池波正太郎「ないしょ ないしょ」(新潮社)
剣客商売シリーズ番外編。新潟の新発田生まれのお福という女性の波乱の生涯の物語である。
十六歳のお福は独り身の剣術道場主の神谷弥十郎のもとに下女として奉公に上がる。そうしたある日、その弥十郎に手込めにされてしまい、身の不幸を歎くのだが、その弥十郎の自分に対する態度が少しずつ変わってくるのを感じていた。しかしその矢先に弥十郎は襲われて殺害されてしまう。
既に両親がいないお福には行き場はない。同じく住み込みで働いていた五平という老爺に一緒に江戸へ出ないかと誘われて同行することにする。五平は主人の神谷弥十郎が殺された件について何か知っているらしいのだが、お福には明かしてくれない。二人が江戸へ出立する直前、城下の剣客、松永市九郎が出奔したことを知る。彼が犯人だったのではないかとの噂が流れる。
江戸に着いたお福は五平の甥の久助の口利きで、一人住まいの御家人・三浦平太郎の住み込み女中になる。三浦平太郎は老人であり、武士だが刀を持たない生き方をしている。風変わりな主人だが心優しく、お福の美質をすぐに認めて彼女を一人前に育ててくれようとする。そしてあるきっかけから三浦老人に手裏剣の手ほどきを受ける。生まれつき天分があったようでお福は見る見る腕を上げるのだが、三浦老人は手裏剣を習っていることを決して人に話してはいけないと諭す。「ないしょ ないしょ」と云う所以である。そんな日々にお福は初めて心から幸せを実感する。三浦老人を通じてお福は秋山小兵衛とも面識を得る。そんなある日、五平が、そしてお福が松永市九郎の姿を見かける。しかも松永と三浦老人が関わっていることに気が付いた二人は激しく不安を感じるのだが・・・。
ついにお福は仕えた主人二人を手にかけた仇を秋山小兵衛の助太刀で討つことが出来るのだが、そのとき、お福は自立したすばらしい女になっていた。その後のお福の人生は目を見張るものであった。
ほんとうにいい女というのは強いだけでなく、美しいだけでなく、愛されるべき可愛さのようなものを持つ女性なのだと思う。
お福がまさに一生を閉じる時の死の床での至福感を読んだ時、思わず感動して胸が熱くなった。生きると云う事は好いことなのだ、そして悔いのない人生を生きれば、死ぬことも至福であると信じることが出来るような気がした。
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