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2012年2月27日 (月)

「清末見聞録(清国文明記より)」・北京近郊の名勝・十三陵③

 「昌平州」 明ければ十四日、松村君は用事で北京へ帰り宮内君はこのままここで静養するというので中村、川村両君と私と三騎で馬夫を従え月影を踏んで湯山を出発する。草木はわずかに眠りから覚め、朧に青柳の霞んでいるのを見ながら湯山を出れば、やがてたんぼ道となり、左方には植え付けたばかりの稲田を見る。北清で水田を見るのはこれが初めてである。大湯山の麓を過ぎ、しきりに鞭を挙げて馬を駆ること二十清里で砂礫の地に達する。今は一滴の水もないが、その昔は天寿山から流れ出た川床であったことは明らかである。さらに十清里にして昌平州に達した。
 規模の大小の差はあるものの、ここも北京と同じく城壁を廻らせてある。州の東門を入ると大きな路が西へ通じている。この州城の大街である。あちこちに老舗がある。中央に鐘楼があり、見上げると風鈴形の大鐘が楼上に吊されている。大街はこの楼下をくぐって東西南北に通じているが、東西のみは繁盛して、南北街はほとんど人影もないようである。休憩所に入って休憩し、馬にえさをやる。宿は表の壁を白亜に塗り、黒く屋号を著し、かつ草料倶全と記してある。これは中国内地の旅行には、馬車かそうでなければ馬または驢馬に騎乗するので、必ず馬糧を要するから、その馬糧も用意していることを示してあるので、従って宿には必ず馬小屋も設けられている。客室はただ戸口があるばかりで小さな窓があるものもある。室内は半ば土間で半ば炕(カン)すなわち土塗りの床がある。床の上には炕席(カンシー)といい高粱の空で作ったアンペラを敷いてある。司馬相如のそれではないが、いわゆる壁立するばかりでほかにはなにもない(北京雑感・家屋の項参照)。そこで旅客は戸口に懸かる簾を初めとして寝具はもちろん、鍋、釜、茶碗、箸のたぐいも携帯しなければならない。宿のものはお茶はご持参ですかと尋ねたが、通常旅客は茶なども用意するのである。現地の連中が珍しがって五、六人どやどやと室内に入ってきて貴国には山があるか川があるかなどとばかばかしい質問をするのにはうるさくて閉口した。

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