申し訳ないけれど・・・
昨日と今日、入院している老母の病院にいた。昨日は老母の誕生日なので弟の孫たち、老母にとってはひ孫たちが誕生祝いを持参した。老母はどこまで分かっているのか不明だが、多分喜んでいたのだろう。
午前中は、千葉は台風のただ中にいたけれど、通過したとたんに青空になり、風も弱くなった。昼過ぎ、弟の嫁さんと二人で老母の病院に行く。肺炎の兆候は幸い消失。ただし、ものが口から食べられない状態が続いている。
少しずつ口から食べ物を食べられるようにして退院、と言うのが病院のスケジュールらしいが、食べるたびに烈しくむせてしまい、見ていられない状況になる。看護婦たちもこわくてものを食べさせることができないのだという。
どちらにしても肺炎の恐れが消滅すれば退院するしかない。胃瘻にするのか、鼻から管で食べ物を入れるのか、それとも点滴のみに頼っていくのか決断するように言われた。
胃瘻は論外。鼻から管を入れても本人の苦痛があり、不快をいやがることでのトラブルもあるらしい(患者が管を引き抜くことでの事故)。
昨晩、弟夫婦に判断を任せ、どう決めてもいいよ、その決定に従う、と言ったのだが、こちらが人ごとだと思っているように感じたような顔をしていた。
今日は、だから医師にではないが看護婦に、胃瘻も鼻からチューブも希望しない、というのが家族の意向であると私から伝えた。
夕方は私一人でしばらく母に一人で話しかけた。母と二人きりで話すことなどずいぶんなかった。母は話すことはできないから私が一人で語りかけるのだけれど、手を握りながら話せば、こちらの言っていることが分かっていることがもちろん分かる。
私の、子供との親子関係についての話から、母と父を中心にした私が子供だった時代の家族の思い出を私なりに語り、いちばん言いたかったこと、「楽しかったね」ということを伝えた。
夜、仕事を終えた弟といつものように酒を飲む。私の思いや今回の旅行のことなど、酔った勢いでいろいろなことを話す。
明日からは三日ほど北関東で温泉に浸かろうと思い、予約をした。なんだかとても疲れたのだ。弟夫婦には申し訳ないけれど、兄貴はちょっと強がりの、いい格好しいを続けられなくなってしまったのだ。
今は、いつもは連絡する桐生の周恩来御大に連絡しようかどうか迷っている。
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投稿: 周さん | 2014年10月 6日 (月) 23時07分