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2012年12月28日 (金)

暴行はいじめか

 大津の中学生の自殺について警察の調査報告で、暴行が繰り返されたことが明らかにされた。暴行を繰り返していたのは三人だが、二人が書類送検され、一人が児童相談所への書類送致になったという。ただ、暴行が自殺の原因かどうかは不明としている。

 ところでそのニュースを解説委員が解説している時、女性のアナウンサーが「でも、いじめがあったことは間違いないのでしょう?」と質問していた。当たり前に聞こえる質問だけれど、びっくりした。

 暴行、つまり傷害事件を「いじめ」と言い換えることで学校は責任逃れをしてきた。見て見ぬふりをし続けたのだ。だから警察も手を出さなかった。傷害事件は親告罪ではないから、事実が認められれば警察は検挙しなければならない。それを「いじめ」という言い方で傷害事件ではないかのようにごまかしてきたのだ。

 この女性アナウンサーはその詐術にまだ目が醒めていない。「いじめ」ではなく、傷害事件だった、と警察は認定したのだ。この女性アナウンサーにとっては「いじめによる自殺」という言葉が頭にこびりついていて、いじめがなければ自殺が起こらなかったと考えたらしい。暴行傷害があったのだ。いじめよりレベルの高い、犯罪行為があったのだ。学校はいじめを見逃したのではなく、犯罪を見逃し、放置し、守るべき生徒を見殺しにしたのだ。自殺した少年は、暴行を受けたことと共にそれが放置されていたことに絶望して死んだのだ。「いじめ」という言葉にこだわっては本質を見逃している。

 昔学生運動が盛んだった頃、警察権力を学内に入れるな、と云うことがよく言われた。警察は権力である。その権力に対して異議を唱えているときに権力の走狗を学内に入れるな、ということであった。

 同じようにイデオロギーを優先していた日教組は「教師は労働者である」として教師を聖職から引きずり下ろしておきながら、学校を聖域とした。だから警察権力を学校に入れることなどあってはならないことであった。それを正当化するために子どもを盾にしてしてきた。だから傷害事件ではなく「いじめ」だったのだ。マスコミも学校の聖域化に荷担した。その果てに聖域という名の治外法権の学校で暴力事件が放置され続けてきたのだ。少年の自殺は、ある意味で他殺であって、暴行を続けた少年達と、それを放置した学校の共犯である。そして未だに暴行傷害事件を「いじめ」と言い続けるマスコミも共犯者である。全国で「いじめ」という名の傷害事件が見逃されているのではないか。

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