上坂冬子「あえて押します 横車」(集英社)
上坂冬子は高校卒業後トヨタ自動車に入社、在職中に中央公論の新人賞を受賞して文筆活動に入る。生涯独身。保守的な論陣を張っていたが、左派の集団である思想の科学研究の会員でもあった。リーダーの鶴見俊輔に高く評価されていたことから、彼女がただの論客ではないことがわかる。自分が正しいのだから相手は間違っている、という単純で愚かな人間は、意見を異にする人から評価されることはない。
それは彼女が一目置く価値のあると認めた人に敬意を表するという礼儀をわきまえていたからだろう。その代わり教条主義的な観念論者に対しては厳しい。彼等は相手に対して敬意のかけらもないことが多く、その愚かさが腹に据えかねるからだろう。この本でも彼女が保守的であるから、というだけで左派から横やりが入り、予定された講演が土壇場でキャンセルになる仕打ちを受けたことが書かれている。
そう言えば山本夏彦が東京都から何かの賞をもらうことが決まっていたのに、女性蔑視の言動が見られるからとして女性議員からクレームがついて突然取りやめになったことがあった。そんなことをするからそれを揶揄されるのだ。彼の文章を読めば彼が女性を蔑視などしていないことがわかるはずで、読んだこともなく、ただ言葉尻を捉えての非難だろう。愚かなことである。山本夏彦は人間そのものを蔑視していたのだ。そしてそう考える自分自身をもっとも蔑視していた。
この本が出版されたのが2000年である。小渕恵三首相との関わりと彼の人柄がいくつか書かれていて彼の死を悼んでいる。小渕優子さんはどんな気持ちでこの文章を読むのだろう。
この頃は韓国や中国との関係が良好で、この国々がますます豊かになり、さらに良好な関係が進むと信じていた様子がうかがえる。彼女は2009年に他界しているからその後の関係悪化を知らないわけではないが、ここまでおかしくなるとは思わなかっただろう。それは私の実感でもあり、多くの日本人の実感でもある。
彼女はテレビが大好きで、自らミーハーを自認している。かわいそうといっては泣き、けなげであるといっては泣き、頑張っている人を見ては感動して泣いている。つまり普通の感覚なのである。マスコミや思想教育に洗脳されていない、自ら学び、自分の獲得した人生観から世間を見ているから理非曲直に揺らぎがなく、しかも分かりやすいのだ。
運動が嫌いで、家事もあまり得意でなかったことがうかがわれる。食事も自分で作ることがなく、見ていて危うい極端な食生活をしている。そして案の定糖尿病になってしまう。死因は肝不全。一人暮らしの気ままさと寿命との交換だったのだろう。
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