内田康夫「神苦楽島(上)(下)」(文春文庫)
浅見光彦シリーズの文庫本新刊(単行本は平成22年発刊)。
巻頭に「古事記」の国産みの引用がある。イザナギ、イザナミの二神が日本の国を産み出すにあたり、本州などに先立って淡路島が産み出される。この物語は淡路島が主な舞台であり、淡路島が古代からの神社や遺蹟が多い事が背景となる。浅見光彦シリーズでは「太陽の道」と呼ばれる謎の北緯三十四度三十二分に関わるものが過去にも取り上げられている。奈良県の箸墓古墳、伊勢斎宮(いつきのみや)、そして今回は淡路島の伊勢岩上(いわがみ)神社はこのラインの上にある。
今まで母親の反対で携帯電話を持つことを許されなかった浅見光彦が、ついにお許しを得て秋葉原へ携帯を買いに行き、そこで遭遇した殺人事件から物語が始まる。若い女性が浅見光彦の腕の中で息絶えるという衝撃的な事件だったが、その女性が淡路島の出身であり、最近淡路島の神社でタブーを犯したことをひどく気にしていたことを知る。しかも淡路島を題材にした取材の仕事が舞い込んだことから勇躍淡路島へ乗り込むのだが、そこでもう一つの殺人事件があったことを知る。誰も結びつけなかった二つの事件に何か関連があると確信した浅見光彦は、本来の淡路島の歴史ルポの取材を進めるうちに淡路島の土俗的な因習や民間信仰が事件の背景として浮かび上がってくることに気が付く。そしてついに「太陽の道」を信仰のベースにする「陽修会」という宗教団体が事件に深く関わっていることをつきとめる。
このシリーズでは浅見光彦が出会う女性は大抵魅力的である。今回のヒロイン・松雪真弓も賢く、明るい女性で、浅見光彦にどんどん惹かれていく。いつものように彼は相手に好意を持たれながらついに積極的な行動に出ることがない。現在の収入では女性を幸せに出来ない、と云うのが彼が自分自身にしている言い訳なのだが、そんなものは乗り越えられない壁ではない。それよりも彼は今の自由な生き方を最優先にしたいという思いが強いのだろう。女性は結婚すれば生活が大事になるものだし、それが当たり前のことだからだ。
物語は大変面白くてどんどん読み進められるのだが、このラストの納め方には賛否があるだろう。私はやや釈然としない。ただ物語の方が現実的なものだと云う事は分かる。正義感だけでは世の中は片付かないのだ。
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