市井三郎著「思想から見た明治維新」(講談社学術文庫)
この本によって明治維新について新しい視点から見る見方を得ることが出来た。副題として「明治維新の哲学」とされているとおり、著者は哲学者として、歴史を事実の推移としてみる前に思想の継承から哲学的に解析する。
この本は明治維新に先立つこと100年、山県大弐の「柳子新論」に説かれる幕藩体制の打倒の思想から説き起こしている。この思想が奇跡的に吉田松陰に引き継がれていく流れは劇的である。
明治維新に到る経過で最もわかりにくいのは「攘夷」という思想だろう。19世紀前半の列強によるアジア侵略、特に中国に対する理不尽な行動はほぼ正確に日本に伝えられていた。だから夷敵に対する反感から来る「攘夷」については理解しやすい。しかし、下関での長州と四国艦隊との戦いや、薩摩と英国艦隊との戦いの後、反幕府勢力は「攘夷」が無理であることを痛感し、開国しかないことを良く承知していたはずなのである。著者はそれを水戸派に代表されるような「信仰的攘夷」と薩長の「自覚的攘夷」の二つの攘夷があったとして説明する。もちろん薩長の志士たちには多くの「信仰的攘夷」たちがいたことも事実であるが。だから明治維新の後、列強と互していく中で志士たちの中には自分の信念と維新政府の生き方に違和感を覚えるものも多かったことだろう。
幕末のいくつかある歴史的転換点のなかで大老・井伊直弼の行った「安政の大獄」こそが最も大きなもので、倒幕の必然性を勤王派の共通認識に至らしめた。幕府を立て直すために最も強硬な方法をとった人間が、最も徳川幕府の命脈を縮めたのだ。
幕末から明治維新については、村松剛著「醒めた炎」が事実を淡々と連ねた中に当時の雰囲気が陽炎のようにわき上がってくる名著だと思っているが、この本はそれに奥行きを付け加えてくれた。この時代に興味のある人にとっては外せない本だと思う。読みやすいし、あまり厚い本ではないので読了には時間もかからない。
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