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2012年2月24日 (金)

トルコ軍艦殉難碑

 明治23年、熊野灘沖で六百数十人が乗ったトルコの軍艦が座礁。紀伊大島の人たちは自らの危険を顧みず、嵐の中で決死の救助活動を行った。残念ながら五百八十一人の犠牲者が出たものの、トルコ政府はそれに感謝し、それ以後ことあるごとに交流の機会を持つようになった(現代も毎年ではないがセレモニーは続いている)。元々トルコはロシアの南下政策に苦しんでいたので、この後、日露戦争で日本がロシアを破ったことを高く評価。今でもトルコ人の日本びいきは続いている。

 この立派な殉難碑を見た。トルコにはいつか行きたいと思っている。東洋と西洋のぶつかるところ、イスタンブールやボスポラス海峡はあこがれである。

69右がトルコ軍艦殉難碑。大きい。左の二人が尊敬する兄貴分の二人。

76大谷光瑞、信州大谷派の大谷であり、シルクロード探検や敦煌文書で有名。文字が大谷光瑞。

78トルコの初代大統領、英雄アタチェルク。

この後、遅い昼食を近くの喫茶店で喫した。そこで携帯がないことに気がついた。大騒ぎの後、バッグの中深くしまい込んでいたことが分かり、安心するとともに兄貴分たちの強い顰蹙を買うことになった。こちらの方が先にボケたのか。自信喪失。すまなかった。

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