2026年6月 8日 (月)

『夕陽の挽歌』

 1971年の西部劇映画『夕陽の挽歌』を見た。主演はウィリアム・ホールデン、共演はライアン・オニール。ウィリアム・ホールデンが好きになったのは私の西部劇ベストファイブに入る『ワイルド・バンチ』を見て以来だ。この『夕陽の挽歌』にはどことなくその『ワイルド・バンチ』のテイストがあるように感じた。逃避行とその顛末という展開は『明日に向かって撃て』でも同様だし、追う側の話を描いた映画もたくさんある。犯罪についての罪悪感が薄いのは、それだけ西部劇の描く時代がまだ順法の精神が定着していない時代だったからだろう。それに州をまたいだりすると保安官などはもう権限がないからと追えなくなるし、メキシコへ逃げれば誰も追うものがなくなる。その感覚がアメリカという国で、そのまま世界に対しても同様の感覚を残したままなのではないかと思ったりする。

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 ウィリアム・ホールデンとライアン・オニールという年の差のある男同士の友情が心にしみる。久しぶりに『ワイルド・バンチ』を見たくなった。

 

 そういえば、ウィリアム・ホールデンは孤独死したように記憶している。

 そのあと『Mr.ノーバディ』『Mr.ノーバディ2』という、普通の人のように暮らしているがじつは凄腕で、キレると超暴力的になり、組織暴力だろうがなんだろうが徹底的にやっつけてしまうという痛快映画を立て続けに見た。

皇位継承

 日教組の教育を受けて育ったので、皇室というものの権威をあまり認識できずにいる。だからいま世間で喧しい皇位継承問題に関心がほとんどない。現在の皇位継承権第一位、そして第二位については承知している。

 

 ただ、いささか気になることは、一部雑誌、特に一部女性週刊誌が、以前から「愛子天皇待望論」を繰り返し繰り返し報じていて、ネット記事を通してだけではあるが、なんと「国民の70%が愛子天皇を熱望している」などと言っているらしいことに不審を感じている。そんなに熱望している人が多いのなら、わたしの周辺でその話題が聞こえてもおかしくないが、全くその気配はない。その女性週刊誌などがいうところの国民というのは、わたしの周辺にはいないらしい。

 

 権威と権力は違うもので、皇室は権力はないけれども権威があることになっている。そんな人気投票みたいな論理で皇室を論じて、その権威を軽んじ、権威をどんどん失わせる方向に世の中を動かそうとしているように見えてしまう。権威のない皇室は存在意味を失い、なくてもいいや、と若者が思うようになるだろう。継承問題以前の問題を心配した方がいいように思う。

2026年6月 7日 (日)

体験の喜びと自己顕示欲

 いつも拝見している方のブログに、ブログを始めて十年、以前書いたような話題のブログをまた書いていることがある、という記事を見て、自分もそうだなあとこの頃思うことが多いので、共感した。その方の書いているとおり、実際にそのときそのときに感じたことを書いているのであって、それが以前書いたものと同じようであっても、それでいいと思うとしてあり、私も同様に考えていたので嬉しくなった。

 

 ときどき思い立って旅に出るのだが、だんだん同じところに出かけることが増えている。日本全国まだまだ知らないところだらけなのに、知らないところではなくて知っているところに行ってしまうのは、それだけ自分が衰えたということなのだろうと思う。海外旅行など、むかしは一人で出かけることもあったのに、いまはその気力も体力もなくなったし、ではツアーに交じってとなると、ツアーは自由がないしあれもこれも盛りだくさんでスケジュールもタイトでついて行けないと思う。ツアーはかなりハードであるから迷惑をかける。
 
 では好奇心が衰えたのかといえばそうでもなくて、少しゆったりしたスケジュールで多少贅沢な宿に泊まるようにして、テーマをある程度決めて出かけることはまだできている。だからいまは同じところでも以前よりはディープな何かを感じて帰れるように心がけている。以前は見られなかったもの、知らなかったことが、一つでも見ることができたり知ることが増えればそれが喜びとなる。それをブログに書いてみたいと思ってはいる。それが、ブログを書くためにどこかへ行くような気分を心の片隅にチラリと感じたりすることがある。そうなるとブログを書くことも出かけることも面倒くさくなってしまう。気を取り直すのに時間がかかる。

 

 ブログを書くことに自己顕示欲がないかといえば・・・ないとはいえないのであるが、少なくともそのためにブログを書いているのではないつもりである。

 

 何かで話題になったところ、有名になったところにたまたま行くと、人がごった返していて、そういうところはパスしてしまう。混んでいるところが嫌いだというのも理由だが、見ていると本当にそこを見たい、体験したいと思っているのか首をかしげることも多くて、話題になったところだから来たというだけの人が多いように感じる。それが証拠に、地元の人や周辺に迷惑をかけてひんしゅくを買っているのを見ればわかる。ここへ踏み込んだらいけないという常識を、誰かが踏み越えたのを見ると我がちにまねをする。他の人が撮れなかった写真を自分か撮ってきた、という自慢をしたいのであろう。

 

 行列をするのもわたしは嫌いだが、話題の店の前で行列してその写真を撮りあったりしているのも、その店の何かを味わいたい、楽しみたいというより、有名なところに私は行ってきた、と自慢したいだけのように見えてしまう。もちろん純粋に体験を楽しんでいる人も多いだろうが、そういう人も眉をひそめているだろう。何かにプレミアムがつくのも、楽しみたい気持ちが優先することもあるだろうが、手に入れにくいものを手に入れたのだという自慢がしたい場合も多々ありそうだ。

 

 自慢したい気持ちがあってもかまわないけれど、それがそもそもそのことを体験する喜びを見失ったまま、自慢することだけが目的になっていたら、これほどむなしいことはないと思うのだが・・・。

『おらおらでひとりいぐも』

 先日『九十歳、何がめでたい』という映画を見て、その流れで同じ高齢の女性の話の映画『おらおらでひとりいぐも』を見た。原作は同名の若竹千佐子の小説で、芥川賞を取っている。私は題名に惹かれて読んだが、読んで久しいので細部は忘れている。モノローグに溢れるこの小説をどのように映画化するのだろうと思っていたが、そのモノローグを別の人格のように、別々の俳優が演じていることをたいへんおもしろく感じた。主人公を演じるのは田中裕子、それ以外の人格を濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎、六角精児などが演じている。それが全く違和感がなく賑やかに楽しく、そして同時に高齢者のむなしさ、もどかしさを漂わせていて、なるほどこういう映画もありだな、とおもしろく見た。

 

 高齢の独り暮らしというものを哀れむ必要はない。高齢になるということはこういうことであり、誰もがそれぞれ形は違っても似たような体験をするのだ。そうしてこの世から旅立つときは「おらおらでひとりいぐも」、なのである。この言葉は宮沢賢治の、わたしの大好きな、妹の末期の様子を描いた詩、『永訣の朝』のなかにある。

2026年6月 6日 (土)

『只見川』

 曾野綾子の『只見川』という短編小説を読んだ。昭和18年、新婚わずかにして夫は徴兵され、その生死も定かならぬ何年かを過ごした小雪という女性が主人公である。シベリヤに抑留されていた夫が終戦後の昭和23年の冬、無事に帰ってくるという知らせが届く。彼女に冷たくしていた姑も亡くなって、独り暮らしだった彼女は心を浮き立たせる。そして迎えに行くために人は乗せない決まりの郵便用の雪上車に乗せてもらうことになる。そうして自分の人生、夫とのわずかな思い出、姑との心通わぬ日々などを回想していく。

 

 最後の雪の中の静かな世界が、かえって戦争というもののもたらした残酷さを際立たせる。戦争がなかったら彼らにはどういう人生があったのだろうかと思う。

 

 だいぶ昔のブログに書いたけれど、学生時代、山形県の米沢で学生時代を過ごしていたが、新聞で只見線がようやく全通したという記事を見た。そこで思い立って米沢から米坂線で新潟まで行き、信越線で新潟、新津、小出と乗り継いで只見線をはしり、当時は降りることのできた田子倉の駅で降りて田子倉ダムを見に行った。そうしてそのあとは会津若松まで出て米沢へ帰った。まさに只見川を横に見て走るのが只見線である。只見線全線が開通して一週間ほどだったと思う。そのときは10月だったが、冷たい小雨の降る日だった。あのあたりは豪雪地帯で、この小説の舞台もその豪雪の様子が描かれている。

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乗り継いだ小出駅。

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ダムの水没林。左上が田子倉駅。

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開通したというので観光客がたくさんいた。

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今も遊覧船はあるのだろうか。

金の亡者に振り回されて

 アメリカはプラグマチズムという効率主義をもって国を発展させてきたが、そのために哲学を持つことができずに、ついにはものという実態をすら見失って、金が金を生む妄想の世界に突き進んだ。金融というからくりで富を集め、デジタルという情報世界でさらに巨万の富をつかんでいるように見えるが、それはただデジタルに書き込まれた情報に過ぎない。そのアメリカを率いる男とその家族は、傍から見ているとただの金の亡者にしか過ぎず、アメリカンドリームというのはただ金持ちになることでしかないのかと思ってしまう。

 

 世界はその金の亡者に振り回されている。トランプは権力を笠に着て金儲けに狂奔し、GAFAやらイーロン・マスクやらがその富で世界を振り回しているけれど、そのどこにうらやむべきものがあるのかちっともわからない。その下品さは見ていてうんざりする。

 昨晩つい飲み過ぎて書いたもの、観念がエスカレートした。それにしてもニュースを見ていると悲観的になる。曲がりなりにも普通に暮らせていることをありがたいと思わなければならないのだけれど・・・。

2026年6月 5日 (金)

『十字架上の日本 国際連盟との訣別』

 ドキュメント昭和シリーズの第八巻『十字架上の日本 国際連盟との訣別』(角川書店)という本を読了した。昭和六十二年(1987年)に出版された古い本であるが、箱入りであり紙質の良い本なのできれいである。柳条湖(むかしは柳条溝と教わった)付近の南満州鉄道の線路爆破事件(関東軍の謀略とされている)をきっかけとして、関東軍独走の満州事変が勃発する。その件について国際連盟はリットンを代表とする事件調査団を派遣するが、その間にも関東軍は暴走を続け、日本政府はその後追い承認するばかり。さらにそれは満州国という傀儡国の設立にまで暴走していく。その顛末とその調査団の報告に基づく国際連盟の制裁決議に反発した常任理事国の日本は、連盟を自ら脱退してしまう。その顛末が写真と資料によって詳細に記されているのがこの本である。

 

 リットン調査団の調査とそれに対する日本のあしらい、そして松岡洋右の連盟脱退行動の背景がすべてつながった流れであることを改めて知った。日本が国際協調を基調にしていたのが、あるときから孤立主義に転換した時代背景や政党の顔ぶれの変化が何をもたらしたのか。この日本の姿こそ、いまの中国の姿にオーバーラップして見えてしまう。中国はこの本に描かれた時代の日本を日本の本質と捉えて批判してきたし、いまも批判しているのだが、その中国がまさにその当時の日本と似た軌跡をたどっているようにしか見えないのは不思議である。そのことに気がつくことができない中国には蓋の開いた地獄の釜が待っている、といっておこう。

 

 習近平は不安を抱えていて感情的になっているという報道もある。それは国内外の自分に対しての圧力を感じているからのように思っているのかもしれないが、その原因は自らにあるのだ。しかしもう引き返すことも修正することもできない。これは習近平もプーチンも、そして多分トランプも同じだろう。絶対権力者の宿命である。

なにごとも

 「なにごとも、なかったむかしに戻すことはできない」と私の敬する山本夏彦はいった。自動車がなかったむかし、テレビのなかったむかし、原爆がなかったむかし、インターネットが、AIがなかったむかしに戻すことはできない。

 

 世界の人がみなつながって、自由に自分の見たいものを見聞きし、そして自分の意見を言えるようにするために始められたはずのインターネットが、かえって世界中を分断させていっているように見える。AIがますます進化して、事実とフェイクの境目がわからなくなりつつある。何を信用していいのかわからなくなっている。その不信感はますます深刻化していくだろう。ひとむかし前なら、電波が自分を取り巻き、監視し、支配していると言い立てたら、統合失調症の典型的症状であると見なされたが、いまはそれが現実となりつつあるのではないか。そう思うのは私が統合失調症だからなのだろうか。

 

 人間の予測を超えてますます加速進化するデジタル世界に、これからの人間は対応しきれるのだろうか。AIを意識せずにAIを使いこなせるようになっていくのだ、といいながら、ますます使いこなすためにスキルが必要になっている気がする。とっくについて行けなくなった後期高齢者の私は立ち尽くすばかりである。

2026年6月 4日 (木)

『知性の磨き方』

 林望(はやしのぞむ・書誌学・国文学専攻、著書多数)著『知性の磨き方』(PHP新書)を久しぶりに読み直した。知的なものの見方が身につく、という惹句が添えられていて、『学問の愉しみ』、『読書の幸福』、『遊びは創造』の三章にわたってリンボウ先生の講義が展開する。初等教育から中等教育前期くらいまでは、知識を習得することが学ぶことであっても構わないが、本来学ぶ、学問をする、ということは考える方法を習得することでなければならないと先生は言う。だから大学以降では自ら学ぶ意識を持たなければ真に学ぶことにはならない、だから学問を手取り足取り教える先生は、人気はあるだろうがよくない先生であるとまで言い切る。同感である。そうして学びたいことを自ら学び、その方向や方法が間違っているときだけ修正してくれるというのがいい先生であることを自らの体験を元に説明する。

 

 現在の高等教育が効率主義、成果主義に堕していることは根本的に誤っていると批判する。「教育というものには、そもそも本質的な不能率さというものがあるんではないでしょうか」 という。私もそう思う。学問というものは倦まずたゆまず積み重ねてこそいささかなりのかたちになるものだろう。「暇あるを待ちて書を読めば、必ず書を読むの時なからん」ということわざがあるそうだ。「暇つぶしに何か勉強しようなんていう考え方じゃだめである。たいていそのまま、いま忙しいから勉強ができないということになってしまうということです」という。

 

 そもそも何かを学ぶということは、リタイアして暇だからカルチャーセンターにでも行って、先生からいろいろ教えてもらおうなどといって身につくものではない、そういうところでは知識を教えてもらっても、学ぶ方法は教えていないから考える力がつくとは思えないと、きびしいことを言っている。私の放送大学の受講もおなじかなあ。でも自分なりに知るだけではなく、すでに知っていることとの関連を考えたりしているつもりなのだけれど・・・。

 

 読書について、本は買って読め、と言う。読みたいときに読み、読み返したいときにすぐ読めて、目の前の棚にあることで何かをふたたび呼び覚ますきっかけにもなる。図書館の本ではそうはいかない。この点については私は全面的に賛成である。本は高いという人も多いけれど、その本を楽しめた時間から考えれば、ほかの娯楽より遙かに安いものだという指摘にも同意する。

 

 いろいろエッジの立ったところに引っかかる部分もあるけれど、そこが刺激的でおもしろい。みんながみんな学問したり読書したりする必要などないのだ。本が嫌いなら読まなければいい、ものを学ぶなんでいやだと思ったらしたいことをすればいい。それでも何かを学びたい、読書を愉しみたい、という人に向けて書かれたのがこの本である。だからこの本は『知性の磨き方』なんて、取りようによってはイヤミっぽい題になっているのだ。

下呂ふるさと歴史記念館

千光寺から高山市内を通らず山沿いを走り、国道四十一号線に出て南下して、地図を眺めていて見つけた、下呂にある「下呂ふるさと歴史記念館」に立ち寄った。

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なかなか立派な建物である。

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入館する前に、建物の前に縄文橋という橋があったのでいってみる。

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この先まで行ってみたが、ただ高いところから見下ろせる、というだけのことであった。

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下呂の温泉街の一部が見下ろせた。

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ここは入館無料。

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期待していた縄文土器や土偶の展示品はわずかで、これでは入館料は取れない。

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建物の奥の林が少し開かれていて、竪穴式の復元したものが何棟か置かれていた。

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前の写真の建物よりも少し大きく横長の建物の中に入って撮った写真。入り口も中も狭いので、屈んで入るのに苦労した。

下呂には「下呂温泉合掌村」という場所があり、立派な合掌住居や円空仏などを展示しているのだが、すでに三回ほど行っているのでパスし、このあと温泉にゆっくり浸かってから帰った。

2026年6月 3日 (水)

飛騨千光寺・円空仏寺宝館

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千光寺境内の中に円空仏寺宝館がある。ここには比較的に大型の木彫り像が置かれている。

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仁王門に置かれていたと思われる、吽像。大きい。阿像はかなり傷んでいる。

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金剛神と護法神。

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これが両面宿儺。円空仏は背面がないので顔が横に彫られている。迫力に気圧されてブレてしまった。

しばらく眺め続け、満足したので建物を後にした。円空好きの友人に話したらうらやましがるだろう。

宿儺(すくな)堂など

本堂のすぐ先にある宿儺堂を見に行く。

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石の宿儺像があるはずだ。

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宿儺像の表側。

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裏側。斧と刀を持っている。宿儺は両面宿儺ともいい、表と裏に顔があって手は四本ある。

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壁面上部にこんなものも架かっている。

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宿儺堂からさらに先に行くと弁天堂。

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なかなか様子のよろしいお地蔵さんなどもあった。

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これは擬宝珠という植物だったと思うが、自信がない。

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これは馬酔木かな・・・?

全く植物に無知である(植物だけじゃないけど)。

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ここがどれほど高い場所かわかるであろう。そういえば白山スーパー林道もそろそろ通行できるようになっているだろうか。

さて次にここへ来た本来の目的である『千光寺円空仏寺宝館』へ行くことにする。ここには円空の両面宿儺像があるのだ。

2026年6月 2日 (火)

飛騨国・丹生川の千光寺

 何かに気持ちが傾くと、次々に関連したものに目が行く。円空に興味が傾き、高山の北、丹生川というところの千光寺へ行くことにした(一日)。高山は名古屋からだと案外遠い。普段は国道四十一号線でトコトコ行くのだが、ナビが勧めるように東海北陸道で飛騨清見へ行き、そこから高山まで行って、丹生川の山道を登る。センターラインのないくねくね道だが、一部を除き乗用車どおしなら何とかすれ違える程度の道幅があるからそれほどストレスはない。十数年前に円空好きの友人ときたことがある場所だ。

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千光寺の駐車場から見上げると、遙かに白山の一部かと思われる山が望めた。

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千光寺の山門。

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本堂に向かう道横。

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見下ろすと仁王門がある。徒歩で登ってくる人はこの門をくぐるのだろうが、あの坂道を登るのは大変だ。そもそもこんな山の上に寺を建てることそのことが大変なことだ。後で見に行く円空仏の中に立木仁王という二メートルを超える阿像と吽像があるが、この門に収められていたものだと思う。

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この上に本堂がある。

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立派な本堂。

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会館の横にも円空像が建つ。ほんものではないのだろうが。

ここの円空仏としては両面宿儺(すくな)が有名。

それとは別に本堂の先に宿儺堂という小さな堂宇があり、そこに石造りの両面宿儺が収められているので見に行く。

『探偵マーロウ』

 リーアム・ニーソン主演の映画『探偵マーロウ』を見た。マーロウと言えばレイモンド・チャンドラーのハードボイルドの主人公、フィリップ・マーロウのことである。しかしキャラクターとしてはマーロウでありながら、この映画の原作は別の人らしい。

 

 舞台は第二次世界大戦直前のLA。風俗も含め、映像として雰囲気はよく感じられる。話が少し複雑なので、必然的にテンポが少しゆっくりしているように感じた。最後まで見れば全体が理解できるのだが、理解に手間取った。こちらの頭が鈍っているのかもしれない。ハードボイルドのハードボイルドらしさが少し物足らないが、私はリーアム・ニーソンが好きだからそれなりに楽しめた。女優名は知らないが、一人吉田羊に印象の似ている女優がいて、ついその目で見てしまって困った。

 

2026年6月 1日 (月)

高賀神社と円空記念館

帰ってから地図を見たら、洞戸の南の武芸川というところに、春日局ゆかりの場所というところがあるのを見つけた。かすがのつぼね(かすがのつぼね)も出自があまり明確ではない人物であるが、明智光秀の係累であるからだといわれていて、たぶんそのことは事実だと思う。於福という名のこの女性が徳川家光の乳母であり、家光の弟が幼少時両親の秀忠夫妻に偏愛されて、兄の家光が将軍職を継ぐことができない恐れがあったのを、於福の家康への直訴でからくも徳川三代将軍となったことはよく知られている。その後、春日局として大奥だけではなく、政権への口出しもするほどの実権を持った。明智光秀つながりで補足しておく。

さて、このときの目的地は洞戸の山中にある高賀神社(こうがじんじゃ)とそこに隣接する円空記念館である。

大きな鳥居の前に広い駐車場があって、前回はそこから少しきつい坂道を登ったのだが、上の円空記念館の下にも駐車場があることを知って、今回はそこまで車で行けたので楽であった。

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駐車場の向かいに見たことのない木が生えていた。前にもあったのだろうが気がつかなかった。後で聞いたらこれはスモークツリーという木で、赤紫色のモヤモヤしたのはその花だそうである。葉っぱも緑色ではないから目立つ。

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高賀神社。上で参拝している男女ふたりの女性の方が、大きな声で祝詞をあげていた。しばらく続いた。

 

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高賀神社由来。ここに粥川の鰻の精に関する記述がある。

その間に右手に見えている像を見に行く。この神社の由来に関わるもので、むしろ目的はこちらにある。

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藤原高光が、怪物である「さるとらへび」を退治しているところ。頭が猿で、胴体が虎、尻尾が大蛇である。

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この像の説明書き。

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長い祝詞も終わったので高賀神社に参拝し、下り階段の途中から像の後ろ姿を撮る。

向こうに見えるのが円空記念館。

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拝観料二百五十円。係のおばさんが頼まないのに丁寧に説明してくれた。円空はこの地を三回訪れていて、最後に多くのものを残している。旅に携えていた錫杖や硯の現物もここに展示されている。前回きたときは結構明るい館内だったのに、今回はとても暗くて、木造の細部がよく見えない。おばさんが手持ちのLEDライトで照らしながら一つ一つ説明してくれてありがたいのだが、こちらの眺めるリズムとは違うし、いちいち相づちを打つのにもくたびれた。それでも知らなかったことをいくつか教えてもらえた。おばさんは「こうが」ではなく「こうか」といっていたように聞こえた。とにかくこっそり写真を撮るわけに行かないし、どのみち暗すぎてストロボをたかなければ写真が撮れない。こういうところでストロボは使いたくない。

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道のそばにアザミが咲いていた。

生き延びた明智光秀

夜叉龍神社を見た後、関市の洞戸(ほらど)というところに行くことにした。そこには一度行ったことがあるが、久しぶりに見たいものがある。ナビに任せたらやたらにこまごまと道を曲がるので、どこを走っているのかわからなくなった頃、たまたま桔梗塚・明智光秀の墓という小さな看板を見つけた。そんなものがどうしてこんなところにあるだろうと思って、看板を曲がった。

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細い道に、墓ではなくて、こんな旗がいくつか立てられていた。

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突き当たりの小さな白山神社の横にこんな看板がある。本能寺の変で信長を討った後、秀吉との山崎の戦いに敗れて敗走した明智光秀は土民に討たれたとされているが、実は討たれたのは身代わりで、この地で名前を変えて生き延びたのだという。

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光秀が産湯を使った井戸。ここが光秀の生まれたところだというのだろうか。光秀はよくわからない人物なので、何でもありになってしまう。

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道印に従ってあの坂を登ってみる。

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これが明智光秀の墓。

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思いがけないものを見ることができて満足して坂を下りる。階段の深さが浅いので手すりはないが上り下りに苦労しなかった。

この地も洞戸にあたるようだが正しい地名は知らない。この後清流の板取川を横に見ながら洞戸に向かう。板取川は私の見た中で屈指の美しさであり、特に景勝の場所があるのだが、その一帯がすべて縄が張られて車が駐められないようになっていた。光寺でもするのか、それならぶち壊しだし、そこらでキャンプする不届き者をよけるためかもしれない。写真が撮れずに残念。

2026年5月31日 (日)

夜叉龍神社

過日、夜叉ヶ池にまつわる場所を訪ねたが、登山口へ登る道の入り口を見ただけでそのまま琵琶湖の方へ降りて行ってしまった。それが心残りだったので、もう一度その登山口への道を訪ねることにした。

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登山口への道をそれほど走らないで、夜叉龍神社を見つけた。

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大垣藩主が治水のために建てたものを、昭和になって再建したとある。泉鏡花の『夜叉ヶ池』では池が氾濫して一帯が水没する。

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灯籠がなかなか好い。

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社はそれほど大きなものではなかった。

この近くに郷土資料館があるが修理中らしく、囲いがしてあって入れなかった。

夜叉ヶ池の登山口まで細い山道を上れるだけ登っていって見たが、道には落石がたくさん散乱していて荒れていたので、途中で引き返した。満足というわけではないが、心残りはなくなった。

雑感

 『呑み鉄本線日本旅』は三回にわたっての五能線の旅だった。五能線に乗車したことはないが、この海岸を並行して走る国道101号線は何度か走っているし、白神山地、十二湖(もちろん青池も)を見ているし、深浦や五所川原(番組でも訪ねた立佞武多は素晴らしい)にも泊まったことがあって、ここの独特の風景は忘れられない。だからこの番組にはいつも以上に思い入れを感じた。また行きたいところだけれど、昨年行ったばかりだから少しあいだを置いてからにするつもりだ。

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 お気に入りの連続ドラマが次々に終わってしまう。フランスのミステリードラマ『アストリッドとラファエル』も終わってしまったし、心理学教授がその知識を生かして事件の謎を解く『マーサー教授の殺人事件簿』も終わってしまった。小芝風花主演の『あきない正傳 金と銀』も終わった。そうして中国の汴京(べんけい)が舞台の時代ミステリー『清明上河図』もたぶんあと二週で終わりだ。すべて続編が期待できそうな気がする。杏が主演の『BLOOD &SWEAT』(全八話)も終わった。いちどブログで取り上げて、杏の演技に疑問を呈したが、最後までそれが拭えなかったし、ストーリー自体にもリアリズムを感じることができなかった。これは海外ロケまでしたにもかかわらず失敗作だと思う。

 

 俳優に対する好き嫌いがある。誰にも好き嫌いがあるはずだが、どうしてそれほど嫌いなのだろう。役柄に対する反感が尾を引いているものもないではないが、最初からどうも苦手な人というのが多いのがふしぎだった。よく考えたら、その人が連想させる、自分の嫌いだった人の記憶が影響している場合があったりする。気がつけばなるほどそうか、と思うけれど、思い出したくないことに関連するので気がつきにくい。長く生きているとさまざまな人間関係を経験していて、その記憶の積み重ねが無意識に自分の好き嫌いに影響しているようだ。

 思い切ってちょっとドライブにでも行こうかと思案中。

2026年5月30日 (土)

『私日記7』

 今朝は朝から快晴で、少し溜まった洗濯物を洗濯をした。昨日するつもりだったが、用事もあったしあんまり風が強いから一日延ばしにしたのだ。本当なら梅雨の前の好天は出かけたいところだが、睡眠のリズムが狂っていて心身ともに重い感じで、本を読んだり囲碁ソフトとの対戦をしたりうつらうつらしたりして過ごす。そうして昼寝するから夜の眠りが浅くなるのだろう。昔買って忘れていた囲碁ソフトが出てきたのでそれと対戦している。棋力の設定を少しずつあげて様子を見て、いまはほぼ互角の状態である。レベルをいうと恥ずかしいので書かない。このソフトは明確に勝ち目がなくなると自ら投了する。目数の読みが正確らしく、余裕があるとわざと緩手を打ったりして、それでも私の半目負け、などということがよくある。いささか悔しい。

 

 曾野綾子の『私日記7 飛んで行く時間は幸福の印』(海竜社)という本を読了した。名前の通り、曾野綾子の、発表を前提にした日記であるが、特にこの本を選んだのは、2009年の5月から2011年の5月までの日記だからである。最後のほうに、あの東日本大震災の曾野綾子の体験が冷静に書き残されていて、日常と非日常についての彼女の見方考え方が良く表れていたことを記憶していたから読み直したのだ。

 

 病気や怪我や嫌なことがあるときの時間はなかなか進まない。あっという間に過ぎていく、あたかも時間が飛んで行くような時というのは幸せであることの証なのだ、というのが表題の意味である。出だしのほうにそのことが語られていて、東日本大震災はそのときには予想の外だが、結果としてそれがこの本全体にかかっている。彼女の生き方考え方が右翼的だといって、意識の高い人道主義と平和を旗印にしている人が彼女を毛嫌いし、時に批判する。多分彼女の書いたことをきちんと読んだこともそれについて考えたこともなく、たまたま断片的に引用されたものを見て一方的に怒っているのだろうと思う。わたしがそう思うのは、もしかしたら私が曾野綾子の影響を受けてしまっていて、そういう人たちから批判されるような人間であるからかもしれない。光栄である。そういう人たちの、しばしばきわめて感情的で攻撃的な言動はちっとも平和的でないと思っている。

 

 日本人の読み書き能力が低下していることをことのほか危惧していた。同感である。

 

気に入った言葉


 苦労で輝く人もいるし、幸福でふくよかになる人もいる。つまり人は運命を生かして使うかそうでないかなのだと思う。

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『丘の上の本屋さん』

 2021年のイタリア映画、『丘の上の本屋さん』という映画を、いま見よう、すぐ見よう、と思いながら見そびれていたが、ようやくその気になって見た。評価はあまり高くない映画で、どうして評価が高くないのかはよくわかる。登場人物たちの人生の奥行きが描かれていないからだろう。それはこちらが勝手に想像するしかない。映画全体に大きな波風は何もなく、ただ丘の上の古い屋の店主がたまたま出会ったアフリカ移民の、本好きな男の子に本を貸し、次々に貸す本のレベルを上げながら彼に感想を聞き、店主なりのささやかな人生観を伝えていくというだけの展開が主要なストーリーだからである。ドラマがないといえばない。

 

 でも、それでいいではないか、とわたしは思う。無数のこういう店主が、無数の大人たちが、無数の本好きな子どもたちに何かを伝えていくという、途絶えることのない営みの積み重ねが人間らしい人間を作り上げ、世の中の見えない芯棒を作り続けているのだということで、それがどれほど意味があって素晴らしいことかを知らない人たちが知らなくても、誰かがそれをわかっているということで好いのだ。

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 文章が読めない、そして書けない子どもたちが増えているという。そういうことは読めるように、書けるようにしてはじめてできるようになることで、その機会がどんどん失われていくことがどういうことか、想像力を働かせることのできない者たちがこの世を動かしているのだから仕方のないことであろう。日教組が密かに目指した日本人総愚民化が何十年もかけて達成された成果と言っていいだろう。

2026年5月29日 (金)

映画『九十歳、何がめでたい』

 朝から心身ともに何やら重くてだるい心持ちだったが、午前中、車で出かけないとならない用事があって、それを済ませて帰ったらぐったりしてしまった。昨日エアコンをつけて、そのままつけ続けたことで身体の調子が乱れてしまったようだ。日帰り温泉にでも行きたいところだが、腰が重くてその気にならない。

 

 佐藤愛子(1923-2026)が四月の終わりに亡くなったので、録画してあった『九十歳、何がめでたい』を見ようと思いながら見そびれていた。それを、ようやくに見た。冒頭の朝の目覚めのシーンから主人公にシンクロしていく。寝起きのスイッチの入りにくさ、身体の重さ、今日は何をしようか、と浮き立つ朝の気持ちがあったむかしを記憶しているけれど、そういうものがいまは何もないことのむなしさ、そんなこんなが感情を騒がせる。とはいえ、九十歳ではない私がそう遠くない八十歳の自分を想像すると、それ以上に自分が鈍重になっている気がする。

 

 まさに九十歳の草笛光子が九十歳の佐藤愛子を演じて、ほとんど佐藤愛子そのものになっている。この映画は思いのほかによくできていて、笑いながら見ているうちにいろいろなことを感じさせられた。狂言回し的な役回りの編集者役を演ずる唐沢寿明が思いのほか好い。私はこの人の過剰演技があまり好きではないのだが、この役柄にはそれこそがぴったりはまっていて、その多少無神経で鈍感な人物の、はじめて自分自身を省みるシーンにはいささかしんみりするものがあった。がさつさは嫌いだが、実は自分も多分にがさつで鈍感な人間なのだと気がつくのは、身もだえするほど恥ずかしいことで、これは男でも女でも違わないだろう。

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 今日は元気だが明日はどうなるかわからない。もうあとは八十だろうが九十だろうがあまり違いがないような気がする。あれをしようこれをしようと欲張っても、できることには限りがある。一つ一つをじっくりと楽しんで、できるところまですればいいのだ、と思ったりした。

「たつの」といえば

 たつのの母娘殺害事件の犯人らしき人物は逃亡したままで、いまだに捕まらない。職務質問した高砂市の警察官がわざわざたつのまで送り届けて取り逃がしたことになっているが、警察官もプロである。そのプロが怪しいと思えなかったくらい犯人は支離滅裂だったのだろうと想像する。十年前に隣に住んでいたということだが、そのあとの交流があったようでもないから、犯人らしき男の頭の中にどんな妄想が蓄積されていたのか想像を絶する。当初はさらに誰かに危害を加えるのではないかと心配したが、どうもいまになっても見つからないというのは、どこかで既に死んでいるような気もする。

 

 たつのには一度行きたいと思いながらまだ果たせていない。どうしていきたいと思ったのかといえば、『男はつらいよ』で寅さんが訪ねた街だからである。そうしたら『鶴瓶の家族に乾杯』という番組でたつのを訪ねているではないか(来週続編があるようだ)。この番組はそれほど好きではないのでめったに見ることはないが、たつのにはそのように思い入れがあるので見るともなく見ていた。そうしたらゲストの劇団ひとりが『男はつらいよ』のシリーズの中でも大好きな作品なのだと、記憶するシーンを語って見せ、そしてそのシーンの場所を見て感激していた。

 

 私もシリーズの中でも特にこの龍野を描いた『寅次郎夕焼け小焼け』が好きである。ヒロインの龍野芸者を演じたのは太地喜和子、野放図に明るく見えていながら、実はさびしいという役柄をみごとに演じていたのが忘れられない。わざわざ龍野と書いたのは、そのときはまだ龍野という地名表記だったからである。寅さんシリーズは三分の二くらいは劇場で見ているし、すべてをブルーレイディスクにコレクションしている。

 

 そこで昨晩久しぶりにこの『寅次郎夕焼け小焼け』を見た。龍野といえば三木露風で、三木露風といえば『赤とんぼ』であって、だから『夕焼け小焼け』なのだ。その龍野出身の日本画の大家という役柄で宇野重吉が飄々とした、しかし芯には譲ることのできないものを持つ毅然とした役柄を演じていた。渥美清も宇野重吉も既に鬼籍に入った。桜井センリの芸達者、ちょい役で出ていた佐山俊二や大滝秀治なんかが懐かしい。榊原ルミが出ていた、そして岡本茉莉が出ていた。榊原ルミはヒロイン役を演じたことがあるし、岡本茉莉は寅さんシリーズの常連で、わたしが密かに好感を持つ女優である。

 

 あらためて、いつかたつのの街を歩いてみたいと思った。

2026年5月28日 (木)

『幽明録・遊仙窟』

 東洋文庫の『幽明録・遊仙窟』を読了した。『遊仙窟』だけはこの本の中では別物で、現代式に言えば中編の相聞歌のようなもので、仙界と見まがうような地での、美女と好い男の恋の詩(うた)の掛け合いである。読みようによっては(想像力を働かせすぎれば)いささかポルノチックでもある。巻末の解説では、つまりこれは遊里での遊女と客の駆け引き、と読む向きが多いという。相手をひたすら讃えあげ、気持ちを盛り上げていくというやつで、勉強になる人もあるだろうが私には縁がない。訳が七五調になっていて、そういう意味では調子がとてもよく読みやすく仕上がっている。

 

 冒頭に訳者の前野直彬の『魏晋南北朝の小説』という前書きが置かれている。

 

 小説=fictionという等式が成立したのは、そう古いことではない。第一、fictionという西洋風の観念が日本に輸入されたのは明治の文明開化以後のことで、そのころの日本人が、この外国語に対して、「小説」というできあいの漢語を当てはめたのである。既製品で間にあわせた以上は、多少、身丈の合わないところができても、しかたがない。「小説」とは文字通り「小なる説」なのであって、「長編小説」だとか、「この小説は作者畢生の大作だ」などと言うのは、考えてみれば矛盾を含んだ表現なのだが、いまでは誰も、そんなことに文句をつけようとはしない。既製品のほうが伸縮して、身体つきに合ってしまったのである。

 

 と書きだしている。そして、そもそもそのできあいの「小説」がいつごろ書かれるようになったのか、として魏晋南北朝の小説のことを説き起こしていく。

 

 ここの収められているのは『幽明録』をはじめとして、全部で十二の小説集から採録したものであって、それらの小説集のすべてではない。それに、小説は粗略に扱われてきたからそれぞれ完本として残っているものはほとんどない。作者不詳のものもある。中には魏の皇帝曹丕(曹操の息子・詩人としても知られる)作とされる『列異伝』、陶潜(陶淵明)作の『捜神後記』などもふくまれる。『捜神後記』にはもちろん『桃花源』も含まれる。ほぼすべてが志怪小説と言っていい。

 

 ほとんどがとても短い。だからなんなのだ、と思うようなものばかりといっていいが、ただ想像力を働かせながら楽しんで、忘れてまた読み直す、ということでかまわないものばかりである。中国の「あの世」というものがどんなものか知るととてもおもしろい。そういう違いがあるのだから、死生観がずいぶん違うはずである。

『竜とそばかすの姫』

 アニメ映画『竜とそばかすの姫』(2021年)を見た。このところ本を読むことが多くてあまり映画を見ていない。本ならいろいろな本を適宜切り替えて読めるけれど、映画と読書では違いすぎて、頭のモードの切り替えがあまり速やかに出来ない。いちど映画モードに切り替えてしまうと、なかなか読書に戻れないことが多い。

 

 アニメではファンタジー要素があるものが好きだ。実写ではできなかったり、できにくいことが、アニメなら不自然さ無しに映像化できる。この『竜とそばかすの姫』はバーチャル空間でそばかすの姫として脚光を浴びる姿と現実の少女とのあいだの葛藤、その少女の亡き母へのさまざまな思いが彼女を絡め取って身動きできない様子などが、バーチャル空間と現実を交互に描くことで立体的に感じ取られていく。彼女の母は子どもを助けるために川に入り、犠牲になってしまった。それが少女には受け入れられず、父との関係もギクシャクしている。

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 そうしてバーチャルの世界が現実とリンクしていくのは押田守監督お得意の展開だ。正義の味方の旗を振り回して、標的にした相手を攻撃する者、そしてそれに賛同して自らが正しいと酔いしれる者のおぞましさをバーチャルの世界で、そして現実の世界でも見せつけている。久しぶりに見たアニメはたいへんおもしろかったし映像も素晴らしかった。エンドクレジットを見ていて声優が豪華であることにおどろいた。

 

 別に『グリーンベレー』という、息子を救出するために悪の麻薬組織と戦う父親の活躍を描く映画を見たけれど、アクションに切れはないし、台詞も間が抜けていて、そこをくさしながらそれはそれで気楽に最後まで見た。悪役にモーガン・フリーマンが出ていた。

2026年5月27日 (水)

『東京夢華録』読了

 東洋文庫の『東京夢華録(とうけいむかろく)』を読了した。著者は孟元老、訳注は入江義隆、梅原郁。原本の正式名称は『幽蘭居士東京夢華録』という。幽蘭居士は孟元老の号。北宋時代の汴京(べんけい・現在の開封市で、北宋の都)と呼ばれた街の繁盛記である。実はここで描かれている汴京はまもなく金によって侵略され、天子親子や高官たちは連れ去られて北宋は滅びてしまう。生き残った皇族によって臨安(現在の杭州)に都を置く南宋が建国された。その南宋に逃れた孟元老が、汴京の繁栄と生活の様子を回想して書いたのがこの本なのである。

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 汴京が東京(とうけい)と呼ばれるのは、西の洛陽を西京と呼び、汴京が東京と呼ばれていたからである。北宋時代はまさにあの水滸伝の時代であり、南宋時代は岳飛の時代である。また当時の汴京の様子は『清明上河図』という絵に詳細に描き残されている。現在WOWOWで連続放映されている同名の時代ミステリーでもその清明上河図がタイトルバックなどに映されている。当時の様子を映像的に見ることができるし、解説も挿入されて楽しい。そのドラマもまもなく終わる。そのドラマに励起されていままで読み切れていなかったこの本を映像的に読むつもりで読み始めたのだ。

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どんな本なのか知ってもらうために最後に近い部分の『行幸の儀衛』から一部引用する。

 

 翌日の五更(午前四時頃)に、摂大宗伯が牌を手にして「中厳」「外辨」の旨を奏上する。甲騎兵が煽動して順ぐりに、夜半から続々と繰り出している。象は七頭、それぞれ文錦(あやにしき)を身に覆い、金の蓮花の座を背に乗せ、金の轡(たずな)を頭にまとい、錦衣の者が首にまたがる。次には高旗・大扇・画戟・長矛がつづく。それから五色の甲冑をつけた騎馬武者や、あるいは小帽に錦繍の抹額(はちまき)をつけたもの、あるいは黒漆の円頂の幞頭をかぶったもの、あるいは兜のような革作りのをかぶったもの、あるいはざるのような漆革(ぬりかわ)作りで籠巾(ろうきん)のついたのをかぶったもの、あるいは赤や黄色を浮き出した錦繍の服を着たもの、あるいは真っ青や真っ黒な服で靴や袴(ずぼん)まで青や黒のもの、あるいは脚(えい)の交叉した幞頭をかぶったもの、あるいは錦で紐を作り蛇のように身にまつわらせたもの、あるいは数十人が歌声を長く引きながら大旗を持って通っていくもの、あるいは大斧をもったもの、剣を横たえたもの、尖った盾をもったもの、鐙棒をもったもの、あるいは先端に豹尾をつるした竿をもったもの、あるいは短い杵をもったものなどがある。矛戟(ほこ)にはみな五色の結帯と銅の鈴がとりつけられ、旗や扇にはみな竜や虎や雲や山河が描かれている。また高さ五丈の旗があるが、これは「次黄竜」という。

 

 それぞれに詳しい注釈がついているのだが、その注釈は時に本文の数倍の量がある。その注釈にはさまざまな本からの引用も含まれるし、またこの『東京夢華録』の文章が引用された例なども書き込まれている。引用がしやすい、文字の難しくなさそうなところを選んだ。そうでないと文字を探し出すだけでたいへんな手間がかかるからだ。食べ物や衣類などについての記述は、知らない、そして読めない文字だらけである。そもそも日本にないものなら日本語の読みそのものがないのであるからどうしようもない。

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 それらをなんとか食らいつきながら読み進めていくと、なんとなく映像的に見えてくるものがあり、おもしろくなっていく。多分もう一度読めばさらに楽しめるはずだが、その機会があるかどうか。とにかく大半はよくわからないながらも諦めずに読み終えた自分を褒めてやりたい。

 引き続き『夢梁録』という三巻本を読むつもりである。これは『東京夢華録』で描かれた北宋の都・汴京(現在の開封)に対して、それに続く南宋の都・臨安(現在の杭州)の都市繁盛記である。一巻に二三ヶ月かかるとして、年内に読了できればと思っている。

あっけない崩壊

 巨人軍の監督だった阿部慎之助が長女に暴力を振るったとして逮捕され、監督を辞任した。どんな理由があれ、暴力はいけない、という前提の上でさまざまなコメントが述べられている。実際に何があったのかは見ていないからわからないことであるが、止めても兄弟げんかが止まらなければ、実力行使をする状況も想像できないことではない。行きがかり上、父親が激高するような言葉を発した可能性もあったと想像できないことはない。突き飛ばされたことは事実なのであろう、それが腹に据えかねてAIに相談する、というのも現代っ子らしい。

 

 そのことが父親逮捕という事態になってしまうなどということは、娘の想像を超えていただろう。父親が積み上げてきたものがこれによってすべて崩れてしまった。自分の家族の生活を支えていたものが、その父親の積み上げてきたものの上にあることをこれから娘は身に沁みて知るだろう。家族の、そして自分自身の足元が崩れてしまったのである。思ってもいなかった事態を招いてしまったことを彼女はこれから引き受けなければならない。父親(阿部慎之助)や母親が必死に支えるであろうが、父親に、そして長女に対してどのような嵐が襲うのかを思うと気の毒でならない。幸せな家族は、時にあっけなく崩壊することがある。

2026年5月26日 (火)

言論統制

 昨晩はいい調子で飲み食いしていたら白ワインを一本空けてしまい、九時過ぎに寝てしまった。そうしたら夜中に目が覚めて眠れなくなった。ついベッドの横の本棚から昨年二月に亡くなった曾野綾子の『私日記 7 飛んで行く時間は幸福の印』という本を手に取り読み始めた。曾野綾子もある意味で戦う人だった。戦う人だがその言葉にはちゃんと品位がある。その本から引用する。

 

 少し予想していたことだが、またしても朝日新聞の出版局から、連載の言葉遣いを変更せよとのこと。作品の中で、主人公のユダヤ人が「私はびっこを引いていた」と言う。そのびっこという一言を直せ、というのである。私はここ三年、自分の足のことを「まだびっこを引いておりますが・・・おかげさまで、ずいぶん歩けるようになりました」と言って来た。他人を「びっこ」と言って嘲(あざけ)ったことは一度もない。担当者とは仲がいいので申しわけないが、間違いでない表現の訂正はお断りすることにする。つまり連載はなかったことにさせてもらうことにした。一つ譲れば、人道主義的姿勢に左右されて、手がつけられなくなる。どこの雑誌社でも、最近はこんなばかな表現の規制をしているところはほとんどなくなった。新聞でも著しく減った。人道とは言葉遣いではなく、行為で示すものだからだ。正直なところ、連載が中止になった途端、さっぱりした気分になったのは、どうしたことだろう。

 

続けて

 

 この日記で、数日前にも、いまに残るこの言論の統制について書いたばかりだった。私は昔から一つのことだけはわかっているような気がしていた。文学は、決して人道的な話だけを書くわけではない。当然のことだが、人生の悪事も書く役目を担っている。それは、悪という闇を書かねば、善という光も表せないからだ。印象派の絵画と同じである。その場合、差別語を使わないで悪を書くことはできないから、私はこの小さな自由を守る。もちろん表現の責任は筆者にあると言ってください、と私は言うのだが、それでもだめなのである。読者だという声に脅されれば、力におびえて表現を変えるのが新聞社なのだ。

 

 多くの、言葉に、そして表現にこだわる執筆者がこの統制に苦しめられてきた。曾野綾子のように訂正を拒否して発表の場を失った者も数多い。矜持を採るか迎合を採るか、悩ましいところだろう。しかし失った矜持を取り戻すのは困難だ。自らを否定することでもあるのだから。戦前や戦時中の言論統制を激しく非難し、それに従わされた、と言い訳する新聞社が自らの統制を正当化する。曾野綾子の言うように、常にただ力におびえているだけなのだ。こんなことを言うと、では差別用語を容認するのか、と批判する人もいるだろうが、時と場合をわきまえた節度のある使い方、どうしても必要な場合の使い方まで統制するな、ということで、その案配こそに知性が必要だと思う。おかしければ批判すればいい。最初からすべて規制して、事なかれにしようとする姿勢が問題だと言っているのだ。

言葉

 先日のNHKの日曜討論で、れいわ新選組の大石晃子(NHKのテロップでは「大石あきこ」と表記されていたように記憶している)議員が語る言葉を聞いて、いささか品がないと感じた。戦う議員ということで、そのような言葉遣いをすることを舌鋒が鋭いと評価する人もいるのだろう。私は言葉には一定の節度がある方がいいと思う。

 

 世の中に氾濫するSNSで多くの人が短文のやりとりをする。短文で意思表示をしようとするとどうしても言葉が過激になる傾向があるようだ。それが言葉の品位を下げていて、それに慣れるとつい品のない言葉に鈍感になってしまうのかもしれない。北朝鮮発の言葉やトランプの言葉などは、わたしにはどうも汚らしく聞こえてしまうのだが。そういえば、トランプが演説するたびに後ろのひな壇に居並ぶ人びとが一様にうなずいては声を上げ拍手している姿は、どことなく金正恩が何か語るたびに一生懸命拍手している人びとの姿に重なって見える。

2026年5月25日 (月)

一仕事終えて

 今朝は糖尿病内科の検診に行った。尿検査と血液検査の結果は前回とほぼ同じで、やや芳しくない数値だが薬が増えるほどのことでもない。年齢から見ればこんなものでしょう、と今回からいままでの美人の女医さんから替わった若い男性の先生が言う。体重をもう少し落とすように努力しましょう、間食をなるべく我慢するように、ということであった。酒については特に指示はない。酒が好きであることをあまり認識していないのかもしれない。言ったら何か言われそうなので黙っていた。

 

 なんとか昼には診察が終了したので急いで家に帰り、昼食を摂り、一息入れてから今度は妻の入院している病院に面会に行く。道路が混んでいて、いつもより余計に時間がかかり、早めに出て良かった。妻の様子はますます話がかみ合わなくなっていて、何を言っているのか理解ができないことがたびたびあってくたびれた。何よりこちらが聞き返すとますます声が小さくなるのでどうしようもない。子どもたちの話をしてもどうもよくわかっていないようである。年月日や自分の年齢などは完全に混乱状態である。面会室はクーラーが効きすぎてしばらく話していたら寒くなった。看護師さんに様子を訊くと、静かで穏やかで手がかかりません、ということであった。それでよしとしよう。

 

 さあ、今晩は肉をメインにして、しっかりと酒を飲むつもりだ。わくわく。そろそろその準備にかかることにする。

『遊仙枕』

 今朝は青空で、空気はひんやりとして気持ちがよい。今日は糖尿病定期検診の日。体重がだいぶオーバーしているので、多分血糖値も芳しくないだろう。帰ったら妻の病院へ面会に行く。午前の診察が遅れる可能性もあるので午後少し遅めの予約にしてある。

 

 枕の連想から読み始めた話梅子の『遊仙枕』(アルファポリス社)を昨晩読了した。いわゆる志怪小説と呼ばれる中国の不思議な話、奇妙な話、幽霊の話などをさまざまな本から集めて翻訳したものだ。こういう話が好きなので既に他で読んで知っているものもあるが、おもしろかった。読んで勉強になるというものではなく、暇つぶしに楽しむという本だ。話梅子(ファ・メイズ)というのは日本人で、ペンネームであるらしい。この人の本では『中国百物語』『中国奇譚』(ともにアルファポリス文庫)という中国怪談集を読んだことがあり、いまも本棚に残っている。

 

 さまざまな志怪小説を拾い集めた本として読みやすいのは、百目鬼恭三郎の『奇談の時代』(朝日新聞社)がお勧めだが、これには日本のものも含めてたくさん収められている。沢田瑞穂『鬼趣談義』(中公文庫)も中国の幽鬼・妖怪の話をたっぷりと詰め込んだ本である。個別の本として私の本棚にあるのは紀昀『中国怪異譚 閲微草堂筆記 上・下』(平凡社ライブラリー)、『聊斎志異 上・下』(平凡社)、『唐宋伝奇集 上・下』(岩波文庫)、『唐代伝奇集 1・2』(東洋文庫)、以下すべて東洋文庫として、『捜神記』、『剪灯新話』、『今古奇観 1~5』、『子不語 1~5』、『酉陽雑俎 1~5』、それにいま読んでいる『幽明録・遊仙窟』などがある。中国の幽霊や化け物の話は、ほとんど怖いというほどのものはないので気楽に読める。スティーブン・キングの本当に怖い話などは、読むには覚悟がいる。

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 全部はまだ読み切れていないが、大半は読んだ。『今昔物語集』や『日本霊異記』、『古今著聞集』、『雨月物語』などにもその様な話が含まれている。それでこのような話を集めた本のごく一部であり、揃えはじめたらきりがない。それぞれ短いものばかりだから、気が向くと読んで楽しんでいる。読んですぐ忘れるから、何度でも楽しめる。

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