椎名誠「はるさきのへび」(集英社)
椎名誠流の私小説集(短編三編)第六弾である。
第一話「階段の上の海」。不倫と云うにはかなり成り行き任せの恋愛が描かれている。常に退路を何となく横目で見ながら、男は恋をする。ずるいというのは酷であって(と言い訳するのは私が男だからか)、やはり人間はいつでも恋をしたいという気持ちのエネルギーはあるのであって、でも自分には妻も子供もいて、と云う宙ぶらりんの思いというのは苦しいものだ。苦しいけれど生きている実感と云うか躍動感みたいなものもあったりする。
第二話「海ちゃん、おはよう」。椎名誠が後にも先にもこれ一つ、と云う、子どもを産んだばかりの女性の視点で描かれた短編。些細なことに不安を感じたり、怒ったりしながら彼女は女という立場に母親と云う役割を加えていく。こうして女性は家庭の主導権を握り、世間に立ち向かっていくのだ。彼女には今、海ちゃん、がいるのだ。
第三話「娘と私」。椎名誠は「岳物語」、「続岳物語」と息子の岳の物語を書いたが、実は岳君の上には葉という姉がいる。岳物語を書き出した時、短編にするはずだったので家族を単純化して描いたが、案に相違して長い物語となって今ささら娘を登場させることが出来なくなった。そこで娘を改めて登場させたのがこの短編である。全くのマイペースで生きていく娘を母親(椎名誠の奥さん)は100%信頼して見ている。もともと椎名誠もとやかく口を出す方ではないが、その奥さんの泰然とした育て方で育った娘がどのように成長し、巣立っていったか。マイペースと云えば、かなりマイペースの娘を育てた私は、この短編を読んでとても嬉しい気持ちになった。とてもはらはらするけれど、親は信頼して見守るしかない、と覚悟するしかないのだ。親は子どもにまつわりつくべきではない。
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