収拾がつかない
今日は午後断水を予告されているので出かけることにしている。天気は下り坂だけれど、知多半島へドライブにでも行こうか。ついでに魚でも買ってくることにしよう。
部屋はいま散らかり放題となっている。ハードコピーした写真(主にA4サイズ)が山のようにある。それをファイルしなおす作業をしている。同時にブルーレイディスクに撮りためた映画の整理もおこなっている。さらに本の一部を出し入れしているので足の踏み場がない。
むかしは撮った写真の半分近くを贅沢にもA4や2L版でプリントアウトしていた。いまは撮った写真をプリントアウトすることは少ない。キリがないし、金もかかる。倹約生活ではそんなにプリントアウトするのは無理なのだ。ただプリントアウトしたものを見るとパソコンの画像よりもきれいだし、見映えがする(と思っている)。細部をじっくり眺めていると、思わぬ発見があったりして、瞬間が凝縮している、つまり時間を切り取っている、という実感がある。動画にはついに手を出さなかった。
こうして写真を眺めているとたちまち時間が過ぎていく。瞬間が永遠を侵蝕する。
録画したブルーレイがたまっていくと、BSNHKやWOWOWの映画のどれをすでに録画して保存してあるのか分からなくなってしまった。もちろん見た映画は分かるけれど、まだ見てないものがたくさんあるのだ。整理していると同じ映画を二回録画しているものをいくつも発見する。今後ますますそのようなことが増えるだろう。
そこで見た映画のデータ保存と、録画した映画のリスト作成をしているのだが、そこへ新しく録画したものが加わるので収拾がつかない。もちろん大まかなリストができ次第データベース化する予定だが、データベースを作成するときには、項目の選択を慎重におこなわないと必ず破綻する。何度も経験して痛い目に遭っている。作業をしながら案を練っているのだ。
このような作業は自分の人生そのものの整理のためである。撤収するするときのために自分のささやかな存在証明リストを作ろうということらしい。
しかし自分自身のように、収拾不能の状態だ。
だから退場はとうぶん先にしてもらいたい。
« 映画「或る夜の出来事」1934年アメリカ | トップページ | 知多行 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 何をやっているんだか(2026.09.10)
- これからまた降る?(2026.09.09)
- 線状降水帯の中(2026.09.08)
- 雨が恨めしい(2026.09.08)
- 縁(えにし)(2026.09.07)


コメント