文京洙著「済州島 4・3事件」(平凡社)
済州島にいくにあたり、聞いたことはあるが詳しく知らない済州島の歴史と特に4・3事件について書かれている本を探していたらこの本に出会った。
第二次世界大戦後に朝鮮半島が分断される前後に起こった島民の虐殺事件には、背景が一口で説明できない複雑ないきさつが絡んでいる。ただ、つい最近までは島民が北朝鮮や共産主義者に扇動された暴動事件としての受け止められ方が主流だったため、島民は被害者なのに今世紀に入るまで肩身の狭い思いをせざるを得なかった。簡単に説明することは難しいので詳しいいきさつはこの本を読んで欲しい。
生き残った人間が事実を語り始めたのは今世紀に入ってからと言っていい。事件の名前の4・3事件は1948年に起きたが実際には、虐殺は1947年3月1日~1950年の朝鮮戦争勃発までの長期にわたっている。犠牲者は3万人以上とも言われるが、名前が確認されているのは14000人。当時の島の人口は28万人。死者の三分の一が女性と子供と老人である。つい最近も済州島の空港の拡張工事で数百人の遺体が工事現場から見つかっている。海に捨てられた遺体もかなりの数に上ると言われる。事件発生時期は、南朝鮮は米軍の統治下にあり、直接の指示の責任は米軍司令官にあると私は考える。事件がエスカレートしたのが1948年5月10日の総選挙を巡る時点であり、選挙をボイコットした島民に対して民主化の名目で、米軍が徹底的な制裁を指示したことがわかっている。
ここで思い当たるのがイラクやアフガニスタンでの民主化を名目としたアメリカの正義の強要である。たぶんベトナムも同様のことがあったのだろう。
もちろんアメリカだけが悪いと言っているのでは無い。たぶんこの事件のそれぞれの立場の人間すべてが自分が正しいと信じていたのでは無いだろうか。
同様にいきさつは違うが、戦後国民党が共産党に敗れて台湾に流れ込んできたとき、たくさんの若者が殺された。特に教育を受けた有識者がほとんど殺された。またカンボジアではポルポトが毛沢東思想の元に国民の何割とも言われる人数を虐殺した。アフリカでは今現在も同様の事件で多数の人間が虐殺されている。中国では文化大革命で2000万とも4000万人という人間が殺された。
人間とはなんとおぞましい存在なのか、と思うと同時に、状況によっては自分自身も被害者でもあり、加害者でもあり得ることも認識しなければならない。特に思うのは、自分が加害者にはならないためにどう自分を律していくかと言うことである。被害者側に立って加害者を糾弾することはある意味で容易である。正義の味方で気分もいい。自分が加害者たり得ることに思いを致さないとたぶんこのような事件は無くならないだろう。
そのためにもある程度の知識は仕入れないとならない。
この本はそういう点で冷静で、善悪をもって語らないところが良書である。
日本人こそこのような本を読んで人間について考える必要があるだろう。
韓国人が何を歴史認識の原点としているのか理解するきっかけになるかもしれない。日本人なのだから韓国人の立場に立つ必要は無い。しかし韓国人の考えていることを理解しようとすることもときには必要だろう。
今回の済州島旅行で、4・3平和公園や平和公園を見学した。展示品やガイドがきわめて冷静で、善悪を語らない態度に感銘した。中国とは全く違う。これは苦難の歴史を経た上で平和宣言をした済州島だからだろう。
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