胡宝華「百年の面影 中国知識人の生きた二十世紀」(角川選書)
再読。著者とその妻の家族三代の歴史を語ることで中国の近代史が観念の歴史ではなくて実感として分かる。著者は中国人で中国生まれの中国育ち。日本に10年ほど留学して、最後に日本語でこの本を書き上げた。この本が出版された時点(2001年)では天津・南開大学文学部歴史系助教授。微妙なところでたどたどしいところがあるけれど、それほど気にならない。
三代、というのは、それぞれの両親、そして父方母方の祖父母、その兄弟たちだからかなりの人数になる。それぞれ出自のはっきりした家柄の出である。つまりある程度資産と家があり、高等教育を受け、三代にわたって日本への留学をした人がいる。
妻の張栩の祖母は後藤園子といい、日本人である。表紙の写真はその張栩の祖父・張競立と園子の父親。右側がもちろん園子の父親・後藤勘之助、中国服を着ているが日本人である。
ここまで読めば、中国の近代を知る人は分かるだろう。家柄の良い知識人である、しかも日本との親好もあるような家族が戦後中華人民共和国の誕生以後にどんな辛酸を舐めたのか。
この家族も少なからずの人が命を奪われたり、自ら死を選ばざるを得ない状況に追い込まれた。そして下放という名の愚策により、長いこと教育の機会があたられず、希望する就職も得ることがかなわない状態が続いた。彼らがかろうじて一息つけたのは文化大革命が終わってしばらくたった1980年代になってからである。
彼らはただ知識人である、というだけですさまじい迫害を受けた。毛沢東の政策がどれほど観念的なもので、そのためにどれだけの人の命が奪われたのか。この本でも「大躍進」政策での餓死者は少なくとも2000万人、と書かれている。そして文化大革命では・・・、それ以上ともそれほど多くないとも言われていまだに実数がはっきりしない。それが中国共産党が行った正義のための戦いである。
著者の家族はまだ生き延びることができた人が多いから、ある意味で運の良い方かも知れない。その実体験を淡々と綴ったこの本はいまの中国という国がどのような成り立ちをした国であるかを思わせる。そしてその国を理想の国と賛美したのが朝日新聞だったことを私ははっきりと覚えている。
この中国国民の中国共産党への恨みをそらすために行ったのが反日教育だ。だからそのエネルギーはすさまじいのは当然だ。しかしそれはひとたび暴走すると日本に対してではなく、本当の標的に向かう。中国は民衆の反日行動を押さえなければどうしようもない状況に来ている。
この本はそのような政治的なことはいっさい書いていない。著者は国を怨むよりも、中国がどういう国であって欲しいのか、自分がそのためにどんな役割が果たせるか、それをまじめに考えている。そして多分そういう人がたくさん中国にもいるはずで、中国が今より良くなるためにはそのような人たちが国を立て直す機会を得られるかどうかにかかっているだろう。
では日本では・・・。多分日本もそれ以上に国のあり方を考えている人がたくさんいると私は信じている。だからマスコミが言うほど悲観はしていない。
できれば多くの人が読んで欲しい良書である。
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