葉室麟著「刀伊入寇」(実業之日本社)
副題は藤原隆家の闘い。隆家は藤原氏が隆盛を極めた藤原道隆の四男で、藤原道長の甥にあたる。枕草子を書いた清少納言が仕えた中宮定子の弟である。道長の娘・中宮彰子に仕えた紫式部ももちろん物語の中盤に登場し、清少納言と火花を散らす。
11世紀初め、女真族が高麗を侵し、その勢いで日本侵略を企てて対馬を侵略、太宰府に上陸した。その数は千人を超えていた。それを食い止め、追い返したのが藤原隆家である。
この物語は平安時代を描いているので貴族どうしの権謀術数の様が描かれているとともに当時の闇の世界が語られる。呪詛がまだ力を持っていた時代である。そのような時代に生まれた隆家は、この外難に立ち向かうべく運命づけられていたかのように生きて闘った。まだ武士は貴族に隷属するだけで集団としての力を持っていなかった時代である。そして隆家がいなかったらその当時の日本がどうなったのか、かなり危うかったのであるが、隆家の功績はほとんど歴史として語られることがない。
刀伊とは女真族のこと、入寇とは外国からの侵略のことである。
この事実がなぜ歴史に太文字で記されていないのか。当時の貴族達がこの外難を正しく認識していなかったこと、そして隆家が道長に嫌われていたために功績が評価されなかったためである。
この隆家をめぐって様々な人物が関わり、妖異な事件や権力争いが語られるが、隆家にとって全ては空しい。自分の存在意味を最後に刀伊入寇の事件で初めて実感した隆家にとって功績の評価などどうでも良かったのだ。
葉室麟の小説としてはやや毛色が変わっているが、人間の生きている意味を真摯に追い求めた人物を描いていると云うことでは同じである。読後感も良かったし、全く知識のなかった時代について興味を持つことが出来た。
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