の宋江の不思議な存在の役割がかすかに分かるという仕組みになっている。

 

 これは私にとって長年の疑問の一部解明につながった気がしている。納得や理解は出来なくても存在意味が少し分かったと云うことだ。

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あおり運転

 あおり運転の末に暴力行為を働いた男には余罪がたくさんありそうで、つぎつぎに新しい事件が明らかになってきた。この男が特に異常であることは間違いないが、この男以外にも類似の異常なあおり行為がつぎつぎに報道されている。おそろしい世の中である。

 

 暴行に至ったこの事件についてテレビで報道されたとき、交通関係が専門の弁護士と云うひとが、「暴行については罪に問えるがあおり行為だけでは罪に問うことができない」などと説明していた。あおり行為を処罰する法律の整備が必要だと説明したことに驚いた。ではあおり運転を通報しても警察は「あおり運転をやめてください」とお願いするしかないというのか。多分そうなのだろう。

 

 わたしは車で遠出するのが好きなのでかなりの長距離を走る。あまりスピードを出さないし、車間距離も充分とるように心がけている。車間距離を取っていることが気にいらない人というのが案外多くて、ひとの後ろにぴたりとついて後ろからせっつく。追い越し車線ではない。気に入らなければ追い越し車線で抜けばいいのである。しばらくあおったあとに突然抜いていくのはいいのだが、多くがこちらの車の前に強引に割り込む。相手にしないでその車にたいして車間距離をとる。相手はしばらく前でことさらにゆっくり走ったあとにスピードを上げて走り去って行く。このパターンが多い。

 

 遊んでもらいたいのだろうが、こちらは運転技術がお粗末なので相手にしない。「俺の勝ち」などと満足しながら走り去ったのだろうなあ、などと思う。ただ普通の走りではない走りにつきあわされると精神の平衡が乱される。気持がかき乱されるのは不愉快だ。

 

 報道を見ていると、にわかにあおり運転が激増したかのようである。そんなことはないので、もともとたくさんにあったのだと云う事を運転するひとなら分かっている。いままでみな不愉快に思いながらも放置されていたのだ。その不愉快を解消するすべもなかった。交通専門の弁護士が「あおり運転だけでは処罰できない」というのだから、たぶんこの弁護士も含めて、あおり運転で告発されても弁護士はあおり運転者を無罪にすることが出来るのだろう。

 

 ところが連日あおり運転が問題として報道されてしばらくしたら、この同じ弁護士があおり運転は犯罪行為であると言っていた。弁護士なんてこんなものなのかと思う。

 

 今回話題になった男は、自分が被害者なのだ、あおってきたのは被害者の方だ、と主張しているらしい。たぶんすべてのあおり行為をしているバカモノに聞けば、すべて相手が悪いというだろうなあと思う。京都アニメーション放火殺人犯も自分の作品が剽窃されたから犯行に至ったと逮捕時に叫んでいたらしい。世の中は被害者ばかり、悪いのはいつも他人である。その風潮が無くならない限りあおり運転はなくならないだろう。誰がそのような風潮を作っているのか。それではいけないと考える人間を増やすような教育を阻止し続けているのは誰か。道徳や常識をあざ笑うのは誰か。
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2019年8月20日 (火)

映画寸評(7)

 先週末に民放で『千と千尋の神隠し』を観た。たまたま見たら止められなくなったもので、見たのは後半だけであるが、このアニメが傑作であることをあたらめて実感した。半年ほどしたら、もう一度頭から見直したいと思う。今回千尋の母親の声が沢口靖子であることをはじめて知った。トンネルが異界との通路であることはさまざまな物語で表現されてきたが、それは私にとっては空想ではなく、すでに真実の記憶でもある。

 

 ひきこもっているので映画鑑賞と読書にかなり時間を割くことが出来ている。今回はアニメ映画二作品について。

 

『ペンギン・ハイウエイ』2018年・日本
監督・石田祐康 (不思議な)お姉さんの声が、聞いたことがあるなあと思ったら蒼井優であった。

 

 アニメ大好きなどん姫はこの映画を観ていて、「面白かったけれどよく分からなかった」と言っていた。
 突然街中にペンギンが出没する。それも一頭だけではなく次々に現れる。そのペンギンはどこから来たのか。
  
 主人公の少年、アオヤマ君は賢い。そして自分が賢いことを自覚している。何ごとにも動じず、見たことを信じてその原因、理由を解明しようとする。生意気そのもののアオヤマ君が次第に魅力的なキャラクターに見えていく。ここでも異界との通路としてトンネルもどきの境界が登場する。ペンギンの出現する必然性が語られないから、「よく分からない」ことになるが、この原因となる「海」という特異点について受け入れて物語りについて行けるかどうかがこのアニメ映画を愉しむための条件だろう。こういうものはアニメだからこそ描けたのだろうと思う。私は大変愉しめた。

 

『ももへの手紙』2012年・日本
監督・沖浦啓之

 

 小学校六年生の宮浦ももは父親が事故死したので、東京から母親の故郷である瀬戸内海の島に越してくる。母親は夫の死の痛みからまだ回復しきっていない。そしてももも父の事故死の前に口げんかをしたままであったことにこだわっている。

 

 そのももが古い家のなかで出会った妖怪たちとの交流のなかで成長し、他の人たちの心を思いやる心を身につけ、母親の哀しみを感じることができるようになっていく。子どもから少女の変身がやさしく語られていく。

 

 父親からは「ももへ」とだけ書かれた手紙が残されていた。そのあとに父親はなにを書きたかったのか。なにをももに伝えたかったのか。妖怪たちの助けを借りて、ももはついに父のメッセージを受け取る。ラストに感動する。日本のアニメはいいなあ。
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馳星周『蒼き山嶺』(光文社)

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 日本のハードボイルド作家を代表する北方謙三、大沢在昌、そして馳星周の三人の作品はほぼ外れがなく愉しめる。最近エンターテインメント小説に手が出なくなっていたが、いつか読もうと思って買いためた本がたまったので、少しずつ片付けていくことにした。

 

 この作品は山岳小説と云う事になるのだろうか。学生時代に山岳部で一緒だった三人の男がいた。一人は天才的なクライマーの若林、後に彼は8000メートル級の山々を制覇し続けるが、雪崩に遭って遭難したあと行方不明。もう一人がこの物語の主人公の得丸。長野県警の山岳救助隊に長く勤めて二年ほど前に辞職し、いまは観光課の顧問として山から離れられずにいる。残りの一人は池谷といい、警視庁の公安部に入り、それ以後山とは縁が切れている。

 

 得丸は白馬岳を下山途中で、残雪期とはいえその装備や足どりがほとんど素人に近い男が登ってくるのを発見する。無謀な山行を見過ごしに出来ずに声をかけ、その男が池谷であることが分かる。どうして公安にいるはずの男が単独で登ってきたのか。不審に思いながらも、白馬鑓ヶ岳を目指すという池谷のガイドの依頼を引き受ける。

 

 やがて物語が進むに従って、彼を公安が追ってきていること、さらに彼に別の組織から刺客が向けられていることなどが明らかになっていく。そして池谷の目的地は白馬山頂ではなく、山々をはるか越えた日本海であることを告げられる。ほとんど無謀な企てである。しかしある理由で引き受けざるを得ないことになる。池谷の負傷、刺客との戦い、吹雪の山行、得丸の闘いが続く。そこにヒロインが絡んでくる。そしてそのヒロインの意外な正体。池谷と、そして彼女との約束を果たすために彼は人間の限界を超えていく。

 

 最後に彼が見たのは現実の日本海なのか幻覚なのか。この物語には少し気になる部分がないではないが、気にせず読み進めればかなり愉しめる。読みごたえ大いにあり。
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2019年8月19日 (月)

どん姫夫婦が来る

  弟が千葉から梨を送ってくれた。一人では食べきれないのでどん姫に連絡した。先日泊まりがけで来たばかりだが、旦那は仕事の関係で盆休みはとれないのでどん姫だけだった。ようやく一段落したから今日は早めに帰れたと云うことで、二人で夕方やって来た。

 

 残念ながら車だし泊まるわけにもいかないらしく、少し話をしただけで梨を抱えて帰っていったが、仲が良さそうなのを見たのでちょっと安心した。
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倦怠

 人生は、などと大げさに言うほどのことではないが、生きていると云うことは雑事の処理の集積のようなところがある。雑事とはなにか。しなければならないことではあるが、横着をして先延ばししても直ちに人間関係を損なって社会的に生きにくくなったり、生命にかかわるようなものではないようなもろもろのことだ。

 

 暑いからほとんど外に出ないで、ほとんどひきこもりみたいな暮らしをしている。つまり雑事がおろそかになりつつある。それでも食べるものを買いに近くのスーパーに行くし料理もつくるから、本物のひきこもりとは違う。伝え聞く本物のひきこもりは、ときに自分の命にかかわる事態でも自分から動こうとしないらしいから、もう完全に病気である。本人が生きている限り誰かが面倒をみなければならないらしいから、社会的な負担が大きい。面倒を見続けている親意外にもようやく世間一般にそれが認知されてきたようだ。彼らは自ら精神病院の閉鎖病棟に閉じこもっているかのようだ。

 

 彼等は自分が悪いこと、弱いことを知っている。知っているけれどそれを認めることができない。他人が悪いからこうなっているのだと自己正当化する。彼らの自己正当化はたぶん極めて強固なのであろう。

 

 彼らは自らの意思で閉じこもったのだから、いつかは閉鎖病棟から自分の意志で出て来るはずだ、出てくるのを待とう、と専門家は言い続けた。マスコミはひきこもりから立ち直ったという希有な例を大々的に報道した。こうしてほとんど社会的に放置され続けた四十代五十代さらに六十代のひきこもりが大量に残されている。彼らの面倒をみるために身心をぼろぼろにしている親たちがいる。疲弊した親たちが究極の選択をする事件がときにおこるが、これからますます増えるにちがいない。

 

 私自身も弱いから分かることだけれど、弱い人間は自分の弱さを認めることが出来ずに自分の不遇の原因を自分以外に求めがちである。それでも少し前まではなんでも他人のせいにする人間は軽蔑された。ひとには能力差が厳然としてあるものだし、運不運というものもある。身の程知らずの、しかも努力もしないでの恨み言は誰も相手にしなかった。

 

 いまはその恨み節が天に届くようになったかのようである。

 

 京都アニメーション(京アニと云う言い方はどうもなじめない)の放火大量殺人事件の犯人に、自分のやったことの罪を自覚させることが出来るか、後悔させることが出来るか、私は無理だと思う。あおり運転の末の暴行犯に自分が悪かったと思わせることが出来るか、私は期待しない。世の中は強固な自己正当化の蔓延する時代になった。トランプが、習近平が、文在寅が、プーチンが率先して自己正当化を謳う。自分に問題がありやしないか、などと毛筋ほども考えない。

 

 それらを連日朝から晩までテレビで見せられてうんざりしつつも、さてまず雑事を一つずつ片付けようかなどとようやく重い腰を上げる。倦怠の夏はまだしばらく続きそうだ。私は弱いけれど、なにかを他人のせいになどしない。そうしたら楽かもしれないと思ってもしなかったと自負している。ときには自分のせいでないことでも黙って引き受けたことさえある。そういう損は自分の傷にはならないものだ。それが自恃というものだと心得ている。

 

 どうも暑さのせいで支離滅裂になってしまった。
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2019年8月18日 (日)

一海知義他『漢語四方山話』(岩波書店)

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 読書百遍意自ずから通ずる、と云う。このごろ本当にその通りだと思う。この言葉の意味を、解らない本でも繰り返し読めばその意味が解るようになる、と単純に受け取ってはいけない。たしかに繰り返し読んでいるうちにその本の中にヒントが、つまり解るための手がかりがあることも多い。それをもとに一つほぐれると次第に解ることが増えていくことはある。

 

 しかしどうしても理解できないものというものがこの世には山のようにあり、食らいついているその本を読むだけではどうしても解りようがないことの方が多い。自分のレベルでは、その本のなかからだけでは手がかりを掴みようがない本というのがほとんどである。実は手がかりが別の本にあること、又は別の本と読み比べることで手がかりが見えることの方が多い。

 

 遠回りして再びもとの本に戻ると、今度は解ることが一つ二つ増えている。それがまた別の本を理解するときの手がかりにもなる。こうして一冊の本をレベルアップする度に読み返す。そうして一つずつ新しい「解る」が増えていく。いつかは「意自ずから通ず」になっていく。なっていくだろうと云う希望のもとに解らない本を読み返すのも読書の愉しみなのだ。

 

 若いときはほとんど娯楽本ばかりを読み、読了した本の数を誇っていた。そういう本を読む愉しみはいまでも大事にしているが、それ以上にじっくりと解らなかったことが解ることを積み重ねることの方に面白みを感じるようになってきた。それに愉しみを感じるのが少し遅かったかなと思うがいまさらしかたがない。

 

 中途半端に読んでいた中国関係の本を読むための手がかりが得られる本が今回読んだこの『漢語四方山話』という本だった。並べているのは先日言及した『考史遊記』と『桟雲峡雨日記』。これらももう一度読み直せば、解らなかったことが一つ二つは解るようになっているにちがいない。
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心配

 昨晩、池上彰のニュース特番を見たら、普段よりも痩せていて声にも力が無いように感じた。夏やせ、過労、そんなことならいいのだが、心配である。そう見た人は少なくないにちがいない。彼は私と同年である。他人事ではない。
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2019年8月17日 (土)

伝えているのに伝わらない?

 ネットなんとか生命のCMに内田有紀が出ているが、相変わらずチャーミングである。もう一人がもと市川染五郎、そして名を変えて松本幸四郎、そしていまは白鴎だったか。このひと、むかしから嫌いだ。内田有紀が「まだネットでの保険に不安を持っている人が多い」という言葉に対して、白鴎が答えるそのCMの台詞が、「これだけ熱心に伝えてきたのに、いまだにまだ伝わらないことが信じられない」である。あり得ないことだと言わんばかりの不満顔なのである。

 

 私には「こんなに熱心にCMしているのに、理解できないお前たちがおかしい」と言っているように見えるし聞こえる。そう聞こえる私がおかしいのであろう。たいていの人は「なるほど、私は理解しなければならないなあ」などと思うのだろう。白鴎のお陰で商売繁盛してけっこうなことだ。

 

 熱心に伝えたのに伝わらないのは、場合によるだろう。言っていることが理不尽なら相手がなるほどと思うはずもなく、もし正しいことを言っても、相手が聞く耳持たなければ、そもそもいくら伝えようとしても伝わるはずもない。そのときには熱心に伝えようとしたかどうかは問題ではない。なんだかどこかの国と国とのあいだの話みたいだ。

 

 このところニュース番組で繰り返し韓国との関係悪化についての話題が報じられていて、いささかくたびれてきた。感情が揺さぶられ続けて冷静さを失いそうになるのを我慢し続けているからだ。ニュースでは韓国での逐一を報じ過ぎる。味噌も糞も(失礼)一緒に報じるのは好い加減にしてもらいたい。最近の報道は詳細に過ぎて本質が見えなくなるような報じ方が多すぎる。まあそれを飽きもせずに眺めているこちらが暇すぎるのだが。
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齟齬を感じる

 今回の韓国向けの輸出審査の厳格化措置を海外はどう見ているのか気になるところだ。たまたま目にした記事だけから見れば、ほとんど韓国の主張に沿うもので、日本の主張の骨子である韓国の戦略物資の管理不備の疑いを主な理由に取りあげたものがない。それでは日本が韓国に対する理不尽な強権的報復を行ったと受け取られることになっていくだろうと懸念される。

 

 それは韓国のロビー活動が、つまり海外に対する韓国の主張の宣伝活動が功を奏しているからだと専門家が言う。ときに外交専門家、それも外務省出身者が言うから驚いてしまう。日本は自国の主張の宣伝活動が下手なのだという。もし本当に韓国がそのような海外への主張が巧みで日本が下手だというなら、それは日本の外交、主張の宣伝に努力が足りないからだと見ることも出来るのではないか。外交の専門家は「日本も韓国に負けないようにしなければならない」などとしれっと言う。

 

 日本が外交下手だというのは謙遜の言葉だと思っていたが、本当に下手らしい。下手だというのは巧妙さが足らないのではない。国のために必死で頑張るという気概が外務省に足らないのではないか。そういう指摘があると、外務省OBはどれほど苦労して外交をやって来たかを滔々とまくし立て、自己弁護する。この自己弁護の勢いで海外と対してくれていたらと思う。

 

 今回の輸出管理強化措置については外務省は蚊帳の外であったようで、経産省と外務省の足並みが揃っていないように見える。もともと不足していた真剣味が今回はいままで以上に不十分に見える。いままで以上に韓国に一方的にプロパガンダされているのでなければ幸いだ。

 

 当然、河野外務大臣は内閣の意向を全面的に受けて気合いが入っている。気合いが入りすぎて暴走気味と言ってもいい。言葉や態度がエスカレートしすぎて対外的に韓国が被害者に見えてしまうという効果を生み出している。ところがそれをサポートするべき外務官僚たちはそっぽを向いて、自分たちは関係ないという態度をとれば、前回不当な韓国の禁輸措置に対するWTO訴訟で負けたときと同じことが起きるだろう。

 

 あのWTOでの敗北が口惜しくないのだろうか。他人事なのだろうか。「韓国はロビー活動が巧みですからねえ」などと語られることについて外務省は一緒になって賛同していはしまいか。由々しきことである。内閣全体の中の外務省の齟齬、外務省の中の河野大臣と官僚との齟齬、そのことが如何に国益を損なうことになるのか、もう少し自覚して欲しいような気がする。

 

 外務省が努力していない、などと決して思わないが、たまたま目にした海外の論調のいくつかを見ると、努力が足らないし、さまざまな齟齬が見えてしまう。どんな仕事も結果で評価されるというのが冷厳な現実である。外交は特にそうだろう。今回の輸出管理強化が引き金で、慰安婦問題、いわゆる徴用工問題その他が韓国の主張に沿うように海外で受け取られつつあるような気がして心配である。

 

 そんなことを言うと、では輸出管理強化はすべきでなかったのかとたちまち問われるだろうが、そうではなくて、すべきことをしたのに相手(韓国)に簡単に曲解の上の反撃を許すような外務省の無気力、諦めの気配が見えた気がして心配なのである。
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2019年8月16日 (金)

ニュース裏読み

 韓国の文在寅大統領が、さかんに北朝鮮にラブコールを送っているが、北朝鮮から帰ってくるのはつれない言葉ばかりのようである。これを以て文在寅は北朝鮮から無視されている、と早とちりしてはならないように思う。陰謀論ほどではないが、私には北朝鮮と文在寅というひとは根底で深くつながっていると思えてしかたがない。

 

 しかしあまりにそれが露骨に見えたら文在寅には都合が悪い。韓国国内の支持を取り付け、政権を維持するためには、アメリカや日本と明確に離反するかのような行動に出ていると見られるのは得策ではないと考えているだろう。文在寅政権は、韓国ではなくて、日本やアメリカが韓国から離反しているのだ、といえるような状況をじわじわと作り出そうとしているのではないか。

 

 それを糊塗するには、文在寅政権は北朝鮮の指示ではなく、独自に行動している、北朝鮮は関係ないのだと云うことを北朝鮮に言ってもらうのが一番効果的である。文在寅がこれだけ北朝鮮重視を語るのに、それでも北朝鮮が文在寅をあたかも無視するかのように言い立てるのは、それが理由としか思えないではないか。
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読書の楽しみ

 父は語学系の専門学校を卒業してすぐに中国に渡り、満鉄の系列の会社に勤めたという。なんという会社なのか、どこにあったのか聞いていないからわからない。卒業旅行で友人と二人で満州からモンゴルを旅行していたときに、満鉄の偉い人に声をかけられて大陸に行くことになったとだけ聞いた。日中戦争からなし崩しに日本は敗戦まで中国との戦争を続けた。父はその間に召集を受け、復員してまた召集された。中国では軍隊にいたほうが長かったというが詳しいことは語りたがらなかったし、こちらも聞かなかった。

 

 晩年に、終戦の頃はどの辺を転戦していたのかたずねたら、「湖北省から山西省のあたりだった」とだけ答えた。その父と西安に行こうと約束していた。「西安は街路樹の美しい街だった」と父は言っていた。行くことに決めたのが1989年、天安門事件の年である。やむなく中止した。二年ほど仕事と家庭の事情で私に都合がつかず、そのあと父はもう行く体力も意欲もなくなっていて、1992年に私ひとりで行った。

 

 私は桑原隲蔵の『考史遊記』(岩波文庫)という本を二冊持っている。一冊は父のために買ったものだ。明治末に桑原隲蔵(桑原武夫の父君で支那史学者)が中国各地の古跡を訪ね歩いた紀行文である。写真もたくさん収載されている。「難しいからなかなか読み進められない」と父は言いながらも数頁読んではうつらうつらを繰り返し、それでも手放さずに読了したようだ。

 

『漢語四方山話』を読んでいたら、著者の一人の筧文生が陸游の事蹟を訪ねて旅した話の中で、その『考史遊記』に触れていてうれしくなった。『考史遊記』の写真と現代を比べてくれているのも興味深い。明治末と現代の比較である。続けてもっとむかし、明治初めの頃の漢学者、竹添井井(せいせい)の『桟雲峡雨日記』の文章を引き合いに出している。

 

 こうして陸游の時代(陸游は『入蜀記』という紀行文を残している)、つまり12世紀、そして明治初めの頃、さらに明治末の頃、そしてそれらを複眼的に見ながら現代の中国が語られているのだ。簡単なコラムのような文章の中に長い時間と空間の凝縮が感じられた。世界は薄っぺらい一コマの集合で出来ているのではないのだ。

 

『入蜀記』も『桟雲峡雨日記』も東洋文庫にあって目を通しているけれど、ほとんど拾い読みで、読んだといえるほどの読み方をしていない。時間があれば読み直したいと強く思った。

 

 いつも読み直しを考える。読み直さなくてもよいくらいじっくりと読み込みたいけれど、読んだあとになってそのときに知らなかったことを知ると、自分がいかに無知なまま読んでいたか思い知ることばかり。少しでもレベルアップした気がしたら、そこから読み直すことでさらに違う世界が見える気がするのだ。そう思うと人生はいかにも短い。
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2019年8月15日 (木)

遠いけれど備える

 朝から強い風が吹き始めた。風で飛んだり動いたり転がったりしそうなものをすべて屋内に移した。ベランダの排水溝を掃除した。排水路の面に凹凸があってスムーズに流れない。工事がいい加減だったのだろう。放っておくと水の滞留する場所が出来てそこにあおこのようなものが発生して見苦しい、これで大雨でもたぶん大丈夫だ。最後にベランダ用のサンダルをしまって準備万端である。

 

 広島から帰省するはずだった息子は台風の直撃を考慮して今回は取りやめ。残念だがしかたがない。次はいつ来るだろうか。どん姫はいつものように飄々とやって来て、泊まり込みで酔っ払いの父親の話を黙って聞いてくれた。聞き流していないのはところどころの相槌が的確だからわかる。

 

 そのどん姫は昨夕「又来るねー」と言って旦那のところへ帰っていった。旦那は電気工事の関係の仕事をしているから、世の中が休みの時ほど忙しい。

 

 雨はこれから本格的に降り出すのだろうか。今日は(今日も)家でゴロゴロすることにしよう。ただ、最近眼の疲れがひどくなって、それでも無理をしていると視界が霞んでしまってさすがにパソコンや読書を中止せざるを得なくなる。新しい音楽ソフトでもダウンロードして音楽を楽しむことにしようか。目を瞑りながら・・・。
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井波律子『中国文学の愉しき世界』(岩波書店)

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 大学では理科系(化学)を専攻したのに、自発的に学ぼうとしたこと、つまり自分のテーマとしたのは、ひとつはどうして日本は太平洋戦争という無謀な戦争を仕掛けたのか、もうひとつが文化大革命とはいったい何だったのか知りたい、ということだった。

 

 太平洋戦争の経緯について、戦史ものの本も、そして左翼的な視点からの戦争について書いた本も、さらにアメリカの情報将校がまとめた本まで、さまざまな本を読んだ。当然それらの本を読んでいれば日本が太平洋戦争に突入する前に中国との戦争をしていた時代のことも知らなければならなくなる。どうして日本は大陸や朝鮮になし崩し的に軍隊を投入していったのか。

 

 さらにどうして中国は列強にああまでやすやすと侵略を許すことになったのか。いったい中国とはどんな国なのか。それは当然日中戦争の結果としての共産党支配の中国の誕生に関連していき、毛沢東支配の中国がどういう国であって、文化大革命とはどういう意味であったのかを考える手がかりともなる。

 

 中国に次第にのめり込んでいった。列強の侵略を許した清という国とはどんな国だったのか。どうして少数の満州民族が中国全土を支配することが出来たのか。そうなるとどんどん中国史を遡っていくことになるのは勢いである。たまたま教養で受けた東洋史が中国古代であり、私がレポートに選んだのは中国の思想と宗教というテーマだった。夏休みの半分はそれに関連する本を読むことに費やした。まるで東洋史を専攻する学生みたいだと自分がおかしかったが、面白かったから満足だった。

 

 棚を眺めれば娯楽小説も含めて中国に関係するものが半分以上を占める。学生時代はまだ文化大革命に関するあまり良い本はなかったけれど、その後次第に読むに値する本が出るようになった。文化大革命関係の本だけでもずいぶんあるが、いまだに全貌はよくわからない。

 

 中国の古典も通史もずいぶんいろいろ読んだ。

 

 その中で巡り会ったのが今回読んだ本の著者の井波律子女史である。彼女は中国文学専攻の学者だが、難しいことをわかり易く書く。本当に解っているひとだけがわかり易く書ける。本棚には彼女の本がずらりとならんでいる。今回はその棚にあった一冊で、どういうわけか読みそびれていてきちんと読んだのは始めてである。彼女の本は二度三度読んでも面白く読めるから本物である。
 
 彼女の得意な『世説新語』(『世説新語』は彼女の最初の論文のテーマである)に登場する竹林の七賢などの人物たち、そしてそれに比して明末の張岱が取りあげられているからうれしくなる。繰り返し私が書いているように張岱の『陶庵夢憶』は私の愛読書である。そういう奇人ともいうべき人物たちが取りあげられ、ついで奇書が取りあげられ、志怪小説などの怪異譚がつぎつぎに紹介され・・・と私の好みの話が満載なのである。

 

 最後に彼女が出あった師と呼ぶべき人たちがつぎつぎに語られていく。吉川幸次郎、桑原武夫、梅原猛、高橋和巳と並べられると、私もみな本でなじみの人たちなのでうれしくて身もだえしてしまうのだ。

 

 本当に読書の愉しさを堪能させてもらった。それにしても読んでいない本がたくさん紹介されていて、欲しくなってしまうのには参った。
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2019年8月14日 (水)

佐藤春夫『小説永井荷風伝 他三篇』(岩波文庫)

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 表題の『小説永井荷風伝』はこの本のメインで、荷風の死んだ1959年の翌年である1960年に単行本として出版されているから、死後すぐに書かれたものだ。あえて『小説』とされているのは評論でありながら佐藤春夫の目で見て感じたこと、そこから事実確認なしに想像したことが含まれている、という意味があるのであろう。荷風が死んでしまって、当人に確認が取れないことが多いのはもちろんである。

 

 三田(慶応義塾)で教授と学生という間柄であったから、佐藤春夫は永井荷風を師と呼ぶ。荷風が三田で教授になったのはアメリカとフランスに長期滞在して帰朝してすぐのことである。奥野信太郎はその荷風に教えを受けたくて三田に入学したのだが、荷風はすでに退任していた。

 

 佐藤春夫はその後、永井荷風に目をかけられ、人に会うことを極度に嫌って閉ざされていた偏奇館にも自由に出入りしていたが、あることから不興を買い、交際が遠のいてしまう。あること、というのは荷風を喰いモノにするために近づいた二人の男が原因で起きた。その存在が荷風の晩年に暗い影を落とすのを佐藤春夫は遠目に見ていた。

 

 荷風が好色であることは自他共に認めるところだが、その点についての佐藤春夫の目は冷ややかだ。彼には生理的に永井荷風の好色が受け入れかねたのではないか。作家として、そして詩人としての荷風を比類無き偉大な存在として認めながら、そこになんとなくリスペクトが感じられない気がするのはそのせいではないか。

 

 荷風の作品に対する佐藤春夫の評価はたぶん的確だろうと思う。佐藤春夫はたぶん人並み優れた秀才であるからだ。素養も豊かである。しかし私にはそこに微妙に足りないものを感じてしまう。それはなんとなく肌合いがあわないと感じるからだが、それは出来すぎる人の、他人に対する冷たさを見ているのかも知れない。あくまで私の感じである。

 

 荷風がその佐藤春夫によって裸にされているような思いがした。

 

 永井荷風は独居老人として孤独死した。みすぼらしい暮らしをしながら数千万円の現金が残されていたという。死のまくらもとには荷風が生涯敬愛した森鴎外の『渋江抽斎』が開かれていた。

 

 その葬儀に友人と荷風宅にやって来た佐藤春夫はKが葬儀を取り仕切っているのを見て眉をひそめる。佐藤春夫は友人と二人、出棺の見送りもせずにそうそうに荷風宅をあとにした。Kとは誰か、想像はつくが、そのことが佐藤春夫の荷風論よりも新人の江藤淳の荷風論が優れている、という文壇の集まりでの評価につながったのではないか、などと想像している。

 

 他三篇のうちの二篇は戦後すぐに書かれたもので、戦時中に空襲で焼け出された永井荷風が戦火の中を逃げまどい、疎開した岡山や明石でも戦火に遭っていた中でも文筆活動を続けていて、戦時下で発表できなかった作品が矢継ぎ早に発表され、一世を風靡していた時代の永井荷風について書かれたものだ。『最近の永井荷風』は写真のイメージの文章で、一瞬を起点に過去と現在を見通している。『永井荷風』はそのすぐあとに発表された文字通り戦後の時点での永井荷風についての評論である。

 

 私の好みで言えば『永井荷風』という文章が一番素直に読めた。

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2019年8月13日 (火)

千日酒

(これは『漢語四方山話』からの全くの引き写しである)

 

 むかし中国に劉玄石という男がいた。中山(ちゅうざん)という所の酒屋で酒を買ったら、店の主人が「千日酒(せんじつしゅ)」という銘柄の酒を選んで売ってくれた。ところが主人はついうっかりして、その酒の強烈な効き目を客に説明するのを忘れていた。
 この酒、「千日酒」という名の通り、一度飲めば千日の酔いがさめぬという、いわくつきのしろものである。 玄石先生、家に帰ると、早速きこしめした。するとたちまち酔いがまわり、ぶっ倒れて前後不覚。三日経っても四日経っても、意識が戻らぬ。家人たちはてっきり死んだものと思いこみ、泣く泣く丁重に埋葬した。
 それから三年近い歳月が流れる。中山の酒屋の主人は、「あの客人、そろそろ酔いのさめる頃か」と思い、玄石の家をたずねて来た。ところが家人たちは、三年前に大酒飲んで死んだので埋葬したと言う。
 さあ大変とばかり、酒屋の主人はみなに手伝わせて墓を掘りかえす。棺桶の蓋をあけると、玄石先生、この時はじめて酔いがさめ、不思議そうな面持ちでやおら起き上がって来た。
 この話、つけたりがある。墓をあばいた人々は、棺桶にこもっていた酒気にあてられ、三日三晩酔いつぶれていたそうな。

 

 有名な話らしいが、私は知らなかった。

 

 火葬でなくてよかったとまず思う。ともかくホラ話としてはよくできていて面白い。面白いけれども理屈屋の私としては、どうして中山の酒屋の主人は千日経ってから玄石のところへ出かけたのか。本人が飲む前にその酒のことを伝えに飛んでいくべきであろう。よしんば手遅れになったとしても、家人に伝えることも出来る。

 

 それにしても、千日も酔って昏睡する酒だとわかって誰が買うというのだろうか。又、千日過ぎたのに、棺桶に残った酒気で三日も酩酊するのなら、玄石先生、起こされなければ永遠に酔ったまま眠り続けたかも知れない。これなら飲まずに匂いをかぐだけで酔えるから、安上がりの酒か。

 

 ホラ話に理屈をこねてもしかたがない。酒が好きだからこんな話が特に面白く感じた。
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大野晋(おおのすすむ)『日本語と私』(朝日新聞社)

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 自分が不勉強であることをよく承知しているので言葉にはこだわりがあり、言葉について書かれた本をときどき読む。高島俊男の『お言葉ですが・・・』シリーズを愛読しているのもそうだし、一海知義他『漢語いろいろ』などが目にとまり、それを読むのも自分の言葉についての間違いを正し、知識を増やそうと思うからである。『漢語いろいろ』は『漢語四方山話』の続編であることをあとで知り、迷っていたが、気がついたら『漢語四方山話』を発注していた。いま手元にあってこれから読む。


 森本哲郎の『ことばへの旅』は1~4巻まで揃えているが、どうも5巻まであるらしい。これもことばについて楽しく考えさせてくれた。鈴木孝夫『閉ざされた言語・日本語の世界』(新潮選書)では日本語の特異性を語りながら異文化との比較に展開していくのが興味深かった。その流れで大野晋氏の日本語についての本を以前読んだはずなのだが、書架を眺めても見当たらない。

 

 今回読んだ『日本語と私』は国語学者である大野晋の自伝的エッセイである。彼がどういう育ちかたをしたのか、どうして国語学者になったのか。どういう師に鍛えられたのか。どのような学問的功績を残したのか。それらが時系列的に綴られている。知る人は知っていると思うが、彼は南インドのドラヴィダ語の中のタミール語と日本語の共通性に着目し、日本語のルーツ、文化のルーツではないかという研究で有名である。

 

 その研究の詳細をよく考究することなく一笑に付す者が多く、しばらく不遇だったが、思いつきなどではなく詳細な現地調査と徹底的な考察をへての研究であり、国際的に評価する動きもある。否定するならその問題点を指摘すれば良いことなのに、ただ石つぶてだけが飛んでくることへの悔しさが読み取れる。これからインドの語学研究の発展に伴い再認識されるのではないか。

 

 この本を読んで思うのは、優れた学者というのは文字通り血の滲むような命がけの勉強をするのがあたりまえであることだ。そうでなければ先人を越えた研究など出来ない。先人の研究をなぞるだけで研究しているふりをしているだけの学者は学者とはいえないのである。学者でなくて良かった。私のような怠け者は学者には成れないことをあらためて実感した。もちろん最初から思わなかったけれど・・・。
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2019年8月12日 (月)

卯酒(ぼうしゅ)

 独りのときには夕方五時前には飲まないことに決めていると先日書いたばかりである。昼酒は酩酊する。回りが早いからか、飲む時間が長くなって結果的に飲みすぎるからなのかも知れないが酩酊する。美味くないというわけではない。むしろ美味いからいけない。

 

 むかしは会社の連中や友人達と泊まりで出かけると朝酒をすることがあった。たいてい前日の飲みすぎの迎え酒になる。前日の酒がもう一度生き返って僅かの酒で好い気持になる。しかしわたしは朝酒が好きではない。朝酒だけはどうしても美味いと思えない。

 

 卯酒というのはその朝酒のことで、中国の古いことばである。斗酒なお辞せず、と云うが、昔の酒はアルコール度数が低く、いまのビール程度だった。三世紀頃の中国の1斗は約二リットルほど。まあビールの大瓶三本程度だからなにほどのことはない。だが迎え酒に五斗の酒、などという文章も残っているから、そら恐ろしい。

 

 杜甫も李白も白楽天もみな酒飲みで、しばしば朝から飲んでいる。卯酒である。日本では小原庄助さんが朝寝朝酒をして身上(しんしょう)を潰しているが、いま朝酒を好んで飲むのはアル中の人くらいになったのではないか。なにしろ酒を飲んで運転することは出来ないのであるから、朝酒を飲んでしまえばその日はハンドルを握ることが出来ない。

 

 いまは遠出するときは車で出かけることがほとんどである。しかしあと五年ほどしたら車は手放して、列車やバスの旅にしようかと考えている。七十代半ばでの車の放棄は少し早いかも知れないし、不自由なことも増えるだろうが、なによりも移動は人任せだからビールを飲もうが酒を飲もうが自由である。それはそれで楽しみでないこともない。
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思い出すままに

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 何度目かの山本夏彦の『かいつまんで言う』と『つかぬことを言う』(ともに中公文庫)を読了した。面白い文章を引用したいところだが、どうもひとりよがりになりすぎている気もするので今回は控える。代わりにいままで読んできたエッセイ、随筆について、たぶん洩れている方が多いと思うが、思い出すままに書いてみたい。

 

 まず孤狸庵先生こと遠藤周作、そして敬愛する開高健、河盛好蔵、伊丹十三、永六輔、青木雨彦、半村良、江國滋、團伊玖磨、諸井薫。この辺の人たちは高校時代から二十代にかけて夢中で読んだ。まだパソコンはゲームマシンでしかなかった頃で、ワープロの専用機を買い、キーボードに慣れるために團伊玖磨の『パイプのけむり』をひたすら打ちこんでプリントアウトした。両親が本の字が細かすぎて読むのがつらくなってきたというので、大きな字にプリントしたものをせっせと持っていった。本を一冊全部打ちこむ頃にはだいぶ早く打てるようになった。その当時から私はローマ字変換ではなく仮名漢字変換である。

 

 そして江國滋に教えられたのが内田百閒。旺文社文庫の旧漢字旧仮名遣いの全39巻を揃えた。そのあと福武書店(現ベネッセ)の現代仮名遣いのものも大半を揃えてある。江國滋の内田百閒の死について書いた敬愛と哀切にみちた短文は忘れられない。

 

 それから山口瞳、そして本好きの叔父が大好きな高橋義孝(息子に義孝と名付けたほど好きなのだ)などに親しんだ。山口瞳は高橋義孝を「先生」と呼んで敬愛した。そして山本夏彦に出会った。私には山本夏彦は内田百閒と同格の存在である。

 

 しばしば名前を挙げる中国の明末、清初の張岱(ちょうたい)との出会いも私にとって忘れがたいものだ。彼の『陶庵夢憶(とうあんむおく)』は繰り返し読む愛読書だ。中国に関連すれば、奥野信太郎の随筆も外せない。さらに井波律子の中国関係の随筆はいつの間にかたくさん本棚に並んでいる(いまもその中の一冊を読んでいる)。

 

 そして好きな作家の随筆は小説以上に読んでいるかもしれない。いまは永井荷風の随筆集、安岡章太郎の随筆集、志賀直哉の随筆集、そして泉鏡花の随筆集をぽつりぽつりと開いてたのしんでいる。つい最近は、芥川龍之介の随筆集を読んだ。

 

 随筆は読みやすいので読み飛ばしがちだが、実は優れた随筆は繰り返し読み、その著者に親しみ、それが書かれた時代や背景を知るにしたがって面白さも増し、その中身の濃さにおおきく影響を受けるようになるものだ。だから気に入ったものは繰り返し繰り返し読む。もう手を広げるのは無理なのに、読んだ随筆にとりあげられた本が読みたくなる。手に入れたくなる。名随筆家が薦める本だもの、よい本にきまっているのである。

 

 若いときに戻りたいかと聞かれれば、けっして戻りたいとは思わないのだが、愛読書をようやくより深く読めるようになり出したいま、もっと時間が欲しいという想いは強くある。
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2019年8月11日 (日)

佐藤春夫『退屈読本 上』(富山房百科文庫)

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 若いときに『退屈文庫 下』を購入して読んでいる。初版が昭和53年、買ったのは第二刷で昭和58年のものだ。探したけれど本屋には下巻しかなくて、上巻をいつか見つけてあとで読もうと思っていてそのままになっていた。

 

 今回は永井荷風の評論に関連して佐藤春夫の本を読みたくなり、この『退屈読本』を読み直すことにして上巻を取り寄せた。むかしと違って簡単に、しかもすぐ手に入るのは大変ありがたい。新刊を購入したので、こちらは2010年の第八刷である。巻頭に解題として丸谷才一が文章を寄せている。文体もテーマもさまざまで、しかも長短の著しく異なる文章が収められている(もともと一冊の単行本として出版されたもので、合わせて102編、上巻だけだと46編)が、それは一件無造作に、そしてランダムに列べられているようで、実はその配列には佐藤春夫が工夫を凝らしているのだという。

 

 ここに収められているのはすべて大正時代に書かれて発表されたものばかり、小説以外の文章がほとんど網羅されているという。佐藤春夫は1892年生まれで1964年に死去している。大正時代(1912-1926)と云えば彼がまだ若かったころのことだ。読んでいくに従い、佐藤春夫という作家の美意識、性格、文才などが見えてくる。

 

 私には評論を語るほどの能力などないから、ただ感じたままを云えば、彼は感性鋭敏に思ったままを文章にする。批評した相手に対する斟酌はあまりしない。良いと思ったものは良いと好い、気に入らないところはずばりと指摘する。それが自分の勘違いであれば素直に謝る。きびしい批評に悪意はないのである。悪意はないが斟酌のない言葉は時に相手を傷つける。恨みに思うひともあるだろう。それを積極的に修復しようとする気持は佐藤春夫にはない。あまり文壇で徒党を組んだりするタイプではなかったようだ。

 

 一度こじれた仲を修復しないから互いにわだかまりが昂じてしまう。この『退屈読本』の中にいくつもの評論があるが、ひとによっては恨みをもつものもあるだろうと想像する。それがなにかを考えてみた。本質的に他人をリスペクトするということのあまりない人なのかも知れないと感じた。同じ厳しい言葉にも、相手に対する敬意が根底にあれば、受け入れられることも多いものだ。

 

 佐藤春夫自身はどんなに厳しく批評されても是々非々でびくともしないひとだと思われる。悪いと指摘されても納得できればなるほどありがとうと云い、褒められれば素直に喜ぶのではないか。

 

 私にとって、この『退屈読本』はいまだから読める本であるようだ。下巻だけ読んだときには、いったいなにを読んでいたのか、まったく記憶にない。意味などわからずに字面を追っていただけだったのだろう。この本を読んで、ようやく彼の『小説永井荷風伝 他三篇』を読み通すことが出来た。永井荷風を論ずる佐藤春夫を通して永井荷風像の一面を知り、それをもって佐藤春夫という作家の一面を知った気がする。その本のことは近々ブログに書くつもりだ。

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盆休み

 自分は一年中休みであるが、若い人はそうではない。現役中は私だってそうだったのだからとは思うけれど、無為徒食にいささか申し訳ない気持がないこともない。その現役の人たちも長い盆休みに入ったようでめでたいことである。

 

 その盆休みで息子が広島から帰ってくる。どん姫もたぶんそれに合わせて帰って来るだろう。散らかり放題で掃除も不十分のわが家を、多少は片付けなければと思いながら思うばかりであった。そろそろ本気で掃除を始めなければ。

 

 こどもたちが帰って来れば酒盛りである。どんな酒と肴を用意するのか、それも考えなくてはならない。そろそろスイッチを入れないと間に合わない。
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2019年8月10日 (土)

映画寸評(6)

『リミット・オブ・アサシン』2017年アメリカ・中国
最近お気に入りのイーサン・ホークが凄腕の暗殺者を演じる。組織に翻弄され、理不尽にも妻子を殺された主人公が一日だけ与えられた命を燃やし尽くして組織に復讐するという物語り。復讐談は面白い。見る値打ちあり。エンドクレジットのあとにちょっと好いシーンがチラリとあるのでお見逃し無く。

 

『東京喰種 トーキョーグール』2017年日本
窪田正孝、千眼美子、蒼井優、大泉洋などなかなか魅力的なキャストなのだが、ただのグロテスクな血まみれ映画である。血まみれシーンを見るだけで楽しい人にお薦め。私はあまりのひどさにげんなりした。大泉洋も信じられない役柄を演じている。演じて楽しかっただろうか。怪演というほどでもないし。お薦めしない。

 

『世界侵略 ワシントン決戦』2018年アメリカ
エイリアンがワシントンを襲いかろうじてヘリで生き延びた大統領を民間人の主人公たちが助けてエイリアンを倒すという物語り。エイリアンは強いのだか弱いのだか、賢いのか馬鹿なのか皆目わからない。主人公の都合に合わせてくれているらしい。ただのおバカ映画だが、珍しく途中で寝ないで最後まで見た。といって薦めるような映画ではない。
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風呂で読む

 独りのときは、五時前には酒を飲まないと決めている。たいてい五時少し前からつまみを用意し始めて、遅くとも五時半頃には一杯飲み始める。せっかちなのでゆったりと飲むことが出来ないから、ふつうはあっという間に晩酌が終わる。後を引くときはたいてい飲みすぎる。

 

 晩七時のニュースを見て、スポーツコーナーになったらテレビを切り、風呂に入る。最初に体を洗ったら、あとは持ち込んだ本を風呂の中で読む。これは毎日ではないが、リタイアしたあとの習慣になっている。温泉に湯治に出たときにもこれをやりたいところだが、さすがに他のひとのいるところでこれをしたことはない。

 

 うっかり湯のなかに本を落としたことはこの十年で二回だけだ。そのままにすると頁が貼り付いてしまうので、あわてて取りあげて頁を開きながら乾かしたが、かなりごわごわになった。重い本のあいだに挟んである程度かたちは戻っている。一冊は岩波文庫の拡大版の『陶庵夢憶』と云う本で、これは繰り返し読んでいる愛読書だ。水をかぶった本はそのまま風呂用にして、外へ持って出かける時用に新しい本も買ってあるのでこの本は二冊ある。

 

 風呂で本を読む時間は一時間ほど。電気温水器の風呂で追い炊きする風呂ではないので、次第にぬるくなるから熱い湯を足しながら入っている。文庫本や新書なら百頁は読める。昨晩は佐藤春夫の『小説永井荷風伝 他三篇』(岩波文庫)を読んだ。いろいろ思うことがあって、いつもよりはかがいかなかったが、楽しめた。読了するには少なくとももう一日かかるだろう。江藤淳の荷風に関する本、そして奥野信太郎の荷風に関する本、そして川本三郎の荷風に関する本を読み比べていると、新しい発見があり、もう一度それらの本も読み返したくなってくる。  

 

 体重を量ると風呂に入る前と出るときでたいてい1キロ以上減っている。汗をかいて水分が落ちただけではあるが、なんとなくうれしい。脂肪分も少し落ちてくれないかなあ。

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2019年8月 9日 (金)

祥月命日

 本日は母の祥月命日。墓参りに行くべきとは思いながら、心の中だけで手を合わせている。月遅れくらいに千葉の弟の家を訪ねながら墓参りしようと考えている。

 

 父や母が亡くなったとき、年齢も年齢であったから、あまり悲しいとも思わなかった。それが時を経るごとに自分の子どもの頃のことなどを思い出すことが多くなり、当然その時代の父や母や兄弟のことも思い出す。理窟なしに、ただ一生懸命生きていたなあ、と思ったりする。父と母はもういないのだなあ、としみじみと思う。
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芸術ではない

 前回「芸術」という表題で、デュシャンの「泉」という作品があること、そしてそれが芸術であるとされたこと、さらにそれに続く多くの作品が生み出されたことでで、すでに芸術の枠は破られていることを書いた。岩波の国語辞典の「芸術」・・・文藝・絵画・彫刻・音楽など、独特の表現様式によって美を創作・表現する活動、またはその作品・・・などという説明は現代美術にとって意味をなさなくなっている。どんな表現でも表現した本人が「芸術」だと云えば本人がそう思っているということを否定することはできないことになった。ただそれを他者が芸術と見るかどうかは別である。なるほど芸術だ、と感心する者なきにしもあらず、であるが。

 

 だから今回の「愛知トリエンナーレ2019」の慰安婦像展示について芸術論争をしても空しい。そもそも芸術とはなにかについての認識がまるで違うのだから。

 

 しかしそれでは芸術の意味が拡散してしまって意味をなさなくなる。公衆の面前で性行為をして見せて、これが芸術だ、と主張されても、当人がそうだというのだからそうだと認識する者だっているだろう。そうなると、そんなものは芸術ではない、というある枠がおのずから必要になってくる。公序良俗という枠だったり、良識という枠だったりさまざまなものがあるだろう。

 

 今回の問題になっている展示コーナーは「愛知トリエンナーレ2019」のほんの一部で、そのコーナーは「表現の不自由展」と名付けられている。さよう、芸術表現とは不自由なものなのである。最大の不自由は、表現したい者の思いがそのまま伝わるものではないことにこそある。伝えるための表現力、そのための技術が必要で、それを欠いては意味が無い。これほど自由でないことがあろうか。

 

 韓国の主張する慰安婦を表すとされる慰安婦像を着色して芸術作品だと主張する。その慰安婦像は原型を元に商売でつぎつぎに複製されたものである。幾らかの代価をもって購入したものであろう。それを展示すること、昭和天皇の肖像写真を燃やしてみせる行為も含めてそれらを芸術だというのなら、韓国は芸術花盛りの国なのだなあ、と思ったりしている。津田大介とか云う、私から見れば、売名行為をしているとしか思えない男がこれをもってマスコミから消え去ると好いなあとも思っている。彼にはそもそも表現したいさせたいなどという気持があったように(私には)見えない。ただ話題になることを狙っただけではないのか。

 

 政治的主張は芸術ではない。もし芸術なら国会は芸術か。選挙運動は芸術か。マスコミのように騒ぎを面白がって、これを混同して論じているとわけがわからなくなる。芸術ではないものを芸術展から除外することになんの問題があろうか、と私は思っている。
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2019年8月 8日 (木)

映画寸評(5)

久しぶりに映画の話

 

『パスト&フューチャー 未来への警告』2018年スペイン映画 
 ある24時間営業の店で、突然現れた暴漢により主人公の友人が銃撃を受けて意識不明の重体になる。主人公は数学者で精神疾患を抱えているのだが、その事件と同様の事件が過去にもその店で起こっているという事実を知り、詳しく調べ始める。やがてある間隔で同じ日に同じ場所で極めて類似した状況の下、ひとが死んでいることを突き止める。

 

 並行して、ある少年の日常が描かれていく。無関係に見えた少年は次第にその日に引き寄せられていく。運命にひとは逆らえないのか。主人公は必死でその輪廻を打ち切るために奔走するのだが、回りに理解されない。そしてその運命の日がやって来たとき、主人公は自分でも予想外の行動に出る。少年は救われるのか。主人公はどうなるのか。なかなか面白い作品だった。

 

『クリミナル・タウン』2017年アメリカ映画
クロエ・グレース・モリッツが出るから期待したけれど、なんだが感情移入出来ない恋愛映画で、途中まで見て観るのをやめた。

 

『ヴァンプス VAMPS』2017年ロシア映画
ロシア製の吸血鬼映画。お粗末と云うほどではないが、催眠効果の高い映画で、途中寝てしまった。ラストの戦いのところで目覚めたので結末を見ることだけは出来た。
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影響を受ける

 世のなかには人並み外れて能力の高いひとがいる。スポーツなどでも、この記録はもう塗り替えられることはないだろうというものをやすやすと越える人が必ずあらわれる。そういう人が現れると、つぎつぎに優秀なひとが続いて現れたりする。長く沈滞していた水泳界も、ある時期から大きく開いていた世界との差を縮め、ついにそれを超えるものが現れると、それにつぎつぎに続くものが現れる。テニスや野球にもそれを見る。水泳なら北島康介など、またプロ野球なら野茂英雄など、テニスなら云うまでもない。

 

 とてもかなわない、この壁は越えられない、と思われていたものを楽々乗り越えてみせることで他のひとに、やれば出来ることを教えてくれる。そういう人たちは回りに大きな影響を与えてくれたのである。

 

 読了した『芥川龍之介随筆集』や佐藤春夫の『退屈読本・上(下巻はこれから)』のなかに、若いころからの交遊録がさまざまに語られている。そこには名の知られた人たちがきら星の如くいる。たまたま優れた人たちが集まったのだろうか。漱石山房に訪れる俊秀たちはもともと優れた人たちばかりだったのか。

 

 ひとは高みを望みながら、自分の限界を低くおいて自らの非才を嘆く。優れたひとを羨んだり妬んだりする。なまけ心に負けている自分を自分で非難しているのである。ところがそんな限界など限界ではないんだ、と思わせてくれるひとに出会うことがある。真に優れたひとは回りにそういう影響を与える。俊秀が集まっているように見えるのは、そういう影響を与える存在がいるか、又は互いに影響し合っているからであろう。

 

 そのようなひとに出会うのはしあわせである。出来てあたりまえだよ、と云うひとに出会うと、自分には出来ないと思い込んでいたことが出来るようになったりする。そのための努力が苦難ではなくあたりまえのことのように感じられる。気がつくと自分の壁を越えている。

 

 そんな夢みたいなことが起こるのだろうと思う。私は残念ながらそういう機会を逸し続けて生きてきてしまったらしいことにようやく気がつかされた。世の中には素晴らしいひとがいる。そういう影響を与えてくれるひとを「師」というのだと思う。内田樹老師によれば、「師」は必ずしもずばぬけて優れていなくてもよいのだとまで云う。「師」によって自分の枠を超えるきっかけになりさえすれば、そういう影響を受けられる存在であれば、それは「師」なのだという。

 

 そうだとすれば、すでに「師」はそこら中にいたのである。私は「師」に出あわなかったのではなくて見逃していただけなのである。「私淑」ということばがある。直接教えを受けられなくてもその人を尊敬し、慕い、その人に学ぶことを云う。本棚に「師」は満ちている。影響を与えられるのではなく、受け取ろうとすることで影響を受けることが出来ることにいまごろ気がついた。
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2019年8月 7日 (水)

捨てる

 年齢も年齢であり、そろそろ使わないものは処分するべき頃合いか。そう思いながら思い入れがあるから捨てられないものがたくさんある。一度にすべてを片付けるのはさすがに無理である。なにもしたくないのになにかしなければと思うようなときにはこの作業をするのが好い。

 

 今日はカメラ関係の大処分を敢行した。フィルムカメラが三台、古いデジタルカメラを二台、それに関連するもので現在愛用している二台のデジタル一眼に転用できないものは目をつぶって廃棄した。

 

 カメラとの出会いは、歳の一番近い叔父に買ってもらったコーワの子ども向けのフィルムカメラだった。特別なフィルム(ベスタ版)を使用するカメラでレンズは単焦点、露出は晴れと曇りの二段階しかなかった。それでもそのカメラのお陰で忘れられない写真を残すことが出来た。写真の値打ちは時間という衣をまとっている。

 

 そのあと新しいカメラを買うからといって蛇腹式のカメラを歳の離れた従兄弟からもらった。これはセミ判というブローニーフィルムを6×4.5センチで写し撮るカメラだった。これは大阪万博にもっていった。このときに一眼レフカメラが欲しくてたまらなかったが、弟との万博の費用に消えた。このカメラでもずいぶんたくさん撮った。

 

 そのあとバイトなどをしてミノルタの一眼レフを購入した。大学では部活もがんばったけれど、週末に時間と若干の金があればひとりまたは友人と連れ立って、あちこち出かけては写真を撮った。バイクで出かけるグループに写真班として加わって後ろに乗せてもらって東北中を見て回ることが出来たのはさいわいだった。私自身はバイクに乗れないしバイクを買う金も無い。寮には写真同好会があってささやかに現像引き延ばしが出来る設備もあったので、すべて自分でプリントした。

 

 それらをスクラップブックに貼ってキャプションをつけて寮で回覧した。けっこう人気があった。十数冊のスクラップブックが納戸の棚に並んでいる。いま思えばブログの写真を公開するのに似ていないことはない。残っている大量のフィルムはたいていデジタルスキャンして取り込んであるので、今も見ることが出来る。

 

 それらのフィルム写真を撮ったカメラをすべて処分した。なんだか脱力感のようなものが残っているけれど、肩の荷が下りたような不思議な安らぎもある。
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訪問

 独りで暮らして、さまざまなことを考えているとひとりよがりになる。とはいえ京都アニメーションに放火して多数を焼殺したような極端な妄想におちいる懸念はないという自信はあるが、時々は偏りを自覚する必要がある。そのためだけではないが月に一度か二度くらい、相手の都合も顧みず友人知人と会うことにしている。

 

 都合を顧みず、というけれど、いちおう連絡はする。

 

最近、明治大正の時代に書かれた本を読むことが多い。当時は各家庭に電話があるわけではないから、相手の都合を確認するのが難しかった。だから訪問の多くは不意のものである。突然訪れて、相手が時間がとれればよし、いなかったり都合が悪ければ引き返すのを互いになんとも思わなかったようだ。さすがに目上のひとに対しては誰かを介して都合を聞くことが多く、そのときは目上のひとから手紙で自分の都合を知らせてくる。

 

 そういえば私の子どもの頃も、客と云えば不意にやってくるものだった。私が子どもだったからではなく、母も不意の客にあわてていたから事前の連絡は無かったのだろう。北海道の伯父(父の兄)も数年に一度やって来たが、事前の連絡は無かったらしい。いなかったらどうしたのだろう。しかしそもそも家族で不在であることは稀だった。その希にぶつかったらあきらめたのだ。

 

 父がそのような不意の客の訪問を突然、朝になって予言するから母は気味悪がったのだ。もちろん外れることもあるけれどあたることが多かった。どうしてわかるのか聞いたら、そう思ったからだとだけこたえた。

 

 現代は不意の客は迷惑である。不意に人を訪ねるのは失礼である。子ども通しでさえその日に遊びに行くのに連絡をするという。

 

 連絡の方法が手軽になったから不意の訪問がなくなったというのはそうかも知れないが、不意の訪問があたりまえの時代のおおらかさになんとなくあこがれる。
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2019年8月 6日 (火)

芥川龍之介の諧謔味

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『芥川龍之介随筆集』をようやく読了した。注釈を入れて六百頁弱の本で、少しずつ楽しんで読み進めていたのだが、本というのは半分を過ぎると勢いがついてスイスイと読み進められるようになるものだ。ところが、エンターテインメント本は別にして、最後の五十頁、時に三十頁くらいになると、なんだか読み終わるのが惜しくなって、しばらく読むのをやめることがある。

 

 読了してしまうと、しばらくまたその本を開くことはないわけで、それが残念なのである。

 

 芥川龍之介に『上海游記』という紀行文がある。後は『上海游記/江南游記』という講談社学術文庫に収められていて、好きな本で読みやすいのでお薦めなのだが、この上海への船旅でのエピソードがこの随筆集に収められている。短いので全文を引用する。

 

『船長』(『澄江堂雑記』より)

 

 ぼくは上海へ渡る途中、筑後丸の船長と話をした。政友会の横暴とか、ロイド・ジョオジの「正義」とかそんなことばかり話したのである。その内に船長は僕の名刺を見ながら、感心したように小首を傾けた。
「アクタ川と云うのは珍しいですね。ははあ、大阪毎日新聞社、---やはりご専門は政治経済ですか?」
 僕は好い加減に返事をした。
 僕等は又少時の後、ボルシェヴィズムかなにかの話をし出した。僕は丁度その月の「中央公論」に載っていた誰かの論文を引用した。が、生憎船長は「中央公論」の読者ではなかった。
「どうも「中央公論」も好いですが、・・・」
 船長は苦々しそうに話し続けた。
「小説を余り載せるものですから、つい買い渋ってしまうのです。あれだけはやめる訳にはいかないものでしょうか?」
 僕は出来るだけ情けない顔をした。
「そうです。小説には困りますね、あれさえなければと思うのですが」
 爾来僕は船長に格別の信用を博したようである。

 

もうひとつ

 

 僕は医者に容体を聞かれた時、まだ一度も正確に僕自身の容態を話せたことはない。従って譃(うそ)をついような気ばかりしている。

 

同感である。
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暑さに慣れる?

 朝は五時頃目覚めるが、起き出すのは六時前後。夜中にエアコンは切れているので、室温は外気温に近く、28℃から29℃である。28℃なら暑いとは感じない。だんだん29℃でも特に暑いと思わなくなってきた。さすがに30℃を超えると体がじっとりするのでエアコンを入れる。

 

 座り込んでじっとしていることが多いので、だいたい室温が27~28℃になる程度に設定していれば、快適である。昨年くらいまでは室温が26℃になるように設定していたし、28℃の室温なら暑いと思っていた。

 

 体温の平熱が少し低くなっている。ずっと平熱は36.5℃くらいだったのに、最近は36℃をかすかに超える程度である。最初は体温計がおかしいのかと思ったが、二つある体温計のどちらで測っても同じなので体温が下がっているのだろう。しばらく前から手足が冷えやすいのはそのせいか。

 

 暑さに慣れたのか、それとも加齢によって暑さを感じにくくなったのか。どうも後者であるような気がする。だんだん温度計を見て暑さを知るようにしなければならなくなりつつあるらしい。

 

 そう書いていたらじわりと暑さを感じはじめた。温度計はちょうど30℃を示している。そろそろエアコンを入れることにしようか。
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2019年8月 5日 (月)

芸術

 子どもの時から本が好きだったが、手持ちの本は少ないし、そうそう買ってももらえなかったから図書館に入り浸るようになった。小学校の図書館はおもしろそうなものは殆ど読み尽くしてしまい、歩いて十分足らずの市の図書館に行くようになった。吉川英治などを読んだし、中国の話などの少しわかりやすく抄訳した本を探しだして読んだ。図書館のどこにどんな本が並んでいるのか、どういう分類法で配架されているかひとりでに覚えた。

 

 中学校の図書館は小学校よりだいぶマシだったが、これもおもしろそうなものはすぐに読み尽くし、そこで見るようになったのが美術全集だ。まさに思春期の少年にとって魅惑的な裸体画が満載のその全集に魅了された。繰り返し見ているうちに次第に画家の名前を覚え、有名な絵を覚え、絵画の時代による変遷を覚え、覚えるごとに興味も増していった。裸体画が取り立てて興味の中心ではなくなった。

 

 1970年の大阪万博には、開業直後の三月二十日から弟と行って延べ三日ほど入場したが、そのうちほとんど半日以上は万博美術館にいた。弟は飽きてしまったので、別の展示館を歩いていた。私は大学一年から二年になるところ、弟は高校生になるところで、春休みに合わせてやって来たのだ。金は毎年もらうお年玉を貯めておいたものでまかなった。

 

 美術全集でしか見たことのない、実物の絵や彫刻を見た感動は忘れられない。そしてそのときに見た現代美術に特に感銘を受けた。そのあと、なけなしの金で『現代の美術』という全十二巻の全集を一冊ずつ揃えた。いまでも私の宝物で、眠れない夜などに開いて眺める。

 

 そのなかにデュシャンの『泉』という作品の写真が収録されている。マルセル・デュシャンはフランスの芸術家で、この『泉』という作品は渡米して発表したもので、実物はふつうの男性便器である。レディ・メイドのオブジェを作品として発表するという行為に美術界は震撼した。

 

 デュシャンは既存の芸術というものの枠を破壊したかったのだという。実際それ以後、あたりまえに使用される日常品をさまざまなかたちで作品とする作家が続出した。もちろん二番煎じにならないためのそれぞれの作家の主張が込められた作品だけが評価され、残されている。

 

 芸術や芸能は人間の情念の沸き立つばかりのエネルギーの発露であり表現である。しかしそれは過去さまざまな制約のなかにあった。その制約という壁を突き崩さなければ芸術は立ちゆかなくなるとデュシャンは考え、それに多くの芸術家が賛同したのだ。それ以後現代芸術は(美術界ばかりでなく)なじみのない人には混沌の世界に見えているかも知れない。

 

 そういう意味で津田大介氏が慰安婦像を『愛知トリエンナーレ2019』で展示したことは、芸術なのかどうか。彼にあふれる情念のエネルギーがあって、慰安婦像を展示することでそれを表現しようとしたのかどうか。私にはそうは思えない。ただの話題を呼ぶための売名行為だったとしか思えないのだが、私は芸術がわかっていないのだろうか。そんなものまでわからなければならないなら、いっそわからなくてもかまわない。

 

 いま美術品の一部は金の余った金持ちたちの投機の対象になってオークションを行うと想定価格の十倍百倍の値がつくことがあるという。その真価が評価されているのではなくて、希少性や知名度で評価され、作家のこめた情念などそっちのけである。たぶん『泉』の男性便器も実在すれば法外な値段で売り買いされることだろう。なにをか言わんやである。
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解るということ

 岩波文庫の『芥川龍之介随筆集』(石割透編)を拾い読みしている。衒気(げんき・他人に自分の才能などを見せびらかしたがる気もち)があっていささか鼻につくところもないではないが、もともと芥川龍之介は好きだから、おおむね読んでいて楽しい。それに短文が多いので読みやすいのもありがたい。

 

ちょっと好いなと思ったもの、『雑筆』としてまとめられたものの一文、『理解』を引用する。

 

 一時は放蕩さえ働けば、一かど芸術がわかるように思い上った連中がある。この頃は道義と宗教とを談ずれば、芭蕉もレオナルド・ダ・ヴィンチも一呑みに呑み込み顔をする連中がある。ヴィンチは兎も角も、芭蕉さえ一通り偉さがわかるようになるのは、やはり相当の苦労を積まねばならぬ。ことによると末世の我々には、死身に思いを潜めた後でも、まだ会得されない芭蕉の偉さが残っているかも知れぬ位だ。ジアン・クリストフの中に、クリストフと同じようにベエトオフェンがわかると思っている俗物を書いた一節がある。わかると云う事は世間が考える程、無造作に出来る事ではない。何ごとも芸道に志したからはわかった上にもわかろうとする心がけが肝腎なようだ。さもないと野孤に堕してしまう。偶(たまたま)電気と文藝所載の諸家の芭蕉論の中に、一、二孟浪(まんらん・とりとめのないこと、おろそかなこと)杜撰(ずさん)の説を見出した故、不平のあまり書きとどめる。

 

 道義と宗教を談ずれば・・・とは、当時、倉田百三の『出家とその弟子』、賀川豊彦『死線を越えて』、吉田弦二郎『芭蕉』などの作品が大ベストセラーになっていた風潮を指している。

 

 解ると云う事にはいくつもの階層(レベル)があり、解れば解る程解らなくなると云う状態を乗り越えていかなければ高みに至る事は出来ない。つまり自分は解ってはいないのだ、という事を解らないと高みには至らないのである。低レベルで解ったつもりでいる者に芥川龍之介は苦言を呈したのであろう。
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2019年8月 4日 (日)

国柄の違い

 韓国の文在寅大統領が日本に対して激しく非難した言葉のあまりにも品性下劣であることに唖然とした。北朝鮮などからもしばしばあのような下劣な言葉が発せられるが、それは北朝鮮のメディアなどが発する言葉であって、一国の代表が語っているものではない。さすがに金正恩もあそこまでの悪口雑言は語らない。

 

 悪口の豊穣さこそ文化の豊かさの表れだというけれど、その豊かな文化をもつ者は同時に言葉を選ぶことが出来る者であって、そこにおのずからの品位は表れる。

 

 もし安倍首相が韓国に向かって似たような悪口雑言を並べたてたら、日本国民はそれに唱和するどころか安倍首相こそを非難してその座から引きずり下ろすだろう。自国の代表としてふさわしくないと考えるからである。

 

 韓国では文在寅に対する批判が聞かれないどころか、「よく言ってのけた」と喝采を浴びていると云うが本当だろうか。それならあまりに日本とは国柄が違いすぎるというべきで、互いに理解が出来にくいのは当然かと絶望的になる。韓国大統領の言葉の数々が国そのものの品位を貶めていると気がつかない国民だとはさすがに私は思っていないのだが・・・。

 

いまはしばらく韓国の燃え上がる火を対岸で眺めながら、その火がどう燃え広がるのか、それとも鎮火するのか、しばらく見守ることにしよう。いまとなってはなにか即効性のある手立てがあるとは思えない。韓国の国民が、いったい自分はなにに対してこんなに怒っているのだろう、と考える日が来るのに期待するしかない。ただ怒っていたところでなにも解決しないらしい、と気がつけばさいわいなのだが。
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想像力の著しい欠如

 本題とは関係ないが、昨晩、長岡の花火をテレビで見て、その圧倒的な迫力に感動した。今年は音をいつも以上に大きくさせてサラウンドで聴いたので格別だった。花火はあの腹に響く音があってこそである。ゲストにこの花火大会に毎年参加しているという、私が大好きな平原綾香がいたのも花を添えていた。感激屋の彼女にこちらも引き込まれていく。花火が腹だけでなく胸にも響いた。解説があまりうるさくないのもよかった。

 

さて本題
「愛知トリエンナーレ2019」という芸術祭が愛知県で行われている。愛知県と名古屋市が協賛しているこの芸術祭に、各地の美術館が展示を拒否した作品を集めて展示するという、「表現の不自由展・その後」という企画展があり、この展示作品の中にあの韓国の慰安婦少女像があった。マスコミの話題を呼ぼうという展示意図が見え見えのものである。芸術監督として企画したのは、あのテレビのコメンテーターとして時々登場する金髪の津田大介というひとである。

 

 当然のことに抗議が殺到し、津田大介氏は「抗議が殺到すること、脅迫があるだろうことは想定していた、現実のリスクが大きいものが出てきたら中止せざるを得ないと思っていた」と述べて「表現の不自由展・その後」の展示を中止した。

 

 「公立の美術館や行政の文化事業でも、細かく内容を確認することはすべきではない」と語っているのは誰あろう津田大介氏である。しかし今回の騒ぎがもとで、これから「このような展示について美術館や行政が細かく内容を確認すること」を余儀なくされることになるだろう。そういう管理的圧力と彼は戦っていこうとしながらそれを引き出す役割を担ったことになる。香港の当局の弾圧を引き出す役割を演じた一部暴徒の役割を、津田大介氏は演じたことになっていることを認識しているのだろうか。

 

 おりしも日韓関係は悪化の一途をたどり、日本人は韓国に対して言いようのない不快感を感じながらも韓国に対して、また韓国人に対して感情的にならないように自制しているように見える。そんなときに慰安婦像を展示してみせるというのは、反発を招き、騒ぎを招く行為であることを彼は「想定していた」という。それなら確信的なアジテーター(扇動家)ではないか。最も唾棄すべき人間である。売名行為のために騒ぎを大きくして「想定していた」というのだから。

 

 今回の「愛知トリエンナーレ2019」の主催者の電話の回線は抗議の電話でパンクし、電話を受けた人への罵倒脅迫はすさまじいものだったという。こういう、点火されればスイッチの入ってしまう人が世の中に少なからずいるのである。そうしてスイッチの点火役を意図的に行った当の津田大介氏が、「その想定が甘かったという批判は甘んじて受ける」と語るにおよんでは、そのあまりの無責任さに言葉を失う。
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2019年8月 3日 (土)

新撰組

『新撰組血風録』という、司馬遼太郎の小説を原作としたNHKの時代劇ドラマがあって、それがBSで再放送されている。一度見ているのに見始めたらずっとやめられずに全12回を最後まで見ることになりそうだ。新撰組をドラマや映画にするときには最初の局長であったもと水戸浪士の芹沢鴨を誰が演じるのか、それに興味がある。

 

 この『新撰組血風録』では芹沢鴨を演じた豊原功補がはまり役である。こういう屈折した役を演じたらこの人は絶品である。大河ドラマの『新撰組』では佐藤浩市が熱演していて迫力満点だったけれど、この豊原功補の芹沢鴨の方が私は上だと思う。

 

 新撰組というと北関東の親友との縁で歴女の方と一度酒を飲んだことがあって、彼女は特に新撰組にとても詳しいと聞いた。次の機会があるなら芹沢鴨について、そして私の気になる清河八郎について教えてもらいたいところだ。清河八郎は浪士隊の結成にかかわり、それが新撰組の母体となったのであるから、関係があるのだ。

 

 ところで話はガラリと変わるが、れいわ新撰組という政党があって、「そもそも保守である自民と対峙する姿勢を打ち出しながら、どうして新撰組という、ときの幕府政権のためにテロリズムを行った組織の名前をつけたのか」という質問があった。それに対して「維新」という革新ととれる旗印を掲げながら保守に与する党があるのだから、好いではないかと回答したと報じられていた。

 

 それが回答になっているか、彼らがなにをしようとしているのか、いまのところ特に興味はない。そもそも山本太郎という人間にはあまり興味はないし、その底の浅さに辟易していて嫌いである。

 

 問題は新撰組が「テロリスト」だという決めつけに誰もおかしな話だという言及がないことに、私は首をかしげているのである。当時の京都で暗殺というテロリズムを繰り返していたのは攘夷派であり、勤皇派である。そのテロリズムを阻止するために京都市中警護にあたったのが新撰組なのであって、「新撰組はテロリストで」などと言う言葉はとんでもない間違いなのに、それが嘲笑の的にもならず、問題視もされないことに開いた口がふさがらないのである。

 

 いかに歴史のイロハも知らない無知な人間が政治を語っているか、それにちょっとぞっとした。
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強者の仁

 若いころ、犬山の兄貴分の人が「強い方が折れて世の中は丸く収まるのだ」と教えてくれた。強者が譲るのを仁というらしい。そのことは先日書いた。ところで犬山の兄貴分の人にしばらく会っていないけれど、元気にしているだろうか。過敏なくらい節制する人だから大丈夫だとは思うが、自分から連絡することのない人だから分からない。

 

 その言葉を念頭に置けば、日本が韓国への貿易優遇措置を中止したことは仁にもとるということになるのだろうか。

 

 大方の日本人から見れば、戦後は贖罪の意味で、その後は朝鮮戦争で多くの死傷者を出し、国土が荒廃し、疲労困憊した韓国に対して、先に経済復興を成し遂げた国として、日本は強者の仁を実践してきたと認識している。

 

 強者の仁をことさらに言い立てるのは正しいふるまいとはいえない。だから日本は恩着せがましいことは韓国に対して言っていないと思う。ところが韓国は当初の日本の贖罪のふるまいを永遠のものと勘違いし続け、自国の利のために日本の過去をひたすら非難し続けた。あろうことか歴史を捏造してまで非難することで日本から譲歩を引き出し続けた。それを助長することが贖罪につながる正義だと勘違いした某朝日新聞は、捏造記事を公然と掲げて韓国の勘違いをさらにエスカレートさせることに寄与した。捏造を認めて謝罪しながら、同時にその行為は正義の行いだったと強弁したことは忘れられない。

 

 そしてあろうことか最近の韓国は、日本の譲歩が不十分だとして、互いの国で約束したことまで反故にし、またしようとしている。

 

 ついに日本はその韓国に、強者の仁を見せることを中止した。それは日本がすでに強者などではないことの証左でもある。そのことは韓国こそが承知していることではないか。だから韓国は強国ではなくなった日本に対して傍若無人になってきた。恐れるものなどなくなったと思ったのである。

 

 ある意味で、皮肉なことだが、今回の日本の措置によって初めて韓国と日本は対等になったということかもしれない。

 

 蛇足で言えば、アメリカが譲歩を放棄するというふるまいにおよんでいるのは、すでにアメリカが強国ではなくなりつつあることのアメリカ国民の不安の表れかと思う。まだまだ圧倒的な強国ではあるが、精神の根底からすでにアメリカはその座を滑り降りつつあるということなのだろう。二十一世紀は仁のない世界なのか。そもそもこの世に仁などというものはないのか。
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2019年8月 2日 (金)

「冷静に」と言いながら「大変だ大変だ」と騒ぐ

 テレビのニュースバラエティ番組を見ていると、日本政府が韓国のホワイト国扱いを閣議決定で中止を決めたことを報じながら、互いに冷静になって欲しいというゲストのコメンテーターの言葉を伝えている。

 

 韓国からの観光客が減って日本も困っている、とか、日韓の民間レベルの交流がこんなふうにつぎつぎに取りやめになっていると報じている。韓国の日本が好きだという若い知り合いに問い合わせると、いま日本向けの費用が安くなっているから是非日本に行きたいけれど、何を言われるか分からないからとてもいける雰囲気ではないなどという話が紹介されていた。つまり「冷静に」と言いながら、「大変だ大変だ」と騒いでいるのである。

 

 いったい民間レベルの日韓交流を一方的に中止しているのは誰なのか。すべて韓国側からである。その人たちがもし日本に来ても、日本人からなにも不愉快な思いをさせられることはないだろうと信ずる。しかし韓国では日本に行こうとする韓国人にすら白い目を向けて身の危険すら感じるのであれば、日本から韓国へ行くことに日本人が不安を感じるのは当然だろう。

 

 そういう意味で、東北のある高校が毎年修学旅行に言っている韓国旅行を中止したのは万一のことを考慮した当然の決定だろう。ところがそれをテレビでは交流中止が日韓相互で生じている、と同一に論じていた。おかしな論調である。

 

 ここまでは昼過ぎに書いた。このあと韓国の文在寅政権が日本の措置に対してコメントを発表するというのでそれを見てから追記するつもりだ。さらに夜には日米韓の外相会議があるというが、そちらはあまり新たな進展があるとも思えないので、もし何か画期的な話が生じたら明日また考えることにしよう。

 

 午後の会見表明で文在寅大統領は、今回の事態のすべての責任は日本にあるとして日本を非難した。相変わらず強気に終始しているようだが、こんな言い方をしてヒートアップしている韓国国民には喝采を浴びるだろうが、このままでは韓国という国に良いわけがないのに、自らはしごを外したかたちにしておいて、いったい文在寅大統領は事態を打開する気があるのかどうか。

 

 日韓を離反させようという北朝鮮の意を受けた確信的な行動なのだとみる見方もあるようだが、どうもこの人にはそれほどの深慮遠謀があるように見えない。ただ無能無策の愚かな大統領であるようだ。結果的に北朝鮮を利することになればそれでもよいと思っているのだろうが、もし北朝鮮リードで半島が統一されたときに彼の功績は評価されることはなく、真っ先に粛清されるにちがいない。それは歴史が教えてくれることだ。

 

 ところで金慶珠女史がテレビで持論を語っていたが、そのことだけでも日本は胸を張っても良い。彼女は日本にいるから身の危険を感じることなく韓国の立場に立ってものを言うことが出来る。これが韓国で日本の識者が日本の立場に立って日本の言い分を語ったら、たぶん彼ないし彼女は襲われるか卵かトマトくらいは投げつけられるだろうことが想像される。その実例として産経新聞のソウル支局長の受けた仕打ちを思い出せば分かるだろう。それは韓国では正義の行動なのである。
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感傷的になる

 昨夕は気分が高揚していて、いつもの定量の酒を飲んだあと、一口飲んだワインで勢いがついてしまい深酒して酩酊してしまった。近頃少し感情に霞がかかったようだったのが、酔いの勢いでクリアになった気がした。

 

 飲みながら、録画していたクラシック倶楽部の番組から、三人ほどのピアノリサイタルを聴いた。音量を少し大きめにしてピアノの音場のなかに浸った。そのうちのアリス・紗良・オットという女性のピアニストの演奏に心が震えた。

 

 演目は、サティの小品がいくつか、そしてラヴェルの『夜のガスパール』さらに『亡き王女のためのパヴァーヌ』。サティのメロディーは好きなのだが、どちらかというと静かで繊細なものが多い。今回は酔いにまかせて音量を上げて聴いたら、その曲の素晴らしさがいままで以上に感じられた。

 

 ラヴェルも『ボレロ』という曲にむかし出会って、初めてクラシックというのも面白いなあと思わせてくれたので、好きな作曲家である。さらに『亡き王女のためのパヴァーヌ』は平原綾香の『クラシックス』というアルバムで聴いてその哀調になじみがある。

 

 ピアニストのアリス・紗良・オットさんの魅惑的な衣装(たとえが変だが金太郎の腹掛けのような肩と背中がすべて肌の見える衣装)に見とれながら、その内面からほとばしるような、あふれるような思いをピアノに注ぎ込む演奏にしびれた。

 

 私は音楽を映像化しないと感じることが出来ない音楽音痴なのだが、最近ジャズを聴き慣れて音楽を音楽としてストレートで聴くことが出来るようになったこともあり、昨晩はピアノ曲にそれを感じることが出来た。胸に響いた。理由なく感傷的な気分になった。
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2019年8月 1日 (木)

炎天下を歩く

 外気の暑さで汗腺を開いて汗をかくことをしばらくしていなかったので、日盛りに散歩してみた。ぐるりと歩いて一時間のコースを歩き始めて三十分くらいしたら汗が噴き出し始めた。それは好いのだがなんとなく頭がクラクラしてきた。

 

 あわてて近くの神社に待避して、神楽殿の縁に腰かけて一休みした。風が吹き抜けて心地良い。冷たい水を飲んで神社の樹木を見上げる。大きな烏が二羽三羽こちらを見下ろしている。

 

 いつものコースをショートカットして引き返した。無理をして熱中症になったら元も子もない。汗をかいた服を着替えてぬるめの湯にゆっくり入り、佐藤春夫の『退屈読本 上』を読む。頭を洗い、無精髭を剃ると生き返った気がした。短時間の散歩での汗かきも悪くない。そう思いながら、次にはいつ散歩することになるやら。
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膝が痛い

 膝の痛みというのは、切り傷や骨をくじいたときの痛みとは違って、なにか神経にじかに触ってしびれて力が入らないもので、我慢がしづらい不快なものだ。たまに階段を上り下りするときに痛み、それがしばらく続くがいつの間にか消えていたのだが、このごろは継続的に痛む。肥満という大きな負荷を膝にかけ続けたことによるものだとは承知しているが、別に理由もある。

 

 二十年ほど前に屈託することがあって深酒をしばしばした。酩酊して暗い夜道でうっかり側溝に左脚を踏み込み、そればかりか膝をひねってしまった。嫌な音がして激痛が走った。たまたまなにかの工事で側溝の蓋が取り外されていたのに気がつかなかったのだ。

 

 一週間ほど松葉杖を使う羽目になった。歳と共にその古傷が痛むことがあるのだ。身から出た錆とはいえ、根本的に治ることはなさそうだ。ふつうに歩くのには差し支えはないが、階段がつらいことがある。平気なときもある。特に登るときに痛むことが多い。段差によっても違う。膝の角度によってなにかに触るようだ。冷えると痛むということはなく、夏でも痛むときは痛む。

 

 一時膝や腰によいという薬を飲んだりしたが、その効果はよく分からなかったし、糖尿病の薬などいろいろ飲まされているのでいまはその薬はやめている。一生この痛みとはつき合い続けなければならないようだ。妹も膝が痛くて階段が上り下りできないと言っていたが、リハビリでだいぶ楽になったそうだ。一度どんなことをしたのか聞いてみることにしようか。
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