2023年2月 9日 (木)

鈍いのは

 誰もができているらしいから私も自分でできると思ったことが出来なかったりする。人にお願いして手伝ってもらうと、すいすいと片付いたりしてたいへんありがたいとともに自分にガッカリする。

 

 自分のあり得ないような間違いに気づいて愕然とする。相手に迷惑をかけていることに気がつく。即座に謝罪して訂正するしかないのに、その行動が鈍い。自分の間違いを受け入れるのに時間が必要になっている。

 

 いずれも自分の衰えであることは明らかだが、それがなかなか納得できない。そういうことがぽつりぽつりとつづいて、それをひとつひとつ片付けている。

 

 来週ひさしぶりに千葉の弟のところに行こうかと思っている。妹にも会うつもりだ。ついでに都合が合えば年上の友人にも三年ぶりくらいで会う。話したいことが山のようにあるようで、さて何を話そうかと思うと自分自身の記憶は空漠としている。いつものように娘に留守を頼まなければならない。

2023年2月 8日 (水)

お裾分け

 先日の新酒会で飲んだ絞りたての酒を瓶詰めして密栓したもの(アルコール度数20度)を何人かに発送依頼しておいた。以前参加したことがあるが遠方に転居して参加できなくなった人、今回参加を自重した友人、その他の友人、兄貴分のひとや弟、息子などに送った。

 

「着いたよ」という知らせが電話やメールで次々に届いた。楽しかった新酒会、美味しかった絞りたてのお酒の、ほんの気持ちばかりのお裾分けである。喜んでもらえればこれ以上に嬉しいことはない。そういう送り先があるということが、何よりありがたいことだと思う。

 

 それぞれの顔を思い浮かべながら、なるべく早めにそれぞれの人に会いに行きたいと思った。人生何があるか分からない。これからなんべん会えるか分からないのである。

言葉と文字

 戦後、現代仮名遣いや旧漢字から現代の漢字への変換の中で、さまざまな論争があった。極端なものではすべてローマ字にしてしまえだの、日本語をやめてフランス語を国の言葉にしてしまえ、などというのが本気で主張されたりもした。フランス語に、というのが敬愛する志賀直哉の主張で、そればかりはどうにも賛同しかねる。

 

 私は旧仮名遣い旧漢字の文章でも、多少は手間ではあっても書かれた当時の雰囲気を読み取るにはそのほうが良いと思う。内田百閒の随筆集は、旧漢字旧仮名遣いのもの(旺文社文庫版)と新漢字新仮名遣いのもの(福武文庫、現ベネッセ)のものの両方を持っているが、断然旺文社版の方がよい。

 

 文字や言葉は意志を伝えたり、知識の伝達のための道具である、というのは間違いのない事実ではあるが、私はそれだけではないという考えであって、そのことを臼井吉見が国語教育問題の論点のポイントであると書いているのを読んで強く共感した。

 

 では道具を越える何かとはなんだろう。言霊などと言う言葉もあるが、それはさておき、言葉や文字には歴史と文化が離れがたく張り付いているものだと思う。戦後の国語改革の中にその意識が不足していたか、または歴史そのものを否定する意識が強く働きすぎたのか、大事なものが失われた気がしてならない。それでもお隣の韓国のように漢字を使用禁止にしてすべてハングル文字表記にするというほどのことはなかったことをさいわいとしなければならないのだろう。

 

 お粗末な文章を書いていながらいうのも恥ずかしいが、いまの日本語の変化は、私の感性から見ていささかついて行けないという思いがしている。グループ内だけで通用する言葉の氾濫は、退廃の臭いがする。キラキラネームというのもその亜種かと思うがちがうのだろうか。

2023年2月 7日 (火)

唐木順三『小倉時代の森鴎外』

 唐木順三という人が若いときから気になっていたが、ほとんど著作を読まずにいた。文芸評論家としても評価されているが、私には思想家、哲学者的な側面が強く意識されていたからだ。

 

 その唐木順三が、いま少しずつ読み進めている臼井吉見の同郷の友人(唐木順三が一年先輩)であることを知り、一度は著作を読みたいと思った。さいわい手持ちの小学館の『昭和文学全集』に保田與重郎や山崎正和とともに同じ巻に収められている。その冒頭の小文が今回読んだ『小倉時代の森鴎外』である。

 

 小倉時代の森鴎外については、NHKの『英雄の選択』で取り上げられていて、鴎外のある意味で脱皮のきっかけだったという指摘に納得するものがあった。そして若い時に読んだ松本清張の芥川賞受賞作の『或る「小倉日記」伝』を読み直していっそうその感を強くした。失われつつある森鴎外の足跡を、戦時中であり、かつ身体が不自由な身の上の主人公が訪ね歩く姿は、ほぼ松本清張そのものの姿でもあっただろう。

 

 唐木順三のこの小文は、調べられるだけの森鴎外の文章を渉猟し、それを眼光紙背に徹する読み方で小倉時代の森鴎外の心境を読み取ったものだ。唐木順三は現地には行っていないと思う。そうして森鴎外が小倉時代を経て変わったことについてもその後の作品などから言及しているが、鴎外自身がどうして心境の変化をしたのか、それがどんなきっかけによるものかについては、明確には示されていないように感じた。それは森鴎外自身がそのときにはそこまで自覚していなかったかもしれないし、自覚していても書かなかったのかもしれない。ときにはそれは本人ではなく、他者の目が必要なのかもしれない。

 

 同じ巻に山崎正和の『鴎外・闘ふ家長(抜粋)』も収められていて食指が動くが、長文であり、あとにすることにした。森鴎外という巨星の周りを回り出すときりがない。そういえば森鴎外の出身地の津和野は大好きなところで、しばらく訪ねていないからまた行きたくなった。

がれき

 トルコ南東部の地震の被害の映像を見ている。数年前にトルコに行ったから、ことさら気にかかる。トルコは日本と同様地震の多い国で、しばしば大きな被害が出る。遺跡をいくつか廻ったが、そこが倒壊して廃墟になっているのは、自然災害もあり、人為的な破壊もあるようだった。

 

 がれきの山といえば東日本大震災の後、津波被害のあった地区に何度も行った。震災の前に久慈や宮古の田老町、魹(とど)ヶ崎近くの民宿、牡鹿半島の金華山を望む民宿などを何度か訪ねている。震災後に訪ねて無事だったところもあったが、ほとんどはがれきの山か、跡形もないという状態で言葉を失った。

 

 自然はときに人間の幸不幸など斟酌なくこういう破壊行為をしてのける。人間の営為を無にすることに何か必然性でもあるのか、などと考えてしまうから、人は神という存在を考えついたのかもしれない。

 

 それにしても自然災害によるがれきの山と、ロシアのミサイルで破壊されたウクライナのがれきの山がそっくりに見えるのはどうしたことか。プーチンは、破壊する、という行為を神に成り代わって行っているつもりなのだろうか。もちろんそんな自覚などないだろう。するしかないことをしているというつもりであろうか。

 

 人間は自然による破壊から再び立ち直り、存続拡大繁栄してきた。ときに自らを破壊して荒廃を産み出してもそこから立ち直ってきた。壊しては作る、という繰り返しこそ人類の歴史といえるだろう。

 

 それは永遠にくりかえされる営為なのか、いつか終わりの来ることなのか。

2023年2月 6日 (月)

待たされる

 泌尿器科の診察は午後二時の予定。検尿の結果を見て診察があるから、早めに行って昼過ぎに検尿を済ませる。この先生はたいてい診察開始が遅れる。多少は覚悟していたのに、なんと診察開始は三時半を過ぎていた。本を読んで時間を潰していたが、一時間半ほどで読み飽きた。別の本も持ってくればよかった。

 

 遅れてすみませんのひとこともなく、三分ほどで診察終わり。棲みついた耐性菌が相変わらず残留していること、糖がいつも以上に検出されていることを告げられる(これは理由が明らか)。過労や高い発熱のあるような疾患にかからないように注意するよう言われる。棲み着いた菌が活性化して、暴れて辛いこと(排尿痛、排尿困難など)になるからだ。よく分かっている。

 

 夕方になったので、薬局がすいていてすぐ用事が済んだ。今しがた我が家に帰着。帰り道は不思議なほど足取りが軽かった。膝の痛みがほとんどなくなっている。疲れが回復したのだろう。病院の往復で五千歩弱。これくらいはなるべく歩くようにしないといけない。今晩は節制しようか、ちょっとだけ飲むことにしようか。

油が切れたみたいに

 一昨日の新酒会で、少し長い距離を歩いたり長時間立っていたりしたので、膝が痛くなった。立ち上がるときなどは気合いを入れないといけない。昨日は休養に努めたけれど、まだ膝のちょうつがいは油が切れたみたいにギシギシ言っている。

 

 それにしてもひさしぶり友人たちに会ったのでかなり興奮状態になり、よくしゃべった。それはもちろん私だけではないけれど。

 

 今日は午後から泌尿器科の検診日で、病院まで20分歩いて行く。運動不足の日々だから、この程度歩くのは却って膝にも好いかもしれない。医師の指導通り、水分を余分に摂るように努力し、たまったら我慢せずにすぐ排泄する習慣にしているので、今のところ棲みついた耐性菌の暴れている様子はなく、問題ないと思う。

2023年2月 5日 (日)

『臼井吉見集3』

 暮れに読みかけだった全集全五巻の第三巻であるこの本を、もう一度引っ張り出してようやく読了した。編集者で文芸評論家である臼井吉見は、ライフワークである大河小説『安曇野』を書いている。五千枚あまりのこの小説は登場人物が数百人という膨大な数であり、なおかつそれぞれが脇役ではないという書き方になっているそうだ。そのことがいろいろな形でこの本に記されている。

 

 その『安曇野』の箱入り本の古本全五巻が手にはいりそうなのだけれど、取り寄せるかどうか迷っている。手に入れても必ず読むかどうか分からない。あの中村屋の相馬黒光を軸にした実名実在の人物群が展開するこの小説には、碌山荻原守衛ももちろん登場するようだ。読んでみたいけれど、他に読む予定の本が山ほどあるのだ。

 

 ところで臼井吉見が明治38年生まれであることを初めて認識した。活躍したのが戦後なので、私の父よりも年上だったとは知らなかった。戦争時代というものが、その時代に生きていた人たちの貴重な長い時間をずいぶんと食い潰すことになったのだということを改めて思った。それは父がしばしば言っていたことであるが、再三の招集で自分には青春時代といえるものがあまりなかったと言っていた。臼井吉見もまさに同じようであったようだ。

 

 だから天皇制というものについてずいぶん辛口であるし、天皇の戦争責任ということも、左翼的な立場からではなく、指弾している。そして戦後左翼が最も誤ったのは、戦争で死んだ兵士達を慰霊することを否定することで、日本の戦争責任を兵士達に負わせた形にしたことだと主張する。そうして彼らは本当の意味の戦争の責任を自らに問うことをしなかった。

 

 左翼こそまず第一に戦争で死んだ人たちを率先して慰霊すれば、このような靖国問題など起きなかったという指摘には私も同意する。こんな左翼では戦争で死んだ人たちは浮かばれない。 

 

 この巻は社会評論的な文章が多いが、次の第四巻は教育論と文芸論のようだ。

昨日の新酒会

昨日は私を入れて友人たちと四人で新酒会に行った。昨年も新酒会はあったようだが、この二年間はコロナ禍の渦中でもあり、自重してパスしていたので、新酒会も友人に会うのもひさしぶりである。

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名古屋駅のこの金の時計の下で待ち合わせ。このあとたちまちひしめくほど人が増えた。私は背が高いので、目印になる。駅ビルの地下街の高島屋でつまみを買う。今回はひとくち餃子、ニラ饅頭、春巻き、はも天、ネギ天、タマネギ天などを購入。

名鉄電車で30分、そして駅から30分以上歩く。風もなく、快晴で温かく快適な散歩である。いつもなら早めに受け付けてくれるのに、今回はほとんど予定時刻通りで、立って列んで待つのに膝が痛くなった。

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以前は搾った酒をひしゃくで汲んでもらう方式だったが、今回は絞りたての瓶詰めからプラスチックのコップに注いでもらう。参加料500円。

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これが社長。少し歳をとった。一度に二杯ずつもらっていたが列が長くて待つ時間が長いから、最後は一度に四杯ずつもらった。こぼさないようにするのがたいへんだ。美味しい酒をこぼすようなら飲み過ぎである。絞りたて以外にも、いろいろな酒の試飲ができるし、甘酒もある。

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四人で場所を確保して座り込んだ場所。みんな酒をもらいに行っている。シートや皿は幹事の私が用意したもの。帰り道は酩酊がつづいていて、ちょっとだけまっすぐ歩くけなくなっていたが、無事駅までたどり着く。

いつもなら名古屋駅で二次会に行くのだが、みな自重してそこで解散した。最高に楽しかった。

2023年2月 4日 (土)

先生

 とくにかわいげのない子供だったとも思わないが、どういうわけか小学生のときに先生にひどく嫌われたらしいことがあった。はじめは小学校の一年生二年生のときの担任の先生で、通信簿が思いのほか悪いのでガッカリした。テストの点数は悪くはないのである。親は教科の評価については笑っていたが、操行の評価が息子の実際とちがいすぎるのには首を傾げた。遅刻もせず忘れものもしないし、人をいじめる子供でもない。

 

 先生の家へ手土産を持って訪問し、それとなく尋ねると、分かっているのに手を上げない、教えていない漢字を使う、授業中に窓の外を見ていることがよくある、などと少し腹立たしそうに言ったそうだ。そういえば窓の外を眺めているときに指されることがよくあった。よそ見をしていても授業は聞いていたから、訊かれたことに答えられなかったことはない。そういうことがどうも憎たらしい小生意気な子供に見えたらしい。通信簿はようやく二年生の終わりごろに一つか二つ4をつけてもらえるようになった。 

 

 三年生になっての担任は女の先生で、とてもやさしくてきちんと評価をしてくれた。今でも憧れの女性のひとりとして思い出すことがある。

 

 四年生に担任になった男の先生にもどういうわけか嫌われた。体育のときに跳び箱で失敗して勢い余って砂場に顔から突っ込んで口中を切り、血だらけになったことがある。そのときにその教師は級友達と一緒に笑っていた。ひとりで保健室に行ったら、病院へ連れて行かれた。血だらけの体操服で帰った私をみて親は驚いて、ひとことの連絡もない教師に腹をたてていた。だからといって学校に抗議などはしていない。ふつうに食事できるようになるまで、一週間以上かかった。この先生の私に対する評価も低かった。

 

 五年と六年の先生は大学出たての新米先生で、組合活動にも熱心な、元気で一生懸命の先生だった。この先生には嫌われなかったし、家に一人で泊めてもらったこともある。先生の実家は農家で、農家に泊まったのは初めてだった。小学校のクラス会はもちろんこの先生を中心に行われる。三年から四年に一度クラス会はつづいていたが、私が転居をくりかえしたので案内も届かなくなり、ほとんど参加しなかった。

 

 旧友のひとりが教師になり、私の父も教師だったので同じ中学に努めて私の消息を知ったらしい。実家に同窓会の案内が行くようになり、親からはいけるなら参加しろ、といわれた。二度ほど名古屋からわざわざ行ったけれど、どうも居所がないような気がした。それでも先生は喜んでくれて、きちんと年賀状のやりとりをするようになった。

 

 その先生に今年も年賀状を出したら、訃報が返ってきた。十歳あまりしかちがわないはずで、突然のことで驚いた。クラス会はどうなるのだろう。

合久必分

『三国志演技』の冒頭の言葉なので、詳しい人ならご存じかもしれない。

 

分久必合
 分かるること久しければ必ず合し、
合久必分
 合すること久しければ必ず分かる

 

 (そもそも天下の大勢は)分裂が長ければ必ず統一され、統一が長ければ必ず分裂するものである。

 

 直近の中国共産党王朝が成立したのは1949年、それから現在までが長いのか短いのか。いつかは分裂するにちがいないと思い、それがもうすぐでその兆しがあるのではないか、などと中国のニュースに耳をそばだてている。

 

 分裂には内部要因が大きく関わり、たいていは「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対的に腐敗する」という理由によるものが多いが、そのことをよく知る習近平は「腐敗撲滅」を旗印に権力維持を図っている。三国志の時代を生んだ後漢王朝のように、弱体化はしていないようだ。

 

 中国ウォッチャーの富坂聡氏などは、実際に腐敗は激減し、貧困はかなり減少したと評価している。周辺国にとって脅威である中国の強大化はいつまでつづくのだろうか。どうも中国の停滞や衰退よりはるかに早くアメリカの方が劣化しそうで、同盟国の日本としては気がかりだ。というよりそのアメリカよりもずっと日本の方が劣化しているかもしれない。ただ、日本は分裂するには小さすぎるからおさまっているけれど。

 本日はひさしぶりの新酒会(蔵開き)で友人たちと酒蔵に集う。三年ぶりに会う友もいる。みな年とっただろうなあ。お互い様だけれど。

2023年2月 3日 (金)

黄な粉御飯

 黄な粉餅が好きで、ときどき食べる。オーブントースターで焼いた餅を水にくぐらせて、黄な粉をまぶす。市販の黄な粉にたっぷりの砂糖、そこにひとつまみの塩を加えると、どんぶり一杯の黄な粉ができる。今回はひとつまみの塩をつい余分にしたために、塩味が隠し味ではなくてはっきりわかる黄な粉になってしまった。

 

 雑煮用の餅の一袋の半分は黄な粉餅用に使ってとっくに食べ尽くし、新たに買った一袋も昨日で食べ尽くして、黄な粉だけが少し残った。残った黄な粉に合わせてまた餅を買うのもキリがない気がして、思いついたのが黄な粉御飯である。

 

 何十年ぶりだろう。子供のときにおなかがすいて、思いつきで御飯に黄な粉をかけて食べたことがある。母親がつくってくれたわけではない。美味しかった。その後ときどき食べて満足したものだ。それからどういうわけかずっと食べることがなかった。糖尿病だから、ふんだんに砂糖の入った黄な粉は好ましい食べものではないが、頭の働きに砂糖は大変大事なものでもある。この頃ボケかけた頭のために少し砂糖を補充したのだと思うことにしている。

感染率100%

 中国の情報筋の推計では、中国国民14億人のうち、すでに11億人が新型コロナに感染したということであった。各地方政府からの数字を集計したものではなく、ある地域の人口とその地域の感染者の推計から80%が感染したと判定し、それを中国全土に拡大して計算したもののようで、極めて雑で荒っぽい。

 

 ゼロコロナ規制を解除したとたんに、それまで感染者が数百人だったものが、11億人とは畏れ入る。どちらもまったく適当すぎる数字にしか見えない。政府の発表など他の国の人以上に信用していない中国人ですらびっくりだろう。

 

 ところであっという間に11億人ということがもし事実なら、たぶん感染率は100%ということなのだろうか。感染を懼れて誰とも会わずにいた人が二割くらいはいたはずで、つまり感染者と接触したら全員が必ず感染したのだということになりはしないか。

 

 インフルエンザのように、接触したら感染することもあり、感染しないこともありだろうという考えは今回の新型コロナについては間違っているのだろうか。それならここまで蔓延し尽くしたのなら、罹ることを前提に、免疫力の強化、特にワクチン接種を励行して罹っても重症化しないように備えるしかない。

 

 ところがそのワクチン接種の効果の統計がいつからかほとんど発表されなくなったのはどうしてだろうか。ワクチン接種した人、しない人の重症化率の割合比較など簡単に集計できるはずなのに、不確かな感染者数の数字だけが日々報告されている。もしかしてワクチンは有効かどうかはっきりしないなんてことはないだろうなあ。 

 

 こんなことだからまことしやかなさまざまな陰謀論が跳梁跋扈してしまうのだ。わたしだって上記のことからいくつかひねり出してみせることができそうだ。

2023年2月 2日 (木)

『つるかめ助産院』

 小川糸『つるかめ助産院』(集英社文庫)を読んだ。

 

 私は男だから妊娠、そして出産を体験することができない。それでもこの本を読むことで、少しながらその疑似体験をしたといおう。女のひとというのはすごいなあと思う。子供を宿し、生み育てるというのはすごいなあと心から思う。それにしても地球上のだれでもかれでも、その母親から生まれたのだというあたりまえのことが、ほんとうにすごいことだと思う。

 

 ある日、夫がなにもかも置いたまま失踪したことを妻は知る。人との付き合いが苦手で、夫の庇護のもとにかろうじて暮らしていた妻は途方にくれる。マリアという名前のこの妻が主人公で、彼女が人付き合いが苦手なのは彼女の哀しい生い立ちが原因なのだが、そのことは物語りを読むうちにおいおい分かって来る。

 

 彼女が夫を探すために向かったのは、以前二人で出掛けて楽しかった南の島である。そこで出会えるとも思えないけれど、とにかく何かしないではいられない。そうして島に辿り着いた彼女に声をかけてきたのが、鶴田亀子というつるかめ助産院の院長であった。マリアの様子に心配も感じたし、彼女が妊娠しているらしいことに気が付いたからであった。マリア本人はそのことを始めて知る。

 

 こうしてつるかめ助産院の人びと、そして島の人びととマリアの交流が始まる。人はみな大きな哀しみをうちに抱えてなんとかけなげに生きている。人との関わりを極端に懼れるマリアがどうやって変わっていくのか、そうして自分のなかに芽生えた命をどのように育んでいくのか、この助産院で働きながら、他人の出産や生死を見つめることで彼女は成長し、脱皮し、自分自身を見つめ直し、母親になっていく。

 

 生命について見つめ直すためにも、これから大人の女になる人はもちろん、子供なんか欲しくないという人にこそ読んでもらいたい本だと思う。つるかめ助産院がそこにあれば、この世界は本当に幸せなのにと思う。

 

 この原作の結末は、私の記憶しているドラマの結末とは違う。私はドラマの結末のほうが好きである。

近ごろ飲んだ酒

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正月から二日に四合瓶一本か、ワイン一本を飲んできた。前に飲み終えたものは資源ゴミに出してしまったので、どんな銘柄を飲んだのかもう覚えていない。かろうじて今回はこの十日ほどのあいだに飲んだものを記録に残しておこうと思う。右四本が日本酒で、左二本がワインである。

ワインはフランスワイン。まとめ買いして小さなワインセラーに入れてあったもの。私は主に白ワインを飲む。銘柄についてはよくわからない。

「鳥濱」は若狭の鳥濱酒造の純米吟醸酒。麹の香りが強い気がして悪くないが、私の好みとはいささか違う。この強い個性によって、根強いファンがいるだろうと思う。旅の土産に買ったもの。

「幻の瀧」は黒部の皇国晴(みくにはれ)酒造の純米吟醸酒。北陸の酒は全般に少し私と相性が悪い。しかしこの酒は飲みやすい酒だった。これも旅の土産で買った。

「雨後の月」は呉の相原酒造の大吟醸。精米度35%のぜいたくな酒で、息子がくれた。正月に半分飲み、残しておいて少しずつ味わっていた。最高に美味い。

「日本酒大吟醸 加」は上越の加藤酒造の大吟醸酒。上越の酒らしい少し重みのある酒で日本酒らしい日本酒。これは妹が送ってくれた五本のうちの最後の一本。

ほかに娘のどん姫が旦那と選んでくれた「浦霞 禅」など三本の大吟醸もすべて飲んでしまった。

これからは紙パックの「菊正宗」を飲む日が続くことになる。

週末には新酒会があり、友人達と絞りたての酒を飲む。お裾分けに参加しない友人や弟にも送るつもりだが、土産に一本自宅にも送ることにしようと思う。手で提げて帰ると酩酊しているので割ってしまう可能性が高いのだ。

ひとり

ひとりですごす

 

ひとりで音楽を聴く

 

ひとりでご飯を食べる

 

ひとりでお酒を飲む

 

どこへも出かけない

 

だれもこない

2023年2月 1日 (水)

『食堂かたつむり』

 小川糸『食堂かたつむり』(ポプラ文庫)を読了した。主人公の倫子はすべてを失い、その失った精神的なショックで声すら失う。マジックでカードに必要な言葉を書き、それを頼りにただひとつ残された祖母譲りのぬか床の入った壺を抱えて、手持ちの財布のお金で、けっして帰らないと心に決めていた母親のいるふるさとへ長距離バスで向かう。

 

 十五歳で家を飛び出し、さまざまな経緯を経て恋人と出会い、二人でレストランを開く夢を持って働きに働き、お金もそこそこ貯め、食器や調理道具も買いそろえていた。それら一切合切が恋人によって持ち去られてしまったのだ。ふるさとへ帰った倫子は母親の元に転がり込み、生きていくために小さな食堂を始める。食堂を立ち上げるために手伝う人たちや、一日一件だけ受け付ける客と提供される料理が書き綴られていく。人間は生きているものを料理することで生きるしかないという業のようなものをしっかりと見つめ、命のありがたさを学んでいく。クライマックスは目を背けたくなるようなシーンなのに崇高である。

 

 人間はどん底を経験することで再生する。無一物だからしがらみもなくなり、自分自身の価値を見つけ出すしかなくなる。倫子はくよくよしない。くよくよしても始まらないことを理解している。そうして彼女は自分自身になっていく。この物語はたぶん作者の小川糸自身であろう。彼女自身の生き方が倫子に投影されているのだろうと思う。なにしろ『つるかめ助産院』でも、『ツバキ文具店』でも、主人公の再生、失われた自分自身の生きる意味、価値の発見の物語だといってもいい。

 

 そしてそれを読むことで読者も生きる意味、自分自身に備わっているだろう力に気付くことができるのだ。

 

 それにしてもこの本に書かれた料理の種類はたくさんあって、詳しいレシピもつけたらそれだけで料理の本が一冊できあがるほどだ。それを味わうことを想像するだけで楽しい。

分断は進んでいるのか

 さまざまな理由によって分断は生ずる。分断のない世界は望ましいけれど、たぶんやって来ないだろう。それにしても分断のニュースは世界のあちこちから絶え間なく報道されている。原因があって分断が生じているが、その原因にはさらに遡って原因があり、それを解決するための答えは見つからない。

 

 分断はますます増加しているのか、それとも分断を報じるニュースが増えているだけなのか。分断を食い止めるためには互いが妥協するしかない。互いの主張のあいだのどこかで折り合うということでしか分断は収まらない。互いの主張を繰り返すうちに落としどころどころか、その興奮がエスカレートするばかりに見える。

 

 分断はよくない、何とかしなければならないという認識が互いにある場合にのみ宥和の可能性はあるが、自分だけが正義だという確信のなかにいると、譲るべきは相手であって、自分はけっして譲歩しないと云う事になってしまう。

 

 分断が増えているのは結果であって、自分だけが正しいと言う確信が世界をおおっていることが原因であるように見える。それでは分断はどんどん進むしかない。あちらとこちらで、八割九割の人が折り合いをつけたほうが好いと思っていても、信念の一割の人がけっして譲歩を許さないようだ。私は信念の人ではないから、どうしてこんなに意固地になって相手の非を鳴らす文言だけが飛び交う世の中になってしまったのか、そのことのもたらす未来が悲観的に見えてしかたがない。こんなことを嘆いても仕方がないのだけれど。

2023年1月31日 (火)

知りたいこと

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 中国の製造業、そして非製造業の景況感が50を越えたそうだ。つまり中国の景気が回復しているということらしい。大変けっこうなことであるが、中国の統計やアンケートは、実態というよりも、そう見せたい数字であることも多いので、ほんとうに景気が回復したのかどうかはまだ確かではない。早晩結果としてみることができるので、それを待つことにする。

 

 それよりもいま知りたいのは、春節で中国の厖大な数の人たちが地方に帰省したり移動したことによる感染拡大があったのかどうかということだ。地方は医療が脆弱であることと、高齢者が多いということから、地方に感染が拡大すればそれによる重症者、死者が増えているのかどうか、医療崩壊はあったのかどうかということだ。

 

 ほんとうのことはたぶんわからないけれど、隠そうとすればするほど明らかになるものであって、いまに知ることができるだろう。新型コロナ患者としての重症者や死者としては計上されない人たちが、たぶんたくさんいるのだろうと思う。

散歩する

少し身体を動かしてみようと思い、散歩に出掛けた。ひとまわり一時間前後の散歩コースが三種類あり、週に一度くらいは歩いていたのに、コロナ禍以来、月に一度行くかどうかというほどしか歩いていない。本日は用水沿いの公園広場へ行くコース。公園まで30分以上かかるので、途中神社に立ち寄り、お参りして拝殿の横で一休みする。

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本殿の屋根の角の飾り瓦。獅子が逆立ちしている。

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けっこう好い顔をしている。

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時代劇などでおなじみのお百度石。

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川に到着。ここは桜が並木になっていて、三月後半には満開になる。公園はずっとこの先。

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川のなかにポツンと白い鳥がいる。

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こんな魚でもいたら好いのにね。

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案外人がたくさん散歩しているのだ。向こうは名古屋。

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公園の近くの歩道橋の上から犬山方向を遠望する。微かに白い山が見える。

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西側を遠望する。この先には伊吹山があるはずの方向だ。北西の風が冷たい。まさに伊吹おろしである。

休憩も入れて一時間半ほどの散歩だった。久しぶりなので足がくたびれたし汗もかいたので、昼の風呂に入った。ぬるめの腰湯に浸かりながら、小川糸の『食堂かたつむり』を読了、続いて『つるかめ助産院』を読み始めた。

一時間ほど浸かったあとで体重をはかったら、一キロ減っていた。たぶん水分が抜けただけだろうけれど・・・。

無気力

 映画やドラマを観たけれど原作を読んでいない小川糸の『食堂かたつむり』(ポプラ文庫)と『つるかめ助産院』(集英社文庫)をアマゾンから取り寄せた。さっそく『食堂かたつむり』を読み始める。この本のことはあとで書く。

 

 昨晩寝床のなかであれこれと考えごとをしていたらなかなか寝付けなかった。それなのに四時前に目がさめてしまい、考えごとの続きがとまらない。枕元でFMの音楽を聴きながら、ついには自分の生きている意味、自分自身の存在価値なんかないのだという思いに囚われてしまった。なにもかもがいやになってしまった。夜が明けても起き上がる気がしない。どんなに気持が落ちこんでも朝になればけっこうリセットが効く方なので、ここまで落ちこむことは珍しい。

 

 気持をどう切り替えるか、いま思案中だが、なにもする意欲も湧かないのだから何かをしてみようという気持ちも起きない。しばらく気持の底でぼんやりしているしかない。生活のルーティンを見失わないようにしようとだけは思っている。

2023年1月30日 (月)

事情はあるのだろうが

 一年間のお役目なので、四月には組長を交替する。そのためには次の組長にバトンタッチする必要があり、順番の人に了解を得ないとならない。これが最後の大仕事なのである。というのが、私の次の順番の人は意固地に拒否する人だからである。

 

 昨日昼過ぎにそのお願いのためにいってインターホンで来意を告げたが、ドア越しにボソボソというばかりで私にはちっとも聞こえない。私の声が大きくなるほど相手の声は小さくなる。ようやくのことに、いまは都合が悪いから夕方来てくれと言う声が聞こえた。それなら五時すぎに再び伺いますから、と告げてその場は引き揚げた。

 

 夕方、約束通り五時すぎに再び訪問した。インターホンを二度三度鳴らしても応答がない。声をかけたが在宅なのか不在なのかまったくわからない。仕方がないので一度戻り、六時頃、再再度訪問したが、同様に沈黙しか返ってこなかった。たぶん在宅はしているが、息をひそめてあきらめるのを待っているのだろうという気配を感じた。

 

 こちらにはなんの強制力もないし、このような対応は非常識とはいえ、非常識な対応しかできない事情もあるのだろう。たぶん社会的な関わりを懼れている人であるようだ。残念だが埒があかない。用件をきちんと伝えていないので、組長を断るなら理由を明記して私のポストに投函しておくようにという手紙を書いてポストに入れておいた。どうしても順番を飛ばす場合には、理由を明記したものをもって次の人にたのみに行かないといけないルールになっている。理由を聞くことが必要なのだ。前回はなんとか理由にならない理由ながら聞くことができたが、今回は会えないのだからどうしようもない。

 

 こういう人こそ変人だといったら差別になるのだろうか。事情ぐらい教えて欲しいものだが、たぶん返事はもらえないと思う。

知識人が変人であるということについて

 前回の映画『先生と迷い猫』の紹介で、知識人はしばしば変人である、と書いた。そのことを私の考えとして受け取った人もいると思うが、必ずしもそうではないので補足しておきたい。

 

 映画の中のシーンである。暇そうな男たちがたむろしているそばを先生(イッセー尾形)が通る。誰かが先生に大きな声で挨拶の言葉を掛ける。先生は立ち止まり、叮嚀に挨拶を返す。「好い天気ですね」といわれて先生はくもり空を見上げ、しばし間を置いて首をややかしげながら「それほどでもないですね」と答える。こういうやりとりのシーンが二三度ある。

 

 先生が去ったあと「ちぇっ、格好つけやがって、ばーか」と小声で誰かがけなす。彼らは自分たちがまともな市井人で、先生は寄食の徒であると見做している。本を抱えてなにをしているやらなにを考えているのかちっともわからない変人だ、と見ているのである。

 

 そういう人たちにとって、知識人はしばしば変人なのである。どちらが正しいか、とか差別とかいう話ではない。

先生と迷い猫

『先生と迷い猫』(2015・日本)という映画を観た。主演はイッセー尾形、共演に染谷将太や岸本加世子やもたいまさこ、いまは見ることのできなくなったピエール瀧などが加わっている。

 

 冒頭から視点の低い猫の位置から猫がながながと映し出されていく。主人公の猫は特定の飼い主に属さず、あちこちを定期的に廻り、さまざまな家でさまざまな名前で呼ばれながら自由に出入りして餌をもらったりしている。先生(イッセー尾形)は元校長先生であり、知識人であり、ものの見方捉え方が町の住人たちと違うので変人と見做されている。知識人はしばしば変人である。

 

 先生は嫌いというほどではないが、猫を苦手としている。猫が好きだった妻(もたいまさこ)に先立たれ、孤独な独り暮らしをしていて、猫をみると亡き妻を思いだすのがつらいのである。そんなことは一切お構いなしに猫は上がり込んで居座り、ぷいと出て行く。

 

 前半はこんな光景が続くので、いまに先生がその猫と感情を通わせ始めて互いに幸せになるほのぼの映画かと思わせるのだが、後半はガラリと様相が変わる。猫がとつぜん姿を見せなくなることで、猫と関わっていた人たちの日常が変わる。その兆候は前半に伏線としていくつか示されているのだが、たぶん観終わっても分からないところもあるだろう。人間の闇、生きることの意味、かけがえのないものとは何かなど、さまざまな重いテーマが実はこの映画に籠められているようで、だから映画の最後はあたりまえの日常がうつされながら違った風景に見える。

2023年1月29日 (日)

サバサンド

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これがイスタンブールの街だそうだ。わびしい。モスクはタイル貼りでないとね。トルコには2019年に行った。最後の海外旅行になった。行こうと思えば行けるけれど、もうほとんど行く気はない。

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今回はここで昼食を摂ることに決めていた。サバサンドが食べたかったのだ。サバの塩焼きとタマネギ、レタスにトマトを挟んでドレッシングがたっぷり振りかけてある。美味しかったけれど、具材がこぼれるので食べにくい。

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壁に掛かっていた飾り。とてもしゃれている。こういうの好き。

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これはリトルワールド入り口の展示館の中のイスタンブールの写真。この橋の袂にサバサンドを売る舟がならんでいるのだ。屋台舟である。ボスポラス海峡クルーズもその近くから発着する。降りたら食べたかったのに食べ損なった。だからサバサンドは今度初めて食べたのである。満足した。

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コーランの講義中。トルコでも似たような展示人形を観た。

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中庭。むかしよりだいぶ薄汚れてしまった。

おまけ。

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ネパールのマニ車。

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タイの乗り合いバス。

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韓国のなんとかおじさん。忘れた。

もっといろいろあるけれど、今回はこれでお仕舞いとする。

次回は建物よりも展示館の展示物の方を主体にじっくり見たいと思う。大阪の民博には及ばないもののそこそこ素晴らしい展示物がたくさんあるのだ。私の好きな『顔』もたくさんある。

ドイツ・フランス・イタリア

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バリ島からヨーロッパへ。

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教会が絵になる。

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ドイツの飲み屋。

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今回は車だが、リトルワールドに来るときは電車とバスを乗り継いでくることが多い。それはこのドイツの飲み屋でドイツのビールとソーセージの盛り合わせを楽しむためである。

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フランスの農家。

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中庭の様子が好い。

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右手の建物でフランスのワインとチーズを買い、外のテラスでいただくのも楽しみ。

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イタリアのアルベロ・ベッロの家。

このあとアフリカやテント村などを散策したあと、昼を楽しむための目的地に向かう。

2023年1月28日 (土)

時代劇ドラマを観る

 NHKの正月の『いちげき』という時代劇ドラマをようやく観た。薩摩藩が江戸市中でテロ行為をして、幕府を挑発したのに対し、百姓を訓練して薩摩の武士を暗殺しようというたくらみがあったというドラマだ。幕府は無関係だという言い訳に利用された百姓の若者たちが促成で暗殺者に仕立て上げられ、捨て駒にされる。

 

 物語としては面白い。ドラマも悪くなかった。ただ、こういう企画をしたのが勝海舟であったとか、薩摩側の黒幕が相楽総三であるとかいう設定が残念である。私は相楽総三にはことのほか思い入れがあるのだ。それこそ相楽総三こそが西郷隆盛や岩倉具視に使い捨てにされた人なのである。

 

 池波正太郎が大好きで、ほとんどの著作は揃えていた。置くところがなくなったので、八割ほどは処分した。その池波正太郎の『まんぞくまんぞく』という小説を原作にしたドラマも観た。原作とはずいぶん違うところもあるけれど、ドラマとしては良くできていて、好い気持にさせてくれた。主人公の女剣士を石橋静河が演じていて、大変好感が持てた。昨年の大河ドラマで静御前役を演じていて、あまり美人とは思わなかったけれど、鎌倉で舞を舞うシーンが絶品で、強く印象に残った。

 

 彼女が石橋凌と原田美枝子の娘であることをあとで知った。魅力的だし存在感があるし、演技力もある。女剣士役を演じるのはとてもむつかしいものだと思う。池波正太郎ファンとして、原作を損なわないでくれて礼がいいたい気もちになれた。

幹事として連絡する

 来週、なじみの酒蔵の新酒会に友人達と集うことになっている。大阪や京都など遠方からの友人も来る。昨年と一昨年は、新酒会は実行されたらしいが、コロナ禍の最中でもあり断念したので久しぶりである。

 

 地元でもあり、私がかたちの上の幹事である。今回は参加する人、断念する人とさまざまだが、このときだけ会う人に今年は会えるのがなによりも嬉しい。友人というのはかけがえがないもので、何時でも会えると思いながらも、会わないでいればあと何回会えるのかと思ってしまう。必ず参加していたF君がいないのは何より残念だ。メールの送付先にどうしても忘れている人がいるような気がしてしまう。

 

 メールで集合時間と場所を連絡した。あとはいつも絞りたての酒を贈る人たちのリストの今年のものを作る。酒蔵の庭で絞りたてを飲むので、寒いのと風があるのはつらいから、今年が温かいことを願う。昔は平気だったのに意気地がなくなった。同時に酒も弱くなった。あたりまえだけれど・・・。

2023年1月27日 (金)

アパルーサの決闘

 西部劇映画『アパルーサの決闘』2008年アメリカを観た。監督・主演がエド・ハリス。共演がヴィゴ・モーテンセン、レニー・ゼルウィガー。西部劇映画らしい映画で、私は高い評価をしたい。もともとエド・ハリスが大好きだ。西部劇映画らしい西部劇ということは、男の価値観だけで成立している映画ということで、ここで女性の権利を主張しても始まらないが、たぶん女権主義者が観たらなんたる映画だ、と思うだろう。

 

 そういう西部で生きていく女(レニー・ゼルウィガーが好演)が、節操がないのは自然の成り行きだろう。そういう女とわかっていながら大事にし続ける男のなんとかわいらしいことか。男の都合で世界が成立しているように見えるけれどほんとうにそうか。女はしたたかで強くてどうしようもなく愛らしい。

 

 切っても切れない男の絆はあたかも同性愛に近い。そういう関係の男二人の仲は、女が関わってもびくともしない。それが何だかとても嬉しい。西部劇の人命は軽い。死ぬことについての怯えや恐怖を感じないものの方が、実は生き延びる。そのことの逆説を繰り返しいろいろな西部劇で観てきた。最後の最後での別れは必然的で、そこがとてつもなく切ない。

 

 好い映画だった。

音楽を音楽として聴けるようになった

 ここが痛い、ここが調子が悪いとつい言いたくなるものだが、のべつ幕なしではあまり相手にされなくなるから、適度であるほうが良いようだ。

 

 歳をとると回復力が衰えるようで、眼を酷使した疲れがなかなか取れなくなり、眼がかすみ、眼の奥が痛くなる。なんとなく世の中が霞んで見える。実は自分自身が霞み始めているのだろう。

 

 そういうわけで朝からクラシック音楽を聴いている。ガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』やドヴォルザークの『第八』や『第九』などを目を瞑って聴く。むかし、音楽はイメージを浮かべて聴くものだと思っていて、イメージの浮かばないものは苦手であった。音楽は音楽だから音楽としてそのまま聴くものだ、と誰かに教えられた。

 

 最近ピアノ曲を良く聴くようになって、ようやく音楽を音楽として聴く楽しさ、気持ちよさをわかるようになってきた気がする。デジタル音源のクリアな音がそういう愉しみを教えてくれている。

«或る「小倉日記」伝

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