鍵をつける
明らかに重大な犯罪は犯人も世間も「悪」だと認識している。認識していなければ社会に適合出来ていない人間で、場合によっては病院に入らなければならない。
最近万引き事件がメディアに良く取り上げられるようになった。万引きは人のものを盗むというれっきとした犯罪なのだが、いままで世間の一部には、子供のいたずらの延長であるかのような見方をする者が数多くいた。
いまはものが昔より売れないから、生き残り競争のためにどうしても薄利での販売を余儀なくされている。利益率が低いのに万引き被害に遭えばその損失は甚大だ。書店を始め、万引きにより閉鎖倒産に追い込まれた店は多い。
万引きと同じように、目立たないけれどいたずらの延長としての郵便泥棒がある。マンションなどの集合住宅で郵便受けが一斉に荒らされる、ということがあるが、警察も真剣に追わないらしく、騒ぎのあとはしばらく大丈夫だが、忘れた頃にまた起こる。
わたしのマンションでも、玄関口がフリーなので郵便受けは誰でも空けることが出来る。少し前になるが、年賀状が一斉にごっそりやられた。わたしも元旦の分が全てやられた。着いた手紙は分かっても、着かない手紙は誰が出したのか分からない。これは怒り心頭に発した。
さすがに警察も郵便局も本気で対応し、年賀状の景品狙いだと読んで、まとめて持ち込んだ人をチェックするなどしたが、犯人は分からずじまいだった。
その後郵便受けに鍵をつけた人も多少いた。しかし金目のものの入ったものや大事な手紙は書留で戸別に直接配達されるから、郵便を狙っても犯人にはその成果はあまりない。それに比して、いたずらされたほうの不快感ははるかに大きい。
最近郵便受けが続けていじられた形跡があった。郵便受けの状態でそれが分かる。それがわたしだけではなく、鍵のついてない郵便受けの多くがその状態なのだ。極めて不快である。仕方がないからわたしも遅ればせながら小さな鍵を取り付けた。
どうも冬休みや夏休みという、子供たちが長期の休みの最中にこのような事件が頻発するようだ。彼等はいたずらのつもりかも知れない。これに制裁を加える方法はないものか、といま思案中だ。
子供をおだてすぎる世間のおかげで、子供が増長しているような気がする。悪いことはしてはいけない、という当たり前のことが分からない子供を産みだして社会を破壊しようとしているのだろうか。
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