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2012年2月 6日 (月)

阿部謹也著「『世間』とは何か」(講談社現代新書)

 名著である(と思う)。
 元々個人というのはフランス革命あたりからの概念で、西洋発祥のものである。日本は明治以降西洋の思想を受け入れる中でその概念を獲得した。しかし西洋は個人という概念を獲得するまでに1000年近い年月をかけている。日本人は観念的に、わかったような顔でこの言葉を使っているが、本質をつかむまでまだ時間がかかるだろう。
 日本には個人の周りにオブラートのような、ゼラチンのようなものがまとわりついている(これは私のイメージ)。これを世間という。西洋の個人と公的なものの対立関係と異なり、日本では公的なものと向き合っているのは世間である。個人は世間のなから埋もれて融解している。
 世間とは何か。これを万葉集の浮き世(憂き世)から説き起こし、鴨長明の方丈記、吉田兼好の徒然草の文章の中の浮き世や世間に関する記述を取り上げる。そして浄土真宗を取り上げ、江戸時代では井原西鶴の物語を取り上げる。さらに漱石、荷風、金子光晴までが例として俎上に上る。時代とともにその意味が変遷し、定着し、今は日本人の精神に沈着して一体化してしまっている。
 これを丁寧に解析して、これはそのまま日本人の生き方、日本人論になっているのだ。200ページあまりの薄い新書なのに中身は濃い。労作である。世間というものについて元々そんなものだろうとファジーに理解していたことをかなり詳細に分析してくれたので新しい視点を獲得できたような気がする。ありがたいことであった。

 古典を勉強したのは高校の時くらいである。大嫌いだった(人のせいにして申し訳ないが先生がいけなかった)。しかしこの本では古典がたくさん引用されており、著者に手取り足取りしてもらいながら何とか読んだ。内容が深くてしかも共感できることを生まれて初めて知った。なんともったいないことをしてきたのだ。古典に再チャレンジしようと思った。

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