2024年4月24日 (水)

『「昭和」という国家』

 司馬遼太郎の『「昭和」という国家』(NHK出版)という本を読み終えた。もともとは『雑談 「昭和」への道』という司馬遼太郎が「昭和」(特に昭和二十年まで)について12回にわたってNHKの番組で独り語りしたものを文章に起こしたもので、それに田中彰という北大の名誉教授が批判的な論文を寄せたものが併載されている。批判的、というのは悪い意味ではなく、司馬遼太郎の言うこと書いたことをことごとく金科玉条のように述べる風潮に対して、是々非々で自分の論を述べて、そのことで司馬遼太郎の言いたいことをより際立たせる意図があってのものである。世の中に横行している、司馬遼太郎の片言隻句を取り出して牽強付会に用いる輩を嫌悪してのことである。たしかに司馬遼太郎は神様でも預言者でもないのである。

 

 司馬遼太郎は官僚が嫌いなようである。秀才と自他共に認めるような人も嫌いなようである。もちろん官僚にも秀才にも、市民のため、地域のため、国のために鋭意務めている人もいることくらい承知しているが、あの太平洋戦争という日本を亡国に導いた者たちについての嫌悪が、どうしても拭いきれないからだ。

 

 立身出世するために努力し、苦労をする。そしてその苦労が報われて力を振るえる立場に立つ。力を持たなければ、自分がしたいことが出来ないから立身出世をめざすのだと思いたいが、力を持ったあとで、それを自分のためにしか使わない者のなんと多いことか。志があったはずの人間まで、力を持つ立場に立ったとたんに変節する。それを散々見せられると、立身出世の先頭に立つ秀才、そして秀才が担う官僚がどうしてもゆがんで見えてしまう。

 

 司馬遼太郎が言う「昭和」という時代が、どうして日本を一度滅亡させてしまったのか、そしてその構造が、果たしてそのあとの日本で変わったのかどうか。どうもあまり変わっていないのではないかと思えてしまう。

 

 同時に、大衆を煽り、軍部の言いなりだったマスコミが、戦後手のひらを返していながら、相変わらず大衆を愚民とみて自分が啓蒙しようというエリート意識を持ち続けている状態も変わっていない。そのマスコミはじつは大衆以上にリアリストではないことに、未だに気がついていない。

 

 歴史は自ら様々な本を読み込み、柔らかい心でそれを咀嚼しないとならない。答を先に持ちながら歴史を読んではならないだろう。

2024年4月23日 (火)

雨をすり抜ける

 午後一番で免許更新の予約をしていたので管轄の警察署に行った。小雨が降ったりやんだりしていたが、帰り道に少し霧雨にあたったものの傘を差すほどもなく、雨と雨の間をすり抜けた。警察署は電車で15分あまり、さらにもよりの駅から20分弱歩く。道路が斜めに交差していてわかりにくく、うっかり筋を間違えると遠回りをすることになる。いつも行きか帰りか余分に歩いて、自分の学習能力のなさに情けない思いをする。行き帰りで七千歩ほど歩いたので汗だくになった。

 

 免許の更新はかなりデジタル化していて、殆どのことは機械に向かって自分で入力する。そういう操作の苦手な人は戸惑うだろう。私の前のまだ若そうな黒いニットのフードをまぶたにかぶった男は、若いくせに操作がのろくて、見ていて歯がゆい。係の人が手伝っていた。私は特に問題もなくあっという間に終了。写真を撮ってもらって更新手数料の支払いも済ませて免許のできあがるのを待つだけだ。つい本を夢中で読んでいたら呼ばれているのに気がつかなかった。金切り声気味だったから何度も呼んだのかもしれない。済まないことであった。これで次の更新は三年後、その時の自分の老化を客観的に判断して、さらに更新するかどうか決めようと思う。

 

 帰ってシャワーを浴びて着替えたらさっぱりした。体重が一キロ以上減っていた。夜のビールでたちまち元へ戻るだろうけれど。明日は泌尿器科の定期検診。これはいつも待たされる。その分じっくり本が読める。木曜日にちょっとした用事を済ませると今週の主な用事は全て完了。ただし来週マンションの総会がある。連休にはたいてい出かけないので、年に一度か二度の全員参加の総会なので参加することにしている。若い人はたいていゴールデンウイークでいない。委任状を提出して不参加である。ひまなお年寄りメインの総会だが、へんにくどくどと、どうでもいいことを言う人さえいなければ、割合簡単に終わるはずである。とにかく役員の人はよくやってくれている。

成長

 自負とプライドはいささか違うものだと思う。ドラマ『舟を編む』に倣って辞書を引いてみる。手許の岩波国語辞典によれば、

 

自負 自分の才能や仕事に自信を持ち、誇りに思うこと、またはその心。

プライド 誇り、自尊心。

 

そこで自尊心を引くと、自尊心では項目が立てられていないので、自尊を見てみる。

 

自尊 ①自分で自分をえらいと思いこむこと。
   ②自分の人格を尊重し、品位をたもつこと。

 

「思いこむこと」というのはずいぶんな言い方だが、たしかにこのことばにはそういう表現がふさわしい気もする。

 

 NHKのドラマ『舟を編む』が最終回を迎え、ついに完結してしまった。大変気持ちの好いドラマで、人は自分の限界を自分で定めて縮こまって生きることが多いけれど、世界は未来に向かって開かれていて、少しずつ積み上げればその限界は打破できるものであり、そうして思いのほかに大きく成長できるのだという希望を抱かせてくれた。

 

 このドラマの冒頭が、主人公が何の気なしに多用していた「なんか」ということばがどういう意味だったのか、そこから世界が広がる。

 

こちらは『広辞苑』で調べてみる。

 

なんか ①一つの例としてしめす。
    ②望ましくないもの、価値の低いものとしてあげる。

 

主人公はそのことばが自分自身の枠を創り出していることに気がつくことが出来ることで、その枠を取り払うことが出来るようになっていく。

 

 このドラマはまさに成長の物語で、成長物語は見ていてこちらも元気にさせることが多い。好いドラマだった。彼女の得たのはプライドではなく、自負であった。

時代を見る

 宮崎市定が『遊心譜』の冒頭で、京都大学時代に師事した矢野仁一博士の長寿を言祝ぎ、数え年の九十五歳で論文を書いたことを賞賛している。そういう宮崎市定も1901年生まれで没年が1995年だから長命であった。しかも晩年まで著作を残してくれて、それを楽しめることはありがたい。

 

 続く小文は『わけの分らぬ文化革命』と題したもので、一部を抜粋して引用する。

 

 1960年代、中国全土を席捲して毛沢東の文化大革命華やかなりし頃、何の関係もない筈の日本言論界までが、物の怪にとりつかれたように心酔して熱烈な声援を送り、一人の反対も許さぬような雷同的風潮を造り出したのは、甚だ異様であった。さらに異様だったのは、一流と言われる中国通ほどその見通しを誤り、重大な過失を犯して自他を傷つける残念な結果を残したことである。この間にあって殆ど只一人、敢然として文化大革命の真意を疑い、雑誌『共産圏』に、「わけの分からぬ中共文化革命」なる三十頁の大論文を寄稿して、それがいつもの権力闘争に外ならぬことを看破されたのは、なんと当時数えの九十八歳、矢野仁一老博士であった。実に胸のすくような快挙であったが、惜しむらくは若輩の知識人の蒙を啓くことが出来ず、誰もこれに呼応する者がなかった。 それから二十年、博士の洞察が誤っていなかったことが、事実によって証明された。
(小略)
 そもそも歴史家とは、長い目を以て社会の変遷を追跡する任を荷なうものであるが、その長い目とは、単なる理論ではなく、実際の長期に亘る体験によって錬磨されねばならぬ。
(後略)

 

 このあと矢野博士の経歴が簡略に紹介されている。

 

 矢野博士だけが文化大革命の本質を見抜いていたかどうかは別にして、その時代の浮かれたような、文化大革命賛美の空気を私は高校生時代に朝日新聞を通してよく記憶している。そうしてその賛美する事例に首をかしげることがしばしばで、そのあと文化大革命とは何だったのかを様々な本を読んで考えてきた。文化大革命について、そして共産党中国について、そして朝日新聞を筆頭とした日本のマスコミというものがどういうものか、いろいろ教えられた気がする。それによって本物の、時代を見る目の持ち主の考察にいくつか出会うことが出来た。

2024年4月22日 (月)

糖尿病検診

 本日は糖尿病検診の日。月曜日はたいてい病院が混むので、今日は少し早めに行って列んだ。午後にも用事があったので早めに済ませたかったのだ。雨を心配したが、さいわい行きも帰りも傘は必要がなかった。途中、ツツジやハナミズキが満開で目を楽しませてくれた。

 

 採血して検尿を済ませたら、自分で血圧を測っておく。血圧はいつもより高めだが、心配するほどではない。血液検査の結果が出ると診察に呼ばれるが、一時間ほど待つことになる。その間に読みたい本がじっくり読めたので、待つのは苦にならない。検査結果は前回よりわずかに悪かったけれど、美人の女医さんの顔が曇るほどのことはなく、体重が少し増えているのでもう少し減量に努力しましょう、といわれただけだった。じっとこちらの眼をのぞき込むように話しかけるので、年甲斐もなくドキドキする。「はいっ」「はいっ」と、言われたことに元気よく答えて診察終わり。

 

 薬局は当然のように混んでいて、こちらもいつも以上に待たされたが、昼には帰ることが出来た。冷蔵庫内が寂しくなっているので買い出しをして遅めの昼食を摂り、すぐに午後の用事に出かける。帰ってから歯医者の予約。連休の狭間に行くことになったが、どうせ出かけないから暇である。これで一段落したので、改めてビールを買いに行く。五時前には飲まないルールなので、いまそれを待っているところである。

 

 今週は泌尿器科の検診もあるし、免許の更新もあるのでいろいろ忙しいのだ。膝は大分治ってきたが、腰に鈍痛がある。ストレッチは軽めにすることにする。温泉に行きたいところだけれど連休は混むから、連休明けに行こうと思う。

眼と読書意欲

 読書意欲が衰えて久しかったのが、昨年末から以前のように本がどんどん読めるようになった。本が好きで、もちろん読むのが大好きだから、どんどん読めるととても楽しい。どうして急にまた読めるようになったのか、今頃になって理由を考えてみたら、昨年の秋に白内障の手術をしたからではないかと思えてきた。

 

 手術前は目がかすんで、コントラストが低くて文字も見にくく、読書をしていても眼の疲れが甚だしかったのだ。おまけに紙面もうねって見えて不快感もあった。白内障の手術で手元にピントの合う眼内レンズを入れてもらったので、いまは読書を快適にすることが出来る。もちろんあまり集中が続くと眼に疲れが来るので、適度にやすめて目薬をさしたりして眼をいたわるようにしている。以前買った電熱式の眼のウォーマーもときどき使う。

 

 その代わり以前は裸眼で見えていたテレビが、クリアに見たいときはめがねが必要になったが、クリアに見たい番組は映画と一部のドラマくらいなので普段は気にせず裸眼で見ている。

 

 そのテレビも購入してからすでに十数年を超えていて、いつ寿命が来てもおかしくない時期に来ている。東京オリンピックを機に4Kテレビにしようと思っていたのに、思いのほか頑張ってくれていてありがたい。ちゃんと使えているあいだは大事にしようと思っている。

『黄河の水』

 鳥山喜一『中国小史 黄河の水』を読み終えた。この本は少年少女向けに戦前に書かれた本で、戦後まもなくの昭和26年に一部書き換えてあらためて発刊された本である。いまは角川文庫に収められている。そういう本だからとても読みやすいけれど、中身は濃い。まだ若いころに上司に中国の歴史に詳しい人がいて、その人とよく中国について話をした。その人に入門書として薦められた本なのだ。その人は中国王朝と皇帝の名前をほとんどそらんじてみせるほどの中国通で、それなのに中国にはついに行かなかった。現代中国のあり方になじめないと感じていたようだ。中国好きだからこその気持ちからであって、私にはよくわかる。

 

 この『黄河の水』は中国の歴史に詳しくなると、新しい知識をここから得るというほどのことはあまりないけれど、通史というのは歴史の流れをもう一度見直すときにとても参考になる。戦前戦後の時期の文章の書き方、名前の読み方は、私の知るものとは大分異なったりしているけれど、それも面白いと思った。時には初歩に帰るのも好い。

 

 そう思ったら、つい中国学の泰斗である宮崎市定の本(『遊心譜』)などを引っ張り出して拾い読みを始めてしまった。やめられなくなりそうだ。

2024年4月21日 (日)

プーアル茶

 久しぶりにプーアル茶を飲んでいる。体脂肪や血糖値を下げる働きがあるともいわれるので、もう少しこまめに飲んでいたら好かったのだが、癖の強いお茶なので、しまったまましばらく飲みそびれていた。息子が美味しい紅茶やお茶を定期的に送ってくれるので、それか好きなコーヒーとを飲むことが多い。

 

 一時はほとんど毎年中国に行って、様々な中国茶を買って帰って飲んだものだが、行かなくなって五年以上経つから、とっくに手持ちはなくなった。私の一番好きなのは少し甘みのある軽発酵の白茶であるが、本当に美味しいものにはなかなか出会えない。神戸や横浜の中華街で買ったこともあるが、残念な味だった。気持ちが苛立っているときはジャスミンティーを飲む。心が静まる。蓮茶も悪くない。

 

 中国に行ったときに薬草茶をいくつか選んで買ったことがある。いつもは一人旅なのだが、たまたま一緒に行ったYさんが不思議そうな顔をして私を見た。そんなものを飲むの?という顔であったが、たしかに当たり外れがあり、途中で捨てることになるものも多い。薬効はともかく、味がどうしてもなじめないのだ。でもたまに当たりがあって組み合わせると美味しくなったりする。プーアル茶に、見た目はオリーブの葉っぱみたいな薬草茶をあわせたら、味がマイルドになってプーアル茶が飲みやすくなった。その葉っぱもいまは使い切ってない。名前も知らないままだから探しようもない。

 

 癖のあるプーアル茶を飲みながら、また神戸の中華街でも歩いて探してみようかなと思った。

降りそうで

 マンションの中庭のツツジがどんどん咲き始めた。ツツジは咲いている盛りは好いが、終わり方があまりきれいとはいえないのが難だ。今日は外を歩いていないから確かなことはわからないが、雨のはずなのに昼まで降った気配はないようだ。ベランダの植物に少し水をやった。ニラはどういうわけかあまり勢いがない。パセリは順調に繁茂している。ネギはどんどん葱坊主だらけになっていく。カイワレの取り残しを放置した鉢は、背丈がどんどん伸びて花が咲きまくり、いまは種が出来つつある。これで種を取ったて蒔いたら、またカイワレが食べられるだろうか。

 

 朝から撮りためた番組をずっと見続けていたら腰が痛くなった。ささやかにストレッチをしてみるが錆びついた体はあちこちが痛い。酒を数日我慢しているので、体がオイル切れしている気がする。明日は待ちに待った糖尿病の定期検診の日だ。それが終われば好きなものを食べ、お酒もゆっくり飲める。待ちに待ったのは、もちろん検診ではなくて、そのあと検診にあわせて行っていた節制を解除できることである。

 

 午前中にいくつか見た番組の中で、『新・プロジェクトX』で取り上げられていた、東日本大震災から復旧するまでの三陸鉄道の話に特に感銘を受けた。この三陸鉄道の話は別の形でも繰り返し報じられて承知しているのに、それでもこうして番組で関わった人たちの姿を見ると思わず目頭が熱くなってしまう。

 

 サマセット・モームの『人間の絆』という小説で、「絆」ということばを覚えて好きなことばになったけれど、様々な災害の時に、マスコミがそれを報じるときに、めったやたらにこの「絆」ということばを使うものだから意味が軽くなったようで嫌いになった。でもこの『プロジェクトX』という番組を見ると、あらためてそのことばの真の意味が胸に響いてくる。

 

 続いてH3ロケット打ち上げ失敗から再びの挑戦によって打ち上げを成功したドキュメントを見た。あの失敗の時にはこのブログに少し苦言を書いたけれど、今度は成功して本当に好かった。ただ、他の国ではどんどん成功して次々に大型ロケットを打ち上げている。すでに日本は大分遅れてしまった。そのことの責任は重い。一生懸命やっただけでは取り返すのはなかなか大変だろう。こういうことは結果が全てである。きつい言い方だが、失敗が成功のもとだという言い訳は、他に成功しているところがないときにだけ通用するのだと思う。

ただ焼く

 とても大きな玉のジャガイモが売られていたので買った。皮をむくのが楽そうだというのが最大の理由である。どう料理しようか。ただ焼くことにした。新じゃがらしいので試しにたわしでこすって洗ってみたら、結構きれいになったのでそのまま使う。厚切りにスライスし、油を敷いて熱したフライパンにならべて蓋をする。ジャガイモは水分が結構あるから油がはねるのだ。その分蒸すことにもなるので中に火が通りやすい。

 

 片面が好い色になるまで焼けたら、一度火を止めてしばし待つ。すぐ蓋を取るとまだ油がはねて危ない。以前経験している。ひっくり返してこちらも丁寧に焼き上げる。ただそれだけ。本当は味付けしたいけれどフライパンが汚れるので横着者の私は、味付けは食べるときにする。

 

 焼き上がったのを皿に盛り、ひとつずつそのつど塩とガーリックパウダー、そして黒こしょうを好みの量振りかける。パセリをみじん切りしておいていろどりにする。熱いうちに一気に食べると、ひたすら美味しい。好いジャガイモであった。残り物の野菜を使ってウインナソーセージを刻んで入れてコンソメで味を調えた野菜スープを添えればそれだけで満腹である。まだいくつか残っている。

2024年4月20日 (土)

やたらに眠い

 どういうわけかやたらに眠い。春眠暁を覚えず、というけれど、それにしてもどうしたことか。今朝は明け方前の三時過ぎに救急車の音に起こされた。窓の下を通り、どうやら隣の棟に急病人が出た気配だった。早めに寝たし、救急車が去ってからはすぐに眠れたから寝不足ではないと思うのだが、まるで徹夜したかのように眠くて、午前中も午後もうつらうつらしていた。体調が悪いということもない。何かのスイッチが一時的に切れたみたいになっている。こういうときは運転したら危ない。出かけるつもりはないけれど。

 

 疲れるほどのことは特にしていないけれど、体が眠りを必要としているのだろう。こういうときはスイッチが入り出すまでぼんやりしているのが良さそうだ。今日は土曜日で、世の中の人もゆっくりしているだろうから、年金暮らしという、人様にお世話になっている身としてもそれほど後ろめたくはない。時間がもったいない、という強迫観念をしばし忘れることにする。

 

 今日したことは、『呑み鉄本線』の京都丹後鉄道編の再放送を見たことだけだ。丹後半島、伊根、宮津、好いなあ、また行きたくなった。

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12051-9_20240420115201伊根の舟屋

負担増

 賛否がいろいろあるが、子育て支援法が成立するようだ。少子化対策の一環として子育て支援を拡充するのだろうが、それが少子化対策になるのかどうかについてはいささか疑問に思っている。子供が欲しい人は子供を持とうと思うだろうし、子供を育てるのは負担だと思う人は子供を持とうと思わない。だから子育て支援を拡充することで負担を軽くしようということなのだろうが、それで気が変わる人というのがどれほどあるのか疑問に思うからだ。

 

 結婚ですら、育ち方も考え方も違う二人が一緒に生活することになるからなかなか大変だ。ましてや子供を育てるのは大変だ。そうして支援が必要だと強調すればするほど、子育てというのは大変なことなのだ、ということを意識させられてしまう。結婚も子育ても好いことがこれだけたくさんあるよ、という話はあまりニュースにならないから、まあ結婚しなくても独りが気楽で自由でいいや、と思う若者がどんどん増えて、それが当たり前になってしまったことが少子化の原因だろうと思う。そういう空気がすでにできあがって、多少の経済的支援が空気を変えることに繋がるのかどうか。

 

 それと、多くの人に未来に対する期待、希望があまり持てなくなって、不安ばかりが膨らんでいる気がしている。まさかこんなことは起きないだろう、というようなことが次々に起きている。不安にならない方が無神経ともいえる。それが無意識のうちに、自分はともかく子供の未来はあまり明るくないのではないかと思わせているところがあるのかもしれない。

 

 それはともかく、テレビの街頭質問にはいつもながらいらだちを覚える。「子供支援による負担増をどう思いますか?」という質問の愚かしさに誰も腹が立たないのだろうか。この質問は、「負担が増えるのは負担ですか?」、またはただ単に「負担はいやですか?」と訊いているに等しい。それなら「負担です」、「いやです」と答えるしかないではないか。

 

 空から金が降ってくることはないのだから、子供支援に予算を使えばその分は国民が負担するのは当たり前のことで、その子供支援によって子供を持つ家庭が助かることの恩恵と、自分が負担することのバランスを不当だと思うかどうかという質問でなければならない。なかなか難しい訊き方になるはずだ。笑わせてくれたのは、「子供が三人もいて家計が苦しいのです。ここに負担が増えるのは困ります」という主婦だった。質問する方も、答える方も、なにも考えていない。そしてそれをテレビはさもおおごとのように、庶民の声として報じている。

 

 「年金生活者はただでさえ生活が苦しいから負担が増えるのは困る」、というのもあった。年金を負担しているのは誰か。これから負担してくれるのは誰か。それを考えれば多少苦しくても年金生活者こそ率先して支払うのがあたりまえだろうと思うが、暴論なのだろうか。幸いなことに、日本にはどうしても生活できなければ生活を支援するシステムがちゃんとある。

料理を楽しみたいが

 三分クッキングという料理番組が月曜から土曜日に放送されていて、一時期ディスクにせっせと録画していた。ディスクで五六枚はあるので、料理としては100種類以上は収録されていることになる。ほかに料理番組を録画したものが数枚ある。まだ半分も見ていないし、実際に作ってみたものは十種類もない。いくつかそのままレパートリーに加えたが、もっと試したいと思っている。

 

 昨日は豚バラスライスに短冊形の焼き海苔をのせ、アスパラを幅に合わせて切ったもの二本を海苔にのせ、海苔にチューブのシソ梅を少し塗りつけて巻いた豚バラ肉をフライパンで焼いた。どこで見たか忘れたが、美味しそうだし簡単そうだったので覚えていたので試したのだ。何もつけなくても美味しい。

 

 アスパラから結構水分が出るので、一度焼き目を裏返したら蓋をして蒸し焼きにすると、ちゃんとアスパラにも火が通る。本当はただの練り梅を使っていたけれど、手持ちはシソ梅だったのでそちらを使ったが、悪くなかった。手が汚れることを気にしなければこういう料理も悪くない。

 

 料理をいろいろ試したい気分になっているのに、来週は糖尿病や泌尿器科の定期検診(別々)、歯医者、それに免許更新予約日が次々に重なっていて、試した料理で美味しく酒を飲むという楽しみを楽しむのを控えなければならない。控えなければいけないと思うから、なおさら料理をして酒を楽しみたい気分になるのかもしれない。

 

 あと一週間もしたら世間はゴールデンウイークだ。混むときはどこにも出かけないつもりだから、その時にせっせと料理と酒を楽しむつもりで、それまで待つことにする。

2024年4月19日 (金)

なにも考えない

 散歩して少し汗をかいたらさっぱりした。頭の中がごちゃごちゃしてきているので、なにも考えないことにした。そうして録画した映画の中から、ただ面白ければ良いという基準で選んだ『キングダム 遙かなる大地へ』と『キングダム 運命の炎』という二本を見た。『キングダム』はシリーズ映画で、これらが二作目、三作目になる。三作目も物語の途中なので、さらに次々に続編が作られるようだ。

 

 見てなにも考えなかったから、感想はただ面白かった、しかない。中国の戦国時代の終わり、やがて秦の始皇帝が全土を統一する過程を描いているということになっているが、戦国の七雄と言われた秦、韓、魏、趙、斉、楚、燕が、秦によって統一されていったのだが、それをこのペースでひとつずつ描いていけばまだまだ終わらないわけである。

 

 漫画が原作だから、戦いも、主役や相手役は超人的な力を見せる。昔子供の時に水滸伝や三国志を読みながら思い描いた豪傑や英雄の姿を思い出す。それにしては主演の山崎賢人は軽いけれど、まあ漫画なのだから良しとする。

 

 しばらく映画が見られなかったから、頭をリセットするために明日も気楽な映画を見ることにしようか。

書狂

 陽気が好いので散歩したいところだが、膝が痛くて出かける気にならない。弟のところで飲み食いしすぎて体重がかなり増えてしまったので膝に負荷がかかっているのだろう。何しろ弟は私などより食べることが好きなので、義妹の料理は美味しいのだ。弟は一緒に料理もするし、片付けも手伝う。私は手伝う余地がないのである。

 

 足にもむくみが出てしまった。帰ってきて、少し酒も食事も控えめにしていたら、少しずつ体重は落ちて、それとともにむくみも軽くなりつつある。かかと上げや腿上げなど、軽い足の運動をしているうちに、マンションの階段を上り下りしても膝の痛みはだいぶ軽くなった。そろそろ散歩をする気になってきたので、近場を歩いて少し汗をかいた。

 

 出かける気にならなかったのは、膝の痛みだけではなくて、本が読めて仕方がないのと、花粉症の症状があることで引きこもりを選んでしまうからだ。私の花粉症は杉ではなくヒノキではないかと思う。スギ花粉の時期はたいしたことがなく、今頃の方がくしゃみや鼻水、眼の周りのかゆみが酷い。おまけに黄砂である。これにも反応している気がする。爽やかな春の風を入れたいのに窓を開け放しに出来ないのは腹が立つが、どうしようもない。

 

 本に婬することが甚だしくなりすぎて、眼が悲鳴を上げている。といってしばらく本を閉じていると、眼は何か読むものを探してキョロキョロして止まらない。まるで椎名誠が目黒孝二をモデルに書いた『活字中毒者地獄の味噌蔵』という短編小説の主人公みたいだ。まあ目黒孝二みたいに一日二冊三冊読むのが当たり前という書狂には足もとにも及ばないのであるが・・・。本好きが極まると、書狂という呼び名も褒め言葉に聞こえるようで、私もそう呼ばれたいほど読めればと思うがそこまでのことはないのが残念だ。

日清・日露戦争(3)

 山本博文の『流れをつかむ日本史』から日露戦争についての経緯と結果の部分の一部を引用する。

 

 日清戦争後、ヨーロッパ列強は、中国にますます進出していきました。特にロシアは、旅順・大連を租借して、朝鮮にまで影響力を及ぼしています。1900年の義和団事件のあとには、大軍を満州に駐留させました。

 

 義和団事件については、清朝滅亡にも間接的に繋がる事件であり、中国滞在の各国の人たちの北京籠城については様々な本があるので、是非読んで欲しい。『蒼穹の昴』でも西太后の対応についてその裏面史が語られていた。その際の多くの日本人の毅然とした行動は賞賛に値する。あの日本人はどこへ行ったのかと思う。奥野信太郎も日本大使館に避難して実体験した記録を残している。   

 

 明治三十七年二月、日本はロシアに宣戦布告し、日露戦争が始まります。翌年一月、日本軍は、多大な犠牲を払いながら旅順を陥落させ、三月の奉天会戦でロシア軍の主力を打ち破ります。
 日露戦争最後の決戦は、対馬付近で行われた日本海海戦です。東郷平八郎率いる日本艦隊は、ほぼ無傷でロシアのバルチック艦隊を壊滅させました。この背景には、明治三十五年に締結された日英同盟が大きな意味を持ちました。イギリスと敵対国になったため、バルチック艦隊はスエズ運河を通過することができず、諸国の港にもほとんど寄港できなかったのです。

 

 この戦争については司馬遼太郎の『坂の上の雲』に詳しいのはご存じの通り。

 

 アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは、講話の斡旋に乗り出し、ポーツマス条約が結ばれました。ルーズベルトは、日本が力をつけることを警戒していたので、賠償金の支払いなどを認めませんでした。日本が得たのは、韓国における優先権、旅順・大連の租借権、長春以南の鉄道と付属施設の利権、樺太南部の割譲、沿海州・カムチャッカ沿岸の漁業権などです。
 国民はこの講和条約を不満に思い、日比谷焼き討ち事件などの暴動が起こりました

 

 このポーツマスでの交渉については吉村昭の『ポーツマスの旗』に詳しい。すでに日本は戦費もつきかけ、戦争を続けるだけの兵力も兵器も底をついていたが、それを公にするのはロシアにつけ込まれるだけであったから、非常に困難な交渉となった。しかし日本国民は日本の窮状を知らず、新聞などの扇動により、暴動に繋がった。この交渉を担った小村寿太郎の苦労を思うと、私同様、胸が熱くなるはずである。

2024年4月18日 (木)

占領から占領へ

 読んだ本について書くときに、関連して言及した本を本棚や押し入れから引っ張り出して脇に置く。すぐ元に戻せば良いのだが、つい置きっぱなしにする。だからすぐ定席の周りには本があふれる。そうしてその本をパラパラめくれば、ついそのまま読み始めてしまう。そうしていま読み始めた本が、鳥山喜一『黄河の水』、そして司馬遼太郎の『「昭和」という国家』である。

 

 山本博文の『流れをつかむ日本史』から、日清戦争・日露戦争、そして太平洋戦争への流れをトレースしていたのだが、それが中途半端に終わっている。もう少し後にそれを締めくくろうと思っているが、その参考に司馬遼太郎の『「昭和」という国家』を開いたのである。

 

 最初の方に注目すべき文章があった。戦時中の日本人があれほどアメリカ憎悪を刷り込まれ続けたのに、敗戦のあと、連合国軍(実質はアメリカ軍)によって日本が占領されたあと、それほど目立った反米行動がなかったのはなぜなのか、ということについてである。あれほど憎んでいたのなら、または憎まされていたのなら、テロ行為が続発して当然ではないのか。私もそう思う。確かに日本はあまりにも完膚なきまでにとことん負けたことで、反抗する気力を失ったともいえるが、戦闘行動はともかく、だからこそのテロはあっても不思議ではない。

 

 司馬遼太郎は、それをそもそも日本は日本軍部という組織に占領されていたのであって、その占領から解放され、新しくアメリカによる占領に替わっただけであり、その新しい占領が心配したほどのことはなく、日本軍部によるものよりもはるかにましだったからだという。それだけ連合軍による占領が巧妙だったともいえるが、日本軍部による日本人への占領がそれだけ酷かったということでもある。

 

 軍部だって日本人ではないか、という反論もあろうが、司馬遼太郎は日本軍部というのは日本とは異質な存在、鬼っ子であると繰り返し言う。彼らのほとんどが愛国的であったことなどいささかもなかったと断ずる。国のこと、国民のことを本当に考えたらあんな戦争は始めなかったし、無意味な作戦での大量の死を「自分の責任ではない」と平然と言うことが出来るはずがないという。まったく同感である。日本は鬼に占領されていたのか。

 

 どうしてそのような鬼っ子が生じたのか、生じさせたのか、そのことを考えるために歴史を学ぶことが必要だと語るが、それこそ私が大学入学後に歴史を本気で読み始めた理由でもあった。

下品に堕さないように

 お上品に構えるつもりはないが、下品にだけはならないように心がけている。特に言葉遣いには気をつけているつもりなのだが、世の中がその辺に無頓着なので、その影響を受けないように注意しているつもりである。先般読了した村上陽一郎の本で言う「教養」とは、下品に堕さないために何を身につけるのかということであり、そのことを様々なテーマを取り上げながら語っていたものだと思う。

 

 その本でも、少しきつめのことばで最近のテレビの芸人や話術について、しばしば嫌悪するようなものを見せられる、と嘆いていた。確かに身内受けの笑いの多いこと、恥知らずなことに私もしばしばついて行けない。何を言っているのか、どこが面白いのかわからないこともある。むかしは面白かったものが面白くなくなったのは私の問題なのかと思っていたけれど、むかしのお笑いといまのお笑いは違うのかもしれない。観客を、そして視聴者を笑わせようという点は同じなのだろうが、いまは情けないことに観客の方がここで笑わないのは野暮だと、強要の笑いを笑わされている。またそれをうれしがっている観客がいる。この何が面白いのだ、という思いを抱かせた時点でお笑いではないと思うのだが。

 

 公共の放送の中でのため口には下品な感じを受ける。知性は知識のあるなしではなく、「品性とは何か」を意識しているかどうかだろう。自分が誰を相手にして語っているのかを意識できないのは知性的ではない。毎日毎日テレビでそういうものを見せられ続けて、下品であることに鈍感になっているのがいまの日本のような気がしている。いまはほとんど『笑点』以外はお笑い番組を見なくなった。バラエティニュースのひとつかふたつをたまに見れば十分である。

 

 繰り返すが、お上品にすましかえるつもりはないが、下品なものはいやなものだと思える感性は失いたくない。

『エリートと教養』

 村上陽一郎『エリートと教養』(中公新書ラクレ)という本を読了した。副題が、『ポストコロナの日本考』となっていて、そちらに惹かれて読み始めたものである。東大の名誉教授で科学哲学者の村上陽一郎の本は、若いときから科学について考えるときに、折にふれお世話になった。著作も多い。

 

 この本の内容をまとめて簡単に紹介するのは難しい。後書きにもあるが、第一章『政治と教養』は『中央公論』に載せたものだが、その他はWEB上の雑誌に個別に掲載したものであり、もともと関連性を考慮していなかったものを、ほとんど一から書き直すようにして一冊の本にしたもので、村上陽一郎が様々なテーマに沿って、その知識を傾けて論じたものである。その知識というのがそもそも半端ではないので、話は広がりに広がり、著者の手の上でただ転がされている心地がする。こういう人が見ている世界というのは私などとはレベルが違うのを思い知らされるが、それを楽しむつもりで読ませてもらった。

 

 ただし、本当に読めたのはうわべだけだったような気がしている。自分の不勉強が今回も身にしみている。論じられているのは、政治、コロナ禍、エリート、日本語、音楽、生命など。著者は自分の膨大な知識空間を自在に行き来しながら軽やかに論じて、楽しそうである。

2024年4月17日 (水)

非常ベル

 三時過ぎにマンションの非常ベルが鳴った。断続的に鳴り続け、ようやく鳴り止んだと思ったら、しばらくしてまた鳴り始めた。断続的に鳴るときはまず何かの間違いである。むかしはずいぶん多くてびっくりしたものだが、いまは少し悪擦れしてしまった。とはいえずいぶん久しく非常ベルは鳴らないでいた。先日は、別の棟で連続してけたたましく鳴り、騒ぎになったが、これはいたずらのようであった。

 

 今回はどうなのだろう。一瞬、避難するときに何と何を持ち出すのか考えた。本を読んでいたけれど、本など読んではいられない。外へ出て様子を見たが、騒ぎが起きている気配はない。三十分ほどのうちに完全に鳴らなくなった。

 

 窓を開け放したまま空気清浄機をつけっぱなしにしていたら、「PM2.5などの濃度が高くなっています」と繰り返し警告してくる。黄砂が飛んでいるのだろう。この空気清浄機は夜、電気を消すと「おやすみなさい」と言う。

お前のいる場所

 森本哲郎の『ことばへの旅』全五巻を読み終えた。読むのが何度目になるのかわからないくらい何度も読んでいるが、あまりにも読みやすい本なので、つい読み飛ばしてしまい、読みながら考えることを忘れてしまう。本当は区切りごとに本を閉じて、著者と一緒にもう少し考えて読むべき本なのだ。

 

 第五巻のなかにイソップの寓話が紹介されている。

 

 安全な高い場所にいる山羊が、その下を通ったオオカミに悪口をさんざんあびせました。すると、狼はこう言いました。
「そんなふうにオレの悪口を言っているのはお前じゃない。お前のいる場所だ」

 

 これは第五巻のなかの『身のほどについて』という章にあって、著者はこの話の紹介に続けて、

 

 この話に具体的な教訓をつけるならば、私たちは、ともすると自分の属している組織にものを言わせていないか、ということになるでしょう。組織人とも言われる現代人は、とかく組織の中の自分を本来の自分と錯覚しがちです。そして、組織に組み込まれた役割としての人間になりきってしまい、そのあげく、人間としての役割を忘れてしまうのです。だから、いよいよ自分がわからなくなってしまう。いや、ひとごとではありません。長いあいだ新聞記者をやってきた私自身、自分がこのような山羊だったのではないかと気づいて、思わず顔を赤らめます。

 

 森本哲郎は朝日新聞の学芸部の記者であり、編集委員を務めたあと独立して評論家になった。評論家というよりも、梅原猛のような思想家だったと私は考えている。

 

 身の程を知るという。身分をわきまえろ、という意味にとられることも多いが、自分自身を知ること、そこから自分のことばで考え、自分のことばを語ることであると著者は言っているようであり、それに私も賛同する。

 

 この文章が書かれたのは昭和五十年代の初めなので、組織と個人がこのように不即不離のところがあった気がする。しかし現代はずいぶんものの考え方は変わっている。だから未だにそのことに気がついていない長谷川某代議士のように、「お前のいる場所」からものを言う人間の愚かさが際立つのだろう。

遅れてきた者は

 歴史を少し囓っていると、人間の本性のようなものがそこに映し出されている気がする。遅れてきた者は、遅れを取り戻すために強引に割り込み、しばしばえげつないことをする。勝てば官軍だが、敗者になるととことん悪者扱いされる。

 

 西洋列強の中で遅れたドイツがどういう行動をしたか、日本がどうしたか、そうしていま、中国がその遅れを取り戻そうとして先行者たちからたたかれている。

 

 しばしば私が思っているのは、図々しい者は本質的に図々しい場合もあるが、じつは自分が損をしているから取り戻そうという強迫観念から図々しい行動を無意識にとっているということだ。

 

 そういう図々しさ、えげつなさというのは、じつは弱さから発しているのではないかと思う。だから許されるということではないが。

2024年4月16日 (火)

日清・日露戦争(2)

 山本博文の『流れをつかむ日本史』から

 

 日清戦争によって清からの独立を果たした韓国では、王妃の閔妃(びんひ)がロシアに接近して権力を握ります。
 このため朝鮮公使となった三浦梧楼は、大院君と結んで閔妃を殺害します。しかし、三浦は日本に召喚されて投獄され、大院君も失脚します。国王の高宗に権力が移りますが、暗殺を恐れた高宗は、ロシア公使館に駆け込み、そのままそこで政務を執り始めます。
 これはロシアの属国だと宣言したようなものです。約一年後、王宮に戻った高宗は、国号を大韓帝国と改め、皇帝を称しました。閔妃には「明成皇后」の諡(おくりな)を贈ります。これまでは清の属国であったため「国王」だったのですが、強国ロシアを後ろ盾にして清に遠慮する必要がなくなったのです。
 しかし、当時の日本にとってみれば、朝鮮は国防の生命線でした。大国と思われた清を追い払ったら、今度は正真正銘の強国であるロシアが喉元まで進出することになったのです。

 

 このあとロシアと日本は開戦する。

 

 ノンフィクション作家の角田房子には『閔妃暗殺』という本があり、いつか読もうと思いながら未読である。彼女の本は『甘粕大尉』、『墓標なき八万の使者』を読んだことがある。日露戦争、そして安重根による伊藤博文の暗殺があり、それを機に朝鮮併合が行われる。

 

 現在の韓国とのこじれた関係について考えるには、この辺の歴史をよく知らないといけないのだが、まだ不勉強である。

何が悪かったのかわからない

 昼から二時間近く時間を無駄にした。プリンターがネットワークに繋がらなくなったのだ。私は、液晶画面だけでは書いてあることが頭に入りにくくて、ハードコピーしたものが必要である。インク代がムダではあるが、ハードコピーは頻繁にする。パソコンで調べた情報も、短いものはとにかく、ある程度長いものはポイント部分をプリントアウトして、それを読みながら考える。

 

 午後もそんな風にしてプリントしようとしたらエラーとなってプリントが出来ないのである。プリンター自身の診断によれば、無線LANが繋がっていないという。仕方がないのでもう一度設定し直した。面倒な暗号化キーも打ち直した。そうしたらパスワードが間違っているのでつなげられません、という。打ち間違えたのかと思って何度も打ち込んだが、正しいはずなのに受け付けないのである。だんだん腹が立ってきた。いったいプリンターがおかしいのか、ルーターがおかしいのかも不明である。

 

 いろいろ試行錯誤して、ついにはパソコンとプリンターを直接USB接続し、プリンターの診断ソフトで一から全て見直して見た。そうしたら突然プリントが始まった。どこでプリンターの目が覚めたのかがよくわからない。そのあとはUSB接続を外して無線LANにしても、何事もなかったように普通にプリントをしてくれるようになった。未だに何が悪かったのかわからない。ハンマーでたたき壊さなくて良かった。

したいこと、やりたいこと

 したいこと、やりたいことだけしていれば良いなら楽であるが、したくないけれどしなければならないことが、生きていく上では必ずついて回る。それでも独り暮らしが長い上にこの歳(もうすぐ七十四歳)になると、したくないけれどしなければならないことというのは案外限られてきて、したくないならしないでもなんとかなることが多い。そのためには、どうしてもしなければならないことなら、先送りしないですぐに済ませておく、というのが最も楽であることもようやく学んだ。

 

 そういう意味では、今のところ大きな災害にも遭遇せずになんとか楽しく暮らせていられるのはありがたいことだ。だからこそ自分自身がそういう事態になったらどうするのか、準備と覚悟を決めておくことは必要だと思っている。

 

 話はがらりと変わるが、私がしたくないことの最たるものが、行列に列んで待つことである。列んで待つくらいなら、別のところに行くかあきらめる。だからテレビなどで有名な店の前で長い列を作って列んでいる人たちや、何かのセレモニーなどで一番をとるために徹夜で列んでいる人たちを見ると、どうしてこんな思いをして列ぶのだろう、と不思議でならない。戦時中や戦後すぐのように、限られた配給に列んでいるのは死活問題だから仕方がないが、その列ぶほどの熱情が理解できない。

 

 どうしても欲しい、どうしても見たいという思いが列ばせているのだと思うけれど、どうも列んでまでしてこういうものを見てきた、こういうものを食べた、こういうものを買った、というのが一つの自慢なのではないかという気もする。そう自慢すると、「へえー、すごいねえ」と、誰かから、いいね!をもらえるのが快感なのではないか。どうも目的がそちらにあって、その目的の方がずっと大事なことになっているような気がしている。

 

 自分にそんなところがないか、ときどき自分を点検している。いまこのことは本当に自分がしたいことなのか、それともこんなことをした、とブログに書きたいからしているのか、なんて、思うことがないではない。本棚に列んでいる本を見ても、本当に読みたくて揃えたのか、人に見せたくて揃えているのか、ちょっと考えたりする。ただ、人は少しは「へえー、すごいねえ」と言われたいものでもあって、私もそういうことで背伸びすることで自分をちょっと向上させてもいるのである。見栄は自分を磨く大事なエネルギーなのだ。

尼御前

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北陸道で福井から金沢に向かうときには、ときどき尼御前のサービスエリアに立ち寄る。今回は久しぶりだ。

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『奥の細道』のことを書いたときにも、『平家物語』のことを書いたときにもこの句を引用した。しかし尼御前のサービスエリアにこの大きな石の句碑があるとは承知していなかった。

 

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木曽義仲軍に大敗した平家側の老将、斉藤別当実盛を偲んで詠んだ句である。あわせてこの銘板にはこの地が尼御前岬と呼ばれている由来も記されている。

頼朝に追われて落ち延びていく義経一行に同行していた尼御前と呼ばれる女性が、この先の安宅の関を越えるには女性連れでは無理であることを知り、足手まといにならないためにこの岬の断崖から身を投げたという。

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その尼御前岬はこのサービスエリアの裏手にあり、以前は裏手に抜ける道がいくつかあったのに、リニューアル後に久しぶりに来たら今回は一カ所だけになっていた。抜けたすぐ先に咲いていた桜。

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坂を下って左手奥が尼御前岬になる。右手には散り始めている桜並木がある。花曇りである。

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こんな花も咲いていた。葉の形状からこれも桜だと思うのだが。

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尼御前岬公園という公園があり、ここに尼御前が立っている。

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ほとんど少女とも見える若い女性の像で、とても美しい。

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ここは崖の上なので、その崖は見えない。日本海は静かに凪いでいた。

これで今年の桜は見納めだと思う。

2024年4月15日 (月)

九頭竜湖の桜

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金沢へ向かうときは、東海北陸道を北上して北陸道で行くのがいつものコースだが、今回は郡上白鳥から中部縦貫道を走った。郡上白鳥からは油坂を越えると分水嶺の向こう、たちまち福井県に至る。ただし、トンネルを三つほど抜けたらもう一般道、国道158号線である。まだ繋がっていないのだ。

むかしは郡上白鳥から油坂峠を越えた。道は狭いし一気に高度が上がり、しかも途中のトンネルは狭い。スリリングな道で、その代わり景色は素晴らしかった。いまはその峠道は通行止めのようだ。

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いまは中部縦貫道を全通させるために急ピッチで工事中である。桜とダム湖である九頭竜湖とを写真に撮るために車を駐める場所が、工事用の車がならんで駐められない。

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それでも何カ所か駐める場所があった。この辺の桜はソメイヨシノではないようだ。

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先日の佐倉城址公園の桜で今年の桜は見納めかと思ったが、運良く九頭竜の桜を見ることが出来た。早めに咲く年には、まだ川岸に雪が残ったりしていることがある。

坂道を一気に下る。

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ダムを発電所側から見上げる。対岸に桜並木が見える。

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遠目の桜も美しい。

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その桜をアップにしてみた。満開で一部散り始めたというところで、両岸の桜を楽しみながら走ることが出来た。九頭竜インターが出来ているはずだが、通り過ぎてしまい、下山インターで福井側の中部縦貫に乗る。こちらはつい最近福井北インターまで繋がった。大野や勝山、そして永平寺を一気に駆け抜け、福井に下って北陸道に乗った。

日清・日露戦争(1)

 『流れをつかむ日本史』では、日清戦争も日露戦争も朝鮮半島に関わっていることを明快に記している。わかっていることではあるが、これくらいすっきりとまとめてくれるとわかりやすい。中学や高校の教科書はどう書いているのだろう。

 

 朝鮮では、日本の明治維新に倣って近代化をはかろうとする勢力と、保守的な勢力が対立していました。この政争は、保守派の大院君(国王の父)が勝利しました。日本は、清と天津条約を結び、両国の朝鮮からの撤兵と、出兵の際には事前通告することが取り決められました。
(小略)
 同年(明治二十七年)朝鮮では、西洋の宗教に対抗する東学という宗教団体を中心に、甲午農民戦争が起こりました。朝鮮政府は、鎮圧のために清に援軍を依頼し、日本も朝鮮に出兵しました。そしてこれを契機に日清両国は交戦状態となり、八月には宣戦布告がなされました。日清戦争が始まると、民党(立憲民進党や立憲自由党など)は戦争支持に回り、巨額の軍事予算が成立しました。
 日本軍は、朝鮮から清軍を一掃し、遼東半島まで占領しました。また黄海海戦では、清の誇る北洋艦隊を打ち破りました。日本と清は、下関で講和交渉を行い、下関条約が調印されました。
 これによって、朝鮮の独立、遼東半島・台湾・澎湖諸島の譲渡、賠償金二億両(テール)の支払い、講習など四港の開港、最恵国待遇などが合意されました。

Dsc_0477_20240414153601春帆楼(しゅんぱんろう)

講和交渉が行われた春帆楼。赤間神宮の隣にある。

Dsc_0478_20240414153601日清講和記念館

ここで伊藤博文と李鴻章が交渉した。

 

*後に三国(ロシア・ドイツ・フランス)干渉により遼東半島は返還を余儀なくされる。

 

 日本はこの賠償金によって重工業化を果たすことになる。

 

 さらに清国から独立することができた朝鮮は、日本にとって不都合な行動をとる。そのことが日露戦争へと繋がっていくのだが、それについては次回。

用事で金沢へ

 今日は朝から金沢へ向かう。白山に近いところでちょっと用事がある。観光ではないので、写真は撮るかどうかわからない。九頭竜から福井北まで中部縦貫道が繋がったらしいので、往きは郡上白鳥から油坂峠を越えて九頭竜へ抜けることにする。九頭竜から先の中部縦貫ははじめて走る道である。安全運転で行くよう自分に言い聞かせる。

 

 昨日はトイレ掃除や部屋の掃除、洗濯、布団乾燥など、帰宅してから一日おいての雑用に少し汗をかいた。いなくても部屋は汚れる。私はいないのに散らかってしまうのは不思議である。なんだか体が重い。実際に体重計に乗ると重くなっている。弟のところで上げ膳据え膳で楽をしていたからだ。膝が痛いのは負荷が大きくなっているからだ。

 

 冷蔵庫が空になっていたので買い出しをした。野菜は値段が下がったものもあるし、相変わらず高いものもある。肉や魚も高い。竹の子を買いそびれた。竹の子ご飯を作りたかったのに。帰りに道の駅などで探してみよう。明日は雨らしい。雨の中を走るのはいやだなあ。

2024年4月14日 (日)

もし・・・たら

 山本博文の『流れをつかむ日本史』のなかの、大政奉還に関する流れについての著者の感想を引用する。

 

 しかし慶喜は、督促してまで大政奉還の受諾を求めました。形式的にではなく、本気で大政を奉還しようと考えていたのです。
 その後の歴史的経緯から考えれば、政治の実権を握る根拠となる将軍職を手放したのは失敗でした。しかし、この時点では、大政奉還によっていったん事態を収め、その後は自分の政治力で国政の主導権を握るという選択もあり得るように思えたのでしょう。
 激動する政治の場では、相手の内情や本当の実力は見えません。慶喜の場合は、相手を過大評価し、一時後退の手段をとったために、流れを相手に渡してしまったのです。このとき、別の決断をしたら、政局は別の形で動き、日本近代のあり方も全く違っていたかもしれません。

 

 まったく歴史はこの、もし・・・たらの連続であるなあと思うことが多い。そういうときに、少なくとも最悪ではない決断をするトップがいてくれれば、もう少しましだったのにと思わせるのが昭和の前半だったように思う。明治維新は得失はあるものの、結果オーライだったと考えられないことはない。しかしそのあとが酷かった。そのことを司馬遼太郎は、それが重大なことなのに、悪い方へ悪い方へと曲がっていくという、当時の為政者のお粗末さを感じて感情が先走り、ついに昭和という時代について冷静な、まとまった文章をあまり残せなかったのではないかと思う。

 

*司馬遼太郎には『「昭和」という国家』という本はある。過去との対比の中で昭和を論じていて、昭和が日本の歴史の中で異質であるという彼の持論がうかがえる。しかし本当に異質な時代だったのだろうか、と私は納得することが出来ないでいる。そうしてただいま現在の日本がその異質な時代の延長のうえにあることを常に意識している。

 

 次回はその辺に関する部分を引用する。

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