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2012年2月16日 (木)

「清末見聞録(清国文明記より)」・北京近郊の名勝・万寿山①

 太行山は河内を起点として北に走り、直隷・山西の両省の境界線を描き、京師(都・天子のいるところ)の西を擁し、さらに延びて居庸の険となり、廬龍・碣石に連なり、山海関に至って海に入る。北京城上に立って西方に一帯の連山、黛色(まゆずみのような色・遠山の青黒い色をしている様子をあらわす)愛すべきを見るのは、すなわちこの太行山脈であって、俗にこれを西山という。万寿山頤和園はこの西山の麓にあり、京師から約三里である。もと明の永楽帝の創設したもので、今も清朝の離宮で、夏期には西太后、光緒帝がここに行幸するから、西洋人はこれを称して夏宮という。(明治)四十年二月八日、私は京師大学堂教習諸君の後に従って園内拝観の栄を得た。
 午前八時、私は霞公府(シャコンフ)の仮寓を出て、東安門を入り、景山の下を過ぎ、後門を出て護国寺前を経て西直門を出た。これより万寿山に至るまでは、夏期には大官の車馬往来が盛んなところで坦々(平らで広々していること)たる大道が通じている。冬期となれば大官の車馬は通らないので、大道の中央には所々に石塊を横たえて、常人の通行を許さない。この日は我ら一行のために特に中央の石塊は除かれて、車馬の往来ができるようにしてある。さて、郊外に出ると挺然として独り秀でた松と(ていぜんはのびのびしているようす)、霜枯れの梢寂しき柳と、いずれもその趣が少なくない。加えるに野に畑に雪の中に埋没したような村が垣間見える。さらにいっそうの雅趣がある。幸いに天候は穏やかで北京名物の風は
ないが、車上の客はまぶたは痛く足は感覚がなくなるほどの寒気が骨に徹するほどである。十時に万寿山に着いた。

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