内田樹著・「呪いの時代」(新潮社)
内田樹先生の本を読み慣れていないと、この本の題名にぎょっとする。オカルトに関する本かと思う人がいるかもしれない。
言葉は人を呪縛する。日本には言霊という言葉がある。日本の財政破綻を予言する人達は、その予言が起こることを無意識に望んでいる。日本が財政破綻すれば彼の正しさが証明されるからだ。日本中で、特にマスコミで警告を発すると称してあらゆることに対して呪いの言葉が述べられ続けている。それを発した人は、表向きはその言葉が事実になってはならないから警告しているのだが、その言葉が正しかったと認めて貰うために、実は警告したことが起きて欲しいと願ってしまうのだ。
日本中のほとんどが、いやアメリカでさえ99%のひとが被害者になった。被害者は救済を求め、正義の名のもとにその責任者を呪う。だがどこに責任者がいるのだ。高給を取って功成り名を遂げたあのみのもんたさえ、国民を代表して被害者として政治家や役人に責任を問うている。わらわせるな。
テレビの中の論客たちはディベートと称して我こそは、そしてわたしだけが正義であり真実を述べているとわめき立てる。自分だけが正しいのだから他人は間違っているに違いない。だから他人の意見を遮り、揚げ足を取り、全く聞く耳を持たない。声が大きく、図々しく、一言で人をぎゃふんと言わせることに長けている人間が評価される。人々は他人とコミュニケーションすることを忘れてしまった。
子どもの時から「子どもには全ての可能性がある」という幻想を植え付けられ、仕事を選ぶときには「あなたにはあなたを必要としている、そして最もあなたに適した仕事が必ずある」といわれ、伴侶を選ぶときも「あなたに最もふさわしい、あなたに最適な人が必ず存在する」と思わされたひとたちが、現実の前に不全観に立ち尽くしている。
そんなものなどありはしないことを知ることが知性なのだが、それらの呪いの言葉に縛られて、人は今の自分は本来あるべき自分と違う立場におかれている被害者だ、と思い込まされている。だから自分探しに出かけたりするのだ。
以上のことがこの本に書いてあることだ、というわけでは決してないので誤解しないで欲しい。ただこの本を読んで貧弱な頭で感じたことをいくつか書いてみただけなのだ。かなりの部分にねじ曲げた受け売りの部分はあるけれど・・・。
この本ではもちろんそこからの出口を提示している。出口がなければこの本はそのまま呪いの本でしかない。その出口についてはかなりの理解力が必要だ。内田樹先生の贈与論はフランス哲学の中の一つの根源的な真理なのだが、そのことを理解するのはかなりむつかしい。ただこの世には自分が知らないことがあって、しかも大事なことであり、努力すれば分かるかもしれない、と云うことに気がつくことは何より大事なことなのだ。
自分には馬鹿のカベがあることに気がつくことこそ知の始まりなのだ。
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