« 千日酒 | トップページ | 井波律子『中国文学の愉しき世界』(岩波書店) »

2019年8月14日 (水)

佐藤春夫『小説永井荷風伝 他三篇』(岩波文庫)

Dsc_0307

 表題の『小説永井荷風伝』はこの本のメインで、荷風の死んだ1959年の翌年である1960年に単行本として出版されているから、死後すぐに書かれたものだ。あえて『小説』とされているのは評論でありながら佐藤春夫の目で見て感じたこと、そこから事実確認なしに想像したことが含まれている、という意味があるのであろう。荷風が死んでしまって、当人に確認が取れないことが多いのはもちろんである。

 

 三田(慶応義塾)で教授と学生という間柄であったから、佐藤春夫は永井荷風を師と呼ぶ。荷風が三田で教授になったのはアメリカとフランスに長期滞在して帰朝してすぐのことである。奥野信太郎はその荷風に教えを受けたくて三田に入学したのだが、荷風はすでに退任していた。

 

 佐藤春夫はその後、永井荷風に目をかけられ、人に会うことを極度に嫌って閉ざされていた偏奇館にも自由に出入りしていたが、あることから不興を買い、交際が遠のいてしまう。あること、というのは荷風を喰いモノにするために近づいた二人の男が原因で起きた。その存在が荷風の晩年に暗い影を落とすのを佐藤春夫は遠目に見ていた。

 

 荷風が好色であることは自他共に認めるところだが、その点についての佐藤春夫の目は冷ややかだ。彼には生理的に永井荷風の好色が受け入れかねたのではないか。作家として、そして詩人としての荷風を比類無き偉大な存在として認めながら、そこになんとなくリスペクトが感じられない気がするのはそのせいではないか。

 

 荷風の作品に対する佐藤春夫の評価はたぶん的確だろうと思う。佐藤春夫はたぶん人並み優れた秀才であるからだ。素養も豊かである。しかし私にはそこに微妙に足りないものを感じてしまう。それはなんとなく肌合いがあわないと感じるからだが、それは出来すぎる人の、他人に対する冷たさを見ているのかも知れない。あくまで私の感じである。

 

 荷風がその佐藤春夫によって裸にされているような思いがした。

 

 永井荷風は独居老人として孤独死した。みすぼらしい暮らしをしながら数千万円の現金が残されていたという。死のまくらもとには荷風が生涯敬愛した森鴎外の『渋江抽斎』が開かれていた。

 

 その葬儀に友人と荷風宅にやって来た佐藤春夫はKが葬儀を取り仕切っているのを見て眉をひそめる。佐藤春夫は友人と二人、出棺の見送りもせずにそうそうに荷風宅をあとにした。Kとは誰か、想像はつくが、そのことが佐藤春夫の荷風論よりも新人の江藤淳の荷風論が優れている、という文壇の集まりでの評価につながったのではないか、などと想像している。

 

 他三篇のうちの二篇は戦後すぐに書かれたもので、戦時中に空襲で焼け出された永井荷風が戦火の中を逃げまどい、疎開した岡山や明石でも戦火に遭っていた中でも文筆活動を続けていて、戦時下で発表できなかった作品が矢継ぎ早に発表され、一世を風靡していた時代の永井荷風について書かれたものだ。『最近の永井荷風』は写真のイメージの文章で、一瞬を起点に過去と現在を見通している。『永井荷風』はそのすぐあとに発表された文字通り戦後の時点での永井荷風についての評論である。

 

 私の好みで言えば『永井荷風』という文章が一番素直に読めた。

ポチッとよろしく!

 

« 千日酒 | トップページ | 井波律子『中国文学の愉しき世界』(岩波書店) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 千日酒 | トップページ | 井波律子『中国文学の愉しき世界』(岩波書店) »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ

ウェブページ