「清末見聞録(清国文明記より)」・芝居①
中国では芝居見物のことを聴戯(テンシイ)という。これは役者のしぐさ、つまりその動作を見るよりも、主にセリフすなわち歌謡言語を聴く方に重きを置くためだろう。聴戯の名を以て中国演技の特色を察することが出来る。以下順を追ってこれを説明しよう。
○劇場の構造 およそ日本と同じく、木戸を入って平土間、桟敷、大向こうがある。しかし、花道はなくて舞台は前に出ている。ちょうど能舞台から橋がかりを取り去り、後方の左右に戸を設けたようなものである。舞台の正面の両隅に柱があって目障りになることは能舞台と同じ。
○囃子方 中国のオーケストラは胡弓、蛇皮線、笛、太鼓、鐘、拍子木、ジャガランなどからなり、初めて合奏を聞くときは耳を聾するばかりの騒々しさにとうていメロディがあるように思えない。音楽というよりむしろ騒音のようである。しかし、聞いているうちに、だんだんとおもしろさが分かってくる。これらの囃子方は日本の能楽や歌舞伎の中幕物の一種のように、舞台の上に並んでいる。日本の芝居には出語りあるいはチョボ(歌舞伎で、地の文を浄瑠璃で語るところ)があり、能楽には地謡があって、役者はこれに合わせてしぐさを行うことで趣を添えることは大いに大切なことであるが、中国の囃子方は純然たる囃子方で、そのほかに出語りや地謡の類はない。ただし、囃子方が乱雑な服装で雑然と舞台に並んでいるのはずいぶん目障りである。
○脚本 各地にいろいろな班がある。班は何々一座というのと同じである。班によって脚本の声調や歌詞に異同があることは、あたかも観世、金春、喜太、金剛等の流派が同じようでそれぞれ違うのと似ている。脚本には文、武、および玩笑などがある。文劇は最も唱歌を重んじていて、武劇は刀や槍がうなり、兵馬が倥偬(こうそう)とする(喧しく騒ぎ立てる)。三国志やその他史上の物語をネタ本にする物が多い。玩笑劇はつまりコメディで、主として世話物である。これにはときどき卑猥で見るに堪えない物もある。
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