新・鬼平犯科帳の第四巻。短編が六編収められている。
「影法師」
いささか人間が軽くて火盗改めの中では異色ながらにくめない性格で、長谷川平蔵からもかわいがられている同心の木村忠吾は、婚礼を十日後に控えていた。
数年前、平蔵の供で京都へ赴いたとき、京都奉行所の与力・浦辺彦太郎に気に入られ、その娘・妙と婚約した。しかしその後妙が病死したため、独り身を通していたのだが、同僚の娘と恋仲になり、めでたく祝言をあげることになったのだ。
この木村忠吾、妻を娶ればなかなか遊びもできなくなると、不埒なことに非番の日に岡場所へいくことを思い立つ。そこへ心浮かせて向かう道すがら、彼を引き留める出来事がいろいろ起こる。
彼と酷似した「さむらい松五郎」の話があったが、その「さむらい松五郎」に恨みを持つ盗賊が、木村忠吾を見かけたことで話が急展開していく。
結局木村忠吾の思いは叶えられないのだが、代わりに手柄を立てることになる。しかし平蔵から「非番の日にどこへ行こうとしたのだ、まさかよからぬところへ行こうとしたのではないだろうな」と鋭く指摘される。お見通しなのだ。
「網虫のお吉」
足を洗って人妻となった鼠賊の女をその前身を理由にいたぶる同心は火盗改めの中でも嫌われ者だったが、それなりの実績を上げてもいた。その所行の一部が平蔵に報告され、ついには平蔵によって断罪されることになる。そして哀れなことにその女も人妻としての暮らしを失い、再び闇に消えていくことになる。
「白根の万左衛門」
新婚の木村忠吾は誰彼かまわずのろけ話をするので皆から煙たがられている。そんな矢先に密偵が盗賊の手先を発見する。たちまち手配りが行われ、盗賊の拠点と思われる場所が突き止められる。昼夜兼行の張り込みが行われたことは言うまでもない。
ところがその一味の首領・白根の万左衛門は死の床にあった。彼が今まで盗み貯めた金をめぐり、我が物にしようという者たちがうごめき出す。それを死の床で自嘲とともに見つめる万左衛門。そして隠し金のありかを三人の人物に伝えて事切れる。殺される者、殺されかかる者があり、ついに一網打尽となるのだが、すでに隠し金は使い尽くされた後であった。
長い張り込みの途中で、木村忠吾は一度家に帰りたい、と平蔵に願い出る。平蔵は黙したまま、すさまじい目つきで忠吾を睨みつける。恐怖ですくみ上がる木村忠吾であった。
「火つけ船頭」
寡黙で人付き合いのよくない船頭の常吉はあるきっかけから火つけを始めてしまう。当時の火つけは犯罪としては最も極悪と考えられていた。被害が甚大だったからである。その常吉が今夜も火つけをしようとかがみ込んだその先に闇にうごめく黒い影を見る。その影は一人ではない。ある大店の商家に押し込む盗賊の姿を偶然に見てしまったのだ。しかもその密かな話し声の中に恨み骨髄の男の声を耳にする。火つけを始めたきっかけを作った男でもあった。
そこで常吉は人が気がつくような場所で用意の油をまき、火をつける。この騒ぎで盗賊たちは金を奪うことができずに逃走する。これでは治まらず、常吉はついにその憎い男を火盗改めに訴人する。もちろん火盗改めは手がかりさえつかめれば、盗賊が逃れることはできない。
そして火つけがぴたりとやんで一年、ふたたび常吉の病が再発、暗がりにかがみ込んだそのとき、平蔵から声がかかる。
「見張りの糸」
密偵が見つけた盗賊の姿を手がかりにそのすみかを見つけ出し、張り込みが始まった。その張り込みの場所を依頼された仏具屋は快く引き受ける。ところが実はその仏具屋は京・大阪で数多くの盗みを重ねて、今は引退した盗賊であった。
火盗改めたちの地道な活動と、仏具屋の人々のあぶられるような不安の日々が続く。そんな膠着状態を思ってもいない事件が突き崩す。たまたまその晩その張り込み所にいたのが長谷川平蔵と沢田小平次のあたりだった。この仏具屋を浪人たちが襲ったのだ。もちろん仏具屋の前身を知り、隠し金を奪おうとした者たちだった。
事件が二つ、一度に解決することになる。この仏具屋が元盗賊であったことを明らかにするのは仕事かたがた木村忠吾の婚礼祝いに京都からやってきた与力の浦添彦太郎であった。
「霜夜」
長谷川平蔵は若き日に、高杉銀平道場で平蔵の弟分であった池田又四郎の姿を見る。又四郎は二十年以上前に出奔したまま行方知れずになっていたのだ。
人知れず長谷川平蔵は又四郎の後をつける。又四郎が今尋常な暮らしをしているとは思えなかったので声がかけられなかったのだ。そこで平蔵が目にしたものは・・・。
悲しい結末となり、平蔵は又四郎が出奔した理由を知る。それは平蔵の若き日の苦難と大きく関係したことであり、又四郎の出奔の理由は平蔵にあるとも言える。苦い酒を飲む平蔵。平蔵の妻久栄はめずらしく平蔵の涙を見る。
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